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2020/04/28

太田和彦さんの「ニッポン居酒屋放浪記 -立志篇-」を読んだ。

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『ニッポン居酒屋放浪記 -立志編-/太田和彦著(新潮文庫)』を読みました。
太田さんの「居酒屋放浪記」はシリーズもので、この「立志篇」は平成9年1月に新潮社から刊行され、平成12年12月に文庫化されたものです。

だからけっこう古い“放浪”なので、太田さんもものすごく元気に居酒屋を“はしご”しています。

大阪、松本、静岡、松山、房総、新潟、京都、秋田・・・もう日本全国を飲み歩き、太田さんご自身でおっしゃっていますが、「なんか日本酒に“甘く”なってきて、何を飲んでもほめている気がする」(^_^;)というような状況、私も読み取れました。

でも、いいんだよきっと。
ここ十年以上、日本酒はたしかにうまくなったように感じます。
それを全国に出掛けて行って、聞いたこともないような酒に出会い、それがまたうまかったりする。酒好きにとっては実にいい時代になったと思います。

で、今の状況がねぇ・・。
新型ウイルスの感染拡大で、居酒屋に行くことなんてできません。
というか、外出自体を避けねばならない今の緊急事態・・つらいですよねぇ。

太田さんは、全国の居酒屋に出掛け、そこの店主や女将と楽しく、味わいのある話をしています。
そして、ときにはそこにいたお客さんとも話がはずんでいたりして、まさにお酒を“いい飲み方”で飲み、実に豊かな“居酒屋放浪”をされています。

こういう状況が日本に戻ってくるのはいつ頃になるのか。
年内は無理なのか、それとも来年も続くのか。

とりあえず私はこの本を読んで、お酒を飲んだような気分になり、居酒屋の暖簾をくぐったような気分を味わっております…σ(^_^;)

早くあの楽しいお酒のひとときを取り戻したいものです。

 

2020/04/27

日々厳しい状況下、今の気持ちを。

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このブログの中でご案内しているとおり、現在の仕事は、市民生活に必要であり、窓口を閉めたり、時間短縮などの対応が出来ないもので、日々カウンターでの応対には恐怖が伴っている状況です。
精神的にも肉体的にもきつい・・というのが本音です。
自腹でアクリルボード他材料を購入し、長時間応対を伴うカウンターに設置、飛沫感染を防ぐ工夫をしたのですが、それでもやはり怖いものは怖い。

感染が拡大の一途を辿り始めた4月上旬は例年よりも来客数が減りましたが、中旬を経て、下旬に入ってくるに連れ、徐々に混雑するような状況も見え始めました。
毎日毎日マスクをするのはもちろん、手洗いを頻繁にし、アルコール消毒などもまめに行っていますが、それでも一日に例年よりも少ないとは言え、数十人から百人以上にもなる人と相対するのは・・きつい。
気が休まるという時間がまったく無いのです。

現場で工夫できることは、現状これ以上無いように思えるし、あとはオンラインで何か出来ることはないのか、上層部に考えてもらいたい、そんな感じです。

また、やって来る方々の“温度差”がかなりあって、マスクに手術用みたいな手袋をし、ロビーの椅子には座らず、部屋の隅から自分が呼ばれるのを待っているような用心深い人がいるかと思えば、まったくの無防備な状態の人もいる。
それが交互に次々とやって来ると、自分の態勢、態度が“がくがく”と崩れていくようで、それもダメージが大きいのです。

すでに二回、この新型コロナウイルス感染拡大に伴う状況を記すような内容の記述をしてきましたが、今回は世間の状況というよりも、主に自己の精神状態について書いてみました。

 

2020/04/25

2020/04/24 現在の状況をまた残しておきます。

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写真は庭のラベンダーの中に一輪咲いたチューリップです。

4月11日に、新型コロナウイルス感染拡大に伴う周囲の状況について記録に残しておこうと思い、このブログに書きましたが、今回は昨日4月24日(金)の状況を書き記しておきます。後々に思い起こすためにも。

