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2022/03/31

「間取りのお手本」という本を読みました。

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『間取り良ければすべて良し! 間取りのお手本/コラボハウス一級建築士事務所(株式会社エクスナレッジ)』という本を読みました。

著者として記されている「コラボハウス一級建築士事務所」は、愛媛県、香川県を拠点に「設計士とつくるデザイナース住宅」を手掛けているそうです。

本屋さんで何となく手に取ったのですが、カラーで描かれた51軒の間取り図を見ていると、その家の人達がどんなことを大事にして、どういう生活をこの家でしているのか、と想像が広がるのです。

土地自体が狭いところもあるし、平屋もある、家族構成も夫婦と子供二人というのが多かったのですが、祖父母なども同居している家もありました。

そして生活の中で何を大切にしている家族なのか、というのがとてもよく表わされていて、私はすでに家を建ててしまったのですが、いろいろな人の建物・間取り図を見るのも楽しいものでした。

大げさにいうと、間取り図からその家族の生き方のようなものが見えてくるのです。
それが、ひとつの“読物”のように感じられて、味わい深く読むことができました。

建物前面に長ぁ~い縁側を設け、窓も大きく、光がふんだんに入る明るい建物や、中庭がいくつもあり、ガラスと中庭越しに他の部屋の様子がわかる建物、さらに特に気づいたのが、玄関から入って続きに土間収納部が広く取られ、そこからキッチンにつながるパントリーを通過するなど、知っていたらやりたかったことも見つけました。

今、自分が住んでいる家は決して便利で使い勝手がよいわけではありませんが、でも今の家と家族を大切に生きよう・・なんて、ちょっと真面目に思ってしまいました。

見ているだけでも、その家の楽しさがわかると少しウキウキしたりもしました。
楽しく読めた本でした。

 

2022/03/30

高校の国語教科書に「論理国語」と「文学国語」が出来たことを知った。

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ラジオや新聞報道で知りましたが、2023年度以降に使われる高校教科書の国語に、表題のように「論理国語」と「文学国語」というものが登場するのだそうです。

文学国語の方は想像がつきます。小説や詩歌を扱って、感性・情緒を育成、文学関連の評論なども入るとのこと。

で、目に付いた論理国語では、評論や実用文を扱って、論理的な文を書き、批判的に読む力を育成するんだそうです。

で、どちらも4単位で、どちらかを選択することも出来るんだって・・(T_T)

ラジオで言っていたのは、最近の生徒は、問題を理解して読むこともで出来なくなっていて、数学の問題も理解出来ないので、問題が解けないなどという現象も出ているとのこと。
国際的な学力測定で日本が低い位置に甘んじているのもそれが理由だと言う・・。

上記のようなことを知って、直感的に私が思ったのは、「本を読んでないからじゃないの」でした。

文学でもその他色々なジャンルでもいいから、一ヶ月に何冊読んでるの?と思いましたよ。
たぶんね、“たぶん”だよ、論理国語という教科書を作って、論理的な文を書ける・理解できる人間を育てようと考えた人達は、一ヶ月に一冊も本を読んでいないでしょうね。読んでりゃこんなこと考えるはずがないよ。

最低でも一ヶ月に4~5冊本を読むことをすれば、問題は解決してしまうでしょう。

私が国との関わりを持つ仕事をしていたときに、国からFAXやメールで、どんどん送られてくる文書は、「言わなきゃならない、やってもらわなきゃならない事は全部網羅し、その理由もぎっしり書いたからね!」というものしかありませんでした。
でも、いくら読んでも何が書いてあるのかわからないのです、日本語で書かれているのにです。

皆で、「何が言いたいんだろう、何が書かれているんだろう、何をすればいいんだろう」と顔を見合わせるわけです(^_^;)そして肝心なところ、なるべく“ぼかしたい”ところは、ぎっしりと書かれたやってほしい文の中にうまく“まぜこぜ”にして隠しているのでした。

で、私が普通の人が使っている日本語に文章を作り直して皆に見せると、「なぁんだ、そんなことか」となるのでしたd(^_^o)

日本語で書かれているが、日本人に理解出来ない、そんなわけのわからない文章を書く人間を育てようとしているとしか思えません、私には。

昔よくあった家電品やパソコン、携帯電話のマニュアル本なども、「とりあえず全部書いた」みたいな悪文ばかりでした。こんなの書く人を育成しようとしとるんかね?と思いましたよ。

私がその悪文を作り直す時のやり方は、論理的な文と、情緒的(文学的)な文章について、頭の中にダイヤルが有り、右側が論理的な方だとすると、少しずつ左側の情緒的に方に捻って丁度わかりやすいところにチューニングして書いていくわけです。

何もかも全部網羅し、順列も滅茶苦茶、やらなきゃならない理由などもうまく誤魔化している奇態な文章を解きほぐして、一番いいたいところには、情緒的な調味料をパラパラと振りかけるのです。

論理と文学を分けているところから既に国語的ではないのです。
その加減をうまくやるには、多くのジャンルの多くの本を読み、頭の中に栄養として取り入れるのが一番・・だと私は思う、ということでまとめて今日は終わりにします。

ニュースで今回の教科書の話を知って、15分で書いてみました。

 

2022/03/29

「千年の読書 -人生を変える本との出会い-/三砂慶明」を読みました。

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『千年の読書 -人生を変える本との出会い-/三砂慶明著(誠文堂新光社)』という本を読みました。

新聞で著者の三砂慶明(みさご・よしあき)さんを取り上げた記事を読み、大阪の梅田蔦屋書店で“本のコンシェルジュとして活躍されている三砂さんにとても興味を持ったことと、その後ラジオ・文化放送の「浜美枝のいつかあなたと」に三砂さんが出演されていた放送を聞き、三砂さんという“人”にも興味が拡がったからです。

