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2008/08/29

世の趨勢に従えって言われたって・・・

一国の首相が使う“目線(めせん)”という言葉が馴染まないと書いたら、「言葉は色々淘汰され、駆逐され残っていくものだから、いちいち目くじら立てずに世の趨勢に従った方が良い」と若い人に諭されました。
・・・お生憎さま、そう聞くとますますその言葉を使った最後の人と言われるまで意地でも使ってやろうと思うのが私であります
σ(^^)

「人はその国に住むのではなく、その国の言語に住むのである」という山本夏彦氏の言葉を肝に銘じている私。やたらと自分の住む国を粗末には出来ないのです。
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まず、「目線」からやっつけましょうか。
あきらかに「視線」の方が古く、視野、視界、視力、視聴などと同じく使われていたものと思います。
それをあきらかに“わざ”と誤って「目線・めせん」と言い、テレビ関係業界の者がちょっとはすっぱに、格好をつけたもの言いだったわけです。
当時“魅力”のことをわざと“みりき”と誤って読んで、ちょっと業界っぽい格好つけたヤツ、あるいは漫才師がいたが、そちらの方は駆逐され、「みりき」は忘れられ、「めせん」が残ったわけです。つまり、そんな程度のバカっぽい言葉だったので、それをいい歳こいた一国の首相が使ったのを嫌だと言ったまでの話です。七十を超したいい大人がそんなことも忘れ、あるいは言葉への敏感さもなく、そんなことの記憶もなく、思慮無く使ったことが嫌だと言ったのです。

この目線と同様なことと思われることに、以前このブログにも書きましたが、「湯上がり」と「風呂上がり」があります。湯上がりには、湯ざめ、湯加減、湯銭、湯づかれ、湯浴み、湯あたりなど、同様に使われ、派生している言葉があります。
つまり「風呂上がり」と言ってしまえば、同時に上記の言葉たちの命が縮んでしまう。ひいては、自分の住む国である言語が衰退するので、私は嫌がっているわけです。つまり、私のためです。
単体で「湯浴み」などの言葉を覚えれば「湯上がり」などという言葉を使わなくて済む、と言ってたヤツもいましたが、そうじゃないことはたぶんおわかりになると思います。

新聞やテレビは今となっては、誤用されている言葉があれば、そちらの肩を持つことが多いのですが、逆のことが過去にありました。
とても珍しいことです。それは30年くらい前の話。
JR(当時の国鉄)の山手線(やまのてせん)は、その頃『やまてせん』の誤った読みが圧倒していました。まさに多勢に無勢の状況だったにもかかわらず、ある日突然、新聞もテレビも「あの路線は、“やまのてせん”だ。きょうから何と言われても“やまのてせん”。いいね、たのむよっ!」ってことで、あっという間に『やまのてせん』に統一されました。
歌の文句にも「やまてせん」と使われていたにもかかわらずです。
「やれば出来るじゃないの」と、当時思ったものです。

「ごねどく」という言葉も、本来は「ごてどく」でした。“ごてる”は、つむじを曲げて文句を言うことで、“ごねる”は主に東京の下町で「死ぬ」ことを言いました。
「四ぬる」というのを忌んで「五ねる」と言ったわけです。
下町言葉ですから、八つぁん、熊さんが「くたばる」のような意味で使っていたものだと思います。
最初、新聞などは「ごねどく」をいちいち訂正して「ごてどく」と直していましたが、そのうち誤用の方が多くなり、あきらめてしまったようです。
「独擅場(どくせんじょう)」を“どくだんじょう”と読むが如しです。
私が小学校の頃は先生から“どくだんじょう”と読むと、「擅・せん」と「壇・だん」の字の別がわからぬと、人から笑われるよと教わりました。
しかし、今やその区別がつかぬ者の方が圧倒的に多くなり、「どちらでも良い」ということになってしまいました。

そう言えば、昔、調味料で「いの一番」というのがあって、発音は「胃の一番」と同じく発音していたのですが、一般に使われる「“いの一番”に、馳せ参じる」の方の発音も全て「胃の一番」になってしまいました。本来は両者のイントネーションは完全に異なります。
テレビの力は恐ろしく、それっきり発音は誤用の方に固定されているように思います。

いずれにせよ、私はその言葉が一人でも世間で使われている以上、最後まで使おうと思っています。
間違っていないのだから、いいじゃないか、強制せんといて・・・ということで本日の書き込み終了 ^∀^)ノ

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コメント

ymamaさん、こんばんは!

>私も「視線」派です。
ううう、うれしゅうございます(T_T)
私が世界でただ一人の「視線派」かとあきらめておりました。

そう、業界用語ですよね。
私だって、プライベートのふざけたリラックスタイムには、「ちょっと、その変な“目線”やめてよ」などと使うこともあります。
でも、あくまでもそんなふざけたときだけです。
オフィシャルな発言や文書で使うことはありません。

ymamaさんがおっしゃるようにNHKでさえも言葉のアクセントが???と思うことがあります。
BBCのように、日本語も正しく話すことをきちんとやっていく放送局があっていいと思いました。

ああ、良かった。書いたあとで不安になり、私のただの勘違いでものを書いてしまったのではないかと疑心暗鬼を起こしていたところでした。

こんばんは。
私も「視線」派です。
というか、目線は業界用語です。と、いつも仕事では話しています。その違いを知らない人がほとんどです。私の場合は、相手が使うことを否定はしませんが、自分からは視線と言います。もちろん、決して使わないとは言いませんが。
「いの一番」は、確かにそういう傾向がありますね。原因はアナウンサーです。NHKですら、時々変なアクセントで話しますものね。
「おられる」という言葉の使い方や、「ドラマ」という言葉のアクセントなど、NHKさんがそれでは・・・と思うことが多々あります。
イギリスのBBCでは、英国語を正しく話すことを守ることを大切にしていると聴きました。その国の美しい言葉を残すために話すテレビ局があっても良いのに・・と思います。

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