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わたしのいきつけ

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2005/12/25

クリスマス・イブも無事終わり・・

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昨日は、妻と長女がはりきってクリスマスケーキづくりにとりかかり、夜には無事に食べることができました。
写真がそのケーキです。けっこうおいしかったんです。よかった、よかった。
さらに“餃子の皮”にピザの具をのせて焼いてみたり、なんかクッキーみたいなサクサクなのにふわふわなものに、カマンベールチーズや水菜?をのせたのやら、二人でわいわい言いながら作っていました。
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夜には、サンタに飲物などを窓辺に用意して長女は床に就きました。
ネコにまでプレゼントの要求をして(^^;)
長女のリクエストは、“たまごっち”。
あれぇ、もうとっくにブームは遙か彼方なんじゃないの?と思っていたら、今また大ブームとのこと。
朝、5時からオモチャ屋に並んでゲットいたしました。父はたいへん(>_<)
今朝、長女は起きて大騒ぎをしています。
めでたし、めでたし(^_^)v
tamagocchi

2005/12/19

小さな美術館に行ってきました

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中学時代の担任の先生が、千葉県芝山町にある、小さな美術館(古い日本家屋を利用した、お茶も飲める、とても静かなところでした)「栗山美術館」で展覧会を開いているというので、日曜日に出かけてきました。
あまりの静寂さに驚くほどの静けさの中で日本庭園をながめながらウインナコーヒーなどを飲んで、先生の作品をじっくり鑑賞してきました。
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今回は、『らくがき展』と題して、わりと軽い感じで、明るい色を多用し、額縁も古い家屋の廃材を利用したりと、リラックスして楽しめるものでした。
先生の好きな吟醸酒も持参して行きましたが、ちょうどその時間に急用が入ってしまったとのことで、不在でした。夜に先生から電話をいただいて、お話しましたが、いつまで経っても中学生当時の先生と生徒の気分になってしまいます。
先生は、いつも「それでいいんだ、それで。自分らしく生きろ。」とおっしゃってくださって、それがたいへん私の心の栄養になっています。
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近いうちの再会を約束しました。楽しみです。
先生は、絵だけでなく、ジャズも教えてくださったし、その生き方自体が私にとって鑑のようです。
できれば、今度は子どもも連れて、もう一度先生の絵を見に行きたいと思っています。

2005/12/18

シェイクスピア好きなんです

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きのうは、東京に「英国ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー」による“夏の夜の夢”の公演を観に行ってきました。
シェイクスピア劇は、学生の頃、英国BBC制作の「お気に召すまま」がNHKで放送されたのを見てから虜になり、2年間で全作品を読み、さらに訳者によって全く違う作品に感じるのでだいたい3人の翻訳で読み返してみました。よっぽどハマッたんですね。
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シェイクスピア劇には、人間のあらゆるドラマがえがかれているように感じました。テレビでやってるあのドラマも、あの映画も、もとはここに全部あるじゃないの・・と夢中で読みました。
ビートルズをリアルタイムではなく、後追いで聴いて、ああ、このバンドもあのバンドも、ここに「源」があるじゃないか、ビートルズって何者だったんだ、なんであらゆる音楽のエッセンスを放出しているんだ・・と思ったことと良く似ていました。
両方とも英国の人ですね。ストラットフォード・アポン・エイボンとリヴァプールはドラマとロック・ポップミュージックの聖地かもしれないです。
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肝心の劇の方は、まず舞台装置がおもしろく、最初に舞台左の方にあった真っ赤な月が時間とともに右に欠けながら動いて行き、まるで鏡にうつるように舞台の演者の影を映し出したり、魚眼レンズで夜空を見上げるような不思議な空を描いたり、舞台の中心となる『森』のシーンは、不思議で不気味な森が見事に表現されていました。
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進行役となる妖精のパックは、通常、いたずら好きで機敏な感じであることが多いのですが、なんか中年のだらしないお腹が出た怠惰な感じに演出されていて、妖精でも“ゴブリン”っていう印象でした。
気鋭の演出者グレゴリー・ドーランということで話題になっていた作品だったのですが、たしかに変わっていて面白いものでした。最後まで楽しめたし、数人ですが、子どもも観ていて受けていましたので、会場全体が堪能していた印象でした。
たまには、いいですね、観劇も。

