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2021/06/30

「生きるヒントとしての 哲学者94の言葉」を読みました。

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『生きるヒントとしての 哲学者94の言葉/植西聰(うえにし・あきら)著(誠美文庫)』を読みました。
著者は、企業勤務後独立し、産業カウンセラーとなり、人々を明るく元気づける著述をされている方です。

タイトルどおり、数々の哲学者や、数学者、政治学者などが残した言葉をヒントに、私たちが生きて行くうえでの悩みなどに答えていくような内容となっています。

あまりにも立派すぎる言葉が並んでしまうのかと危惧しておりましたが、素直に読めました。
最近、悪い政治家や評論家などの話ばかり聞いてきたので、私自身少し偏屈になっていたようで、これを読んで、なんたが“すっきり”とし、真っ直ぐな気持ちになりました。

ラッセルというイギリスの哲学者の言葉がありました。

「人間は、関心を寄せるものが多ければ多いほど、幸福になるチャンスが多くなる」

というものです。

私がかつて働いていた職場の上司に、「仕事人間」という言葉がピッタリの人がいました。
明けても暮れても「仕事」の話。飲みに行こうが、どこに行こうが「仕事」の話しかしませんでした。
仕事にしか興味がないのです。

人間は仕事だけでなく、趣味を持ったり、同じ趣味の人との交流したり、旅行に出たり、スポーツを楽しんだりすることも重要で、さらに教養を深めるために勉強したり、カルチャーセンターなどにも参加したりすることも必要だ、と書かれていました。

要するに好奇心が広がるほど人生が豊かになるということだと思います。
多方面の情報に接することも大事です。

一度その上司との飲み会の時に、「仕事以外の話をしましょう」と言ってみたら、まったくしゃべらなくなってしまいました・・。

アメリカの思想家、エマーソンの言葉も載っていました。

「すべての基本は熱中することにある。そして、熱中は純真な心から生まれる。」

上記の上司がリタイアしてから何か趣味を見つけたかどうかわかりませんが、熱中するには「勧められるままに参加する」のでなく、「面白そうな趣味を自分で探す」ことが大切だと書かれていました。
できたかなぁ?!

長くなったので、最後に古代ギリシャの哲学者、プラトンの言葉。

「人は苦悩を通じてしか清められない。」

結局、人は、まじめに、誠心誠意、努力することによってのみ、悩みを乗り越えていくことができるというわけです。

肝に銘じます。

 

2021/06/29

【南先生の玉手箱_0031_生まれて51年 7回シリーズ[7の1] 】

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私の中学時代の担任で美術の先生の現役時代の資料やメモなどの文書を掘り起こして活字化する作業。
このところ数回に渡り、このコーナーでご紹介した、平成10年の「家庭教育学級・資料 -家庭における進路指導のありかた-(私自身をふりかえって)」という冊子から、「生まれて51年」という文を長編なので、7回に分けてご紹介いたします。

それでは、7回中の第1回目です。


以下、先生の文章です。

今ここに、自分が存在していることは、良くも悪くも、私自身の人生、とりかえしもやりなおしもできない。生きてきた進路の途中結果である。

誰もがみんなひとりとして同じ生き方はできないもので、この広い宇宙に二つとない大切な命です。
そんなことはあたりまえなのだが、自分の人生、時に立ち止まって自分らしく生きていきたいと思いながら、はじめて記憶の中で自分の生い立ちをふりかえってみました。

中学生の進路のために、直接参考となるものではないかと思いますが、自分とはちがった他人の生き方や感性に対して異文化に触れたつもりで読んでみてください。

お互いに時代も家庭環境もちがう中で、それぞれの人生を生きています。
他人のことは、理解できないことが多くてあたりまえだと思いますが、人として何かひとつでも感じることや認められることがあれば、ひとつのきっかけ、出会いがプラスになるかもしれません。

今回は、ひとつの偶然の出会いと思います。
親も子も共に自分らしく、望ましい進路について、お互いに考えてみたいものです。

1947.S22.3.11生まれ

終戦のあと、現在は東京タワーのある港区、芝を離れ、私の母親が育った千葉県八日市場に小さな百姓として定住することになり、そこで妹と二人兄弟の長男として生まれた。

家族は終戦の頃、疎開をしていた様子で、もし東京にいれば今の私の存在もない。
命ひとつ考えてみる時に、いつも不思議に思うのだが、それこそ何十億分の一、これまた偶然の確立である。

この夏、学校ちかくの住職さんのお話しの中にあった「神様からせっかくいただいたこの命、大切に生きようよ」を思い出した。

現在もそうだが、私は自分のルーツについて無関心なタイプである。家と言うものにこだわりをもたず、小さい頃から自分が長男である意識も特になかった。
自分の育ち方はもちろん親の育て方が大きくかかわっているのだろうが、その子育てについても特別に自分独自の子育て論を持っていない。

男の子が二人いるが、進路については、本人任せであり、親として相談されたこともなかった。
頼りにならなかったのか、その必要がなかったのか、深く考えたことはない。

現在のところ、自分の子どもの生き方については、他人様に迷惑をかけない暮らしをしてもらいたいと思う他に特別な期待はしない。

自分の子どもに限らず、人はみんな、その人らしく、人として自分の生き方に自信を持って暮らしていくことを願っている。
私自身、自分はどのように生きてきたのだろうか。又、生かされてきたのだろうか。


以上が先生の文でした。

冒頭、1頁目の活字化です。今後、6回に分けて、この続きを活字文章化していこうと思います。
けっこう長編になるので、南先生をご存知の方、かつて生徒だった方もご覧いただいているようなので、どうかお楽しみに。

 

2021/06/28

山崎まゆみさんの「女将は見た」を読みました。

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『女将は見た -温泉旅館の表と裏-/山崎まゆみ著(文春文庫)』という本を読みました。
著者、山崎さんは、世界32ヶ国の温泉を巡り、「温泉での幸せな一期一会」をテーマに、雑誌や新聞、テレビ、ラジオなどでレポートを続け、大学でも「観光温泉学」の講師をされているとのこと。

今回は、旅館、ホテルのいわゆる「女将さん」を中心に様々な話を聞きながら、現在の温泉旅館・ホテルについて書かれていました。

「女将」というのは、単なる経営者でもなく、代表者でもなく、「地域の看板」であるということが多くの場合、あるようでした。
もともと温泉旅館をやっていた親のもとに生まれて、東京の大学、会社勤務などを経て地元に戻り女将になった人や、嫁いできて女将になった人などの苦労話は並大抵の頑張りではないものを感じました。

また、近年特に、災害や今回のウイルス感染下での旅館、ホテルのあり方なども実に積極的で、明るい話題も伴っての行動・手腕に驚きました。

著者が開いた「女将五人での座談会」は、読んでいるだけでにぎやかな話し声が聞こえてきそうな活発なものでした。

ご夫婦で宿泊された方に女将がお礼状を書いたら、奥さんから「主人はそちらに泊まったことはないはずです。誰と泊まったんですか。」というような電話が来てしまい、あわててしまった話なども飛び出していました。

「ご主人は“名のある方”なのですか」と聞き、「まあそうです」と奥さんが答えると、「きっとご主人がお付き合いの中で配られた名刺のお名前を気取って使われたのだと思います」などと咄嗟の機転でお話したら、奥さま「まあ、そうかしら」と機嫌を直したというエピソードなども語られていました。

本の内容は、老舗の旅館を守っていかなければならない厳しい状況のことや、新しいことを始めたときの周囲との軋轢などについて、多くの頁が割かれていましたが、でも次から次へと登場する女将さんの生き方には、こちらも元気が出るような思いでした。

こんな世情ですが、勇気の出る、いい本だと思いました。

 

2021/06/27

阿川佐和子さんの「あんな作家 こんな作家 どんな作家」を読みました。

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『あんな作家 こんな作家 どんな作家/阿川佐和子著(ちくま文庫)』を読みました。
ブックオフで超安価、1992年に刊行され、2001年に文庫化されたものです。
とても古い本なので、数々登場する作家の方々も既に亡くなられている方が何人もいらっしゃいました。

直木賞をとった山口洋子さんも登場していました。
五木ひろしさんの「横浜たそがれ」の作詞でも有名な方です。
19歳で銀座のクラブのママになり、経営者、作詞家、エッセイスト、スポーツ記者、小説家・・( ̄O ̄;)と、次々に新しい才能を発揮された方でした。

人から戴いた誠意は、戴いたときと同じ温度で返そうという信念を持たれていた山口さん、こういうアグレッシブで、投げられたものをきちっと受けとめて、投げ返しながら人生を突き進むような人、今の世の中、皆無だと思います。
私利私欲、損得勘定ばかりが最優先される現代に山口さんのお話を聞くと、自分もかつて抱いていた何かを目指して生きて行くような気持ちを思い出しました。

C.W.ニコルさんもインタビューを受けていました。
当時の知床国有林の伐採問題について、憤っていました。
森や動物の生態、自然と人間の付き合い方について熱心に語られていました。
今、猛威をふるっているコロナウイルスも、もともとは人間が未開の地を開拓し過ぎたことが問題なのではないかと言われています。自然の保護が私たちの命を守るのだということを当時から説かれていたのです。

もうひとかた、私にも懐かしい人、遠藤周作さんも登場していました。
敬虔なキリスト教者としての純文学で芥川賞を取り、一方では“狐狸庵先生”として愉快なエッセイも数多く書かれていました。

阿川さんのお父さんを訪ねて阿川宅にも何度も行っていた遠藤先生。
阿川佐和子さんが大声で弟と喧嘩している様子もよく聞こえていたとのことで、年頃の娘がいない遠藤さんは、そんな娘を持つ父親の心の葛藤を描いた作品「父親」を阿川家を元に書いたのだ、などと告白しています。

どうりで、小説中、聞いたような会話が頻繁に出て来た(^^;)と、佐和子さん。

こんなエピソードが、登場するそれぞれの作家ごとに満載のインタビュー本でした。

山村美紗さんや、松本清張さん、田辺聖子さん、渡辺淳一さん、澤地久枝さんら、多くの作家の楽しくも興味深い話をたくさん聞くことができました。

 

2021/06/26

『《私心》があったらあきませんな』という話を見つけた。

たまたま YouTube で見た動画にいい話を見つけたと思いました。
あの松下幸之助氏が何か企業研修で講演していると思われる動画でした。

 

 

