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2020/08/30

「いねむり先生/伊集院静」を読んだ

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『いねむり先生/伊集院静著(集英社文庫)』を読みました。
ブックオフでたまたま見かけて「おっ、これは」と思い、買ったのですが、買ってよかった、素晴しい本でした。

これは伊集院さんの自伝的な長編小説となっていて、奥さん、あの夏目雅子さんと死別し、酒に溺れ、ギャンブルに沈み込んだような日々にあった“どん底”状態の伊集院さんが、友人Kさんが初めて人に逢わせたいと言ってきた機会に色川武大(阿佐田哲也)氏と出会い、絶望の淵から抜け出す糸口を見つけ出すまでの話でした。

名前こそ小説中には出て来ませんが、『先生(色川武大)』さんは、直木賞、泉鏡花文学賞、川端康成文学賞などを受賞した小説家でもあり、雀士としての「阿佐田哲也」名での麻雀小説家としても知られ、さらに、ジャズ、映画、喜劇、芸能など幅広い分野で無限大とも言える知識があり、交友関係はあまりにも広く、皆が「先生」と色川さんを慕っていたようです。

この小説の主人公である著者・伊集院静さん本人と「旅打ち」といって競輪や麻雀、さらにその道、その世界の人から誘われる危険な匂いのする賭場にも立ち入りながら旅をする様子が描かれていて、その途中、様々な場面で“先生”はそれこそ色々な人との交流を伊集院さんに見せていて、それらすべてが伊集院さんにとって大きな影響をもたらすのでした。

旅打ちに出掛けていった先での“先生”を慕う人達は千差万別、十人十色。
先生は自然体でそれらの人々と愉しそうに交流するのですが、伊集院さんは自身も感じている“先生”の不思議な人間的魅力にどんどん惹かれていきます。

これはこの本からだけではなく、いろいろなジャンルの有名人の方などが「私などは“ぶだい”さんと呼ばせてもらい、遊んでもらいました。」と語っているのをよく聞きます。
色川さんがその場にいるだけで、皆、安心してその時間を愉しみながら過していたことがあちこちで語られています。

知識が宇宙的に広く、やさしい心持ちで、さらに「ナルコレプシー」という病気を患っているせいで突然どこでも眠ってしまうという“いねむり先生”ぶりをこの小説中でも発揮していました。

誰もが色川さんに「自分が一番愛されている」と感じさせてしまうような人物だったようですが、色川さんの死後、山口瞳さんが「彼には八方美人の性格があり、皆にそう思わせるようになった」というようなことも書かれています。
でも、きっとほんとうに魅力ある人だったのだと思います。伊集院さんも完全に色川さんの虜になっていたように感じました。

小説中、色川さんが伊集院さんに何度も「もう一度小説を書いてみては」とすすめています。
この小説の中ではまだ小説家には復帰しませんが、やがて伊集院さんが文筆業に復帰する糸口、きっかけとなったのが色川さんとの出会いであったことは間違いありません。

この長編小説中のすべての出来事、出会い、風景が心地良く、心に残り、不思議と心安らぐものでした。
今年出会った小説の中でも一番心に残るものとなりました。
人の生き方について静かに考えることができた、そんな印象です。

 

【The Beatles 研究室・復刻版】Let It Be[B-3]The Long And Winding Road

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2004年から2008年にかけて作成したホームページ「The Beatles 研究室」・・2009年リマスター発売後の一部追記も含めてのブログにての復刻版です。
ほぼ当時のまま、そして復刻後追記も付しております。15年以上前の文なので細部の表現・事実についてはお見逃しください。
久しぶりの今回は、アルバム「レット・イット・ビー」から、ポールの名曲「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」を取り上げてみました。
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ポールが作ったバラードの最高傑作かもしれません。事実ポールはこの曲が好きで解散後もコンサートや、自分の映画でも演奏を聞かせてくれています。

ただし、このアルバムのバージョンはポールの意思とは関係なくプロデューサーのフィル・スペクターが荘厳なオーケストラとコーラスをオーバー・ダビングしてポールの意図するものとは正反対の仕上がりになってしまい、何十年も経た今でも、まだ根に持っているようです。

何年か前のチャリティ・コンサートかなにかで、フィルとステージが一緒になってしまったときに「オーケストラをオーバー・ダビングするアレンジをされる前に早いとこ歌わなきゃ」などと茶化していたようですが、けっこう本気だったのかもしれません。

現在では、この曲を正規盤で聞くことができるのは、「アンソロジー3」の元々のオリジナル・バージョン、「Let It Be Naked」のリニューアル・バージョン、そしてこのアルバムのフィル・スペクターアレンジによるバージョンです。

アンソロジー3のものは、ブートレグで聞くことのできる本来のゲット・バックという発売される予定だったものに入っていたものとほぼ同じもので、ポールの意図していた静かで、美しい、そして哀しい素晴らしい元祖オリジナル・バージョンと言えるものです。
なかなかの良い出来で、ブートレグで最初に聞いたときは、心がまさにこの曲の歌詞のように、洗われるようでした。

そして、ネイキッドのものは、映画「Let It Be」で使われたテイクです。
素晴らしいミキシングによって、ポールのボーカルがまるですぐそこで歌っているかのようにリアルに聞こえます。
そして、とても柔らかい、素敵なボーカルに仕上がっています。
間奏のビリー・プレストンのオルガンもフィーチャーされて、これも素晴らしい演奏です。さすが、唯一競演したミュージシャンの中でBeatles With ・・・とクレジットされただけのことはあります。完全に5人目のビートルズと化しています。

最後にこのアルバムのバージョンは聞き比べるとウォール・オブ・サウンドと呼ばれるフィルの重厚・荘厳なサウンドが逆にBGM的に美しく、軽く聞こえてしまいます。
そこのところを評論家はこっぴどく批評して、ポールの曲を台無しにしたと酷評しているわけです。
ですが、私は逆にこのバージョンを聞くと消えゆくビートルズと歩んだ長く曲がりくねった道のりをポールが「嵐の夜は雨に洗い流され、一夜明けるとそこには涙の池が残っている」と歌い、このなぜか重厚なはずなのに、うすら寂しく聞こえるサウンドと相まって悲しさが余計に増し、涙してしまうのです。

楽曲の良さを表現しているのは、元々のオリジナル、ポールのボーカルとバンドサウンドを生かしているのはネイキッド、ビートルズの衰退を表しているのは、このレット・イット・ビー収録バージョンだと思います。

