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映画「私のちいさなお葬式」を見ました。

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映画『私のちいさなお葬式/2017年 ロシア 監督:ウラジーミル・コット 脚本:ドミトリー・ランチヒン 出演:マリーナ・ネローヨワ、アリーサ・フレインドリフ、エヴゲーニー・ミローノフ 』を見て来ました。

原題はロシア語なので、表記できませんでした。

主人公は75歳のひとり暮らしの女性。村に一つしかない学校で教職をまっとうし、村の人や、かつての教え子らに尊敬されつつ生活していました。
そして、主人公は、ある日医師から余命わずかと宣告されてしまいます。

息子には、5年に一度しか会えない(都会で大きな仕事を大忙しでしている)のですが、自分の死によって息子に迷惑をかけてはいけないと、自分のお葬式計画を立て、まだ死んでいないのにどんどん進行させます。

主人公を先生と慕う医師に頼んで、遺体安置施設に出向き、死んだことにして死亡診断書を書いてもらい( ̄O ̄;)、棺桶屋さんに行って自分の棺桶を買い、バスに乗せて運んだり(^_^;)、葬式に必要な料理を手配し、夫の眠るお墓の隣に埋葬する穴まで掘らせます。

でも、予定どおりには“死ななくて”近所の仲の良い友に殺してもらわないと死亡診断書の日付が合わなくなってしまうと懇願したりd( ̄  ̄)

本人が真剣なだけに見ている側では笑いが自然と起こりました。

母が亡くなったと思い、帰って来た息子とのその後の“ドタバタ”と、しんみりさせる心の通わせ方、などなど・・なかなかのストーリーと、絶妙のキャスティングも光っていました。

歳をとることがどういうことを意味するのか、親子や友、村の人々との関係など温かみのある物語の展開と、登場人物のキャラが立っているこの映画、見どころが多く、とても良い映画でした。
上映館は少ないかもしれないけど、見て損のない作品だと思いました。

2019/12/13

新海均・編の「季語うんちく事典」を読んだ。

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『季語うんちく事典/新海均編(角川ソフィア文庫)』という本を読みました。

以前、このブログで「夏井いつき」先生の『子規365日』という正岡子規の句を一年365日それぞれにぴたりとくるものを先生が取り上げた本をご紹介しましたが、もちろん夏井先生が登場するあのテレビ番組「プレバト」は、テレビ嫌いな私もよく見ておりますよ!d(^_^o)

というわけで、また俳句関係のこの本、今回は「季語」についてのうんちく本です。

春夏秋冬の季語をとにかくたくさん取り上げて、その季語について著者があれこれ調べた(かなり深い)内容が紹介されています。
えっ、この季語がこの季節のものなの?!なんて、単純に私のような素人が驚くこともあったのですが、季語それぞれについての“うんちく”は面白かった、これを“おかず”に白いご飯三杯はいけそうでしたヽ(=´▽`=)ノ


夏の季語「冷麦(ひやむぎ)」の項では、冷麦と素麺(そうめん)の違いまで取り上げてくれています。・・正直、私も曖昧な違いしかわからなかった。
太さ1.3ミリ~1.7ミリのものが冷麦、0.7ミリ~1.2ミリが素麺。
素麺には植物油が含まれているのですね、そういえばどこかで聞いたことがあった。

その他、「トマト」の項では、「トマトが赤くなると、医者が青くなる」理由にふれています。ようするにトマトの栄養が素晴らしいってわけですが、その栄養についても詳細にふれています。

で、季語それぞれを使った句も紹介されています。
たとえば上記「トマト」のところでは・・

[二階より駆け来よ赤きトマトあり 角川源義]

・・なんて具合です(*^_^*)

四季それぞれの季語、230ページ全部たのしめました。

・・でも、まだ自分で句は書いていない…σ(^_^;)

 

2019/12/09

佐藤優さんの「君たちが知っておくべきこと」を読みました。

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『君たちが知っておくべきこと 未来のエリートとの対話/佐藤優著(新潮文庫)』を読みました。