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多くの企業、会社が傾いてくるところを見てきたが、働いている人達が原因となっているケースは少なく、ほとんどが“熱心にやっていると思われる「社長自身」がつぶしているのだということがわかったというのです。
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賢い人は会社を隆盛にすることも出来るが、つぶしてもしまう。
それは、国という単位でも同様に「国をつぶす」こともあるということですともおっしゃっていました。
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もともと国を主導するくらいだから賢い人なんでしょうけれども、その同じ賢い人が国をつぶすことがあって、それは紙一重の差でもあると。
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その「紙一枚」の差っていうのは『私心』が入ったら“あきません”ということでした。
松下氏自身も何度も何度も、わかっているのに『私心』が入り込んできたと言っていました。
それを“振り払い、振り払い”しながらやってきた、というお話でした。
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ようするに、これは国も同じことで、為政者に『私心』が入り込むと、【国がつぶれる】ということです、と結論づけていました。

かなり古い録画だと思いますが、これは普遍的なことではないかと思いました。
今、国を主導している人、またその側近達は、国の行く末や、国民の未来、さらには直近の国民の健康、生命についても、『私心』が先に入り込んで、考え、突き進んでいるのではないかと感じるのです。

「命懸けで国民のことを考えてくれる人」が真の為政者だと思います。

 

2021/06/25

毎日毎日あきれることばかり起こる

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政府が「いいからやれっ、自分で段取りしろ!」と始めた企業による新型コロナウイルスのワクチン職場接種が、“申請想定越す”と、ワクチン供給の限界に近づいたから受け付けを中止する、と発表しました。

職域接種担当になった企業の担当者は、昼夜をいとわず頑張って体制を作り、さあ申込みとなったら、河野行政・規制改革相はテレビ番組の中で“泣き”を入れています。
こんなことも想定できないのか。
自治体独自の大規模接種会場新設も「白紙」になってしまったところもある。
いつもいつも調子のいいことばっかり言ってて、ちょっと困ると“泣き”を入れる子供のようなこの人も何とかならないのでしょうか。

香港で中国共産党が「アップル・デイリー」という新聞を発行停止に追い込んだ。
自分達に都合の悪い記事を書く新聞を抹殺したわけだけど、加藤官房長官は「香港が享受してきた民主的・安定的な発展の基礎となる“言論の自由”や“報道の自由”を大きく後退させるものであり、重大な懸念を強めている」と、会見で述べていました。

「言論の自由」「報道の自由」「民主主義」などと自分で言いながら、自分に従わないものをどんどん左遷し、排除していく自分のボスと自分達のことを思い、胸が痛まないのか?!
・・痛まないでしょうね。

東京オリンピックの事前合宿のため、今月19日に来日したアフリカ・ウガンダの選手団の1人が新型コロナウイルスに感染していることが確認されたことについて、感染していた1人を除いて、検査で陰性だった8人は、貸し切りバスで移動し、20日、合宿先の大阪 泉佐野市に到着してしまいました。

泉佐野市は、地元の保健所が、感染者とマスクをせずに15分以上接触したかどうかや、機内で感染者の前後2列以内に座っていたかどうかなどを聞き取った結果、選手団8人全員と、同行していた市の職員1人の合わせて9人を濃厚接触者に認定したということです。

で、またまた加藤官房長官が、それは受け入れ側の市町村で対応することになっている、などとぬかし・・おっしゃいました。
水際対策が出来てないってことがこれでわかり、わずかなオリンピック関係者の入国でこの始末です。何万人来たら、その人たちも感染したまま市町村に入り、大変なことになるのは、どんな“おたんちん”でもわかるのに、それも無視して今後も突き進むようです。

宮内庁長官が、天皇陛下がコロナウイルスの感染状況を「大変心配されている」として、名誉総裁を務められているオリンピック開催への不安を“遠回し”に“遠回し”に伝えたら、またまた加藤官房長官が例によって「宮内庁長官の記者会見でのやり取りは承知して(※この「知っている」って意味だけの「承知している」ってのやめてもらえないかね)いるが、【長官自身の考え方を述べられたと承知(※また「承知」だよ)している】とぬか・・おっしゃいまして、「安全・安心な環境を確保することを最優先に、大会に向けた準備を着実に進めていきたい(※あのガースー・ボスの決まり文句)」と強調した・・だと。

「安全・安心」っていう「危険」で「不安」を煽る言葉は聞き飽きた。
わざわざ遠回しに宮内庁長官が言ったことを“逆手”にとって、“長官自身の考えだ”というあきれた男。
政府独裁となった日本は、いよいよウイルス感染拡大のパンデミック下の大会という戦争に国民の声を無視して突入しようとしています。

どんな人でも今声をあげずに、いつあげるのか、と思う日々なので、また一介の町人である私も少しばかり書きました。

以上です。

 

2021/06/24

「どうやらオレたち、いずれ死ぬっつーじゃないですか」を読んだ。

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『どうやらオレたち、いずれ死ぬっつーじゃないですか/みうらじゅん、リリー・フランキー(新潮文庫)』を読みました。

「人は必ず死ぬ」ってことで、その事実を逆算して考えれば、悩みはもっと軽くなるんじゃないか、という道筋で、みうらじゅんさんと、リリー・フランキーさんが対談形式で話をするというものでした。

大人には、さまざまな悩みというか、問題が常に身辺につきまといます。いつもいっつも悩んでいるといっても過言ではない。
それを「いずれ死ぬんだからさぁ」という厳然たる事実をもとに、二人で考えてみようか、ということで

「結婚とは」・・相手とちゃんと言葉で褒め合うこと。

「運とは」・・人との縁がもたらすもの。

「人生とは」・・大きな目的を持つのは危険。

「仕事とは」・・人生の本業ではなく暇つぶし。

「命とは」・・生に執着するほど死が怖くなる。

などなど、ふたりの対談は進んで行きます。

「知識とは」というところでは、テレビのクイズ番組などで漢字検定一級の漢字の読みを憶えるとか、「海豚」は「イルカ」とカタカナ表記できればそれでいいじゃん、などの話に進んで行きます。

「クイズ王とかが“いまいち”利口に見えないのは、知識を持っていても教養があるように見えない」という発言には同意いたしました。
ああいう人たちの“どや顔”は、むしろおバカさんみたいに見えます。

酒を飲まない人が健全か!ってところでは、下戸の人が朝も昼も晩も同じ状態だから、結構朝から女を口説くヤツがいるらしい・・という話になりまして(^^;)・・ほんとうに悪いヤツだね、シラフで口説く、それは悪いヤツだという結論になりました。

・・私もそう思うね。朝からはルール違反でしょう(^_^)。お二人は「朝からそういうことをやっていると聞いたときに、街を歩くのが怖くなりました」と言ってます。
同感(*^_^*)

もうひとつ。
「何かに対して怒りみたいなものを覚えなくなるという感覚が、人としては一番死んだ状態だと思う」という発言がありました。
ほんとうに今の日本人は平等だとか、博愛だとか言って、怒りも感じない人はたしかに“ぼんやり”した人だと思います。

“死んだ状態”の人が多いから、誰かさんが調子に乗ってパンデミック下で世界中から人を集めて大きな国際スポーツ大会を開こうなんて暴挙に出てしまうのだと思います。

少し怒り出してきた自分を感じ始めたので、きょうはこのへんで終わらしときます(^_^;)

 

2021/06/23

【The Beatles 研究室・復刻版】Past Masters ・ Volume Two[A-3]Paperback Writer

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2004年から2008年にかけて作成したホームページ「The Beatles 研究室」・・2009年リマスター発売後の一部追記も含めてのブログにての復刻版です。ほぼ当時のまま、そして復刻後追記も付しております。
今回は、シングル曲の「ペイパーバック・ライター」を取り上げます。
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ポールの作ったシングル用の曲で、スタジオにこの曲を持ってきたポールが演奏を始めると、スタジオ中の誰もがヒットを確信した・・と言われています。
そして、そのとおり、英米でナンバーワンヒットとなりました。
また、この曲は、ビートルズがコンサートで演奏した最後の曲ともなったのです。1966年の日本公演でもプレイされていました。

ポールはこの曲のベースを録音するにあたって、妥協せずに徹底的に攻めた録音をエンジニアに依頼したようです。
そのときの状況については、エンジニアのジェフ・エメリックの著書にも記されています。
そして、過激な録音方法は、マイクの代わりにスピーカーの配線を逆にして使用するというものでした。
要するにベースアンプと向かい合わせてスピーカーを置いて、それをマイクとして機能させて録音したわけです。めちゃめちゃ過激なアプローチだと思います。

ポールのベースは、まるでリードギターのようです。
そして、リンゴの、“ギターとダブって”叩かれる強烈なリズムと、ダビングされたと思われる、チャキチャキいうハイハットも見事に効果を発揮し、この曲にふさわしいアレンジがなされています。

コーラスも三人が三回以上重ねて録音されたと思われるもので、これもこの曲には無くてはならないものになっています。
ギターのディストーションの効いたサウンドも素晴らしいものです。

ビートルズらしいヒットソングのひとつだと思います。


〈追記〉2021/06/23

このホームページ・オリジナルの作成後に、音源はいろいろと出ていますが、まずは2009年モノ・マスターズを聞いてみると、実に安定したミックスとなっています。
ポールのベースもとてもよく聞こえます。
ボーカルもリンゴのドラムも実にはっきりと聞こえます。
ブレイク前のボーカルのエコーのかかり方がブワンブワンと強調されています。

次はステレオ版のパストマスターズ Vol.2。
こちらはポールのボーカル中心にミックスされている感じがします。
そしてブレイク前のエコーはかなり控え目です。けっこうモノとは、はっきり異なります。

次は英国のオールディーズに入っていたモノラル・バージョン。
ブレイク前のエコーは、上記2バージョンの中間くらいにかかっていました。
全体のサウンド・バランスがよく、とてもよくまとまっています。聞きやすい!

