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2021/05/31

力強い言葉や、目標が見えるような説明、安心する声がけが欲しい。

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緊急事態宣言が延長されることになりました。
その時の首相の記者会見を聞いていたのですが、途中で我慢出来なくなってスイッチを切りました。「聞いても無駄です」

記者からは「国民は具体的な説明が聞きたいのです」と付け加えて質問がされていたのに、・・いつものとおり、いつもの調子でした。がっかり。

来月20日まで延長する、具体的にどういう状態になったら「解除」するのか、質問されても答えませんでした。
例えば、宣言下にある都道府県の感染者数が一日100人を切ったら・・などと、具体的な数値を言ってもらえれば、「ああ、120人になった、もう少しだ。今度の日曜に出かけるのはやめておこう」などと、普通の人間は思うのです。
毎日、数値の発表に固唾を呑み、なんとか頑張ろうとするのです。
それがわからないのです。困った人だ。

今まで休業要請をしていた映画館や美術館などについても、お客さんで誰も騒いでいる人はいないし、ぎゅうぎゅうに混み合っているわけでもない、なぜ休ませたのか、具体的に理由を言ってもいいじゃないですか、誰でもそう思うんじゃないでしょうか。

飲食業がギリギリの状態なのだから、何らかのルールを決めて、それに則って営業するお店を認める方向を模索してもいいんじゃないでしょうか。

オリンピックは“安全”“安心”な形で開催する。・・と、何度も何度もそればっかり言って、具体的なことはほとんど言いませんが、そもそも私たち国民が現在「緊急事態宣言下」にあるのです。

私たち国民は、“危険”で“不安”な中にいるのですよ。

入国者を減らしたと言っていますが、20万人が約10万人になっただけです。
10万人ですよ。

ただでさえ「水際対策」が大事だと言っているのに、10万人が百何十カ国から様々な変異ウイルスを伴う危険性を抱えてやって来る。

オリンピックが“安全”で“安心”に開かれるのなら、そのやり方で私たち国民をまずは“安全”で“安心”な状態にしていただけないですかね。

私たちを“安全”“安心”にしてから開催してください。
だって、“安全”“安心”な状態は可能なんでしょう?!
やってくださいな。

毎度毎度、怒りたくもないけど、怒りたくなるあの記者会見の説明姿勢。
とりあえず、テレビやラジオを破壊してしまう前にスイッチを切ることにしています。

 

2021/05/30

【南先生の玉手箱_0029_或る人の書いた本から 】

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私の中学時代の担任で美術の先生の昔の資料やメモなどの文書を掘り起こして活字化する作業。
前回、前々回と、このコーナーでご紹介した、平成10年の「家庭教育学級・資料 -家庭における進路指導のありかた-(私自身をふりかえって)」という冊子からの一文です。

今回は「或る人の書いた本から」というタイトルの文を追いかけてみました。


以下、先生の文章です。

『ある人の書いた本から』

〈できる子はいい子?〉

人間の能力には、知的能力、運動能力など、さまざまな能力があるにもかかわらず、人間としての価値を学力「テストの成績」というひとつの尺度で見るようになってしまった現実がある。
「あの子は頭がいい」とか「できる子」という言葉に代表されるように、テストの成績の良い子は「いい子」だとする見方を大人も子どもも無意識のうちにするようになってしまったのではないでしょうか。
しかし、学校のテストの結果として示される知的能力の高いことが必ずしも人間として優れていることにはならないことは、誰もが知っていることです。

〈他の人と同じでないと気がすまない〉

子供たちもまたテストの点数を上げ、できるようになることが学習だと思い込んでいるふしがあります。
しかも、その「できる」という到達の基準をできる子と同じところに置いて、そこから自分のできる、できないを判定して、できなければ放棄する傾向があるようです。
あくまでも、他との比較の上に立っての学習なのです。
それも、必要なことに違いはありませんが、私たちの手や足の指一本一本が形も能力も異なってこそ役立っているように、子供達の資質、能力も速い子があり、遅い子があり・・・千差万別です。
他と同じようにできないからあきらめてしまうのではなく、自分は自分のいる状態を知り、それを一歩でも高め、前進させようと努力していくようにならなければいけません。
基準は自分・その子なのです。

〈投げつけられっ放し〉

他人から受ける教育は、野球にたとえれば、子供達は、学校でも家庭でも、先生や親から「ああしなさい」「これは大事」「よく勉強しておきなさい」「覚えなさい」などというボールの投球ずくめで、それを必死になってキャッチしなければならなかったということも言えるでしょう。
キャッチするというのは、ただ受けていれば良いのではない。投げられる球がストライクの直球ばかりなら良いけれども、中には暴球もあり、変化球あり、剛球ありと、さまざまです。
それをキャッチしなければならないのですから、ミスが出るのはあたりまえです。
むしろ、力の弱い子は、ほとんどキャッチできないで、こぼしてばかりだったのかも知れません。

「他人から与える教育」に力を入れるあまり「自らが自らに与える教育」をおろそかにしてきてしまったのではないかと思われます。
その結果として、登校拒否など現在問われている弊害が出てきたように思われます。

◎あたりまえのことなんでしょうが、学ぶ側が主体であって、自ら育つことが教育であり、それを支えるのが学校や家庭だと思います。


以上が先生の文でした。

当時先生は51歳。
先生が考える学校や家庭での教育へ思いが語られていると思いました。それもわかりやすく。
こういうことに思いを馳せながら学校現場に立ち向かっていたのだ・・と、あらためて生徒だった者として読んで、感慨深いものがあります。

 

2021/05/29

外山滋比古氏の「老いの練習帳」を読みました。

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『老いの練習帳/外山滋比古著(朝日新書)』という本を読みました。
賢人95歳の著書です。昨年、96歳で亡くなられています。

外山滋比古先生の著書を初めて読んだのは1980年。学生でした。
「編集歳時記・裏窓の風景」という本でした。使っている文房具や、珈琲の話、図書館についてなど、なんのことはない題材なのに、面白い文章でした。

その後も何冊かのご著書を読ませていただきました。
このブログでも「あたまの目」「日本語の作法」「思考の整理学」「ことわざの論理」などの読後感を紹介しました。
読んでいて、こちらの頭の中がすっきりするような内容ばかりでした。

今回は、「老いの練習」という内容です。
「まだ早いだろう」と言われるかもしれませんが、準備怠りなく私も“老い”に向かってみようかと・・(^_^;)・・そんなわけでもないか、・・とりあえず本屋さんで外山先生の本が目に入ったので手にしたというわけです。

ちょっと気になったところをご紹介すると、

「ゆっくりしゃべる人間は老化しやすい」という指摘を受けて、「もともと早口だったが、おしゃべりだと思われ、自覚もあったので世の中の調子に合わせてゆっくりしゃべったら、そんなこと言われた」と、先生、しょげていました(^^;)

その話題の中で、アメリカではテープの早回しにより、実際よりずっと早口にする技法でコマーシャルが作られる例がある、とおっしゃっています。この手を使ったら反響が40%もアップしたのだとか。

日本でもラジオCMなどで、明らかにそんなものがあります。
でも、私などは、それがわかるので、通常人間の話す速度を超えた商品説明などにイライラすることがありました。なんだか、テープを早回しで聞かされて、理解しろみたいな気がしてイヤだったのです。
この本を読んで、アメリカではそういうことがあったのか、とあらためて思ったのでした。

この本の終盤に、先生が宮崎県の山間の村で泊まり、朝食後ぶらっと宿のまわりを散歩していると、小学生がすれちがいざまに「おはようございます」とあいさつしてくる、おどろいていると、今度は中学生がやって来て、やはりあいさつをする。
そのあと、大人の村人が笑顔で声をかけてきて、すっかり都会生活での散策に慣れきっていた先生はうれしくなっていました。
こんなことも今や話題になってしまうんですよね。世の中、ずいぶんと寂しいことになっているのだなと思いました。

