【南先生の玉手箱_0020_視野は広くありたいです】
私の中学時代の担任で美術の先生の昔の文書掘り起こし、今回取り上げるのは、平成17年5月3日「紙面研修」と記載されている先生が作った手書きの研修資料の中からの一文です。
以下、先生の文章です。
『視野は広くありたいです』
ひとつものごとを考える時、いろんな方向がある。
自分から見えていることを、自分を中心に考えていくことは普通であたりまえのことです。
学校では望ましい個や集団をつくる、育てていくため、特に義務教育の畑では発達段階のちがった個が、それぞれの個のちがいをぶっつけ合って、望ましい方向に磨かれて、社会人として卒業していく。
入学や卒業は誰もが通る人生の大きな節目であり、その間にいくつものドラマがある。
ひとりひとりの個のちがいが、ぶつかり合って成長し続ける。
個人を尊重することはあたりまえのことだが、集団に暮らす中では、社会、お互いに存在を認めること、共に暮らしていくために必要なルール、他者への思いなど、与えられた机上の知識の他に共に考えていく学校生活、集団で身についていくところが多い。
勉強ができる者、できない者、何かに早いこと、遅い者、また強い者、弱い者など、金子みすゞのみんながちがってみんないいでもないが、お互いのらしさが大切に育まれていかなければならない。
気持ちの強い子はいいかも知れないが、自分の存在が認められないままに、こうでなければいけないと言う方向、目的ばかりで育ってしまうと、大変なことになる。
このあたりまえのこと、いろんな方向からものごとを見る、考えることの重要性を大人側が分かって、子どもに接していかなければいけない。
お互いに個人の持っている可能性には限りないものがある。
特に子どもの時代にそれがつぶされないように育ってほしい。
このようにしたいと言う願いが一番優先される中で、がんばることに、命の意味がある。
それと、誰もが分かっていることなのだが、知識の量よりも、興味や関心のほうが大切。
知っていても、何の役にも立たないことがたくさんある。
人間が先、点数はあとと言いますが、人つくりが一番。
その望ましい個人は多くの他者とのかかわりの中から育っていくものです。
人生いろんな見方、考え方の中、気をつけなければいけないのは、こうでなければと決めつけないこと。
そう思いながら、自分自身よくものごと批判する中で話題にするものの、できないことばかりであります。
以上が先生の文でした。
この先生の文は“あたりまえ”のようですが、自分が小中学生の頃に一番悩んだことかもしれません。
「こうでなければ」と思い込んだり、「こうでなければいけない」と言われたことも何度もあったと思います。
先生の文章を掘り起こしている中で、また大切な考え方を再認識いたしました。
【Now Playing】 Oh! Lady Be Good / Lionel Hampton & His Just Jazz All Stars ( Jazz )
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