さらに今度はアルバム「1」収録バージョン。
これは、細部に渡って雑音などがなくなり、クリアな感じがしました。
ブレイク前のエコーは控え目。
ポールのボーカルにも過剰なエコーはかからず、ナチュラルな印象です。

で、「1」の2000年バージョンを聞いてみると、左右の分離が上記と異なっています。
ブレイク前のエコーも上記よりもかかっていました。
バックの演奏の音も新しい方の「1」と比べると分離があまり良くないように思います。
でも、こっちの方が発売当時の音に近いのかもしれません。

最後に、以前、船橋に野口淳さんが館長で開設されていた「ビートルズ資料館」にお邪魔したときに聞かせていただいたアナログ・シングル盤で、当初プレスされたベースの音が強烈な貴重盤を聞いたときの音の感想です。あまりにも強烈なので、その後ベースの音を控え目にして再度プレスし、販売されていたという話を聞きました。

で、これは“別モノ”でした。
あまりにもベースの音が強烈で、当時レコードを掛けた一般の方のアナログ・プレイヤーの針が飛んでしまったという“逸話”も本当のことだろうと実感しました。
たぶん、こんな貴重盤を聞くチャンスなどは、私のような一般ファンにはほとんどないことと思いますが、本当に野口さんの資料館には大感謝です。
同日、一緒に聞かせていただいた方達も驚きの表情をしていたのを思い出します。

 

2021/06/22

川上弘美さんの「蛇を踏む」を読みました。

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『蛇を踏む/川上弘美著(文春文庫)』を読みました。

「蛇を踏む」は115回芥川賞を取っていますが、川上さんの谷崎潤一郎賞を受賞した「センセイの鞄」、それから「ニシノユキヒコの恋と冒険」「古道具中野商店」も私が好きな作品です。

この本には、タイトル同名の作品と、「消える」「惜夜記(あたらよき)」の二篇も収録されています。
「蛇を踏む」も奇想天外な話ですが、他の二作品はさらに今の世の中の事象、決まりごと、常識、一般的に認識されていることなどは完全に“圏外”になるような、おとなしく読んでいると、何が何だか、何処がどうなっているのかわからなくなるような、不思議を通り越した異世界にある作者の頭脳の中に入っていくことになります。・・もうたいへん。

今回は、とりあえず「蛇を踏む」に絞ります。

主人公の女性が公園に行く途中の藪で蛇を踏んでしまうところから物語が始まるのですが、「踏まれたらおしまいですね」と蛇が言い、どろりと溶けて形を失い、その蛇が家に帰ると「おかえり」と、見知らぬ女に変身して座っているという・・お話です。

蛇の女は、「あなたの母親だ」とわけのわからぬことを言って棲み着き、食事をし、麦酒を一緒に飲み、寝るときには蛇に戻ってするすると天井近くに巻き付いていく。

主人公は数珠を売っている店で働く店員。
あとでわかるが、その店の主と奥さんの家にも結婚したときから棲み着いて、人の形をしている蛇がいる。

さらに数珠を収めるお寺の話し好きの住職のところにも同様の蛇がいるという・・もうわけわからん世界が繰り広げられます。
どの人のケースもなんだか蛇が媒介して、その人、家族、寺の人などの、心の中や人生模様が見えてくるような、そんなことになっていました。

自分の心の奥底、今生きていることそのことについて、自分ではうまく説明できないし、ただ惰性で流れているような気がしますが、この物語では、そこに“ぐっ”と蛇という「楔」を打ち込まれたような感じがしました。

この不可思議な“ワールド”を単に愉しむのもよし、いろいろと裏読みして考え尽くしてみるもよし、という“想定外”の本でした。

 

やりたい放題し放題五輪

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今朝の新聞や報道を見聞きしていると、オリンピック関係はどんどんいろいろなことが決定されていますね。

いつも面白いツイートをされている《きっこ》さんのツイッターに名言が書かれていました。

「百害あって一利なし」という言葉を四字熟語で説明せよ。
  ↓
「東京五輪」

見事な説明ですd( ̄  ̄)

どんどん・どんどん説明なき決定が続いています。

観客数「上限1万人」という・・専門家の意見も完全無視の観客動員も決定したようです。
さらに都合よく、IOC関係者やスポンサーとそのご家族様は観客じゃないからもう1万人追加してカウントしないんだそうですよ。
子供が広場で遊んでいて、勝手なルールをその場で決める“ジャイアン”みたいなヤツがすべて決めているのがよくわかります。

でもって、先にプロ野球でお酒を提供させておいて、オリンピックでも認めさせちゃおうという姑息な手段も選択されました。
IOC様と、スポンサー・関係者様にもどうしてもお酒を飲んでいただきたいんでしょうねぇ。
それなのに、「会場へは直行直帰させるから安全・安心だ」って・・馬鹿じゃないの。酒呑んだヤツがそんなことするか!っつうの。

こんなの認めていいんでしょうか。テレビ、ラジオ、新聞その他報道メディアは何をしているのでしょうか。
誰それがオリンピック出場決定おめでとう!って、おおよろこびの報道をするアナウンサー、さっきのコロナ感染拡大報道のときの表情との差異はどう説明するんですか。

そもそもプロ野球もJリーグも東京都内で毎晩1万人を入れて40箇所で開催しているわけではないですよ。
試算すると、これは大会期間中310万人の観客が入るということになるそうです。
さらに関係者や、観客と一緒に東京に来ている人も合わせるとたぶん700万人が東京都内で大騒ぎ、酒も飲んじゃえ!ってことになるのです。
こんなことも想像できないなら、そんなヤツに国の大事な式典・行事・政治を任せることなんかできないと、私は思います。

とどめは、

「緊急事態宣言が再度出されるような事態になったら“無観客開催”もあり得る」

だと・・。

「安全・安心」だ、「国民の健康と生命を守るのは私の使命だ」、と言ったのはどこのどいつだ。
緊急事態宣言が出たら、それらみんなウソだったってことになるでしょう。
で、無観客もあるだなんて、中止に決まってるじゃないの!
専門家は開催はあり得ない、それでもやるなら無観客だって言ったんだよ、日本語がわからないのか!

政府べったりの読売新聞のアンケートでは、開催について、否定的な選択肢は「中止」のひとつにして、肯定的な選択肢はいくつも用意し、50%の肯定的意見が出るように操作していました。
どの新聞も報道メディアもこんな卑屈なことをしないように、「正気に戻ってほしい」、というのが今日の言いたかったことです。

 

2021/06/20

「旅だから出逢えた言葉 Ⅱ/伊集院静」を読みました。

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『旅だから出逢えた言葉 Ⅱ/伊集院静著(小学館文庫)』を読みました。
著者の伊集院さんが、旅に出て感じたこと、出会った人達からの心に響いた言葉などを綴ったものです。

伊集院さんが小説誌で対談をしたのは、故郷が同じ山崎まさよしさん。故郷は山口県防府市です。
同郷であるということと、伊集院さんのお父さんがかつて沖仲士(港湾での荷役の仕事)をしていたことがあったのですが、山崎さんも若い頃に同じ会社でアルバイトしたことがあるからだそうです。
山崎さんのシャイで繊細で、人柄が良く、真っ直ぐな性格に、「だからああいう歌を作れるんだ」と感じた伊集院さん。

インタビュアーに「おふたりの故郷はどんなところでしょうか」と聞かれ、今までも田舎で何もないところで上手く応えられなかった伊集院さんですが、山崎さんが少し考えてから、「夕陽の綺麗な町です」と応え、思わず息を飲んだそうです。
「どうしてあんなに何度も見ていた夕陽に気付かなかったのだと思った。たしかに夕陽が美しい町だ」・・と。

なんだかこれだけでいい話、いい言葉だと思いました。

伊集院さんが大学に入り、東京に出て来て出会った文学部の野口定男先生の言葉に、私も思わず「いいな」と思いました。

「これから皆さんが、この学舎でなすべきことは“探求”です。人間が何をして来たか、人間が何を考えて来たかを識ることが、皆さんは何であるかを識ることになります。」

私も常々思ってきました。
「人というものは何であるのか、自分は何ものなのか、それを知りたいがために、私は本を読んだり、勉強したり、様々な人との出会いを繰り返し、話を聴き、また聞いてもらい、動いて来たのです」

また別の話題。
伊集院さんが現在住んでいる仙台の鮨屋の主人が井上ひさしさんの色紙を見せてくれて(通常は井上さん、色紙など出されてもまず書かないのだそうです)、そこには

「難しいことを易しく 易しいことを深く 深いことを面白く」と書かれていたのだそうです。
“原稿棒読み”“人の質問に答えられない”どこかのエラい人に噛み締めてもらいたい言葉です。まずは人への話し方からやってもらわないと。

田辺聖子さんの言葉も響きました。

「私は戦後ほどなく作家になって、その頃は戦争で、夫を、家族を、恋人をなくした女性がいて、その人たちを元気づける小説が書きたかったの」

これを受けて、伊集院さん

「作家の何たるかが学べる一言である。人間には本当に必要なものがある。それを提供できる仕事を、本物の仕事というのではないか」

この言葉も今の政府の方々に聞かせたい言葉です。“馬の耳に念仏”だろうけど。・・おっと馬に失礼だった。

 

2021/06/19

キーボードが必要な理由

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私にとって文字入力に使うPCのキーボードは必需品です。

このブログについてよく言われるのが、毎回何時間かけて入力しているのですか?とか、あんなに長い文章を打つ気がしれない・・などのお言葉です。

でもねえ、ほとんど15分もあれば充分です。
キーボードのある机に向かい、キーを打ち始めると、自分であとから見ても「これは誰が書いたんだ」と思うくらいの、自分でも思いつかない(思いついたから書いてるんだけど…σ(^_^;))ことが書かれた文章が出来上がっています。

わかりやすく言うと、“降りてきた”感じになっているのだと思います。

その“降りた”感じになるには、自分で思いついたことが“直ぐさま”PCのディスプレイに文字として表示されなければなりません。

なので、私、文字を入力するときには「カナ入力」を使います。
要するに打鍵数を少なくして、しかも、ローマ字で打つと、日本語の文章を一度頭の中でアルファベットに変換せねばならず、それは、もはや日本語とは別の何かになってしまうからということなんです。

いったんローマ字に頭の中で変換している瞬間に、もう【素】に戻ってしまうのです。
せっかく“降りて”きたのに、あっという間に正気になってしまう・・。
だから、さっきまで頭の中で思っていたことが“消えて”しまう。

「カナ入力」も覚えたおかげで、しかもブラインドでキーボードは一切見ずに入力できるようにしたおかげで、さらにほぼ考えるのと同じスピードで打つことができるようになったので、今の状態は、思っていることがそのまま同時にディスプレイに表われるような状態なのです。

だから、“降りた”ら、そのまま一気にディスプレイを見ていると、思ったことが文字になり、タカ・タカ・タカ・タカと走り出して、あっという間に終わり!っていう感じなんです。

というわけで、私にとって、キーボードは『必須』です。
これがないと、思っていることがすぐに表現できない。

やむをえず、スマートフォンで、“チマチマ”と打たねばならないことがありますが、そういうときはマジックハンドで毛筆を持ち、書道をやっているような感じになり、叫びだしたくなるのでした(>_<)

 

