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2022/05/30

最相葉月さんの「絶対音感」を読んだ。

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『絶対音感/最相葉月著(新潮文庫)』を読みました。
妻がブックオフで買って来たもので、「これ、読みたいんじゃないかと思って」と手渡されたものです。

たしかにこれが出た頃(1998年)に気にはなっていましたが、ページ数も多いし、読み切れるかな、と不安になり手を出さずじまいでした。

「絶対音感」って、私もその言葉については知っていました。

ようするに、楽器等から出た音を聞いて「ド・レ・ミ・・」のどの音かわかる、しかも音楽を聞いていると言語のようにド・レ・ミに聞こえてくるのだ、という・・( ̄O ̄;)私には信じられない人がいるのだそうです。

二十代の頃、あるバンドのオーディションを受け、ドラムとして私が入ったグループのギタリストが絶対音感を持っていました。

楽屋で出番を待っている多くのバンドがアンプを使ってしまうと音が大きく出てしまい、チューナーなどという便利なものもない時代で、ギタリスト達が困っていると、その絶対音感の彼が、エレキギターのあの小さな生音を耳を寄せて聞き、チューニングしてあげていた姿を思い出します。

読んで見ると、日本では、この絶対音感が音楽教育においてかなり重きを置かれていたというか、今でも重要視されているようです。
また絶対音感が発達している人は左脳部が大きく、活発になっているらしいです。
なんとなくわかるような気がする。

街を歩いていても、いろいろな音がド・レ・ミで聞こえてしまい、集中できない・・という人もこの本では何人も出て来ました。
音楽家には役立つ絶対音感も、学生時代には無音じゃないと勉強出来ないなど、様々な困難もつきまとうようです。

戦時中、日本軍でも、敵の船のモーター音や、スクリュー音、敵機の飛んでくる機種を判別しようと絶対音感の訓練もされていたとのこと。たしかに使えそうだが、音楽的なことを軍事利用するとはねぇ・・。

しかも日本で440ヘルツを基準に絶対音感を得た演奏家が、海外の442ヘルツ基準のコンクールで“音の狂い”を感じてしまい、困った様子も書かれていましたが、「絶対」の基準を持ってしまうのもつらいことなんだと知りました。

でも、結局絶対音感を得て、テクニックも訓練で超絶的になっても、それが音楽として人を感動させられるのか、ということになると、それはまた別の話、ということに後半部分でふれられていて、“そのあと”というものがあるのだと、私も納得しました。ここにも書かれていましたが、日本人はテクニック的には一流だけど、音楽的にはもう一つ・二つ物足りない演奏家が多いというのもなんだか納得d(^_^o)

最後に、絶対音感を持っている人は、その楽曲の「調」によって、「色」を感じる人が多いとのことで、さらに絶対音感を持たない人でも「共感覚」という、音を聞くと色が見えてくる人もいると書かれている部分が気になりました。

実は私は絶対音感なんて全く持っていませんが、「共感覚」を持っていて、小さい頃から音楽を聞くと次々と様々な色彩が目前を流れて行くのです。
大人になるまで、人は皆そういうものだと思っていたのですが、どうやらそうではないと後に知ったのです。

絶対音感の人が曲の「調」で感じる「色」と、「共感覚」で感じる「色」は、ちょっと似たようなところもあるのかもしれません。

400ページ以上もあるこの本、最後まで読みましたが、最相さんの様々な関係者へのリサーチの量と、その奥深さに圧倒され、難しくて読み切れない部分もたくさんありました。
なんとなく「絶対音感」のことがわかった…σ(^_^;)というところまでで終了してしまいました。

 

2022/05/28

映画「瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと」を見て来ました。

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映画『瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと/2022年 日本 監督:中村裕 出演:瀬戸内寂聴』を見て来ました。

今年5月に満100歳を迎えるはずだった寂聴さん。その寂聴さんに17年間密着して取材した監督の中村裕氏、100歳の記念に寂聴さんと一緒に完成した映画を見ると二人で話していたのですが、「生誕100年記念」の映画ということになりました。

寂聴さんの法話は有名ですが、もちろんそのシーンも出てきはするものの、寂聴さんの日常の姿、発言、身体上の変化など様々な瀬戸内寂聴さんを見ることが出来ました。

法話の方では、私、不覚にも何度も涙を流してしまいました。

東日本大震災で消防団員の夫を亡くした奥さんが「毎日泣いて暮らしている。夫がいなくて私はどうして生きていったらいいのか」と涙ながらに寂聴さんに訴えると、寂聴さんは壇上から降りて行ってその人の手を握り、だんなさんは今あなたと一緒に来ていますよと強く握ると、その奥さんの腕にはだんなさんの形見の腕時計がされていて、皆んな涙ながらに見ていると、「大丈夫、あなたも死ぬんだから、あっちで会える。だんなさんはいつもあなたのことをそばで見ているのよ」と励まし、“あなたも死ぬんだから”のところでは会場は泣き笑いになりました。

また、若い女性が「もう生きていけない。私は尼になりたい。」というと、「あんた、尼だけにはなっちゃだめ!それは最悪の仕事。」なんて言って、その女性の肩を強く叩いて「だいじょうぶ、きょう、ここまで来たんだからやれる、生きていける」と励まし、ここでも「尼だけはなっちゃだめ」のところでしんみりとしていた会場は爆笑(^_^;)

 

 

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また監督との会話の中で、「恋愛は雷に打たれるのと一緒。どこが好きだとかそんなことじゃない。突然雷に打たれたように恋に落ちる。でも、本を読むよりも何よりも、それがその人の人生に大きな影響を与え、勉強になる。」という発言をされていました。
・・恥ずかしながら、ものすごくよくわかりました。

「あの男(女)は、ろくでもない人間だ、やめなさいと言われても、妻子がいるのだと言われても雷に打たれるのと同じなんだからどうしようもない。」・・そうだと思います。
なんだか知らないけど、週刊誌などを見て人の不倫に激怒したりしている人って、結局今まで本当に人を好きになったことがないのだと、私は思います。

寂聴さんの「晩節なんか汚したっていい。好きに行動すればいいの。」という言葉も“寂聴さんらしい”と思いました。

映画の中で、子どものようになったり、真剣に自らの考えを話したり、お酒を飲んでゴキゲンになったり、“えんえん”泣いたりする姿も見られましたが、そのまんまの瀬戸内寂聴さんの姿を見ることができるこの映画、とてもいいものでした。
“大おすすめ”です。

 

2022/05/27

阿川佐和子さんの「ないものねだるな」を読みました。

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『ないものねだるな/阿川佐和子著(中央公論新社)』を読みました。
いつもはブックオフで20年も前の本を格安で手に入れて読んでいることが多い私にしては珍しく、新刊本です(*^_^*)

なので、コロナ禍に入ってからの文も多く、冒頭のあたりではコロナ第一波が落ち着き始めた頃で、これから自分達の生活習慣のようなものはどうなっていくのか、途方に暮れている感もあり、手作りマスクを自分で手掛けたり、人からもらって喜んだりの、あの当時のよくあったシーンもいくつか登場していました。

LINEや、メールや、その他いくつかのネットでのやり取りについて、誰がどの方法でやり取りしていたのかがわからなくなり、困り果てている、割と“ありがち”な場面も登場していました。LINEなどはニックネームのことも多く、誰が誰だかわからなくなっていました。・・そうだよね、区分けを最初っからきちっとしておかないとそんなことになるんでしょうね。目に浮かぶようでした。

