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2020/06/30

気の毒な人

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スマートフォンに入れているアプリ、糸井重里さんの「ほぼ日刊イトイ新聞」、『今日のダーリン』の中でみつけたフレーズ。

「会ったとたんに、なにか文句を言っている人もいる。そういうことをやめようよ、と思う。せめてじぶんはそういうふうでいたくないと思う。なぜなら、文句ばっかり言ってる人は気づいていないけれど、聞かされているほうの人は、気分がよくないからだ。」

現在の職場に行ってから出会うことの多い人たちです。
ほぼ毎日です。

何かこちらが話そうとすると、「いいわけを聞きに来たんじゃないっ!くちごたえするなっ!」・・ばかり・・で、ほんとうにヘコみます (・_・;

入り口から入って来た時からもう、「やってやろう」って感じがしていてすぐにそういう人だと気付きます。

私が思うに、たぶん仕事もずいぶん前にリタイアして、現役時代はかなりの役職に就いていたのでしょう。
数々の業績もあるのでしょうが、それはあの高度経済成長期や、バブル期など、「いいからやれっ!」って言って、そんな時代だから部下は、家族、休日など全てを犠牲にして“無理が通れば道理が引っ込む”という“理不尽を飲み込み”、“わがまま上司”のために身を粉にしてやってあげたにもかかわらず、その“わがまま上司”は“自分のおかげ”と思い込んで過し、やがて退職したのだと思います。

それがそのまま老後期に突入し、そんな人だから家族も顧みずに仕事をしてきた(したつもりで人にやらせていた)ので、もう家人は誰もこの「爺/じじい」の言うことなんか聞きやしません(^_^;)

でもって、ご近所の人もそんなジジイを相手にしません。だって威張ってばかりで面倒くさいもの。

町内会や様々な集まりでも誰も関わり合いになってくれません。だって威張ってばかりなんだもん。

ひどい症状の人などは、「〇〇株式会社 元〇〇部長」なんて名刺を作って手渡したりする( ̄O ̄;)・・それがどうした・・。

もう、お店や銀行、公的機関の窓口にいる何でも聞いてくれる人くらいにしか威張ることが出来なくなっている状況なのに、それに気づかない・・(気付けよっ!)・・気の毒な人。

大声で怒鳴る前に、自分が様々な迷惑を掛け、お世話になってきた部下だった人や、あんたがこんなにロクでもない人なのに気に掛けてくれた人に感謝の言葉をどう掛けたらいいか考えた方がいいと思いますよ。

現在の職場に就いて、日々やって来る、あまりに多い「気の毒な人」に気付いて、書いてみました。

 

2020/06/29

【南先生の玉手箱_0015_考えると不思議なことだが、大切なことについて】

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私の中学時代の担任で美術の先生、南先生の残した文を活字化、掘り起こしの企画「南先生の玉手箱」、続けます。

今回は、平成16年1月のものです。
新年を迎え、三学期になる時の学校からの通信文の裏面に書かれた文を起こしてみました。


では、以下先生の文です。


地球がまるい、空気に色があるのかな、雨や風がどこからはじまっているのか、毎日、あんなに大きな飛行機がどうして飛べるんだろうか、考えると不思議だけれども、あたりまえになっていることがたくさんある。
時々、大きな樹を見るとすごいなあ、山とか自然を見てびっくりも多い。

毎日暮らしていることのびっくりとか、気がついたり不思議に思うことが少なくなっている。
でも、子どもたちは日々感動の多い暮らしをしている。又、子どもたちの暮らしぶりから感動や夢を見せてもらうことが多い。

自然のものでも、人がつくったものでも不思議なことがいっぱいある。
いつもあたりまえだと思っていることが本当は大変なんだと気がつくことがある。

見えたり、聞こえたり、感じることに時々不思議だなあ、なんでだろうかって考えることはとても大切なことのように思う。
それと、自分があたりまえだと思っていることでも、他の人のおかげでたくさんお世話になっていることがあることにも時々気がつくことがある。

気がつくと言うことは、大切なこと。
自分の目で見て自分で考えて実行することが大切です。

世の中が便利になればなるほど、時々立ち止まって目の前のものや、動きを自分で確かめることが重要だと思います。


以上です。

いつもの“南節”、リズムを感じつつ読みました。
自分を取り巻く環境、人、それらに感謝しつつ生きて行く、そんなことを中学の時から先生に教わってきました。

 

2020/06/28

【The Beatles 研究室・復刻版】Please Please Me[A-1]I Saw Her Standing There

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2004年から2008年にかけて作成したホームページ「The Beatles 研究室」・・2009年リマスター発売後の一部追記も含めてのブログにての復刻版です。ほぼ当時のまま、そして復刻後追記も付しております。15年以上前の文なので細部の表現・事実についてはお見逃しください。

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すべては、この1963年2月11日の585分の録音から始まったと言ってもいい、デビューアルバムの録音日でした。
午前中から録音していて、スタッフが皆、昼食に出てもビートルズはミルクだけを飲みレコーディングに没頭していたようです。

私の持っているアメリカの初期のビートルズ取り扱いレーベルVee-Jay盤は、ポールの最初のカウントの「One,Two,Three,Four」の「Four !!」しか入っていませんでした。アメリカ人は何か気合いを入れてるのかと思ったかもしれません。

やむにやまれぬ青春のうずきのようなものを感じる今やロックンロールの大スタンダードと化した名曲です。
リンゴのズタタッというフィルも最初から大ドラマーだったリンゴらしいかっこいいフィルです。
ポールのソロ・ライブでも歌われていましたが、いつ聞いても胸がキュンとなる素敵なラブ・ロックンロールです。

この曲は1963年から1964年のライブでも演奏されている、デビュー前からの重要なビートルズのレパートリーであったり、1974年のエルトン・ジョンのコンサートにジョンが飛び入りして演奏した曲(エルトンとの約束で、ジョンと録音した曲がナンバーワンになったら舞台に立つというのを守り、ステージ後には小野洋子と再会し、二人はよりを戻すことになった)でもあり、1986年にはプリンシズ・トラスト・コンサートでポールが演奏した、レノン・マッカートニーには切っても切れない最重要曲となっています。
 
このデビューアルバムの1曲目がその後のレノン・マッカートニーコンビにとって忘れられない曲となります。
因みに冒頭の“She was just seventeen/never been a beauty queen”のポールの歌詞後半部分を“/ You know what I mean”に変えたのはジョンだそうです。
これは大正解!二人のコンビは最初っから無敵のコンビネーションを見せています。

デビューアルバム1曲目にして最高のロックチューンです。


〈追記〉2020/06/28
あらためてリマスターされたCDのモノとステレオ、さらにVee-Jayアナログ盤、さらにさらにキャピトル盤の復刻「THE CAPITOL ALBUMS Vol.1」のステレオとモノラル、もひとつ、アナログの「MONO LOUD CUT」を録音したものを次々と聞いてみました。

全般的にモノラルの方がポールのベース・フレーズがはっきりわかるくらい良く聞こえます。とてもかっこいい!
もともと、このベース・リフは、チャック・ベリーの「アイム・トーキング・アバウト・ユー」のものを使ったとポールが後々言っていますが(奏者はウィリー・ディクスン)、今聞いても、“ノリノリ”ないいリフです。

Vee-Jayは音は悪いが、それが余計に当時のアメリカに進出してきたビートルズの音が海を越えて来たみたいに感慨深く感じられて非常に味わい深いものがありました。
CAPITOL盤は全般的に雑音など気にせず、“勢い”を大切にする感じがして、でもそれがアメリカ人“ウケ”する音になっていて、初期のビートルズにはかえって“持って来い”な音だとも、あらためて感じました。
アナログの「MONO LOUD CUT」は、とても聞きやすく、自然な感じに聞こえました。

・・いかがでしたでしょうか。「The Beatles 研究室・復刻版」第一弾は、デビューアルバムの一曲目にしてみました。
今後はランダムで一曲ずつ、また、アルバム全体の感想も当時書いてあったので、それらも併せて復刻していく予定です。

では、また次回!

