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2023/07/31

東海林さだおさんの「ゴハンの丸かじり」を読みました。

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『ゴハンの丸かじり/東海林さだお著(文春文庫)』という本を読みました。
2000年から2001年にかけて週刊朝日に連載されたものの文庫化です。
20年以上も前のものです。

だから、回転寿司に関しても、今あるようなタッチパネルで注文するようなものも無く、回ってくる寿司とのお見合いみたいな感じで書かれていました。
まだ回転ずしというシステムに慣れていない感じがちょっと可笑しい。

蕎麦屋でカレーライスをたのむなんて間が抜けているような話もありましたが、今や逆になんかマニアックでいい感じだったりもします(^.^)

いつもながら東海林さんは、食べ物に関して異常といえるほどの関心と考察を加えます。
いろいろな人の本を読んできたけれど、こんなにあらゆる食べ物(特に珍しいものなどでもなく、「味付け海苔」にまで何をつけたらおいしいのかなどとずっと考えている)に、「なぜなんだろう」「こうした方がおいしいんじゃないか」「自分はこの食べ物のここだけにはこだわって、譲れないものがある」と、書きまくっています。

今回も楽しく読ませていただきました。
まだまだ何冊かブックオフで見つけてきているので、また読んだら読後の感想書きますね。

 

2023/07/29

石田衣良さんの「目覚めよと彼の呼ぶ声がする」を読んだ。

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『目覚めよと彼の呼ぶ声がする/石田衣良著(文藝春秋)』を読みました。
いつものように、ブックオフで格安購入、元々の文は二十年くらい前に雑誌などに掲載されたもので、それらをまとめたこの本が発刊されたのも2007年となっています。

直木賞受賞前後の石田さんの文は、ご本人がまだ若い頃ということもあり、けっこう溌剌としています。
女性誌に掲載された“男女関係をどう進めたら良いのか”という内容の文などは、迷っていないで“どんどん行け”みたいなものが多い(^^;)

意外なことに、ここに掲載されている文の中で、携帯(まだ、いわゆる“ガラケー”と呼ばれていたもの)を初めて使っている様子が書かれています。
石田さんなら、他に先駆けて真っ先に携帯を使っていろいろやっていたのかと思っていたのですが、圧倒的な読書量と、割とアナログな関係を大事にしていそうな石田さんなので逆に納得したりもしました。

まだSNSなども出てきていない頃なので、「メール」が携帯電話の主なやり取り、役割を担っていて、石田さんは《からっぽな携帯の世界》と書かれています。石田さんの興味を引くような携帯の時代には、まだ、なっていなかったのです。

この本を読んでいると、石田さんの興味は“英雄豪傑”のような人ではなく、市井の人々の暮らしぶり、街の様子などを肌で感じることであったことがよくわかりました。

石田さんの目に映った街の様子や、人々の暮らし、生活、生き方が石田さんの作品の重要な部分を占めていた頃なので、その頃の石田さんのアンテナがどういうところに張られていたのか、ということが理解できました。

2000年に入ったばかりの当時の空気を感じつつ読み終えました。
今日は古本屋を覗いて来ようと思っているので、石田さんの本も探してみようかと思っています。

 

2023/07/27

ビートルズ日本武道館公演 7月1日の映像を見ました。

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前々回のこのブログで弟から手渡されたビートルズ日本公演の映像のことを書きましたが、今回は実際に日テレで放映された7月1日公演の映像と、それに関連するファンの映像などを見ました。
長くなってしまうので、公演そのものについて書こうと思います。

ビートルズは前日、初日の公演時に、武道館では警備上の都合で、アリーナに人が入っていなかったので、それまでの色々な国での公演とは異なり、自分達の演奏している音がよく聞こえたらしく、ホテルに戻ってから自分達の演奏力が“かなり落ちている”と反省して練習した・・という話を聞いたことがあります。

前日とは異なる衣装で現れたこの日のビートルズの演奏は、たしかにスピード感、躍動感もあり、プレイ自体も滑らかになっていました。
ギターサウンドもちょっとオーバードライブが掛かっていて、ワイルドなサウンドになっています。この時点で、アルバム「リボルバー」のレコーディングを終えていますので、このサウンドこそがこの時点でのビートルズ・サウンドだったのだと思います。

キーも本来のキーで演奏していると思います。前日は“半音”下げて「大事をとった」という話を聞いたこともあります。

ジョンはギターもボーカルも堂々としていて、余裕あるステージングを見せています。

 

 

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ポールはいつも手抜きせず懸命に演奏していますが、この日は前日と違ってマイクスタンドがクルクル回ったりしないので、安心して力感あるプレイを見せてくれます。
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ジョージは、前日とは打って変わって、滑らかなギタープレイを披露し、間奏の時に踊るように回りながらプレイしたりしています。
「If I Needed Someone」のボーカルも前日よりはずっと良くなっていました。
さらに、「Nowhere Man」の間奏、最後のハーモニックスを前日は失敗してあわててやり直したりしていましたが、この日は見事に成功!(*^^*)
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リンゴも前日はムスッとしていたものの、この日は笑顔も見られました。
また、リズムキープ時のシンバル・レガートも前日よりも躍動感あるものになっていました。
「I Wanna Be Your Man」でボーカルを取ったときも、ブームスタンドマイクをきちっとセッティングして、前日とは打って変わっていいプレイとボーカルを聞かせてくれ、「Right !」と思わず叫ぶシーンも見られました。