そして、ポール二度目の来日の時だったかと記憶していますが、ポールはこの曲のアレンジをこの一番気に入らないものに近い形でやっていたように記憶しています。
ようするに、レコードを聞いていた人には、これでなきゃって人がいるのかもしれないことをポールが当時悟っていたのではないかと思ったのですが、これは私の考え過ぎでしょうか。
特にポールの曲、ビートルズの曲って、間奏などレコードどおりが一番正解なような気がファンにはしてしまうのではないかと・・・。
あくまで推測です。

最近のエピソードでは、USツアーの最終日にこの曲を最後に歌おうとした時にツアーに何ヶ月も帯同していたスタッフが客席に回り、いっせいにハート・マークのプラカードを上げるシーンがありました。
ポールは“わっ”と泣いてしまい、歌えなくなってしまいました。大好きな曲のときに大好きな人たちから“愛”を表現され、胸にジーンときてしまったのでしょう。

私はこの曲を聞くときには、いまだに、居住まいを正してから聞いてしまいます。
ポールにとっても私にとっても人生の中で大事な曲です。


〈追記〉2020/08/30

今回、「Beatles-1」のバージョンを 2000年の時のものと、最新のものとで聞いてみました。
2000年の「1」は、それなりに音も良くなっていましたが、「Let It Be」のアルバムのちょっと輪郭がボケたような部分がまだ残っていました。
そして最新バージョンの「1」は、すっかり“視界が開けた”感じでした。
「長く曲がりくねった道を抜けた」・・d(^_^o)みたいな印象。
雨も上がり、空気もきれいになったようなクリアですっきりとした「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」になっていました。
聞きくらべてみると、単体で聞いたときには気づかないことがあるものです。
「1」のこのバージョンは聞き応えがありました。

後々、この曲のアルバム・バージョンをアレンジしたのは、ポールがソロになり作ったアルバム「ラム」のオーケストラ・バージョン「スリリントン」を製作担当したリチャード・アンソニー・ヒューソンだったのだ、という話を聞きました。
うろ覚えで申し訳ないのですが、そのラムのオーケストレーションを任せるくらい、ポールはヒューソンを信頼していたのだという・・ことなんですよねぇ。

ってことは、「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」のあのアレンジは、それ自体がイヤだったというよりも、ポール抜きであのアレンジを進めてしまったその行為についてポールは怒っていたのかもしれません。

であったとすれば、それはそれで、なんだか嬉しい話です。

今や、様々なバージョンで(ポール、ソロ活動でのライブ・バージョンも含め)この曲を聞くことが出来ます。
私たちファンは、それぞれの“味わい”を楽しめる、いい環境にいることを喜べばいいんですね(゚ー゚*)。oO

 

2020/08/29

【南先生の玉手箱_0022_先生が描いた研修資料の表紙イラストについて】

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私の中学時代の担任で美術の先生の昔の文書掘り起こし、今回は先生が「紙面研修」として作成した資料の表紙イラストと、そのイラストについての先生の文章です。
平成17年5月3日の日付が記されていました。
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以下、先生の文章です。

『表紙のイラストについて』

形をくずしておもしろい絵が描きたい、ピカソ、岡本太郎、ミロなどの絵を見ながらちょっとまねをしてみたくなる。ことがある。

この表紙のイラストも自分のオリジナルではなくてアイデアをもらって彼らの作品の一部をとり出して描かせてもらったものだが、まねをしたつもりでも、その線や形の切れの良さ、イメージの新鮮さからは、ほど遠いものになっている。

同じに描こうと思っても、同じ雰囲気にならない。
何かちょっと似ていてもまったくちがうものであって、本当に不思議なものだ。
そっくりに描いたとしてもコピーと本物のちがいは大きい。

興味をひかれながらも何か自分らしさをストレートに表現しなければ自分のイメージになってこないもので、あたりまえのことなんだが、いつも新しく何かもっと素直に表現したいと思うばかりで、進歩しない自分がここに居る。

よく抽象とか、おもしろい線や形に興味をひかれるのだが、その前にもっとよくものをみて、しっかり描いていきたいと思ったり、いつも迷いながらの自分が居る。


以上が先生の文でした。

先生と初めて出会った中学生の時に見た絵も、今同様独特なものでした。
きっと、そのときも先生はいろいろな画家の絵を見ながら、自分の線と形を求めて試行錯誤していたのだと思います。

私が30代になった時に、ふと先生を思い出して、当時先生からもらった暑中見舞や年賀状に描かれていたイラストをまとめてスキャンして、先生に二十年ぶりくらいにお手紙を出したのが今のおつき合いの始まりとなりました。

そして、今や、その先生の現役時代に作った資料、メモなどを活字化する作業を生徒として楽しみながらやっているわけです。
・・こんなことになるとは思わなかった…σ(^_^;)

ではまた次回!

 

2020/08/25

「人間というもの/司馬遼太郎」を読みました。

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『人間というもの/司馬遼太郎著(PHP文庫)』を読みました。
これまた例によってブックオフにて格安購入d( ̄  ̄)

この本は、司馬遼太郎の「龍馬がゆく」「坂の上の雲」など数ある名作・名随想の中から、現代社会を生きる上でのヒントとなるような珠玉の言葉をよりすぐって集めたものとなっているということです。

『言葉』ごとに末尾に典拠となる書名が記されていました。
司馬遼太郎が好きな人にはたまらないことでしょう。

実は私、司馬さんの書くような歴史上の人物、武将や、幕末の志士などにはあまり興味がないのです。
以前、このブログにも書いたことがありますが、「人殺しに好きな人はいない」っていうことなのです(^_^;)
どちらかというと、そんな人達が活躍していた頃に庶民は何をしていたのか、何を楽しみにしていたのか、そんな中から何か文化・芸術が発展してきたのではないか、ということに興味があるのです。

でも、そうはいってもブックオフで立ち読みするうちに気になって買ってみたわけです。

では、この本で紹介されている言葉と共に、少しばかり感想を。

〇もともと権力というものは、権力の維持のために、国家の名を藉りておこなう私的行為が多い。[翔ぶが如く 四]

・・・そう思いました。今現在のどっかの国のエライ人もそんな感じです (・_・;
そんなことをしている人は、自分で自分のしていることには恥じることがありません。
「自分のために人に悪いことして何が悪いっ!」そんな感じでしょうか、そんな人の顔を見たくないのでテレビはほとんど見ません。


〇政治がもし論理のみで動くものであるとすれば、人類の歴史ははるかにかがやけるものであったろうと思われる。
しかし政治においては論理という機械の作動する部分は不幸なことにわずかでしかない。
それよりも利害で動くということは大いにあるであろう。
しかし革命早々の日本国家の運営者たちは、政商の利益を代表していなかった。むしろ感情で動いた。
感情が政治を動かす部分は、論理や利益よりもはるかに大きいといえるかもしれない。 [翔ぶが如く 一]