 

2020/06/27

私のかつてのホームページ「ビートルズ研究室」をブログに復刻掲載することにしました。

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数日前にこのブログでちょっとばかり書きましたが、私はかつて2004年から2008年にかけてビートルズの曲、218曲(イエローサブマリンのインストゥルメンタル含める)を一曲ずつ聞きながらホームページ上で研究するということをやっておりました。

Yahoo!の無料ホームページサービスを使って長いこと掲載していましたが、それも廃止するというプロバイダーからの報告を受け、結局、廃止ということにしました。

しかし、WebPageとしてのデータはパソコン内に保管してありましたので、一曲一曲の原稿をなんとかできないか、と思っておりました。

このあいだ、「やってみよう」と思い立ったので、只今 WebPage データの中から原稿部分のテキスト・データを一曲ずつコピーして引き上げ作業をしております。

長い間にいろいろと分かってきたこともあるし、今感じることとは異なる部分も多々あるかと思いますが、なるべく当時の原稿のまま復刻しようと思っています。

そして、最後に復刻・後記を少しだけ書いて一曲ずつアップしようかと。

ビートルズ・ファン以外の方には興味がわかなく、申し訳ありませんが、「ビートルズ研究室・復刻版」のカテゴリーも設け、カテゴリー・ボタンを押せば、その掲載記事のみ閲覧できるようにいたします。

少しでも興味がわかれるようでしたら、ご覧頂きたいと思います。

とりあえず、きょうは予告です。

 

2020/06/24

【南先生の玉手箱_0014_その気になる】

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ライフワークとなりつつある、私の中学時代の担任で美術の先生だった南先生の過去に書いたメモ、らくがき、資料などの掘り起こし、今日もやります。
労力はたいへんなものだけど、私自身も発見があり、より興味深くなってまいりました。

今回は、平成11年5月の学校からの通信文を起こしてみました。

自分の“わがまま”を大切にし、優先させることは、命をたいせつにすることに結びつく。
学校では、子どもを常に教える側に、子どもは教えられ側になっていると錯覚しているが、実は私たち大人が教わることも多々あるのだ、という・・今回も勉強になる“らくがき”でした。


では、以下先生の「らくがき文」です。

[その気になる]

新年度のらくがき、気がついてみたら、しばらく書いてなかった。
あんなこと、又、こんなこと、たくさんお知らせしたいと思いながら手につかず、考えていても実行できないことがあるものです。

気軽にやろうと思っても、ついついできなくて時間が過ぎることが多いです。
お互いに自分のこだわりは大切にしたいものですね。
忙しいからできない、今それどころでないと思う気分の時には特に立ち止まって私たちは子どもとのかかわりを一番大切に児童ひとりひとりのこだわりと言うか、その子らしさが感じられるように心がけたいと思います。

人間はもとより、わがままな存在だと思います。
そのわがままを他との関係の中でバランスをとって自己主張していくことが大切だと思います。
いつだったか、「人間の存在も行動も全てこれ自然現象なり」って、つまり自分の気がむくことは、最優先させなさい、それでいいのです、自分の行動が他とかかわってはじめて他人のことを考えたり、自分をみつめ直したりするのです。

あたりまえのことですが、常に自分のわがままとか、こだわりを意識して生きていきたいものです。こんな話しがずーっと前にどこかで話題になったことを思い出しました。

何かよく説明できませんが、自分のわがままを優先させると言うことは命を大切にすることであり、自分を大切に自分らしく生きると言うことで、他人への思いやりや、生き方にバランス感覚が身についていくのかもしれません。

人生、年と共に良い面で自分のこだわりを意識していきたいと思うこの頃です。


毎日お子さんたちの活動に触れていると、とにかく新鮮なその子らしさ、エネルギーが強く伝わってきます。
生活の中でもいろんな発想のもとをもらうことがよくあります。

五十年以上も生きていると感性の光る部分をたくさん忘れてしまっていることに気がつきます。

学校ではいつも子どもたちが学ぶ側にあるように、我々大人側が錯覚をしているように思うことが多いです。
知識や感性を子どもたちから教えられることが多いのは私だけではないと思います。

子どもたちがその気になる、やる気になる、「その子らしく存在できる」空間(場所や時間)を具体的に保障できる大人でありたいと思います。

変ならくがき意味不明?何か伝わったでしょうか。
らくがきのため、書き直しません。


以上が先生の文です。


「らくがきのため、書き直しません」と結んでいるくらい、一気に書いたものだと思います。
一気にこれだけの思いを語り、書けるのはさすが先生だと思いました。
そういう術は、まだ私は持ち合わせていない。


【Now Playing】 Same Roac,Same Reason / アコースティック・アルケミー ( Instrumental Music )

 

2020/06/23

「音の館 2020/音楽之友社」という MOOK を読みました。

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『音の館 2020 stereo編/音楽之友社』というムック本を読みました。

オーディオ専門誌『stereo』で、1981年1月号から2009年3月号までの30年弱、続いた連載記事をまとめたものです。

私はオーディオ・マニアではありませんが、でもこういう本を読めば、やはり興奮してしまう(^^;)

単に「あのアンプと、あのスピーカーの組み合わせで聞くと、どんな音がするのだろう」というようなことから、この本に掲載されているようなインシュレーター、ノイズフィルター、ケーブルなどによる音の変化など、実に興味深い。

私が学生時代には、よくブロック塀に使われているコンクリート製ブロックをスピーカー台として使っているオーディオ好きのお兄さんが友達の家にいたりしました。
当時は、カッコイイ!きっといい音がするんだろうな、などと思っておりましたd(^_^o)

で、この本は専門誌の編集者がオーディオ界に名だたる“つわもの”達と共に、「音の館」と当時呼ばれていた“実験室”のような部屋で様々な試みをしている様子が、呆れるくらいいっぱい(^_^;)写真と共に書かれていました。

先に述べたような割と私にも考えられるような「いい音」へのアプローチなどだけでなく、マイナス・イオン・ドライヤーの風をCDにあてると音がよくなるのでは・・( ̄O ̄;)という“説”があり、実際に試してみたり・・結果としてものすごく音が良くなったり (・_・;、リスニングルームにいる全員が靴下を脱ぐといい音がするのでは…(^_^;)とか、全員腕時計を外して部屋の外に出すといい音がするに違いない・・など、もう私には何がなんだかわからない試みまで行われています。

当時のオーディオ雑誌で私もよく見た「ブチルゴム」というベトベトしているらしいゴムをスピーカー・ケーブルにぐるぐる巻きにしてみたり、結束バンドでアンプとプレーヤーを縛り付けたりするというSMまがいの、何のために何の効果を期待しているのかわからない良い音へのアプローチも恥ずかしそうな様子もなく書かれていました(*^_^*)
もうわけわかりません。

でも、それが・・おもしろいんだよなぁ~(#^.^#)

というわけで、ものすごく興味ある実験から、ただ笑ってしまうような実験の結果まで、楽しく読ませてもらいました。

私もちょっとスピーカー・ケーブルを変えてみようか、なんて思いだしました・・あぶない、あぶない・・“どツボ”にはまってしまいそう・・(^_^)

オーディオ好きで、ちょっとイタズラ好きな人には“超おもしろ本”だと思いました。

 

2020/06/22

【南先生の玉手箱_0013_表情は大切 顔と顔、表情は言葉と同じ、他者とのキャッチボール】

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今回の南先生のメモ・らくがき・資料の掘り起こしは、平成16年度と書かれたノートに鉛筆で書かれたもの。
人の表情について書かれています。
今までとちょっと異なるテーマです。どんな展開になっているのか・・。