300頁もある立派な本でしたが、実に丁寧に書かれ、静かに読める本でした。

この本は、人が本というものと付き合うことについて実に真摯に考えられ、書かれています。

三砂さんが書店に勤めてわかったこと・・。
  ↓
どれほど恵まれた人生を歩んでいるように見える人でも「避難所」が必要である。

そして、本は困難と向き合った人に新しい扉を開いてくれる、ということ。

私も生きて行く中でつらいことはたくさんありましたが、そのたびに「本」が助けてくれたと感じることがありました。

逆に言うと、本なんて読まない生活をしている人というのは、ある意味「幸福」なんじゃないか、とも言えるわけですが、でも、私を含め多くの人は様々な困難、悩み、辛さの中で人生を少しずつ歩んでいるわけで、そこで「本」があるか、ないか、は大きな意味があると思うのです。

この本では、人生を変える本との出会い、生きづらさへの処方箋、新しい働き方を探す、お金から見た世界、現代の食卓と料理の起源、瞑想と脳と自然、本から死を考える、など多岐にわたるテーマで、人と本の関わり方を考えています。

三砂さんが書かれているのですが、私達は千年前の本の作者や、それを読んだ人の想いに、本を通して触れることができます。
気の遠くなるような時間を超えて、生まれた場所も、年齢も、立場も関わりがなく、その人が向き合い、感じ、考えたことそのものに、本を通して出会うことができるわけです。

最近、私同様、本好きの妻ともよく話すのですが、「本があったことで、本を読むことでなんとか切り抜けることが出来たことは多かった」とあらためて感じています、この歳になって、やっとわかってきた感じです・・。

あまりの自然体な書きぶりに、読書に対する気持ちがリセットされ、これからも新鮮な気持ちで読書ができそうだとあらためて思っているところです。

 

2022/03/27

ビートルズ・メンバーそれぞれのリアルタイムでのニュー・アルバム体験

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私、今でもビートルズの音楽、あるいはメンバーがソロになってからの楽曲を聞かない日はありません。
私の人生はビートルズの音楽と共にあると、2022年の今でも日々感じています。

で、きょう、メンバーのソロになってからの楽曲が USEN でかかっていた時に、メンバーそれぞれのアルバムが新譜として出たのをリアルタイムで経験したのは、どのアルバムだったっけ、と、ふと思ったのです。

ポール・マッカートニーは、「レッド・ローズ・スピードウェイ」でした。

最初のソロ・アルバム「マッカートニー」や「ラム」は、けっこうプライベートな雰囲気のアルバムだな、と思っていました。
それからウイングスを結成しての「ワイルド・ライフ」は、まだ牧歌的というか、のんびりしているというか、ラフで家族的な感じが残っていました。

そして、当時の「音楽専科」や「ミュージック・ライフ」などの音楽誌に華々しくニュー・アルバムの記事が出たのを見て、「初めてポールの新譜を経験する」と思い、興奮しました。

そして、サウンドも艶やかで、派手な感じ、大音量で聞けば益々興奮するというか、“バンドっぽい”アルバムに私は驚き、いっぺんで好きになり、何度も聞いたものでした。

アルバム全体が「ショー構成」みたいになっていて、今でも私が一番好きなポールのアルバムです。音は割と緻密だけど、ちょっとワイルドで“ヤクザ”な感じもあり(*^^*)大学に出向き、突然ゲリラ的にライブをしていた雰囲気も少し感じました。

そして、ビートルズとはまったく異なる音楽でした。

 

 

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続いてジョン・レノン。ジョンは「マインド・ゲームス」がリアルタイム経験のニュー・アルバムでした。

これも、それまでの「ジョンの魂」の孤独と叫びみたいな感じや、「イマジン」のリリカルだが、まだちょっと寂しいジョンの心が垣間見える感じ、さらに「サムタイム・イン・ニューヨークシティ」のジャーナリスティックな印象など、私はジョンの動向が捉えきれずにおりました。

で、このマインド・ゲームスは、「音楽しているな」というのが一番の印象でした。
アルバムタイトルとタイトル同名曲は、“主張”のようなものを感じますが、でも全体的にはジョンが自由に音楽を作り、歌っているという印象で、これもリアルタイムということも手伝って、何度も聞く好きなアルバムになりました。

こちらもビートルズ時代のジョンを感じさせる楽曲はありませんでした。

 

 

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次は、ジョージ・ハリスン。ジョージのリアルタイム経験ニュー・アルバムは、「リビング・イン・ザ・マテリアル・ワールド」でした。

アルバムからのヒット曲、「ギブ・ミー・ラブ」は、学校から帰ってFMラジオをつけるといつもかかっていました。
陽射しのあたたかい庭で、人生を見つめながら音楽を紡ぎ出すジョージが連想され、その人間的な部分にはとても共感するものがありました。
このアルバムも大好きです。
そしてまた、このアルバムからもビートルズの印象はまったく感じられませんでした。

 

 

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最後は私が大好きなリンゴ・スター。

リンゴのリアルタイム経験のニュー・アルバムは、「リンゴ」でした。
「想い出のフォトグラフ」はヒットしましたねぇヽ(=´▽`=)ノさらに何曲もヒット曲がこのアルバムからリリースされ、ほんとうにうれしかった。

それまでのスタンダード曲を歌うアルバムや、カントリー・アルバムなどとは異なり、まさに「リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ」を地で行った、仲間達が皆、楽しく協力して作り上げられた“リンゴの楽園”的な、楽しくて、ゴージャスで、スケールの大きなアルバムでした。
これも大好きっ!

