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2020/11/29

JR飯岡駅併設の「海上ふれあい館」にレコード鑑賞に出掛けました。

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JR飯岡駅に設けられている「海上ふれあい館」、いろいろなイベント、催しが開催されているのですが、今回は私の中学時代の担任で美術の先生が『アナログレコード鑑賞会』を企画されました。

そうと聞いては行かねばならぬ…σ(^_^;)ということで、行って来ました。

 

 

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主にジャズのアナログ盤をかけて、スピーカーはテクニクスの俗称“げんこつ”スピーカーを先生宅から持ち込み、そのスピーカーにも先生の絵が施されていて(#^.^#)、「こりゃいったい何だっ!」的様相が先生らしくて素晴しいっ!

ジャズ以外にも演歌などのレコードもリクエストによりかけていました。客層は明らかに私よりも10歳以上確実に上の年齢なので、そういうのもないと間が持たないのかもしれないです。

 

 

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さらに合間をみて、16ミリフィルムの映像を「映写機」で映し出したりする人もやってきて、あのフィルムのリールが回る独特の音と共に古いニュース映像なども拝見しました。
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館内には先生の絵画や造形作品なども展示され、音楽と同時に楽しむことも出来ました。
前回、同様の企画をされたときには来ることが出来ませんでしたので、こういう雰囲気なのか、と新しい試みを肌で感じ取ることが出来ました。
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また、先生のお知り合いの方が、サックスを持ち込み、リクエストを受けてソロ演奏をするなどという時間もあり、けっこう内容は濃かったd(^_^o)

先生の自由な空気がこういうものを作り上げているのだな、と思いましたが、私としてはもっとジャズのアナログ盤をいっぱい聞きたかったかな(*^_^*)

でも、不思議で楽しいひとときでした。

来週は、横芝光町のギャラリー「笑虎」で先生の個展があります。
そちらも楽しみに、帰宅いたしました。その内容については、またこのブログでご紹介いたします。

 

2020/11/26

「本の雑誌の坪内祐三」を読んだ。

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『本の雑誌の坪内祐三/坪内祐三著(本の雑誌社)』を読みました。

私が学生時代から読んでいた「本の雑誌」への坪内さんの三角窓口コーナーへの投稿や、「読書日記」などの連載、坪内氏自身へのロングインタビューなどを含め、本の雑誌に掲載された坪内さんの文がぎっしりと詰め込まれていました。

ほとんどの頁が四段組で、400頁の大長編です。
しかものどの章も項目も様々なカテゴリーでの坪内さんの本に関する“濃く”て“面白い”文が満載なのです。
だから、飽きない・・(*^_^*)

※以下に掲載されている膨大な書籍は、この本の巻頭に載せられていた坪内さんの書庫?!のほんの一部です。

 

 

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昼は読み、夜は飲む坪内さん。

・・これは私にとっても理想の世界だが、そんなことが出来る人は世にけっして多くはないと思います。
完全リタイアしたら、やってみたい・・なぁ・・無理だろうけど。

銀座の文壇バーを“はしご”で巡る企画も面白かった。
私のまったく知らない「文壇バー」の世界を垣間見ることができました。

古今東西の「追悼文」を過去にずうっと遡って語り尽くし、追悼文の名人はいったい誰かと迫っていくのもよかった。

 

 

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雑文家の番付を相撲の番付表のように、ああでもない、こうでもないと何人かで作っていたのも本好き、雑文好きには“酒の肴”になるくらい興味の尽きないものでした。

「文豪と編集者との関係」に迫ったもの、「ダメ人間作家コンテスト」も、あらゆる古書を含めた書物を読みに読みまくった者でなければ書けないもので、私も坪内さんの文の海に飛び込んだように泳ぎながら楽しみました。

本が好き、文が好き、本にまつわる人が好き、書店・古書店が好き、本と文にまつわるあらゆるものが好きな人間にとって、栄養満点!楽しい読書時間が過ごせる本でした。

活字中毒者への良薬でした。

 

2020/11/23

【南先生の玉手箱_0026_戦後の記憶の中で思うこと】

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私の中学時代の担任で美術の先生の昔の資料やメモなどの文書を掘り起こして活字化する作業。
一ヶ月ぶりのアップです。
今回は、先生が戦後の記憶について書かれている文章です。
イラストの下の方に「戦後61回目の夏」と書かれていましたので、2006年に書かれたものと思われます。


