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2024/01/31

向田邦子さんの妹、和子さんがまとめた「向田邦子の恋文」を読みました。

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『向田邦子の恋文/向田和子(新潮社)』という本を古本で見つけ、読んでみました。

これは飛行機事故で亡くなった向田邦子さんの妹、和子さんがまとめた本なのですが、第一部と第二部に分かれていて、一部は亡くなられた邦子さんのマンションを整理していたときに見つけた茶封筒(和子さんの上のお姉さん「迪子」さんが発見した)が、何やら“わけあり”で、死後二十年間、封を開けられずにいたものを開け、それを活字化したものです。

茶封筒の中に入っていたのは、N氏というカメラマンに宛てた邦子さんの手紙五通、電報一通、N氏から邦子さんへの手紙三通、N氏の日記(大学ノート一冊)、N氏の手帳二冊でした。

そこには、向田邦子さんとN氏の日々日常のやり取りが書かれていました。
二人はある意味枯れたような大人の関係であるかのような文のやり取りをしていますが、向田さんが“ありのままの自分”をさらけ出している感があります。

甘えたり、ちょっと拗ねてみせたり、愚痴をこぼしたり、細やかな心遣いを見せたり、そしてユーモアもまじえてのやり取りが、まさにそのままの状態で書かれていました。

驚くことにN氏の日記、最後に書いた翌日にN氏は亡くなっています。
後半、妹の和子さんが書いている部分で、それはN氏自ら命を絶ったのだと知り、さらに驚きました。

また、今から思い起こせばと和子さんが書かれていた、“K氏が亡くなったことを知った直後”であろう向田さんが一度も見せたことのない茫然自失とした様子なども書かれていました。

この本からは、第一部の方では、向田さんのひとりの女性として生きている姿が描かれ、初めて知ったその姿に作家、脚本家としての姿以外のものを目の当たりにしました。
ある意味とっても衝撃的。

そして、第二部では和子さんはじめ、向田さんが亡くなられたあとのお母さんを含めた家族の様子、さらに家族が大好きだった向田さん、自分を粉にしてでも母を助け、父の面目を思い、兄弟・姉妹を身をもって支えていた姿が感じられました。

今まで読んだ向田邦子さん関係の本で、一番衝撃が走った本でした。
たいせつにして、またいつか頁をめくってみたいと思います。

 

2024/01/30

ホキ美術館の「第5回 私の代表作展」を見て来ました。

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先週、妻と千葉市緑区にある《現代日本の写実絵画》で有名なホキ美術館に出掛けました。

『第5回 私の代表作展 -2023.11.23~2024.5.12-』という企画展を見るのが目的です。

ホキ美術館では、館を代表する作家による描きおろしの大作を3年に一度、「私の代表作」として、ギャラリー8という館内唯一の黒い床・壁・天井の部屋で、ひとり6メートルに区切られた空間に展示しています。

 

 

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今回、たまたま知ったのですが、大畑稔浩さんという作家が「出雲風景-日御碕灯台」という名の作品を出していて、とても気になったのです。

出雲、日御碕は昨年私と妻が行って来たばかりのところ。
出雲も、日御碕も単に風景が素晴らしいというだけでなく、何か“神がかり”というか、私たちただの人には何だか正体のわからない、不思議な「気」のようなものを感じました。

その日御碕を描いた作品で、しかも大作というので、とても楽しみにしていましたが、期待どおりの作品でした。

横長で、あの日御碕の独特の海の色、白亜の灯台の美しさ、断崖の様子などが見事に描かれていて、その絵の前でずっと長時間見とれていました。

もちろん写真は撮れないので、その絵はご紹介できませんが、「日御碕灯台」以外にも、素晴らしい作品ばかりでした。

二時間ほどいましたが、とてもよい時間を過ごすことができました。
代表作展以外の作品も息をのむような、人物などは呼吸をしているのではないかと思うような絵が待ち構えています。

千葉市緑区あすみが丘にあるこの美術館、まだ未経験の方、ぜひ一度ご経験いただきたいです。

 

2024/01/28

「龍を呑んだ写真家の 奇跡の写真/秋元隆良」を読み(見)ました。

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『龍を呑んだ写真家の 奇跡の写真/秋元隆良著(マキノ出版)』という作品に出会いました。

著者(写真家)は、友達から「駐車場に変なものがいるから撮影してくれないか」と頼まれ、実際に行ってみると水たまりの中で泡を立てたり、回転したり、クネクネと水を広げたり、水しぶきをあげたりしている小さな生き物がいたという・・・。

それを撮影し、近づいて地面に這って撮影していると口の中に何かが飛び出して入ってしまった。
それが「龍」だっというのです。

それ以後、この本に掲載されている龍のような雲が写真に撮れたり、実に不思議な写真がどんどん撮れて、しかもその写真を手にした人たちに幸運が訪れるという展開となり、信じられないけど、その写真をこの写真集で見せられたら・・本当なんだろうな・・と思うしかないような、そんなすごい写真ばかりが載っていました。