2021/06/18

「粗にして野だが卑ではない 石田禮助の生涯/城山三郎」を読みました。

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『粗にして野だが卑ではない 石田禮助の生涯/城山三郎著(文春文庫)』を読みました。
前回、3月に城山三郎さんの本「よみがえる力は、どこに」を読んだ時にこのブログに感想を載せましたが、そのときに次回、城山さんの本は「粗にして野だが卑ではない」を読もうと書きました。

そして、今回がその「粗にして野だが卑ではない」の読後感です。
これは、78歳にして財界から初めて国鉄総裁になった“ヤング・ソルジャー(本人が言っている)”石田禮助氏の生涯を綴ったノンフィクションです。

氏は、三井物産に35年間在職し、数々の業績をあげ、明治人らしい「一徹」さと、海外生活30年で培われた合理主義を持ち合わせた人物で、まさに「粗にして野だが卑ではない」人物像そのままで堂々と生きた人とのことで、時代的に私は存知上げなかったのですが、とても興味深く読みました。

氏は、当時誰も引き受けようという気にならないような国鉄最大の危機のような状況のときに乞われて国鉄総裁の話を承けました。

歴代総裁の誰もが嫌がる国会答弁も、何せ“裏表”の無い人柄から事実を正直に答弁し、当時の国鉄・労組活動が一番過激であった時代に歯に衣着せぬ物言いで与党も野党議員も、労組も皆がアッと驚く熱弁をふるい、前総裁が大幅に削減させられた予算を獲得し、老朽化し、危険な状態であった青函連絡船の全てを新しくし、現場で昼夜問わず頑張る職員が安全運行に邁進できるような待遇と、施設整備等の予算も勝ち取ります。

議員の前でも「諸君」と言いながら国会で挨拶回りし、対等の立場で堂々とモノを言っていたようです。

“たよりがいのあるじいさん”という感じを多くの人が持ったようで、国会の審議では、誰の質問に対しても実に誠実に答える。
できないことは、できないとはっきり言う。
予算をけずられ、孤軍奮闘しているのをみると、野党までが「石田がんばれ」とバックアップしたくなったそうです。
なので、引退したときには、野党までもが合同で送別の会を催してくれたとのこと。

読んでいくと、時には合理的過ぎて、“言い過ぎ”や、“冷酷”とも感じられる言動も、私には感じられましたが、それでも石田氏を敬う人は多かったようです。

氏の堂々とした姿勢と、真摯な態度、レディファーストで、お客さま第一で、そして自分の下で働く人たちのことを常に考え、自らの信じる正義のためには、果敢に“渡り合う”、そんなところを読み進んでいくうちに、今の政府や都知事などのことが思い浮かびました。

「自分は、こう思う。国民のためにこうしたい。それにはこんな方策で、万が一の時にはこうする。だから、私についてきてほしい。いざとなれば、全責任は私がとる。」
こんなこと言える立派な人は・・一人もいないようですね。
この本を一番読んでもらいたい人がいるが、読んでも何を言っているのかきっとわからないだろうと思います。
せっかくいいことが書いてあるのに、この緊急事態に、上に立つ者の姿はこうでなければいけない、ということが書いてあるのに、・・もったいないことです。

 

2021/06/17

私はこうして生きて行く

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緊急事態宣言を出し、私たち国民・市民、特に飲食業、お酒を提供する業種の方々に多大な負担と我慢、そして様々な苦労をしてくれと言ってきて、「オリンピックは最初から“開催ありき”、観客についても最初から“入れること”が前提に決めてあって」、物事を進めていたことがわかりました。

必死に頑張って、苦労して、なんとか感染者が東京でも1,000人を切るところまで来たのに、その努力の結果出た数字を使って「宣言解除」して、常に国会答弁でも“すっとぼけて”理由も言わずに「オリンピック開催です」ときたものだ。

国民を騙し、艱難辛苦を与えた挙げ句、自らの、そして一定の利益を得る者どもの為にオリンピックを開催する。

私にはわかります。
悪いことをして、そしらぬ顔の出来る悪人。
自分が悪人であることにさえも気づかぬ、本当の悪魔の様な人間達。
この一握りの悪人達の為に私たちは日々懸命に生きているのです。

オリンピックで海外から来る選手が宿泊するホテルに対し、今になって大会組織委員会から、「入国直後の隔離期間から選手を受け入れてほしい」と突然依頼があり、ホテル側は困惑しているとのことです。

感染を怖れる社員達にワクチン接種させたいと、厚労省に問い合わせたら断られたという。
最前線に立たせようとしているのに、あまりの対応だと思いました。
「国民の命と健康」を守ってくれるんじゃなかったのでしょうか。

こんな理不尽なことが善良な、そして懸命に生き、協力しようとする人たちに、さらにこれからも降りかかってくることでしょう。

それでも、私は自分の良心に従って、日々、懸命に正しいことと信じる行動をして行きます。
このブログもその一貫です。

人を陥れたり、騙したり、横取りしたりするようなことは絶対にしない。

“静かに”“強く”生きて行きます。

そして、今のこの事態に悪事をはたらき、平気な顔をしている人達の顔は生涯忘れぬように生きて行きます。

 

2021/06/16

「B級グルメで世界一周/東海林さだお」を読みました。

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『B級グルメで世界一周/東海林さだお著(ちくま文庫)』を読みました。

世界のB級グルメを求めて国内のあちらこちらで食べ歩く、というのが基本のこの本、キムチを食べたり、韓国おでんを食べたり、餃子のフルコース?を食べたり、ビーフン、チャーハン、エチオピア料理からロシア料理、フォンデュやスパゲティ、クロワッサン、パエリヤ、フィッシュ・アンド・チップスと、何だかんだと文句をつけたり、疑問符をつけたりして食べ進むのでした。

東海林さんの本って、いつもこのブログに書いてしまうのですが、書店でチラ見すると、なんだか面白そう!

で、買ってきて読み始めたときは、笑いながら読んでいくのですが、そのうち、いちゃもんのつけ方がだんだん理解出来なくなってきて、「もういいや」と、途中で投げ出し、あとは“流し読み”ということになってしまうのがいつものパターンです。
・・で、今回も。

バウムクーヘンの真ん中の穴について、「残念」と感じ、「この穴はズルだ」ということになり、“あげ底”ならぬ“あげ穴”だというわけです。
「ドイツともあろうものが“あげ穴”をするのか」って。
この「おもしろさ」がわからないのです。
この角度で攻めていっても、“面白味”も“可笑し味”も拡がらないと思うんだけどなぁ。
さっさと次の話題に行ってもらいたい、と思ってしまうのです。

フランスパンを切ったりせずに、長いまま端から食べていくのはどうだ!という話も、そんなことしたって何の話も拡がらないと思ってしまって・・年代の差でしょうか、まったくわからないのです、こういう展開が。

というわけで、今回もまんまと買ってしまったのですが、序盤は面白く読み、中盤で「?」となり、最後は流し読み、ということになりました。
でも、また東海林さんの本買っちゃうんだよね…σ(^_^;)

 

2021/06/15

「翻訳家という楽天家たち/青山南」を読みました。

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『翻訳家という楽天家たち/青山南著(ちくま文庫)』という本を読みました。
これもまたブックオフにて安価購入。
1993年に刊行され、1998年に文庫化されたものです。

青山南さんというと、私が学生時代に読んでいた「本の雑誌」に翻訳本について、翻訳についての文を書かれていた記憶があります。
読んでみると、1980年代からの本の雑誌に書かれたものをまとめたもののようです。
だから、なんだか学生時代の気分がよみがえってきました。
本が大好きで、もちろん翻訳本もいろいろ読んでいたあの頃に。

外国の古本屋の話や、実際に訳者として著者に会ったときの話、原文はチェコ語だが、チェコ語自体がわからないので、英語訳から日本語訳が出たりする翻訳本の話など、翻訳・翻訳家に関する話題がいっぱいでした。

著者の名前の発音がわからず、直接著者に発音してもらって確認するなんて場面もありました。
そうですよね、なんだか読もうにも読めないスペルの名前ってあります。

ロバート・ホワイティングの『和をもって日本となす』を青山さんが読んだときの話も面白く読みました。
青山さんは、野球、プロ野球のことをほとんど知らないので、アメリカ人の目から見た日本の野球についての本が実にわかりやすく書かれていたということなのです。

今現在のプロ野球もかなり変化しているのを何となく感じるのですが、すっかりプロ野球に最近疎くなってしまった私に、“現在の「和をもって日本となす」みたいな本”が出れば面白いのに、と思いました。

そうそう、昨日作曲家の小林亜星さんが亡くなられたという報道がありましたが、小林さんの作曲したCMソング「レナウン娘」の歌について書かれていた文もありました。

「ドライブウェイに春がくりゃ」という歌詞の“ドライブウェイ”は歌の中ではハイウェイのことを言っていると思われるが、英語では「ドライブウェイ」は「車寄せ」のことだと書かれていました。
ハイウェイは、英語では「パークウェイ」になるということで、“ドライブ”が駐車するところで、“パーク”が走るところって、なんだか逆だよな、というお話も面白く読みました。

そんなこんなで、翻訳にまつわる話が満載の本、楽しく読ませていただきました。
翻訳本、最近あまり手をつけていないので、ちょっと面白そうなものを探してみようかと思います。

 

2021/06/14

明日からの動きが最後のチャンスになると思うけど・・

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首相が英国のG7から帰国して、明日から国会の動きが出て来そうですが、もうこれがオリンピック開催前の最後のチャンスになると思います。思いますが・・どうなるんでしょう。

自衛隊が設けたワクチンの大規模接種会場は、当初勢いがあったように見えましたが、既に予約があまり来なくなってしまい、余裕が出来過ぎという結果になっているとのこと。
で、“全国から来てもよい”って方針を変えるんですね。
そんなことしてあっちこっちから人が来たら人と人の接触機会が増えてしまうでしょう。

「人流」ってバカな造語を作ったのはどこの誰だっけ。
その作ったヤツが人流を作ろうとするのはどういうことですか。
そもそも大金の旅費をかけてワクチン接種に年寄りが出かけるかっていうの!
体調だって、この暑さじゃくずしてしまうし、“命がけ”になっちゃうでしょ。

全国的にも64才以下の接種が遅れているけど、その理由のひとつにワクチン接種の「システム」の不備があると思う。

マイナンバーシステムは何のために存在しているのだ。

あれほど国民をそそのかしてカードを無理やり作らせたりして、そそのかし続けてきたのに、“何の役にも立たなかった”。“モノの役”にも立たなかった。

今年の2月だかから保険証に代わってマイナンバーカードが使えるようになります・・って言ってたよねぇ。これも“そそのかし”、“ウソ”のひとつです。
たぶん、半分以上の国民はそんなことだろうと思っていましたよ。政府のやることなど信用していないもの。

オリンピックに伴い、NECが開発した「顔認証システム」は、あの“恫喝大臣”によって予算を削った上に、破棄してしまうことになった。・・バカだねぇ。

マイナンバーに、その認証システムを利用すれば、パスワードが4つもあり、しかも十何ケタもある“頓馬パスワード”を窓口で年寄りに押してもらう必要も無くなるのだ。

毎回毎回、パスワードがわからなくなり、再設定に30分もかける愚かなシステムに利用すればいいじゃないの!

