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2020/09/28

なんか憑依してきた

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毎日いろいろなことがあるが、私の背後から様々な人や魂のようなものや、その他いろいろなものが私の身体を使って、「言わせろ、言わせろ」って言うのです。

なので、憑依させるがままにして、ああだこうだ言ってもらおうと思う。

以下が、その「ああだこうだ」です。

では・・

一番! 「Go To に、物申したい」の人。

Go To キャンペーンなんていう多額の税金を捨てるようにバラまく利権まみれの政策に賛同する“金のあるヤツ”。
金のない困った人にはそんな愚かな政策よりも「消費税ゼロ」が一番効くと思いませんか。
なんで金のあるヤツと一儲けたくらむヤツだけのために税金を使うのだ。
景気回復を本気で考えるなら「消費税ゼロ」じゃないのか。

Go To 商店街ってのもやろうとしているのか。
キャッシュレス決済していない老家族で営んでいるお店みたいな一番困っているところを助ける気なんてさらさらないのだと思う。
そもそも商店街を現在のようなシャッター商店街にしたのは誰の政策なんだ、いい加減にしろ、と言いたい。


二番、「デジタル庁だってぇ・・!!」の人。

“デジタル庁”って、ネーミングした段階でもう時代遅れで終わっている感じがする。
まずはデータを改竄したり、削除したりできないようにして、改竄・削除したらそれらがそっくり復元できて、誰の命令で誰がやったかわかるようにすることが大事なんじゃないのか、というかどんな小さな市町村でもそのくらいは既にやっている。
国は30年以上遅れているのだ。
デジタルだとかなんだかんだ言ってないで、情報をがっちりと管理できるようにして、さらにセキュリティを上げることだ。
デジタル化じゃなくて、情報をどんなエラいヤツでもいじることが出来ないようにすることが、国民を守ることになるんだ。
Go To だとか、デジタルだとか、聞いただけで「なるほど、なるほど」なんて言っている、そんなことにコロッと騙されている人達を好きなように踊らせようとしている仕組みをまずは破壊した方がいい。


三番、「人に勝手に番号付けておいて、“マイナンバー”って呼べってか?!」の人

マイナンバーカードが特別給付金の申込みに何の役にも立たず、しかも実際はシステムが動いているのではなくて、人間が裏で必死こいて入力していることがバレて、さらにわずか15パーセント未満のマイナンバーカード保有者のうち数パーセントの人が暗唱番号の再設定に窓口に来ただけでシステムが全国的にダウンしてしまうということが“バレバレ”になったら、それを覆い隠すように「マイナポイント」などというものをあわてて作り、取り繕った。
キャッシュレス決済できるような人で2万円以上の買物をカードでするような人のためのもので、別にただで5千円配るわけではないのに、もらえるようにCMしている。
年寄りが「5千円ください」と、市町村窓口に現われ、“こういうことだ”と説明すると、「カードなんかで買物したことは無い、早く五千円くれっ!」と言い出す始末だ。
金持ちを助けるのか、ほんとうに困っている人を助けるのか、どうなんだ、言ってみろ!!

そもそもマイナンバーカード自体を作っている人が一割ちょっとなんだ。
それはなぜかと言えば、税金をふんだくる為だが、ちょっとおいしいこと言ってカード作らせちゃえ!っていう魂胆が見え見えだから、普通の人は作らないんだよ。圧力を掛けられている人と、おいしい言葉に乗っかっている人以外。

紙の通知カードでもプラスチックのマイナンバーカードでも、保険証か何にかと併せて提示すれば、マクドでポテトが付いてきます。とか、天ぷらそば食べて提示したら天ぷら一種類増えるとか、ズボンを買ったらパンツが一枚おまけで付いてくるとか、些細なことでも皆が享受できるようにした方が経済も生き生きするだろうし、国民みんなが楽しくなるんじゃないの?!
キャッシュレス決済できるような人で何万円も買物するような人ばっか優遇してどうすんだ!!


