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2020/07/31

「本を読む人だけが手にするもの」を読んだ。

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『本を読む人だけが手にするもの/藤原和博著(ちくま文庫)』を読みました。

本の帯に「スマホを切って、本を読もう!」「本を読むことは“誰かの人生を生きる”こと」と謳われていますが、・・もうねぇ、そういうことです。

日頃、このブログをご覧頂いている方は、私がかなりの“本好き”であることにお気づきかと思いますが、本を読むことは、もう私にとって「生きること」そのものになりつつあります。

ジャンルも問わず、様々な著者の様々な考え方、人生模様、見たことのない世界、研究を重ねてきたそのプロセスまで感じることができる読書。
この本に書かれているように、「“著者の脳”の一部を“自分の脳”に“くっつける”ような感じ」です。

そこからいろいろな発想、考え方が生まれたり、様々な事物に対する感覚も、読書をそんなにしていなかった頃に比べると、ものすごく拡がったような気がします。

そして読書をすることによって得られる、“自分だけの領域”を得ると、つまらない事や、くだらない争い、仕事などで窮地に追い込まれるようなことがあっても、心のスペースがあるので、待避したり、別のルートを使って乗り越えたりすることができるようになったと思うのです。
・・・これは、やっと最近になって感じていることです。ここ10年くらいで800冊以上の本を読んで、やっとひとつのマイルストーン、境地にたどり着いた感覚です。

著者は、あのリクルートで、バリバリに働いていた経歴を持つ方ですが、読んでいて途中、そんな空気を感じてやや息苦しい部分も感じつつ、でも本を読むことによって、自分の未来がどういうことになっていくのか、楽しみになってくるような“わくわく感”も感じました。

とてもいい本だし、この本に出会うことによって、今までとはちがう、別の自分に会えるきっかけとなるかもしれません。
もったいないから、おすすめしたくありませんが(^_^;)、でも“大おすすめ”な本なのでした。

 

2020/07/29

【The Beatles 研究室・復刻版】Rubber Soul[A-3]You Won't See Me

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2004年から2008年にかけて作成したホームページ「The Beatles 研究室」・・2009年リマスター発売後の一部追記も含めてのブログにての復刻版です。ほぼ当時のまま、そして復刻後追記も付しております。15年以上前の文なので細部の表現・事実についてはお見逃しください。
今回はアルバム「ラバー・ソウル」から「ユー・ウォント・シー・ミー」を取り上げてみます。

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この曲は初めてビートルズの曲が3分を超えた曲です。というとものすごく意外なのですが、事実です。このあと「レイン」まで3分を超える曲は出てきません。

ポールの曲で、このアルバムに対するセッションでは最後の録音になったものです。
曲が出来てからベースラインを考えるという、いよいよメロディアスなポールのベースが始まる初期の頃だと思います。録音に力が入ってきたのだと思います。
ベースだけ聞いていても、とても面白い!モータウンを意識していたポールのベース・プレイが冴えています。

ただ、この頃は恋人ジェーン・アッシャーとの仲があやしくなってきた頃で、この曲にしても電話に出てくれない恋人に対する心の叫びが表現されています。

私の記憶ですと1970年代にアメリカ(カナダか?)の「アン・マレー」という女性歌手がカヴァーして、全米で大ヒットしたと思います。高校生の時によくラジオの洋楽ベスト・テン番組でかかっていました。
そのバージョンもビートルズの演奏を踏襲していて、この曲の良さを余すところなく表現していた良いものだったと思います。
そして、この曲は女性に人気があったようです。
メロディーが良くて、テンポが良くて、キャッチーなところがたいへん私好みでもありました。
ジョンも「ビートルズのカヴァーの中では一番いい」と、褒めていたようです。

ジョンはタンバリンのみですが(ギターを弾いているという説もある)、けっこう効果的です。
ジョージも高音の良く効いた、歯切れの良いギターで曲を引っ張ります。

リンゴのドラムはこれも、意外と気付きませんが、ドラマーの立場から言わせていただくと、まず、フィル・インがたいへん多い、しかもそれが一々効果的に決まっています。
通常のリズムパターンでは、エイトビートの中で一カ所だけ、ハイハットの早いアクセントを入れたり、途中のフィル・インでは、バスタムからタムタムに逆に上がっていくパターンが新鮮です。サビの部分でもリズム・パターンに16ビートを入れ、変化をもたせています。
しかも、このアルバム全体がそうですが、チューニングが高めで、スタッ・スタッと歯切れ良く決まるのでとても気持ちが良く、この曲にまさにピッタリとはまっています。

ジョンとジョージのコーラスは「ウー・ラララ」というきれいなハモりがポールのポップなボーカルを飾り、サビでは、ポールのメロディから離れ、また戻ってくる形で、逆にコーラスの最初に戻ったときに、とてもスムースな印象を与えていて、さすが、ジョンとジョージという感じです。

一般的にめっちゃ評価が高いという曲ではありませんが、私にはこのアルバムでも大好きな曲の部類に入っていて、中学生当時この曲によく針をおろしたものです。そしてリンゴのドラムに酔いしれました。


〈追記〉2020/07/29
2009年ステレオ・リマスターを聞いてみると、ギターはやや引っ込み気味。

同モノラル・リマスターは、ベースはやや引っ込んだ感じですが、フレーズは割と良く聞き取れます。そしてリンゴのドラムは、ハイハットもスネアもタムも、はっきり聞こえる。

アナログ・オリジナル盤はピアノの音が良く聞こえました。

2009年モノ・リマスターにボーナスで入っている1965年作製のステレオミックスを聞いてみると、けっこうボーカルも良く聞こえ、ちょっとふわっとしていて、心地良い感じ。
ポールのベースは爪弾きの様子がわかるような感じで、一音一音が良く聞き取れます。

キャピトル盤ステレオは、ボーカルが強調され、ややつぶれ気味になるまでシャープな音色にしています。ドラムもシャキ・シャキ、パン・パンと歯切れ良くにぎやかです。

同じくキャピトル盤モノラルは、アメリカ人がラジオでビートルズを楽しく聞いている感じが出ているように感じます。それぞれの楽器もボーカルも、もれなく明るい音色でリズム感もよくなったような気にさせるミックスです。ノイズその他諸々は関係なしって感じです。

 

2020/07/28

【南先生の玉手箱_0020_視野は広くありたいです】

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私の中学時代の担任で美術の先生の昔の文書掘り起こし、今回取り上げるのは、平成17年5月3日「紙面研修」と記載されている先生が作った手書きの研修資料の中からの一文です。


以下、先生の文章です。

『視野は広くありたいです』

ひとつものごとを考える時、いろんな方向がある。
自分から見えていることを、自分を中心に考えていくことは普通であたりまえのことです。
学校では望ましい個や集団をつくる、育てていくため、特に義務教育の畑では発達段階のちがった個が、それぞれの個のちがいをぶっつけ合って、望ましい方向に磨かれて、社会人として卒業していく。

入学や卒業は誰もが通る人生の大きな節目であり、その間にいくつものドラマがある。

ひとりひとりの個のちがいが、ぶつかり合って成長し続ける。
個人を尊重することはあたりまえのことだが、集団に暮らす中では、社会、お互いに存在を認めること、共に暮らしていくために必要なルール、他者への思いなど、与えられた机上の知識の他に共に考えていく学校生活、集団で身についていくところが多い。

勉強ができる者、できない者、何かに早いこと、遅い者、また強い者、弱い者など、金子みすゞのみんながちがってみんないいでもないが、お互いのらしさが大切に育まれていかなければならない。

気持ちの強い子はいいかも知れないが、自分の存在が認められないままに、こうでなければいけないと言う方向、目的ばかりで育ってしまうと、大変なことになる。
このあたりまえのこと、いろんな方向からものごとを見る、考えることの重要性を大人側が分かって、子どもに接していかなければいけない。

お互いに個人の持っている可能性には限りないものがある。
特に子どもの時代にそれがつぶされないように育ってほしい。

このようにしたいと言う願いが一番優先される中で、がんばることに、命の意味がある。
それと、誰もが分かっていることなのだが、知識の量よりも、興味や関心のほうが大切。
知っていても、何の役にも立たないことがたくさんある。
人間が先、点数はあとと言いますが、人つくりが一番。
その望ましい個人は多くの他者とのかかわりの中から育っていくものです。
人生いろんな見方、考え方の中、気をつけなければいけないのは、こうでなければと決めつけないこと。
そう思いながら、自分自身よくものごと批判する中で話題にするものの、できないことばかりであります。


以上が先生の文でした。

この先生の文は“あたりまえ”のようですが、自分が小中学生の頃に一番悩んだことかもしれません。
「こうでなければ」と思い込んだり、「こうでなければいけない」と言われたことも何度もあったと思います。
先生の文章を掘り起こしている中で、また大切な考え方を再認識いたしました。


【Now Playing】 Oh! Lady Be Good / Lionel Hampton & His Just Jazz All Stars ( Jazz )

 

2020/07/27

「コロナショックと昭和おじさん社会」を読みました。

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『コロナショックと昭和おじさん社会/河合薫著(日経プレミアシリーズ)』という本を読みました。
これは、著者・河合さんが日系ビジネス電子版に連載している「河合薫の新・社会の輪 上司と部下の力学」を大幅に加筆修正し編集し直して発行したものです。

2020年6月25日一刷となっておりますので、このコロナ感染拡大の事態に合せて急ぎ出版されたものではないかと思います。

コロナ過の最中、失業する人、経営が立ちゆかなくなり途方にくれる自営業者、困り果てたひとり親家庭、孤立する高齢者などについてどんどん取り上げ、今まで昭和の時代から根本的には変わらず社会の中で溜まりに溜まった“ひずみ”の噴出が一気に出たのだ、という論法で展開されている本でした。

