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2021/11/30

人様からいただいた、集まった大金を自分のもののように思っている人達。

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日大の理事長が逮捕されたとの報道がありました。
すでに背任事件で共謀したと言われる理事二人が4億2千万円の損害を大学に与えたとされていますが、その二人からリベートとして1億2千万円もらっていて、そのうえそれを脱税・・。

本人達、悪いことだなんて思ってもいないんでしょうね。
そして、こんな悪い人達って、広い世の中まだまだたくさんいるのかもしれません、この日大の事件は“氷山の一角”なのかもしれない。

世の中には、こんな人間が無限にいるやもしれないし、これからも現われるのでしょう・・。

私がかつていた職場で予算の編成作業をああでもないこうでもないと苦労してやっていたときに、上司がやって来て、「何考えてああだこうだやってんだ!えっ?2千万円の部分で“もめて”んのか?!2千万なんて“ゴミ”みてぇな金額だぞっ!」って言ったことを思い出しました。

私は思わず「“ゴミ”はお前だっ!」と言いそうになりましたが、こらえました。

心の中では

お前の金じゃない。お前がどんな地位に就いていようが、お前のものは一円も無いのだ。
そんなこともわからないのか。

大切な「血の一滴」の予算を使わせてもらえることに、その役職に就かせてもらったことになんら感謝の念もない、考えも至らない・・そんな人なのだと思いました。

でも、出世したり、出世して部下をとことん苦しめる人にこういうタイプが多いのです。
仕事人生を長いこと経験してきてそう実感しました。

 

2021/11/29

「日曜のほとり」を発見

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最近たまたま出会ったラジオ番組に「日曜のほとり」という阿川佐和子さんと、ふかわりょうさんの二人でやっているものがあります。

文化放送で、日曜日の午前10時からの2時間番組ですが、10月から始まっていたようです。
私は、ここ三週間くらい聞いています。
たまたま聞いたのですが、とても気に入りました。

番組には、〇〇コーナーみたいな特に設けられたコーナーもなく、ゲストも来ないし、お二人の会話は、日曜日に阿川さんとふかわさんが会って、ふつうに話している感じで、妙に声を張ったり、リスナーを意識して声高になったりすることもありません。

まさに“ただの日曜日”。ふたりは思うがままにただお話をしているのです。
こんな番組初めて聞きました。

また、かかる音楽は、阿川さんがふかわさんにお願いして全てふかわさんが選曲しているのですが、とてもセンスがいいのです。
日曜午前のひとときにゆっくりとお話している場には持ってこいの曲が選ばれています。
それも毎回さまざまなジャンルというか、音楽世界を聞くことができて、聞いているこちらもとても心地よいものなのです。

はっきり言うと、J-POPとか聞きたくないし、今のアメリカで流行っているようなラップのようなものも聞きたくないのです。他のラジオ番組でも、そういうものがかかったら局を変えてしまうのです、私。

特にJ-POPと呼ばれるものは、なぜか日本語で日本人が歌っているのに、歌詞が聞き取れない・・わざと英語みたいな発音にして、日本語だとわからぬように歌っている・・これはとても“格好悪い”ことで、それだけでもこちらが恥ずかしくなり、聞くに聞けない、いたたまれない状態になってしまうのです。

・・選曲のことをさておいても、お二人の“気取らない”そして“懐の深い”お話が繰り広げられるこの番組は今のところお気に入りの番組になりました。

参考に先週番組中でかかった曲目をご紹介しておきます。

1 Stone Ground Seven / SIngers Unlimited
2 Speak Low / Tete Monteliu
3 Nebulosa / Tenorio Jr.
4 Soulful Strut / Horst Jankowski
5 You've Got To Have Freedom / Pharaoh Sanders
6 Misty / Sachal Studios Orchestra
7 Lullaby of Birdland / Ella Fitzgerald
8 Strangers In The Night / Wayne Newton
9 Mother's Land / Hannibal Marvin Peterson
10 I'm on My Way / Yancy Korossy
11 Alice In Wonderland / Oscar Peterson

 

2021/11/28

椎名誠さんの「たき火をかこんだがらがらどん」を読みました。

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『たき火をかんこだがらがらどん/椎名誠著(小学館文庫)』を読みました。
これまたブックオフにて安価購入。

この本は、2007年に刊行されたものの文庫化ですが、内容としてはその時点で過去20年間に書かれた文で、単行本などに収録されていなかったものを集めたものだそうです。

巻末の解説に前田司郎(劇作家、小説家)さんが書かれていたのですが、椎名さんのこういう本って、いつも“書いていることは同じ”なような気がするのですが、でもそれぞれに“なにかちがう”のです。

それは落語家が同じネタをやっても、いつも異なっているようなものなのか・・。

よくよく読んでみると、本質的に椎名さんの言いたいことは同じようなのだが、でもそれについて世間では新しい事象が起こっていて、それを発見した椎名さんが驚いたり、怒ったりしているような気がします。

読んでいて気になった部分がありました。

一時は、両親、子供さん二人、そして奥さんと六人家族だった椎名さんの家はにぎやかで、その頃の楽しかったことを思い出されていたのですが、その後ご両親が亡くなり、子供さん達は成人して二人ともアメリカに住むことになり、さらに奥さんはチベットに長期の滞在をすることになった椎名さんの状況について書かれた部分でした。

「これは気が楽だ」なんて思っていた椎名さんですが、片づけられた家で物書きの仕事をするのもなんだかイヤで、ビルの高い階の仕事場で原稿書きをしているときに、窓から見える木々が風に揺れる様子を見て、突然大きな虚無感、孤独感、疎外感、寂静感に襲われることになるのでした。

その後知り合いの精神科医のところに行くほど症状として重かったようですが、私も時にそのような気持ちになることがあります。
これは何なんだろう・・・?と思うことがあるのです。

しかも、椎名さんと似て、風が吹いて木々が揺れているときに・・感じることがあるのです。不思議なことです。

終盤に椎名さんがいろいろな国で出会った人、子供達の写真とエピソードが載っているのですが、それもしみじみとよいものでしたよ。

 

2021/11/27

【ギターを抱いた同級生/過去に会った人、過去にあった出来事について振り返る №65】

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久しぶりに「過去に会った人、出来事」シリーズを書いてみたいと思います(^_^;)

今回は、私が学校を卒業して就職したばかりの頃の話。
ある日の夕方、職場に電話が掛かってきて、私を呼び出してくれとのことで、出てみると・・「〇〇君(私のこと)、久しぶり。Sです。」と、中学の同級生の女子からでした。
中学を卒業して以来のことでした。

「ものすごく久しぶりだねぇ。どうしてここがわかったの。」と聞くと、同級生の女子からそこに就職したと聞いた。職場の課名もわかっていたので電話番号を調べた・・とのことでした。

彼女は、中学時代には秀才で、特に国語関係に強く、作文などはよく表彰を受けていた女子でした。動物も好きで、猫と烏を飼っていた記憶もありました。小柄で、キリッとした顔立ちの子でした。

話は即決で互いの帰りの途中駅で降りて、喫茶店で落ち合うことになりました。
会ってみたら、彼女の印象は中学時代と全く変わらず、久しぶりなのに話もはずみました。
彼女は大学を卒業し、市内の中学校教諭になっていました。

それからは夕方の終業が近づくと彼女から職場に電話があり、平日の週2~3日は帰りに喫茶店やレストランで会って、話をするようになりました。不思議なことに話題は尽きず、毎回爆笑のうちに楽しい会話になりました。

やがて私がジープ型のクルマを買い、野山に出掛けるようになると、彼女から「面白いから連れて行ってくれ」とリクエストが有り、林道をくぐり抜け、山の高いところでコーヒーを湧かしたりしながら楽しい時間を過すようになりました。