そういえば、私が高校生のときに、校長先生が新聞の記事を紹介して、「我が校の生徒が乗降する駅の駅員さんに挨拶していると載っている」と、たいそう喜んでいたのです。
でも、当時の私たち学生は、そんなこと当たり前でした。
改札の駅員さんには、「おはようございます」とあいさつし、そのあとバスで学校まで行くのですが、バスを降りるときは「ありがとうございました」と、ほぼ全員、何も言われなくても言っていたのです。

いい時代でした。

というわけで、亡くなられた外山滋比古先生の本の感想を書きつつ、雑感も書いてみました。


【Now Playing】 Indian Summer / Mose Allison ( Jazz )

 

2021/05/28

「知っておくと役立つ 街の変な日本語」飯間浩明著を読みました。

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『知っておくと役に立つ 街の変な日本語/飯間浩明著(朝日新書)』という本を読みました。
著者の飯間さんは、「三省堂国語辞典」の編纂を仕事にしている日本語学者。
その飯間さんが街を歩いていて見つける・・というか、けっこう貪欲に新しい言葉、表現、最近目につく変わった文字などを探して、分析、さらに今後辞書に載せた方がよいのか、などと考えていく、というような内容になっていました。

新しい言葉、単語、表現などには、私もいつもテレビ、ラジオ、新聞、雑誌などのメディアで気になっています。
でも、著者・飯間さんの街での「言葉」探しにはすっかり脱帽です。
そんなの気づかないよ、というようなところにまで目が届いていて、驚いたのでした。

ものすごくたくさんの言葉が取り上げられているのですが、私が気になったものを少しご紹介したいと思います。


【立ちそば】

このブログで一度ご紹介した本に「立ちそばガール!/イトウエルマ」というのがありましたが、いまや「立ち食いそば」から「立ちそば」に変化しているのですね。
特に若い人は、もう「立ち食いそば」という言い方自体を知らないかもしれない。
この本でもタレントがテレビで発言していた、と書かれていました。


【ほぼほぼ】

これは2010年代からよく耳にするようになった、と書かれていました。
三省堂の「今年の新語」という催しで、2016年の大賞になったそうです。
「ほぼ」は90%で、「ほぼほぼ」は95%くらいの表現か、と、2016年の朝日新聞記事に載っていたそうですが、著者の知人で「この言い方が許せない」という人がいる、とも書かれていました。
実は私もなんだか「ほぼほぼ」を使うヤツを“いいかげん”で“あやしい”ヤツと思っているのです…σ(^_^;)
以前、IT部門の職場にいたときに、IT業者も、自分の部下も、「二週間前に頼んだ書類出来てる?」って聞くと、「ほぼほぼ出来ています」と答えて、「いいから見せろ」と見てみると30%~40%しか出来ていない、ってのがほとんどでした。
そもそも「ほぼほぼ」を使うヤツが“ほぼほぼ”いいかげんなヤツなんです(^_^;)


【低頭族】

「あるきスマホ」はやめましょう、という駅の広告の中に、中国語で書かれた警告文があり、《専心走好路 別当低頭族。》となっているのを著者が発見。
「低頭族」というのは、スマホを見ながら頭を低くして歩く人のことで、2012年頃から中国語圏で広まった言葉だそうです。
中国語にも面白い新語があるものだと思いました。


【立てれる】

著者が夜のバス車内のディスプレイで発見したものです。
「これからも皆様のお役に立てれるよう・・」となっていて、これを“れ足すことば”って言うんだそうです。
「お役に立てるよう」というところに、「れ」が足されているのです。
中部地方や岡山、高知、大分などで点在して見られる表現だそうです。いかにもありそうって私も思いました。


【ブックオフさん】

看板に描かれた地図や、チラシに入っている地図などにも、自分の店への案内地図上の目印になるような店舗、建物について例えば「千葉銀行さん」などと「さん」づけして書いているものについても著者が指摘していました。

店名に敬称?と思いますが、私もチラシなどでよく見かけます。
「エネオスさんを左に曲がり」などと書かれています。
地元で、お店同士が〇〇さんと、さんづけで呼び合うことはあれども、地図でまで“さんづけ”はいらないんじゃないの?!って思います。

最近、バンド名に“さんづけ”しなかったとネット上で怒っている人がいたらしいけど、あんた「ビートルズさん」なんて言う?!
「次にかける曲は、“ポリスさん”のシンクロニシティです」って言う?!
おまわりさんが歌っちゃうかもよ!(^^;)「こまってしまってワンワン・ワワ~ン」って(*^_^*)

長くなってきたので、感想は以上です。
最近、「新明解国語辞典」の第八版が出たっていうから、ちょっと本屋さんで見てみようと思っているところです。


【Now Playing】 It Might As Well Be Spring / Bill Harris ( Jazz )

 

2021/05/27

「ひきこもりグルメ紀行」を読んだ。

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『ひきこもりグルメ紀行/カレー沢薫著(ちくま文庫)』という本を読みました。

著者のカレー沢さんは、漫画家、コラムニストです。
カレー沢さんの生活ぶりにマッチしたのか、現在の発達した通販文化を駆使して、“部屋から一歩も出ずに全国津々浦々の名物を食べていくという企画となっておりました。

そして、そんな最中、新型コロナウイルスが蔓延する社会状況となってしまい、結果、「ひきこもり」が正しい行動となったわけで、この企画はますます、やりやすくなったというわけです。

作者の文章表現は非常に面白く、愉快で、笑いっ放しな読書となりましたが、登場する「名物」の写真などが掲載されていなくて、いくら見た目の感想や、食べたうえでの感想が書かれていても、今ひとつ伝わってこないという印象を受けました。
※イラストもあるのですが、あまりの“簡略化”で、よくわからない・・。

とりあえず面白く読みましたが、私の地元千葉県の名物に「ぴーなっつ最中」が登場し、やっと実感がわいて読むことができました。

こちらが“現物”を知ったうえで読んで見ると、面白さは「倍増」でした。
やはり、写真が必要だったんじゃないのか、と思ったのでした。

盛岡の冷麺の項目では岩手の麺職人が「咸興(ハムン)冷麺」と「平壌冷麺」を融合させて作ったということが書かれていました。
最初は“ウケなかった”のですが、麺に工夫を加えたりして人気麺、名物麺になっていった過程が詳しく書かれていて、まだ盛岡冷麺を食べたことのない私の興味はさらに倍加いたしました。

というわけで、著者が“ノって”書いている名物については、けっこう想像もついたり、知識を得たり、味もなんとなくこうじゃないか、というところまでわかったのですが、イマイチ興味が無さそうな名物は、読んでいて、あまり盛り上がっていない様子が読み取れました。

今度はコロナ禍が収まって、現地取材と写真掲載のうえでのカレー沢さんの文が読みたいと思いました。

 

【The Beatles 研究室・復刻版】Past Masters ・ Volume One[A-4]She Loves You

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2004年から2008年にかけて作成したホームページ「The Beatles 研究室」・・2009年リマスター発売後の一部追記も含めてのブログにての復刻版です。ほぼ当時のまま、そして復刻後追記も付しております。
今回は、「Past Masters ・ Volume One」から『She Loves You』を取り上げます。
「パスト・マスターズ」については、2009年リマスター後に「モノ・マスター」も整備されていますので、今回はそれらの音源も聞きつつ「追記」として記述を加えたいと思います。

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押しも押されもしない初期ビートルズを代表する名曲です。
英国では、ビートルズ4枚目のシングルとして発売され、予約だけで50万枚の大ヒット、さらに150万枚まで当時売り上げを伸ばしました。この記録はポールが自ら解散後「Mull Of Kintyre 」のヒットで破るまで、英国の記録でした。
英国では、5週連続1位、全米チャートでも2週連続1位を獲得し、大ヒット曲となりました。
「抱きしめたい」で、全米を席巻し、この「シー・ラブズ・ユー」で全米はビートルズの“虜”になりました。