ビートルズ側から前日にクレームのついた、「観客の様子があまり映されていない」「観客の歓声も含めた楽曲の録音になっていない」ということについてもクリアされていました。
館内客席にカメラを振る場面も多く、ステージ遠景からの映像も増えていました。
また、歓声も前日よりもよく入っていて、演奏がやや引っ込んでしまったのかもしれませんが、逆に臨場感があってよかったと思いました。

久しぶりに見た7月1日の武道館公演の映像、楽しめました。

 

2023/07/26

「百鬼園先生言行録/内田百閒・集成」を読みました。

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『百鬼園先生言行録/内田百閒・集成7(ちくま文庫)』を読みました。
ブックオフで見つけたもので、2003年発行となっていました。

内田百閒先生というと、今までにも何冊か先生の本を読みましたが、その奇行というか、奇人というか、全ての行動とたたずまいが実に「変」で「妙」な人でした。
この本にまとめられている「集成」も相変わらずの様相でした(^_^;)

でも、そのちょっと考えられない言動が、なんとも言えず魅力?ある人に見えてくるから不思議です。

“屁理屈”も天下一品だし、人には厳しく、自分には徹底的に甘いのも、この人の特徴です。

また、石炭ストーブの番をまかせられる場面が何度か出て来ましたが、百閒先生はむやみやたらと石炭を突っ込み、やがてストーブからは轟音がしてきて、煙突の中を炎が吹きあがるまでにしてしまいます。
これを学校に勤めているときにもやって、二階建ての校舎を這う煙突が全部炎で真っ赤になるまで石炭をくべ、火事寸前までにしてしまい、自分でやって自分で大慌てしています。

結婚式には呼ばれても返事を出さず、堂々遅刻して出席し、意味不明な祝辞を述べ、会場の人々をけむに巻きます。

その他、奇天烈な行動が次から次へと出て来ますが、もし百閒先生の奇行をちょっとでも覗いてみたい方がいたら読んでみてください。
こんな人が実際に存在したのだ、と驚くと思います。

わけがわからないうちに読み終えました。
釈然としない読後感も独特(^_^;)です。
でも、また読んじゃうかもしれない・・。

 

2023/07/25

昭和53年に日本テレビで放映された「ビートルズ日本武道館公演」の番組を見てみた。

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前回のこのブログで、このあいだ弟と会ったときに、昔のレコード会社の月報をもらった話を書きましたが、まだ手渡されたものがありました。
ビートルズ日本武道館公演関係の映像が二本でした。

きょう、そのひとつを見てみましたので少しその内容をお伝えしたいと思います。
昭和53年日本テレビで「たった一度の再放送 ビートルズ日本武道館公演(※実はその後何度も放送されている)」と銘打った番組が放送されたのですが、それそのものの映像でした。

英国側と交渉して、持ち帰ったビデオテープは来日時の1966年に放送されたものだと、この番組の中でも案内されていますが、実は来日時にお茶の間で日本国民が50%の視聴率で見ていた映像はこのテープではありませんでした。
知っての上で嘘をついていたのか、それとも気づかなかったのか・・。
昭和53年に放送されたのは、6月30日の公演のもので、実際に来日時に放送されたのは、7月1日の公演でした。彼等の衣装も異なります。

 

 

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久しぶりに6月30日の映像を見たのですが、最初のうちは、なんだか“もったり”した感じです。メンバーの演奏もイマイチどころか、エンジンが暖まっていない感じ。

全部で11曲演奏していますが、メンバーの演奏が良くなってきたのは6曲目の「I Feel Fine」あたりからでした。このことも全然覚えていませんでした。全部ダメだったような印象しか残っていなくて。

ジョージがギターをリッケンバッカーの12弦ギターに持ち替えて歌う「If I Needed Someone」では、単調な感じで歌うジョージのこの曲を盛り上げようと、ポールが飛び上がってベースを弾き、懸命な様子が見て取れました。これも記憶から削げ落ちていた。
さらにこの曲でポールとマイクを共有して歌っていたジョンが心配そうに張り切るポール越しにジョージを見ている姿も印象に残りました。

もうひとつ記憶違いがありました。
リンゴが「I Wanna Be Your Man」を歌うときに、マイクを両足の間に挟んで歌っていたように記憶していたのですが、よく見るとブームスタンドをハイハットの脇から水平に出してマイクを両足の間から立てるように上向きにし、リンゴは下を向いて歌っていたのでした。
でも、このスタンド位置では、ハイハットを叩くことが出来ないのです。不思議なセッティングでした。たぶん、リンゴがきちんと調整しているヒマなど無かったんだと思います。

それにしても、終始リンゴは“不機嫌”に見える(^_^;)

 

 

