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2005/02/09

増田明美さんの講演聴きました

masudaきょうは、仕事が終わったあと、最近はマラソンや駅伝の解説で活躍されている増田明美さんの講演を聴きにでかけました。
実は、このブログを始めた当初、国際千葉駅伝での増田さんの解説ぶりが、とても良くてそのことを掲載したのですが、それを読んでメールをくださったH.Roseさん(仮称)から、この講演に来てみてはと、メールでお誘いを受け、メールのやりとりをして、うまくもぐりこませてもらいました。

この講演は外に開かれたものではないので、通常の方はこの講演のことも知らないと思うのですが、まさにグッドタイミングで増田明美さんは昨日8日に結婚されたのですね。昨日は取材を避けて(小倉智明さんの番組のみ本人の頼みで出たとのこと)、地元千葉の岬町(実家)にいたのだそうで、携帯も圏外だし、ちょうどよかったとおっしゃっていました。ご本人も今年は“杉田かおる”さんも結婚したし、負け組から一気に結婚しましたと笑いを取っていました。
きょうは、だんなさんが会場まで車で送ってきて、帰りもだんなさんと車で帰るのだそうで、増田さんの顔は優しく光り輝いていて、たいへん美しいのでおどろきました。写真の下段の方は、主催者からおめでとうの花束が最後に渡されたときのものです。
masudawedd増田さんのお話は、小さい頃から日本記録を次々と樹立した頃の苦しいときの話、オリンピックで倒れたときからの失意のどん底だったときの話など、いつものマラソン解説のときよりも更に、ぐいぐいと話の中に引き込んでいってくれました。
成田高校にスカウトされたあとに、実はあとでご本人から聞いたそうですが、あの小出監督が岬中学に増田さんをスカウトに来ていたのだそうです。もし、小出監督の下で走っていたらどうだったのでしょう。

マラソンを引退してからもラジオやテレビで、今までの悲壮感漂う彼女とは全く印象の違うキャラクターで活躍するまでを真剣に語られて、本当に苦労された方なのだ、と思いました。高校卒業後、川崎製鉄に入社したときの方も会場にいて、マスコミや社をあげてのオリンピック壮行会の日に行方不明になった話などをされて、あのときはほんとうに申し訳なかったと、その方を見つめておっしゃっていました。

最後には都はるみに似てるってよく言われるんですと言いながら、物真似まで披露されて爆笑を取っていましたが、失意の中でアメリカに行き、そこでコーチから受けた「明美、ハツピーな気持ちでやったときにこそ、結果がでるんだよ」と言われたことが今でも心にずっと残っているとおっしゃっていました。

いつも試合前から勝った時の姿だけを想像して走っていた自分は、逆にそれがプレッシャーになってしまっていたのだ、その「ハッピーな気持ちでやる」ことを教わってから、復活してタイムも落ちたけれども最後まで走れるようになったとのことでした。
高校時代のライバルとの同居の話、日本最高記録12回更新、世界最高記録2回更新、そして、オリンピック途中棄権などの失意、コーチの声などもかからぬまま、たまたま出たラジオから道が開けていった話などあまりに書ききれない濃い内容でした。また、ホームページの方にも心に残ったことを書こうと思います。

今回はH.Roseさん、ありがとうございました。
ブログに書かなければこの講演も聴くことができませんでした。これも巡り合わせですね。

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