2005/12/17

毎朝どんどん寒くなってきました

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「朝2時起きでなんでもできる/枝廣淳子」を読み、ぜんぜん起きられず、「朝4時起きの仕事術/中島孝志」を、懲りずに読んで実践している私です。
朝も早よから、せっせと仕事の書類作りにいそしむわけですが、「よし、これでなんとか」と思って持って行った書類は見事に“駄目だし”を一刀両断状態で受けて、討ち死にいたします(((;-д- )
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朝日は毎日かわらずに昇ってきますね・・・。こんな神秘的な風景を見ながら「また、きょうも行ってくるか、日はまた昇る・・」などとわけわかったような、わかんないようなことを言いながら朝のお茶をわかしたりしています。
それにしても、連日寒いですね。みなさんのお住まいのところはいかがでしょう?
風邪も流行っているようだし、お身体気をつけてくださいね。
私も、“チャレンジ・ドリンク”しながら、がんばります(*^_^*)
なんか今朝はとりとめのないことを書いてしまいました。

2005/12/11

ふるさとは心の中だけになってきたのか・・・

日中、ラジオを聞いていたら、ダークダックスの「ふるさと」が流れてきました。
特に自分にとって心に残っていた曲ではなかったのですが・・・。

この曲をリクエストされた方(岩魚の研究で有名、知床の自然保護にも尽力されている方)が「こころざしを果たして、いつの日にか帰らん、山は青きふるさと、水は清きふるさと」の歌詞について、「“こころざしを果たす”というのは、立身出世という意味ではなくて、人生の遍歴を終えたらふるさとを訪れて、自分の力一杯生きたことをふるさとに報告するような意味だと思うのです」とおっしゃっていました。
でも、「今や日本の国民のほとんどが実際に帰るふるさとを失ってしまったのじゃないか、もう心の中だけのものになってしまったのかもしれない」とも。
こんな国民の大多数がふるさとを失ってしまったような国はほかにあるのでしょうか。

そのお話を聞いてから、「ふるさと」を聞いたら、こんなにいい曲だったのかと、思わず落涙(最近涙もろい(T_T))してしまいました。

私のような田舎者でさえ、小さい頃魚取りやドジョウ取りをした小川や田んぼ、池、わらび取りやカブトムシを探した山もすでに全部なくなってしまいました。

“自然”って言うけど、あってあたりまえのものであれば、“自然”なんて言葉も生まれなかったのかもしれません。
だって普段の状態が“自然”なのだから“自然”という定義はいらないんですものね。

そんなことを思った日曜の午後でした・・・結局今日も家で仕事してしまった(T_T)。

2005/12/10

不幸な人は人を許せない人に多いという・・・

この前書いた「斎藤一人」さんの別のCDを、また聞きました。
標題のとおりのお話が入っていたわけです。

「あの人が許せない」「あの人にこう言われた」「こんなひどいことを言っていた」と、夜も寝られないほど悩んだり、ものも食べられないほどくやしい思いをしても、その当の相手は“良く寝て”“良く食べて”“言ったことすら覚えていない”というお話です。
しかも、悔しがっている自分は、本当は相手のことではなくて、自分のことを考えているんだよ・・とおっしゃっています。人間は四六時中自分のことを考えているものだと。

嫌いな人を許せないと、人生のうちのたいせつな一日、あるいは何ヶ月、何年を、その相手のことを考えて体の具合を悪くして、しかもその時間をささげてしまうのと同じことになるのじゃないか?とまでおっしゃる。・・言われてみてそのとおりだと思いました。

10年恨んでいる人もいるが、相手はあんたのことなんか覚えちゃいない、自分が意地悪したことすら覚えてないよ・・・って。「俺って、人がよくて駄目なんだよ」なんて言っているかもしれません。
人を許すのは相手のためでなく、自分のためで、相手には何の効力もない。相手を恨むと相手には届かず、自分にだけ届く、近くにいるから、ともおっしゃっています。そして、自分の具合がどんどん悪くなってしまうんですね。