雇用形態、家族というものの実態、そして人口構成が全く変わってしまったにもかかわらず、昭和から連綿と続いてきた“昭和モデル”をもとに今も動き続ける日本社会・・その現状についても書かれていました。

そして、コロナ感染拡大の時代が終わったあとに起こる変化はどんな形になるのだろう、そんな結論へと向かうのですが、如何せんこのタイミングに合わせて刊行されたと思われる本書、もうひとつ現状にも、その原因にも、今後どうなるか、という結論にも深く抉るところまでは行けなかった、と感じました。

書きたいこと、言いたいこと、今後はこうあるべきだ、という著者の考えが、今ひとつ決定的な実例に乏しく、私のような疎い者には、わかりやすい実例がさらに欲しいと感じました。

でも、ほんとうに書きたいことは、「きっとこうだろう」というのはうっすらと分かるのです。
それをヒントに、私も少し今後について考えてみようと思いました。
続編が出たらかなり深い内容の良いものが出てきそうです。

 

2020/07/26

「向田邦子 ベスト・エッセイ」を読みました。

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『向田邦子 ベスト・エッセイ/向田邦子著・向田和子編(ちくま文庫)』を読みました。

向田邦子さんと言えば、「時間ですよ」「だいこんの花」「じゃがいも」「寺内貫太郎一家」などのテレビドラマの脚本を書いていた、という印象。
みんな昭和の普通のどこにでもいる一家で、変な人も家族にいるが、なんだか憎めない家族が描かれ、たいてい主は頑固者!・・そんな感じでしょうか。

「父の詫び状」で物書きデビューをした向田さんの文に対し、私が勝手に文章の師匠と仰いでいる山本夏彦翁が自身のエッセイの中で「向田邦子は、突然現われてほとんど名人である。」と書かれていたことも思い出します。

向田さんの文を読んでいると、次から次へと話題があふれるように流れるように展開し、淀みがありません。
しかも、どの話題も“小難しい”こともなく、すんなりと頭の中に入ってきて、こちらの想像力もフルに働くような、そんな文章です。見事としか言いようがない。

阿川佐和子さんもそうだけど、横暴で頑固で偏屈な父を描かせると天下一品です(^_^;)
ほんとうに昔はそんな父親ばかりだったのかもしれない。

そんな家庭では暴君だった父が、祖母の葬儀の時に社長が弔問に訪れ、“這いつくばる”ようにしている姿を見た向田さんの気持ちが描かれていたエッセイもあったのですが、これが実によかった。

いつも偉そうにしている父のそんな姿を見て、馬鹿にするのかと思うと、微妙な娘心がもたげ・・父のよいところを見た・・ようなことになる。絶妙でした。

向田さんの真似のできない観察力、“よけいなお世話”の正義感、食べることや、その器に対するこだわり、いずれも読んでいるこちらが向田ワールドに引き込まれる巧みさで書かれているエッセイ集でした。

いいものを読んだ、ごちそうさまでしたヽ(=´▽`=)ノ・・っていう感想です。

 

2020/07/25

『遊びオブジェの精 降臨』再度行ってきました。

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横芝光町立図書館・町民ギャラリーで7月4日~8月30日まで開催されている表題の企画展に再度行って参りました。
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作品は再三ご紹介させていただいておりますが、私の中学時代の担任で美術の先生、南隆一先生のものです。
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今回、展示品も増やし、「様子も変わったぞ」と連絡をいただいたので、再び行って来たというわけです。
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特にそれぞれの作品についてはご説明いたしませんが(しろと言っても出来ない…σ(^_^;))、相変わらず“炸裂”している先生の作品のほんの一部をアップいたしますので、お楽しみください。
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コロナの影響もあって、なかなか足を運びずらいということもあるかもしれませんが、私が出掛けた本日は、先生の地元の方々もいらしていて、会場は、とても楽しい雰囲気に包まれておりました(*^_^*)
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会場には先生の奥様もみえていて、それぞれの作品について「これはどういう過程を経て作られているのですか」というような質問や、「これは何で出来ているのですか」などの質問に次々と答えられていて、先生夫婦、息も合っているぞ、とうれしく拝見させていただいておりました。
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休憩室で先生と一緒にお弁当を食べたりしながら、私も先生と楽しい会話をさせてもらいました。
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作品鑑賞後、そのときいらしていた方々共々、珈琲を飲みに行き、そこでもまた楽しいひとときを過すことが出来ました。
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いつもいつもの素晴しい時間に感謝しています。

2020/07/24

「お寺の掲示板」・・面白くて、“タメ”になって、笑った。

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『お寺の掲示板/江田智昭著(新潮社)』を読みました(見ました)。

よくお寺の入り口などにある掲示板に貼られている“ありがたいお言葉”。

今まで、私も気になることがあったのですが、これはそれら掲示板で見つけた「お言葉」から“琴線”にふれるものや、思わず「うまいっ」ってうなるようなもの、そして“深い”ものなどを現物の写真と共に紹介している本です。

著者がSNSで紹介し、募集も始めるとたくさんの「お言葉」が集まり、『お寺の掲示板大賞』という企画まで発展していったとのことでした。

私も見て、読んでいるうちに“ハマり”ました。

すこしばかりご紹介いたします。


〇人の悪口は うそでも面白いが
 自分の悪口は ほんとでも腹がたつ

・・・自戒。

〇つくられた幸せで インスタ疲れ
 本当の幸せは 写真映えしない
 日常の温かさの中に 光っている

・・超自戒。

〇お墓参りは ご先祖様との オフ会

・・(^o^)

〇ほとけさまに圏外なし

・・ありがたい~ヽ(=´▽`=)ノ

〇言っていることではなく
 やっていることが
 その人の正体

・・これは、深い。またもや自戒と共に、為政者にこれをあてはめると・・。

〇終活することと
 あなたの 成仏とは 無関係です

・・最近の仕事上、こういう人とよく出会います。
財産分与のことなどはもちろんですが、こういう人は自分が死んだときの「死亡届」の書き方や、「葬祭費」の請求方法・記載方法まで下書きを作り、熱心です。死んだあなたが書くことは出来ないのに・・。しかもこういう人、超元気!!

あとに残された人が全てやってくれるのに、やらなきゃ気が収まらないのでしょう。
これらに費やす情熱とエネルギーを自分の楽しみに向けると“成仏”できるんじゃ・・。

以上がたくさんある「お言葉」から、わずかばかりの抜粋です。
気になった方は、せびとも書店でこの本を手に取ってみてください。

私も、お寺に行ったら掲示板、要注意です。

 

2020/07/23

【南先生の玉手箱_0019_歩かなくなった今・・の話】

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私の中学時代の担任で美術の先生の昔の文書掘り起こし、今回取り上げるのは、平成16年2月9日と記載されている学校通信誌の裏面、新聞に載っていた写真を大きく取り上げての歩くことについての一文です。


以下、先生の文章です。

新聞をめくっていい顔に出会った。
この顔は大平っ子(※当時先生が勤務していた学校の生徒のこと)も同じ、毎朝のように、おはようと元気をくれる子どもは丈夫なもので、風の子としてよくあそび、成長して大人になるんだと思う。

車社会、テレビゲーム中心の動きになってから、まだそれほど年が過ぎていないにもかかわらず、暮らしのリズムの変化から、大人も子どもも、日本人全体的に体を『歩かなくなった今』使う、汗を流す[補足:ことなく]、具体的には、ほとんど歩かない暮らしをしている状況も見られる。

この頃、五感が鈍ることはもちろん、体力・筋力の低下は著しいものがある。
私ごと、体のことを考えて、日に1万歩位は歩くように心がけているが、できない日もある。
20~30年前だったら、暮らしやあそびの中で、日に2~3万歩は誰もが足を使っていたことであります。[注:ことであろうと思いますの意か]

文明とか、便利社会の流れの中で、本来の人間的ないとなみが消えようとしている。
それだから当然のように普通では考えられない行動の変化、気持ちの変化が表面に強く感じられる今の暮らしぶり。

事故や事件、犯罪などにこの歩かなくなったことは大きくかかわっているのではないかと思います。


以上が先生の文でした。

読み終え、掘り起こしを終え、あらためて先生の“歩くこと”への考え方がわかります。
現在、70代半ばの先生、まだ毎日夜8時から9時頃にかけて家の周りを歩いています。
歩きながら私に電話をくれることもあります。
歩いていて、町の人たちに話しかけられ、私との電話の最中でも、互いに声をかけている様子がよく聞こえてきます。

たいしたものです。
すでにこの時点で私は先生に負けている…σ(^_^;)

きょうはシンプルに「歩くこと」についての一文でした。


【Now Playing】 I Think You Know / Mike Melvoin With Charlie Haden( Jazz )

 

2020/07/19

「MUSIC LIFE 1960年代のビートルズ」を読み終えて

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前回のこのブログで表記の「1960年代のビートルズ」を読んでいる途中で感じたことを書きましたが、今回は読み終えてからの感想を。

私がビートルズのレコードを自分で買って聞き出したのは中1の冬休み。アルバム「Let It Be」からです。お年玉を使って・・。しかもアグネス・チャンの「ひなげしの花」と一緒に買ったのでした(^_^;)
もうビートルズは解散してこの世からいなくなっていました。

ただ、小学生のときに親にねだって日本のみのシングル盤「オブ・ラ・ディ・オブ・ラダ/マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス(※ホワイルは抜けてクレジットされていた)」のシングル盤は持っていました。ポータブル・プレイヤーで聞いていました。

