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2021/02/27

もうひとつ気になっているが、大きく取り上げられない問題がある。

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「愛知県知事のリコール署名不正問題」です。

大村知事への“好き嫌い”はいろいろあるでしょうが、問題は集まった署名に死者8千人分の名前があったり、押されていた拇印が何万人分も同じものだったとか、業者に委託してアルバイトの人達に署名の偽造をさせたり、集めた43万5千人の署名の8割が不正だということ。

それに加えて「お辞めください大村秀章愛知県知事 愛知100万人リコールの会」というものを組織して、その代表になっている高須克弥氏は「関係ない」と逃げまくりです。
自分が代表となり、集めた署名が不正だったら、仮に“自分のあずかり知らぬこと・・※そんなこと考えられないけど”であったとしても、責任は免れないし、まともな人なら会見等を開いて説明責任があると思いました。

聞くところによるとクラウド・ファウンディングで約5000万円もの寄付を受けているという。その収支報告はきちんとするんでしょうね。

このリコールの会に賛同して駆けつけた著名人の皆さん・・という方々も声だけデカくて、いざ問題が起きたら「知らん」「関係ない」と無責任に逃げてしまった。
武田邦彦氏、竹田恒泰氏、百田尚樹氏、有本香氏らです。
会に賛同して名を連ねたなら、代表と共に説明の場に立ち、もし仮に誰かが知らぬ間にこんな不正をしたというのなら、この会の設立趣旨に賛同し、正規に署名してくれた人達のために徹底究明をせねばならないんじゃないでしょうか。

しないってことは、「何か知っている」、あるいは「一枚噛んでいる」と疑われても仕方ないでしょう。というか、普通そんなことされたら怒り心頭ですぐに犯人捜しを始めるでしょう。

大きな声を出したり、相手を恫喝めいた形で威嚇したりする人は自分にやましいことがある人です。小中学生のときに先生から私も教わりました。

これとは別の話ですが、この会に賛同した上記の人の中には、あのオリンピック大会組織委員会長の森氏が辞任を迫られるような事態になったときに、ツイッターで森氏を追求する人を攻撃し、いざ辞任が決まったら、「森氏に申し訳ない、お役に立てなかった」という発言をしている人もいました。森氏の問題発言自体にも何ら問題なしとしていたのには驚きました。

とにもかくにも“誰も謝らない”っていうのはおかしい。
そしてメディアの報道が控え目なのも、なんだかあやしい。

最近、私のブログでこういった発言が多くなったとお思いの方もいらっしゃるかと思いますが、私だってこんなこと書くのは好きではないですよ。
でも、“おとなしいやつ”と思われていると、どこまでもつけ上がるのがエラそうな立場にいて、悪いことをしている人間です。
なんの役にも立たないかもしれませんが、この時代にこういう発言をしていた普通の市民がいるということをネットの記録上に残しておいて、後年の人達が見て、「ああ、こういう意見を言っていた人も当時いたんだね」と思ってもらいたいからなのです。

 

2021/02/26

くどいようだが、自分の思っていることを記録するために書いておきます。

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せっかくSNSというものがあって、自分の考えていることなどを自由に書ける環境があるにもかかわらず、皆、黙っている様子・・。
だから、好き勝手にやられてしまって、百十何万もの月給を貰っていて、痛くもかゆくもない6割給与削減で50万円近くも給料が入ってくるという“ゆるゆる”の自主返納で事を収められてしまうのだ。
首相も引き続き現在の役職で働かせるという・・考えられないっ!

国民が“舐められている”のだ。

「コンパクト五輪」だなんて言ってましたよねぇ、見事に“肥大五輪”になりました。
「復興五輪」とも言っていた。福島の復興を願うなら、肥大化し続ける五輪予算を投入したらよかったのに。
五輪招致決定後には、熊本で大地震が起き、さらには日本各地で豪雨の被害、そして台風による強風で房総半島では被害甚大だった。
オリンピックなんかやろうとしている場合じゃなかったでしょう。

日本の真夏で開催するって、・・都会の気温は40度越えですよ。
「五輪開催期間は最適の気候です」って言っていた当時の首相、福島の原発は「完全にコントロール下にある」と言い出したときは国民があんぐりと口をあけたものでした。
日本の真夏で競技をすることは、選手を殺そうとしているに等しいと思いますよ。
アフリカの人が「日本の夏は暑くてかないません、もう帰ります」と言った話は有名だ。
アメリカのテレビ放映権料欲しさに、選手の健康も考えず、灼熱の時期に強行するのは、もうオリンピックが“金儲け第一”に行われている証拠だ。
次第にその視聴率欲しさに、協議種目もヒップホップ・ダンスなどになっていって、やがては「スポーツ」が種目の中でも珍しいものになるだろうと思いますよ。

「誰の幸せのためにやっているんだろう」と考えると一番わかりやすい、と、私はいつも考えてみる。

コロナ過の現在、ワクチンも結局オリンピックには間に合わないことは決定した。
「コロナに打ち勝った証しとしてのオリンピック」ってのも、もう言うことは出来なくなりましたよ。
世界中から各種コロナの変異株を大集合させて、感染拡大し、大会終了後は世界にそれをお裾分けしようってことにしか大会開催強行は、私の目には映らない。
こんなにまでして開催しようとするのは、いったい「誰の幸せのため?!」と、考えると悪い人達の顔が何人も浮かんでくるでしょう、そいつらの幸せのためです。

