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2021/12/31

怖いが、365日を振り返る。

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写真は日々ふと気づいたことをメモしているメモ帳とノートです。
あとで、これらを見ながらブログを書くこともあります。忘れっぽくなってきましたから。

大晦日になりました。
今年は激動、激変の年だったので、年末にあたり、自分自身に“言い聞かせる”意味も含めて…σ(^_^;)一年を振り返ってみたいと思います。

1月、年が明けたのに、体調は大不調でした。
年末に病院に行き、薬等ももらったが一向に良くならず、無理やり3日には再度病院に行き、4日には入院となってしまいました。

そこからが闘病の日々でした。
ひょっとして生きて帰って来ることはできないかも・・という状態でした。
一ヶ月の入院、闘病の末、生還!
でも、帰ってからも体調を元に戻すのに苦闘の日々でした。
自宅の階段も自力で昇れないような状態から、我慢我慢、家族の協力も得て、庭を歩けるように、近所周辺を散歩できるように、そして今は公園などで何キロも歩くことが出来るまでになりました。
生きていてよかった。

仕事は家族と相談し、決断して辞めることにしました。
夏頃までには、ひとりでいろいろなことが出来るまでに療養を頑張ろうということにしました。

辞めてしまった仕事・・。
苦労ばかりで、そんなに恵まれた仕事人生ではありませんでしたが、でも土木から戸籍・住民記録、年金、小中高校の耐震工事、相談業務、広聴業務、市内を巡るネットワークと、職場全体のネットワーク統合と構築、東京での国会や省庁との連絡業務、地域振興での多種多様な業務、大きな祭りなど、我が社でもこんなにあれこれ様々な職種を経験している人はあまりいないかもしれないほどの経験をしました。
それはそれで一人の人間としてよかったのかもしれないと、今にして思います。

世間はコロナ禍ということで、好きだった宝塚観劇も出来ませんでした。東京には一度も行けてないし、電車にも乗っていません。
とても残念だけど、これは仕方ない。

映画は、今年後半になって、市内でやっと少し見ることができました。

その分、読書はよくしました。読めば読むほどいろいろな人の考え方や人生を擬似的に経験しているようで、心の栄養になりました。
このブログで読後感を書いているのも、皆様への“お裾分け”の気持ちです。

音楽も、ビートルズとジャズを中心に聞き、ブログ内でもその様子をかなり書くことができました。これも自分にとってとても大切な「音楽」と向き合うことになりました。

会いたくて、会いたくてたまらない人で、今年は会うことが出来なかった人もいますが、なんとか来年は会って、つもる話をしたいと思っています。

私の中学時代の先生とはよく電話でお話しました。
いろいろ不安だった私に言葉をかけていただき、こんなに長きに渡ってお世話になり、私は幸せ者だと思いました。先生にはほんとうに感謝しています。

仕事を降りてから、人間関係が寂しくなるのかと心配もしましたが、でも、それでも出会える人、いろいろやり取りできる人はできました。
むしろ、仕事で頭の中が忙殺されていたときよりもしっかりとした関係になれたように思います。不思議なものです。

それに、SNSは一般的な感覚としては“稀薄”な関係性かのように思いますが、いやこれもまた古くからの付き合いの方が見てくれていて、それがとてもうれしく、安心感をもたらしてくれることに、あらためて気づきました。いいものなのです。通り一遍の見方をしなくても、自分なりのSNSの中での関係性というものがあるのだと思いました。

このブログの中で自分の今までの人生の出来事を振り返って、うれしかったこと以外にもひどいこと、つらいこと、すべてどんどん書いてみました。
批判されるかと思いましたが、アクセス数は上がり、むしろ好評でした。それもよかったことです。

今は、上記ブログなども含め、もう一度人生を振り返って、自分のためにも、家族のためにも日々生き生きと自分らしく生きることを中心に据えて、来年以降これからの生き方を考えようとしています。

・・こんな感じですd(^_^o)

まだまだコロナウイルス感染はやや増えつつあったりして、来年以降も不安な要素はありますが、どうかご覧の皆さんにおかれましても、来年が「良い年」になりますように。

以上、今年の締めくくりブログでした。

 

2021/12/29

夏井いつきさんの「365日季語手帳」を読みました。

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『2022年版 夏井いつきの365日季語手帳/夏井いつき著(レゾンクリエイト)』を読みました。24日に出たばかりです(^-^)/☆

夏井先生の YouTube を見ていてこの本のことを知り、それによると、ここ最近は毎年出されているそうで、もう第6弾になるのだそうです。

この本の面白いところは、一年365日それぞれに季語を当てはめて、その季語をつかった作品を紹介(夏井先生のものもある)しているのですが、それぞれの季語について、読者が句をつくり、応募し、良い作品があれば次年度のその季語のところに載せてくれるという形をとっているのです。

だから、今回も読者の作品がいくつもそれぞれの季語のところで紹介されています。
今回の本を読んで、「よし、私も」と応募して選ばれれば、来年のこの本に自分の作品を載せてもらうことも出来るというわけです。

せっかくだから、いい作品がたくさん載っているのですが、私好みというか、私の琴線にひっかかった作品をご紹介いたします(*^_^*)
いずれも読者からの投稿によるもので、「特選」として掲載されたものです。

ひとつ目

季語は「春野 (※草木芽吹き、日々緑をなし花々を咲かせる野)」です。
   ↓
『廃れたるラブホの二階より春野』

・・二階から春野を見ているのはお客さん、それともホテルの従業員?なんだかその光景が浮かんでくるようでした。

ふたつ目

季語は「木の芽和 (※山椒の若芽を使った料理。酒の肴に好まれる)」です。
   ↓
『木の芽和苦し社宅の婦人会』

・・息苦しい婦人会の様子が“木の芽和え”をつかって、よく表わされているようです。

みっつ目

季語は「プール (※屋外プールが夏の風情)」です。
   ↓
『元夫と今の夫ゐるプールかな』

・・夫とプールにやって来たら、そこには元の夫の姿が(^_^;)・・ヤバいと思いつつもなんだか可笑しいシーンです。

・・というわけで、私が選んだ作品は、まったく王道ではありませんが、とても気に入りましたd(^_^o)

テレビはほとんど見ない私ですが、「プレバト」の夏井先生のコーナーはいつも拝見しております。この本をもう一度読みつつ、番組を見たいと思います。

 

2021/12/28

ビートルズ「Let It Be」のスーパー・デラックス・エディション、最後五回目の試聴は、 Disc 5『Let It Be EP』です。

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①Across The Universe(Unreleased Glyn Johns 1970 mix)

グリン・ジョンズによる未発表の1970年ミックスです。
冒頭に少し会話が入っています。
あの、“鳥のはばたき”が入っているものの方のテイクかと思います。
かなりナチュラルな仕上がりです。
アコースティックギターには、シュワシュワというエフェクトが掛かっていて、それもあの“はばたき”バージョン同様です。
もともとテープの回転を落として録音しているようなので、それを正常回転させて再生しているので、ちょっとジョンの声は高めに聞こえます。
思ったほどインパクトある新鮮さは無かった感じです。


②I Me Mine(Unreleased Glyn Johns 1970)

これも、グリン・ジョンズによる未発表の1970年ミックスです。
フィル・スペクターのバージョンに馴れてしまっているので、ちょっとサウンドが寂しい感じに聞こえてしまいます。
でも、サビのところはけっこう盛り上がる!
リンゴのドラムも、どのように叩いているのかよく聞こえる。
で、オリジナルのプロデューサーであったフィル・スペクターのバージョンでは、テープを繰り返して追加し、曲の体をなんとか保ったわけですが、こちらは本来の録音された長さで曲は終了するので、とても短く、あっけない (・_・;のでした。


③Don't Let Me Down(New Mix Of Original Single Version)

これは、オリジナル・シングル・ヴァージョンのニュー・ミックスです。
こちらでも、演奏前の会話が収録されています。
オリジナルではちょっと歪みがちだったギターやベースの音は制御され、聞きやすくなっていますが、ではそれがこの曲に合うのかというと、そうでもないかも・・。
リンゴのドラムも特にシンバルの音が制御されているように思います。クラッシュ・シンバルの破壊力が控え目になっている。ただ、どういうふうにリンゴが叩いているのかはっきりとわかるようになったので、逆にリンゴのドラムの上手さが引き立っています。


④Let It Be(New Mix Of Original Single Version)

これも、オリジナル・シングル・ヴァージョンのニュー・ミックスです。
聞いた感じはそれほどオリジナル・シングルとは変わっていないように感じる。
女性コーラスがけっこう際立って聞こえるな、という感じはしました。
また、間奏のジョージのギターがやはり際立ってよく聞こえます。エコー控え目。
全体にポールのボーカルもクリアで艶やかに聞こえます。
ラストの盛り上がりのリンゴのドラムは迫力が増しました。
最後のオルガンのハウっているような余韻は意識して消されたように思います。

 

2021/12/27

太田和彦さんの「銀座の酒場を歩く」を読んだ。

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『銀座の酒場を歩く/太田和彦著(ちくま文庫)』を読みました。
読んでいて気づいたが、過去にこの本読んでいるな…σ(^_^;)と。

太田さんの本を見つけるとついつい買って帰るのですが、思わずそのうちの何冊かが既読だったりする・・。
そして、読み始めても途中まで気が付かない(^_^;)のでした。
でも、まあいいや、面白かったからd(^_^o)

この本は、銀座のタウン誌「銀座百点」の2006~2008年の連載「銀座の酒場を歩く」が一冊の本となったものです。
なので、文中にも [※注] がありますが、すでに移転している店、閉店した店も掲載されています。

でも、太田さんがあとがきで書かれているように、「かつて銀座にはこんな店があった」と思ってもらえれば・・ということで、それらの店の文章もそのまま掲載されているのです。

あらためて読んでみて、銀座のバーの数には驚かされます。
しかも、太田さんが紹介する文によると、それぞれがそれぞれに独特の個性あるお店で、さすが太田さんだ、これだけのお店を、しかも銀座だけでこんなにたくさん知っていて、なおかつ馴染になっているとは。

太田さんは、かつて銀座資生堂にデザイナーとして就職し、仕事をしていたので、銀座は、最初は先輩に連れられて行ったのでしょうが、まるで“庭”みたいに自由自在に歩き回っている様子がうかがわれました。

私が東京勤務の時にこの本を読んでいれば、「ロックフィッシュ」のハイボールなど飲んでみたかった・・。
「テンダー」や「ルパン」などは名前はよく知っているのですが、一度も行ったことがありません。

