離島が舞台の恋愛小説を読んだ
『切羽(きりば)へ/井上荒野(いのうえ・あれの)著(新潮文庫)』を読みました。
これもまたブックオフで二百数十円で購入いたしました。
手にしてパラパラとめくってみて、ぜったいにおもしろそう・・と思ったのです。
(※「切羽」とは、小説中にもあるのですが、トンネルを掘っていくいちばん先を言うのだそう。トンネルを掘り続けている間は、いつもいちばん先が切羽、トンネルが繋がってしまえば切羽は無くなってしまう・・この物語に漂うぎりぎりのやるせない感じを表現したのでしょうか・・。)
あとでわかったのですが、この小説は2008年に「直木賞」を受賞していたのですね、途中まで知らずに読んでいましたが、どんどん引っ張られるように面白く、あっという間に読了となりました。
物語の舞台は、かつては炭鉱で栄えた離島、主人公は小さな小学校の養護教諭「セイ」。
元々島の学校で一緒だった少年で、家族の事情でいったん島を離れ、戻って来た画家の男性と結婚し、主人公セイも村の唯一の医院を営んでいた父の死に伴い島に帰って来たのでした。
セイと画家の夫は、平穏で、ある意味満ち足りた日々を過し、そこには島の主のような老婆(憎まれ口をきかれるが、セイは好きで話をしに出掛けたり、食事を作ってあげたりしている)、さらにセイとは小学校勤務の同僚であり、のんびりとした島の様子には似合わぬ“奔放”さをみせる女教師、小さな島でセイと自然に絡んでくる島の人々、学校に通ってくる無邪気な子供達がいて、話はこれだけの材料の中、のんびりと進行させるだけで小説になってしまうような“ネタたっぷり”のものでした。
そこに、ある日新任教師として赴任してきた石和(いさわ)という正体不明の男の登場で物語は大きな動きを見せます。
著者が文中に著わしているのは、セイやセイの夫、校長や教頭、奔放な同僚女教師、島の人々からのその男性に対する表面的な描写だけにとどめているのに、「セイはこの新任男性教師に特別な感情を抱いているのでは」とか、「男性教師の方もセイに特殊な気持ちで接しているのではないか」とか、読者にはそういうものがどんどん伝わって来て、セイからも男性教師からも何の愛情表現的な発言がないのに、「二人は“ならぬ”関係になるのだろうな」と思ってしまうのでした。
最後の最後まで“官能的”な表現がされるわけでもなく、実際に双方がどう思っていたのかさえも書かれていないのに、大人の恋愛小説になっているという・・著者の“腕前”は超一級、しかも私がかつて出会ったことのない巧妙な設計からなっているものであると感じました。
そして、物語全体は奔放な同僚女性教師が引き起こす事件などがあるにも関わらず、上を下への騒ぎになることもなく、静かに離島の風景、島の人々の営みと共にあまりにも穏やかに進行するのです。
ここがまた読みやすく、しかも読者をどんどん引っ張っていってくれる原動力となっているのです。いやもう、恐れ入りました、素晴らしい離島恋愛小説でした。
たしかブックオフの棚には、この井上荒野さんの著書が、まだ何冊かあったような気がするので、また別作品を探して読んでみたいと思います。とておもしろかった。
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