・・ああ、みなさん憑依から抜け、私の背中から出ていく・・。

いろいろ言ってたけど、何か残ったような気がするぞ。

 

2020/09/25

梶原しげるさんの「イラッとさせない話し方」を読みました。

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『イラッとさせない話し方/梶原しげる著(日経ビジネス人文庫)』を読みました。

読み始めると、イラッとする話し方以前にコンビニのレジですぐキレる人の話が載っていました。
おおむね、ネクタイを締めた、ダークスーツ系の中堅ビジネスパーソンがいちいちキレるんだそうで、例えばコンビニで84円切手を買って、「ここに貼ってくれ」と言い、貼ってさしあげると「おい、ちょっと傾いてないか?ほら!こんなんじゃ大事な取引先に出せないんだよ。張り直せ!!俺はそういういいかげんな態度が許せないんだよ!!!」ってことになるんだそうで、コンビニ店員泣かせなのです。

そうねえ、こういう人、私も現在窓口業務をしていますが、毎日何人かはいます。
なんだろうねぇ、自分が何か特別な存在だとでも思っているのか、コンビニ店員や窓口業務をしている人を下に見ているのか、それとも会社で散々虐げられているのかのいずれかなんでしょう。

いきなり、「話し方」からはずれてしまいましたが、いよいよ言葉の話。

「大丈夫です」は、不要ですの代替用語として若い人に使われていますが、さらに異次元の使われ方としては、例えば私が上司でランチを部下におごったとしましょう。
私としてはお気に入りの店で美味しいものをご馳走したつもりで「どうだった、あのお店のランチ?」と聞くと「あっ、大丈夫です」って最近は応えるらしいです (・_・;

「お腹の具合は大丈夫、あたりませんでしたよ」って、私ならとるが、「まあ美味しかった」程度の意味で使っているのでしょうか(^_^;)

この本にはたくさんイラッとする話し方が書かれていて、枚挙に暇がありませんが、「そもそも」のアクセントが最近は平板アクセントになっている・・そうで、そうねぇ、たしかに若い人は平板アクセントだ。
私には、何だか挑戦的に聞こえます。

そう言や、「図書館」まで平板アクセントで言っている人はたくさんいる。

で、もはやイラッとしてはいけないこともあるようで、若者の誤用(今やオジンも誤用している)は、一般化され、許容されるようになってきているので、それをいちいち咎めてはいかんのだ、ということも書かれていました。
せっかく美味しいものをおごってあげたのに、食べた瞬間「やばいっ!!」って言われても、そうかそうか、そんなに美味しいのか、とやさしい眼差しで見てあげないといけません。

「千円からお預かりします」ってのは、若い兄ちゃんだけかと思ったら、いいオジサン、オバサンも最近では使っています。
いちいちイラッとしていては、身が持たない。

「この書類、確認してもらってもいいですか」

「さすが部長はプレゼンが上手ですね」

「お水のおかわりは大丈夫ですか」

上記三件の話し方を読んで、どこがイラッとするの?って人は、もう全身に毒が回っていますので、どうか余生を“御安全に”お過ごしください。

読んでいて、最後にはなんだか疲れましたが、それが現在の状況というものです。
時代の移り変わりを風まかせにして生きて行きたいと思います。

 

2020/09/23

「造形遊び4人展 ゴチャマゼ!」に出掛けた。

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昨日、9月22日(火)に、西千葉の街角ギャラリー「どち」で開催初日を迎えた表題の4人展に出掛けました。
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4人のうち一人はもちろん、いつもこのブログに登場している私の中学時代の担任で美術の先生、南隆一先生です。

まずは場所と期間のご案内。

場所:千葉市中央区汐見丘町16-13 タリアセン汐見1F

期間:9月22日(火・祝)~27日(日)
   (22日 13:00~、27日 16:00まで)

 

 

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南先生と髙橋みどりさん、みえだあきこさん、望月純さんの、まさに“ゴチャマゼ”な「造形遊び」展示でしたが、前回、前々回と比べても、とても楽しく、ひとつひとつの作品も見どころが多いと感じました。
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ぜひ一度足を運んでいただいて、作品を見ていただくのももちろんですが、作家の皆さんと、作品をはさんでの楽しい会話も楽しんでいただきたいものです。
南先生も個性が強いが、他の方々もそれを上回る個性をお持ちの方々ばかり(^^;)なので、とてもいいひとときを過ごせると思いますよ。
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2020/09/22

竹内政明の「編集手帳」傑作選を読みました。

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『竹内政明の「編集手帳」傑作選/竹内政明著(中公新書ラクレ)』を読みました。
読売新聞朝刊一面のコラムを執筆されている竹内政明さんの傑作選ということで、読売新聞は、あまり我が家では馴染がなかったのですが、興味深く読みました。

読んでみると、竹内さんは例えばスポーツで勝利したり、その他の分野で大成功した人よりも、むしろその陰で苦労した人や、人知れず頑張っている人、地道にコツコツと生きている人に焦点を当てています。
そこに人間の“機微”のようなものを感じて深く、味わいあるコラムになっているのだと感じました。

