フォト

わたしのいきつけ

無料ブログはココログ

« 2018年8月 | トップページ | 2018年10月 »

2018/09/30

映画「太陽の塔」を見ました

20180929_tower_of_the_sun001

映画『太陽の塔/日本 2018年 監督:関根光才 インタビュー出演:赤坂憲雄、安藤礼二、糸井重里他多数』を見てきました。

あの大阪万博の会場で唯一現在まで残されている岡本太郎作の「太陽の塔」の映画でした。

私はてっきり今回復活し、人気となった太陽の塔の内部展示「生命の樹」を中心に映像で太陽の塔を追いかけ、岡本太郎氏の塔と塔内展示への思いについてドキュメンタリータッチで繰り広げられる映画だとばかり思っていました。
だって、映像的にそれは面白そうで、映画というものにとてもマッチすると思ったからです。

でもねぇ、内容はほぼ全部さまざまな人へのインタビューばかりでした。
それが悪くはない内容というか、たいへん力のこもったものになっていて、テレビなどの特集番組だったらなかなかのものだったと思いました。

ただ、映画館に行って大きなスクリーンで見る映像作品としては全くの一本調子で、しかも太陽の塔についても映像はそんな多くはなかった・・。


20180929_tower_of_the_sun002

太陽の塔が、今現在も当時とは異なる意味合いを持って現存し、依然として私達に何かを語りかけているように感じる、ということも語られていたし、「人類の進歩と調和」なんて当時の万博キャッチフレーズとは完全に反目するような作品であったことも語られていました。

インタビューの内容もスケールが拡がり、原発への疑問や、あれから果たして進歩したのかわかりませんが、様々な文明の利器を使いこなし?ている人々の姿は、やはり当時岡本氏が見越していたように、人類にとってあまり意味・意義のあるものでなかった、ということもどんどん深められて語られていました。

もっともっと話は拡がり、チベット仏教や、曼荼羅にまで到達し、私達人類の過去と未来の姿まで語り尽くすような内容で、中身は濃く、考えさせられることもたくさんありました。
それはそれで良かったのですが、もっともっと太陽の塔について映像ふんだんにして見たかった、聞きたかったというのが私の感想です。


20180929_tower_of_the_sun003

映画としての映像のダイナミックさは、あまり感じなかったのです。
でも、終了後のお客さんの感想に耳を澄ましていると、「とても良かった」という声は多く、「見方の問題、視点のちがい」なのかもしれません。

いい映画には違いないが、映画としての面白さはあまり感じなかった、そんな印象でした。

上の写真は、入館時に鑑賞記念として配られたステッカーです。

2018/09/29

また不思議なことがあった

20180929_autumn001

先週だったか、職場にうちの職員のお友達が訪ねてきた。
休憩時間にしばらくその二人がお話をしていたが、そのうち、「ちょっと来てもらえませんか」と言われ、休憩室に入っていくと、「彼女、お父さんを今年亡くしているのですが、不思議なことが起こったりしているので、見てもらえませんか」とうちの職員の女性に頼まれて・・。

「わたしが何か見えたとか、見たというのは“たまたま”だったので、誰もかもの背後に何か見えたりするわけじゃないんです。がっかりさせちゃうと申し訳ないので先に言っておきますけど・・。」と、うちの職員のお友達の女性を見ると、いきなり見えました。

男性でお爺さんだけど、わりと若々しく、しっかりした感じで、でもいつも見えるときと違ってくっきりと見えませんでした。何か、完全にあっちの世界に行っていない感じ。

聞くと、お父さんは亡くなる直前までお元気で、呼吸器系に持病があったが、それが強く発症することもなく元気に過していらして、寝ている間にその持病が出たのか、ベッドで亡くなられていたのだそうです。
だから、家族も亡くなったような実感がなく過しているのだが、ありえない事象が起きたりしているとのことでした。

私が見えている男性の絵を描き始めると輪郭や眉毛を描いているあたりで、その女性は自分の父親だと感じたらしく、お父さんの写真を携帯の画面で見せてくれました。

あらま、彼女のうしろに立っている男性そのものでした。

でも、私が彼女と話してることには、ほとんど興味が無さそう。
そのうち、うしろを向いてしまいました。
お父様、自分のことだと思っていないみたい。つまり自分が亡くなっていること自体に実感がないようでした。

家族が集まったとき、あるいは法事などのときにはお父さんの話題を皆でして、家族がお父さんが亡くなったことを実感していることを、お父さんに見せた方がいいという話をしました。彼女はウンウンとうなずいていましたが、その段階でお父様は部屋から出て外の駐車場に立っていました。手持ちぶさたな感じ・・。

まったく自分のことだとは思っていないらしく、早く帰りたい様子でした。

たぶん、私の経験上、これからも家の中で様々な不思議なことがあると思いますが、驚かず、お父さんのことを皆で思い、話すように・・とお話いたしました。

で、またまた私、自信をつけてしまいました。
私の目に見えていたのは、写真のお父さんそのものでした。
少し怖くなりましたが、でも、自分の持つ不思議な能力をあらためて実感したのでした。

だからといって、そのあと私は身体が疲れ果ててしまったので、あまり相談ごとなど持ち込まないでね。そういう専門家じゃないんです。たまたま見えたり見えなかったりしているだけなんです。

2018/09/26

「お気は確か?」恋する女への忠言・・を読んだ

20180924_gomabukko001

『お気は確か? 恋する女への忠言/ゴマブッ子著(宝島社文庫)』を読みました。
またまた例によってブックオフで108円d(^_^o)

2012年発行となっていますので、6年ほど前の本。
著者は、人気の辛口ブログを書いていた「ゲイブロガー・ゴマブッ子」さん。
私はこのブログを知りませんで、この本で初めて知った次第です。

相談形式で進められるこの本は、読んでいくと、相談してくる多くの女子は、このゴマブッ子さんに“叱られたい”そして、“罵倒されたい”ような人が多い(^_^;)

そうだねぇ、ここで相談している女子は、我儘か、めっちゃ自信が無いか、または自分で自分がやっていることを客観視できない、そんな人がほとんどでした。

相談者は皆、思いっきりゴマブッ子さんにガツンとお叱りを受けるパターンが多いのですが、皆、それを聞いて喜んでいるようです。
そういうことってありますよね(^^;)現代は、親にもなかなか叱ってもらうことができない世の中だし・・。

“愛が重い女”の章では、「私と彼氏の年表」を作り、それを数ヶ月刻みで彼に会う度に渡す女が登場します( ̄O ̄;)

しかも、「あそこではこうして欲しかった」などと、“ダメ出し”まで書き込んであるということで、“いなさそうで、いそうな女”だと思いました。やだねぇ、自分の彼女だったら人生真っ暗です。

もちろん、ゴマブッ子さんは「お気は確か?」と突っ込みを入れていますが、いやはやこんな相談者ばかり。

相談の中には、新しい彼女が出来ると「しばらく距離をおきたい」なんて言って別の女に走り、それが破局すると「やっぱり会いたい」なんてメールを送ってくる男も登場しました。

男も女も、皆、ゴマブッ子さんの餌食となっていくわけですが、「好きになってしまうと、わかっちゃいるけど愚かな行為をする」、そんな女の“性”についてもよくわかるゴマブッ子さんの人情味ある、そして同情するような回答編もあり、それはそれで面白く読めました(*^_^*)

愚かな男と愚かな女の物語を味わってみたい方はどうぞ読んでみてください。
あら・・これって自分と同じじゃん!ってこともありますよ、あなたも人間だもの。

2018/09/25

超ひさしぶりに庭のようすです

20180924_garden001

この夏、妻が病気で大好きな庭いじりがなかなか出来ない状態にあったのですが、その間も庭の草花は生きているわけですから、それぞれがそれぞれに育っておりまして・・(*^_^*)花を咲かせたり、実をつけたりの状態です。


