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2010/06/30

『The Scarlet Pimpernel』ショーヴラン(明日海りお)バージョンも見ました

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宝塚・月組東京公演「スカーレットピンパーネル」のショーヴラン(明日海りお)バージョンも見ましたので、その報告を。

昼の部でしたが、観客の多くは、既にこの演目を何度も見ているような雰囲気が感じられました。

全体を見渡してみても非常にパワー感あふれるものになってきていて、前回のときよりもさらに月組の一体感が増した感じ。
ロベスピエールの越乃リュウ、アントニー・デュハーストの青樹泉、ルイ・シャルルの愛希れいか、など個々の演技もより力強く、しかも丁寧になっていました。
舞台上の群衆によるコーラスも“かなりいい”。

蒼乃さんのマルグリットは、前回の荒涼とした“ただ中”にいる風情から、今回はさらに自らの意志も全面に出てくるような感じで、
“強く”“あふれ出る愛”のようなものを感じました。どんどん「練れている」ように感じました。

きりやんのパーシーは、前回の悩みを抱えながらのピンパーネル団として動いている様子が、今回は、悩みを感じつつもぐんぐん前に進んで、全ての解決へと導いていく様子が、なかなか素晴らしいものでした。

なので、トップ二人のシーンは、非常に濃密な感じがして、ふるえるような気持ちになりました。とても珍しいことです。

そして、明日海りおさんの「悪役ショーヴラン」ですが、非常に良かったと思います。
龍真咲さんが、どちらかというと悩みつつ取り組んでいる様子がうかがえたのに比べ、明日海さんは自分でこうと決めた「かたち」を突き進めているように思いました。

それが功を奏して柚希・ショーヴランとはまたひと味違った、自らの信念に疑問を抱きつつも、若さゆえ突っ走ってしまうショーヴランになっていました。

歌も合格!!
ぐっと奥行きのある歌唱に、ひとつ向こう側に行ったな・・という気がしました。

さらに観客の反応がすごく、明日海ショーヴランが一曲歌い終わる度に、割れるような拍手!

ラストに近づくに連れてその拍手は大きなものとなり、見せ場をソロで歌い上げたあとは不思議なため息が出るような、ある種なかなか見られない宝塚の歴史的な瞬間にいるのではないかと思えるほどの空気が漂っていました。

ミュージカル部分が終了し、まずは緑色の衣装で銀橋での「歌う紳士」の明日海さんの歌唱も非常に良かった。
観客の祈るように、そしてうっとりしている様子がわかったのでしょう、歌いきったときに「やった」という表情がうかがえました。
きょうの明日海りおさん、満点でしたよ(^_^)v

話を、このミュージカル全体に戻しますが、どんどん良くなっていく印象です。
感動の度合いがますますヒートアップして、涙があふれてくる感じ。こんなことって滅多にありません。
きりやん、蒼乃さん、素晴らしいスタートを切りましたね。

これからも期待します。スカーレットピンパーネル、大好きな演目になりました。


【NowPlaying】 プレシャス・ムーン / シャオ・ロン ( World Music )

2010/06/29

疲労のため更新はちょっと控えてます

日曜日には達人と共に再び「鎌倉散策」に行ったのですが、まだUPできておりません。

昨日、月曜日に同業他社との大きな懇親会が有り、帰宅も遅く、きょうも残業でしたので、写真の整理もままならず、ブログ更新はちょっと無理な状態です。

疲労も大きいので更新はお休みしておきます。

とりあえず【業務連絡】のみです。

みなさまお休みなさい。

【NowPlaying】 Feelin' You / Jesse McCartney ( Contemporary Vocals )

2010/06/26

少しずつわかりかけてきたツイッター

ツイッターもいろいろな人のものを覗いてみると、「玉石混淆」でした。
それは、ツイッターに限らずブログやWebページでも同様ですが。

たったの「140文字」なのに、「おおっ」と驚き、「う~ん」とうなり、「あっそうなんだ」と納得までしてしまうようなものも有り、実際に感心することもありました。

そして、フォローする(気に入ったものを追いかけて自分のホーム画面に更新状況が載るようにする)ツイッターが複数になってくると、その「玉石混淆」がモノを言い出しました。

タイムライン(自分や追いかけている人のツイッターでのつぶやき(さえずり)が、時系列に羅列される画面の状態)にそれらが次々と現れると、なんだか“いっぱし”にそれぞれの人が瞬間・瞬間に考えたり発していることがわかってきたような気になります。
・・・それがほんとうかどうかわからないけど。

世の中や、自分の気になる人の「気分」を感じるにはいいものかもしれないし、ツイッターからツイッターへと渡り歩くのも、あっという間に別の世界、別の次元での出来事に飛び込むようで、不思議な感覚を得ることもできます。

初心者が“おそるおそる”ツイッターを始めて、いろいろな発言を一通り見る第一段階を経て、その次、第二段階のポイントは、フォローするツイッターの数をある程度増やしてみることかもしれません。

それも、あまりひとつのジャンルに限らず、趣味的なところから、仕事の関係まで“まぜこぜ”にするのが面白そうです。

ツイッター初心者の皆さん、何か楽しい使い方や、おもしろい使い方、おしえていただけないでしょうか?


【NowPlaying】 Book Bar / 大倉眞一郎・杏 ( FM Radio-J Wave )

2010/06/25

励ましと安心の手紙

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昨日は夕方から仕事の勉強会が有り、実は同じ中学卒業で、現在は真打ちになっている噺家「古今亭菊輔」師匠の独演会に呼ばれ、行く予定をしていたのですが、残念ながら行くことができませんでした。

そんなわけで、けっこうフラストレーションを溜めて帰宅すると、中学時代の担任の先生から手紙が届いていました。
不思議なもので、中学つながりの出来事が続くものです。
因みに菊輔師匠もこの先生に教わっています。

先生はもちろんいつも手書きでびっしりと手紙を書いてくださいます。

私の「納得がいかないこと」には頑として動かないこと、そしてそんなことで苦しみながら仕事をしていることもお見通しで、「自分らしく行きながら」も無理せず「普通にがんばれ」と励ましの言葉が書かれていました。

先生は、かなり離れたところに住んでいらっしゃるのですが、最近ウチの町内を通り抜ける機会があったとのこと。
すっかり変わってしまった様子に驚き、その様子を「現代文明をリードし続けて“もどき空間”を本当の豊かさと勘違いしている」とチクリ。

「普通にスローなペースで不便を実行したい」という表現も私が中学時代と変わっていません。

便利だ、効率的だと文明の利器を利用することを「楽しくない」と言っていた(今もそう)先生、お変わり無くて、また安心しました。

なかなか数十年前に受け持った生徒に手紙を書くなんてことはできることではありません。
私も先生をすこしは見習って“不便を実行”しつつ生きていきたいと思います。

ひさしぶりに先生にお会いしたくなりました。


【Now Playing】 雨あがりのダウンタウン / アグネス・ラム ( 歌謡曲 )