国の作るシステムは万事がこれだ。
これは、つまり「理念」が無いシステムを作るからだ。

「国民のためになるシステム」でなくて、「自分の出世のための“形だけ”のシステム」を作るからだ。
これをしかっり指摘する大臣は今・・・いない。

オリンピックもこの調子で「理念無き」突入ということになりそうです。

かつての民主党政権を、「悪夢」と言った首相がいたが、その何倍もの「悪夢」が今起ころうとしている。

 

「字が汚い!/新保信長」を読んだ。

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『字が汚い!/新保信長著(文春文庫)』を読みました。

著者は、編集者でライターです。
これはもう、タイトルですぐに引きつけられました。

「なぜ私の字はこんなに汚いのか?」

「子供の頃から字が汚いと言われていた。」

「練習すれば字はうまくなるのか?」

表紙にもこれらが書かれていましたが、私自身、「字がヘタです!」しかも、「これが大人かっ!」っていうくらい、恥ずかしいほど“字がヘタ”なのです。
だから手に取った。読んでみた。
というわけです。

著者は、いろいろな「字が上手くなる」教則本、練習本などを買い求め、実際に練習を始めますが、一定の改善は見られるのですが、「それがどうした」という感じの字まではいくという感じ。

『字は人を表わす』などという言葉も聞きますが、大人力の高い字を書く人は大人力も高いのかもしれないが、字が汚い人間の“負け惜しみ”として、「じゃあそれが面白味のある大人なのか」ということも言えると思います。・・私も少し思う・・。

この本の中に興味深い写真入りのページがあったのですが、2016年の参院選のとき、選挙期間中に行われた党首討論で、各政党党首が《最も訴えたいこと》をフリップに自筆で書いて掲げた写真がありました。

これがねぇ、どの人もこの人も、・・子供みたいな字だったり、まる文字だったり、バランスがめっちゃ悪かったりで、まともな人が一人もいなかったのです(^_^;)

自民の安倍晋三総裁は、まるで中学生みたいだし、共産党の志位和夫委員長は、可愛い小学生の学級委員長が書いたみたい(*^_^*)な字でした。その他もスーパーのポップみたいなのとか、“全滅”でした。

だから・・そんなに「字」について気にしなくてもいいんじゃないの、って少し思いました。
冠婚葬祭時の芳名帳などをなんとかクリアできれば、もうその程度で、と思ったのでした。

この本を読んでから、私は一応文字の書き方を変えました。
丁寧に、ゆっくり(今までとまるで逆に)、なるべく曲がらないように。
そしたら、大人としてどうかと言われると、まだまだだけど、でも社会生活上不便なところはないだろう、という字になったような気がします。

結論

これでいいやっ!(*^^*)

 

2021/06/13

オリンピックのためにこれ以上国民に忍耐、我慢、強いることなど増やさないで

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ニュースを見ていたら、総務大臣が

東京オリンピック・パラリンピック大会期間を含む7月19日から9月5日まで、「テレワーク・デイズ2021」を実施する。

と発表していました・・・。

49日の間、特に選手や関係者などの移動が多く、人と人との接触機会の抑制や交通混雑の緩和を目的として、企業や官公庁にテレワークの実施を呼びかけるんだそうです。

緊急事態宣言で、国民が我慢していること、協力していること、たくさんあります。
パンデミック下なのに、大きな国際スポーツイベントを開き、もうこれ以上感染拡大は堪忍してくれ、と誰もが思っているのに「安全・安心」だと言い張り、人と人の接触が「危険・不安」だから外に出るな、と我慢している人たちに向かって平気で言う。

「無理が通れば道理が引っ込む」という言葉が有りますが、《強行感染拡大作戦》が中央突破しようとしているんですね。
きっと戦争が始まった時もこんなふうに、あれれ・・と思っている間に大変なことになったんでしょうね。

だから、国民一人ひとりが目を覚まさなければならないんだと思います。
今や、スマートフォンがあれば、自分で思っている様々なことが発信できるじゃありませんか。
美味しいスイーツの店などご紹介している場合じゃないところまで来ていると思いますよ。

何か“一儲け”たくらんでいるヤツ、あるいは“単純なお祭り騒ぎ好き”以外は、「まずいよ、だめだよ」と、後ずさりしているのに、強制的に『開催GO!』と書かれたトロッコに乗せられて(※これは一部ツイッターの返信にも書きました)、もうポンッと後ろから押されてゴロゴロとスタートしてしまったようです。
逃げることは出来ない状態、飛び降りるのも出来ない状態です。

東京でも感染者数は先週の値を昨日は超えてしまいました。また拡大に向かいつつあるかもしれないし、毎日死者が出ているのです。
「感染者が増えても、死者が出ても、それでもやるのはどうして?」と、どんな人でも思うから国会で質問すると

「安全・安心な大会をする。国民の健康と生命を守るのが第一です」と、意味不明の回答をする首相。

イギリスに行ってるんですね。いいところで、ゆっくり休めそうだから、しばらくそちらで過されるのもいいかと思いますよ。
各国首脳にオリンピック開催について賛同を求めているらしいのですが、このあいだ「私は主催者じゃないから、開催自体には関係ない」って、言ってなかったですか?!
大丈夫ですか??!!

どうか、ゆっくり国外で過されてください。
もう、帰って来てこれ以上私たち国民を苦しめないでほしいです。
どうか、遠くでお身体お休めください。多くの人々の願いです。

 

2021/06/12

【南先生の玉手箱_0030_その一言(ひとこと) 偶然に出会った短文あれこれ 】

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【南先生の玉手箱_0030_その一言(ひとこと) 偶然に出会った短文あれこれ 】

私の中学時代の担任で美術の先生の現役時代の資料やメモなどの文書を掘り起こして活字化する作業。
このところ数回に渡り、このコーナーでご紹介した、平成10年の「家庭教育学級・資料 -家庭における進路指導のありかた-(私自身をふりかえって)」という冊子からの一文です。

今回は「その一言(ひとこと) 偶然に出会った短文あれこれ」というタイトルの文を追いかけてみました。


以下、先生の文章です。

『その一言(ひとこと) 偶然に出会った短文あれこれ』

<その一言>

・その一言で励まされ
・その一言で夢を持ち
・その一言で立ち上がる
・その一言で腹が立ち
・その一言でがっかりし
・その一言で泣かされる

ほんのわずかな一言がほんのちょっとの一言が

日頃大人も子どもも会話の中で、自分が良かれと思って発する言葉が意外に大きな影響を。折りに触れて自分の言動や発想について考えてみたいものです。

◎大きな看板を立てようと思ったら、そこの大きな樹がじゃまなので、大木を切り倒したとのこと。(風雪に耐えてきた何百年もの間、その木はみんなのじゃまものだったのでしょうか)

※自分にとって、都合が悪いからと言って、すぐ行動する前に考えてみたいものです。
これは本当の話で、毎日のようにこのような状況が私たちの身のまわりに起きています。
ちょっと立ち止まって考えてみたいものです。
人と人とのかかわり、大人と子どもとのかかわり、すべてにかかわる重要なことだと思います。

<みんなちがってみんないい>

 わたしが両手をひろげても
 お空はちっともとべないが
 とべる小鳥は私のように
 地面をはやく走れない
 わたしがからだをゆすってみても
 きれいな音はでないけど
 あの鳴るすずはわたしのように
 たくさんうたを知らないよ
 すずと小鳥とそれからわたし
 みんなちがってみんないい
    《明治の詩人、金子みすずさんより》

※心にひびく言葉だと思います。
内容的によく分かるんだけど、私自身毎日子どもたちと接している中で、何となくちがった見方、接し方をしているような気がします。

明治の時代に、こんな素直な個性をすんなり認めていること、あたりまえのようだが、すごいと感じました。
この人のことは自分が35才過ぎて知りました。
海の詩も心に残っています。
陸で漁師たちが、みんなで大漁を祝う時、海の中ではたくさんの魚がとむらいやっている。


以上が先生の文でした。

金子みすずの誌については、私も子供の頃には知らず、30代以降に知ったと思います。
あらためて、先生が引用しているこの文を読んで、“みんなちがってみんないい”という先生がいつも使っているこの言葉の大事さを噛みしめました。

 

うすら笑いを浮かべながら“謝罪”ではなく「釈明」という会見をする男。

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写真の男、平井卓也デジタル改革相が、東京オリンピック・パラリンピック向けに国が開発したアプリの事業費削減をめぐって、今年4月の内閣官房IT総合戦略室の会議で幹部らに請負先の企業を「脅しておいた方がよい」「徹底的に干す」と指示していたことがわかり、私はある人のツイッターで最初に知りました。
いったい何が起こったんだろう?と。

73億円で結んだ契約で、すでに受注者のNECは開発を終えたのに、オリンピックが海外客の受け入れを中止したから、その分の対策にあてるシステム費を“まけろ”と、38億円に圧縮して契約変更したというのが発端のようです。

国の都合で減額したわけです。
しかも、人員も労力も使って開発が終わったあとに。
誰だって文句のひとつも言いたくなるでしょう。


でも、この【男】、録音されていた音声からは、ヤクザ、チンピラまがいの脅し口調で以下のことを部下に命令していました。

 デジタル庁はNECには死んでも発注しないんで。

 場合によっちゃ(NECを)出入り禁止にしなきゃな。

 オリンピックであまりぐちぐち言ったら完全に干すから。

 ちょっと、一発、遠藤(信博・NEC会長)のおっちゃんあたりを脅しておいた方がいいよ。

 どっかさ、象徴的に干すところを作らないとなめられちゃうからね。運が悪かったってことになるね。

 やるよ本気で。やる時は。

 (開発費用は)払わないよNECには、基本的には。


これがヤクザでなくて何なんでしょう。

本人は、新聞社の取材に発言を認めたうえで、「交渉スタッフに檄(げき)を飛ばした。行き過ぎた表現があったかもしれない」などと話した・・んだって。

あったかもしれない・・じゃなくて「あった」んだよ!