20180924_garden002

せっかくですから、その一部の写真をアップいたします。


20180924_garden003

見ているとね、時の流れを今年は特に強く感じて、まったく目を離している間も草花が力強く生きているのを確認して、なんだか涙ぐんでしまうのでした。


20180924_garden004

人だって困り果てているときも、なんとか生きようとして物を食べ、自らを鼓舞したり、ふとした季節の変わり目にほっとするような心持ちになったりします。
生きてなきゃだめだよね。
宝塚の隠れた名作「テンダー・グリーン」のタイトル・ソングの中で、亡くなった大浦みずきさんが歌っていた「生きていることがつらいだなんて、思いたくはない」という歌詞を思い出します。


20180924_garden005

生きてなければだめ。これに尽きる。

2018/09/24

宝塚歌劇・花組「MESSIAH(メサイア)-異聞・天草四郎-/BEAUTIFUL GARDEN-百花繚乱-」を観ました。

20180922_flower_troupe001

宝塚歌劇・花組東京公演『MESSIAH(メサイア)-異聞・天草四郎-(ミュージカル)/BEAUTIFUL GARDEN-百花繚乱-(ショー・スペクタキュラー)』観劇しました。

宝塚からもちょっと離れ、雪組公演も観劇しないままでしたが、お声掛けいただき、“ヅカ友”三名での観劇となりました。
花組は、3月の「ポーの一族」以来です。

今回、予備知識もなく観た「メサイア-異聞・天草四郎-」でしたが、天草四郎役の主演、明日海りお(あすみ・りお)さんには“持って来い”というか、“生き写し”というかd(^_^o)ご本人の実力がそうさせているのだと思いますが、まさに“ピッタリ”の役どころでした。

その明日海・天草四郎にキリシタンの教えを知るきっかけを与えることとなった娘を演じた主演娘役の仙名彩世(せんな・あやせ)さんも、相変わらず落ち着いたトップ娘役らしい演技を見せてくれ、トップ二人は盤石だな、と思いました。

その他、柚香光(ゆずか・れい)さん、瀬戸かずや(せと・かずや)さん、水美舞斗(みなみ・まいと)さんら、主要な方々もさすがの実力を見せてくれ、異聞・天草四郎は重厚で、骨太の力作というか、名作とも呼べるくらいの仕上がりになっていました。

今、明日海・花組は全盛期を迎えていると実感しました。見応え十分です。


20180922_flower_troupe002

ショー「BEAUTIFUL GARDEN 百花繚乱」も素晴らしかった。
今の宝塚ではこの花組のショーが「一番」じゃないでしょうか。
見どころしかない!(*^_^*)

ロケットもショー前半でやってしまうという意外さや、それぞれのシーンがどれも一番の見せ場に見えてしまい、うかうか見ているヒマなんて無いです。

特に男役群舞のシーンが何度もあるのですが、どれも甲乙つけがたく、また舞台上のセットと組子のフォーメーションの見事さも際だっていました。

これで、もし芹香斗亜(せりか・とあ)さんがまだ花組に残っていたら、「最強」だったでしょう。

格好良くて、男前な男役と、花組独自の娘役のあり方のようなものをプライドをもって感じさせてくれる娘役陣。もう、文句のつけようがありませんでした。

ミュージカル、ショーともに、100点満点でした。
一緒に行ったヅカ友のひとりは終演後、涙が止らず、思わず笑ってしまった私ですが、実は私もショーの途中で何度も涙ぐんでいたのでした(^_^;)それは内緒。

もし、もう一度見る機会があれば、またご報告いたします。
素晴らしい公演でした。

2018/09/23

八日市場での中学時代の担任の先生の展示を見てきた

20180923_minami001

第9回になるという、私の中学時代の担任の美術の先生の絵画他と、その仲間の写真合同展に足を運びました。

最初の写真はいきなり「流木」を使った作品。
私は見た瞬間に「おっ、サックス!」と声に出しましたが、このサックス様の作品、回転するようになっていて、ぐるりと一周見てみると、視点によって姿を変えてきます。


20180923_minami002

そして「心臓」と題された、ちょっと驚きの作品。
これは木の根っこか何かを使ったのか・・。ショッキングだが、意表を突く作品でした。


20180923_minami003

続いて、先生独自の様々な形をした“瓢箪”を使った作品。
生き物のようにも見えるいつもの作品ですが、見る度に何か生命の躍動感を感じるのです。


20180923_minami004

そしてこちらは、毎年千葉県の東金市文化会館で開かれるジャズ・コンサートのために先生が描いたポスター画です。
流れる音楽のように先生の筆も軽やかに運ばれて描かれたように感じました。


20180923_minami005

さらにこちらは、先生の“ピカソ”的部分がドッと出て来た感じヽ(=´▽`=)ノ
私はこういう作品が大好き!


20180923_minami006

会場には先生の五人のお仲間の作品(写真)も展示されていたのですが、どれも力作で何度も何度も見返してしまいました。
私もちょっとばかり写真をやってみたいと思っているところです。

簡単ではございましたが、先生の作品の一部をご紹介いたしました。
来月も別の場所で先生の作品展があるので、出掛けたいと思っています。
その際にはまたここでアップしますねd(^_^o)

2018/09/22

「国家の罠」佐藤優氏の本を読んだ

20180921_masaru_sato001

『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて/佐藤優著(新潮文庫)』を読みました。
ブックオフで108円にて手に入れました。
この平成19年発行の本、550頁にわたる長編でしたが、どんどん読み進み、数日で読了。

ノンキャリアの外交官としてやってきた佐藤氏の外交手法と、時代の潮目に国が取った国策捜査(鈴木宗男氏の外交手法を葬り去り、新しい時代への区切りを付けようとした)の渦中に巻き込まれていった氏の運命と、それに立ち向かう意志力に圧倒され大長編なのに短時間で読み切ってしまいました。

そもそも、国策捜査という言葉自体がどういうものかも具体的には把握しておりませんでしたが、ようするに、国民がワイドショー的にやり玉にあげるようなことについて、“ガス抜き”的に無理やり犯罪を作り出し、その犯罪のジグソーパズルの最後に空いた穴=犯罪者をはめ込んでいくというものです。

その犯罪者のピースにはめ込まれたのが、著者の佐藤優氏でした。

私も当時のニュース報道を見ていましたが、それはもう鈴木宗男氏と佐藤優氏はひどい言われ方をしていました。
佐藤氏はその騒がしい報道がなされている時には拘留中でしたが、この本を読むと、外部からの情報をあえて入れないようにしていました。

情報を入れなければ、それによって余計なことを考えてしまい、誤解されるような調書を取られることはないとの考えだったのでしょうが、その意志力にも驚きました。

また、この本の半分以上を占める検察官との取り調べ中のやり取りは克明で、息詰まる取調室の様子が再現され、一番の読みどころになっています。
そして、拘留されている人がどんな環境にあるのかも、人情味を感じさせつつ記されていて、それがまた一人の人間としての心模様として読んでいるこちらにもひしひしと伝わってきたのでした。

外交上の機密事項ということもあり、この本に書き切れていない部分もあるのですが、それでも佐藤氏が外交官時代にやってきた、それこそ命懸けの仕事についても書かれていて、ロシア外交の奥深く、難しい様子がよくわかりました。
そして、そんなことでもしなければ、北方四島の問題は解決しないのだ、ということもあらためて考えることになりました。

550頁の重厚な著書ですが、文体はスタスタと歩くように軽快で、読み応えがある素晴らしいものでした。

外交に興味のある方、検察とはどういうものか、国策捜査ってどういうもの、外務省の内実は・・など、そんなことにふれてみたい方には読んでみることをおすすめしたい本でした。

