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【The Beatles 研究室・復刻版】Past Masters ・ Volume One[B-7]Bad Boy

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2004年から2008年にかけて作成したホームページ「The Beatles 研究室」・・2009年リマスター発売後の一部追記も含めてのブログにての復刻版です。ほぼ当時のまま、そして復刻後追記も付しております。
今回は、「パスト・マスターズ」に収録された「バッド・ボーイ」を取り上げます。
一部の方には、あまり馴染みのない曲かもしれません。
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アルバム「 Help ! 」のレコーディング時に録って、結局アルバムには入らなかった曲です。
逆にアメリカでは当時英国オリジナルと全く異なるアルバムが出ていたため、1965年に先に「 BeatlesⅣ」というアルバムに収録されて発売されていました。

イギリスでは、シングルにするという話もあったのですが、リンゴの強硬な反対があったらしく、お蔵入りになり、やっと「 A Collection Of Beatles Oldies 」というベストアルバム的なアルバムに『未発表曲』として収録され、発売となりました。

日本でもこのアルバムは1967年に発売され、私も所有しておりますが、とても素敵なアルバムで、初期から中期にかけての珠玉のアルバムとなっています。

解散後に出た俗に言う『赤盤』よりもずっといい構成です。これがCDで発売されるのを心待ちにしているビートルズ・ファンはきっと多かったと思いますが、『赤盤』があるからでしょう、未発売。 
そして、同じく、CD未発表のライブ盤「 Beatles At The Hollywood Bowl (※このホームページ作成時には未発売であったが、その後に再編成されたCDが発売される)」でも曲の途中のおしゃべりの中で、「これはオールディーズだけど」と言ってわずか1~2年前の曲を紹介している様子が入っていましたが、このアルバムのタイトルもわずか数年前の曲をビートルズは“オールディーズ”として扱っているのです。

さて、「バッド・ボーイ」ですが、一緒の頃に録音された「ディジー・ミス・リジー」とサウンドも演奏も似通っています。
そして、ラリー・ウィリアムスのカヴァーであることも同じです。
セカンドアルバムの「マネー」にも演奏が良く似ています。

ジョンはなりふりかまわぬ、腹の底から突き上げるような歌いっぷりで、得意の唱法です。
ジョンのギターもリッケンバッカーで小指を拡げるブルースっぽいフレーズを弾いています。
ボーカルを後から録ったのだと思いますが、同時に演奏するとなるとけっこう難しい演奏かもしれません。

ジョージはギターをダブルトラックで2回被せていて、特有の高くて細くてしかも丸みのある音でなかなかいいフレーズを弾いています。
リンゴは相変わらずの鞭がしなるようなフィルインを決めていますが、シングル発売を反対したところをみると気に入らないプレイだったのでしょうか?

中学生の時に初めて聞いたとき、私もちょっと元々のこの楽曲の持ち味に対して“やりすぎ”(騒ぎすぎ?!)かなと思いました・・・ジョンのボーカルもそんな感じ・・・。
うしろの方でそぉっと聞こえるオルガンも入っていて、これもジョンのハモンドかもしれません。
いずれにしても、アルバム「オールディーズ」の中では、他の曲がヒットソングばかりだったので、ちょっと見劣りする感じの曲ではありました。


〈追記〉2022/10/04

この曲も2009年リマスターや米国キャピトル盤がホームページ作成後に出ているので、それらを聞いてみました。

2009年リマスター盤「パストマスターズ(ステレオ)」

モノマスターズに比べ、音はクリア。
ジョージのギターの音も伸びやか。
突出して何かの楽器の音が耳に残るようなミックスはされておらず、とても常識的できちんとリマスターされたものだと感じました。


2009年リマスター盤「モノ・マスターズ(モノラル)」

楽器やボーカルの分離というよりも、曲全体の勢いを大事に、音が固まってくる印象。
各楽器の音もやや“こもり気味”に聞こえるが、全体的には聞きやすくなっている。
ただもうひとつ“突き抜ける”ような感じがない。


