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わたしのいきつけ

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2005/08/30

ぬるいんでないかい?

ラジオで、作家の「石田衣良」さんのインタビューを聞いていて、そうだなぁと思ったことがありました。
最近のひとは、「○○が好きです」なんて言っても、ちっともその“○○”について詳しくもないし、興味がある風にも見えない・・というような話でした。
例えば、小説が好きだと言っても、実際の題名を挙げて読んだことがあるというので、読後感を聞いてみると、いったいお前は何を読んでたんだ!というくらい浅いことしか考えていないやつが多いということでした。

ほんとうに手間ひまかけて作った料理と、ファーストフードを同列に語ったり、ビートルズが好きだというから、どのアルバムが好きだなどと訪ねると解散後に発売されたベストの「赤盤」「青盤」しか持っていないと言ったりするやつ・・・。それでよくお前はビートルズが好きだなんて言えたな!ってところでしょうか。

コンビニで弁当でも買って、エアコンの効いた部屋にこもって、テレビでも見ていれば、それはそれで幸せだと思ってしまうのだから、ぬるいやつばかりになるのだ、と聞き手の山田五郎さんも言っていて、またもや同感。

ですから、最近は書店の文庫本コーナーに行っても、ヘッセなどはせいぜい「車輪の下」くらい、モームにいたっては置いていない、カミュやカフカ、モリエールやイプセン、ツルゲーネフ、ボーヴォワールなどは置いてあるのでしょうか。今や難しくても背伸びして読んでみるなんてのは、ひと言「かっこ悪い」ですまされてしまうようです。
自分がわからなかったりしたら、『かっこ悪い』ですませる。だから、ぜんぜん深いところまでつっこんで行かないのだと思います。

このことについては、HP分館“オトナの研究室”でまたふれてみたいと思います。
今晩はこの辺で。

2005/08/27

バッティングセンター伝説!

きょう、夕食をとったあと、長男にせがまれて、バッティングセンターに行ってきました。
実に久しぶりです。長男は野球に興味がなかったくせに、ゲームで野球をやるようになって、実際に自分で打ってみたくなったようです。最近、「インフィールドフライって何?」とか、「フィルダース・チョイスってどういうこと?」などと、うれしい質問をしてくれるようになり、ゲームに出てくる昔の選手のことも、私、得意げに説明できるようになりました。

で、ナイターでやってきました。結果はほとんどジャストミートできず。こんなに疲れてたいへんなものだとは知らなかったと言っておりました。これで守備練習などグランドでやらせたら、のびてしまったかもしれません。

さて、話題は、『バッティングセンター伝説』です。
誰が言ったのか忘れてしまいましたが(私の友人だったのか、それともテレビなどで、誰かが発言していたのか)、【バッティングセンターには“いいオンナ”が必ず連れて来られている】という伝説です。
なんだ、つまらん、なんて言わないでください。
これは、かなりの確率で実際にそうなのです。

今まで、若い頃い草野球をやっていた時代から、バッティングセンターに行くと、必ず場違いな感じのおしゃれな服装で、しかもかなりの美人が男に連れて来られているのです。
必ずひと組はいます。どうしてなんだろう?と思っていました。昔、野球をやっていた男性の方が、彼女にいいとこ見せようと思って連れて来るのでしょうか?

だいたい、あんなむさ苦しいところに、いいお洋服を着た彼女を連れてくるなんて、どうかしている。もっとデートするには、良い場所があるだろうに・・・。
などと思う私が実は、だめだったのかもしれません。バッティングセンターは、意表を突いて、お上品な彼女を射止めるには効果があったのかもしれません。そうか、そいつに気がついていれば・・・なんてね。
そうするためには、高校の野球部で活躍していたくらいの実力がなければいけないんでしょうね。
そう言えば、私の友人も大学生の頃、美人の彼女をバッティングセンターに連れてきてましたっけ。彼は大学の野球部で首位打者を取ったこともあった実力派でした。

で、ですね・・・今晩もバッティングセンターには美人連れが二組!!『バッティングセンター伝説』は生きておりました(^_-)


2005/08/25

野菜どろぼう、でたっ!