以下、先生のらくがき文です。


顔には不思議な魅力がある。
動物でも魚でも人間でもみんな共通したところもあるような、でもみんなちがう雰囲気のイメージが伝わってくる。

できれば表情は豊かなほうがいいと思う。豊かと言うのはその人らしさとか、そのものの今の気持ちをいろいろと素直に表現できることかとも思う。

表情には良い悪いはないと思います。
毎日学校では子どもたちが実にいい顔を見せてくれている。
大人も同じなのでしょうが、時々気になることがある。
日本人ばかりではないだろうが、ちかごろ大人も子どもも、無表情が多くなってきているように感じると、外国に長く暮らしていた人が帰国して現代の日本人を見てびっくりしたと言う話しを聞いたことがある。

電車の中の大人たちがなんであんなに無表情なんだろうか。すれちがっても表情ひとつ変えない、また子どもを見ても何ひとつ会話しようとか、かかわろうとしない様子に、時の流れを感じたようでした。

わざと無表情をつくっているのではないが、暮らしの中に豊かな表情になる何かが消えたのでしょうね。
表情をつくると言うことはひとつの形式ではなくて、自然に出てくるものでありますから、その根っこのところに感動、つまり五感のイメージが弱いと表情に出て来ないのかも知れません。

でも、一方で無理をしてでも感動しなさいとか、表情をつくりなさいと言うことではないでしょう。
無表情と言う中にもひとつの魅力あるのですから、いろんな表情があっていい。
誰でも自分の感情表現が顔の表情に出てくるのです。

自分以外の生きものや、人間そして身のまわりのものから私たちは毎日たくさんの表情をもらっている。
そのもらった表情に対してのお返しが自分の表情だと思います。
身のまわりのいい顔にたくさん気がつく自分でありたいですね。


以上が先生のらくがき文です。

先生、私がカメラを持っていると、いつも「ちょっと撮ってくれ」と言って、いい表情をしてくれます。
屋外だと、全身でポーズを取ってくれたりもします(#^.^#)
上記の文に書かれているようなことが頭の中にあるのでしょうね。
私も日頃の表情には気をつけよう、などと14年前の先生の文を起こしていて思ったのでした。


【Now Playing】 You're Sixteen (You're Beautiful Your Mine) / Ringo Starr ( Rock )

 

2020/06/21

「ビートルズ/マークハーツガード著」を読みました。

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『ビートルズ(A DAY IN THE LIFE)/マークハーツガード(Mark Hertsgaard)著・湯川れい子訳(ハルキ文庫)』という本を読みました。

これは、1994年1月に発行され、日本では湯川れい子さんの訳で1997年7月に単行本化されたものだそうで、今回2019年11月にそれが“文庫本”化されたものです。

私、実はこの本を存知上げませんでした。
時期としては、ビートルズが「アンソロジー」を企画していて、来年出るんじゃないかという時期だったようです。文中にその旨の記述がありました。

で、その時期の文献としては、かなり冷静にビートルズのデビューから解散までを丁寧に音楽的な面から、さら四人個々の関係、そしてブライアン・エプスタインやジョージ・マーティン含め周囲の人たちとの関係なども偏りも感じさせず書いていて、ビートルズ・ファンの一人として読み応えのあるものでした。

筆者はこの文を書くにあたり、EMIに残されていたテープをそれこそ、あのアンソロジーに入っていたような制作過程の部分をかなりの時間聞くことが許されていて、それを聞いた上でのものなので、当時の四人の様子、ジョージ・マーティンらスタッフとのやり取りなども理解した状態での文となっており、今現在の私が読んでも知らなかったことや、著者にとっての「ビートルズ」という音楽・芸術・現象・人としての姿が丹念に書かれているものだと感じました。

1994年頃の文ですが、よくあるビートルズ本に書かれている、ゲット・バック・セッションの頃は四人の関係は最悪だった・・みたいな安易で一方的な偏りのある記述も、丁寧にその時の状況を拾い出して実際はこんなであったろう、ということも書かれていました。

そしてビートルズの四人は家族、あるいはそれ以上のようなものになっていた、という記述にも共感しました。
いくらなんでも家族四人にそれぞれ結婚してパートナーが出来たり、子供が出来たり、大家族になってしまえば、一緒に暮らしていくのは無理だろうという考え方にも納得がいきました。
つまり、あの頃、四人の団結、結束の強さは誰にも想像出来ないものだったのではないかと。

さらにビートルズが創り上げたものは、単なるロック・ミュージックとか、時代に生きる若者達の成功物語でもなく、残されたものはある種の「芸術」としての一形態なのではないか、というような記述もあり、・・そうかもしれない、と思いました。

私は今でもビートルズの曲を毎日聞いています。たぶん聞かない日はありません。
それだけ魅力のある楽曲ばかりであり、アルバムは作品として今でも鑑賞に耐えうるものであり、これだけ聞いてもまだ日々発見がある、ということも驚きです。
しかも、こんだけ何十年も聞いているのに飽きない。さらに新鮮に聞こえる。

私、かつてビートルズ研究室というホームページを作り、2004年から数年かけて全曲について研究し、掲載したことがあります。
ホームページはプロバイダーの都合で閉じることになりましたが、その原稿はまだ手元に残っています。
何とか、今年中にでもその原稿を生かし、追記等をして(それぞれの曲を聞きながら書いていましたが、2009年リマスターの前のCD音源を中心にしていたので、あらためて聞き直してもよい部分があるのでは、と思っている)このブログで復活させようという思いをあらたにしました。

ビートルズ、いつまでたっても私の心の中に人生の支えとして生き続けているのです。

 

2020/06/20

【南先生の玉手箱_0012_ぶらり銚子 本当はいいところ】

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私の中学時代の担任で美術の先生のメモ・らくがき・資料の掘り起こし企画。
今回は私が今までアップしたもののうちのいくつかを先生が『紙』で確認され、その後に追加として送られて(^^;)きた資料からの活字化です。

平成17年5月3日の日付がある、【紙面研修】と題された綴りになっている資料の中からタイトルの「ぶらり銚子 本当はいいところ」をご紹介します。


では、以下、先生が書かれた資料の文章です。使われている漢字、ひらがな、などほとんど手を入れておりません。


連休中、テレビの画面に銚子が出た。
さわやかな季節に観光スポットなど紹介だが、今、普通の休日など人の出は少なく、観光の仕事やお店も大変な時代です。

イルカウォッチングなど新しい催しもあるようだが、昔の漁港、古い港などよく絵を描きに遠くからいろんな人が訪れていた。

古いたたずまいは姿を消してきた。
魚グルメの番組など他の地域でも新しく宣伝は入るもののうまくて安いお店はほとんどなくなった気がする。

銚子に限らず全国どこでもピントがずれていると思うことが多い。
おいしい宣伝によって立ち寄ってみると大変なことがある。ちょっと食事をして5000円とか、本当の意味まで庶民のお店が少なくなった。

銚子は東のはずれ、千葉方面から人が流れて国道126号線、数年前に大変な思いをしたことがある。
うまいいわし丼を食べながらきれいな藤を見に行こうと思って家族で家を出たものの途中から大渋滞、目的地に着かずに昼を過ぎて2時頃やっと到着すれば、今日は全部注文オーバーで、ものが無く、食べられず、ちかくのすいている知らないお店に入ったら、まずい高いの体験をさせられて、藤を見るにも町中車が動かず、お寺の庭に入ることもできず、ただ渋滞の中を通り過ぎて夕方やっと家にたどり着いたことがあり、それから連休には銚子には行かなくなっている。

銚子もまだいいところは残っている、おいしい食堂、安いところもあると思うが、残念なことにはそのような商売が大変な状況にある。
よく行ったお魚料理のおいしいところに入る入り口に別のコンビニと新しい食事処ができた。
偶然に来た人も便利なのでみんな入り口にちかいお店や食堂に入っていく。
中味が良ければいいのだが、反対なのです。
今まで味にこだわって来ていたお客さんも奥まで入らずにすっかり客足がなくなった。
奥のお店、もう店じまいをしたかと思うのですが、みなさんどう思いますか。