2010/06/24

魔法が解けた

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宝塚の話題で、このブログに書こうと思っていて、忘れていたことがありました。
きょうは、それをひとつご紹介というか、書いてみたいと思います。

去年だったか、一昨年だったか、東京宝塚劇場での開演前の客席で私の近くに座っていた女性二人の会話に、このお話は始まります。

二人の話題は、その数日前に、退団発表をした男役トップスターについて。
もちろん二人は、そのトップスターの大ファンのようです。

A:「○○さん、○○さんって夢中になって、全力で追いかけて・・、でも辞める(退団する)と“魔法がとける”んだよなぁ。いつものことだけど・・・。」
B:「そうなんだよねぇ、あんなにキラキラと輝いて見えていたのに普通の役者みたいになっちゃうんだよね、どうしてだろうねぇ。」

・・・という会話。

私は、うなりましたよ。
そうそう、そう思いたくないけど、そのとおり。
ふれてはならない神聖な領域にいたあのトップスターが、すっかりオーラも消えて普通の人になっている。

オーラも消えず、“魔法”も解けず、宝塚時代のような侵し難い領域に居続けるスターはほんのひと握りです。
大地真央、黒木瞳、真矢みき、真琴つばさ、天海祐希、・・はいだしょうこおねえさん(この人の場合、さらに悪い魔法にかけられているような気がするが)、などなど指折り数えられるほどです。

あの客席での女性二人の会話は、宝塚ファンが思っていて、忘れてしまうその現象を「魔法が解ける」のひと言で言い表したのです。

後日、うちの職場のF波さん(宝塚“ファン道”一筋ウン年)に、この話をしたところ、プッと吹き出したあとに、「でもあたってるなぁ・・・」としみじみ。

そして、魔法が解ける間もなく、またまた新しい魔法にかかるのが宝塚ファン。
次から次へとトップスターが入れ替わり、すでに95年も経っているのが宝塚歌劇。
新旧のファンを獲得できる、宝塚のうまい永久連鎖システム・・・良く出来てます。

えっ、おまえは何度目の魔法にかかってるんだって?
そうねえ、かれこれ30回くらいかな?!(^-^)v
なんだって?重傷じゃないかって?
いいの、いいの不治の病なんだから、ほっといて!


【Now Playing】 Deep / 渋谷哲平 ( 歌謡曲 )

2010/06/22

月組公演『The Scarlet Pimpernel』ついに見ました

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宝塚歌劇・東京公演「スカーレット・ピンパーネル」を待ちに待って、ついに観てまいりました。
2008年、星組で「安蘭けい・遠野あすか」主演で初演され、大好評を得た大作“一本もの”です。
月組“新トップコンビ”東京お披露目公演がこの演目。主演「霧矢大夢」さん「蒼乃夕妃」さんの力量が計られることになります。
なぜか私も大緊張(^_^;)

結果から先に言っちゃいましょう。
「素晴らしい!」
歌、演技、ダンスともにトップコンビは高得点でした。文句なしです。

思い出してみると、安蘭けいさんの主役パーシーは、夫婦の問題がありながらそれをひたすらピンパーネルの活動に必死に取り組みつつ寂静感を漂わせながら、どこか達観したような静かに耐えつつ情熱を内に秘めた人物像でした。

きりやん(霧矢)のパーシーは、常に妻マルグリット(蒼乃)のことが頭にあり、悩み苦しみつつピンパーネル団の活動をぎりぎりの状態で続けていく感じ。
これは、トップ大劇場お披露目直前の「紫子」でも見せた、観客がきりやんの動向に感情移入してしまうタイプの見せ方です。なので、私もきりやんと共に悩みつつ舞台の進行を見守ったわけです(^-^;

ですから、トップお披露目で「きりやん良かった」という気持ちも手伝って、この歌いまくる演目で、きりやんが歌いきるたびに「涙、なみだ、涙」(T_T)
「そうか、こういう演技できたか、こう歌ったか」と感心する度に涙が・・・(オペラグラスの目をつける部分に涙がたまって見えなくなったのは初めての経験だ(;´Д⊂)

蒼乃夕妃さんも、「紫子」でも感じましたが、早くも熟練した感じさえするくらいの充実度。
紫子では、初演の南風まいさんの役のとらえ方をしのぐくらいの、すばらしい解釈で役を演じていましたが、今回も文句なしの素晴らしさ。

きりやんとは逆に、初演「遠野」さんの常に苦しみ悩み、猜疑心が渦巻いていた役柄を、何というか割り切った感じさえさせる「荒涼」としたただ中に自らを置き、事態に向かっていくような印象を持ちました。
独自の解釈力が今回も目を引き、感心しました。
なので、余計に夫婦の互いの疑惑が解けたときの喜びが大きく響くように伝わってきました。

最後のおまけのショーでの、二人のダンス(月組トップコンビのデュエットダンスは久しぶりとなる)を見て、また涙(;´Д⊂

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ちょっと興奮して書き過ぎているかもしれないので、先を急ぎます。

今回は、二番手の役となる“悪役”「ショーヴラン」は、「龍真咲」、「明日海りお」が二人で役替わりしています。
これが話題なわけですが、今回私が見たのは「龍真咲」バージョン。

一ヶ月の公演中、二回交代するとのことで、これはご本人達にとっては大変なことだと思います。
調子が出て来たら、また別の役になってしまうのですから。

今回の龍真咲さんは、けっこう苦労している跡が見受けられました。
ラストに近づくにつれ、本来の自分の持ち味が出て来ていたと思いました。つかみかけているっていう感じです。
歌は、星組初演時のショーヴラン「柚希礼音」さんの圧倒するような歌唱ぶりが頭にこびりついているため、最初は見劣りするような気もしました。
しかし、これはこれであの柚希さんの“どす黒いほどの悪”のショーヴランとは異なる、悩みも持ちつつのちょっと“爽やか”ショーヴランという描き方だったのではないかと思いました。

今後、「明日海りお」さんのバージョンも見る予定をしていますので、お二人を比べてみると、ある程度のことが書けると思います。

その明日海さん。今回は義弟の「アルマン」役でしたが、その美しい男性像は、現在どの組のどの生徒にもないものを持っていると感じました。
あの、気品有るたたずまいはちょっと他に比べようがないものだと思います。

※ちなみに今回のアドリブでショーヴランにパーシーがすすめた衣装は、白いポロシャツにミニスカートの「宮里藍」風ファッションでした
(^o^;)実にタイムリー!

