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伊集院静さんの「誰かを幸せにするために -大人の流儀8-」を読みました。

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『誰かを幸せにするために -大人の流儀8-/伊集院静著(講談社)』を読みました。
一連のシリーズ化されたものですが、ブックオフで見つけると楽しみに買って帰ります。

前にもこのブログで書きましたが、伊集院さんのこのシリーズでは他の人のエッセイなどには見られない“歯に衣着せぬ”堂々たる書きぶりがあり、「そうそうそれが言いたかったんだけど、言えなかった」・・という気持ちになるのです。
だからまた読んじゃう^_^;

今回書かれていた内容で特に印象に残ったのは、大切な人や飼っていた犬などが死んでしまったときの悲しみについて。
それは結局消えることは無いのだけど、でも残された人が亡くなった人の想い出と共に生きていくことが大切なんだということ。
最近、私もそれを実感しています。涙が出てくることもあるけど、でも一緒にいろいろなことをしたあの想い出、この想い出を大切にすることが亡くなった人のためにもいいことなんだと思って過ごしているのです。

もうひとつ、自分でもどうしたらいいのかと思っていて、いい方法が見つからないこと。
コンビニの入口にペタッと座り込んで他の人の邪魔になっている若者や、今飲んだ飲料のペットボトルなどをその場に平気でポンッと置いていってしまう人。

伊集院さんはすぐに注意するのだそうですが、相手は返事もせずにちょっと避けたりするとのこと。で、奥さんが「何をされるかわからないから、やめて」と言う。
私も思わず注意してしまうのですが、妻に叱られるのです。

もっと極端な例では、以前、新幹線内で起こった事件について。
凶悪な人間が客を襲ったときに、女性客などを守ろうとして立ちはだかり、殺されてしまった方がいました。
伊集院さんは、自分もそうしただろうとおっしゃっていて、他の乗客を守り亡くなられた方への敬意について書かれているのです。
でも、これは難しくて、結論的なものは見いだせないです、私。

いつも自分で何かしら考えねばならないことが提示され、読んだあとも、しばらくずっと考えてしまう伊集院さんのこのシリーズ、まだ何冊か手に入れているのでまた読後感をここにアップいたします。

 

2023/02/04

昨年に続き、異空間に行ってしまったようです。

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今週の出来事ですが、ある場所(初めて行く所)に行く用事があり、クルマのナビをセットすると、距離は12キロほど、時間は30分程度で到着予定になっていました。

で、余裕をもって出発いたしました。

初めて走る道でしたが、走っても走ってもナビの画面は目的地に近づいていかない・・でもって、気付いたのですがずっと同じ道を同じ景色の中走っているようです。
似たような景色だなあと思っていたのですが、あれれ、道を歩く人とすれ違うとさっきすれ違った同じ人です・・。

ずうっと同じところを走っているのではないか、だんだん恐怖が増してきましたが、なんとか倍の一時間もかかって目的地に到着。
とても大きな建物があり、にぎやかな場所のはずなのに人影はほとんど見えない。

ものすごい寒気がしたのですが、クルマから降りて歩き出すと何かズボンが濡れている。
「えっ」と思ったら自覚なしに失禁していたのです。
ここは「この世ではない」と思い、あわててクルマに戻り、無我夢中で家を目指しました。

今度は30分程度で自宅に到着し、この世に戻れたようでした。
もうそのあとは洗濯したり^_^;大変でしたが、あまりの恐怖にその日は家から出ることができなくなりました。

強烈な恐怖体験でした。

数日後、妻に運転してもらい目的の場所に行きましたが、30分で着いたし、到着した場所は前回私が行った時と同じ時間帯でしたが、にぎやかで人もたくさん歩いていました。
駐車場でもクルマがたくさん動いていた・・。

昨年、古い日本家屋に入っているギャラリーに行ったときに、門が閉まり、閉店の看板が出ていて建物の中をのぞいても照明もついてなくて、誰もいないことがありました。

別の場所に行ってそのことを告げると「いや開いているはずだ」と電話すると、私が行ったときにはギャラリーは開いていて、お客さんも入っていた・・ということがありました。
このときも“異空間”に迷い込んでしまったようでしたが、今回も同様のことが起こったようです。