森繁久弥さんの訃報に接して、森繁さんがかつて舞台最前列で寝ている少女を見て、演者皆で床を音高く踏みならしたりして目を覚まそうとした話が書かれていて、実はアンコールの幕が上がると、少女が初めて顔を上げ、両目が閉じられていた・・居眠りではなく、全神経を耳に集中して芝居を心眼に映そうとしていたのだとわかった話が書かれていました。

森繁さんは自らの心ない仕打ちを恥じて舞台上で泣いたという話です。
それを訃報に接してのコラムで、森繁さんの様々な栄光を書くのでなく、そのエピソードを取り上げたのが竹内さん流なのだと思いました。

高校野球選抜大会の優勝が決まったときのコラムも、地方の公民館で見た永六輔さんの色紙「生きているということは/誰かに借りをつくること/生きてゆくということは/その借りを返してゆくこと」という言葉を取り上げ、試合中の5回が終わり、グラウンド整備が始まると、踏み荒れた土を整備員がきれいにならし、選手達がベンチ前に整列して引き上げていく整備員に帽子を脱いで深々と一礼した様子が書かれていました。

このコラムが書かれたのは東日本大震災後の大会で、優勝した学校も、人さし指を天に突き上げてマウンドに群れ集うようなこともなかったという話も付け加えられていました。

・・ようするに永さんの「生きていることは」の『心』を伝えていたのです。

東京オリンピックが、まだ招致決定されていない頃のコラムに〈歌人の秋葉四郎さんの一首〉として[究極の平和と謂はめオリンピックの勝者の涙敗者の涙]というものを取り上げていたのですが、驚きました。

同じ名前だと思って調べたら、秋葉四郎は私の中学一年の時の担任でした。
よくこのブログでご紹介する南先生は中二・三年の担任でしたが、南先生の“自由人”な教師像とは正反対の厳しく、いつもスーツをビシッと着て、ひと言ひと言の日本語が正確で的確な教師でした。もの凄くコワイ先生だと言われていましたが、教師として教えた最後の生徒となったのが私たちでした。
だからずいぶんと“まるく”なっていた。

放課後に私と、もう二人女子が個室に呼ばれて、それぞれに「君たちに合う本だと思うよ、読んでごらん」と三冊ずつ手渡された本がありました。
それらを夢中で読んで、今の本大好きな私があるのです。すばらしいきっかけを与えてくださいしまた。
その三冊は今も私の本棚にあります。

その後、秋葉先生は教育委員会で教育部長を務めたり、千葉大学で教鞭を取ったり、斎藤茂吉記念館の館長もされていたということを今になって知りました。
歌人であったことも生徒の私たちには全くおっしゃっていませんでした。
先生の歌碑が立てられている場所があることも知りました。

本は読んでみるものです。

 

2020/09/21

日曜日の猫との作業

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写真はここ最近の日曜日の“ひとコマ”。

土曜日の夜11時からのラジオ番組「オトナのJAZZタイム/DJ:紗里さん」をカセットに録音しておいて、翌日再度それを聞きながら、曲目、ミュージシャン、発表年などを聞き取り、整理してからラベルに記入し作業終了。

もちろんそのときジャズが掛かっているので、ジャズ好き猫のマロン登場。
一緒に聞きながら、私がメモするのを見守っています。
これでも自分も参加しているつもりのようです(*^^*)
しっかりと見届けます。

今どきカセットテープなんて、ラジコでパソコンに取り込み、ハードディスクに保存すればいいじゃないの、って声が聞こえますが、「それもやりました」よ。
でもねぇ、そうすると二度と聞かないんです。
あなたにも身に覚えがあるんじゃないですか。

カセットに録音して、ラベルに収録内容を記入して、それを眺めているとまた聞きたくなるっていう寸法です。

それにね、カセットのあの不思議とやわらかい音、停止すれば次はそこから聞けばいい、そんなところがとても安心するのです。

というわけで、今だにこんなことやっています。

時々とても面白い回があったときにはそのカセットを、このブログによく登場する私の中学時代の先生に送ってプレゼントします。
先生も電話をかけてきてくれて大喜び!(#^.^#)

このアナログ的な繋がりがまたいいのでした。

 

2020/09/20

先生の名刺、作っていました。

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久しぶりのブログ更新です。
その間、何をしていたのかというのが、今回のブログの内容となります。

先々週のこと、このブログに登場する私の中学時代の担任で美術の先生から、「すごいものもらった」と電話があり、その後先生から郵送されてきたのが、最初に掲載されている写真です。

高嶋さんという、銚子で酒屋さんをやりつつ、地酒日本酒BAR(ライブもされている)も経営している方が今までの先生の個展で撮った作品の写真を全て丸く切り抜いて写真にしたものでした。