2018/09/21

リアルタイムアップ復帰二回目

20180921_angel001

前回からこのブログはリアルタイムで書いてアップすることを復活させました。
それが出来るようになるまでのことは前回と、それ以前にも書きましたので、様々なことを克服し、過ぎ去ってきた時間を振り返り、思うことを少し書きます。

自分ひとりでは何も出来ないということを実感しました。
問題が起こると、真剣に考え、話し合い、行動する家族全員には頭が下がり、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

また、長男の頑張りと、底力にも驚きました。
困難に負けず、立ち向かって行った姿に、親として頼もしく思いました。
そんな姿を見せてくれたことにも感謝しました。

そして、普通に毎日生活しているということが、どんなに尊いことかと、あらためてしみじみと感じました。
なんでもない日々というものが、いかに幸せなことなのか、それも強く感じました。

そして私の様子に気づき、声をかけてくれた兄弟もありがたかった。
また、いつもこのブログに登場する中学時代の担任の先生から、時々電話をいただき、こちらの事情など知らなくても、いつも勇気づけてくれる力強い声も私の強力な味方でした。
もうひとり、私が時々、勝手にお顔を思い出して元気になれた方もいます。ひょっとしてこのブログを見てくれているかもしれませんが、あなたのことです。

そんな感謝の気持ちばかりの現在ですが、この気持ちを忘れずに日々生きていこうと思います。

・・ただ、忘れてはいけないのは、仕事上でのトラブル時に、いろいろな場面で関わった人を見ていると、その人の本当の姿が垣間見えました。
親身になってくれる人がいるかと思えば、こちらの深刻な状態を見て、心の中でうれしくてたまらないような様子を見せる人もいました。
それも勉強になりました。仕事上では、お人好しにしているととんでもない目に遭わされる可能性があるので、そんなときにはこちらも“鬼対応”をしようと心に決めました。

というわけで、きょうのリアルタイムアップはここまで。
また、本など読んだら感想を書きますね。

2018/09/18

ブログ休止期間中に思ったこと

20180918_window001

やっとリアルタイムでブログが書けるようになりました。
それまでは、このブログをご覧になっている方はご存知だったかと思いますが、時々メモをデジタルでとっておいて、その過去に書いたメモをアップしておりました。
ようするに9月に入ってからアップしたものは、8月中に書いたメモがほとんどでした。

8月いっぱいから9月前半にかけて、自身を含め、家族に起こった深刻な問題を克服してきました。
そんなときは、寝ているときもその夢を見てしまい、寝ても覚めても難題が頭から離れず、真綿で首を絞められるような感じ、苦しい思いをしました。
でも、やっとこうして正気でものを書けるところまで来ました。長かった・・が、油断してはならないと思っています。いつ何時、何が起こるかわからないと、今回身に染みたのです。

そんな家庭内の深刻な状況をなんとか克服していた最中に、また仕事関係で深刻な問題が勃発しました。
心身共に限界に来ていたところでした。
神様って、ずいぶんと酷なことをするもんだ、とも思いましたが、ここまで家族内の問題に真剣に取り組んで来た自分を信じることにしました。

問題は直接私のところに第一報が来たわけではなく、問題を発見したところがあちこちに連絡し、すっかり外堀が埋まったところでやって来ました。
最初は少し慌てましたが、腰を据えて取り組むことにしました。
関係する部署をすぐに回り、話を通し、過去の同様な案件の資料を収集し、通常業務終了後に夜間に残り、全てのことを時系列で整理し、文書はデジタルで作り、いつでも各種報告に利用できるように事細かに網羅しました。

あとは何度も何度も、何日もかけての関係部署との折衝と、直接行動せねばならないことを実行、最終的な報告も終え、事態は収拾しました。その間も、事の展開を知らぬのに、うれしそうに無関係の末端のところまで“がせネタ”を流布する輩もいました。腹も立ちましたが、そんなろくでもない輩は無視することにしました。結局、それも良かったようです。

そうこうしているうちに、我が家の周囲の状況もずいぶんと変化し、畑の中の一軒家という静かな環境からたぶん数ヶ月後には、大きく変化することになりました。それについても今までの、のんびりとした感覚を少し捨て去らねばならないようです。

様々な事が次から次へと起こるのも、自分の年齢がそういう時期に入ってきたのだと、自らを納得させ、これからも日々生きていきたいと思います。
たいへんだけどね・・。

2018/09/17

「知的ストレッチ入門」を読んだ

20180914_takashi_higaki001

【※このブログでの文は、8月頭からしばらく続いたブログ休止中にデジタルでメモしておいたものをアップするものです。なので、現在とタイミング的にマッチしないものもアップされるかもしれませんが、あらかじめご了承ください。】

『知的ストレッチ入門/日垣隆著(新潮文庫)』を読みました。
ブックオフで購入。初出が平成18年で、平成22年に加筆・修正し、文庫化されたものです。
なので、時代を感じさせる部分はあるにはあるのですが、著者日垣氏の情報の取り方、処理の仕方などは非常に合理的で、ひと言も差し挟めない感じの突っ走るような文章でした。
有無を言わせない(^_^;)感じ。

オーダーメイド鞄を使い、理想の書棚に蔵書を収納、早くから iPhone を利用し、その使い勝手についても“立て板に水”の説明。『使わんヤツはアカン』状態!

さらに世間で一般的になる前にブログやツイッターの利用方法についても、今現在の状態を推測して当時から活用。悔しいがその想定は当たっていた。

新しいツールには“超敏感”な著者なのでした。

ただ、しばしば、過去に達人と言われたような人を“小馬鹿”にしているような文があり、文中で馬鹿にしているわけではない、と断りを入れてはいますが、でもやはり人物に対しても、世間一般のちょっと遅れている人たちに対する“嘲笑”のようなものを時に感じて、それはちょっと言い過ぎじゃないのかな、と思うこともありました。

著者は、“冴えまくる”頭脳と行動で時代の先陣を切って突っ走っている様子ですが、文中からは、「恋愛」に関してもシステマティックに考え、そんなことにまで、情緒的なところの全く無い書きぶりにはちょっと違和感もありました。

ただ、この本は、現在の情報が溢れかえる社会で生きて行く人にとっては、とても参考になることがたくさん書かれていると思いました。
読物としても面白いので、読んでみて損のないものでした。
気になる方はぜひ。


【Now Playing】 Fancy Free / Donald Byrd ( Jazz )

2018/09/16

「駅前旅館/井伏鱒二」を読んだ

20180909_ibuse_masuji001

【※このブログでの文は、8月頭からしばらく続いたブログ休止中にデジタルでメモしておいたものをアップするものです。なので、現在とタイミング的にマッチしないものもアップされるかもしれませんが、あらかじめご了承ください。】

『駅前旅館/井伏鱒二著(新潮文庫)』を読みました。
昭和35年に発行されたもので、平成20年には49刷を重ねています。たいした小説です。
もともとは、昭和31年に新潮に連載されたものだそうで、駅前にビルが建ち並ぶ以前の、日本家屋で、瓦葺きの二階建て、ガラス戸がひろく開けられ、コンクリートのたたき、片方に下駄箱、もう片方に鉢が置いてあるような・・そんな東京の駅前旅館のお話。
当時の読者には、そんな様子が目に浮かび、いかにも我が事のようにこの小説を楽しんでいたのではないかと思われました。

主人公の駅前旅館の番頭、生野次平が語り手となって、旅館で起こる様々な出来事、当時の客(団体客なども多く、トラブルをよく起こす)の様子や、それに絡む観光先、そこでの客の楽しみ方、旅館内での符丁のおもしろさ、独特の個性豊かな旅館周囲の店や、関係者とのエピソードなど、テンポよく、語り口もよく、コロコロと転がるように読めてしまいました。