また、大宅壮一文庫から「支援のお願い」の封書が届き、寄付しているうちに、最終的には評議委員になってしまう一部始終が書かれていましたが、阿川さんがテレビのニュース番組に出たり、雑誌のインタビューなどをしているときには、大宅壮一文庫の有名な「膨大なる雑誌資料」にお世話になった経緯があり、結局そのようなことになってしまったようです。

ネットが普及して今や利用者激減とのことですが、でも、直接当時の雑誌にあたってみる価値というものは、まだまだあると思います。それが私も残念です。

現在、阿川さんは日曜日にラジオの文化放送で実にゆったりとした番組「日曜のほとり」というのを二時間番組でやっておられるのですが、特にコーナーみたいなものもなく、ゲストもなく、ふかわりょうさんと、ただ二時間思いつくがままにまるで“縁側”に腰掛けてするようにお話しをしているのですが、これが阿川さんのエッセイみたいで、実に味わいあるものになっています。

この本もそんな感じで、ゆったりとした気分のときに、ゆっくりと読みました。
こんな読書もいいものです。


【Now Playing】 Beautiful Night / Paul McCartney ( Rock )

 

2022/05/26

[若者向け・・と言っておいて、年寄りにも売れるクルマ]

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もともと日本では、ヴィッツという名で売っていたクルマのフル・モデルチェンジに伴い、アメリカで“売れ”、“ウケて”いたこのクルマの国外販売名「ヤリス」という名に日本も統一されたようです。
若者向けのちょっと“ヤンチャ”なルックスが若者に響くのかと思いきや、意外と60代前半の退職したばかりの年代の“若年寄り”に発売当初は、抜群の人気だったようです。

まだまだオレは若い、私はまだイケるのよ、といった“若ぶりたい”人達の願望が見事に結実した“初老カー”として、トヨタの思惑外の売れっぷりに、トヨタは逆にニンマリ(*^_^*)

1695㎜の全幅は小型車枠いっぱいの広さを取っていますが、乗ってみれば狭く感じるし、開放感はありません、荷物もそれほど積めない。
“若年寄り”にはちょっと不満が残るんじゃないかと思いますが、“若っぽい”ルックスでそれも相殺されてしまいます。

でもって、それが不満なら全幅を広くし、荷室も広げた「ヤリス・クロス」という「金なら、退職金ももらって少しあるけんね」という人達向けのヤリスも用意するという周到さがトヨタにはあります。
それも乗り込んでみると、なんだか穴蔵に入ったみたいで窮屈な感じがしますが、まあいいんです。
街を走っているヤリスを見て、若い人達も買い始めたみたいなので、トヨタは万々歳です!

クルマを見ていると、単にそのクルマ自体のデザインや性能だけでなく、社会構成との関わりを感じます。これは特にトヨタ車に感じるものです。
また勉強になっちゃった。

 

2022/05/25

「世界の名言100選 -ソクラテスからビル・ゲイツまで-」という本を読んだ。

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『世界の名言100選 -ソクラテスからビル・ゲイツまで-/金森誠也・監修(PHP文庫)』という本をブックオフで格安にて購入。中身はそれほど確かめずに買ってしまったものですが、それなりに読めました。

かなり有名な、誰でも知っているような名言もありましたし、昔の哲学者の名言は、よく読んでみてもなんだかわからないものもあり・・(^_^;)

いきなり、ひとつめの「万物は流転する/ヘラクレイトス (BC540頃~BC480頃)」のページに書かれていたことが気になりました。

神々は決して世の中を救ってはくれない。生起する万物は全て運命に従っているだけなのだ。
という根本的な考えがあり、そして、人がひとたび怨念に駆られると、それが原因で戦争が起こり、ついては国土が荒廃し、国民が消滅することもある。

と、警告していたのだそうです。
二千何百年前から人類はこういうことに気づいていて、それなのに、今でもまだそんなことをしている・・そうだったのか、と思うと同時に、現在の世界の状況をみて、がっかりしたりもするのでした。

次に気になったのは、ローマの二大小説の一つとされる「サテュリコン」に登場する老人の言葉として、この本に載せられていた言葉です。

財産を増やすことしか考えない人間は、富以外の何者かを高く評価する者を許さない。

・・こんなやつ、毎日テレビに何人も出ているし、かつての職場や、いろいろなところにいた気がする。

1901~1909年までアメリカ大統領に在位したルーズベルトの下記の言葉に、誰だっけ?!同じ様なことを言っていた人がいた気がすると思いました。

ルーズベルトの言葉→「できるか」と聞かれたらいつでも、「もちろん」と返事をすることだ。それから懸命にやり方を見つければよい。

・・!!思い出しましたd(^_^o)プロ野球巨人軍の中畑清さんが新人の頃、コーチに、いいか、試合に出たかったら、監督(長嶋さんのこと)に「清、いけるか、調子はどうだ?」と言われたら、どんなに不調でも「もちろんいきます、絶好調ですっ!」と言え、と言われたケースに似ていると思ったのでした(*^^*)
なんとかなるんだよ'(*゚▽゚*)'

ハイデッガー(1889~1976)の哲学的著作ではなく、エッセイの中での言葉も気になりました。

人間は原子力エネルギーによって生きていけず、逆に滅んでいくだけだ。たとえ原子力エネルギーが平和目的にのみ使われたとしても。

単に原子力を兵器として扱った場合ではなく、物質的な危険性や、事故災害があった時などの精神的な危険性までを予言している貴重な言葉だと思いました。

でも、人間は事故があっても、戦時にこんなことがあるとわかっても、学習しないのですよね。むしろ、核兵器を持たねば、などと言う者まで現われている。

ということで、いくつか実例も挙げつつ、感想を書いてみました。
この本には、“世界の”というタイトルなので、日本人の名言は載っていなかったのですが、日本人の名言も探してみたくなりましたよ。

 

2022/05/24

不思議で怖かったできごと

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先週、市内にある公園に(大きな霊園と一緒になっている形式の場所なんですけど)、ウォーキングに出かけたときのことでした。

この公園は、公園内に歩道付きの道路を設け、道路の左脇には白線が引かれ、道路沿線にクルマを駐められるようになっていて、ようするに自分の家のお墓の近くにクルマを駐めてお参りできるようになっているのです。

私はお参りでなく、ウォーキングに来たのですが、公園内道路の駐車スペースにクルマを駐めて、歩きだしました。

歩いていると、次々と区画された墓地への入り口が現われるのですが、入り口から猫が二匹見え、お昼寝をしようとしていたので、声をかけようと中に入りました。
ついでに手に持っていたゴミも墓地内のゴミ箱に捨てて、猫に話しかけ、そこを出て、また歩道を歩きだした数十秒後でした。

そこの歩道部分は石畳になっていたのですが、突然右足首を誰かの手がつかみました。
「わっ」と驚き、転倒しそうになったので、右手を出して体を支えようとし、左足を前に出して踏みとどまろうとした瞬間、今度は左足首を思い切り持ち上げられ(これは明らかに私に大ケガをさせようという意識を感じた)、自分を支えられるのは右手だけになり、右手を石畳につき、顔面から落ち、このままでは目の部分から落ちて目が危ないと咄嗟に首を丸め、左頭部から石畳に激しくぶつかるように倒れ込みました。

