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2019/04/30

もうすぐ平成も終わります

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30年の歳月を経て平成が終わります。
あまり何も感じずに一日が終わるのかと思っていましたが、やはり何か不思議といろいろなことが思い出されました。

夕刻、テレビで天皇陛下のお言葉も聴くことが出来ました。
ここでも何か胸にぐっとくるものがありました。
30年間って、あらためて思い起こすと“重い”ものです。

 

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写真はうちの庭に咲く花々ですが、その中に身を置いて、今の空気を吸い込むと、またまたなんというか感慨深いものがあります。
自分ではそんなタイプの人間ではないと思っていたのですが、そんな気持ちになるのですね。4月に入って病に倒れたので、余計に弱気になったのかもしれませんが・・。
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自分自身の生活や仕事について振り返ってみても、つらいことが多かったし、耐えるシーンが多かったのですが、なんとか家族全員が揃って無事に生活できていることで良かったと思っているところです。
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平成の30年間に知り合った方で、今でも仲良くさせていただいている方がたくさんいます。
それがとても大切なことだと、ここ数年特に感じています。ほんとうにありがたい。
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これからもそんな出会いを大切に、そしてこのブログの中で自分自身が感じている様々なことを表現して感謝の気持ちを忘れずに生きていきたいと思います。

明日からの新しい時代が良いものであることを心から願います。
そして、自分が感じていることをこうして自由に表現できるような社会が続くことを願います。

宝塚歌劇・花組「CASANOVA」再度観劇しました

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宝塚歌劇・花組東京公演「CASANOVA」、“前楽”を「ヅカ友」お二人と観てまいりました。
体調のこともあるので、観劇後の反省会には出席出来ず、残念でしたが・・。

このあと千秋楽ということもあって、もう花組は練りに練った形でこの「CASANOVA」を演じていました。
それぞれがそれぞれの“勘所”を心得て、実に巧みに、そして円熟味さえも感じさせるくらいの充実ぶりでした。

途中、転倒する者がいたり、鳳月杏(ほうづき・あん)さんがセリフを“噛ん”だりということもありましたが、それはもう千秋楽直前ということもあって、いろいろあるでしょう。
そんなこと関係なく、明日海りお(あすみ・りお)さん、仙名彩世(せんな・あやせ)さん、柚香光(ゆずか・れい)さん、瀬戸かずや(せと・かずや)さん、鳳月杏(ほうづき・あん)さん、花野じゅりあ(はなの・じゅりあ)さんら重要な役どころの方々を中心に“満点”の舞台になっていたと思いました。

比較的“歌いまくる”演目であるのに、明日海さんはじめ仙名さんも、鳳月さんも、楽日にもかかわらず、喉には余裕を感じさせてくれました。
楽曲も素晴らしいので、観客として「歌」も十分楽しめました。

 

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明日海さんは、本公演としては、このあと一公演で卒業されることになったわけですが、いやいやこの時期にきても、まだまだトップスターとしての成長過程にある、と感じるくらいの“生きの良さ”を感じました。

今までの数々の演目での様々な役は、どれも素晴らしい出来だったし、演目的には他の組や、他の人の主演だったらどうだろう?という、演目でも、明日海さんはいい作品に仕上げてきたと思います。
やはり今までのトップスターの中でも別格と言えるくらいの立派なトップだったと、あらためて思いました。

明日海さんのそんな姿を瞼に焼き付けつつ、幕が降りました。
堪能させていただきました。
花組、素晴らしいっ!
次回の公演も楽しみにいたしております。

2019/04/29

「へるん先生の汽車旅行/芦原伸」を読んだ

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『へるん先生の汽車旅行 -小泉八雲と不思議の国・日本- /芦原伸著(集英社文庫)』という本を読みました。
副題にあるように、“へるん先生”とは小泉八雲のことです。

著者の芦原伸氏は、鉄道ジャーナルに入社後、編集者、作家として50カ国以上を取材した方で、この本でも、小泉八雲/ラフカディオ・ハーンが英国ダブリンからアメリカに渡り、ニューヨークからシンシナティ、トロント、から大陸を横断する道筋を現在の鉄道で追いかけ、さらにその都市でのハーンの足取りを辿りつつ、現在のそれら都市の様子も紀行的に追いかけ、そしてハーンの当時の暮らしぶりや、周囲の人達についても細かく調べています。