そもそも国のIT関係の発注って、きちんと要件定義しているのかね、省庁を横断する情報システム担当部署なんてあるんだろうか。
マイナンバーシステムなどを見ていると、“ど素人”が発注し、その後の管理も行っているように感じる。

とりあえず、ヤクザには大事な国のシステムを任せない方がいいと思いますよ、結論として。

 

2021/06/11

真山仁の「当確師」を読みました。

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『当確師/真山仁著(中公文庫)』を読みました。
これもブックオフにて購入。

当選確率99%を約束する敏腕選挙コンサルタントが主人公の小説です。
自らを「当確師」と名乗り、濃いキャラクターのスタッフと共に当選目指してあらゆることをしていくという、けっこう関連する文献や、関係者への取材を綿密にして書いたものだな、と思う作品でした。

裏切りや、買収、盗聴、恫喝、もうなんでもありな世界だし、反面、人と人の人間力のぶつかり合いであったりもして、誰が騙しているのか、誰が真っ正直に相対してくれているのか、化かし合いの様相も面白いのでした。

この小説によれば、選挙の「当選」というものは、告示日の前日に決まっているものだということで(・・そんな気もする)、それまでの活動がモノを言うわけです。

選挙事務所が保持している票の積み上げの数字も、マスコミ用、事務所内用、さらに本当の数字などもあるそうで、「アナウンス効果」や「バンドワゴン効果」などを考えると、表向きの数字と、裏の数字にはいろいろと“さじ加減”があるんですね。そりゃそうだろう。

というわけで、ひょっとしたら実際の選挙が割と近いうちにあるかもしれない昨今、そういった興味も含めて手に汗握る小説でした。
とても面白かった!

 

2021/06/10

不幸な時期に不幸な人物が指導者になっている不幸

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6月9日に党首討論がありました。
ありましたが、首相はなぜパンデミック下、緊急事態宣言下でもオリンピックを開催する理由を示しませんでした。

自分が高校生の頃の東京オリンピックの思い出を語る姿を見ているとがっかりして、呆れて、茫然としました。
しかも、そんな緊急事態時に開催して「“事あれば”責任を取る」という言葉もありませんでした。
責任なんか取る気は毛頭無いのです。

ようするに「大義」も示せず、示そうにも「なぜ敢えてこの時期に開催せねばならないのか」説明する意味もわかっていないのです。あるいは、わざと“そらっとぼけて”いるのです。こっちの方が悪質。

「パンデミック下でのオリンピック強行」は、狂気の沙汰だということもまったく理解する心が無い。

これらを見ていて、開催理由はオリンピック関係の派遣を1社独占して数十億円もの上前をハネる会社や、何らかの“ごちそう”にありつける寄生虫のような者どものために、何が何でもやるものだと決めていることがわかりました。

毎日数千人のコロナウイルス感染者が報告され、死者も日々あるわけで、その人たちがどんな気持ちで病床を待ち、死の恐怖と闘っているかなんて心の片隅にも無いのです。

今回のコロナウイルス感染拡大は、“災害”と言ってもいい国難です。

阪神淡路大震災の時には、村山首相。

東日本大震災の時には、菅首相。

そして今回のコロナウイルス感染拡大時には、安倍首相と菅首相のダブルです。

「不幸な時期には、不幸な人物が指導者となって、事態をさらに不幸にして行く。」

こんな緊急事態には、自分が先頭に立ってぐいぐいと事態収拾にあたり陣頭指揮を執り、国民を説得し、勇気づける人であってほしいものです。

昨日の党首討論を聞いて、そういう人でないことはよくわかりました。

 

鳥飼玖美子さんの「通訳者たちの見た戦後史 -月面着陸から大学入試まで-」を読みました。

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『通訳者たちの見た戦後史 -月面着陸から大学入試まで-/鳥飼玖美子著(新潮文庫)』を読みました。

同時通訳って、この本にも書かれていましたが、一般の人達が意識し始めたのは、やはりアポロの月面着陸同時中継以来じゃなかろうか、と思います。
当時は、宇宙船内の様子が同時中継されるような環境になく、アポロからの船員の声がたより、のような状況で、・・となると同時通訳者の「画」しかたよりになるものがなく、通訳者達の顔が見えた瞬間だったのだと思います。

それまではこの本に登場する通訳者達は、GHQと日本側の間に立って“黒子”として存在しないかのように(むしろそれが求められる姿)、通訳していたのでした。

国際間の交渉等のときにも、常に“黒子”。

アポロ月面着陸同時中継以来、名も無き「透明な存在」から、同時通訳は、“英語を操るかっこいい”存在になったと思います。
私も子供心にそう感じました。

そして、この本には、同時通訳者として活躍した著者・鳥飼さんの様々な苦労話や、偶然の出会いから、その後の通訳者としての人生に影響を与えてくれた人たちの話まで、あまりにもドラマチックで、川の流れに乗ったように読むことが出来ました。

時代という川の流れに翻弄されたり、自ら意志をもって通訳者から大学で教える立場に“立ち位置”を変えたり、また、ラジオ、テレビでの講座を開設したときの時代のニーズに応えるように番組を作っていったお話も、興味深く読ませていただきました。

約400ページありましたが、あっという間でした。

ラジオ・文化放送でやっていた「100万人の英語」も、著者・鳥飼さんが関わっていたんですね。
中学生のときには私もお世話になりました。J.B.ハリス先生のことも書かれていましたが、とても懐かしいです(*^_^*)あの独特の語り口、思い出しました。

また、ラジオ・ニッポン放送で「BBC ザ・ビートルズ・ストーリー」を放送したときにも、当時DJだった亀渕昭信さん(後に社長)に招かれ、掛け合いでビートルズを語り合ったことを思い出されていました。

当時は東芝EMIが「ビートルズ・デビュー10周年企画」で大々的にキャンペーンを行っていて、ビートルズ熱が全国で盛り上がっていた時期でもあった・・と、書かれていました。
そうだったかもしれません。ビートルズ現役時代リアルタイムを逃した第二世代がビートルズを聞き始めた頃だと思います。・・私も第二世代…σ(^_^;)

最後には、著者・鳥飼さんは英国サウサンプトン大学大学院に入り、博士論文に取り組み、厳しい審査をくぐり抜けて博士号授与の宣言を受けました。
子供さん三人を抱えながらのアグレッシブな鳥飼さんの様子には読んでいるこちらも勇気づけられたというか、強く“力づけ”られました。

私も今後いろいろと勉強してみたいと思いました。
勉強したことは、このブログにもあれこれ書きつつ生きていきたいと思います。


【Now Playing】 空が青い理由 / 西村由紀江 ( PianoInstrumental )

 

2021/06/09

【The Beatles 研究室・復刻版】A Hard Day's Night[A-7]Can't Buy Me Love

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2004年から2008年にかけて作成したホームページ「The Beatles 研究室」・・2009年リマスター発売後の一部追記も含めてのブログにての復刻版です。ほぼ当時のまま、そして復刻後追記も付しております。
今回は、アルバム「A Hard Day's Night」から、シングルヒットも記録した「Can't Buy Me Love」を取り上げます。

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ビートルズ初期の、そして若かりしポールの代表的な曲です。6枚目のシングル用として1964年1月、パリのパテ・マルコーニ・スタジオというところで収録されています。
同時に「抱きしめたい」と「シー・ラブズ・ユー」のドイツ語版も録音されていたようです。
収録の翌月にリード・ボーカルとリード・ギターをロンドンで録り直しているという説もありますが、その記録が残っていなく、真偽の程は定かではありません。

この曲は、英米で1位を獲得、全米上陸直後ということもあって、ビルボード5週連続第1位という記録も生みました。
さらに、1964年4月には、全米トップ100のうち、12曲のビートルズ・ナンバーがチャートインするという離れ業も成し遂げました。

映画の中では、スケジュールでがんじがらめになったビートルズが楽屋から抜け出し、非常口のようなところから飛び出して、だだっ広い広場ではしゃぎ回るシーンに使われていたかと思います。この映画の中でもなかなかの名シーンではないかと思わせる素晴らしいシーンでした。

途中、ポールの「ノ ノン ノン ノオーッ」という部分が切なく狂おしく最高の盛り上がりをみせてくれます。
ポール二度目の日本公演でこの曲を演っているのを聞きましたが、観客総立ちの大盛り上がりでした。やはり初期の名曲と言えるでしょう。

面白いエピソードとしては、冒頭のフレーズが山本リンダの「どうにもとまらない」と“酷似”しているということでしょうか。
都倉俊一さんのパクリはたぶん確信犯・・。

溢れんばかりの若者の気持ちが前面に出ている初期ビートルズのスーパー・チューンです。


〈追記〉2021/06/09

上記記事を当時ホームページに掲載したのちには、いろいろな音源も出ていますので、それら含め、あらためて聞いてみました。

「アンソロジー1」に入っているものは、ポールのアドリブ的な歌い方あり、オリジナルにはないコーラスもありというものになっていました。とてもリラックスして演奏しているテイクです。

2009年のオリジナル・ステレオ・リマスター盤は、とてもまとまりある音になっていて、ボーカルもコーラスもギターもベースも、ドラムもそれぞれよく聞こえるし、耳に心地よい感じになっていました。

英国オリジナル・モノのアナログ盤は、上記CDよりも“おとなしい”印象。
でも、やはり聞きやすいものになっていました。ギターの間奏もとても良い音色が表現されています。

2009年、モノ・マスターに入っているバージョンは、全体的に抑え気味。
でも、これが当時の音だったんだな、という感じがします。とんがったところもなく、耳に馴染みます。
エンディングのドラムが他とは異なり、異常にはっきりと録音されていて、まるであとから継ぎ足して被せたかのように聞こえます。
それからハイハットがシャンシャンうるさいくらいで、リズムがちょっとズレているようにも感じました。

※このハイハットの件については、パリで録音し、そのテープの巻き取りがうまくいかず、ハイハットの音が一部途絶えていたということがあったらしく、ビートルズはツアーのスケジュールが忙しく、仕方なくエンジニアのノーマン・スミスがハイハットを“シャンシャン”と叩いて入れてしまったということらしいのです。
で、これはモノ・ミックスで、ステレオについては、また後日にスタジオ・ミュージシャンにハイハットだけ入れてもらったらしいのですが、そのバージョンは採用されなかったというのです。
どこまでが本当かわかりませんが、今じゃ考えられないことです。スタジオのエンジニアが勝手に楽器を演奏して録音に加えてしまうなんて。

アルバム「オールディーズ」の英国盤モノラルに入っているものは、やはりハイハット・シンバルがバッシャン・バッシャン言ってて、リズムが“バラけて”いる感じがします。
ポールのベースがフレーズもよくわかるくらいはっきり入っていました。