主役近辺の話ばかりで申し訳ありませんでしたが、今回の出来は月組全体としても最高に良かったですよ。
無駄なシーンなんて一切ありません。
全部が見どころ、全曲感動の歌い上げ方、舞台の端から端までどの生徒もちからいっぱいの演技・歌・ダンスでした。
どのシーンも今思い出しただけで感涙ものです。

これ見て何も感じない人はいないと思うよ!今のところ今年最高です(*⌒▽⌒*) 

【NowPlaying】 毎日がスペシャル / トーマス・ハーデン・トリオ ( Jazz )

2010/06/21

書いてみれば?やってみれば?

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きょうは、昨年から感じているITによる情報発信について少しばかり書いてみます。いろいろと私が聞かれたりしたことがあるもので。

ツイッターやブログなどのウェブ上の新しい情報発信ツールとでも呼べるようなものは、今や若い人にとって、何の違和感もなくいきなり使えるものであると思います。

因みに、私にとっては、“いきなり”は無理でした。
“恐る恐る”という感じでしょうか。

しかし、さらに私よりも「奥手」な人はけっこういるもので、特にオジサン達には「理解し難いモノ」になっている場合もあるようです。
ましてや、自分から情報発信なんて、「何をかいわんや」ってところでしょうか。

30才という若さで、我が社に新たなボスが就任した昨年、幹部の人達からよく聞かれることがありました。

「あのブログは誰かに書かせているんだろうな、夜に書いたり、朝に書いたり、あんなふうに書いて毎日やって行ける筈がない。」・・・と。

文面を見れば本人が書いているのは“一目瞭然”。
それを感じ取ることもできないほど鈍感なのか、とも思いましたし、ささっと移動中、あるいはちょっとした“隙間”のような瞬間にブログを書くなんていうことは、今の人たちにとっては、「なんてことない」っていう感覚がわからないのだと思いました。

何よりも「書きたいことがある」「仕事のちょっとした合間にでも書きたい」っていう感覚が、わからないんじゃないかと推察いたしました。

きっと、いろいろと推敲して、デスクに向かい、うやうやしく、書を“したためる”が如く書いていくのだろうと思っているのでしょう。

ようするに自分でやってみないからわからないのです。

しかも、やってみようという気持ち自体が皆無なのではないかとも思います。発信することが無い?とも考えられます。

「情報発信?俺が・・?」なん思っているうちはブログのことなど何も理解できないでしょう。

当初は、ブログでの発言に対し、ここでは「株主」と表現しておきますが、そういう人たちは、過剰に反応を示し、「ブログでやたらと発言するな」という姿勢や、次々とアップロードされる日々・・いや数時間単位の発言を“いまいましく”思っていたようです。

それもやっと世間では「当たり前」になってしまったところで、「これはちょっと世間の様子は自分の思っていることとは違うようだ」と気づき始め、『ツイッター』が現れ、それも使い始めるに至って、火の粉は完全に消えました。

「何でこんなものが」と、不思議に思ったら、とりあえずやってみるといいというのが、きょうの書きたかったことのひとつです。

過剰に反応し、従来のやり方に固執している間に世の中はどんどんと動いてしまいます。

やってみて、「何だこんなもんっ!」って思うんだったら、それはそれでやってみた価値かあったわけですから。

ということなので、私も、元々コンピュータそのものが嫌いなのに、色々と手をつけてみるのです。
コンピュータをさわりたいのではなくて、言いたいことがあるだけなのです。

ですから、別の手段があれば、それで今と同様のことが出来るのなら、コンピュータなんかいらいない・・というのが、今の私の気持ちなんです。

きょうは、自分の心の中で理解していれば良いことをわざわざ書いてみました。
けっこう、「なんでブログなんか書いているのだ」ということを言われるもので。

以上が、現在の私の「正直な考え方」です。
ちょっと分かってもらえたでしょうか。どうでしょ、ブログやツイッターをお試しにやってみては?!けっこう気軽なもんですよ。

【Now Playing】 ニュース / NHK ( AMラジオ )


2010/06/20

そんなに年齢が知りたい?!

この間、ある会合で歓談しているときのこと。
「はっPさん、今年は幹事をされていて色々データや名簿などを送ってくれますけど、今度全員の年齢入り名簿を送ってくれませんか?!はっPさんのところにはデータがあるんですよね?」
というリクエストを受けました。

「あの・・なんでそれが欲しいかわからないけど、女性もいるんだよ」
というと、
「じゃ、女性は抜いてもいいですよ。男性だけの年齢入りリストをぜひ!」
とのこと。

「何に使うのかね?」
と問うと、
「今までお互いに間違った付き合い方をしていたんじゃないかと思って、そういうことが無いようにしたいと」
とのこと。

「今ひとつ使い途がわからないなあ。誰が独身か、とか、浮気しそうな人ベスト10とか、飲んべワースト10を作れって言われるよりも気乗りしないぞ・・・」とつぶやいて見ましたが、相手はちょっと不満そう。

何が目的なんだろう。
そもそも「個人情報保護」の観点から大問題だし、だいたいその人の見た目や、役職や、その他から、わかりそうなんもんだけど。

よく、「スポーツ紙」などの記事では、どんな記事でも「女優の○○(○才)は」と、必ず年齢を載せてますが、あれにどんな意味があるんだろうと、いつも思っていました。
特に年配の女優さんなどは、うんざりしているのではないかと思いますが、“人は年齢を知りたい”のでしょうか?

年齢を聞いて、何らかの判断を変えたりするのでしょうか?

みなさん、そんなに誰でも彼でも年齢を知りたいですか?

・?・?・?よくわからない現象です。
よその国でもそんなものなのでしょうかね?
(・_・)....?

きょうは「年齢知りたい症候群」の多そうな日本人のお話でした。


【NowPlaying】 天使 / 宮下富実夫 ( Healing Music )

2010/06/19

まだまだ気になること

東京での勤務生活も1年と3ヶ月が経ちました。
通勤時、あるいは街を歩いていて、それまでは感じなかったことを感じたり、東京で感じたら、それがあっと言う間に千葉でも感じるようになった。・・などということがありました。

人と“すれちがう”ときには、互いに肩を引き合えば、すっと簡単にすれちがえるのですが、私が肩を引くと、その肩めがけてショルダー・アタックをされること数度。
引いたのをみとめた瞬間、「こいつを突き飛ばして早く行ける」と思うのでしょう。

今では、駅の雑踏などでは、逆に右腕を左手で固定させ、肩から突っ込むように歩いています。そうでもしないと突き飛ばされるから・・・。

同様に、傘を持ったまますれちがうときには、互いに外側に傘をかしげれば、簡単にすれちがえるものを、傘をすぼめてすれちがいます。
傘で傘をはね飛ばしながら突き進む人が多いので・・・。