島根県知事が至極まっとうな考え方で、先ずは自県での聖火リレーの開催に疑問を投げ掛けたら、それについて圧力を掛けようとする人物が現われた。
悪い人達の末端の人です。

日本は自由な国だというけれど、そうでもなさそうだと最近よく思います。
えらい人のてっぺんにいる人からして、恐怖、締め付け、で下の人間の意見を押さえつけ、無きものにしているのだから。

 

「今日もいち日、ぶじ日記/高山なおみ」を読みました。

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『今日もいち日、ぶじ日記/高山なおみ著(新潮文庫)』を読みました。
これもブックオフにて安価購入。

著者、高山さんは吉祥寺「諸国空想料理店 kuukuu 」のシェフを経て料理家に。
その後、文筆家としてレシピ集、エッセイ、日記などの著書を刊行しています。

今回の「今日もいち日、ぶじ日記」は、平成23年3月の東日本大震災後、7月に入ってから高山さんが夫と幌付ジープに乗って被災地を巡ったときの日記と、住まいの東京から離れた山奥に土地と古い民家を求めて出掛け、それを夫婦して手に入れ、その後に少しずつ家、土地ともに手を入れていく時の日記に大きく分かれて書かれています。

いずれも、料理家の高山さんらしく、毎日食べたものについて必ず記載されていて、それがこの400頁にも及ぶ日記に“生き生き”とした印象を持たせています。
あのとき何を食べた、っていうのはけっこう見逃しがちですが、大切なことなんですよね。

震災後の現地を訪れた部分の日記には、そのとき現地での片づけの様子や、町の姿、人々がどんな暮らしをしていたか、また宿泊した宿の人、泊まっていた復興に携わっていた人達、その人達から聞いた震災当日の明暗を分けた行動などの話などが、高山さんらしい決して重くない筆致で書かれていて、資料的な価値もありながら、人の心の細部までにふれるようなこともあり、真剣に身を乗り出して読みました。

後半の山奥に土地と古民家を得てからの話では、自然の中で傷みの激しい古民家を夫婦で徐々に使えるようにしていく姿が、たいへんそうだけど、楽しく書かれていました。

私などは、もともと田舎育ちなので、近所の人達がいろいろなものを持ち寄ってくれたり、「梅の実など勝手にもいで漬けるといいよ」なんて言ってくれるのは当たり前の時代に育ったわけですが、高山さん夫婦には新鮮だったようです。

何よりも大自然の中、空気が澄んでいて、天気の良い日もあれば、雨の日もあり、寒い日もある・・という当たり前のことに新鮮な驚きを感じている高山さんの心と身体の動きの変化が逆にこちらには新鮮でした。

ただの日記と思うなかれ、とても読み応えのあるものでした。

 

2021/02/24

国民に厳しく、身内に甘い人

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総務省幹部が放送関連会社から延べ38件にわたり接待を受けた問題・・。
首相の長男が半数以上に同席していたという。

その長男の就職に関しては口利きをしていない、だとか、子と言えども別人格だとか、総務省との付き合い方には注意しろと言っただとか、よくもこんな空々しい言い訳ができるものだと思います。

親として言わなきゃならないのは、「責任取って会社を辞めろ、一から出直せ」ではないでしょうか。
でも、言えないでしょう、だって本当は就職に口利きもしているし、総務省との付き合いだって話も聞き及んでいたでしょう、うまくやれくらい言ったでしょうから。

しかも総務審議官時代に接待を受け、現在は内閣広報官として首相の直近で働いている人物は7万円も飲食で接待されて、“何かを期待されている”と感じなければ、それは国家公務員どころか社会人失格じゃないでしょうか。非常識の極みですよね。

総務省の疑惑がかかったあやしい幹部の人達は“そらっ惚け”ていれば逃げ切れると思って「記憶にない・・※注釈:ほんとうは覚えているけど、自分じゃヤバいので無いことに決めました」と、言い放っていたが、文春から音声記録が出されると、「あったかもしれない」などと、うろたえはじめるんですよね、あきれた人達です。

内閣も内閣で、官房長官は最初逃げ切れると思って、情報流通行政局長などを「大臣官房付」という人事を発表して、こともあろうに「適材適所の配置として、処分とは関係ない通常の異動だ」などとぬかし・・おっしゃいました。

『自助』ばかり強要して、『公助』には一向に手を伸ばさない内閣だが、身内には『公助』の愛の手はすぐに伸びるんですね。
それでもって、文春にまんまと二の矢を打たれたら、今度は“処分”すると言い出した。
これで、もう見捨てたわけですね。
首相の身内だからと慮って配慮し、とぼければ首相にだって“痛い腹”があるのだから大丈夫だろうと思っていたら、最後はトカゲの尻尾として切られるのでした。そんな人なんですよ。やっと気付きましたか。

結局、自分はいつも正しい道を歩いて行けばこんなことにはならないのにね。
でも、きっと「正しい道」っていうのがあるんですか?って聞き返されると思うので、そんな国のお役人様、自業自得です。ご愁傷さまでした。

以上です。

 

2021/02/19

「東京百景/又吉直樹」を読みました。

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『東京百景/又吉直樹著(ヨシモトブックス)』を読みました。
あの芥川賞を取った「火花」の前に書かれたものです。またもやブックオフにて購入。