というわけで、ビートルズ後追い“第一”世代です。

後追い第一世代でも、ビートルズの情報はインターネットのある現代とは異なり、情報はものすごく少なかった。しかも“がせネタ”も多かった。
さらに、高校生になりバンドを始め、ビートルズの曲を練習していると、「そんな古いものやってるようじゃ、このバンドはダメだね」とスタジオで他のバンド連中から再三言われました。

ツェッペリンやDパープル、イエス、キング・クリムゾン、エマーソン・レイク&パーマー、ピンク・フロイドその他ヘビーなヤツやプログレなヤツ、そいつらの全盛期でした。
その後には私の最も苦手な“フュージョン”ブームが訪れ、暗黒・地獄の学生時代を過したものでした。

でも、ビートルズは“ずう~っと”大好きなのは変わらず(゚ー゚*)。oO今になり、「これでいいのだ!」とやっと思える時代になったわけです。

この本を読んでみると、真っ只中の世代には情報は“極小”“ミニマム”だったようです。
ビートルズとのパイプも東芝よりもむしろミュージック・ライフの星加ルミ子さん経由のものが多かったことがうかがわれます。

映画のスクリーンに向かって叫ぶ女性ファンの様子、フィルム上映や、スライド上映、音だけを流すなどのイベントがファンにとっては貴重な場であったこともわかりました。
“動くビートルズ”を見ることがいかに嬉しいことであったかも・・。

真っ只中世代のそんな様子と、幾度も報じられる「ビートルズ解散?」の不確かな情報。
気が気じゃなかったでしょうね、真っ只中世代。

そして、映画「レット・イット・ビー」から解散への流れのところが、一番読んでいて辛く、暗くなりました。
もうねぇ、読んでいて投げ出したくなるくらい・・。

解散自体については仕方のないことだとは今に至っても理解しているのですが、兄弟のように仲の良かった四人の姿が一番目に浮かぶ私のビートルズの一番の印象!
それが、あのようになっていったのは、読んでいるとやはり辛かったです。

その後の四人のソロでの活躍も素晴しく、皆が皆、大ヒットを飛ばしているのは驚きですが、ジョンとジョージがもしも健在で今に至っていたら、ひょっとすると“Around 80 Beats”なんて名前の素敵なバンドをもう一度組んでいたかもしれないですね。

そんな空想をしつつ、読了です。


【Now Playing】 Hey Jude / The Beatles ( Rock )

 

2020/07/18

「MUSIC LIFE 1960年代のビートルズ」を読んでいる途中で・・

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シンコーミュージックのムック本「1960年代のビートルズ」を読んでいるところです。
読み終えたら、感想を書こうと思っていたのですが、今朝、かかりつけの医者で診察を終え、遅い朝食を珈琲屋さんでとりつつ、昨日からの続きを読んでいると・・。

ビートルズ解散考・時代の証言のところでピタッとページをめくる手が止りました。

『横倉絹枝 きり絵作家・講師/リンゴ・ファン』!!!

横倉さんとは船橋にあった野口淳さんのビートルズ資料館で初めてお目にかかり、その後も谷中のギャラリー猫町で二度ほどお会いして、特に昨年はいろいろとお話させていただきました。facebookでもお友達(*^_^*)

生粋のリンゴ・ファン'(*゚▽゚*)'で、ビートルズのアルバムジャケットを切り絵にされた作品は本当に素晴しかった(※カレンダーで購入しました)。

映画「レット・イット・ビー」について書かれていた部分、
テレビで見た記憶があり、なんて暗いのだろうと思ったと書かれたあとに

真実に見せかけた記録映画で、その作り方に悪意さえ感じました。人気のあったビートルズが壊れていく様子を面白がっているような。
疲れて悲しそうなリンゴ、いま観ても胸が痛くなるし、あんなに笑ってふざけて、兄弟のように仲良く支えあっていたのに。
寒そうなスタジオ、片隅のジョンとヨーコ。
ああ、もう何もかも終わってしまったのだと感じました。

・・ルーフトップ・コンサートが素晴しいと人は言うけれど、目も合わせず、寒そうにドラムをたたくリンゴ。

というところまで読んで、私・・、テーブルの上に涙がぽとぽとと落ちました。

こんなに正直な気持ちで映画「レット・イット・ビー」を見ていなかった自分に気付きました。
オープニングの重苦しくて哀しそうなピアノ曲が流れる中、ドラムが運ばれてくるシーンだけでもいきなり暗くなったものでした。

そう、だから私も積極的に「レット・イット・ビー」を何度も見てみようという気にはならなかった。ずっと・・。
フィルムを見ていると、あの屋上のシーンなど、曇った虚空に向かって「Don't Let Me Down」を叫ぶジョン、それに合わせてシンバルを強打するリンゴ、なんか哀しい場面だと思いました。

とても寂しくなって涙が落ちたのだと思います。

高校生の進路面談で担任から「君は将来どういう方向に進みたいの」と聞かれて、「僕はリンゴ・スターになりたいっ!」と応え、先生に呆れられたほどのリンゴ好きの私…σ(^_^;)
今回、横倉さんの少女時代のような真っ直ぐな文章を読んで、キュンとしたり、温かいような気持ちになったのでした。

 

2020/07/17

現実を見て動いてほしい。

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誰が黒幕なのかわかりませんが、「Go To トラベル(・・トラブルかと思った)・キャンペーン」っていうのが、妙な形で実施されることになった。

7/15のこのブログにも書いたけど、「誰のために」これをやろうとしているのかが不明確というか、誰か裏で糸を引いているヤツの利益のためにやっているんじゃないのか、と思っている人は私を含めたくさんいると思う。

東京都での発着や、都民を除外することに急遽決まったときの大臣の顔はどうしたらいいかわからないような、不安なような、やり場のない逆ギレのような怒りみたいな様子や、いろいろと読み取れました。
・・でも、そんなふうな表情をするということ自体、今の東京をはじめとする再びの感染拡大のことなんか考えてもいないからだと思いました。

東京の人だけじゃない、みんなが、ウイルス感染がこのままではまた爆発的に拡大するんじゃないかと不安になっていることに気づいていない、その感覚を疑います。

誰だかよくわからない人や組織が実は儲かるんじゃないか、それを狙っているんじゃないか、そういうのが透けて見えるのです。
どこか砂に沁みてしまうように、このナントカ・キャンペーンに付いている大きな予算は消えてしまうんじゃないのか。
どこに消えるんでしょう。・・それがわかれば今の世の中で一番悪いやつがわかるんだけど。

そもそも“Go TO”ってつけたネーミングのバカっぽさが底の浅さを見せつけています。
なんじゃそれ?!って思うのが普通の大人の感覚だと思いますよ。国の役人か、あるいは政治家か、いずれにしてもそのセンスの悪さは、ひどいもんだ。

予算をかけて観光業関係に元気になってもらおうというなら、それぞれ地方にお金を渡して、現場の様子をいちばんわかっている人達に使い勝手がいいようなお金の使い方をしてもらった方がいいと思います。
地方には地方それぞれの事情があると思う。

どうしてもお金をばらまいているところを見せて何か対応策を講じているように見せたければ、公共料金を負担したらどうですか?
水道・電気・ガス代などを一定期間負担するというのであれば、公平に、しかも申請行為など複雑な作業・事務を経ずに実現できるんじゃありませんか。
※こういうこと書くと、ありとあらゆる法律を含めた理由をつけて反論する人がいるが、Go To ナントカよりは数千倍もまともな対応だと思いますよ。

消費税も一定期間5%にしてしまったらどうですか。
これも公平だと思いますよ。
もともと10%にするときに、絶対に経済は落ち込むと、政府寄りの学者、評論家までが言っていたのを強行したのです。しかも、コロナ感染拡大前から経済は落ち込み始めたのに、現在の経済の回らない状況を全てコロナのせいにしているずるい人達がいる。

あとは国会を開いて真剣にコロナウイルス感染拡大への対策を話し合い、実行するのが政治家の人達が、今、することだと思います。

ナントカ・キャンペーンが変な形になったことについて少しだけ書こうと思ったら、こんなブログになりました。

 

【The Beatles 研究室・復刻版】Revolver[A-4]Love You To

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2004年から2008年にかけて作成したホームページ「The Beatles 研究室」・・2009年リマスター発売後の一部追記も含めてのブログにての復刻版です。ほぼ当時のまま、そして復刻後追記も付しております。15年以上前の文なので細部の表現・事実についてはお見逃しください。
今回は、アルバム「リボルバー」から、ジョージの「ラブ・ユー・トゥー」を取り上げます。ジョージがはまった“インド”な曲調、私の好きな曲です。
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ジョージの曲で、全編に渡るインド音楽となっています。
映画「イエローサブマリン」でもこの曲が使われていたと記憶しています。

私は、初めてこのアルバムを聞いたときからこの曲が好きでした。ジョージのインド音楽を極端に嫌い、「こんな曲をアルバムに入れるなんて」という人もいますが、そんなに悪い曲じゃないと思うのです。

ほとんどの楽器はインド音楽の楽器で、ジョージ自身の演奏も前作で効果音的に使われていたのとは違って格段の進歩を遂げているようです。

歌詞の内容もちょっと哲学的で、このアルバムには相応しかったと思います。
サビの部分もかなりいけてると思うし、そのリズムに思わず体が動いてしまうのです。

評論家の中には、ジョージはインド音楽に寄り道さえしなければ、もっと早く「サムシング」などのような名曲にたどり着いたのではないかと言っている人がいます。
でも、世の中そんなもんじゃないと思います。色々な人生経験を経て、恋もして、失敗もして、幾多の寄り道もして、それで、あの、後に続々と出てくる名曲が生まれたのではないでしょうか。

これはジョンについても同じようなことを言う人がいて、ヨーコと知り合わなければ、とか、ポールが出しゃばらなければ、とか、自分の作曲能力の枯渇に早く気付いていれば、などなど、ただ曲だけ真面目に作ってりゃ、もっといいものができたのだという結論に大抵はなっています。

そんなことないよっ!