アルバム「1」に入っていたものは、ボーカルが生っぽいくらい臨場感ある音で入っています。全体にエコー等が抑えられて聞きやすくなっていました。ポールのダブルトラック・ボーカルの追っかけてくる方もやはりいい音で臨場感がありました。

アルバム「1」の2000年バージョンは、上記に比べ、それほど分離は良くないように感じます。こちらのポールのダブルトラック・ボーカルは、上記のものとちょっとタイミングが遅めに入っているような気がしました。音もそれほど生っぽくなく、普通な感じでした。

 

2021/06/07

世間がいろいろと騒がしくなってきて

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このブログでも書いた政府の感染症対策分科会の尾身氏の発言が出て、いよいよ首相周辺、政府の動きが出て騒がしくなってまいりました。
今日は読売新聞の全国世論調査の結果が出たとの報道がありました。

けっこう“政府べったり”の読売新聞なのに、内閣支持率は最低の37%となっていました。
国会での質問内容に対して何も直接答えていない首相答弁を聞いていると“宜(むべ)なるかな”という印象です。

でも、驚いたのはオリンピックについては、50%が「開催」、48%が「中止」と答えていたことです。いつのまにか半々になっていました。

首相の「安全で安心な大会にする」というのを真に受けたとは思えないが、尾身会長の発言に逆作用が生じてこうなったのか、65歳以上のワクチン接種が始まって少し安心したのか、もうあきらめたのか、本当はオリンピックが好きで、好きで、辛抱たまらんっ!ってことになったのか・・興味深い結果でした。
少しがっかりしたのは、反対を表明している人達が尾身氏の発言について、「自分の逃げ道をつくった」という発言で、逆に尾身氏を賛成側と共に追い詰めていることです。
そんなことしたら、賛成派を喜ばせるだけじゃないの。

今日、ラジオで日本オリンピック委員会の山口理事が話されていたのですが、

「オリンピックを好きな人は日本でもかなり多いと思います。いろいろ反対しても本当は見たいという人が多数でしょう。」
「だからこそ、スポーツの祭典で夢と希望を・・というなら、それをなぜこのコロナ禍、緊急事態宣言の中実施するのか、その“大義”を示すのが一番大事なのです。」
とおっしゃっていました。

さらに、

「誰が考えてみても、オリンピックをいくら安全・安心に行うと言っても、何らかの不測の事態が発生することが有りうるというのが実際の話です。そんなときに、どう対処して、医療体制を逼迫させないようにこうする、とか、様々な感染対策の行動、体制を示して理解を得ることが大切なのです。」

と、しごくまともなお話をされていました。

「スキーのジャンプ台で言えば、滑走路にポンッと乗ってしまったのが今の状態で、もう飛び立つしかないようなところまで来ている」という話もされていて、私としては絶望感が押し寄せてきた感じです。

野球やサッカーと同じく、5千人程度の入場なら出来るぞって人がいますが、野球やサッカーは国外から選手やスタッフが毎回やって来ていますか。
オリンピック開催期間の19日間に40幾つもの会場で毎日5千人規模で競技が行われるとしたら、東京新聞でしたか、計算すると、延べ310万人が、わずか19日間に会場に入り、移動し、さらに関係者、ボランティア、そして入場券を持つ家族に地方から東京見学でもしようと着いてきた人達も合わせると700万人くらいの人が東京でうごめくのです。

どうなってしまうのでしょう。野球の試合などになぞらえている“インチキ野郎”の戯れ言なんか真に受ける人はいないとは思いますが、要するにこういうことです。

私には何の力もありませんが、開催決定に大きな決定権を持っている人は、オリンピック開催が第一ではなく、ウイルス感染拡大防止を第一に、冷静で医学的見地、過去の感染データなど具体的事実を元にして明確な理由ある決断をしてもらいたいものです。

 

2021/06/06

「だから、あの人は嫌われる/吉原珠央」を読みました。

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『だから、あの人は嫌われる/吉原珠央著(幻冬舎新書)』を読みました。
吉原さんの著書はすでにこのブログでも『自分のことは話すな』『その言い方は「失礼」です!』の二冊をご紹介していますが、いずれも読んでいるこちらが“自分のことを言われてるかも”と、ドキドキしてしまう内容でした。

で、今回は『だから、あの人は嫌われる』です。・・オレ、嫌われているかなぁ?・・と不安になりつつ読みました…σ(^_^;)

内容は、“うかつ”というか、思わずその人の心にあることが出てしまったというか、ついつい出てしまう言葉によって、相手には大きなダメージや、悪い印象を与えてしまう事例について書かれていました。

私自身は・・たぶん大丈夫だと思う・・ (・_・;・・んですけど。

吉原さんが挙げていた嫌われる人3つの言動にちょっとふれておきます。

①偉そうである
 上から目線、他者の意見を聞こうとしない、自分の考えが最も正しいと思っている。
 「絶対~です」「違うんです」「っていうか」「そうじゃなくて」などをよく使うそうですよ。大丈夫ですかぁ~(^^;)

②いい加減である
 人や時間に対する考えや接し方が軽く、相手の年齢、社会的ポジションなどによって態度を変える。物事の見方に偏りがある人。
 次から次へと顔が浮かんできますねぇ(^_^;)いっぱいいましたよ、いままでの職場で。

③他力本願である
 相手への依頼が多いのと同時に、自分にミスがあると「〇〇の指示がよくなかった」「なぜ私のときに限ってこんこなとに・・」「不運すぎる」など、自分の責任に目を向けられない発言が目立つそうです。あらら、またまたいっぱい顔が浮かんできました。私は職場に恵まれていたのか、いなかったのか(^_^)

あとは、細かい事例なども挙げられていましたよ。
スマートフォンを新機種に買い替えた人に対して
「高いだけですぐ壊れるよね」「何が違うの?」「(面倒そうに)あんまり意味ないでしょう」という反応・・。
うぅぅん、こんなヤツばっかだったぞ!(*^_^*)

「使い心地はどう?」「新しいとテンション上がるよね!」「さすが、ピカピカですね!」などと言ってあげましょうやd( ̄  ̄)

それから、《よくある「軽視」だと思われる言動》として、
例えば「若い頃は営業としてバリバリ働いていたんです」という相手に対して
→「へー」「そうなんですね~」「なるほど」などという一言
だそうです。

「そうなんですね~」は、私もいつも「なんだよ、その反応、まったく興味ないし、聞いてもいないな」と思っていたので、ハタと膝を打ちましたよ。

「そうなんですね~」イコール「あっそう」「だから何?」と軽く受け流しているように伝わることがあると・・、私にもそう伝わっていました。
よく、女性アナウンサーが使っているのを耳にします。

きちんと相手への興味を示す質問を返すようにするのがいいと思います。

などと、ガッツリ読ませていただきました。
相変わらず、吉原さんの本は、具体例が示されていて、しかもその悪い例のあとに理想的な回答例も示されているので、たいへん勉強になり、役に立つと思いました。
それから自分への反省にもなりました(>_<)

まさに【良書】でした!

 

2021/06/05

尾身氏の発言に怒っている“輩”

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コロナウイルス感染拡大に伴い、「緊急事態宣言」が多くの都府県に出されたり、特に北海道や沖縄では、5月の連休時に人の動きがあり、感染拡大が止らない状況です。

それに伴って政府の感染症対策分科会の尾身氏が「この状況下でオリンピックを開催する理由を説明しなければ」と言っただけです。
これは国民全員が思っていることです。

何度も何度も緊急事態宣言が出され、その度に私たちは頑張ってきました。
特に飲食業の人達は、もう限界状態まで必死にこらえてやって来られたと思います。

で、首相が何と言って理由を説明したかというと、「世界最大の平和の祭典で、国民に勇気と希望を与える」と開催の意義を強調しただけで、具体的な理由には言及しなかった。

・・誰もそんなこと聞いてんじゃないよっ!と、突っ込みを入れるのは当然でしょう。

10万人近くの人が国外からやって来て、しかも削減してでも観客を入れたりしたら、感染はどうなってしまうのでしょう。

オリンピックが終わりました。感染が拡大しました。緊急事態宣言をもう一度出しますから、もう一回頑張れ、頑張れ、なんて言われたら国民は逆上しますよ。
「お前が開催したからだろう」と。
でも、今の様子を見ていると、責任の“せ”の字も取るつもりは無さそうです。
あの顔見てりゃわかりますよ。他の大臣達も。

自民党幹部は尾身氏の発言に対して「余計なことを言っている」だとか、「尾身氏は野党に踊らされている」と、はやくも圧力をかけています。国民の健康にも生命にもまったく心を配らない“輩”です。

でもって、担当大臣の丸川氏は尾身氏の発言を受け、

われわれはスポーツの持つ力ということを信じて今までやってきた。
“別の地平”から見て来た言葉をそのまま言っても通じづらい。

だと・・。
国民と“別の地平”を見ているのはお前だっ!あきれるばかりです。

そっと報道されているのを聞くと、首相は官邸で怒り心頭に発し、「尾身を黙らせろ!」「首相にでもなったつもりかっ!」と怒鳴っているとのこと。
・・処置無し・・とは、この人のためにある言葉です。

この人が、今の立場についたときに、「国民のためにはたらく」っていうキャッチフレーズを示したのを覚えています(そもそも当たり前のことをキャッチフレーズにして、今まで誰のために働いていたんだ・・と思いましたが)。
「今こそ、国民のためにはたらけっ!」という言葉をきょうの最後の言葉にいたします。

 

2021/06/04

「スマホ脳」を読みました。

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『スマホ脳/アンデシュ・ハンセン著、久山洋子訳(新潮新書)』を読みました。
どうやら世界的ベストセラーのようです。売れてる本には基本的に手を出さないのですが、今回はどうにも気になる内容だったので、読んでみることにしました。

著者はスウェーデン・ストックホルム出身、すでに「一流の頭脳」がスウェーデンでベストセラーになったことのある精神科医です。

今回は、スマートフォンや、iPad などタブレットも含めて、それらが人間に(特に若い人に)与えている影響について書かれているものでした。

あまりにも多くのことが書いてあり、また、詳しく内容をここでお知らせしてしまうと商売の妨害になってしまうので、ここでは私がちょっと気になった部分だけについて書きます。実に興味深いお話が多かったのですが、ほんの少しだけ・。