これは「火花」の物語が始まる前の頃について主に書かれていて、子供の頃の母親との思い出についても書かれていますが、それから高校でサッカーをやっていた頃のこと、そして芸人めざして東京にやってきてからのことが一番多く書かれています。タイトルが「東京百景」なのですから。

 

 

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又吉さんは私が思っていたよりも、ものごとに対して“臆病”で、しかも“考え過ぎ”も度を超して、多くのことが“空回り”しているような上京後の生活、仕事をされていたことがわかりました。

でも、「あきらめず」に、“体当たり”していくわけです。
“当たって砕けろ”とばかりに窮地に立っても“ぶち当たり”、そしてことごとく“砕け散って”いきます( ̄O ̄;)

さらに、時には事実かと思って読んでいると、妄想の世界が繰り広げられ、そのときには又吉さん独自の「描写」が冴え渡り、奇々怪々ではあるが、とても文学的な表現が素晴しく、のちの「火花」へとつながっていったのだなと思いました。

芸人の先輩や後輩に対する態度や、気持ちの持ち方についても、自分を客観視しているもうひとりの又吉さんが感じられ、それが見事に文章表現されているので、またまた又吉さんの魅力が感じられるのでした。

単に東京の様々なところに存在したときの又吉さんの“うわべ”の姿ではなく、心象風景も描かれている、そんな本でした。
又吉さんだと意識しなくても、おもしろい!そう思いました。

 

2021/02/15

「君がいない夜のごはん/穂村弘」を読みました。

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『君がいない夜のごはん/穂村弘著(文春文庫)』を読みました。
著者・穂村さんは、歌人で、短歌についても多くの受賞作品がありますが、エッセイ集でも講談社エッセイ賞を受賞しています。

今回、私は穂村さんの著書を初めて読んだのですが、食べ物に関する異色のエッセイ集となっていて、どんなんだろうと、ちょっとわくわくしつつもドキドキしながら頁を捲ってみたのでした。

著者と私の年代は割と近いので、共感するというか、こんな視点で食べ物について書いているのを初めて読んだ、というものがありました。
スパゲティについての文でした。

ナポリタンとミートソースの二種類のスパゲティしか何十年も食べ続けてこなかった・・平和に暮らしていたのに・・ある日、カルボナーラとかボンゴレなどというものが現われた。
「こいつらスパゲティと瓜二つじゃないか!」※これは当時の私の感想とまったく同じ…σ(^_^;)

そもそもパスタとスパゲティとは別の種類なのか?!※これも私の感想とまったく同じ( ̄O ̄;)

カルボナーラくらいならまだよかったが、タリアッテレ・ゴルゴンゾーラとか、アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノなどというのが現われて、歯をくいしばって覚えた (^^;)と書いてありました。

ペンネ、ラビオリ、コンキリエ、ファルファッレ・・などというショートパスタ一族が参戦してきて、“大わらわ”になってしまいます(^_^;)

ミルク・コーヒーとカフェ・オレと、カフェ・ラテとカフェ・クレームは同一人物なのか(^_^)
昔、「暮らしの手帖」に載っていた「じゃがいもの冷たいスープ」は、やがて大人になって出会った「ヴィシソワーズ」と同一人なのか (・_・;

いやもう、私の子供の頃から大学生くらいになり、さらに社会人となった頃に“生き写し”の状況に笑いました。

ま、ある意味“どうでもいい”ことについて、ずうっと最後まで書かれていました。
どうでもいいけど、共感のできる、視点を変えれば、私のような同年代の人間にとって“重要なこと”が実は書かれていて、恥ずかしい記憶を思い出しつつ楽しめた一冊でした。

 

2021/02/14

「太宰治の手紙」を読みました。

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『太宰治の手紙 -返事は必ず必ず要りません-/太宰治・小山清編(河出文庫)』という、いわゆる「書簡集」を読みました。

師である井伏鱒二や、作家・木山捷平、私淑した小山清、友人高田英之助、内縁の妻と姦通した小館四郎らへ送った全百通の書簡です。(※戦前のもの)

解説には、そのたくさんの手紙の中には、優しさ、誠実さ、含羞・・はにかみ、恥じらい、みたいなことでしょうか・・“そしてダメさ加減”があふれていると書かれていました。

私が読んだ感覚でいうと、“ダメさ加減”が80%を占めていた(^_^;)ような気がします。

ま、ほとんどが“金の無心”と“お願い事”ではないか、と感じました。

人は、こんなに“へりくだる”ことが出来るのだろうか、と思うくらいに“おべっか”混じりで、当時の人間関係というのが、こうでなければ保たれないくらいの時代であったのかもしれませんが、読んでいてそうまでしなくてもと思ったのです。

でも、「これからは真人間になって」なんて言葉は、誰が言っても信じられないのは現在も一緒で、“だからいわんこっちゃない”ってことに結局なってしまうようでした。

それでも、何度も何度も手紙をもらうと、立派な人は「今度こそ大丈夫だろう」なんてことになって、お金も含め、力になってあげようとするのでした。いい時代です。

この時代に LINE があったら(^^;)、太宰の LINE は、一日に50~100件くらいは井伏さんほかの方々に着信したことでしょう(^_^;)