さらに、ちょっと艶っぽい話が出てくるにもかかわらず、それが行き着くところまで行かず、ちょっとだけ読者をドキドキさせる微妙に色っぽい感じで、当時の奥ゆかしさを感じて、これまたいい感じ・・。

まだテレビも一般的ではなかったであろう時代に、これだけドラマチックでコミカルな展開のお話はさぞかし面白かったであろうと想像に難くありません。
この駅前旅館は映画にもなって人気だったと聞きます。
森繁久弥さんや、伴淳三郎さん、フランキー堺さんなどのキャストで繰り広げられていたらしく、見てみたいなぁと思いました。

移ろって行く時代をたくましく、そして哀歓を含めて描かれた独特の世界にひたることができました。

2018/09/15

映画「グッイバイ・ゴダール!」を見た

20180902_le_redoutable001

【※このブログでの文は、8月頭からしばらく続いたブログ休止中にデジタルでメモしておいたものをアップするものです。なので、現在とタイミング的にマッチしないものもアップされるかもしれませんが、あらかじめご了承ください。】

映画『グッバイ・ゴダール! Le Redoutable /2017年・フランス 監督:ミシェル・アザナヴィシウス 出演:ルイ・ガレル、マテイシー・マーティン 原作:「それからの彼女」アンヌ・ヴィアゼムスキー著』を見ました。

この映画の原作は、女優で作家、ゴダールの妻でもあったアンヌ・ヴィアゼムスキーの自伝的小説で、19才でパリに住む哲学科の学生であったアンヌの恋人となった映画監督・・奇才のジャン・リュック・ゴダールとの日々が描かれていました。

世界中から注目され、しかも1968年の五月革命の真っ只中での毎日。
ゴダールを演じたルイ・ガレルは、天才であるが、アンヌといるときはなんだか我儘で偏屈で、自分で自分を孤独に追い込んでいくような男。
・・憎めない、チャーミングな男、とアンヌには感じるかもしれないけれど、まあ、普通の人間にとっては“近づきたくない”いや~な男だと思いました。

自分勝手で、人のことなどまったく眼中にないようなゴダールの、でも“天才”の不思議な魅力と、初体験ばかりの毎日にアンヌ(役:ステイシー・マーティン)はどっぷりとつかっていました。


20180902_le_redoutable002

アンヌ役のステイシー・マーティンの美しさと可愛さは特筆ものですが、私も彼女の魅力に“虜”になるくらい魅せられました。
このステイシー・マーティンと、ゴダールを演じたルイ・ガレルの主演コンビは絶妙で、二人が演じたゴダールとアンヌの1968年当時の様子が見事に描かれていました。

ゴダールの映画って、私、恥ずかしながら、ローリング・ストーンズが出ていた「ワン・プラス・ワン」くらいしか見たことがないのです。でも、あの映画もストーンズの「悪魔を憐れむ歌」の収録風景が延々と流れているだけで、さらに全くわけのわからない理解不能のシーンもあって、奇才と言えば奇才なんだろうけど、わけわかんない人だ、くらいにしか思っていませんでした。

で、この映画を見たら、5月革命の頃には、もう完全にわけわからん人になっていたようです。こんな人とちょっとでも一緒にいたくない!(*^_^*)

映像はいかにも60年代ぽく、魅力的、さらにステイシー・マーティン、ルイ・ガレルともに普通に“素っ裸”のシーンではほんとうに何にも隠さず、見えちゃってましたが、大丈夫なんですね、今の日本はずいぶんと寛容になったものだ。R指定でもないよねぇ、“まる見せ”なんですけど・・( ̄O ̄;)

映画としては、意外といっては何ですが、面白くみちゃいました。
フランス映画って、こういう面白くなさそで、なんだか面白いもの、多いような気がします。

2018/09/14

「モヤモヤするあの人」を読んだ

20180901_tomoyuki_miyazaki01

【※このブログでの文は、8月頭からしばらく続いたブログ休止中にデジタルでメモしておいたものをアップするものです。なので、現在とタイミング的にマッチしないものもアップされるかもしれませんが、あらかじめご了承ください。】

『モヤモヤするあの人 -常識と非常識のあいだ-/宮崎智之著(幻冬舎文庫)』という本を読みました。
著者は、カルチャー、男女問題、日常生活における違和感などをメインに書かれているフリーライターだそうです。

取り上げている材料が“今どき”なテーマだったので、読んでみたのです。

スーツにリュックは失礼なのか?

焼き鳥の串外しは無粋な行為か?

エスカレーターの“片側空け”は間違いか?

結婚式でのフラッシュモブって・・

周囲からウザがられる「意識高い系」の人たち

ビジネスシーンに蔓延するカタカナ語を使う人たち

などなど・・。

テーマだけ見ていると、興味津々なのですが、でも読んでみると、「どっちつかず」な結論ばかりが書かれていて、期待していた著者の独断でバッサリと断じてしまうようなエンターテインメント的に語り尽くすようなものではありませんでした。
それはそれで、そういうふうに読めば、読物として面白いのですが、私としては“今ひとつ”な印象となってしまいました。

でも、デートに遅刻した彼女に、「原因と対策」を求める“意識高い系・彼”の話や、ライブやフェスで舞台に合わせて“熱唱する観客”に「歌が聞こえないよ!」と怒る人の話などの話題は笑いながら、あるいは共感しながら読みました。

仕事の場で、カタカナを使いまくる人の話も、思い当たるところがたくさんありました。
「あの件はリスケで」って、なんだか鼻についていましたよ、私も(^_^;)
それに私には「利助」って聞こえてました(*^_^*)

「エビデンス」って、ふつう使うか?!

「ASAP/エーエーエスピー/アサップ」・・アズ・スーン・アズ・ポッシブルのことだってさ(^^;)・・一生やってろ!っつうの(#^.^#)

「コミット」・・使ってるのはライザップの人か、そのCM好きな人でしょ、気持ち悪い言葉だよねぇ。

というわけで、「焼き鳥の串外し」などは、もうどうでもいいことだと思いましたが、それなりに面白く読みました。

2018/09/13

映画「輝ける人生 FINDING YOUR FEET 」を見ました

20180901_finding_your_feet01

【※このブログでの文は、8月頭からのブログ休止中にデジタルでメモしておいたものをアップするものです。なので、現在とタイミング的にマッチしないものもアップされるかもしれませんが、あらかじめご了承ください。】

映画『輝ける人生 FINDING YOUR FEET /2017年・英国 監督:リチャード・ロンクレイン 出演:イメルダ・スタウントン、ティモシー・スポール、セリア・イムリー』を見ました。

いつものことながら、私が見ようとする映画のほとんどはメジャーな映画館、シネコンなどではやっておらず、この映画も日本中で10館のみ上映のようです。

この映画には若い人は出て来ません(^_^;)。いちばん若くったって50代後半くらいか。
でもね、それがこの映画を唯一無二のものにしている。ロンドンとローマを舞台に味わい深い作品になっていました。


20180901_finding_your_feet02

主人公の女性は、警察で立派?!なお仕事を勤め上げ、女王様から称号を貰えるような立場になったご主人に添い遂げ、孫もできて、あとは悠々自適な夫婦の生活が待っているかと思っていたら、その受章の記念パーティーの日に夫の5年間に渡る浮気発覚の現場に遭遇!
立派なお屋敷の家を飛び出し、長年疎遠にしていた姉の家に転げ込みます。

今まで身分、立場、プライドなどで武装していたかのような生活をしていた主人公は、自由奔放な姉の生き方に驚き、ショックを受けっ放しの経験をするのですが、若い頃、結婚のために捨てたダンサーの夢を老人達のダンス・サークルのような場所でもう一度みることになります。それまでの紆余曲折も非常におもしろいっ!d(^_^o)

その様子がネットに流れ、話題となり、ローマに行って大きな舞台で老人達がダンスを披露するというクライマックスに突入するのですが、さらに主人公には新しいロマンスが芽生え、そして姉の身に起こることで物語りはより人生の深い部分に入って行って・・、あとは映画を見て感じて、泣いて、ください。いい映画でした。


【Now Playing】 Sonia / Sonny Clark Trio ( Jazz )

2018/09/12

「小さなことにくよくよしない88の方法」を“くよくよしつつ”読んだ(^_^;)

20180829_richard_carlson001

【※このブログでの文は、8月頭からのブログ休止中にデジタルでメモしておいたものをアップするものです。なので、現在とタイミング的にマッチしないものもアップされるかもしれませんが、あらかじめご了承ください。】

例によって、これはブログ休止中にメモしておいたもの、そういうタイミングで綴ったものです。
『小さなことにくよくよしない88の方法/リチャード・カールソン著 訳:和田秀樹(三笠書房・王様文庫)』を読みました。

読み始めたときには家庭内のいろいろなことを解決しつつ、なんとか前に進んでいたのでした。
でも、今度は仕事上のことでまた難問というか、事件というか、アクシデント発生!!