以下、先生の文章です。

『戦後の記憶の中で思うこと』

私ごと、戦争の体験はないけれども、母親の体内でまだもの心つく前に、何か不思議と戦争体験をしたような暮らしを思い出すことがある。

小さい頃の思い出だが、何と言っても物が少なくて食べものなど貧しい時代であり、バナナ一本、アメ玉一個、せんべい一枚が大変貴重で手に入りにくい子ども時代だった。

そんなこともあって、腹のすく思いから、腹いっぱいの満足感やもののうまさが今でも体にしみついている。
井戸で冷やしたすいかの味や、おふくろのにぎった大きなみそむすびの味などよく覚えている。

 

 

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物が少なかったこともあるだろうが、もったいない、大切にする気持ちは自然に身についていた。
又、躾けられてきた小さい頃、近所の年寄りが縁側での茶のみ話しで、戦争中、外地で略奪、人殺しなど手柄話しなどしていた気がする。
近所に飛行機が落ちた墓もあった。

米軍が九十九里から来ていれば、このあたりは全滅まちがいなしだったと思う、当時、何かのまちがいで落下傘米兵が落ちてきたところに大人たちみんなで食料品など盗み取り、米兵は銚子の方へ連れていかれた。
おそらく殺されたと思うとの話しも覚えている。

聞いた話しではあるが、米軍九十九里上陸の時に備えて、学校ではみんな竹ヤリの練習があり、米兵を刺し殺そうと、バカなことをみんなが必死に考えて実行していたなど、教育や宗教はひとつまちがうと恐ろしいものがあります。

終戦ちかくには、日本中物資がなくなって、杉や松など大きな樹を伐採して燃料にする、お寺の鐘や鍋釜を集めて武器にするなど、あの戦わずして沈んでいった戦艦大和になったのではないだろうか?

自分の親の世代では、具体的な話しは聞かされていないが、終戦ちかくにかなりの友人が片道切符を買わされて特攻隊や人間魚雷で死んでいったように思う。

本当のことは伝えられていないが、自分の親や大人たちのうしろ姿に戦争の形を見て育ってきたように思う。

自分たちの世代にも、次の世代に対する大きな責任があると思う。

美術学校時代にデッサン用に本当の頭蓋骨を持っていた友人がいた。
40年前のことだが、沖縄の或る島でそんな頭蓋骨はゴロゴロしているって話していた。

季節はめぐって、毎年365分の1回。今年も終戦8月15日が来た。
広島、長崎に原子爆弾を投下された日本、今日の新聞にもあの戦争で無念にも命を失った日本人が、戦地、内地、いろんな場所で310万人それ以上の数にのぼる。
もちろん命は数の問題ではない、ひとつの命は誰でも地球上60億?分の1、みんな同じ重さの大切なものだ。

朝からマスコミで、靖国神社参りがどうのこうのと、報道をくりかえしているのだが、私たちひとりひとりが本当のところ命の大切さや、人の心の耕しに毎日どのうようにかかわっているか、私ごと団塊の世代の者としては、現在の社会構造をつくっている立場の者として、こと戦争に限らず、強く、今、現代の暮らしに責任を感じることが多い。

とは言っても、ひとりでは何ひとつ解決できそうになく、反省ばかりではあるが、何か過去の歴史が風化してしまわないように次の世代に伝え、育んでいくことに努力しなくてはと思う。

戦争のことは知らないにしても、いろんな話しを子どもの頃から耳にしてきたことを時々思い出す。
今、時代は表面的には飽食や物質的に豊かなように見えるものの、心の問題は大変な状況で、あぶない課題山積の時代にお互いが暮らしていると思う。

当時、戦争の道具、武器となって本当の気持ちを誰にも伝えられないままに戦場に散っていった数百の命について、誰がどのように責任をとれるものか、どんなことをしても命の責任はとれず、戦争も絶対に許せるものでない。

当時の画学生が、この絵の続きは帰って必ず描くと、キャンバスの裏に書き残し、モデルの恋人に言葉を残し、二度と帰ってくることはなかった。

現代のテロ事件や、拉致問題など、許すまじき行為だが、戦争の時代には、日本にも同じような状況があった。

このように二度とくりかえしてはならいなことに対してしっかりと思いを寄せて、次の世代に伝えていくこと、命の大切さや、戦争の悲惨さを知識として知っていても何もならないこと、本当の思いを語り継いでいきたいものです。
8月15日は大切で大きな教材です。