ハーンが日本に着いてからの鉄道・人力車などの足取りも現在の鉄道で追いかけ、その中で芦原氏自らの祖父がハーンを辿るうちに、その歴史の中で登場するなど、劇的な展開もありました。

私が驚いたのは、ラフカディオ・ハーンは、ギリシャの母に捨てられ、英国の父にも幼少期に捨てられ、かなり荒んだ状態でアメリカに渡って行ったという事実です。初めて知りました。
経済状態も明らかにひどく、ろくな仕事も貰えない状態や、せっかくハーンを援助しようとした人達とも結果的に仲違いし(ハーンの気の短さも大いに原因しているふしがある)、結局日本に渡るまでは、かなり“悲惨”とも言えるような状況であったことがわかりました。

日本に来たときにも、ハーンは40歳の一介のルポライターに過ぎず、一般的な松江の英語教師で、明治新政府の“お雇い外国人”という理解は間違っていたわけです。

うがって言うと、日本の珍聞奇談を原稿にして売ろうとしてやってきた“押しかけ外人”であり、むしろ“経済難民”に近い立場だったようです。とても意外。

しかし、松江に来てからのハーンは、日本人の神との関わり方、そして仏教にも神仏習合で自らを律するような時に信心する寛容さ、さらに自然(動物、虫などとの関わりも含む)との対峙の仕方、人々の暮らしぶり、文明的には欧米に遅れているが、文化的にはむしろ立派なものを持っている、そして日本人ひとり一人が素敵な生き方をしていることに大きく感銘を受けています。

実はこの本を読んで、今さらながら私も日本人の良さを再認識したのです。
だから逆に、現代の日本の国の在り方、人々の荒廃したような心の在り方、文明(特に科学技術的なこと)優先の頭でっかちな方向などに、やきもきするというか、当時の八雲に対して恥ずかしいような気持ちになったのです。

八雲と、日本人の妻セツの二人だけにしかわからないハーン特有の奇妙な日本語での会話、やり取りも載せられていましたが、実にいい!この夫婦の仲の良さを如実に表わしていて、“いい夫婦”になっていったのだな、と思いました。

ハーンの書いたものについては、私は後に編まれた全集のみしか読んでいませんが、細々と色々な作品、著述があることも知りました。
これらは、読んでいけばきっと、日本人が日本人として誇りを持って生きて行くうえでの一つの指針にさえなるのではないかと、読んでいて思いました。

ハーンの足跡を鉄道で辿りつつ、さらに当時の歴史的事実も明かしていく、面白い本でした。
あっという間に読み終えました。おすすめですよ。

2019/04/28

「大人のジャズタイム」の島崎保彦さんが亡くなった

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現在、2019年4月27日の午後11時をまわっています。
毎週聞いて楽しみにしているラジオ日本の番組「大人のジャズタイム」にチューニングを合わせ、聞き始めたら、冒頭、アシスタントのジャズ・ボーカリスト、紗理さんから涙声で、番組の司会者「島崎保彦」さんが亡くなられたとお話がありました。

ご高齢だった島崎さん、いつも元気で粋で、ちょっと“べらんめえ”な感じがとても素敵でしたが、ここ数回の放送では「いまひとつ声に調子がでない」というようなことをおっしゃっていて、気になっていました。

そして、亡くなられてしまった・・。

私の好きなジャズは、1950年代後半から1960年代前半くらいの、いわゆるモダン・ジャズの黄金時代ですが、でもこの島崎さんの番組で主に掛かるのは、1930年代から1940年代が主で、その中に時々1950年代が入り、1960年代やその後のジャズは本当に珍しいくらいの頻度でした。

で、私にモダン・ジャズ以前のジャズのダンス・ミュージック的なものや、情感溢れるもの、ボーカルの大切さ、さらに楽器の演奏の良さ、などなど、いろいろなことを教えてくれる番組でした。

近年では、島崎さんがアシスタントの紗理さんにアカペラでジャズ・ナンバーを歌わせたり、孫にあたるような世代の彼女を大切に育てている様子もうかがえました。

30年にもわたるラジオ日本の長寿番組だった「大人のジャズタイム」、最近では、私は、わざわざカセット・テープに録音して、何度も聞き返すのが楽しみになっていました。
一度カセットに録ると、これがまたヴィンテージなジャズが良く寝かせたワインのように芳醇な感じに聞こえるのです。
古い音楽には、古いメディアでの再生がしっくりとくるのでした。