これが、先生のおっしゃるように、とても面白い!!
私もびっくりしました。

「これを使って何かできないか?!」・・という先生のリクエストに思わず時間が止った私…σ(^_^;)

先生が「シールにするってのは考えついた」、とおっしゃったので、まずはシールにしてみようということになりましたが、私独自のアイデアでもうひとつ何かを、ということになり、高嶋さんの写真をネタに先生の名刺を作ってみようと思いました。

まずはシールにしても何にしてもデータが無いので、それを高嶋さんから送ってもらい、作業を開始いたしました。

 

 

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シールを仕上げたあと、いよいよ先生オリジナル名刺作成作業に入りました。
こんなに時間がかかるとは思っていなかった・・ (・_・;

名刺の表側には、高嶋さんの丸い写真を貼り付けて、内容はシンプルに仕上げました。
でも、画像を選び、切りぬき、大きさや色合いを調整したりで、しかも表面だけで50パターンを作るという難作業を自分で選んでしまったので時間がかかってしまったのです。

名刺ソフトなどを用紙メーカーのHPで取得し、使ってみても、なんだかビジネスマンみたいなものになってしまうので、自分で Word を使い、サイズ設定を入れて、一からコツコツと作ることに・・自分で自分の首を絞めるようなことになりましたが、“性分”なんで仕方ない(^_^;)

 

 

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表面50パターンを作り、次は裏面にも何か楽しいものを、と考え、先生が普段からおっしゃっている言葉や、今までの先生の愉快な場面の写真にコメントを入れたものを考えだしました。
その数30パターン!!ヽ(=´▽`=)ノ

精も根も尽きました(^^;)

そして印刷が先ほど完了いたしました。

この名刺を先生からもらい、全ての名刺をコンプリートしようとすると、・・大変なことになります(*^^*)

そんなのも面白いぞ、と思いつつ作業が完了し、あとは先生に渡すだけです。
この火曜日から西千葉で、また先生とお仲間の展示があるというので、そこで配っていただけるといいなと思っています。

 

2020/09/15

【南先生の玉手箱_0024_散歩】

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私の中学時代の担任で美術の先生の昔の資料やメモなどの文書を掘り起こして活字化する作業。
今回は先生が「散歩」と題して書いたもので、今回は日付が入っておらず、平成17年~19年の間に書かれたものと思われます。


以下、先生の文章です。

『散歩』

有る休日、用件あって、あっちこっちドライブした帰り道、途中で車から降ろしてもらって、となり町から古い家並みを歩いてみたら、5月なのに真夏の暑さである。

何か天候不順のひと言ではすまされない、地球規模で大変な状況が起きている。
飽食の時代、エネルギーの無駄使いなどがなかなか改善の方向に進まず、乱獲伐採など環境破壊は止らない。

日々便利さ、スピードが優先される中で、時にストップ・ザ・便利を実行していかなければ、人類、大変あぶない状況、すでにとりかえしのつかないところに居るような気がする。

久しぶりに近所でも懐かしい景色を見ながらその地域の家、森や木陰をわたる涼しい風を感じながらこっちに歩いてきた小学生がすれちがいにこちらを見て、こんにちはとあいさつ、こちらも、おー・こんにちは、とひと言返してあたりまえのことだが、どっちも知らない顔、子どもにとってどこかのおっちゃんの私、あいさつがあると思っていなかった。
続いて何人かの子どもや大人とすれちがったが、みんな雰囲気がいい顔に見えたというか、感じる気持ちの問題かと思う。

家庭や学校で地域の人と人とのかかわりについて、できれば安全意識からできるだけかかわらないほうがいいように子どもに話すことが多く、ちょっと話しかけると何か変に思われることの多い時代に、人と人との関係、あいさつや笑顔から望ましい関係や安全がつくられていくのかと思う。

農家の多い、古いたたずまいの中をぬけて歩きながら、現代の暮らしの何か変な部分に対してみんな基本は素直とか、信用することなんだろうなあと考えさせられるひと時でした。

人も物も普通に大切にかかわり合うこと、自分自身の行動について日常できるだけ素直でありたいものです。

特に時代が問題にしている不審者をつくらない人と人との関係をお互いが大切にする地域でありたい。

古い家も多く、生け垣、大きな樹、そして緑の多い空間が何か時間をかけて人の心を育んでくれているように思う。
毎日のようにいろんな安全対策がそれぞれの地域や立場で進められているが、人と人、そして自然と人との関係に思いをよせて望ましい環境つくりに何かできると具体的にとりくみたいものです。