米国・キャピトル盤「BeatlesⅣ」ステレオ

ジョンのボーカルが艶やかに聞こえて、とてもいい感じ。
リード・ギターのフレーズもとてもよく聞こえる。
ジョージがダビングで弾いていると思われるが、ギター二台の音も分離よく両方のフレーズも音色もはっきりとわかります。
リンゴのドラムはやや引っ込み気味。
全体的にまとまりのよいミックスとなっています。


米国・キャピトル盤「BeatlesⅣ」モノラル

聞きやすいが、ジョンのボーカルになぜか霧がわずかに掛かっているような感じがして視界がやや悪いような感じに聞こえる。
ジョージのギターはフレーズ等はっきりと聞こえるものの、ミックスはやや抑えめの音量で、もうひとつ前に出るようにしてもよかったのかもと思いました。
全体的にはちょっと不完全燃焼か。


“内緒盤”の、なんと「オールディーズCD化」モノラル

これが一番じゃないかと思われる音のクリア度だが、全体的にはマイルドなミックス具合となっており、素晴らしい出来上がり(^_^;)・・これでいいのか。
各楽器の音色もベストな感じで、ボーカル、ギター、ドラムともにフレーズもよくわかり、安心して聞く事ができた。


あと、“謎”のリンゴが反対したシングル化について上記を聞きながら考察したのですが、リンゴのプレイは“キレ”もよく、リンゴらしい叩きぶりなので、自己のプレイに不満があったわけではなさそうです。
私もここに書きましたが、曲としてのスケール感というか、“力”がシングルにするには不足していると感じたんじゃないかと思います。
ドラマーって大局観がある人が多いので、リンゴの“正しい判断”だったのだということに結論づけたいと思いますd( ̄  ̄)

 

2022/10/03

「世界の日本人ジョーク集/早坂隆」を読みました。

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『世界の日本人ジョーク集/早坂隆著(中公新書ラクレ)』という本を読みました。
2006年発行となっていますので、かなり古い本です。これもブックオフにて購入。

世界の日本人ジョークということで、世界の国々から見た日本人の典型的なパターンをギャグにして笑わそうというものがいくつも例示されているのです。

で、この本が作られている過程でも日本人がどう見られているかがどんどん変化していることを感じました。

以前のパターンでは、日本人の勤勉さを皮肉ったり、製造された製品の完璧さを逆にそうでない国と比較して笑いにしたり、ジョークが通用せず、三日後くらいにやっとわかって笑い出すような設定で笑いにしたり・・そんな感じでした。

でも、この本の終盤になると、上記のような日本人ジョークは影を潜め、アメリカの傘下にいてすっかり国としての形態がおかしくなっていることを揶揄するような・・例えば下記のようなジョークが載っていました。

●信頼できる政党
 日本国民の安全と財産を守る三大政党とは?

 三位・・・民主党
 二位・・・自由民主党
 一位・・・共和党

・・d( ̄  ̄)などというのもありました。

また、日本人が外国からミサイル発射などの様々な嫌がらせを受けても怒らないことをジョークにしたもの、さらにアメリカの人五人が集まると競争が始まり、イギリス人が五人だと議論が始まったり、ドイツ人が五人だとビールで乾杯となるが、日本人が五人集まるとマンガの回し読みが始まる・・などとマンガ・アニメ大国になった日本をジョークにしたりもしていました。

で、この本が発行されてからもう16年が経っていますが、今の日本人はどのようなジョークにさらされるのでしょうか。

日本人は無宗教というのが一般的な理解だが、実は政治の世界では宗教にべったりと染まっている・・なんてのも言われる可能性があります(^_^;)

国葬だ国葬だ、と世界に向けて騒いでいたら、議決を得たホンモノの国葬をどこかの国に先にやられてしまい、急に“しぼんで”しまった感のある儀式についてもジョークにされるかも。

ということで、今回の読後感はおしまいです。
日本人の特徴は割と変化が激しいことを知りました。

 