曲の途中での“ウゥ~ッ”というファルセットになる部分はまさに圧巻でした。これに当時の女の子たちは、“シビレ”たわけです。

イントロでは、リンゴの“ドドンッドドン”というドラムの後、いきなりボーカルが入ります。これはプロデューサーのジョージ・マーチンのアイデアだそうです。
そして、『Yeah,Yeah Yeah ! ! 』の圧倒的なコーラスを入れることに関しては、ポールのアイデアだったようです。

エンディングのコーラスについては、ジョージ・マーチンがアイデアを出したようですが、結局ジョンとポールのいったん、ゆっくりになってから最後の盛り上げを行う現行のコーラスになったのだそうです。
ジョージ・マーチンは、それがあまり気に入らず、「グレン・ミラー」風だと言って、気乗りがしなかったようです。

ドラムに関しては、いきなりイントロからボーカルに入ってきた部分については、バスタムとスネアでリズムを取っています。さらに『Yeah,Yeah Yeah ! ! 』のあとの部分に“ダラッダラッ”と三連の頭落ちのようなリズムで強調します。ここが、リンゴの良いところです。普通はバスタムとスネアだけで十分な気がしてしまうところをさらに工夫しているのです。

そして、通常のメロディ部分に入るとトップ・シンバルに聞こえる音なのですが、たぶんハイハットを団扇をあおぐような感じで払いながらリズムを刻んでいると思います。
あとは小気味の良い短めのフィル・インをたたき込み強烈なリズムの完成です。ハイハットのオープン加減も曲の盛り上がりによって変化させていくのは隠し味効果が出ていると思います。ただ、このあと書きますが、その変化は録音時間が異なるものを継ぎ足したからだとも考えられるのですが・・・。
この曲のリンゴの貢献はたいしたものです。

それから、タイトルが「彼女がキミを好きだってさ」という歌詞なのに、夢中で歌っているところが面白いと思いました。「 I Love You 」だったら、逆に興ざめだったかも。

今回この記事を書くにあたって、再度聞き直したのですが、まずこの「パストマスターズ1」に入っているこの曲で1分23秒付近で妙なテープの繋ぎ目を発見しました。それは、その部分で明らかに別録音であるような音質の異なるバージョンが繋がれていると感じるものです。これは「ビートルズ1」他でも同様でした。
比較的、アメリカ・キャピトル盤はうまく誤魔化しているような感じでしたが・・・。
・・・ううん、今まで全然気がつかなかった。
しかも、繋がれた後ろの部分が音質が明らかに劣化しているようです。
ということは、何らかの事情でこれをくっつけるしかなかったのだと思います。ちょっと不思議です。
さらに、この曲のリアル・ステレオ・バージョンはこの世に存在しないのです。
ジョージ・マーチンがステレオ編集を行わないままになっていたのです。

ポールは、「発売された最初の週は、ビートルズ最悪の曲だな、と言われた」という発言を当時残しています。
ジョンは、「二人でいっしょに書いた。アイデアはポールだったと思う」と発言しています。

いずれにしても、英国、米国を完全制覇した時の代表曲です。最高のビートルズ・ソングだと思います。


〈追記〉2021/05/27

パスト・マスターズについては、2009年にリマスターがなされた時に「モノ・マスターズ」も製作され、また、後に「1・One」というアルバムもリミックスされて再発があり、二種類のバージョンが存在。音源が多くて大変です。
とりあえず本編で聞いた「《旧》パスト・マスターズ」以外の音をいろいろ聞いてみました。
下記をご覧ください、大変だったよぉ~ (・_・;

2009年・パスト・マスターズ(ステレオ)は、“ラフ”な感じで、楽器の音も割とまぜこぜで全体で固まってやってくる印象です。
途中の繋ぎ目は、かなりうまく修正して、あまりわからなくしています。

2009年・モノ・マスターズは、とても聞きやすい。
全体に落ち着いたトーンで貫かれ、ギター、ベース、ドラム、ボーカルそれぞれのバランスもベスト・マッチという感じ。
途中の繋ぎ目はそれとわかる感じでした。

アメリカ・キャピトル盤のステレオは、けっこう立体感のあるサウンド。
エコー、リバーブ等を使って奥行き感も出ている。
問題の繋ぎ目はあまり気にならない。

アメリカ・キャピトル盤のモノは、ステレオ盤同様迫力があります。こちらもエコー、リバーブ等で独特の味付けをしています。ステレオ盤ほどではありませんが。
途中の繋ぎ目はわかりました。気にはならない程度でした。

イギリスのオリジナル・モノ「ウィズ・ザ・ビートルズ」アナログ盤の音は、全体に音が太く、豊かな感じでした。迫力も素晴しい。
楽器の音は、分離も良く、艶やかです。
途中の繋ぎ目は、ややわかる程度でした。CD盤になってからとは異なる独特の音域が強調されたサウンドが今となってはとても魅力的です。

イギリスのオリジナル・モノのLP「オールディーズ」に入っているものは、とてもクリアで楽器等音の分離もかなり良いです。
そしてこちらは途中の繋ぎ目がはっきりとわかりました。でも、もともとの音がいいので気にならない程度に抑えられていました。

「1・One」に入っているものは、ギターのピッキングまでくっきりと聞こえ、ボーカルもコーラスもきれいな音で聞こえてきます。
やれることは全部やってみた、って感じがよくわかります。
バス・ドラムも迫力あるなぁ。
途中の繋ぎ目はほとんどわかりません。

「《旧》1・One (2000年バージョン)」は、上記よりもちょっと迫力が劣る感じ。
でも、ビートルズ現役当時にラジオで聞くならこの音の方が“感じ”が出ていると思います。
途中の繋ぎ目はけっこうはっきりとわかります。

というわけで、一気に聞いてみた感想を載せました。
音源が多いというのも楽しみではありますが、聞いててけっこう混乱しました(>_<)

 

2021/05/25

現実はどんどん深刻化している。

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高齢者への新型コロナ・ワクチン接種は、自衛隊の大規模接種センター開設により、目出度くうまくいっているようです。
そりゃそうです、自衛隊は災害対策についてはいつも迅速に正確に真摯に対応してくれます。今のコロナ禍はまさに「災害下」にあるのと同様の状況ですから頑張ってくれます。
ありがたいことです。

首相は、「一日100万回の接種」なんて逆算して7月末までに高齢者への接種が完了する目途を掲げています。
さらに、臨床検査技師、救急救命士、薬剤師まで法解釈をうまくやって借り出そうとしています。
でも、その人達を引っ張ってしまって、それぞれの現場は大丈夫なのでしょうか。

そんなこんなしているうちに、アメリカ国務省が、日本を渡航禁止区域の最も高い値「レベル4(渡航中止・退避勧告)」に指定しました・・。

これでもまだオリンピックを開催するつもりなのでしょうか。
現実と、やろうとしていることは乖離しています。
今、日本は地獄に向かって“まっしぐら”です。

誰も、人の上に立つ者として、日本人の健康と生命の安全を第一に掲げる人がいない。

そもそも65歳以上の高齢者への接種を優先して始めたワクチン接種、本当は感染拡大防止のためには、働き盛りの人、特に県境を越えて出勤しなければならない大変な人から接種した方がいいんじゃないか、と私は思います。
同じ考えの人はいるんじゃないでしょうか。

現実の深刻化と行われていることの乖離はますます拡がっていると思います。
オリンピックを中止して怒る人は、それで儲けようとしている人だけです。


【Now Playing】 あなたとハッピー! / 垣花正・萱野稔人 ( ニッポン放送 )

 

 

2021/05/24

小川洋子さんのエッセイ「カラーひよことコーヒー豆」を読みました。

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『カラーひよことコーヒー豆/小川洋子著(小学館文庫)』を読みました。

このエッセイ集は、雑誌「Domani」に2006年から2008年まで掲載されたエッセイに書き下ろしを加えて2009年に刊行されたものの文庫化です。

掲載された雑誌の性質上、仕事・私生活などに手を抜かず頑張っている女性向けな感じに書かねばならなかったプレッシャーからか、最初のうちは著者の小川さん、仕事をする女性について正面から取り組んで書いていました。後々にはだんだんとリラックスした文になってきたわけですが。