ワイン専門のお店や、おでん屋さん、蕎麦屋さん、日本酒専門のバーなども紹介されていましたが、いずれも読んでいるだけで行きたくなるような素敵なお店ばかりでした。

このコロナ禍がおさまったら、回ってみたいです。
そのときは、・・私の“飲みトモ”のアナタっ!!・・ご本人は自覚があると思いますが・・ぜひ一緒に行きましょう(^-^)/☆

それでは今晩は、この辺で。

 

2021/12/26

【それをやれるって言うのがお前の仕事だろ・・という人/過去に会った人、過去にあった出来事について振り返る №68】

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24日の新聞に出ていた記事に、三菱電機の経営陣に対し、外部専門家の検証報告が出て「極めて重い経営責任を負う」とされ、厳しく経営陣の隠蔽体質を指摘していました。

鉄道関連製品などの品質不正問題が長きに渡って発生していたのに、要するに隠蔽体質の最たる経営陣により代々発覚を防ぐため口裏合せをしてきたのだそうです。

検査結果を偽造するプログラムまで作って代々使っていた・・(T_T)んだそうですよ。

若い社員が「これはさすがにまずい」と思い、自分には出来ないというようなことを言うと、管理職が叱責していたそうです (・_・;「これくらいやれないのか、仕事が出来ないヤツだな」と。

「仕事が出来ない」のは、この上司です。

私も同様の経験をしたことがあります。

情報部門にいたときに5年ほど経過していた社内ネットワークの再構築をすることになり、私がその隊長でした。

そのときの上司から「こういうふうに複雑になっている現行のネットワークを“これこれこういうふうに”統合しろ」という命を受けましたが、話を聞き、自分で図にして何度も自分の知識・経験にその方法を問いただしてみましたが、そんなことしたら個人情報がハッキングにより洩れてしまうのは目に見えていました。

IT大手十数社にも正式に招聘して資料を提示し、意見を聞いてみましたが、どこも「考えられない。どうやってもこの方法ではデータを保護することは出来ない」という結論でした。私の考え方は間違っていないと確信を得て上司に相談。

「この方法ではなく、別の方法について検討したい」と。

そうしたら、明らかにイライラしているのがわかりましたが・・

「それを“出来る”と言い切るのがお前の仕事だろ!」と、にべもない・・。

私から「今のままで実行して、事故が発生しなければ大きな予算節約・削減に大いに貢献することになると思いますけど、いつか事故は発生すると思います。もし、そうなったら“私”が責任者だと言うんじゃないんですか。うまくいったら自分のおかげ。失敗したら私のせいになるということですか。」

と、真っ正面から言ったら黙ってしまいました。図星だったのです。

その後上司は異動で別の人に変り、新しい上司は私のやり方を認めてくれて事業は成功しました。
が、前にも書きましたが、上司の引き継ぎのとき、私のことを前の上司は「言葉も満足にしゃべれない状態の廃人同然の人間だから話なんかしなくていい」と引き継いでいたことを後々に知ることになりました。

意向調査も面接も私にはしてくれなかったその人は、私が職場で苦しみ、心療内科に通い、死ぬ思いでネットワークを再構築したことなどまったく知らぬまま異動して行ったのでした。

でも、今現在、仕事も辞めた状態で思い返しても、仕事的にはその後はずっと底辺にいることになってしまいましたが、正しいことをして良かったのだと納得しています。
今になって、人が生きるうえで大切なこと、大事にしなければならないことがしみじみとわかるようになりました。
それがわかっていれば、心療内科などにも通わずにすんだのに、と思いますが、そのときは必死でわからなかったのです。

 

2021/12/25

ビートルズ「Let It Be」のスーパー・デラックス・エディション、四回目の試聴は、 Disc 4『GET BACK LP-1969 GLYN JOHNS MIX-』です。

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このグリン・ジョンズ・ミックスという盤は、当初「ゲット・バック」というタイトルで、ジャケットはあの後に発売されたベスト盤「青盤」のジャケット・・(つまりビートルズのデビュー盤ジャケットと同じ場所で同じ位置で四人のメンバーが写真に収まっているという)・・で、世に出る予定でしたが、結局この2021年まで正式には世に出なかった幻のLPレコードをCD化したものです。

でも、このグリン・ジョンズの作ったアルバムは、アメリカのFMラジオで、“次期アルバム”というふれこみで放送されたと聞きました。
それが録音され、海賊盤が世界中に出回ったわけです。そして、それを私も所有し、だから内容についてはすでに知っているビートルズ・ファンはかなり多い。
海賊盤のジャケットも予定されていたものにした“凝った”ものも出ていました。

というわけで、あらためて正式にCD化されたアルバム「ゲット・バック」、聞いてみます。そして聞きながら感想を書いてみます。

①One After 909

ポールとジョンが右と左のスピカーにくっきりと分かれてミックスされています。
なんだか逆に不自然な感じ。
リンゴのハイハットのリズムが真ん中で、“音デカ過ぎ”!
ジョージのギターも右側で浮いた感じに聞こえる。これまた不自然。
オリジナルでは、LPの最後に入っていた会話がここで登場している。これもたぶんあとからくっつけたもので、本来の収録場所ではないと思われる。


②I'm Ready(aka Rocker)/Save The Last Dance For Me/Don't Let Me Down

ジャムっぽい演奏から入るが、テープのキュッという音がしたりして“海賊盤”ぽい感じがする。
「ラストダンスは私に」を歌い出すが、なんだか酔っ払っているみたいな歌い方だし、こんなの入れる必要があったのだろうか、ましてや正式盤にしようというのにこれはないと思う。
「ドント・レット・ミー・ダウン」に入ろうとするが失敗するシーンも収録されています。


③Don't Let Me Down

かなりスローな感じで曲が始まる。まだバンドは温まっていない感じがします。
なんていうか“冷え冷え”とした演奏に私には聞こえる。
リンゴのドラムも重たい。
ジョンのボーカルもイマイチ冴えが出ていないと思う。
ジョンもポールも遊びでいろいろ掛け声的なものを入れていて、まだまだ仕上がっていない印象です。
終わりはリンゴのドシンドシンというドラムで突然終わらせてしまいます。


④Dig A Pony

最初のイントロの失敗まで入れているけど、これはいらないと思いました。
ジョージのギターは、まだまだ未完成な感じで、弾くフレーズも探っている様子がうかがえる。
もうひとつ勢いが足りず、ジョンのボーカルもちょっと喉が“いがらっぽい”感じが残っている。
テンポも遅めで、曲がもたついているし、ジョンは途中で笑い出したりしていて、これもアルバムに入れようとしていたわけだから、ちょっと私には理解できない。
エンディングのおふざけも海賊盤的でいただけない。


⑤I've Got A Feeling

こういう曲にしようというのは、バンドとしてもう出来ている感じがする。
でも、個々の演奏はまだ詰めが甘い部分がそのまま収録されています。
ジョンとポールの掛け合いもまだ“これだ”というところまで来ていません。
最後の尻切れトンボの終わり方も海賊盤みたいです。


⑥Get Back

これはシングル盤と同じテイクだと思います。
リンゴのドラムのキレは抜群!
ポールのシャウトしそうでしない、甘い声のボーカルもカッコイイ(゚ー゚*)。oO
ビリーのオルガンも、もちろんバッチリの決まり具合です。
ジョンもジョージも素晴らしいギター・プレイを聞かせてくれますd(^_^o)
録音もとてもいい。


⑦For You Blue

イントロのジョージのギター失敗部分まで入っている。
そしてジョージのギターのつま弾き、ストロークがかなりはっきりわかる形で録音されている。
ジョンのスライドもよく聞こえる。
オリジナルLPよりも“ノリ”がいいみたい(*^_^*)
ジョージのボーカルもリアルな感じが出ている。


⑧Teddy Boy

ポールのソロ・アルバム「マッカートニー」にも収録されていた曲です。
アンソロジーにも入っていたが、あの強烈なハウリングは取り除かれているようです。
で、しつこいくらいに繰り返しこの曲を歌うポールですが、いやもう何度歌ってもこの曲はこれ以上良くなりませんよ(^_^;)
ジョンも付き合って、いろいろ後ろで語り口調でやってくれてますけど、何をしても無駄だと思いました (・_・;
やればやるほど聞いているこちらは「もういいよ」となってくるのでした…σ(^_^;)


⑨Two Of Us

今まで他の曲でも書いてきましたが、このアルバムに入れるにあたって、ほとんどの曲がまだ完成されていない感じで、演奏もかなり“ダレ”ている印象があります。そういうコンセプトだったのかと思いますが、今にして思えば、これを当時出さなくてよかったと思います。
ビートルズにがっかりする人はかなりいたんじゃないかと思います。こういう演奏を聞かされては。
この曲も、“ゆるう~い”感じは否めません。


⑩Maggie Mae

オリジナルと同じテイクだと思いますが、こちらの方が音は分離されてよく聞こえるように思う。でも、フェイド・アウト(^_^;)


⑪Dig It

この曲の本体の演奏部分(映画でもそのシーンは収録されていた)が収録されたものです。
オリジナルLPでは、最後の“シッポ”の部分だけですが。
でも、この曲自体がそんなに素晴らしい曲でもなく、「テディ・ボーイ」みたいに、いくら長くやってもそんなに良くならない曲だと思いました(*^_^*)
やはり途中で“ダレ”てくる。


⑫Let It Be

曲前の会話などが聞こえる。
テイクとしてはシングル盤と同じものかと思えるが、いろいろな“後付け”されたものは排除されている。
「ウー」っていうコーラスもそのままよく聞こえる。
ポールのボーカルは、エコーがかなりかかっているように感じる。
間奏後にポールのピアノが不協和音みたいに弾かれる部分はそのままだった。
リンゴのドラムはプレイも音も満点です(^-^)/☆


⑬The Long And Winding Road

本来のオーケストラが入っていないバージョンで、アンソロジーでも聞くことが出来ましたが、このアルバムの海賊盤が出回っていた頃は、まさにこのアルバムのこの曲のこのバージョンが聞きたいがために必死で手に入れたものでした。
そのときの“新鮮”さは、今聞いても失われていません。とても“みずみずしい”'(*゚▽゚*)'聞いたことのない人はぜひ聞いた方がいいバージョンです。


⑭Get Back(Reprise)

これは映画の最後に流れていた「ゲット・バック」あのリプライズ部分です。
映画の「これで終わりだな」・・という感じを思い起こさせてくれました。


以上がグリン・ジョンズ版「ゲット・バック」を聞いての感想です。
聞きながら書いたので、いろいろとまだ気づいていないことがあるかと思いますが、今後何度も聞いて、また再発見をしたいと思います。