ちょっと前まで普通だった何か大切な関係を切り捨てないように心がけたいものです。

久しぶりに通りぬけた地域のたたずまい、気のせいか路肩のゴミもほとんど目につかなかった。
何か地域の雰囲気を感じさせてもらったが、すぐちかく自分の住む地域でも何かプラスに実行できる自分でありたいと思いながら、約1時間、家に到着した。

時に道草をしながら考えさせられることがあります。

 

以上が先生の文でした。

何気ない散歩の道中に先生が思ったことについて書かれたものですが、もう15年も前から人と人との関係が殺伐としたものに移りつつある状況がうかがい知れました。

今やもっとその状況は悪化していると思います。
それに環境破壊も・・。

ウイルスの感染拡大や、異常な気候、自然災害、どれもが元々は環境破壊という事象にたどり着くような気がします。

散歩途中の雑感のようなものでしたが、考えることは多岐にわたる、と思いました。

 

2020/09/14

久しぶりの“生”落語。

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いつも登場する私の中学時代の担任で美術の先生だった南先生ご夫妻からお誘いを受け、日曜日に千葉の三井ガーデンホテルで行われた朝日カルチャーセンター千葉教室の「カルチャー寄席」に行って来ました。

公開講座の“講師”は落語家の「古今亭菊之丞」師匠です。

師匠の落語は寄席で何度か聞かせてもらいましたが、なかなか客の“つかみ”がうまくて、あっという間に自分の領域に客を引き寄せてどんどん笑わせる噺家という印象でした。

NHK大河ドラマの落語監修や、江戸ことば指導などもされている師匠です。

今回は弟子のまめ菊さん(若い女性)が前座をつとめ、それもなかなかの“つかみ”を見せて、“師匠譲り”(*^_^*)、観客が“あったまった”ところで師匠の登場。

 

 

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今回持って来たネタは、「幾代餅」と「井戸の茶碗」でした。

「幾代餅」は、「紺屋高尾」というネタとそっくりというか、ほぼ同じようなもので、私は「紺屋高尾」を今までよく聞いていましたが、今回の「幾代餅」の方がなんだかほのぼのしていて“心温まる”噺になっており、これはいい!と思いました。

今回のテーマは「正直者」の話二篇という感じで、幾代餅は花魁に野田の醤油問屋の若旦那と嘘をついて客になったが、全て正直に自分の身分を打ちあけて、ついには夫婦となり、幾代太夫という名から取った「幾代餅」を売りに出して商売繁盛、仲の良い夫婦となり、子供も三人出来たなどという目出度い話。

二席目は「井戸の茶碗」。
ばか正直にもほどがあるお侍同士の意地の張り合いから、これまた目出度い祝言へと結びつくというハッピーエンドなお話でした。

客席は“ほどよい”ソーシャル・ディスタンスを保ち、笑いの渦に(#^.^#)

コロナ過で寄席にも行けずにおりましたが、先生からのお誘いにのってやって来てよかったと思いました。

心の底から笑うってことが、やはり体に良いのだ!とあらためて思いました。
カルチャー寄せのあとは、先生夫妻とお茶の時間を持ち、楽しく紅茶を飲みながら、師匠の噺を振り返ったり、互いの近況を話したりいたしました。

よい日曜の午後となりました。

 

2020/09/13

「ぼくの日本自動車史 1945~1976/徳大寺有恒」を読みました。

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『ぼくの日本自動車史 1945~1976/徳大寺有恒著(草思社文庫)』という本を読みました。

徳大寺さんの自動車評論は、あの「間違いだらけの車選び」に代表される独特の語り口と、辛口批評でご存知の方も多いと思います。

すでに亡くなられてから数年が経ちましたが、あのお顔は忘れることが出来ません。
三本和彦さんとTVKのテレビ番組で語り合っていた姿も昨日のことのように思い出します。

今回ブックオフにて購入してきたこの本は、徳大寺さんが子供の頃から学生時代、いろいろな仕事の手伝いをしたり、レーサーになったり、車用品などの会社を興し、やがて倒産の憂き目にあったりの人生をその時々に出会ったクルマと共に語っていくというものでした。

登場するトヨタのクラウンの初代のものや、パブリカ、カローラ、プリンス自動車のクルマ、スバルや日野自動車、いすず、ホンダ、マツダ、日産、三菱などの、私が知っているクルマのずっと以前の初代の頃から徳大寺さんが乗ってきた様子がつぶさに書かれています。

