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2022/07/22

【南先生の玉手箱_0046_はずれた軌道】

20220722_minami_data_001

私の中学時代の担任で美術の先生の現役時代の資料やメモなどの文書を掘り起こして活字化する作業。
今回も日付等、時期が不明の資料ですが、学校の門扉が閉じられるようになった話なので、関西で事件があり、学校への侵入者に対して警戒が全国的に始まった頃と思われます。


以下、先生の文章です。

《はずれた軌道》

学校や公的機関で門扉が閉じられるようになってから、それがあたりまえのような風景にも見えるけれども、地域から学校の様子が見えにくく、何か風とおしが悪くなったように思う。

ぶらり校庭に入ったり、あそびに立ち寄るチャンスも少なくなったようだ。

学校の敷居が高く、壁が厚くなっているようだが、中に暮らす人たちには、その変化は見えないようだ。
どこかの誰か、不審者と言うものが増殖されている中で、地域にある公的機関との溝が深くなるばかりのように思うのは、私の勘ちがいだろうか。

地域に大人社会がもっとかかわる方向で共存していく中で、不審者と言う存在も少なくなっていくのかと思う。
これでいいんだ、しっかりと子どもたちを守っていこうとしている大人たちの言動の数々が実はマイナスの教育のように感じることが多い。
もっとお互いが信用をする、むこう側、相手側の気持ちになってみる、そんなあたりまえの人間関係をつくり直す必要性を強く感じるこの頃。

先日のこと、こんな話を耳にした。

「地域の行事に学校のテントひと張りと校舎の一部を借用の願いをしたところ、大切に使用しているもので、汚されたり、破損したりすると困るのでとの話しだったので、他にもお願いがあったけれども、それから何も話さないと。

またつい先日、下校中の近所の児童に声をかけたら偶然先に歩いていた先生が、「今、学校では不審者対策をしているので声をかけないでくださいと、一瞬何か信じられないものを感じた」とのこと。それこそ大変な状況があるんですね。

そんな体験をした人が、何かこちら側が無理なお願いや失礼なことをしているのでしょうかと・・。そんなに大変なことになっているのか。今にはじまったことでもないのか、みなさんはどう思いますか。


以上が先生の文でした。

私が以前、教育関係の仕事をしていたときに、市内には校庭と隣の公園の境目をわざと曖昧にして、地域の人や小さな子どもさんと、学校の生徒、先生がクロスするような環境を敢えてつくっていた小学校がありました。

そのとき、それはうまく機能していたように思いましたが、きっとそこも事件のあとには厳しく境界が定められ、他の学校と同じような対応をさぜるをえなくなったかもしれません。確認はしていないのですが。

世の中、コミュニケーションだ、ふれあいだ、きずなだ、SNSだ、と、どんどん関係性を深めることが出来ている・・というような風潮がありますが、その中身はまったく掛け声とは逆で、人との関係性を拒み、個々が、より孤独に追い込まれるようなことになっていると思われます。

どこかで、なにかに気づかねばならないところに来ているのだと思います。

 

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