・・・これは、私を含め、一般の人達が社会・会社などの一員として参加、勤めているときによく出くわすことではないでしょうか。
重要な決定事項などは多くが上司の“感情”に左右されている・・っていうのは、もう日常茶飯だ。


〇「わからぬ。なぜおれはこの虚弱な体をもかえりみずに働くのか。なぜ大汗をかいて合戦をし、調略をし、敵を追い、領土をひろげようとするのか自分でもわからぬ。いやいや、たれにもわかるまい。おそらく一生の最後のあたりになって、ふとなにやら、わかるような気がするのではないか」[夏草の賦 上]

・・・私はそれよりも早く気づいてしまったようです。
若い頃からずっと無理をしてきて、それがなんだったんだ・・って。
何でも無かった、多くは人のためにはあまり良くなかったと思う。上司の野望のためには良かったが。


三つばかり抜き出してみましたが、具体的に歴史上の人物の言葉などの項目を読んでいて、やはりほとんど共感できない私がいました。
そういうのに共感ばかりしていると、愚かな政治家になるんだろうな、と思いました。
皮肉を言って終わりってことでいいでしょうか…σ(^_^;)

 

2020/08/23

久しぶりに映画を見ました「イップ・マン 完結」!

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映画『イップ・マン -完結-(IPMAN 4)/2019年・香港 監督・製作:ウィルソン・イップ 出演:ドニー・イェン、ウー・ユエ、チャン・クォックワン、ヴァネス・ウー他』を見ました。

今年の1月半ばに「フィッシャーマンズ・ソング」を見て以来、コロナ感染拡大の影響でした、久しぶりの映画です。

私は基本的に格闘や暴力シーンのある映画は見ませんが、前回のこの作品を見て、ドニー・イェン演じる「イップ・マン」の静かで、心の中に悲しみや怒りなどを秘めたまま泰然として生きて行く姿に魅了されました。

役のイップ・マンも、演じるドニー・イェンも、人を引きつけて離さない魅力があります。

 

 

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今回の舞台はアメリカ。
弟子のブルース・リーとの再会、そして太極拳の達人ワンとの対立、アメリカという異郷で生きているチャイナ・タウンの中国の人達の厳しい現実、イップ・マン自らの病状、香港に残して来た息子との心の葛藤などなど、難しい状況ばかりの中で真っ直ぐに進んでいくイップ・マンの姿、闘う姿勢が緊張感のある中、繰り広げられました。

ずっといいシーンばかりのこの映画、間延びするようなところはひとつも無く、ドキドキしたり、ハラハラしたり、笑顔が広がる場面もあったり、胸のすくような展開ももちろん有り、いい映画でした。

どのキャラクターも“濃く”て、それぞれに見事な演技でした。

見りゃわかるっ!そんな痛快で心に沁みる作品、久しぶりの映画鑑賞再開、いい作品でスタート出来ました。

 

2020/08/22

別冊ステレオサウンド「菅野沖彦のレコード演奏家訪問<選集>」を読みました。

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『菅野沖彦のレコード演奏家訪問<選集> -オーディオ愛好家を訪ねて-(別冊ステレオサウンド)』を読みました。
読み応えありました(゚ー゚*)。oO

これはステレオサウンド誌の1996年から2004年に掲載されたものの選集で、オーディオ界の巨匠、菅野沖彦氏が訪問者となり、オーディオ愛好家の自宅を訪ね、その人の持つサウンド・システムを聴き、“その人の音”に迫るというものです。

何と言っても『レコード演奏家』訪問と謳っているわけで、単にレコードを掛けているのではなく、この本に登場する方達は自らのシステムで“演奏”している、というのが菅野氏が提唱している『レコード演奏』という概念です。

写真の制作者は「写真家」と呼ばれるが、レコードの制作者は「レコード制作家」とは呼ばれない(残念だ)、そして優れた機器や物理特性はツールと手段に過ぎず、肝心なのは知的感性と豊かな経験だ、それを生かしてレコードを再生するのが「レコード演奏家」というわけです。

・・わかります。

特にこの本にも登場するジャズ喫茶「ベイシー」のマスター、菅原正二さんなどはそのレコード演奏家の最たる方なんじゃないでしょうか。
菅原さんは常日頃、「僕は演奏している気分でレコードをかけている。レコードをかけることはバンドで演奏することとまったく同じことだ。」とおっしゃっています。

私も一度だけですが、一関市のベイシーにその演奏を聞きに行って来ましたが、私がいつも聞いているものとは“別もの”の音楽が流れていました。生演奏とも違う、単なるオーディオ再生とも違う、まさに演奏されているジャズでした。

この本に登場するのは、録音のプロや、プロデュースなどをしている方など、仕事で音に関わっている人もいたのですが、皆、仕事とは別に自分の部屋で自分の音世界を創り出していました。

菅野さんの巧みな解説で、どんな音なのか何となく想像できてしまいそうなくらいの内容で書かれているのですが、どの人もそれぞれが自分の音を追求し、常にそれに向かって研鑽している様子がわかりました。

皆、それぞれがまったく異なるスピーカー、アンプ類などを用いているのですが、それらを写真で見ているだけで、こちらの想像は膨らみましたねぇ(゚ー゚*)。oO
大音量でインパクトあるサウンドや、小音量でもその人のワールドが見えてくるような音、とことん滑らかな音を目指している人、この楽器をこういう音で鳴らしたい・・という形で追い込んでいる人、などなど・・。

200頁を超えるものだったのですが、あっという間でした。
読んでいるだけで楽しくてわくわくするような本でした。

オーディオ好きな方は本屋で見つけたら、ちょっとパラパラとめくってみてください、面白いですよぉ。

 

「こころのサプリ/五木寛之」を読んだ

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『こころのサプリ -みみずくの夜メールⅡ-/五木寛之著(幻冬舎文庫)』を読みました。
例によりブックオフにて110円。

この本は幻冬舎から2004年に刊行された「みみずくの日々好日」の改題で文庫化されたものです。

この本での著者、五木さんはとてもリラックスした様子で、ほとんど普段着状態、というか“パジャマ”を着ているような文章になっています。
なので、読んでいるこちらも、ほんとうに気軽に読めるものでした。

それに、ずいぶん前の本とは言え、五木さん、“枯れ”の境地に達していながらも、心はまるで少年のようにはしゃいだり、楽しんだりしている様子が読み取れます。

腰痛の話では、対処方法として家の中での歩行は全て四つ足で這い回るという・・いいアイデアなんだかどうだかわからないものを実行し、お勧めしていました。
それに後ろ歩きも効果があるんだという・・。