ヨーコがいなければ、どこかでのたれ死んでいたと思うし、ポールがいなければ、あの数々の珠玉の名曲は生まれなかったと思うし、曲だけのことを考えて真面目に作曲だけしているジョン・レノンなんて、なんの魅力もありません。

話が横道にそれましたが、この曲は、ジョージの生み出した名曲ではありませんが、大事な曲なのだというお話しでした。


〈追記〉2020/07/17
あらためて2009年リマスターを聞いてみました。
まずはステレオ版。ジョージのボーカルが大人っぽく、こんなにクリアに録られていたことにあらためて気付きました。
インドの打楽器の音も、皮の弾むような音までよく感じられました。

一転してモノラル版は、制御されたような感じで、全体が落ち着いた感じにミックスされています。ボーカルもやや引っ込み気味。
打楽器も叩いたときの反発音までは感じさせないように聞こえます。

オリジナル・アナログ・モノラル盤も聞いてみました。
これまた異なる音と世界。
ジョージのインド音楽の世界の雰囲気までが伝わってくるような説得力があります。
不思議です。編集等いろいろ異なるのでしょうが、このアナログ盤が一番静寂まで感じるいい録音でした。

あっ、そうだと思い出し、「イエロー・サブマリン・ソングトラック」も引っ張り出して聞いてみました。
これは各楽器の音をよく整理して、それぞれに良く聞こえるようにしていると感じました。
ジョージのボーカルもあまりエコーなど掛からずに、明瞭に聞こえます。
サウンド全体がすっきりしていると感じました。

 

2020/07/15

【The Beatles 研究室・復刻版】With The Beatles[A-1]It Won't Be Long

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2004年から2008年にかけて作成したホームページ「The Beatles 研究室」・・2009年リマスター発売後の一部追記も含めてのブログにての復刻版です。ほぼ当時のまま、そして復刻後追記も付しております。15年以上前の文なので細部の表現・事実についてはお見逃しください。
今回は、ビートルズ2枚目のアルバム「With The Beatles」から、A面1曲目の「It Won't Be Long」を復刻、取り上げます。
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いきなりジョンが歌い出して始まる唐突な感じで、まずびっくり、そしてそれを追いかけるような輪唱的なコーラスがあとをついてくる印象的な曲です。よく聞き込んでいるビートルズファンには好きな人が多いと思います。

ジョンのリードボーカルと追いかけるコーラスが恋人同士の距離感を感じさせて、焦燥感と満足感のいったりきたりという、じりじりする感じがよく出ています。

「もうそろそろだ」が「ぼくにイチコロに」に変わって来て、面白い展開です。
最後にはポールがバックで飛び上がるような「イェーッ」というコーラスをつけて盛り上げます。

ラストはドラマチックなリタルダンドで締めくくります。

元々ジョンが「 She Loves You 」の次のシングル用に作った曲だったようですが、「失敗した」という発言もしています。
非常に魅力的な曲ですが、やはり「 She Loves You 」などと比べると、今ひとつ見劣りがする感じも否めません。

でも、私も初めてこの曲を聞いたのは、AMラジオでしたが、そんな当時の雰囲気にぴったりのヒット曲っぽい、なかなかの曲です。

案外この曲を知らない人もいるかもしれませんが、まだ聞いたことのない方は一度はお聞きいただくと良いと思います。
ビートルズの若さあふれる良い曲です。

〈追記〉2020/07/15
2009年リマスター盤のステレオ、モノをまずは聞き直してみました。
ステレオは、ギターフレーズがはっきり聞こえ、リンゴのハイハットが“チョイ開き気味”のほど良い感じで叩かれ、とても気持ち良い仕上がりです。
モノは、ボーカルがステレオよりもよりワイルドに強調されているように感じます。
リンゴのドラムはステレオほど前には出ていません。
聞きやすさから言ったらモノの方がよくまとまっていると思います。

アメリカ盤のステレオは、ギターもポールのベースもかなりはっきりフレーズがわかるように感じます。
リンゴのドラムは、あの“団扇”で煽ぐようなリンゴの手首の動きが感じられるような、ムチで“しばく”ような感じまで伝わってくるくらいの勢いを感じます。
モノは、どうやらステレオ版をモノにミックスしているような感じ、いわゆる“ニセ・モノ”のようです。
でも、アメリカ人好みの仕上げで、ノイズなどの細かいことは気にせずにガンガンワイルドに仕上げた感じです。

アナログ盤オリジナル・モノは、とても全体の楽器、ボーカルの配置が整っていて聞きやすく、とても耳に馴染みます。
リンゴのハイハットの音も一番カッコイイ音で入っているような気がする。

 

誰のしあわせのためにやっているのか考えればわかる

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いつも私がなにか疑問に思ったり、妙だ、変だ、と思ったときに考えること。

これは「誰のしあわせのためにやっているのか」、「誰がしあわせになるからやっているのか」と考えてみると透き通るようにその事象が見えてくるというものです。

「GO TOキャンペーン」だって!?
事業を始めた人は誰のしあわせを想定しているのか。
なぜか観光事業者の人達のしあわせな笑顔は浮かんでこない。
このキャンペーン事業の委託を受けた受託者(今回も中抜きか?)の笑顔、発案して自分の成績になるだろうと思っている担当省庁の役人の笑顔が浮かんで来る・・。
こういうのって、人の直感は大事だと思う。
逆にこのキャンペーンで不安な顔をしている人がどれだけ多いのか、それらは無視されている。
官房長官の“すげない”このキャンペーンに対する会見での言葉がそれを象徴しているように思う。感染拡大の心配について質問するとバッサリと切り捨ててあっちを向いてしまう。
一般人の直感はたいてい当たっている。

香港で施行された「国家安全維持法」も、誰が笑顔になるから法律が出来たのだろう、と考えると、またまた透けるように回答が見えてくる。
ほら、あなたが想像しているあの偉い人の笑顔ですよ。

世界で一番感染者数が多く、死者も多いのに、その対策に奔走することなく、経済優先に突き進んでいる偉い人。
この人は誰の笑顔を想定して政治を行っているのでしょう。
「自分」じゃないの。

世界中がコロナ過で苦しんでいる最中、ミサイルを発射させる人。
誰の笑顔を想定していますか?これも自分とあの妹の笑顔でしょうか。

豪雨の被害を受け、苦しんでいる人にオリンピックの開催などどうでもいいことだと思うし、そんなことに腐心し、金を投入するならあの惨状からの復旧・復興に向かっていってほしいと多くの人が思っているんじゃないでしょうか。オリンピックの笑顔よりも、被災された人達の笑顔の方が大事だと思います。

こういうふうに「誰の笑顔のため?」と、考えていると、今まで仕事をしてきた中で、とても多くのことが“言い出しっぺ”で、自分の成績を上げること第一の人の笑顔のために働かされてきたとつくづく思う。
きっと世間の多くの現場でこんなことが日々行われているんだろうな、と思うと暗澹たる気持ちになるが、・・最近はそんなことを自覚しつつ、“勝手な笑顔”のためだな、と思ったらギアチェンジしてエンジン回転を落とし、隙あらばハンドルを切って方向を知らず知らずのうちに変えてしまうことにしているのです。

 

2020/07/13

【南先生の玉手箱_0018_年末の「干支のイラスト」配達作業】

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私の中学時代の担任で美術の先生の昔の文書掘り起こし、今回取り上げるのは、平成18年1月10日と記載されている学校通信誌「らくがき」からです。


以下、先生のらくがき文です。

年の瀬にゆく年をふりかえって新しくやってくる年に思いをつないでいく、みなさんの年末・年始はどうでしたか。

私ごと、この十数年ほとんど同じ暮らしのくりかえしで新年をむかえている。
暮れの29日~30日頃になると、近所、町内、知人の家にやってくる年の「干支のイラスト」を持ってのあいさつまわり、まあやらなくてもどうでもよいことなんだが、面倒でも大変でも、習慣としてこだわりの自分行事であります。

これもはじめの頃は、全部手書きで二~三十軒位だったものが、百軒を超えるとのんびりとはいかず、かけ足のひと時だけの宅急便のようになっている。

毎年届けに行くのを楽しみに待っていてくれる人がいるから続いているのかも知れない。
まわりながらちょっとひと言の会話の中にその人となり、又今年一年の人間模様や環境の変化、また地域の変化など肌に感じながらの配達作業です。

お互いに良かったこと、大変だったこと、一年365日いろんな体験や身のまわりの変化の厳しさもある。

家の仕事も手ぬきをして勝手に地域をひとまわり、勉強でも仕事でもないが、何かこれも年のしめくくりにやらなければと思うこととして続いていくものが年に一度の会話の人も多く、歩く年賀状のようなものでもあります。

 

 

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以上が先生の文でした。

私も先生から何枚か上記の「干支のイラスト」をいただきました。
ファイルに保存しているものもあれば、上記写真のように額に入れ、自宅階段の踊り場に飾ったりもしています。

当時の先生は、数多くのご近所、知人、友人に“足で”配達しながらそれぞれの方々とお話をしていたのだと初めて知り、驚きました。
これはなかなか出来ることではないですよねぇ、やはり先生すごいっ!