以上が先生の文でした。

文中に書かれていた「九十九里から米軍が上陸してきたら」という話は、私も祖母や母親から聞いたことがありました。
当時は、もしそんなことになって「米軍が町に入ってきたら辱めを受ける前に死のう」と皆で言っていたという話を聞いたことがあります。
実際は、そういうことはなかったのですが。
戦争に関しては、先生と電話で話したりすることがあるのですが、今の若い世代、子ども達の世代にどう伝えていくかは、とても難しくて大切な問題です。

 

2020/11/22

NHK BS でやっていたジョンとヨーコの番組を見た。

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昨夜、NHK BS プレミアムでやっていた番組、「奇跡の名曲 イマジン ションとヨーコ・発掘映像が語る激動の人生」を見ました。

全体を見渡して、これといって新たに発見したようなことは殆ど無かったのですが、でもジョンとヨーコ二人が一緒に活躍していた頃の映像や音楽には、いつものことながらギュッと心が引き締められるような、そんな気持ちになりました。

ビートルズ時代の映像・音楽はあまりなく、ほとんどがヨーコと出会ってからのものでした。
あらためてそれら映像を見て感じたのは、ヨーコと出会うまでのビートルズの時代には、ジョンにとって大事な人物はポール・マッカートニー、そしてヨーコと出会ってからは、もちろん小野洋子がジョンの人生にとって一番大切な人であったのだろうな、ということでした。

ジョンはポールと共にビートルズで、音楽的にも、その他、財産、名声など、下積み時代に考えられた全てと言えるものを手に入れたのですが、そんな状態になっても「そこには何もなかった」みたいなことになって、その後の方向性が見えなかった時期があったものと思われます。

 

 

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そこにヨーコが現われて、ヨーコの個展に展示されていた作品、あのハシゴをのぼっていった先にある虫眼鏡で見るような小さな文字「YES」に出会い、その後はジョン・ファン、ビートルズ・ファン皆が見聞きしてきたことになりました。

ジョンの名曲「Imagine」には、独特の雰囲気というか、風格というか、“泰然自若”としたものがあります。番組内でも紹介されていたように、この曲はヨーコの影響が“大”であることは誰の目、耳にも明らかです。

この Imagine や、Give Peace A Chance など、ジョンが作る曲には、番組でも言っていたように「皆が歌えて、強いメッセージ性のある」ものが含まれています。
ビートルズ現役時代には、 All You Need Is Love もありました。
それはやはり、ジョンのひとつの特徴なのだと思います。

ポールもジョンに負けず劣らずの名曲をたくさん生み出していますが、ジョンのような直接的なメッセージを持つ曲って無いような気がします。
Hey Jude などのように、ジョンの息子 ジュリアン を励ます私的な曲が実際には、多くの人に勇気を与えて、しかも皆で歌えるような曲になったものもありますが・・。

きっと、昨日の番組は、オールド・ファンから近年になってジョンを知り聞き始めた人、ジョンがビートルズの一員だったことを知らなかった人も見たかもしれません。
でも、ジョンとヨーコの人となり、楽曲の良さ、二人で活動していた頃の“熱い”心などを感じることができたのではないかと思いました。

私は、今でもジョンやポールの作った曲を聞かない日は一日もありません。

 

2020/11/20

拡がる感染、どうすればよいのやら

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このところの、新型コロナウイルスの感染拡大には、はっきりと恐怖を感じます。
いくら自分でマスクや手洗い、うがい、人との距離を保つなどの防衛策を講じても、ものには限度があります。日々仕事で百人くらいの人と相対しているのです。

東京では500人を超える感染者が出ているし、北海道や大阪でも大変なことになっている。
東京に隣接する私の住む千葉も感染者数は過去最高になってしまった。

なんとかイートだとか、トラベルだとか、結局なんだか金を持っている人のためにやっているようなもので、テレビ、ラジオで得意そうに話している人間を見ると唾棄したくなる。

医療関係者は、感染拡大が始まった頃から毎日危険な思いをして頑張ってくれているのに、ボーナスが半額になったりしていて、予算を取るなら、そういう人達にどんどん日々の頑張りに対して配分したらどうでしょう。