腰が悪いのに、「百寺巡礼」という雑誌の企画では、石段を登ることに意欲満々!足が嗤う状態になっても楽しんで登っている様子が書かれていました。

かと思うと、「五穀米カレー」に出会い、二日に一度は食べているという話も書かれていました。
一度“凝ったら”しばらくは“そればっかり”、っていう男はけっこう多いっ!d(^_^o)

あっ、それから以前から聞いていて、「五木寛之は髪を洗わない」という話。
ご本人がここに書いてありました。
一年に一回は髪を洗うことにしていたが、今後は少しあらためて、月に一回は洗う・・というようなことが書かれていました。
(^_^;)・・ほぼ、ほんとうだったんですね。

とにかく気になった人や、事象、突然思い出した昔のことなど次から次へとランダムに、そして気軽に書かれているので、肩にまったく力を入れずに読み終えました。

残るものが無いかというと、そうでもなく、五木節を楽しむことが出来る本でした。

 

2020/08/17

誰かいる

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先週の連休の内の一日に、このブログでよくご紹介する私の中学時代の担任の先生が初めて我が家を訪れてくれました。

一度は私が普段 Jazz などを聞いているシステムを見てみたい、聞いてみたい、Jazz好きの猫に会ってみたい、などの理由(^^;)により訪問を受けたわけです。

先生のオーディオシステムが幻のスピカー「ガウス」を使っていて、その音を聞いたことのある私は、自分の貧弱なシステムで音を聞いてもらうのに多少の不安はありましたが、なんのことはない、写真の先生が持って来たCDなどを聞きながら楽しい時間を過すことになったのでした。

私がその曲毎のサウンドにより5台有るスピカーをセレクターで選び、時には2台のスピカーをミックスしたりの“小細工”で切り抜けているという姿をさらしたわけですが…σ(^_^;)、先生、けっこうそれぞれのスピカーの音の違いに興味を持ってくれて、どうにかこうにか、うまいこと“逃げ切り”ました・・と言おうとしたら・・。

突然スピーカーから音が出なくなり、赤い警告ランプが点灯したり、ボ、ボリュームのダイアルが・・勝手に動き出したり・・( ̄O ̄;)の、現象が発生。

何だろうと思いながら、再度聞き始めると、またまた同じことが30分くらい経つと発生、さらにまた十数分で発生。

ダイアルは私が回そうとする方向とは必ず逆におそろしいほどの力で回るのです。逆らえないくらい・・。

割と買ってから年数も経っていなく、快調に動いていたシステムだったのですが、意外に思い、先生が帰ったあとに3時間ぶっ続けで音楽を鳴らしたあと、一時間ほどしてまた4時間ほど鳴らしてみたのですが、二度とそんな症状は現われませんでした。

実は音楽を聞く前に、先生が私の担任だった頃の話をしたのですが、その時には宿直制度があって、先生は交代で宿直をしていて、学校には住み込みの用務員さんがいて、晩飯はほとんどその用務員さんがつくってくれたという話をしていました。

「とてもおいしかった、忘れられない」と語る先生に晩ご飯をごちそうしていた用務員さんは私の叔母さんでした。叔母さんはもうずいぶん前に亡くなっていますが、先生は用務員だった私の叔母さんの話をとても懐かしそうにしてくれたのです。

「あっ」と思いました。
先生も帰宅してからの電話でおっしゃっていましたが、「誰かいたな」と私も気づいていたことを確認しました。

そう、たぶん、おばさんが来ていたのです。
来ていることをわかってもらおうと音を止め、システムに異常をもたらしたのではないでしょうか。あのダイアルを回す感覚は“人のものとしか思えませんでした”。

先生は、帰宅途中でそんなことは全然考えていなかったのに、なぜか懐かしい中学校に寄り、周囲をひとまわりして、懐かしい店やその他見て回ったということでした。
「ひょっとして、おばさんが呼んでくれたのかも」と、先生。

とても不思議な出来事でした。

その後一週間も経ちましたが、ステレオは何事もなく動いています。

 

2020/08/16

「人間関係/藤原和博」を読みました。

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『人間関係 -人生の教科書-/藤原和博著・塩田雅紀絵(ちくま文庫)』を読みました。

人間関係をつくっていくのに必要なこと、そもそも人間関係が生きて行くこと、仕事をすることの中でどう役に立っているのか、などが藤原和博さんの文と共に塩田雅紀氏のイラストが添えられて、わかりやすく書かれているという本でした。

まずは、名刺や肩書きを捨てましょう、と著者は言っています。
名刺に頼らないでコミュニケーションできれば「忘れられない人」になる・・と。

また、「問いかける」ことで感動が生まれる、話し手が本当に話したいとを探り、それを聞いてみてください、ともおっしゃっています。

この「問いかけ」ということのために、どうやって準備すればよいのか、何を心がけれはよいのか、などが著者のやさしく語りかけるような言葉で書かれていて、どんどん入ってくる感じがありました。

私はもう仕事を人間関係でやり繰りしたりしていくような立場ではないので、今後の人生を良きものにするために、という思いで読みましたが、そういう意味でも役立つものだと思いました。

特に最近感じるのは、仕事関係の役職など抜きにして繋がることができた人達との関係がいかに素晴しいものか、ということです。
これはかけがえのないものです。

この本の中で特に印象に残ったのが、「人間関係を豊かに保つために、犠牲にすべきことはあるでしょうか?」という問いに、「私なら、テレビとケータイを犠牲にします。」と著者が答えている部分でした。

テレビは気を紛らわせたり、ボーッとするには良いけれど、テレビの前の自分は考えようとするモードにはなっていない、と著者は書いています。実際、そのとおりだと思います。

テレビばかり見ている人の意見って、キャスターが言っていることそのままだったりすることも多いと思います。同じ映像が何度も繰り返されて流れていることも無為な時間を過している感が強いです。

またケータイは「誰かにコールされていないと不安だ症候群」が煽られるとも書かれています。いつも不安な状態。

「ケータイ人格」というクセについても書かれています。
会話がメールモードになり、互いに考えを交流させる対話ではなくて、本人が気づかないうちに、“独り言”の応酬になっているというのです。
これも同感です。

相互に影響しあうことのない、隙間を埋めるだけの会話・・なりがちだと思いました。

時間に対する感覚も、「直前にメールを入れればいいや」ということになり、何か決断する覚悟や潔さなどの「仕切り」感覚がなくなっていくともおっしゃっていて、ただただ同感。

あっという間に読み終えましたが、人との付き合い方、出会いの方法などについて、とても参考になりました。
また少し心に栄養がついた感じ。

 

2020/08/15

いろんな人がいて、いろいろな特徴を見せ、また、いろんな言葉をつかう

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過去、そして現在の職場などでいろいろな人に出会い、いろいろな目に遭ってきたが、そんな経験の中から「これはけっこう言えてるんじゃないか」とか、「なんだよ、その言葉」っていうようなことをあげてみたいと思います。

なんでそんなこと書こうとするのか、っていうと・・結構ストレス溜まっているからかもしれません…σ(^_^;)
無理に付き合わなくてもけっこうです。
気が向いた人だけ読んで!