2022/10/02

千葉市中央区汐見丘で開催されていた《造形あそび4人展》に行ってきました。

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《造形あそび4人展》・・千葉市中央区汐見丘の『ギャラリーどち』で開催されていたものを見て来ました。
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私の中学時代の美術の先生も参加していて、実に自由で楽しい造形展示でした。
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私が最近、オミクロン対応のワクチン接種をしまして、今までは副反応はほとんど無かったのですが、今回はけっこう熱や身体の痛みがあり、最終日一日前の昨日行って来たのです。
ほんとうはもっと早く行ってご紹介したかった。
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内容は、4人の作家それぞれの方が独特の持ち味で作品をつくられ、いやもう楽しかったです'(*゚▽゚*)'
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Instagram経由でも一部写真をご紹介していますし、その他 FacebookPage 「千葉市を東京から応援するって?!」というページでもご紹介しています。
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毎回、驚きとか発見があるのですが、今回は特に4人の皆さん魅力ある作品を展示されていました。
次回行なわれるときには、早めに出掛け、気の向いた方に間に合うようにお知らせしたいと思います。

2022/10/01

東海林さだおさんの「ひとりメシ超入門」を読みました。

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『ひとりメシ超入門/東海林さだお著(朝日新書)』を読みました。
またもやブックオフにて100円で購入。
この本の内容は、1987年1月から週刊朝日に連載された「あれも食いたい これも食いたい」をまとめたものです。
新書版としての発行は2020年となっておりました。

書かれているのはいつも通りの、ふつうの人が考えつかないというか、考える必要のないことを考え、それについてしつこく追求し、実践(実験)してみるというのが基本的な流れの食べ物についての考察です。

釜飯を頼んで、店員から「よく混ぜてお召し上がりください」と言われても、具をひとつひとつ拾いながらつまみとして食べ、最後までかき回さず食べようとするが、店員が近くで待機していて見られているので、ちょっと店員が横を見た瞬間につまみを食べるという方式で食べ進んでみる・・とか(毎度のことだけど私には意味がわからない)、「冷やしきつね」というものに納得がいかず、温かいきつねうんどとは具が違うじゃないか、とか真剣に考え、さらに考えは発展し、冷やし中華があるなら温める中華があってもいい(それがラーメンじゃないのか?!)と、冷やし中華をレンジで温めたりしています。
もう、理解の範疇を超えている。

せっかくのうな重をグシャグシャにかき混ぜて食べたらどうなんるんだろう、なんてのもありました。
そんなことしてどうすんの?!!
でも、グシャグシャにかき混ぜて「“まあまあ”おいしい」みたいな結論になる(T_T)

ファミレスで晩酌をしてみたい・・というのもありましたが、でもこれって酒場ライターの「パリッコ」さんなどが本にしているくらいあちこちのファミレスでやっている人がいるのです。
けっこう嫌われるんじゃないかと書かれていましたが、そこはファミレス界の経営は奥深く、今や居酒屋的晩酌も許容されているのでありました。いろいろな人がいることも世は折り込み済みなんですね。

今までも読んでいて、この人どうかしている・・と思うこともありましたが、くせになるような食べ物への執拗な“食い下がり”が読者の心を引きつけるのでしょう。
今回もまた読んでしまいました。
まだ一冊東海林さんの本をブックオフで手に入れており(^_^;)、またきっとこのブログでご紹介することになるでしょう。・・懲りないタイプですいません。

 

2022/09/30

二宮清純氏の「プロ野球 衝撃の昭和史」を読みました。

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『プロ野球「衝撃の昭和史」/二宮清純著(文芸春秋)』を読みました。
2012年に発行された本です。これもブックオフで見つけました。

内容はとても“濃く”、あの有名な「江夏の二十一球」にもさらに知られざる逸話があったとか、阪急対ヤクルトの日本シリーズでの大杉のホームランをめぐる1時間19分の中断にも様々な事実が存在する。
そして、その阪急とヤクルトの問題のホームラン判定が翌年の阪急対広島の「江夏の二十一球」にも大きな影響を与えていたことも書かれていました。

全然知らなかったことばかりでした。

ほかにも天覧試合での長嶋のサヨナラホームランが出るに至ったその試合展開と各選手のプレイの素晴らしさ、面白さも克明に調べられていて、あのゲーム自体が奇蹟的な展開だったのだということも知りました。

江川卓高校時代の渾身・最速の一球の話、野村監督率いる南海ホークスが阪急をプレイオフで破ったときの駆け引きの面白さ、落合が打撃の師匠とした二人のロッテ選手の話、ジャイアント馬場が実際はすごい投手だったという話、中日・小川投手の“背面投げ”に隠れた話、その他たくさんのオールド野球ファンには興味深い話が満載でした。