昨日は、病院に行きました。
昨年6月に病に倒れ、救急搬送された病院です。
ここ半年くらいは大学病院を紹介され、検査等を行ってきたのですが、体調も回復し、当初入院した病院に戻されたわけです。

病院はいつも駐車場も、院内も混雑していて大変なのですが、駐車場はガラガラでした。
さらに病院の入り口には白衣の男性(医師?)と看護師さん、さらに事務服を着た方の三人で入ってくる人の検温(おでこにピッと光をあてるやつ)を行い、それから院内に入りました。

また、受付の機械も、番号札を取ったあとに係の方から皆離れて待つように言われたあと、一人一人番号を呼ばれ、機械操作を行いました。
これも「三密」対策です。

さらに自分が受診する科に行くと、そこでも体温計を使って検温。二重の検温です。
さらに診察開始直前には、待合室のシートを全て消毒していました。
まさに厳戒態勢です。
よほどの差し迫った方以外は、やはり病院には来ていないのだと思います。

診察もいつもみたいに予約時間から遅れることがなく、すんなりと始まり、じっくりと診察、お話が出来ました。
次回は7月に様子見をすることになり、その際は状況によっては遠隔で診察することになるかも・・という話も出ました。
先生の話し方、表情から読み取ると、7月くらいに状況が好転していることはあまり期待出来なさそう・・。

診察後、薬局に行ったのですが、いつものように混んでいたら地元の薬局まで行こうと思っていたものの、客は私ひとりでした。
なので、ここもすんなり薬を短時間でいただくことが出来ました。
そうそう、処方箋の受け渡しもこちらと薬局の担当の方の中間点にトレーが設置され、直接近づいて渡すようなことはありませんでした。

病院も薬局も厳戒態勢でした。
幹線道路のクルマの量は、いつもより少し減少している程度か。

街は静かに静かに動いている、そんな感じでした。

 

2020/04/19

新型コロナウイルス関連についていろいろ記事を読んでみた。

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緊急事態宣言が発せられるなど、今回の新型ウイルス感染拡大については毎日様々なメディアでの報道を耳にし、目にします。
少し気になる記事などをピックアップしたのですが、その中でよく目にしたのが長崎大学熱帯医学研究所教授・山本太郎氏の文でした。朝日、読売、中国新聞、西日本新聞などなどに教授の書いたものや、コメントが掲載されていて、けっこう響くものがありました。

野生動物が暮らす生態系など世界の隅々まで人間が開発し、踏み込んだことで新たな感染症を流行、拡大させたとおっしゃっていて、私もそのように思っていました。

感染症のパンデミックは、きわめて社会的な現象であり、その時代、時代を反映したものとなる。まさにそうなんじゃないでしょうか。

情報が高速で錯綜する現代、総合的には情報が多い方が正確な対策を立てられるけれども・・そんな時代なので、物が不足するなどのデマが流れ、日本では何十年も前に起こったようなトイレットペーパーの不足が発生したりする (・_・;

生態系を破壊してきた開発と供に、交通などの発達もウイルスの感染拡大に大きく影響したと思います。
人は、なんとかして時間と空間を無きが如くにしようとして、新幹線などの高速鉄道網や、高速道路、ジェット旅客機など、どんどんスピードを上げ、今でもリニアモーター新幹線などを開発していますが、“物には限度”があると知るのが大切なんじゃないかと私は思います。

「名古屋まで一時間で行けるぞ」・・それがどうした・・と思います。

「便利になった」の範疇を超えて、人の生活自体が追いつかないくらいの速度になり、また情報などの処理能力も日進月歩といえる加速をしていますが、もういいんじゃないですか。

それで仕事が捗り、とっても楽になりましたっ!って人、どこかにいますか。

いないよねぇ。結局、処理する量が多くなり、責任が重くなり、仕事は何倍にも大変になったんじゃないですか?!

「便利だ、便利だ、速くなった、近くなった」と言ってよろこんでいるヤツに注意しろ。
そいつが一番あやしいヤツだ!
人間らしさの欠片もないでしょう?そんなヤツのために死に物狂いで働く必要はないっ!