一瞬、立てないかもしれないと思いながら倒れたまま後ろを見ても誰もいないわけです。
さっきの墓地から誰かついて来たのですね。
必死で起き上がりましたが、右手は肉が見えるほどのケガで、ドクドクと出血していて、近くのトイレの手洗いで洗い、財布に入れていた絆創膏を貼りました。
顔面というか、頭は強打しましたが、血は出ていませんでした。
思い切り引っ張られた左足も、もんどりうったときに歩道に叩きつけられ、出血していました。

とても怖かったので、帰宅することにしました。

翌日、自宅でクルマを移動させる用があってクルマを動かし始めたら、誰かが背後にいる気配がして、私が気づかぬうちにバリケードに激突しました。
明らかに何かが私に取り憑いていると感じ、妻にお願いして塩を紙でくるんだものを身につけ、さらに庭で塩を体に何度も大量にかけてもらい、背中を思いっきり叩いてもらい、「出て行きなさい」と妻に叫んでもらいました。

そしたら・・その後は異変がなくなりました。

以前にも似たようなことがあったので、妻も迷わずやってくれたのですが、いろいろ見えたり、感じたりすることがある私、・・行く場所も気をつけねばと、あらためて強く思ったのでした。

 

2022/05/23

伊集院静さんの「大人への手順」を読みました。

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『大人への手順/伊集院静著(文藝春秋)』を読みました。
週刊文春の「辛口人生相談」から仕事、家族、子育て、老後、別れ・・などにジャンル分けした人生相談傑作選となっているものです。

伊集院さんの一連の本(特に六十代以降のもの)を読んでいる人にはお馴染みの、“辛口”というか、“当世風の当たり障りのない回答”とは大きく異なる、歯に衣着せぬ回答が気持ちの良い本でした。

あれこれ心配しながらも、前に進もうとする人には「それでいいんだ、これからもさらに困難やつらいことがあるかもしれんが、突き進め」と激励し、夫が亡くなった、友と仲違いした、一人の老後が心配だ、などと、くよくよしている人には、「それでもいい歳した大人か!しっかりしろ」と叱咤。
仕事に悩み、辞めてしまおうかと悩む若者や、そういう部下を抱え、どうやって育てようかと悩む中間管理職にも、“猫なで声で励ましたり”することなく、「甘えるな」と一喝する(^_^;)・・・伊集院節全開ですd(^_^o)

孫が「ユーチューバー」になると言いだし、「遊ぶように楽しく仕事ができて、人気者になれて、お金も稼げる」と言っている、そんなうまい話があるのでしょうか?という六十代の女性からの質問には・・。

最近のバカ者の希望をすべて言い当てとりますナ。
そんなうまい話あるわけないでしょう。たまたまうまくいっているふうに見えるバカ者もいますが。
その連中はやがて全員、奈落の底へ行きますよ。
たとえ金が手に入っても、まともには生きられません。
やるだけやらしてみるのがイイでしょう。バカなモノを覗くのも、触れるのもイイ勉強です。
金があれば、それが成功と思う、下品な志しを早いうちにわからせることが肝心です。

と、きたもんだ'(*゚▽゚*)'

私がこのブログでほんとうは書きたくてたまらないことを一気におっしゃっていただいて、「ああ、せいせいした」ヽ(=´▽`=)ノ

私の小さな悩みと共通している二十代の女性からの悩みも気になりました。

方向音痴で悩み、地図が読めない。目的地にたどりつくのに時間がかかる。

「地図を頭の中で回転させる練習をしろ」「まず東西南北を把握しろ」などという、私もよく言われるアドバイスを受けていて、相談者に共感いたしました。・・あのね、このアドバイスが何を言っているのかもわからないんですよ、私…σ(^_^;)

伊集院先生のお答えは、方向音痴のおかげで、美しい風景や、思わぬ出逢いがあったりするはずです。
だいたい目的地に真っ直ぐ着ける連中の方がおかしいんだよ。今のままでゆったりしていた方が、きっとあなたに幸せをもたらすと思うよ。・・だって(*^_^*)

そうだよ、少し早めに出かけりゃいいんだからさ。

「今、自分がいる場所で東西南北の方角がわからないなんてヤツいるの?」と言われたことがありますが、こういうヤツ大嫌いっ!その場で頭に噛み付いてやりたくなります。

少し感情が高ぶってまいりました(^^;)ので、今回の読後感はここでおしまいにします。

 

2022/05/22

映画「シング・ア・ソング! -笑顔を咲かす歌声-」を見て来ました。

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映画『シング・ア・ソング! -笑顔を咲かす歌声-(Military Wives)/2019年 イギリス 監督:ピーター・カッタネオ 主演:クリスティン・スコット・トーマス、シャロン・ホーガン』という映画を見て来ました。

このあいだ半年ぶりに映画を見て、今回は休日なので妻も誘い千葉劇場へ。やはり映画館で見る映画はいいものです。

映画の舞台となるのはイギリス軍基地でした。
愛する人を戦地に送り出し、最悪の知らせが届くことを恐れながら、基地に暮らす軍人の妻たちが主人公です。

大佐の妻ケイト[クリスティン・スコット・トーマス]が、そんな女性たちを元気づけようと、困難を乗り越えるために何か努力しなくてはと、熱意を持ってはたらきかけるが、皆は割と冷たい視線・・。空回り状態でした。

 

 

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女性たちの本来のまとめ役リサ[シャロン・ホーガン]は、最初はやる気なさそうでしたが、何気なく始めた“合唱”に多くの女性たちが笑顔を見せ始め、ケイトとリサの中心的な二人が方針の違いなどから衝突を繰り返しながら、やがて皆が互いを認め合うことに。

夫たちが向かった戦地から最悪の知らせを受け取ってしまうメンバーがいたり、家庭内がうまくいかなかったり、かつて我が子を戦地で亡くし、不安定な精神状態の人もいる中、だんだんと美しい歌声を響かせるようになる合唱団。

 

 

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そして、毎年ロンドンのアルバートホールで開かれる大規模な戦没者追悼イベントへの招待状が届き・・みんなが心をひとつにして歌い切ることができるのか・・最後の歓喜のシーンまで、いろいろなことが起こり、涙が何度も頬を伝うことになりました。隣にいた妻も嗚咽するのを我慢するのが大変だったと鑑賞後にポツリともらしました。

2019年の映画ですが、今、世界はロシアとウクライナの戦争で、皆が心を曇らせています。
映画の中に出て来た悲しい出来事が、現実に両国で起こっているわけです。

一人の兵士の死が、家族だけでなく、多くの人の悲しみになり、それらは今、世界を埋め尽くすくらいの悲しみの渦となっているのです、目には見えないけれど。

早く兵士が自国に帰還し、家族と再会し、笑顔になれることを祈ります。
人間が人間を攻撃したり、殺そうとしたりすることのない日が訪れる日をいつまでも待ち続けます。

 

2022/05/21

サビだけ聞いて、映画は早送りの人

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以前にも少し書いたことがありましたが、音楽は配信が中心となり、“イントロなし”の曲づくりが推奨されているようです。

要するにイントロが鳴っている間に、もう我慢出来なくなって別の曲に“飛ばして”しまう人が多いらしいんですよね。そうすると、その曲はもう聞いてもらえなくなる・・らしい。

このあいだラジオかテレビか忘れたが、若い人が、「自分なんか、サビだけ次々と聞きますよ!」と得意げに話していました。なんで“得意げ”なのかは私にはわかりませんでした。