 

2021/12/24

まだ日本で冬期オリンピックを開こうとするのか・・。

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札幌にまたオリンピックを誘致しようとしているんですってね。

今年の東京オリンピックの経費見通しが、一昨日、組織委員会から発表されていました。
1兆4530億円だそうで、「予算から1910億円減額となった」と、なんだか威張っていますが、開催誘致した時には7500億円くらいで出来るなんて言っていませんでしたか?
すぐ忘れちゃうんですね、それでもって自慢げに減少したなんて、普通に考えたらどうかしていると思います。
そして税金からその内の多くの金額が支払われるのです。

ラジオで辛坊治郎氏が(この人、コロナ禍にはヨットで太平洋上にいて私達の感染拡大の最中には日本にいなかった)、「日本に帰って来てから当時の新聞を読んだら、オリンピックに反対している国民がほとんどだったけど、テレビで観戦してたから逆に感染は減っただろう」と、その時の国民の愚かさを鼻で笑っていました・・。

どんどん感染が拡大していく中で、国外から何万人もの人がやって来て心配しない方がおかしいでしょう。
しかも、なぜその状況で五輪開催に踏み切るのか、その時、首相は全く説明しなかった。さらにどうやって感染を防ぐのかも説明無しだった。「安全安心な五輪にする」のオウム返しみたいな繰り返しの会見だった。

深刻な状況で不安だった国民の気持ちなんか、この人には全くわからないのです。
いつも人の話の腰を折り、人の話を横取りする会話方法も聞いていてとても嫌な気持ちになる人です。

大臣には副大臣がいたり、様々な役職には“副〇〇”がいるけれど、私達には“副お父さん”も“副お母さん”も“副長男”も“副長女”もいないんです。
だいじな人がいなくなったらどうしよう、という気持ちだったことなどわからないんでしょう。

話はオリンピックに戻って、日本の真夏、酷暑の中での開催はアメリカの人達の視聴率を取るために選手を犠牲にしてでも金を儲ける五輪委の姿勢がわかりました。
しかもコロナ禍でも、何が何でもやろうとしていたし(実際に開催した)、観客だって入れようとしていました。「お金」が第一なんです。
もう、五輪委ではなく、各競技世界大会をその競技の協会なり何なりが開き、4年に一回「オリンピック」の名前にしてやったらいかがでしょうか。各競技、場所もいろいろな国で。

それに、一昨日の報道では、オリンピック開催に際し、東京に新しく作ったスポーツ施設の維持費がたいへんな金額になり、今後どうするのか、なんて話題も出ていました。そんなこと誘致前から言っていたのに・・。

そして大阪には、まだ「万博」をやろうとしている“あやしい”人達がいます。
誰が儲かる仕組みになっているか調べれば、犯人・張本人がわかりそうです。

一昨日のオリンピック経費報道を見て、思ったことを書いてみました。

 

2021/12/23

【クレームをもってくる人達の様子/過去に会った人、過去にあった出来事について振り返る №67】

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過去に会った人、出来事シリーズ、まだ続けます。いくらでもネタはある(*^_^*)

今回はかつて職場の広聴部門にいた時に多く経験したクレーム対応というか、クレームを抱えてやってくる人達の話です。

手紙、文書、電話でも“私の言うことを聞いてくれ”ということはありますが、もちろん直接やって来ることもあります。

たとえば電話だと短くても1時間はかかりますし、長ければ2~3時間は“ざら”です。
直接来訪された場合などは、午前中いっぱい、とか、昼休みをとってきてから再度来て夕方まで・・ (・_・;なんてのもしょっちゅう。夕方やって来て、勤務時間が終了しても夜10時頃まで話をされる方もいました(T_T)体力勝負です、あちらはたまった不満エネルギー発散状態ですが、聞いているこちらは、気持ちを強く持たないと“疲弊”の度合いがひどく、翌日の出勤が怖くなったりもします。

手紙で苦情等を送った人で、ある日どうやって入り込んだか、執務室内に入ってきていて、突然担当の女性の背後から「私への回答はどれですか」と話しかけられ、騒然となったこともありました。

毎日毎日バイクに乗ってやって来て、所属長の顔を覚え、所属長目指してやって来て、とにかくご近所のことから市内全体の大きなことまで、クレームの山を語りにやって来る人がいたことをよく覚えています。
毎度毎度3時間くらい・・。

ある日その所属長が私の机の前を“ほふく前進”しているのを見て「どうしたんですか」と声を掛けるまえに所属長は私に向かって両手を合せ、拝むように私を見ました。
カウンターの外を見ると、バイクのクレーマーのお方がお探しになっている(^_^;)

「あれっ?さっき見たような気がしたけど、あいつはいないのか?!」とその“ほふく前進”の人を探している(^^;)

私は手を下に出して“逃げろ逃げろ”と所属長に指示。

そのクレーマーのところに歩いていって、「私がお話聞きますよ」と。
そして、テーブルには案内せず、カウンターの向こうに回り、お客さんと同じ側から同じ方向を向いて隣に座りました。

ようするに向かい合わない、相対しない。
そして、カウンターで隣り合って酒を飲むように…σ(^_^;)「どうしました」
「えっ、そうなんですか」「そりゃたいへんだ」「こまっちゃいましたね」と相づちをずっと打っておりました。

そしたら「あんちゃん(あの頃私は若かった)と話をしていたら、すこし気がおさまった。腹減ったから今日は帰るわ」とバイクに乗って帰って行きました。

そのあと1時間ほどすると所属長がどこからか帰ってきて、「ありがとう、まだいるのかと思ったけど、どうやって帰したの?!」と、聞かれましたが、「お話だけ聞いて、そうですか、そうですか、そりゃたいへんだ、と言っていただけです」(゚ー゚*)。oO

所属長は「その“技”は、私にはまだ無理だ」と・・(^_^;)

たぶん、たぶんですよ。
クレーマーと呼ばれる人でこのタイプの人は、もう家族も近所も、町内会等の組織でも、うるさくて手に負えなくて、だあれも話を聞いてくれなくなっているのです。
話を聞いてくれるのは「苦情窓口」で仕事で話を聞かなきゃならない人だけなんです。
可哀想と言えば可哀想ですが、そんな人の話を聞いてさしあげるのも自分の人生の中の一コマで与えられた仕事だと思えば・・なんとかなる・・・・・ならないときもあったけど…σ(^_^;)・・・・という考えでした。

ああ、あの人の顔、まだ思い浮かべることができます。
そして、私の前を這ってきた所属長の必死な顔も・・(*^_^*)

 

2021/12/22

「遺伝子が解く! 万世一系のひみつ/竹内久美子」を読みました。

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『遺伝子が解く! 万世一系のひみつ/竹内久美子著(文春文庫)』を読みました。
著者は、京都大学理学部卒で専攻は動物行動学、博士課程を経て著述業に入られています。

遺伝子が解く男のヒゲのひみつ、離婚率の本当の理由、カワセミとヤマセミどこが違う、などなど、様々なテーマで書かれている本でした。

もちろん本のタイトルとなっている「万世一系のひみつ」についても天皇家を例にとり、書かれていました。

男系の男子でつなぐ、男にしか存在しない性染色体Yをほとんどそのままの状態で代々、男から男へと受け継がせるという重要な意味があり、染色体の存在を知らぬ頃からそれが続いていたことにもふれていました。

とても詳しく書かれていましたが、でも、その“受け継がれるもの”というものはどういうものなのか、なぜ受け継がなければならないのか、さかのぼればさかのぼるほど、神話まで行ってしまう世界で、さらに確実に受け継がれてきたのかというのも、時代の状況で不確かかもしれず、その“継続”自体にいつも立ち止まって考え込んでしまうのが私です。

天皇家にとって、国民にとって、“受け継ぐ”ことの意味は・・などと私のようなものは考えてしまうのですが学術的には遺伝子の話がメインなので、そんなところには話は向かうはずはありません、当然ですけど。

他の項目でも「学者」としてもちろん書かれているので、理路整然と科学的に説明されているのですが、私の“文系的”な“わからんちん”的な考えがそれに及ばず、「ああ、そうですか。」と…σ(^_^;)どの項目も割と早読みしていく感じになりました。

こういう本を読む人は、私のような考え方で読まないと思うのでこれはこれでとてもいい本だと思いました。でも、私のような袋小路に入って余計なことを考える人間には“あっさり”とした本に感じたのでした。

 

2021/12/21

悲しいニュースが続き、自分も落ち込んでしまうことがある

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大阪北区の放火事件、神田沙也加さんが亡くなったこと。

放火事件では、診察に行っていた人達、そしてニュースを聞く度に“いい人でした”という言葉を聞くクリニックの先生も亡くなってしまいました。

神田さんのこともニュースに接する度に悲しくなります。
あんなにいい歌を歌い、舞台で輝いていた人がどうして、と思うとまた悲しみが深くて涙が出てきます。

今朝も、妻が、それらニュースを聞いて、自分も悲しくて一日中元気がなくなってしまったと言っていました。

どうしてこんなことになるのだろうと思ったり、人が生きて行くということはどういうことなのか、と若い時から考えていたことをまた考え直します。

でもわからないですね。

いつも、わからないまま生きて行くことになります。

人はいつも悩みを抱えたまま生きているのだと再確認します。

 

中学生時代から今に至るまで、「レコード盤を貸してくれ」「CDを貸してくれ」「本を貸してくれ」と言われる話。

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表題どおり、私が中学の頃から、友達が家に遊びにくると、本棚やレコード・ラックなどを友達がジロジロと見て、やがて「これとこれ、貸してよ」となることが何度もありました。

でもね、貸した本やレコード、CDは絶対に返っては来ません。

私の棚にある本や、レコード、CDは、気に入って手元に置いているものです。
何度も読んだり、繰り返し聞いたり、また大事な心の宝物としても扱っているものなのです。

なのに返っては来ない・・。
相手は借りたことさえ忘れているし、「その話はされたくない」みたいな態度をとる人もいる。

たとえば、私が大学生くらいの頃。
糸井重里さんが突然脚光を浴びてウケだしました。

友達は、「お前もこの人のいいところに気づいたのか」などと言い、「読んでみたいから貸せ」と(・・なんだ、まだ読んでねえのかよ)、戸惑っている私から本を取り上げ持って行ってしまいました。・・そして返してくれなかった。