まずは、働く女性として集金にやってくる郵便局員さんの手際の良さと、普通の人とは違う威厳が感じられる様子が書かれていました。

私も小さい頃に郵便局の人が集金にやって来て、玄関の上がりがまちに腰を下ろし、母親がお金を渡すと、あの大きな黒い鞄からさまざまなものを取りだし、テキパキとハンコを押したり、記入したりしている様を見てあまりの手際のよさに“快感”に近いものを感じながら見た記憶があります。
まさに“働く人”、“プロ”でした。
そして、著者の小川さんと同じように、「こういう“プロ”の人になりたい」と思ったものでした。

次に私の心に残ったエピソードは、職場の同期の人達と喫茶店に行き、おしゃべりをして憂さを晴らしていたシーンでした。
次第に誰かの悪口になり、皆が心に溜まっていたすべてを吐きだし、疲れ果てて、ふとため息をついたときに・・気の強い先輩から目をつけられ、辛く当たられていた同期の女性が、「全くそのとおり。意地汚い人、わがままな人、いつも機嫌が悪い人、いろんな人がいる」と言い、皆がうなずき、「いろんな人がいる」と呪文のように唱えていたら悪口を言うのがばかばかしくなってきた、というお話でした。

そう、いろんな人がいて、いろんなことが起きて、いろんな思いをして、日々は過ぎていくのです。
あらためて、しんみりとそう思ったのでした。

次に気になったエピソード。
著者はずいぶんな“音痴”らしいのですが、人々の前で静かに歌を歌うと、絶望している人達の心にそっと忍び込み、凍えた胸を温め、遠くに希望の光をともすような歌声で歌いたい・・・という願望が披露されていました。

ちなみに、その歌声はカーペンターズのカレン・カーペンターのような歌声だという。

私の学生時代、土曜日に学校から帰り、午後のひととき、FMラジオのスイッチを入れ、ベストテン番組を聞くと、カーペンターズの曲がよくかかっていました。
小川さんのおっしゃるように、そのときのカレンの歌声は天国からやってきたような素敵なものでした。
なんてぜいたくな午後だったのだろう、と今にして思います。普通にラジオからカーペンターズの曲が当たり前のように流れていた時代。

最後にもうひとつのエピソード。
著者は、何に対しても自信の持てない性格であるとおっしゃっています。
気安い友達と楽しく食事したあとでも、「あんなこと言わなければよかった。気を悪くしたんじゃないだろうか。どうして私はいつもこうなんだろう」と、あれこれ後悔の念にとらわれる、というのです。

私もまったく同じです。
「調子にのってしゃべり過ぎた。きっと、聞きたくもなかったことばかりだったろう」などと考えると、いてもたってもいられなくなるのです。
寝る前などには、胸を掻きむしりたくなるくらいです。

こういうときの脱出方法はなんだろう、と思います。
小川さんは、姪のところに電話し、二歳の声を聞くことだと書かれていました。
私はどうすればよいのだろう。
・・ああ、中学時代の担任の先生に電話して他愛もないことで話が盛り上がると、少しおさまってくるかも。


【Now Playing】 I Will / The Beatles ( Rock )

 

2021/05/23

百閒先生の「百鬼園随筆」を読みました。

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『百鬼園随筆/内田百閒著(新潮文庫)』を読みました。

不思議なものです。
内田百閒先生の文は、“くっだらない”こともたくんさ書かれているのですが、もう読み始めたら、「もうこれなしでは生きていけない“体”」にされてしまいます…σ(^_^;)

その多くは、「借金をする様子」。それも「貸してくれて当然だろう」って感じで金を借りに出かけるのです。
それから「借金取りから逃げる様子」こちらも「金が無いんだから、返済できないのは当然だろう」ってことになってます、“百閒先生的”には( ̄O ̄;)

とにかく友人知人から借りまくり、もうどこに行っても、逆さに振っても金は借りられない状態になり、「高利貸し」のところに出かけるシーンも出て来ました。
300円借りられると聞いただけで、もう“ふところ具合”が裕福になった気分になってしまう百閒先生。
現代にもこんな人はいるとは思いますが、“筋金入り”の借金の悪魔とでも言ってよいような人でした。
でも、みんなこの人と関わり合いになりたがっているとしか思えないような行動をとり、しかも金を貸してしまうのです。

百閒先生の借金哲学は、

人が金を借りる時の人格と、返すときの人格とは、人格が全然別である。
同一人格にて金を借り、又金を返すという事は不可能というより、むしろあり得べからざる事なのである。
人は元来あり得べからざる事のために労するとも益なし。
小生は閑を得て、この思索を続けようと思う。

と、言い切っております (・_・;

人生五十年というが、まだ五~六年あると思うと、くさくさする。
と言っておりまして、それはなぜかというと、一月に一度は月給日があり、その日は借金を取り返しに来る人がいっぱいいるので、厄介な話だというわけです(^_^)

生きているのは退儀だとも言っていて、しかし死ぬのは少々怖い、死んだ後の事はかまわないけど、死ぬ時の様子が面白くなくていやだとも言っています。
ああ・・もう、面倒くさい人です(>_<)・・でも、みんなが気にして、ちょっかい出したくなり、先生の不可思議な生き方、様子が見たくなるのでした。・・私もそのひとり。

面白かったけど、疲れたので、これできょうはおしまいっ!!


【Now Playing】 オトナのJazz Time / DJ:市原ひかり、田辺充邦 ( ラジオ日本 )

 

2021/05/22

【南先生の玉手箱_0028_子育てについての研修会でのメモ 】

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私の中学時代の担任で美術の先生の昔の資料やメモなどの文書を掘り起こして活字化する作業。
前回のこのコーナーでご紹介した、平成10年の「家庭教育学級・資料 -家庭における進路指導のありかた-(私自身をふりかえって)」という冊子は、けっこうページ数もあり、さまざまなことが書かれていましたので、それらをしばらくは徐々に活字化してアップしたいと思います。

で、今回は、「子育てについての研修会でちょっと話題になったこと、メモしてみました。自分はどうかなあ、勉強になりました」という長いタイトルのついたものです。
平成10年10月3日付けと冊子の表紙に書かれています。


以下、先生の文章です。

1.子どもの話しを聞いていますか。
 何か話したいから、いろいろと言ってくるのです。聞いてあげましょう。

1.大きくなるまでは、甘えていいよ。
 子どもにとっての母親は特に安全地帯なのです。子どもの存在をまるごと認めてあげましょう。

1.子どもの一言に今それどころじゃないからあとでねって何か身に覚えのあることのようですが、あとでは必要ないんですね。

1.子どもが話してきた時に、何よ、その言い方は、とか、先に注意とか文句など言っていませんか。
 文句を言われたくて話す子はいません。

1.学校から帰った子の顔を見たら、おかえりって言ってあげるんです。
 こちらが何も言わなければ、ただいまの声がなくてもあたりまえですね。

1.子どもに、お母さん、お父さん、私の話しちゃんと聞いているのって言われたことはありませんか。
 自分の用件をやめてきちんと聞きましょう。

1.こうでなければいけないでしょうが、なんて親の立場で一方的に子どもに理解させようとしていませんか。
 共に考えてやれるゆとりを持ちましょう。

1.けなすより、ほめて励まそう。
 特に小さい時・・・ハイそうですね。

1.子どもはいずれ親の手を離れます。
 まして、親の思うとおりにはなりません。でも、親や大人のうしろ姿を見て育ちます。
 子どもの人生にとって、少しでもプラスにかかわっていけるように自分の人生を見つめていきたいですね。

※何かきりのいいところで10個あったように思うのですが、忘れました。
 何か加えてみてください。

◎港の絵の下に書かれたコメント↓
 海が好きで良く行きます。港に演歌や Jazz が似合う気がします。
 山や樹も好きです。古い港のけしき、ちかごろ少なくなりました。