井伏鱒二にあてた書簡の一部をご紹介すると、以下のとおり。


でも、ほんとうにおかげさまでございました。

一日一日愚かな私にも、井伏様、御一家様の、こまかい、お心使い、わかってまいり、「感奮」という言葉を、実感でもって、ほとんど肉体的に、ショックされて居ります。

仕事します。

遊びませぬ。

うんと永生きして、世の人たちからも、立派な男と言われるよう、忍んで忍んで努力いたします。

けっして巧言では、ございませぬ。もう十年、苦しさ、制御し、少しでも明るい世の中つくることに、努力するつもりで、ございます。


・・う~ん(^_^;)今の時代、私だったら、こんなヤツ絶対信用しません。

というわけで、当時の太宰の書簡、時代背景や、当時の太宰の状況など、太宰について詳しく研究している方にとっては貴重な資料となるものですし、私のような者にとっても、読物としても面白いものでした。

表紙の写真は、銀座の酒場「ルパン」で撮られた、有名なものですね。
太宰らしい、いいポーズと表情です。

 

2021/02/11

杉浦日向子さんの「江戸アルキ帖」を読みました。

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『江戸アルキ帖/杉浦日向子著・画(新潮文庫)』を読みました。
そして江戸の様子を描いた絵についても楽しませてもらいました。

この本の設定としては、日曜日の昼下がり、タイムマシンに乗って、のんびり江戸の町を散歩してみる・・その様子を杉浦さんの文と絵で表現する、というものでした。

杉浦さんのやさしい色合いの絵は、こちらの心にタイムスリップしたかのように江戸の様子が伝わってきます。

 

 

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「湯船」の絵がありますが、湯船っていうのはほんとうに“風呂付きの船”なんですね。
現在の湯船の語源になっているようですが、「水上銭湯」として存在していたものだということで、杉浦さん、その絵を描かれています。

ホラ貝の音がして、湯船のしらせがあり、湯気が立ちのぼる船がやってくる。
おもしろいじゃありませんか。
綾瀬川の岸に着いた湯船の様子を当時の風景と共に描かれています。
それを見たかった杉浦さんのわくわするような心持ちも書かれていて、とても愉快です。

 

 

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夜の江戸の様子や、子供達の遊んでいる姿、大人の女性しぐさ、物売りとそれを買おうとする人のその瞬間を切り取ったような絵。

楽しませてもらいました。

杉浦さんは、若くして現在の江戸で“隠居生活”に入りましたが、その後亡くなられてしまいました。
天国でも、江戸の時代で隠居生活をおくられているんでしょうね。

現在の忙しいばかりの東京とは比べようもない、心がのんびりとするような江戸が楽しめる本でした。

 

2021/02/10

向田邦子さんの「父の詫び状」をあらためて読んでみた。

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『父の詫び状/向田邦子著(文春文庫)』をブックオフで購入し、読みました。

向田さんのエッセイ、著作については何冊か読んでいますし、この「父の詫び状」に収められているエッセイの一部も「ベストエッセイ集」などで既に読んでおりましたが、でも「父の詫び状」については一冊まるごと読んでみたいと思い、全部読んでみました。

向田さんの幼い頃から、就職してテレビドラマの脚本を書くようになるまでの間に経験した様々なことが人間関係、当時の家の中の様子、世間の状況など実に細かい部分まで描写されているし、人間というものの心の中にはこんなつまらないことにこだわる部分があるのか、など絶妙な部分が描かれています。

これにはただ脱帽。
私もリアルタイムで見た向田さん脚本によるテレビ・ドラマ「寺内貫太郎一家」の、あの家族とその周囲にいる人の人間関係から巻き起こるドラマチックな展開と、どこの家にでもある頑固親父とそれに翻弄される家族の様子など、書こうと思っても(書こうという当時の発想もなかなかすごいことだ)誰にも書くことができないものだと思います。

そして、ただ愉快な思い出だけでなく、不思議と暗い部分を感じさせるエピソードも多く、それがなんだか我が事のように心に沁みてくるのです。
これがまた向田さんの文の魅力なのだと思います。

巻末の沢木耕太郎さんの解説で紹介されている雑誌の連載時評「笑わぬでもなし」の中で故・山本夏彦氏が書いた『向田邦子は突然あらわれてほとんど名人である』という一文がありました。
これは、私も当時「笑わぬでもなし」の単行本でリアルタイムに読みました。
そうか、山本夏彦氏にして向田さんの文は“名人”と呼ばせるくらいのものなか、と強く印象に残りました。

そんな向田さんの「父の詫び状」は、やはり名著でした。
ものすごく「力」を感じるもので、読後も心の中に残ったものが、ずっと引っかかって消えない・・可笑しいような、哀しいような、懐かしいような、恥ずかしいような、そんな気持ちが消えないのです。

向田さんについては、エッセイ以外に、様々なものが残されていて、妻もファンなので、妻所有の向田さんの陶器コレクションの写真集や、その他の残されている文献についても今後触れてみたいと、あらためて思いました。

 

2021/02/09

ほんとうにオリンピック・パラリンピックを開催するのか。

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自民党の二階幹事長は、現在大会ボランティアの辞退申し出の動きが出ていたり、森組織委員会会長の謝罪・撤回会見後の世間の反発にも、そんなことどこ吹く風・・とばかりに、「そんなことですぐ辞める(※党はあわててこの会見後に「そんなこと」を「そのようなこと」に訂正したいと記者に通知している)と瞬間には言っても、協力して立派に大会を仕上げましょうとなるだろう」と、発言している。