富士山の写真にも、『御神渡り富士』という山中湖の湖水が氷の膨張と収縮の繰り返しにより氷が舞い踊るようになった湖とその背後に霊峰富士というすごいものもありました。

驚いたのは出雲の神在月に、稲佐の浜(日本中から神々がやってきて上陸する浜)の弁天島を撮った写真には、白い物体が現れていて、「これは神様が大挙してやってきた」様子じゃないかというくらいの不思議かつ迫力のあるものでした。それが刻々と変化する様子が何枚も撮られているのです。

私も昨年の神在月に稲佐の浜に行きましたが、波と共に何か正体のわからない勢いのある「気」のようなものを感じました。
それがこれだったのか!と驚くばかり。

奇跡のような写真ばかりで驚きました。

実は、中学時代の友人が久しぶりに我が家を訪ねて来てくれて、二人して話をしていた時にこの写真家の話が友人から出たのです。
その話を妻にしたら、「その写真家の本、たぶん私持っているよ」となり( ゚Д゚)、あまりの偶然でしたが、こうして読んで、見て、ということになったのでした。

友と、そして写真家とのいい出会いになりました。

 

2024/01/27

「ビートルズ アメリカ盤のすべて」という本を見つけ、読んでみました。

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『ビートルズ アメリカ盤のすべて/中山康樹・小川隆夫著 (集英社インターナショナル)』という古本を見つけ、読んでみました。

発行は2004年、二十年ほど前のもので、あのアメリカのキャピトル盤がCDで4枚一組の箱入りで発売された頃の本だと思います。
そして、著者の中山康樹氏、小川隆夫氏ともに著書としてはジャズ関係のものが多く、中山さんに至っては、元スウィング・ジャーナルの編集長だった方ではないかと思います。
そんなジャズ関係を主に仕事をされていたお二方が書いたビートルズ本、けっこう深いところまで書かれていて、単なるビートルズ・ファンを超えた深い内容となっておりました。

中山さんはこの他にもビートルズ本を何冊か出されていました(このブログでも何冊かご紹介いたしました)が、2015年に亡くなられています。

私が自分でビートルズのレコードを買い、夢中になって聞き始めた頃には、既にビートルズは解散していて、当時の日本で売られているビートルズ・レコード盤の状況は、かなりややこしいものでした。

英国のオリジナル盤に準拠したもののほか、日本独自編集盤(「ステレオこれがビートルズ」なんてタイトルのものもありましたし、ジャケットだけ異なるもの、アメリカ盤と同じジャケットなのに別の曲目となっているものなど)、そして今回取り上げている本で色々細々と探求されているアメリカ盤が日本の東芝音楽工業からも売られていたので、どれがどの時期のレコードかもわかりずらく、特にアメリカ盤は英国では同じアルバムに入っている曲が別のアルバムに分割されて入っていたりして、何がなんだかビートルズ初心者には訳が分からないのでした。

ビートルズのアメリカ盤は、当初大手キャピトルが発売を渋っていたことから、ビィー・ジェイという中小メーカーから「イントロデューシング・ザ・ビートルズ」というアルバムが出ることになりました。

その影響からこのヴィー・ジェイのアルバムと曲目がダブらないようにアメリカでのキャピトル・デビュー盤が出た関係で英国とは曲目、曲数がかなり異なることになったのがアメリカ盤でした。

私も印税節約や、アルバムの曲数を減らして残した曲やシングル曲などを集めてもうひとつアルバムを作ってしまうやり方を後で知って「なんだい、それ?!儲け主義なんじゃないの」などとずっと思っていたのでした。

しかし、冒頭で書いたボックス入りのキャピトル盤CDが出ることとなり、実際に聞いてみると、「ミート・ザ・ビートルズ」や「セカンド・アルバム」などというキャピトル独自盤をその曲目・曲順で聞いていくと「ミート・ザ・ビートルズ」は、オリジナル中心の英国バンド、なかなかやるな!という感じになっています。

そして「セカンド・アルバム」にしても、通して聞いてみると、R&B寄りのロックを歌い、演奏する四人組バンドというイメージが強くなります。

だから、粗製乱造かと私が思っていたキャピトル盤は、意外やアメリカ人の心を捉えていたんじゃないかと、聞いてみて初めて気づいたのでした。

「ハード・デイズ・ナイト」や「ヘルプ」などの映画サントラ盤は、アメリカ盤の方がむしろ本来のサントラ盤として作られていたりします。
英国盤はビートルズのサントラというよりも、オリジナル盤のイメージが強い。

そして、なんといっても傑作なのは「マジカル・ミステリー・ツアー」がキャピトルが編集したアルバムなのに、実に堂々として“オリジナル盤然”として優秀なものになっているのです。ついには、英国も正式にオリジナル・アルバムとすることになりました。

さらにボックス化され発売されたCDからも、以前のレコード盤からもキャピトル盤で感じたのは、特に初期のビートルズの力強さが顕著に感じられることです。

私はビートルズのアルバムを iPad や iPhone に全部入れてランダムに聞いたりするのですが、キャピトル盤の曲が掛かったときにはすぐにわかります。
特にロックンロールが力強く、迫力があって“一聴瞭然”です(※ノイズなどはほとんど除去されていなく、雑な感じだけど・・それでいいという感じ)。