以上が先生の文でした。

この研修時のメモは、子を持ったことのある親なら、皆、いろいろと思い当たることばかりです。
先生、こういう資料を作っては「家庭教育学級」という資料の冊子に文を書かれていたのですね。

 

【Now Playing】 I Feel Like Smashing My Face In A Clear Glass Window / Yoko Ono ( Rock )

2021/05/21

自分の意見を言える人がほとんどいない。なさけない人ばかり。

20210520_newspaper001

日本オリンピック委員会の山口理事が、「東京オリンピック開催」について、5月19日に共同通信のインタビューに応じたとのこと。

その内容は、

「国民の多くが疑義を感じているのに、国際オリンピック委員会も、日本政府も、大会組織委員会も声を聞く気がない。平和構築の基本は対話であり、それを拒否する五輪に意義はない。」

との意見でした。

あまりにも当たり前のことなのに、これを言える人が、この山口さんくらいしかいないというのは、「腰抜け」しか国際五輪委員会にも、日本政府にも大会組織委委員会にもいないってことだと思います。

新聞によると、大会期間中に海外から日本を訪れる選手、大会関係者は、日本政府から新型コロナウイルス感染拡大を防ぐため、IOCに対して大幅削減を求めていて、その結果が

オリンピック 6万9千人
《内訳》
選手     1万5千人
監督・コーチ 1万人
IOC、メディア等大会関係者 4万3千人

パラリンピック 2万5千人
《内訳》
選手・監督・コーチ 1万人
関係者       1万5千人

だそうです。20万人超になっていたのを減らしたのだそうですよ・・。

また、外国要人に選手との面会自粛も求めているとのことです。

前の首相は「完全な形でオリンピックを実現する」と言っていたし、今の首相含めて「コロナに打ち勝った証しとしてオリンピックを開催する」なんて言ってましたよねぇ。
・・それはどうなってるんですか。どっちも実現どころか悪化しているだけじゃないですか。

・・日本は地方も含めて緊急事態宣言が出され、感染拡大が抑えられていないのに、10万人近くの人達を海外から呼んで、「安全・安心な大会」が出来ると言い張るのは“妄言”としか言えません。

国民の70%以上がオリンピックの開催を望んでいないのに、いったい誰のために、何のために開催するのか。心ある人はそれもわかっていると思います。
堂々と自分の意見を言える骨のある人は山口香氏のほかにはいないのでしょうか。

今回のこのブログも米粒のように小さいながらも私、一個人の意見として思っていることを書いてみました。
毎日あきれることばかり。


【Now Playing】 The Ballad Of John And Yoko / The Beatles ( Rock )

 

2021/05/20

【The Beatles 研究室・復刻版】Yellow Submarine[A-2]All Together Now

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体力もだいぶ復活してきたので、体力・気力を要するこの「The Beatles 研究室・復刻版」を再開したいと考えました。

再度、がんばって掲載します。

2004年から2008年にかけて作成したホームページ「The Beatles 研究室」・・2009年リマスター発売後の一部追記も含めてのブログにての復刻版です。ほぼ当時のまま、そして復刻後追記も付しております。15年以上前の文なので細部の表現・事実についてはお見逃しください。
今回は、アルバム「Yellow Submarine」から『All Together Now』を取り上げます。

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「イエロー・サブマリン」よりもさらに童謡のような味の曲です。ポールはこのような曲は得意なのかもしれません。解散後も、「メアリーの子羊」という曲を子供のために書いていて、なかなか良い曲で、シングルにもなりました。

切れの良いギターのカッティングで始まり、ポールが歌い出すと、1.2.3.4やA.B.Cなどの単純な歌詞が、ただの童謡でなく聞こえてくるのがビートルズの不思議なところです。
ジョンが途中から「船を出せ」「木を切れ」「なわとびだ」と合いの手を入れると、何か意味があるのではないか、とまで思わせてしまうのがビートルズの演奏力という気がします。

アクセントが一拍目と三拍目にあるのが、この曲の隠し味となっていると思います。
普通の外国人の感覚でいくと、二拍目と四拍目にアクセントを入れたくなるのではないかと思うのです。
童謡風と言っても色々隠し味があるのが流石です。


〈追記〉2021/05/20

今回の掲載にあたり、2009年リマスターのステレオ盤をまずは聞いてみました。
アコースティック・ギターのピッキングの音が生々しく、ポールのベースは、くっきりはっきりと聞こえます。臨場感ある録音になっています。
それに、製作時にジョージ・マーティンがいなかったらしく、のびのびとラフな演奏をしていて、とてもビートルズらしく、魅力的に聞こえます。
ジョンも意外とこの曲が気に入っているんじゃないかと思われるバック・ボーカルだと思います。

続いて、「イエローサブマリン・ソングトラック」版も聞いてみました。
こちらは、ボーカルにエコーがかなり強めにかかり、バック・ボーカルにも同様にかかっていました。
ちょっとボーカルだけ浮いているような気もします。
なので、ジョンの“乗り具合”がこちらの方がわかる感じになっています。

さらに「モノ・マスターズ」に収録されている『映画のDVD』に入っていたモノラル・バージョンも聞いてみました。
こちらは、ギター、ベースなどの演奏と、ボーカルのバランスが一番自然な感じに聞こえました。
オリジナルのステレオ・バージョンで過剰なくらいに強調されていたギターのピッキングの様子はそんなに強くなく、むしろ丁度いい感じになっていました。

 

 

 

2021/05/19

【南先生の玉手箱_0027_私と Jazz 】

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私の中学時代の担任で美術の先生の昔の資料やメモなどの文書を掘り起こして活字化する作業。
このコーナー、昨年11月以来のアップです。
昨年末に、私が病に倒れ、今年の年始から一ヶ月の入院。
さらに療養期間を経て、今は体力回復中。徐々に体力も戻ってきたので復活しようということにしました。

今回は、南先生が昨年追加で手渡してくれた資料からの活字化です。
平成10年2月7日の日付が入っています。
平成10年の「家庭教育学級・資料 -家庭における進路指導のありかた-(私自身をふりかえって)」という冊子からの抜粋です。先生、51歳の時の文章です。


以下、先生の文章です。

節分が過ぎて今年は51歳。あれから春が、また秋が、いろんな音楽との出会いがあった。
民謡、演歌、浪花節等、小さい頃から音楽を聴くのは好きだった。
お祭りの笛や太鼓のリズム、おはやしは良くあとついていったもんだ。今になって何か楽器ができたらよかったと思うことが良くある。

音楽との出会いを考えてみると、“外国もの”って中学時代のプレスリーにはじまって、特にビートルズの音楽がはじめて流れてきた時えらいショックと言うか、音の魅力ってものを感じたのを覚えている。

よく分からないが、あの不協和音が何となくジャズにかかわっているように思い出される。
十代の後半は、ロック、ブルース、ビッグバンド等、ポピュラー的音楽をいろいろと聴いたと言うか、身近にあったと思う。

ジャズと言えば、私の入り口は、ハービーマンの「カミン・ホーム・ベイビー」からである。
偶然、私の前の住人が下宿に置き忘れた1枚のシングル盤との出会いであった。
はじめての東京生活の夕方、武蔵野の栗林のむこうに夕日が沈む頃、何とも言えないフィーリングで外が暗くなるまで持っていたポータブル電蓄でくりかえし聴いていた情景を今でもはっきり覚えている。

当時はレコードを買うゆとりもなかったが、自分はサンドイッチマンをやっていたこともあって、月1枚位買うことができた。

ハービーマン、ラムゼイ・ルイス、ジミー・スミスなど気軽に聴けて、ファンキーなものを好んで聴いたように思う。

そんな中で、たまたま4大ドラマーの曲のさわりくらいをまとめたレコードをみつけて聴いてみたら、何かちょっと変わった雰囲気で、きれあじのいいドラミングが気に入った。
これがあのジョン・コルトレーンと共にラシッド・アリ等と時代を共にした「至上の愛」などすごい足跡を残したエルビン・ジョーンズであった。