上記エピソードの内、阪急対ヤクルトの日本シリーズは私もテレビで見ていました。
第七戦の一番大事なところで打った大杉のホームランは・・ファウルでした。

テレビのビデオで見ても、上田監督が抗議したとおり完全なファウル、しかも1時間以上の中断の最中に打球が入ったスタンドで観ていたファンも「ファウルだった」と中継中にテレビ局側が聞くと応えていました。
阪急の守備陣もファウルだと思っていた・・。

「ポールを巻いて入ったホームランだ」という富澤線審の頑なな態度と、他の審判も実際はファウルだと思っていたので、毅然とした態度が取れませんでした。それがいけなかった。

いろいろなことを後から言う人はいたけど、上田監督はとても真面目ないい人でした。
「これじゃあ、一年間頑張ってきた選手に試合を続けろと言えないですよ」とプロ野球のコミッショナーやパリーグ会長、球団オーナーまでが「私が頭を下げても試合をしてくれないのか」と説得にあたっても、絞り出すような声で懇願する様子が全国中継されていました。

でも、抗議だけして引き下がっていれば実力に優る阪急が勝ったんじゃないかと思います。
長い中断で、先発の足立投手は、膝にたまった水に膝のお皿が浮いてしまい、サポーターで締めて、痛み止めを打って投げていたのですが、その間にもう投げられない膝の状態になってしまいました。
その後上田監督は試合を“投げて”しまったのか、経験のない高卒ルーキーをリリーフに出して派手に打たれ、日本一はヤクルトに。

そのとき、「抗議による試合の中断が試合の流れを変える」ということを感じたのが翌年近鉄の三塁コーチとして「江夏の二十一球」の広島の相手となった仰木さん。

江夏の21球のうち、14球目は無死満塁で近鉄の佐々木恭介が放った打球でした。
打球は三塁手の頭上を越えて、ファウルゾーンに落ちました。判定はファウル。

三塁守備に回っていた広島の三村のグラブに実はフェアゾーンで当たっていたのでした。
三村さんは「近鉄の西本監督に死ぬ前に謝っておかなければならない。そして他の人には墓まで持っていかねばならない事実だ」・・本人は、そう言ってグラブに当たったとは口にしていないものの、事実を語れない苦しさの中でずっと悩んでいたようです。

・・グラブに当たっていればフェアでヒット。レフト線に打球は転がり二者生還、近鉄のサヨナラ勝ちです。
これを知って当時のビデオ画像を探し、このシーンを確認してみましたが、たしかに三村さんはジャンプして打球を後ろに逃し、お尻から倒れ込んだ後、「やられた」という感じの動作をしています。

つまり、近鉄は勝っていた。西本監督は悲劇の名将ではなかった。

西本監督は、そのとき抗議しようとベンチを出たのですが、絶対の信頼をおいている三塁コーチの仰木さんが抗議しなかったのを見て、「彼が一番近くで見ていたのだから判定は間違いなかったのだろう」と抗議をやめてしまいました。
それもビデオ画像で確認しましたが、西本監督は「今のはフェアだ」とばかりベンチを飛び出して来たものの、仰木コーチのいる三塁方向を見て“残念”という表情をしてベンチに戻っているのです。

仰木さんは、前年の日本シリーズで、判定が覆らないのに抗議による中断で試合の流れが変わってしまうことを考えてグラブに当たったのは間近に見ていたのに抗議しなかったのです。
だって無死満塁、近鉄はそのとき“押せ押せ”状態だったのですから。

そして、あの奇蹟の二十一球のドラマにつながり、広島優勝・・という話。

こんな話ばかりがいくつも書かれているこの本、プロ野球ファンにはこたえられない中身の濃い本でした。
今読んでも、胸が苦しくなるような気持ちになったのでした。

 

2022/09/29

【はっPのアナログ探訪_0164: JUMP(ジャンプ) / VAN HALEN(ヴァン・ヘイレン) ( Single )】

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この曲はヒットしました。
ミュージック・ビデオもカッコよかった。
印象的なシンセサイザー(ギターのエドワード(※エディ)・ヴァン・ヘイレンが弾いていたのか)のイントロがとても印象的で、間奏でのシンセも素晴らしかった'(*゚▽゚*)'