ビートルズの再結成はとうとう無かったわけですが、このアルバムではジョン、ポール、ジョージが楽曲と演奏で参加していました。三人のどの曲も素晴らしかった。

アルバムのラストで、リンゴがこのアルバムに協力してくれた人達の名前を呼び、感謝の言葉を述べますが、ジョン、ジョージ、ポールの名前も当然呼ばれて(T_T)・・「リンゴ、さすがっ!」って誇らしい気持ちになったものでした。

でも、ここでもビートルズっぽい楽曲はありませんでした。
ビートルズはもう四人の中では過去のことだったのだと、当時の私も気づいたのでした。

毎日ビートルズや解散後のメンバーの楽曲を聞いていますが、時にはこんなことを思い出す・・ということで書いてみました。

 

2022/03/26

石川渓月さんの「よりみち酒場 灯火亭(ともしびてい)」を読みました。

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『よりみち酒場 灯火亭(ともしびてい)/石川渓月(いしかわ・けいげつ)著(光文社文庫)』を読みました。

今まで石川渓月さんの作品を読んだことがなかったのですが、ミステリーやハードボイルド小説を書かれる方のようです。
そして、今回私が読んだ作品は、“人情が心に沁みる”あったかいお話でした。

物語の中心になるのは、駅近くの路地奥の行き止まりの場所にある居酒屋と、その店主。
店主はちょっぴり辛口なもてなしをするものの、あったかい常連達と共にこの店に迷い込んできた悩み多き人の心を解きほぐしてくれる・・というストーリーの短編が綴られていました。
そして、物語に登場する料理も、ひと味・ふた味ちがう美味しそうなものです。

読んでうれしかったのは、どの物語も冒頭では、なんということかという哀しい出来事や、ひどい目にあった人たちが登場するものの、この物語の舞台である灯火亭で店主や、常連達との人情あふれる交流で光明が見えてくるところです。

最近の小説は、これでもかと登場人物が悲惨な状況に追い込まれ、救いようのない話になったりするものがあります。
そして救いようのないまま終わる・・というのもけっこうある。

でも、この「灯火亭」のお話は、悩んでいた人と共に読者である私がうれしくなるようなお話ばかりで、なんだかほっとしました。

心安らぐ本でした。
「まだまだ足りない!がっつりいきたい!という人には第二弾があります。」と帯に書かれていたので、書店で見つけたらきっと私は買うことでしょうd(^_^o)

 

2022/03/25

Facebook その他SNSでよく見かける「リンクをただ張っただけ」で本人が嬉しがっているものについて。

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他人の長文のホームページや動画サイトにリンクを張り、すっかり自分がやりとげたものみたいな気になってアップしているもの。

誰もそんな長い文や、中身がよくわからない動画なんて、時間をかけて見ようと思わないから“クリック”しないですよ。

「ここにはこんなことが書いてある、私はそれに対してこう思う」、「この動画は、15秒目くらいに出てくる“これこれこういう”部分が、こんなふうに面白い」と書かなければ、誰も興味なんか持たないのに・・。

また、そういうふうに自分で消化して、誰にもわかるように説明が出来ないなら、あなた本人がその内容をわかっていないんじゃないか、と言いたい。

Facebook が日本に入ってきたばかりの頃、私に Facebook を勧めてきた当時の我が社の人達は、「あなたは、元情報部局に居たのに、Facebook もやらないのか、何も書けないのか」と言ってきたことを覚えています。

で、その後・・「自分達は最先端のSNSを真っ先に始めた」と意気軒昂なその人達がアップしたものを見ていると、ただ詳しいホームページを見つけてリンクを張っただけ、しかも「これはいいものみたいですよ」とか、「ここはとてもいい所らしい」とか、自分の考えや意見もなく、実際に行ったわけでもなく、それなのに「〇〇らしい」みたいな、いいかげんな内容をアップして、それを自分だけで“やった感”を出し、満足している人が多いと思います。

自分の考えや、新しい事象に対してこう思う、みたいなことを書いている人は、ほんの数人です。あとはただリンクを張っただけ。

あなたがそのサイトを見つけたのはわかった、でもリンクを張るなら、それについて“噛んで砕いて”説明し、それについて自分はどういう意見を持つのか、そこまで書いて初めて“得意げ”なお顔をしていただきたいです。
“人のふんどし”で相撲を取るなっ、というか、ふんどししただけでまだ相撲を取っていない段階だということに早く気づいてほしいです。

というのが、いつもリンクだけ張って嬉しそうにアップしている人に対する私の意見です。
今日は辛口でした。

 

2022/03/24

大野萌子さんの「~よけいなひと言を好かれるセリフに変える~ 言いかえ図鑑」を読みました。

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『~よけいなひと言を好かれるセリフに変える~ 言いかえ図鑑/大野萌子著(サンマーク出版)』という本を読みました。
本屋さんの新刊本コーナーで見つけ、パラパラと頁をめくり、「うむむ・・できるっ!おもしろい」と思い、読むことにいたしました。

企業内カウンセラーとして長年の現場経験があり、コミュニケーション、ハラスメント、メンタルヘルスに関連する研修・講演をされている方だそうです。

読んでみて、私がこれは、と思った「言いかえ」を何例かご紹介します。どんな感じかわかると思います。

〇それでいいんじゃない → とてもいいと思うよ

言いかえる前だと、「あなたがやるならそんなもんだよね」って言われた方は思ってしまいそうです。


〇要領がいいね → 仕事が早いね

これも言いかえ前だと、ちょっと“ずるがしこい”感じに受取りそう。


〇知ってる、知ってる → 私も先日知りました

言いかえ前は、「そんなのとっくに知ってるよ」っていうふうに受け取られそう。
知ったかぶりをする人が、どんどん話に食い込んでくる感じです(^_^;)