そして「どうしてもボランティアをお辞めになりたいということだったら、また新たに募集、追加する」、森氏の発言については、「周囲の期待に応えて(※期待しているのは誰だ?!取り巻きか)、しっかりやっていただきたい」と、辞任の必要もないと考えていることがわかった。

なぜか、誰もあえて触れようとしない《実際にオリンピック・パラリンピックを開催することはこのコロナウイルス感染拡大の中(※現在、会場となる首都圏では緊急事態宣言が出ているのだ)可能なのか》という一番の大問題。

写真の新聞記事にあるようにバイデン大統領も「開催可否は科学に基づく判断を」と発言している。当たり前のことだと思います。

マスコミ、メディアもうまくスルーしているし、テレビ・ラジオに出演しているオリンピックに関係する元選手や、アナウンサーもそうだが、その話題の時だけ、表情がまったく無くなる・・。人形のような顔をすることになる。

無観客だろうが、なんだろうが、百何十という国から選手が何千人来るのだろう、そのコーチやスタッフなども含めると何万人が来日するのだろう。

人っ子一人感染者がいない、などということは不可能だし、ウイルスの変異種に感染している人も多数入国するだろうというのは、どんな人でも想像できることだ。

医療が逼迫しているというのは、毎日のニュースで誰もが見聞きしているが、選手が感染して、選手村で感染拡大したら医療機関はそのときだけ逼迫しなくなるのかね?!
選手も普通の首都圏在住の市民も医療機関に面倒をみてもらえなくなり、医療崩壊以上に首都圏崩壊につながらないのか、と思うのは私のような者でも考える。

「コロナに関係なく、何がなんでもオリンピック・パラリンピックを開催する」なんて、正気の沙汰とは思えない発言をしている森組織委員会会長をなぜか今必死に擁護発言で援護している“愛国者を自称する”著名人がけっこういることに、今回気付きました。
女性蔑視発言も、それによって国益を損ねたということも、森氏の今までの功績、存在感から考えれば不問にすることが大切だと論じていて、ひどい人はツイッターで批判してきた人を片っ端から悪口雑言でやっつけている、見下げ果てた人だとあらためて認識しました。

ラジオか何かで聞いたのですが、「沈黙することは賛同すること」という言葉が印象に残りました。
このSNSが全盛の世の中で、今の事態に対して(国民の健康や生命に大きく関わること)沈黙する人が多すぎると思います。
沈黙することによって、今の社会が出来上がったのです。
思っていること、考えていることを少しでも表現することは、社会に生きる一員として大切なことだと思います。

 

2021/02/08

ポールが右利き?!

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昨年末の出来事で、ちょうど私が体調を崩した直後のことなのですが、弟から電話が有り、(弟は私がそのとき体調不良であることを知る由もなく)「そっちで持っているウイングスのシングル盤、ハイ・ハイ・ハイのジャケットって、ポールが右利きでベースを持っていないか?」との不思議な問い合わせ (・_・;

弟の記憶力はたいしたもので、このブログに私が書いていることで中学時代のことなど、弟は4歳下なのですが、「それは一年ずれている」などの指摘をもらったりもします…σ(^_^;)

それにしてもこれまた当時私が買ったレコード盤のジャケット写真まで記憶しているとは・・すごい記憶力です。

あわてて、探してみると、写真のとおりです。
ポール、右利きでリッケンバッカーのベースを持っております。

 

 

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当時はシングル盤のジャケットもゴージャスで、裏面の C・ムーン のジャケットも三つ折り状態で入っていたのですが、そちらもポールは右利き!(#^.^#)

いわゆる写真の“裏焼”ってヤツですねd(^_^o)

弟によると、これは初期盤のミスプリントで“レア”物件とのこと(^-^)/☆
いやぁ、今まで気付きませんでした。

で、そのときは私が体調不良で、そのまま年が明けて入院してしまい、今に至り、思い出してここにアップする運びとなったわけです。

今になって調べてみると、その後にポールがちゃんと左利きでベースを弾いているジャケットに差し替えられて販売されているんですね。

そう言えば、ビートルズの「オールディーズ」という前期ベスト盤的なアルバムの裏ジャケも外国のものは“裏焼”になっていて、私の持っている日本盤(2枚所有している)は、両方とも正しくなっていました。ポールが着ている羽織の「寿」の文字がひっくり返っているので、日本側は気づいたのかな?

ミスプリントで思い出すのは、私の持っている「アビー・ロード」の裏ジャケにA面B面に分けて曲順が印刷されているのですが、「サムシング」と「マックスウェルズ・シルバー・ハンマー」の順番が間違って入れ替わっています。
これもレアなのかな?