今は、塩を紙でくるんでテープで留め、身につけています。・・これはけっこう効果がある。
いまのところ異空間からの誘いは止んでいます。

 

2023/02/03

映画「ミスター ムーン ライト」を見て来ました。

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映画『ミスター ムーン ライト(Mr.Moonlight)/2023年 日本 監督:東考育 出演:高嶋弘之、星加ルミ子他』を見てきました。
新聞の広告で知り、あわてて上映館を調べ、ちょっと遠いけれども出掛けました。

歴史的な出来事となったザ・ビートルズの1966年・日本武道館公演を中心に、当時騒動の真っ只中にいた関係者に対してインタビューしていく形式でまとめられた映画でした。

近年、ビートルズの来日だけに特化して様々な関係者からの証言や、事実をまとめて音楽誌に連載したり、さらにそれをまとめ上げて書籍化している人も現れ、ファンにとってはまだまだ初めて知ることが続々と出てきている状況です。

それらを読み込んでいる人には新たな事実などは少ないのでは、と思うマニアックな人もいるかもしれませんが、私はこの映画を見てとても好意的な感覚になりました。

英国のファンクラブの事務をしていたフリーダ・ケリーさん(この方の映画も何年か前に作られて興味深い内容でした)など貴重な方のインタビューもあり、日本人についても当時のことを事細かに話していて、私には新たに知ることもあったのですが、でも今のこの時点でそれぞれの関係者の方々が“目を輝かせて”お話していることがとても良かったと思いました。

今がラスト・チャンスだったのではないかと・・・。
まだ皆さん“ヨボヨボ”になったりしていないし、ある程度高齢になられてはいるものの、自分から見た当時のビートルズの面々や、様々な事象についてしっかりとお話されていました。

「もうそんなこと100回聞いたよ」みたいなことをいうマニアもいるかもしれないけど、既に明らかになっていることでも、これだけの人数の人たちが、ひとつの映画の中で力強く話されている、という事実が作品として残ったということが、とてもいいと思いました。

インタビューの中心には初代の東芝のビートルズ担当ディレクター・高嶋弘之氏と、ビートルズに初めて英国まで行って取材したミュージック・ライフ誌の星加ルミ子さんが据えられていました。
お二人とも何度も様々な機会にさんざん話したであろうお話を“生き生きと”したエピソードとして語られていて、“偉そうな”態度など微塵も見せずにビートルズと日本公演についてこの映画で初めて色々なことを知る人にまでわかりやすく話されていました。

なかなか出来ることではありません。「あれはオレがいなかったら」とか「私だったから出来た」みたいな話しぶりにならないのがお二人の人柄が出ていてよかったのです。

高嶋さんが今もやっている「1966カルテット(※1966はもちろんビートルズ来日年に因んでいます)」という弦楽とピアノのユニットのコンサートに行ったときに、ロビーにはビートルズの貴重な資料が数多く展示され、高嶋さん本人がその場に立たれていました。
“おそるおそる”見ていた私にやさしく話しかけてくれて、この映画のインタビューのように当時のエピソードを話してくれたのにはとても驚きました。
どの方にもそうしていて、面倒くさがらずに、当時の楽しいエピソードと共に会話している姿を見て誰にでも出来ることではないと思いました。

映画自体もいいし、ちっとも暗い話題や“うがった”見方に方向性が動くこともなく、見たあとには心に灯がともるような映画でした。見てよかった。
最後に気になったのは、映画のタイトルになっている「ミスター・ムーンライト」が掛からなかったこと・・(^^;)・・あの衝撃的なジョンのシャウトから始まる曲を冒頭、あるいはラストに流したら良かったのにぃ~と思いましたよ(#^.^#)

 

2023/02/02

東海林さだおさんの「ブタの丸かじり」を読んだ。

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『ブタの丸かじり/東海林さだお著(文春文庫)』という本を読みました。
これもブックオフで100円で手に入れたものですが、けっこう古く、初出が1993~1994年の週刊朝日で、その後単行本化されたのが1995年となっていました。