初期の頃の日本車は、多くがタクシー需要のために作られていたため、足回りに凝って複雑なサスペンションにしたりすると、まだまだ舗装が整備されていなかった日本では、すぐに足回りが壊れてしまい、結局はリジッドの頑丈な足回りのものが重宝された話。

意地でも英国車風の凝ったエンジン、サスペンションにこだわったため、吸収合併されてしまった会社の話。

トランスミッションがシンクロでない時代の車の運転の話。

などなどが、当時の時代背景や、徳大寺さんの周囲にいた人々のエピソードと共に語られていて、時代の空気を大いに感じることができ、私にとって、とても貴重な体験をしたような気持ちになりました。

様々なクルマの特徴や、乗り味、メカニズムなどが次々と語られ、クルマ好きにはたまらない一冊です。

この本自体が1993年に刊行されたものの文庫化なので古いものですが、徳大寺さんがひどいクルマとしてふれていたトヨタのカリーナED、セレス、マリノのところでは、当時私が感じていたことそのままに書かれていて、激しく共感しました。

うしろの席には座れないのに4ドアにしている、スタイルのみのため(まともな大人から見たらとてもみっともないスタイル)“エエカッコシイ”で、クルマのことは何もわからない輩向けのものでした。・・そして売れた・・。

でもそれがトヨタなのです。

マーケティングに優れたトヨタ。トヨタが作るクルマがその時々の日本人の姿だと思うのです。

今で言えば、アルファード、ヴェルファイアの“これ見よがし”で“威圧的”なスタイル。

C-HRのデザイン性の欠片もない着膨れたみっともない姿。

プリウスをはじめとする子供が描いた科学特捜隊みたいな幼稚なデザイン。

LEXUSの一連の金持ち気取りの“鼻持ちならない”姿。

皆、今の日本人の自分勝手で、大人げない、えばりん坊で、これ見よがしな姿が投影されている、というのが私の意見であり、この本で徳大寺さんが再三おっしゃっていることだと思います。

要するに、トヨタのクルマを見れば、今の日本人の醜さがわかるというものです。

逆に言えば、そういうものを作り、ベストセラーにするトヨタの凄さを感じるわけです。

450頁にも及ぶ大長編でしたが、いちいち頷きながら読みました。
ほんとうのクルマ好きなあなただけにおすすめです。

 

2020/09/12

【The Beatles 研究室・復刻版】Beatles For Sale[A-5]I'll Follow The Sun

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2004年から2008年にかけて作成したホームページ「The Beatles 研究室」・・2009年リマスター発売後の一部追記も含めてのブログにての復刻版です。ほぼ当時のまま、そして復刻後追記も付しております。15年以上前の文なので細部の表現・事実についてはお見逃しください。
今回は、アルバム「ビートルズ・フォー・セイル」からポールの佳曲「アイル・フォロー・ザ・サン」を復刻してみます。
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ポールが16歳の時に書いた曲だそうです。
けっこうスケジュールが立て込んでいる中でなんとかアルバムを仕上げなければならない契約を考慮して持ってきたものだと思われます。
デビュー前に書いた曲を持って来たわけですが、いい曲です。
フォーク調の小品といった感じですが、見事なほどに聞く者をうっとりさせるメロディーとコーラスです。

コーラスは、もちろんポールとジョン。
二人の息はピッタリ合って、合いすぎているくらいの絶妙さです。
ポールは、この曲を作曲したときのことをはっきり覚えているようで、自宅の居間で、風邪をひいているときに作ったと発言しています。
その頃から、ジョンと二人でお互いの部屋に入って膝つき合わせて曲を作っていたのでしょう。ですから、息が合うのももっともな話です。

リンゴは、ドラムを叩かず、膝を手のひらで叩いています。
ちょっと指をすぼめ加減にして、空気が入るようにして、パーカッションのような音で録音されています。
この曲にピッタリのアイデアです。

この「フォー・セイル」というアルバムは地味で、普通の人がファンになり、ビートルズを聞き始めても、「レット・イット・ビー」や「アビー・ロード」「サージェント・・・」などに行ってしまうのが一般的で、最後の方にたどりつくことになるものだと思います。
でも、それはもったいない話で、「エブリ・リトル・シング」「ノー・リプライ」そしてこの「アイル・フォロー・ザ・サン」などの隠れた名曲がひっそりと宝物のように入っているのです。

人前で、“ギターを弾いてくれ”などと言われて、この曲をおもむろに爪弾いたりしたら、それはもうかっこいいと思います。

「フォー・セイル」は、ビートルズファンになったら必聴盤です。


〈追記〉2020/09/12

今回アップするにあたってまず聞き返したのが、「ベイビー・イッツ・ユー」のシングルCDに入っていたものです。
録音初期であろうアコースティック・ギターの音と、ジョンとポールの歌声が素朴な感じで入っているバージョン。テンポはゆっくりめで、とても静かで落ち着いていて心地良いものです。あらためて聞くと、こういうのもいいなと思いました。