糸井重里さんについては、椎名誠さんの「本の雑誌」などに文が載り、まだ一部のマニア的な人しか知らない頃から私は読んでいたのです。ブームに乗って読むなんて愚かで恥ずかしいことなんかしていなかったのだ。
でも、ヤツは周囲に“乗り遅れ”ないように、興味も無いのにちょっとだけ見とくか、程度のつもりで人の本を持って行ったのでしょう。

レコードなども同じでした。
ずうっと昔からそのミュージシャンの音楽を聞き続けてきたのに、ある盤がヒットすると、あわてて私の棚からそれを見つけ出し、「ちょっと聞かせろよ」と持って行ってしまう。・・そして返してくれない。

それらの本やレコードなどは、仕方なく私はもう一度買い直しました。二重にお金を払うのです。
そんなことになっているなんてアイツらは思ってもいないでしょう。

だから、「貸す」ということは「さしあげる」ものだと思うことにしました。
いやだと言っても無理やり借りていく(返してくれないけど)ので、そう思うことにしたのです。

でも、さすがに今はもう貸しません。もったいないから。

近年、久しぶりに本を貸すことがありました。
生まれて初めて返ってきましたd(^_^o)・・何度も念を押したのがよかったのか、その借りた人がいい人だったからなのか。・・いい人だったんですね。

でも、もう誰にも貸しません。自分の心の一部を持っていかれるような感じがして、気持ちが“ざわざわ”するのです。

本もレコード・CDも、ほんの時間つぶし程度に思っている人にはわからないでしょうが、本も音楽も大好きな人間には、人生の中でとても大事なものなのだ・・ということを言わせてもらって、本日はお終いです。

 

2021/12/20

【得意そうに“キジツぜん”と言う上司/過去に会った人、過去にあった出来事について振り返る №66】

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大好評をいただいてまいりました、この過去に会った人、出来事シリーズ(^^;)、今回はもう66回目ですよ。

今回は、なんというか“専門用語”的な言葉を“得意げ”に使う人について思い出したので書いてみます。

まず登場するのは、このシリーズで、私が書いた FacebookPage の記事を「誰に書いてもらったんだっ!」と会議室に監禁して疑ったあの上司です。

ある日、選挙の投票日が週末の日曜に迫ってきたときの職場での会話。

私が、「もう“キジツまえ”(期日前)投票をしてきたので、日曜は投票には行かずに済みます。」と、その上司に言ったら・・。

上司:「は??」と怪訝な表情。

私:「キジツまえ投票を既にして来たんです。」

上司:あきらかになんだかわからないと小首を傾げて、頭の上に「?」を出し、両手を困った困ったというふうに広げる大袈裟なジェスチャー。

私:「だから期日が来る前に選挙の投票に行った・・」

上司:「ああ、“キジツぜん”投票のことね。何言ってるんだかまったくわからなかったよ。」と、何だか小バカにしたような見下したような態度。

なんだ、この人・・・と思ったのですが、この人がわけのわからない“こだわり方”をしたということは・・くだらない理由があるにちがいないと、あとで調べたら、総務省がこの期日前投票に関する法律を成立させたときに「キジツぜん投票」という読み方で国会を通したんだそうですよ。
だから、“キジツぜん”という読み方をしないヤツには反応しないんですって・・バカだねえ。

でもって、テレビ、ラジオなどの報道では「キジツまえ」と言っています。その方がよっぽどわかりやすいが、一般的には《どっちでもいい》ってことになってるそうです(^_^;)

くっだらない、こんなどうでもいいことで何かマウントをとっているみたいな“バカ上司”・・ご存知のとおり、過去のこのブログでエピソードをご紹介したようなあきれた人です。

もうひとり別の人、ついでにご紹介。

その上司は過去に「広報」にいたことがある人でした。

で、新しい職場で私がまたその人に FacebookPage を作れと言われ、事前に原稿を見せたら、

上司:「どれどれ、リードはどうなってんの、リードは?」

私:その「広報用語」を私は知らなかったが、たぶん全体を示す導入部分にあたるようなところを指すのかな、などとそのときは思っていました。
「リードも何もその短文で全文です。見ていただいて、指摘があれば直します。」

上司:「リードも知らないでこういう文を書くの?信じられない。いいかげんな時代になったもんだねぇ」

とのことでしたが、毎回毎回スタイルを変えて、いきなりドカンとウケるようなことから入っていったり、どこかを訪問した記事などの時には風景などから“静々”と入っていったり(^^;)で、リードってあとで調べたらいろいろ法則があるようですが、そんなものやってたら画面がキレちゃうんですよ。

で、結局、私が書くと、アクセス数“うなぎ上り”だったので、「リードの法則」については“不問”となりました。文句言えなくなっちゃったみたいです。

自分の得意なフィールドに相手を連れ込んで“上から目線”で相対するような人もこのほかに長い仕事人生でたくさんいらっしゃいました(>_<)みなさんとサヨナラできて、今となってはホントによかったです。

 

「東京日和」荒木陽子+経惟 を読みました。

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『東京日和/荒木陽子+経惟(筑摩書房)』を読みました。
1993年1月初版発行されたもので、2800円の本ですが、ブックオフで見つけ、370円で手に入れました。

アラーキーこと荒木経惟さんの奥さん、陽子さんが1989年から1990年にかけて、「思想の科学」と「ON THE LINE」に執筆した文章と(そこには陽子さんが自らの病状を知ってショックを受けている様子も書かれていた)、夫の経惟さんが撮った写真、さらに経惟さんの亡くなった陽子さんへの思いや、ふと思い出す過去の想い出などのメモも添えられていました。

アラーキーさんご夫妻は、陽子さんの文にもありましたが、機嫌を悪くしたり、仲良くなったりの繰り返しをしつつ、夫婦としてとても良い時間を過していたことがわかりました。
これって、二人だけにしかわからないものだと思いますが、でも仲良く月島に行ったり、銀座に行ったり、谷中に行ったりする様子を読んでいて、私も心なごみました。

そして、陽子さんが亡くなられたあとの、アラーキーさんの家の屋上の廃れ具合の中に二人が飼っていた猫、チロがいる写真などを見ると、胸が痛くなったりすることもありました。

写真というものは、文章のように細々としたことを言い表しませんが、でも、心の内部にある何かを訴えかけてきます。そんな本でした。

自分もブログでこのような文を書き、インスタグラムなどで自ら撮った写真をアップしたりしていますが、今までより以上に丁寧に書き、撮っていこうとあらためて思いました。
そこに残るものは、やはり多くを語り、表現しようとしているのだと実感したからです。

しみじみと読了しました。
陽子さんが亡くなられてから、もう三十年以上が経ちます。

 

2021/12/19

ビートルズ「Let It Be」のスーパー・デラックス・エディション、三回目の試聴は、 Disc 3『GET BACK -REHEARSALS AND APPLE JAMS-』です。

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今回も、ゲット・バック・セッションから残された様々なアウト・テイクが収録された Disc 3 について聞いていきます。ぶっつけで聞きながら書いていきます。


①On The Day Shift Now(Speech/Mono)/All Things Must Pass(Rehearsals/Mono)

アルバム「ネイキッド」に入っている「フライ・オン・ザ・ウォール」という二枚目のCDにも収録されている音声、ジョージとリンゴの新年の「ハッピー・ニュー・イヤー」の挨拶の声が聞こえてきます。
そして、ビートルズ解散後にジョージが出すアルバム「オール・シングス・マスト・パス」に入っている同名の曲の練習が始まります。ジョージのギターとリンゴの遠くで鳴っているようなドラムの音も聞こえます。
ギターも生音のままで、まだまだ初期の段階のようです。ポールが“サビ”の部分をなぞったりもしているのが聞こえます。


②Concentrate On The Sound(Mono)

ジョン、ポール、ジョージ三人が何やら話し合っている声が聞こえます。
ジョンが何か提案しているみたい。


③Gimme Some Truth(Rehearsal/Mono)

この曲も後にジョンがソロになって、アルバム「イマジン」で発表したものです。
「アクロス・ザ・ユニバース」のリハーサル中に、この「Gimme Some Truth」をまだまだラフな感じで、皆に“どんな曲”を作ったのか披露しているようです。


④I Me Mine(Rehearsal/Mono)

ジョージが軽く、やさしく歌っているリハーサル。
ジョンが変なスキャットみたいなものを入れています。
映画でも見ることのできたギターの激しいストロークのある部分も収録されていました。


⑤She Came In Through The Bathroom Window(Rehearsal)

私がまだ中学、高校くらいのときに“内緒盤”でよく聞いたものかもしれません。
ゆっくりで、“ダレ”ているような感じがして、「ビートルズでも、曲づくりの途中はこんなものなんだ。」と思ったことを覚えています。
ポールが“こうするんだ”というふうに説明しながら演奏しています。
それにしても、この“ゆっくり”さは、眠たくなります (・_・;


⑥Polythene Pam(Rehearsal/Mono)

これもまだまだ未完成で、とてもラフな演奏。
でも、ジョンの早口は冴えている!d(^_^o)


⑦Octopus's Garden(Rehearsal/Mono)

映画でも見ることのできたリンゴとジョージがピアノとギターで曲づくりしているところが収録されています。
ティー・カップのカチャカチャいう音が聞こえています。のんびりとお茶を飲みながらつくっている感じ。


⑧Oh ! Darling(Jam)

ポールが歌い、ジョンが“合いの手”を入れるように追いかける感じでリハーサルが進められています。
ジョンがメインを歌いたそうにしているのが・・なんだかわかる感じ(^_^;)きっと得意なんだよ、こういう曲。
ポールが語り口調になっても、まだまだ“ついてくる”ジョン。
「ヨーコの離婚が成立した」と、ジョンがうれしそうに歌い出す部分も“漏れなく”収録(^^;)


⑨Get Back(Take 8)

ジョンのギターはもう完成されているようです。
ジョージのサイド・カッティングも決定バージョンのよう。
二人のギターの音色も決まった感じ。
ビリーのオルガンも軽やかに完成形に近づいています。
ポールも余裕の歌いっぷり!
バンドのまとまりも出ています。リンゴも絶好調です!
最後はちょっと遊んでいる感じで終了します。


⑩The Walk(Jam)

カヴァー曲のようですが、妙にギターもピアノもいい感じでシンクロしています。
短いが、“手練れ”の演奏です。


⑪Without A Song(Jam)/Billy Preston with John and Ringo

スタンダード曲のカヴァーで、ビリー・プレストンが歌っています。
まるで別のバンドみたい。ビートルズもこんなブルージーな感じで演奏するんだ・・という驚きがあります。


⑫Something(Rehearsal/Mono)

