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2022/02/27

「静人日記 -悼む人Ⅱ-/天童荒太」を読み・・読めませんでした。

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『静人日記 -悼む人Ⅱ-/天童荒太著(文春文庫)』という、著者、天童荒太さんの直木賞受賞作「悼む人」の続編にあたるような本ということで、二度チャレンジして今回二度目も読めませんでした・・。

主人公は、ただ親の承諾を無理にでも得て、野宿しながら新聞その他の報道などで知った“人が亡くなった現場”に出向き、その死を悼みます。

現場付近にいた人や、家族、関係者などに当時の状況や、亡くなった人に対してどういう気持ちを抱いているか、などを聞きつつ、ノートに忘れぬようそれを書き留め、深く悼むという行為をずっと続けていくのです。

この小説には、それぞれの場所でどんな人がどんな死に方をしたのか、などが主人公の日記として延々と綴られていて、さまざまな無残な亡くなり方、可哀想な亡くなり方、あまりにもあっけない亡くなり方、誰もが思い出したくもないような死に方など・・頑張って読みましたが、私には100頁までたどりつくことが出来ませんでした。

読み進むうちに、体調が悪くなり、身体のあちこちが得体の知れぬ痛みを感じだし、目の前にまっ暗な空気が漂いだし、精神的にもつらく、追い詰められ、もう耐えられない状態になりました。

一度読んでみて、具合が悪くなり、途中でやめたことがあり、今回は二度目の挑戦でしたが、ダメでした。

いろいろな亡くなり方をした死者は現実にいたのか、たぶん著者がその死に方をいろいろ考えたのだと思いますが、そんなのもう一行たりとも読みたくはない・・そんな気持ちになってしまいました。

こういう読書は初めてでした。

もう一度挑戦した方がいい?・・・いや、もうつらくて出来ません。

 

2022/02/26

「女の机/小林登美枝」を読みました。

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『女の机/小林登美枝著(オフィスエム)』という本を読みました。
ブックオフで安価で見つけたものですが、1959年から2000年まで、42年間にわたり信濃毎日新聞のくらし・家庭欄に連載した「女の机」をまとめたものです。

あとがきで発行元のオフィスエム代表の寺島純子さんが書かれているのですが、この42年間の原稿はご本人がホスピスに入られる前に処分してしまい、最初は図書館に残っていたマイクロフィルムのチェックから始まり、膨大な作業になる・・と、気の遠くなるような作業を覚悟した矢先に、すべての記事をスクラップしていた人から連絡が有り、それをもとに編集作業をされたんだそうです。
でも、それだけの作業をする価値のある本にまとめられていた、と私は感じました。

私は恥ずかしながら小林登美枝さんを存知上げなかったのですが、お店で見つけて何頁かめくって見ただけで、今ではまったく見ることのできない“きちっ”とした文章に背筋が伸びました。

著者、小林登美枝さんは1916年生まれ、大阪時事新報記者から毎日新聞記者を経て、日本婦人団体連合会の常任理事となり、女性解放運動に関わっています。
そして、女性解放運動の先駆者、「平塚らいてう」の研究者として、自叙伝の編纂、著作に関わっています。

その文章は、“真っ直ぐ”で、前を向いて“胸を張って歩いている”ような、先ほども書きましたが、今では見ることのできないような素敵なものでした。
そして、読みやすいのです。

【二十一世紀を生きる女たちの〈らいてう百年祭〉】のときに、壇上で大岡昇平氏が、

「とにかく男性はダメでございます。戦争したいなんてトンチンカンなことを言う。女性の方がたが日本の将来のために主張を大きくかかげて、どうぞよろしくお願いいたします。」
と挨拶をされていたシーンが書かれていました。

2022年の今も戦争をやろうとして、やっているどこかの大統領が現にいるのです。男性は“ダメ”なのでございますよね。

かと思うと、夫を亡くした友人宅でおしゃべりをしていたときに、友人が庭に夕日が薄れかけると、そそくさと雨戸をしめはじめた。
西空の茜色がひたひたと闇に溶けてゆき、光を失う一瞬が惜しまれると思っていたが、夫を失って日が浅い友には、昼と夜のあわい感傷は、たえがたかったにちがいない・・としんみりする場面も描かれていました。
こういうことを書ける人も、ほとんどいなくなったんじゃないか、と感じました。

八十代になってからの文では、長く生きてみて、はじめて会得できる人の世の不可知の姿を思うとき、人おのおの自己の寿命を生ききることは人権の一つである・・という思いを綴っています。

でも、そういった成熟への旅を完了させるためには、今の日本(1997年現在)はなんとひどい状況か、とも書かれていました。

自分にとって今の今さえしのいでゆければよいと、風のような言葉だけで政治が牛耳られている・・・支配層すべての無責任体制。
歴史にたいするおそれへの想像力さえみえない、荒廃の構図は今にはじまったことではないが、私は胸のなかで敬慕する天上の先人たちに、あとはつづく女たちへのさらなる元気の加護を祈るばかりである。

と、思いを語られていました。齢81歳のそのときにこれだけのことを書かれる・・。
心に大きく留めました。

 

2022/02/25

想像していたとおり、おそろしいことになりました。

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ロシアは、一方的に「独立承認」したウクライナの東部地域にロシア軍を侵入させ、ウクライナの軍事施設、そしてキエフ、オデッサなどへの攻撃を始めました。

ウクライナという国の主権と領土を侵し、国連憲章や国際法なども無視、踏みにじっての行いは、この時代に考えられない「侵略行為」です。

プーチン大統領の演説では、今回の軍事行動はウクライナ東部地域の「要請」を受けたもので、国連憲章51条の「集団的自衛」だとしています。
一方的に「独立」を認めた地域・集団との集団的自衛などありえません、国際法上も根拠のない暴論です。

自分の生命は永遠であり、自分は支配者・皇帝であり、世界征服を狙う・・漫画じゃないんです、でも本気なんですよね。
こういう人、まだまだ何人も世界に居ますね。

国民、市民のひとり・ひとりが日々懸命に働いて、家族と共にささやかな幸せを求めているなんてこと、生まれてから一度も頭の中で考えたこともないのだろうと思います。

私は、よく「戦国武将で誰が好きですか」などという質問を受けると、「人殺しに好きな人なんかいません」と答えると、何度かこのブログに書きました。
人の命なんか、なんとも思っていないから戦を起こし、自分の私利私欲のために、征服欲のために人殺しを策謀するのです。