かなりの確率で言えてるんじゃないかってことのひとつ目は・・

帽子を被って部屋に入ってくる人(キャップみたいなものでも、ニット帽でも、防犯パトロール中みたいなことが書いてある町内で配られた帽子でも)、一筋縄ではいかない、そして面倒くさい人が多いです。

いちいち人の言ったこと全てにチェックが入り、どうでもいいようなことでも理詰め(たいしたものではない、屁理屈言ってるだけのこと)で質問したり、確認したりする。
でもって、こちらの話は全く聞いていないし、自分の考えが正しいはずだとの主張ばかり。
だから話は一向に進まない。
しかもこちらの目を見ない。

帽子だけじゃない、“ヅラ”も被りモノのひとつだが、どっからどうみても“ヅラ”ってわかるのに、平然と被っているくらいだから、自分中心で自分勝手な人が多い。

これは窓口業務をやっている人はけっこう気づいていることじゃないでしょうか。


大きなリュックなどを背負って入ってくる人・・
心理学的には、その人の持っているカバンを見ると、その人がどんな人なのかわかる、っていうのを聞いたことがある。
とにかく、リュックに“パンパン”に入っているものはいったい何なのだろう。
どうしてあんなに大荷物を持って歩いているのだろう。
全部持ってかないと、外に出るのが不安なのだと思います。
だから、ひとつずつ不安を剥がしていくように丁寧に話していく必要がある人なんです。
これもまた難しいタイプの人なのです。


今度は服装や持ち物ではなく、言葉。
最近、「エビデンス」って言葉使うヤツがいやしませんか?!しかも語尾上がりで。
最初っから、「証拠」とか「裏付け」とか言やいいじゃないの。
何言ってんのコイツ!
自分の言っていることに自信が無いから、ちょっとワケ分からん言葉で相手を上から見ようっていう、“小さいヤツ”が使う言葉だと思いますよ。・・使ってたらゴメン。


ちょっと前からいたが、「ウィン・ウィン」て言葉、プレゼンや新システムなどの売り込みの際、使うヤツ。
どいつもこいつも調子良くて信用できないと思いませんか。
双方“万々歳”なんて“うまい話”あるわけねぇだろっ!!
こういうヤツには気をつけろ。ウソをついているから目が泳いでいるぞ、100%!

「ウィン・ウィン」なんて言葉使ってるヤツがさらに小生意気になってくると、「コアコンピタンス」なんて言い始めるd( ̄  ̄)
ここまでくると、自分は選ばれた立場にいるのだ、と自分で自分に言い聞かせるために使っているとしか思えない。
会議で使う言葉を全部日本語にしろっ!って言うと“化けの皮”がすぐに剥がれると思いますよ。


つづいて
「スキーム」だとか、「スキル」って言葉。もう使われなくなっちゃったねぇ。
これ、国の役人から使い始めた言葉だったんじゃなかろうか。なんか“カッコイイ”と思っちゃったんだろうね、お気の毒。
最初は文書中にこれが入っているとなんか“良さげ”に見えていたのでしょう、でも、やっと言った相手が「なんだよこいつ」って顔をするようになってきたので、自分が“バカっぽい”てことを演出していたのに気づいてしまったのでした。10年かかった。


せっかくだから、さらに国の役人が好きな言い回しをふたつ。

「緊張感をもって」・・必死にやっている“フリ”をするだけ。
“フリ”じゃないって怒るんだったら、「緊張してやります」って最初から言えっ!

「スピード感をもって」・・急いでいるフリをするだけ。
“フリ”じゃありませんって憤るんだったら「スピードを上げます」って最初っから言え!!


最後にもうひとつ、思いついたので書いちゃいます。
若い人がよく使っている「リスペクトする」っての。・・尊敬するほどのものではなく、ちょっといい感じじゃんあの人くらいにしか聞こえないので、尊敬してんなら「尊敬しています」と言った方がいい。

以上です。
列挙いたしましたが、私自身、気をつけようと思います。
みんな気をつけてねぇ~ヽ(=´▽`=)ノ

 

2020/08/12

『話術/徳川夢声』を読みました。

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『話術/徳川夢声著(新潮文庫)』を読みました。
「徳川夢声(1894~1971)」といっても、この人を実際によく知っているひとは、たぶん私よりかなり年齢は上の方々だと思います。

もとは活動写真弁士で、1915年(大正4年)から徳川夢声を名乗り一世を風靡したのち、トーキーの時代を迎えると、漫談家、俳優、文筆家として活躍されたのだそうです。

私は小学生の頃にテレビで朝の政治対談番組か何かを見たような記憶があるのですが、ほとんど記憶に無いのです。
でも、お名前だけは、その頃から今に至るまで何度も何度も聞きました。
“話術”の名人であるということで。

この本はブックオフにて格安110円にて購入。
でも、「上手に話す」ことの難しさについて、どういう方法で話せばよいのか、など、とても参考になりました。

ユーモアも交えつつ、でも実際にはどの項も“真剣”に書かれていました。
話芸のプロが、堂々と自らの経験の中で得たものを惜しげも無く、丁寧に書いている本だと思いました。

ちょっと楽しい“教科書”のようでした。

話すことの根本条件に、話す人の人格や個性、間(ま)の置き方などをあげられていましたが、それぞれについて実例を挙げて、わかりやすいものになっていました。
いきなりテクニック的なことから入らないことで、私にも「ひょっとしたら出来るかも」などと淡い期待を抱かせてくれました。
わずかばかりでも“期待”を持つことができるのがうれしい本です。

日常話も、座談、会談、業談などの項目に分け、具体例も挙げているため、私のような素人にもわかりやすく、面白い。“カタッ苦しい”教則本のようなものかと思っていたら、“読物”としても楽しめる内容でした。

演壇話の章では、徳川氏自身が失敗した講演や、恥ずかしい思いをした経験などを、ちょっと笑わせながら語り、“読んで楽しい教科書”となっていたのです。

最後は「演芸」についても、童話・講談・落語・漫談・放送(物語放送のコツ)など、それぞれの分野での“コツ”を語ってくれました。

私も、人と話す機会には、この本から得た知識を少しずつでも生かしていきたい、と思いました。
社会に出て、話す機会も多くなり、その度に“緊張しまくり”の人も多い(私もそうだった…σ(^_^;))かと思いますが、わずか250ページのこの本はそんな人に役立つだろうな、というものでした。

