フォト

わたしのいきつけ

無料ブログはココログ

« 2019年8月 | トップページ | 2019年10月 »

2019/09/30

「不明解日本語辞典」を読んだ。

20190930_takahashi_hidemine001

『不明解日本語辞典/髙橋秀実著(新潮文庫)』という本に手をつけました。
ブックオフにて購入したのですが、手をつけてはみたものの・・という感じになってしまいました。

見出しの32語を見ただけでおもしろそうと思ったのです。

例えば、

〇えー

〇っていうか

〇リスク

〇普通

〇秘密

〇つまらない

などなど、どんな感じで攻めていくのか、と興味津々で本をバッグに入れて楽しみに帰ってきたのです。

でも、【いま】の項目では、「いま」とは一体、いつのことなのだろうか?

と、国語辞典を調べ、過去と未来との境になる時。ただいま。この瞬間。現代。今の時代。今日(今日)。新しいこと。また、そのもの。ごく近い過去に関して用い、互いに経験や知識で知っているものをさしていう。

・・と、考察が始まった時点でもう先を急ぐ私には興味が無くなってしまったのでした。

だいたい上記のような意味のことは既に説明いただかなくとも分かっているし、その後の展開も妙に細部にこだわり、面倒くさい。
その見出しの中盤から終盤にかけてはもうどうでもよくなってしまい、半分くらいまで読んでから投げ出してしまいました。

この著者同様な言葉へのこだわり方をする人には面白いのだろうと思いますが、どうも私には合わない本でした。
ということで、ざっと読んでお終い。
次の本にとりかかります。

2019/09/29

「天ぷらにソースをかけますか?」を読んだ。

20190929_nose_yasunobu001

『天ぷらにソースをかけますか? -ニッポン食文化の境界線-/野瀬泰申著(新潮文庫)』を読みました。
どんな本か、っていうと、タイトルどおりです(^_^;)

とにかくネット上に著者が疑問に思っている食文化の境界線について投票をつのり、ついでに各地の人から様々なご意見も聞いてしまおうというものなのです。

表題の天ぷらにソース問題についてもはっきりと結果が出て、日本列島が真っ二つです。東と西に。ソースは主にウスターソースで、関西はソースかける派が圧倒です。

関東では、「ぜんざい」というと、なぜか小豆のつぶつぶのみで汁のないものを甘味処では品書きに載せたり、お汁粉でもつぶづぶが入った汁粉を“田舎汁粉”などと読んだりしているところもあり、京都の方々から言うと、「馬鹿者っ!つぶも入って汁があるものがほんとうの「ぜんざい」であり、東京の田舎者の発言、片腹痛いわ!!」と大激怒( ̄O ̄;)

また、地方によっては、メロンパンとサンライズというメロンパンのジャンルに入るパンがあることを初めて知ったり、関西では「肉」といえば“牛”のことを言い、「豚」なんて魚と一緒(^^;)などという嘲笑を浴びたり、・・ほんと面白い本でした。

冷やし中華にマヨネーズが入っているものがあるというのも、私、初めて知りました。
これも県ごとに特色があり、驚きました。
それにいわゆる「冷やし中華」が「冷麺」と呼ばれていて、韓国風な冷麺も「冷麺」と呼称したりする地域もあり、興味は尽きない。

カレーライスについてくる玉子は、「生卵」か「茹で玉子」か、はたまた間をとって「半熟玉子」なんて地域もあるd(^_^o)

ふだんはあまり意識していなかったけれど、いざ調べてみると面白いのですよね。

上記の比較内容はざっと書いてあるので、実はこの本に書いてある内容はずっと深く考察されています。
また、ネット上に自分の地域ではこうだ、と投票してきた人達の幼少期からの食の体験談も超おもしろエピソード満載でした(゚ー゚*)。oO

おもしろいから読んでみて!(*^_^*)「そんな食べ方聞いたことないぞ」とムキになる人達の本気度もすごいですよ。

2019/09/28

「第10回 南隆一の洋画とその仲間による写真合同展」に行って来ました。

20190928_letters02

匝瑳(そうさ)市 八日市場公民館で開かれている表題の合同展に行って来ました。
いつもの私の中学時代の担任の先生の作品が展示されているものです。そして先生のお仲間達の写真も。

先生の作品が展示されているところに、いつものように先生からの文が置かれていて、今回はそれを読んで感じたことをちょっと書きます。

先生の絵画やオブジェなどと、先生と同級のお友達の力作写真の展示をしているこの展覧会。年を重ねて10年目とのこと。
約一週間の展示で、この大きな公民館を借り、きょうも100人は来場しているとのこと。
なかなか続けられることではありません。
それに、仲間と言えど、よほどうまい人間関係を築き上げていないと、こんな長い年に渡っての展示は難しいと思いました。
たいしたものです。

 

20190928_letters01

先生の作品は案内の葉書では、「洋画」と書かれていましたが、実際の先生の「合同展ひとり言」という文にあるように、アクリル絵の具を中心にイメージ中心の抽象表現の作品が多く、さらに造形、オブジェなどと作品の世界はどんどん拡がっています。

また、廃材を使ったオブジェなどは先生独特の“ワールド”が繰り広げられています。

先生は、「あそび感覚から生まれるところで表現とは何か、これはおもしろい、楽しそうだから、から始まって絵画から造形に拡がって、今やりたいことにつながっていく。」と書かれています。

表現する人の感性や技術、その人の中に生まれるエネルギーが大事なのだと感じつつ、「いつも今がスタート、まあこれでもいいかと右に左に空間移動中であります。」と、若い人顔負けな作品との対峙を感じました。