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その他の映像では、ビートルズがキャデラックに乗ってヒルトンホテルに入ってくる時に、昔ながらの酒屋のようなお店の前を通る映像があって、私も気になっていましたが、私の東京勤務時によく歩いていた国会議員会館脇の急坂を降りて現在のキャピトルホテル東急に向かう道に間違いないことが確認できました。
あの酒屋さん、長いことやっていたんだな、とあらためて思いました。

まだ手渡された映像はもう一本(2枚組)あるので、見たら、また報告しようと思います。
とりあえずは、昭和53年放映の6月30日公演の映像から簡単に報告いたしました。

 

2023/07/23

1968年~71年頃のレコード各社の月報が手元に

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休日に弟と会う機会があり、そのときに「実家の物置が取り壊されるときに見つけて確保しておいた」ということで、写真を掲載したレコード各社の「月報」と呼ばれるものを手渡されました。
小さな冊子のようなもので、レコード盤を買ったときなどにレジで袋に入れてくれていたものだったんじゃないかと思います。
それにしても珍しいものです。私の記憶の奥底にあったものが、一気によみがえりました。

内容は実に興味深く、面白い。
美川憲一さんが「柳ヶ瀬ブルース」のヒットの後はヒット曲に恵まれず、「巻頭手記」に“一発屋”と呼ばれないように次の曲に全力を尽くすというようなことを書いています。
このクラウンレコードの冊子にはサブちゃん(北島三郎)や、チータ(水前寺清子)なども看板として登場しています。

日本ビクターの冊子には、ドアーズのソフト・パレードという最新アルバムが表紙に。
ジャズでは、ケニー・ドーハムや、ジェリー・マリガンのアルバムのデラックス盤というものが紹介されています。
さらにジャクソン・ファイブが表紙になっているものもあり(1970)、マイケル・ジャクソンはとっても小さくて「ゆりかご」に乗っています。

コロンビアの冊子には、ひみつのアッコちゃんや、魔法使いサリー、オバQ音頭などのテレビまんがヒットシリーズの紹介もありました。
さらに、島倉千代子、ジュディ・オング、都はるみなどの“王道”歌謡の方々も載っています。

キングレコードでは、じゅん&ネネ、岡田可愛、ピンキーとキラーズ、梓みちよ、布施明、中村晃子などのヒット歌謡盤が目白押し(^_^)

グラモフォンの冊子には、カラヤンなどクラッシック多数、さらにビージーズ、ショッキング・ブルーなどの洋楽ポップスも。
ジャズでは、ベイシー楽団、ビル・エヴァンス、ジミー・スミスなどの大御所の盤も紹介されていました。

RCAは、クラッシック、映画音楽、カントリー&ウエスタンなどが。

テイチクレコードは浅丘ルリ子、月亭可朝、アイ・ジョージ、さらに三波春夫の「世界の国からこんにちは」が大きく掲載されています。
懐かしいところでは、「小山ルミ」さんが裏表紙に。

東芝は、フォーク・クルセダーズ、ドリフターズ、坂本九、水原弘など、けっこう大御所も掲載されていました。
また、カセットテープもアルバムとして紹介されています。ビートルズの「サージェント・ペパーズ・・」もありましたが、もしこれを現在所有していたらいったいいくらになるのか?!
また東芝は「プレーテープ」と称して、4曲入りのテープも販売しています。これは知らなかった。
レコード盤でいうEP盤というやつでしょうか。加山雄三/ランチャーズのものなどが当時500円で販売されています。けっこう高い気がする。
このプレーテープ用の再生機も販売されています。後のラジカセとはちょっと形が違います。
巻末には、「東芝ステレオボストン」の広告がありますが、当時テレビコマーシャルでは、ビートルズの映画「レット・イット・ビー」の一場面がそのまま使用されていたのを思い出します。
ポールの奥さん、リンダの娘がリンゴのドラムをボンッて叩いてリンゴが飛び上がるシーン、さらにレット・イット・ビーを4人が歌うシーンが使われていました。
これって・・許可取ってたのかね・・。

まだまだザっと見ただけなので、面白いことがいっぱい載っているようです。
楽しみに見てみます。

 

2023/07/22

「季語集/坪内稔典」を読みました。

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『季語集/坪内稔典著(岩波新書)』を読みました。
表題どおりの「季語」を集め、その謂れや、例句が掲載されているもので、またもやブックオフで100円は安かった。

私はほとんどテレビを見ませんが、TBSで放送されている「プレバト」は、俳句のコーナーが楽しみでよく見ます。
そこで、今まで知らなかった季語などを知り、そして興味を持ちました。

私は句を捻ったりはしませんが、でも季語を知ることは楽しい!