彼のドラミングにのめり込むことでもなかったが、何か気になってその後彼がメンバーに入っているアルバムを聴くようになった。

当時、自分は20歳そこそこ、ビレッジバンガードのジョン・コルトレーン、マイフェイバリット・シングス、スピリチュアル、またはあのブラザーズ・フォーのヒットであるグリーン・スリーブスが何でこんなになるのかなんて不思議な思いでリクエストなどしたものだ。
Jazz Spot で、一杯のコーヒーで3時間もねばっていたあの頃が懐かしく思うこの頃である。
団塊の世代は、あの頃社会の体制に背をむけて、何か、いきがっていた自分。Jazz は何か今でも生活の一部になっている。

コルトレーンの「オレ」など、普通の喫茶店においてあって、感動していつも行くと特別にかけてもらったのも覚えている。

私はかなり窓口が広く、こだわらずにいろんなタイプを聴くほうだと思っている。
でも、このところ気軽に聴くもの以外に何かこだわるようになった気もする。

今になってコルトレーンのアルバムを買うことが多い。
又、エルビン・ジョーンズ氏はもう70才になる。あれから30年以上たって、まだ力強いプレイをしてくれる。

H10.12.9 東金。「至上の愛コンサート」は、大感動であった。
年と共に大きく、ワイルドで細やかさ、優しさを加えて、会場全体をつつみ込む彼のドラミングからは何か神のようなイメージを感じる。

このところ、特にメンバーと会うことができて、人の出会いと言うものに大変感謝をしている。

私は、虫くい状態でいろんなジャズを聴きかじってきたが、良いものは誰が聴いても良いものがあることを強く感じるようになった。

ドラムって、リズム楽器のようだが、しっかりとメロディを叩いていること、又、音は大きくても、それはうるさいものではない。

特にジャズは人間の命の表現であること等、エルビンの存在でいろいろ教わった気がする。
これからも新しい発見をしながら Jazz を楽しみ続けたい。


以上が先生の文でした。

先生、51歳のときの文章です。
このとき、まだ私は中学を卒業して先生と離れてから再会を果たしていません。

驚いたのは、文中にある東金でのエルビン・ジョーンズのコンサート会場に私もいたのです。先生がいらしたとは知らなかったのです。
ちょうど私がロック以外の音楽を探しだし、ジャズに出会った頃でした。
ジャズの巨人であるエルビン・ジョーンズがなんと東金市に来る!ということを新聞で知り、コンサートに出かけたのでした。

このときに、先生とその後再会し、また、ジャズ談義ができるようになる運命が動き出していたのかもしれません(*^_^*)

今回の先生の文を読み、東金のコンサートの話が出て来たところで、なんだか運命を感じてドキドキしました。

 

2021/05/18

太田和彦さんの「風に吹かれて、旅の酒」を読みました。

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『風に吹かれて、旅の酒/太田和彦著(集英社文庫)』を読みました。
いつも旅と居酒屋中心のお話になる太田さんの文ですが、今回読んだ印象は、人生のけじめをあちこちでつけている、という感じでした。

自分の学生時代の作品を画集にして残す作業をしたり、故郷・松本の大学で一時教鞭をとっていた時の生徒達との再会(松本修学旅行と呼んでいた)を果たして、かつての生徒達の成長に目を細めたり、平成三十年度の文化庁長官表彰「日本の食文化について独自の視点による著述活動に対して」を受けた時の様子が書かれてあったり(居酒屋を通した食文化への寄与が最大の理由ですとの担当職員の話によろこんでいた)、かつての日本映画を次々と見て、往時の映画を振り返ったりもしていました。

あまりに、過去の整理をしているようで、ちょっと心配になりましたが、いやいや、これも太田さんが元気に“やりたくて”やっているのでした。
これでいいんだと思いました。ずぼらなようでキチッとしている太田さんらしいのです。

映画の振り返りの中で、昭和二十年代の映画に「喜劇・とんかつ一代」とか、「とんかつ大将」だとか、当時は「とんかつ」で映画が出来てしまうのだ、と驚くようなところもありました。
「とんかつ」って、ルーツは外国なのであろうに、すっかり日本の文化になっていますが(カレーやラーメンもそうかもしれない)、その頃の映画は、丁度「とんかつ」が文化になった頃だったのかもしれません。

太田さんは句会にも入っていて、いくつかの句を載せています。

扇風機黙る二人に風おくる

っていう句なのですが、私は同じ句会に入っていて紹介されていた戸田菜穂さんの

赤い爪足で向きかえ扇風機

にググッと惹かれました(^_^;)

さらに戸田さんの

百合の香にすべてゆだねる夜もあり

・・っていうこれは・・さらに艶っぽいです。

というわけで、今回は、お酒というよりも、今後に向けた太田さんの心構え的な内容のものになっていました。
枯淡の境地か、今後の太田さん、ますます楽しみです。

 

2021/05/16

柴田錬三郎さんの「わが青春無頼帖」を読みました。

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『わが青春無頼帖 -増補版-/柴田錬三郎著(中公文庫)』を読みました。
もともとの文が書かれたのは1960年代のものです。

私は柴田さんの著書を読んだことがなく、昔、テレビでクイズの回答者として出演されていて、とても人間味のある語り口調や、ウイットに富んだ回答が印象に残っています。
あのとき、かなりのおじいちゃんに見えたのですが、そんな歳ではなかったようです。

人生の年輪が表われていたんだな、と、この「青春無頼」な告白を読んだあとで思うことになりました。

戦時に、輸送船の備砲小隊付きの衛生兵として乗船し、その際に魚雷の攻撃に遭って沈没。
バシー海峡を泳ぎ、駆逐艦に救い上げられ命を取り留める話は、その惨状とは裏腹に、夢の中にでもいるような虚無状態であったと書かれていました。
後の「眠狂四郎」に通じるのか・・と思ってしまいましたが、「そんなインタビューでの質問をよく受ける」とご本人が書かれていました。

終戦後の柴田さんの作家生活というか、カストリ誌への原稿書きや、少年少女向けの原稿書きなどで食いつなぎ、そんな中で様々な人と出会い、様々な人が死に、様々な女性と“さまざまな関係”( ̄O ̄;)になり・・というところが柴田さん独特の筆致で書かれていて、こんな凄まじい生き方(次々に現われる女性と関係を結び、さらにその女性がどういう人生になっていったかの描写も凄い)をした人が、私がテレビで見た、あんな穏やかな表情をしていたのだ、と驚きました。

柴田さんの無頼帖のあとには、無頼帖に書かれていた事実そのものと言ってもいい私小説が数編付け加えられていて、そちらは小説仕立てになっているので、余計ドキドキするようなシーンばかりでした。

随筆含め、最初から最後まで読んでいるこちらが、時代もずいぶん違うのに、あっという間に引っ張り込まれるような感覚でのめり込みながら読みました。
すごい迫力の本でした。

 

【Now Playing】 Honeysuckle Rose / Mark Murphy ( Jazz Vocals )

2021/05/15

V-DISC が何だかよく知らなかった

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何週間か前にラジオ日本の「オトナのジャズタイム」という番組を聞いていたら、1940年代のジャズが掛り、「これは V-DISC からお掛けしました」と DJ の方が話されていたのを聞いて、V-DISC って聞いたことあるな、と思い、調べてみました。

何十年も前に、やはりラジオ番組で、トランペッターの日野皓正さんが「いろいろな曲は V-DISC なども聞いて覚えた」というような発言をされていたのが記憶に残っています。

レコード盤の材質の種類のことなのかと思いつつ、調べずにそのままになっていたわけです。記憶の片隅にかすかにあるような感じでした。

調べると、アメリカが、1941年から太平洋戦争終戦後もさらに5年間作っていたレコード盤で、「V」というのは、ビクトリーの「V」で、戦争に勝つためにという思いが込められていたらしいのですが、盤は78回転でSP盤と同じ回転数で、盤自体はビニール製だったそうです。