今回も、先生と皆さんのいい関係、空気を感じつつ作品を楽しんでまいりました。

次は年末の横芝光町のギャラリー「笑虎」での展示がまた楽しみになってきました。
先生から、今回は私の中学時代の同級生の女性も加わりコラボ展示になるとの話を聞きました。
彼女は中学時代から異彩を放っていた“芸術家”でした。
高校も一緒だったのですが、久しぶりに再会できそうです。
先生を訪ねると、いろいろな人との関係も拡がっていきます。それもまた楽しみです。

「笑虎」での展示については、12月にまたご紹介いたします。

 

 

 

2019/09/23

「寂庵説法/瀬戸内寂聴」を読みました。

20190923_setouchi_jakucho001

『寂庵説法/瀬戸内寂聴著(講談社文庫)』を読みました。またまたブックオフにて購入。

表紙の写真からもわかるようにけっこう古い本です。
昭和60年に刊行されたものを文庫化したものです。だから、寂聴さんも60代。

瀬戸内さんが色々なことを経た後に、売れっ子作家となり、その後出家したところあたりから始まっています。

この本の中で、寂聴さんは様々な人から修行を始めたばかりなのにいろいろなことを聞かれます、相談されます。
それに真剣に答える寂聴さん。

「どうせ死んでしまうのに、なぜ人は生きなければならないの」とか、「幸せとはなんですか」とか、「夫に先立たれ、その悲しみから立ち直れません」、などなど。
寂聴さんもその場ではなかなか答えることはできません。

この本は、寂聴さんの考え方と共に読んでいるこちらも考えなければならないような書きぶりになっています。
そりゃそうです。
答えなんてあるのでしょうか。
答えを見つけようとして考えて、考えて、考え抜く。
そして、我が身に降りかかる苦しいこと、辛いことを受け容れて、その中から何かを見つけ出す。
そんな感じでしょうか。

この時にはまだ若い寂聴さんの心の中での葛藤のようなものが書かれていますが、やがて答えらしきものがうっすらとですが見えてきます。
これは私のような人間にも物事の考え方のヒントになりました。

お釈迦様の説かれた教えの中に、人間がこの世で受けなければならない四苦を示されているそうです。
それが「生、老、病、死」です。

特に私は今年に入ってから「病気」になり、「死」を意識する瞬間がありました。
今も体調が悪くなると真っ先に「死」を意識します。
こんなことは今までにはあまり経験したことがありませんでした。

先々週あたりから、また体調が思わしくなく、一進一退です。
だから、まだ若かった寂聴さんが悩みながら「人の生きる意味」を考えていくこの本は、とてもありがたい。

私としては、自分の身に降りかかることをそのまま自然に受け容れ、人生そのものを自分の身体全体で感じ、生きて行こうとしているところです。
生きることはむずかしい。

2019/09/22

「とりつくしま/東直子」を読んだ。

20190922_higashi_naoko001

『とりつくしま/東直子著(ちくま文庫)』という本を読みました。
著者の、歌人で作家の東さんを、存知上げませんで、初めて作品にふれます。

タイトルにもなっている「とりつくしま」というのは、この短編小説集の中では、死んだばかりの人が“とりつくしま係”の人から声を掛けられ、「死後は何か“モノ”に対して“とりついて”よいと言われ、死んだ人自ら“とりつくしま”を決めることになるということになっております(^_^;)

そういう約束だからそういうものだと思って読むことから入らなければなりません。

夫婦で妻が先立ち、夫が大事にしていたマグカップにとりついて、自分の死後の夫の生活を見ている妻。
時が過ぎ、ついに女性が現われ、結婚間近みたいなところまでいくが、亡くなった妻はマグカップから二人の景色を見ていてどうにもその女が気に入らない。
さて、その後は。

とか、

憧れていた書道の先生の弟子になり、住み込みで手伝いをするまでになった生徒の女性が結局先に死んでしまうことに。
先生に自分がプレゼントした白檀の扇子に“とりついた”美しい女性が、先生とその奥様が縁側で自分を回顧してくれる様子を見るという・・不思議な世界も。

10話+番外篇1話の構成でしたが、どの話も静かに心の底に落ちてくるような物語ばかりでした。

自分が同じ立場になって“とりつくしま”を選ぶとしたら・・。
樹木などは生き物として扱われ、とりつけないということなので、あくまでモノの中から選ばなくてはなりませんが、何を選ぶだろう・・。

玄関のドアノブでしょうか。
毎日、家族がどんな顔で出掛け、どんな顔で帰ってくるのか、そんな様子を見届けたい・・のかもしれません。

特に今年度に入り、体調が思わしくない状況が続いているので、しんみりとして読んでしまいました。

2019/09/21

能町みね子さんの「うっかり鉄道」を読んだ。

20190921_mineko_noumachi001

ちょっと体調をくずし、既に読んでいたのにアップが遅れました。
体調は徐々に戻りつつあるのですが。

『うっかり鉄道/能町みね子著(幻冬舎文庫)』を読みました。
能町さんのお話をよく土曜日のTBSラジオで聞くのですが、いつも“攻め処”が一般人とちがって鋭く、面白い!