「ああ、時間を巻き戻したい。そうすれば解決など簡単なこと・・。」と、この本のテーマである“くよくよしない”から正反対の“くよくよ”しっ放し( ̄O ̄;)な状態に陥りました。
人間なんて、そんなものです。自分で自分の不甲斐なさに呆れました。

答えといえるものは、今読んでいるこの本に書いてある。
「過去を悔やんで、どうにかならぬものか」と悶々とすることに解決の“か”の字も無い!

小さな問題を心の中で大きくしている自分はいないか?!
焦って解決しようとすると、墓穴を掘る。
問題解決の糸口は、まずは冷静に。そして、一つ一つ真摯に問題に向き合っていくこと。

また、逆の立場で、とにかくあらゆることに文句を付けたり、自分は特別な人間だから、特別な扱いを受けるべき立場にある、などと言う人にはなるべからず・・と、書いてあった。
そんな人、月に一度は会うことがあるが、まさに“みっともない”人だと思ったことがある。この本の指摘どおりだ。

今回も、“事を荒げよう”とする第三者がいた。
なんだか、事件性を帯びる度にうれしそうにしている。人のミス、不幸は、その人にとってこの上ないものなんだろう。

結局、落ち着いて、事象を整理し、その説明と解決への方法を丁寧に説いた。
それが解決への一番の近道だった。

グッドタイミングなのか、バッドタイミングだったのか、たまたま読んでいたこの本が役に立った。

2018/09/11

「インテリジェンス人間論」を読んだ

20180823_masaru_satou001

【※このブログでの文は、8月頭からのブログ休止中にデジタルでメモしておいたものをアップするものです。なので、現在とタイミング的にマッチしないものもアップされるかもしれませんが、あらかじめご了承ください。】

『インテリジェンス人間論/佐藤優著(新潮文庫)』を読みました。
ブックオフで買っておいたもので、平成19年刊行の本を平成22年に文庫化したものです。
内容は、懐かしい話題が随所に出て来ましたが、それでも佐藤優さんの常人では考えられない情報の取り方、分析の仕方には、あっと驚かされる本です。いつものことですが。

著者の佐藤さんは、外務省のラスプーチンと言われることになってしまい、この本の中でも書かれていますが、策略か陰謀か・・それとも・・2002年5月に背任と偽計業務妨害容疑で逮捕され、執行猶予付きの有罪判決を受けたことはご存知の方も多いと思います。
早い話が、歴代総理やロシア首脳の素顔を間近に知り、国際政治の最前線で“ヤバい”仕事をしていたからこその顛末と言うべきでしょうか。

外交官・政治家が使っている「インテリジェンス」という言葉とその意味を知ったのも、佐藤さんが著述業に転向して、その本やラジオ等メディアでの発言を聞いてからのことでした。
人間観察力を磨き、情報を入れ、分析する。そのインテリジェンスが、佐藤さんがかつて所属した外務本省国際情報局分析第一課で「外交の武器」となっていたことがよくわかりました。

その中で、意外だったのは、橋本龍太郎首相と“ガチ”で取り組んだ日露外交のぎりぎりのやり取りでした。
橋本さんのロシアとの外交へ懸ける意欲は、まさに“命懸け”とも言えるもので、著者の佐藤さん含め、あの鈴木宗男氏が絡んできた当時の克明な様子には息を呑みました。
橋本さんて、執念とさえ思える外交への情熱があった人なのだと、この本を読んで、今まで知らなかった一面に驚きました。

また、小渕恵三首相の見た目は温和な印象の人物像なのに、怖ろしいような人柄であったことが事実として書かれていたり、実はあの政治家はこんな人だった、とか、あのときの政治の舞台裏ではこんなことがあったということが、まさにその場に立ち会っていた佐藤さんから赤裸々に語られているのです。
この本は中身が濃いっ!

そんなこんなで、あっという間に読み終えましたが、内容が重い割には、知って驚く意外な事実にびっくりしている間にずんずん読み進むことができました。
書かれている話題はやや古い時代のものでしたが、とても興味深く読めましたよ。

2018/09/10

話題になっている(アップ時には過去のことになってるかも・・)「カメラを止めるな」を見てきた

20180821_movie001

【※このブログでの文は、8月頭からのブログ休止中にデジタルでメモしておいたものをアップするものです。なので、現在とタイミング的にマッチしないものもアップされるかもしれませんが、あらかじめご了承ください。】

『カメラを止めるな(ONE CUT OF THE DEAD)/2017年・日本 監督・脚本・編集:上田慎一郎 出演:濱津隆之 真魚 しゅはまはるみ 長屋和彰 細井学 市原洋 山﨑俊太郎 大沢真一郎 竹原芳子 浅森咲希奈 吉田美紀 合田純奈 秋山ゆずき』を見てきました。・・このブログがアップされる頃にはちょっと古い話になっているかもしれませんが・・。

口コミで噂が広まり、やがて話題となり、上映館がどんどん増え、ニュースにもなるような映画となっている状況ですが、あまり期待はせずに見たのです。でも、“期待して見に行って丁度いい”くらいの面白さでした。
文句の付けようがないですよd(^_^o)

最初の約30分強のB級ホラー(その度合いも、三流じゃなくて、五流くらいのホラー映画となっております(^_^;))を見事に耐え抜いておけば、あとは坂道を転げ落ちるようにその後は展開し、館内はあちこちから“どよめき”“苦笑”“爆笑”“感嘆”などの声が上がり、客席の共有感は滅多にないものとなります。

ネタばれも、このブログがアップされる頃にはネット上に出ているでしょうが、まだ見ていない人のために書きません。

スマートフォンのニュースのようなサイトで、この映画が“パクり”だというような声が上がっているとの情報も入ってきましたが、私にはその真偽がわかりませんので、ここではそのままにしておきます。

ただ、まるまる何かストーリーをいただいているようなものでなければ、この映画のアイデアは、今まで他の映画や、舞台などでも度々見かけた“からくり”だと思います。
“からくり”そのものをパクりだと主張しているのであれば、それはちょっと違うと思いましたが、それも詳しくわからないのでここでは、この程度の書きぶりにしておきます。

編集的な上手さも感じたし、出演者のキャラクターも面白い、何よりもずるずると引き摺るようなところもなくてスピーディーな展開が、この映画の面白さを際立たせていたように思いました。

楽しめました。私には高得点でした!