〇悩みがなさそうだよね → いつも元気そうだね

必死に笑顔をつくって話をしているのに、こんなことを言うヤツが今までに何人もいました。「ニコニコして楽な仕事してるんだろうね」と言われたこともありました。「お前よりは大変な仕事だ」と言ってやりたかった。


〇それどこで買ったの? → 参考までに買ったお店を教えてもらえるとうれしい

どこで買ったの? いくらしたの? そのバッグどこの? 休日は何をしていたの? だんなさんは何をしている人? などなど、次々と立ち入ったことを平気で聞くヤツがいます。「あんたとはそんなに仲良くないよ」と言いたいことがあります。


〇聞いてる? → 今の話で、わからないところはないですか?

イヤな上司に言われたことがあります。「おれの言うことがわかる?」とも言われたことがありました。あまりに幼稚な話をしているので、呆れていただけなんです。


〇あなたには、まだできないと思うけど → やってみてわからないことがあれば聞いてね

最初っから、できないと決めつけているならやらせるな、と思いますが、ある職場で誰にでもこんな言い方をする上司がいました。自分が一番優秀だと思っていて、鼻持ちならないヤツでした。


ということで、ほんの一例でもこんな感じです。
実に勉強になりましたd(^_^o)

 

2022/03/23

「便利になると、見えなくなるものがある」という話。

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日曜日にラジオ・文化放送の番組「日曜のほとり」を聞いていましたら、阿川佐和子さんが、「便利になると、見えなくなるものがある」というお話をされました。
印象に残ったので、それについて書きます。

阿川さんが仕事で目的地までクルマに乗せてもらい、高速道路を走っていたときのことだそうですが、運転していた人が出口を間違えて、いくつか手前の出口で降りてしまったとのこと。

なので、そのまま「下(した)道」を走って目的地に向かうことにしたのだそうです。

そうしたら、いろいろな集落を通過し、家々が立ち並ぶ町並み、お店や、公の建物、山や田畑などの風景・・。

「高速に乗っていたら、この辺りには、こういう生活風景のあるこんな町があるんだ」と気づくことはなかった」と、阿川さんがお話されていました。

これは、乗り物、交通機関の話だけでなく、世の中の“便利になった”物・事にいろいろと当てはまるんじゃないかと思いました。

メールや LINE で簡単にすむ連絡、こりゃ便利だと思いますが、手紙や実際に会うなど、別の方法で連絡事項を伝えたときの相手とのやり取りや、表情などから感じること・・もうそれはほとんど世の中から消え去りました。ようするに、もう見ることのないものです。
元に戻ることは、当然もうありません。

様々な届出などもネットで出来るようにしようと、デジタル庁だなんだというところが考えているのでしょうが、婚姻届を二人で役場の窓口に出して、「おめでとうございます」と声をかけられたその時の光景、空気は生涯忘れられないものになると思います。
あと数年後には、ネットの「送信完了」の画面が心に残るのでしょうか。

阿川さんと同じく交通機関の話にしても、リニア新幹線はものすごく速くて、“こりゃ便利”なのでしょうけれども、トンネルだらけの路線も含め、途中にどのような地域があるのかなんてまったく関係のない旅になります。

出張になり、ちょっとくらい遠くたって、規定により「日帰り」を申し渡され、行った先の街がどんなところか、名勝地はあるのか、名物は、なんて考えているヒマもありゃしません。

便利になれば、それが一番という世の中が変わることはありませんが、でも、ちょっと立ち止まってこんなことを考えてもいいんじゃないかな、と思い、書いてみました。

 

2022/03/22

「~東海林さだおアンソロジー~ 人間は哀れである/東海林さだお著・平松洋子編」を読みました。

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『~東海林さだおアンソロジー~ 人間は哀れである/東海林さだお著・平松洋子編(ちくま文庫)』を読みました。
この本を手に入れたのは、平松洋子さん(作家・エッセイスト)が編纂しているという理由が一番です(^^;)

平松さんの世代(私と同世代)でも東海林さだおさんのエッセイをたのしんで読んでいるんだなと思い、ちょっとうれしかったし、平松さんがどういうものを選んでくるのかに興味を持ち、手に取ったというわけです。

で、読んでみると、いよいよ夫が退職した頃の夫婦間の微妙なところが書かれているものや、男が女をどう見て、どんなくだらないことを考えているのか、というようなところを突いているようです。

東海林さんの文って、ほんとうにそこらのオジサンが考えそうなことで、“ちいさい男だな”と思われるようなことばかり、そこを女性の読者として“面白がれる”ところが平松さんの心の広さを感じさせるところです。
たぶん、ウチの奥さんだったら、読み始めて3分もしないうちに、ゴミ箱に捨ててしまうでしょう(^_^;)

奥さんに「ちょっとタバコ買ってくる」という言葉さえ口に出すのをためらい、何度も自分で練習したり、語尾やその他を変えて工夫してみたりする夫が登場するお話がありましたが、なさそうで、ありそうです (・_・;

あと、東海林さん、いい歳こいて辞書を“くまなく”点検して、“エッチな言葉”を探しだし、「踏み込みが足りない」とか、「エッチな意味を完全無視している」などと不満を言っています。
・・これって、小中学生が初めて辞書を手にしたときにするようなことだと思います。
私も呆れ果てましたが、平松さんはこの題材を拾っているわけで、大した心の寛大さだと思いますし、ものごとを“面白がれる”ということが大切なんだな、とあらためて感じた次第です。

結局、最後まで読んじゃった・・というのが、いつもの東海林さんのエッセイを読んだときの感想です。

 