冒頭に書いた山本教授は、「ウイルスの撲滅は事実上、不可能だ。被害を最小限に抑えながら共存・共生をめざしていくのが望ましい。」とおっしゃっていますが、この新しい感染症は今の社会のあり方によって流行の様相が規定されているものと思います。今後どうなっていくのかとても心配です。
そして、歴史的にも感染症がその後の社会変革の先駆けともなったという事実が残っています。
私たちの社会も大きく変わっていくのかもしれません。

 

2020/04/16

「センセイの書斎」を読んだ・見た!

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『センセイの書斎 -イラストルポ「本」のある仕事場-/内澤旬子著及びイラスト(河出文庫)』を読みました。というか、とても緻密なセンセイ達の書斎の著者によるイラストも入っているので、読んで見たという感じです(゚ー゚*)。oO

著者の内澤旬子さんが訪ねた“センセイ”達は林望、荻野アンナ、南伸坊、米原万里、佐高信、金田一春彦(※敬称略)ら、いったいどんな書斎になっているのか・・と思う人ばかり。

サブタイトルにあるように、[本のある職場]ということで、各々センセイ達の書斎での本への接し方もそれぞれでした。

あくまで著作のための資料として本を扱い、中には必要なページだけを破り取って封筒に入れ、書棚に整理している人もいました。

それから細かくジャンル分けして可動式の書棚にきっちりと収め、人の通れるところはやっと一人が行き来できるような書斎(書庫?)も登場しました。

また、著者を五十音順、アルファベット順に整理しているため、誰でもすぐに目的の本が探し出せるようにしているケースもあり、これなんか今からじゃ無理だけど、私もやりたい・・と思わせるものがありました。

さらに書棚には中が見えないように扉があり、普段は見えないようにしているセンセイもいました(※センセイと片仮名で表記しているのは、著者がわずかな時間にお目に掛かっただけで先生と呼ぶにはおこがましいのでは、と、あえて片仮名で書いていたからです)。

でも、著者の内澤さんが全部の扉を開けてもらうと、そのセンセイは本の並びが気になって、取材中にあれこれ直し始めるのでした。・・たぶんこういうことになるから、普段は扉を閉めているのだろうな、と思いましたよ(*^_^*)

驚いたのは、家の塀に厚みを与えて建築し、家を囲む塀の中も書庫になっていて、自宅からそこに直接入れるようにしてあるセンセイもいらっしゃいました。
奇想天外です!

どの書斎も私にとっては魅力たっぷり、この目で実物を見たいなぁとずっと思いながら読みました。
内澤さんのいつも興味いっぱいの訪問と、見ているだけでご飯一杯オカズなしで食べられるような緻密・精密なイラストを堪能させていただきました。

他人の書斎のぞき見好きなあなたにもぜひ読んでいただきたい本でした。

 

2020/04/12

大林宣彦監督が亡くなられた

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映画監督の大林宣彦さんが亡くなられました。
大林監督作品で真っ先に思い出すのは、原田知世さん主演の「時をかける少女」。
SF作品なのに、日本人がもつ大切な心のようなものが胸にキュンキュンと迫ってくる作品でした。

尾道という大林監督の出身地であるロケ地の美しさ、そしてなぜか儚い印象のある素敵な場所。尾道三部作といわれる代表三作もこの地で撮られ、私は当時一気に作品と尾道の「虜」となり、後に現地へと出掛けてみました。

坂道だらけ、そして海の見えるあの風景は忘れられません。

冒頭のスキー場のシーンから一変して「時をかける・・」のテーマが流れる中、町の様子が映像として流れたときには体が震えるような不思議な感動がありました。

その後の大林作品も、どれもが人の心の中にある“さびしさ”や“愛おしさ”“よろこび”などをふと感じさせるものが多く、大好きな監督でした。

私も妻も森村桂さんの著書「天国にいちばん近い島」が好きだったのですが、大林監督はそれも映画にされました。
映画化されたこともきっかけとなり、森村さんが軽井沢につくった「アリスの丘のティールーム」に妻と出掛けたことを思い出します。
その日森村さんは不在でしたが、お店の若い方に「天国にいちばん近い島以来の森村さんの多数の著書のファンです」とメモを渡しておいたら、森村さんご自身から妻に電話をいただいた思い出もあります。
大林監督の「こころ」を大切にする作風が、こんな出来事に結びつけてくれたのかもしれません。