この「うっかり鉄道」も単なる“鉄ちゃん”的な視点で鉄道に乗ったり、駅や周辺を散策したりしているものではありませんでした。

その、能町さん、高校生の頃、平成8年8月8日に「八」のつく駅を8箇所巡ろうと思い立ち、八日市場、八街、八幡宿、本八幡、新八柱、八丁堀、八丁畷、八王子で切符を買ったりしています。しかも最初の駅の八丁堀では時刻が「08:08:」と印字された切符を券売機の前でタイミングを計り買っております(^_^;)
すでに高校生から“特異”な感性を持っていたようです。

基本的に能町さんは“ひなびた”というか駅の看板が錆びて見えないくらいのくたびれ方をした駅舎や、その周辺の商店街(これもボロボロな感じ)や住宅にも興味を持っています。
そして駅周辺にある、ちょっと「レトロ」とは異なるのんびりとしたカフェ(喫茶店)にも興味津々です。
だからよくいる“鉄ちゃん”とは方向性が異なっているみたい。

ものすごい廃線寸前のローカル駅にも行くのですが、メジャーなところでは「江ノ電」も。
江ノ電は、能町さん的にはメジャー過ぎると遠慮気味でしたが、あの住宅の中をぬっていくような独特の鉄道、そして沿線に建つ家々は「玄関を出ると踏切」ということろも多く、能町さんの心を捉えたようです。

能町さんのイラストと編集のイノキンさんとの珍道中ぶりが単なる“鉄ちゃん”本ではないものを感じさせ、楽しく読めました。

能町さんの本は読んでいるようであまり読んでいなかったので、これからはアンテナ張っておこうと思います。

 

2019/09/19

みうらじゅんさんの「ムカエマの世界」を読んだ。

20190919_miura_jun01

『ムカエマの世界/みうらじゅん著(角川文庫)』を読みました。
これはねぇ、あのみうらじゅんさんが、“ムカムカするほどムシが良すぎる”願い事をあちこちの神社を訪ねて『絵馬』の中から見つけ、一刀両断にする・・という本であります。

たとえばね、

「かわいい彼女が欲しいです。 別にどんな女でもいいっス」
・・・“いいっす”はないだろう、神様にその“タメ口”は何だっ!
と怒るみうらさん(^^;)

「武道館でライブがやりたい! 今年こそバンドが組めますよーに!!」
・・・まずバンド組んでから考えろっ!
ってな具合d(^_^o)

「イエーッ!神様よろしく頼んだぜっ!!」
・・・何をよろしく頼むのか忘れてしまっている。
(*^_^*)

「福山雅治さんと結婚できますように! それがダメなら平井堅さんでいいです。」
・・・いったいこの女はどんな面して書いてんだ?!
(^_^;)

いやはや、可笑しい本でした。

実は私も神社にいくと、絵馬を見るのがたのしみなのです。

この人は何でそんなに“高望み”ができるのか。
なぜ神様に命令しているのか。
自分の幸せだけ願って、少しは謙虚になれないのか。
なぜ学問の神様のところに来て“夫婦和合”の願いをするのか。
どうして自分勝手なのか!
・・などなど(*^^*)きょうはどんなヤツがどんなこと書いてんのか、とずうっと見ているのでありました。家族はそんな私を不審な目で見ている…σ(^_^;)

みうらじゅんさん、“マイブーム”といい、“ゆるキャラ”といい、ディランブームといい、仏像鑑賞といい、おもしろいものを見つける天才だと思います。
今回の本もたいへんおもしろかった(゚ー゚*)。oO

いつもみうらさんの動きは見逃せないです!

 

2019/09/17

横尾忠則さんの「病の神様」を読んだ。

20190916_yokoo_tadanori001

『病の神様 -横尾忠則の超・病気克服術-/横尾忠則著(文春文庫)』という本を読みました。

初出が2005年から2006年頃のものをまとめたもので、ちょっと古いものですが、立ち読みしたら面白かったのでブックオフにて購入。

これは横尾さんが病気とどう付き合っていくか、そして常に死を意識している横尾さんは、死んでから後の世界もあるという考え方で、いったん重い病気になるとものすごく弱気になり、取り乱し、気持ちが落ちてきて病状は一気に悪化する、でもふとしたきっかけで、なぜかさっきまでの死にそうな状態がウソのように回復してしまう・・でもって、急に余裕たっぷりの考え方になり、さっきまでの苦しみと、取り乱し切っていた自分のことを楽しそうに語ったりする。
「死んでもその後の世界があるから自分は大丈夫」みたいなことを言う。

でも、病状が悪化の坂道を転げ落ちるような時には藁にもすがり、たいした効果のない治療をした先生には悪し様にモノを言い、“そんなことで治るの?”みたいな治療をした先生でも、効果らしきものが出ると、その先生にべったりと頼り切る態度に出る。

子供みたいです(^^;)

入院してひどい症状のときにはいろいろな検査をいやがり、そんな検査はまっぴらごめんだ・・という我儘なことを言うが、いざ検査をしてみると、痛いだの乱暴だの、こんな検査をなぜしなければならないのだ、とその場では言っていても、検査が終わり、病状が良くなってくると、読者に対し、「やはりやってみた方がいい」なんて無責任に勧める( ̄O ̄;)

さらに入院自体を楽しむようにもなってきて、「まるでホテルのスウィートにいるようだ」なんてすっかりリラックス・・病室で100号の絵を描いたりもしている(*^_^*)

実は私も人生のうちで入院していた時間はたぶん通算すると2年間くらいある。
そして、倒れて担ぎ込まれたときには、もうこの世の終わりかと取り乱す…σ(^_^;)
先生のひと言に心配が急加速して「来週の今頃は墓の下にいるのか」などと“早とちり”をしたりもします。

手術も何度も経験し、幽体離脱するほどの危機的状況にも遭遇しました。

さまざまな経験も思い返すと死にそうになったのに“良い思い出”みたいになって心に残っていたりするのも横尾さんに似ているような気がしないでもない。

常に病気と付き合い、隣り合わせの人生を送っている人の生き方って似かよってくるのかもしれません。

今現在の私も微妙な状態。

長く病気と付き合っていきましょう。

 

2019/09/16

仏映画「今さら言えない小さな秘密」を見てきました。

20190914_raoul_taburin001

映画『今さら言えない小さな秘密(RAOUL TABURIN -A UN SECRET-)/2018年 フランス 監督:ジャン=ジャック・サンペ 脚本:ギヨーム・ローラン 出演:ブノワ・ポールヴールド、スザンヌ・クレマン、エドゥアール・ベール』を妻と見てきました。