大勢の人間が集まって長時間、大きな声を出して飲食すれば、そりゃ感染は拡がるでしょう。

まるで無防備な様子で遠方まで旅行に出掛けたら、そりゃ日本中に拡がるでしょう。

自己責任で、安全にやれっ・・て、そんなの政策じゃないでしょ。

用も無いのに出歩くな、腹も空いてないのに何万円も食いに行くな。
出掛けたことを自慢するな、何を喰ったと、いちいち吹聴するな、そんなことすると、「自分もやらなきゃなんだか損だ」って人があわてて出歩き、あわてて満腹なのにお腹に何か詰め込もうとするんだ。

政府が何か声明を出すというから、なんだと思ったらイートは行け、行ったら4人以下にしろ。マスクを食べるとき以外はずっとしていて、静かにしていろ。
Go To なんとかはやめない、夜の飲みについては時間制限はしない・・。

ああ、そうですか。

結局、きょうのこのブログで最初に書いた基本的なことをして自衛していくしかない、とあきらめました。
どっちつかずの対策だかなんだかわからないことを説明しているエラい人の顔は、心ここにあらずで、無責任極まりないものに見えます。はっきり言って生気が無い。表情が死んでいる。

日本は自由な国だとか言っている人たち、何も発言しないね。
自由な国だったら、今自分の思っていること、感じていることを、こんなにネット環境ほかが整備されている世の中なのだ、言ってみたらどうだ。
誰を、何を怖がっているのか。
私が子供の頃は、そんな奴を“意気地無し”と言っていた。

本日のブログは以上です。

 

2020/11/15

スペシャル玉手箱・ブックを作ってみた

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このブログで何度も登場してもらっている私の中学時代の担任で美術の先生、南先生が毎年横芝光町で12月に行っている個展の準備をしていると連絡がありました。

このところ、毎晩作品づくりに取り組んでいられるようです。

会場となるギャラリー『笑虎』には、喫茶スペースもあるので、そこでの集まった方々の憩いのひとときにひとつの「話題づくり」として、私が行っている先生現役時代の資料・メモの活字化&ブログ掲載について紙面で再現したものを置いてもらおうと思いつきました。

 

 

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で、表題のスペシャル玉手箱・ブックを作ろうと、私も取り組み始めました。
「玉手箱」っていうのは、南先生資料・メモの活字化ブログのカテゴリー名が『南先生の玉手箱』だからです。

ブログそのものの画面を印刷してみると、非常に見づらく、さてさてとなりましたが、結局ウェブ上のサイトからテキストデータを抜き出し、画像データをあらためて貼り付けて Word で印刷することにしました。

やってみると、見やすくなったので、私のコメント部分の文字を小さく、先生の文章部分を大きくして、さらに見やすくしてみました。

 

 

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出来上がりを見て、もっと何かほしいと感じ、今年作った南先生の名刺(オモテ面たけで50種類、ウラ面も30種類ある)のコンプリート・コレクションも綴ってご紹介することにいたしました。
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もっと出来るかも・・と思ってしまったのが自分の首を絞めましたが、ええい、こうなったらやってしまおうと、2002年頃からの南先生の作品やご本人の表情がいろいろと楽しめるフォト・アルバムまで作成し(^_^;)、加えてみました。

・・で、全130頁の“ボリューミー”な出来上がりになりましたヽ(=´▽`=)ノ

もし、今年の笑虎での南先生の個展にお出かけになられる方で、このブログをご覧の方は、ぜひお目通しいただければ幸いです(*^_^*)

んじゃ、きょうのブログはここまで。

 

2020/11/13

太田和彦さんの「ニッポンぶらり旅 可愛いあの娘は島育ち」を読みました。

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『ニッポンぶらり旅 可愛いあの娘は島育ち/太田和彦著(集英社文庫)』を読みました。
太田さんの一連のこのシリーズ、今回は豊橋、八丈島、酒田、福井、釧路、名古屋、木曽福島へのひとり旅・酔いどれ紀行でした。

太田さんの“ぶらり旅”、いつも読んでいて感じるのは、ふつうの人ならこんなにいろいろなものを見つけたり、出会いを楽しんだり、ふと立ち寄った居酒屋で、地の肴を好んで頼み、地酒を深く味わい、愉しむことなど、なかなか出来ないだろうということです。

つまり、私のようなふつうの人間は、どこかに出かけるとなると、いろいろと下調べをして、巡るコースもきっちり決めて、スケジュール通りのコースを、予定通りの店を訪ね、時間も“押せ押せ”の中で動くだろうと思うのです。