というわけで、アメリカ盤ビートルズの魅力や秘密について著者のお二人がたっぷりエピソード混じりに語り、書いた本となっていました。
とても面白く、ビートルズ・ファンにはうれしい本でした。

 

2024/01/24

「ねじめ正一の商店街本気グルメ」を読みました。

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『ねじめ正一の商店街本気グルメ/ねじめ正一著(廣済堂新書)』という古本を見つけ、読んでみました。
「我、食に本気なり(2009年小学館刊)」に加筆・修正をし、2015年に刊行されたものです。

ねじめさんといえば、阿佐谷の商店街で「ねじめ民芸店」を営むかたわら(奥さんが多くを担っているらしいが)、詩人、作家として活躍されているという予備知識があります。
それに直木賞を「高円寺純情商店街」で受賞したことも。

この本を読んでみると、阿佐谷の前には、高円寺で親が乾物屋をやっていて、それがねじめさんの子供時代、親やご近所の人たち、いろいろな家庭料理、さらに近所のお店で買った食べ物、おつかいに行ったときに買った食材などの思い出となっていることがわかりました。

これが玉子焼き、寒天、油揚げ、さつま揚げ、チャーハン、ラーメン、カレーライス、お餅、お汁粉などの話題につながっていて、特にねじめさんと同時代を子供として過ごした年代の人達は“なつかしい”気持ちでいっぱいになるようなエピソードばかりでした。

おしるこの話題のときに出てきたいい話。

ねじめさんは、おしることいえば、正月に木槌で割った鏡餅が入り、割れた餅を水につけてふやかし、おしるこの鍋に入れる。
しばらく煮ると餅はやわらかくなり、外側が溶けかかってずるずるどろどろになって、それがおしること一体化して旨いのだ!などとおばあちゃんがつくってくれた思い出を語っています。
父親は餅を焼いてうっすら焦げ目がついているのを入れていたが、自分はおばあちゃんのどろどろの餅の方がよかったと書かれています。

そして話題は、ねじめさん三十歳のとき。
自分の詩はこんなことじゃ駄目だと、詩の教室に通い、詩人鈴木志郎康(すずき・しろうやす)さんを師匠として教わるのですが、民芸品店のライトバンで通い、帰りに師匠の鈴木さんを自宅まで送ることになります。

そこで「まあ、ちょっと上がっていきなさい」となり、師匠は『懐中じるこ』という最中(もなか)のような丸いものの中に汁粉の素が入っていて、お湯をそそぐとさらさらしてちょっと頼りない感じもするが、食べてみれば、あっさりして美味しい(*^^*)ということで、すっかりねじめさん、そのおしるこが好きになっちゃいます。

ある日、「もう私のところに通わないで自分でやりなさい、卒業した方がいいよ」との師匠からのお言葉。
そこからは自力で頑張るのですが、すっかり音沙汰もなくなり、やがてねじめさんが直木賞を受賞すると、師匠からお祝いが!

開けてみると、毎週ご馳走になっていたあの「懐中じるこ」のセットだったそう(#^.^#)

ふだんは泣かない男のねじめさん、毎週師匠の家に押しかけた日々が懐かしく、ありがたく、涙にくれた・・。
という、いいお話しが書かれていました。ほんと、いい話(*^-^*)

読んでも、読んでも、おいしそうで、なつかしい、そしてどこの家にもあった安い食べ物たちが登場して、実におもしろい本でした。

 

2024/01/22

ウディ・アレンの映画「サン・セバスチャンへ、ようこそ」を見ました。

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映画『サン・セバスチャンへ、ようこそ(Rifkin's Festival)/2020年 スペイン・アメリカ・イタリア 脚本・監督:ウディ・アレン 出演:ウォーレス・ショーン、ジーナ・ガーション、ルイ・ガレル、エレナ・アナヤ、セルジ・ロペス』を見てまいりました。

主人公は大学で映画を教えていて、今は人生初の小説執筆に取り組んでいる男。
その妻は映画の広報担当で、この映画の舞台となっているサン・セバスチャン映画祭に参加。夫の主人公もこのリゾート地で開かれている映画祭に同行。

広報をやっている主人公の妻はけっこう美人で、今回映画祭に参加している映画監督と広報担当としてくっついているのだが、どうやら二人が浮気していることが主人公にはわかってくる。

で、主人公は体調を悪くし、紹介されたクリニックに行くとそこには美人のお医者さんが・・。ここでも二人がなんだか恋の一歩手前まで進行していくという・・ちょっとヒネたお話しに。

主人公はそんな中、何度も昼も夜も、摩訶不思議なモノクロームの夢を垣間見るようになってきて、その夢はゴダールの映画などのかつての名画をオマージュしたようなもので、ウディ・アレンらしい実にマニアックなつくりとなっておりました。

 

 