内容はジャズの演奏・歌唱が入っていて、このためにオリジナル録音されたものが多かったようです。
メンバーも錚々たる人達です。

このレコード盤を本国から飛行機で運び、上空からレコード・プレイヤーと共に落下傘で軍隊のキャンプに投下したのだそうです。
それを兵隊達は、聞き、故郷を懐かしみ、また国を離れた寂しさなどもまぎらわせていたのかもしれません。

で、「その音を聞いてみたい」と思い、調べたら、実際に作られた千何百曲のジャズが入っていた盤の音はCDとなり一部聞くことができるようでした。

早速、買って聞いてみました。

内容は、豊かで、ゴージャスで、情感あふれるジャズの演奏、歌唱がたくさん入っていました。
V-DISC だと知らずに聞いても、なかなかのいい演奏が入っていました。

 

 

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録音年や、録音場所、ミュージシャン、ボーカリストなどの記録も掲載されていました。

録音日で驚いたのは、1945年8月13日というのがありました。
あの、いわゆる終戦記念日の二日前です。
この日には、ホーギー・カーマイケルがピアノの弾き語りで、「メンフィス・イン・ジューン」をハリウッドで録音していたのです。

こんな豊かな演奏を終戦二日前に歌い、軍隊に送っていたのです。
日本は、こんな国とまともに戦っていたのか・・と、思うと、不思議な感覚が身体中に沁みてきました。
そのときの時代の空気感まで聞こえてくるようです。

V-DSCという言葉に反応して、調べ、実際に手に入れて聞いてみたからこその感情だと思います。
自分にとって、大きな経験となりました。

 

2021/05/14

苦しんでいる人のことを考えられない人間

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「コロナ感染拡大がどのような状態になったら、オリンピックは中止になるんですか?」
という国民全員が心配していることについて質問しても一向に真摯に答えようとしない、わけのわからない答弁を繰り返す首相他大臣達。

この人達に、コロナ感染陽性反応が出て、具合が悪くなっているのに医療機関にも診てもらえず、自宅で不安な日々を過し、ひどい場合は亡くなってしまうようなことが、特に大阪では日々起きているが、そんな苦しんでいる人達のことが一時でも脳裏に浮かぶことがあるのでしょうか。

そんなときに、内閣官房参与の「高〇洋一」という人間が、ツイッターで、他国との感染者数比較のグラフを掲載し、『日本はこの程度の「さざ波」。これで五輪中止とかいうと笑笑』という“大バカツイート”をしたのは、すでに大炎上しているので皆さんご存知でしょう。

この、【政権の“御用聞き”“提灯持ち”】みたいな人間、朝のラジオ番組でコメントなどをしているが、いつも「わたしだったらすぐこうしちゃう、なんでできないのかと思いますよ、ふふふふふん(笑)」と、いつも人を小馬鹿にするような話し方、発言をしていて、いやな人だと思っていました。

ツイート中の「さざ波」という言葉は、たぶん厚労省の元医系技官 木〇盛世氏の発言の中に、医療体制についての発言で「緊急事態宣言などとやる前に、万全と言われた日本の医療体制が、今後感染増加する前の“さざ波”状態のうちにしっかり体制づくりをすべきだ」という主旨の発言を見聞きして、「この“さざ波”はいただける」とでも思って使ってしまったのでしょう、首相に五輪開催への“おべっか”のつもりで。

しかも、ツイートの最後に《笑笑》って、なんですかっ!!

と、世間から猛批判を浴びたら、「世界が笑う」と言っているのだ、とわけのわからない開き直りをし、ツイート全体についても反省の『は』の字もなく、わからないヤツが悪いという態度です・・。
世界が笑うと言っているが、高〇氏自身が笑っている。どう読んでもそうとしか読めない。

この人、まるで“だだっ子”。子供のまま大人になってしまった少しだけ勉強のできるジャイアンとスネ夫が混じったみたいな人間です。

いつもこうやって、人を“せせら笑って”生きてきたのでしょうね。

このブログ、冒頭に書いた、コロナに感染し、自らの病状が悪化する中、医療機関にかかることもままならない状況下にある人のことなど一度も考えたことがないのだろうと思います。
もし、自分が感染したらどうするのでしょう。
権力側の人にお願いして、自分だけ入院しようって魂胆でしょうか。

毎度このブログで書いていますが、どんなに小さな私のような存在でも、自ら思っていること、考えたことは、せっかくこんなにSNSが発達しているのだから発信せねばと思い、“微力”にさえならないことはわかっているのですが、書いているのです。
本当は、もっと楽しいこと、愉快なことなどを書きたいのです。

ご意見無用。主張したいことがあれば、自らのSNSなどの発信の場で、堂々とやってください。私のように。

 

2021/05/13

あきれて物が言えないが、だから言う

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報道によると、新型コロナ・ワクチンの大規模接種の予約が17日から開始されるそうです。
65歳以上の人が対象だというのに、インターネットと LINE のみでの受け付けだそうですよ。
しかも市町村が行っている接種予約と両方予約して二重予約になってしまってもわからない・・んだそうで、そう聞くと誰もが思うのは、「去年からマイナンバーが役に立つ、役に立つ」と言っていたけど、なんで使わないの?!ってことです。

65歳以上って言ってるのに、ネット予約のみ。しかも個人の識別も出来ない。
つまり、簡単に言うと、マイナンバーシステムは現状でも何の役にも立っていないということです。

ついでに言うと、マイナンバーシステムは、個人の氏名・住所・生年月日・性別の情報は保持しているけど、世帯は把握していません。だから、夫婦の認識も出来ないし、親子の認識も出来ないのです。家族が何人かもわからない。
もちろん、昨年問題になった口座とのひも付けも出来ていません。

だから、何度も言うけど、「何の理念も無い」し、担当の国の役人は、マイナンバーを始めることだけしか頭になかったからこんなことになったんだと思います。
ただ税金の“取りっぱぐれ”だけを無くそうとしている。

マイナンバー・カードをつくれ、つくれって去年から勧めていた人は、自分の言っていたことをもう一度大人として社会人としてよく考え直した方がいいと思いますよ。

それでもって、「デジタル庁」ですって。

マイナンバー・システムをまずは使えるものにしてみろよ!って思います。
全国の自治体住民システムを共通のものにする、なんて言ってますけど、マイナンバー・システムの現状のお粗末さから鑑みると、いったんシステムに不具合などがあると、日本中の自治体業務がマヒしてしまう虞があります。

今のマイナンバー・システムだって、ちょっと窓口に来る人が増えたただけでフリーズしてしまうのだから、よく考えた方がいいと思いませんか。

というわけで、あきれてモノを言いたくないけど、あまりに腹が立って言いました。

 

2021/05/12

「下着の捨てどき」平松洋子を読みました。

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『下着の捨てどき/平松洋子著(文春文庫)』を読みました。
エッセイストの平松さんは、たぶん私と同年代だと思いますが、あいかわらず日々の生活の中で“ぴぴん”と反応する部分は男女の差こそあれ、似ています。

平松さんの身近な友人が“夫婦げんか”したときのことが書かれていて、けんかのあとの無言状態が三日めに突入し、携帯電話に夫からメール・・「意地になりすぎた。反省してます」と書き込まれていたとのこと。

平松さんは「あらカワイイじゃない」と笑って反応したが、友人は「ヤツは居間のソファでテレビ見てんのよ。三メートルと離れていない、すぐ前で」
と、怒っています。

もう私たちは“ケイタイ”と“メール”という道具と機能を手にしてしまったサルだからしょうがない、と平松さんは友に言いましたが、火に油を注ぐ結果に・・(^_^;)

職場でデスクを並べているのに、メールで部下を叱ったりするヤツと同じじゃないか!ということに話は発展。
そう言われれば、そういうことも言えるかもしれないが・・。

これは私たちの同年代にはけっこう重いテーマじゃないかと思いますが、最初っからケイタイもメールもラインもある世代とはまったく異なる感覚だと思います。
あらためて考えちゃいました (・_・;

