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2014/07/06

父母がいなくなったときの気持ち

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昨日7月5日、5月に亡くなった母の四十九日法要と、墓地への納骨式を行い、無事終えることができました。

昨年父を亡くし、今年に入って母を亡くし、納骨の際、墓石の下にある骨壺を納めている棚を見ました。
父母の骨壺が並んで納められ、これで二人は仏となり、あちらの世界に旅立ったのだ、と心の中で気持ちの整理をしました。
何年か前に父母がいなくなったらどんな気持ちになるのか、と急に寂しい気持ちになったことがあったのですが、今、その経験をして、こんな気持ちになるのか、と思っているところです。

ものすごく寂しい気持ちと、自分達の世代がこれからは親戚や友人などを見送り、自分も見送られる立場になるのだな、としみじみ感じました。

わかりきっていることなのに、この人生の流れというか、人々はこうしてこの世を去り、世代が交代され、また新しい生命が誕生するのだと、その人生のスパンというか、人の命の長さを実感しました。

式を終え、帰宅してから兄弟や従兄弟と過去の話をしましたが、互いに知らなかった様々な、重要な出来事が過去にあったことを知って驚きました。
「知っているのかと思った」とお互いに今まで口に出さなかったことがたくさんありました。

また、消息がわからなくなっている従兄弟・従姉妹もいるのですが、いずれも一時期羽振りが良かった(良さそうに見えた)者がそういうことになっていて、自分達は色々なことがあったが、考えてみれば「平和な人生」を送れているのかもしれないと頷きあったりしました。

一区切りつきました・・。


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コメント

納骨式を終えられ、ほっとするようなさびしいような、そんなお気持ちなのだろうと拝読しました。

私も、親を見送るのは親孝行なのでしょうけれど、やはり寂しく心もとない感じがしました。はっPさんのおっしゃるように、今度は自分が見送られる立ち場になるのだ、ということも実感します。次世代に何をバトンタッチできるのか、今はそんなことをよく考えます。
ご両親様、お二人仲良く見守ってくださっていますね、きっと。

ymamaさん、コメントありがとうございます。
父母とも入院しているときには、いつも重い気持ちが離れずにいました。その意味では、ほっとする気持ちもありますし、でも寂しい気持ちがふとしたときに風のように通り過ぎていきます。
あちらの世界が穏やかで二人にとって良い世界であることを願っています。
・・こちら地域では、8月がお盆ですが、その頃にはまた前向きな心持ちになっているのかな・・と思っているところです。

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