互いの家にも行って、彼女の好きな本を読ませてもらったり、私の家でレコードを聞いたりもするようになり、傍から見たら“恋人同士”みたいになっていました。
実際は、ただ会って話しているのが楽しく、そこまでは考えてもいなかっのです。

そんなことが二年間ほど続いたのですが、ある日私の家に中学時代の男子の同級生が突然やって来ました。これも中学卒業以来のことでした。

彼は、ギターケースを抱え、「ちょっといいか」と私の部屋に上がってきました。
突然やって来て、何を言い出すのかと思ったら・・「おいっ、彼女を俺にくれ!」と( ̄O ̄;)

そして、やおらギターケースからフォークギターを取りだしたかと思うと・・

「彼女が好きなんだぁ~♪ 中学の時から好きで、好きで忘れられなかったぁ~~ どうしても好きなんだぁ~ 俺に渡して欲しいぃ~っ」って自作曲を歌い出したんです(^_^;)

何なんだっ!今、何が起こっているんだ (・_・; どうすればいいんだ・・とうろたえる私・・。

やっと、彼が、妙な曲を歌い終えたので

「あのさぁ、その歌を俺に向かって歌う前に、彼女に直接付き合って欲しいと言った方がいいんじゃないの。俺と彼女はそういう関係になっていないから、彼女がお前と付き合いたいと思うなら付き合うんだろうし。」

ギターを抱いた同級生:「なるほど、気が付かなかった。言ってみよう。」・・(^^;)

実のところを言うと、彼がもし彼女と付き合うようになってしまったら、今の彼女との楽しい関係を続けるわけにはいかなくなるな、と、ちょっと不安な気持ちもありました・・。

で・・ねぇ、これが驚いたことに“ギターを抱いた彼”と付き合うことになった・・と彼女から連絡があったんですよ!(>_<)

「できればあなたとも今まで同様にしていたい。」とその後言われたのですが、「それは無理だよ。あんなにあなたに夢中になっているんだから真面目に付き合ってあげてよ。」

ということで、それ以降は会わないことにしました。・・かなり複雑な気分。

やがて二人は結婚した・・と、風の噂に聞きました。

さらに風の噂・・二人は離婚した・・。

彼は中学時代から“フォーク・ソング好き”で“深夜放送好き”な男でした。
大学も四年浪人して、入学後は八年間大学生活をし・・(ってことはあの私の家で歌い出したときは学生だった!!)、卒業後はついに仕事という仕事はほとんどしなかったとのこと。
彼女の家が裕福だったので、なんとかなったのだと思いますが、それでも結局はそんなことに。

人の人生ってどうなるかまったく予想も想像もつきません。

私の人生もその後いろいろありましたし・・。
今回は、若い頃の人生の一コマ、振り返りましたd(^_^o)

 

2021/11/26

初めて行ってみた『ギャラリー睦(Gallery Mutsu)』での【道端のいとなみ】展

千葉市の中央区弁天にある「ギャラリー睦」で開催されている《三枝明子(みえだ あきこ)》さんの【道端のいとなみ】展を見てまいりました。

※詳しくは下記URLでご確認ください。12月1日(水)までです。
https://gallery-mutsu.com/exhibition/2021/mieda-akiko-2021/

三枝さんは、私がこのブログでよくご紹介する、私の中学時代の担任で美術の先生のやはり教え子です。

その作品は“息をのむ”ような精緻なもので、ギャラリーのホームページにも掲載されていますが、「松ぼっくり」の絵は“ここまでやるか”というくらい、“とことん”描ききっていると感じます。それも“毎日”描いているのです。

ギャラリーは広く、三枝さんの草花を描いた作品群は松ぼっくり以外にも多数ありましたが、写真に撮ると三枝さんが実際に描いていたときに捉えた姿からはほど遠いものになってしまう・・と三枝さんが訪れたお友達にお話していたのを聞き、私もそんな気がしたので写真はこのブログに載せた三枚しか撮りませんでした。(※会場でのハプニングのことを書くため)
ようするにそれほど三枝さんの描く草花は作品の実物が、「描いていた時間そのもの」を切り取ったような切実感、説得力があるのです。

 

 

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で、上記に書いたハプニングの話(^_^;)

私が訪れたときに、なんだか皆真剣に松ぼっくりを手にしていました。

 

 

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ギャラリー入り口を入った最初の部屋に、写真の作品があるのですが、壁面に一ヶ月30日間に描いた30個の松ぼっくりの絵が展示され、その絵の真下の床に“モデル”となった実物の松ぼっくりが30個置かれていたのです。
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・・・いたのですが、ギャラリーの方が夜のうちに「ルンバ」を作動させて掃除したため・・( ̄O ̄;)・・ルンバは松ぼっくりを掃除しようとして蹴散らしてしまい、絵ごとに下に置いてあった松ぼっくりは“泣き別れ”して部屋のあちこちに・・。

さあ、どの絵とどの松ぼっくりがペアなのかわからなくなり大変なことに (・_・;

でも、几帳面な三枝さん。松ぼっくりのどこかに番号を小さな字で(米に書くような文字で)書いてあり、それを皆で“はずきルーペ”などを駆使して30個の順列組み合わせを謎解きいたしました…σ(^_^;)

可笑しいのは、次々とやってくるギャラリーのお客さんが皆んなで、真剣にしゃがんだりしながら松ぼっくりのどこかに書かれたミリ単位の小さな番号を探し出して一喜一憂している姿でした。

私は思いました。
これも、この行為も“芸術の一貫”なんじゃないのか(*゚▽゚)ノって。
ギャラリーのあちこちで松ぼっくりを持ち、真剣な表情をしているお客さん、これもアートだと思いました。

とんだハプニングがとても愉快な時間になりました(*^^*)

余談が長くなりましたが、とても素晴らしい作品ばかりの「道端のいとなみ」展、千葉にお住まいの方はぜひ一度ご覧になってください。

 

2021/11/25

細野晴臣さんの映画「SAYONARA AMERICA」を見ました。

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『 SAYONARA AMERICA /2021年 日本 監督:佐渡岳利 出演・音楽:細野晴臣』という映画を見ました。

この映画は、2019年のアメリカ・ニューヨーク、ロサンゼルスで開催された細野晴臣氏のライブを記録したもので、もちろんコロナウイルス感染などが無かった頃のものです。
細野氏自身も映画の中で、今のコロナ禍は想像もしなかったが、二年前のことがずっと昔のことのように思える・・と言っていました。

コロナの無かったあの頃の細野さんの、実に自由で、自然体で、音楽を愛する様子が舞台上でバンドメンバーと共にゆったりと表現されていて、細野さんもバンドメンバーも言っていましたが、「音楽っていいなぁ」と、あらためて思える映画でした。

細野さんは1947年生まれで、60年代の「エイプリル・フール」70年代の「はっぴいえんど」で活動・・このふたつのバンドは、私が子供だったためにほとんど知らない・・。
その後の「ティン・パン・アレー」も名前だけしか知らないのですが、78年の「イエロー・マジック・オーケストラ」の活動は知っています。かなりのヒットだったし、世界的にも有名だったと思います。

細野さんは、歌謡界への楽曲提供もやっているし、プロデュースや映画音楽など多彩な活動をされています。
私もその多彩な活動のうちのひとつ、「HIS」という忌野清志郎さんと坂本冬美さんと三人のユニットで作ったアルバムを保有しておりますが、とても愉快で面白い作品でした。

 

 