立ち食いステーキが登場してきた頃のようで、東海林さん自らお店に出向き、“立ち食いステーキ体験”をしている様子が書かれていました。
当時は、かなり流行っていたらしく、店内でもそれぞれの立ち食いしている人のうしろに二人ずつ並び、さらに店外では行列が出来ている状態。

やっと順番が回ってきて、さあ食べようとしてもうしろからの無言の圧力が気になり、食べた気がせず、味もよくわからない・・(^^;)そんな状況報告がされていました。
あのブームはなんだったんでしょうか。うちの町内にも一軒そのステーキ屋さんが出来たのですが、あっという間に撤退してしまったのを記憶しています。

蕎麦は打ちたてがうまく、天ぷらは揚げたてが上手いなら、センベイは焼きたてがうまかろうと、実際それが体験できるお店に行ってやってみる話も書かれていました。

炭火の入った七輪、センベイの生地、醤油、味噌だれ、青海苔、七味、白ゴマなどが席に運ばれてきて東海林さん、自分で焼くのですが、期待ほどではない出来上がりと味が正直にレポートされていました。
いつも思うんだけど、東海林さんってけっこうチャレンジャーです。

何十年も前にサトウサンペイさんとスイスに行き、二人きりの旅をしていたときにチーズ・フォンデュを食べ(その当時はチーズ・フォンデュなんて日本人には馴染みがなかったようです)、「きわめてまずい」という印象を持ち、二人で「もうこれは食べるのはよそう」と誓ったらしいのです。
でも、後々、東京であらためて内緒で食べてみたら、やっぱり美味しかった(^_^;)あの記憶はなんだったんだろう・・というようなお話でした。

というわけで、食べ物にまつわる面白い話からどうでもいい話まで盛りだくさんなのは毎度のこと、たのしくヒマをつぶさせてもらいしまた。

 

2023/02/01

【はっPのアナログ探訪_0170: ミセス・ブラウンのお嬢さん / ハーマンズ・ハーミッツ ( Single )】

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このレコードは十数年前に職場の先輩から「もうレコード・プレイヤーも無いし、持っていてもしょうがないからあげるよ」ということで頂いたものです。

「ハーマンズ・ハーミッツ」というバンド名も、「ミセス・ブラウンのお嬢さん」という曲名も聞いたことはあったのですが、どんなバンドなのかも、どんな曲なのかも知りませんでした。

針を落として聞いてみると、なんかずいぶんと古い感じだし、サウンドも申し訳ないけど“さびしい”ものでした。
英国のバンドで、この曲は1965年に全米1位を獲得しているにもかかわらず英国ではリリースされていないようです。
このレコードをくださった先輩の年代でないと、この曲が売れていた頃の状況がわからないと思いますが、私の聞いた感じだと、こういうシンプルで歌詞などもはっきりと発音され、わかりやすい感じの曲が当時“ウケていた”のだな、と思いました。

 

 

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歌詞カードに書かれていた紹介文を見ると、英国ではマンチェスター発のこのバンドと、リヴァプール発のビートルズが人気を分けていた・・というような書きぶりなので、かなりの人気グループだったのでしょうね。

曲の解説文は、「DJ高崎一郎」さんとなっています。古いレコードを手に入れると高崎さんのお名前での解説文をよく見ます。

何度か聞いてみると、だんだん曲の良さがわかってきましたよ(*^^*)
“しょぼい”と思ったギターの音も、「なんだかこの曲調に合っているよな」と思い直しました。
不思議なもので、ヒットしたのも頷けるような気になってきました。

 

 

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余談ですが、歌詞カードの裏側に「ビートルズに続くリヴァプールのエースは誰か?」などという「人気投票」応募券が付いていました(#^.^#)
これはひょっとして当時東芝でビートルズを担当していた高嶋弘之さんあたりの“仕掛け”かもしれないですね(^_^;)
リヴァプール出身のグループを盛り上げようとしていたのでしょう。