なんだか不思議な映画でしたよ。
だって、自転車屋さんが“自転車に乗れない”ってことを秘密にしている・・それだけで一本の映画になっているんだからd(^_^o)

でも、「大人の童話」みたいな感じで、「自分にも秘密にしていて、バレたらたいへん」って思っていたことが小さい頃あったよなぁ・・と心の奥にしまい込んでいたものが出て来たような気がしました。

そしてこの映画の主人公・ラウルは、大人になっても結婚しても、自転車屋さんになって町の皆から一目置かれる存在になっても「秘密」がもれないようにドキドキしながら生活しています。

 

 

20190914_raoul_taburin002

そこへ町の人々の日常写真を撮って発表することで国でも有名なカメラマンがやって来て、町の人々を撮り始めます。
当然、町の名士的な扱い(小さな頃乗れないのに自転車で急坂を降り最後は二回転して池に落ちたのが、“伝説の自転車乗り”として町の人々の語りぐさになっている)の主人公に白羽の矢が立ち、自転車に乗っているところを撮りたいという話になってしまいます。

奥さんの家族が二人も自転車の事故で亡くなっていることを理由に「二度と自転車に乗らない」と結婚時に約束していたのに、奥さんから「自転車に乗って撮ってもらったら」と言われてしまい、逃げる理由がなくなる主人公・ラウル。

人生の一大事にラウルのとった行動は?!
そして、仲良くなった写真家や、家族、町の人々のとの関係性はどうなっていくのか?!
ラウルのアイデンティティは保たれるのか??

ここで俄然おもしろくなるこの映画(*^_^*)
まあ、続きは映画館で見てください、おもしろいから。

 

 

2019/09/15

横倉絹枝さんの『切り絵個展・リリカルビートルズ』よかったぁ'(*゚▽゚*)'

20190915_nekomachi002
台東区の谷中にある「ギャラリー猫町」で開催されている上記の切り絵個展に行って来ました。
「ALL YOU NEED IS LOVE」から「I WILL」まで、リリカルなビートルズナンバーをテーマにした横倉さんのビートリーな切り絵(^-^)/☆よかったですぅ~!!

20190915_nekomachi001
そして FaceBook では日常「いいね」したりの「お友達」である横倉さんとたくさんお話ができました。

20190915_nekomachi003

横倉さんは大の“リンゴ好き”、そして私も「ビートルズといえばリンゴ」のリンゴ・ファン(*゚▽゚)ノ話が合うこと、合うことd(^_^o)

横倉さんのおうちの猫ちゃんたちの写真も飾られていて、猫好きな私はさらにさらに満足&気分上昇ヽ(=´▽`=)ノ

 

20190915_nekomachi004
ビートルズに因んだ猫ちゃんたちの切り絵は私の心をとらえて離さず、それ以外の猫切り絵も魅力いっぱいなので、ポストカードも多数購入(*^_^*)
アビーロード(にゃびーろーど)とリボルバー(りぼるにゃー)のキーホルダーも買っちゃいました。

20190915_nekomachi005

横倉さんが保有しているリンゴがメンバーからもらったポストカードを載せた写真集のことなども教えてもらい、とてもいいものなので、私も調べてみようと思いました。

午後のひととき、切り絵と猫とビートルズで、もう幸せな時間を過しました。
そして谷中っていいところだな、と思いました。
商店街も魅力的!(゚ー゚*)。oO
また来ます。

2019/09/14

宝塚歌劇・星組東京公演「GOD OF STARS 食聖/エクレール・ブリアン」のミュージカル、ショー二本立て観てきた。

20190914_star_troupe001

宝塚歌劇・星組東京公演『GOD OF STARS 食聖(ミュージカル・フルコース)/エクレール・ブリアン(スペース・レビュー・ファンタジア)』を観てきましたよ!
この公演は星組トップスター・紅ゆずる(くれない・ゆずる)さんと、娘役トップスター・綺咲愛里(きさき・あいり)さんの同時サヨナラ公演でもあります。

ゴージャスでスタイリッシュな現代のアジアを舞台に展開するアジアン・クッキング・コメディー「GOD OF STARS 食聖」、宇宙から舞い降りた青年が世界各地を舞台に歌い踊る姿を描いたショー「エクレール・ブリアン」。

 

20190914_star_troupe002

最初に言っちゃいますけど、ミュージカル、ショー共、最高に良かった!!(*゚▽゚)ノ

“宛書き”とも言える「GOD OF STARS 食聖」は、紅さんの登場人物の“人柄”を描く卓越した演技力がふんだんに発揮され、紅さんの魅力大爆発です(^-^)/☆

そして綺咲さんは超“お転婆”で、料理が下手で(^^;)、人を思いやる心にあふれ、さらにベリー・キュートな、まさに綺咲さんそのものみたいなキャラクターを魅力いっぱいに演じ、綺咲さんのキュート爆弾が炸裂している状態でした。

 

20190914_star_troupe004
紅さん綺咲さんコンビの呼吸・間合いも抜群で、私、「この最後の公演でお二人は最高に充実したトップ・コンビになっている。」と思いました。
ステージを見ていても、堂々の押しも押されもせぬ立派なトップ・コンビとして輝いていました。ほんとうに素晴らしかった。

20190914_star_troupe003

ミュージカルでは、コンテストでの闘いがあったり、紅さんの謎の過去、さらに綺咲さんの両親との不幸な過去なども相まってストーリー展開も面白く、組全体の呼吸もバッチリ、礼真琴(れい・まこと)さん、舞空瞳(まいそら・ひとみ)さんも“おもしろシーン”があって観客を楽しませてくれました。

そしてショーも良かった。
プロローグからガンガン飛ばし、客席降りもあり、大盛り上がり!