それらカセット・テープは、今や私にとって「お宝」です。
これからも大切に聞いて行きたいと思います。

島崎さん、毎週の素晴らしく、そして楽しい放送ありがとうございました。
とてもいい番組でした。ご冥福をお祈りいたします。

2019/04/25

「生きるかなしみ/山田太一・編」を読みました

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『生きるかなしみ/山田太一・編(ちくま文庫)』を読みました。
これもブックオフで108円で手に入れたものですが、中身は濃かった。

ドラマライターである編者の山田太一さんにより、柳田国男・永井荷風・佐藤愛子・円地文子・五味康祐ら先人達が「人生のかなしみ」にふれ、真摯にそれと直面し、それぞれがそれぞれに人生の幅を感じさせながら生きて行く様子を編んだものでした。

生半可な気持ちでは読めない、厳しい内容のものが次々と出てきて、読んでいる私も身の引き締まる思いでした。

つい先日、私も病に倒れ、様々なことを考えました。
まさに病や老いは自分にとって急に悪魔のように襲い掛かってくるものだと実感することになりましたが、そんなことだけでなく、ほんの些細なことや、自分がさまざまな事物に対して愛するがゆえの「かなしさ」もあるのだな、と感じることもありました。

そして人は誰もが、心の底にいろいろな種類の「かなしみ」を抱きつつ生きているのだ、と、しみじみ感じたのでした。

石原吉郎氏の「望郷と海」を取り上げたところでは、ハルビンでソ連に抑留されシベリアに送られ、重労働二十五年の最高刑を受けたが、スターリン死去に伴う特赦により帰国、その後強制収容所体験を主題にした作品を刊行した氏の文に、あまりの「かなしみ」にいても立ってもいられない、そんな気持ちになりました。

水上勉さんの「親子の絆についての断想」では、幼き頃のあまりに貧困な家庭、家族の中での自分と親の関係ついて実にリアルな描写で書かれた文が取り上げられていました。
これも気絶するほどのインパクトがありました。
人がもつ「かなしみ」の苛烈さ、奥深さには衝撃を受けるだけでなく、何か不思議な力強ささえ感じました。
そんな過酷な中でも人は何か考え、何か光のようなものを見ている。
人間が生きて行くということの本質のようなものも垣間見えたような気もいたしました。

最終的には勇気づけられるような感覚になったこの本。
人生の岐路、あるいは思わず立ち止まってしまったような時に指針にもなるようなものだ、と感じました。

 

2019/04/23

「巴里の空の下 オムレツのにおいは流れる」を読んだ

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『巴里の空の下 オムレツのにおいは流れる/石井好子著(河出文庫)』を読みました。
1950年代の古きよきフランスでの石井さんの暮らし、そして思いでの料理の数々が綴られた、名著といわれた本の文庫化です。
第11回日本エッセイスト・クラブ賞受賞作です。

石井さんがパリで暮らし、歌手としていろいろな地域に赴き、その地での料理を味わったり、それら地元の料理を食べて自分なりに工夫して、ちょっとした料理を作ってしまうお話や、下宿先でのそのへんにあるものを使ってささっと作る料理の話、フランスでの友や、石井さんを日本から訪ねてくるお客さんのために作る料理など、ちょっとしたアイデアを生かした、豪華ではないが、なんだか食べてみたい料理のお話などが、これはもうおいしそうに書かれていました。

ポトフや、チーズ・フォンデュなど、今では珍しくない料理についても、当時の石井さんの説明で事細かに、そして実際に作った人でないと書けないその場面での様子が描かれていて、とても読んでいて楽しい!

