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2020/09/22

竹内政明の「編集手帳」傑作選を読みました。

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『竹内政明の「編集手帳」傑作選/竹内政明著(中公新書ラクレ)』を読みました。
読売新聞朝刊一面のコラムを執筆されている竹内政明さんの傑作選ということで、読売新聞は、あまり我が家では馴染がなかったのですが、興味深く読みました。

読んでみると、竹内さんは例えばスポーツで勝利したり、その他の分野で大成功した人よりも、むしろその陰で苦労した人や、人知れず頑張っている人、地道にコツコツと生きている人に焦点を当てています。
そこに人間の“機微”のようなものを感じて深く、味わいあるコラムになっているのだと感じました。

森繁久弥さんの訃報に接して、森繁さんがかつて舞台最前列で寝ている少女を見て、演者皆で床を音高く踏みならしたりして目を覚まそうとした話が書かれていて、実はアンコールの幕が上がると、少女が初めて顔を上げ、両目が閉じられていた・・居眠りではなく、全神経を耳に集中して芝居を心眼に映そうとしていたのだとわかった話が書かれていました。

森繁さんは自らの心ない仕打ちを恥じて舞台上で泣いたという話です。
それを訃報に接してのコラムで、森繁さんの様々な栄光を書くのでなく、そのエピソードを取り上げたのが竹内さん流なのだと思いました。

高校野球選抜大会の優勝が決まったときのコラムも、地方の公民館で見た永六輔さんの色紙「生きているということは/誰かに借りをつくること/生きてゆくということは/その借りを返してゆくこと」という言葉を取り上げ、試合中の5回が終わり、グラウンド整備が始まると、踏み荒れた土を整備員がきれいにならし、選手達がベンチ前に整列して引き上げていく整備員に帽子を脱いで深々と一礼した様子が書かれていました。

このコラムが書かれたのは東日本大震災後の大会で、優勝した学校も、人さし指を天に突き上げてマウンドに群れ集うようなこともなかったという話も付け加えられていました。

・・ようするに永さんの「生きていることは」の『心』を伝えていたのです。

東京オリンピックが、まだ招致決定されていない頃のコラムに〈歌人の秋葉四郎さんの一首〉として[究極の平和と謂はめオリンピックの勝者の涙敗者の涙]というものを取り上げていたのですが、驚きました。

同じ名前だと思って調べたら、秋葉四郎は私の中学一年の時の担任でした。
よくこのブログでご紹介する南先生は中二・三年の担任でしたが、南先生の“自由人”な教師像とは正反対の厳しく、いつもスーツをビシッと着て、ひと言ひと言の日本語が正確で的確な教師でした。もの凄くコワイ先生だと言われていましたが、教師として教えた最後の生徒となったのが私たちでした。
だからずいぶんと“まるく”なっていた。

放課後に私と、もう二人女子が個室に呼ばれて、それぞれに「君たちに合う本だと思うよ、読んでごらん」と三冊ずつ手渡された本がありました。
それらを夢中で読んで、今の本大好きな私があるのです。すばらしいきっかけを与えてくださいしまた。
その三冊は今も私の本棚にあります。

その後、秋葉先生は教育委員会で教育部長を務めたり、千葉大学で教鞭を取ったり、斎藤茂吉記念館の館長もされていたということを今になって知りました。
歌人であったことも生徒の私たちには全くおっしゃっていませんでした。
先生の歌碑が立てられている場所があることも知りました。

本は読んでみるものです。

 

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