スパニッシュあり、感動のボレロでのダンス、大階段での非常に珍しい三味線とオーケストラの演奏をバックにした“男役燕尾ダンス”、もうねぇ、のんびり見ている場合じゃないよヽ(=´▽`=)ノ
次期トップ・コンビのシーンも入れて、来たるべき星組の姿も予感させてくれました。

こちらでも紅さん、綺咲さんコンビの充実ぶりに圧倒され、息を呑んで視ておりました。
ダンスのときには、紅さん、綺咲さん共に“キリッ”とした表情と、キレの良さが素晴らしく、「いいもの見させてもらって、寿命が延びました」(*^_^*)

ほんとうはもう一度見たいところだけど、サヨナラ公演でチケットもなかなか手に入らない状態。
今回の観劇が紅さん、綺咲さんとのお別れになってしまうと思います。
お二人とも立派なトップ・コンビでした。ありがとうございました。

 

 

斎藤一人氏の「あなたが変わる 315の言葉」を読んだ。

20190913_saito_hitori001

『あなたが変わる 315の言葉/斎藤一人著(KKロングセラーズ)』という本を読みました。
これはたまたまコンビニのセブンイレブンで見つけて、立ち読みしていたら“ハマって”しまって、そのまま立ち去ることが出来ず、思わず購入してしまったものです。

ずいぶん前にも、この斎藤一人さんの著書は読みました。そして、「なるほど~」って感心した記憶があります。
今回も同様な気持ちになりました。そして忘れていた斎藤氏の基本的な考え方をもう一度あらためて認識いたしました。

完璧主義者とは、完璧にできなかったことで、自分を責めたり、人を責めたりする。
完璧でないことに我慢ができない人。・・今まで仕事をしてきて、こういう上司に何度も出会った。

そして、そんな完璧主義者は失敗をいつまでも悔やむ人である、と書かれています。

「こんな人はだれにもきらわれます」と斎藤氏。
『人にきらわれたら、いつまでたっても、つきはないんです」』
まったくそのとおりだと再認識しました。

もうひとつ、私のかつての上司で、私を一年中悩ませたタイプ。
仕事など、人生の夢を語るのを聞いていて、「この夢はぜったいにかなわないな」と感じることがあった・・。

そんな夢って必ず人さまに役立たない夢だから、誰にも感謝されない夢だから、そのような夢は、うまくいかないものだ・・と。

夢は自分の懐だけを肥やそうとする利己主義のものであってはダメ!・・かつての上司は自分の成績のためだけに夢を語っていた・・。

自分勝手な夢は他人から信用をなくす、そして足下をすくわれる、と書かれていました。
またもや、そのとおりだと思いました。

最後に、お金だけで人は幸せにはなりません、と書かれていて、幸せを手に入れるには

① お金
② 健康な身体
③ 優しい豊かな心

が必要であるとしています。
幸せには、お金も必要だけど、“健康で優しい豊かな心”がなにより大事です。でも、お金がないと、イヤな人に頭を下げなければならないこと、愛する人を助けられないことがある・・とひと言・・。

たった三つのエピソードだけでもこれだけのことが書かれ、それが「315」掲載されています。
わかりやすく、そして読み応えのあるものでした。

2019/09/11

寺島靖国氏の「俺のオーディオ」を読んだ。

20190909_terashima_yasukuni001

『俺のオーディオ -テラシマ流最強システム構築ガイド-/寺島靖国著(河出書房新社)』という本を読みました。ブックオフにて格安購入!d(^_^o)

寺島氏と言えば、今までにも数々の著書を読み、このブログでも度々ご紹介してまいりましたが、今回は氏のオーディオへの情熱というか、病気を通り越して“ヤバい”感じの取り組み、こだわり満載の本となっておりました。
いつもながら“けんかっ早い”様子も何度も見られ、一生治らない“不治の病”に取り憑かれている氏は、ある意味とても“しあわせ”な感じでした。

インシュレーターって知っていますか?オーディオマニアのリスニングルームを拝見すると、たいていはアンプの足の下に“かませて”いる主に金属製の“敷物”的なものです。
これをどの位置に何個敷くか、三点支持で前がひとつ、後ろにふたつ、ややはみ出し加減がいいのではないか、などと“矯めつ眇めつ”してうれしそうにトライしていくのです。
一個何万円もするのです。ややオカルト的でもあります。

しまいには、そのインシュレーターを壁から外して寝かせているコンセントに、枕のようにして設置し、電源ケーブルの下にもいろいろと置いて、あらゆることを試していくのがオーディオというものに取り憑かれた人間のやることです。

電源ケーブルやスピーカーケーブルも何万、何十万とするものを幾本も購入し、あらゆる可能性を試していきます。
そもそも家にあらかじめあるコンセントから電源を取らずに、自宅庭に専用の電柱を建て、純粋にオーディオ用の電源を用意するなどは、私からしたら“常軌を逸している”わけですが、「いい音になるのに、なんでやらないの」ってことだと思います。

アンプを二台購入して一台にはスーパートゥイーターとスーパーウーファー、もう一台には、ホーンとトゥイーターを接続して「どうだっ」って感じで鳴らしたりもします。
いったいどんな音がするのでしょうか。
寺島氏はジャズ喫茶店主でもあるわけですから、聞くのはもっぱらジャズばかり。十数年前に一度、氏のジャズ喫茶「メグ」にも行ったことがありますが、なかなか聞くことの出来ない鋭く攻撃的な音でジャズが鳴っていました。