 

2020/08/10

NHK 「SWITCH インタビュー」で望海風斗さんと浅田真央さんの話を聞いた。

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ヅカ友から連絡をいただき、表題の番組放映があることを知り、録画して翌日見てみました。

宝塚歌劇・雪組トップスターの望海風斗(のぞみ・ふうと)さんと、フィギュアスケートの浅田真央さんが互いの活躍の場を訪ね、交互にインタビューするという番組でした。

浅田さんが東京宝塚劇場を訪ね、望海さんにインタビューした後に、今度は望海さんが浅田さんのアイスショーを訪ねるはずだったのですが、新型コロナウイルス感染拡大により、浅田さんが練習するスケートリンクを訪ねることになりました。

浅田さんが、最初に東京宝塚劇場を訪ね、観劇後に劇場内やステージなどを案内された後、望海さんにインタビューしたのですが、そのときの浅田さんは、あのオリンピックや、競技会での厳しい表情はまったく無く、普通の可愛い女の子のようでした。

浅田さんは、望海さん率いる雪組75名のチームワークと、望海さんがトップとしてどのように組を引っ張っているのかに興味を示していました。

浅田さんはコロナ過が無ければアイスショーのツアーを自ら率いて行うことになっていたので、今までの個人競技と異なる団体での行動がきっと頭にあったのでしょう、真剣に聞いていました。
そのときも、表情はとても優しく、普通に宝塚を見てよろこんでいる女性という感じでした。

そして、望海さんが今度は浅田さんを訪ね、浅田さんの数々の逆境とそこから立ち直っていく姿がとても参考になったという話に。
浅田さん、最後のオリンピックの前半ショートの演技で16位という大逆境から、あのファイナルでの全てを出し切った演技は私も涙ながらに見ました。考えられない集中力と精神力でした。

ビデオを見ながらそのときを振り返っていましたが(浅田さんはこわくて見たことがないと言っていた)、演技開始直前に「真央ちゃん頑張れ~」という大きな声が聞こえ、浅田さんはそこで「私は一人じゃない」とスイッチが入ったとのこと。

そして最初のトリプルアクセルが成功したときの歓声が聞こえ、さらにスイッチが入り、次々と技を決めるたびに大歓声、「パズルが次々と埋まっていくようにスイッチが入った」とおっしゃっていました。

オリンピックは最高の場所だけど、とても残酷なところでもあると浅田さんはおっしゃっていましたが、たった一人の掛け声であの絶望の淵から立ち直った浅田さん、すごい人間力だと思いました。

そして、歌、演技共に卓越したトップスターである望海さんは、ほんとうに謙虚な姿勢でいつも舞台に取り組んでおられます。
雪組全体にもそれが伝わっているのでしょう。不安になったときに後ろを振り返ると、組の皆が「大丈夫ですよ」と支えてくれていると感じるという話にも、望海さん率いる雪組らしいと思いました。

望海さんも、浅田さんも、この大変な時期に耐えて、頑張って、辛い思いをされていることと思いますが、きっとお二人が観客の前で輝かしい演技を見せてくれる日がやって来ると思います。
それまで、私たちも耐えて、頑張って、その日を待ちましょう。
心を強くして生きて行くしかない。

 

2020/08/09

【The Beatles 研究室・復刻版】Magical Mystery Tour[A-1]Magical Mystery Tour

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2004年から2008年にかけて作成したホームページ「The Beatles 研究室」・・2009年リマスター発売後の一部追記も含めてのブログにての復刻版です。ほぼ当時のまま、そして復刻後追記も付しております。15年以上前の文なので細部の表現・事実についてはお見逃しください。
今回はアルバム「マジカル・ミステリー・ツアー」からタイトル曲を取り上げたものを複刻いたします。
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前作サージェントペパーの最後の録音から4日後に早くも録音されたと記録に残っています。
この曲は、テレビなどでも良く耳にしたことのある方が多いと思いますが、非常にキャッチーな曲です。

ポールの「マジカル・ミステリー・ツアー」映画制作構想だけポッと出た段階であっという間に4テイクで作成されました。
「ハード・デイズ・ナイト」や「ヘルプ」でも発揮されましたが、こういったタイトル曲に対するポールとジョンの取り組み方は尋常ではなく、ポールの作品ではありますが、ポールがタイトルを執拗に繰り返し、いかにもタイトル曲らしくする中で、軽く揶揄するような合いの手をジョンが入れてセンスを見せます。

コーラスのスピードを落として録音したあと、再生時に声のトーンを変えてしまうのもジョンのやり口に違いありません。この頃ジョンは好きでしたから。
 
その後「アワ・ワールド」の世界中継や、マネージャーのエプスタインの死、などがあって、このプロジェクトは他の曲と4ヶ月ほど間隔があいてしまいます。しかし、このがっしり作ったテーマがあったおかげで、のちの曲もがっしりとテーマにそった形に仕上がっていきます。

「インヴィテイション」や「リザヴェイション」などとツアーにつきものの言葉がバスの効果音とともに韻を踏んで繰り返され、Roll Up Roll Up のコーラスがバスの走る姿をいかにも連想させます。
エンディングでテンポが変わり、ミステリアスな雰囲気を暗示させるのもにくい演出です。
 
前作サージェントペパーで得たあらゆるテクニックを自由自在に駆使してわずか2分49秒のこの曲は「もう終わっちゃうの?」といいたくなるくらい充実した凝縮された曲です。
ビートルズの実力をここに示した曲と言えるでしょう。

【2009:リマスター後追記】

久しぶりにリマスター後のこの曲について追記します。
リマスター後に正規版となったステレオのバージョンでは、イントロ後の最初の「Roll Up, Roll Up」の歌詞の部分で右チャンネルから“カタカタ、カタカタ”と、ベースギターのエスカッションが浮いているような音がします。これはモノラルでは聞こえませんので、ステレオ固有のミキシングのみに入ってしまったもののようです。※エスカッションのぐらぐらかどうかは私の耳で聞いたもので、ひょっとして・・ということで。

全体の音の安定感はモノラルの方が良いように思います。各楽器のバランスも良く、ステレオでは、やや各楽器が浮いているような印象を受けました。
また、リンゴのドラムについて、ステレオではバスドラムがちょっとオーバー目にレベルが上げられています。そのせいで、「ぼわん」とした印象の音になっています、やや歪み気味。
また、モノラルのリンゴのスネアは、リンゴがヘッドの上で微妙にスティックを跳ねさせて細かいフレーズを叩いているのですが、それが非常によく聞こえます。
ただし、モノラルではポールのボーカルが引っ込み気味です。逆にステレオでは、ジョンのバックコーラスが前に出て来ています。語尾の部分まで鮮明に聞こえてきます。