ということで、今回はミスプリについてちょっと書いてみました。
あらためて弟に「連絡ありがとう!」

 

2021/02/07

平松洋子さんの「ステーキを下町で」を読みました。

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『ステーキを下町で/平松洋子著・谷口ジロー画(文春文庫)』を読みました。
読んで見て驚いたのは、ふつうのグルメ本的な「あそこの〇〇食べてみたら、ああうまかった」みたいなテレビ番組によくあるような脳天気なものではなかったことでした。

たとえば、豚丼のルーツ探しに帯広へ飛ぶのですが、なぜ「帯広で豚」なのか、歴史をたずね、「豚丼」というアイデアにたどり着いた過程や、名物料理にしていこうという現地の人達の頑張り、そしてそれを世代的に継いでいく様子、地元の人達と観光でやってくる人達の様子まで、丹念に書かれています。
もちろん、その名物料理「豚丼」を食べてみての、感想自体も素晴しい文章で書かれていました。
添えられている谷口ジローさんの漫画もいい効果を出していました。

岩手県三陸沿岸を走る三陸リアス線の久慈駅名物「うに弁当」を訪ねた際には、震災わずか五日後に意地と信念で運転再開を果たして日本中から拍手をあつめたその起点駅・久慈駅に行き、震災の影響で存続が危うくなった名物弁当がどういう経緯で復活したのかを書かれています。

震災時にはもちろん弁当どころではなかったのですが、命からがら非難してきた人達に「焚きだし」を必死にしていたそうです。
やがて電話が通じるようになると「お母さん、元気でよかった」とお店に電話がかかってくるようになったそうです。
「もう辞めようと思っている」というと、「今度行くからがんばって」の声をもらい、お見舞い金までもらうようになり、「辞めます」って言えなくなり、今年だけは・・と、なんとか頑張っているうちにかつてのお客さんが大学合格の報告に来たり、野菜を分けてくれたりで、結局何だかんだで続けることに・・、なんて話も書かれていました。

こんな話題がいっぱいのこの本、下北半島に鮟鱇(あんこう)の「雪中切り」を見に行ったり、沖縄に一度食べるとやみつきになる「沖縄すば(そば)」を食べに行ったり、日本中いったりきたりの旅と、そこで出会う人達との交流も楽しく、最後まで一気に読みました。
心も温かくなる本でした。

 

2021/02/06

人を脅して自分の仕事を成立させている人間には去ってもらうしかない。

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東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の会長が自らの発言が世界的な問題にまで発展してしまったことにより、「謝罪」と「撤回」のための記者会見を開いた。

・・が、「謝罪したい」とは発言したが、「謝罪します。誠に申し訳ありませんでした。自らの考えを改めます。」とはひと言も発言しなかった。

「謝罪したい」と言わされていたが、自分は「何が悪いのだ」と言わんばかりの会見だった。
そもそもあの時点でも、何が悪かったのかも自身はまだ理解しておらず、記者から至極まっとうな質問が出ているのに“逆ギレ”して質問に回答せず、むしろ「恫喝」に近い言い方で質問を遮っていた。
・・なぁにが「謝罪したい」だ、その気なんかまったく無いじゃないか、と普通の人間が見ればわかる、ほんとうに人の上に立つ者としては最低・最悪の人物だと感じた。それは世界中の人の多くもそう感じるだろうと想像できる。

ロンドンブーツの淳さんが聖火ランナーを辞退したことについても、その理由のほとんどが「何がなんでもオリンピックを開催する」ということについてだったにもかかわらず、田んぼの中でも走らせておけば、という理由の方に重きを置き、問題をすり替えて答えていた。これも人として最低のことだと思った。真摯に自らの発言について説明しようなんて気持ちはさらさらないのだ。

本人は辞めると言ったが、幹部が涙ながらに「あなたは余人をもって代えることができない人だ」と説得したという・・涙ちょちょ切れる話・・みたいなエピソードも、呆れて聞いたが、涙ながらに「もう辞めてくれ」っていうのが本当でしょう、何やってんだよ。

この話を国会で野党に問われた“ガースー首相(怒っちゃだめだよ、だって自分で「ガースー」ですって言ってご満悦だったんだから)”は、「詳細を存知上げない」という信じられない回答を最初はしていた。オリンピックを成功させるのがコロナに勝利した証しだなんて言ってる人物が五輪組織委員会長の発言も知らないなんて考えられますか?!

野党に森さんの発言を読み上げられてしまったら、仕方なく「あってはならない発言だ」・・と、あってはならないのは、あんたの最初の答弁だっ!組織委員会長も会長なら、総理大臣も総理大臣だ。
一体全体、この国のトップに立つ人はどうなってんだ。

ここで、表題に戻る。

今まで「人を脅かして自分の仕事を成立させて」きたからこんな発言しか出来ないのだ。
人の発言、進言、国民の悲痛な声、そういうものに全く耳を傾けず、自分に逆らう者はどこかに“とばして”自らの安泰と、仕事を成立させる、それが今様々なところで綻びを見せているのだ。
いい加減気がつけばいいのに。

ガースー首相は、支持率を一気に上げるチャンスを失った。
森組織委員会長の発言について質問された時に、「私の権限の及ぶところではないが、組織委員会に森氏の処遇について厳しい判断を下すよう強く働きかける」と、力強く言えばよかったのだ。なのに「私の権限の範疇ではないので・・もごもご」ってことにしてしまった。
これでまた支持率は下がると思いますよ。残念でした。

 

2021/02/05

太田和彦さんの「ふらり旅 新・居酒屋百選 名酒放浪編」を読みました。

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『太田和彦のふらり旅 新・居酒屋百選 名酒放浪編/太田和彦著(光文社新書)』を読みました。
病院での治療・療養中は、まったく“お酒”が絡んでくるような書物は読めないというか、読みたくない気分でしたが、やっと自宅療養に入り、少しずつ体力が回復してきて、読めそうに感じたので、すでに購入しておいた上記・太田さんの著書に手を出してみました。