もう楽曲を聞くためにではなく、オーディオそのもののために音を出しているわけで、文中でもそれを認めていますが、そういう世界に入ると、二度と“足を洗う”ことの出来ない“ヤクザな世界”に身を置くことになるのだということが良くわかりました。

近年、システムをどんどんグレードアップならぬ、グレードダウンさせていく私には、もう考えられない世界をこの本で味わうことができました。
マニアックなオーディオ世界はこの本で味わって、現実世界では安価な入門的ステレオシステムで心穏やかにリラックスしてジャズ的人生を過すことが分相応だと、この本を読んで確実にわかりました。
そっちの方が人生逆に豊かになりそうです。そうしましょ。

2019/09/10

台風被害の停電が続く

20190910_touboku01

千葉県はこのあいだの台風15号の被害(主に強風によるもの)が依然として続き、県内各地で停電を起こしています。

仕事上でも、私は電力関係の仕事ではありませんが、問い合わせの電話はかなりの数、受けています。東電へ電話しても繋がらないので、掛かってくるわけですが。

千葉市へ台風が直撃したのは午前3時頃から5時くらいがピークだったでしょうか。
朝起きて、クルマに乗り通勤経路を走ると・・沿線は大木が倒れ、電柱が折れ、信号は消えている・・。

我が家はたまたま電気が通じていましたが、同じ町内でも、そして市内あちこちが停電。
驚いているうちに、被害は県内各地域に及んでいることを知りました。

強い台風と聞いてはいましたが、想像以上のものでした。

塀が倒れたり、重そうな鉄骨資材が道路まで吹き倒されている場所も見ました。

よりによってこんな電気の無い時に猛暑が襲いかかり、悲鳴のような電話をたくさんいただくことになりました。
私は関係している職場で仕事をしているわけではありませんが、とにかく電話が通じるところに掛けて何か言いたい!その気持ちはわかります。

電気の供給については、またひとつ大きな課題が残った・・(まだ作業中ですが)・・と思います。

来年のあの大きなイベントなんかにかける金があるのなら、こういうことの研究・開発に心血注いだ方が一般市民にとってよほどいいんだが、と、またまた思いました。

写真は電話線をぶった切って倒れた大木です。職場の近く。

なんとか明日には復帰してほしいです。
お年寄りには限界が近づいていると思います。エアコンなし、冷蔵庫なし、水が出ない(電気を使って給水している場合)、スマートフォン充電出来ず、ニュースソースに電源がなく繋げない、コンビニでは食べ物、飲料の棚がほぼスッカラカン、人間だけでなくペットも衰弱しているとのこと。
信号も点いてほしい!

明日に期待します。

2019/09/08

映画「やっぱり契約破棄していいですか!?」を見てきました。

20190908_deadin_a_week001

映画『やっぱり契約破棄していいですか!?(DEADIN A WEEK (OR YOUR MONEY BACK))/2018年 イギリス 監督・脚本:トム・エドモンズ 出演:トム・ウィルキンソン、アナイリン・バーナード、フレイア・メイヴァー、マリオン・ベイリー』を見てきました。

なんというか、ブラックコメディーって言ったらいいんでしょう、たぶん。
主人公の青年・ウィリアム(アナイリン・バーナード)は、小説家を目指しているものの、まったくもって芽が出ず、絶望の淵にあり、7回もの自殺の試みはいずれも失敗・・。

そしてもう一人の主人公、殺し屋として長年生きてきたレスリー(トム・ウィルキンソン)は、寄る年波からか、英国暗殺者組合( ̄O ̄;)のノルマを達成できずに引退に追い込まれそうな状況。

ある雨の降る夜、自殺しようと橋の上で逡巡していたウィリアムに声をかけ、名刺を渡すレスリー、やがて自殺したい小説家志望と暗殺のノルマ達成に賭ける老殺し屋の意見が一致(^^;)、一週間以内の暗殺契約を交わします。

でも、その直後に応募していた小説に興味を持った編集者・エリー(フレイア・メイヴァー※ベリー・キュート(*^_^*))から連絡があり、出版の話が持ち上がる。

さあどうしよう(^^;)「殺すのちょっとやめて」と契約破棄の連絡をしてみると「ふざけんなっ!」ってことになってこのあとはもう大変!!

ウィリアムとエリーの恋模様も展開され、さらにレスリーには殺し屋を引退してゆっくりと二人で老後を楽しもうというやさしい奥さんがいて、こちらも人生模様がしみじみと描き出され・・、さらに暗殺に失敗したら引退させよう、しなかったらレスリー自身を殺してしまおうという暗殺者組合も絡んで、人生の悲哀や生死ギリギリの境目でのスリリングな展開、そして怒濤の“大どんでん返し”などもあり、単なるブラックコメディーには終わらせない、英国らしい“味な”映画になっていました。

見る前の想定を超えた素晴らしい作品になっていました。
“超”がつくオススメですd(^_^o)

 

【Now Playing】 Flamenco Sketches / Miles Davis ( Jazz )

『上野正彦の「死体学」ノート』を読んだ。

20190907_ueno_masahiko01

『上野正彦の「死体学」ノート/上野正彦著(PHP文庫)』という本を読みました。
著者は、元東京都監察医医務院長の医学博士。増え続ける自殺、バラバラ殺人、親殺し子殺し・・・30年間で2万体もの“死体”と向き合うことで様々なことを発見し、また、感じたことをまとめたものでした。

最初から知らないことばかり。
私のような一般人には、人が死ぬということで考えること、発想することはお葬式のことばかり。
死体が、時代や人間そのものを監察医にうったえかけてくる、なんてこと考えたことがありませんでした。