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そんな細野さんがこの映画のライブでは、古いアメリカの楽曲を実に一本筋の通ったバンド演奏で繰り広げられています。
いい演奏でした。ギターもドラムも細野さんのボーカルも実に素晴らしかった。

細野さんは戦後すぐの生まれで、アメリカからもたらされた音楽にふれたときの感動が今でも大きく残っていて、今回その古いアメリカの音楽を思う存分演奏しているのでした。

観客もインタビューされて「古きアメリカの音楽の良さをあらためて知ることになった」なんて言っていました。まるで日本からの逆輸入状態ですd(^_^o)

今回、ホーギー・カーマイケルの曲などもやっていましたが、最近私が手に入れた V-Disc (※アメリカが戦地で野営する兵士にジャズなどを録音し、レコードにして飛行機からパラシュートでプレイヤーと共に野営地に投下したもの)のCD化されたものにもホーギー・カーマイケルの歌が入っていたことを思い出しました。

そのホーギー・カーマイケルが「メンフィス・イン・ジューン」を録音した日付は、何と1945年8月13日(ハリウッド)と記録されていました。
いわゆる終戦記念日の二日前です。そんな余裕ある国と日本は戦っていたのか・・と、愕然としたものですが、細野さんもいろいろな思い、さまざまな感情を持って歌い、演奏していたのだと思います。

素晴らしい演奏シーンと共に、細野さんの人柄がわかるオフステージの様子も描かれた良い映画でした。

 

2021/11/24

「剪定枝チップ機」が役に立つ

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先週の休みの日に妻とともに写真の「剪定枝チップ機」を環境事業所から借りて(なんと無料)、過日“枝下ろし”して積み上げてあった大量の枝をバリバリ・ガリガリとチップ化いたしました(*゚▽゚)ノ
今回で三年連続お借りしたことになります。
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機会の上部から枝を入れると下からどんどんチップが出て来ます。
木のいい匂いがします(゚ー゚*)。oO
機械と一緒に持って来ていただいたプラスチックの大きな衣装箱に受けると、8箱になりました。

チップは庭の木々・草花を植えてあるところに敷き詰めるように撒きました。

 

 

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剪定を終えたハナモモの木は丸坊主のように見えますが、これがまた枝が伸びてきてたくさん花を咲かせます。
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さらに剪定したジューンベリー、柿の木などの枝もバリバリやったので、チップはとても香しい・・(*^^*)
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八畳間いっぱいくらい積み上げられていた大量の枝は写真のように幹の太い部分を残してチップ化完了しました。

機械と共に渡された市のチラシには、このチップ機貸し出しは今後「廃止」となるとのことでした。
枝を1メートル程度に切り揃えれば回収が可能となったことから・・と書かれていましたが、チップ化することによって使い途もあるし、なんだか環境にも良さそうだったので、残念です。

ヘトヘトになり、私は途中で二度ほどダウンしながらの作業でしたが、庭はさっぱりしましたd(^_^o)

 

2021/11/23

宮武外骨の「アメリカ様」を読んだ。

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『アメリカ様/宮武外骨著(ちくま学芸文庫)』という本を読みました。
“投げ売り価格”でブックオフの棚にあるのを見かけ、「なんだこりゃ」と手にしたのですが、一見して怖ろしい感じの文章だとは思いましたが、内容は面白そう・・、で買い求めました。

著者、宮武外骨(みやたけ・がいこつ)は慶応三(1867)年生まれ。明治から昭和にかけて活躍した“反骨”のジャーナリストとのことです。

明治22年に発行した「頓智協会雑誌」に帝国憲法のパロディを掲載して不敬罪で入獄三年。
その後も奇抜な表現と方法で権力を揶揄し続け、入獄4回、罰金、発禁などの筆禍29回、晩年は東大法学部内に明治新聞雑誌文庫を創設し、その蒐集と保存に尽力したそうです。
・・1955年没。

この本は、第二次大戦に日本が敗れ、焦土の日本にアメリカがやって来て次から次へと昨日まで当たり前だったことを全てにおいて破棄し、目まぐるしく変化し、またそれに翻弄される日本人の様子を“外骨さん”が描いています( ̄O ̄;)

今まで散々“やりたい放題”だった軍閥、議員、財閥、それらに群がる団体などに対しても厳しい書きぶりですが、アメリカに対しても“へりくだる”のではなく、“褒め殺し”にて皮肉たっぷりに揶揄しています。

戦争にひた走った政府や無批判に隷従していった人々を痛烈に断罪していく外骨さんには今のジャーナリズムにも無い毅然としたものを感じるし、さらにそれを諧謔を弄し、ユーモアにまで行き着くという、宮武外骨という人の人間的な大きさ、不思議さ、魅力を感じるような内容でした。

この「アメリカ様」という本でもGHQから検閲・削除命令を受け、日米両政府からのダブル弾圧という栄誉に浴しています(^_^;)

今の時代に“現われよ”と言っても絶対に現われることのないような人物「宮武外骨」の本でした。

 

2021/11/22

今年もJR飯岡駅併設の「海上ふれあい館」でのレコード鑑賞会に出掛けました。

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昨日、表題にもあるようにJR飯岡駅に併設されている施設での“レコード盤でジャズを聞く”催しに出掛けて来ました。
妻が私の体調を心配してクルマで一緒に着いてきてくれました。

主催者というか首謀者(*^^*)というか・・は、私の中学時代の担任で美術の先生でした。
これも先生にとっては何度目かの企画だったのですが、私もレコード盤のいい音を聞いてみたいし、遠方まで出掛けてまいりました。

スピーカーもいくつもあって切り替えられるようにしてありましたが、真ん中に設置されていたナショナルの俗に“げんこつ”と呼ばれているスピカー(先生がサイケな絵をほどこしてある)の音は現代では全く聞くことのないどんどん前進していくような、パンチのあるものでした。
しかも、44年前に先生が技術科の先生と共に石膏で作ったホーン付きのツイーターのようなもの(^_^;)からも音が出ていて、それはそれは未経験の音が鳴っていたのでした。・・楽しかった。

 

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私もターンテーブルは持っていますが、今はほとんど簡易的な安ぅ~いものしか所持しておらず、レコード盤を掛けるっていいなぁと思いました。あの作業が、手間がいいのです。

アナログ盤も先生が自宅から持って来てあり、私もハンプトン・ホウズなどを掛けてもらいました。

 

 

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それから、レコードを掛けるって、写真のようにカートリッジをいくつか用意して聞きくらべたり、掛ける盤によって付け替えたりする楽しみもあります。
ただ、私はもうそこまで行くと人生が足らなさそうなので、安い機器でこれからもいきます(^^;)
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このアート・ブレイキーのジャケットの隣にあるのは、「壺」にフォステクスのフルレンジを組み込み、配線したものです。
これも味わいある音が出るのですからイヤフォンでなく、スピーカーで楽しむ音楽は方向性無限大です(゚ー゚*)。oO

途中、昔懐かしい8ミリフィルムで撮った18年前の銚子電鉄のドキュメンタリー(先生の知り合いが自作したもの)を見せてもらったり、これまた先生の知り合いでサックスを吹く方がリクエストにこたえて、色々な曲を吹いてくれたりのアトラクションもありました。

早めに帰るつもりがすっかり夕方になってしまい、妻の運転で帰宅しました。
いい日になりました。

 

 

2021/11/20

「戦前まっ暗のうそ 山本夏彦とその時代④」を見つけて読んでみました。

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『戦前まっ暗のうそ 山本夏彦とその時代④/山本夏彦著(ワック株式会社)』をブックオフで見つけ、すぐさま手に取り買い求めました。三百数十円でした。