たしか、エンジニアのジェフ・エメリックの本の中で書かれていたと思うのですが、「Roll Up, Roll Up」の部分では、レコーダーにセロテープのネバネバを使ってテープが不安定に回転するようにして、あの“ゆらゆら”する感じを作ったと・・それが事実であれば、かなり大胆なことをしていたと思います。

著作権の関係などですっかり色々なところに使われているこの曲ですが、それだけ魅力ある、人を惹きつける曲なんですよね。
今聞いても新鮮さは全く失われていません。
外部から呼んだトランペットなどの楽器もファンファーレとしての役割を見事にこなして、ビートルズ + プロデューサーのジョージ・マーチン + ジェフ・エメリックをはじめとするエンジニアチームの息の合った仕事なのではないかとあらためて感心しました。

[更新日:2014_07_06]


〈追記〉2020/08/09

この曲については当時のホームページ上でもリマスター後に上記のような「追記」をしてありました。
なので、今回は“追記の追記”となります。

リマスター後の追記を自分で読んでいて気になった「カタカタ、カタカタ」という音が聞こえるという部分でした。
今の自分の機材で聞いてみると、まったく聞こえません。当時の機材の方が今よりもずっといいものを使っていたので、それで聞こえたのか、それとも“空耳”だったのか、はたまた自分の耳が老齢化しているのか。でも、あれだけハッキリと書いてあるので、当時聞こえていたのは確かだったのだと思います。・・謎のまま。

2014年の追記では、リマスター後のステレオとモノラルの異なる部分について細部のところまで書いてあります。
当時の方が耳が良かったのだと思いますが、言われてみると「ああ、そうだな」と思いました。かなり真剣に聞き込んでいるようです、自分のことですけど。

そして今聞いてみた感想でも、やはりモノラルの方が、バランスがよく、聞きやすいです。
自然な感じ。

曲作りも上手くなり、レコーディング技術は「サージェント・ペパー・・」を経てお手の物となりつつあったビートルズと技術スタッフ達で作り上げた素晴しい曲だと思います。

 

2020/08/08

すべて自分で判断するしかない

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国のいちばんエライ人はほとんど国民の前に出て来ず、説明は目に生気のない大臣。
自分の選挙第一で、選挙期間中は何の対策も講じなかったあの人も目に力がない。

東京以外の人はどんどん旅行に出掛けろ!と煽っておいて、帰省は今一度よく考えろ、という・・。

東京だけ外したが、今やその外したときの東京よりも大阪や沖縄では感染拡大の様相だ。
それでも何にも言わないで自分で注意しろ、観光地側は自分でよく対策しろ、と“丸投げ”状態だ。

外出についても各知事がいろいろな事を言っていて、どうしろというのだ。

私たちの生活も、ほぼ全部自己基準で対応している。
手消毒や、マスク、ソーシャルディスタンス、お出かけ、なんもかんも自分で決めてやっておいてね、ワシたちは事が起きたら「それみたことか!」って言うかんね、ってことでしょ。

近頃は、私の職場にもマスクもせずにやって来て、ガアガア大きな口をあけて怒鳴るオヤジも現われてきた。
ソーシャルディスタンスなんのその、混み合う場所でどんどん昔のように距離も取らずにくっつく人も多くなってきた。

カラオケで感染が拡大した、夜の接客業も、などという場所も不確かな情報のみで、なんらかの判断をしながら自己対策を考えねばならない。

丸投げされている国民のことなんか考えていないのか、まだ差し迫っている状況ではない、などと平気でいう。
差し迫っていない状況ってのは、どういう状況なのか説明してみろ!って言いたい。

今日のニュース等を見ていたら、高速道の渋滞情報もする必要がなく、新幹線のホームも閑散としていたようです。
自己判断の“たまもの”だと思いますが、国民の自己判断に委ねっ放しでどうすんだ!

ふだんは調子良くいろいろなことをSNSに書いて、頻繁に更新している人も何に慮ってか、このことについては発言がないです。
何のためのSNSだ!自分がSNSを始めたときにずいぶんと偉そうに書いていたのに、こんな大切なときには“だんまり”の人達、どうしたの!
私が始めたときにずいぶんと「あんたみたいな人に出来るかな?」なんて言ってたよねぇ。

・・と、少し毒づいたところで今回はお終い。
ま、上記のような人達はここまで入って来て読んだりはしないでしょう。何を喰ったか、とか、こんなすごいところに行って来たぞ、みたいなことにしか興味がないと思うので。

 

「本と暮らせば/出久根達郎」を読みました。

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作家で古書店主、直木賞もとっている出久根達郎さんの本、『本と暮らせば/出久根達郎著(草思社文庫)』を読みました。

本と作家にまつわるエッセイが75篇、本好きにはこれ一冊をオカズに、ごはん三杯はいけそうです!d(^_^o)

今回、この本を読んで驚いたというか、新鮮だったのは、出久根さんは「気になること」「事実を確認したいこと」などが出て来たら、『古書』を探して、そこから確認しているということです。
決して“ググ”らない(*^_^*)・・ま、ググってもそこにあるのは“上滑り”したガセネタに近いものなんですけどね。

坂本龍馬が「龍馬」か「竜馬」なのかを、どんどん古書の奥付などを調べて行くのだけど、国会図書館のリストが「竜馬」表示であったりして(司馬遼太郎も「竜馬」と表記している)、だんだんわからなくなる。

出久根さんの徹底ぶりは、奥付が誤っている場合も無きにしもあらずなので、一応は表紙や扉、目次、凡例なども参照する必要があろうとおっしゃっています。
こういう人、・・好きです!
結局「龍馬」が正解!