バスの中では、立っている人が、進行方向を向いて片手は吊革を持ち、通路の真ん中に仁王立ちする場面に出くわすこと増加中。
今までは、窓の方を見て立てば、立っている人は互いに背中合わせになって、降りる人がその間を通過できたのですが・・「すいません、降ります」とからだをずらしてもらいながら降り口へ。
すると、キッっとにらまれるのです。にらまれてしかるべきは、変な立ち方をしているそいつなのに・・・。

もう、電車の中で一心不乱にあぶない目つきでもってゲームに全身全霊を傾けている人を見ても驚きません。

いい身なりをした、いい歳をした勤め人がマンガ週刊誌を目の前10センチの距離で熟読していても何とも思いません。

親娘と思われる女性二人が仲良く並んで最初っから最後までガンガンに化粧をしている姿を見ても、「ああそうですか」というものです。

電車で三人分の場所をとって座っている人に、「すいません、座らせてください」と言っても何の反応もなく無視し、せまい空きスペースに縛られたような格好で座ることも度々、それもそういうものなんでしょう。

混み混みのコンビニ・レジで一列に並んでいると横から入ってきていきなり会計をする団塊世代の方、・・・いつものことです。

どんな満員電車でも、必死に肘で周りの人をグリグリとやって無理矢理スペースをつくり、携帯でなにやらあやしいことをしている人・・一生やっててください。

特急自由席でわざと通路側に座り、テーブルを出してしまい、隣に座らせないようにする、ひとでな・・・ご立派な紳士、どういう生き方をしてきたのでしょうか。

さらに特急自由席で、靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ、前の席の背もたれに足をのせている(よくそんな姿勢ができるな・・とも思うが)、さいて・・見上げたお方、おうちでやってください。だいいち、臭いよ。

部活で土のグランドに置いてあったスポーツバッグ、底には泥がたくさん着いていますが、それを肩にかついで満員電車に乗り込み、周りの人の衣服に泥をこすりつけまくりながら電車の中ほどまでペチャペチャとおしゃべりしつつ入ってくる男子校生・・なんにも考えていないんだね・・・。

万事がこのとおりなんですけど、慣れることもなく毎日を過ごしております。
気がつくと東京だけでなく、地元でも最近はこんな調子です。

きょうも明日もあさっても、イヤフォンからの音もれも何のその、通勤という苦行に耐えて行きます。


【Now Playing】 Stardust / Donald Byrd & Pepper Adams ( Jazz )

2010/06/18

ビートルズとボブ・ディラン

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『ビートルズとボブ・ディラン/中山康樹著(光文社新書)』を読みました。

ビートルズとディランというと、真っ先に思い起こすのは、映画「ヘルプ!」のサウンドトラックでジョンの書いた曲、「You've Got To Hide Your Love Away」がディランの影響を受けているとか、初めてアメリカに行ったときに面会したボブ・ディランがマリファナをビートルズに勧め、その後のビートルズのサイケデリツクなサウンド、曲に大きな影響を与えたとか、解散後にはジョージが開いたバングラデシュ飢餓救済コンサートにディランが隠遁生活から抜け出て参加したとか・・・だいたいこんなところだろうと思います。

この本は、今ではかなり明らかになってきた事実に基づいて、ビートルズ、ディラン双方がどんな時期にどんな交流をしていたか、お互いの立場でどう感じていただろうか、という部分まで踏み込んで書かれています。

こういう本が今まで出なかったのは、私もそうですが、ビートルズ・ファンとディラン・ファンっていうのは、ほとんど被らないからではないかと推測します。

特にビートルズ現役時代のジョンと、現役、解散後も通じて相互に影響を与え合っていたジョージとディランとの関わり方に興味のある人以外、ビートルズ・ファンにはあまり興味のわかないテーマだと思います。

ディランのモノクロ的な楽曲、質感、サウンドなどと、ビートルズの特に1966年以降の色彩感覚豊かなサウンドでは興味の方向が全く異なりますからね。

これは、ディランとポールの違いと言ってもいいかもしれないです。
この本にも書かれていますが、最初にディランに興味を持ったのはポールではないかと思われるのですが、ある部分を吸収してからは、互いに背中を向けて正反対の方向に歩きだしたような感じです。

で、この本を読んでいくと、ディランもビートルズも互いに大きく影響を受けながら双方の“いい時期”をある意味切磋琢磨しながら活動していたことがわかります。

ジョンは、詩作や曲の構成などについては、1964年頃にディランを聞いてから、かなりインスパイアされていた部分があったと思いますし、ディランの方でもジョンの曲づくりにはかなり神経を使って聞き込んでいたのではないかと思われます。

なので、互いに「パクられたらたまらん」という意識もあったようで、あからさまに「パクるなよ」という意味の歌詞に取れるような詞もディランの曲には有り、ジョンはさらにそれを聞いて神経を尖らせるようなところもあったようです。

そして、それはビートルズ解散後も「私はジママン(ディランの本名)を信じない」という歌詞の曲(God)を書いているにもかかわらず、ディランの曲には関心をずっと持っていた事実があるのです。

ジョージについては、ビートルズの終盤において、すでにディランと人間的な部分でも、音楽的な部分でも交流を盛んにし、深く関わっていったようです。

ジョージには、ディランのやろうとしていることがとても良くわかっていたのではないでしょうか。
そして、プロデューサー的な能力がビートルズでは一番高いジョージには、自分の音楽ともコラボレートしていける部分があると感じていたのだと思います。

その結果が、トラベリング・ウィルベリーズという、バンドをディランと結成することにまで結びつきました。

ジョージは、バンドのリーダーとしての才能もあったようで、それはそのメンバー他大勢の人が認めているところです。
ディランは亡くなったジョージに、「ジョージはとてつもなく大きな存在だった。偉大な人物であり、人間性に溢れ、ウィットに長け、ユーモアがあり、英知に富んでいた。そして良識と思いやりを兼ね備えていた。彼は太陽のようであり、花や月のようだった。彼がいなくなった世界は、なんと淋しく、味気ないものなのだろう。」と、最大級の賛辞をおくっています。
そのとおりの人だったと思います。


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この本を読んで、私も今までほとんど踏み込まなかったボブ・ディランの音楽に一歩踏み出し始めました。
以前に買ってあった『ディランを聴け!!/中山康樹著(旬報社)』を片手に、USENの「ボブ・ディラン」チャンネルを流しています。

この本はアルバム毎ではなく、曲をABC順に紹介しています。
USEN放送は、時代に関係なくランダムに曲が掛かるので、この本で掛かった曲について調べたりしているのですが、「ディランは、アルバム単位よりも、曲毎にその風情を感じるのがけっこういい聴き方ではないか」と思い始めました。

決してディランのことを良く知っているわけではありませんが、楽曲の出来・不出来や、その曲の“料理方法”、そして歌唱そのものを味わうと、アルバム通しで聞くよりも初心者にはとっつきやすいのでは・・と感じているところです。