駅の近くでうまい鯛やき、ぬれせんべいがあった、今でもやっているのだが、職人さんと経営方針が変わったのか、味が落ちて値段が上がった。
消費者、お客さんに良いものをサービスする経営の心構えの基本があっちこっちでこわれてきている。
食べるものばかりではない、毎日のヒゲそりのことだが、使う前から切れない製品がほとんどで、前に使っていたタイプのものを探してもみつからない、安いから切れなくてもあたりまえだよと会社の人が言っていたとか、これもまたものつくりの基本精神がなくなってしまった。

ディスカウント商法をすべて否定するものではないが、社会全体何か基本が変だなあと、ひとりブツブツ言ってるのは私だけなんだろうか。

いろいろと暮らしは大変だとは思うが、自分の仕事にこだわって品物をつくってほしい、そんなことを言いながらも各地で本物をがんこに守り続けている職人がいる。
良いお店を増やすのはお客の側、消費者の感性によるものです。
良い物を残していきましょう。

※私ごと、何かあるからってみんなが同じにワーッと行くのは一番良くないですね。


以上が先生の文章でした。

15年前ですでにこんな状態だったんだな、とあらためて思いました。
今年の“コロナ騒ぎ”のときには、逆に、海の方なら安心だろうと多くの人が銚子の犬吠埼などに足を運んだようですが、これも一時的なものかもしれないし、人が集中する場所が先生が書かれているように、いいお店、いい場所ではないかもしれません。

とは言え、銚子はとても“いいところ”です。
あの「銚子電鉄」にのんびりゆっくり揺られながらの鉄道旅もいいかもしれません。
ほどよく、三密を避け、感染に気をつけて行ってみたいところです。


【Now Playing】 With A Little Help From My Friends / The Kennedy Choir ( Chorus )

 

2020/06/18

【南先生の玉手箱_0011_あなたは感動を忘れていませんか 倉本聰 北の國からの一説】

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ほんとうにできるのか、やれるのか心配しながら始めた私の中学時代の担任の先生が現役時代に書いたメモや資料を掘り起こして私のブログにアップするという作業。
なんとか岸壁を離れて海に漕ぎ出した感があります。
少しずつ沖に向かいます。

今回は、平成17年の通信誌の裏面の「らくがき号外」と書かれたものを掘り起こします。

以下、先生の「らくがき 号外」文です。


あるお茶の先生のお話しだが、習いものとか日常の暮らしについてちょっとした提言のようなものがあった。

ごくあたりまえのことなんですが、日頃気がつかずに暮らしていることが多い。
そのひとつとして習いものや勉強が毎日楽しいですか。
楽しいかどうかは自分の心に問いかけてください。
そしてつまらないと感じていることは改善しましょう。
何を勉強するのか、何を身につけたいかが分からないのは本人の問題です。

絵を描いている時にもよく話題にすることですが、何を描きたいかが分からなければ何も先に進まないです。
自分が感動のないものには先がない。
そのとおりなんですが、難しいこともある。

お茶の席などでも何かひとつ工夫をしてみんなをびっくりさせたいものをとり入れたい。
それは花であったり、茶わんであったり、着物や服装、そして家のたたずまいなど、空間環境への気くばりなど感動の要素はたくさんあるものです。

それにびっくりする側の心の持ちかたが大切なんでしょうね。
感じ取る側に自分がなければ何も感じられない。
こんなあたりまえのことがなかなか難しいものです。

学校の勉強も、運動も、そしてあそびも、まず本人のやる気、感じとる心の強さが基本ですね。
作家、倉本聰の言葉、北の國からの一説にある「あなたは感動を忘れていませんか」を時々耳にします。(日曜朝TBS)

感動がないところに魅力はない。このような心の原点について時に自らをふりかえりたいものですね。
現代の暮らしは特に五感を使って体で感じる部分が大変少なくなってきているように思います。
この体感することの積み重ねが命の重さにも大きく関係してくるように思います。

マスコミ情報から毎日のようにどうすればそのようなことになるものか理解することなどまったくできない許せない凶悪な犯罪の数々も、私ごとですが、すべてのものが感動することの欠如にはじまっているように思うこの頃です。


以上が先生の「らくがき 号外」の文でした。


このぐるぐる回りながら書かれた原本を苦労に苦労を重ねながら(どこまでタイプしたかすぐにわからなくなり、何度も何度も最初から文字を追いかけることになる、しかも繋ぎの部分を間違って何がなんだかわからなくなる (・_・;)活字化する作業をしていて、私も思うところがありました。

昨年の今頃倒れて救急搬送され、入院、療養生活をし、退院後の生活、特に仕事については意欲もかなり落ちました。それに興味を持ったり、“意欲”が出て来ないという今の状況に、自分でどうしたらよいのかわからないのです。

先生の、この15年も前の文を読んで、もう一度自分の心に問いかけ、日常生活や、特に仕事についての考え方、心の持ち方を再点検したいと思います。

始めてしまったこの難作業ですが、いろいろと感じること、勉強になることがあります。


【Now Playing】 Someday My Prince Will Come / Bill Evans ( Jazz )

 

2020/06/16

【南先生の玉手箱_0010_現役時代の張本選手の新聞記事を読んでの先生の言葉】

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私の中学時代の担任の南先生のメモ、通信、などの過去資料から・・今回は古い新聞の切りぬきを取りだしての先生の言葉です。

先生の文をご紹介する前に、そのきっかけとなった新聞記事についてご説明しておきます。
写真の真ん中にある部分が新聞の切りぬきなのですが、内容を簡単にご紹介すると、プロ野球の張本勲さんの現役時代のこと。
東映フライヤーズ在籍時代は、体を気遣って重くない負傷でも試合を休んでいたのだそうです。
巨人に移籍してのある日のこと。球場付近で車から降り、交差点で信号待ちしていたら、張本さんに気づかぬ子どもがお父さんに話しかけていたのが聞こえたとのこと。

「お父さん、きょう、張本選手は打つかなあ。打ってくれるといいね。せっかく来たんだもの」

それを聞いた張本さん、「体に電流が走った」とのこと。
「選手にはシーズン百何十分の一の試合も、観客には一生の思い出になる。何があっても休むまい。」と肝に銘じたのだそうです。
人気球団、巨人軍に入って初めて気づいたわけですが、その当時張本さんは押しも押されもせぬ偉大なバッター、それでも気づくことがあって、それからの選手生活は大きく変わったと思います。
いい事との出会い、いつ遭遇するかわかりません。


で、以下その新聞の切りぬきを久しぶりに見ての南先生の文です。


古いノートにはさんであった、だいぶ前の新聞の切りぬきが出て来た。
私ごと、これも新聞との出会いで何か気に止ったものだとその昔を思い出した。

誰もが自分道をその道のプロをめざして形は平凡であっても、今を精いっぱい生きること、ひとつの命がたくさんの自分には見えない他の命とかかわって存在している。

誰でも日々を全力投球で自分を鍛えぬくことは至難の業とは思うが、時に立ち止まって自らのうしろ姿を意識して暮らしたいものだ。

こども時代には、小さくても夢があった。大人の今でも誰でも持ち続けるべきこと、夢や或る目標にむけて積み重ねるべきことが人生かと思うのだが、人生このように自分ではなかなか気がつかないところに一瞬の出会いや別れがあるんだと思う。