2022/03/20

JR飯岡駅併設のふれあい館での「南隆一先生個展」レポートです。

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今月13日まで開催されていた、私の中学時代の担任で美術の先生、「南隆一先生」の絵や造形の展示について、遅れましたが事後報告です。

毎年開催されているのですが、今回はちょっと世間で流行っている感染についても心配してしまい、“恐る恐る”出掛けました。
会場内でちょっとしたアクシデントもあり、なかなか書き出すことができずに今になってしまいました。

まずは目に付いたのが、「寅年」にちなんだのか、虎を模したオブジェ(*^^*)
先生、あいかわらずエンジンの調子は良さそうです。

 

 

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そして、木の板に描かれた作品です。私、人間が古いもので、水木しげる先生の「悪魔くん(実写版)」の『百目(ひゃくめ)』を思い出してしまいました…σ(^_^;)古過ぎてすまんっ!!
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続いては、私がとても気に入ったクレヨン画です。
こういうの大好きですd(^_^o)いかにも簡単な描き方のように見えて、伝わってくるものは大きいのです。
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こちらは、先生独特の世界。
こういう、宇宙のような、深海のような世界も好きです。
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それからガラス絵。
板に枠を接着し、ガラスがはめ込まれ、そこにある絵は個々に活き活きとしています。
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続いて、会場内では主にジャズが流れていたのですが、先生がアートしているスピーカー群。
私が行ったときには、真ん中のスピーカーからモノラルで主に1950年代頃のジャズが流れていました。
現代のスピーカーとは異なるガッツのある音が出ていました。
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そして、小型のアンプとフォノイコライザー(動作の手作り切り替え器付か?)とスピーカーのセレクト・スイッチです。
スイッチ類は手作りのようでしたが、これらを見ているだけでも私は楽しかった(*^^*)
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音源は、もちろんほとんどがアナログ盤ですヽ(=´▽`=)ノ
絵画や造形を楽しみながら、アナログ・レコードでジャズを聞く・・ぜいたくな時間でした。

2022/03/19

「悩ましい国語辞典/神永曉」を読みました。

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『悩ましい国語辞典/神永曉著(角川ソフィア文庫)』を読みました。
著者は、辞書編集37年の辞書編集者。千葉県出身で、途中方言の話なども出て来て、これが千葉周辺の“方言”?っていう言葉も発見して楽しく読みました。

さっそく私がちょっと気になったところをご紹介します。

「“きんきん”に冷えたビール」

「パソコンが“さくさく”動く」

「気持ちが“ほっこり”する」

「“うるうる”した瞳」

これらの表現は、今ではほとんどの人が理解できるし、使っている人も多いと思いますが、でも、私が子供の頃には聞いたことのないものでした。
私くらいの年齢になると、親しい人との会話では使いますが、自分より上の世代の人には使わない感じでしょうか。


「つーか」

「うざっ」

「は!?」

上記、三つについては、私、使いません。
私が使われる側だとしたら、“喧嘩を売っている”ように聞こえてしまうからです。
・・目下から言われたら、そいつとは二度と会話しないかも。


冒頭で書きましたが、共通語だと思っていて、方言だと知った言葉

「~はぐる」

<~しそこなう>の意で、「死にはぐった」などと使っていたのですが、千葉や茨城などの方言のようです。知らなかった。

俳優で千葉市出身の永島敏行さんが、「あおなじみ」が千葉の方言だとは知らなかったと、以前ラジオでお話されていましたが、「青アザ」「青タン」っていう方がポピュラーなんですってね、これも知らなかった。


「真逆(まぎゃく)」

2002年~2003年頃から急に使われ出した新しい言葉だそうです。
私の世代だと「正反対」と言っていました。

「真逆」を最初に聞いたときの私の“違和感”はかなりのものでした。
強調の仕方が“押しつけがましく”感じて、ちょっと気持ち悪い言葉だと思ったのです。
だから、・・いまだ使うことなく過しております。

400頁に及ぶ本で、ちょっと時間がかかりましたが、私が間違って使っていた言葉も多く発見し、とても興味深く読むことができました。

 

2022/03/14

糸井重里さんの「みっつめのボールのようなことば。」を読みました。

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『みっつめのボールのようなことば。/糸井重里著(ほぼ日文庫)』という本を読みました。
ブックオフでみつけたものです。
不思議なタイトルだな、と思ったら、「ボールのようなことば。」「ふたつめのボールのようなことば。」という二冊が既に刊行されていて、その続編でした。

1998年から続いている「ほぼ日刊イトイ新聞」に書かれた原稿から、こころに残ることばを厳選してまとめられたものとのこと。
この本では、2014~2016年に書かれた3年分からまとめられています。

読んでいて、全部が私にとってよく“入ってくる”言葉というわけにはいきませんでしたが、中でも気になった言葉を少しご紹介します。


じぶんが正しいかどうかについては、

じぶんだけで決められることはなさそうだが、

じぶんが誠実かどうかについては、

じぶんだけでほんとうの答えがわかるはずだと思う。


・・そうだと思いました。前回のブログに続いてだけど、どっかの大統領にもこの言葉を聞かせてあげたい。


たのしいことを見つけるより前に、

「これはたのしいですよ」ということが、

ひっきりなしに流れてくるのが、現代というものだ。

テレビだとか、ゲームだとか、スマートフォンだとか、

「ここにたのしみがありますよ」と教えてくれる。

・・・・・・・間省略・・・・・・・・・・

たのしいことというのは、だれかがくれるものではない。

だれかだとか、なにかだとかといっしょに、

じぶんで生み出すものだ。

・・・・・・・間省略・・・・・・・・・・

「たのしい」は、もともとあなたが持っているもので、

あなたの「なかに(!)」あるものなのだ。


・・・たのしいことは何だということを教えてもらいたがっている人が多すぎる、と私も思います。


怒鳴る人は、じぶんに弱みのある人。

威張る人は、威張らないと立場がない人。

責める人は、じぶんが責められたくない人。


・・・まんま、仕事をしていたときの上司のほとんどに当てはまりました。あてはまらなかったのは、ほんの数人。


というわけで、自分でわかったような気になっていたことをあらためて「ことば」で実感するという本でした。

 