今になって、この歳になってディランをきちんと聞こうとは思ってもいませんでしが、中山さんの本がいいきっかけを与えてくれました。

ディランの音楽、十二分に味わってみたいと思います。


【Now Playing】 Queen Jane Approximately / Bob Dylan & The Grateful Dead ( Folksong )

2010/06/16

舞姫 -MAIHIME- の録画を借りて見ました

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表題の宝塚歌劇『舞姫 -MAIHIME-』の録画DVDを借りて見せてもらいました。
貸してくれたのは、職場の“トップ娘役”F波さん。今や私の宝塚盟友となっております(^^;)

彼女の観劇は、心から入り込んでぐいぐいと物語やショーの展開に“くいついて”いくタイプ。
ある意味私と同じですが、私のやや苦手とする「女の情念」や「どろどろの男女関係」などにも大きな影響を受けるタイプで、私も観劇後の感想を聞いていつも勉強になっています。

さて、「舞姫」ですが、言わずとしれた森鴎外の同名作品のミュージカル化です。
作・演出は、先だって著書のご紹介をした「植田景子」先生です。
主役は花組の愛音羽麗(あいね・はれい)さんと、相手娘役は今や宙組トップ娘役の野々すみ花(のの・すみか)さん。

非常によく出来た作品で、ストーリーも本を読まずに初めて舞台で接してもわかるような丁寧なつくり。
希望に胸をふくらませてドイツに赴く主役愛音さんが、順調だった勉学、そして外国の文化・芸術、人々の生き方に感心し、吸収しようとしているところに、それを良く思わぬ上司が現れる。

貧しい踊り子の相手役野々さんに出会い、恋に落ち、愛にあふれる生活をしようとすると、それをスキャンダルにして愛音さんは人生の坂道を転げ落ちていく・・・。

野々さんのあまりにも純粋で美しく、可愛い、そして儚い(はかない)生き方にもう私は涙・・・。
そして、野々さんの愛と日本に残した母や妹、さらに自分の仲間、自分を支えてくれる人の間に立った愛音さんは苦悩の中に陥ります。

文学で表現されるものと、舞台で表現されるものは、大きく異なると思いますが、植田先生の演出は原作を丁寧になぞってはいるものの、心模様や、周りの人達の心情、回想シーンなどをうまく舞台上に照明、セットを使って同時に見せるなど、「うまいっ」と思いました。

この頃の野々さんの演技を初めて見ましたが、驚きました。もう、完全にトップ娘役の演技です。だもの、宙組に組替えされた今、堂々と大空祐飛さんと大劇場の舞台が踏めているわけです。

主役の愛音さんを日本の未来のため、そして本人のためと、支え導く、未涼亜希さんの“静かで熱い”演技も見ていて唸りました。

舞台全体を締める専科の「星原美沙緒」さん、「光あけみ」さん、お二人の演技は、この作品を深く、豊かに、魅力あるものに仕立てていたと思います。

不遇な環境にあえぐ画家を演じた華形ひかる(はながた・ひかる)さんの最後の演技にも涙が出ました。
その心の支えとなっていた愛音さんも涙を誘う演技、そして無念の気持ちが良く出ていました。

愛音さんは、カーテンコールのときにも涙していましたが、この作品は、作品上の素晴らしさも感じますが、出演者の作品への気持ちや出演者同士の心のかよう様子まで伝わってきました。
久しぶりに“いいもの”見たなあと、清々しい気持ちになりました。

こういう日本の文学作品をこれからも多く取り上げてもらえると、また文学のみとは異なった視点で、しかも宝塚歌劇として味わうことができて私は幸せになれそうです。


【NowPlaying】 I Want You / Bob Dylan ( Folksong )

2010/06/15

200人を超える飲み会

きょうは、私がブロック幹事を務める協議会の一年最大のイベントがありました。

私達同業の会社が、いつもお世話になっている“上得意”様を迎えて「おもてなし」する会です。
出席予定者のリストを見ると総勢230人!!!
朝から、役員全員に「気合い」を入れるメールが届いていました。

私の役割は、主要人物の受付でした。

最初のうちは大変気を使いましたが、大きな会場が満員になると、やっと“ほっ”としました。

次々と黒塗りの大きな車が車寄せに到着し、こちらまで案内されてくる度にちょっとドキドキ。
何度こういうことをやっても慣れないものです。

しかし、同じ受付をやっていた他社の方達とも、交流ができましたし、会場内で我が社がお世話になっている方を発見し、上司をすぐさま連れて行き紹介し、歓談することもできました。

私の一番苦手な仕事、やっと終わって、特急で帰宅したのでした。


【NowPlaying】 Man Gave Name To All The Animals / Bob Dylan ( Folksong )

2010/06/14

ツイッター・・・まだまだわからない

ツイッター、少しいじってはみたものの、いまだ操作、仕組み、利用方法について「?」ばかりです。

このあいだご紹介した新書に載っていたツイッター利用で有名な方々のツイッターものぞいてみましたが、あまり引きつけられるものはありませんでした。
140文字という制限の中で、逆に書き過ぎてごちゃごちゃしている、せまいスペースに漢字が多すぎて見づらい、内輪でわかり合い過ぎている、などの印象を持ちました。
何よりも“ぶつぶつ”言っている感じがする。

そもそも「Twitter」って言葉。
「つぶやく」というよりも、「さえずる」「さえずるようにしゃべる」「くすくす笑う」「そわそわする」みたいな意味のようです。今、使われている「つぶやく」よりも、もっと明るい感じ。
ペチャクチャ、ワイワイみたいな、ウキウキする気分に欠けているように思います。
「Twitter」って言葉、第一に聞いた『語感』がそんな明るい感じですものね。

日本では「つぶやく」が完全に「Twitter」の訳語と化していますが、微妙にその言葉がツイッター利用者に及ぼす影響は少なくないのでは、と思います。

どうみても、ピーチクさえずっているというよりも、「独り言」的な“つぶやき”のイメージが強い書き込み方が多いと感じます。

みんなで面白い話題に、“チュンチュン”と集まり、オレは、私は、と一つの話題にさえずる感じがもっとほしいと思うのです。

きょうの書き込みは Twitter初心者の「つぶやき」でなくて、「さえずり」(^^;)です。


【NowPlaying】 If Not For You / Bob Dylan ( Folksong )

2010/06/13

東京フォーラム・広場で野菜を売ってきました

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本日は、ツイッターでもちょっとふれたのですが、有楽町の東京フォーラム・広場にて地元の野菜を売ってまいりました。
これは、俳優の永島敏行さんが主催している「青空市場」に出展参加したもので、昨年の同じ東京フォーラムと秋葉原での参加に続き、三度目の出展です。もちろん、永島さんは、我が市出身の俳優さんです。