また、年末に横芝光町のギャラリー「笑虎」での個展が開かれれば、そこで先生の「干支のイラスト」がいただけるかな?(*^_^*)

 

2020/07/12

【The Beatles 研究室・復刻版】The Beatles (White Album)[A-2]Dear Prudence

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2004年から2008年にかけて作成したホームページ「The Beatles 研究室」・・2009年リマスター発売後の一部追記も含めてのブログにての復刻版です。ほぼ当時のまま、そして復刻後追記も付しております。15年以上前の文なので細部の表現・事実についてはお見逃しください。
今回取り上げるのは、「The Beatles (White Album)」A面二曲目の「Dear Prudence」です。
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ちょうど、ビートルズがインドに瞑想修行の旅に出た時に、ローリングストーンズのミック・ ジャガーの恋人“ミア・ファーロー”と、その妹“プルーデンス・ファーロー”も同行することになりました。
インドで、ファーローは瞑想に“はまり”、なかなか部屋から出てこなくなりました。ビートルズ達には、ジョージ以外ツアーやレコーディングの無い息抜きの旅となっていたため、ファーローに何度も外に出ようと呼びかけたようです。その状況をヒントにジョンが作った曲です。

因みにそのプルーデンス・ファーローは、アメリカに帰国後、瞑想のインストラクターとなり、自身で道場のようなものを設立したらしいです。ようするにその取り組み方は本物だったのですね。

で、曲の方はというと、ジョンの爪弾くスリー・フィンガーのアコースティック・ギター、それにドラムとベースの弾むようなリズムが中心となり、ちょっと不思議な世界観が拡がっています。
さらに、途中から16ビートになるドラムは、何というかアンバランスな粒の揃わないぎくしゃくしたリズムです。最初聞いた頃は、「リンゴは、何か工夫してわざとやっているのだろうか」と思いました。
しかし、後々に判明したのは、このドラムはポール・マッカートニーであったということです。なので、わざとぎくしゃくやったのか、それとも技量が伴わなかったのかは、ちょっと不明です。

でも、全てが結果オーライのビートルズですから、このドラムも非常に印象に残るドラムとなりました。むしろ、これしか無いっていうくらいに感じるようになりました。
元々ポールのドラマーとしてのセンスの良さは定評があるわけで、そんなポールの才能が早くも出たと考えた方が良いのかもしれません。
ラスト付近の乱れ打ちのようなプレイも、その後のソロアルバム「マッカートニー」の「クリーン・アクロア」などで聞くことのできたプレイの片鱗がうかがえて、なかなかのものです。

さてさて、歌詞の方はプルーデンスに「陽が昇り、空は美しく澄んでキミみたいに美しい、外へ遊びに来ないか」と語りかける内容になっています。「風はやさしく、小鳥はさえずる」なんて、ジョンの歌詞にも自然のやさしさを描くような新しい境地が見えているような気もします。

けっこう良い詩だと思います。因みにプルーデンスというのは、辞書を見ると女性の人名以外にも、思慮、分別、細心、慎重・・などの意味もあり、この歌にはもってこいの名前だったわけです。
名前と行動からヒントを得てこの曲をジョンは作ったのでしょうね。ホワイト・アルバムでも印象に残る力作ではないかと思います。


〈追記〉2020/07/12
2009年リマスター後のステレオ、モノ、両方を聞いてみましたが、細かいところをあげると、かなり異なる部分があるようです。最後のフェイド・アウトも長さが異なるようだし、あちこち編集の跡がうかがえるかと思います。
全体的な印象からいうと、モノの方が抑制の効いた“大人な仕上がり”のように聞こえます。
各楽器の全体のバランスもモノの方が整っていると感じました。

50周年記念盤もあたってみようと、まずは「イーシャー・デモ」のバージョン。ジョンのやさしく穏やかなボーカルとスリー・フィンガーのアコースティック・ギターのつま弾きが不思議な世界にいざなってくれるようなソフトな仕上がりです。
たたみ込むようなボーカルの部分にもドラムが入っていなく、他の人のコーラスも無いので“ジョンの世界”が展開され、これはこれでとても味わいあるものになっています。
最後には、ジョンの“語り”まで入って・・。

同じく50周年記念盤の「セッションズ」も聞いてみます。
ボーカルにはまだエコー等エフェクトが掛かっていません。ドラムも“ポスポス”いってて、響きが感じられません。基本的なリズムをなぞっている段階のようです。

そして同じく50周年記念盤の本編、ジャイルズ・マーティンのステレオ新編集版も聞きました。
よけいなエフェクトは除いた感じを受けました。
ドラムの音もシンプルで、特にスネアは明瞭でシャキッとしています。
ジョンのボーカルも生声を生かし、エレキ・ギターの音も歪みの部分をあまり強調しないようにしていると思います。
なんかポールのドラムもワンランク上手く(^^;)なったように感じてしまいます。不思議・・。

 

2020/07/11

「地獄は克服できる/ヘルマン・ヘッセ」を読みました。

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『地獄は克服できる/ヘルマン・ヘッセ(著)・フォルカー・ミヒェルス(編)・岡田朝雄(訳)(草思社文庫)』という本を読みました。

ヘッセが残した様々な文章からタイトルの「地獄は克服できる」という内容に沿ったものを編集して一冊の本にしたものです。

もっと若い時に読んでおけばよかったのか、でも、きっと若い時に読んでも意味がわからなかったかもしれません。
だから、今になってこの本と出会い、若い時にはまったく無かった考え方を知り、体中に沁みるように入ってきたのかもしれません。

私の心の中に残った部分を少しご紹介したいと思います。


すぐれた講演や、すばらしい音楽を聴いて楽しんだりしたのに、困窮や飢えや憂慮で生活に影がさしてくると、それまで愛していたものをことごとく失ってしまう人びとが少なくない。
そのような人たちは、それぞれの文化財に対してただ受動的な享受者としての関係をもっていたにすぎない。
逆境に陥って、これらの文化財に見捨てられてしまったことを認識する人、つまり蔵書をなくしてしまうと同時に思想に関心をなくしてしまう人や、コンサートの予約席を失うと同時に音楽を失ったりする人は、貧しい人である。
このような人は疑いもなく、すでにそれ以前においても、あの文化財という美しい世界と本物の正しい関係をもっていなかったのである。

・・今、こんな人ばかりだ・・と思いました。コロナの関係でいろいろ失っている状態の今、心の中に大切な文化をいつまでも持ち続けたい、と、あらためて思いました。

次、

私たちは生きることを通じて、子供から一人前の大人にならなくてはならない。
人間は誰でも、従属することのできる能力と、自己を犠牲にする能力をもたなくてはならないことを学ぶ。
つまり私たちは、社会の秩序を承認し、それを維持し、それを護るために自分の刹那的な快楽と欲望を犠牲にしなくてはならないことを学ぶのである。
私たちがこの秩序を承認し、強制されてではなく、自由意志でその秩序に従うならば、私たちは精神的に一人前の大人となり、教養ある人間となる。

・・というわけで、教養ある人間ってごく少なくなる・・。なんとか、最低限の教養は保ちたいと思いました。

次、

美しい音楽を、美しい風景を、君の人生での純粋で、すばらしい瞬間を思い出してごらんなさい!
君が心を込めてそうするならば、君の今のひとときがずっと明るいものとなり、将来がはるかに慰めの多いものとなり、人生が愛するに値するものになるという奇跡が起こるのではないだろうか、試してごらんなさい!

・・この言葉に自分が最も苦しんでいた時期に出会っていたら・・と思いました。

次、

何年ものあいだ、孤独で希望もなく通ってきたのだ。これらの苦しみを思い出すと、私は今でも骨の髄まで寒気を感じる。それはひとつの地獄、ひとつの冷たい、そして静かな地獄であった。
その終点には、・・・もし終点があるとすればであり、また終点があってほしいものであるが・・・暗闇と死のほかは何もない、希望のない道であるもののように思われる。
それから苦しみは終焉を迎えるか、変質して生気を帯びるようになり、受苦者にまだ痛みを与えはするであろうが、希望と生命力を与えるようになる。
私の孤独もそういう道をたどった。

・・苦しんで苦しんで、自ら命を絶とうとしたこともありましたが、そのときに感じた一縷の望みというか、一本の光のようなものを見ました。そして今に至る。ヘッセがその再現をしてくれたように感じました。

次、

[隠遁生活をしていたヘッセが、久しぶりに町に出たときに感じたことです]

びっくりするほど、信じられないほど朝早い時刻にここの人々は起き、夜になると帰ってきて、ピアノやヴァイオリンを弾き、風呂に入り、走って階段を上がり下りした。ほとんどが商人か商社の勤め人で、みなまったく途方もなく多忙であった。
ある人びとは実際に山のように仕事をかかえ、商売がうまくいかないので、その立て直しの苦労のために過労気味になっていた。
彼らはみな無理をしていた。そしてほとんどすべての人びとが、人間の生活には役に立たない、ただ製造業者と商人の利益になるだけの品物を製造するか、商っていた。

・・これはかつての私の姿であり、今の社会に生きるすべての人達の姿なんじゃないでしょうか。こういう生活をしていて、そして、やがて死んでいくのです。


というわけで、300頁以上もあるこの本の、ほんの一部を抜粋してご紹介しましたが、今の私には“腑に落ちる”ものばかりでした。

 

2020/07/09

【The Beatles 研究室・復刻版】Help![A-6]You're Going To Lose That Girl

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2004年から2008年にかけて作成したホームページ「The Beatles 研究室」・・2009年リマスター発売後の一部追記も含めてのブログにての復刻版です。ほぼ当時のまま、そして復刻後追記も付しております。15年以上前の文なので細部の表現・事実についてはお見逃しください。
今回はアルバム「Help !」から「You're Going To Lose That Girlt(恋のアドバイス)」を復刻して取り上げます。
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「恋のアドバイス」という邦題がついている、ほんとうに若い頃のビートルズらしい曲です。日本でだけシングルカットして、ジャケットはバハマの海岸に4人がきれいな海をバックに立っているさわやかなものです。