一昨日の深夜(午前一時過ぎ)のことでした。
読書を遅くまでしていて、さて寝ようかなと2階の寝室に入り、窓から見える裏の畑(よそさま所有)をみると人影が・・・。
部屋の明かりを灯けず、外のようすを見ていると、畑の中を行ったり来たりしている男(30代後半から40代くらいの体格のいい男でした)がいます。
手にはとうもろこしなどが見え、コンビニ袋も持っています。

このままだと、また味をしめてやってくるなと思い、
部屋の照明をパッと灯けて『こらぁ~っ!!』と一喝し、すぐさま110番通報!
最初はどこから声がしたのかわからなかったらしく、畑に伏せましたが、警察に電話する声を聞いて逃げ出しました。
その後は警察が来て現場検証などが続きました。
現地にはとうもろこしや、スイカなどが置き去りに・・・。
畑の方はリタイヤした夫婦が楽しみに作っているもので、翌朝の再度の現場検証にも一緒に立ち会いました。

で、昨夜は寝不足で、早く寝てしまい、今朝このブログを更新しているわけです。
びっくりしました。そして人が丹精してつくったものを盗むなんて、ひどいやつがいるものだとあらためて思ったのでした。
その泥棒にどうかバチがあたりますように( ´-`)†

2005/08/21

人間って“何者”なんだろうがテーマ

20日(土)に、また東京宝塚劇場に行ってきました。
いっしょに行く予定だったものが行けなくなって、職場で昨年度まで一緒だった若手(男性)と行きました。というか、行こうと言ってくれたのが彼だけだったからですが・・・。
声をかけた男は、どいつもこいつも、端っから真っ向否定的でいけません(>_<)

きょう一緒に行ってくれた彼だけが、「ぜひ、一度見てみたい」とのことで、観劇しました。
yukigumi
で、きょうは雪組の「霧のミラノ」というミュージカルとショー「ワンダーランド」を見ました。
トップスターの「朝海ひかる」さんは、堂々としながらも軽快な、キレのある歌、ダンス、演技で、最後まで引き込まれるように見てしまいました。一緒に見た彼も反応が良くてほっとしました。
よく初めての人が、見たあとに、ひどいことを言うことが時々あるので心配していたのですが・・・良かったです(^o^)

いつも思うのですが、こうして、大人数の人たちがひとつになって舞台を作り上げ、それを見ているだけで、たいへんな感動を受けます。
そして、人間っていいなと思うのです。自分にも何か生きていく力が少しだけ湧いてくるような気がするのです。
これは、初めて見たときからそうでしたし、他のコンサートを見たときや、自分のバンドで数ヶ月の練習と準備を経て実際のコンサートを成功させたとき、子どもたちの施設を訪ねてコンサートや色々なイベントを成功させたときも、がんセンターで患者さんを前にコンサートをやったときも、すべて自分が今ここにいて、そして、これが自分が生きているなかで何か意味があるんじゃないかと感じるときでした。

人間は何で生きて、こうして何かに取り憑かれたように必死で突き進むことがあるのだろうと、何度も感じることがありました。
人間が存在する意味って、人間って“何者”なんだろう?・・・と。

惑星学や水惑星の理論などで有名な東大教授の「松井孝典」さんが、以前ラジオでおっしゃっていたのですが、宇宙のことを調べたり、火星に探査機を送ったりしているのは、結局「人間の存在」「人間とは何者なんだろう」ということの答えを探しているのだと、おっしゃっていたのがたいへん印象的でした。
私もやはり、自分で何をするにしても、行き着くところはそれのような気がしているのです。
仕事で今まで必死になってやったことや、仕事以外で自分が行ってきた活動なども、そこに行くような気がします。このブログも。
こうして、ブログやホームページを続けていく中で、また何か見つけられるのではないかと思います。
まだまだ、自分にとっての宿題がいっぱいあるような気がします・・・。

2005/08/16

先生からの絵はがき

中学時代の担任の先生から絵はがきをいただきました。
Jazz好きの先生は、「Jazz聴いていますか!」と書き出していました。
先生も私もジャズ大好きなのです。
senseihagaki
写真は、先生の絵はがきです。
先生が描いたもので、現在の赴任先の小学校だそうです。
現在は、校長先生になられて、絵からは、学校に対する“愛”があふれいてるように感じられます。
そして、先生は、いつも元気で私を激励してくださいます。
先生に負けないよう、この夏を乗り切りたいと、あらためて思いました。

2005/08/14

姑獲鳥の夏 読んだ!見た!