さらにまたラジオで聞いたのですが、曲を作る側の人の話だったのですが、ミックスダウンの段階で、携帯電話などのアラーム音に似た音などを曲のサウンドの中に潜ませるというか、“仕込んで”おく作業をするのだそうです。

これまた、その人は得意げに言っていましたが、「あれっ、スマホが鳴っているのか?」と注意を引きつけることによって、その曲から離れて行くことを避けることができる・・って・・バカじゃないかと思いましたが、「今、それは曲づくりの常識です。」と鼻高々でした。
これは曲作りじゃない、トラップを仕掛けているだけです。むしろ法的にも問題があるんじゃないかと私は思いました。

さらにまた、今朝のラジオで聞いたのですが、今やサブスクリプション契約をして、配信で映画やドラマなどを見ている人は、「早送り」で見るのが当たり前です!と言っていました。
私は映画は基本的に映画館で見ますし、ミュージカルや芝居は舞台を直接見るので、よくわかりませんが、今そういう配信を受けている人は、もう何倍速といういくつかの選択が出来るように最初から配信されていて、要するに映画の「間」などは一切関係なく、《情報》として映画のストーリーをただ追っているだけのようです・・ああ、もったいない。

そのラジオではさらに、「そうすることによって、サブスクで大量に配信されているものを何本も余分に見ることができるんですよっ!」って、これまた自慢げに声高らかにおっしゃっていました。ご愁傷さまです。

前にも書きましたが、私が落語を聞くと言ったら「出し物を聞いて、一度聞いた話だったら無駄なので聞く必要はありませんね。」と、どうだと言わんばかりの部下が職場にいたりもしました。

その部下の男性は、芝居やミュージカルは、テレビやビデオで見れば十分で、「“飛ばし・飛ばし”見ることで時間がかせげます。」と、お前のやっていることは“無駄”だらけだと、力強く言い聞かせてくれました。ありがとう、一生やっていなさい。

というわけで、音楽も映画も舞台も、演奏者や、演者などの作品として、芸術としての価値はどんどんなくなり、「情報提供」程度のものになっていくのでしょう、いや、もうなっていると思います。

ほんとうにいやな世の中になったものです。じじいが戯言言ってるよ、と思っている人、どうぞそう思ってください。あなたにそう思われると、とても安心します。

 

2022/05/20

やったと見せかけるために作るシステム

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「ココア」ってアプリ、覚えていますか。
新型コロナウイルスの感染が拡大し始め、国が「入れろ入れろ」と、しつこく言って来た“感染者接近通知”をするようなアプリだったと思います。

導入直後に作動していないことが発覚し、修正するなどと、いろいろアナウンスがありましたが、現在はダウンロード数が合計でいくつになったかはわかるが、実際の利用者数も通知件数も国ではわからないんだそうです・・今朝の新聞より。

新聞の見出しにもありましたが、「アプリ 作って終わり」っていうのが、このシステムを一番表現している言葉だと思いました。
私の周囲にも、ひとりも通知があったという人はいません。
当初、「オレは入れたぞ」と自慢している人(ほとんどが公務員上がりのOB)は、とてもよく見かけました。

結論。「何の役にも立たないが、大金を掛けて作ったシステム。“作った”という実績をつくりたい人のためだけに存在しているシステム。」ということだと思います。
メディアも、国民も、もっと監視する視線をビームのように出して、こんなもの作った人間を牽制しないといけないと思いました。
だから、このブログもその牽制のひとつです。

そして、上記のような不始末の代表格が「マイナンバーシステム」だと思います。
国民全員に番号を付けたのに、世帯も、夫婦関係も親子関係も把握出来ず、もちろんコロナ禍でワクチン接種時の確認、接種券発送、接種証明どれにも使えず、給付金に使えると国が言い出したから「あやしいな」と思っていたら、実際は自治体職員に裏で手作業させ、マイナンバーシステムで交付申請が出来たと思わせるという、この時代には考えられないポンコツ・システムぶりを発揮しました。

保険証として使える・・っていうから作って実際に薬局で使おうとしたテレビ・ラジオのコメンテーターの方が時間を掛けてその様子をお話ししているのをラジオ番組で聞きましたが、すったもんだの挙げ句、ものすごく時間が掛かっただけで、最初から保険証とお薬手帳を出せばすぐに終わったと結んでいました。
そのコメンテーターの方は、マイナンバーカードの良さを伝えたいという意志でやってみたのに・・と、嘆いていました。

保険証として使えるようにすると、「何万円分だかのポイントが付くから、頼むからカードを作ってくれ」と国はまたキャンペーンを始めました。
テレビやラジオでも「マイナンバーカードを作ると“何かいいらしい”」(^_^;)という、結局いいことはほとんど無いので実に力の入らないような“腑抜け”なCMを流しています。
出演しているタレントも、あんなCMの仕事をよく引き受けたな、と思いましたが、仕事なんでしょう。ご愁傷さま。

マイナンバーカードを皆に作ってもらいたいなら、役に立つように作って、これもできるあれもできる、こんなときにこんなに便利、というシステムにすればいいだけのことです。

ただ、税金の取りっぱぐれを将来無くそうとするだけの、「高邁な理念」の無いものを作るから、あとで苦労しているのです。

ということで、書くことによって怒りが少し静まってきましたので、この辺で。

 

2022/05/19

立川志の輔さんの「志の輔旅まくら」を読みました。

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『志の輔旅まくら/立川志の輔著(新潮文庫)』を読みました。
平成15年発行で、立川志の輔さんの公演をもとに文庫オリジナルとして書き下ろした作品です。

簡単に言うと、志の輔さんが主に外国(国内もあり)から帰って来たあとに、公演を行い、その報告みたいなものを、とても可笑しくお話ししてくれる、というようなものです。
もう二十年くらい前のものなので、表紙の写真も、志の輔さん若いっ!

私も見た、懐かしい映画「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」を見てキューバまで行って来た話から始まりましたが、あの映画を見てすぐにキューバまで行っちゃうってのがすごいです。
でも、志の輔さん、けっこうハチャメチャな人や出来事に遭遇しても楽しんでいます。
“得な”性格だと思いました。

春風亭昇太さんとメキシコに行ったときも、ルチャリブレ(向こうのプロレス)をイヤだと言いつつ二人で見に行って、はしゃいでいます。
それでもって、興味なんかないというふうだったのに、帰国時には、プロレスラーの覆面を二つも昇太さんからもらって、帰宅時に被って家に入って行き、子供にあきれられていました(^_^;)

インドでもガンジス川の死体まで流れてくる川に入り、沐浴。言われて潜ってしまったりもしていて、勇気があるというか、向こう見ずというか、こんな感じの人だとは思っていませんでした。

落語の「立川流」と言えば、なんだか気難しいような人ばかり・・という印象もありますが、志の輔さんはある意味“別格”のような存在感があり、お話しを聞いているこちらにも安心感があります。

私はここ数年、日曜日の朝に、志の輔さんのラジオ番組「落語でデート」というのをきいておりまして、志の輔さんが毎週様々なジャンルの女性をゲストに迎え、往年の名人の落語を聞きながらお話しを聞いていくものなんですが、ここでも物腰柔らかく、丁寧にゲストの方からお話しを引き出していく様子がうかがわれ、多彩な話芸にいつも感心しています。