2022/03/13

落語「粗忽(そこつ)長屋」を聞いて感じたこと。

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日曜朝の立川志の輔さんがゲストを迎えて、そのゲストと二人で落語を聞くという番組を聞きました。
ゲストはBS日テレ「深層NEWS」の隔週金曜日を担当する鈴木あづさキャスターでした。
報道局の現役記者で、最近は「水野梓」の名で社会派ミステリー小説も書いて作家デビューもしています。

志の輔さんと二人で聞いたのは、五代目・柳家小さんの「粗忽長屋」でした。

話は、身元不明の行き倒れが出た現場に出くわした八五郎が、死んでいるは同じ長屋の熊五郎だと言い、今から本人の熊五郎に「お前が死んでいる」と言って連れてくると長屋へ引き返します。

熊五郎はワケがわからずに説得され、現場に二人でやって来て「これはオレだ」と悲しみます。

周囲の者はそんなわけないと呆れるが、熊五郎も八五郎も納得しない・・(^^;)という話なんです。
小さんの“引き”の芸が見事でした。聞いているこっちも身を乗り出して現場の輪に加わっている感覚になりました。

この「粗忽長屋」を小さんの弟子であった立川談志は、『主観長屋』とタイトルを変えて演じていたそうです。

ようするに、粗忽などということでは計りきれない“強すぎる主観”を持つ人が起こす騒動ととらえたのです。

常識と非常識の戦いです。
死体を見守り、誰かこの人を知らぬかと言っているのが常識側。
この死体本人に死んでいることを教えてくる・・というのが非常識側。
なんだか自分が死んでいると説得されてしまう中間にいるのが、熊五郎。

非常識も細部だけ見ればうなずけるところがあり、それを積み上げると相手を納得させてしまう。
そして、“問題なのは”→非常識側の人間は、自分ではそれが常識だっ思っているということ。

なんか“超最近”に起こっているどこかの国の大統領・・非常識側の八五郎と“瓜二つ”です。

これは、この日のゲストの鈴木あづささんも気づいて、中国の幹部の人達にインタビューしたときも、世界が見ている中国と、幹部が見ている世界の中の中国はまるで異なっていて、まったくそれに気づいてもいないということでした。

落語を聞いただけで、これだけのことを考えることが出来たのですが・・あの戦争を止めない大統領、日本の柔道好きで知られていますが、落語も好きになって、「粗忽長屋(主観長屋)」を聞いてもらい、「あっ!」と、自分の非常識に気づいてもらいたいものです。

2022/03/11

中1の時の担任の先生が書いた「短歌入門 -実作ポイント助言-」を読んでみた。

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『短歌入門 -実作ポイント助言-/秋葉四郎著(飯塚書店)』を読みました。
これは、私が中1の時、担任で国語の先生だった秋葉四郎先生が書かれたものです。

何度かこのブログ内で書きましたが、この正月に古書店で手に入れた「房総のうたびと」という千葉の短歌作家の紹介・研究本のようなものを見ていたら、その中に私の中学時代の先生の名があったのです。

そして、先生の住所を教えてもらい、先生が高名な歌人であることを知り、その作品にもふれ、うれしくなったと手紙を送ったのです。

そうしたら、先生(現在85歳)からお返事と、先生の歌集、そして今回ご紹介する「短歌入門」が届いたのです。うれしかった!!

この本は、先生が75歳の時に発刊されていますが、読んで見ると、実に若々しい文章で、ますますうれしくなりました(*^^*)

そして短歌を詠むことの喜びにあふれ、いつも歌を詠むことが頭にある・・とおっしゃっています。

先生の歌は、奇をてらったようなものは無く、実に自然体だし、逆にそのことによって感動が増しているように感じました。

私が今まで短歌にふれることがなかったので、珍しいかどうかはわかりませんが、様々な方の歌に対して、先生の添削例がたくさん載っていました。
これが、どれも適切で、「なるほどなぁ」とうなずくばかり…σ(^_^;)
中1の時に、先生から短歌を教わりたかったなぁ・・と思いました。
きっと中学生の短歌、おもしろいものがいっぱいになったに違いありませんd(^_^o)

今のところ、まだこの本や、先生の歌集の短歌を味わってばかりですが、先生からのお手紙に「ぜひ、短歌をやってください」と書かれていたので、今後チャレンジするかもしれません!