それを面白がるような気持ちは持ち合わせておりません。
私は、その時々の人々の生活がどうだったか、ということに興味があるのです。
だから、ほとんどが「人殺し話」の大河ドラマは見る気にもならないというわけです。

人間というものは愚かなもので、百年、千年経っても学習することが出来ないものだと思います。
ほんとうに暗い気持ちになりました。

 

2022/02/24

ちょっと高級なレストラン、料亭などで事前に渡される「本日のメニュー」のようなものを見るのか、見ないのか、という話。

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この話も、阿川佐和子さんのラジオ番組でしていた話です。
私も以前、高級なフランス料理のお店に行ったときに、食前に前室のようなところでシェフ自ら筆で書いてくださったその日のメニューを見せてもらったことがありました。

先に言っておくと、私はそういうのを見ます!
だって何だかわからないものが出てくるのはちょっとその場で対応が難しそうだし、今これが出たから次はあれだな、と心構えもできるし、お腹の様子を考慮しながらスピードだって、食べる量だって変化させる余裕がほしいから。

で、ラジオで阿川さんの相方をつとめている、ふかわりょうさんは「絶対に見ない」と断言していました。
簡単にいうと、「何がでてくるのか、たのしみがなくなる」っていうことなんだそうです。

ふかわさんは、コンサートでの出来事も例に挙げていて、泉谷しげるさんと、あの小田和正さんが同じステージに立っていたときに、泉谷さんが「次は〇〇(曲名)をやるぞっ、いくぜぇ~っ」と会場を盛り上げていたら、小田さんが泉谷さんのところに歩み寄って「何の曲か言わずにやって、曲が始まったらお客さんが盛り上がるのが正しいだろ」って諫めたら、泉谷さんがシュンとなってしまった(^^;)というお話なのです。

だから、ふかわさん、コンサートなどでもパンフレット等は一切見ずに臨むそうです。

これも、私だったら出来ればパンフレットなどを見て、あるいはネットなどで今回のツアーのセットリストなどもチェックしておきます。
なぜなら、どの曲がどのあたりが来るかわかっていれば、もう待ち遠しくてワクワクして、期待の曲が始まったら一気に“ノリまくる”ってことになるからです。

また、事前に調べていても、何曲目は毎回曲を変えているなどとわかっていると、今日はそこで何を演奏してくれるのか、また楽しみになるからです。

でも、まあこれも人それぞれでしょうからね。

ちなみに、ふかわさんがおっしゃるに、DJはさすがにないだろう、曲順リストをお客に配ってしまったらDJはいらないじゃないかと。

なるほど、とは思いましたが、「でも、それもひょっとしていいかも!」と私は思いました。
ふかわさんも、それを想像したらしく、ハッとしていましたので、きっと「意外といいかも」と、そのとき思ったのかもしれませんd(^_^o)

というわけで、お品書きも見るし、コンサートの曲順もできれば事前に知りたい、というのが私の意見でした。
皆さんはどうでしょう?

 

2022/02/23

中1のときの先生からお手紙が届きました。

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このブログで先月ご紹介した話ですが、正月に古本屋さんの新春セールに出掛けたときに「文学研究」のようなコーナーがあり、そこで見つけた『房総のうたびと』という本をパラパラと頁をめくり、見ていると、《秋葉四郎》という作家の名を見つけ、よく読んでみると、私の中学一年の時の担任で国語の先生であることがわかりました。
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先生の短歌についての作品研究と、先生の“人物”“人となり”などについても書かれていて、とても懐かしく、また当時先生から放課後にクラスの中で三人呼ばれて、それぞれに三冊ずつ「読んでみなさい」と本が手渡されたことがありました。

これがきっかけとなり、私は今に至る“本好き”となったのです。
先生には、今でも感謝していたのですが、調べると先生はご健在であれば、85歳になられているということがわかりました。

このブログによく登場する、同じく中学校の二~三年の担任で美術の先生に連絡を取り、秋葉先生のご住所をご存じないか?とたずねると、調べてくれて、私はお手紙を出すことにいたしました。

それから一か月、特に音沙汰もなく、「ひょっとして・・」などとよからぬ心配までしておりましたが、昨日、お手紙がが届きました。

あなたのことはよく覚えていますよ。

心打つお手紙ありがとう。

私のライフワークである短歌作品に気づいてくれてうれしい。

私の書いた本、「歌集・街樹」、「短歌入門」の二冊をさしあげるので、読んで見てください。

などとお手紙に書かれていて、涙が出ました。

先生は、今でも東京で歌人としての活動をされているとのこと、そして地元千葉でもカルチャー教室で短歌を教えられていて、さらに自らの短歌結社〈歩道〉でも活動されているとのことでした。

まだまだお元気で、こんなにうれしいことはありません。

さっそく、先生の歌集と短歌入門を読んで、短歌に親しもうと思っているところです。

 

2022/02/22

「東京ジャズメモリー/シュート・アロー著」を読みました。

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『東京ジャズメモリー/シュート・アロー著(文芸社文庫)』を読みました。
著者は東京出身で、現在は某楽器メーカーに勤務しているサラリーマンとのことです。
ご自身は大学時代にジャズ研に入り、ピアノを弾いていたと書かれていました。

ジャズ関連誌にも連載を持たれ、その他音楽誌、一般誌への寄稿も多数とのこと。

最初、この本を手に取ったときには、東京の有名ジャズ・スポットについて現在開業しているところから、閉店してしまったところなどについて調べ、マスターなどからお話を聞いて、その歴史などを綴ったものなのかと思いました。

でも、そうではなかったのです。

著者は、1962年生まれで、ジャズ喫茶などの環境については私同様“微妙”な時代を生きています。

電化される以前のマイルスや、コルトレーンなどがリアルタイムで活躍していた時代は、せいぜい小学生くらいの年頃だったと思いますので、高校、大学生くらいの時には、ジャズ喫茶その他のスポットについては、存在はしていたと思いますが、最盛期からは時を経ていて、ジャズは「クロスオーバー」とか「フュージョン」などという発展?の仕方をしていた時代だったんじゃないかと思います。