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なんていうんだろう、何か劇的に物語が展開するでもなく、誰かの悩みが中心となってストーリーが進んでいくわけでもなく、登場する主要人物がそれぞれに“もやもや”として何かいい方向に進んでいるわけでもない。

物語は美しい映像と共に進んでいきますが、皆の人生は「三歩進んで二歩下がる」的な感じで煮え切らない。

そういうシーンを楽しく見たり、苦々しく見たり、共感したり、辟易としたりして見るのがこの映画ではないかと思いました。

何か迷路に迷い込んだような気持ちになったのでした。

 

2024/01/21

心理学博士・榎本博明氏の「かかわると面倒くさい人」を読みました。

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『かかわると面倒くさい人/榎本博明著(日経プレミアシリーズ)』という本を古本で見つけ、読んでみました。2018年刊行の新書版の本です。

・思い込みが激しくて、小さなことで大騒ぎする人
・他人の成功や好意を素直に受け止められない人
・場を凍らせる発言をする人
・不必要な言い訳が多い人
・独りよがりの正義感を振りかざす人
・どうでもいい手続きにこだわり、融通が利かない人
・持ち上げられないとすねる人
・内心、忖度を期待している人
・話が長くて何が言いたいのかわからない人
・肩書にしがみつき、定年後になお嫌われる人

などの“面倒な人たち”が ^^; 紹介され、後半ではどうしてそうなっているのか、〇〇型というふうにタイプ別に分析し、そういう人たちへの対処法、つきあい方、さらに自分がそういう人だったらどう考えるのか (^_^;)ということが書かれていました。

そういえば、私の人生、特に仕事の中で上記のような“面倒くさい人”には多々出会いました。そして悶絶するくらい苦しみました。

経験上から少し思い出してみると、自分が部下から尊敬されているのか、軽く見られていないか気にしている上司がいました。
よくいう「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)」は、そんな上司への“心のケア”として行うという話が載っていて、わかるよ・・と思いました。

頼られることで、それが上司への心理的報酬になるんだ・・そうです。部下の方が気にして支えているんですね。

私が窓口のある職場にいた頃には、リタイアして何年も経つOBがやって来て「私はかつて部長だった」と若い職員に言ってるけど、若い職員は「なに?この人」って感じになっていて、ヘヘェ~って誰もならず、憤慨している姿を何度か見たことがあります。

そして管理職席にそのOBが部長をしていた頃に新人職員で入ってきた顔を見つけると「おぉ~っ!〇〇君じゃないか、私だよ」などと声を掛け、迷惑そうに呼ばれた管理職は窓口に出て行ってそれなりに丁寧にお辞儀して扱うのですが・・そんなにまでして自分のアピールをせずともよいのに、と思ったのでした。

「自分の価値 = 肩書」の人が肩書がなくなると・・「その人そのもの」になって、自分の魅力、価値の乏しさに気づくという、寂しい話なのでした。

もうひとつご紹介しておきましょうか。

世の中のあらゆることがらを「支配 - 被支配」の構図でとらえようとするタイプの人。

自分の思うように人や組織を動かすのが快感であり、その手応えが堪らない・・っていう人です。
周囲の人たちを皆ライバルとみなして、有能な人には闘争心を燃やす、権力の追及があらゆる行動を貫いています。

でもね、打算と利害で結びつく人間関係に囲まれて、結局とても寂しい世界に生きている人なんじゃないかと思います。

・・で、私は体調を崩し、仕事を辞める時期にそういう人達、職場で関係のあった人でも、友達関係などでも、そんな人達との関係を断ちました。

皆、私から関係を絶ったあとに、「いいのか、俺と友人という人からうらやまれるような関係が無くなるぞ」と言ってきた人もいたし、関係を維持しておけば、何かの手伝いをさせてやるという話を持ってきた人には「初めて自分の力でやってみるのもいいですよ」と言ってあげました。
いろいろな相談ごとを持ってきて関係を維持しようとした人もいましたが、「自分で解決方法を考えて、それから詳しい人に相談した方がよいですよ」と断りました。

それ以降は、快適な精神状態になりました(#^.^#)

仕事を辞めたおかけで、人を配下に置いておかないと何もできない人と関係を断つことが出来たわけです。それだけは良かったことかもしれません。

いろいろ書きましたが、でも面倒くさい人にはあまりこちら側からアクションを起こさず、そういう人なんだと、遠目に見ているのが一番だと思いました。
それが結論だと思います。この本にもそう書かれていました。

 

2024/01/20

猿丸俳句、初めて知って初めて読んでみた

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『点滅/榮猿丸(さかえ・さるまる)著(ふらんす堂)』という句集を古本でたまたま見つけ、パラパラと頁を捲ってみたら、「なんだか面白そう」と感じたので、そのときの感覚を信じ買ってみました。
そして読んだらやはり面白かった。新鮮。

付録のように別冊で付いていた冊子には、著者猿丸氏の句が角川俳句賞の選考会で紛糾した様子なども書かれていました。
結局、受賞には至らなかったのですが、氏のカタカナが多用されたり、通俗的なところを詠んでいたり、何でも詠んじゃう、ほかに似たような句をあまり見ないなどの特徴は私にも強く感じることができました。