どんな人にもやさしく、おおらかで、はげましてくれ、作品も心温まるものばかりだった大林監督。
映画監督の中で一番好きな人でした。

ご冥福をお祈りします。

 

2020/04/11

2020/04/11現在の状況を残しておきます。

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本日は、2020/04/11_SAT です。

新型コロナウイルスの感染拡大の状況を受け、東日本大震災のときにも書いたことがありますが、何か一大事が起こったときの記録って、公な発表やニュース記事、その他一般に流布されたような事象は記録に残りますが、実際の我々一般人の動態、街の様子などは後々に記録に残りづらいのではないかと思い、私の身近に起こっていることや、その様子などを書いておきたいと思います。

私は日本史や世界史などの歴史的記録についても、当時の一般庶民の様子がもっと残っていればと思うことがあり、書く人その者が少なかったり、戦や災害で消失・滅失してしまって、なかなか書物、文書として残っているものも少なかろうと感じていて、ネットやデジタルデータの保存が可能な今こそ、記録を残しておく機会であると思っているのです。

きょう、コンビニのレジでは、天井からビニールの垂れ幕のようなものがぶら下がっていました。
新型コロナウイルスの飛沫感染を防ごうというものだと思います。

店舗入り口での消毒液スプレーボトルを使って手の消毒をする人も増えてきました。

土曜の休日ですが、普段の休日からクルマの量が減ったとはあまり感じられませんでした。

マスク着用の人はかなり多く、9割以上は着けていたと感じました。

一般の人が、パニックに陥ったり、ヒステリックになったりしているのを見かけることはありませんでした。比較的冷静にこの事態に対応している様子がうかがえます。

時々ラジオをつけてみましたが、スタジオ内で二人以上になるときには、2対1で部屋を分けたり、いつもはスタジオにコメンテーターを呼んで番組を作っているようなものも、スカイプやその他の手段を使ってコメントをもらったりしていました。

また、スタジオ内でもそれぞれの人の前にアクリル板を設置して飛沫感染を防いでいるのだ、というアナウンスがありました。
人が複数人集まって製作される番組にも工夫が必要になってきたようです。

いつもは、リポーターが街に出て、人々の声を聞く番組もリポーターがスタジオから過去の総集編を放送したりもしていました。

コンビニの棚がガラガラになるようなことにはなっていませんでした。
数週間前のトイレットペーパー不足のような事態にはならず、これもまた冷静な対応だと思いました。

様々な場所で、皆がとても静かだな、というのはとても強く感じました。
何か「我慢」しているのがこちらに伝わってくるようでした。

これは私だけかもしれませんが、テレビ、ラジオ、その他新聞などでも新型ウイルスのニュースを見るのが苦痛になってきました。
毎日、感染者の数は増えるばかりで、何も明るいニュースが出て来ないからだと思います。

また、居酒屋など、今回大きな制限を受ける店舗の経営者からの悲鳴が大きく報道されています。いったいいつまで我慢すればいいのか、ニュースを聞いているこちらも胸が張り裂けそうです。

私の職場は勤務時間短縮などの一切の対応はなく、接客応対が主である業務を、繁忙期で来客も多い中、至近距離で行っていますが、全く援護のようなものはありません。
感染の恐怖を感じながらの厳しい状況です。
仕方なく、自腹でアクリルボードを購入し、設置するなどを所属長の許可を得て行いました。こんなこと、おかしい・・と思うのですが、健康・生命にはかえられません。

ちょっと思いついただけでもこんなところです。

またリポートします。
あの大震災のあとにも、そのとき書いたことが貴重な記録になっていました。

 

なぎら健壱さんの「東京路地裏暮景色」を読みました。

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『東京路地裏暮景色/なぎら健壱著(ちくま文庫)』を読みました。
この本はちくま文庫のオリジナル編集で、なぎらさんの東京・下町、裏路地に関する文を集めたものになっていました。