私も、同様で、ロックミュージックを聞いてきて、ジャズを聞きたいと思ったが、いわゆるモダンジャズが聞きたかったのに、16ビートとエレクトリック・ギターばかりが世の中で鳴っていて、「こういうんじゃなかったんだけど、聞きたかったのは・・」と思ったものでした。

著者は、東京に住み、“地の利”で、高校時代からジャズ喫茶に入り浸り、大学時代にはジャズ研に入り、ジャズスポットでアルバイトをしたりして、どんどんジャズの世界に“ハマっ”ていく様子が、さまざまな経験も伴って書かれています。

そこには、本物のトミー・フラナガンや、エルビン・ジョーンズなども登場し、ジャズ界の巨人の演奏を目の当たりにしたときのことが実に臨場感をもって語られています。ここがこの本のいちばんのクライマックスだと思いました。

著者本人に、いろいろな思い出がある店について書いているので、「ここは欠かせないだろう」という東京の有名店についてすべて書かれているわけではありません。
でも、それが若い頃の記憶を文書化しているので逆に「時代感」「そのときの空気」のようなものをより感じさせてくれました。

また貴重な時代の記録も書かれていました。
マイルスが交通事故による活動停止から、「ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン」をひっさげてカムバックし、都庁が建設される前の新宿西口広場で野外コンサートをしたのですが、そのコンサートの様子を“つぶさ”に書かれているのです。
これは事実そのもの、真実が書かれているので、ここも“読みどころ”でした。

1980年代にあった、不思議なジャズ・ブームや、タモリさんのジャズ絡みのテレビ番組のことにもふれています。

“ジャズ好き”にとっては、「教科書的」な他のジャズ本よりも、ずっと面白いものになっていると思います。
“おすすめ”です。ジャズ好きな人にはぜひ読んでもらいたい本でした。

 

2022/02/21

ストレス・レスだと長生きするっていうが・・。

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最近、日曜日の午前中によく聞くラジオ番組、「日曜のほとり(文化放送 10:00~12:00)阿川佐和子・ふかわりょう)」で阿川佐和子さんがしていたお話です。

阿川さんのお父さん、阿川弘之さんがご健在だった頃のお話です。
そのお父さん、医者から帰って来て奥さんにうれしそうに話していたというのです。

「おい、きょう医者からいいことを聞いたぞ。長生きするためには、ストレスが一番いけないんだけど、先生が言うには“人にストレスを与え続ければストレスが無くなって、長生き出来るんだそうだ。オレはストレスをこれからも周りに与え続けるぞっ!!」

それを聞いた奥さんからひと言「わたしはどうなるんですか」・・(^_^;)

阿川佐和子さんの著書に度々出てくるお父さんの弘之氏。
ひとつひとつのエピソードを聞いているだけで、傍若無人で自分のことばかり考え、人にいろいろなことを押し付け、さらに無理難題を言う・・といった感じの人とお見受けしました。

たしかに、こういう“我が儘一本やり”、自分が家族を社会を動かしている・・と思っている人は多いし、そんな人は長生きしそうです。
“ストレス・フリー”なんですから。

私の仕事上の上司もそんな人が多かったと思います。特に出世している人ってそういうタイプが多い。
自分にストレスがかかりそうになると、“ちぎっては投げつけ、ちぎっては押し付け”ストレスを振り払い、誰かに“おっかぶせて”いたように思います (・_・;

ピンチになっても、何かのせいにし、誰かのせいにして世の中を渡っていくのですよね。

一時期、私はストレスをかけられたら、かけてきた人に同じことをしてみたらどうかとやってみたことがありました。
でもね、そんな人って、自分が同じことをして迷惑を掛けていたことになんか気づかないのです。だから、やっても無意味・・。
逆に「人にこんなにストレスがかかることしやがって」と怒りと恨みをかうばかりです。
だからもうやんないっ!

今は、ストレスを投げかけられたら、ラグビーのパスのように後ろの方に放り投げて“知らんぷり”するようにしています。
相手にしないのです。
それが一番!と、今になって気づいたのでした…σ(^_^;)

 

2022/02/20

【The Beatles 研究室・復刻版】Please Please Me[B-2]P.S. I Love You

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2004年から2008年にかけて作成したホームページ「The Beatles 研究室」・・2009年リマスター発売後の一部追記も含めてのブログにての復刻版です。ほぼ当時のまま、そして復刻後追記も付しております。15年以上前の文なので細部の表現・事実についてはお見逃しください。
今回はデビュー・アルバム「プリーズ・プリーズ・ミー」収録曲、そしてシングル盤「ラブ・ミー・ドゥー」のB面でもあったのですが、「P.S.アイ・ラブ・ユー」を取り上げてみます。
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この曲は、デビューシングル「ラブ・ミー・ドゥー」のB面でした。
いきなりイントロ無しで入ってくるところが意表を突いていますが、その際のコーラスもばっちりです。
ポールの作曲能力に負うところが大きい曲だとは思いますが、新人のデビューとしては、なかなかいい線いっています。

ドラムは、A面と同じでスタジオ・ミュージシャンのアンディー・ホワイトで、プロデューサーのジョージ・マーチンはまだまだリンゴを信頼していなかったようです。
ラブ・ミー・ドゥーでは、リンゴがドラムを叩いたバージョンもあるのですが、こちらはアンディーのみのレコーディングだったようで、リンゴはマラカス担当。

アンディーのドラムはと言えば、“可もなく不可もなし”と言ったところで、まあ、ありがちなどうでもいい感じのドラミングです。よく言えば軽くてリズミカル、悪く言えば印象の薄い“お仕事”的なドラムです。

きっとリンゴが叩けば、ロック的な香りの残るものになったかもしれません。
ジョージ・マーチンに、リンゴの正確かつ、重いロック的なドラムは、太鼓の音自体とあいまって、作品に大きな影響を与えることが可能であるということがわかるのは、もう少し経ってからのことになります。

とりあえず、この曲では、楽曲の良さとジョン・ポール・ジョージのコーラスの良さにしびれてみましょう。
B面にしておくにはもったいない佳曲です。


〈追記〉2022/02/20

せっかくなので、今現在手持ちのある音源をいくつか聞いてみようと思います。

まずは、2009年リマスター盤のステレオ・バージョンから。
これは、ポールのボーカルがとてもよく聞き取れます。
アンディーのドラム、リムショットも小気味よい感じで録音されています。
ギターの音もナチュラルで艶やかな部分まで表現されていました。

