「戻る男」・・タイムスリップのお話を読んだ
『戻る男/山本甲士著(中公文庫)』を読みました。
著者の山本甲士さんは、このブログでご著書の『ひなた弁当』、『わらの人』の読後感をご紹介した際に二度ともコメントをいただいてしまい、感激しました。
今回は、ある作家の身に起こる「タイムスリップ」の話です。
主人公の作家は、かつて大きなヒット作が有り、映画化もされるなど羽振りがよくなり、キャバクラ通いなどをしているうちに妻から離婚を切り出され、独り身に・・。
仕事も無くなり、印税で溜まった預金を取り崩しているような状況。
そこに手紙が届きます。
ある研究所で過去へのタイムスリップを研究しているが、細部の詰めはこれからではあるものの、過去に行って“あの頃の失敗”や“不愉快な思い出”などを取り返してみないか、という誘い?でした。
作家として興味を持った主人公は、それに乗り、過去に三回も行くことになります。
学生時代の、“いじめ”のきっかけとなった「喝上げ」の場面に戻り、相手をやっつけてしまったり、“二股”をかけられた女に「こっちからフッてやる」という逆の展開をしたところまでは、ほとんどその過去を知っている人がいない事件でした。
だから、その過去が逆転したことを確認するのが難しく、ある意味過去を変えて来た自分に自己満足するようなことになるのです。
そして、最後は大枚はたいて、三度目の過去に行き、子供の頃溜め池でおぼれる少女を助けることが出来ず、その場を逃げてしまい、後のニュースで少女は溺れ死んだことを知ったという心の傷を、もう一度助けに行って“過去を変え”ようとするものでした。
でも、その事件を知っている人は多いはずで、過去に戻り少女を助けてから、現代に戻り、周囲の人にその過去を確認すると、確かに自分が少女を救助していたと言われ、当時の新聞に載っていたりしたのを図書館で確認しました。
電話を掛けて確認した親の記憶にももちろん刻まれている・・。
この不思議なタイムスリップ体験を、誰にも言わないという約束を破って「本」にしようとする主人公。
タイムスリップの謎解きという面白さもさることながら、著者・山本さん独特の人生観に私のような中年読者はぐいぐいと引き込まれます。
「タイムスリップ」というキーワードは、読み始めた時点で読者の謎解きの楽しみになっているのですが、結局、「人間は、さまざまな過去を抱え、いろいろな経験をして今ここにいるのだ」ということが自分の気持ちのように感じられ、なんというか、今まで生きてきた自分の過去と、そしてその結果の現在を振り返ったりすることになり、不思議な甘酸っぱいような、苦いような、気持ちになりました。
これが山本さんの著作の魅力ではないかと、私、しみじみ感じてしまいました。
なんとなく興味を持たれたアナタ、読んでみてください。面白いですよ(^-^)
【Now Playing】 ないとエッセー「脳は賢くなる」 / 諏訪東京理科大学教授:篠原菊紀 ( NHK-AM )
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