頁を開いてみましたが、大丈夫そうです…σ(^_^;)

私は基本的にテレビを見ないので、太田さんが「BS11」でやっている番組を見たことがないのですが、この本はそれを新書化したものだそうです。

この本にも書かれていますが、ある調査では中高年になってしたいことの第1位は国内旅行なんだそうです。
私もこの本を読んでそんな気持ちになりました。

この本は太田さんが今回旅をした、札幌から五島列島まで全国19箇所について、訪ねた名所旧跡や、夜に寄った居酒屋などと、そこですっかり打ち解けた店主やその家族、お酒と料理の写真がカラーでたっぷりと載っていて、ほんとうに私も行きたくなってしまいました。

この感染症騒ぎが収まり、私の体力も回復してきたらぜひ行ってみたいと思いました。

いつも太田さんの本を読んでいて思うのですが、どの地方に行っても太田さんは「ただいま」という感じでお店に入っていきます。
すると、「おっ!太田さんいらっしゃい、久しぶり」っていう感じであっという間に和やかな雰囲気となり、お店の人も家族を呼び、太田さんが来る前に生まれた赤ちゃんも連れてきて太田さんが抱っこしたりで、一気に幸せなムードがあふれてくるのです。

これが、太田さんの全国居酒屋めぐりの一番“いいところ”で、他の人にはない特徴であると思います。

そして、そんな雰囲気の中、店主が腕によりをかけてつくる料理の美味しそうなこと(※カラー写真付きなのでよりいっそう)と、私が今まで見たことのない、地酒の数々!
ああ、行ってみたい(#^.^#)

というわけで、この本、あっと言う間に読み終えました。
自宅静養中の現在、すこし旅の気分も味わうことができました。

 

2021/02/04

池波正太郎さんの「むかしの味」を読みました。

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『むかしの味/池波正太郎著(新潮文庫)』を読みました。
昭和59年に新潮社から刊行されたものの文庫化で、それも昭和63年のこと。その時点で二十三刷なので、かなり読まれてきた本だと思います。
それをいつもどおりブックオフで110円にて手に入れたものですd(^_^o)

読み始めてすぐに思ったのは、文章がわかりやすく、流れるようで、美しく、淀みない、ということでした。
だからとても読みやすい!
尖っていてなんだか喉につかえたような嫌味なところなんてひとつもない。今どきの文筆家にはほぼ絶滅したような優しい文章です。
書き込み不足、説明不足なのにそれに気づかず、理解を読者まかせにするようなこともない、これも今どきの文章を書く人に見習ってもらいたいくらいでした。

池波さんが馴染だったお店の料理、そしてそのお店の先代の主人や跡を継いだ二代目、さらに健在である先代の奥さんなどの人柄についても触れながら、たいめいけんのポークソテー、煉瓦亭のポークカツレツ、その他栗ぜんざい、クリームソーダとアイスコーヒー、蕎麦、鰻、焼きそば、焼売、チキンライス、ミートコロッケ、おでん、カレーライス、かやく御飯と粕汁、ホットケーキ、うどん、炒飯・・もう枚挙に暇がないですが(^_^;)それらの美味しさについて愛情溢れる言葉で語っています。

それから、池波さんご自身が少年だった頃に両親が連れて行ってくれたお店や、そこで食べたもの、また屋台で売りに来た「どんどん焼」の話。屋台のおやじに留守番を頼まれ、腕を見込まれて子供なのにどんどん焼を焼いて売ったり、新しい種類のどんどん焼を自ら作って主人にほめられ、それがほんとうに商品化されたり(#^.^#)と、池波少年大活躍です(*^_^*)

たしかに美味しかった記憶の「むかしの味」について、見事に美しい文章で書かれた“名著”と読んでもいい良書でした。

 

2021/02/03

「立ちそばガール!/イトウエルマ」を読んだ。

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『立ちそばガール!/イトウエルマ著・絵(講談社)』という本を読みました。
著者本人のマンガチックな絵もついて、立ちそば屋に寄ったときの様子もわかりやすくなっていました。

著者は女性。立ちそばとは通常あまり縁が無いこととは思いますが、でもこの本の中でも書かれていますが、今やけっこう女性の利用者も増えているようなんです。

立ちそばといっても、椅子があるお店もあり、手にいろいろ持っている女子、髪の毛を結わえたりする必要がある女子にはカウンターのみで何も置く場所がないお店は困ってしまうようでした。

また、昼の混雑時は、それこそサラリーマンなど、忙しそうな男達がサッと入って、ズズッとすすり、パッと出て行く、ものの5分・・みたいな状況で、著者は混雑時を避け、午後1時半以降に店に潜入していきます。

たくさんのお店が紹介されていますが、それぞれのお店は蕎麦そのものにこだわったり、つゆ(出汁)にこだわたっり、かきあげなどの種物にこだわったりと、様々で、著者の観察力はたいしたもので、蕎麦粉の割合や出汁に使われている“節”の種類やその配合なども洞察していきます。なんならお店の人に直接聞いたりして、突っ込みも鋭いですd(^_^o)
また、その突っ込みにもお店の人が正直に答えたりするのにも驚きました。

