突然思いだした「カラオケ」の起源
きょう、帰りのクルマのラジオで、懐かしい人の話を聞いているうちに、突然「カラオケ」のことを思いだしました。
今や、カラオケって言えば、誰もが知っているあのカラオケのことですが・・・。
話は、私が中学生時代に遡ります。
その頃、土曜日か日曜日のFM東京の番組で「すぎやまこういち」さんがやっていた音楽番組がありました。
そこでは、色々なテーマでもって、音楽をかけるような番組をやっていたと思います。
※「すぎやまこういち」さんは、ザ・ピーナッツや、ザ・タイガースなどの曲を作曲した方。また、若い方には、ドラクエの音楽を当初から現在まで担当している作曲家と言えば通りが良いでしょうか。
その番組の中で人気コーナーだったのが、『カラオケ・コーナー』だったのです。
当時、一般人に「カラオケ」という言葉は全く普及していませんでした。
歌手がレコーディングする際のボーカル抜きのオーケストラのみのトラックのことを、業界用語で「カラオケ」と呼んでいて、そのトラックをそのまま番組で流していたのです。もちろん、ほんもののカラオケですから、ガイド・メロディなどは入っていない、レコード盤の音からボーカルが抜けているだけのものです。
私の記憶では、「てんとう虫のサンバ」などがかかっていたのを思いだします。
ひょっとすると、当時のテープがまだあるかもしれませんが・・・。
で、これが面白くて、かなりな人気コーナーでした。もう一度言いますが、当時カラオケという言葉を使っていたのはレコード業界人だけでした。
その後一年くらい経ってからでしょうか、写真のような「カラオケ・マシン」が現れたのは。
もう、夢のような話だったと思います。当時のすぎやまさんの番組中で人気があったのは、その本物のカラオケを録音して、今で言うカラオケにして、一人喜んで歌っている人がいたからです。
それが、ほんとうに色々な曲のカラオケとして市販され始めたから、もうたいへんです。
なので、私は、カラオケの本当の“生みの親”は「すぎやまこういち」先生ではないかと、今でも思っているのです。
次の写真は、当時のテープ・・というか、8トラックのカートリッジです。
早送りも出来ず、8トラックのテープに各曲が時間をずらして録音されていて、曲の頭が一番近いトラックに合わせて、曲の始まりを待つという・・何とも気の長いものでした。
それでも、歌謡曲の歌手のように歌を歌えることが、当時の人にとっては、大きな喜びだったのかもしれません。
突然に思いだしてしまいましたが、私の記憶にある「カラオケの起源」のお話しでした。
【NowPlaying】 Always~いつもそばに~ / 国府弘子 ( Piano Instrumental )
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