2018/09/09

映画「英国総督 最後の家」を見た

20180820_viceroys_house01

【※このブログでの文は、8月頭からのブログ休止中にデジタルでメモしておいたものをアップするものです。なので、現在とタイミング的にマッチしないものもアップされるかもしれませんが、あらかじめご了承ください。】

映画『英国総督 最後の家(Viceroy's House)/2017年・英国 監督:グリンダ・チャーダ キャスト:ヒュー・ボネビル、ジリアン・アンターソン、マニシュ・ダヤル、フマー・クレイシー、マイケル・ガンボン』を見ました。映画を見たのも久しぶりでした。

1947年、国力が疲弊してきた英国が植民地インドを去る決定時の物語。
主権譲渡を最大の目的にやってきた新総督のマウントバッテン卿とその妻、娘。
首都デリーの壮麗な総督邸のシーンに圧倒されながら映画は始まりました。

邸宅には500人の使用人がいて、そこでは、独立後に統一インドを望む国民会議派と、分離してパキスタンを建国したいムスリム連盟によって、連日連夜論議が闘わされていました。その様子だけでも見ているこちらはジリジリとして息詰まるようなシーンの連続でした。

さらにそこでは、新総督のもとで働くインド人青年ジートと令嬢の秘書アーリアが互いに惹かれあっていて、信仰が違う上に、アーリアには幼いときに決められた婚約者もいる。
そんなヒューマンなドラマもあり、途中からは涙がこぼれ、「こんな映画だったのか」と意外な展開に驚きました。

インド独立の最中、混迷を深め、暴動もいたるところで起こっている激動の歴史的な姿が映像として描かれ、心揺さぶられる映画でした。

そしてマウントバッテン卿が艱難辛苦を乗り越え、導き出した方向も、実は裏でもっと大きなものが動いていたという衝撃の事実も盛り込まれていたため、こちらの衝撃も大きかった。


20180820_viceroys_house02

さらにさらに、グリンダ・チャーダ監督はある日、マウントバッテン卿の甥の息子にあたるチャールズ皇太子に出会い、彼に大叔父様についての映画を制作中だと話す。

チャールズ皇太子は「マウントバッテン卿の個人秘書を務めていたナレーンダル・スィンフが書いた『The Shadow of the Great Game』という本を、ぜひ読むべきだ、“本当は何が起きていたか”が分かります」と語る。

その数日後には、偶然が起きる。
チャーダ監督が新作映画の宣伝中に会いに来た俳優志望の若者、それがなんとナレーンダル・スィンフの息子だったという。
「あなたが分離独立についての映画を制作中である記事を読みました。父の本をぜひ読んでいただきたいのです」と語り、チャールズ皇太子から薦められたものと同じ本を提示する。
・・数年後、彼はこの映画に、父と同じくマウントバッテン卿の個人秘書役で出演することとなる・・という強烈エピソード付きです。

最初は華麗で華やか、そして苦悩が続き、光が見えたと思ったら、強烈などんでん返し、人類は、人間は何故こんなことを繰り返しているのか、と重いテーマを突きつけられる作品でしたが、映画として素晴らしいものだと感じました。
見る価値のあるものでした。

2018/09/08

お誘いをうけて竹久夢二美術館・弥生美術館に行ってきました

20180819_yumeji001

【※このブログでの文は、8月頭からのブログ休止中にデジタルでメモしておいたものをアップするものです。なので、現在とタイミング的にマッチしないものもアップされるかもしれませんが、あらかじめご了承ください。】

日々いろいろなことがあり、毎日ひとつずつ少しでも良い方向へと歩みを進めているところです。

そんな中の休日。
中学時代の担任の美術の先生の個展で知り合うこととなった「銚子浪漫ぷろじぇくと」の関根真弓さんからお誘いを頂いて、文京区の弥生にある「竹久夢二美術館・弥生美術館」に足を運びました。


20180819_yumeji002

そこでは、関根さんを中心とした“歌と語り”で「夢二ひと夏の恋」と題した公演が行われ、まさに夢二の作品群の中でのイベント、素晴らしいものでした。

障子状の衝立が館内に置かれていたのですが、公演が始まると、それはスクリーンにもなっていて、夢二のひと夏の恋が語られる中、銚子の美しい風景が映し出されていました。
感情表現豊で、夢二が銚子で過した夏の空気感まで感じられるようなひととき、いい時間を過すことができました。来てよかった。


20180819_yumeji003

夢二の美術館ですから、夢二の作品に囲まれて、こりゃファンにとってはたまらない美術館です。
挿絵を描いた本や、広告、夢二の書いた葉書、興味深い作品、展示がたくさんでした。


20180819_yumeji004

また、併設の弥生美術館では、「文豪・泉鏡花×球体関節人形展」も開催され、写真の人形ほか、何体もの人形には、心臓がドキッとするような、ぞくっとするような、魔界を感じるもの多数・・ちと怖かったぁ~(^_^;)

というわけで、悩み多い日々の中、少し心の栄養をつけてきた一日となりました。
また、前回倒れて出来なかった草刈も東京から帰宅後に、涼しい夕方を利用して少しばかり進めてみました。

なんとか少しずつでも、一歩ずつ歩みを進めたいと思います。

2018/09/07

「墨東綺譚/永井荷風」を読んだ

20180818_kafu_nagai001

【※このブログでの文は、8月頭からのブログ休止中にデジタルでメモしておいたものをアップするものです。なので、現在とタイミング的にマッチしないものもアップされるかもしれませんが、あらかじめご了承ください。】

『墨東綺譚/永井荷風著(角川文庫)』を読みました。
“墨東”の「墨」の文字の表記は、このブログで表示されているものと異なるのですが、PCでインターネット上で見るためには簡単な“当字”を入れました。

この本は、荷風が近所から聞こえる「ラディオ(※文中にこう表現している)」のうるさい音に辟易して夕刻から夜にかけて東京の町を歩き、たまたま知り合った「お雪」という女性と奇妙な関係になり、遊里にいるその女性「お雪」に逢いに“行きがてら”の道中、街並み、世間の様子などを表現豊かな文にしたものです。

当時の人々の服装や、町の様子、世間の“流行り”、5.15事件当時の銀座などの実際の様子も書かれていました。
それが実に意外。
昭和ひとケタからふたケタに入る頃が描かれているのですが、銀座に柳の苗が植えられ、朱骨の行灯が設置されたところで、「田舎芝居のようになってしまった」と嘆いているのです、荷風さん。
何年か前に、銀座の柳を復活させようだとか、永く保存しようなどという銀座っ子の人たちが話題になったことこがありましたが、当時はそんなだったようです。

しかも、「震災(※関東大震災のことでしょう)のあとには、九州や大阪から人が出て来て、一本裏通りでは、そんな人たちが「ふぐ」の店を出したり、路上に出て食べるような店を出してしまったとも嘆いています。

路上で水着を着て客寄せをしたり、そうまでしなくも、お客を誘うような女性が店頭にいるのはどんなもんだろうと言っていたりします。

でも、遊里にいるお雪には、度々に逢いに行く荷風先生(この本の中ではとある作家として描かれているが)。
女と男の“機微”にもふれて、この本、いい味だしていました。

とにかく、初めて聞く表現が80%以上を占めていると感じた永井荷風のこの著書。
昭和初期の東京の様子などがフィルムを見ているかのように眼前に浮かびます。
リアルなタイムスリップ感があり、希少感もある面白い本でした。

2018/09/06

近況について

Image2_20180811_01

【※このブログでの文は、8月頭からのブログ休止中にデジタルでメモしておいたものをアップするものです。なので、現在とタイミング的にマッチしないものもアップされるかもしれませんが、あらかじめご了承ください。】

これを書いている今は、8月半ば。

家の中もだいぶ落ち着いてきたところです。
家人の病も良い方へ向かい、突然の問題を抱えた者も家族皆で応援し、本人も努力し、少しずつですが、やはり良い方向へと動き出しました。

私の体調については、まだまだ不安が残っていますが、それでも仕事に出るときにはなぜか元気が出て来て、どうにかなっています。
医者にも掛かり、今後良くしていきたいと思っています。

そんなこんなで、リアルタイムにブログを書くことができるようになるのも、もう少しという状態です。

あせらず、家族の様子を見つつ、ゆっくりと復帰するつもりです。

それじゃまた、何日か後に。

2018/09/05

『 2018 東金 Spirit Jazz Ⅲ 』を聞いた

20180810_togane_jazz_3_001

【※このブログでの文は、8月頭からのブログ休止中にデジタルでメモしておいたものをアップするものです。なので、現在とタイミング的にマッチしないものもアップされるかもしれませんが、あらかじめご了承ください。】

このメモはたぶん9月頃にはアップできるかもしれませんが、8月中に千葉県東金市の「東金文化会館」で開催されたこの会館が催している<四季彩コンサート>の夏の部、ジャズ・ピアノの板橋文夫さんを中心としたバンドのコンサートに体にムチ打ち行ってきたのでした。

例年のように、このコンサートのポスター、チラシの絵は、私の中学時代の担任の美術の先生が手掛けました。相変わらずいいっ!!