続いて、同じく2009年リマスターのモノラル盤。
こちらは、全体のバランスがいい感じです。
バラバラと弾かれるジョンのリズムギターがステレオよりも、より強めに表現されているようです。
ポールとバックコーラスのボーカルバランスも対等な感じになっています。
また、ポールのベースもやや硬めの音で、よくフレーズが聞き取れます。

次はアナログ盤のオデオン、テスト・プレスのモノ、ラウドカット・バージョン。
こちらは、CD盤とは大きく異なることがすぐにわかるくらいの繊細な音までもよくわかるような仕上がりです。
ジョンのギターはちょっとメローな感じ。ドラムのリムショットも軽い感じですが、撥ねるように軽快な感じ。
ボーカル含め、全てが自然な音に感じました。

さらにアメリカ、キャピトル盤のステレオ・バージョン。
これは意外と“豊か”に感じる音色です。力強さと共にちょっと憂いまで感じるような表情あるボーカルが強く印象に残ります。
ギターもベースも力強いんだけど、ほどよい感じでバランスされ、ボーカルの邪魔をしていません。
キャピトル、なかなかいいです。

同じく、アメリカ、キャピトル盤のモノラル・バージョン。
こちらは力強く感じるような太い音です。
ボーカルのバランスもコーラス含め前に出てくるような印象です。
昔、家のステレオセットで聞いていたような、楽しくて力強い音という感じです。

最後は、ライブ・アットBBCの Vol.2 もあったので聞いてみます。
ポールがちょっと“もったいつけた”ような“タメ”のある歌い方をしています。
ライブ録音ということもあって、ジョンのギターは軽ぅ~い感じでストロークされています。
リンゴのドラムは、やはりアンディーと異なり、表情のある、そして強弱のあるリムショットが印象的です。
ボーカルはコーラスと共に皆んなの仲の良さのようなものを感じさえする和気あいあい感もあります。
CD等音源をお持ちの方は、もう一度聞いてみると、意外といい感じだと思いますよd(^_^o)

 

2022/02/19

又吉直樹さんの「夜を乗り越える」を読みました。

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『夜を乗り越える/又吉直樹著(小学館よしもと新書)』を読みました。

この本は、又吉さんが小学生くらいから中学、高校と進み、さらに NSC に入って芸人として活動して行く過程の中で「本」と、どう付き合って来たか、また読書が又吉さんにとってどのようなものだったのか、ということが書かれているものでした。

いちばん又吉さんがこの本で書きたかったことは、どんな人でも「本を読んだ方がいい」ってことに尽きるようでした。

又吉さんは、読書により「間違いなく視点が増える」と書かれていて、私もそう思います。

書かれていることが皆、自分自身に採用できるかと言えば、そうでもないけれど、「オレはこう思う」とか「それ本当?」とかいろいろ考えるヒントになるわけで、物事を見るという“視点”は間違いなく増えるということは言えると思います。

又吉さん、「視点が増えれば、問題も立体的になり、物事の本質に近づくことができる」とおっしゃっています。
私にとってもそれが読書の魅力のひとつになっています。

この本を読んでいると、後半に行くにつれて又吉さんの読書への“溺れ具合”、芥川龍之介、太宰治への“溺死”しそうなくらいの、“のめり込み具合”がわかります。

私はそこまで突き詰めて読書をしたことはありませんし、誰か特定の作家にのめり込んだことはないのですが、でもここ数年は年間100冊以上の本を読んでいる身の私、その気持ちはなんとなくわかるのです。

又吉さんにとっては、「本」と「お笑い」が、人生の大事な部分を占めているようで、誰もが自分を構成しているものとして色々挙げることが出来ると思いますが、私だったら・・「本」と「音楽(※ビートルズ含有率70%、ジャズ含有率25%)」そして「宝塚歌劇」にあたるのだと思います。

そんなわけで、本とは今後も深い付き合いをしつつ、その感想は、このブログでご紹介していこうと思いますd(^_^o)

 

2022/02/18

【復刻版】Modern Jazz喫茶『 頑 固 堂 』⇒《 A.T.'s Delight / 1960 》Art Taylor

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十数年前に作っていたホームページ“Modern Jazz喫茶『 頑 固 堂 』”のブログ版復刻です。
取り上げているのは、アート・テイラーのアルバム、「A.T.'s デライト」です。
再度聞き直して、追記も行いました。

A.T.'s Delight / 1960
Art Taylor

Art Taylor/ds
Dave Burns/tp
Stanley Turrentine/ts
Wynton Kelly/p
Paul Chambers/b
`Potato' Valdez/conga

①Syeeda's Song Flute
②Epistrophy
③Move
④High Seas
⑤Cookoo & Fungi
⑥Blue Interlude

いきなりコルトレーンの曲で、ぐぐっと盛り上がっていきます。ハイハットとピアノで始まり管がからんできていっきにジャズの世界に連れ込まれます。このアルバムを象徴するような名曲です。
私は、このアルバムというと、まずはこの曲のイントロが思い浮かびます。
すっごく“カッコイイ”(*^^*)
デイブ・バーンズのトランペットも次から次へと、“いいフレーズ”を吹きます。
そこへ下から持ち上げるようなスタンリー・タレンタインのテナーが曲を引き締め、さらにウィントン・ケリーのピアノがバンド全体を引っ張っていく感じですd(^_^o)
そして、テーマに戻ってくると、全員の息がぴったりと合っているという・・素晴らしい一曲目なのでした。

二曲目は“モンク”の曲です。独特のぎくしゃく感のあるイントロのあとタレンタインのテナーのソロで雰囲気十分な世界にいざなってくれます。
この独特な雰囲気をずっと維持していってくれるのは、ポール・チェンバースのベースのおかげだと思います。
左右スピカーの中心から聞こえてくるチェンバースのベースがこの曲を“骨太”な印象にしているのだと思います。“ポテト”バルデスのコンガがこれまた“いい味”出しているのでした。

三曲目は、最初はコンガとトランペットのせめぎ合いからテナーとコンガの勝負に移ります。めまぐるしいバトルに気を取られているとピアノが殴り込みをかけます。気づけばドラムも正面からやってきて真っ向勝負の様相。コンガも負けていません、楽しい一曲です。


四曲目は趣を変えて、ぐっとオトナの雰囲気に突入します。全員の落ち着いた渋いプレイに酔うのが正しい聴き方でしょう。
なんか、ジャズ喫茶で一杯のコーヒーと水で何時間も“粘っている”ような気がしてくる曲です。雰囲気十分!