そして、もちろんエディのライトハンド奏法(日本以外では“タッピング”と呼ばれる右手の指でのハンマリングやプリングにより音を出す奏法)がビジュアルでもサウンドでも“呼び物”でした。
ギタープレイ自体も、そのプレイする姿も、ロックミュージシャンらしい本格派のギタリストでした。
エディは、2020年に闘病の末65歳の若さで亡くなっています。

ボーカルのデイヴィッド・リー・ロスの派手なパフォーマンス付きの歌声もこのバンドには欠かせないものでした。

 

 

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私はドラムを叩くので、当時注目したのは、ドラムのアレックス・ヴァン・ヘイレン(エディの兄)のプレイとドラムセットでした。

パワフルなうえに、この曲での間奏部分の変則的なリズムが真似しようとしてもうまく出来なかった…σ(^_^;)

さらにツーバスのセット(バス・ドラムが二つあるセットは当時まだ珍しかった)を見て、足はどうなってるんだろう?ハイハットの分が足らなくなる・・(^^;)などと余計な心配などもしておりました。

そして、なぜかドラムには[消化器]がセットされていて、特に意味は無いんでしょうけど、「ヘヴィーなシステムなんだぜ」みたいに見えて(^_^;)、「このドラムの人、めっちゃカッコいいっ~!」って思ったのでした。

曲は、ヴァン・ヘイレンのヘヴィーでハードなロックに、さらにポップさが加わり、無敵のシングルとなっておりました。今聞いても胸のすくような気持ちのいいロックです。

たぶんデジタルで聞いてもすごくいいんじゃないでしょうか。
今回も気分よくアナログ探訪を終わります(*゚▽゚)ノ

 

2022/09/28

「まだまだ酔ってません/大竹聡」を読みました。

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『まだまだ酔ってません -酒呑みおじさんは今日も行く-/大竹聡著(双葉文庫)』という本を読みました。・・これもブックオフです(^_^;)安かった・・100円。

十年近く前の本ですが、酒呑みの生態を知るには充分な内容の本でした(^^;)

著者の大竹さんは、出版社、広告代理店、編集プロダクションを経た後、フリーライターになられた方ですが、お仲間と共に「酒とつまみ」を創刊されています。
大竹さんのお姿は、たぶんテレビの「タモリ倶楽部」に出演されていたときにお見かけした記憶があります。
ま、無類の“酒呑み”であられる(^^;)ことには間違いない方です。

それにしてもこの本を読んで一番驚いたのは、酒、肴、店についてはその内容に深くふれていないことです。
どんな銘柄の酒が美味しいだとか、あそこのあの肴は逸品だとか、どこそこのお店の雰囲気がいいとか、そんなことにはほとんどふれていないのです。

それでお酒の本が書けるのか?!と、ふつうは思うわけですが、書けちゃうんですねぇ(^_^)

とにかく“呑む”行為と、飲み過ぎてどうなったか、ということが書かれているのです。

どこそこで誰かと飲むことになった、待ち合わせの時間まで、とりあえず飲んでいる、で本来の飲み会でまた飲む、さらにそのうちの誰かと飲み会後にまた飲みに行く、そのあとハシゴを二軒くらい、その人と別れて、今度はひとりでまた飲みに行き、気づくと終電が出てしまった・・、じゃ始発まで飲むか・・( ̄O ̄;)・・ということで朝の通勤時間帯に電車に乗り帰宅。

三次会、四次会のあとの記憶はなく、タクシーで帰ることもあるが、クルマに乗ったところの記憶はあるがよく覚えていない。
一緒に飲んだ人たちと何を話したかも後半はまったく覚えていない。

二日酔い状態の日がとても多く、それでも飲みに行き、飲んでいるうちに二次会くらいで二日酔いを克服し (・_・;エンジンが再始動するd( ̄  ̄)・・そんなことの繰り返しが、しつこいくらいに書かれているのです。
私には未知の世界です。

懇意にしていた方が亡くなられたことについてしみじみと書かれていますが、そうなれば故人を偲んでまた飲むわけです。
だから飲まない日はない。

無間地獄(天国?)の酒呑みおじさんのお話、読んでいて、自分はしっかりしようと思いました…σ(^_^;)以上です。

 