感想を書く前に、山本夏彦さんの本を書店でも、ブックオフのような古本を売っている店でも、近年まったく見かけなくなりました。
なんらかの“作用”が働いているのでしょうか。それとも山本夏彦さんの文を読みたいという人がもう世の中にはいないということなのでしょうか。
私が学生時代には、本屋に行けばたくさんの著書が並んでいたのですが・・。

で、読んでみたのですが、山本さんの数々の著書から様々な文を編集して一冊の本にしているものでした。
だから、久しぶりに懐かしく、覚えのある文も出て来ました。

タイトルの「戦前まっ暗のうそ」というのも、数十年前にそのような主旨の山本さんの文を読んだことが思い出されました。

いくら識者と呼ばれるような人が、「戦前は暗黒の時代だった」なんて言っても、この山本さんの文の中には当時の様子が日記などに書かれていて、それが紹介され、いつどこに遊びに行った、飲んだ、何々が何円だった、街の人々の様子、表情なども書かれていて、・・いくらなんでも毎日“暗黒の日々”だったら人間は暮らしていけないのだ、ということがわかりました。

というか、今現在の我々だってコロナ禍で、一時は万人単位の感染者が出て、それでも心配しながら生活はしていたものの、笑いも楽しみもなく、“まっ暗”な日々を日本中が過していたわけではありません。

どんな時だって、人は“一筋の光明”を見いだして、なんとかやっていくものです。

この本に書かれている日本の1930年代は、繁栄の時代です。
書かなきゃ、そんな事実も無かったことになるわけで、でも書いたら“無視”する“識者(うろんな人)”もたくさんいるわけです。

カタカナ語を“あやしむ”山本さんの文もあり、これも懐かしく読みました。
「思想 ※昭和36年4月号」で、中野重治が「コミット」「パースナリティ」「アプローチ」「アビリティ」「コンテクスト」などというカタカナ語を使っていることを取り上げて、ほとんど外国語だけで話す学者や評論家の議論を読み、これらの言葉は概念があいまいでよく分らない、うさんくさい、と書かれています。

令和3年の私が今読んでもそう思います。
こういう評論家などは、消えることなく“湧いて”きますねぇ(^_^;)

というわけで、とても懐かしい山本夏彦翁の本を久しぶりに読みました。
背筋が伸びました!!d(^_^o)

 

2021/11/18

「文書通信交通滞在費」あわてて問題化する人と政党

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表題の「文書通信交通滞在費」、“維新”の新人議員が NHK の番組中で「任期一日で100万円出るのは、世間の常識では考えられない」と、問題提起したことが発端となって、・・・みんなあわてて問題化していますね。

今までずっと問題だったんじゃないの?!
って、国民皆んな即座に思いました。

議員の地元が遠方でも、ネットが普及して昔みたいに手紙、文書、長距離電話などにお金が掛かることはどんどん少なくなっているんじゃないですか。

ただ議員として居るだけで、毎月100万円もらえて、非課税。しかも使途の報告もしなくてよい。・・ただの「おこづかい」じゃないの。

使い途の報告は、「事務が繁雑になる」などと、ぬかし・・おっしゃっている議員がずいぶんといるようですが、コロナ禍での給付金手続きはものすごく煩雑な書類と手続きを用意して“いいからやれ”と言っていたじゃありませんか。

あんたもやりなさいよ。人にやらせる面倒くさい手続き、自分もやってみたらいかが?
サラリーマンなどは出張したりしたら必ず自分でやっているんですよ。

やらないでしょうね、というか、やれないでしょう。何に使っているの100万円!明細なんて出せないでしょう。

「日割りにすることで検討する」って、言っている政党や議員の人達、100万円は要るんだね。内訳も出さずに・・。

 

 

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“維新”の人達は、えらい勢いで100万円は寄付するようにする、なんて言っている矢先にいろいろ調べる人もいて、寄付の相手先が“自分”である領収書の画像が出回っています。
改革、改革と“耳あたり”のいいことを言っている人や団体を見つけたら、まずそいつらを疑った方がいいと思いました。
今回の“言い出しっぺ”も“維新”でしたが、底が浅すぎる。

「身を切る改革」・・まずは100万円を党全議員で返納したらどうですか。
ついでにもうひとつ“身を切って”、政党助成金も返納してください。あなた達が大嫌いな政党は返納していますよ。そのくらい身を切ってください。

ネットが世界中に普及しているこの時代にあって文通費が必要だと言うのであれば、使い途を国民に明確にして、正式に請求するのが一番だと思います。

以上です。

 

2021/11/16

瀬戸内寂聴さんとドナルド・キーンさんの対談本を読みました。

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『日本を、信じる/瀬戸内寂聴、ドナルド・キーン(中公文庫)』を読みました。
この本は、寂聴さんが11月9日に亡くなられる前に既に買ってあったものでした。
そしてドナルド・キーンさんも一昨年に亡くなられています。

内容は、お二人の対談で、2012年に刊行され、2015年に文庫化されたものです。

お二人とも東日本大震災のことにふれていましたが、寂聴さんは身体をこわして震災が起こった時には現地に赴くことはできませんでしたが、その後半年経ってなんとか身体が動くようになり現地入りしていました。

そのときに大変な状態になっていた現場の様子と、被災した人達とも会っていて、多くのものを失い、家族も失った中でもなんとか生きて、立ち直ろうとする人達のことを話されていました。そして日本を、日本人を“信じる”とおっしゃっています。

寂聴さんにとっての人生最初の衝撃的なことは戦争だったわけですが、それに次ぐものであったとおっしゃっています。

あの戦争の焼け野原からの人々の立ち直り、頑張りも見て来て、きっと今回の被災についても日本なら、日本人なら、やがては立ち直る・・その頃自分は復興した現地や人達を見ることは年齢的に出来ないだろうけど・・と。

キーンさんも、よその国なら、あれほどの災害があったときには、略奪その他の行為があるだろうに、日本人の態度は世界が見て立派だったとおっしゃっています。
そして、実に静かに人々が協力しながら生活し、立ち直ろうとしている姿を見て、大きな感動を得たようです。

丁度、震災後、期を一にしてキーンさんは帰化し、日本人になっています。

日本文学を愛し、日本人を愛しているキーンさんと寂聴さんの対談は、まるで目の前で話されているかのように次々と話の花が咲いているようでした。

お二人はこの時点で90歳になろうとしていますが、頭の中はとてもクリアで、生き生きとしているのが感じられました。

そして、お二人とも「ゆっくりと老後を過そうかな、なんて思っていたけど、忙しくて忙しくて寝る間もないくらいだ」とおっしゃっています。

“やること”がいっぱいなんですd(^_^o)

お二人が長生きした秘訣は、これなんじゃないでしょうか。
やりたいとことがいっぱい!忙しくて“死んでいる”場合じゃないっ!!(^^;)

・・私もすこし見習います(^_^;)

 

2021/11/15

北山修さんの「帰れないヨッパライたちへ -生きるための深層心理学-」を読みました。

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『帰れないヨッパライたちへ -生きるための深層心理学-/きたやまおさむ著(NHK出版新書)』という本を読みました。
これまたブックオフにて超安価購入!