まだ曲の入り方というか、歌い出しもはっきりと歌詞さえも決められていない感じでリハーサルが始まります。
ジョージがいろいろしゃべっていますが、ジョンが何かアドバイスしているみたい。


⑬Let It Be(Take 28)

OKテイクに似ているが、別のテイクです。
演奏はとても“こなれて”いる。
リンゴのドラムは完全に完成形!
ビリーのオルガンの荘厳な響きもなかなかよいです。
ポールのボーカルも生き生きとしていて、歌詞がオリジナル・テイクとは異なっています。
一部「ネイキッド」のバージョンに差し込まれているかと思います。


以上が“ぶっつけ”で聞きながらキーボードをタイプしてまとめたものです。
もっと、よく聞くと、さらに何か発見がいくつも出て来そうな予感はします。

 

2021/12/18

向田邦子さんの妹さんが書いた「向田邦子の青春」を読みました。

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『向田邦子の青春/向田和子編・著(文春文庫)』を読みました。
これもブックオフで手に入れたのですが、2002年8月第一刷となっていますので、約二十年前のものです。

この本にはかなり多くの向田さんの写真が掲載されています。
今まで見たことのないものが多く、向田さん二十代の頃のものが多くを占めています。
この本を読んで知ったのですが、向田さんは妹さん二人(もちろん著者の和子さんのものも)の洋服を親の服から仕立て直して作っていて、それも学生時代から作っていたようです。

自分の洋服も作っていたとのことで、それらを着こなしている、そして映画誌に勤めていたこともあったので、女優なみにポーズをとっていて、掲載写真だけでもとても興味深い本でした。

そして、妹の和子さんから見た向田さんの学生時代、そして就職してから私達の知っている脚本を書いている時代、小説を書き始めた時代の様子が書かれていました。

向田さんのファンは、芸能関係者、文筆関係者、業界関係者にも多いと思いますが、私のような「寺内貫太郎一家」などのドラマから入っていき、やがて「父の詫び状」などの著作を読みファンになった人もたくさんいて、妹さんの目から見た向田さんのふだんの生活する様子や、仕事に打ち込みながらも家族に接触している様子は、とても興味深いし、時には読んでいて涙が落ちそうになりました。

最後の方で和子さんが書かれていますが、向田さんの人生は50代に入ったところで突然飛行機事故というアクシデントにより終了してしまいました・・でも、その中身は70歳まで生きたくらいに濃かったと・・。

好きなものは好きといい、興味を持ったものにはずんずん突き進み、家族を思いやり、そして仕事から得たものに自ら感動し、さらなる未知の世界を求めて仕事をしていく姿には、今も心惹かれます。

向田邦子ファンの一人として、とても良い本に出会ったと思いました。

 

【行ってみた、喰ってみた、飲んでみた、酔ってみた №034 JR外房線・大原駅前 /レストラン・エンゼル】

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今回は“喰ってみた”です。
前回のこの“行ってみた”シリーズでは大多喜町の珈琲店・抱(HUG)に行きましたが、その前に腹ごしらえということで、ここも以前の職場の上司に連れて行ってもらったことのあるお店です、8年くらい前。

だんだん記憶が失せてきていたので、再度訪問し、そのお味を確認してまいりました。

ここはねぇ、すごいんですよ(^^;)
洋食、蕎麦、スパゲティ、ラーメンから様々な定食、さらにパフェなどもある喫茶部門も充実しているという・・“レストラン虎の穴”的な存在です。
老若男女、和洋中どんなもんが好きでも来る者拒まず、という料理のキャパも店員の心のキャパも店内の広さのキャパも全てが広いのです(*゚▽゚)ノ

今回は意外なものを注文してみました。
「スパゲッティ カルボナーラ」です…σ(^_^;)
なんだ、別にそんなに変わったもんじゃないよ、と言われるかもしれませんが、メニューの“うたい文句”が《牛乳にチーズ、卵黄、ベーコンを入れ、ブラックペッパーとバターでアクセントした贅沢なスパゲッティーです》となっておりました。

コレは何かある!!とひらめいた私はすかさず注文d(^_^o)

 

 

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写真をご覧いただいておわかりになるかどうか、スパゲティーにはソースがかかっています。それもなんとなくカルボナーラ風な味なのですが、実のところ本物のカルボナーラよりずっとおいしいソースが・・( ̄O ̄;)

でもって、マッシュルームやらアサリがたくさん入っていたり、野菜もいっぱい(*^_^*)赤ピーマンと黄ピーマンも緑ピーマンも豪華に登場!ボンゴレも同居しているようなスパゲティー万歳'(*゚▽゚*)'状態です。

でねぇ、これがまたウマいっ!!!量もたっぷり(#^.^#)

それでもって、粉チーズとタバスコみたいな辛いヤツまでついて来ましたが、普通カルボナーラにはついてこないです、でも、どっちもかけると劇的なウマさが倍加されるのです(*゚▽゚)ノ

なんか、カルボナーラってきっとこんなふうなんだよ、と想像しながら美味しいスパゲティーを創造していったら、こんなんなっちゃいました(^-^)/☆っていう感じです。結果オーライだヽ(=´▽`=)ノ

 

 

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このお店、蕎麦や定食、パフェにも見たこともないようなものがメニューには目白押しです。
“ただもんじゃない”とお知らせしておきましょう。

完全に2ラウンドKO的な状態で店を出ました。
素晴らしいレストランです。完敗<(_ _)>

 

2021/12/17

国が賠償責任を一転して認めた・・【隠されてしまったこと】は、余程ひどいことに違いない。

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歴代内閣・政府が何度も何度も逃げ、誤魔化し、嘘の答弁をし、はぐらかしてきた「森友学園への国有地売却を巡る財務省決裁文書の改竄問題」ですが、突然『認諾』という聞き慣れない形で訴訟が終結してしまいました。

もちろんですが、国側が一個人の請求を認めるのは異例です。

亡くなった財務省近畿財務局職員の赤木俊夫さんの妻、雅子さんはこの賠償請求の裁判で「改竄を指示した上司」らの証人尋問を地裁に求める予定をしていて、その矢先です。

国と当時の理財局長佐川氏に対し、敢えて1億円を越す損害賠償を求めたのは、そんな金額を国がみすみす払うはずがないとの判断から、必ず改竄を指示した上司を裁判の場に引っ張り出して真実を語らせるのが目的であったわけですが・・地裁での非公開の進行協議の場でこのようなことに事態の進展を運ばれてしまいました。

つまり、裁判の場で争えないほど、1億一千万の金額を払ってでも、“表に出せない”、“隠し仰したい”ことがあるということです。

どうやっても、国側が勝つこともないし、バラされたらとんでもないことになる事実が隠されているということです。
結論は、国側の関係者は“卑怯者”しかいないということです。

雅子さんの怒りにふるえた声が報道で流れていました。
私も心の底から怒りを覚えました。

無体で、非道な“改竄の指示”に対して、一人の人間として苦しみ、死を選ばなければならないほど悩んだ人、その人が夫で無念の死を見届けた奥さん・・、人の死をなんだと思っているのでしょうか。
前の財務大臣も最悪だったが、現財務大臣も無表情、無感情でこの結果について原稿を棒読みしていました。

怒っているのは、奥様の雅子さんだけではない、国民の中にもたくさんそういう人がいるのだ、という事実を残すために書きました。

 

2021/12/16

「ほろよい味の旅/田中小実昌」を読みました。

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『ほろよい味の旅/田中小実昌著(中公文庫)』を読みました。
1988年に刊行された「ほろよい味の旅(毎日新聞社)」を底本として文庫化されたものでした。

馬鈴薯、小イワシ、ハモ、おでん、ふぐ、粥など、それぞれを題材にちょっとした話が書かれているのですが、コミさんの話はもうあちこち飛びまくります。

話しているそばから色々なことを思い出し、脈絡もないまま話題は変わり、変わったかと思うと、もう次のことを思い出していて話はそれについて夢中で語られている・・映画の“ラッシュ”を見ているような文章です。

また、出会うひとについても、場所が外国であっても、コミさんの立ち位置はいつも変わらない。
まったく動じない、常に“コミさんニュートラル”な状態であることも素晴らしいというか、そういう人って他にあまり知らないです。

またコミさんと飲んだ人から聞くと、何を話していたのか思い出せない、あるいは何も話さず隣で飲んでいたというような人でも、“コミさんと飲んでいると、とても楽しい”という印象を与えることがわかりました。

それって、私もわかるような気がします。
そういう人っていますよね。この人と飲んでいると、その時のはっきりとした記憶はないが、なんだかとても楽しかった・・という人d(^_^o)

お酒についても、またその地の(外国でも)さまざまなエピソードを数限りなく記憶しているコミさんの無限大な知識と、いつもいろいろなことに興味を持って生きている姿に関心することしきり・・という本でした。

どこから読んでも話題豊富な、“ふらふらハシゴ酒”的な本。
愉快に読みました。

 

2021/12/15

ビートルズ「Let It Be」のスーパー・デラックス・エディション、今度は Disc 2『GET BACK -APPLE SESSIONS-』を聞いてみた。

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前回は、オリジナルのアルバム「レット・イット・ビー」リミックスについて感想を書きましたが、今回は二枚目のディスク「ゲット・バック -アップル・セッションズ-」を聞いてみます。


①Morning Camera(Speech/mono)/Two Of Us(Take4)

レット・イット・ビー・ネイキッドに入っていたフライ・オン・ザ・ウォールにも入っていたリンゴの「グッド・モーニング」の声から始まっています。
トゥー・オブ・アスは、オリジナルとほぼ同じような状態で演奏されています。
ボーカルもコーラスも、リンゴのドラムも。
ポールが歌う[ユー・アンド・アイ・ハブ・メモリーズ]・・の前のリンゴのタッタッタッタッというスネアもオリジナルと同様に叩かれています。
映画で見られたジョンの口笛も長いフレーズで入っていました。
少し“ゆるい”状態の演奏でした。


②Maggie Mae/Fancy My Chance With You(Mono)

こちらは、オリジナルよりもアップ・テンポなうえに、歌詞も“フル”で入っていました。
遊び感覚でチャチャッとやった感じ。


③Can You Dig It ?