2022/09/27

【南先生の玉手箱_0051_ふっと思う自然の緑と校庭の大くすの木】

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私の中学時代の担任で美術の先生の現役時代の資料やメモなどの文書を掘り起こして活字化する作業。
今回は、平成17年6月の日付が入っている家庭への通信文と思われるものを掘り起こします。
季節の中での自然のいとなみを見つつ、当時校庭にあった「くすのき」の心配をして書かれたもののようです。


以下、先生の文章です。

<ふっと思う自然の緑と校庭の大くすの木>

梅雨の候、何かとうっとおしい季節に自然の勢いは生命にみちあふれ、たくさんの息吹を感じさせてくれる。
学校の時計草も咲きはじめたこの頃、緑や花の変化に立ち止まることが多いです。

気に留めなければ何も感じることはない。
あたりまえのことですが、日本の恵まれた季節の変化を味わいながら感動する気持ちを大切に暮らしたいものです。

毎日子どもたちは、目の前のものごとや自然に対して正面から素直な気持ちで観察をしながら嬉々として活動しています。

私たち大人はその子どもたちの目の前にある今を最優先してかかわっていきたい。
毎日子どもの言動からエネルギーや夢をたくさん感じながら日々生き生きとありたいですね。

日常の普通の教育活動の中、暮しの中に目の前に今光っているものを感じとりながら日々感動を軸にして暮らしたい。

自然の深緑の中に生きるものの姿も時に感動的であります。
身近に恵まれた自然環境に意識的に目を、心をむけていきたいですね。

朝顔などもそうですが、この季節には何となく“つるもの”のイメージが気持ちにあって、上下・左右、・うしろに前にどんどん勢いよく伸びていく生命力などお話の中にあるジャックと豆の木の世界など、どこまでも伸びていく不思議な空間や夢の世界を思い出す。

お互いにたくさんの命と共存をしているなど、このうっとおしい季節に命の輝きをみつけたいものです。

大総小学校の伝統を見守る大きな存在の横綱である大くすの樹に出会って昨年からちょっと気になっていました。
昨年の秋に、芝山の樹医さんが見てくれてありましたが、この春も“まん中”の葉が少なくて少し心配。

四月に百年に一度のくすの木便りをお届けしたように、早いうち一回治療を加えたいと思います。
昨日、樹医さんと打ち合わせをしました。
すぐに枯れるとか言う心配はないとのことですが、子どもたちの次に本校一番の宝ものと思っています。

何も言わない身のまわりの自然の命に思いを寄せることの大切さ、創立から今まで大総小学校を見守り続けている大くすの治療を予定しています。
根まわりに空気を入れて肥料を加えるなど学校から後日お知らせをする予定です。
身近な存在の大きな木を大切にしましょう。


以上が先生の文でした。

先生が校長をしていたこの大総小学校も“くすの木の心配”をしていましたが、私が卒業した小学校も同じ問題を抱えていました。

樹齢百年の大樹に私が卒業してから数十年後にやはり治療を施し、“生き返る”ことができました。
今も小学校の前をクルマで通りかかると緑の葉をいっぱいつけた「くすの木」が校庭で元気にしています。

たいせつなことです。

 

2022/09/26

外山滋比古さんの「老いの整理学」を読みました。

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『老いの整理学/外山滋比古著(扶桑社新書)』を読みました。
これもブックオフにて見つけた本です。2014年発行で、著者91歳の時に発行されたものです。

外山滋比古さんの著書は何冊か読んでいますが、これはもう晩年のものなのに、先生の意気盛んな様子がうかがわれます。

まだまだいろいろなことを知りたいし、執筆もしたい、人と会いたい、話をしたい、自分で食べ物もつくりたい、出かけてもみたい、人前でちょっとは威張ってみたい、なんなら喧嘩してもいい、笑って過したいという気持ちもある・・などなどお話は留まるところを知りません。

私も“老い”というものを考えねばならないような気がしてきましたが、先生は「あまり忘れることを気にするな」と言います。
今までいろいろなことを頭の中に記憶してきて、もう容量はあまりないのだ、だから忘れて新しいことを覚える領域を空けねばならぬということなんです。