懐かしくこの切りぬきをした頃の自分を思い出したひと時でもあった。


以上、2008.8.20 の南先生の文でした。

張本さんの記事を読んで私も感じたことがありました。それは宝塚歌劇のこと。

宝塚を初めて見たときから感じたのが、トップスターから一年生(研究科一年/ケンイチとファンは呼ぶ)まで、舞台は日々(一日二回公演でも)、毎回全力投球でした。しかも全員が誇らしい顔をしてこちらに「どうですか」という感じで目を合わせてくる。
自分達にとっては長い公演の一回でも、ファンにとって(特に遠くから来るファンにとっては)は、ひょっとすると年に一回、いやいや一生に一回かもしれないわけで、それを意識しているんだということがよくわかりました。

実際に花組トップスターだった、真飛聖(まとぶ・せい)さんが上記のことをおっしゃっているのを聞いたことがあります。
「だから全国ツアー(地方公演のこと)に出ると、観客席で泣きながら見ている人がいる。」と真飛さん、話していました。

真飛さんの全国ツアーを見たことがありますが、客席に降りてきて、ファンのおでこにチューしたことがありました(*^^*)・・こりゃもう“一生の思い出”どころじゃないでしょう!本公演では絶対にあり得ないことです。

私も人との出会い、さまざまな機会を大切に生きたいと思います。
先生の文章、ますます掘り起こし甲斐がでてきました。


【Now Playing】 Octopus's Garden / The Beatles ( Rock )

 

2020/06/15

宝塚歌劇復活の報

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報道で、宝塚歌劇が7月17日花組・大劇場公演から復活するとの報道がありました。
ついにやるのか、と思いました。
でも、どういう方法で、あの大劇場という大きな空間でやるのだろう、と不安の方が先走りました。

宝塚歌劇が本場大劇場も東京宝塚劇場でも、そして他の日本青年館、文京シビックホールなども次々と延期、中止となり、宝塚歌劇が自分の人生の一部になっているような現在、私はどうしたらいいのかわからなくなりました。

ファンの人たちの多くがそんな気持ちだったんじゃないでしょうか。

以前にもこのブログで何度か書きましたが、私の持論、『宝塚歌劇には現在の世の中ではほぼ死に絶えたと、絶滅したと思われる「愛」と「正義」と「真実」が現存している』という考え・・。

たとえば、今話題になっている芸人のスキャンダル、あれに「愛」は無い。

財務省文書改竄に伴う自殺職員の妻からの再調査を求める35万人の署名提出。それをいきなり「もう調査は終わった、処分は終わった」と“けんもほろろ”な内閣官房長官の会見の言葉・・。ここに「正義」はあるのか。

森友・加計学園問題、疑惑に対する政府の回答に「真実」の欠片でもあるのか。
現在の新型コロナウイルス感染対策給付金の委託問題、いくら質問してものらりくらりの答弁にならない答弁の中に一片の「真実」でさえあるのか。

話は大袈裟かもしれませんが、でも私の今までの人生経験の中でも、特に仕事上、職場の中にも「愛」も「真実」も「正義」も一度たりとも登場しなかった。
むしろその三つがないヤツがのさばっていた。

・・などと愚痴るつもりで始めた話ではありませんでした(^_^;)

なんとか良い方法を見いだし、宝塚歌劇公演を見事に実現・成功させてほしい。
「愛」も「正義」も「真実」も舞台上で炸裂させてほしい。

それが書きたかったわけですd(^_^o)

 

2020/06/13

【南先生の玉手箱_0009_こころのたまご】

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私の中学時代の担任で美術の先生だった南先生が現役時代に書き残した様々な文章。
きょうも発掘作業をすすめております(゚ー゚*)。oO
今回は2008年に小学生からもらった手紙に書かれていた【詩】を読んで、先生がいろいろ思いを巡らせて書かれています。


以下、手紙に書かれていた【詩:こころのたまご】と、先生の文です。


『こころのたまご』

子どもはみんなこころの中に

  たまごを持っている。

目には見えない こころのたまご

こころのたまごはおとなになると消えてしまう

こころのたまごは

  ゆめのカケラ

ゆめをあきらめると こころのたまごは

  見えなくなってしまう

こころのたまごから生まれるヘンテコな生き物

それはしゅごキャラ。

じゅごキャラはなりたい自分の可能性のたまご。

なりたい自分(しゅごキャラ)は

信じてもらえないと消えてしまう。

その中には特別なたまごもある。

それはエンブリオ(ゆめがかなうたまご)です。


時には40年も前の生徒や仲間から突然のメッセージが届くことがある。
私ごとアナログ専科の暮らしなので、黒電話があることはあるのだが、急な連絡や頼まれたこと以外に使うことは少なく、ほとんどは手紙のやりとりをコミュニケーションの柱にしている。

お互いにふっと思い出したようになぐり書きの中に近況が伝わってくる。
時にびっくりの内容もあるけれども、子どもたちや若者からのメッセージの新鮮さに心を動かされることが多い。

夢と言う言葉をきらう人もいるけれども、日のそれぞれ夢の形や内容はちがうものだけれども、私はこんなふうになりたい、と生きている今に願いを持つことは年を重ねてもそれぞれの立場で日々新鮮でありたいと思っている。

ひと言で言うならば行きている感動の積み重ねがひとつの夢の形として成長していくのかも知れない。
今回、小学生から届いた手紙にあった「こころのたまご」を読んで、大人たちが年を重ねる毎に忘れていく、きわめて大切なことをストレートに感じさせてもらったひとつの手紙との出会いであった。

こんなときにつくづく思う。子どもはみんな天才、その輝きを見のがさない大人でありたい。

※写真にある文章の中心にあるイラストについて:もとより海や魚は好きでよく描いたりしているけけども、この頃何かあると線を自由にぐるぐると描いて何か好きな形をなぐり書きすることが多い。
文章も絵もいろんなことすべて形式を気にしないでらくがき風にやってみたい。


以上が子どもの詩と、先生の文です。

私も先生とのやりとりは、今でも手紙と電話。
時にメールできれば、と思うこともあるのですが、でも、それでもこの形でのやり取りは何よりも尊いと思っています。
今どき元先生と元生徒が文通です・・(^_^;)・・ま、ふつうありえないですよ。
でもそれをやるのがかけがえのないこととなっているのです。
さて、また手紙書いちゃおうかな。

 

芸能人のスキャンダルなんか、もう取り上げるな

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また芸能人のスキャンダルの話題が出て、世の中ウイルス感染拡大の影響で大変なことになっているのに、テレビやラジオでうれしそうに報道しています。

私、テレビはほぼ見ないので、そちらの状況はわかりませんが、ラジオでも「口にするのも穢らわしい」と言っていたので、きっとそういうことをしていたのでしょう。
そこからは、この件について報道が始まったらスイッチを切ってしまうことにしました。
ネットに載っていたら、別のページにすぐ飛ぶことにしました。
もう見たくもないから。

携帯のニュースみたいなものに、「活動自粛に入ります」と、わけのわからない事前対策的な行動を見ましたが、そういうことだったのか、準備が良すぎて逆にいやな印象を強めているな、とも思いました。

うれしそうに報道する人、そんなことするから本人は自分が“大物”なんじゃないかと、ますます勘違いするんじゃないかと思いますよ。

一切何の報道もせず、まったくふれないということが本人にとって一番きついことになるのにねぇ。
そうすれば、もう復帰しようなんて気持ちも消えて、二度と見ないで済みますよ。

こんなどうでもいいことを微に入り細に入り調べて報道するなら、ウイルス感染拡大に伴う給付金の実態がどうなっているかくらいもっと報道したらいいんじゃないでしょうか。

あやしい契約、もっとがんがん突っ込んでくださいな。

それにマイナンバーカードを利用すると、10万円の給付申請が簡単にできるなどと政府が言ったことがまったくの絵空事だったことについても、もう一度検証して伝えてくれた方がありがたいです。

わずか15パーセント程度しか保有されていないカードで、しかもさらにその内の数パーセントの人が暗証番号がわからず再設定に役所を訪れただけでシステムがダウンしてしまうようなお粗末システムだということもしっかり報道した方がいい。

