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2019/07/17

永井義男氏の「春画でたどる東海道五十三次」を読んだ。

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『春画でたどる東海道五十三次 -江戸の宿場の「性」模様-/永井義男著(河出新書)』という本を読みました。
著者は作家で江戸風俗研究家、「算学奇人伝」で開高健賞を受賞し、「幕末一撃必殺隊」「下級武士の日記でみる江戸の性と食」など著書多数です。

この本は、東海道五十三次の当時の旅のもうひとつの側面にふれるもの。
江戸時代は吉原などの遊郭の遊女は公許(公認)で、しかも宿場にいる飯盛女(めしもりおんな)と呼ばれる遊女も公許だったわけで、当時の社会背景ににそういうことがあったことを念頭に読まなければなりません。

五十三次それぞれの宿場は、こんな様子で飯盛女が堂々旅籠の表で見えるように化粧をしたり、お客を誘うように存在していた、とか、それを目当てに入る旅人も、昼日中堂々とそこを出てくる人達も全然悪びれるでもなく日常のことのように出入りしていた、と書かれています。

長崎のオランダ商館に医師として着任したシーボルトは、江戸参府に同行した際に、品川宿を通過。駕籠の中から旅籠屋を娼家と見なし、そこから白昼それなりの身分と見受けられる男が珈琲店から出てくるように平気で出てくるのを見て驚愕していて、そんな様子も書かれていました。

当時の文化では、男が遊女と遊ぶのはべつに罪でも恥でもなく平気だったということです。

この本は、そんな当時の様子を春画と共にあれやこれやと紹介しています。

多くは遊女や飯盛女との秘め事が描かれているのですが、男女の“ご愉快”は、それにとどまらず、旅籠で仕事をしている普通の女性、村で畑仕事をしている女性まで“おたのしみ”中・・しかも旅人の男だけでなく、女性の方もそれなりにたのしんでいる様子が描かれています。
つまり、当時の日本人って、とてもおおらかというか、性は解放されっぱなしみたいな状態です。
これが、芸能人が不倫したと目をつり上げている同じ日本人だとは思えない。
自分とは関係ない他人の芸能人の不倫にまで激怒している人は、まさに新人類的であるな、と私は感じました。

旅籠の部屋の仕切りは襖や屏風のようなものだけだったりして、読んでいると平気で隣室の男は夜這いをかけます・・あらかじめ声をかけて互いに目配せ、予告編のようにしている二人もいた・・。

なんというか、堅物というか、生真面目というか、現代のギスギスした男女関係の中にある多くの日本人には想像を絶する世界が繰り広げられていましたが、はっきり言って私は“江戸派”(^_^;)好きになるのに理由はないし、興味を持つのにも理由はない。
自分の思いのたけ、プッシュするのが本来の日本人なのではなかろうか!と放言しつつ今回は終了。

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