フォト

わたしのいきつけ

無料ブログはココログ

« 太田和彦さんの「風に吹かれて、旅の酒」を読みました。 | トップページ | 【The Beatles 研究室・復刻版】Yellow Submarine[A-2]All Together Now »

2021/05/19

【南先生の玉手箱_0027_私と Jazz 】

20210519_minami_data001

私の中学時代の担任で美術の先生の昔の資料やメモなどの文書を掘り起こして活字化する作業。
このコーナー、昨年11月以来のアップです。
昨年末に、私が病に倒れ、今年の年始から一ヶ月の入院。
さらに療養期間を経て、今は体力回復中。徐々に体力も戻ってきたので復活しようということにしました。

今回は、南先生が昨年追加で手渡してくれた資料からの活字化です。
平成10年2月7日の日付が入っています。
平成10年の「家庭教育学級・資料 -家庭における進路指導のありかた-(私自身をふりかえって)」という冊子からの抜粋です。先生、51歳の時の文章です。


以下、先生の文章です。

節分が過ぎて今年は51歳。あれから春が、また秋が、いろんな音楽との出会いがあった。
民謡、演歌、浪花節等、小さい頃から音楽を聴くのは好きだった。
お祭りの笛や太鼓のリズム、おはやしは良くあとついていったもんだ。今になって何か楽器ができたらよかったと思うことが良くある。

音楽との出会いを考えてみると、“外国もの”って中学時代のプレスリーにはじまって、特にビートルズの音楽がはじめて流れてきた時えらいショックと言うか、音の魅力ってものを感じたのを覚えている。

よく分からないが、あの不協和音が何となくジャズにかかわっているように思い出される。
十代の後半は、ロック、ブルース、ビッグバンド等、ポピュラー的音楽をいろいろと聴いたと言うか、身近にあったと思う。

ジャズと言えば、私の入り口は、ハービーマンの「カミン・ホーム・ベイビー」からである。
偶然、私の前の住人が下宿に置き忘れた1枚のシングル盤との出会いであった。
はじめての東京生活の夕方、武蔵野の栗林のむこうに夕日が沈む頃、何とも言えないフィーリングで外が暗くなるまで持っていたポータブル電蓄でくりかえし聴いていた情景を今でもはっきり覚えている。

当時はレコードを買うゆとりもなかったが、自分はサンドイッチマンをやっていたこともあって、月1枚位買うことができた。

ハービーマン、ラムゼイ・ルイス、ジミー・スミスなど気軽に聴けて、ファンキーなものを好んで聴いたように思う。

そんな中で、たまたま4大ドラマーの曲のさわりくらいをまとめたレコードをみつけて聴いてみたら、何かちょっと変わった雰囲気で、きれあじのいいドラミングが気に入った。
これがあのジョン・コルトレーンと共にラシッド・アリ等と時代を共にした「至上の愛」などすごい足跡を残したエルビン・ジョーンズであった。

彼のドラミングにのめり込むことでもなかったが、何か気になってその後彼がメンバーに入っているアルバムを聴くようになった。

当時、自分は20歳そこそこ、ビレッジバンガードのジョン・コルトレーン、マイフェイバリット・シングス、スピリチュアル、またはあのブラザーズ・フォーのヒットであるグリーン・スリーブスが何でこんなになるのかなんて不思議な思いでリクエストなどしたものだ。
Jazz Spot で、一杯のコーヒーで3時間もねばっていたあの頃が懐かしく思うこの頃である。
団塊の世代は、あの頃社会の体制に背をむけて、何か、いきがっていた自分。Jazz は何か今でも生活の一部になっている。

コルトレーンの「オレ」など、普通の喫茶店においてあって、感動していつも行くと特別にかけてもらったのも覚えている。

私はかなり窓口が広く、こだわらずにいろんなタイプを聴くほうだと思っている。
でも、このところ気軽に聴くもの以外に何かこだわるようになった気もする。

今になってコルトレーンのアルバムを買うことが多い。
又、エルビン・ジョーンズ氏はもう70才になる。あれから30年以上たって、まだ力強いプレイをしてくれる。

H10.12.9 東金。「至上の愛コンサート」は、大感動であった。
年と共に大きく、ワイルドで細やかさ、優しさを加えて、会場全体をつつみ込む彼のドラミングからは何か神のようなイメージを感じる。

このところ、特にメンバーと会うことができて、人の出会いと言うものに大変感謝をしている。

私は、虫くい状態でいろんなジャズを聴きかじってきたが、良いものは誰が聴いても良いものがあることを強く感じるようになった。

ドラムって、リズム楽器のようだが、しっかりとメロディを叩いていること、又、音は大きくても、それはうるさいものではない。

特にジャズは人間の命の表現であること等、エルビンの存在でいろいろ教わった気がする。
これからも新しい発見をしながら Jazz を楽しみ続けたい。


以上が先生の文でした。

先生、51歳のときの文章です。
このとき、まだ私は中学を卒業して先生と離れてから再会を果たしていません。

驚いたのは、文中にある東金でのエルビン・ジョーンズのコンサート会場に私もいたのです。先生がいらしたとは知らなかったのです。
ちょうど私がロック以外の音楽を探しだし、ジャズに出会った頃でした。
ジャズの巨人であるエルビン・ジョーンズがなんと東金市に来る!ということを新聞で知り、コンサートに出かけたのでした。

このときに、先生とその後再会し、また、ジャズ談義ができるようになる運命が動き出していたのかもしれません(*^_^*)

今回の先生の文を読み、東金のコンサートの話が出て来たところで、なんだか運命を感じてドキドキしました。

 

« 太田和彦さんの「風に吹かれて、旅の酒」を読みました。 | トップページ | 【The Beatles 研究室・復刻版】Yellow Submarine[A-2]All Together Now »

南先生の玉手箱」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 太田和彦さんの「風に吹かれて、旅の酒」を読みました。 | トップページ | 【The Beatles 研究室・復刻版】Yellow Submarine[A-2]All Together Now »

2024年7月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

最近のトラックバック