この本は、灘高校の生徒たち二十数人から佐藤優さんの話を聞きたいという話が持ち上がり、生徒たちから佐藤さんの本を読んで質問・意見があるということで、佐藤さんが同校を訪問する形で企画されたものを本にしたものです。

灘高校と言えば、日本中の秀才を集めた超難関高校、将来は東大に入り、国家公務員試験を受けて官僚になるようなことを目指している人達が多い訳ですが、講師の佐藤さんは県立浦和高校を出て、同志社大神学研究科を出ている異色の元外務相主任分析官です。

今後どの学部で何を学び、どんな本を読み、どんな研究をし、相対することになる政治家とはどんな人種なのか、世界の国々がそれぞれどのような考え方で国家を維持しているのか、などなど佐藤さんが外務官僚時代に学んだことを遠慮なく教示しています。

それに異性におぼれるともうダメ・・みたいな話をして、生徒たちも笑いと共にリラックスしている様子がうかがわれましたが、ほんとうに異性におぼれたら、こんなエリート候補生達はもう戻って来られなくなるだろうなと思いました。
生徒から佐藤さんにする質問などは、私には難しくて“チンプンカンプン”です。それに佐藤さんの回答もやはり難しくてよくわかりませんでした。

それでも、何か国を動かすような仕事をする人間というものの厳しさ、そして探求心・研究心があればその厳しさをはるかに超えて人としての喜びのようなものが得られるということだけはわかりました。

ラジオなどでも佐藤さんが出演する番組を聞くことがあるのですが、「理詰め」の世界と、「義理・人情」などを含む人間関係の世界などが密接に絡みついて国の仕事が推し進められていることがよくわかります。

どこかの国の大統領や、指導者などがなぜこういう発言をするのか、何を見据えているのか、など、場当たり的でない、知的な分析が必要なんだ、といつも感じます。

読んでいると自分の頭が良くなったような気になるのですが、気のせいでした。
でも、とても明解な話っぷりが気持ちよく、あっという間に読める本でした。

2019/12/08

横芝光町にあるギャラリー「笑虎」に先生の個展を見に行ってきた。

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毎年12月になると、このブログでも度々ご紹介している私の中学の担任で美術の先生が個展を開きます。
場所は横芝敬愛高校近くにあるギャラリー「笑虎」。
今回は南隆一先生と、その教え子である富塚祐子(私の中学・高校の同級生)、さらに針がね細工の矢野明子さんも加わって“コラボ展示”となっております。

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きょうは私の同級生富塚祐子は残年ながらギャラリーには来ていなかったのですが、写真の「マツコ」の絵はインパクト抜群で、中学時代から何ら変わっていないことがわかりました。

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続いての“円盤”のような作品は南隆一先生の作品で、なんとモーターが仕込まれていて、ゆっくりと回転しておりました( ̄O ̄;)
けっこう“デカい”作品で、あいかわらず先生はびっくりさせてくれます。

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もうひとり、矢野さんの針がね細工もいろいろなタイプの作品がありましたが、写真のこれは“針がね掛け軸”とでも言えるような作品で、こちらにも驚いちゃいました(^^;)

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最後の人魚のような絵は、きょう東京から訪ねてきた『Fさん』の奥さんからインスピレーションを得て描いた作品とのことでした。
そういえば何となく似ているような気もした・・。

Fさんとは久しぶりの再会でしたが、たっぷりとお話できました。
私の身体のことにまで気をつかっていただいて、ありがたい気持ちになったし、心強く勇気づけられたのでした。
やはり人と会って互いの気持ちを伝え合うということは、エネルギーの交換になるのだな、と思いました。

いつも南先生から言葉をいただいて、気持ちを強くするのですが、きょうは先生とFさんと二人に勇気づけられて、「来てよかった」と思いました。

明日は大学病院に二度目の診察に出かけます。
早く体調を戻して、こちらが人を勇気づけるようにならなくては、と心を新たにしたのでした。

 

2019/12/01

富里に「椎名豊 Special Trio 2019 & Big Band コンサート」を聞きに行ってきました。

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このブログにも書きましたが、今夏に県立富里高校のビッグバンドと椎名豊さんのバンドのコンサートを聞きに行って来たのですが、そのときにアナウンスのあった12月の今回のコンサートのチケットを入手しておきました。

椎名豊トリオは、全国をツアーして回り、きょうが最終日。
そのラストを高校生のビッグバンドとの演奏も含んだ形でやるなんて・・素晴らしいっ!