初めて聞いたのは、中学の友人の部屋で、昔の家具調の大きなステレオセットで聞きました。何かのレコードと交換してこのドーナツ盤を手に入れました。

どきどきするようなあとを追いかけるポールとジョージのコーラスをバックに「彼女にふられるかもよ」と“恋のアドバイス”を歌うジョン。
ビートルズらしいビートルズソングというと、この曲を思い出すくらいです。そして、当時部屋で聞かせてくれた友だちの部屋とステレオセットを思い出します。

映画の中では、スタジオでの録音シーンでこの曲を演奏していましたが、あのスタジオはセットだったと思います。ポールとジョージはマイクを真ん中にツバがかかるくらい接近して歌っていました。
リンゴは例の両手打ちダダダダッを披露し、その後はエイトビートをひたすらオカズ無しに刻み続けるのですが、このスネアとハイハットの音は最高にいいです。ドラムの見本のようないい音です。

ジョンのギターは映画の中ではJ-160Eですが、実際に録音で弾いたのはショートスケールの325だったかもしれません。ジョージのギターにしても、映画と違ってストラトキャスターかもしれません。

ポールは低音弦を使って丹念に弾いていますが、なかなかはっきりと弾いていて、ちょっと素人が弾こうとすると難しいかも。リンゴはドラムの他にボンゴをひたすら過剰なくらいにボンボコ叩いています。それも、この曲の妙なスピード感を手伝っているかも。

いい音の、基本的ないいビートルズソングです。
これも大好き。

 

 

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〈追記〉2020/07/09
掲載した写真は私の所有する日本盤シングルのジャケットです。
で、不思議なのは、このジャケットを見ても、それを開いて歌詞カードや解説を見ても、この「恋のアドバイス」がA面扱いだと思うのですが、レコード盤の方は写真のようにリンゴを切った方の、一般にB面にあたるサイドにこの「恋のアドバイス」が刻まれているのです。
ただ、ジャケットにも、この盤面にも、A面、B面の表示はどこにもないのです。
どっちをA面にしたらよいのか迷った挙げ句にこんなどうとでもとれる形になってしまったのか、謎は残ります。

そして、あらためて2009年リマスターも聞いてみました。
私にはステレオの方が臨場感ある音だと感じました。モノはやや落ち着いた音で、これがビートルズ本来の音かもしれませんが。

また、モノ盤に付随していたオリジナル・ステレオバージョンも捨てがたいものがありました。
これが私の一番聞いてきた音・・っていう感じで、しっくりと馴染みました。違和感がまったくない、自然な音。

アナログ盤の「ODEON RED WAX TEST PRESS」を録音したものも聞きくらべてみましたが、これはとても滑らかな感じで良いd(^_^o)

アメリカ、キャピトル盤のステレオ、モノもそれぞれ聞いてみました。
ステレオは、リンゴのバスドラがドスン・ドスンいってるし、全体にワイルドで勢いがある。
ギターのピッキングの音もくっきり。
モノはドラムがけっこう引っ込みました。でも、ジョンのボーカルはぐんぐん前に出てくる感じ。ポールとジョージのコーラスもけっこう息づかいまでよくとらえていると思いました。ちょっと二人が笑いそうになっているようなところまでわかりました。

結局、何枚も聞いてみたわけですが、この曲はビートルズ・ソングとしてとてもかっこいい、おすすめ曲だと、あらためて感じたのでした。

 

2020/07/08

【南先生の玉手箱_0017_ラジオで聴いた寺内タケシ氏の言葉から】

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私の中学時代の担任で美術の先生の昔の文書掘り起こし、今回は平成19年3月22日と日付けの入った学校通信誌からです。


以下、先生のらくがき文です。


車で移動中によくラジオを聞いています。テレビなど画面を見過ごしているよりも何か見えないものを想像する、考えることが多く、またラジオの中から耳に入るお話しやメッセージなど大変勉強になることが多いです。

みなさんほとんどの人が知らないと思いますが、今68歳くらい、エレキギターの神様と言われてきた寺内タケシ、外国ではベンチャーズ、ビートルズにちかい時代、学生の頃から好きでよく聴いていました。

寺内さんが冗談のように、今思うこと、「ギターは弾かないと音が出ない」あたりまえのことのようで、何ごともやらなければわからない。
また、やってみなければ先にもあとにも、進まない。
そのとおりだと思います。

それから、ものごとこうでなければいけないと決めつけている自分の考え方や発想も時にくずしてみる、角度を変えてみることなども大切かと思います。

音楽なども譜面や楽譜がないとできないものではありません。
むしろ、時に譜面がじゃまをして自分の良い部分が出せない、ジャズなどは特にそう思うのですが、リズム、曲想、その曲のイメージがいろんな方向に変わって流れていく「アドリブと言います」この曲想の流れの変化は演奏者が自分でつくって流れていく、そしてメンバーの気持ちのやりとりで途中に演奏の主役も変わって、また本流と言うか、その曲の流れにもどってひとつの演奏がおわっていく。

お互いが曲想をくみたてて進めていく。絵画、彫刻、デザイン、文字や作文など、みんな同じことが言えると思います。

基本的に譜面がなければわからない、道具の使い方や書き方がわからなければ、作品つくりは先に進められないのですが、入り口から奥は無限に広く、限りなくたくさんの入り口も出口もある。

まず思うこと、感じることを表現してみよう、すべてのものの基本的姿勢にかかわる〈切れの良いひと言〉ドライブ中にハッと気がついたラジオとの出会いでした。

「エレキギターは弾いてみないと音が出ない」何もわからず感動していない大人たちがそのギターブームの時代にエレキなどギターを持っているだけで不良少年とか言って子どもや若者からギターをとりあげ、感性を否定していた。

そんな時代があったのを思い出すと共に、今、大人側にある自分たちの感性にことを置き換えて、子ども時代や若者たちの中に輝くものや、夢をほりおこしながら、かかわっていける自分たち大人でありたいと思うこの頃です。

「寺内タケシとブルージーンズ」今どんな名前になったか?世界中演奏ツアーでまわっている様子です。
中学、高校方面もたくさん入っているようです。


以上が先生の文でした。


ラジオから受ける影響については、私も常日頃感じているところです。
それに、テレビと違って、送り手(パーソナリティー)と受け手(リスナー)の距離がとても近いと感じることがよくあります。

また、寺内タケシさんの音楽から派生して先生が書かれた「譜面がなければ出来ない・・なんていうことはない」という話。
ビートルズのメンバーも譜面が読めなかったし、先生の言うように、ジャズなどは譜面どおりに演奏したらちっとも面白くないわけで、音楽の感じ方、演奏の仕方についてもあらためて感じることがありました。

今回は、ここまで。
南先生の文章掘り起こし作業、17回目にもなりました。まだまだいけそう(゚ー゚*)。oOです。

 

2020/07/07

“Jazz 喫茶 南亭”?!に行ってきた。

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このあいだの日曜日に、私の中学時代の担任で美術の先生だった南隆一先生の横芝光町図書館・町民ギャラリーでの企画展を見に行ったことはすでにこのブログでご報告いたしました。

妻、長女も連れて行ったのですが、その帰り、南先生から「ぜひ自宅の隠れ部屋の【JazzSpotみなみ】に寄っていってくれ」とお話があり、突然伺ってもよいものか、奥さまが困りゃしないか、などと悩みつつ、結局先生宅を訪問。

 

 

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“Jazz 喫茶 南亭”とでも呼びたくなる先生のジャズ部屋にお邪魔いたしました。

そこには近所の電気屋さんが勝手に持って来てしまい、長年接続も出来ず、音が出ることのなかったスピーカー「ガウス」が鎮座しておりました。

そして苦労の末、めでたく音が出るようになったその「ガウス」でジャズを聞かせていただきました。

半分壊れているアンプを二台使い・・一台の機能として使っている(^^;)ようでしたが、アンプのボリューム・ダイアルはせいぜい9時くらいのところでも、どでかい音でずっしりとジャズが鳴っておりました。

 

 

 

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ちょっと普通のお宅のオーディオでは聞くことのできない骨太で芯が有り、奥行きも深く、その鳴りっぷりは見事でした。
これでパワーのあるアンプでボリュームをどんどん上げていったら大変な音が出てくることは容易に想像出来ました。

奥さまも珈琲を淹れてくださり、皆で一緒にいろいろなことを話しつつ、本格的なジャズの音を堪能することが出来ました。
うちのジャズ猫、マロンが聞いたら腰を抜かしそうな“弩級の音”、先生がうらやましくなるくらいの良い音でした。

 

 

 

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今度、先生が私の部屋を訪れ、ジャズを聞いてみたいと言っていたのですが、・・こりゃ、恥ずかしくて聞かせることの出来ないくらいの差があると思っていて、どうやって誤魔化すか…σ(^_^;)今から考えねばなりません。

 

 

2020/07/06

横芝光町教委企画展『遊びオブジェの精 降臨 -南隆一展-』を見に行ってきました。

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表題の企画展を見に、家族で横芝光町立図書館「町民ギャラリー」に出掛けました(期間:7月4日~8月30日)。

南隆一先生は、私の中学時代の担任で美術の先生でした。このブログではもう何度も作品等ご紹介し、現在は先生が現役時代に書いた文章を活字化する作業をこのブログ内のカテゴリー「南先生の玉手箱」で行っている最中です。

 

 

