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2009/11/28

ひらがな・かな交じり文の多用が気になる

今朝の新聞に、30年ぶりに約10年間、日本に滞在した大学教授の「新聞よ、日本語を守れ」というコラムが載っていました。

今や大学では教科書を読むために「基礎ゼミ」を設置して、新入生に“読み書き”を教えているのだそうです。そうでもしなければ、漢字・熟語が読めない、そしてそもそも書物を読むという訓練ができていないので、勉強、研究ができない状態で新入生が入学してくるというのです。

新聞を毎日読む者は、ほとんど皆無とのこと。
もはや日本語が不自由な日本人の大学生が蔓延という状況なのです。

教授が言うには、遠因は「新聞のかな書きの蔓延」にあるとのこと・・・。
そういえば、「わいろ」や「破たん」「貸しはがし」「補てん」など、私も近年新聞その他を見ていて、「これは妙な書き方だ」と、気になることが多くなりました。

いったい何のためにやっているのか?
単に漢字が読めない若者向けだとしたらあまりに愚かしいし、それで新聞を売ろうなんて考えているのなら、返って逆効果であると思います。新聞を読もうかという人が“平仮名”だらけの文面を読みますかいな?

さらにうがって、何らかの団体からの圧力でやっているとしたら、たぶん日本人の心の中に入り込み、日本人としてのアイデンティティを崩壊させようとしている団体なのかもしれない、などと思う機会が増えました。

新聞には、昔、ルビ(ふりがな)が振られていました。
そのおかげで、読書の習慣や、読書力の向上というものが確実にあったと思います。意味なんてあとからついてくるもので、とにかくその漢字が読めて、先に進めたのです。

それに、そのコラムにも書かれていましたが、「繋ぐ」を「つなぐ」にしてしまうと、「連繋(れんけい)」や「繋留(けいりゅう)」という熟語をも除くことになってしまい、漢字一字の除外によって、その何倍もの語彙を失ってしまうのです。

なぜか、こんな風潮を助長しているのは、今社会的に地位のある団塊の世代くらいの男達だとは思いませんか?!
しかもこいつら・・この方達は、スキームだとか、スキルだとか、ワークライフバランスだとか、日本語で言えることまでカタカナにするのが大好きです。

話題になった行政刷新会議の「事業仕分け」でも、局長クラスのその年代の男達は、しきりにわけのわからぬカタカナ語を“振り回して”いました。

聞いていて、「バカじゃなかろか・・失礼、“お利口さん”じゃなかろか」と思いました。日本語で説明できるものは日本語で説明すれば良いのです。

仕分け対象になっていた「事業名称」にも「エリアマネジメント」「コンテンツ」「キャリアコンサルティング」バイオリソース」などの“カタカナ”が多々含まれていました。
もっとわけがわからないカタカナもありましたが、元々意味がわからないようなものだったので、それらは頭に残りませんでしたが・・・。

ええと、言いたいことは、この方達が引退し始める今こそ、日本語を取り戻すチャンスです。
日本語で言えることは日本語で表現し、書物、文書について漢字には“総ルビ”を振り、既に国際的は低くなってしまった日本人の日本語識字率を上げたいものです。

人間は、その国に住んでいるというよりも、その国の言語世界に住んでいるっていうこと、それが大事なんじゃないでしょうか?

【Now Playing】 I'ts Not You , I'ts Me / The Little Willies ( Pops )

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