タイトルの「帰れないヨッパライ」というのは、もちろん北山さんがいたザ・フォーク・クルセダーズのヒット曲「帰って来たヨッパライ」から持って来たもので、歌の中で、天国からたたき落とされた私が畑のど真ん中で目が覚め、大地の上で生きなければならない境遇になったわけですが、“帰れなくなっちゃった”人、この本では深層心理学上の父母が歌の中の神様のような形で説明されているのですが、ようするに父母から心理学上離れられなくなった人にについて書かれているのでした。

でもねぇ、読んでいてとても難しかった・・。

割と“やわらかめ”の本かと思って手に取ったのですが、読んで見ると深層心理学そのものの本という感じでした。

例示されているケースなども心理学を学問上習っている人だったら、「なるほど」となるような形で書かれているのですが、私にはよくよく考え、想像してみないとわからないし、よくよく考えてもわからないことばかり書かれていました。
私の理解力がないことが最大の原因かと思いますが、“読み切れなかった”というのが正直なところです。

この本の中では、自分は「嫉妬」の中で生きていて、なおかつ自分も人から「嫉妬」されることに怖れを感じている心理について書かれていて、突き詰めていくと、「自己敗北」型人生を選ぶようなことになる人ばかりになってしまう、ということが書かれていたと思います。

だから、予め負けておくと嫉妬されず、心理的に楽、・・だからそれを続けて負け癖がついてしまうとも言っています。

「嫉妬」というものは、破壊的になる可能性もあるが、欲しいものを手に入れようとするための努力が生まれ、それが自分の成長や繁栄につながることもある・・と。

でも、逆に努力の過程では、汚いものに手をつけないで、綺麗なまま偉くなろう、強くなろうとする者が出てくる・・(今、こういう人ばかり)。

若者が留学をせず、人々が次第に外に出なくなって、全体的に引きこもり傾向が強くなってくるのは、上記のようなことが原因なのかも・・ということなんです。

一部のものだけが外部に出て勝負し、残りの大量の人たちは内側にとどまり、ドングリの背比べをしているようだとおっしゃっていますが、まさに今の日本の状態ではないでしょうか。

手に取ったときの印象よりも、実際に読んで見るとかなり“重い”内容の本でした。

またいつか読み返すと、今回とは異なったものが導き出されるような気もします。

 

2021/11/13

瀬戸内寂聴さんの訃報に接し、知ったこと

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瀬戸内寂聴さんが亡くなられたと、最初にラジオの速報で知りました。
清水ミチコさんの番組中で、清水さんもよくモノマネをされていました。清水さんも驚いていた・・。
写真は、私が気になった新聞記事などをスクラップしているノートです。

テレビなどのニュースで詳しく瀬戸内さんの作品や、活動などについてふれていましたので、それについてはここでは書きませんが、新聞を読んでいて気になった記事がありました。

それは、作家の井上荒野さんのお父さん(井上光晴氏)が、かつて寂聴さんの恋人だったと井上さんが振り返っている記事でした。
そのことをモチーフに、井上さんは『あちらにいる鬼』という小説も書かれています。
この十一月に文庫化され、今後映画にもなるとのことです。

井上さんが高校生だった頃に、調布の井上宅に寂聴さんが来たというのです。
1978年、寂聴さんが出家して五年後のことです。

そして井上光晴さんが亡くなられてからも、その妻と娘である井上荒野さんの交流が続いていたというのです・・ (・_・;

ある男の愛人と、その男の妻と娘が交流するなんて・・。

荒野さんによれば、「彼女の人間的魅力がその大きな理由」だというのです。

荒野さんのお母さんも「大らかで率直で、無邪気で軽妙なひと」「太陽みたいな人」と表現していたようです。夫の愛人ですよ!( ̄O ̄;)

荒野さん自身も寂聴さんと会ったあとは、「自分の真ん中に大きな、風通しの良い穴が穿(うが)たれて、その穴のせいで自分が一回り大きくなったような気がした」と、おっしゃっています。

守る必要のないルールや誰が決めたのかわからない「ふつう」という観念に私達はとらわれているけれど、寂聴さんの心はそれらからことごとく自由になろうとしていた・・・私もそんな気がする(゚ー゚*)。oO

荒野さんが「歴代の恋人の中で、父は何番目くらいですか」と寂聴さんに聞いたことがあるそうです。

そしたら・・

「みーんな、つまんない男だったわ!」・・だって(^_^;)

たまたま先週寂聴さんとドナルド・キーンさんの対談本をブックオフで買ったところでした。まったくの偶然ですが、今読みかけの本を読み終えたらこの本を読んで、またここに感想を揚げたいと思います。

寂聴さんのご冥福をお祈りいたします。

 

2021/11/11

赤瀬川原平さんの「金属人類学入門」を読みました。

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『金属人類学入門/赤瀬川原平著(日本カメラ社)』という本を読みました。
これは1993年から1995年に月刊「日本カメラ」に連載された赤瀬川さんの文を新たに構成したものです。
発行は1997年。

カメラ雑誌に連載されただけあって、中古カメラが欲しくて欲しくてたまらなくなる“中古カメラウイルス”に感染し、最新モデルのプラスチック製ではなく、『金属製』の昔ながらのカメラに固執するという“感染者”のお話として書かれているものでした。

なぜか男に多いですね、“金属好き”。

カメラももちろんですが、オーディオ(アンプ、プレーヤーなどの機械類)、クルマ、万年筆、・・鉄道も金属か・・d(^_^o)
こういうのに惹かれるんですよ、そんな人、周りにもいるでしょう。かく言う私もその部類に入っていると思う。

たまたまカメラに夢中になることはありませんでしたが、でもその気持ちは読んでいてよくわかりました。
しかも赤瀬川さんの場合は、ただライカなどの逸品を探し求めるだけでなく、実際にそれで撮ることに大きなよろこびを感じていて、“鉄ちゃん”で言えば“撮り鉄”に該当するのだと思います。
マニアックな中にも健全さを感じます(*^^*)

主に出てくるシチュエーションは、「中古カメラ市」です。
ここで紹介されているカメラや、様々な器具については、私はよくわかりませんが、なんだか読んでいるだけで“うっとり”しちゃうんですよね(^_^;)
「いいものに出会った」「すごい逸品が目の前にある」という感覚、わかります。もう精神状態は正常ではいられないのですよね、そういうことあります!

・・という話ばかりが書かれている本なわけです(^^;)

時には、赤瀬川さんが首から自慢のカメラをぶら下げていると、思わぬ達人から「それいいカメラだね」と褒められているシーンもあり、赤瀬川さんとても嬉しそう(#^.^#)

今、私の大事なカメラも不調で、修理しようと思っているのですが、直ったらどんどん赤瀬川さんのように街に出ていろいろな写真を撮ってきたいと思っています。
そしてこのブログでもご紹介したいと思います。

カメラ好きが読んだら、この本だけで“ごはん三杯”は食べられるというマニアには応えられないであろう内容でした。
私もカメラマニアでもないのに、すっかり堪能いたしました、ありがとう(^-^)/☆

 

2021/11/09

「月の下のカウンター/太田和彦」を読みました。

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『月の下のカウンター/太田和彦著(小学館文庫)』を読みました。
居酒屋話といえば太田さんですが、この本はいつもの居酒屋やお酒の話に特化したものではなく、太田さんの両親の話や、生い立ちなどにも話が及んでいました。

また、大阪、名古屋、高知、新潟、沖縄など各地を訪ねていろいろなお酒を呑み、その土地ならではの料理などにも箸をのばすのですが、文体がとてもやわらかく、しかも流れるようで、まるで“歌を歌っている”かのようです。

時に割と“固い”文体になることもある太田さんですが、この本については“やんわり”とした感じです。
こういう太田さんの文も好きです。

この本に出てくる

「旭川・独酌三四郎」「青森・ふく郎」「秋田・酒盃」「気仙沼・福よし」「仙台・源氏」「東京・鍵屋/シンスケ」「横浜・武藏屋」「横須賀・銀次」「名古屋・大甚本店」「京都・赤垣屋/神馬」「大阪・明治屋/スタンドアサヒ」「益田・田悟作」「博多・さきと」

には、まだ、どの店にも行ったことがありませんが、ぜひこれからひとつでも行ってみたいと思いました。

特に各地の地酒が楽しめると、とてもいいd(^_^o)

体調もやっと復活してきたので、コロナ禍も収束したらぜひ出かけたいです!!