オリジナル・アルバムに入っていた「ディグ・イット」へと続いていくジャム演奏だと思います。
あのオリジナル・アルバムに入っている楽曲「レット・イット・ビー」の前に入っているジョンのつぶやきも聞くことができます。


④I Don't Know Why I'm Moaning(Speech/Mono)

これはジョンやジョージがポールに何か説得するような会話をしている部分の録音だと思います。


⑤For You Blue(Take4)

ひょっとしてブートレグ(私の学生時代は“海賊盤”と呼んでいたけど)で聞いたことのあるバージョンかもしれませんが、あまり馴染のないテイクです。
途中のキーボードがオリジナルにもない“ノリ”を聞かせてくれます。
オリジナル・バージョンよりもブルージーな印象がします。
ジョージもけっこう“ノッ”ていると思う。


⑥Let It Be/Please Please Me/Let It Be(Take10)

最初期のヒット曲「プリーズ・プリーズ・ミー」をポールがピアノを弾きながら軽く、ゆっくりと歌うところが収録されています。もともとこの曲はスローな曲だったらしいから、その“片鱗”が少しだけど聞けたかもd(^_^o)
「レット・イット・ビー」は、オルガンの響きがなかなか教会っぽくて良い。
リンゴのドラムは、フィル・インがもうオリジナルに近づいている状態です。
全体にテンポは少しゆっくり目か?間奏のギターもスローな感じ。
間奏後のリンゴのドラムもちょっと“もったり”している。


⑦I've Got A Feeling(Take10)

イントロのギターが生音のままっぽい感じ。つま弾きがよくわかります。
まだエレキ・ギターの音は歪ませ方がゆるい感じです。
ポールのボーカルはけっこう本気でシャウトしている。
ジョージのギターはまだ思い切りが足りない感じ。
リンゴのドラムもリズムを刻みながら“探り”を入れている段階のようです。
ポールとジョンのボーカルは、“絡む”ような感じがまだ出て来ていないです。


⑧Dig A Pony(Take14)

イントロのダブルのギター・リフはまだまだ控え目な印象。
ジョン、ポールのボーカルはもう出来上がっているくらいのいい“ハモり”具合を見せています。
曲の全体像がもう見えていて、バンドとしても「いつでも本番イケるぞ」という感じな時期だと思います。


⑨Get Back(Take19)

最初から“いい感じ”で演奏しています。
ジョンのギター・ソロもエピフォン・カジノのちょっと“丸みある”いい音でなめらからに弾かれています。
思わず、ポールから掛け声も出るっ!
コーダの部分に入ってくると、あのシングル・バージョンの演奏ですね、耳馴染あり(*゚▽゚)ノ


⑩Like Making An Album ?(Speech)

メンバーの曲のアルバムでの扱い方についての会話が収録されていました。


⑪One After 909(Take3)

初期のビートルズがやったことのある曲ですが、曲調は大きく変り、これがやがて屋上の演奏に結びつくわけです。
オリジナル・アルバムの演奏よりも少しテンポは落とされていますが、メンバーが互いに顔を見合わせながら演奏している様子が目に浮かぶようないいプレイです。
ジョージもアドリブを入れ、ビリー・プレストンもピアノをガンガン叩くように弾いています。


⑫Don't Let Me Down(First rooftop performance)

これは屋上での演奏か?!
ジョンのシャウトは完全に本気。
ビリーのオルガンも冴えています。
リンゴのドラムは“神がかり”的にこの変拍子の曲を軽々と叩いています。
あっ、ジョンが歌詞を忘れてわけのわからない歌詞で誤魔化している・・(^_^;)でも、いいじゃありませんか、ジョンらしいです。ネイキッドはこのあたりをうまくいったものと繋ぎ合わせているのだと思います。


⑬The Long And Winding Road(Take19)

映画や、アルバム「ネイキッド」にも使われたバージョンだと思われますが、雰囲気はランプ片手に長く曲がりくねった道を、迷いながら歩いているような感じで、オリジナルと大きく異なるこのバージョンは心にそっと響きます。
ちょっとねぇ・・涙ぐみました(T_T)
間奏のビリーのオルガンも泣かせます。リンゴの「チッ・・・チッ・・・」というハイハットを踏むリズムもヒタヒタと心に忍び寄るのでした。
名演でした・・。


⑭Wake Up Little Susie/I Me Mine(Take11)

ゲット・バック・セッションから1年後にスタジオに集合したポール、ジョージ、リンゴの三人がウォーミング・アップしながらアイ・ミー・マインの練習をするところが収められています。
三人揃って久しぶりのプレイなのに、キレのいい軽い演奏をしています。


以上が、 Disc 2 をざっと聞いてみての感想です。
次は、 Disc 3 「リハーサル・アンド・アップル・ジャムズ」を聞いてみて、また感想をアップするつもりです。

 

2021/12/14

水木しげるさんの「悪魔くん千年王国」を読みました。

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『悪魔くん千年王国/水木しげる(ちくま文庫)』を読みました。
このブログには珍しく、漫画を読んでの感想です。

水木しげる先生は、私が子供の頃から大好きな漫画家です。
週刊漫画雑誌などでも先生の漫画を読みましたし、よく巻頭特集などで、先生の「妖怪特集」を怖がりながらも、ワクワクしながら読んだものでした。

今回の「悪魔くん」はテレビで実写化されたものもありましたが、あのテレビ番組とは大きく異なる内容で、570頁以上の大作です。
しかも、内容は長篇小説と言ってもよいくらいの濃い内容でした。

小学二年生ながら驚異の頭脳を持つ(漫画中では“異能”と書かれていた)少年、悪魔くんが国境もない、差別もない、貧富の差もない、苦悩もない・・そんな千年王国を三千年も封印され閉じ込められていた悪魔を呼び出し、この現在の世界に実現させようとする物語でした。

悪魔くんの父親は大企業の社長でしたが、罠にはまり、すべてを失い、自殺しようと山中を彷徨うのですが、そのときに山の中の自然、美しい花が咲いている様子などを見てつぶやくのでした。

「自然はいいなあ。こんこな美しい花まで咲かしてくれて。」

「死を前にして、はじめて静かに自然をみた。」

「人間はみな、“生きる”という不安から、知らない間に心の病気になっているんだ。」

「こんなひったくりあう世の中でなく、もっと人間同志があたたかく生きる世の中は できないものだろうか・・。」

この悪魔くんの父親のつぶやきが、この物語のテーマと言ってもいいと思います。

でも、悪魔くんがこのような世界を創ろうと闘いをはじめると、あっちの神様、こっちのサタン、既存の世界の指導者などが参戦してきて・・結局、世界はずっとこんなことをしてきたのかもしれない・・などと、この漫画を読んだ少年は当時思ったのかもしれません。

けっこう途中で不安な気持ちになったり、重い内容のものでしたが、ラストの劇的な速い展開は“漫画ならでは”のテンポの良いもので、少年時代のドキドキ感を思い出しました。

以前、行った、水木先生のふるさと、境港市にまた行ってみたくなりました。
先生の仕事場が再現されていたっけ、懐かしい・・。

 

2021/12/13

「ま、いっか。/浅田次郎」を読みました。

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『ま、いっか。/浅田次郎著(集英社)』という本を読みました。
定価1,400円プラス税でしたが、ブックオフにて370円にて購入(^^;)

2004年から2008年に「MAQUIA」に連載された「男の視線」に、単行本未収録のエッセイも加えたものだそうです。

浅田さんの海外旅行での“コツ”みたいなものや、好きなホテル、リゾートでの過ごし方などが書かれていましたが、私にはほとんど知らない世界で、それにはあまり突っ込んで興味は持ちませんでした。

ただ、作家としてのモノの考え方、人の見方、居住まいの正し方などは興味深く読みました。
浅田さんは、元アパレル会社で働いていたとのことで、私がよく読むような作家の方とはだいぶ異なった感覚の方で、それが妙に面白かった。

“これは”と思いつつ読んだところは、愛情なり友情なり、およそ感情の濃淡にかかわらず、ずっと手をつないでいる人と、袂(たもと)を分ってしまう人がいるのは、いったいどうしたわけなのだろう、と氏が考えていた部分でした。

運や縁などというものではなく、案外自分が忌避したか、あるいはその逆であるかのどちらかであるらしいぞ、と書かれていました。

恋人でいうなら、「何だか冷めちゃった」。

友人の場合なら、「何だかつまらなくなっちゃった」

ということではないかと・・(^_^;)

自分もしくは相手がたぶんそう考えた結果、お互いに流るる雲のごとく過去の人となってしまった・・と、おっしゃっています。

人間は、過去の経験をなきものと決めつけることができる唯一の生き物であるから、五十の甲羅を経て晩夏の庭に佇むまで、別れた人の記憶に苛(さいな)まれることはほとんどない、と結論付けられていました。

これは私に当てはめてみたのですが、“何だか冷めちゃって”永遠のお別れになるというようなことは無かったなぁ・・ (・_・;

また、別れた人の記憶に苛まれることの方が多かったように思います。夢にまで見たことも幾度かあります…σ(^_^;)

浅田さんの独特の感覚を味わいつつ読み終えました。
また、あらたな人の考え方、感じ方を知ったという読後感です。

次は、珍しく、漫画を読もうかと思っています。
水木しげるさんの「悪魔くん千年王国」です。かつてテレビでやっていた「悪魔くん」とはおそろしく異なる世界が表現されているようなので、楽しみにしています。

 

2021/12/12

南隆一 絵画・造形展・・第36回 !・・に行って来ました。

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表題の個展に昨日妻と共に行って来ました。
南先生は、何度もご紹介していますが、私の中学時代の担任で美術の先生でした。
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千葉県山武郡横芝光町栗山4449-1「美術館・笑虎」という長屋門造りの古風な庭園を持つ場所で毎回行われていて、数えること第36回ということで、驚きです。

今、70代半ばの先生が、30代後半からずっと毎年続けてこられたということで、ただただ驚くのです。

 

 

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コロナ禍にあり、「みなさん“お誘い合せない”でおでかけください」(^_^;)という案内状をいただきました。

今回も作成状況は電話などで度々うかがっていたのですが、毎夜がんばられていたようでした。
先生のエネルギー凄いっ!