でも、太田さんは偶然見つけたものに興味を持ち、いろいろ地元の人に尋ねてみたり、地元の人に紹介された人や、店に出かけて思わぬ人や店、建物、風景に出会うのです。
こういうのを旅の達人というのでしょう。

それに、太田さんは「お酒」という最大の愉しみを深い知識と共に持っています。
それぞれの出会ったお酒に対する感想も、実に多彩な表現を用いて著わし、お酒、居酒屋の達人でもあります。

華やかな味わいを楽しめる一品
「清泉川(きよいずみがわ)/特別純米生原酒」

幻の酒米白玉を仕様した純米吟醸
「限定・上喜元(じょうきげん)」

秋あがり「俵雪」ひと夏を越した味わいを楽しみたい
「限定・羽前白梅(うぜんしらうめ)」

待ちに待った酒が来た
「限定純米大吟醸・三十六人衆」ひやおろし

酒田、百四十六年続いた「久村の酒場」の暖簾をくぐり、出会ったお酒が上記のラインナップでした。

で、太田さんはこれを選びました。

上等なお酒で、旨みもあり、スッキリしたキレの良い味わい
「東北泉・雄町純米吟醸 瑠璃色の海」

どれもこれも飲んだことがない…σ(^_^;)

いつの日か、これらのお酒と出会うことを夢見つつ、読了したのでした。

 

2020/11/12

映画「PLAY 25年分のラストシーン」を見た。

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映画『PLAY 25年分のラストシーン( PLAY )/2018年・フランス 監督:アントニー・マルシアーノ 出演:マックス・ブーブリル、アリス・イザーズ』を既に見ておりましたので、感想を。

13歳のときに両親から贈られたビデオカメラを手に持ったのを皮切りに、主人公のマックスは家族や友人たちとの日々を撮り始めます。

それがライフワークともなり、25年ものあいだに録り溜めた映像をつないで振り返るという手法での映画・・ということになっていました。
1990年代のヒットソング、フランス・サッカー・ワールドカップ時の懐かしい出来事もその中に入っており、まさに当時少年期から青年期を過した人には、とてもリアルな記憶が蘇ってくるものだと思います。

 

 

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主人公が素直になれずに、手放してしまった大切なもの・・それがなんだったのか、ラッシュのように流れていくビデオ画像の中にいくつも残されていて、ラストの現実シーンに戻っていく時に感動があふれてくる、そんな映画の仕組みになっていて、チラシなどにもそう書かれていました。

私も共感できる部分がいくつかありましたが、でも、この時代に青春を過した若者とは、やはり私の生きてきた時代が異なることもあり、ビデオで振り返る度を超した“バカ騒ぎ”みたいなものにはちょっと付き合いきれないところもありました。

私よりも20歳くらい若い人にはいい映画じゃないでしょうか。
きっと私が見て感じた感動よりも倍以上のものを得られる映画だと思います。

今回は、見に行った私が、年代的に少し若い方に踏み込み過ぎた感じでした。

 

2020/11/08

こんなんでいいのか?!

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北海道はじめ、各地で新型コロナウイルスの感染者は日々増えている。
みんな東京で200人を超えたなんて言っても、すっかりマヒしていて、感じ方が鈍感になってやしませんか?!

そんな中、 GoToトラベルだ、イートだと、テレビはじめメディアはなんだかうれしそうに「こんなに得した」「あんなに得した」っていう得意満面の妙な人たちを映し出し、「20万円のホテルに10万円で泊まれたぞ」・・(なんだそれ)・・っていう金持ちが得している様子を紹介しています。

何やってんだ!
焼き鳥屋に予約して串一本食べてポイントいっぱいもらうなんて変なヤツが出て来たらそれもうれしそうに報道している。“ネタ”ができたって喜んでんじゃないっつうの。
宿を予約してポイントだけかっさらって泊まりもせず、キャンセルの連絡もしないヤツも出て来たっていうじゃないの、それもまた喜び勇んでニコニコ顔で報道しているが、何が言いたいんだ。
もっと報道すべきことがあるだろう。

メディアもメディアだが、政府のお偉方もこんなどっちつかずの施策で、金持ちや大手ホテルばかりが恩恵を受けたり、そのおかげで感染は全国、特に北海道では感染拡大の一途じゃないの。

首相が国会答弁で「全集中で」などと、流行っているアニメの中から引用したというのを聞いて、思わず「馬鹿者っ!しっかりしろ」と聞いていたラジオを破壊しそうになった。
こんなことで喜んでいる大人はよほどの大馬鹿者以外にいないだろうっ!