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本日販売した野菜は、我が市産の「トマト」「きゅうり」「とうもろこし」です。
それに「辛子味噌」も。これはあたたかいご飯にもってこいで、これからはそうめんのつゆ替わりに冷たい水に溶かすと美味しいのです。
なめさせてあげたい(*^o^*)


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さらに、野菜だけではなくて、「いちご酵母」と「ヨーグルト酵母」を使った手作りパンも販売しました。
「枝豆ベーコンパン」「抹茶大納言パン」「いちごあんパン」などなど、完売いたしました。
特に「いちご酵母」は、農薬が入っていると発酵しないとのことなので、“正真正銘”の無農薬いちごの酵母によるものです。
評判も良かったし、私も食べてみましたが、「ベリーグッド」でした。うまみが口の中にふわっとひろがりましたよ
(*⌒▽⌒*) 


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この市場は、はじめにも書きましたように、俳優の永島敏行さんの主催。よく「名前だけで現場にはいないんじゃないの?」などという問い合わせを受けましたが、もちろん一日現場のブースをどんどん回って会場のお客さんに新鮮野菜などをすすめ、出展者にもどんどん声をかけてくれます。
すでに永島さんのライフワークなんですね。


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その永島さんの活動を追いかけ、地元のテレビ局も取材に来ていました。
永島さんの出身地のブースである我がテントも取材を受けました。
撮影しながら辛子味噌をすすめられ、スタッフはペロッとなめながらの取材(^-^;


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結局、野菜もパンもすべて完売。
朝早くから準備した甲斐がありました。
東京駅、有楽町駅からすぐ近くの会場ですから、様々なお客さんがいらして、生産者と消費者が商品について会話しながら売っていくという、永島さんの意図どおりの市場でした。
きょうの会話が、また生産者の工夫を生むのだと思います。

帰りに、隣のブースで売られていた会津若松の純米吟醸酒『男山』を試飲のうえ、買ってしまいました。
だって美味しかったんだもん(^_^;)


【NowPlaying】 ニュース / NHK ( AMラジオ )

2010/06/12

群ようこさんの本

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『おんなのるつぼ/群ようこ著(新潮文庫)』を読みました。
群さんは、本の雑誌社に勤めていた頃に「本の雑誌」の中にコーナーを持ち、面白い文を書く人だと思っていました。

独立後、『午前零時の玄米パン』『鞄に本だけつめこんで』などを次々と出し、今や本屋さんに行けば群さんの本はたくさん書棚に並んでいます。
きょうご紹介する本では、群さんもすっかり「おばさん」になっているわけですが、文中でも自分が「おばさん」と書いたら、そのおばさんに叱られた話が載っていました。

この本では、おばさんにも視点が注がれておりますが、主には若い女性に対してのものが多くなっています。

○電車で化粧をする女性・・など、最近目につく話題から
○パジャマのまま、日中に買い物に出かける女性
○ローライズ・ジーンズでお尻の割れ目まで見せる女性
○パンツいっちょで浴衣を着て街を彼と歩く女性

などなど、バッサバッサと“撫で斬り”にしています。・・・していますが、・・・私からすると群さんの若い頃のような一刀両断的な切り口が今ひとつ感じられず、もの足りなかったのです。
好きなのにゴメン、群さん。

もっと感情的になって怒りまくってくれると、私も爆笑しながら読めるんですけど、・・・ま、群さんも私も歳を取ったんですね(^^;)

あとは、女性ならではの感じ方も随所に見られて、私などは「そうなのか、女性はこんなときにこんなことを考えているんだ」と、今更ながら勉強してしまうことも多々ありました。

群さんの本は、どれを読んでも笑える部分が多いのですが、人間の悲哀も感じるところがあり、そんなときになぜか人が歳を取るというのはどういうことか、しみじみと考えてしまうのです。

ちょっとした休み時間などに、ふと読んで見るのが似合う本かもしれません。

【NowPlaying】 Make It 21 / ショーンK ( J-Wave FM-Radio )

“締め切りもの”いつ提出する?

現在、私は同業他社12社の幹事を務めていて、これは数あるブロックの中の「一つのブロック幹事」という役割なんです。
他のブロックがいくつか有り、全体で70社近くなり、互いに情報を共有したり、各社の本社への調査結果なども共有しているのです。

各社から情報や調査ものの回答結果が先ずはブロック幹事に集まり、ブロック幹事から副会長に集まって集計され、最終的には上層部でまとめられ、また逆の道筋を辿り、各社にフィードバックされる仕組みです。

私の役目は、ブロック幹事なので、最初に同業各社に様々な調査などをかけ、それを編集し、副会長に送ります。

で、副会長が出してきた「締め切り日」の一日前にブロック幹事である私への「締め切り日」を設定し、各社に調査等を投げます。

でも・・・4月からやっていますが、私への締め切り日に全部が集まったなどということは一度もありません。
既に40件くらいの調査、アンケートがあったのですが、全ての会社が守ってくれたことは一度として無し。

副会長への締め切り日一日前に私への締め切り日を設定しているため、ぎりぎりの状態で各社からのデータを編集し、我がブロックの提出資料を完成させます。

間に合わないのなら、「これこれこういう理由で遅れます。一日待ってもらえませんか?」などという連絡をもらうとありがたいのですが、そんなことも無し・・・。

今まで、各社の担当の方々は、本社にいたときにはどういう仕事をしていたのだろう、と思ってしまいます。
わかっていて、締め切りを守らないなんて、普通の仕事であるのかね??

だいたいこれらの人達は、電話してみると、「ああ、それね。こんなの回答いるのかね?!」などとその際に言われるのですが、「だったら、調査をもらった時点で言えよ!!」と思いますが、催促を受けて、逆ギレとまでは言わなくとも、迷惑をかけた相手に何の謝りもないのです。
ご時世でしょうか。
毎回、そんな調査ものを各同業他社に投げるときには、そんなことがあって、ちょっとイヤな気分になるのです。

調査を投げるときのメールに何か“ひと言”付け加えればいいのかもしれませんが、今のところ、いい文言が思い浮かびません。

ちょっと一日二日考えてみますね


【NowPlaying】 Please Mister Postman / The Beatles ( Rock )

2010/06/10

「宝塚(ヅカ)読本」読書中

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『宝塚(ヅカ)読本/中本千晶著(文春文庫)』を読んでおります。
この著者の本については、以前にも一度ご紹介していますが、相変わらず“痒いところに手が届く”ような本であります。

宝塚初心者のあなたにも、「やさしく」、「手取り足取り」、「時にはちょっと厳しく」宝塚の手ほどきをしてくれる名著第2弾です。

一々「このストーリーには矛盾があるんじゃ・・」などとほざく生真面目&わからずやの“おたんちん”の戯言など、どこ吹く風!宝塚のあるべき楽しむ姿、方法を丁寧に解説してくれます。
・・あんた、こんなに親切に宝塚のことを解説してくれる人なんて滅多にいませんよ!