と、書いてみてもどんな感じなのかわからないと思いますので、私の心にふれてきた句を少し挙げてみたいと思います。

麦酒飲み 弱音はく父 嫌ひでなし
・・・私の父が酒を飲みつつ弱音をはいているのを見たことは無かったが、今の自分は父として弱音をはきそうだな、と思いつつそれも仕方ないよと、この句を味わいました。

みやげ屋の 二階食堂 デザートは柿
・・・ひなびた感じのみやげ屋の二階にある食堂。デザートが柿だなんて、なんだかピッタリで、ちょっと哀愁を感じました。

マフラーの 長しよ 恋の短しよ
・・・私が中学生の時の冬に彼女が編んだマフラーをもらったことがありましたが、次の冬までその恋はもちませんでした(T_T)

炎天の ビールケースに バット挿す
・・・これは強烈なリアル感がありました。昔、草野球をやっていた頃の感じがよみがえりました。

ダンススクール 西日の窓に 一字づつ
・・・これも同じことを実体験していて、三丁目の夕日的に“いいな”と思いました。

汝が腿に触れ ジーパン厚し 夕薄暑
・・・腿とジーパンを持ってきた感性がすごいと思ったし、感触が伝わってくるよう・・。

ストローの蛇腹 コココと 折りて夏
・・・この句のミソは「コココ」だと思います。たしかに「コココ」だが、今まで「コココ」で表現した人なんていたのかな?!と思いました。

ゆく秋や ちりとり退けば 塵の線
・・・ちりとりをパッと持ち上げたときにできている、あの“線”(#^.^#)、句に詠んじゃうんだ、と感心いたしました。

以上、少し面白かった句と、私の感想を書いてみました。

装丁も良く、付録的な冊子も面白い、新鮮な感覚の句集でした。

 

2024/01/19

太田和彦さんの「ニッポンぶらり旅 宇和島の鯛めしは生卵入りだった」を読みました。

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『ニッポンぶらり旅 宇和島の鯛めしは生卵入りだった/太田和彦著(集英社文庫)』を読みました。
太田さんの著書については、このブログでもたくさんご紹介してきましたが、まだまだ買い溜めしているご著書は多く、今回もそのストックの中から一冊取り出して読んだものです。

太田さんの“ニッポンぶらり旅”は、今回も宇和島、大分、会津、喜多方、静岡、倉敷、盛岡、高知、富山、金沢、京都、尾道、高松と続きます。
ひとり旅が好きなように動け、好きなときに休めたりするので太田さんは気楽にひとりで動いています。
日中はその地の土地柄、歴史などを求めて回り、夜はもちろん「居酒屋」巡りです。
そこでさまざまな人との出会いもあります。

この頃は、太田さんもまだまだ若いので、精力的に動き回っている様子がうかがえます。

大分の「こつこつ庵」では、麦焼酎にカボスをぎゅっと絞り、美味しそうに飲み干します。
関アジ、関サバの刺身をゴマ醤油のたれに浸した大分名物<琉球>がもちろん肴です。
いやもうウマそう!(*^^*)

静岡での“謎のおでん種”「ロマンス」?私も初めて聞きました。
静岡おでんでは、牛すじ出汁の真っ黒なおつゆに串刺しの種を突っ込み、魚粉と青海苔をまぜた粉をかけて食べるのがお約束ですが、黒はんぺんや牛スジはわかるものの、ロマンスとは・・。

「白焼」という、はんぺんのようなタラの練り物で、注文すると串に射し、少し煮る。
そして味は甘いそうな。
ではなぜロマンスというかというと・・「白いはんぺんが煮えると、ほんのり赤くなるからロマンスってこのお店の先代に聞いたよ」という御常連の声が聞こえたりして、楽しい旅です。

その他の地でも、面白い話題と、さまざまな人との交流もあり、楽しい一冊でした。

太田さんの本を読むと、日本酒が飲みたくなるなぁ(^^;)

 

2024/01/18

宝塚歌劇・雪組東京公演「ボイルド・ドイル・オンザ・トイル・トレイル/FROZEN HOLIDAY」を見て来ました。

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宝塚歌劇・雪組東京公演『ボイルド・ドイル・オンザ・トイル・トレイル(Happy“NEW”Musical)/FROZEN HOLIDAY(Winter Spectacular)』を観劇してまいりました。

宝塚歌劇については、昨年大きな事件があり、このブログでは宝塚歌劇について観劇後の感想を多く書いていますので、何か思うところを書かねばならないと思っていたのですが、ネット上などで、どこまでが事実なのかわからない話が飛び交い、実際のところどうなのか私にはまだわからず、憶測や想像で書くことができない状態です。

ただ、元渦中の宙組生で、その後星組に組替えとなったOG、七海ひろき(ななみ・ひろき)さんが YouTube で真摯におっしゃっていたことが私には一番響きました。
その他OBの方であまり発言されている人はお見かけしませんでした。私が見てきた範囲の中ではありますが。