五曲目はテーラーのオリジナル曲で、パーカッシブな一曲です。タレンタインのソロが曲を引っ張っていきます。
リズムに体をまかせると横に揺れる感じです。テーラーのでしゃばらないドラムソロも本人の人柄が感じられます。

最後はちょっと軽快なイントロからやはりタレンタインの“オトナ”のソロに突入、バーンズもじっくりとソロを聞かせてくれます。アダルトな雰囲気で締めくくってくれました。

 

2022/02/16

「酒場歳時記・吉田類」を読みました。

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『酒場歳時記/吉田類著(生活人新書)』を読みました。
吉田類さんといえば、もう“酒場に居る人”(^_^;)として知らない人は日本全国ほぼいない、と言ってもいいでしょう。

「居酒屋の達人」として知られる太田和彦さんとは双璧です。
酒場の巡り方というか、“いずまい”は、お二人はちょっと異なる印象ですが・・。

酒好きの人はほとんど吉田類さんがどういう人で、どんなお酒の飲み方をしているかはご存知かと思いますので、この本を読んでちょっと気になったところなどをご紹介したいと思います。

大阪の居酒屋、定番メニューの「どて焼き」と、東京でいう「モツ煮込み」は同じもの?っていう一文がありました。
基本的に味噌で煮込むのを大阪では「どて焼き」と言っていると思いますが、東京でも白味噌ベースの味付けをした煮込みもあります。

私の感じでは、「どて焼き」の方が“こってり”しているような印象があります。
また、東京の「煮込み」はどちらかというと、タレ自体をスープとしているような感じもあります。

現在はコロナ禍で難しいですが、大阪に行く機会があったら、その違いを“確認”に出掛けたい(*^^*)などと思いました。

もうひとつ、「ハイボール」の話題が書かれていました。
吉田さんによれば、戦後の焼酎はクセが強すぎて、臭いもきつかったそうで、炭酸で割っただけでは旨い飲物にはならなかったのだそうです。

そこで、かつては「謎のエキス」とされていた、そして今では「天羽(飲料)商店」の“ハイボールの素”として知られる“エキス”が開発され、それが炭酸とともに焼酎を割って、ハイボールが普及していったというお話でした。

実は、私、そのエキスの入った焼酎ハイボールを提供する老舗にはまだ行ったことがありません。
先ほどの「どて焼き」とともに、コロナ禍が収まったら、ぜひ試したいと思いました。

それから、吉田さんのテレビ収録に伴う苦労話も書かれていましたが、冷えてパサパサになったウニ焼きを食べねばならないようなこともあったとのことで、香りも水分も飛んでザラついたウニ焼きは喉を越せない・・と「針の筵(むしろ)に座しながら進行することもあった」と回顧していました。

そういうこともあるでしょうね。
吉田さんは、「貴重な体験であった」と、その悲哀について書かれていました。

吉田さんの『酒場俳句』と共に居酒屋の風情を楽しめる、いい本でした。

 

2022/02/14

阿川佐和子さんの「旅の素 -さわこのこわさ-」を読みました。

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『旅の素 -さわこのこわさ-/阿川佐和子著(旅行読売出版社)』を読みました。

これはけっこう古い本で、1996年から1999年まで「旅行読売」に連載されていた「さわこのこわさ」に加筆、再構成し、1999年に刊行されたものです。

まだ阿川さんも若く、学生時代の合宿を思い出したり、外国に出掛けたときのエピソードなども語られていますが、どれも“若気の至り”みたいな話が多く、ただでさえ“うっかり”エピソードの多い阿川さんですが、今よりもっと強烈なエピソードがたくさん語られていました(^^;)

文中で阿川さんが“ハッと気がついた”と、おっしゃっていたことで、私も同感したことがありました。

それは新幹線や、飛行機のおかげで、能率良く仕事をしやすくなったが、実はその、今まで一か月かかったであろう距離を、二時間で移動できるなど、スピードが飛躍的にアップしたことによって自らに起こっている状況について語っているところでした。

速くなった分、会う人、見る景色などの情報の増え方が膨大な量に及んでいる・・。
それは、人間の頭で感じたり、見たり、考えたりするスピードをはるかに超えているんじゃないか、というわけです。

そんな速さの中にいるのって、身体に良くないんじゃないかと思うとおっしゃっています。
私もまったくの同感。

人間自身の能力で移動する際に、目に入り、肌に触れ、心に感じるものの大きさこそ、本当に身につくものなのではないだろうか、技術的進歩と、人間の感性や感受性の進歩とは、必ずしも一致しないのではないか・・そんなことを感じられています。

私も、今の人達が仕事の中でも様々な悩みを抱えている一因はこのことがあるんじゃないかと思っていたのです。

便利だ、便利だ、時間が速くなった、処理能力が上がった・・といっても、それで“楽”になった人なんていないんじゃないでしょうか。
みんな余計に悩み、苦しんでいるような気がします。

それは今言われている「AI」によって飛躍的に仕事が楽になるっていう話にも当てはまるんじゃないかと思います。
どんなものが出来ても、それで単純に人が楽になるわけではない・・ということです。

楽しい本でしたが、上記の部分を読んで、こんなことを考えたのでした。

 

2022/02/13

世の中、もうひとつ深いところに入らなくなってきたような気がする。

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このあいだ、ラジオで、「最近の曲はイントロは出来るだけ短く、出来ればイントロ無しで作るというのが主流だ」という話を聞きました。

よくよく聞いてみると、イントロの時間も待てず、我慢できなくなって“別の曲に飛ばす”んだそうです。

要するに「Spotify」のような“サブスクリプション”の利用が主流となっている現在、昔のテレビのザッピングのように、どんどん曲を“すっ飛ばして”聞いていくので、イントロなんか聞いている場合じゃないようです、今の時代。