続いてアメリカ・キャピトル盤の「Beatles '65」に入っていたもののステレオ盤。
キャピトル盤にしては、荒さがなく、とてもきれいな音でしみじみ聞くことができました。

次に聞いたのはオリジナルの2009年リマスターのステレオ盤。
これは音に深みが入っていて、ギターの音もとても艶やかで、ボーカルも自然で温かみのある音になっていました。

さらに次は2009リマスターのオリジナル・モノ盤。
音全体に陰影がついて、これまたいいです。ボーカルの音は、息づかいというか、歌い方のニュアンスまで入っているように感じました。

続いて「On Air : Live At The BBC」のアルバムに入っていたもの。
ギターのストロークする感じ、生っぽいギターのスチール弦の音がたまらなくいいです。

まだまだ続いて、今度は「Beatles '65」のモノラルの方。
これまた意外と音がくっきりしていて、ポールのボーカルとジョンの声の絡みが生々しく、いいです!これも(#^.^#)

結局、6バージョンある録音を聞いてみたのですが、もともとの録音がけっこう丁寧にされているのか、全体に音の深みを感じ、この頃の録音もなかなかいいものだな、と思ったのでした。

 

2020/09/10

【南先生の玉手箱_0023_修学旅行の思い出】

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私の中学時代の担任で美術の先生の昔の文書掘り起こし、今回は先生が「修学旅行の思い出」と題して書いたもので、平成18年11月10日の日付が記されていました。


以下、先生の文章です。

『修学旅行の思い出』

朝、気がつくと、雨の音、ちょっと心配しながらも今年はいい天気の予報。
みんなそろって六時半、バスで出発。
昨年は途中雨が続く中でのグループ行動が多かったけれども、がんばって予定全部やることができた不思議と子どもたちのがんばりの姿を思い出しながら、今年も参加させてもらった。

バスは朝からすぐ朝の会に続いて元気な歌声やレク係が準備したお楽しみのバスレクを続けてアッと言う間に箱根の湯本駅に到着した。

旅のしおりつくり、グループ行動の計画など、出発前からたくさんの調べ学習に協力をしてとりくんできた。

箱根は春夏秋冬、いつも観光客の多いところ、富士山をとりまいてのたたずまいは美しく、自然豊かな魅力の多いところで、旅のコースによく選ばれる土地です。

今年の紅葉は今ひとつ色が感じられなかったが、天候不順や現代の環境問題もちょっとは影響しているように思うところです。

心配もなく予定のとおりに登山鉄道に乗って箱根の山の線や景色を眺め、散策のはじまりの途中、まさかの車内アナウンス、「強羅方面、ケーブルロープウエイが本日、強風のためにストップ」とのこと。

さあ大変、予定変更でグループリーダーの動きがあわただしく、どのコースも新しい体験があったことでしょう。
予定の変更は、学校ばかりではなく、観光客や一般の人の流れも大きく変わって、バスなど身動きできない程の満員となった。

確かに山の上は強い風だが、仙石原のすすきなどはその風で美しい銀色のじゅうたんにも見えた。

高原ホテルでは、楽しい夜と食事ができたと思います。
予定変更もまたひとついい体験でした。

二日目は、雲ひとつないすばらしい天気で富士の山他、箱根のけしきがこんなにくっきりときれいに見えたことはない。
大感動でした。

フィールドセンターでは溶岩樹型を中心に熱の入った説明の中、大変いい子どもさんたちですねとほめられながら一時間の予定が二時間以上の大勉強になってしまった。

そのあとは、昼食から大いそがしの中で、到着は遅れましたが、思い出多く無事に帰って来ました。
二日間、大総っ子のうしろ姿を見ながら、またひとつ大きく成長の場面を感じさせてもらいました。


以上が先生の文でした。

先生が生徒達との修学旅行をほんとうに楽しそうに語り、書いています。途中のハプニングにもめげず、それを逆に愉しんでしまうような先生と生徒の様子が目に浮かぶようです。今回は楽しくて、そして修学旅行の光景が目の前に広がるような先生の文章でした。

 