まだ数枚、先輩から頂いたレコードがあるので、今後少しずつ紹介していきたいと思っています。

 

2023/01/31

鮎川誠さんが亡くなった

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ロック・バンド「シーナ&ザ・ロケッツ」の鮎川誠さんが亡くなったことを報道で知りました。
鮎川さんが大学在学中に「サンハウス」というバンドを結成していたのは当時、バンド名は知れ渡っていましたが、私はまだその音を聞いたことがありませんでした。

初めて鮎川さんのサウンドを聞いたのは、たぶん当時ラジオのニッポン放送でやっていたと思われる「スネークマンショー」に「シーナ&ロケッツ(※当時のCDを見ると“ロケット”と表示されている)」の曲「レモンティー」や「ユー・メイ・ドリーム」が掛かりだした頃からでした。

「レモンティー」は、ヤードバーズの「トレイン・ケプト・ア・ローリン」をシーナ&ザ・ロケッツ風にアレンジしたもので鮎川さんのギターは特筆もののカッコよさでした。

“生の”「シーナ&ザ・ロケッツ」を初めて見て、そして聞いたのは、1980年、ニューヨークのパンク・バンド「ラモーンズ」のコンサートが渋谷パルコの西武劇場(※当時の名称)で開催されたときのオープニング・アクトでした。

鮎川さんの「ラモーンズがどんな演奏するのか、俺たちも楽しみにしている」という挨拶と共にシーナ&ザ・ロケッツの演奏が始まり、骨太で硬派で、“剛球一直線”な演奏は凄まじいものがありました。
ラモーンズもそうでしたが、あんなデカい音量でロックを聞いたのは生まれて初めてでした。

「シーナ&ザ・ロケッツ」というバンド名もひょっとすると、ラモーンズの傑作アルバム「ロケット・トゥ・ロシア」と、その中の一番いい曲「シーナ・イズ・ア・パンクロッカー」から取っていたんじゃないのかな、とその時思いました。

鮎川さんがロックに対する考え方や、自身の生き方について語っているのを何度かテレビ・ラジオその他で聞いたことがありますが、不器用だけど、真摯で、そして熱い情熱を感じました。それに先立たれてしまいましたが、奥様のシーナさんへの愛も。

また愛用の黒のレスポール・スタンダード(1969年製・地元の友人から譲り受けたもの)がカッコよかったですねぇ。
鮎川さんはレスポールに「お前は凄いやつだ」と語りかけながらステージに上がっていて、ギターに対する愛情もギタリストならではの深いものを感じました。
何かで見た記憶があるのですが、そのレスポールのテール・ピースが割れていて、それでもなぜかガッシリとネジで留まっていて“気合い”でギターとしての機能を維持しているのではないかと思われるものでした。鮎川さんの魂そのものみたいなギターです。

鮎川さんの訃報を聞き、いろいろなことが思い浮かべられてこのブログに書いてみました。
これからはあちらの世界で奥様のシーナさんと再会し、また豪快なロックを永遠に続けていかれるのだと思います。

 

2023/01/30

「美女という災難/日本エッセイスト・クラブ編」を読みました。

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『美女という災難 -'08年版ベスト・エッセイ集- /日本エッセイスト・クラブ編(文春文庫)』をブックオフで見つけ、読みました。

どのエッセイも面白い話、しみじみとする話、思わず涙する話、懐かしい話、夫婦の話、・・などなど・・が満載でとても良かったのですが、それだけでこの読後感をアップするのも何なので。

上記例のようなお話ではなくて、とても気になったものをひとつご紹介いたします。

日本史研究者で今や誰もが知っている磯田道史先生の「うぶだしや」というタイトルのエッセイです。

「うぶだし屋」とは、骨董品の買い取り業であるが、毎朝、新聞の死亡欄を丹念に見て、亡くなった人の遺品を買い出しに行くという・・そんな職業です。

磯田先生なじみの「うぶだし屋」に出かけると、段ボールに入った表装されていない絵をあさっている人がいて、その人の携帯に電話が入り、その場を外しているときにその絵を見ると、なんとも魅力的な少女(大正時代の山の手の育ちのよさそうな女学生が微笑んている)の絵ばかりだったとのこと。