昔、大阪四天王寺の聖霊会(しょうりょうえ)では、お供えの造花に貝殻を付けた。その貝殻を住吉の浦に吹き寄せた風が『貝寄風(かいよせ)』と呼ばれ、幻想的で美しい言葉です。
春の季語となっていました。

そういえば、以前どこかの古い祠の中に貝が飾られていたのを見たことがあります。
これはいったい何だろうと思ったのですが、この季語の語源に関係あるものだったのかもしれません。

生活の中からの季語で、『おしまいやす』というのがありました。
京都言葉で、京都の年輩の人々が「おしまいやす」と声を掛け合っては、行き違う・・・「今晩は」にあたる言葉なのだそうです。
これは知らなかった。秋の季語となっています。晩秋の人恋しい気分などが頭に浮かびました。

お茶や珈琲でも飲みながら、この本をめくっていると、とても優しくてほっこりとした気分になりました。

これからも手元に置いて、時々パラパラと頁を繰ってみようと思います。

 

2023/07/20

「不要不急の男/土屋賢二」を読みました。

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『不要不急の男/土屋賢二著(文春文庫)』を読みました。
2021年発行となっていますので、ブックオフで購入したのですが、その割には新しい(^.^)

コロナ禍の中、いろいろあれこれ著者が考えたことも書かれていますが、“自粛”などお手の物とばかりに“あらゆる面倒くさいこと”を自粛して(^^;)気ままに、そして奥さんを必要以上に恐れ警戒し、生きている様子がよくわかりました。

土屋さんの本を読むと、「こいつは何、屁理屈言ってんだ」とあきれる人、「自分勝手、我儘にもほどがある」と怒る人、「そうやってブツブツ言いながら暮らしているのが一番」と共感を覚える人、「何を言っているのかさっぱりわからん」と投げ出す人、など(^_^;)いろいろでしょうが、私は「自由気ままに生きているようで、もっとも“生きずらい”人生を歩んでいるのだな」と半ば同情するような気持ちで読んでいます。

男同士だったらケンカにもならないと思いますが、・・いやいやホリエモンやひろゆき氏とケンカさせたら“完勝”するかもしれない土屋賢二さん、話が始まると捻りに捻って「到着点はここかいっ!」で終結する展開は誰にも真似出来るものではありませんでした。

文中のエピソードで気になったのは、「コロナ禍での専門家には不信感しかない」という発言。
そもそも専門家の間でも意見が真っ二つに分かれていたじゃないか、ということと、どんな分野でも結局そんなことじゃないかということも書かれていました。それもそうだな、と思いましたよ。

それからコロナ禍で、「必要だと思っていたものが不要だということも分かってきた」とも書かれていました。
冠婚葬祭、出張、社訓の唱和、社長訓示、親睦会・・などなど。
たしかに、かなり見直されたというか、今まではどんな気持ちで、どんな感じでそれらを過去行っていたのか・・などと私も思いました。

最後には、著者独自の論理論法を“こねくり回す”文に翻弄され、少し“文章酔い”しながら読了。あと五年くらいは読まなくていいや、と思いました。

 

2023/07/18

外山滋比古「乱読のセレンディピティ」を読みました。

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『乱読のセレンディピティ/外山滋比古著(扶桑社文庫)』を読みました。
2016年発行のものです。

タイトルにある「セレンディピティ」とは、《思いがけないことを発見する》という意味なのだそうです。
読書の達人である外山滋比古先生の本の読み方はどんなものだろうという興味で読んでみました。

読んでみると、割と最近私が読書するにあたって気をつけていることや、思っていることと一致することもありました。

本は“身ゼニを切って買う”ということが書かれていました。
自分で買って本を読むということは、それなりに“力を入れて”読むことになるというのは、外山先生と私も一緒です。
仮にその本が期待外れであっても、自分の責任です。そういう、なんていうか「意気込み」のようなものは読書に必要なんじゃないかと思います。

読む速度についても書かれていました。
音読するのがいい、だとか、音読するくらいの速度で読むのがいい、とか、いろいろ説はあるようです。
逆にほんの数十分で一冊を読んでしまう「速読」という技法もあるのですが。
結論として書かれていたのは、『風のように読む』^_^; というもので、ゆっくりと熟読、解読しながら読むということも専門書などにはあるかもしれませんが、ある程度の速度であまり“つっかかる”ようなこともなく読めるのが一番いいのかもしれない、と思いました。

また、タイトルにもあるように「乱読」も必要ではないか、ということも書かれていました。
これも賛成です。
いろいろなジャンル、タイプの本をどんどん読んでいくというのは、私も実感するのですが、なかなか良くて、生活にリズムも出てくるような気がします。
しかも何か心の充実感もあるように思います。
ノートを取ったり、メモしたりすることも時には良いと思いますが、私もやっていたことがありますが、せっかく“乗って”きた読書のリズムが中断してしまうことがありました。
出来ればメモなど取らずに、軽々とリズムに乗って読んでいくのがいいんじゃないか、と思います。

それと、<歩く>ということがいいと思います。
散策している時にいろいろと本に書かれていたことが頭の中を巡り、自分の中で色々考えたりすることが出来るのです。そうすると、あまりメモの必要性も感じないのです。

読書好きの私には、興味深く、同感することも多い本でした。
参考になりました。

 

2023/07/17

「しみじみ・くすくす 小沢昭一的こころ」を読みました。

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『しみじみ・くすくす 小沢昭一的こころ/小沢昭一・宮腰太郎著(新潮文庫)』という本を読みました。
平成5年発行となっております、古い本ですがブックオフで見つけました。