また、材料についてもフランスにはあるが、日本では手に入らないようなもの(初めて聞くような野菜など)についても、「これを代わりに使うとよい」などとアドバイス的なことも書かれていて、作ってみたくなっちゃうんですよねぇ(*^_^*)

よく出てくるのは、バター(石井さんは“バタ”と言う)と、トマトとチーズと、玉葱などでしょうか。
身近な材料で、石井さんが手際よく作る料理、目に浮かぶように描かれていました。
時が流れても「名著」いと言われる由縁です。

そして、石井さんが過した巴里を中心とするフランスの空気まで感じられて、料理と共に紀行的な文を存分に楽しめました。

心が優雅に、ゆったりとするような本でした。

2019/04/22

宝塚歌劇・花組「CASANOVA」を東京で見た

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宝塚歌劇・花組東京公演「CASANOVA」を既に見ていたのですが、私が体調をくずし、倒れてしまったため、その後感想をアップすることができませんでした。
少しずつ身体も回復しつつありますので、そのときに取ってあった感想メモをアップいたします。

明日海りお(あすみ・りお)さんが主演する花組の公演はやはり素晴らしいものでした。

物語の舞台は18世紀のヴェネツィア。
ロココ文化華やかなヨーロッパ諸国を跳梁した稀代のプレイボーイ、ジャコモ・カサノヴァが主人公です。もちろん明日海さんがそのプレイボーイ。・・光源氏といい、この役といい、明日海さんにはもってこいの役です(*^_^*)

詩人、作家、聖職者、詐欺師、錬金術師、などなどあやしい感じの様々な貌(かお)を持つカサノヴァ。
でも、明日海さんが演じると、とても爽やかで素敵な人物像になってしまうし、やがて修道院で行儀見習いを終え、ヴェネツィア総督の姪として登場するベアトリーチェ(仙名彩世/せんな・あやせ さん)と、恋をして、数々の女性と浮き名を流したはずのカサノヴァが妙に“うぶ”に見えるような演技も、さすが明日海さん、という感じ。

さらに仙名さんとの出会いの場面での、お二人の思わず笑ってしまうようなコミカルな様子は、明日海さん、仙名さんという熟練トップコンビならではの余裕ある演技だったと思いました。

 

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舞台は壮大で、衣裳も絢爛、楽曲も「太陽王」や「1789」「アーサー王伝説」を手掛けたドーヴ・アチア氏書き下ろしの素晴らしいもので、花組が圧倒的な演技と歌唱力で見事な舞台を繰り広げていました。
間違いなく誰もが宝塚歌劇を楽しめる優雅で豪華、しかも楽しい作品になっていました。

柚香光(ゆずか・れい)さん、花野じゅりあ(はなの・じゅりあ)さん、瀬戸かずや(せと・かずや)さん、鳳月杏(ほうづき・あん)さん・・(※今回は女性役でしたが、悪役かつ女性の脆さや、優しさまでも見せてくれ大役にまで持っていったのはさすが!!)、ら主要登場人物の配役もうまく、それぞれが、それぞれに持ち味を十分発揮していました。
何と言っても花組は層が厚い!

一本ものの演目だったので、ショーはオマケ的についていましたが、そのショーも花組らしい匂い立つような色気を感じる、しかもぐいぐい迫ってくるような迫力もあり、大満足なものでした。

この公演については、まだ見る機会があるので、その際にはまた感想を書きますね。
花組東京公演、素晴らしいです。

2019/04/21

「間違いだらけの文章教室/高橋源一郎」を読んだ

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ブログ復帰第二弾!・・も、読後感です。家にいても本なら読める!(*゚▽゚)ノ

『間違いだらけの文章教室/高橋源一郎著(朝日文庫)』を読みました。
文章教室と言うからには、例題のようなものが掲げられたり、または、ここに「〇〇〇」とある部分に適当な言葉を当てはめよ、みたいな感じなのかと思ったら、まったく違いました。

文章ではないもの(殆ど文盲だった老人が文字を習って書いた遺書や、あのスティーブ・ジョブズが大学の卒業式で語ったスピーチ、労働者の日記など)が多く提示された上で、それを読者がどう感じるか、というような切り口の本でした。

もちろん、文筆家の文章も例示されてはいましたが、基本的にはこの本の著者がそこから何を感じ取って、また、この本の読者がそれら例示されたものを実際に読んで、何を感じるのか(それが一番大事なことだと、何度も書かれていた)、ということが文章を書くという行為のためには重要であるということとして強く印象づけられました。