だって、これにまた銀行口座を紐付けするなんて言ってますよ、あなた!
さらにさらに健康保険証代わりにするなんて言って多くの人にカードを作らせようとしている。
ただでさえ動かない、能力不足、容量不足、通信速度不足なしろもの。
保有者を増やし、接続システムを増やしたら、システム起動したたげでダウンしますよ(^_^;)・・ポンコツシステムなんだから。
システム基盤を理念もしっかりしたものにしてから再整備し、それからの話だと思いますよ、素人の目から見ても。

先にカード保有者を増やそうとする、その根性がいかんと思う。
カードをつくると便利なことがいっぱい!と、制度が始まったときに言っていたのに、「私はこんなに便利になりました、ああ幸せ」なんて人が一人もいないから誰もカードを作らないんだよ、そんな簡単なことがわからない議員と国の役人。
ひと言でいうと、「便利にしてから勧誘しろ」ってことです。

疲れがたまって、怒りもたまってしまったようです。
今回はこれにて終了。

 

2020/06/11

【南先生の玉手箱_0008_先生、東京浅草などへPTAと共に研修に】

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今回の先生の文書は、平成11年6月のもの。
先生が書いている学校での通信誌のような形態のものです。
PTA企画の研修で東京に出掛けた先生の懐かしがったり、時代の流れに驚いたり、面白い場所に喜んだりの文ですが、文字は縦書きで読みやすかったものの、文体がぐるぐる回っているような感じで、読んでいるだけで私の脳みそが回りそうになりました(^_^;)


では、南先生の20年以上前の文、お楽しみください。


今年の梅雨はどうしたのだろうか、六月はえらく変な陽気だったのだと思う。
梅雨に入っても雨がない。
六月なのに猛暑が続き、急に強い風がふいて屋根や看板、弱い樹がたおれ、とばされたり千葉県は何もないのに九州方面、同じ日本で災害、かなりの被害死者の続出。

報道って、する側、される側、そしてそれを見る人たち、いろんなおもわくの中で不順な天候の中でも暦の上では必ず季節がめぐってくる。

ここ長南町では、六月には黄金の麦畑に夕陽が美しくさわやかな風を感じながらすばらしい季節が過ぎて、今、紫陽花に田んぼの緑が目にとってもいい眺めです。

今年は東学区緑いっぱいのけしきが絵に描けたらいいなあって考えています。
昨年度子どもたちと約束してできなかったこと、目標のひとつとしてがんばろうと思っています。

先日はPTA研修で東京・浅草方面、日帰りに参加してきました。
東京都庁舎の見学、下を見るとゾーッとする。超高層ビル、こんな建築の技術があたりまえのようにこの新宿区ああたりにはたくさんのビルがある。

今になってみればこの眺めもあたりまえのように見ているけれど、それこそ四十年位前のこと、自分が小学校六年生の時、東京見物修学旅行に来た時、東京は緑がいっぱいであった。

高いビルはほとんどなくて、東京タワーの足の部分が森の中からニョッキリ出かかっていたのを覚えています。
今は千葉駅のあたりを考えても町から緑が百パーセント消えてしまったような眺めです。

それこそ長南町や田舎の市町村にそろそろ空気税を納めてもらいたいなあ、なんて、まあ冗談ですが、あまりにも人工物が多くなり過ぎた現代、二十一世紀は自然と人工物とのバランスが大きな問題になると思います。

高速道路のまわりに高層ビルの建ちならぶ光景は四十年位前、手塚治虫氏が描いていた未来都市、当時はSFの世界であったものがアッと言う間に現実のものになってしまったと言うか、便利な世の中になった。
それこそ我々一般人は五十年前、想像もつかなかった状況である。

都市部をぬける時いつも複雑な気分で景色を眺めることが多いです。

隅田川の十二橋めぐり久しぶりに川から見る景色、スケッチでもしてみたくなりました。
一回に五百人も乗せるのにびっくりしました。

小雨の中を浅草見物、ホテルの上だったか、おいしいバイキングでした。

雷門から仲見世通り時間がなかったけれども、あっちこっちおもしろいお店がたくさんありました。
昭和のはじめ頃の歌謡曲のレコード、カセットテープなどたくさん置いてある小さなレコード店、ずーっと前から絵など額入りで売っていたような画廊など、今まであることに気がつかなかった横丁の一杯屋台や古道具屋さん、何でもこれ全部革のカバン五千円、骨董のお店にいろんなみやげ店、あれこれ見ていると一日中あきずに遊べそうなところ、また来てみたいと思い、学生時代五百円札でヤキトリ一本十円、お酒一杯五十円、飲んで食べておつりがもらえたのを思い出しました。

今は何でも十倍位、お昼食べて千円以上なんて高過ぎると思います。
帰りの集合場所ちかくに一泊三千円からってカプセルホテルがあったけど、庶民の匂いの残る浅草あたりでした。

アッと言う間の一日でしたが、思い出に残りました。

またPTAのいろんな行事や企画にみなさん気軽に出席してください。


以上です。


先生独特の、下書き無しで、思いつくままアドリブの世界で書き綴っている様子がおわかりいただけると思います。
ひとつの文の中で書いている途中から別の考えにスッと飛ぶような感じが先生独自のものですが、これに馴れるのにはちょっと時間を要します。

 

2020/06/10

【南先生の玉手箱_0007_2006.年賀状より】

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南先生の玉手箱資料・メモ・らくがきより、今回は2006年(平成18年)年頭に書かれたらくがき文のご紹介です。

 

以下、先生のらくがき文です。


30年くらい前までは年賀状のほとんどが、ミニ作品と言うか、版画などの手つくりのあいさつであった。
このところ特に数年キカイなど便利になって自分でカラー印刷までできるようになり、手間と時間のかかるものがめっきり少なくなってきた。

中で今年も木造船、銚子の景色のような昔の船のたたずまいを木版画で気合いを入れて刷り上げて届いた仲間の作品があった。
それこそ500分の数枚になっている手間をかけた力作はやっぱり感動ものであります。

私ごと、枚数の多いのを言い訳にして手間を少なくごまかしてしまっているが、本当のところ力を入れて何かハガキに心のこもったメッセージにしたいと思いながら今年も反省ばかりであります。

らくがきの表にも書いたことだが、年に一度のお互いのこだわりの一端が年賀状に見えるたくさんの中にドキッとすることや輝いて参考になる短文に出会うこともある。
誰だって日常をふりかえれば反省ばかりが多いように思うのだが、ひとつ立ち止まって何かこうありたいなどと思うひとくぎりそんな場面が人生にはそれぞれ必要で、年賀状のやりとりの中に学ぶことも多い。

出したって出さなくたってどっちでもいいと思いながらも、毎年続いている年末から年のはじめの年賀状もひとつ自分のこだわりに過ぎないが、また続くものと考えて今日9日もまだ返事を書いている自分が居る。

今年もたくさんのメッセージの中ちょっと心に残ったものをメモしてみました。

①良いものをつくるには手間と時間がかかるを大切にしたい。(40歳位の美術教師から)
 ※そうだそのとおりと思いながら手ぬきの多い暮らしの私たちですね。

②目の前のものやことに対してもったいないの気持ちを持って実行したい。暮らしの中でにおいや小さな感動を大切にしていきたい。(小さい頃からの友人から)

③人間不信を助長するような教育が必要とは実に悲しいことです。(先輩教師より・70歳位)
 ※お互いに信用とコミュニケーション、普通にかかわっていきたいですね。

④子どもたちから道草などの空間、時間を奪ってしまっている状況を何とかできないものか、子どもの時代に多くのあそび、体感を通して育ってほしい。(同僚)

⑤国際化、異文化交流などが多く学校に入ってきて良いこととは思うが、日本文化、日本人の暮らしの良いところ、言葉や生活スタイルがくずれているのをどうしたものか。(知人より)