読んでいて、やはりと思ったのは、立ちそばという場所であるにもかかわらず、女性は注文にずぅ~っと迷い、時間がかかり、注文したあとでも品書きをまだみて、まだ迷っているということでした。
立ちそばにかかわらず、ウチの奥さんもその傾向があります。それについて突っ込みなどは絶対に入れてはいけません、女性は「女心がわからん」と怒りだします(^^;)

それから、食べるのにも時間がかかります。この本でも、客の男どもは、ものの三分で食べ終わり、外に出て行きます。
でも、天ぷらが熱かったりなんだりで、女子は時間がかかるのです。

さらに、食べ終わったあとも、“ゆっくり、まったり”する時間が欲しいのが女子です。
“食ったらすぐ出る”みたいな感覚は無いのです。

なので、この本に出てくるお店で、女性客が何人か入っているようなお店には、奥の方に椅子付きで、ちょっとゆっくりできるようなスペースがあるお店もあります。
今後はこういう需要に応える店もまだ出てくるのかもしれません。

私も、東京勤務時代によく立ちそばに寄りましたが、駅内の立ちそばでも、「ややや、これは・・うまい!」というようなお店がいくつもありました。
元気になって外に出られるようになったら、立ちそば屋さん探求なんてのもしてみたいと思いました。

 

2021/02/02

武田砂鉄さんの「紋切型社会」を読んだ。

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『紋切型社会/武田砂鉄著(新潮文庫)』を読みました。
これは、病院での治療・療養を終え、退院後自宅療養に入ってから読んだものです。

本自体はけっこう前に手に入れたものでした。
武田砂鉄さんについては、お名前は存知上げておりましたが、何をやっているどんな人、という基本的なことさえ知りませんでした。
たまたま書店で、この本を見つけ、パラパラとページをめくっていて、おもしろそうと思って買ったのでした。

読んでみて、最初のうちは、切り口も切れ味も鋭い文だと思いましたし、なるほどそういうふうに考えると、この“いい話”や“世間的に決まり文句”のようになっていて、なんの疑いも持たないことに大きな疑問点がある・・と武田さんの術中にハマって、フムフムと読み進んでいくことになりました。

でも、例えばある作家が何か社会的な出来事に対してコメントを求められて発言したことに対しても、武田さんが考える視点から見てみると、これはここがおかしいだろう、というような展開になっていたり、時代背景的にその人の年代の人達はこう考えるのがある程度普通だろう、というようなことにも武田さん的視点で鋭い切り込み・・というか、それ以上の揚げ足取りというか、攻撃的でもある突っ込みを入れています。

なんか似たようなことを最近感じたな、と思い起こしてみたら、ああ講談の神田伯山さんの“ケンカ芸”にそっくりと思いました。
そこまで“うがった”見方をしなくてもいいだろう、あんなに小さなことを大袈裟に取り上げて大事にすることもなかろう、そんな印象がそっくりでした。

というわけで、終盤に入ってくると、それらがすっかりイヤになってしまい、自分自身が“イケず”な人間になってしまったような気になって、気分は“盛り下がり”ました。

時にはこんな視点で物事を考えてみる必要もある、その程度のところで切り上げて、あまり私のような人間には「これ以上近づかない」方がいい、というものでした。

 

2021/02/01

療養中に読んだ本、まとめて読後感を。

今年一月に入ってからの療養・治療中に読んだ本について、まとめて読後感をアップいたします。
闘病当初から中盤までは、苦しい時期が続き、そんな時には重い内容のものや、専門的なもの、悲しい話やつらい話、そういうものは身体にきつそうだったので、椎名誠さんの本をまとめて読んでおりました。

以下、一気にまとめてご紹介いたします。

 

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『麦酒泡之介的人生/椎名誠著(角川文庫)』
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『ソーメンと世界遺産(ナマコのからえばり)/椎名誠著(集英社文庫)』
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『人はなぜ恋に破れて北へいくのか(ナマコのからえばり)/椎名誠著(集英社文庫)』
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『ここだけの話/椎名誠著(PHP文芸文庫)』
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『単細胞にも意地がある(ナマコのからえばり)/椎名誠著(集英社文庫)』
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『寝ころび読書の旅に出た/椎名誠著(ちくま文庫)』
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『地球上の全人類と全アリンコの重さは同じらしい/椎名誠著(角川文庫)』

これだけ椎名さんの本をまとめて読んだのは初めてでした。
で、読んでみると、けっこう各本とも内容が重なっているエピソードがたくさんありました(^_^;)
あれ、前の本でも書いてあったなぁ、いやいやその前に読んだ本にも書いてあった、という話題がありましたが、でもいいんです。いつもの椎名さんがそこにいれば読者の私は満足なのです。

旅に出て・・そのほとんどが「島」であったり、外国のアイスランドやパタゴニア、モンゴルなど、けっこう環境的に厳しい場所です。
そこでの現地の人の生き方や、日本人には考えもつかない日常を経験する様子がまた椎名ファンにはたまらなく良いのです。

自宅で原稿の締め切りに追われながら、食事をどうしようかということになり、麺類などを実に美味しそうに工夫してつくっていく椎名さんもこれまたいいっ!

ちょっとついていけないのは、SF映画の話だったりするのですが、椎名さんが夢中になって説明してくれる映画の内容があまり入って来ません・・SFと言ってもちょっと情緒的なものが混じっていないと興味を持てない私・・申し訳ない (・_・;

というわけで、闘病中も無事に・・でもないか・・読了した椎名さんの七冊、どれも面白く読めました。

 

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