私も実際にブログを何年も書いていて、上記のようなことが時としておろそかになっていたのではないか、と反省することにもなりました。

高いところから“もの申す”的な文章になってはいまいか?あるいは大きなことを語ろうとして本来伝えたかったことが語られず、誰も共感できない大所高所から自分も実は思っていないようなことを書いてはいまいか?・・などなど、ものを書く原点に戻って考え直すこととなりました。

ただ、理屈っぽい人がこれを読むと、きっと、「些細な事にこだわって、“立派”な文章を書くには役に立たない」などと思ってしまうのだろうと推察いたしました。立派な文章なんていらないんですけどね(^_^;)

「伝えたいことをシンプルな言葉・文章で伝える」そのヒントがいくつもこの本のあちこちに散りばめられていました。

ものを書くということが、どういうことか、ということについてもあらためて考え直すきっかけにもなる内容でした。

ものを書くのが好きな人には読んで価値ある本だと思いました。

2019/04/20

「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」を読んだ。

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病気療養中の私です…σ(^_^;)
家でくさっていても仕方ないので、ブログ再開いたします。
その方が元気が出そう!d(^_^o)
んじゃ、いつもどおり始めます。

『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?/中島恵著(中古新書ラクレ)』を読みました。これまたブックオフで108円ですd(^_^o)

タイトルからいきなり興味深いのですが、でもこれは読者を引きつけるための“フック”なのだと思いました。
著者の書きたいことはもっともっと奥深く、現実的で、そして中国人も日本人も互いに考えの及ばないこと。

せっかくだからタイトルにある日本のトイレに魅力を感じる中国の方についても少し・・。
どうやら中国では最高のホテルなどでないと、満足に排水できなかったり、様々なトイレのトラブルがあるのも事実なようで、よほどの高級ホテルにでも泊まらないと、トイレで快適な思いは出来ないようです。
で、家庭のトイレ状況もあまり良くないみたい。
それに比べれば、日本のトイレのホテルから家庭に至るまでの“至れり尽くせり”なトイレはやはり魅力的でしょう。
トイレを買って帰る中国の方も多いやに聞きます。

と、前振りしておいて。

著者が一番言いたかった事って、中国は現在の政治的体制、経済体制の上に様々な公共のシステムが成り立っているわけですが、それは一般民衆のために利便を尽くして考えられたものではなくて、だからそのシステムに乗っかったままでいると自分にとって不便が生じるから“我先に”みたいな行動に出たり、あるいは現状のシステムによる不具合を諦めてしまったりしているだけで、現在の日本にやって来れば、そのシステムに乗って、日本人と変わらぬ行動をすることがほとんどだということ。

逆に、日本人が中国で上記のようなシステムを不便だと感じたり、憤りを感じたりするのは、そして中国人とはそんな気質の民族なのだと感じてしまうことも、あくまでシステム上の問題が起因しているので、日本人も中国人も実際に現地での経験が無い人が殆どなので、互いに理解が及ばない部分が多いのではないか、ということ。

また、中国の複雑な戸籍取得についても書かれていましたが、それによってどうしても夫婦共にがんがん働かないと生活自体が、家族が成り立たないような事情があること、また子育ては多くが祖父母が行っている理由、さらに祖父母までを含めた中国の家族関係についても詳しく書かれていて、初めて知ることばかりでした。
その内容については、ここでは割愛しますが、この本は実にわかりやすく書かれていました。

さらに、日本で現在、日本の良さや、職人の仕事の良さなどを紹介する番組が目立つようになりましたが、それは逆に言うと、誇れるものがどんどん無くなっていく日本の自信喪失について元気づけるようなものではないか、と著者は書いています。

日本人の優しさや、思いやりみたいなものも稀薄になっているからこその“おもてなし”クローズアップなのではないか、などとも考えられます。
つまり日本人自体も良いものを失いつつあり、衰退しているのではないか、と。

私個人の考えとしては、「経済右肩上がり」みたいなことばかり言っていないで、もっとコンパクトで、日本人らしい本来の良さを大切にした国、経済、国民になっていくのが、未来への道なんじゃないかと・・思うのです。

と、こんなことをなどを考えさせてくれる本でした。
面白い本でした。

 

2019/04/18

今回のことをもう一度振り返ってみた

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前回のこのブログで、先週、私が突然下血し、倒れたことを書きました。
それ以降、いろいろなことを思い、また多くの方から声をかけていただきました。