 

 

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毎回、微妙に作品から伝わってくる先生のその時々の印象は変わってきます。
今回は、炸裂するというよりも、色は鮮やかだけど作品自体から受ける印象は落ち着いてじっくりと取り組まれたように感じました。
それに、また新しい感覚も取り入れられていたようにも思いました。
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喫茶室を持つ館内では、“老若男女取り混ぜた”状態で、にぎわっていました。
皆、先生といろいろお話されていましたが、先生が入り口に置かれていた文にも書かれていましたが、お客さんと先生、さらにお客さん同士のさまざまなキャッチボールが行われていました。
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私もこの場所で何人もの人と出会いましたし、懐かしい人との再会もありました。
先生の個展は、作品との出会いだけでなく、人と人の出会いの場でもあります。
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先生のファンで、わざわざ東京から来るFさんとは、先生の個展で出会い、私もFさんもこの1~2年で大病を患い入院することとなってしまい、久しぶりに再会しました。

お互いに病気の話になり、ちょっと前までは「年寄りの病気の話がまた始まったよ・・」などと人の会話を聞いて思っていたのに、自分達がするハメになってしまいました…σ(^_^;)因果応報ってことでしょうか・・。

 

 

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Fさんは、「アバルト695」という・・イタリアの“ぶっ飛んだ”クルマで東京からやって来ました。エンジン音を“バオン・バオン”させながら( ̄O ̄;)
心臓にステントを入れるという手術をしながらも、まだまだ“ヤンチャ”なクルマを操っていたのを見て驚きましたが、私のここ最近の静かな生き方とは対照的な様子を見て、大丈夫か?という不安を感じつつも元気な様子に少しばかり安心しました。
お酒とタバコにはくれぐれも気をつけてくださいね・・奥さんも心配していると思いますよ。
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Fさんとの話が長くなり、先生とはあまり会話できませんでしたが、夜帰宅してから先生と電話でお話させていただきました。
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奥様と共に先生も元気で、また来年も開催されることを願います。
私もFさんも元気で会場に行けるように、がんばります。

2021/12/11

【行ってみた、喰ってみた、飲んでみた、酔ってみた №033 /珈琲豆焙煎・喫茶 焙煎香房・抱(HUG)】

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すでに写真を一枚、インスタグラムでご紹介したのですが、今回は、“行ってみた”“飲んでみた”という内容です。

行ったのは、千葉県夷隅郡大多喜町堀之内という、ほんとうに“のどか”なところでした。
田んぼの中の道から、樹木が生い茂る神社のわきを入っていくと・・昔の農家であろう家屋を改築した感じの建物が見えてきました。

と、書きましたが、実は私、8年くらい前に元職場の上司ともう一人美人のお供でここに来たことがあったのです。
でも、その頃は珈琲といってもインスタント・コーヒーくらいしか飲んでおらず、その時は珈琲を自分で淹れることもなく、今みたいに夢中になってもいないくて、珈琲の味についてはまったく記憶にありません。一緒に行った美人の記憶はありますが…σ(^_^;)

 

 

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で、あらためてこの「抱(HUG)」が“知る人ぞ知る”お店だということを、私の行きつけの珈琲店「じゃくう鳥」のマスターから聞き、今回あらためて出掛けたわけです。
以前は電車で行ったのですが、今回はクルマで。・・めっちゃ遠かった・・。

店内はシンプルだけど、しっかりとした印象の、珈琲焙煎店として“重厚さ”さえ感じるような素敵な場所でした。
マスターは、とても静かな人だけど、その表情、私と話したときの様子からすると、“秘めたる頑固さ”のある方だと思いました。たぶん、ほかの人が来てもそう感じると思いますよ(^_^;)

 

 

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私が日頃飲んでいる「コスタリカ」をお願いしましたが、品切れとのことで、勧められた「グァテマラ」をいただきました。そして、洋梨のケーキも。

洋梨の・・は、とても上品で、やさしい味でした。このお店の雰囲気に合っていると思いました。

そして珈琲は。
マスターのたたずまいからして、濃厚でボディ感のある珈琲が登場するのかと思いきや、ふわっとほのかにいい香りがして、そして甘さも感じるのですが、飲んだあとに“ふっ”とたんぽぽの綿毛のように空間にそれが消えていくような、そんな珈琲でした。

 

 

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このお店の他の豆がどうなのかはわかりませんが、初めて味わう感覚の珈琲でした。

それが、この「サーッ」という風の音しか聞こえないこの静かな場所にしっくりときました。

マスターの印象に近いものがあります。

 

 

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このとき初めて思ったんですけど、自家焙煎の珈琲って、そのマスターの人柄が表われるんじゃないかと。
私がよく行く、「じゃくう鳥」の珈琲も、浅煎りでも深煎りでも、マスターの“やさしいけど、しっかりとした”感じが珈琲に表現されています。

おもしろいな、と思いました。
これから自家焙煎のお店に行ったときには、よくマスターを観察してから珈琲を味わおうと思いましたd(^_^o)

 

2021/12/10

仏映画「ダ・ヴィンチは誰に微笑む」を見ました。

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映画『ダ・ヴィンチは誰に微笑む(The Savior For Sale)/2021年 フランス 監督:アントワーヌ・ヴィトキーヌ ※ノンフィクション』を見て来ました。

名も無き競売会社のカタログに掲載された絵を見て「もしかしたら」と閃いたニューヨークの美術商が日本円にして13万円で落札したことが発端となる映画で、しかもドキュメンタリー。

その後ロンドンのナショナル・ギャラリーに接触し、専門家の鑑定を得たギャラリーがその絵を「ダ・ヴィンチ」の作品として展示。
そこからこの絵に群がる人達・・。

ダ・ヴィンチの最後の作品、“男性版モナ・リザ”だ、なんて言う人達も現われ、遂に・・オークションで510億円で落札されることになるが、その後も様々な人がダ・ヴィンチの弟子の作品だなどと言い出したり、ルーブル美術館まで巻き込んだ騒動となり、最後まで『謎』は深まるばかり、という混沌としたドキュメンタリー作品でした。

「アート界の闇を暴く!」なんて、ポスターにも書かれていましたが、ほんとうに欲望まみれのミステリー・フィクションでした。

私もよくニュースなどで絵画のオークションのシーンを見たことがありますが、あの異常な金額での落札、いつも「いったいどんな人が買うのか」と思います。
きっとそれは美術作品としての魅力だけではないんでしょうね。
依頼主からの電話を常に耳に当てながら、どんどん競り上げていく様は、「異様」としか貧乏人の私には見えませんが、あの世界にいる人達はその時が人生至福の時なのかもしれません。

あらためて、名画に群がる“魑魅魍魎”の姿を再認識しました。

とにかく、この映画の中では、様々な立場の人達が“もっとも”なことを言いながら登場してきて、名画やお金に蛾のように引きつけられて集まる人間を観察しているだけでも面白い映画でした。

 

2021/12/08

本気で人生相談に応える「哲学の先生と人生の話をしよう」を読みました。

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『哲学の先生と人生の話をしよう/國分功一郎(朝日文庫)』という本を読みました。

この本は、2012年から2013年まで、宇野常寛さんという方が編集されている週刊・メールマガジンで連載されていた人生相談をまとめたものだそうです。
相談にのるのは、哲学者の國分功一郎さんです。

相談の内容と先生の回答を書いても個々のケースについて考察することになってしまうので、ここは素直に私がこの本を読んだ感想を書きます。

先生が相談に応えている文章は“本気”でした。
よくあるテレビ、ラジオ、新聞の人生相談では、視聴者、リスナー、読者の大多数の気持ちや考え方を意識した回答になるわけですが、ここでは先生が専門の「哲学」を中心に置いて、自らの考え方で文章の長さも“まちまち”に、時にはバサッと短文で一刀両断に、あるときは先生自身も考えながら、迷いながら長文で回答しています。

つまり“おざなり”に一般的な回答をしているわけではなくて、また形式的に整えて回答しているわけでもないのです。

そして、さらに相談者がどういう人なのかという洞察力も並外れているのです。
質問文中にある“些細な”表現も見逃さないのです。
「あなたは、質問の中で〇〇という言葉を使っていますね。それは“これこれこういうこと”を隠しているからではないですか。」などと、読んでいるこちらには「あっ、そういうことか、なるほど」と、あらためて驚くことが多々あるのでした。

質問していること自体が「自慢」しているんじゃないのか?!などという回答もありました。

そしてよくラジオで「テレフォン人生相談」を聞く私…σ(^_^;)ですが、人にとって誰かに相談するということは、大きな意味があるのだと、あらためて気づかされることになりました。

さらに、人の相談に乗ることも大変重要なことであるということも・・。

この本に載っている相談と回答は、どれもこれも強烈なものばかりですが、私自身の生き方にとってもヒントとなるものがいくつもありました。
いい本を見つけることが出来ました。

 

2021/12/07

『LET IT BE -NEW MIX OF ORIGINAL ALBUM-』を聞いてみた。

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10月に出た、ビートルズの「レット・イット・ビー」関係の“スーパー・デラックス・エディション”、大金なのでなかなか買えず、やっと手に入れました。

内容はCD5枚とブルーレイ1枚が写真集と共に梱包されているものです。近年、こういうのが毎年のように出て、うれしいやら、財布がスッカラカンになるやらで、貧乏ファンは大変です…σ(^_^;)

まずは、1970年に出たオリジナル「Let It Be」の新たなミックスが Disc1 となっておりましたので、それを聞いてみました。
いろいろこれに関する本も出ているようですが、読んでしまうと潜入感がはたらいてしまうので、そういうものは読まない状態で新鮮な気持ちをもって一曲、一曲を聞いてみた感想を書きます。
では、行きますっ!!

① Two Of Us

いきなり、ウォームな印象の音を感じました。1970年のオリジナルは、もっとアコースティック・ギターの音がシャキシャキと金属的な感じでしたが、意外や意外!リンゴのバスドラも含め、ちょっと“モコッ”とした感じなのです。
ポールのボーカルもジョンのコーラスも、とても自然な声に聞こえます。ベースの音も太くてモコモコしている。


②Dig A Pony

こちらもイントロの印象的なギターフレーズからして、太い感じの音。
ベースはオーバー・ロードしているように感じるくらい、ボ・ボ・ボ・ボいっている( ̄O ̄;)
リンゴのドラムはオリジナルよりも後ろにさがった感じがします。でも、ハイハットの刻みは確実によく聞こえる。ミックスの妙です。
二本のギターの音が渾然一体となっている感じがして、パワフルな仕上がりになっています。


③Across The Universe

一転して、こちらはアコースティック・ギターの音がとても繊細で金属的。
ジョンのぼやけていたボーカルは、かなりスッキリした感じです。
うしろの方で聞こえるハープのような音が、かなりハッキリと聞こえるようになっています。
オーケストラの音もモヤモヤしていたのが、霧が晴れたように明かりが差しています。
曲の時間を調べてみないとわからないけど、テープスピードを落としてジョンのボーカルがちょっとダレているように聞こえたオリジナルよりも、覚醒した声に聞こえるのです。

※アルバム全部を聞き終えてから時間を確認してみましたが、オリジナルと同じ3分48秒なのでジョンのボーカルのスピードは変わっていません。“ミックスの力”で、覚醒した声に聞こえたということです。


④I Me Mine

オーバーダビングされたバックのオーケストラの音はかなり引っ込みました。
逆にジョージのボーカルが前に出て来ていて、エコーのかかりもあまり感じません。
リンゴのドラムが大活躍するこの曲ですが、リンゴのタムの音はやや“こもり”気味。
派手なエレクトリック・ギターの音もエフェクトがかなり外されているように感じます。
全体に角が取れたようです。


⑤Dig It

ジョンのボーカルが歪まずに、すんなりとミックスされている。
ぼやけてよく聞こえていなかったバックの演奏がよく聞こえるようになった気がします。


⑥Let It Be

ポールのボーカルが生音っぽく、しかも“いい人”が歌っているような人柄まで感じる音に(^^;)
イントロでリンゴのハイハットに掛かっていた異常なエコーは、やや控え目になったか?!
スネアとタムの音は、これまたやや“もこもこ”気味。
ハイハットの音もやや下がり気味。
間奏のジョージ渾身の炸裂するギターの音も“太く、丸く”なっている・・。
間奏後、リンゴのリズムパターンが変わってくる部分もドラムの音がオリジナルよりも引っ込み気味。
ラスト盛り上がってきたところでポールのベースが“ウンウン”唸って、ポールに気をつかったのかな?!