あさっていたお客が全て買うことになっていたようだが、一枚主人が譲ってくれたとのこと。

その絵は大事にしまっていたのですが、家族からは「あなたが結婚できないのはあの絵をずっと大事に持っているからではないか」などと独身時代の磯田先生は言われていたとのこと。

その絵の裏側を見ると、絵画教室に通っていたらしく、先生の講評が記されている・・。
で、気になって出所をうぶだし屋に聞いてみると・・その家には明治・大正期の政治家の書簡がごっそりあった、さらに調べると、伊藤博文の友人で通信社を創業した社長宅であったとのこと。

絵を描いていたのはその令嬢で、若くして亡くなり、自分がもし元気であればこんな女性になっていたはずだという絵を描いていたのだというのです。

なのでうぶだし屋が買い取った書簡の中には近衛文麿の令嬢に対するお悔み状などもあったとのこと。

で、話は飛ぶのですが、なかなか女性と付き合うことのなかった磯田先生、ある日女性から青山墓地の桜が奇麗だからと花見のデートに誘われよろこんで出かけたとのこと。

誘ってくれた女性は顔は知っていたがそれほど親しくなかった、なのに電話で誘いをかけてくれた。
しばらく歩いて「桜、きれいね」と女性が立ち止まったところで、背後に磯田先生は気配を感じた。
目を移すと、そこにはあの絵を描いた令嬢の名が入った墓石があった・・(・_・;)・・享年二十七歳、昭和九年没」と記されていたとのことです。

今回、これがいちばん衝撃的な話でした。

そして花見に誘ってくれた女性とはそれっきりになったのだそうです。
磯田先生はいまもその絵をもっているとのことでした。

 

2023/01/28

【南先生の玉手箱_0057_あそびの中で育まれる大切な部分】

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私の中学時代の担任で美術の先生の現役時代の資料やメモなどの文書を掘り起こして活字化する作業。
今回活字化するのは平成16年1月21日の日付が入った「らくがき」という配布プリントです。
タイトルは「あそびの中で育まれる大切な部分」というものです。


以下、先生の文章です。

《あそびの中で育まれる大切な部分》

学校では児童それぞれの発達、学年に応じてたくさんの学習や行事が計画・実行されている。
日頃の学習は知識を中心とした内容が多いように思えるが、学習や活動を通して身につけてほしい今学習していることのず~っとむこう側に大きな大切な目標がある。

それはひとつ言葉や文章で示すことは難しいのだが、家庭や学校でのあそびや勉強を通して生きる力「生活能力」と豊かな心「感性」を身につけることは大きな柱だと思います。

私ごと、現在の自分をふりかえる時、その力や感性など自分の原点とは子どもの頃の育ち方、学び方が基本になっていることに気がつくことが多い。
お互いに子どもの頃自分の育ち方など客観的に見たり考えたりすることなく夢中にその時を生きてきた。

子どもが子どもらしく、又、望ましい暮らしの環境をつくる責任は大人側にある。
このようなことはいつの時代にも同じことが言えるのでしょう。
今の子どもは、又、若者はどうのこうのとよく話題になることがあるのだが、何かにつけてできないと言うことの理由の多くは体験をしていないことが多い。
頭も体も身につけていくには実際の体験をすることで誰もがあたりまえに分かっていることなのですが、この実体験の場、特に今の暮らしの中には欠けていると思うことが多いです。

昨日、三年生で近所のおじいさん「今関さん」たちが来てくれて簡単なこまつくりをやりました。
時間の都合もあって材料からほとんどの準備をしてくれてありましたが、竹を切る、こまのまん中にちょっと穴をあける、こまに色をつけるなどの体験を楽しみました。