この本については、どこに出かけても“ドシャメシャ”なハプニングやエピソードがあり、楽しいものでした。
古い本ですが、古書店などで見つけたら、ぜひ手に取って見ていただきたい、そんな愉快な本でした。

 

2022/05/18

半年ぶりに映画を見て来ました『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』

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去年の12月に見て以来、半年ぶりに映画『マイ・ニューヨーク・ダイアリー(My New York Diary)/2020年 アイルランド・カナダ合作 監督・脚本:フィリップ・ファラルドー 出演:マーガレット・クアリー、シガニー・ウィーバー、ダグラス・ブース、プライアン・F・オバーン、セオドア・ペレリン』を千葉劇場で見てまいりました。

今年に入ってコロナ感染が再拡大し始めたので、警戒し、六ヶ月の間様子見をしていました。

主人公を演じるマーガレット・クアリーは、ニューヨークで作家としての仕事を夢見ていたのですが、まずは就職先としてJ.D.サリンジャーの出版エージェンシーに入るところから物語は始まります。時代は1995年。

映画の中でも出て来ますが、オフィスではやっとコンピューターが使われ始めた頃で、ニューヨークの雰囲気も、職場の1920年代のような雰囲気もとてもいいのです。
これを見るだけでも、なんだか“いい時代”の“いい様子”を見ることが出来て、うれしくなってしまいました。

 

 

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厳しい老舗出版エージェンシーでの仕事、そしてさらに厳しい上司を演じるシガニー・ウィーバーの演技も見どころのひとつでした。
ビジネスとしてきっちりと線を引き、作品の内容に重きを置く主人公に指導していくのですが、でもプライベートでは、とても繊細で人間的な弱さも見せるシガニー・ウィーバーの役どころは、まさに演技力がものを言って、主人公との素晴らしい人間関係も見せてくれました。

また、主人公のマーガレット・クアリーは、声や、背中だけしか見えてこないサリンジャーとのやり取りや、恋人や友人との関係などを経て、自分を見つめ直していきます。
その過程もうまく描かれていましたし、彼女の演技も魅力あるものでした。
ラストの自分のやりたいことへの決断の表情もとてもよかった。

さらに、職場の人達や恋人、友人など、脇役陣の絶妙の演技も光るものがあり、いい映画になっていました。

久しぶりの映画復帰、いい作品から再開できてよかった・・と、今しみじみ感じているところです。

 

2022/05/17

「自分は死なない」って人

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ラジオを聞いていたら、こんなこと言っていました。

人間は、部位によってその期間は異なるみたいだけど、体中の細胞が、ある一定期間で入れ替わるというか更新されている。
更新される細胞は、自らが死んで新しい細胞に更新され、人間本体は生き続けていく・・。
という話だったんです。

でね、それになぞらえて、現在、世界に迷惑をかけている「プ」のつく人を例に挙げ、「自分だけは絶対に死なない。生き続ける。自分はずうっと生き残る。」と居座り続ける細胞みたいだ、というわけです。
それは、人体で言うと、《がん》だというのです。

《がん》は仲間を増やし、増殖しながら生き続けようとして、結局は本体である人間が死んでしまう・・というわけです。

自分は死ぬのだ、自分が亡くなったあとは、新しい人が受け継ぎ、そして社会(世界)はその更新により生き続けていく。・・とは、考えられない人です。

こういう人、日本にもたくさんいそうで、私思うんですけど、一度首相になったら、その職を辞したあとは、政治の世界から去る・・っていうふうに出来ないものですかね。
第一線を退いても、“院政”を敷こうとする。

自分の命は永遠だとでも思っているのでしょう(たぶん本気)、そして自分の思うが儘の世界にしようとする。

でも、そんなこと考えているから、「人々のしあわせ」なんて一度も考えたことがないんだと思うんですよ。
家族皆で晩ご飯を食べた。それだけで「しあわせ」と思う人がたくさんいるなんて、夢にも思わないことでしょう。

どこそこの国の領土をこれだけ“ぶんどった”。あの民族を全滅させた。
財産をこれだけ蓄積した。宮殿のような家を建てた。

・・そんなこと、つつましく、ささやかに生きている人たちにとっては、「しあわせ」とは何の関係もありません。

あなたの身の回り、職場組織の中にも「プ」のつく人みたいな“自分は死なずに、永遠に君臨する”って人いるんじゃありませんか。

自分がエラくなったら、あわててルールを変えて、任期を伸ばしたり、“院政”が効くような居場所をつくったりする人が、まさにその人ですよ。

ちょっとラジオを聞いていて思ったことを書いてみました。

 

2022/05/15

椎名誠さんの「ただのナマズと思うなよ」を読みました。

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『ただのナマズと思うなよ/椎名誠著(文春文庫)』を読みました。
週刊文春に2002年から2003年にかけて連載されたもので、2004年に単行本に、そして2007年に文庫化されたものです。
だいたい20年前のものだから、まだまだ世の中はけっこう“ムチャ”しても笑ってゆるしてくれたような時代だったかもしれません。

日本中、あっちに行っては“浮球”野球や、三角ベースの野球をやったり、それも地元の人たちもひっくるめてけっこう大会にしてしまったり。

道路標識と共にある「交通標語」の幟(のぼり)に物申したり、選挙時のあの街宣車のスピーカーでの“通り一遍”の“がなり”に文句を言ったり、結婚披露宴でのバカバカしい演出に呆れたり、いつものことですけど、やっぱり面白いd(^_^o)

ネパールやベトナム、カンボジアの旅での仰天エピソードも、椎名さんならでは、です。
日本でも、世界でも、椎名さんの感じ方はいつでも真っ正面から受けとめて、いやはやこれは!という結論になる・・これもいつものことですが、また面白いd( ̄  ̄)

酒田のワンタンメンの美味しさについて書かれている部分がありましたが、いまやラーメン屋さんではあまり見ない、立派な中華料理屋にもあまりない、町の中華屋さんで見かけるワンタンメンを丁寧につくるお店を紹介していますが、ほんとうに食いたくなった(*^^*)ワンタンの描写があまりにも素晴らしい'(*゚▽゚*)'

あの居酒屋探索で有名な太田和彦さんがそのワンタンメンの美味しいお店を訪ねる動画を見たことがあるのですが、いやもう店主が作り方まで見せてくれたのですが、天女の羽衣のように美しいワンタンでした。しかも“い~っぱい”入っているんですヽ(=´▽`=)ノ

食べ物、冒険、世間の変な物、などを語らせたら、やはり椎名さんは私にとって最重要人物です(*^_^*)

まだまだ椎名さんの本、ストックがありますので、また読んだら書きます(*゚▽゚)ノ

 

2022/05/14

古民家美術館で開かれている『旭 風景美術展』に行ってきました。

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このブログの主要登場人物である私の中学時代の担任で美術の先生「南隆一先生」が旭市の《古民家美術館飯岡・・旭市三川3636》で開催されている『旭 風景美術展』に地元居住の芸術家3人のひとりとして参加されているとのことで、行ってみました。
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この古民家美術館の様子については、Instagram経由で別途ご紹介しようと思っていますが、素敵なところです。
ユン・ソベさんという芸術家でアジアの美術界では重鎮の方が代表をされ、まだここ二年くらいで作り上げた美術館です。

ユンさんと、もうひとかた、地元の作家、スズキ・ラナさんの作品、そして南先生の作品が、現在展示されています。

 