監察医として死体と向き合うことで、その人の死に方、また周囲との関係、その時代の社会背景まで見えてくる・・そんなことが書かれていました。

さらに、自殺に見せかけるような他殺体と対面し、そのトリックについても解説しています。

そして、監察医制度というものがわずかな大都市にしか無いということも初めて知りました。
そういえば、千葉では聞いたことがありません。

昨今は、大都市ばかりでなく、地方でも不可解でトリッキーな殺人事件が起こっています。著者が言っているように監察医制度がもっと理解され、地方にも設立された方が良いのでは、と私も感じました。

著者が何度も言っていたことは、死体は私達素人が考えているほど何も語らない・・ということはなく、能弁であるということ。
監察医についてもっと知ってもらい、制度的にも整備され、また地位的にも確たるものになれば、ということでした。

具体的な検屍の仕方についても書かれていて、私にはとても興味深く読めました。
人間の最後についてあらためて考えることになった本でした。

2019/09/05

Bluetooth で自室ステレオから音を出したいと思って

20190904_audio001

スマートフォンに入っている音源については、いつもクルマでの移動中に Bluetooth 接続して聞いたり、自室では小型の Bluetoothスピーカーを使ってよく聞いてきました。

しかし、クルマの中では楽しい時間を過ごせるものの、音楽を聞く環境としてはあまり良いものではなく、また自室での小さなスピーカー(モノラル)での音はそれなりに良い音なのですが、もっとステレオ感があって、大きな音で聞いてみたい・・何より、スマートフォンからだと様々な曲のセレクトが可能なので、その利便性を生かした上で音楽を楽しみたい、などと贅沢なことを考えておりました。

そんなことを考えていたら、私が Bluetooth をキーワードによく検索するので、ネットに繋いでいると、いろいろそれ関連の広告などが画面に現われるようになりました。

で「Bluetooth レシーバー」というものが案外安く売っていて、スマートフォンをそれにBluetooth接続して、さらにそのレシーバーをステレオの入力端子に繋げばよいのだとわかり、ちょっとうれしい気分に!'(*゚▽゚*)'

でも、現在のステレオ・アンプの入力端子は全て埋まっており、繋ぐ端子が無い(T_T)

そんな中、このあいだ東金にコンサートに出掛けた際、大型家電店をハシゴ。
Bluetooth レシーバーのとっても安い“現品限り”ってヤツと、入力セレクターのこれまたお安くてちょっと無骨な黒いヤツを発見!ヽ(=´▽`=)ノ

写真の左側で青白く光っているのがBluetooth レシーバー、右側の赤いボタンが四つある黒い箱がセレクターd( ̄  ̄)

ステレオ・アンプのチューナーの端子にセレクターを接続して、チューナーかBluetooth レシーバーかを選択できるようにいたしました。

いやもうこたえられません(^-^)/☆

アーティスト別に聞いたり、ジャンル別に聞いたり、ランダムに聞いたり、プレイリストをスマートフォンで作成しておいて、お気に入りの曲順で聞いたり、・・ここ数日、楽しんでいますよ(*゚▽゚)ノ

もっと早く気づけばよかった(*^_^*)

2019/09/04

千葉銀座の中島書店が閉店した。

20190901_nakajima_shoten01

新聞等でも知り、実際に休日に足を運んでみたが、千葉銀座商店街にある中島書店が昭和6年からの88年の歴史に幕を閉じました。
学生時代からよく中島書店には行きました。そして今でも千葉の中央に出掛けたときには、かならず中をのぞき、めぼしい本を探しました。

店の中のどのあたりの棚には、どんな本が陳列されているかは、もちろん頭に入っています。
店に入ってすぐの新刊のコーナーや、奥の文庫本コーナーでは、最新刊から興味深い本が選ばれ、表紙を見せて並べられていました。店内ひと回りして、気に入った本を買う、・・それが本好きの楽しみであるわけですが、今や読書人口もスマートフォンの影響などで減少、あるいはアマゾンからの購入などで実際に書店に足を運ぶ人も少なくなってしまったのでしょう。
さびしいかぎりです。

町の本屋さんには、郊外型の大型書店にはない品揃えがあり、また地元特有の本も備えられていました。
そんな本屋さんがどんどんなくなっていく。

本屋で意外な本と出会い、それが自分のその後に大きく影響を与える・・なんてことも実体験しました。
もうそういうこともなくなっていくのですよね。

本だけではない。
専門店のようなお店はなくなっていき、通販などで購入するものは、“最大公約数”的なおおざっぱなものになってしまう。

自分でお店の人と話して、そして見て、さわって、たしかめて、買う!それは楽しみでもあったわけですが、今や、SNSなどで人と関わり合いになりたい人ばかりかと思うと実社会ではなるべく人と関わり合いにならずに済まそうとする。
出掛けて行って、人に会い、物に出会う・・そういうこと、大事だと思いますよ。

「えっ、わざわざ本屋さんに行ってるんですか?私なんかみぃ~んなアマゾンです!」っていう人が今までにも何十人、何百人といたが、「どうですか?あんた、ほんとに本読んでる?」と、聞き返してみたい。

だいじなものが日々消滅していく世の中、心の中にすきま風のようなものが吹き抜けていきました。

2019/09/03

「ふしぎな県境 -歩ける、またげる、愉しめる-」を読んだ。

20190903_nishimura_masayuki01

『ふしぎな県境 -歩ける、またげる、愉しめる-/西村まさゆき著(中公新書)』という本を読みました。

いや、いるだろうと思ってはいましたが、“県境マニア”っていう人がいるんですね。
県境だからといって、すべてが川を境にしたり、山の峰を境にしていたりするわけではないのです。
いきなり通りの途中から県が変わり、そこから歩道がアスファルトからタイルに変わったり、車道のアスファルトの種類まで変わってくるから道の色もその合剤の粒子も変わる・・なんて場所は序の口。