姑獲鳥(うぶめ)の夏・・現在上映中 の映画見ました。
先に本を読んでから行きました。

NHKの番組に作者の京極夏彦氏が出演していたのを見て、「こりゃ、面白すぎる人だ」と思い、すぐに著書「姑獲鳥の夏」を購入、一気に600頁を超える作品を読み切ってしまいました。
テレビで京極夏彦氏本人が言っていたのですが、「作品で“言いたいこと”などないのですよ!(京極堂本人の発言みたい)、読んで面白ければそれでいいのです」・・・そのとおりでした。読んで面白く、ストーリーだけでなく、その文章の展開自体を楽しめ、論理の展開も楽しめる、一冊で三度・四度“おいしい”本でした。ubume2
今まで書店で、本自体は見かけるものの、手を出すことはありませんでしたが、もったいないことをしていたと思いました。
しかし、テレビで拝見して京極夏彦氏本人も黒革の手袋を常に着用しているとのことですが、そうとう変わった方のようで、ご本人にもたいへん興味を持ちました。これから少し突っ込んで色々楽しみながら調べたいと思います。
ubumenonatsu1
さて、映画の方ですが、時代的にも戦後の日本あたりの雰囲気をよく出していましたし、怖ろしい事件の舞台となった病院も小説の中の様子がそのままになっていて驚きました。
監督が実相寺昭雄監督ということで、「ああ、ひょっとして初代ウルトラマンで異色な回を担当していた方じゃないかな・・とピンときました。実相寺監督のウルトラマンはいつものウルトラマンではなくなり、賛否両論ありました。私など小学生低学年でしたが、その回は面白くて面白くてワイワイ言いながら見てしまったのですが・・・。」実に膨大な小説の内容を短い映画の中にうまく表現していました。
京極堂の本屋や、そこに行くまでの不思議な塀に囲まれた坂の空間なども、私が頭に描いていた以上のものでした。
ストーリーを書いてしまうと面白くなくなってしまうので書きませんが、ぜひ一度“読んで”そして“見に”行っていただきたいても損はしない作品だと思いました。
ただ、かなりスピーディーに主役の京極堂の話が進んでいくので、映画を見たあと、小説を読んでいないと思われる方達が「なんだかわからないうちに進んでいってしまった」と話しているのを耳にしました。ここは、“読んで”から“行く”のがよろしいかと思います。
最後に主役の堤真一さんの京極堂はなかなかのものでした。楽しめると思いますよ。

2005/08/10

国際語失格?よかった!

最近、石原都知事がフランス語は数の勘定もままならない言語なので、国際語としては失格だと発言して、フランス語を侮辱したとして裁判沙汰になったことがありました。
まあ、自国語をそんな風に言われて腹の立たぬ人はいないと思いますが、作詞家の阿久悠さんが面白いことをおっしゃっていました。

国際語になり難いというのは、むしろ名誉なことだというのです。
世界の共通記号として成り立つということは、単なる使い勝手がいいというものだけであって、記号としての特性だけで選ばれたものだからだというのです。

数十億人が共有できるような簡単で、底の浅い表現方法、文化ではないから、フランス語は共通語にならないと思えば、腹の虫もおさまろうというものです。
私は、当然日本語もそうあってもらいたいと思うのです。
国際語の名の下に文化が削ぎ落とされるのであれば、国際語なんてアメリカ英語にまかせておけばよいのです。