 

2021/11/08

【復刻版】Modern Jazz喫茶『 頑 固 堂 』⇒《 Time Out / 1959 》The Dave Brubeck Quartet

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十数年前に作っていたホームページ“Modern Jazz喫茶『 頑 固 堂 』”のブログ版復刻です。
今回取り上げるのは、デイブ・ブルーベック・カルテットの有名盤「タイム・アウト」です。

Time Out / 1959
The Dave Brubeck Quartet

Dave Brubeck/p
Paul Desmond/as
Gene Wright/b
Joe Morello/ds

①Blue Rondo A La Turk
②Strange Meadow Lark
③Take Five
④Three To Get Ready
⑤Kathy's Waltz
⑥Everybody's Jumpin'
⑦Pick Up Sticks

デイブ・ブルーベックといえば、「テイク・ファイブ」ということになるのですが(タイトルは知らなくても、曲を聞けば誰もが知っている曲です)、実は一曲目の「トルコ風ブルーロンド」が、このアルバムの一番の“聞き物”だと思います。
『超変拍子』の、この曲は、最初聞いた時には、プログレッシブ・ロックのEL&P(エマーソン・レイク&パーマー)が、ムーグ・シンセサイザーの代わりにピアノで演奏しているのかと思いました。
まさにサーカスのようなアグレッシブなピアノです。ただ、ただその素晴らしさに圧倒されてしまいます。

2曲目は、ちょっとピアノが落ち着いた感じになり、聞かせるジャズに変わりますが、白人っぽくて、インテリジェンスを感じさせてくれるような気がします。
当時、大学生に人気があっという話しを聞いたことがありますが、さもありなんと思いました。

3曲目は、このアルバムを買った人がお待ちかねの「テイク・ファイブ」です。CMなどにもよく使われているので、聞けば知らない人はいないでしょう。
5拍子のこの曲で、当時の学生たちはジルバのように踊ったとか・・・。
この曲はブルーベックではなくて、アルトのポール・デズモンドの曲ですが、ブルーベックの代名詞のようになっています。デズモンドの気持ちやいかに!
意外とベースがこの曲のグルーヴ感を出すのに貢献していることにも気づきました。
また、途中のドラム・ソロがこの曲独特の世界観をよく表わしていて、洗練されたものだということにもあらためて気づくことになりました。

4曲目は、またトリッキーなリズムのピアノで始まり、1曲目同様油断できない展開です。そのアカデミックな演奏は、インテリの人たちの自尊心をくすぐるような感じです。

5曲目は、静かなピアノ曲で、ちょっと洒落た感じです。
デズモンドが入ってきたところから、自由な感じで曲が展開します。一番ジャズっぽいナンバーかもしれません。

6曲目はデズモンドとブルーベックの掛け合いのようなところが、とても都会的に感じます。
当時の“いかした”ナンバーだと思います。
デズモンドのアルトに掛かっているほどよいエコーも、とてもいい感じ。

7曲目、ラストは、ブルージーなブルーベックのピアノが際立っています。
デズモンドのアルトもそれにも増してブルージーで、最後まで大満足のアルバムだと思います。
バスドラムのキックの音のふるえるような深さもけっこう“聞き処”です。
人気盤だからと言って、あなどれない、聞きどころ満載のアルバムではないか、というのが、私の感想です。

〈追記〉2021/11/08

今回この記事をアップするにあたって再度CDを聞き直してみましたが、1950年代にこれだけ精緻で、かつダイナミックな演奏、楽曲が繰り広げられていたことに、あらためて驚きました。
録音もいいと思います。わざとらしい音の“上げ下げ”などなく、とても自然な感じで録られています。“品格”さえ感じるのです。
ジャズという音楽に、当時の優秀なミュージシャンやコンポーザーが集中していたのだろうな、と思いました。もちろん録音技師などのエンジニアについても。

1960年代後半から1970年代にかけて、その優秀な人材がロックや電化されたジャズ、フュージョンなどに雪崩をうつように移動していったのではないかと、今にしてみれば思えるわけですが・・。

 

2021/11/07

最近、散歩中によく見かける光景

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私、今年始めに入院し、そして退院後は自宅療養につとめ、体力はほとんど回復いたしました。
もう何ヶ月も前から夕方近くに3~4キロほど散歩というか、ウォーキングというか、その程度の速度で自宅から周辺を歩き、また日中に公園などに出かけて5~6キロ歩いております。

特に自宅周辺を歩いていると、犬の散歩をしている人によく出会います。

それは別にいいんだけど・・。

散歩させている人の多くがリードを持ちながら景色も見ていないし、犬も見ていない。
見ているのはスマホだけです。

いったい何をスマホで見ているのかわかりませんが、これじゃ愛犬とのコミュニケーションもとれていないし、犬との散歩という空気感の記憶なんてまったく残らないでしょうね。
せっかく木々の間を歩いたりもしているのに、そんな清々しい光景なんてまったく目に入っていないようです。

“つわもの”としては、4匹の犬のリードを両手に持ち、それでも片方の手にスマホを握ってグイグイ引っ張られつつも、なんとかして画面を見ようとしている若い男の人がいました。

・・何のために犬を飼っているのでしょうか・・。

犬が危険な目に遭ってしまうかもしれないし、自分が誰かとぶつかるかもしれない。
そして、引いている犬が通行中の人に何かしてしまうかもしれない。

横断歩道を渡るときも、信号が青になったらスマホに目を戻し、渡っている最中もスマホだけに集中し、何の注意もなく歩いていますが、右折車などが突っ込んできたら気づかずに死んでしまいますよ、ワンちゃんもろとも。

なんかこんな人が多すぎる。

せまい歩道をスマホを見ながら自転車で爆走してくる人もしょっちゅうです。

私はとにかく、そんな人が近づいてきたら歩道の端に寄り、立ち止まってやり過ごしています。それしかないです。

スマホだけが人生の中心にある皆さん、命を大事に、犬を大事にしてください。

本日は以上です。

 

2021/11/06

珈琲ドリッパー、三種類を使ってみて

先週のこのブログで、ちょっと変わった形の珈琲ドリッパー「オリガミ・ドリッパー」を使ってみての感想を書きましたが、私は現在三種類の珈琲ドリッパーを使い分けています。

使い分けているというのは、珈琲豆の種類によってそれぞれドリッパーの特徴を生かして使っているとうことなんです。
今現在は11種類の豆を用意しているのですが、それぞれを三種類のドリッパーで試してみて、家族にも飲んでみてもらって感想を聞いて、その豆に一番良さそうなドリッパーを選んでいます。
面倒に思えるかもしれませんが、これが・・楽しい(#^.^#)んです。

私が珈琲豆を仕入れているのは千葉市中央区大巌寺町にある「じゃくう鳥」という珈琲豆屋さんです。
以前の職場の同僚が、高校時代の同級生ということでお店を教えてくれて、実際に飲みに行って“めっちゃ気に入った”のでした(゚ー゚*)。oO

“ど素人”の私が言うのもなんですが、じゃくう鳥の豆を使って珈琲を淹れれば、「普通の喫茶店の珈琲」には勝ってしまいます'(*゚▽゚*)'いやホント!
それほど美味しい豆なんです。

じゃ、ドリッパーなんかにこだわらなくてもいいじゃないの、とおっしゃるかと思いますが、そこは“マニアックな男の性(さが)”…σ(^_^;)そういうのを色々試行錯誤して、美味しく珈琲を淹れようっていうのが楽しいだけなんです。
・・じゃくう鳥のマスターから見たら“笑っちゃう”と思いますけど(^_^;)