 

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ユンさんとラナさんの作品も後日Instagram経由でご紹介しようと思っています。

ということで、私の先生、南先生の作品の一部をこのブログではご紹介いたします。

 

 

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今回は、「旭」の風景ということで、先生は海中の魚をコミカルにガラス絵で描いたり、クレヨン画や港の風景を大作で描いたり、飯岡の風景をゆったりと描かれている印象を持ちました。
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のんびりと飯岡の海も近いこの古民家美術館に出かけ、午後のひとときをゆっくりと過すのもいいと思いました。
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私が行った日には、ユン先生もいらしたし、スズキ・ラナさんも途中からいらして、作品についてや、どのような画材を使って描かれるのかまでゆっくりとお話しすることができました。
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ものすごく“濃い”時間となり、アーティストの持つ独特の“熱”というか、“オーラ”に圧倒された感もありました。
ゆっくりとした時間を過したのに全てのエネルギーを“吸い取られた”みたいな感覚があり、芸術家というものは普通の人間とはちがう!と、この日はつくづく思いました…σ(^_^;)

というわけで、庭にあるオブジェも楽しいし、後日紹介しますが、古民家の見事な改修による見どころ満載の建物、そして作品、“満腹”状態で帰宅いたしました。

 

2022/05/13

外山滋比古さんの「人生を愉しむ知的時間術」を読みました。

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『人生を愉しむ知的時間術 -“いそがば回れ”の生き方論- /外山滋比古著(PHP文庫)』という本を読みました。

これもブックオフにて安価購入。1981年に創知社から刊行されたものの文庫化とのことです。
・・ですから、かなり古いもので、実際に読んでみても時代を感じさせる当時の背景があちこちで見えました。

とにかく今ある“デジタル機器”などはほとんど登場することがなく、自動車電話が出て来たり、将来携帯電話が普及したら、電車の中は携帯を使った会話でうるさくなるんじゃないか、などという心配をされていました。

で、そんな時代の本なので、逆に言うと、時間の過ごし方、愉しみ方、利用の仕方がとても“豊か”に見えます。
電車で本を読むことや、新幹線での原稿書きは“揺れ”に慣れるのが大変・・とか。

人と会って時間を過すことの有意義さなどについても書かれていましたが、今、人に会おうと思っても、なかなか予定が合わず、しかも相手から敬遠されている場合なども携帯での連絡であっさり断られることもあり、まったくと言っていいほど現状とは異なります (・_・;

読んでいると、「昔はよかったなぁ」などと、しみじみしてしまうのでした(^_^;)

日々忙しく仕事をしている中で、どうやって知的時間を“ひねり出す”のか、まとまった休暇をつくるためにはその前に思いっきり仕事をするしかない・・みたいなことも書いてあり、あの忙しかった日々の中で自分もなんとか時間をつくっていたのかもしれないな、と思い出すこともありました。

そんなこんなで、読んでいると、“あの頃”の仕事や生活を思い出し、今の自分の状況で知的な時間をどう過すのか、というようなことが少しずつ見えてくるような気もしました。

何よりも書いている外山氏がとても愉しんで書いているのが感じられるのがとてもいい本なのでした。

 

2022/05/12

コロナ過で仕事や生活が大きく変化していく

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ここ何ヶ月、報道を聞き、悲しくなったことはいくつもあります。
戦争のこともそうですし、俳優の渡辺裕之さん、コメディアンの上島竜平さんが亡くなられたことも、ものすごく悲しく、落ち込む出来事でした。

渡辺さんは、とても前向きな方で実直そうな方という印象でした。
上島さんは、芸能人の後輩達にやさしく、面倒見がよさそうで、笑いのことをいつも考えている明るい人、そんなふうに感じていました。

どんどん前に進んで行くような人にとって、ここ二年間のコロナ禍は仕事や日々の生活に大きな影響があったと思いますし、それが今回の事に影響が無かったとは言えないと思います。

思うようにいかない、こんなはずではなかった、こうしたかったのに、などという思いもあったのかもしれません。

私も、病気で二年連続の入院を経験し、さらに世間ではコロナ禍、職場などでもそれに伴って仕事も増えたり、加えて台風などの自然災害も加わり、体力の低下から仕事を辞めざるをえなくなってしまいました。

そんな中で、自分自身の心や体を保つこと、維持すること、気力を出すこと、というのは並大抵のことではありませんでした。

「置いていかれる」という気持ちも強く、「自分はもういらない人間じゃないのか」と、何度も思いました。

渡辺さん、上島さんの身の上にどのようなことがあったのか想像することもできませんが、ご本人の悩み、苦しみはとてつもないものだったのだと思います。

私はドラムを叩くのですが、渡辺さんのドラムを演奏する姿を動画で見ると、実に真面目に、丁寧に、ご本人の性格そのものというドラムを叩いていました。同じドラマーとしてよくわかりました。
逆にいうと、“遊び”がなく、どこか“ハズレ”ていくようなハチャメチャなところなど微塵もなくて、「真面目な人なんだろうな」と強く思いました。

私も仕事が苦しくて「死」を意識した時期がありました。「死んだ方がずっと楽だ」と思い始めたときが一番危ない時でした。
でも、そんなときに人はあまり頼りにならないのです。そんなにひどいことになっているとは誰も思っていません。
だから、誰かの言葉によって助かるということも、非常に稀なことなんだと実感しました。
そこでどう持ちこたえるかは、とても難しくて、今になっても私は自分がどうやってその地獄から抜け出したのか記憶が無いのです。

今にして言えることは、日々を丁寧に過し、ほんのちょっとしたことにありがたさや、うれしさ、よろこびを感じながら静かに生きて行くしかない・・ということかもしれません。
悲しいニュースに接して思ったことを書きました。

 

2022/05/10

中学時代の先生が送ってくれた本、読みました。

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『103歳になってわかったこと -人生は一人でも面白い-/篠田桃紅著(幻冬舎文庫)』という本を読みました。
これは、このブログで何度も登場する私の中学時代の担任で美術の先生が、ついこのあいだ送ってくれた本です。

著者、篠田さんは美術家。この本を世に出したのが2015年で、その後2021年、107歳で亡くなられています。

この本を送ってくれた中学時代の担任の先生も、もう75歳。私との電話でも「生きて行くこと」についてよく話されます。そして、この本がとても参考になったとおっしゃっていました。

その教え子の私が読んでも、今後生きて行く、そしてやがて死を迎えることについて参考になりました。気が楽にもなりました。

私の先生もよく言っていたことで、この本の著者、篠田さんも書かれていましたが、個展などの会場で来場者の方から「これはなにを表わしているのですか?」と、よく聞かれるというのです。

絵というものは、自分のなかに湧いてくる思いを、目に見えるようにしたものなので、「なにを」という質問には、いつも戸惑ったと書かれています。

絵に表われているものこそが、質問の「なにを」で、そしてその「なにを」は見る人によって、どのように受け止めてもいいものです。
と、書かれていますが、私もこういう質問をする人のことがわかりません…σ(^_^;)
でも、いるんですよね、かならず個展などの会場にd(^_^o)

人にとって、生きているのがいいのか、死んだほうがいいのか、誰にも判断はつけられないのですが、著者もそうであるように、生きていたからこんなことに出会えたと思うこともあれば、こんなことになるなら生きているんじゃなかった、などと思うこともあります。