タイトルになっている「下着の捨てどき」については、「捨てどきかな?と頭を掠めたとき」と思いさだめているそうです。
十代のころ、小耳にはさんだ言葉の呪いも未だにかかっていて、「下着だけは、いつ交通事故にあっても恥ずかしくないようにしておきなさい」って言葉。
下着の捨てどきは、女の試金石である、とおっしゃっています。

おもしろいこと書くなぁ(^_^)

 

2021/05/10

太田和彦さんの「私の方丈記 70歳、これからは湯豆腐」を読みました。

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『70歳、これからは湯豆腐 -私の方丈記-/太田和彦著(亜紀書房)』を読みました。新刊です。

私の好きな太田さんが70歳を過ぎ、「晩年だ」、「残り少なくなった日々をどう生きてゆこうか」と静かに考え、書かれたものです。

ここ二年間で二度の病気入院をして、家族の意見を聞き、決断して仕事をやめた私は、まだまだ太田さんの年齢や域に達したわけではありませんが、今の体力回復のため自宅療養中の身には参考になりました。

「湯豆腐」というのは、そういった境地の象徴的な比喩的表現であると思います。
文中で、日本三大居酒屋湯豆腐の店も紹介されていましたが・・(#^.^#)
【参考】横須賀:銀次、伊勢:一月家、盛岡:とらや(閉店)、御所西:井倉木材

仕事をやめた今、太田さんの文は身に沁みます。

会社などである程度出世して退職した人ほど使い物にならないとよく聞く。
自分に自信があるので、人に指図したがり、下働きは「そういうことは君がやれ」と逃げる。
部下にああしろこうしろと指示していただけなので自分では何もできない、やろうとしない。
集まりに出るとしゃべりたがり、自己紹介が長く、内容は自慢ばかりで何の役にも立たない。
思い当たるひとがいっぱいいる・・。私は出世などとは縁が無かったので、これは大丈夫。

第二の人生は、会社勤めでの組織ゆえの理不尽も悔しさも我慢してきたが、もうまっぴらご免!・・いいぞ、太田さんd(^_^o)
「嫌なことはしない」「嫌な奴とはつきあわない」
・・そうだ、そうだ、そうします。

このコロナ禍で太田さんの全国巡りもなかなか出来ない中、文を書かれているのですが、為政者へのひと言も太田さんらしく、同感しました。

競馬競輪パチンコに夢中になる男はバカだと思っている。儲かるときもあるらしいが、それで金を手に入れようとは浅ましくはないか。目的は金儲けではなく予想のスリルと言うけれど、他人のすることに賭けても始まらない。
政府は日本にカジノをつくろうとしているが、国民からテラ銭(30%とか)を巻き上げて国が儲ける賭博を奨励するとは。
汗水流して稼ぐ貴さを否定するのか。

阪神淡路・東日本大震災、原発事故、大水害、コロナ禍・・。現代もまた大災害の不安にこと欠かず、それを前に自己保身しか考えない為政者の無能も変わらない。
他人を告げ口する流言蜚語もさらにまた。

そのとおりだ。

 

2021/05/07

「きらめくジャンクフード/野中柊」を読みました。

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『きらめくジャンクフード/野中柊著(文春文庫)』を読みました。
例によってブックオフにて安価購入!
もともとは2006年に単行本として刊行され、2009年に文庫化されたものです。

この本では、ジャンクフードの概念は「色とりどりの雑多な楽しいもの」というイメージで書かれています。だから、表紙もそんな感じになっていて、私もその概念に賛成です(#^.^#)

著者はアメリカ人男性と結婚していたことがあり、その際にアメリカにも何年か居住していて、私の知らないジャンクフードのことについても書かれていました。

たとえば、「クラムチャウダー」。私にとっては、あまり“ジャンク”な感じはありませんが、アメリカでは、かなり“身近なジャンク”的なもののようであることが、わかりました。

それと、クラムチャウダーには、“二種類”あるということも知りました。

ひとつは「ニューイングランド・クラムチャウダー」。これは私たち日本人が一般的によく知っている、生クリームとミルクを入れて作るもの。

そしてもうひとつは、「マンハッタン・クラムチャウダー」というものだそうです。
生クリームとミルクの代わりに、缶詰のホールトマト、グリーンペッパー、ときにはケチャップもちょこって入れるらしく、ソーダクラッカーを添えていただくとのこと。
“ソーダクラッカー”って何だろう?!

はじめて知ったけど、マンハッタン・クラムチャウダーも美味しそう(*^_^*)
食べてみたいなぁ。

サンドイッチについても書かれていましたが、著者の友達のアメリカ人は、「サンドイッチにポテトサラダを挟んだりするのは変じゃないか!ぜったい変!!」と言われて著者は戸惑います(^_^;)

その理由は、ハムや玉子、ツナ、チーズなどは蛋白質で、パンという炭水化物との組み合わせはいいけど、パンとポテトは、どちらも炭水化物で、その組み合わせは邪道だというわけです。

私など、「うまけりゃいいんじゃないの」って思いますけど…σ(^_^;)
それに、ポテトサラダのサンドイッチって、うまいよねぇ~'(*゚▽゚*)'はずせないと思うんだけどなぁ。

というような面白いジャンクフードについての話題がたくさん書かれていました。

楽しくて、読んでいると“お腹が空く”、そんな本でした。
ごちそうさまっ!!

 

2021/05/04

「迷走生活の方法/福岡伸一」を読みました。

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『迷走生活の方法/福岡伸一著(文芸春秋)』を読みました。
中江有里さんが、朝のNHKラジオの本の紹介コーナーで“おすすめ”していたので、早速読んでみました。

著者、福岡伸一さんは、生物学者で、あまりテレビを見ない私は存知上げませんでした。面目ない。

この本で言う「迷走生活」とは、秘かなパワーを持つ“迷走”神経を活性化し、些事にとらわれず、朗らかに長生きする生活のこと、だそうです。簡単に言うとd(^_^o)

こんなご時世の中、コロナウイルスについても当然書かれていました。
想像ではあるが、元々は野生動物の身体に棲み着いていて、その野生動物にはほとんど危害を与えていなかったウイルスだったのでしょう。
でも、人間が生活圏を広げるために開発を行ったことで、これまでは存在していた生態学的なバリアがなくなり、接触する機会が生まれてしまった・・というわけです。

そして、人間の国際的な動きに乗じてここまでの急拡大となってしまった・・。

先生が言っていることの大きなことは、ヒト以外の生物はみな、種の保存が唯一無二の目的で、基本的に個体はそのためのツールでしかないが、ヒトだけは個体の生命の価値に気づいて、それを最大限尊重する道を選んだ・・そうですよねぇ。

逆に個と種のあいだに、国とか民族といった別の帰属システムを作り出してしまったので、ややこしいことになってしまったわけです。

現代人は、社会的・人間的なストレス環境に置かれて、それも恒常的なものになっていて、もう逃げられない。
その慢性的ストレス反応が、免疫システムをたえずいためつけてしまう・・という、福岡先生の考えがここでコロナと結びついてきます。

そして、また福岡先生の独特な視線が飛び出しました。

あの1970年の大阪万博、『太陽の塔』は、岡本太郎一流のアンチテーゼだったのだ、と。
お祭り広場を覆う大屋根を突き抜けて屹立する塔の姿自身に、縄文土器の火炎のような、太古の生命のダイナミズムが性的なまで体現されている一方で、苦悶と闇を内包しながら私たちの行く末を暗示していたのではないかと。

これは、今になって映画にもなったりしていましたが、「太陽の塔」について、そういう見方をする考え方が指摘されています。
私もそう思うのです。

「人類の進歩」に、ただ明るい未来が見えているわけではなかったのです。
それは今も変わらない。

もういくらなんでも、こういう考え方をする政治家が現われてもよさそうですが、出て来ないです。
いまだに、“右肩上がり”の成長を目指している人ばかり・・。

というわけで、この本の、ほんの一部のご紹介だけでも、これだけ話が広がります。

中江有里さんに教えていただいて、そして読んでよかった本です。

 

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