世の中、社会が大きく変化・変革していく中で、宝塚も今の若い人たちを迎えるにあたり、考え方、指導の仕方、今までの伝統的なものについて変革させていかなくてはならない時を迎えていて、考え直すべきことがあり、実行していかなくてはならないことがあるということ。

そして、七海さん自信は、自分に与えられた役などに、どうしたらよいかわからず、悩み苦しみ、時間はその中で刻々と過ぎて行き、どん底で地獄のような苦しみの中から見出してきたものがあり、克服したり頑張ってこれたことが今の自分をつくり上げ、自信を生み、誇りを持てたということもある。
それは自分の宝でもある。だから、そういう部分が宝塚歌劇の中において大事なところでもある。
上記、変革と共に守るべき大切なものはあるのだ。
ということでした。私も現段階では同じ思いを持っています。
変えねばならぬこともあり、守らねばならぬこともあるということです。

さて、今回の雪組公演に話は移りますが、本場宝塚大劇場でも一度公演が中止になっていたそうです。トップスターの彩風咲奈(あやかぜ・さきな)さんは、劇団へ乗り込み、幹部に自らの意見を述べ、中止にしたと言われています。また上演開始後にも過呼吸発作で倒れたという話も出ています。それほど今回の事件について真剣に考えているのだと思いました。

東京での公演「ボイルド・ドイル・・」は、コナン・ドイルが自らの筆によって生み出した架空の存在であるシャーロックホームズが目の前に現れ、それまで書いていた歴史小説が売れなかったが、一気にシャーロックホームズ・シリーズで売れだす、という話で、ドイルとホームズの会話や、妻ルイーザとの対話などを通してドイル自ら本来の自分はどういう人間だったのだろう・・と自分の過去・未来を思う・・という展開で、ファンタジーとコメディーが混じったような内容。

ドイルを発見した編集者の役を今回の公演で退団する和希そら(かずき・そら)さんが演じました。セリフの声の劇場内の“通り”、間の取り方、演技、どれもさすがだと思いました。
雪組に組替えで来た和希さん、最後まで輝き続けています。

トップお二人のコンビネーションも良く、ホームズ役の朝美絢(あさみ・じゅん)さんも独特のちょっと妖精的なルックスがこの役に合い、ドイルの彩風さん、妻ルイーザの夢白あや(ゆめしろ・あや)さんも絡んで、この不思議なストーリーをうまく演じていました。

ちょっと“ついていけない”ような奇想天外な展開もありましたが、今の雪組はこういうことも出来るのだ、という感じで見ていました。
もう一度見てはっきりとした感想を書きたいのですが・・。

ショーの方「フローズン・ホリデー」は雪組100周年を記念したものでした。
私は、久しぶりに組子の“客席降り(二階にも組子が現れた)”を見て驚きましたし、コロナ禍後、色々あったがこれでよかったと思いました。

盛りだくさんというか、普通最初に盛り上がって、中詰めといって中ほどでもう一度盛り上がり、最後に大団円となるのが宝塚のショーの一般的な形ですが、今回は何回も“中詰め”があるかのように、「どっかん・どっかん」と盛り上げシーンが出てきて、やり過ぎかなとも思いましたが、新年最初の宝塚公演なので、まあいいかも(#^.^#)と思いました。
雪組がこんなにガンガンくるのも珍しいことでした。

 

 

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退団する和希さんのコーナーもあり、和希さんの登場シーンも多く、あらためて和希さんの実力を感じました。周囲の声も聞こえ「すごいよそらちゃん、実力はトップを取ってもいいくらいだよ」と・・、ファンの私としてはとてもうれしい声でした(*^^*)

さらに驚きのトップスターのデュエット・ダンス、ふつうは男役トップと娘役トップがうっとりするようなダンスを披露し、観客を魅了するのですが、なんとトップ彩風さんと三番手和希さんの男役同士のデュエット・ダンスが展開されました。
これはすごいっ!初めて見る光景でした。
だからラストに銀橋(舞台最前列のエプロンステージ)でトップ二人が手を取り合うシーンも彩風さんだけになっていました。実に珍しい。それほど和希さんが雪組の中で大きな存在であったのだな、としみじみ感じました。

和希さん、最後の公演、なんとかもう一度見たいと思っています。
見ることが出来たら、また感想を書こうと思います。涙で書けるかどうかむずかしいけど・・。

 

『GAKUBI千葉展』に行ってきました。

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千葉市美術館で開かれていた表題の「GAKUBI千葉展」に行ってきました。
コロナ禍の影響で美術館でリアルに開催されたのは数年ぶりになったそうです。
私は、コロナ禍前に一度うかがってこのブログでもその内容をお伝えしたことがありした。

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この美術展は、「第50回 在日朝鮮学生美術展」で、全国から応募された多くの作品の中から選ばれた受賞作品と、千葉県唯一の民族学校である千葉朝鮮初中級学校(千葉市花見川浪花町に所在)の児童、生徒の作品が並んでいます。