しどろもどろで、発音不鮮明なしゃべり方も、もっと歯切れ良くはきはきとやってくれ。
・・そうなってしまう理由が満載だからそうなるんだろうけど・・。

携帯料金下げるって自慢する前に、携帯代を払えるくらいの給料にしてくれ。

以上です。

 

2020/11/07

【The Beatles 研究室・復刻版】A Hard Day's Night[A-4]I'm Happy Just To Dance With You

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2004年から2008年にかけて作成したホームページ「The Beatles 研究室」・・2009年リマスター発売後の一部追記も含めてのブログにての復刻版です。
ほぼ当時のまま、そして復刻後追記も付しております。15年以上前の文なので細部の表現・事実についてはお見逃しください。
今回はアルバム「A Hard Day's Night」 から 『I'm Happy Just To Dance With You(すてきなダンス)』を取り上げます。
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日本では「すてきなダンス」というタイトルでシングル・カットされました。この曲が映画で歌われていたシーンは日本盤のアルバムジャケット(※写真掲載)になっていました。私の持っているアナログ盤もこのバージョンのジャケットで、CDの方をオリジナルジャケットで所有しています。

これはファーストアルバムに入っていた「 Do You Want To Know A Secret 」以来のジョンが作ってジョージが歌うパターンです。キーの関係か、それとも自分が歌うには恥ずかしかったのか、ジョンはジョージにこの曲を譲っています。
でも、ジョージで正解かも。
わかりやすいキャッチーでアイドルっぽいメロディーはジョージのルックスに似合っています。「ジョンは絶対に“盛り上がる”コード進行をこの曲で使っていた」と、ポールが発言しています。

歌をまかせたおかけで、ジョンは「 All My Loving 」以来の素晴らしいコードカッティングを聞かせてくれます。
本当になぜかばらけているのにシャキッとした素晴らしいリズム感はジョンならではのものです。
このギターを聞くためにこの曲を聞く人もたくさんいるのではないでしょうか。リッケンバッカーのショートスケールモデルだと思いますが、曲に合った音色で、ジャンジャカジャンジャン・・・ジャンッジャンとたまらない歯切れの良さです。

リンゴは一小節の中で1発目と4発目にタムを合いの手状態で叩いて、これがこの曲のリズムをよりいっそう際だたせています。
ポールのベースもとても自由な感じで弾いているようです。

日本でシングル・カットされたのもうなずけるようないい曲です。ジョージのアイドル性と、曲のポップなメロディーにかけたのだと思います。

私も好きな曲です。


〈追記〉2020/11/07

今回2009年リマスター・ステレオ盤をまずは聞いてみました。
この曲はレコードで一番聞いていたので、CDで聞くと、とても落ち着いた感じに聞こえ、意外でした。
リンゴのタムも低音が効いている感じがします。
2009年リマスター・モノは、高音がステレオ盤よりもよく出ていて、勢いもあり、さらに安定した演奏に聞こえます。
さらにキャピトル盤モノも聞いてみると、実にシャキッとしているうえに、パンチが効いています。ボーカルもコーラスもとてもクリアに聞こえます。意外だなぁ、とてもいい!
続いてキャピトルのステレオ盤も聞いてみます。
モノのようにクリアにボーカルも演奏も聞こえるのですが、勢いがもうひとつない感じに聞こえます。
ついでにアナログの ODEON RED WAX TEST PRESS をデジタル録音したものを聞いてみると、とてもシャープな音で気持ちいいです。

 

黒川伊保子さんの『いい男は「や行」でねぎらう いい女は「は行」で癒やす』

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『いい男は「や行」でねぎらう いい女は「は行」で癒やす/黒川伊保子著(宝島社新書)』を読みました。

黒川さんは「妻のトリセツ」などの著書ですっかりお馴染み、私はテレビをほとんど見ないのでラジオによく出て“夫婦関係”をどうやってよくしていくのかなどを語る黒川さんの登場頻度に驚いています。
しかも話が明解で面白いっ!単なる脳科学・AI研究者ではない、人間的魅力のある方という印象です。