「小沢昭一的こころ」といえば、TBSラジオの名物番組でもありました。
毎日、夕方のわずかな時間でしたが、小沢さんの“語り口”は誰にもマネの出来ないものでその時間に聞くことが出来ればよく聞いていました。
週ごとにテーマが決まっていて、それについて語る小沢さんの名調子、なんだか面白かった。

この本でも、歯医者さん、コンタクトレンズ、トラバーユ、霜やけ、ストッキングなどについて考察していますが、相変わらずの男と女のあやしい話や、お父さんの情けない話、奥様の豪快な様子、などなどお馴染みの展開に、「そうくるだろうな」と思ってはいるものの、でも面白いという・・^_^;・・落語みたいな感じ。

今まではあまり感じなかったのですが、コンプライアンスの厳しき昨今、もうこんな放送は出来ないな・・という感覚を初めて感じました。
ほんとうは、大したことじゃないのに、今はとても“センシティブ”な雰囲気が横溢で、何を言っていいのか、悪いのかが、もう私にはよくわからなくなってきました。

でも、ちょっと感じているのは、弱い立場の人にはあまり気を使っていないな、ということです。
強い人にはとても神経をつかっているのに。

これが今の世の中の雰囲気で、言いたいことがあるのに言えないような妙な空気があると・・思いませんか。自由である世の中なのに。

小沢さんが生きて「小沢昭一的こころ」を続けていらしたら、どんな話題を取り上げ、どんなふうに語るのか、とても興味があります。
ほんとに言いたいことをうまく皮肉を込めて、しかも強い立場の人達が思わず苦笑いするような話し方をしてくれたんじゃないかと思うのです。

そういう人、今はいないかもしれないです。

 

2023/07/14

「ショージ君のほっと一息」を読んだ。

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『ショージ君のほっと一息/東海林さだお著(文春文庫)』という本を読みました。
例によって古本で見つけたのですが、『オール読物』に昭和51年から52年に渡って掲載された「ショージ君の日本拝見」を文庫化したものです。

文庫化された時点で1981年となっています。40年を優に超えています。だから東海林さんも若い、40代で、小学生の娘さんと出かけたりするシーンも出てきたりしていました。

40年も前に書かれたものですが、その当時の世相が見えていました。
都内私立中学御三家といわれる学校の受験シーンを観察していましたが、両親や塾の先生達が受験校の校門で激励する様子、子供達の淡々とした様子、今もそんな状況は変わっていないのかもしれません。

また、「松茸」取りにガイドと一緒に山に入り(※当時の費用は1万5千円)、松茸ざんまい目指して奮闘するのですが、40年前でも松茸はすでに貴重なものであり、庶民はなかなか口にできないものであったことに、あらためて驚きました。その頃はもっとたくさん取れていたんじゃないかと思っていたのです。

観光ツアーを利用して房総半島の旅に出たりもしています。
でも、それも今とあまり変わっていないような感じです。ホテル・旅館の様子もバス内でのガイドさんとお客さんの様子も。

むしろあの頃の方が人々は貪欲で、あちこちに出かけて行ったり、男女関係にも積極的であったり、様々なことを知ろうとする意欲もあったように、あらためて感じました。

あの頃と全く変わってしまったことは、携帯電話・スマートフォンがほぼ国民全員の手にあることでしょうか。
情報は入るし、人との繋がりも多くなったのに、どうでしょう、あまり人は活動的でなく、いつも携帯を見ながら歩き、そのせいで身体を前に屈め、どうみても、人も世間も活発な印象が無くなりました。

そんなことを思いつつ、この本を読んだのでした。
色々思い出したこともあり、懐かしい感じで読了いたしました。

 

2023/07/13

マイナンバーカード返納する人が増えてわかったこと

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マイナンバーカード、及びマイナンバーシステムについて毎日のようにトラブル、事故、不具合、事件と呼べるようなものまでが報道され、それに連れてカードの返納が報じられています。その数、報道されているものだけでも47万件とのこと。

そんな中で気づいたことがありました。

Twitterでは、返納した事例の紹介や、返納した人のツイートに対して、誹謗、脅し、嘲笑などのコメント、返信がかなりの数見受けられました。誰に言われてやっているのか、誰からお金をもらってやっているのかわかりませんが。

カードの取得は任意であり、いったん取得しても返納するのは個人の自由です。
だから返納届も用意されていて(※住所異動時や戸籍届出に伴い券面に記載する欄が溢れた時もいったん返納して、必要あれば再度取得の申請をするという・・なんとも不始末な運用に伴う返納もあることは知っています)、ただ返納しているだけなのに、ラサール石井さんなどの有名人に対しても、同じ芸能人から非難のコメントがなされたりしているのを見て、まったく正当で自由な行為への攻撃は怖ろしく、しかも卑怯なことだと感じました。
芸能人だけでなく、一般の人にも攻撃の手は止みません。

その際にテンプレートのように“捨て台詞”みたいに同様の言葉が吐きかけられていることに気づきました。

「カードを返しても、マイナンバーシステムは存在して、お前はもうマイナンバーシステム無しには社会生活は出来ないのだ。カードを返してしまって、その不便に後悔するぞ」

というのです。

でもねえ、そんなこと皆んな知っているんですよ。
全員にマイナンバーが振られているのは、当初通知カードが送られてきてとっくにわかっています。だからシステム上に自分が登録されていることも誰もが知っているのです。
誹謗している人達がむしろうっかり忘れているとか、知らないとか・・カッコ悪いことになっているのじゃないかと思いました。