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私の中学時代の担任で美術の先生も、ここの小学生たちに絵を一緒に描きに訪れていて、その作品の力強さと個性と自由・創造性に驚き、私にこの美術展の存在を教えてくれて行ってみたというわけです。

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残念ながら今回写真を撮ってよいのかどうかわからなかったので(撮ってもよかったらしい(#^.^#))、写真も無しにアップが出来ずにおりましたが、せっかくなので頂いたチラシの写真を利用してアップすることにしました。
1月17日の水曜日に終了してしまったので、興味を持っていただいた方には申し訳ないんですけど。

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以前、来たときには、近隣の千葉市立畑小学校なども参加していた記憶があるのですが、今回は確認できませんでした。

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で、実際の作品なんですけど、私が行った日にはギャラリートークもあって、私の美術の先生も語ったりするシーンがありましたが、その中で中学生の作品に特に強い『意志』や作品の力強さを感じる・・という話がありました。
描いた中学生たちも何人か会場に来ていて、自分が描いたときの気持ちやどういうふうに表現したのかなど明確にお話ししていました。・・これにも驚きました。話に力強さがとてもあったのです。

私が実際に会場で見た感じでは、いやいや小学生の作品にも衝撃を受けるような独創性と力強さ、突き抜けたような感覚的なものがありました。
ようするに全編に渡ってこの会場の作品は“凄い”と思ったのです。

次回、来年にはぜひその作品を写真に撮って、このブログでご紹介したいと思っています。

 

2024/01/14

「字幕屋の気になる日本語/太田直子」という本を読みました。

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『字幕屋の気になる日本語/太田直子著(新日本出版社)』という本をブックオフで見つけ、買ってまいりました。

映画の字幕を作成されている方だから気になる日本語や、字幕づくりならではの難しさ、私たち映画を鑑賞する側が知らない字幕づくりの世界も垣間見ることができました。

前半は、主に著者・太田さんが気になる日本語について書かれ、後半は、映画の字幕作りをしていて難儀だと感じることや、自分が翻訳した映画以外の映画を実際に見に行ってその中で感じたことなども書かれていました。

太田さんが感じている“気になる日本語”は、私が日常感じているものに近いものがあって、「オレだけじゃなかったのか」と少し安心しました ^^;

少しばかりその例を挙げてみると

「しっかり」と「いただく」の使い方でした。

政治家が「しっかりと検討します!」などと語気を強めて言っているときって・・ごまかされているような気がします。
だいたいが、しっかり“何”をやるかは言わないものです。何をやるのかよくわかっていない人が「しっかり」を使うんだと思います。太田さんと同じ気持ち。

「いただく」もそんな感じで政治家がよく使います。

「~と認識させていただいております」とか「~と申し上げさせていただきました」など、「認識しています」「申し上げます」でいいのにと思います。
「させていただ」かなくても結構!

スポーツ選手などが「元気を与えたい」などと言うのも何かひっかかるものがあります。

「率直にうれしい」の“率直”もなんだか変!?

「こちらが問題となっております食材というような状況になります」・・なんかおかしいよなぁと私は感じます。

ラジオ、テレビなどに出てくる今勢いに乗っている社長やリーダー的な存在である人が「弊社はグローバルカンパニーたるべくコンプライアンスを重視しベストソリューションを求めてチャレンジ・・」こんな“カタカナだらけ”のしゃべりをする人も何言ってんだかわからない・・というのが太田さんも私も同意見。

こんなことから後半は実際に『1秒4文字』で表現しなければならない字幕の世界についても書かれています。

実際に英語ではどういうセリフになっていて、それがこういう字幕になったという例が示されていますが、ふだん何の意識もなく映画を見ている私たちにはその苦労がこんなにも大変だったのか、というのがよくわかりました。
けっこう“キツい”仕事だと思います。

中には吹き替え版と字幕を比べて「違うじゃないかっ!」と怒る人もいるようで、そりゃ違うでしょうよ、と ^^; と素人の私でも思いましたが、世の中“律儀”な人がいて、そんな律義者が字幕なんか作ったら読んでいる間に次のシーンに移ってしまうような長文字幕になることでしょう(#^.^#)

というわけで、翻訳されている方だけに、言葉へのこだわり方はかなりのものだと思う本でした。
面白く、初めて知ることがいくつもあった本でした。

 

2024/01/12

「アレ何?大事典/佐々木正孝」を読みました。

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『アレ何?大事典/佐々木正孝著・篠崎晃一監修(小学館)』を古本で見つけ、読んでみました。

ようするに普段“そこここ”で見ているものの、正式な名前を知らないものの事典という“つくり”になっている本です。
ブックオフで200円の品、さらに年始割引が入って格安でした。

たとえば、“がま口”の、あのパチンと止めるところの丸くなっている部分、何て言うか知っている人なんてそんなにいないと思うんだけど、【らっきょう玉】って言うんですって!知らなかったなあ(*^^*)

さらに講演の時などに壇上に置く“水のセット”、私も研修のときの講師に休み時間に水を入れ替えて講師机の上にセットした記憶がありますが、あれは【冠水瓶(かんすいびん)というのだそうです。
あの水差しの上にコップをかぶせたようなスタイルのセットです。
これも知りませんでした(^_^;)