あとは、“自分を許すこと”が大事だいとうことだそうです。
「自分のこういうところが嫌い」とか「これができない、あれができない」と思い悩むより、自分を許して、自分が幸せに生きて、笑顔があふれてきて、楽しみながら生きて、みんなが幸せに生きていく、だいたいが人間なんてだらしなくて、いいかげんなところがあって、相手だって苦手なことがいっぱいあって、そんなもんなんだと・・・またまた目からうろこが落ちるような気持ちでした。

私も人間ができていなくて、十年近く前に、仕事の関係で上級官庁の役人の身代わりになって泥を被って、自分の不始末であったという書類を書かされた上に、その書かせた書類を逆手に取って「死んでわびるしかないのだ、お前のような下っ端は」と言ったその上級官庁の役人を今の今まで恨んでいましたが、もうやめました。あのときは、苦しんで三ヶ月で20キロ痩せましたし、泥を被った仕事を全うするために丸一年地獄のような仕事をこなしましたが、自分に恨みが帰ってきたのですね。
当時の同じ職場の人にも、私がやせ衰えていくのに見捨てたこと、関わり合いにならぬようにと、見て見ぬふりをしていたことをかなり恨みましたが、なんだか斎藤さんのひと言ですっきりしてしまいました。

楽しく生きなくてはネ(^o^)

2005/12/07

ソリの鈴でますますクリスマスらしく

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昨日のブログでは、私の誕生日のお話でしたが、いよいよ次はクリスマスですね。
上の写真は『スレイ・ベル』という楽器です。
たしか、saripapaさんのブログにも写真が登場していました。

バンドでクリスマスに子ども達の施設などに行って演奏したときに使いました。
演奏曲目は、もちろんレノン・マッカートニーファンなので、ジョン・レノンの「ハッピー・クリスマス」でした。

このベル、めっちゃ良い音で、クリスマス気分がいやが上にも盛り上がってしまいます。
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下の写真は、通勤に使っている駅のイルミネーションです。
サンタのソリも見えます。

24日には、下の子のために“サンタ”にならねばなりません。
プレゼントは、オモチャ屋に朝5時から並び、目的のものをゲットしてあります。
父は、疲れますね(^^;)

2005/12/06

Birthday!!

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本日は、恥ずかしながら私の誕生日でした。
思えば歳をとったものです。家族が祝ってくれるというので、ちょっと楽しみに帰宅しました。
下の子(小二)が自分で画用紙にバースデイ・カードを描いてくれている最中でした。
「お父さんへ 誕生日おめでとうであります!!!」今、大人気のケロロ軍曹の絵を描いてくれました。
「お疲れ様でした、肩をもみましょう」と私の肩も揉んでくれました(T_T)。

妻からもプレゼントをもらい、「ほんとうにいいの、あ・ありがとうございます」と、素直に&ちょっと疑心暗鬼に(^^;)いただきました。
ごちそうまでつくってもらって、・・・あとが怖い・・・などと言ってはいけませんね、素直に喜びましょう。

2005/12/02

スウィープ『掃』

今年の流行語大賞が発表されました。
「想定内(外)」などは、流行“語”としても実際流行ったし、今年はそんなもんかな、という印象を持ちました。
でも、例年流行“語”というよりも、流行“現象”が大賞になっているような気がしていました。

さて、流行語ではないのですが、今年は“スウィープ”がキーワードだ、というのをよく耳にしました。
小泉さんがすべてを一掃するように圧勝したり、ロッテが二軍の優勝も含め、交流戦、リーグ戦、日本シリーズ、アジアシリーズとすべてかっさらうように圧勝、アメリカでもホワイトソックスが4連勝で圧勝、など、相手をほうきで掃くように一掃する様子をあらわしているようで、元々アメリカから来た言い方みたいです。

今月「今年の漢字」が発表されると思いますが、『掃』なんていかがでしょうか?
かっさらうように一掃していった今年の中心人物たちの様子があらわれていると思うのですが。

自分の「今年の漢字」を考えてみるのも面白いですね。
私の漢字は、「術」でしょうか。心臓の手術が成功して、人間の驚くほど繊細な“術”に感心しました。

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