以上が先生のらくがき文です。

このらくがき文からは14年を経ているわけですが、私自身も年賀状はほぼやめてしまった状況です。南先生には書いているのですが・・。
私も書いていた頃には、相当の手間をかけ、毎年アイデアを出し、工夫して作っていました。もう、後戻りは出来ないけど。
年賀状に代わる何かやり取りはないのか、などとも思い直しました。LINE、facebook、Blog・・?!それだけではかつての年賀状に負けているような気がします。

 

2020/06/09

「百鬼園先生雑記帳」を読みました。

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『百鬼園先生雑記帳 -附・百閒書簡註解-/平山三郎著(中公文庫)』という本を読みました。

著者は内田百閒先生の「阿房列車」に同乗、「内田百閒全集」の編集・校訂にもあたった方です。
「詩琴酒の人」「わが百閒先生」などの著書もあります。

内田百閒先生にまつわる本は何冊か読み、このブログでも読後感を度々書いていますが、いつ読んでも「何だこの人」っていう感想は変わりません(^_^;)
でも、そんな人で魅力のある人ってのは、なかなかいるもんじゃあありません。

夏目漱石先生との師弟関係というか、なんというか、思わず吹き出してしまうようなエピソードも書かれていました。
漱石先生にむかって、「私は耳を動かせます」と言って、実際に耳を動かしてみせ、それをまた漱石先生が別の機会に文にして書いているのには、「なんだこの人たちは?!」と思いましたが、男と男の師弟関係みたいなものはそんなものです。
・・傍から見ているとバカみたい(^^;)

漱石遺品のペン先の折れたオノトの万年筆を形見として百閒先生は貰っているが、「行人」「心」「硝子戸の中」「道草」などもそのペンで書かれたとのこと、そういう話題もうらやましい。

阿房列車の克明な旅中小遣帖も興味深く見ました。

上野駅サンドイッチ百五十円
盛岡駅そば屋にて盛四玉子二 百五十円
青森市内にて床屋(二人) 八十円

などなど。

読んでいて何が面白いのか途中でわからなくなったりするのだが、やはり面白い!

また本屋に行ったら百閒先生関係の本を探してしまうでしょう。

 

2020/06/08

いただいた「なたまめ茶」。

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日曜日、午前中に町内会費の集金があり、集金担当者から集金途中のYさん宅で私宛に品物を預かってきたとのことで、きょうのタイトルにも載せた「なたまめ茶」をいただきました。

Yさんとは一昨年の町内新年会以来お会いしていませんでした。
そのときの様子は、かなり足下もおぼつかなく、私を見て「どなたでしたっけ?」という感じだったし、それ以前にも同じ町内の方の通夜の席で同席したのですが、皆に支えられて歩いていたりして、体力も衰え、認知症も入って来ているな、と感じていました。

十数年前の町内会では、私が長を務めた時に、いろいろアドバイスしていただいたり、私が神社年番も同時にやっていて、式典用に買い求め、神社会館に前夜納めておいた品々が夜間に窃盗に遭い、大変なことになったときにも、いきなり財布を懐から出して、「これを使いなさい」などと心強い方でした。
もちろん、それは遠慮してなんとかしたのですが・・。

そんなこともあり、私はその後慕っていたのですが、近年どんどんと齢を経るに従い、衰えられて心配しておりました。亡くなった私の父とは同い年の方です。

「なたまめ茶」をいただいたあとに、妻と話をして、果物と手作りマスクを持ってYさん宅を訪ねました。

ご本人が玄関口に出て来て、「おおっ、あんた、来てくれたの」と喜んでくれて、『夢を見たんだよ、あなたに対して「お前なんか知らない」と足蹴にする夢だった。ほんとうに申し訳ないと思ってね。あれは夢だったんだよね、ほんとうにあなたにひどいことはしていないよね。』と・・。

私のことを夢の中で思い出してくれて、使い物を持たせてくれたのでした。

「夢ですよ、私はひどいことなんかされていませんよ」と安心してもらいました。

Yさんは、以前拝見したときよりも、とても“しっかり”としていて、“目ぢから”も以前のように力強く、言葉もはっきりしていて安心しました。

妻に「行ってみたら、また忘れていて、どなたですか?と聞かれたらどうしよう」などと話していたのですが、行ってよかった(゚ー゚*)。oO

人と人の繋がりって、ためらってはいけないな、とあらためて思いました。

 

2020/06/07

【南先生の玉手箱_0006_子どもたちは(大人も同じ)】

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今回の文は、平成16年2月5日の日付がありました。
学校に行きたくない、いやな科目があって行きたくない、行事がいや、などの子どもの気持ちについて先生がふれています。


〇休日の翌日 欠席者が多い 

 私ごとも含めて大人も同じことがありそう。


〇特定の教科のある日に欠席が多い 

 いやな時、かなりさぼったこともある。わからない、やらない、そのくりかえし、できない、嫌いにもなる。そんな体験、誰にでもあるのではないでしょうか。


〇学校や学級の行事がある日に欠席が多い

 みんなと同じ行動がいやだったり、何か個人的にいやな思いをしたりないでしょうか。


誰もが同じような気持ちになるのでは、と思うのですが、そんな時、でも行こうかとか、やろうか、のきっかけがあるんだと思います。

暮らしていればいやなことがあるのがあたりまえなんですが、そのことに無理に自分で苦しまなくてもいい、学校や仕事は休めば、のん気でいい、でも何か不安があったり仲間にも出会いたかったり、ひとりが寂しくなったり、子どもの頃みんな複雑な体験をしながら今を生きている大人の自分、それぞれの生き方なんだけれども、多くの人とかかわって育つことは重要なことと思っている。

人間個室の中ではまともに育たないと言っていた人がいましたが、そのとおりかと思います。学校も人間関係の中で知識の他に育まれる部分が大きいのでしょう。


自分もそうであったように、子どもたちは日々嬉々として暮らしている中に、とても不安定な状況にあるものと考えます。

子どもたちの言動の中からいろんなサインを感じられるように感動を共にしながら素直にかかわっていたきたいと思うこの頃です。

学ぶ側の意欲や主体性は大切なことですが、それ以上に教える側の魅力や望ましい環境をつくっていく大人側の責任など、今、毎回流れてくるマスコミ報道の数々、教育をとりまく課題に対して何か小さいことでいいから具体的にかかわって実行していきたいものですね。


以上が先生の文です。


永遠の課題のような気もしますが、今年のコロナ渦で、自宅で過さねばならない生徒や、大人も同様なことになった人もいるかと思います。
今回のことで、子供も大人もまたいろいろと考えたことがあったと思います。
新しい、学校や職場での友達・同僚などとの関わり方が出てきたのではないでしょうか。

 

2020/06/06

【南先生の玉手箱_0005_月と星空の夜景と共に描かれた風景の絵と、それを取り囲むぐるぐる文字の先生特有のらくがき】

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南先生シリーズ、今回は平成11年6月の「らくがき」というプリントの裏面に月と星の夜景の細長い絵と共に書かれたものです。

・・今回は今までに増して活字起しは大変な作業でした。
だって、絵の周囲を文字がぐるぐる回りながら書かれているのです。
だから紙を回しながら読まなければならないのです・・。なんたって目がまわる・・(>_<)
文字酔いしながらの苦難の作業でした。


では、以下、南先生の文章です。


暗くなって職員室に居たら、外で自転車のベルの音。
アレッ、誰か忘れものでもとりに来たのかな、外は良く見えない。

良く見ると、家族でちかくを散歩の途中だよって、父さん、母さん、娘さんと愛犬の4人。

私も家のちかく歩いているけどいいものです。今、車社会にどっぷりつかっている中で、毎日自分の足のリズムを確かめることは大切だと思います。

さて私も帰ろうかと思って外に出たら西の空に一番星と月がくっきりと。
うちのほう(銚子)では、この“うすむらさき”というか、夜空に光る形と色、めったに見られない何ともきれいな眺め、感動である。