かく言う私も、「へぇ、そうだったんだ」とあらためて感心したことも書かれていて、初心者から中級者までのバイブルとでも呼べる仕上がりとなっておりまして・・税込み590円は間違いなく安いっ!
「これから宝塚でも見てみようか」などと、うれしい迷いを感じている初心者のあなた、ぜひ買いなさい(^^;)

笑ってしまったのは、宝塚を見たいと感じたら「学校や職場などで、ああ宝塚、行ってみたいなぁ、とさりげなくつぶやけ」と書かれていて、まさにこれは宝塚ファンの気持ちをくすぐる“いい言葉”です。

これを読んでいて、実際に宝塚を見たいと思っているあなた、やってみなさい!きっと昨日までは宝塚ファンだなどとはまったく気付かなかった人が突然うしろから「見たい?じゃ、いっしょに行ってみようか?」と近づいてくるのは間違いないのです。・・・それは私かもしれない(*^o^*)

多くの宝塚ファンは、そのひと言を聞くと、どんなに苦労してでもチケットを手に入れ、見てもらいたいと思うのです。それが“ヅカ”ファンの心意気ってもんです。

この本には、そうしてめでたく宝塚初観劇を済ませたあとのフォローの仕方まで載っているのです。
感動した人、そうでない人などケースごとに連れて行ってくれた人へのその後の対応方法まで書かれています(^_^;)
ま、これさえ読んでおけば、宝塚初観劇までの準備は万端と言ってもよいでしょう。

そしてあなたは、また宝塚の「虜」となり、今度は自分が不安をかかえた初心者を「宝塚大劇場」あるいは「東京宝塚劇場」に連れて行ってあげることになるのです。

この本の各ページ下部には、なにやら簡単なマンガのようなものが書いてあると思ったら、宝塚のパラパラマンガでした。こんなところにも遊び心が・・・!

宝塚ファンも、これから見てみたいと思っている方も、きっと満足の一冊となることでしょう。
またまた“おすすめ”本のご紹介でした。

【NowPlaying】 I'm A Loser / The Beatles ( Rock )

2010/06/08

ツイッターをどう使うか・・・悩み、迷い中

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『なぜツイッターでつぶやくと日本が変わるのか/上杉隆著(晋遊舎新書)』を現在読んでいるところです。
実は昨夜ymamaさんのブログを読んでいたらツイッターをやりはじめたとのこと。

過去、私がホームページを作ったのはymamaさんが始めたのを見てでした。ブログを始めたのもymamaさんが書き始めたときに「これはいい」と思い、自分でも書いてみたのです。要するに・・・いつも“真似っこ”です。

で、今回は巷間「これはすごい」「使える」などと、メディアや、職場の周囲でも耳にするに至り、ツイッターに関する本を読んでいるわけです。
PC関係の雑誌で特集が組まれているものも読んでみましたが、・・・イマイチよくわかりません、何というか、「わかりきってるだろ」という調子で不親切な書き方のものが多いのです。

ymamaさんもブログに書かれていましたが、何を「つぶやく(書く)」か、どうしたいのか、何を期待して始めるのか、現時点でも、見当がつきません。

さらに、本日ご紹介の本では、まるでツイッターのことをよく知っている人が対象みたいに、専門用語については、わずかばかり、申し訳程度の解説のみで、対談形式の会話がぐんぐん進んで行って、“おいてきぼり”にされた感じ・・・。意図しているとは思えないけど、「内輪ウケ」な印象で、やや不愉快です。

使え、使えと言っている割には、“くどい”くらいの説明が欲しいのですが、如何せん足りないのです。

要するに誰(どんな人)を対象にした本かが不明確です。
まったくの素人だとお手上げな内容だと思うし、ガリガリと使っている人には物足りないだろうし、ツイッターが何となく見えかかっている人には、内輪ばかりで話をしている感があって、「あの時はああだったでしょう」みたいな発言(中身が書かれていなくて、ツイッターを実際に使いこなしている人しかその辺の事情がわからない)が出てくるとがっかりします。

ツイート、リツイートなどはまだしも(といっても、まだ私はよくわかっていない)、タイムライン、ハッシュタグなどは、「どうせわかってんだろう」くらいの勢いで進んで行きます。
ツイッターがあることによって起こったこの人達の周り(実はネット上では大きな範囲)での現象についても、「すでに知っている」ことが前提にあるような書きっぷりで、・・・ついていけないってのが今の私です。

そもそも「言葉」自体にこだわって、つっかかって立ち止まってしまう私。
「つぶやく」という言葉にもかなりの違和感があります。
その語感は、薄っ気味悪い感じで、暗い感じ。しかも、知らない人に対して“得意”になっている感じがする。

やっている人たちはツイートなどの言葉を最初っから知っているものとしているが、そんなに世間には広まっていないように思いますよ。

この本によく出てくる「だだ漏れ」って言葉も、国会議員の会議内容がツイッターによって、そのままネット上に情報としてどんどん出てくる現象を説明するときに使われていましたが、「だだ漏れ」って、なんだか「汚い言葉」で、私は使いたくないと思います。
平気で誰もが使ってるんだ、という感じで使用されているのにも大きな違和感を感じました。しかも説明無し。

また、携帯電話、メール、ブログなどもかつては、敬遠されていたが、今やあって当たり前、それなのにツイッターに対してまだそんな目で見るのか、というような書きっぷりの部分が何箇所かありました。

私は、「いや、今でも携帯電話や、メール、ブログにも否定的な考えはあるし、それが遅れているなどとも思わない」と言いたいのです。
自分が使っていて何ですが、でもそれらが無い世界はなんと平和な世界が実現できるだろう、というのが私の心からのほんとうの意見です。

「今の人間なら使って当たり前」っていうのは、調子に乗りすぎていると思いました。
そんなもん、無けりゃ無いに越したことはない。出てきたものは、もう元には戻らないから使っているが、無ければどんなに幸せか、という世界を持っている人も、一度視野に入れた方がいいと思ったのです。「少し熱を冷ませば」ってところです。
・・・絶対にそんなこと思わないだろうけど・・・。

全体に“急ぎ過ぎ”、“盲目的過ぎ”、“押しつけ過ぎ”な印象でした。

まだ最後まで読んでいないので、後半で説得力が増し、最後には私の意見も変わっているかもしれませんが、どの本を見ても、あまり親切な説明が無いので、自分で少しずつ実際にツイッターを試してみて、これからガンガン使っていくのか、補助的に使っていくのか判断しようと思います。