前半は、椎名さんのトリオの演奏。
ベースのレジナルド・ヴィール、ドラムのアリ・ジャクソンはウィントン・マルサリス率いるジャズ・アット・リンカーンセンター・オーケストラの中核メンバーとして活躍したミュージシャンで、まさに世界のトップクラスのプレイヤーです。

圧倒的、そして変幻自在なプレイ、パワフルだが情感溢れる演奏でまずは観客を驚かせ、楽しませてくれました。
いつものことながら、ジャズを聞くこと、コンサート会場で体中に音を浴びることの幸せを感じました。

後半は、二年連続高校生のジャズバンド日本一になった県立富里高校のビッグバンド「THE MAD HATTERS」、さらにそのOG、OBで編成している「HIGH NOTES JAZZ ORCHESTRA」に監督の篠原正樹さん(トランペット)も加わり、圧巻のビッグバンドジャズを聞かせてくれました。

レジナルド・ヴィールさんや、アリ・ジャクソンさんらがビッグバンドで演奏するのを見て聞けるなんて、ああこれはとても貴重で至福の時間だと思いました。
それに高校生のメンバーが世界一流のミュージシャンとソロ合戦したり、目の前でそのプレイにふれることができるなんて、素晴らしいことだと思いました。

監督の篠原さんがステージでおっしゃっていましたが、このわずかな時間に一流の人と一緒に演奏することが大きな成長の機会になるとのこと、ぜったいにそうだよな、と思いました。

自信満々でステージセンターにソロをとりに出てくる生徒達、プロの演奏に必死にくらいついてプレイする生徒達、・・いいもの見せてもらい、聞かせてもらいました。

“感動だらけ”の3時間半、来てよかったと思いました。そして「ジャズ」っていいな、といつもにまして思ったのでした。

2019/11/30

「管見妄語 知れば知るほど/藤原正彦」を読んだ。

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『管見妄語 知れば知るほど/藤原正彦著(新潮文庫)』を読みました。
著者は数学者であるが、知性とユーモアをふりかけ、数学者らしからぬ情緒的な部分も感じさせつつ本書のようなエッセイを書いている。

また、それぞれのエッセイのテーマが多岐に渡っていて、ジャーナリスティックなものから、世俗的な話題、家族の話題、国外に出かけたときのエピソード、などなどが書かれていて、著者の知識と“懐”の深さに驚いたのでした。

さらに著者はあまり世間的には多数派のいない意見を言っても、これを言ったら各方面から非難されることは必至だ、というようなことについても、遠慮会釈なしで、しかもちっともビビっていない、かといって人間的に“あっちの世界”まで行ってしまったような奇人・変人でもない、そこがこの人のエッセイの魅力になっているのかもしれないと思いました。

小泉構造改革時の「郵政民営化」についても、アメリカが日本に蓄積されている個人の金融資産を日本のために使わせないようにするためのものだ、と説き、それこそ誰にでもわかるように噛んで砕いて「そうだったのか」と思わせる説得力と筆力があります。
何度読んでも難しくてわからないようなことを書いている人っていうのは、結局自分もわかっていないことを分かった風に書いているだけだと常日頃感じている私には、藤原氏の書きっぷりは見事だと思いました。

ドイツ、メルケル首相の難民大量受け入れや、英国のEC離脱についても、その分析は面白い。
どこからか他人の意見を拝借してきて、適当に自己の理論をふりかけて作ったものではなく、話の組み立ては平易なうえに思わず納得してしまうものでした。

かと思えば、1960年代の「流行歌」に関する思い出などは、とても情緒的で、心にじんと沁みるような話になっている。
話題の広さも、広範囲で、しかも自由な感じです。
この本は楽しめるぞ、と思いながら最後まで読んでしまいました。

過去の社会的・政治的な出来事についても、あらためて考えさせられることが多々あり、偏った、あるいは自らの保身のために“曲げて”記事を書いているようなメディアに一杯食わせられないようにしよう・・などとも思ったのでした。

2019/11/27

内田百閒の「大貧帳」を読んだ。

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『大貧帳/内田百閒著(中公文庫)』という本を読みました。
内田百閒のこの本は、百閒先生自身の貧乏生活について、借金について、お金にまつわる様々な人との関わりについて書かれています。

「いつもお金を絶やさない様に持っているのは、私などよりもう一段下の貧乏人である。」・・・この百閒の誇り高き?!一文は、なんだかもう笑えるようで笑えない(^_^;)

お金なんか無くったって、豊かな諧謔の精神を持つことができる(解説:町田康氏)、こんな人は過去にも現在にも内田百閒をおいて他にいるのだろうか、と、この本を読みながら思いました。

ほんとうに今夕食するものも買えないようなぎりぎりの日々でも落ち着き払っているようで、平気で借金に出かけ、ワケが分からないが貸してくれる人がいる。

原稿料の印税まで前借りし、学校勤めをしていた頃には給料日にそのほとんどが借金の返済で消えてゆく。
この本を読んでいるだけでは、いったい何にお金が使われているのかわからないが、ありとあらゆる人達から借金をしていて、借りている百閒先生が一番堂々としている。

帽子が使用に耐えられなくなり、病の床にいる知り合いのところに見舞に出かけ、病室に掛けてある病人の帽子を被り、どうせ病院では帽子は被らないだろうと被って帰ってしまう。
「退院するときに被るのだ」と言ってもいうことを聞かない百閒先生。「そのとき、買えばいいだろう」ときっぱり言い切る。

わざわざ千葉まで汽車に乗り、借金に出かけるが、貸してくれたその人に一杯ごちそうになる。( ̄O ̄;)先生の精神構造はいかなる具合になっているのか、私には想像もつかない。

借金をすることについて何ら引け目も感じさせないこの人の文章は厳然として他を寄せ付けません(^_^;)

借金まみれの貧乏生活、ぎりぎりのところで何とか危機を回避していくその日暮らしの様子など、他の人が書いても、きっと、ちぃとも面白くないのかもしれませんが、内田百閒の文は最初から最後までぐいぐいと引き寄せられ、他に類を見ません。

内田百閒の本を読む度に何か自分が文を書くときの参考にしようと思うのですが、まったく歯が立たないのです。
それほど面白くて上手くて、しかも孤高の文章です。
今回も読んで楽しむだけになりましたが、いつか少しでもこんな抜群の巧さを感じさせる文章を書いてみたいと、またまた思ったのでした。

 

2019/11/22

気になる紙幣の渡し方

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きょうラジオで小島奈津子さんの番組を聞いている中で、「ま、どうでもいいんだけどさ・・ちょっと気になること」というようなコーナーがあって聞いていたのですが、私にもちょっと気になることが・・、ま、どうでもいいんだけどさ…σ(^_^;)

今の仕事で現金を受け取るような場面が何度もあるのですが、紙幣、お札を何枚も受け取るような時に、お札の向きが上下ひっくり返しだったり、裏・表がバラバラになっていたり、またはお札の角が折れたままだったりして、見るからに雑な感じで渡されることがあります。

まったく気にならないのか、または受け取るこっち側のことなど何も考えておらず、こんなヤツにいちいち揃えて渡せるか、と思っているのか・・。

渡された状態でそんな状態ってことは、その人の財布の中でもたぶん“ばらん・ばらん”になっているのでしょうね。

どうでもいいんだけどさ、とは言ってみたものの、そんな人とは付き合いたくないし、仲良くなりたくはないと思いました。

だって、あんた、たとえばあなたの好きなタレントや、恋人、たいせつな人、目上の人などにお札を何枚か手渡すような機会があったときに、お札の向きや裏・表がひっくり返し、角があちこち折れているままお札を渡しますか?
それでも渡すという人なら、なんか社会人失格なんじゃないのか・・と思うんだけど・・ねぇ。

でも、以前同僚に聞いたら、「えっ、そんなこと気にする人がいるんですか?!」と言われたことがあったので、まったく気にもしない人っているんですよね。

う~ん、ま、どうでもいいっか(^_^;)

2019/11/21

「池波正太郎指南 食道楽の作法/佐藤隆介」を読みました。

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『池波正太郎指南 食道楽の作法/佐藤隆介著(新潮文庫)』を読みました。

著者の佐藤隆介氏は、広告代理店のコピーライターを経て、池波正太郎の書生をつとめた方。
[酒・食・器]の食卓に関わるものをテーマに文筆活動をされています。

亡師匠「池波正太郎」さんから教わった食い道楽の極意はこの本でも健在。佐藤氏は昭和11年生まれです。もうこういう“食”についての文を書く人はほとんどいないんじゃないでしょうか。だから面白い。

著者は酒と、食い物と、焼き物には金を惜しまないようにしようと、所帯を持った時に奥さんと約束した話を書いていましたが、季節によって器の“更衣”をしたりもしています。それに三日はかかると言っていますから、いやもうたいしたものです。

さわさわと青葉を渡ってくる薫風の中で何とか食卓の更衣を済ませれば、晩酌の気分のさわやかさは格別であると・・。

ちりめん山椒を自分でつくるやり方も書かれていますが、これでとりあえず酒も飲めるし、温かい飯にも、お茶漬けにも合う、チャーハンも悪くないと言っていて、もうただ者じゃありませんね。

「蕎麦前なくして蕎麦屋なし」などという章もあり、まだ私があまり経験していない、蕎麦屋での大人の酒の嗜み方についても書かれていますが、これが自然にできればもう立派な大人の出来上がりです(*^_^*)

今の“にわかグルメ”にはわからない世界、“食道楽”の粋な世界が描かれているこの本、読み応えがありました。


【Now Playing】 Dolphine Dance / Herbie Hancock ( Jazz )

 

2019/11/17

映画「ドリーミング村上春樹」を見た。

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映画『ドリーミング村上春樹(DREAMING MURAKAMI)/2017年 デンマーク 監督:ニテーシュ・アンジャーン 出演:メッテ・ホルム』という映画を見ました。
映画っていうか、ドキュメンタリーというか、“かえるくん”のCGが入っていたりして、どういう映画か、ひと言でいうのは難しい感じでしたが・・。
時間はわずか1時間でした。不思議なフィルム。

この映画は村上作品をデンマーク語に翻訳してきたメッテ・ホルムが、どうやって村上春樹の作品の感じをデンマークの人達に伝えるか・・と、悩み、どんどん深入りし、自分でも村上がこの部分ではどういうことを表現したいのか次第にわからなくなってきたり、他の言語で翻訳している作家に聞いてみたり、どっぷりと“ハマって”いく様子が描かれていたと思います。

 

 

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村上春樹の作品をあまり読んでいないのに、この映画を見に行くという無謀なことをしてしまい、私も戸惑いのまま映画が終わってしまったのでした。
叱られそう・・。

でも、見ていて、村上春樹ファンの中でもこの映画の価値については二分されそうな気がしました。
自分にとっての村上作品はそうじゃない、という人や、本を読んでいた方がよっぽどいい、なんて人もいるかと思います。

結局なんだか、もやもやしている間に1時間の映画は終了。
不思議な気分で千葉劇場をあとにしました。
村上作品、もう少し読んでみようか、と思いました。

 

«池澤夏樹氏の「のりものづくし」を読んだ。

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