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2016/01/27

「日本人はどう住まうべきか?」を読みました

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『日本人はどう住まうべきか?/養老孟司・隈研吾著(新潮文庫)』を読みました。

私もそうだったのですが、東日本大震災を境にものの考え方が大きく変りました。
人生観も、そしてこの本に書かれているような「どこにどう住まうか」ということについてもそれまでとは考え方の基盤のようなところまで変ってしまった気がします。

津波被害を完全に予測して対策するのは不可能、そして原発問題も土建問題もつまるところは戦争のツケである・・というこの本での両人の話は、やはり私の今までの考え方から大きく別の方向を向かせられたように思います。

現代人の幸福を実現する住まいのあり方を解剖学者と建築家が論じた“対談集”という形の本でしたが、非常に興味深いものでした。

今や大手企業に勤める建築家はサラリーマンと化し、スーパーやコンビニと同じ発想で、ありとあらゆるケースをルールで縛って均一にしたがる・・「現場がない人」となっている・・という話もその興味深い話のひとつでした。

ようするに矛盾する部分は全部、現場に押し付けている・・それがサラリーマン化した建築家の「現場がない人」化だというお話でした。
現場単体で赤字を出したらもう出世ができなくなる、だから建築から文化が消えていくいとうのです。

アフリカのサバンナでの土と動物の糞で固めてできた家の話も興味深いものでした。
その狭い小屋?の中には7、8人で多いと感じるくらいなのに、30人から40人がいて、それがなぜ可能かというと、小屋の中にこそ「公共」があり、セックスは外でする・・屋外の生活がすごく豊かでそこに文化がある・・なんて話も飛び出してきました。
もう、なんていうんでしょう、目からウロコなんてものを通り越してものの見方が激変してしまいました。
逆転した考え方なんてもんじゃありません。
プライバシーを守るために家を作るんじゃなくて、「家は公共」だっていう・・。
そう思うと、プライバシーを考え過ぎた家ってものが、とても“貧しいもの”とまで感じられてくるから不思議です。

岡山の高齢者だけの限界集落についてもふれていましたが、75歳以上の人だけが住んでいる集落がそこには750もあるというお話でした。
年寄りばっかりでかわいそう、みたいなマスコミや周囲の意見があるが、70代のおばあさんが三人で段々畑を作って、それでイモを収穫して子供に送ってやると言っている・・限界集落を問題視する前に、どうしてそういう生き方を奨励しないのか!などという展開になるのでした。
みんな貧乏で同じように平に暮らしているってすごく楽だ、なんていう話も妙に説得力がありました。
そこは“住みやすい場所”なんじゃないの?!ってわけです。

この本はいったん自分の凝り固まった既存の考え方を振り払って読んでみると、非常に面白い本です。
逆に、“コテコテの公務員”や、生真面目、出世一直線のサラリーマンには向かない本であると思いますので、購入・購読には注意が必要です(^_^;)

以上、この本の読後感でした。


【Now Playing】 日本列島くらしのたより / 福井県鯖江市・藤田順一氏 ( NHK-AM )

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