清水君ほか、ノコギリをうまく使う児童は自分で体験のある子、はじめての子でもやり方が分かるとすぐにできるようになりました。

机の上に五個ものせてまわして満足そうな顔、何かいつもとちがう授業は準備もあとしまつもいろいろと大変、でもちょっと前まではこのような体験はあそびなどを通してたくさんできたものです。

あそびや道具つくりを通して自然に身についているべきことが今の時代は難しい状況の中、子どもたちにその時間と場所を与えたいものですね。


以上が先生の文でした。

日々の暮らしの中で、遊びの中で、いろいろな実体験をしながら様々なことを身につける・・などということは上記の文が書かれた16~17年前でもすでに小学校に通う生徒達にはなかなか無いことだったようです。

このあいだ、私、町内会の会合に出たのですが、消防署の方からの防火についてのお話を聞く中で、「現在の市内では焚火をすることは出来なくなりました」と伝えられました。
子どもの頃、焚火をして芋を焼いたりしていましたが、そんなこともう出来ないんですよね。
鉛筆をナイフで削ったり(文房具屋さんに行くと“ボン・ナイフ”などという子供用ナイフが売られていた)することももうないのでしょうか。
そういえばリンゴの皮をむけない子供も多いみたいです。

実体験の大切さを書かれた先生の文を読んで、さまざまなことを思いました。

 

2023/01/27

「すすれ!麺の甲子園/椎名誠」を読んだ。

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『すすれ!麺の甲子園/椎名誠著(新潮文庫)』という本を読みました。
平成20年に刊行されたものの文庫化です。

椎名さんがこの「麺の甲子園」を書いていたのは知っていました。
でもそのとき思っていたのは、全国、数ある麺(ラーメン、うどん、蕎麦、その他きしめんや糸こんにゃくまでエントリーされている)から美味しいものを探訪していくのはいいけど、そんなもん闘わせて意味があるのかな?ということでした。

予選には(一年半かけて全国の麺?を求めて走り回り、食い回っている)、もやしや、葛切り、細切りキャベツまで登場して何がなんだか、どれがどうなっているのかわからん状態もありました。
そんな中、さすが椎名さん、各地区予選をどうにかこうにかやった形にして甲子園出場麺を決めてしまいます。

一日に何杯も麺ものを食べているので、読んでいるだけでもその日の後半はつらそうだし、闘い的には“不利”になったりもしていましたが、そのうち「この本の楽しみ方は、全国にこんなにいろいろな《麺》があり、それぞれにそれぞれの味があり、お店があり、お店を営む人がいて、その地方独特の風土や味わい方があるのだ」ということを読んで楽しめはいいのだ、ということに気付きました。

椎名さんと共通して気になったのは、四国の有名なうどん屋さんがブロックに板を渡したような椅子や、オフィスごみとして捨てられたような机を使ったり、そこにある畑でネギを自分で取ってくるなどの演出があって、皆それを面白がってたくさん集まってくるのだけれど、そのうしろには“御殿”のような母屋が建っている・・それってなんだかなぁ・・ということでした。
私も現地に行ってそのようなものが目に入ると、ちょっと考えてしまうと思います。

また、行列して一時間も待ってラーメンを食べるというのは、もともとファスト・フードであるのになんだかおかしい・・ということ。
これもいつも私が感じていることです。
はっきり言ってそうまでして食べるラーメンなんてあるかなと。
試しに並んで食べてみると、普通か、普通以下であることが多いのです。店員も不愛想だったり、威張っていたりすることも多い。

もうひとつ、蕎麦屋さんですが、東京の赤坂などの高級店の蕎麦の量はいったいなんだこれは!というものが多いです。四・五回箸でたぐると食い終わってしまう。
もともと蕎麦って土地が痩せているところで、なんとか栄養が取れないかという食料だったことを考えると、そういったお店の“気取り方”がどうにも変じゃないか、と思ってしまうのです。そういった店に限ってクラッシックやジャズが流れているのも共通しています。