 

2022/03/09

沈黙したり、まるで何事もないようにしているということは、今起こっていることを許し、認めていることです。

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ニュースを見たり、聞いたりすることがつらく、怖くなり、テレビやラジオのスイッチを入れるのを、ここ数日ためらうようになってしまいました。

「人道回廊」なんて言って、ウクライナが設けた待避ルートに露軍が砲撃したり、回廊の行き先が“そいつらから逃げようとしている相手方の国”だったり、無茶苦茶です。

どうやらあの悪魔のような指導者は、KGB時代の同僚だった人達を主要とする5人程度でインナーサークルのようなものを組織して、数人で様々なことを決断しているようです。

そしてそれを今まで支援していたのが、互いに持ちつ持たれつしている「オリガルヒ」と呼ばれる、やはり元KGBを中心とした大財閥の大金持ち達だそうで・・見事に揺るがない独裁・弾圧体制が構築されているようです。

ロシア国内で、「戦争反対」のデモなどをした人達は捉えられ、その人達をウクライナの戦場に送り込む算段までしているとのこと。悪魔よりもひどい所行です。

よく、歴史の話をして、「あのとき、誰それが誰それを討った」などとうれしそうにしている人をテレビ・ラジオやその他身近なところでも見かけますが、「今、それそのようなことが現実にウクライナで起こっているんですよ」と言いたい。

そしてその陰には、泣き叫び、殺され、家族はいなくなり、今まであった生活が跡形もなく無くなり、つらいおもいをしている人達が何十万、何百万人もいるということを、もう一度心の中で思ってほしい。
あなたが好きな歴史上の出来事の最中にも同様のことが起こっていたのだ、ということに気づいて目を覚ましてほしい。

今、その歴史の真っ只中にいて、私達はSNSというものを利用できるのに、自分の思いなどを伝えようとする人が少なすぎると思います。
また、何も“思い”が無い人が多すぎると思います。

黙っていることで事態は進展してしまい、取り返しのつかないことになるのは、“ついこのあいだ”だった第二次大戦でも同様です。
そして核爆弾が日本に投下された。広島・長崎は一瞬で数十万人の人が焼かれ、街は破壊されました。その他東京他何箇所も空襲で焼け野原になってしまいました。

もう二度とこんなことがあってはいけない、核爆弾は人類が人類に対して落とすものではない、それは世界の終わりだ、と焼け野原で気づいた私達日本人なのに、「核を共有しよう」という、これまた悪魔のようなことを言う人達がいるのを知りました。

小さな声でもいい、何らかの発言をしないと事態はどんどん進行してしまう。
今回言いたかったのはこのことです。

 

2022/03/07

「広辞苑の中の掘り出し日本語」を読んだ。

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『広辞苑の中の掘り出し日本語/永江朗著(バジリコ株式会社)』という本を読みました。
これもまた、ブックオフにて格安購入。

タイトルからして面白そうだったのですが、内容は意外と“地味”に感じました。
こんな言葉あるんかい?!というような、私がまったく知らない言葉や、ふだん使っている用法と異なるものが本来は正しい・・などというものが満載だと思っていたのです。

でも・・そうでもなかった。

真面目な人が読むと、「なるほどねぇ」っていう感じなのだと思いますが、私のようなちょっと“くせ者”には“物足りない”印象となってしまいました。

そんな中でも気になった言葉を少しご紹介。

【鎌親父(かまおやじ)】・・根性のまがったおやじ。

この「鎌親父」という言葉はまったく知りませんでした。
即座に思いついたのが、「千と千尋の神隠し」に出て来た「かまじい」ですが(^^;)、かまじいはそんなに根性はまがっていなかった・・。

この本にも書かれていますが、「鎌」の形状のように根性が曲がっている、ということなのでしょうね。

続いて、

【ぶいぶい】・・物を言いたてるさま。特に、不平や小言をうるさく言うさま。ぶうぶう。人にうるさがられ、きらわれる者。

昔、「ブイブイいわせる」なんて言い方がありましたが、それはむしろ“賞賛寄り”の言い方だったと思います。
本来は、「ぶうぶう」というブーイングに近い言葉だったのかと、今回知りました。

ということで、事例二件をご紹介しました。
気になった方は、探してみてもいいかもしれません。

 

2022/03/05

「歌集 街樹」を読みました。

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『歌集 街樹/秋葉四郎著(短歌新聞社)』を読みました。
今年に入り、古書店で見つけた「房総のうたびと」という本に「秋葉四郎」という歌人の名を見つけ、それが私の中学一年のときの担任の先生であったことに気付きました。

中二・三年の担任であった美術の先生とは今だ付き合いがあるので、その先生に秋葉四郎先生のご住所をご存じないかと問い合わせ、秋葉先生にお手紙を差し上げたところから話は始まりました。

私が“本好き”になったきっかけは、中一のときに秋葉先生から放課後「これを読んでごらん」と渡された三冊の本でした。
それからは“本の虫”となりました。

話は戻って、私がお手紙を差し上げた先生は、ご健在なら八十五歳。
既に書きましたが、先生からお便りが届き、先生の歌集と、先生著作の短歌入門まで同封されていました。

さっそく歌集を読んでみました。

この歌集に入っている「歌」は、ちょうど私が先生に教わっていた頃と、その前後数年です。
あの、三十代だった頃の先生の姿を思い浮かべながら、先生の歌に接しました。

秋葉先生の師である、佐藤佐太郎氏に従ってオーストラリア、ニュージーランドや、その後のアラスカ、シンガポール、マレーシア、インド、マニラ、ロスアンゼルス、サンフランシスコの風景様子を描いた歌も印象的でしたが、私には、中学教師時代に書かれたものが衝撃的なくらいの印象を受けました。

奥さまと共働きで教師を勤め、喘息持ちの幼い子供さんを保育園にあずけながらの日々の厳しい現実と対峙するように、真っ正直に書かれた歌に心うたれました。

美しい歌も数ありましたが、でも

〇吾に拠り生きつつ幸ひの薄き妻この玄関の灯のうちにゐる

〇室内に衣類干しつつ頽廃の日々のごとくに妻と勤むる

〇預けつつ育て二歳になりし子が朝はみづから衣服をまとふ

など、あの頃、きちっとスーツを身に着け、颯爽として厳しかった先生からは想像できないものでした。

後記で先生が書かれていたのですが、「あらゆる芸術に功利性はない筈だが、芸術に関係なく人は生きられない。何らかの形で芸術はその人の糧となり生を支えているようである。真詩としての純粋短歌は単なる小文芸にとどまらず、本物の芸術としての力を発揮している。」とあり、まったくの同感を覚えました。