でね、“語るに落ちる”とはこのことだと思いました。
だって、もう番号は振られているなら、カードが無くてもマイナンバーシステムと、他の紐づけされようとしているシステム同士で紐づけ出来ちゃうんじゃないの、と思ったのです。

要するにカード自体、最初からいらないじゃないの、と。

カードが必要なのは、マイナンバーが始まった当初の「運転免許証などを持っていなくて、写真付きの公の機関が発行した証明書の無い人はマイナンバーカードを作っておくと良いですよ」というやわらかいアナウンスがされていましたが、そんな目的で作るくらいじゃないでしょうか。

そしてそれを立証するニュース動画を見ました。

ほとんどの人が注目していないのでがっかりですが、立憲民主党が厚労省とのマイナンバーカードについてのヒアリングのやり取りです。これは誰でも見ることが出来ます。

長妻議員が、「まだ保険証と紐づけ作業をしていないカードでも、マイナポータルから入ってみると、すでに《保険証等とは紐づけされていて》( ゚Д゚)・・・自分の医療情報が全て見られるようになっています。紐づけが誤っていると他人のものが見えてしまうが、それへのセキュリティー対策はどうなっていますか?」

という質問をしていて、さらに驚くことに厚労省の課長の答弁は

「それは既に承知しています。今後、この事象に対するセキュリティー対策を進めたいと思います。」と答えているのです。

・・・(;゚Д゚)・・・ってことは、もう保険証とマイナンバーの紐づけは、カードが有ろうが、無かろうが、カードとの紐づけをしていようが、いなかろうが、もう終わっているということです。

だからね ^_^; 実際は保険証さえあれば、首相、総務省、厚労省やデジタル大臣が言っている「よりよい医療」と言っていることは実現できちゃっているんですよ。驚きですっ!
保険証をお医者さんの窓口に持っていくだけでいいのです。

ただ、たぶん医療側のシステムはまだ全ての患者さんのデータ等がうまく見られるように整備されているとは思えませんが・・。

じゃ、なんでカードを作って、紐づけろ、保険証廃止しちゃうぞと言っているかというと、これはもうカードを作ることでの利権が一番大きな理由なんじゃないでしょうか。

カードを作ることが余程の利権、利益、天下り先を生むのでしょう。

それと、個々人の口座番号はなかなか把握できないので、国民に自分でやらせて口座を把握したい・・というのも大きな理由だと思います。口座を押さえちゃえば「こっちのものだ」とほくそ笑んでいるのだと思いますよ。

それにしても、そのお先棒を担いでいる誹謗、中傷、恫喝、嘲笑ツイートをしている人達、・・あんた達も“トカゲの尻尾”だよ、と伝えたいです。

ええと、まだまだ奥には色々な理由が存在していることは容易に考えられ、書こうと思えば書けますが、それについてはまた後日にします。
大長編になってしまうので。
それではまた。

 

2023/07/11

【復刻版】Modern Jazz喫茶『 頑 固 堂 』⇒《Someday My Prince Will Come / 1961》 Miles Davis

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十数年前に作っていたホームページ“Modern Jazz喫茶『 頑 固 堂 』”のブログ版復刻です。
取り上げているのは、マイルス・デイビスのアルバム、「Someday My Prince Will Comet(いつか王子さまが)」です。
今回、再度聴き直して一部文言等を追加・修正いたしました。

Miles Davis/tp
Hank Mobley/ts
Wynton Kelly/p
Paul Chambers/b
Jimmy Cobb/ds
John Coltrane/ts

①Someday My Prince Will Come
②Old Folks
③Pfrancing
④Drad-Dog
⑤Teo
⑥I Thought About You

マイルスには、それこそ「名盤」と呼ばれる作品が数多くあるのだけれども、マイルスの、どのアルバムを一番聞くのかと問われれば、実のところ「カインド・オブ・ブルー」でも「ビッチェズ・ブリュー」でもなく、さりとて「フォア・アンド・モア」でもないのです。
この邦題「いつか王子さまが」あたりが一番聞いているアルバムかもしれません。
いい曲が多いうえに、演奏もいいし、聞きやすい。
アルバムの邦題は、ちょっと恥ずかしい感じもするが、名演ぞろいの、まさにお気に入りアルバムと言えます。

 

 

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一曲目のタイトル曲は、ピアノのウイントンも、テナーのコルトレーンも素晴らしい充実度で聞かせてくれます。
これを聞かずしてジャズ・ファンは死ねません(・・大袈裟(^_^;)
マイルスのトランペットってどんな感じ?と聞かれたらこの曲を紹介しちゃうと思います。
ミュートの具合も実に絶妙。

二曲目のバラードも痺れっぱなしだし、三曲目のブルースはマイルスのミュートが渋くきまります。
四曲目のバラードも静かな進行とマイルスの高音の効いたプレイが良い。

他にも聞き物は五曲目の「Teo」、これは何度聞いてもいい!
スパニッシュ・タッチのこの曲は、まるで「スケッチ・オブ・スペイン」を彷彿とさせます。
マイルスのいいところ“全部出し”って感じです。
コルトレーンも気合い入ってます。