滅多に無いと言っては何ですが、こんな体験は一生のうち何回もあることではありませんので、もう一度振り返ってみたいと思いました。
記憶に残っているままに書きます。

あの倒れた日は、朝からたしかに具合が悪かった。
職場に着いて、最初に会った同僚の女性に「体調がいまいち」だと自分が言っていたことを思い出しました。

その前週が新しい職場での仕事始めでした。
きつかった・・。体力的にも精神的にも。

そして、もう翌週には自宅で下血して倒れた。
帰宅し、最初は家の階段も上れなくなっている自分に気づき、やがて立っていることさえしんどくなってきて、トイレに行って大量出血。
胃から降りてきた血というものは“真っ黒”で、自分でも驚き、止らない下血にえも言われぬ“恐怖”を感じました。
悪魔に魅入られたような、逃げ出すことができない恐怖。

心の中では、今まで潜伏していた大きな病気が今突然姿を現したのではないか、もう取り返しのつかない病状になっているのではないか、と絶望感が拡がりました。
何せ、その時点では歩くことも出来ないし、這って個室から出ることくらいしか出来なかった。

「もう何もいらない、大好きな音楽も、本も、演劇も、何もかも」・・と、人間って切羽詰まると思うものなのですね。だって、ひょっとしたら明日くらいには死んでいるのかもしれないと思ってしまったのですから。

でも、人の顔はどんどん浮かんできました。
これは自分でも意外でしたが、家族や、私と関わってくれた人たちの顔が次々と頭に浮かんできたのです。浮かんでくるたびに「ありがとう、今までありがとう」と本気で心の中で叫びました。そんなふうになるのですね、経験しなければわからなかった。

前回のブログでも書きましたが、翌日家を妻と出て、病院に向かうときに庭の景色を見ると、今まで感じたことの無い感覚で、庭の草花がキラキラと輝き、あまりにも美しく見えることに感動しました。
もう自分では“ヤバい”状態なのに、雲の上を歩いているような軽い感覚も感じました。

病院での検査、治療を終え、「死んじゃうんじゃないか」という…σ(^_^;)私の取り越し苦労は一蹴され、回復に向かい始め、そして前回のブログでの報告に繋がります。

ブログ、フェイスブックにアップしてからは、皆さんからたいへん温かい言葉をいただきました。
これはほんとうにうれしかった。
そして勇気づけられました。SNSの良さはこういうところにある、と実感いたしました。
何十年も前なら、ごく親しい人にだけ、手紙などで、「実は私、一ヶ月前に倒れまして」などと報告するくらいだったでしょう。

悪いことばかり書かれるSNSですが、私が今でも続けている理由はこんなところなんだったのだ、とあらためて感じました。

と言うわけで、私、順調に回復しつつあります。
たくさんのやさしくも温かいお言葉、皆さんありがとうございました。
このことは絶対に忘れません。

回復したら、また楽しいブログ、再開いたします。
近々だと思います(*゚▽゚)ノ

2019/04/12

突然起こったこと

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10日の水曜日にそれは始まり、起こりました。
いきなり尾籠な話で恐縮ですが、朝、トイレに行って一瞬錯覚かと思いましたが、便の一部が真っ黒だったような気がした。

不安な要素を残しながら出勤。

4月1日からの新しい職場は滅茶滅茶忙しく、ひと息つく間も全く無い強烈な環境でした。
休憩時間もやっと取れるような状態。
覚えることや、初めてのことで理解できないことも多く、はっきり言うとフラストレーションの塊のような感覚が体中に拡がり、それでもなるべくニコニコして日々仕事を一週間やり通し、今週に。
でも丸々一週間、激しい腹痛が常に自分を襲っていた。ストレスも限界な感じ。

10日は休みが三人出て、忙しさがさらに加速。
どうにかこうにかやっていたのですが、便意をもよおし、用を足すと・・。
コールタールのような真っ黒いものが。
しかも二回も。

なんとか仕事を終え、胃痛によるものかどうか、もう気は動転して思考能力も無くなる中、薬局で気休めに胃痛の薬を買うが、頭の中は真っ白に。

帰宅し、家人には何も告げず(そのときに妻も長女も私の表情の異変には気づいていたとのこと)、夕食後、そろそろ寝る頃にまた便意。

そしてトイレに行ってからが大変なことに。
真っ黒いものが出て(血液が胃から出て下血するとこうなるんだそう)、さらにもう血液そのものが大量に出て来て意識が薄れていく。
倒れ込んで、既に二階で寝ている家人に携帯で「助けて」と。