時々、同じ方向に夕やけのすごいのも見る。
東小の駐車場からのけしきも好きです。
長南町で見ることができる四季折々の自然の衣替え、時々見せてもらえるように自然に目をむけたいと思います。

この細長い画面もひとつの見方です。何かいらない紙にみなさんもらくがきしてみませんか。
これも本当は夜空なので何か色でもつけてみませんか。

話は変わって、昨年、家庭教育学級で、子どもの進路(生き方)について考える会に参加しました。
何かお話してくださいとのことで、立場上資料を用意しました。
お話しするよりも、私の育ち方などちょっと書いたものを持って行って、みなさんに読んで見てください。
ひとりの人生観がちょっとでも分かれば、何かの参考になるかなあと思って、気軽につくった資料が少し残っています。ほしい人がいましたら申し出てください、20部くらいしかないので、とりあえず早い順にお子さんでも通して届けます。
希望が多いようでしたらあとで印刷するつもりです。

このらくがきも含めて何か感想があればお知らせください。
又、新年度いろいろとお子さんのことなど、地域の声もお聞かせください。
よろしくお願いします。

以上です。


あぁ、まだ目が回っている(^_^;)
この、ぐるぐる文書、まだまだ資料の中にあるのです( ̄O ̄;)
もう、夜も更けました。今夜は寝ます・・。

 

2020/06/04

【南先生の玉手箱_0004_先生が他の小学校への赴任が決まり生徒からもらったお別れのことば】

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南先生の玉手箱シリーズ、今回は先生の言葉や文章ではなく、先生が校長として過した小学校から他の学校へ赴任することが決まり、生徒からもらった「お別れのことば」です。
生徒からみた南先生の様子がうかがえます。


以下、生徒さんからの「お別れのことば」

校長先生へ

校長先生が他の小学校へ行かれると聞いた時、私は胸がぐっとなり、なみだが出て来ました。
校長先生は、私達にとてもやしさしく、陸上大会や球技大会などがあると「ミニ旗」を作って私達を勇気づけてくれました。とてもうれしかったです。おかげで自己ベストを出す事が出来ました。

また、校外学習やセカンドスクール、思い出旅行などでは、いつも私達のそばに一緒にいてくれました。
特にセカンドスクールでは、私は校長先生と一緒に自由行動をしました。
いろいろなゲームをやったり彫刻の森へ行って遊んだ事がとても楽しかったです。

ほかにも、校長先生とは数々の思い出があります。

そして、卒業式、校長先生は私達一人一人に似顔絵を書いてくれたり、一人一人に手作りのはんこをくれました。
私達卒業生全員にこれを作るのに何日もかかったと思います。
これを見て私は校長先生のあたたかい心に感動しました。

 

 

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私達だけが卒業すると思ったのに校長先生も卒業ですね。

校長先生のおかげで今の〇〇小学校があります。
校長先生が他の学校へ行くのはとてもさびしいですが、いつまでもやさしい校長先生でいて下さい。そして、〇〇小学校の子供達もかわいがって下さい。

今までありがとうございました。お元気で。
さようなら。

平成十六年 〇〇小学校六年
       〇〇 〇〇

以上が生徒から南先生への別れのことばです。


私も先生から手作りをはんこをもらった生徒の一人ですが、やはり先生が自分の名前を彫ってくれたことがうれしかったものです。・・今も彫ってくれる(゚ー゚*)。oO
爪楊枝が軸になっている“ミニ旗”も先生がよく作ってくれました。旗の中の絵はそれぞれ異なるものでした。これもうれしいものでした。

この生徒の気持ち、自分のことのようによくわかります。
・・だから、いまだにこうして先生とかかわっている自分がいるのでした。

 

2020/06/02

【南先生の玉手箱_0003_山田かまち、ビートルズからの印象深い言葉と衝撃】

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連日、私の中学時代の担任で美術の先生が現役時代に書かれたメモや資料についてこのカテゴリー「南先生の玉手箱」にアップしておりますが、本日帰宅してパラパラと先生のノートを見ていて、またアップしたいような「ちょっと らくがき」とタイトルされたものを見つけたので本日はそれを掲載いたします。平成16年度と表紙に書かれたノートからです。


以下、先生のらくがき文章です。

金子みすずさんの「みんながちがってみんないい」とか、相田みつをさんの「自分が自分にならないで誰が自分になるのか」それから山田かまち君の「勉強とは語るものじゃあなく勉強するものだ、こうでなければいけないなんて、みんな勝手にわくをつくらないでくれ」・・etc この年になって印象深い言葉がある。

たとえば今にしてみれば、私ごと35年以上前、ビートルズ・ショックを思い出す。
あの魅力はあのグループ全体が表現する音楽の中にあった不協和音ではないかと思っている。
高校時代にいきなりラジオから流れてきた「シー・ラブズ・ユー」か、「ロング・トール・サリー」だったか、とにかく今まで聴いたことのないショックであったことをよく覚えている。

その頃、ギターやドラムをやっているとよく不良なんて大人が言っていた。
自分も何か親に言われたことがあった。

今も昔も人の感性はそれほど変わらないものと思っている。

あえてあまのじゃくになる必要はないだろうが、ひとつのわくからちょっとはみ出たところに何か新鮮なものがあるのかと思います。

大総っ子(※先生の学校の生徒のこと)のみんなが何か光るそれぞれのらしさを持って、自分探しの旅を続けてほしいです。
私たち大人側も自分のうしろ姿に何かひとつ光るものが見えるように心がけたいものです。

以上です。


山田かまちという名前は私も聞いたことがありました。夭逝した天才芸術家だったかと思います。
そして私の大好きなビートルズについても先生は触れられています。
先生の世代だと、リアルタイムでビートルズの衝撃を受けた、そのときの感想だと思います。
今回は、「“自分らしさ”を持て」という、いつも先生が言っていることを当時文章にしたものでした。

 

2020/06/01

【南先生の玉手箱_0002_ものつくり、自然とのかかわり】

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前日に続いて南先生から送られて来た資料・メモの中からまた抜き出して先生自筆の原稿を活字に再生してアップいたします。

これは校内で「研修に参加して」ということで、その報告を“らくがき”的に書かれたものだと思います。
平成17年11月14日付となっています。


以下、先生の文章です。

ものつくり、自然とのかかわり ~バーチャルではダメ、実体験の積み重ねが心を育むと思う~

山武郡でも芝山、大総でも、たくさん山や田んぼに粘土がある。
その昔、特に縄文の時代の壺などみなさんも知っている身近な土を使って暮らしに使うものつくりの体験を昨日、県外の研究会に発表内容として持って行った。

私も何回か体験して感動をした思い出がある。
校長室にも一点置いてあるのだが、昔の人の模様と言うかデザイン、飾りつけはすごいと思うことがある。

その昔はあたりまえのことだったのだろうが、暮らしの中の美術品など特別なものではなく、火と土、水、空気、普通にあるものを大切に暮らしにかかわっていた。
やきものに限らず、自然物との関係は人の暮らしと気持ちの中、精神性に大きくかかわっていた。

それから時代は便利さの中でかなりの変化をしてきたものの、人間の心そのものはそう変わってきたとは言えない。

今回行った神奈川の学校でも、前は海、うしろは山、自然はいっぱいのところなのだが、なかなかゆっくり自然と対話をする時間やあそびの時が少ない。
自然や地域のものとたくさんかかわって、それに思いをよせることが一番大切だと言う話題に盛り上がった。

・・以上です。


先生がリタイアされ、十数年を経た今も上記に書かれているような、自然と対話する生活をされています。
大きな樹を見つけると、クルマに乗せて移動中の私に「ちょっと止まってくれ、降りて見てくる」と自然そのものの息吹を感じるように飽きることなく樹にふれ、見上げている先生がいるのでした。

 

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