街の中にジグザグのように県境が走り、一軒おきに県が互い違いに変わったりする場所もある。
そんなだから工場地帯の隣にいきなり他県の閑静な住宅地が並列したり。

実際の県境は法的にきちっと決められてはいるものの、県同士で綱引きをして、「国境」と書いた看板をその勝敗で毎年動かすことをしている自治体もありました。
これなど、地元の人達も楽しんでいるし、観光の目玉ともなっているのです。そして県境マニアも続々現われる・・(^_^;)

福島県、新潟県、山形県の県境が飯豊山の山頂にあったりして、ガイドを伴って著者は登山します。けっこう命懸けのような場所も越えていく様子が書かれていましたが、そんなにしてまで行きたいのか?!と思いました。
でも、三県をまたいで写真を撮っている著者はとてもうれしそうd(^_^o)

埼玉、栃木、群馬の三県境で、明らかに観光目当てで整備されている私もテレビで見たことのある場所も紹介されていましたが、人はなぜか「ここが境か」と思うと、感動してしまうようです。
特に「こんな所が」っていうような場所の方がより面白いのではないか、と読んでいて思いました。

とにかく、妙な県境をカラー写真付きで紹介するこの本、理屈抜きで楽しめました。

2019/09/02

映画「おしえて!ドクター・ルース」を見てきた。

20190901_ask_dr_ruth001

映画『おしえて!ドクター・ルース(ASK DR. RUTH)/2019年 アメリカ 監督:ライアン・ホワイト 出演:ルース・K・ウエストハイマー』を見てきました。

ドクター・ルースは、現在90歳で現役セックス・セラピスト。
1981年のニューヨーク、“お上”から音楽だけでなく、社会の役に立つコーナーを設けよという命令を受けた放送局が、カウンセリングのコーナーでもやろうか、ということになり、“どうせ誰も聞いていないだろう”と深夜の枠で放送開始。
白羽の矢はルースに。

で、誰も教えてくれなかった性の悩みにズバリと答えるルース。
タブーだった性の悩み、LGBTQの人々に寄り添い、女性の権利のために社会を切り開いていくことになります。
人々はその番組に夢中になり、一番の人気番組に。

こうして書くと、ひとりの女性の成功物語のようですが、ドクター・ルースには、ホロコーストで孤児となった幼少期、両親とも自分がスイスの施設に預けられている間にナチスに殺されてしまいます。

彼女の悲しみはいかばかりか、過去のシーンもアニメーションを使って映し出されますが、胸が締め付けられるような辛い場面でした。

高校に進学することも出来ない状況であったのに、進学した友に教科書やノートを見せてもらい、深夜に勉強するルース。
そして、なんとかしてやがて大学で勉強することが出来ることになり、その時のうれしさを語るルースの笑顔は輝かしいものでした。

生涯、悲しい過去を背負いながらも、相談者には元気に明るく解決を導きます。
そんなルースの姿を夢中で見ているあいだに映画はあっという間に終わりました。

見てよかった映画でした。・・なぜかこの映画に誘ったら妻も付いてきた・・。

2019/09/01

東金 BIG BAND JAZZ コンサート に行ってきた。

20190831_togane_bigband_jazz01

東金文化会館で開かれた「東金文化会館四季彩コンサート-夏-」の企画のひとつ、表題の『東金 BIG BAND JAZZ コンサート』に出掛けました。
いつもの私の中学時代の担任の先生からのお誘いでした。

このコンサートのポスターやチラシも先生が「絵」を担当されています。

今回はアマチュアバンドで東金が本拠地の平均年齢60歳、教員、企業オーナー、医師、警察官、サラリーマンなど多種多彩な職業の方が集まった「イースト・ベル・ジャズ・オーケストラ」が口火を切りました。イースト・ベル=東金'(*゚▽゚*)'
スター・ダストなどの名曲を味わい深く演奏され、“ジャズ心”がウォームアップされました。

次は、8月頭に富里の公民館でのコンサートの素晴らしかったことをこのブログでご紹介した県立富里高校のジャズ・オーケストラ部「The Mad Hatters」が登場。

一曲目の「ハッピー・ゴー・ラッキー・ローカル(D.エリントン)」でいきなり打ちのめされました。
部活のディレクターを務めているトランペッターの篠原正樹さんも指揮をしていて、「いいでしょう?!私が特等席で聞いているんです」って言うくらい、もうアマチュアの演奏のレベルではなく、観客を安心して楽しませるような演奏なのです。
富里の公民館で聞かせてくれた「ライオット(H.ハンコック)」も、まだ一ヶ月も経っていないのに、あのときを70点としたら今や110点!くらいの出来でした。

あの8月頭のコンサートの後にあった高校生のコンテストでもぶっちぎりの一位で優勝してきたそうです。すごい高校生達です。

私の後ろの席で聞いていた方も、「すごいっ、素晴らしい!」と何度も感嘆の声をあげていました。それくらい良かった。

休憩後は、プロの椎名豊トリオ+篠原正樹の圧倒的な演奏で観客を圧倒!!
ジャズの魅力を堪能しました。

そして、「プロと同じ舞台を踏み、身近に素晴らしい演奏を聞き、一緒に演奏することでものすごく成長していく」という篠原さんの言葉どおり、ラストは椎名トリオと合体して「モーニン(B.ティモンズ)」を白熱の演奏。
次から次へと高校生達がソロをとり、うれしそうに、そして自信に満ちて演奏する姿に涙が出ました。
4月に初めて楽器を持った生徒もいるというのに・・。

ほんとうにいいもの見させて、聞かせてもらいました。
ジャズの良さを体中に感じて帰って来ました。

« 2019年8月 | トップページ | 2019年10月 »

2019年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック