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俳句を詠んでみる_0110【 黒南風(くろはえ)や 登校拒否の朝 裸足で 】

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黒南風という季語の意味を知り、思い出したことを詠みました。

【 黒南風(くろはえ)や 登校拒否の朝 裸足で 】

《背景》季語:黒南風[夏]
季語「黒南風」は、梅雨の最中に吹く湿った南風。
梅雨時の空がさらに黒い雲に覆われることから、そう言われるのだそう。
私が小学三年の頃、風邪で学校を休んだのがきっかけとなり、学校に行かなくなった。
登校拒否の“はしり”だった?!
何度も親に言われ、先生に叱られ、行こうとしたが行けなかった。
ある朝は、雨が降り、やがて湿った風が吹く中、裸足で遠い山の中まで逃げて、そこに泣きながら潜んでいたことがある。
詳しい記憶はないが、その部分だけ心の中に残っている。

 

2024/05/23

俳句を詠んでみる_0109【 龍淵に潜む 人は行き交いて 】

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岸本葉子さんの“俳句と暮らす”本を読んで知った「龍淵に潜む」という不思議な季語、使ってみたくて詠んでみましたが、これでいいのか正体わからず・・。

【 龍淵に潜む 人は行き交いて 】

《背景》季語:龍淵に潜む[秋]
不思議な季語ですが、俳句関連の著書多いエッセイスト、岸本葉子さんの本を読んで知りました。
中国の古代の字典「説文解字」に、竜は「秋分にして淵に潜む」とあるのにもとづいて世の誰も見たことのないものが時候の季語となっています。
水も神秘的なまでに澄み、静謐さをたたえる頃を言うようなのです。
ひと目見て気に入りましたが、それこそ使い方がわからず、人が行き交う街や、野や山、川にも龍は居て、淵に潜んでいるのだ・・というような気持ちで詠みました。

 

2024/05/22

「-季節の言葉と暮らす幸せ- 俳句、やめられません/岸本葉子」を読みました。

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『-季節の言葉と暮らす幸せ- 俳句やめられません/岸本葉子著(小学館)』という本を読みました。
ブックオフで見つけた2018年刊行の本です。
岸本さんはもともとエッセイストですが、この本を書いた時点で、俳句を詠み始めてから十年というところです。

で、読んでみて一番の感想は、俳句を始めてから自分が感じている(今年の2月末からですので、まだまだなんですけど)ことが「そうそう、それもあれもみんなおっしゃっているとおり!」という感じで書かれていました。

言いたいこと、うったえたいことがあるから俳句を作っているんじゃないか、と思い、最初は自分の感情を直接書こうとしたり、特に関連性のないことを「こういうことで神様がこんな現象を見せてくれた」みたいな“物語”をつくってしまったり・・。

季語を無理やりくっつけてみたり、季語がすでに語っていることを繰り返すように書いてしまったり、なんだかそれらしい神社や寺院などを句に詠み込めばそれらしくなるんじゃないかとか・・全部自分にあてはまる ^_^; ・・。

著者は句会や吟行を大事にして、そこでいろいろなことに気づいていて、詠み始めたばかりのご自身の句を恥ずかしいと言いながら例として示してくれて、悪い例として自分の句を載せるなんて果たして私に出来るかな?と思ったりもしました。

そして、私にとって印象に残ったのが、いい句を作ろうとしてだんだん慣れてきた時点で“それなりの”「まあいい句」を作るよりは、ストライクばかり狙わずにギリギリのところをついてチャレンジしていくのが俳句の発展につながるという部分でした。

これでいいのか、わるいのか、そんなところに投げ込んで、暴投になるかもしれないし、皆が唖然とするど真ん中に入ることもある・・そんな比喩で語られていました。

私も、いい句をつくってちょっと褒められたい(^^;)という心が芽生えておりますが、これからはコーナーギリギリをついたり、ワンバウンドするような変化球にも挑戦してみたいと思いました。この本のおかげです。