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今回は「オブジェ」に的を絞った展示になっていました。
光町の担当の方のアイデアで、先生を『遊びオブジェの精』というかたちにして、楽しい展示になっていました。
先生ご自身もそのアイデアを聞いて驚いていましたが、でも結果的にとてもいい展示になっていました。
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先生が最近よくやっている不定形の枠内にガラス絵を施した作品も壁一面に展示されると、とてもいい感じ(゚ー゚*)。oO
しかも作品もたくさん見ることができます。
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流木を軸にした不思議な筆を掛け軸の文字のようにあしらった作品も面白かった'(*゚▽゚*)'
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パリンと割れたガラスの形をそのまま利用して台紙を切り抜き、作品にしたものも、その色彩と共に新鮮で斬新な印象でした。
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たぶん100均で売っているランチョンマットみたいな“網々”な丸いものを額のようにして、魚などをクレヨンで描いた作品も、これまた壁一面を飾り、とても楽しい!
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先生の代名詞的な目玉のような、火の玉のようなオブジェも今回、ガツ~んと展示されていて、相変わらず“インパクト”抜群ですd(^_^o)
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さらに今回の展示方法の工夫で、展示室中央床に多くのオブジェがたくさん置かれていて、動力で回転しているものもあったりで、愉快な感じ・・子どもも喜べる感じでした。

ちょっといつもとちがう南先生の企画展、千葉にお住まいで、光町まで行ってみようって方はぜひに!
きっと楽しい一日になりますよ。

運が良ければ、先生と奇想天外な会話も楽しめるかも(^-^)/☆

 

2020/07/05

今、思ったこと。

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現在、7月5日(日)午後7時30分です。

このブログでも何度も何度も書きましたが、日本は近年、特に地震や、豪雨などの被害が甚大で、連続して起こり、それもその範囲は広く、被災した人達への支援が最も大切なことではないかと、強く感じます。

新型コロナ・ウイルス感染拡大のずっと前から書いていますが、オリンピックはやめた方がいい。
それに投入する予算や人を復興に回すのが国全体のためになるのではないでしょうか。

コロナ感染拡大に対する対応としても誰も文句を言う人はいないでしょう。
世界中から人を集めて爆発的感染拡大を誘発するつもりなんでしょうか。

日本の宿命と言える地震や豪雨、台風などの被害対応に全力をあげる、それでは理由にならないのでしょうか。

文句をつけるのは、オリンピックで一儲けを企んでいる人や組織だけじゃありませんか。

アスリート達が可哀想だなんて言っている場合じゃないと思います。
人の命や、生活を犠牲にしてまでするスポーツなんてないでしょう。

そもそも東京のコロナウイルス感染者は、もう5月の頭の状態に戻っているじゃありませんか。
もう第二波がやって来ているんじゃないの。
ここ数日の感染者数を見て恐怖を感じない方がおかしいと思いますよ。

自然災害とウイルスの感染拡大に対し、全力で国民を守ろうって人は為政者の中にいないんでしょうか。

経済はどうするんだ、とか言い、オリンピックで人々を元気づけようとか言っている政治家の方に言いたい。
経済が良くなる前に人々が死んでしまいますよ。
オリンピック開催で世界中の感染者、死者を何百倍にもする気ですか。

普通に暮らしている人、生活している人を守るのがあなた方の役目なんじゃないですか。

一儲けしようとしている輩や、まるで現在の事態を他人ごとのように思っている人なんかどうでもいいのです。

豪雨被害の報や、感染拡大の報を見聞きし、思ったことをそのまま書きました。

 

「気の毒な人」の続き・・“馬鹿者っ”て怒る人

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6月30日の、このブログで「気の毒な人」というタイトルで、窓口で威張り、人を罵倒する人のお話を書きましたが、きょうはその続き。

そんな気の毒な人に多いパターンのひとつ。

ロビーに入ってきて、いきなり

「馬鹿者っ!なぜこんなに混んでいる!!」って怒鳴ります。

「もうしわけありません」・・(※心の中の言葉・・「あんたが来たからじゃない?」)

「駐車場に入ったら私のクルマを駐める場所がないっ!どういうことだ!!」

「もうしわけありません」・・(※心の中の言葉・・「あんたがクルマで来たからじゃない?」)

月曜日の午前中、パニックになるくらい毎週“めちゃ混み”するし、問い合わせがあれば、その時間帯は避けた方がよろしいと思います、とアナウンスしているし、ネットでも混雑情報は流されている。
・・が、そういう人は一番混んでいるときに必ずやって来るのです。
自分が行った時には空いていて、皆が平身低頭して受け付けするのだ、という確信があるらしい・・だから、その妄想が崩れた時の怒りは凄いみたい(^_^;)

駐車場には無限のスペースがあると信じているらしいが、このご時世そんな駐車場を完備するのは逆に「無駄」のひと言だと思う。

皆が譲り合えばほとんど何の問題もないし、少し待てばすぐ空くのです。

それに身体のためには、2キロメートル以内くらいだったら歩いて来た方がよいと思いますよ。
健康保険の負担も全体的に減ることに貢献するでしょう。

なぜ、日々「怒り」を前面に出して暮らしているのでしょう。
きっと、そんなだから、もう誰にも相手にされていないんでしょう?

怒りを露わにできるのは、お店や銀行、公的機関の窓口など、どんな人でも笑顔で迎えてくれる窓口しかないのだと思います。
だったら、そんな貴重な場所、あなたも笑顔で行ったら幸せなひとときが過ごせると思いますよ。
帰宅しても、そんなふうにすれば、一日いい気分になれるのに。

まぁ、言っても無駄だからこんなことになっているわけで、・・一生やっててください。


【Now Playing】 This Guys in Love with You / David Gibson ( Jazz )

 

2020/07/04

【南先生の玉手箱_0016_いろんな出会い -通勤途中ラジオより-】

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私の中学時代の担任で美術の先生の昔の文書掘り起こし、今回は平成16年6月30日と日付けの入った学校通信誌の下書き用ノートから拾ってみました。


以下、先生の下書き文章です。


車の中で時々ラジオから勉強になることがある。テレビより考えたり想像することができる。
時々車を止めてメモをしたりすることもある。ほとんどは暮らしの中で忘れてしまうのだが、心に残る感動もある。

今日の出会いは建築家の安藤忠雄氏であった。
人間として魅力のあるすばらしい建築家で、以前から新聞などでも彼の生き方、考え方、そして建築の仕事に強く気持ちをひかれた人である。

今日は、若者と夢とかのテーマで話していた。
時代は変わったと言いながらも今もって学歴社会が強く残る世の中で、親や大人たちの枠ぐみの中で子どもや若者たちの夢と言ってもたかが知れたものだとのこと。

子どもの将来などについては親が心配するものではない、彼安藤氏の場合には、全部独学とのこと。

若い時、大工の建築現場を見て、まず興味を持った。何とかこの道にと思ったが、家の都合で大学に行けなかった。
若いからできたと思うが、4年分の勉強を1年でやったとのこと。
毎日朝9時から夜中もとおして午前3時位までそれこそ月月火水木金金と、ひとりでがんばった。

それから社会に出ようと仕事を持ちまわった時、世間のほとんどが相手にしてくれない。それこそ学歴の壁かと思うのだが、ある出会いが自分の道を開いてくれたとのこと。

大阪の人で、小さい住宅の仕事を自分に任せてくれた人がいたとのこと。
人生は出会いと感動だとも言っていた。
建築ばかりではなく、いろんなことに言えることだが、仕事はどんなに小さいものでも他との広いかかわりがある。小さな住宅ひとつの中にも環境問題から都市計画に必要なことまで考えなければならない。

物も人も大切な部分がすべて含まれているとのこと。
小さい仕事ひとつ満足にできないものは大きな仕事は、ましてやれるものではないと、人間の信用問題、今の時代のものつくりや専門家と言われる者たち大きな提言のひと言だと思った。

 

 

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彼には若い頃、もうひとつの顔があった。
今でも鋭い表情をしているが、ボクシングジムに通って4回戦ボーイまでアッという間に進んで、その道でやる気も十分、けんかで金が入るならそんないいことはないとか、まあ冗談であろうが、そんな自分がある時、ファイティング原田に出会って大きなショックを受けたとのこと。

リングの上で命をかける、とても自分が勝てる世界ではないと、それこそ気持ちとして大きなカウンターパンチをもらったとのこと。
お互い人生見極めが重要だとのこと、少しお金をためて大陸をはじめ地球ひとまわりするほどの長旅に出たとのこと。

そこで日本の外をたくさん見て、自分とちがう人間との出会いの中から多くの発見があったとのこと。
今考えれば、若いからできたんだろうと、その頃から30年も過ぎないのに地球人口30億から現在60億、そしてしばらく先には100億の時代になる。
いろんな専門家たちはそのような大きな視野の中で環境、人間の暮らしを考えて仕事をしていかなければならない。

人生、若い頃夢中でとりくんだものから自然と身についた考えや力がある。
子どもの頃、学校でいろんな勉強があるが、人間つくり、倫理、他を思う気持ち、家庭愛など自分は、おばあちゃんからたくさん教えられたとのこと。

知識のつめ込みも人間ができていなければ、何の役にも立たないどころか、マイナスが多い。
子ども時代に自分で心も体も鍛えてほしいとのこと、そうですね、大人の側から枠ぐみをほどほどにしないと、とりかえしがつかなくなる、自立できない若者が多いとのこと。

話を聴きながら、自分はどうだろうかと考えさせられることが多かった。
誰かが言ってました、人間つくりが先、知識は自然にあとからついてくる。勉強も気があれば誰でもかんばる、そしてみんなちがう特性がある。だから若い頃何かに夢中になってほしい。
また夢中になれるように大人側も自分のうしろ姿、生き方に魅力のあるものでなければならないと。

そうですね、学校など、子どもにとって行きたい学校、学びたい授業など、日々の教材研究やとりくみ姿勢にふりかえると反省が多いです。

夢にむかって夢中になること、失敗は結果にあるもの、やる前からできないだろうとの判断をするな、若者たちにとにかく行動してほしいとのこと。
若い頃の夢中のとりくみがあとになって自分の今を支えるものになる。
他人の力でなく、自らの自信にして世の中のために自分が何ができるかとの話、とにかくすごい人である。