そう言われればそんな気もしてきて(^_^;)昨日やおとといの出来事など少しくらい忘れたってたいしたことないや、と思いはじめました・・単純…σ(^_^;)

ひとついいなと思ったのは、

「“風のように読めば、たくさんの本を見ることができる”。そのどこかに、自分のもっている波長と合うものがひそんでいるかもしれない。風のように、さらりと読んでいても、自分の波長にあったメッセージに出会えば、“共鳴”という発見がある。」

というお言葉でした。

これは私にはぴったりの言葉で、すっと腑に落ちました。

「“風のように”読み、“風のように”考えれば、人間がひと皮むけるであろう。」

との力強いお言葉、胸に刻みました。

 

2022/09/25

【復刻版】Modern Jazz喫茶『 頑 固 堂 』⇒《Us Three / 1960》 Horace Parlan

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十数年前に作っていたホームページ“Modern Jazz喫茶『 頑 固 堂 』”のブログ版復刻です。
取り上げているのは、ホレス・パーランのアルバム、「アス・スリー」です。
今回、再度聴き直して一部文言等を追加・修正いたしました。


Horace Parlan/p
George Tucker/b
Al Harewood/ds

①Us Three
②I Want To Be Loved
③Come Rain Or Come Shine
④Wadin'
⑤The Lady Is A Tramp
⑥Walkin'
⑦Return Engagement

幼い頃に小児麻痺を患ったせいで、右手の薬指と小指が全く動かなくなってしまったホレス・パーランの有名な作品です。彼のプレイはその事実を知る前から私の心をとらえて離しませんでした。同じフレーズが延々と続き、どこがそのループの始めかわからなくなる、幼い頃一人でくるくる回って目が回ったような感覚が呼び覚まされました。

一曲目のドラム(アル・ヘアウッド)のブラシから息をもつかせぬ展開で、ベース(ジョージ・タッカー)のかっこよすぎる絡みが入って来て、パーランのピアノ独特の“くるくる”もいきなり爆発します。
この曲は、パーランのオリジナルなんですね、なのでパーランの世界がこの一曲目からぐいぐいと展開されていきます。

二曲目はしっとりとした味わいのあるピアノです。訥々としたパーランのつぶやきのような曲です。
パーランは、前曲のようなぐいぐい走るような曲もいいのですが、叙情的な曲もとてもよいのです。
うったえかけ、ささやきかけてくるのです。

三曲目はスタンダード曲ですが、バラードとしてのメロディを大切にしつつ、ちょっと黒っぽい、しかも土の香りがするようなリラックスしたプレイを聞かせてくれます。
最後まで続く三人の渋いプレーがとても味わい深い。

四曲目はパーランのオリジナル曲。ベースで始まり、シンバルが入り、ピアノがあたりをうかがうように侵入してきます。いやはやかっこいいこと。
このブルースにパーラン自身がどんどんのめり込んでいきます。
その一挙手一投足に神経を張り巡らすように聴くとこたえられない味わいがあります。
この曲でも途中パーランの“くるくる”目がまわるようなプレイを聞くことができます。

五曲目はパーランが空白の生かし方をいろいろ試せると言っていた曲で、たしかに簡潔なメロディで空間を埋めていくような感じです。
ベースの明快で、豊かなサウンドも聴き所です。

六曲目もスタンダード曲です。パーランはこの曲を何百回も弾いているらしく、一番うまくできると自信を持っているようです。
それ故、堂々としたプレイで、次第にテンションも上がっていきます。曲の中に入り込み、突き詰めていく感じがあります。パーランの“つっかかった”ようなフレーズが独特。
ヘアウッドの乾いたドラムの“粋な”ソロ・プレイも聞けます。

ラストはブルーノートのアルフレッド・ライオンと2枚のトリオ・アルバムを作る約束をしたことに因んだタイトルです。
テーマのメロディが魅力的ですが、インプロビゼイションに持ってこいの曲調で、パーランのオリジナル、思う存分自分のプレイを展開します。
パワー感も伝わってくるなかなか“力”のある曲です。

 

«「昭和喫茶のモーニング&ランチ -東京編-」を読みました。

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