辛口の随筆で私の好きだった「山本夏彦」さんが、著書の中で、「人間はその国に住むのではなくて、その国の言語に住んでいるのだ」と書かれていたことがありました。
まさにそのとおりだと思います。私達は、日本語で考え、語り、そこで培った文化の中で暮らしているのです。
言語社会の中に自己の存在があるのではないかと思うのです。

職場で、私が“けんもホロロ”という言葉を使いましたら、若手に「けん・・・それは何ですか?」と聞かれました。
他のそれを知っている若手も「過去耳にすることがあったが、現代では使われていない」と言っておりました。
「厳しく拒絶した」と「けんもホロロ」では、ニュアンスが異なってくるとおもいます。そこが日本語のおもしろいところだと思うのですが、いかがでしょう。
ちなみに、「閑古鳥が鳴く」も「無い袖は振れない(ぬ)」も知らないと言われました。そうそう「欣喜雀躍」も“まったく知らない、必要ない”と言われましたが、そうかなぁ?

フランス映画や、シャンソンもフランス語あってのもの、源氏物語も日本語あってのものではないでしょうか?

2005/08/08

アクアワールド・大洗にも足を伸ばしました

昨日に続いて、家族旅行の話題です。
鵜の岬をあとにして、そこから40キロほど東京方向に走って、大洗の水族館にも行ってきました。
けっこう大きくて立派な施設でした。
巨大水槽のなかに入ったダイバーのお姉さんと会話して、泳いでいる魚について質問ができたり、カメラで色々な魚に接近してモニターに映しながら解説をしたりしてくれました。P8060173
上の写真は、巨大水槽の“マイワシ”の群れです。
きらきらして、そして一斉に方向転換する様が幻想的ですらありました。
ダイバーの方がそのまっただ中に入って撮影すると、器用によけて泳いでいました。ダイバーをきらきらの渦が取り囲んで、カメラからの映像は迫真ものでした。
P8060175
下の写真は、ちょっとこわい、ウツボの仲間でしょうか、名前を忘れてしまいましたが、その鮮やかというか、毒々しい色に思わずシャッターを押してしまいました。

このアクアワールドでは、私の好きな“イルカ・ショー”も有り、そちらも楽しめました。
千葉の鴨川シーワールドのショーに比べると、ちょっと“こぢんまり”としていましたが、それはそれで、のんびりしていて楽しめました。

茨城に行かれる方はぜひ一度遊びにいらしてみるのもよいかと思います(^^)/

2005/08/07

鵜の岬(茨城県)って知ってました?

P8060168

家族で金曜日から旅行に行ってきました。
茨城の鵜の岬というところにある、県立国民宿舎「鵜の岬」というところに宿泊しました。

実は家族でどこに行こうかと話し合っていたのですが、なかなか結論が出ないでいたところです。
そんなところに、テレビで先に書いた国民宿舎が紹介されて、16年連続「泊まりたい国民宿舎日本一」になっているとのこと。妻は“駄目もと”で電話してみると、ちょうどキャンセルが出たところということで、特に夏期は抽選により宿泊者を決定しているというのに、予約ができました(^_^)v
P8060158

写真の建物(国民宿舎とは思えない)が、写真の岬の上に建っていて、もう、すぐに海に出ることができます。
美しい砂浜の海水浴場も宿舎から歩いてすぐです(三番目の写真)。
P8060161
で、行ってみて、驚いたのは、建物よりも従業員の方達の見事な接客でした。
チェックイン時間帯よりも早く着いてしまったのですが、荷物は部屋に置いてくれるようにすぐ手配してくれ、着替えて海に遊びに行けるようにしてくれました。
おかげで、チェックインする前に、海で子ども達と遊ぶことができました。
すべての従業員の方が、常にお客に対して笑顔で接し、何を聞いてもすぐに答えてくれました。
掃除をしている年配の女性の方々も、笑顔で「いらっしゃいませ」と声をかけてくれて、宿舎全体でお客様を迎えているという姿勢が全面に出ていました。
施設が立派とか、良いというのだけでなく、これが人気の秘訣なのだな、と思いました。
料理もたいそう工夫されたメニューでなかなかのものでした。
特注の杏仁豆腐を頼んだのですが、ブルーのソースがかかったもので美味でした。写真がないのが残念です。