今、自分の仕事について建築のプロとしてふりえかれば、1勝9敗位のもので悪い仕事はしていないつものでも、満足のいく仕事は少ない。そこでまた夢中に次の仕事にとりくむ。
自分の今の仕事について不平不満を言うようになった時は仕事をやめる時だと言っていた。

何の仕事でもそうだろう、暇がないとか、お金がないとか、お金が少ないなどと言うようになったらおわりですとのこと。

人生まっすぐに生きている、なかなかまねのできないことだが、ちょっと考え方の一部でも自分の生き方の中に加えていければと思いながら20分位だったか、ちょっとみなさんにもお知らせしたくなって書いてます。

自分は世界を広く見て歩いたことで、人の感性のちがい、能力のちがい、暮らしのちがい、環境問題の重要性、又危機的な状況など他から学ぶことがたくさんあった。今日、日本は特に物質的に豊かな時代の中で、若者たちが新しいことに挑戦しなくなってきたようだ。

これも大人社会の裏かえしの状態なのかと思う。
大人のうしろ姿を見て子どもは育つ、時に自分が居眠り状態であることに気がついて全力疾走をすることも大切だと思う。
何かに夢中になると、たいがいのことはいい結果を残す。考えてばかりいると日が暮れちゃうよと言うが、できなかったのではなくて、やらなかったことのくりかえしに気がついてほしい。

そうですね、このことは特に年と共に反省またエネルギー不足も感じることが多いです。
個人差はあれども、どれだけ夢中になれるかとの話しのくりかえしだったような、特に学校で日々、夢中に嬉々として諸活動にとりくむ子どもたちのエネルギー、可能性を大切にかかわっていきたい。

毎日たくさんの感動のくりかえしの中で子どもたちにはものごとに夢中に暮らしてほしい。
その夢中になれる素材や環境つくりに大人、家族、学校、地域の支えが大切なんだと思います。

何かに夢中になっている子どもや若者に指示をすると言うより、サポート、中に少しでもかかわれる感性の幅を持ちたいと思いながら、なかなか難しいものですが、まず若者を育てた大人側が日々生き生き暮らすことなのかと思います。


以上がノートに残された先生の文でした。
私が同年代のときに、これだけ“熱く”なっていたか、というと・・先生はやはりすごい!
しかし、このノートに書かれた文は長かった。

方眼罫のノートに改行無し、文字空け、句読点もほとんど無し、濁点も無いものがあり、びっちり書かれているので、キーボードを打つにしても三歩進んで二歩下がる状態、・・どこまで進んだかすぐにわからなくなる。

付箋を貼りながらのまさに“難行苦行”でした。
内容は面白いが、活字化は大変なことです。
単純に読むだけでもこのノンストップ文書はつらいっ!(※活字化にあたり、句読点や改行は私の感覚で追加しています。漢字や仮名遣い、濁点はほぼそのままですが。)

というわけで、苦労に苦労を重ねたので、できるかぎり多くの人の目にとまれば幸いです。

 

2020/07/03

「語源500 -面白すぎる謎解き日本語-」を読みました。

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『語源500 -面白すぎる謎解き日本語-/日本語倶楽部・編(KAWADE夢文庫)」という本を読みました。

さまざまな日本語の語源をたどる本なのですが、なにせ500もの語について書かれているわけですから、面白いけど読んでも読んでも終わらない( ̄O ̄;)・・350頁まるごと語源で息をもつかせぬ感じでした。
・・だから勝手に息をついて…σ(^_^;)休み休み読みました。
でも面白かった(゚ー゚*)。oO

「駄目押し」が囲碁の用語だということも知りませんでした。
勝ち負けにも関係なく、無駄で無益な着手点のことを「駄目」と呼んでいたのだそうで、その無駄なことをあえてやっておくこと、念には念を入れることを「駄目を押す」と言うようになった・・ほう・・そうだったんですか。という感じで読み進みましたd(^_^o)

「バドミントン」は、もともとインドのスポーツで、「プーナ」と呼ばれていた(インドの西部地方の都市“プーナ”で生まれたため)が、その植民地であるインドに赴いていたイギリスのボーフォート侯がその魅力にとりつかれ、別荘の庭にコートをつくり、楽しんだとのこと。
その別荘の名が『バドミントン荘』だったんだって!'(*゚▽゚*)'知らなんだぁ~。

サンドイッチがイギリスのサンドイッチ伯爵の名に由来しているこはけっこう有名だけど、博打の最中でも食べやすくハムや野菜をはさんで食べたのがことの始まりで、日本の「鉄火巻き」も賭場の別名である「鉄火場」で手にご飯粒がつかないように、マグロでべたつかないように、と考案したのが「鉄火巻き」だと知り、サンドイッチも鉄火巻きも同じような必要性から出来たのだと知りました。

こんなんが500件も掲載されているので、覚えたような気になりつつ読んでいても、「えっと、あの語源は何だったっけ?!」と、思わず読み返してしまうので、結局時間がずいぶんとかかってしまったのでした。

とても楽しく、興味深く読めました。
すこしばかり利口になったような気がする(^_^;)気のせいかもしれないけど。

 

2020/07/02

【The Beatles 研究室・復刻版】Abbey Road[A-5]Octpus's Garden

Abbeyroad
2004年から2008年にかけて作成したホームページ「The Beatles 研究室」・・2009年リマスター発売後の一部追記も含めてのブログにての復刻版です。ほぼ当時のまま、そして復刻後追記も付しております。15年以上前の文なので細部の表現・事実についてはお見逃しください。
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リンゴの最高傑作!・・と言っても、ビートルズ時代にリンゴのみで作曲した曲はホワイト・アルバムの「ドント・パス・ミー・バイ」と、この2曲だけだけど。
でも、とても良い出来で、映画「Let It Be」 でジョージに手伝ってもらいながら作曲しているシーンが思い出されます。

リンゴは4人の中では、ひょうひょうと問題なくビートルズにいたようですが、一時期みんなの仲違いによる雰囲気の悪さに耐えきれず、(しかも皆自分勝手な時間にスタジオに入って来たりして、いつも決められた時間どおりにスタジオ入りしていたリンゴには、その状況は耐え難い・・ということもあったようです)、自分は皆から疎外されているような気になって、スタジオから離れたことがありました。

だからビートルズを最初に脱退したのはジョージでも(LetItBeの頃に出て行った)、ジョンでも、ポールでもなく一番人間が出来ていると思われるリンゴだった、というのが、ある意味この時期のビートルズの状況を如実に表わしていると言えるかもしれません。

そんな状況のリンゴは、ある船の船長からタコの生態の話などを聞いて、それがこの曲に生かされたという話を聞いたことがあります。
「タコは海底を動き回って石や光り物を集め、庭をつくる」と。
それを聞いたリンゴは、ビートルズから飛び出た自分をタコになぞらえ、「しばらく隠れ家に住むのも悪くない」と思ったらしいです。

他の三人がスタジオ内でああでもない、こうでもないと、荒波の中争っていても、リンゴは海底でこの曲の歌詞のように・・「海のベッドに高枕」「嵐の下でも“ぬくぬく”」みたいな姿勢がピッタリとくるのですよねぇ、ほんと、リンゴらしい、いい曲だ。

リンゴのボーカルはテーマとサビがダブルトラックになっていて、最後の盛り上がりの時にメロディをちょっと変えるのは、たぶんポールあたりに指導されたようで、ちょっとぎこちない感じがします。

ドラムは得意のハイハットと16分音符のスネアを交互に入れるパターンが悠々と叩かれ、サビのシンバルや、間奏のタムとスネアだけのリズムなど、リンゴ余裕の名演です。
ついでにストローでコップの水をブクブクさせる音を入れたり、自分の曲ですから頑張ります。イエローサブマリンの続編みたいになりました。

ジョージのギターはストラトっぽく聞こえますが、低音部分を効くとレスポールのような気もします。
これにレズリーの回転スピーカーを繋いでいます。
意外と曲の出だしのギターって、ギタリストには難しいのではないかと思います。テンポが取り難くそうです。

いずれにしても、アビーロードというアルバムにも見事マッチして、最高の曲と演奏をリンゴも最後に提供したと言えます。


〈追記〉2020/07/02
リンゴの誕生日(7月7日)が近いこともあり、今回はリンゴの曲に対する当時の文を復刻してみました。
あらためてリマスター後のCDも聞き直してみました。昨年の50周年記念盤のバージョンも。
記念盤はリンゴのボーカルがけっこう前面に出てますね。それに低音も2009年リマスター盤より強調されています。バスドラムも“ズシズシ”きてますd(^_^o)

聞いているうちに、リンゴあってのビートルズだ!と再認識しましたよ。こんな素晴らしいドラムを叩ける人がビートルズのメンバーで良かった!(゚ー゚*)。oO
それにあんた、このエンターテインメント感たっぷりの歌い方、リンゴだけだよ(^-^)/☆
「アビーロード」の他の曲に比べてもまったく引けを取らない見事な楽曲です。
リンゴのファンでよかったヽ(=´▽`=)ノ

ついでにあのシルク・ドゥ・ソレイユの「LOVE」に入っているバージョンも聞いてみました。
いろいろな曲のいろいろな部分がミックスされ、リンゴのドラムも他の曲で叩いたものがうまくミックスされています。
そしてこのバージョンでは、リンゴの特にハイハットとスネアドラムの超カッコイイ叩きっぷりが堪能できます。
リンゴ・ファンでも、そうでなくても、アルバム「LOVE」でリンゴのドラマーとしての素晴らしさを体感してほしいです。

 

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