 

 

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まずはカリタの陶器で出来たよくある普通の台形型のドリッパー。
穴は三つ開いている、昔からよく見かける一番オーソドックスなタイプのドリッパーです。

これは、じゃくう鳥の豆しか試していませんが、「中深煎り」から「深煎り」にとてもマッチするようです。
珈琲の輪郭がしっかりしてきて、しかも深み、味わいも増すように感じました。
「じゃくう鳥オリジナル・ブレンド(中深煎り)」と、「エチオピア・シダモ・ウォッシュド(深煎り)」そして千葉市稲毛区稲毛にある『稲毛園』というお茶屋さんにじゃくう鳥から卸している珈琲豆「Vivace(深煎り)※インド・ペルー・ブラジルのブレンド」、また意外や「ブラジル・ショコラ(浅煎り)」もベスト・マッチでした。・・研究の成果(*^^*)

さらにじゃくう鳥が西千葉の飲食店『Thymons(ティモンズ)』に卸している「ティモンズ・ブレンド(中深煎りくらいか・・)※エチオピア・インドネシア・パプアニューギニア・ブラジルのブレンド」にもマッチすると感じました。

 

 

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続いて同じカリタのウェーブ・ドリッパーでフィルターは専用のウェーブ・フィルターです。
この特殊なドリッパーには、「パナマ・ドンパチ・ティピカ(中煎り)」、さらに先ほどご紹介したお茶屋さん『稲毛園』に卸されている「Adagio(浅煎り)※パナマ・コスタリカ・ブラジルのブレンド」、同じく『稲毛園』の「Allegro(中深煎り)※インドネシア・タンザニア・パプアニューギニア・ブラジルのブレンド」が、とてもマッチしました。

比較的、煎りは浅めだが、どこかパンチの効いているような味の珈琲に合うようです。
気持ちの良いすっきりさがよく表現されました。

 

 

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最後は、オリガミ・ドリッパーです。不思議な星形のような形の美濃焼でつくられたものです。このドリッパーには、ハリオのV60用の円錐形のフィルターも使えるし、カリタのウェーブ・フィルターもきっちり“ヒダヒダ”の数も合います。

今回はウェーブ・フィルターを使って試してみました。

これには、「コスタリカ・グレースハニー(中煎り)」、「ブルンジ・プロカスタ(中煎り)」、さらにじゃくう鳥・秋の限定ブレンド「オータム・ブレンド(中煎り)※果実味のあるドミニカ がベース。甘味のブラジル、エチオピアの華やかな酸味、パナマのまろやかなコクの4種ブレンド」がとても合いました。

「豆」の特徴がはっきりしているようなタイプの珈琲がオリガミ・ドリッパーには良いようです。その特徴を鮮やかに表現して、さらに芳醇さまで感じさせるような、見た目の形からは想像できない“オトナの対応”的なドリッパーでした。
飲んでみて何の豆か当てられるくらいそれぞれの豆の印象がくっきりとします。

以上、珈琲や淹れるときの器具などになんの興味もない人には、どうでもいい話でしたが(^_^;) YouTube などでも、こんなことをいろいろやって、試している人がたくさんいたので、私もやってみました。

それじゃまた(^-^)/☆

 

2021/11/05

谷川俊太郎の「ひとり暮らし」を読んだ。

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『ひとり暮らし/谷川俊太郎著(新潮文庫)』という本を読みました。
ブックオフにて安価購入。

もともとは、平成13年12月に草思社より刊行されたものの文庫化です。

60代半ばになった頃の谷川さんが、ひとり暮しの日々と、さまざまなことを思うさまを書き綴ったものという印象でした。

文中に、老いることへの不安が少しは見えていますが、でも自ら決意表明的に現在の生活と周囲との関係などをはっきりと書き、生きて行くことのたのしみのようなものが淡々と綴られていました。
こういう境地に至る人は現在の欲望と不可思議なIT環境に取り巻かれている世の中では、なかなか難しいことだと思います。しかも男性では・・。

勝新太郎さんの
「おれっていう人間とつきあうのは、おれだって大変だよ。でも、おれがつきあいやすい人間になっちゃったら、まずはおれがつまらない。」

という発言を例に挙げ、誰でも自分とつきあうのは大変なんじゃないか、ただ大変なのを自分じゃなく、他人のせいにしているだけじゃないか。

大変な自分と出会うまでは、ほんとに自分と出会ったことにならないんじゃないか。
・・・上手に自分と出会うのを避けていくのも、ひとつの生き方かもしれないけど。

と、書かれていて、これは“響き”ました。

そうなのかもしれないと思いました。
自分とつきあうのは大変だけど、でもつきあうことが出来れば、それはある境地に達しているのではないかと思いました。
・・人のせいにして自分と対峙するのを避けている人が世の中ほとんどかもしれませんが。

というわけで、書かれている文章は平易で、しかも淡々としていますが、中身は“深い”、そんな本でした。
言葉のひとつひとつが“刺さったり”“沁みてきたり”するのでした。

 

2021/11/03

「男と女・・・/亀山早苗」を読みました。

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『男と女・・・ セックスをめぐる五つの心理/亀山早苗著(中公文庫)』を読みました。

亀山さんは、おもに女性の生き方をテーマに恋愛、結婚、性の問題に取り組んでいるフリーライターです。
このブログでも亀山さんの著書について、過去2014年6月に「結婚しても恋人でいたいなら」と、今年8月に「人はなぜ不倫をするのか」を取り上げました。

実はそのときのアクセス数はかなり良かったのでした。
で、今回ブックオフにて見つけたこの本をまた読んでみての読後感です。

この本では、インタビューをかなりの数で、しかも深く行っていて、主に「夫婦」が登場しますが、「恋人」関係の人達もいて、それぞれの性的な嗜好や、特に女性について今だ残る性に関する固定観念にふれていました。これは従来からある社会的な制約、理解がこの今の時代でも影響しているのだなと感じました。

読んでいて、世の中ほんとうにいろいろな「性」に関する“歓び”のパターンがあるものだと思いました。・・けっこう想像を絶した。

また、夫がいる女性の「彼とは恋愛、夫とは夫婦愛というふうに考えたいんです」っていうインタビューでの言葉も印象に残りました。
・・あのね、私も読んでいて考えたのですが、この複雑化した人間関係、夫婦関係、男女関係が渦巻く社会で“有り”なのかもしれないと思ったのです。

一般的に女性は複数の男性を愛せないんじゃないか、という固定観念があるかと思いますが、状況に応じて相手を選択し、「この人もあの人も好き」ということが有り得るんじゃないかと・・。

もうひとつ気になった部分がありました。

人はいつの間にか抜け目がなくなって、男女関係についても「メリット・デメリット」を考え過ぎるようになってしまったのではないか、と書かれていた部分です。

著者は、「ひょっとしたら男女の本質は“一緒に堕ちていく”ことにあるのではないか」と言っています。

“一緒に堕ちてもいい”と思えるような関係、そんな相手にめぐりあえる幸せを私達は忘れているのではないか・・というわけです。

そんなふうに思えるほど“惚れ込んだ”ことが・・ありますか?!
お前はどうだっ??て・・。

・・どうでしょう・・…σ(^_^;)

 

2021/11/02

九十九里の地酒「梅一輪」の“ひやおろし”を飲んでみた。

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以前、九十九里の片貝海岸に出かけたお話を書きましたが、そのときちょっと地酒直売所まで足を伸ばして買ってきたのが、この「特別本醸造 ひやおろし 梅一輪」でした。