わからないから、一日、一日生きて行くんだ・・などと思いました。

あと、私が気になった部分は、「時間でもお金でも、用だけをきっちり済ませる人生は、1+1=2の人生だが、無駄のある人生は、1+1を10にも20にもすることができる」という部分でした。

いろいろあって今がある私ですが、まったくそのとおりだと思っている昨今です。
無駄だと思っていた部分、“余白”のような部分が人生にとって、とても貴重だったのだ、と今にして思うわけです。

先生には、いい本を送ってもらいました。
忘れそうになったら、時々この本を開いて、生きて行くことに前向きに、よろこびを感じつつ過して行こうと思います。

 

2022/05/09

「一行怪談」を読みました。

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『一行怪談/吉田悠軌著(PHP文芸文庫)』という本を読みました。
これもまたブックオフで見つけた“不思議本”で、安価で手に入りました。

著者、吉田悠軌氏は、怪談、オカルト研究家だそうです。
怪談の収集や、国内外の怪奇スポットの探訪をライフワークとしていて、雑誌、WEB、テレビ、イベント出演などにも精力的に活躍中とのこと、私も今後気をつけて見ていたいと思います。

この本は、タイトルにもあるように、ほぼ“一行”~“二・三行”で怪談らしきものが書かれていて、そんなに短いのに・・なんだか怖い (・_・;

戦死した曾祖父のノートいっぱいに記された6桁の数字は、毎夜かかってくる無言電話の番号と一致していた。・・・なんか、怖いでしょ。

こういうのが、それぞれ1ページに一話書かれているのです。

今すぐ家から出なさい、と電話の向こうから叫ぶ母の声を聞きながら、すぐ横でテレビに笑う母を見つめている。・・・これも、とっても怖い。テレビに笑う母は誰?!

冷蔵庫が開いたままだと注意すると、妻はうんざりした顔で扉を閉め、次の瞬間、庫内から激しいノックの音が響いた。・・・( ̄O ̄;)こんなんばっか!でした。

ちょうどよい恐怖のダメージ具合で読み終えました。
クセになりそう…σ(^_^;)

 

2022/05/08

「カキフライが無いなら来なかった/せきしろ×又吉直樹」を読みました。

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『カキフライが無いなら来なかった/せきしろ×又吉直樹著(幻冬舎文庫)』という本を読みました。またもやブックオフにて超安価購入。

これは、妄想文学の鬼才「せきしろ」氏と、あのお笑いと文学の奇才&異彩を放つ芸人のピース「又吉直樹」氏が五七五の形式を破った自由律で詠んだ俳句を収録したものです。
さらにお二人の取った写真や、文庫用書き下ろしの文章まで収載されていて、実におもしろい本でした。(※2009年に刊行されたものの文庫化です。)

タイトルにある又吉さんの

又吉:「カキフライが無いなら来なかった」・・は、見た瞬間にニヤッとしてしまいましたが、傑作なのかなんだかわからないけど、とてもいい!

ついでに著者お二人の自由律俳句で私が気になったものを一部ご紹介いたしましょう。


せきしろ:「結婚式の写真を見なければいけない流れ」・・これも実に“感じ”が出ている(^_^;)

せきしろ:「自己紹介の順番が近づいてくる」・・私の心に“ズキュン”と刺さりました…σ(^_^;)

又吉:「別れ話の男女の前を赤帽が二台通過」・・なんか、身におぼえのあるような光景(^_^;)

せきしろ:「号泣しながらも三輪車は漕いでいる」・・あるあるですd( ̄  ̄)

又吉:「熟年カップルが影と影にキスさせてた」・・ちょっとレコード・ジャケットっぽい印象がありつつ、深い感じがとてもよかった。

などなど、いいんだか、なんだかわからない作品が次々にあらわれる作品集的な本でした。

自由律って、どこまで自由でいいのかと考えると、「自由だからどこまで自由だ」ということも言えるのかもしれませんが、でも、何か“縛ってくる”ものがあって、その魅力に気づかせてくれました。

又吉さんの不思議な魅力をまたひとつ発見しました。

 

2022/05/07

安野光雅さんの「空想亭の苦労咄」を読みました。

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『空想亭の苦労咄/安野光雅著(ちくま文庫)』を読みました。

著者の安野光雅さんの名を知らない人でも、安野さんの絵を見れば「ああ、この絵を描く人!」と誰もが知っている安野さんの水彩画が思い出されます。

この本の中でも話が出て来ますが、以前NHK-FMの番組「日曜喫茶室」に安野さんは“ご常連”の立場で度々登場し、独特の語り口調で司会の「はかまみつお」さんと、ゲストの方々の語りに加わり、より話に花が咲くような“味のある”お話しをしてくださいました。

この本を読んで、安野さんはかなりの“落語好き”だということがわかりました。
幼少期や、戦争、芸術、闘病や死生観についてまでを自伝のように語るのですが、その多くを落語のネタになぞらえて、落語の語り口調でお話しをするように書かれていました。

こういう書き方をしている本は初めて読みましたが、なかなか面白いし、深い味のある話なのに、読んでいる側には、とても軽快な印象を与える文章でした。

安野さんは、“生きていること”を実に楽しんでおられた、と思いました。
安野さんと深く付き合いがある方が亡くなったときも、自分が亡くなるときはこういうふうにしたいな、ということも書かれているように感じました。
そして、安野さんは昨年、亡くなられました。

あのラジオやテレビでの語り口調、もう一度聞きたいと思いました。

そして何度読んでも面白いこの本、安野さんの想い出と共にまた読み返したいと思います。

 

2022/05/06

あまり気にしていなかった「サブスクリプション(※サブスク)」について考えてみた。

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数年前から俗に言う“サブスク”という言葉が飛び交っていました。
“世捨て人”とよく人から言われる私は(^_^;)「あまり気にせんとこ」ということで、なんで世間がサブスク、サブスクっていうのか調べもしておりませんでした。

最初に意識したのは、よく行く珈琲店の音楽について、マスターが「Spotify」を導入するという話を聞いたときと、知り合いがよくいくライブハウス兼レストランに連れて行ってもらった時に、そこのマスターも「Spotify」を入れている・・という話を聞いた時です。

お二人から話しを聞くと、一定額のお金を毎月払うと、その額によって様々な音楽の配信を受けることができるらしい、しかも色々検索も出来て、ものすごい数の楽曲をいつでも聞くことができる・・ということでした。
金に“糸目”をつけなければ、かなりの高音質で楽しめる、ということも小耳に挟みました(*^_^*)

で、私は今年に入り、自分がUSEN放送を入れていて、これはある意味サブスクの先駆けじゃないか、それなのに、最近の放送内容は弱体化の一途をたどり、音質まで落としていることに気づいたわけです。

更新時期がやって来たので、USENに電話して、「この“ていたらく”は何だっ!もうやめちゃう!!」と言ってみたら、なんだ Spotify みたいなことやってるって言うじゃないですかd( ̄  ̄)

んでもって、今までのものより安いっ!(T_T)・・早く言ってよ。

というわけで、それを導入しました。もう部屋の中でも、散歩中でも、クルマの中でも、ありとあらゆる曲が(さすがUSENというくらい)聞けるし、おもしろいチャンネルもたくさん!
『ちょいワルおやじはコレを聴く!』というチャンネルまであった( ̄O ̄;)・・聞けば、なるほどと納得のいく曲が掛かっている(*^^*)