六曲目のバラードもマイルスのトランペットが深く染み渡るように鳴り、この味わいは格別です。

このアルバムは、聞きやすいのに、真剣度満点の充実アルバムです。

 

「予約一名、角野卓造でございます。【京都編】」を読みました。

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『予約一名、角野卓造でございます。【京都編】/角野卓造著(京阪神エルマガジン社)』を読みました。

うわさには聞いていましたが、俳優の角野卓造さんの居酒屋や割烹などの料理とお酒、さらに町中華や食堂、蕎麦屋などの京都での“行きつけ”の多さ、さらに店主との仲の良さ、絶妙の京都という町との「溶け込み具合」・・驚きました。

この本は古本として買ったのですが、2017年初版発行となっていて、京都の情報としてもまだ使える感じです。

 

 

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角野さんは、年間で60日間は京都にいて、この本で紹介されているお店などを堪能しているようです。
“人生の仕上げ的”に様々なお店と料理とお酒を楽しむ角野さん、実にいい感じで暮らしていらっしゃいます。・・うらやましいです。

どの料理に対しても、お酒に対しても、お店の方達に対しても、角野さんの愛情あふれる接し方に、これは見習いたい、と思いました。

また、この本には途中で二回、私が「居酒屋の師匠」と仰ぐ太田和彦さんとの対談もあり、巨匠お二人の話は実に面白かった。

京都は行けそうでなかなか行けない所となっておりますので、ぜひとも出掛けたいと、思いを新たにしたところです。

 

2023/07/09

「寝ても醒めてもタカラヅカ!!/牧彩子」を読みました。

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『寝ても醒めてもタカラヅカ!!/牧彩子(著・絵)(平凡社)』を読みました。
2018年発行のものをブックオフで発見、安価にて手に入れました。

著者の牧彩子さんについては、宝塚関連本の挿絵・イラストでよく拝見していたので、表紙を見てすぐに「あっ、この人は文も書いちゃうのね」と思い、即購入!

イラストや何コマかの漫画まじりに書かれていたその“タカラヅカ愛”溢れる文には、私も“タカラヅカ愛”に溺れているので(^^;)『大共感』いたしました。
宝塚ファンってものは、こういうものだと自覚を込めて感嘆した次第です。

最初に誰かに連れて行かれて(そのときがメッチャ大事!)、今まで見たこともない世界に「これだっ!」と思えたらあとはもう無我夢中で宝塚にのめり込む・・これが多くのファンが辿った道なのではないかと思います。

牧さんが初めて見た宝塚は月組の『花の宝塚風土記/シニョール・ドン・ファン(トップスター:紫吹淳さん)』だったとのこと。
「なっ、なんじゃこりゃあ~!!!」と大きなショックを受けたようですが、私もご多分に漏れず同様な初体験をしました。

この本は、初心者にとってもたいへん親切なもので、宝塚の歴史から上演される劇場の詳しい案内、現在五組ある各組の様子や、歌劇団全体の構成、裏方さんの話、芝居、ミュージカル、レビュー、ショーなど、どういうものがあるか、衣装や舞台装置、お友達の宝塚ファンの宝塚への“入れ込み具合”をその人ごとに事細かく紹介してくれたり、・・・いやもう「至れり尽くせり」のパーフェクトな本でした。

しかもこの牧さんは全然威張っていない!偉そうにしない!
「それが大事だよねー」と深く感動いたしました。この人、いい人です。最高っ!

牧さん、「究極の幸せ自慢」として、花組「エリザベート」で一階二列25番という奇跡のチケットを入手できたので、大好きなルキーニ役の望海風斗(のぞみ・ふうと)さんが劇中お客さんを銀橋(客席に張り出したエプロンステージ)から“イジる”場面のため、ボーダーのルキーニと同じ衣装で着席しているという勝負に出ました。

そしたら望海さんが「俺と同じボーダーのねえちゃんがいるじゃねーか!!!」と見事に拾ってくれて(*^^*)小道具のカメラで「鳩が出ますよ」の名セリフとともに撮影ポーズをさせてくれた・・という・・もうファンだったら「死んでもいい」ような(^-^;幸せな経験をしています。

ついでだから私も「幸せ自慢」しちゃいます。
月組・本場宝塚大劇場での二度目の「ミー・アンド・マイ・ガール」前方のいい席で見ることができたのですが、一幕ラストのランベス・ウォークのシーン、皆が客席に降りてきて踊り出す観客席熱狂の時に娘役スターの「朝凪 鈴(あななぎ・りん)」さんが貴族のお嬢様の衣装で私のところにやってきて手を取り、立ち上がらせて一緒にランベス・ウォークを踊って!と・・もう夢のようで、心臓がダメになるかと思いました。

さらに私が観劇後に喫茶店で先ほどの夢のような出来事を振り返り、酔いしれていると、あの朝凪さん入店っ!!
お茶されたあと、お帰りになられるとき、こちらのテーブルにすれ違いざま、「お先に」・・(T_T)というもったいないお言葉。