「ひやおろし」って、お酒が冬に醸造されて絞られたあと、劣化を防ぐために二度、「火入れ」と呼ばれる加熱処理が行われるのですが、お酒を造る段階で、二度目の「火入れ」を行わず卸されるものです。

冬に絞り、春以降に保存する際に、「火入れ」を一度行って貯蔵。
そして秋になり、外の気温と、貯蔵庫の温度とが同じくらいになるころに出てくるのです。

常温を意味する「冷や」の状態で「卸す」ことから、『ひやおろし』って呼ばれるんだそうです。

冬に絞ったまま卸した「生酒」がフレッシュな味わいであるのに比べ、「ひやおろし」は一度火入れを加えた後に、貯蔵庫で夏のあいだ寝かせてあるため、時間によって程よく熟成されるんです。
絞りたての粗さが取れ、味わいがまろやかになり、味わい深さを楽しめる・・って寸法です(*^^*)

飲んでみると、やはり独特の“まろやかさ”とガツンと来ない熟成感があります。
飲みやすいけど、“深い”感じがなんだか身体に沁みてきて、うれしくなっちゃいますね(#^.^#)

この「梅一輪」も、“ひやおろし”で飲むと、とても味わい深く、豊かな晩酌になりました。
千葉県山武市松ヶ谷の「梅一輪酒造」、千葉ではお馴染みのお酒でした。

 

2021/11/01

衆院選、終わりましたね。

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昨日、夜遅くには今回の衆院選の大勢が決まりました。
このブログでも時々政治的なことを書いたりもしてきましたので、この結果を取り上げずにおくのも変かなと思いまして、少しばかり感想を書きます。

甘利さんや、平井元デジタル大臣などが小選挙区で落選したのはいくらなんでも当選させたくない国民の気持ちが表われたのだと思いますが、比例で当選してしまう・・これじゃ選挙民が落とした意味がないじゃないの、といつも思います。ひどい制度だが、自公が安定多数を獲得したのですから、これからもこの制度は無くならないでしょう。都合のいい制度です。
小沢一郎さんも、時代が終わった象徴的な形で落選したが・・でも比例で当選してしまった。

石原さんが比例でも復活できなかったのは、よかったと思いました。
コロナに感染したときに、市民はなかなか入院など出来ないのに、自分だけ症状も出ていないのにさっさと入院した人です。

コロナの感染拡大が選挙前に収まりはじめ、さらに首相が変わったことが自民には思った以上に好結果を得たようでした。
コロナ感染に収まりの様子が見られずに、菅さんが首相だったら結果は大きく異なったものになっていたかもしれません。

それにつけても情けないのは、立民の枝野さんです。
あの“高っ調子”の大昔のような“アジる”感じの演説は、聞いているだけでイライラさせられました。誰かアドバイスできる人はいなかったのでしょうか。
あれじゃあ、聞く気にもなりません。

それから自分達にはいい政策がある、というようなことを言っていたけれども、結局よくわかりませんでした。具体的な内容が伴っていなかったと、ごく普通の市民である私は感じました。

メディアで事前調査などで言われていた「自公と拮抗している」・・というのはまったく“アテはずれ”でした。身を切って共闘した共産党は結果的に“割を食った”感じでした・・。

そこで“漁夫の利”を得たのが維新でした。
共産と組む立民にはちょっと入れにくいという人や、無党派層、あるいは自公に今回は入れたくないという人も投票したのかもしれません。

しかし、私には、改革、改革と言っているこの人達の目には私達国民の顔などまったく眼中にはないと感じています。前からずっと・・。

人間の直感的な感覚って、けっこう図星なことがあります。

あの人達からは、結局改革してその後日本をどうしたいのか、国民にはこんないいことが待っています、っていうのが全く見えないというか、言っていないのです。
これは橋本さんが大阪府知事・大阪市長だった時からも同じ。あの人の本を読んでも、こういう制度改革をしたいというのはありましたが、その改革が成ったら皆さんの生活を、世の中をこうしたい、こうなります、というのはひと言も書いていなかった。
“制度改革マニア”みたいな人達です。

でも、選挙結果は、私達国民が今“どういう国民なのか”をはっきり示しているのだと思います。
トヨタのクルマを見ていると、日本人のクルマに対して求めているものがよくわかるのですが、それと同じ、この選挙結果が私達です。投票に行かなかった人も含めて・・。

自分達がどういう国民なのか、もう一度私もこの結果をよく見て考えてみます。

 

【復刻版】Modern Jazz喫茶『 頑 固 堂 』⇒《 True Blue / 1960 》 Tina Brooks

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十数年前に作っていたホームページ“Modern Jazz喫茶『 頑 固 堂 』”のブログ版復刻です。
今回取り上げるのは、ティナ・ブルックス(テナー・サックス)のアルバム「トゥルー・ブルー」です。

True Blue / 1960
Tina Brooks

Tina Brooks/ts
Freddie Hubbard/tp
Duke Jordan/p
Sam Jones/b
Art Taylor/ds

①Good Old Soul
②Up Tight's Creek
③Theme For Doris
④True Blue
⑤Miss Hazel
⑥Nothing Ever Changes My Love For You

ティナ・ブルックスのアルバムは、けっこう昔は“幻”と呼ばれているものが多かったのだそうです。このアルバムは当時きちんと発売されたようですが、他の何枚かはブルーノートに録音は残されていたものの発売されず、しかもブルーノートのカタログには掲載されていて、ファンは発売されているものと思い、レコード店を奔走したとか。

そのようなエピソードをさておいても、ティナ・ブルックスの作品は非常に良い出来だと思います。

四曲目のタイトル曲「トゥルー・ブルー」の変則的なピアノとベースのリズムに乗って繰り広げられる怪しい世界はあまりに魅力的です。
ティナのテナーも艶やかで、蠱惑的です。1960年の録音当時にこの曲を聞いた人々はさぞかし耳で、そして全身でこの曲の魅力を感じ取っていたことでしょう。今聞いても“ぞくぞく”するのですから。

一曲目もテーマが非常に魅力的だし、演奏も全員が非常に“ノッて”います。アート・テイラーのドラムがじりじりと曲を引きずっていくようにメンバー全員を誘います。それに応えるティナのテナーソロは味わい深く、音色も多彩です。

二曲目は弾むように軽快なリズムでこれ、スピード感がいいですね。
ティナのソロでのテナーの音色はとても魅力的、そしてフレーズも独特のムードあるものです。
ハバードと二人で吹くテーマも勢いがあって、いい感じです。

三曲目の一転してマイナーな「ドリスのテーマ」はティナのテナーを堪能できる一曲です。まさに“オトナ”のジャズの世界です。ジャズを聞くときの喜びって、こういう曲を聞いたときに感じるものだと思います。
アート・テイラーのシンバルに特徴のあるラテンぽいリズムも、この曲をよりいっそう魅力的にしています。
そして通常のフォー・ビートに戻るときのリズムの変化も、そこで急に静かな大人の世界に入っていく感じがとてもいい。

五曲目は、ドラムのアート・テイラーにころころころがされるようにしてジャズの流れにのみこまれていく感じがあります。バンド全体がそんな感じでひとつの流れになって曲を展開していきます。聞いているこちらもその流れに身をまかせて楽しんでしまうという・・そんな曲です。

唯一ティナのオリジナルでない曲がラスト六曲目です。
とてもオーソドックスな曲ですが、テイラーのドラムがドラマチックな展開にもっていって、そのおかげでハバードとティナの絡みも非常に劇的で美しいものになっています。

ジャズを緊張とリラックスの中で存分に楽しめる、そんなアルバムです。

※2021/10/31に一部追記を施しています。

 

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