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2010/04/14

あれから15年

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「インターネット新世代/村井純著(岩波新書)」を読みました。

村井純さんと言えば、1995年頃の日本におけるインターネット創世記とでも呼べる時期には知らない人はいなかったでしょう。
私が最初に村井さんが全面に出てインターネットについて語っているのを見たのは、当時のテレビ朝日でまるまる一日かけて特集番組を放映していたときでした。

久米宏さんが司会をしていて、インターネットのあらゆる可能性や、現に利用されている例が次から次へとテレビモニターに映し出され、私はその素晴らしさと可能性にテレビの前で一日中釘付けでした。

当時は、まだWindows95が出る前。
ブラウザなども自分で調達して、モデムが搭載されているパソコン自体がほとんど無いような時代でした。

番組はほとんどMacによる画面で事例が紹介され、私がコンピュータを使ってインターネットに接続してみようと思ったのもこの頃でした。

村井さんの「インターネット」それに続く「インターネット2」という著書は、インターネット未経験者やインターネットの可能性を探る人にはバイブル的なものだったと思います。

そして、現在。
インターネットは、単にパソコンで利用するだけでなく、村井さんが提唱していたように、あらゆる場所に、場面に、状況に存在していて、もはや人がインターネット自体を意識することもなく利用することが多くなりました。

この新著では、今までのインターネットの発展過程、現在の状況、今後の発展性、日本はどう関わって行ったらよいのか、などが全体的には明るい未来に向けて書かれていました。

で、私が感じたのは、1995年が日本におけるインターネットの創世記でしたが、その後の急速な発展によって、人は幸せになったのか?・・・ということです。

便利になった、効率的になった、楽になった・・・と、一般的には思うでしょうけれど、でも自分自身にとってどうかと、よくよく考えると、仕事面でもひとつひとつの作業自体は楽になったのかもしれませんが、圧倒的に一人の仕事量は増えているのです。
効率的だが、ひとつのミスが全体を揺るがすようなことにも繋がっていて、まったく心休まることもありません。
便利だが、無くても「人の幸せ」、「家族の幸せ」にはほとんど影響しないのじゃないか!・・・というのが私の素直な印象です。

最近よく思うのですが、新政権の人達も、世間の風潮も効率的だとか合理的だとか、そんなことばかり言っていて、実際にはそんなことをどんどん進めていくと、それによって恩恵を受けるのは一部の経営者や、権力を持っている人だけではないかと、・・・そんなことです。

どんどん人の仕事を奪い、一部の人だけが恩恵を享受して、しかも合理的(と言われる)システムを導入しても、結局それによって“浮いた”時間と労力は、ひとり一人に更なる荷重となって襲いかかり、それを解決するためのシステムを導入すると、また人がいらなくなり、残った人には二重三重の荷重がかかってくるのでは・・・と思うのです。

つまり普通の人、一般人には、永久に楽な状況や、余裕のある生活は訪れないのではないでしょうか。

結局、暗い話になってしまうのですが、科学や技術の発達は、それ自体が目的と化し、人の(家族の)幸せがないがしろになっていませんか?というのが今日のお話の結論です。

「なぁに、馬鹿なこと言ってんだ!」と思われる方もいらっしゃるかと思いますが、ものごと、考え方の視点をちょっとずらしてみるのもいいかもしれませんよ。


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