もう死んでもいい出来事でしょう(#^.^#)

というわけで、この「寝ても醒めてもタカラヅカ!!」とても楽しく読ませていただきました。
宝塚ファンにも、これから見ようという人にもおすすめのベストな本でした。

 

2023/07/08

「河童が覗いたトイレまんだら」を読んだ。

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『河童が覗いたトイレまんだら/妹尾河童(文春文庫)』という本を、これまたブックオフで見つけて読んで(見)みました。

1990年の単行本で、その文庫化、かなり古いです。
登場される方でお亡くなりになっている方もけっこういました。

妹尾河童さんがこの本では、いろいろな有名人のトイレを見せてもらい、それを事細かに描写しているのです。
テーマが「トイレ」とは!と驚きました。
特に女優さんなどは断ってくるんじゃないかと思ったのですが、意外とあっさり取材OKの方が多かったようです。

トイレをひとつの部屋のようにして、自分好みのインテリア・スタイルが素晴らしい人がいたり、本棚があったり、書き物が出来る用意がしてあったりの書斎の一部的な使い方をしている人もいました。

また、自分の家の自分用に考えたトイレでないと用を足せない・・という人もいて、出来れば遠出の出張があっても帰宅してから用を足すなんて人もいました。

けっこう「自分にとってのトイレとは」と語り出す人も多かった。

トイレを見せてもらうことで、色々なものが見えてくることに驚きました。

我が家のトイレは、とあらためて見てみても、全然ふつうだなぁ(^_^;)と思いました。
この本に出てきた人のように長時間籠ることもないし・・。

でも、不思議なことに小さい頃からの記憶を辿ると、親戚や色々なところに出かけて行った記憶の中に、明らかにトイレの印象が強く残っています。
家の中がどうだったか覚えていなくても、トイレについてはハッキリとした記憶があるのです。
やはり、トイレには何か独特の主張のようなものがあるのかもしれません。

400頁を越えるボリュームでしたが、面白く読みました。

 

2023/07/05

「造形あそび4人展」に出かけた。

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『造形あそび4人展・街角ギャラリーどち』に妻と出かけました。
場所は千葉市中央区汐見丘町16-13タリアセン汐見1Fにある「ギャラリーどち」です。

この企画展示に参加している南隆一先生は私の中学時代の担任で美術の先生。
何年か前におしえていただいてからは、毎年出かけています。

南先生の展示も最近はモーターを使って作品が回転したりしていて(^.^)いつもその“アグレッシブさ”に驚きます。今回はガラス絵についても四角に切ったりする以外にスパっと鋭角的に切ったものがあったりして、“進化”は止まりません。

 

 

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あれっ?!と気になったのは、実際に使われた“ちびた鉛筆”を並べて展示されていたもの。
ほんとうにめっちゃ短いのですが、使い込まれた感じと、ナイフできれいに削られた先端がなんだか面白く、見入っちゃいました。
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その他、材料不明?!?!というか奇想天外というか、不思議なオブジェと絵画が混在しているような作品、これも面白い(^_^)
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私たちが出かけたのは、初日の人が集まり始めたところで、大勢の人でにぎわっていました。
南先生のあいかわらずのお元気な様子にもホッとしました。
最近、ガラスを切っているときに怪我をされたり、ちょっと体調をくずされたりしたのを耳にしていたので心配していたのです。
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毎年、この「造形あそび展」にくると新鮮な驚きと、作者の方々の意欲を感じ、こちらもエネルギーを充填できるような気がしています。
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来てよかった(#^.^#)
7月8日(土)まで、11:00~17:00(※最終日は16:00まで)開催されています。

2023/07/03

「十二人の手紙/井上ひさし」を読みました。

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『十二人の手紙/井上ひさし著(中公文庫)』を読みました。
1978年に刊行されたものの文庫化です。
なので、今の時代には考えられない親子関係や男女関係、師弟関係、社会的な関係も背景に見え隠れしていましたが、それはそれ、その当時はそうだったのだと読み進みました。

十二人それぞれの物語が“行き来する”手紙形式で書かれていて、手紙自体が小説になっているのでした。

最初っから驚いたのは、読者である私もひとつの「手紙」として一通一通読んでいくわけですが、まさかその手紙に書かれていることがまるで嘘だったり、行ったり来たりのものだと思っていると、実は一人で双方向の手紙が書かれていたり、中には手紙ではなくて、申請書・届書の書式に書かれた提出物のみで人間ひとりの一生、人生が書かれていたり、私のようなすぐに人を信じ込んでしまうタイプの者には、十二ある物語の最後の方になってくると、「どこで騙しているんだろう」と疑心暗鬼になり、手紙を書いてる相手は架空の人物なんじゃないか・・などと頭の中が混乱し、心の中が不安でいっぱいになったのでした。

読んでいると、次はどうなってしまうんだろう・・と、いったん頁を閉じたりしつつ、でも気になって続きを読んだり・・^_^;・・結局最後まで読んじゃいました。

結果は・・面白かったです。でもちょっと身体に悪かった・・(^_^;)

 

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