今回は、リーダーの板橋さんのピアノ、瀬尾高志さんのベース、後藤篤さんのトロンボーン!、高岡大祐さんのチューバ??!!、林ライガさんのドラムという編成でした。


20180810_togane_jazz_3_002

トランペットもサックスもいなくて、トロンボーンとチューバが管楽器を構成するという異色かつ、ある意味“攻めてる”バンド構成です。
しかも、ベースを含め、皆、個性というには“飛びすぎ”ている演奏( ̄O ̄;)、チューバはまるでシンセサイザーの様な多種多様な音色を導き出し、アンプを使ったコントラバスのまるで打楽器かのようで、しかも弓で弾くときの独自の世界はすごいものがありました。

トロンボーンは、自由自在かつ、情感豊かで、リリカルなのにパワフルな変幻自在な姿を見せてくれました。

板橋さんは、もちろんいつもどおり“立ち上がり”全身でピアノを強打っ!(^^;)
パワフルな演奏と、しみじみとするようなメロディアスな演奏も素晴らしかった。

そして今回“特筆”すべきは、ドラムの林ライガさん。
まだ十代なんだって!!
ロックバンドの経験もあることから、完全にロックなリズムでバンドを引っ張っていたかと思うと、打って変わってジャジーな演奏、さらにリズム・パターンの多彩な引き出しにも驚きました。

板橋さんの期待が大きいからでしょう、ドラム・ソロの場面が幾多と有り、それぞれのソロが全く異なるテイストを出していて、「末恐ろしい」と板橋さんがステージで言っていた言葉が印象に残りました。

時間もかなりオーバーし、汗が飛び散り、全力での演奏にこちらも体力を使いました。
いい演奏でした。ジャズともロックとも取れるガチンコのハードなステージ、堪能しました。

私の担任の先生も、大きな声を出してコンサートを盛り上げていました。
ああいう人になれるかなぁ・・(*^_^*)

というわけで、「東金 スピリッツ・ジャズⅢ」の感想でした。

2018/09/04

「極上の孤独」下重暁子さんの本を読んだ

20180811_akiko_shimoju001

【※このブログでの文は、8月頭からのブログ休止中にデジタルでメモしておいたものをアップするものです。なので、現在とタイミング的にマッチしないものもアップされるかもしれませんが、あらかじめご了承ください。】

『極上の孤独/下重暁子著(幻冬舎新書)』を読みました。
著者の下重さんは、かつてNHKのアナウンサーとして活躍された方。
フリーとなってからの文筆活動などについては存知上げておりませんでした。
旧・日本自転車振興会の会長を務められたことも・・。

でも、この下重さんの著書とは知らず、本屋さんで平積みになっていた「家族という病」という本は気になっておりました。ちょっとこわくてまだ読んでいなかったのですが。

さて今回の「極上の孤独」は、野際陽子さんがNHKの一年先輩という下重さんがその年齢に達しても、ご本人の主観的な年齢は七十まではいかず、六十代後半だという感覚。
でも“持ち時間”は確実に減ってくる。
その残された時間を大切に使いたいという思い、だが時間は確実に飛ぶように過ぎていく中でどう生きて行くか・・という話です。

まずは「孤独」というものをネガティブにとらえる社会、世間の風潮、考え方が“違っている”んじゃないか、というところから始まります。

つまり、「孤独」をポジティブに、アクティブにとらえて、“贅沢”で“愉快”な環境であり、時間であるという考え方です。

現在のSNSが発達し、ただ単に返信や、“いいね”がつかないというだけで孤独と考えてしまうようなお粗末な心の持ち様についてもふれていますが、たしかにあまりにも貧相な生き方の中に自分の生活があるから、そんなことになるのではないか、と私も感じることがあります。

自分の中に「品格」がないと孤独を感じ、味わい、歩みを進めていくことは出来ないのではないかと、先達の良寛さんや、洋画家・小杉小二郎氏の例や、インタビュー時に感じたことを挙げて「孤独」の世界へいざなってくれるのが、この本の一番の「筋」であると感じました。

ここに書かれていた「品格」というものが、一番難しいことであるわけなのですが、著者の下重さんも、自己主張したいという思いばかりが先行し、その出口さえ見つからぬままに悶々と自分の中で堂々めぐりを続け、そんな自分を人に悟られてはならじと鎧(よろい)を身につけ、「引く」ということを幼い頃から続けてきてしまったのではないか、と自問しています。

読み終えて、下重さんの自己に厳しい態度、生き方は私にとっては“力の入れすぎ”のようにも感じましたが、著者のお母様の辞世の歌

「人の世のなべてのことに堪えて来し今さらわれに物おじもなし」

・・この死を前にして、今さら物おじすることもない。どんと来い、覚悟は出来ているという歌に全てが語られているような気がしました。

この本も私に何か今後の生きるためのヒントを与えてくれた一冊になりました。


【Now Playing】 We Got Married / Paul McCartney ( Rock )

2018/09/03

椎名誠さんの古い文庫本「日本最末端真実紀行」を読んだ

20180808_makoto_shiina001

【※このブログでの文は、8月頭からのブログ休止中にデジタルでメモしておいたものをアップするものです。なので、現在とタイミング的にマッチしないものもアップされるかもしれませんが、あらかじめご了承ください。】

『日本最末端真実紀行/椎名誠著(角川文庫)』を読みました。ブックオフで手に入れた昭和61年初版発行のものです。
だからもう30年以上前のもの。
阪神淡路の震災も起こっていないし、日本中が何か変なものに浮かされて調子に乗りすぎていた時代。
悪いことなんて起こらない、世の中ガンガン開発して古いものは馬鹿にして、どんどん廃棄したり壊したりしていた時代です。

そんな時代の真っ只中で、椎名さんはなんと30代!若いねぇ。
そして、神戸や札幌、倉敷、飛騨高山、渋谷スペイン通り、幕張などへと旧知のイラストレーター・沢野ひとし氏らと旅立ち、その実体を見て感じて、呆れて、嘆き、怒り、笑い、ちょっと感動したりの“珍紀行”と相成っておりました。

たぶん、当時、まだ頭の中に“正気”な部分が残っていて、実際に“るるぶ”、“an・an”、“non・no”などを読み、妙に人工的な観光地などに集まっていた少女、女性らを見て「なんだこの人たちは?なぜここに来た!」と思える理性が残っていた人にはわかるであろう、当時の実際のその地の様子が描かれていました。

この本を読んでいると、すでに“妙ちくりん”なお店などは閑古鳥が鳴き始めている様子が書かれていますので、そんな“浮かれ状態”の日本も、やや衰退への道を歩み始めていた頃なのかもしれません。