東京裏路地の景色と共に、なぎらさんとフォークシンガー高田渡さんとの出会いから、高田さんが亡くなったのちの高田さんのお兄さんとのエピソードなども書かれていて、ファンの時代から、高田さんを師と仰ぎ、やがて共演することになり、人生の大切な友人とまで言えるようになったことが、なぎらさんの流れるようなリズムの文になって書かれていました。

居酒屋話も、いつくも書かれていましたが、アメ横近くの「大統領」も登場していました。
私も近年「大統領」を知りましたが、たしかにいい店でした。
あの近辺の雰囲気、いいですよねえ、人が“出そう”と思って出せるものではない、時代と人々の心や、思い出が混然となってあのいい感じが出ているのだと思います。

懐かしい話や、なぎらさんの“こだわり”のようなことも書かれていましたが、気になったのは、『1964年の東京オリンピックを境に、東京はとんでもない街になってしまった』という話でした。

確かにそのとき、東京は大都市にふさわしい顔を持ったかのようであったが、実は体裁だけであって、その“とんでもなさ”は明らかに人災的なデタラメであるとおっしゃっています。

水の都だった東京の中心を流れていた楓皮、京橋川、汐留川が全て埋め立てられた。
日本橋の上に高速道路をはしらせた。
東京の変わり様など、どうでもよかったのだろうか、・・と。

あのオリンピックが無ければ、日本の発展はもう少し遅れたかもしれないが、しかし、開催期間15日と引き換えに東京は大きく変わり、そして大きな物を失った、としみじみとした文体で書かれていました。

そのときの東京の様子を私は知りませんが、でも、東京に育ったなぎらさんには強くそう感じられたのでしょう。

今回延期となっている東京オリンピックにおいても、何か既に失いつつあるものがあると、私は感じます。
旧国立競技場を壊してしまったのも残念ですが、今回のオリンピックでは、物よりも何か精神的なもので日本人が失ったものがあるのではないかと、直感的に感じます。

東京裏路地の話題と共に、何かしんみりとするような、心に沁みる本でした。

 

2020/04/09

ブログもなかなか更新するような気分になれなかった

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政府の緊急事態宣言も出て、毎日暗い気分で過してきた日々でしたが、いよいよ緊迫感も加わってきました。

職場においても、人の集まるような場所は閉館、休止となりました。
でも、私の職場は“最前線”として通常どおりの勤務体制を維持することになり、繁忙期の今、多い日には一日200人を超える来客があり、その応対を4~6人で行います。

書類のやり取り、会話をする場合もかなり多く、わずか1メートル幅のカウンターを挟んで相対するわけです。互いにカウンターに身を乗り出して書類を見たり、書いてもらったりするので、実際の互いの距離は70~80センチ程です。
・・飛沫感染を考えると危険極まりない・・。

職員の側、お客さんの側、双方にとって危険であると感じ、その恐怖感、緊迫感は深い疲労感を伴い、一日が終わると心身共にダメージが大きい。

所属長にお話して、最近のラジオ局のスタジオではアクリル板を向かい合って喋る互いの間に設置していると聞き、我が職場でも向かい合うカウンターの中央にアクリル板を設置させてもらうことにしました。
全部私の自腹、そして自分で工作して設置しました。
はっきり言って、命を守るにはこうするしかないと思ったからです。

そうしたら、今朝の新聞に千葉県のある市の市民課で、私がやったと同様に市民との窓口カウンターにアクリル板を設置したことが載っていました。
これがぎりぎりのやらねばならない対応だと思います。

双方がマスクを装着していても、それでも至近距離での会話は恐怖を伴います。
マスクをしていない人も多くやって来る。

上の立場の人は最前線で頑張る人がどういう気持ちで仕事に挑んでいるか、まだわかっていないと思います。
接客カウンターへのアクリル板設置という簡易的な対応さえ思いつかないのか、実施しない。
感染が増加してから、「健康には十分注意させていたのに」などと軽々しく言わないでほしい。