帰りも他のチェックアウトの人のうしろにつくと、すぐに係の人がキーだけ受け取り、ソファーをすすめられ、座っている間にすべて終わらせてくれました。宿舎を出るときも皆笑顔で見送ってくれて、とどめは最後に宿舎から公道への出口のところに総支配人が立って宿を発つお客さま一人ひとりに声をかけていたことです。
ただ関心するばかりでした。
旅行の話は、またHPなどにも書きたいと思います。


2005/08/03

インターネット『的』

先日、NHKの“ラジオ深夜便”で糸井重里さんがゲストとしてお話されているのを聞く機会がありました。
とてもわかりやすいお話だったのですが、ひとつは、糸井さんが現在やっておられる「ほぼ日刊イトイ新聞」というネット上の新聞というか、面白いホームページのことでした。
このページについては、私がブログを始めたころに、来年の手帳を買いたいと書き込んだら、常連の「みいさん」から紹介していただいて、今では好きなページになっているところです。
そして、私のホームページとも似たような考え方がけっこうあって、うれしかったり驚いたりしたページです。

ラジオ番組のテーマは“インターネット『的』”でした。“インターネット”そのものではないのです。
ようするにインターネットとは、ある種の「通信網」であり、まあ、このクルマ社会でいうと、道路のようなものだというのです。そして、それについては興味が“ない”ということでした。
興味があるのは、その道路が整備された社会で何が起こるのか、どんな情報がどう行き交うか、ということで、私も同様です。

ただ、現在の私の仕事は、ここでいう「道路の整備」が主な仕事になっていて、ぐんぐん職場で進めている職員用ポータルサイトの整備は本来的な私の職務ではほんとう無いのです。でも、本来の担当部署であるところを差し置いてがんがんやって、充実しているんですけど(^_^)v

で、話を元に戻すと、クルマが最初に走り出したときに、例えば「ドライブイン」というものを想像できただろうか、さらに、そこでお土産ものを売って商売が成り立つなどと考えただろうか?その周囲で起こることが面白いというお話でした。つまり、インターネットそのものではなく、インターネットがあることによって起こることがわくわくするというわけです。

情報を伝えるだけなら、既にテレビ・ラジオ・新聞があるわけです。でも、それは取材を仮に丸一週間かけても、実際報道されるときにはわずか新聞三行だったりします。
でも、インターネットであれば、それは実に豊かな読み物になったりします。しかも、あとで読みたければ、きょうは読まずにまた明日読むことができるわけです。
しかも、まったくの普通の人が、新聞などよりも詳細で、特定の人にとっては深く有意義な情報を日常的に流すことができるのです。まったく知らない遠くの人とも、一瞬にして知り合い、別々の場所でありながら、仕事を一緒にすることも可能になったりする・・・・。面白いことばかりです。

リンクについても、例えば私のページにAさんのことが書かれたとして、Aさんという名前の部分にAさんのページへのリンクを張ったとすれば、そのページを見た人は、私を知ると同時に、まったく面識のないAさんのことも知ることになるのです。そこが、インターネット以外のメディアでは成し得ないことであるとも言えます。

さらに、一般社会で、例えば組織が三角形になって、上に行けば行くほど狭くなり、頂点に向かっていく形になるわけですが、インターネット的には、その三角形がそのままばったりと平面上に倒れた形になります。
ようするに、組織的にはピラミッド型でも、情報は下から上まで同時にフラットに伝わるわけです。
そんなところが“インターネット的』”に面白いところです。

さらに、情報はぼ無料で伝播するわけです。私のつたないページでもどんどん無料の情報が流れているのです。
これは、経済にも大きな影響を及ぼしていると思います。
『仲介者』として当たり前に存在し、成り立っていた商売に大きな影響が既に出ているのではないでしょうか。

長くなってしまったので、本日はここまでですが、またお話を整理して小出しにして書いてみたいと思います。
きょうはここまでです。

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