2020/09/06

映画「ようこそ映画音響の世界へ」を見てきました。

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映画『ようこそ映画音響の世界へ(MAKING WAVES -The Art Of Cinematic Sound-)/2019年アメリカ 監督:ミッジ・コスティン 出演:ウォルター・マーチ、ベン・バート、ゲイリー・ライドストローム、ジョージ・ルーカス、スティーブン・スピルバーグ、デヴィッド・リンチ、アン・リー、ライアン・クーグラー、ソフィア・コッポラ、クリストファー・ノーラン、バーブラ・ストライサンド』を見てきました。

映画中で音響編集のパット・ジャクソンが語る「音響は水面下の仕事よ。でも、音の力は計り知れない。すばらしい仕事よ。」という言葉が全てを物語っているんじゃないかと思います。

この映画は無声映画の時代からトーキーの時代に突入し、その後映像と音声の同時収録されたフィルムの時代、さらにデジタル画像とデジタル音声の現代まで、映画音響の歴史をたどりつつ展開されていました。

この映画を見ていたら、映像に音声が伴うようになってから現在に至るまでの間の多くの時代、音声はあまり重要視されていない期間が長かったのだなと感じました。
音声関係の予算を切られてしまったり、時間をかけていいものを作っていた担当者を“クビ”にしてしまったり、音声担当の人達への無理解からの苦労などもうかがうことが出来ました。

 

 

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でも、きっと音響関係者って“熱意”があり、“ねばり”があり、“夢”があるから、そんな不遇の時代を切り抜けて今に至ったのだと思います。

映画の中で、数々の名作にどういうふうに音声が載せられていったのかを実際の映像・音声と共に(録音時の様子などのフィルムも含めて)見せてもらうと、なるぼどという感覚と共に感動が押し寄せてきました。

映画音響の世界って、広大で深いっ!

実際に、今、映画音響に携わっている人の「毎日が夢みたい。大好きな仕事をして暮らしていけるなんて」というインタビュー時の表情がはつらつとしていて、最後に「やっと映画音響が認められたんだな」と感じて、うれしい気持ちで映画を見終えました。

映画に、映画音響に、サウンド創りに、オーディオ・システムに、レコーディングに、ミキシングなどに興味のある人全員に魅力ある映画だと思いました。
感動したっ!!

 

 

 

2020/09/02

「ひとり酒の時間 イイネ!/東海林さだお」を読みました。

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『ひとり酒の時間 イイネ!/東海林さだお著(だいわ文庫)』を読みました。

“ひとり酒”というものは、いい大人になっても意外と難しいものですが、冒頭から「ひとり生ビール」というものをやってみる、という話で始まりました。

神田神保町にあるひとり生ビールを執り行うために、十日にいっぺんくらい出掛けて行く「L」というビアホールを紹介しています。

二階、道路沿いのガラス窓に沿った席にすわり、タン塩とエビフライをとる東海林さん。
大き過ぎず、小さ過ぎず、生ビールにぴったりの大きさのジョッキでビールを飲み、全長22センチ、直径3センチのエビ、堂々二本!マカロニサラダとトマトを従え、湯気をあげて横たわっている・・(*^_^*)

タン塩はいいけど、エビフライはビールに合わないんじゃない?!っていう人、このエビフライを食べてみろっ!みたいないつもの文で心なごみました(#^.^#)

定食屋でビールを飲んだり(東海林さんはこの世でいちばん美味しいものはビールだと言い切る)、あの門前仲町の「魚三」(安くて旨くて、充実していて、門前仲町に魚三ありと居酒屋ファンに名高い)で心ゆくまで飲んだり。

立ち飲みで、どういうものを「つまみ」にして、どう飲むか、なんて話題も出てくる。

また、東海林さんは「そら豆はビールには合わない」という自説もお持ちで、何度もそれについてはこの本の中で書かれています。
・・合うけどなぁ・・。

外国では“ぬるい”ビールを飲むのが当たり前です、みたいなところに行ってしまい、がっかりしたり、怒ったりする場面もありました。
いろいろな飲み方があると思うけど、私もビールは冷えているのが一番だと思う。
この本の後半に椎名誠さんとの対談も掲載されているのですが、椎名さんも別の本で、「ぬるくして飲むのが本場の飲み方です」と店員に言われ、冷やしてもらえなかった話を書いていたことがありますが、もう一度いうけど、東海林さん、椎名さんと同意見、「ビールは冷えたのをグビグビやるのが醍醐味」だと思う。

さらにファミレスで晩酌する話、缶詰で飲む酒場の話など、ひとり酒の話には事欠かない東海林さんの本でした。

コロナの影響で飲み会も少なくなり、どうしたらいいんだろう?!と思っているあなた、この本を参考に「ひとり酒」の楽しい時間を持ってみてはいかかでしょう。
私も・・やってみっか。

 

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