などと三つばかり“愚痴”っておいて(^-^;結局はこの本、楽しめました。
私が東京勤務していたときによく行った銀座insの超B級スパゲティーもエントリーされていて、椎名さんは「学生アパートのヤケクソ独身スパゲティー」と表現されていました。これまた同感!(*^^*)
麺って、身近なもので、「人が食べたらどう思うかわからんけど、ワシはおいしいけんっ!」というようなものなんじゃないでしょうか。

結論が出たところで今回の読後感はこのへんでおしまいにします。

 

2023/01/24

【復刻版】Modern Jazz喫茶『 頑 固 堂 』⇒《Bags' Groove / 1954》 Miles Davis And The Modern Jazz Giants

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十数年前に作っていたホームページ“Modern Jazz喫茶『 頑 固 堂 』”のブログ版復刻です。
取り上げているのは、マイルス・デイビス&モダン・ジャズ・ジャイアンツのアルバム、「バグズ・グルーブ」です。
今回、再度聴き直して一部文言等を追加・修正いたしました。

Miles Davis/tp
Milt Jackson/Vibes
Sonny Rollins/ts
Thelonious Monk/p
Horace Silver/p
Percy Heath/b
Kenny Clarke/ds

①Bags' Groove(take1)
②Bags' Groove(take2)
③Airegin
④Oleo
⑤But Not For Me(take2)
⑥Doxy
⑦But Not For Me(take1)

①と②は、有名なマイルスとジャズ・ジャイアンツとのクリスマス・セッション時のもので、「マイルス&モダン・ジャズ・ジャイアンツ」という、このアルバムの兄弟的なアルバムで、あのモンクが途中で演奏を止めてしまう名?演を聞くことができます。

このアルバムでは、いきなりバグズ・グルーブのテイク・ワンとツーを聞くことができます。
“バグ”というのは、ビブラホンのミルト・ジャクソンのあだ名で、目の下の袋状の“くま”を指していたものらしいです。
ただ、いつもこのアルバムを聞くと、バグズ・グルーブって、他のマイルスの“びっちり”と精緻に作り込まれたアルバムに比べ“ダサい”ようなやぼったさを感じるのですが、いかがでしょうか。
後のマイルスのクールでスマートな演奏とはちょっと異なるものだと思うんですけど。
モンクやその他ジャズ・ジャイアンツに遠慮しているわけではないのでしょうが、イマイチすっきりしないように、私には感じます。

それに当時は、他のミュージシャンのアルバムでもよく見かけますが、同じ曲の「テイク違い」が並んでいるのって・・私にはなんだか“ダレる”ような感じがあります。
「何言ってんだ、両方入っているからこその、このアルバムじゃないか」というご意見も当然あるかとは思いますが、こういうのってロックなどのアルバムではCDが出始めた頃の追加ボーナス・トラック以外あまり無いよなぁ、と思うのです。

とは言え、名演は名演、並のアルバムでないことは確かです。他のマイルス作品の完璧さと比べてしまうから色々言ってしまうわけで、バグズ・グルーブ以外の6月に録った曲も素晴らしいものです。ロリンズの曲を何曲か取り上げていますが、どれも味わい深いものがあります。

どなたかが言っていたのですが、4曲目の「Oleo」でサックスのソニー・ロリンズがソロに入ると“イマイチ”な感じなので、ピアノのホレス・シルバーが「しっかりしろ」みたいなピアノを入れているというので、あらためて私もそこに注意して聞いてみました。

たしかに、ロリンズのソロはモタモタ、ノコノコというか、今ひとつな感じで、私にはそこでホレス・シルバーが「もういいよ、オレが入る」という感じでいったんピアノをちょっと入れているように感じました。
あわててロリンズが“それなり”のソロを吹き直すと、「やればできるじゃん!」とホレス・シルバーがそのあとソロに入る・・という感じに聞こえました(#^.^#)

マイルスの作品は、襟元を正して聞かなければいけないようなものが多い中で、このアルバムについては、割りとリラックスして楽しめるような気がします。
気分をゆったりして、マイルス他のジャズ・ジャイアンツの演奏を楽しむのには持ってこいのアルバムかもしれません。

 

«「赤塚不二夫のことを書いたのだ!!/武居俊樹」を読みました。

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