音楽なんてただの「使い捨て」なんです。その場でちょっと気分が良ければ、それでよし、ということなんだと思います。

私など、例えば「津軽海峡冬景色」という曲については、イントロが無いと曲そのものに意味が無いという気がいたします。・・昔の曲は、イントロでもう感情が盛り上がってきたものでした。

ついでに言うと、“サブスク”と言われるものを使っているお店に行って、いろいろ聞かせてもらいましたが、そのジャンルに詳しい人にとっては、大名曲というか、誰でも知っている有名曲がどんどん提供されていて、その段階で満足してしまうと、そのジャンルの音楽や、アーティストの“もうひとつ深い”ところまで手が届かない感じでした。

“掘って”いけば、出来るようになっているんでしょうけど、お手軽だからサブスク契約しているのだと思うので、自分で深いところに入って行って、より深い感動の淵にたどり着くという人は数少ないことと想像されます。

それに少し付随して思ったのが、テレビで見たカラオケの採点システムを使って、主に素人が得点を競い合う番組を見て感じたことです。

音程はバッチリで、譜面どおり、“超高得点”の人の歌を聞いても全然なんとも思わないというか、感動がない・・。

そして、本来、その歌を歌っていた歌手本人が歌うと、意外や得点は低く驚いてしまうのですが、でも感動はマックスとなり、素晴らしい歌唱だと思ったのでした。

なぜ、その歌に感動したのか、というのが“ないがしろ”にされて、得点ばかりを競っているので、これまた“ひとつ深いところ”に入っていかず、単にゲーム的に音楽を聞いてしまうことになっているのだと私は感じました。

もうひとつ、今、冬期オリンピックが開催されていますが、フィギュアスケートを見ていて、個々の技の精度について細密に厳密に規程を設けて採点しているのがうかがわれました。

フィギュアの人気は、以前と比べて上記のような採点方式に徐々に変更されて、わかりやすくなり、それに伴って人気も出たのでしょうが、私にとってはなんだか釈然としないものがあります。

過去に問題があったから今の採点方式への変遷があったとは思いますが、でも、もともと氷の上を滑るという優雅なものであったわけで、体で表現する部分について、アーティスティックな部分について、もう一度重きを置く形で比率を上げてもいいんじゃないか、などと思ったのです。

女子フィギュアスケートで昔金メダルを獲った「カタリナ・ビット」という人がいましたが、あのゾクッとするような演技、妖艶な感じ、ああいうのはすっかり感じなくなりました。

あちらを立てればこちらが立たず、ということなのでしょうが、音楽・歌、そして芸術度の高い演技を含むスポーツなど、見直していい部分があるのではないか・・と思いつつ書いてみました。

 

2022/02/12

柳田国男の「毎日の言葉」を読みました。

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『毎日の言葉/柳田国男著(新潮文庫)』を読みました。
これもまたブックオフにて超安価購入です。

この本の“もともと”は古いですよ・・。昭和21年7月創元社から刊行されたものがそもそもとなっているのです。
でも、今読んでもわかりやすい書き方をされているので、それほど苦にはならずに読めました。

ちょっと驚いたのは、そんな戦後間もない頃に書かれたものなのに、若い女性を読者に予想して書いたものだと著者自ら冒頭で書かれていることでした。

その理由は、「男たちは気が立ってい居て、話をしてもじっくりと考えてくれそうに無いからだ」と言っていて、私は・・それは今でも変わらないな・・と思いました。

また、「国語の変遷の解説には最も聴く人の緻密な感受性を必要とするのだ」とも書かれていて、これまた私は・・今も昔も男にはそんな“緻密な感受性”などというものは“皆無”だ・・と思ったのでした。

ざっと周りを見渡してみても、国語に敏感な男など私の周囲では見たことがありません。
せいぜいアナウンサーなどの一部に見られるくらいか、あとは研究者くらいでしょうか。
国会議員などに至っては、国語の試験をしたら20点以下、みたいな人ばかりです。

この本では、「すみません」「もしもし」「いただきます」などの日常の基本的な言葉を取り上げて、その言葉の意味と使われ方の変遷を事例を引用しつつ解説しています。
ほとんど私の知らなかったことばかりでした。

ここで、それらを取り上げても、やたら長くなってしまいますので、少しばかり気になった言葉をご紹介します。

お店に行って、「買物言葉」のひとつとして、「くださいな」というのが示されていましたが、私が小さい頃は、「ちょうだいな」と、駄菓子屋さんなどのお店に入ると大きな声を出したものでした。

それが、茨城県北相馬郡・稲敷群(当時)では、「カーヨ」となっていたり、
千葉県東葛飾群では、「カアベ」となり、茨城県水戸地方では「カーベー」、同じ茨城の久慈群では「カインショ」と言っていたんだそうです。

さらに、群馬県の一部では「クレナンショ」(*^^*)、広島県三原地方では「ツカワサイ」、岩手県東・西磐井郡では「クンチャイ」だそうですよ。

こういうのって、この本が書かれた昭和20年頃からはどんどん減っているのだろうと思いますが、いろいろな地方でまったく異なる、変わった言葉があるんでしょうね。

たった今思い出しましたが、「ジャンケン・ポン」も、関西の従姉妹のところに遊びに行ったときに「インジャン・ホイ」と言われて驚いたことがあります。

私のいる千葉では、「チッ・ケッ・タッ」と言っていました。

日本で一番有名なのは、志村けんさんが作った「最初はグー・ジャンケン・ポイッ」でしょうかd(^_^o)

 

2022/02/10

椎名誠さんの「ワニのあくびだなめんなよ」を読みました。

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『ワニのあくびだなめんなよ/椎名誠著(文春文庫)』を読みました。
前回、林家三平さんの伝記を読んで、最後のしんみりとする結末があったので、次に読むのは軽く楽しんで読めるものにしようということで、この本を選びました。

この本は、週刊文春の「赤マント・シリーズ」2004年9月~2005年9月に連載されたものをまとめたものです。

まあ、相変わらず誰も好んで行かないような世界の辺境に椎名さんが突入する話や、日本のあちこちで漁に使われる「ウキ球」を使った三角ベース野球大会に参加する話、いい歳こいたオッサンが椎名さん宅や、海辺の民宿で合宿・・といってもただ酒を飲んで飯をつくり、飲んで食べて騒いでを繰り返す日々というような話ばかりで(^^;)・・でも、それを読むのが私にとっての“くつろぎ”の時間です。