それからは大変だったのですが、横になっていると何とかなっていたので、リビングに布団を敷き、妻に一緒に寝てもらい、朝を待って胃腸関係を見てもらってきた近くの胃腸科へ。

このとき、家を出るときには、ひょっとして帰って来れないかもしれないと内心思っていました。
そんな気持ちになると、庭の花々や、景色、家の猫、皆、きらきらと輝いて見えました。不思議なものです。こういう気持ちになるのですね。

医者に着き、先生に話をすると、大急ぎで様々な準備が始まり、レントゲンや胃カメラ、色々な検査を一気に進めてくれました。小さな医院だとこういうことが出来るから、昨夜救急車を呼ばなくてよかったと思いました。

妻も付き添ってくれましたが、結果は4月に入ってからの短期間の状況が身体に異変をもたらし、胃から大出血していたとのことでした。
点滴を打ち、止血剤も投入され、様々な薬もいただき、帰宅することが出来ました。

正直言うと、もう病状は深刻なところまで来ていて、それがたまたまここで出たのじゃないかと思っていて、このまま入院して家には帰れないだろうと・・そんなふうに勝手に考え(長女もそう思っていたとのこと)ていたので、帰宅できたのは夢のようでした。

お医者さん、薬局の方の言うとおりに薬を飲み、驚いたことにどんどん回復を実感しています。
きょう、医師に電話で他の検査結果を聞きましたが、貧血以外は良好。貧血も早くに止血剤を入れてもらったので、自然回復できるとのことでした。

静養につとめます。

だからしばらくはブログ、facebook、Instagramも更新はお休みします。

良くなったらまたお会いします。

2019/04/09

「懲りない男と反省しない女/渡辺淳一」を読んだ

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『懲りない男と反省しない女/渡辺淳一著(中公文庫)』を読みました。
2005年に中央公論社から刊行されたものの文庫本で、文庫化は2007年です。
またまた例によってブックオフで108円。

この本は、あの「失楽園」や「愛の流刑地」でおなじみの渡辺淳一先生が、わけありな女性二人との対談(問答?)を男女の問題に限って繰り広げるという、渡辺先生が完全に主導権を握っている様子がよくわかる(^_^;)形式で進められています。

渡辺先生、「男は浮気して当たり前」「結婚したら奥さんには飽きるからセックスレスなんて多くの夫婦がそうだ」「家に帰って妻からいろいろな話をされても困るし、一人でぼぉっとしていたい」・・などなど言いたい放題です。

女性側二人も黙っちゃあいませんが、悉く論破され、男っていうものは、結局常に新鮮な感覚でセックスできる女性を追い求めているという“理不尽”な渡辺説に“呆れかえり”“諦め”にも似た様子を対談相手の女性二人が見せ始めます。

ちょっと古い時期の本だから、ここまであからさまに渡辺先生はおっしゃっているが、でも、今や先生のおっしゃるような男ばかりではない世の中になってきつつあるんじゃないか、などとも読んでいて思いました。

男は仕事だけが、そしてその仕事上で得た地位や権力が自分を表現できる唯一のものだから、出世のためには、どんな卑怯で姑息な手段もいとわない、そしてそれが男の人生そのものである・・というようなことをおっしゃっています。

今の私には、上記のような思いは、『ゼロ』となっております。
長いこと生きてきて、仕事も様々なものをやってきて、自分にとって大切なものはまったく別のところにあるのだ、と、気づいているのが、今の私です。

男は、仕事上の戦いは、かつての武士の合戦のようなものであり、ライバルなどには、生物として殺すことはありませんが、仕事上の世界では抹殺しようとする人が大勢います。
二度と浮かび上がれないようにとどめをさしている人を何人も見かけました。
そうした争いをしている人、・・ご苦労様です。