私が自ら工作して設置したアクリル板は、クリアーでそこにあるかどうかもわからないくらいの出来映えで、お客さまもこの対応に安心していただいた様子がうかがえました。
もちろん、応対する私たちにも安心感が増しました。

頼むからそのくらいのことは「最前線で頑張れ」という前に対応してくれ、これは使命感とか勇気とかそういう話ではないのだ。

 

2020/04/05

こういうときにどうすればいいのか

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世の中、新型コロナウイルスの感染拡大で、この休みも何か外に出て活動のようなこともなく、人に会うということもありませんでした。

夏の雑草対策として最近三週間は庭の草刈を連続で行い、いつもの年より先行して庭に手を入れることができた・・というか、人と会わずに外で作業をすることくらいしかやることはあまり無かったのです。

あとは色々と年度がわり時の通勤用駐車場手続き等、さらには全て中止となっている宝塚歌劇のチケット払戻し手続きなどを行っていました。

それからそれから、読書と音楽に身を浸す・・そんなことくらいでしょうか。

今後の観劇もまったく目処が立たないので、休日の予定は未定な部分が多く、せっかくですから読書にその時間を費やそうと思っています。

けっこう買い溜めた本があるので、多くの時間を取れる結果になった現在の状況を生かして、楽しみながら読み進めることにいたします。

でも、どうしても会っていろいろと話したい人もいて、それがどうにもならず、やきもき、もやもやしてしまいます。
割と家に居るのが好きなタイプなのに、こんなことになると会いたくてたまらなくなる人がいることに気づきました。

とりあえず読書と音楽を聴くことに、この降って湧いた時間を使いたいと思います。
忙しい中、慌てて読んだり聴いたりしている時よりも、じっくりと読書や音楽鑑賞をすると、何か新しい発見があるかもしれません。

これを読んでくださっている皆さんも家での時間、有効にお使いくださいね。

 

2020/04/04

「自分のことは話すな」を読んだ。

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『自分のことは話すな/吉原珠央著(幻冬舎新書)』を読みました。

[仕事と人間関係を劇的によくする技術]と、副題がついていて、その多くはビジネスシーンでの会話の“きも”について書かれています。

基本的に書かれていることは、「雑談上手」が大切だなんてことはない。
雑談の内容から無駄なものを省け、無駄な部分だけで年間何時間になると思う!?

自分のことばかり話すな。自慢話が終わらないかなと、相手は待っている、困っているぞ。

相手がせっかく話し出した話題を、自分にも経験があるからって、横取りするな。

時にはそこまで突っ込んでよいのか、という質問もアリだ!
そこからどう相手との関係が、ビジネスが進展するかわからんぞ。
でも、それには細心・最深の注意深さが必要だ。

・・まだまだいっぱい書かれていましたが、読んでいて、私も身に覚えのある悪い点がいくつもありました。
自分の趣味や、得意な話になると、つい話が長くなり、相手に無駄な時間を過させている・・いやもうまいった…σ(^_^;)

“ごますり”と思えるくらいの相手に対する“ほめあげ”の実例が挙げられていましたが、私には“歯が浮く”ような印象でした。でも、きっと著者のようなすっきりさっぱり、ぐぐっと前に出てくるような方が使うと効果抜群なのでしょう。

実は、最近仕事上の「会話」に悩んでいます。
現在は“客商売”というか、カウンターを挟んで様々なやり取りをする仕事をしているわけですが、相手方は最初からこちらの“揚げ足を取る”ような態度で接してくる人の割合が今までの職場よりも多く(地域性があるようです)、親切が裏目に出たり、ガツンとやられて、数日間悩み、身体の具合が悪くなることも“しばしば”です。

・・なので、この本を手にしてみたわけです。
参考にはなりましたが、著者のように、ものごと真っ直ぐに、前向きに見られるわけでなく、もうひとつ自分には工夫が必要であると感じました。

でも、この本に書かれていることは、ある意味とても「基本的」なことであり、心がけていると役に立つことばかりでした。
いくつもの事例が掲載されていましたので、記憶にとどめ、利用してみたいと思います。

 

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