岸本葉子さんの本、とても参考になったし、俳句に対する気持ちも強くなりました。
また岸本さんの俳句に関する本、探して読みたいと思います。

 

俳句を詠んでみる_0108【 夏衣(なつごろも) 誰が唇ぞ 君を待つ 】

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今回は心の中での創作、「待ち合わせ」を詠んでみました。

【 夏衣(なつごろも) 誰が唇ぞ 君を待つ 】

《背景》季語:夏衣[夏]
待ち合わせをしている人。
きっと夏らしい格好で現れる。
きらと唇に微光・・それは誰のもの・・。

 

2024/05/21

「本は眺めたり触ったりが楽しい/青山南」を読みました。

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『本は眺めたり触ったりが楽しい/青山南著(ちくま文庫)』という本を読みました。
近年の私にしては珍しく新刊本です ^^;

著者、青山さんの文は、若い頃「本の雑誌」でよく拝見していましたが、実に読みやすい文体で心地よく読みました。

本の内容はというと、「本を読む」ってことはどういうことを言うんだろう・・というもので、それを自由に考えていくという、今まであったかな?という本でした。

タイトルにもあるとおり、本は眺めたり、触ったりするだけでもいいのだとも書かれていて、私もそう思います。
中に書かれていましたが、本を片手に散歩する、読まなくてもそれだけでもいい(^_^;)という極端なことでも、それでも私もいいと思う。

図書館に行き、たくさんの本が並んでいるのを見に行くだけの人の話も書かれていましたが、それもよし!だと思いました ^_^;

読んでいて、「ドッグイヤー」とよく言いますが、気になったところの角を折っている本を古本で手に入れることもあります。
古本として手に入れたときは少しがっかりしますが・・(それを全部元に戻さないと読む気にならないのです、私)、でもそんな本を手にして、前の所有者が何を気にかけていたかがわかったりするのも読書のひとつの楽しみであるのかもしれません。

誰かの言葉を引用していましたが、そんなドッグイヤーのことを「おできの跡」みたいだなんて表現して、次に読む人がちょっと気味悪がる気持ちもわかります。

また、二葉亭四迷が欧文の特色は「声を出して読むと抑揚が整うている」という言葉も取り上げられていました。
日本人としては、だれよりも早くそれを察知したらしいです。

翻訳に意欲を燃やしていた四迷は、「外国文を翻訳しようとするからには、必ずやその文調をも移さねばならぬ」として、「原文の音調を呑み込んで、それを移す」ためにカンマやピリオドの数も原文のままにして、語数も原文と同じくし、大変な苦労をした話も書かれていました。

初めて聞く話でしたが、とても感心し、興味深く思いました。

また、日本ではあまりないと思いますが、欧米では「朗読会」がけっこう盛んに催されているという話も書かれていて、「行ってみたいなぁ」と思いました。
その本の内容が自分が黙読しただけではわからなかったところについて気づくかもしれないと思いました。

本を読むということ自体について色々考えたりして、しかも著者自身が楽しんでいる本、面白く読みました。

 

俳句を詠んでみる_0107【 妻 植えた 玉葱(たまねぎ) 誇らしげに 干され 】

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インスタでは写真をアップしたのですが、俳句も詠んでみようと思いました。

【 妻 植えた 玉葱(たまねぎ) 誇らしげに 干され 】

《背景》季語:玉葱[夏]
千葉、夷隅郡の大多喜町に出掛けた時に、道の駅のような大きな店で買ってきた玉葱の苗。
まるでニラのように細くて小さな苗だったが、庭の菜園で育てると立派に育った。
それを収穫し、陽の当たるところにぶら下げて干した。
玉葱も「どうだ立派だろう」と威張っているようだ。

 

2024/05/20

俳句を詠んでみる_0106【 夏兆(きざ)す 雑草シート張り終えて 】

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これから雑草がどんどん伸びてきます。花を植えたりしているスペースにシートを張ったりして対策をする様子を詠みました。

【 夏兆(きざ)す 雑草シート張り終えて 】

《背景》季語:夏兆す:[初夏]
いよいよ暑さも始まり、夏の兆しが感じられるようになった。
妻と庭の一部の草や低木を抜き、大きな石などをどかして土を平らに均して、そこに雑草シートを張った。
夏に向けてのひと仕事を終えた。

 

2024/05/19

俳句を詠んでみる_0105【 苦(にが)かった あの頃の蕗(ふき) 今 甘(うま)し 】

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子供の頃、どうして大人はこういうもの食べるんだろう、と思ったことを句にしました。

【 苦(にが)かった あの頃の蕗(ふき) 今 甘(うま)し 】

《背景》季語:蕗[初夏]
子供の頃、蕗が濃い茶色に煮られて食卓に登場。
大人達は喜んで食べていたが幼い自分には意味不明。
ただ苦いだけのストローのような珍妙な食べ物に見えた。
それが歳月を経てその時の大人の年齢に達した。
今の自分には・・甘(うま)い・・。

 

2024/05/18

「自分のための人生/ウエイン・W・ダイアー」を読みました。

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『自分のための人生/ウエイン・W・ダイアー著・渡部昇一訳・解説(三笠書房)』という本を読みました。
古本で見つけ、ちょっと立ち読みした感じで読んでみようということになり手に入れました。

翻訳と解説をした渡部昇一氏については今まで何冊も著書を読んでいますが、このウエイン・W・ダイアーという方については存じ上げておりませんでした。

しかし、帯にも書かれているように全世界でベストセラーになっているとのことで、何かひとつでも参考になることがあればと思いました。

著者のいちばん言いたいことは、過去にあったことに自責の念を感じ、それにばかり囚われて“今”行動が取れなくなっている人が多く、あなたもそうではありませんか?
ということ。

そして、これは未来についても同じような感じで、まだ起こってもいないことに不安を感じ、その不安感が自分を支配し、またもや“今”の自分が行動を取れなくなっている。
一歩踏み出したり、新たなことに挑戦したりすることに臆病になっていませんか?
ということでした。

さらにその過去の自責の念や、未来への不安をことさら強調して意識させ、他人を、あるいは家族などもコントロールしようとする人が周りにいませんか?
ということも書かれていました。

言われてみれば・・というか、多くの人が多かれ少なかれそんな精神状態というか、肉体的にも身動きが取れないような状況を経験しているのではないか、と私は思いました。
まさに、私もその一人です。

過去のあのこと、あれも、ああもうひとつあのことも、思い出しただけで叫びだしたくなることがいくつもあります。
そして特に現役で仕事をしている時には、それが大きく自分にのしかかり、さらに未来のことについても、あんなことになったら大変だ・・と怯え切っていたことがありました。
今でもそんな感覚に囚われて居ても立っても居られない気持ちになることがあります。

その解消方法について書かれているわけですが、内容については著者の商売の邪魔をしてはいけないので詳しく書くことはしません。
でも、かなり難しいというか、人生をぐるっと返してしまうようなドラスティックな転換が必要であると思いました。著者自身も苦労していたように書かれていました。

参考になったかというと、「気持ちの持ちようを変えてみよう」というくらいのものとして受け取った感じです。
とにかく難しそう。

また後日、もう一度も二度も読み返す必要がありそうだ、ということで今回の読後感はおしまいです。

 

俳句を詠んでみる_0104【 義母からの蚕豆(そらまめ) オリーブ油で焼く 】

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今回はいただき物のそらまめで一句詠みました。

【 義母からの蚕豆(そらまめ) オリーブ油で焼く 】

《背景》季語:蚕豆[夏]
義母が蚕豆を届けてくれた。
さっそく、オリーブ油をつかって軽く焼き、焦げ目がついたら塩を振り、ビールのつまみになった。
早々に夏を感じた瞬間だった。

 

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