現代人は強いストレスにさらされながら生きているわけですが、それが続くと精神状態が悪くなる。
そうなったときに、脳は「長期記憶(生きていく上で大切な覚えておかねばならないようなこと)」の保存について優先度を下げるのだそうです。
だからひどいストレスを受けているときには、記憶があやふやになることが多いのだそうで、まさに思い当たるふしがあります。

人間の脳は、原始の過去から培われてきた記憶・経験から危険を察知するためには常に人よりも新しい情報を欲しがるような構造になっていて、スマホからの情報がいい加減で怪しかろうが、思わずクリックして見てしまうようになっているらしいです。
で、クリックしたときにドーパミンがご褒美として放出されるので、それ欲しさにまたクリックしてしまうという悪循環にハマる。
強いストレス下にあるときには特にそんなことになってしまうのではないでしょうか。

また情報を送り込む SNS 運営者側は、その情報の信憑性などは調べもしないし、どんどん丁度見たくなるようなタイミングでユーザーを煽るようにプッシュしてくるというわけです。
SNS 運営側は、行動科学や脳科学の専門家を雇い、極力効果的に脳の“ドーパミン報酬システム”を直撃して最大限の依存性を実現するように操作している・・んだって、そう思っていたけど、あらためて言われちゃった。

デジタル娯楽に行きたくなるのは、情報を効率よく取り入れていると思ってのことだが、結局情報がしっかり頭に入っているわけではない・・私もそう思う。
それなのに続けてしまう「原動力」は、そうすることでドーパミンが放出されるからだと念を押された。

人間はずうっと過去から見てみると、“生き延びる術”は、食べ物の情報と、ゴシップ(人からの情報)なわけで、これがまた今の SNS は目的は違えどもそれらを追いかけている。・・ようするに本能の部分と現実の行動がマッチしてしまった状態。

さらに「ミラーニューロン」という、他人の痛み、喜び、悲しみ、恐怖などを理解するためのものについて書かれていて、演劇鑑賞(生で劇場で見ること)時などに「活性化」するのだけれど、PC画面や、スマホ画面などでそれを見ても刺激が無いというのです。
これも演劇を多く見ている私には強く同感するものがあります。

スマホばかり見ている人に実験で、一定時間スマホを持たせないで集中が必要な作業をさせると、机上にスマホを置いているだけの人よりも集中力が上がるのだそうです。もちろんスマホをいじらせたりしたら、もっと集中力は落ちるのです。

自動化や人工知能の普及で消えてしまう職業は今後多くなると思われますが、人間に残されるであろう仕事は、集中力を要するものになるでしょう。
皮肉なことに、その集中力は、デジタル社会で最も必要なのに、スマホなどによるデジタル社会そのものによって奪われているわけです。・・ああ皮肉。

今や、一日のうち、起きている時間の3分の1以上がスマホを見る、さわる時間になっているらしく(そうだと思う)、スクリーンタイムと呼ばれるスマホ画面を見ている時間は多い人だと一日7時間!!、ほとんどの人が3時間くらいらしいです。
それをやめ、スクリーンタイムを1時間程度にし、一日のうち、何十分かを運動の時間にすると、不眠症、鬱病、体調不良などの人にはっきりと効果が表われるんだそうです。

因みに毎週一回私の iPhone が教えてくれる私の一日のスクリーンタイム平均は8分でした。
つまり一日数回チェックしているだけなんです。
まだ依存症にはほど遠そうで、大丈夫かな?!(^_^)


【Now Playing】 Una Mas / Kenny Dorham ( Jazz )

 

2021/06/02

衆院厚生労働委員会で感染症対策分科会の尾身茂会長が述べたこと。

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政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長が表題の委員会で述べたことについて、あらためてここでも書いておこうと思います。

〇“今の状況でやるのは普通はないわけだから”やるのであれば、開催規模をできるだけ小さくして管理体制をできるだけ強化するのは主催者の義務だ。

〇感染リスクを最小化することは「開催者」の責任。

〇人々の協力を得られるかが非常に重要な観点だ。

◎なぜやるのかが明確になって、初めて市民はそれならこの特別な状況を乗り越えよう、協力しようという気になる。
※国がはっきりとしたビジョンと理由を述べることが重要だ。

全部あたりまえのことです。
それを会長がわざわざ言わなくてはならないような状態に、今、なっているってことです。

《何のために開催するのか明確なストーリーとリスクの最小化をパッケージで話さないと、一般の人は協力しようとは思わない》

《何らかの形で考えを伝えるのがプロフェッショナルの責務だ》

とも発言されています。

半ば“あきらめ加減”でおとなしくしている国民。だからこんなにズルズルとやられてしまったのです。

『なんでオリンピックを「パンデミック下」でやらねばならないの』と私たちが今言わないでどうするんでしょうか。
ツイッターだってなんだって、今や国民個々人が発言・発信できる場があるじゃないか、と私は言いたいし、何度も言ってきた。

組織委員会は、8万人が参加予定だった大会ボランティアのうち、約1万人が1日までに辞退したと発表しましたが、相変わらず武藤総長は「運営に特段問題はない」としたんだそうですよ。
そうじゃないでしょ、なぜ1万人も辞退者が出ているのか、よくよく考えなければならないんでしょうよ。

各競技会場の医療責任者を務めることになっていた医師が辞退するケースが相次いでいることも本日報道されました。
そりゃそうでしょう、コロナウイルスによるパンデミック下、緊急事態宣言下で、なぜ開催しなければならないのか、それが説明されていないのに、そんなこと出来ますかっていうの。

ふつうの大人だったら誰もが最初に考えることを考えられない政治家の人達、政府の人達、国民は今、地獄の一丁目のバス停まで連れてこられています。
今、バスに乗せられてしまうと、『地獄の底』まで全員連れて行かれますよ、皆で声を上げた方がいい!

 

あの人、何をやってるんでしょうか?!

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新型コロナウイルス・ワクチンの64歳以下の人達の接種券発送時期について自治体を調査したら6割は未定だそうです。
自治体は住民の基礎疾患の情報を持っているわけではなく、その有無等の把握方法の仕組みをどう設計したらいいのか、また、発送方法についても年代別だとか、様々な形が考えられ、悩んでいるようです。

そんな中、政府が今度言い出したのは、職場や大学内での接種が出来るぞ、ということだそうです。
そもそも職場、大学に“やり方”そのものを「丸投げ」しています。

特に大学などは医学部があればまだしも、それ以外の大学は一から接種手法について検討せねばなりません。お医者さんや看護師さんへのお願いなど、どうすればいいのか、学生達への接種方法なども考えなければなりません。
「やり方」を整備して依頼するのが国の役目じゃないでしょうか。

あの人、“ワクチン担当大臣”の仕事はまさにこれだと思いますよ。
接種券も発送されていないのに、それをやる方法、基本的な企業・大学での接種マニュアル等を用意して依頼するのがワクチン担当大臣の仕事じゃないですかね。
「会社や大学でも接種すれば、と考えたぞ、すごいだろう」ってのは、大臣じゃなくて素人が思いついて喜ぶパターンですよ。

接種したあとで、データを国のワクチン接種記録システムに登録する・・だと・・。
なんのためにマイナンバーを始めたんですか、こんな時のためでしょう。
今こそ、マイナンバー・システムに“全力”で、手をつけてワクチン接種記録システムに紐付けして、ワクチン接種完了を確認出来るようにするのが一番じゃないのでしょうか。

「マイナポイント」だとか、人をだまして寄せ付けるためだけのサービスなんか去年やっている場合じゃなかったんですよ。去年、全力で手をつけていれば、今頃はワクチン接種との結び付きが出来ていたと思いますよ。

政府は「人流」だとか、くだらない造語を考えているヒマがあったら、マイナンバー・システムを国民の役に立つように今からでも取り組むのがやるべきことだと思います。
遅きに失したが、まだやれば間に合う!それが今回書きたかったことです。
あと、オリンピック担当大臣と、ワクチン担当大臣は、その発言が余計に周囲に国民に苛立ちと時間のロスを招くので、その職を無くしてほしいです。
そうすると、今よりは少しでも物事の流れが良くなると思いますよ。

 

2021/06/01

小林聡美さんの「ていだん」を読みました。

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『ていだん/小林聡美(中公文庫)』を読みました。

鼎談(ていだん)って、三人が向かい合って話をすることだったんですね。いい歳こいて「鼎談」って、単に複数人で話をすることだと、ずっと勘違いしていました。
恥ずかしながら、今回のこの本を読んで初めて知ったのです…σ(^_^;)またひとつ大人の階段を上がりました。まだまだいっぱい“階段”が潜在しそうです。

というわけで、俳優の小林聡美さんが井上陽水さんから川上未映子さん、群ようこさん、酒井順子さん、柳家小三治さん、江戸家小猫さん、大貫妙子さん・・まだまだほかにもたくさんの方達と興味深い話をされているというものです。

笑ったのは、『芸は身を助けるか?』というテーマの鼎談の中で、小林さんが柳家小三治さんに向かって「結婚も、芸ですかね?」と、たずねるところです(^^;)

小三治さんは、「今、飲みかけたコーヒーを置いちゃったよ。ウーン・・・。ズバリ言いましょう。結婚も芸でしょうね!」っていうところです(*^_^*)

すかさず酒井順子さんが、「挫折することもあり・・。」と、見事な突っ込みd( ̄  ̄)

小三治さん「いや、その芸に挫折したという事実は、その後の生き方次第で、どれぐらい芸になるかわからないよね。」

小林さん「続けて行くのも芸なのかもしれませんしね。」

この話芸こそ名人芸かもしれません(^_^)

私自身の“結婚芸”は、・・・大道芸みたいなものでしょうか。ひとさまには、楽しく見せ、実は裏での芸道は非常に厳しいという・・(>_<)

長塚圭史さん、西加奈子さんとの鼎談では、ずっとスマホで何かを忙しく見ている人についてふれています。

バーチャルでいいもの見ても、実際、生じゃないと伝わらないものもある、という話になって行きます。

若者は一回、生のものを目の当たりにする緊張感を味わったほうがいい。そしたらネットの前にだら~っと座って軽々しく人の悪口なんか書けなくなると思いますよ・・と、結んでいます。

私も舞台での芝居、ミュージカル、ショーなどをたくさん見てきたのですが、まったくの同感です。
パソコン、テレビ、スマートフォンの画面を見てわかるものじゃあないんです。まぁ言ったってわかんないだろうけど。

ふたつばかり、エピソードをご紹介しましたが、小林さんがリードしていくこの「ていだん」は、実に面白くて、300ページを超える本なのですが、ほんとにあっという間に読み終えました。
いい本でした。


【Now Playing】 By Jupiter / Dave Brubeck ( Jazz )

 

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