以上が、今回の本を読んでの感想と、今現在の私がツイッターに感じていることです。

最後に「つぶやけ」「ツイート」「リツイート」「フォロワー」などと言う言葉の語感が今の私には“いけ好かない”という印象で、実は職場の女性にも聞いたのですが、やはり「いけ好かない」「カッコつけてる」感じがするとのことでした。私だけじゃないんだね。


【Now Playing】ニュース / NHK ( AMラジオ )

2010/06/06

妻と長男の下宿を訪ねて

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昨日は長男の下宿を訪ねて片道3時間半の電車の旅をしてきました。

長男は、5月の連休に一度帰ってきたのですが、その後の生活が気になり(日常生活だけでなく、色々なことがあったようなので)、二人で出かけました。食料もかなり運びました。食生活も心配だったので。

写真は長男の下宿入り口の門にあって目を引いたのでデジカメでパチリと・・・。

長男は、妻が電話で何週間か前に話したときよりも元気で、私達に笑顔を見せてくれ、楽しく食事をしたり、買い物をしたりして過ごすことになりました。
色々な悩み事はあったようですが、今はかなり克服しているようです。
新しくできた友達のことなど近況も話してくれました。まずは、ひと安心。

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早くも来年の入試に向けて父兄がキャンパスを見学する行事にも参加し、案内や父兄の前で自分の入試体験のスピーチをして、質問にも答えることができたようです。
高校時代の先生も何人か来て、「頑張っているな、スピーチも良かったぞ」と言ってもらえたようで、これもひと安心。

高校時代に色々とあったので、私達両親はまだまだ心配しているのですが、やっとひと息ついたような気がします。
空気のきれいなところでの学生生活、私も妻も経験しなかった貴重な経験をさらに数多く積んでほしい・・と。
妻と二人で電車内でそんなことをずっと、しみじみ話しながら帰ってきたのでした。


【NowPlaying】 Twist And Shout / The Beatles ( Rock )

2010/06/05

「社交界」たいがい、再読

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『「社交界」たいがい/山本夏彦著(文春文庫)』を再読しました。1999年出版のものを文庫化したものです。

・死ぬの大好き ・情報化時代というけれど ・惣菜料理三百六十五日 ・「日教組」育ち など、どれもこれも珠玉の一文が目白押しです。
久しぶりに思い出しました。

・おしゃべり という一文に書かれていたことも久しぶりに思い出しました。
それをちょっとご披露。

「客は芝居小屋へ出向いて木戸銭を払って自分を何時間か幽閉してはじめて客です。タダほど悪いものはありません。タダは芸人と共に客を堕落させてとどまるところを知りません。」

・・・これを私は覚えていたのでしょうか。
いつもこれに似たことを頭の中で考えています。
そして、私に対してひどいことを言う人に対しても。

「あんなケバケバしい化粧をして、変な芝居をする、くだらないもの。好きなヤツがいると聞いただけで気持ちが悪くなる。」と。
これは宝塚を指して、つい最近言われた言葉です。

一度でも見たことがあるのかと、問うと、一度も見たことがないとのこと。

テレビか何かでチラッと見ただけだという・・・(-_-;) 

先ほど書いた言葉をそのまま浴びせてやりたい気持ちです。

聞けば、音楽はCDをコピーしたものを手に入れて聞いている。映画は映画館で見ずに違法コピーDVDで済ませているとのこと。
もう一度言ってやりたい・・・「客は芝居小屋へ出向いて木戸銭を払って自分を何時間か幽閉してはじめて客です。」

宝塚がくだらなくて、何が素晴らしいのか聞いてみると・・・「テレビのお笑い番組“赤絨毯(仮題)”、あれはいい。何度も録画して見ている」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・瞬間芸、小中学生のお楽しみ会の続きのようなものが最高ですか・・・勉強になります。

同じフィールドで話をしたのが間違いでした。
人生の勉強になりました。
ありがとうございました。


【NowPlaying】 らくだ / 桂南光 ( 落語 )


2010/06/02

Can you Dream ? -夢を生きる-

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『Can you Dream ? -夢を生きる-/宝塚歌劇団 演出家・植田景子著(ソフトバンククリエイティブ株式会社)』を読みました。
というか、あっという間でした。
240ページある本ですが、無我夢中で読んでしまいました。

前半は、宝塚初の女性演出家の道が開けるまでのつらい下積み時代のお話でした。
しかし、植田先生の子供の頃からの宝塚に対する思い、熱意、さらに自分がその作品がつくられていく過程に入りたいという執念のようなものが描かれていて、“つらそう”だけど、でも「夢」に向かって突き進むその姿に我を忘れて入り込んでしまいました。
本を読んでいるのを忘れてしまうくらいに没入しました。

さらに苦労に苦労を重ねた挙げ句、入団後も演出助手をする中、体力も精神力も限界の中で懸命にもがく著者の様子が続くのですが、そこも私は一気に読んで、そんな大変な話なのに“爽やか”な印象を持ちました。

植田先生のひたむきさは、爽やかな感動を呼ぶのです。

この本を読んでいて感じることは、本のタイトルのように「夢」をあきらめないこと、それが植田先生の生き方の中心にあるのだということです。

植田先生の作品で、私が観たものは「パラダイス・プリンス」「マイ・ディア・ニューオリンズ」「ハプスブルクの宝剣」の三作品ですが、いずれも内容は似ても似つかないように一見すると感じます。
でも、ハッと気づいたのですが、どれも自分の夢を決してあきらめない男が主人公でした。
最後の最後まで、どんなことが起ころうとも、自分の人生を、信念を生きていました。いずれの主人公も・・・。

これは植田景子先生の人生そのものではないか!
と気づき、ハッとしたのです。

先生の思いの丈がそれこそ先生の今までの、そしてこれからの情熱を込めて書かれています。
面白くてたまらなくなるにきまってます、このご著書。
私はもう、我を忘れて一気に読み切り、読後感も、内容がけっこうつらい時期のことも書かれていたのに、非常に爽やかです。

宝塚ファンならずとも、これは読んで価値のあるものだと思いました。
人生のこと、人の真摯な生き方のこと、演劇やその他自分に興味のあることに対する情熱の傾け方など、これを読もうと思った方には、きっと何か力強く励ましてくれるヒントを与えてくれると思います。

この本では、さらに、宝塚トップスターや、宝塚の先生、先輩など、様々な人たちとのエピソードも散りばめられていて、それぞれがまた驚きと感動を呼ぶのです。
初めて大劇場公演の演出を担当したときの理事からの挨拶のエピソードなどは涙なしには読めません。

きょうは、私の今年一番のおすすめ本の紹介でした。


【Now Playing】 ラジオ深夜便 / 登山家・ 田部井淳子 ( NHK-AMラジオ )

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