もう、あなたはまっとうな人からはリタイアした後、誰にも相手にされないのですよ。
よかったね、一生掛けて誰にも相手にされないようなひどい人になれました。

と・・話がずれましたが、渡辺先生のお言葉は、ある意味世の中の真実を突いています。
そんなものだ、とも別の側面から私も思いました。

長い男女の歴史から得られた、男女相互が永遠に理解できない世界観について、明快に書かれた本だということは確かでした。

2019/04/07

映画「リヴァプール、最後の恋」を見ました。

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映画『リヴァプール、最後の恋(Film Stars Don't Die in Liverpool)/2017年 イギリス 監督:ポール・マクギガン 原作者:ピーター・ターナー 脚本:マット・グリーンハルシュ 出演:アネット・ベニング(グロリア・グレアム)、ジェイミー・ベル(ピーター・ターナー)』を見ました。

ピーター・ターナーが1987年に発表した同名の回顧録を映画化したものだそうです。

『悪人と美女』(1952)でオスカー助演女優賞に輝いた往年の大女優グロリア・グレアム(1923-1981)の奔放な人生の終末を映画化していて、若手舞台俳優のピーター(ジェイミー・ベル)との最後の恋が激しく、そして哀しく、リヴァプールを舞台に描かれていました。

往年のオスカー女優であるグロリア・グレアム(アネット・ベニング)の最後の恋の相手は、若手舞台俳優で50代と20代という年齢差がありますが、かつての美人度をむんむんとさせ、しかも可愛らしさも感じさせる主人公の女優の恋愛は、この映画を見ただけでも“恋愛”の[深さ]を感じさせます。

病に倒れ、最晩年を若手舞台俳優の実家リヴァプールで過すグロリア・グレアムですが、その舞台俳優の両親もかつてのグロリア・グレアムの熱心なファンで、温かく見守るのです。

二人が好き合ったところなどはアメリカでの派手なシーンや、溌剌とした様子が描かれているだけに、リヴァプールでの病床シーンは余計に哀しくなります。

 

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実物のグレアムのオスカー受賞時のフィルムなども流れますが、それがまた悲しみを深くしました。

女にとって人生の中での恋愛が占める比率の高さ、大事さ、男にとってどんな女性が生涯を掛けるほどの大切な人になるのか、など・・考えさせられことが多く、しみじみとしてしまいました。

結局、恋愛って、女にも男にも、ものすごく重要だ・・って、当たり前だけどふだんあまり考えないことがクローズアップされて、私も様々な想いに駆られました。

・・大人の映画だね。

2019/04/06

新年度が始まって一週間

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新年度が始まって一週間が経ちました。
職場も仕事も新しくなり、ふだん使わない部分の“脳”を使い、身体もなんだかギクシャクしてきて新入社員のような気分でした。
疲れたねぇ・・(*^_^*)・・緊張感もただ事じゃなかった。
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ということで、本日はお休みの土曜日。
お天気も良いので庭に出て、草花などを見ながら少しほっこりとした気分に浸りました。
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草花も今年の新人のごとく次々と咲き始め、“仲間”のような“同士”のような親しい関係になったみたいです(^_^;)

今日、明日とゆっくり休んで来週にそなえます。

 

【Now Playing】 Walkin' / Miles Davis ( Jazz )

 

 

 

2019/04/03

「うれしい悲鳴をあげてくれ/いしわたり淳治」を読んだ

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『うれしい悲鳴をあげてくれ/いしわたり淳治著(ちくま文庫)』を読みました。
例によってブックオフで108円ですd(^_^o)

著者は、もとはロックバンドをやっていたり、作詞家であったり、音楽プロデューサーもされている方だそうです。

立ち読みしていたときには、表現も今まで私が好んで読んできた文章・文体と異なり、新鮮な感じがしました。
ちょっと驚きの展開があったり、一瞬目から鱗が落ちるような感覚になったりもしました。

でも、読んでいくうちに360頁もある本なのですが、120~130頁頃には飽きてしまいました。
もう先に読み進んで行くことにあまり意味が無いんじゃないか、とも思い始め、完読を断念いたしました。
着いて行けなくなりました。

笑いや、ちょっとした恐怖、センス・オブ・ワンダーみたいなものを感じはしたものの、私の感覚には合わなかったようです。

年代も私と違うし、そのあっさりとした感じにやや違和感も持ちました。
少し“寝かせて”おいてからまた読むかもしれません。
とりあえずの読後感でした。

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