上記のような有名“おしゃれ”観光地のほかにも、突然、離島に行ったりして、民宿や、島唯一の観光ホテルでの気恥ずかしいような対応や、しみじみと“ひなびている”島の様子、人々・子供の様子なども描かれていて、それはたぶん現在でも味わえるようなものじゃないかと思いました。
そんなことを書くのも当時から現代まで、たぶん椎名さんしかいないんじゃないでしょうか。

終盤に書かれていた椎名さんが小学校から高校生のあいだに住んでいた千葉の幕張の文にはしみじみとしました。
この文が書かれていた頃に、椎名さんは幕張の遠浅の浜が新しい人工の街になってしまったことを知ります。
タクシーで今の千葉市美浜区(マリンスタジアムや、高層ホテル群のある街)にたどり着き、幕張の人工海浜や稲毛の人工海浜を見て、あきれるというよりは、愕然として、そのかつては区全体が海底だった(椎名さんが夏休み一日も欠かさず通った)地を去ります。
貝や、海苔などの漁で生活の糧を得ていた静かな漁師町的な部分は何も残されていませんでした。
・・私の記憶の彼方にも幕張の遠浅での潮干狩りの様子、人でいっぱいだった浜の様子が残っていますが、そんなものの欠片も今はありません。

読んでいて、終盤のこのあたりで妙にしんみりとしてしまいました。

今や、椎名さんの古い文庫本などは絶版になりつつあるものも出ていて、かつての若かりし頃の椎名さんの、今よりもぶっきらぼうな文章に出会う機会も少なくなってきそうなので、この本、久しぶりに刺激を受けました。


【Now Playing】 My Sweet Lord / George Harrison ( Rock )

2018/09/02

コルトレーンの幻のアルバム、聴いてみた

20180807_john_coltrane001

【※このブログでの文は、長いブログ休止中にデジタルでメモしておいたものをアップするものです。なので、現在とタイミング的にマッチしないものもアップされるかもしれませんが、あらかじめご了承ください。】

この夏、新聞等のメディアでも報道されて話題となった、ジャズ界の巨匠でサックス奏者のジョン・コルトレーン(1926~1967年)の1963年録音の幻といわれる音源を収録したアルバムが発売されました。
たぶん、コルトレーンの好調期であろう年代のものです。メンバーもマッコイ・タイナー(ピアノ)、ジミー・ギャリソン(ベース)、エルビン・ジョーンズ(ドラムス)の最高の面子です。

マスターテープ自体は廃棄されたと記録に残っていたのですが、同時録音していたテープをコルトレーンの妻が自宅に保管していて、オークション出品しようとして明るみに出たものだそうです。

コルトレーン・ファンはジャズ・ファンの中でもかなり多く、しかもマニアック、この話を聞いて、“聞きたいっ!”って、皆思ったんじゃないでしょうか'(*゚▽゚*)'


20180807_john_coltrane002

で、私も手に入れましたよ。しかも、アルバムに入っている曲の別テイクを収録している二枚目のCDも入っている豪華盤の方です。気になっちゃうからさぁ、別テイク・・(^_^;)

聞いてみると未発表音源となっていた、タイトルの無い「11383」と「11386」と、番号を曲名代わりにしている二曲がやはり良いと思いました。
特にアルバム三曲目の「11386」は、かなり良いd(^_^o)
今まで聞いてきてコルトレーンの名曲の中に入っても存在感を感じさせるくらいの楽曲、演奏となっていました。
エルビンのドラムも、エルビンらしいちょっとラテン系な感じもするシンバル・ワークが渋くてカッコいい!
ベースとドラムのみの掛け合い的なソロ部分も息詰まるリアルな様子がよく録音されていました。このアルバムではベストじゃないかと思いました。


20180807_john_coltrane003

全体にしっかりとした演奏で、レコーディングされた音は“攻め”の印象よりも、むしろ穏やかに、尖らせずにうまくマイルドにまとめたような感じを持ちました。人によって感じ方はそれぞれでしょうが、コルトレーンの絶頂期のレコーディングとしては、意外に聞き易い音です。

で、コルトレーンと言えば絶頂期となると「“ブヒブヒ”“ブキブキ”吹きまくるんじゃないの、あんまりやられると、けっこうつらいんだよな」という弱気なコルトレーン・ファンのあなた!(*^_^*)・・ブヒブヒやってる曲、ありますよ!(^^;)ご愁傷さま。

たしかに絶頂期から晩年(早くに亡くなっているからこの表現でよいのか?!)の、特にアルト・サックスに持ち替えて吹きまくるコルトレーンは、ちとつらいというか、「そうまでせんでも・・」と私も思うことが多々ありました。

でも、棺桶に片足突っ込みながら“命懸け”で吹きまくるコルトレーンって、やはり彼ならではのものであって、それに付き合えるかどうかっていうのもファンとしての「踏み絵」みたいなものかもしれません・・そんなに真剣にジャズを聞いてる人ってもうこの世に数十人くらいだと思うけど・・( ̄O ̄;)

もう一枚の別テイク収録盤の方は、それこそコルトレーン・ファンには、曲をどう仕上げていくのかっていう部分もわかるわけで、ロックやポップスでも同様のことはあるのかもしれませんが、録り直していくたびにミュージシャン同士の駆け引きなども異なってくるためか、曲調、味わいなども変化を見せています。

ま、コルトレーンの新しいアルバムがこの時代に聞けるぞ、と喜んでいるジャズ・ファンには通常の一枚入りの盤で十分だと思います。かつてコルトレーンと一緒に“地獄の一丁目”まで行ってきたことのある方には二枚組をおすすめしておきます。

それじゃまた。

2018/09/01

フルモデルチェンジのお手本を見た

20180804_jimny001

【※このブログでの文は、8月中、ブログ休止中にデジタルでメモしておいたものをアップするものです。なので、現在とタイミング的にマッチしないものもアップされるかもしれませんが、あらかじめご了承ください。】

スズキの本格四輪駆動車・ジムニーが20年ぶりにフルモデルチェンジしました。
私が生まれて初めて買ったのは、このジムニーの二代前のSJ30。
他社が出している多くの四輪駆動車が尻込みするような悪路、道無き道のようなところでもトコトコ走り抜き、楽しさ満開、喜び爆発!のようなクルマでした。

20年間走り続けた先代ジムニーもそのようなクルマでしたが、今回のフルモデルチェンジは、過去のジムニーの良さをあちこちに感じさせる心憎い演出があり(*^_^*)、新しい機能も搭載、伝統のラダーフレーム(はしご形のフレームの上にボディを乗せている)も守り抜き、100点満点のモデルチェンジだと思いました。

私のような者がそう感じるのですから、世間のジムニー・ファンも好印象で受け容れたようで、注文殺到、納車までは1年待ちだそうで、おめでとう!

スタイルリングを見ただけでも、この時代に初代、二代目の良いところだったスクエアなデザインを取り入れ、復活。
ルーフ周囲には雨滴を受けるレールのようなものも付けられ、かっこわるいバイザーも不要になります。
四角四面に作ったので中も広くなり、後席を折り畳んだ状態にするとプラスチック製の部分が荷台面になるという工夫も良い。

とにかく、見た目が軽自動車らしからぬ風格を感じさせます。

昨今の大人げない、子供じみたとも言える“こけおどし”的デザイン、向こうから走ってくると威嚇しているかのようなデザイン、機能をパッケージングしているのでなく、デザイナーの愚かなデザインを優先しているかのような空疎なデザインばかりが目に付く(特にト●タ)新車の数々とは一線を画す芯の通った素晴らしいデザインだと思いました。

まだ街では見かけていませんが、そのうち「おっ!あの四駆は何だ?!」と思ったのがジムニーってことになると思いますよ、お楽しみ・・。


【Now Playing】 闌の季節 / 小椋佳 ( TBSラジオ )

« 2018年8月 | トップページ | 2018年10月 »

2018年12月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

最近のトラックバック