読書にも、集中して何かに挑むように読むもの、自分の好きな分野への知識を高めようとするもの、小説の世界に没入するなど、いろいろありますが、椎名さんのこのシリーズは、私にとってのリラックスタイムとなります。

今回は、泊まった宿で深夜に目が覚めると、裸の男が四つん這いになって足下にいた話が書かれていました。それも二夜連続・・。
どうやらこの世のものではなかったようですが(その後も出先の場所で不思議なこと、アクシデントに出くわしている)、そんなホラーな話題も時々出てくる椎名さんのエッセイ、リラックスできるようなBGMを流しながら、珈琲を飲みつつ完読いたしました。

残るものはなんだ!と言われると・・ほとんどありませんが…σ(^_^;)、でも心の中はなんだかウキウキするようなものが溜め込まれた気がします。

まだまだ椎名さんの本はストックがありますので、時々ご紹介いたします。

 

2022/02/08

「笑伝 林家三平/神津友好」を読みました。

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『笑伝 林家三平/神津友好著(新潮文庫)』という本を読みました。
これもまた、ブックオフで購入したのですが、もともとは昭和60年に文藝春秋社から刊行されたものを平成17年に文庫化したものです。

林家三平(もちろん初代)といえば、「昭和の爆笑王」と言われることが多いわけですが、この本によると、亡くなられたのが昭和55年ですから、もう三平さんの全盛期を覚えている人も少なくなっていると思います。

私にしても、たぶんテレビに出まくりの全盛期は小学生だったと思いますので、「時は流れた」と実感します。

私が覚えている三平さんは、高座というか舞台では立っていて、うしろに絶対に笑わないアコーディオン奏者の方(この方がどういう人かということも、この本には書かれていた)がいて、歌いまくり、上手から下手まで走ったり、転んだり、そしてギャグの連発、おもしろいんだか、おもしろくないんだか考える間もなくしゃべりまくり、“ウケない”と「これはなぜ面白いかというとぉ~」ってお客さんに説明したりしていました(^^;)

昼から夜まで、テレビにも出ずっぱりで、昼の帯でワイドショー的なものにも出ていたような記憶があります。
東京タワーのサテライトスタジオから「タワーバライエティ」という番組だったような記憶が・・。たしか司会のアナウンサーは豊原ミツ子さんという方だったんじゃないかと思います。

この本は、終戦を迎え、兵士だった三平さんは復員となり、東京の瓦礫の中に自宅を探す姿から始まります。
その後の父・林家正蔵の死から、落語家としての下積みの様子、結婚、さまざまな苦労や失敗の話、噺家としての苦悩する様子、売れ出して調子にのって女に溺れたり、散財するところなど、事細かに書かれていました。

著者の神津友好さんは、以前よくお笑い番組や寄席番組などで解説している姿をお見かけした方でした。
三平さんが病に倒れた晩年に三平さんと互いに涙を流しながら復活への台本を書かれたりしていて、私も涙ながらに読みました。

この本を書くにあたっても、三平さんの奥さんの香葉子さんのもとに足繁く通い、いろいろなエピソードや事実確認もされていて、私も「こんな詳細な伝記が書けるというのはすごい仕事だ」と驚きながら読みました。

三平さんが日々新聞を何紙も取り、そして電車の中吊り広告を見たりして、一番あたらしい話題を取り上げようとしていた姿が書かれていましたが、今、こうして新しい話題を次々とギャグにして、人々をなんとか笑わせようとするお笑い芸人って、いるでしょうか。

人を笑わすのが商売なのに、コメンテーターみたいなことをやっている人、やりたがっている人が多くて、「笑わしてくれないんかい?!」と突っ込みを入れたくなるのですが、笑いのためならどんなことでもやっちゃう、そんな芸人さんはもう出ないだろうと思いつつ読了いたしました。

 

2022/02/06

池内 紀(おさむ)さんの「すごいトシヨリBOOK」を読みました。

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『すごいトシヨリBOOK -トシをとると楽しみがふえる-/池内紀著(毎日新聞出版)』という本を読みました。
池内さんは、ドイツ文学者でエッセイスト、山や町歩き、自然にまつわる本など著書多数です。
私は、「はかまみつお」さんがご健在だった頃のNHK・FMでの「日曜喫茶室」という番組での“常連”役で出演されていたことをよく覚えています。
とてもやわらかで、落ち着いた話しぶりが素敵でした。

「トシをとると楽しみがふえる」という副題が付いていますが、池内さんは、人が老化すること自体を当然のこととして受け入れ、病気や死についても、かかりつけ医と家族には自分の考えを話しておいて、ありのままの状態を受け入れることの大事さを強調して書かれていました。

それから、「まだまだ若い」とか、老人同士で何かグループ・組織などを作って活動することについても、やんわりと反対されています。
若い若いと思っていても、周りはすでに老人扱いをしているし、自分で自分の老化状態がよくわかっていない・・というようなことを丁寧に書かれていて、私も同感する部分が大きくありました。

むしろ、自分で4年間の目標、一年の四季ごとの目標、さらには月ごと、週刊、日々の・・というふうに、たいしたことでなくとも何をしていくのかを明確にして老後を生きる方法について実例を挙げつつ説明してくれるのです。
勉強になった。

ちょっと面白かったのは、カタカナ語が近年頻繁に使われているが、自分にはさっぱりわからないものについて、短冊を用意して書いておいて、あとで入念に調べているのです。

ご本人は「何とかスキルをどう・・」とか「そういうターム」とか、自分たちの社会の決まり文句を応用しているだけで、自分のメッセージになっていない“カタカナ語使い”の人を一刀両断していますが、でも疑問に思ったことを紙に書いて調べていくという作業は、私も大事だし、面白いと思いました。

「スマートフォンですぐ調べると簡単だと思うだろうが、簡単に調べたものは簡単に忘れる」とも書かれていて、まったくの同感です。

自立しない老人が非常に多いという話もされていて、提案として「テレビと手を切りましょう」と言っています。

一度、一方的に流されてくる情報を遮断してみる。
自分が本当に興味があるものは、遮断しないとわからない。
テレビの持つ、あの非常に「安っぽい情報」、「安っぽい娯楽」、「安っぽい教養」、そういうものは一度、拒否してみていいんじゃないか、というわけです。