今回の本は、五十音のうちの特徴あるものについて、これをうまく使うと人と人の関係に“使えるよ”、というものを丁寧に考察・説明してくれています。

私が気になったのは「ふ」の項。

「ふ」は時間を止める、という効果があり、別れるそのとき、ほんの刹那でいいから時間を止めたい・・そんなとき、「ふっ」と息を吐く・・という黒川さん。

デート最後の「ふっ」は“魔法の終わり”ふんわりと散る息が、過した時間を幻想にしてしまう。

「ふ」で始まり、「ふ」で終わるデートは、けっこう永遠、オトナになったら、現実に持ち込まない、生々しくない、そんなデートの相手をひとり持っているとステキだと思う。

・・という、黒川さん。

帰り道に、現実の幸福(夫、妻)に感謝する、幻想の恋。
そんな幻花のひとつやふたつがあってこそ、夫婦は深くなっていくのかもしれないね。

・・だって。

夫がいて、夫のことをいつも書いている黒川さん、こんなこと書いていいのか、とも思うけど、でも、上記のことはある意味大切なことかもしれない、と思いました。
あとは言わない。

また「の」についての項も気になりました。

「神宮“の”イチョウ並木が色づいたの。一緒に散歩して」

「焼き鳥“の”おいしいお店見つけたの。行かない?」

「の」の入ったことばは、事実を“ものがたり”に変える「音韻効果」があるとおっしゃっています。
この「の」については、宮崎駿の映画タイトルに多用されています。

「風の谷のナウシカ」「天空の城ラピュタ」「隣のトトロ」「魔女の宅急便」「千と千尋の神隠し」などなど。
ここにひとつの“異世界”があります。ということをうまくタイトルで表現しています。

その他この本では「は行」「な行」「さ行」などなど、様々な例が示されていて、実に興味深いものがありました。

自分が使っている言葉についても再点検してみようか、と思ったのでした。

 

2020/11/03

大阪市の投票結果を見て

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一般に“大阪都構想”と言われた維新の会が推進しようとしていたことに対する住民投票の結果が出ました。

世間一般に流布されていた「都構想勝利」という情報は(※ホリエモンの YouTube などでの事前の発言でも、「勝利はほぼ間違いない」というのが流れていたのを見た)、中盤戦まではたぶんそんな流れだったようです。

このブログでは、あまり政治的なことには触れないようにしていますが、前回の橋本さんが市長だった時に、橋本さんの本、『体制維新-大阪都/橋下徹・堺屋太一(文春文庫)』を読んでみた感想を書いたのを思いだし、ちょっとだけ今回の結果をふまえて書いてみようと思ったのです。

当時のブログには詳しく書いたのですが、本を読んで感じたのは、大阪都をつくり、二重行政を排除することになったら「何をしたいのか、何をするのか」については一行も書かれていませんでした。ほんとだよ。

私がいつも維新のトップ達の様子を見ていて感じるのは、「大阪の人達が都構想成って、そのおかげで将来喜んでいる姿」が想像できない、ということです。

それはご本人達がそういうものを頭の中に描いていないからなのではないか、と・・(私の感覚ですよ)・・思っているのです。※これは前回のブログでも同じことを書きました。

だって、すでに府も市もトップを取っているのだから、都構想成った時の状態で仕事すればいいじゃないの、って思ってしまいますよね。
維新同士がトップで二重行政はしないでしょう?!
じゃ、やる必要ないんじゃないの、今どれだけのことが出来て、都構想成ったらさらにこんなに大阪の人達が“幸せ”になります・・って運動すればよかったじゃないの・・と思いますよ。

つまり、住民投票に勝利して、大阪都が出来たら、皆さんこんなこと、あんなことをやります。いいでしょう?ってのが全く伝わっていなかったと思いました。

一部メディアでは、“僅差”で惜しくも・・みたいな報道の仕方や、年寄りが新しいことへの変化を怖がったからだ・・とか書いていますが、もし維新が勝ったら、「勝利は勝利だ1万票以上の差は大きい」とか、「年寄りはいい加減に世の流れを読め」なんてこと言ったり、書いたりしなかったですかね。

で、結局二回目の投票でも同じ結果となりました。

橋本さんは以前から「選挙の結果がすべてだ」「民意が一番大事だ」と言ってきたのだから、二度の否決という民意を尊重してほしいと思います。

最後に、冷静な大阪市民の方々に敬意を表します。

 

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