⑦Maggie Mae

ジョンのボーカルがはっきりとして“チンピラ風”な感じがよく出ている。
バックのハモりもオリジナルよりも、より聞こえるようになりました。


⑧I've Got A Feeling

バンドの並びが感じられるようなミックス配置になっている。
横方向も奥行き方向も感じられる。
リンゴの位置も感じることができる。
叩いているフレーズもよくわかる。
この曲に関しては、ジョージのギターの音はオリジナルに近く、シャキシャキとしている。
ジョンのボーカルがリアルな感じを増している。かなりクリア。
ラストの“ごわごわ”“もわもわ”した感じはクリアな音で消えた感じ。


⑨One After 909

これもリンゴのドラム(特にハイハットの音)がサクサク・シャキシャキといい音で入っている。
ジョージのギターが迫力を増したように聞こえる。“ワイルドさ”がトッピングされた感じ。
ポールのベースもいい感じでグルーブしているぞ。


⑩The Long And Winding Road

明らかに、なんとか雰囲気を変えてミックスしようとしている意図を感じる。よく聞こえなかったジョージのギターも割と聞こえるようになった。
リンゴのトップシンバルのベルの部分を叩くリズムの音もオリジナルでは奥に引っ込んでいたが、前に出てよく聞こえるようになった。
さすがに“誰かさん”に“忖度”してオーケストラの音を消すわけにはいかないし、きっと残されたテープの都合上出来なかったと思うけど、ポールの“弾き語り”感は増したと思う。


⑪For You Blue

ジョージのギターの音がイントロから、もうわかるが、クリアに入っている。
リンゴの歯切れの良いドラムもそのままにされて、ザクザクといい音。
間奏の鍵盤の音はボリュームアップしたと思う。
曲全体がスケールアップしたように感じた。


⑫Get Back

ポールのボーカルがより生音っぽくなり、臨場感が増した。
リンゴのクラッシュシンバルが少し引っ込んだか・・?
ハモりのボーカルも音がよく聞こえる。
リンゴのバスドラムはズシズシいうようになった。
タオルでミュートされたスネアの音も重い感じの音で入っている。
ジョージのリズムギターは、オリジナルよりもギターの生音感が出ている。
ジョンのリードギターは、オリジナルの“まるい”感じの音よりも、やや繊細で、かつ歪みが掛かっているのがわかるようになった。


以上です。
私の過去聞いたオリジナルの音の記憶と照らし合わせて、聞いた感想をその場でキーボードに打っての速報です。
がんばりました(*゚▽゚)ノ

 

2021/12/06

生島治郎の「浪漫疾風録」を読みました。

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『浪漫疾風録/生島治郎著(中公文庫)』を読みました。
これは、「エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン」の編集長を務めることになった、そしてハードボイルド作家でもあった著者の自伝的長篇小説です。

時代としては、1956年~1964年の“疾風怒濤”の編集者時代と、戦後ミステリの草創期が描かれているものです。

なぜか、著者である生島さんは「越路玄一郎」という名前で登場しているのに、他の人達は皆実名なのです。
これは、著者自身が自分を客観視するためなのか、俯瞰で見るためにやったことなのか、でも読んでいるこちらとすれば、生島さんが実名でないことによって、遠慮無くこの小説の中に入り込んでいくことが出来ました。

とにかく、新入社員として入った早川書房(これも実名)の過酷な環境(仕事場としても、仕事の内容としても、安い給料も)の中、編集という仕事がどういうものなのか、全くの実体験で書かれているので、“クセ”の“有り過ぎ”な上司の人達とのやり取りも傍から見ているこちらには面白く、むさぼるように読みました。

読んでいて、今まで「編集」という仕事がどういうものか、おぼろげにしか素人の私には見えていませんでしたが、ものすごく大変な仕事ではあるものの、とても魅力的なものだと感じました。

この作家にこういう世界を描いてもらいたいだとか、自分が様々な外国のミステリなど
を読んで、こういうものを日本でも書ける人がいるのではないか、とか、作家と共に新しいものを生み出して行くような感覚がとても引きつけられるものだと感じたのです。

実名で登場する人達もすごく、小松左京、松本清張、佐藤春夫、開高健(この文中の頃は痩せてヒョロッとしています)、常盤新平、田中小実昌、吉行淳之介、福島正実、小林信彦、星新一・・まだまだたくさんの人達がこの本の中で実際に生き生きとして動いているのです。
これも当事者が当時の編集員として書いているので、リアル感がひしひしと感じられるのでした。

読んでいて、この本に書かれている時代のミステリや、その他小説を探して読んでみたくなりました。

・・またブックオフに出掛けねば(^_^;)

内容充実の“ビッシリ”感満載の本でした。

 

2021/12/02

二日酔い主義 傑作選「銀座の花売り娘」を読みました。

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『二日酔い主義 傑作選 「銀座の花売り娘」/伊集院静著(文春文庫)』を読みました。
これもまたブックオフにて安価購入。

内容は、1992年から1998年にかけて伊集院さんが書かれたエッセイの中から47作を厳選して収録したものでした。

なので、伊集院さん四十代の頃です。旅に病み、酒に病み、博打に病み・・倒れ伏した病床にまで忍び寄る誘惑が伊集院さんをそのまま大人しくしてはおかない(^_^;)という展開なのでした。

今読んで見ると、「よく、この人まだ生きているな」と思いますが、伊集院さんの人生は、まさに“無頼”の人生です。

・・・あいつは女狂いだから・・・

・・・あいつは博打うちだから・・・

・・・あの人は酒飲みだから(伊集院さんが言うには、上記ふたつよりもこれについては社会は寛容だと)・・・

昔の人はこの三つを「甲斐性」と呼んでいたようです。

三つとも、ずっと続けて行くうちに、最後は『その人がひとりになる』と書かれていましたが、私が今までの人生経験で見て来た人もそんな感じだったなぁ。
見離されていくんですよね、でも本人はたいしたことないとばかりにそのまま生きて行くのです。

こんな話を伊集院さん、淡々と書かれています。次々と苛烈な出来事が襲ってくる人生をちょっと寂しげに語るその“語り口”にいつもながら寒気を覚えつつ、夢中で頁をめくってしまうのでした。

もひとつ、ぐっとくる文がありました。

「四十歳を過ぎたばかりの年齢は、仕事にしても家族のことにしても、順調に行ってる男はほとんどいない。たぶん一番せんない年齢じゃないかと思う。(それは五十歳を越えても同じことなのだろうが・・・)」

と書かれていました。

思わず「たしかにっ!!」と心の中で声を出しました。

人生の中でも一番つらい時期なんじゃないでしょうか。
そして、「五十になっても同じだろう」と、括弧書きで書かれていましたが、実際は“つらいけど”、諦めと達観が自身を強く前進させる原動力になったように私は今思います。

ということで、男の人生についていろいろと考えさせられる内容の本でした。
背中にいろいろなものを背負っている男の人は読んだ方がいい・・d(^_^o)

 

2021/12/01

どうやって登っても山頂の風景は同じ?という話

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写真は、以前私が御嶽山に登ったときの山頂からの光景です。

ラジオで聞いたエピソードなんですけど、その番組DJの人が友達から言われた話です。

「苦労して登山し、到着した山頂の光景は最高だった」と言ったら、相手から「ヘリコプターで行っても、登山して行っても、山頂という場所は一緒です。だからどういうふうに登ろうと、見える風景はまったく変わりありません。感動の量は同じだからヘリコプターで行くのが一番」と言われたというのです(^_^;)

そのDJの人は、「俺、嫌われているのかな」と言っていましたが、いやいやそんなこと言う人はけっこういますよ。

私もいろいろそんな経験をしていますが、「落語は、噺のストーリーを知ればそれで良いので、一回聞いた話はもう聞く必要はない」と職場の者に言われたことがあります。

同じく、「舞台で行われている芝居は、テレビなどで見ればそれでよく、わざわざ劇場などに行く必要もない。ましてや一度見ればどんなストーリーがわかったので、二度行く必要など毛頭無い。」というありがたい職場の方のお言葉でした。

演者により、また観客のその日の反応により、舞台は大きく内容が変わります。
また、観ているこちらにもその場の雰囲気が大きく心理に影響を与えます。
舞台の魅力って、まさにそんなところだと私は思います。

現に、同じ芝居やミュージカルなどを何度か観ると、物語の解釈自体まで変化していることもあるし、“小屋に幽閉されて、録画などのように一時停止してトイレに行ったり、何か食べたりということもなく、目の前の舞台と対峙するということの貴重さ、大切さを感じるのです。

「山頂の光景は同じだ」と言った人には、たぶんこれからもずっとわからないことだと思いますけど。

電子書籍についても似たようなことがあるかもしれません。
電子書籍でも、紙の本でも書いてあることは同じという人がいます。

でも、実際によく本を読む人にはわかると思いますが、紙で読んだときの“読書進行感”や、“記憶の残り方”は電子書籍には無いものです。それは私もやってみて実感したところです。

小学生の教科書がタブレット端末になったところもあるようですが、生徒の覚えが悪くなってしまった、という事実もあるようです。ニュースなどで見聞きしました。

また、アマゾンではなく、本屋さんに行って書棚を巡っている時に出会う思いがけない本との出会いもあるのです。

「現にそこに行く」っていうのは、やはり大事だ。という私が思ったことを、あらためて書いてみました。

 

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