またまた同感しました。
特に最近のテレビ番組は上記のような感じで、私も週にせいぜい1~2時間程度しか見なくなりました。

この本では、老後を生きて行くための池内さんご自身の実例がたくさん示されていますので、私も真似できそうなものは、ちょっと試してみようと思っているところです。

 

2022/02/04

「古賀史健がまとめた糸井重里のこと。」を読みました。

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『古賀史健がまとめた糸井重里のこと。/糸井重里・古賀史健著(ほぼ日文庫)』という本を読みました。またまたブックオフにて安価購入。

この本は、ライターの古賀史健(こが・ふみたけ)氏が、糸井重里さんのもとを訪ね、生まれたときから現在までのお話を聞いてまとめた「自伝」のようなものになっていますが、糸井さんのけっこう“なまなましい”幼少期から中高生あたりまでのことが書かれていて、なにか立派な、立身出世的な構成ではないのです。

子供の頃にお母さんが家を出て行ってしまって、その当時のことがけっこう糸井さんには“トラウマ”的な印象になっていて、さらに大学時代は、たいして思想的に賛同もしていないのに「学生運動」に参加していたりする様子も書かれていました。

いろいろなご苦労はされていたようですが、でも、今に通じる「事物に対する“面白がり方”」っていうのは読んでいて、やはりふつうの人とは異なるものがあったようです。

たまたま手伝ったコピーライトの仕事で、ひとつ“ほめられた”ものがあって、ご自身でも「あっ、書けた!」という実感があったそうで、そこから糸井さんの人生が大きく動いたようです。
天才的な人って、かならずこういうシーンが一生のうちに一度はあるようです。

また古い話ですが、沢田研二さんの「TOKIO」という曲で、はじめて「作詞」にたずさわったこともその後に大きな影響を与えたと書かれていました。

その後のことは、私も時代を共有しているので、テレビでもいろいろな場面で拝見し、また、さまざまな分野での活躍も存知上げていましたが、やはりその中でインターネットに出会い(今の人たちはインターネットの無い時代は想像出来ないと思いますが)、その可能性に着目し、「ほぼ日刊イトイ新聞」は今に至っています。

私が糸井さんのされることで一番いいと思うのは、誰かを叩いたり、敵対したり、小馬鹿にしたりというようなことを一切しないことです。そういう場を好んで作らない。
“居心地のいい場”をつくって、皆に提供する・・というのが基本的な糸井さんの姿勢だと思います。

でも、そういうことをすると、それを理解できない好戦的な人、常に右肩上がりの急成長的な事業を起こさないと気分の悪い人達には、意味がわからないから、きっとああだこうだ言われたりするのだろうな、と思います。

そういう輩に対する糸井さんの姿勢も私にはとても“心地いい”ものです。

たぶん、こういうスタンスの人ってほかにはいないと思うので、これからも思う存分こんな感じでやってもらいたいと思います。
ほんの小さなよろこびが、実は多くの人にとってもよろこびであるというようなことを見つけるのがうまい人だと、いつも思っています。

 

2022/02/03

『超訳 論語「人生巧者」はみな孔子に学ぶ』という本を読みました。

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『超訳 論語「人生巧者」はみな孔子に学ぶ/田口佳史著(三笠書房・知的生きかた文庫)』を読みました。

「論語」というものに対して、読むのが難しいのでなかなか一冊の本に接するということは今までありませんでした。
この本は、パラパラとめくってみたら、とてもわかりやすい“超訳”がついているうえに、解説も実際の例を示して書かれているので、「これなら私にも読めるかも」と、読むことにしました。

いくつか気になったものをあげて、私なりのコメントを・・。

〇其の人と爲りや、孝弟(こうてい)にして上(かみ)を犯すことを好む者は鮮し(すくなし)。
→社会秩序を支えているのは「人の心」である。何か問題が生じたときは、法やルールをつくったり、罰を与えたりすることよりも、当人の心を問うことのほうを先決にせよ。

・・・というわけで、よく企業などの謝罪会見などで規範や企業倫理が守られていないから不祥事が起きたとして、今後コンプライアンスの強化に努める、と結論づけています。
でも、ここで書かれているように、「社員がどういう気持ちから不祥事を起こしたのか」ということが一番深いところにあり、部下・社員の「心の状態」に注意することが大事なのでしょう。
そういうところまで踏み込んだ意見というのは、あまり聞きません。


〇仁(じん)を里る(おる)を美と爲す。
→家庭でできないことは、外でもできやしない。思いやりの心を養うには、まず家族関係から正していく必要がある。

・・・ようするに、家庭生活がそのまま社会生活に出るということを言っているのです。
家庭は社会の縮図であり、“家庭における振る舞い”がそのまま社会生活に出るというわけで、最近の事件などを見ていても、事件を起こした人物の家庭生活は崩壊していることが多いと思われます。
こういうことは、ほんとうに昔から言われていたのだな、とあらためて感じました。


〇民は之に由らしむ(よらしむ)可し(べし)。之を知らしむ可からず。
→多くの人に物事を知らせることは難しい。それを前提にして、なぜそれを知るべきなのか、という理由をしっかりと述べなくてはいけない。リーダーには、そういう説明責任がある。

・・・よく「国民は何もわからないんだから、下手に情報を与えないほうがいい。政権は本当のことは隠しておいていい。」というような意見を聞きます。
有無をいわせずにやらせる、というのは怠慢でしかありません。納得してやらせることが上に立つ人間の果たすべき説明責任だというわけです。
安倍さん、菅さんの顔が浮かんできたのですが、偶然ではないと思います。


〇南容白圭(なんようはくけい)を三復す(さんぷくす)。孔子其の兄の子を以て之に妻わす(めあわす)。
→ 一度口にした言葉は、もう取り返しがつかない。話をするときはそう覚悟して、言葉を慎重に選ぶ必要がある。それができる人間は信用に値する。

・・・これを読んですぐに思い出したお名前は、麻生さんでした。でも、これを読んでもご本人は何も感じないかもしれない。読めないかもしれない。

 

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