懐かしい歌謡曲や、60年代、70年代の洋楽ヒット曲などもチャンネル豊富、私の好きなジャズについても、モダン・ジャズからブルーノート・レーベルだけとか、男女別のボーカルチャンネル、さらにアーティスト別のチャンネルまであるd(^_^o)

でね、これが映画だとか様々なジャンルの“サブスク”が世の中にあり、食べ物やお酒、衣類や家具とかいっぱいあるわけです。
個々の契約は少額でも、あれこれやっていると一ヶ月にサブスク“ウン万円”となり、やべっ、やめようと思うとやめ方についてはほとんどアナウンスされていないし、電話などの受け付けも無い・・というこうになり、ああ・・サブスク地獄ということになりかねない (・_・;

調子に乗って、あれこれサブスクをやっている人、サブスクだとさえ思っておらず、“謎の”支払を続けている人、気をつけた方がいいと思います。・・私も気をつけます。

 

2022/05/05

「それでも日々はつづくから/燃え殻」を読みました。

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『それでも日々はつづくから/燃え殻著(新潮社)』という本を読みました。
著者「燃え殻」さんが、週刊新潮に連載している人気コーナーをまとめたものだということを読み始めて知りました。
そして、私がその週刊新潮を読んでいないもので、著者「燃え殻」さんを存知上げませんでした。

本屋で少し立ち読みしたときには、けっこうこのルーズな感じがする“燃え殻”さんの文に興味を持ちました。
帯には、壇蜜さんの“おすすめ”も書かれていたので、買ってみました。

読み始めて、最初のうちは世の中から少し外れた位置にいて、得意そうに何かを語る先輩や、その他エラい人たちを斜めに見ているその姿勢に共感を持ったりいたしましたが、どんどん読んでいくと、自分が迷惑をかけているのに、そんなに責任も感じず、女性との関係については一人の男としてどうか、と思うようなところもあり、どんどん“引いて”いく自分を感じました。

週刊新潮でも人気のあるコーナーだということだし、ご著書は映画化もされているということで、たぶん現代の生きづらい世の中を独自のスタンスを取って生きて行く著者に共感する人多数だということなのかもしれません。

私も別に“ひとつのことに懸命に取り組め”だとか、“頑張り抜けば道は開ける”みたいなことは、今現在まったく考えておりませんが、それでも、この著者のような人が身近にいたら絶対に近づかないようにする人だと思ってしまいました。

味方になってくれるようなことはたぶん無く、かといって対立するようなこともなく、ただ存在しているような人・・そんな関係になりそうな人です。
私が失敗などしたら、“冷ややかに”見ているような、そんな感じ。

だんだん怖くなってきた頃に読み終えました。
これからもこの著者の本を読むか、といったら、もう読まないと思います。

 

2022/05/03

小川糸さんの「たそがれビール」を読みました。

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『たそがれビール/小川糸著(幻冬舎文庫)』を読みました。
ずいぶんと前にブックオフで購入してから時が経ちましたが、そろそろ読んでみようかと手に取りました。

パリ、ベルギー、ベルリンなどの旅先で、お気に入りのカフェを見つけて本を読んだり、現地のアパートで何か月か過すうちに足らないと感じたものを蚤の市に出掛けて買って来たり、時には日本食を現地の材料で工夫しながらつくってみたり、日々の出来事を自然に綴ったエッセイでした。

読んでいるだけでこちらも“幸せ感”が充ちてくるような感じがしました。

美術館に出掛けてゆっくりと一日を過したり、向こうの知り合いの夕食に呼ばれたり、前に一度来たところに行ってみると、そのとき出会ったお店のひとたちが、あのときのまま、あのときの場所にいる・・それだけでなんだかとても気持ちが落ち着くような、そんな感覚もうれしいという、時間がゆっくりと流れている感覚がとてもいい本なのでした。

このシリーズはけっこう何冊か出ているようで、あのときブックオフで何冊も見かけたのですが、買っておけばよかった。

小川糸さんの素敵な時間の過ごし方を読みながら、こちらもいい時間を過しているような気分になるエッセイでした。

 

【Now Playing】 Of This Land / Clannad ( Healing Music )

 

2022/05/01

ブログからも、大網白里の「アートギャラリー古屋敷」のご紹介

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Instagram経由で表題の「アートギャラリー古屋敷」を Facebbok でもご紹介していますが、今回はブログ経由でご紹介いたします。写真もけっこう撮ったのでd(^_^o)

大網白里町の下ヶ傍示(さげほうじ)60番地にある「アートギャラリー古屋敷」。
私の中学時代の担任で美術の先生と電話でお話ししている時におそわったギャラリーです。

“自然たっぷり”で、庭園も楽しめるし、庭園内に点在している展示室、収蔵庫、作業場などを見て回っているのがとてもいい時間になります。

午前中、早くに行き妻と庭園内を散策しながら作品を見ていると、主宰の吉田文也さんから声をかけていただき、お話を聞くことができました。

 

 

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母屋にあたる一番大きな展示室は、二百年前の建物だそうです。
建具類もいろいろな時代といろいろな地方のものがあるそうで、何度かの改修を経ているので、逆に建物好きな人にも見どころがたくさんありました。
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母屋も別棟も天井を張っていない部分が多いので、大きな作品も堂々と展示されていました。まさに見上げる感じ。

そして、主宰・吉田文也さんの奥様の版画も母屋にたくさん展示されていて、“あたたかく”、“ほのぼの”とする作風に私も妻も見とれました。見とれ過ぎて写真を撮るのを忘れました…σ(^_^;)

 

 

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彫刻や絵画その他、「和」ばかりかと思うと、写真のようにやさしい雰囲気を持った人形なども展示されていました。
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入り口土間の上の大きな「梁」にぶら下げられていたものが気になり、吉田さんに伺うと、「祝い鞍」といって、この家の「ひいおばあさん」が嫁入りしたときに馬に乗せられてやって来たときの馬の鞍です。
今は虫に食われて、麻袋にくるまれてぶら下がっていますが、広げると、それは美しいものだったそうです。お嫁さんは“横座り”して馬の背で揺すられながら村にやって来たのでしょうね。
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室内から庭を見ても、とても心落ち着く空間です。
ちょっと“贅沢”過ぎて目まいがするくらい(*^_^*)
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母屋にあったであろう「竈(かまど)」のことを伺ったら、移設して物置にあるよ、ということだったので、それも物置を開けていただいて見せてもらいました。わざわざ固定してあった扉を外してまでしていただき恐縮しましたが、でも見ることが出来てよかった。
時代の空気感まで伝わってきました。
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そして土間のところに掻けてあった「蓑」。
時代劇でしか見たことがありませんが、実にきれいに保存されていました。
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別棟には金属を使った作品や、木彫の宗教的なものを感じる作品もありました。
もうねえ、じっくりと見ていたらキリがないくらいの作品群でした。
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写真も撮りきれず、大きな仏壇が御殿造りのようになっていて、いざ災害などがあったときにはスッポリとユニットのように仏壇を外して持ち出せるようになっていたり(軽トラの荷台一杯くらいの大きさ)、驚くことばかりでした。

18年前までは、実際にお住まいになっていたとのことで、作品だけでなく、この建物をじっくり見る楽しみもあります。

ざっとですが、「アートギャラリー古屋敷」のほんの一部のご紹介でした。
Instagramでは、さらに画像でご紹介するつもりです。

 

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