欧米の俗習「四月馬鹿(エイプリル・フール)」をわが国で初めて試みたのは、勝海舟である、という“冗談”も面白かったが、これも海舟の息子、梅太郎と結婚したクララ・ホイットニーの明治十二年四月一日と二日の日記という希少古書の記述から生み出したものでした。
想像から創造に結び付き、ひょっとするとそのまま小説にでもなってしまいそうです。

昭和八年の雑誌『改造』十一月号に、「東京音頭の氾濫」の記事があり、その夏に東京で大流行した様子が書かれていました。
レコードが流れると、たちまち人々が集まってきて踊り出したというのですヽ(=´▽`=)ノ
夏が過ぎても、その異常な興奮は一向におさまらなかったとのこと。・・知らなかったなあ。

古書にまつわる様々な話題で楽しめる本、本が大好きな人には、なによりの“ご馳走”です。ぜひ読んでみて(^-^)/☆

 

2020/08/04

【南先生の玉手箱_0021_魅力ある学校とは】

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私の中学時代の担任で美術の先生の昔の文書掘り起こし、今回の資料には日付が書かれておらず、たぶん平成16~17年頃のものではないかと思われます。
「魅力ある学校とは」という一文です。


以下、先生の文章です。

『魅力ある学校とは』

昭和44年の春から、あれから春が、また秋が流れて、三十数年月日は流れたが、自分という人間も学校に通ってくる児童生徒、そして地域も環境も、見ため姿は大きく変わったようでも本質は変わっていない。

どんな思いで教師を続けてきたか、それぞれの職場で何を学び、感動したか。

昭和44年春、時は3億円事件のあと、当時、ちょうど事件のあった国分寺方面、鷹の台と言うところに下宿をしていたこともあって警察の取り調べがあった頃。
自分は学校卒業後はアルバイトのサンドイッチマンを続けながら東京で絵を描き続けたいと考えていたところ、教員採用合格と親の意見もあって、千葉市でスタートした。

千葉でも田舎の学校(誉田中)で、上司、仲間、そして地域の方々に支えられて、美術教師として楽しく過すことができた。
新卒の頃、3年もやっている先輩を見る時、よく長いこと続けているなあと、まるでいつも明日はやめてもいいような気分で自分のやりたいことを中心に活動させてもらったことが、今ふりかえる時、ありがたく、何かの折に発想の原点になっている。

美術室がないところ、学校の廊下をふさいで準備室にしたり、空き教室、ボロ校舎に生徒を集めてグループ制作など、大きな仕事もとりくんだ。

放課後は、日が暮れるまで美術室で制作の続きをやる生徒がいた。

自分の美術の時間と、道徳、学活、他の先生の時間ももらって、春や秋は外に散歩に行く。
クラス全員、時間を忘れて昼すぎて学校に帰って給食のあとしまつに迷惑をかける。
そんなことのあとも担任としてひどく叱られた記憶はない。
考えてみるに、その時の校長、主任の先生などには心配をかけたことと思う。
今は思ってもなかなかできないように思う。

正月には急な話しで、初日の出を見ようと大網街道を海岸まで夜中いっぱい歩いたこともある。
今そんなことをやれば大変なことになる。

学級や部活動でよく合宿など楽しみの会をよくやった。

学年主任のうしろ姿から、魅力ある教師の一面を学んだ。
主任のクラスの自習時間に顔を出していた時、途中でその先生が出張から帰ってきて、生徒が大拍手。その時、自分自身が小さく思えた。
とても同じような人格にはなれそうもなく、今だ足もとにもおよばないが、時々思い出しては、教師の魅力、子どもから見える教師の姿のあるべき大切な部分を考える時、その先生の言動が思い出されます。

授業でも行事でも、教師自身が嬉々としてとりくんでいる姿・・。


以上が先生の文でした。

この文の中で語られている、先生が教師としてスタートした“田舎の学校”が、私の母校です(^_^;)
先生はそのとき、学校を卒業して数年、若かったのですが、私には40歳くらいに見えました。長髪であやしい雰囲気、ゆっくりと下から湧き上がってくるようなしゃべり方、(^^;)、“ただ者じゃない”と感じたものでした。
まさか、先生が70代半ばになっても生徒としておつき合いし、楽しいやりとりをするなんて思いもしませんでしたが。

きょうはこのくらいにしておきます。
おやすみなさい。

 

2020/08/02

元の木阿弥

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私たちは国の「緊急事態宣言」というものを受け、必死に頑張り、我慢して、いろいろなものを犠牲にして、やっと一時的に新型ウイルスの感染拡大を押さえ込みつつありました。

それが“宣言解除”された途端、“箍(たが)”が緩み始め、緊急事態宣言以前よりも感染は拡大の一途。「検査件数が増えたのだから」という人もいるが、“それがなんだ”というのだ。
一日に東京だけで300人も400人も感染が続いたら、この後どうなると思っているのだ。

それにしてもあのマスクを配るエラい人は出て来ないねぇ。
ついに自分で配ったマスクを付けるのもあきらめたようです。そりゃそうだろう、配っても「いらない」と何十万というマスクが返却されてきたというじゃありませんか。

自分の選挙中に対策を講じなかった人も、なんだか生気が無いです。

こんなことになっているのに「GO TO ~」とか言って、あちこち出掛けろ、という政策を打ち出したのも正気の沙汰とは思えない。感染はさらに拡大しているじゃないの。

経済を回さなければならない、なんて言っているうちに経済を回す人間がいなくなっちゃうよ。

10万円の給付金事務にマイナンバーカードがほとんど役に立たず、システム自体もすぐにダウンし、どうしようもないシステムだ、という非難が出る前に今度は「マイナ・ポイント」だとか言って、目先を外し、またそれに“乗せ”られて、あわてて手続きをする人達、あれほどダメ・システムだということが報道されたのに、まんまと踊らされている。

それでもまだ安心出来ずに、テレビCMなどを打ち、「今度、保険証代わりになるんだってねぇ」などと、作らなければいけないような雰囲気を作り出そうとしている。

1割強のカード保有者の内、さらに数パーセントがあの騒ぎで暗唱番号再設定に役所の窓口に来ただけで全国一斉にダウンしたのだ。国民皆に作らせて機能させようとするなら、まずシステムの改修が先だろうと思うのが普通の人間だ。

それに来年からなんて調子のいいこと言っているが、お医者さんにマイナンバーカードのカードリーダーなんてあったっけ。しかもマイナンバーのサーバーに接続するような専用回線が引かれていましたかね。

さらに、今回の給付金騒ぎで自分の暗唱番号が分かっている人はせいぜい1割~2割だったが、医者の窓口で暗唱番号が入力出来なかったら(年寄りはほとんど無理だと思う)、受診できなくなっちゃうのかね?

運転免許証の更新だけで、免許センターが作られ、連日大混雑になっているのに、マイナンバーは国民全員だ。
大きなセンターを作らなければ、もし、皆がカードを作ったら更新さえも出来なくなってしまう。
今後のこと、考えているのか。

国民に対し、現状を私(国)は、こう把握し、こういう対策をとって、こういう方向に導きたい。だから皆さん安心してください、っていうのを皆待っているんだと思います。
世間のこと、一般市民の生活もよくわからない側近の言うことではなくて、国民・市民の声をよく聞いてください。
私たちは病気の心配が減少し、普通に生活できる、そんな日をただ待っているだけです。
ガンガン旅行に行かせろ、だとか、ドンドン儲けさせろなんて言っていないのです。

普通にコツコツと仕事をしたり、生活をなんとかやっている人に、まず目を向けてほしいものです。

 

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