〇折ふしの怒りに自浄作用ありわがからだ軽くなりて歩みつ

先生の「怒り」は、雷鳴のごとくでした。ものすごく恐かった。
あの怒りが自浄作用のひとつだった・・(^^;)のかと思うと、私も先生に何度か自浄作用を起こさせていたのかもしれない…σ(^_^;)

 

2022/03/03

椎名誠さんと目黒考二さんの「本人に訊く〈弐〉-おまたせ激突篇-」を読みました。

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『本人に訊く〈弐〉-おまたせ激突篇-/椎名誠・目黒考二(集英社文庫)』を読みました。

“〈弐〉”となっているということは、“〈壱〉”があるわけですが、それの読後感については、2019年11月にこのブログでアップしておりますので、ブログの「カテゴリー欄」から「書籍・雑誌」をクリックしていただくと、遡って見ていただくことが出来ます。

この本は、1994年から2005年に発表された椎名誠さんの著作について、本の雑誌で編集を担当していた目黒考二さんが検証する、という内容で、文中でも書かれていますが、「検証」というよりも、「取り調べ」に近い(^_^;)感じで進められています。

まず驚いたのは、椎名さん、目黒さんに訊ねられると、書いた当時のことや、なぜ書いたのか、書かれていたことが事実だったのか、など、ほとんど何も覚えていないことが多いのです(^^;)・・ただし、覚えているときは、けっこう克明に覚えているd( ̄  ̄)

それから、椎名さんの著書は、文庫化されたり、出版社を変えて再版するときなどにも「改題」して出版されていることがものすごく多いということに驚きました。
しかも、改題前と後では、まったく異なるタイトルになっていて、“面影”もなにも無いという状態d(^_^o)さらに文の内容となんら関連のないタイトルに改題されているので、中身がまったく想像できない・・ (・_・;

たぶん、私もそれに“騙されて”、同じ本を何冊も買っているかと思います。
読んでもわからないんですよ、だって、椎名さん、いつも同じようなことばかり書いているから、分別できないんです(>_<)

でも、まあいいや、読んで楽しめたらそれでいいんだからd(^_^o)

この本の中で、「やぶさか対談」という本を取り上げているのですが、対談相手が大江健三郎氏の回についてふれています。

私も、椎名さんも、訊いている目黒さんも驚いたのですが、大江さんってノーベル賞を受賞したりしていて、けっこう気難しく、“孤高の人”みたいな感じかと思ったら、高額所得者番付で、いかりや長介と同額だったことがある・・とか、ノーベル賞をもらった年は、自分が十一位で、十位が志茂田景樹だった、などと、世俗的なことに関心を持っていて、ペラペラとよくしゃべったというのです。

高校の同級生であった伊丹十三に、「女性を抱きしめるときは尾てい骨から上に三番目の関節を押さえれば、それがもっとも理想的だ」と教わり、ヨーロッパのホテルで奥さんを抱きしめようとした大江さんが、「ひとつ、ふたつ」と数えながら関節をさぐっていると、奥さんが「三っ!」って言った( ̄O ̄;)っていうんです。

奥さんは、伊丹十三さんの妹さんだそうで、伊丹さんから聞いていたらしいんです(^^;)
笑っちゃいました。

というような笑い話も書かれているこの本、なんだかんだいって、結局〈弐〉も楽しめました(*^^*)

 

2022/03/02

今の世界を生きている人間として書いておきたい。

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ウクライナへのロシアの侵略は続いています。
市街地を砲撃し、子供を含む市民にも死傷者が出ています。
どうやら、人道的に使用してはならないと言われている兵器も実際に使われているとの報道もありました。

先だってこのような状況下に、「日本も核の共有について議論が必要だ。タブー視してはならない。」という発言をした元〇相がいましたが、広島、長崎の人達はもちろんのこと、日本人としてこの発言に怒りを感じなければ、日本はやがて現在のウクライナのような戦火にまみれるようなことになると思いました。

現在のような緊急時に、もっともらしく人の心の動揺につけ入って、国民、市民のことなどまったく考えない、現在のロシ〇大統領のような考えで発言する人間の言うことを聞いてはいけないと思いました。

それに加えて、維〇のあの松〇という人物が、「核の共有についてタブー視するのは、きわめて“昭和的”な考えだ。」という、この男の本性を見るような発言をしている。
核を持ちたいんでしょうねえ、おそろしい人達だ。

今、ウクライナで起こっていることは、私達人類に起こっていることで、人が殺され、家族が殺され、建物が破壊され、都市も破壊されている・・それは今日本で暮らしている私達に起こったら、いったい日々をどう暮らしていけばいいのか、家族とのささやかな幸せのある生活はどうなるのか、と真剣に考えねばならないことです。

何度かこのブログに書いてきましたが、その時代にこんな発言をしている者がいた、世の中の空気、雰囲気はこういうふうだった、と後々残ったらいいなと思って書いている・・というのがブログを書くひとつの理由なのです。

この時代、さまざまなSNSを見ることになるわけですが、今のおそろしい戦争について、知人を含め書いている人はきわめて少ない。

こんなときに声をあげないで、なんのSNSか、と思うのですが、ふだんたいそうなことを書いているのに、何の発言もしない人ばかりで、ほんとうにがっかりします。

私のようなものが何を書いても、何の影響もない、と思われると思いますが、それが何十人、何百人、何千人、何万人となれば、それは「力」になるのです。

今、強く思っていることを書きました。

 

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