アメリカのアニメ「トムとジェリー」などでよく見かけたチーズに空いている穴・・あれは【チーズ・アイ】って言うんですって!
熱に溶けやすく、チーズフォンデュなどに使われるエメンタルチーズは、牛乳にプロピオン酸菌などのバクテリアを加えていて、醗酵の際に出る炭酸ガスによってポコポコとした穴をつくり出すんだそうですよ。
ようするに“ガス穴”で、通称がチーズ・アイなんですって!勉強になりました。

などなど、こんな感じで、ふだんは名前など全然気にしていないものについて正式名称を教えてくれて、ついでにその“いわれ”のようなものまでわかる本でした。
勉強にもなったし、人に教えたくなる本でした。

 

2024/01/11

「私のテレビ日記/清水ミチコ」を読みました。

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『私のテレビ日記/清水ミチコ著(幻冬舎文庫)』という本を古本で見つけ、読んでみました。
これは、『TV Bros.』という雑誌に清水さんが連載していたエッセイをまとめて一冊の本にしたものです(2013年から2020年の始めまでのエッセイをまとめています)。

テレビ雑誌の本なので、清水さんが出たテレビ番組や共演者について、そして公演で日本国中に出掛けた際のエピソード、その時々に世の中で話題になった人物などにもふれています。

読んでいるだけで、清水さんの歯に衣着せぬというか、衣着せる前にもう書いちゃった・・(^_^;)みたいな姿勢と文体で、そこが一番の魅力かと思いました。

また、現在も続いている日本武道館での清水さんのライブのそもそものきっかけは、たまたま空きが出来てしまった武道館のスケジュール、清水さんに「やってもらえませんか」というオファーがあり、事情が事情なので、気負うこともも無く、“コケて”もともとの気分で気楽にやれたことが功を奏し、見事に成功したのだそうです。
それが今でもまだ続いているわけで、偶然から生まれた清水さんの武道館公演、今ではすっかり一年の風物詩的な存在となっています。

大好きな矢野顕子さんとツアーしたり、これまた大好きなユーミンのオールナイトニッポンゴールドに出演したり、次々と念願かなう清水さんは、実力も運もすごいものを持っています。
そして人から嫌がられたりするような芸風でもなく、ご本人も常に自然体で気負うこともなく“いい感じ”で、素晴らしい(#^.^#)と思いました。

物真似しているうちに、本来の自分がどれだったかわからなくなりかけたり(^^;)、自分ではあまりやらない人の物真似が意外と期待されていたりする話も書かれていましたが、清水さんのような芸はどこで何が“ウケる”かわからないので、そういう意味では大変なお仕事だとも感じました。

尊敬する永六輔さんのエピソードも語られているし、毎年夏に日本に帰ってくる野沢直子さんとのひと夏の過ごし方も面白く、また平野レミさんや阿川佐和子さん、森山良子さんなどとの楽しい食事会の話題もとても愉快でした。

さすがの清水さんの軽快な文章を波に乗るように読みました。
楽しかった(*^^*)

 

2024/01/09

「日本語八ツ当り/江國滋」を読みました。

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『日本語八ツ当り/江國滋著(新潮社)』という本を古本で手に入れ、読んでみました。
古いですよぉ~ ^^; 『「波」昭和61年1月号~平成元年6月号連載』と記されていて、1989年第一刷発行となっています。

新聞記事や、広告コピー、役人の文書、若者の物言い、法律判決文などについて「もう我慢ならん!」っていう調子で(^_^;)書かれています。
驚くことに、今現在でも私が世間の様々な言葉や物言いを聞いて憤慨していることを、そんなにも昔から同様に怒っている方がいらした(^_^)・・うれしかったけど、でも驚いた。

少し例を挙げてみましょうか。

〇こだわる・・・もともと「差し支える」、「さまたげとなる」「あることを気にして、気をつかう」というマイナス・イメージの言葉なのに、“わたし、ラーメンにこだわってるヒトなの”なんて使い方をしているのが、・・我慢できないんですよ、著者も私も(^^;)

〇としている・・・新聞やニュースなどで見聞きする言葉で、今もまだ使われています。
例えば「首相周辺は詳しい話はなかった、としている」などの表現。
著者は「としている症候群」と言っている(^_^;)

〇耳障りな外来語・・・「ここは送りバンド(バント)でしょうね」「巨人フアン(ファン)としては」「ティーパック(バッグ)」「ディスクトップ(デスクトップ)」などなど、これは今でもまったく同じ状況だと思います。

〇「とか」の乱用・誤用?・・・「夜はテレビとか見たり」「ね、ね、ビールとか飲みに行きません?」など、これもあれから幾星霜、変わらない状況です。

上記例示はもっともありふれたものですが、その他もうたくさん書かれていました。
コピーライターがつくった「おいしい生活」のような空虚で中身のないコピーにも噛みついていました。たしかに、そのときも思ったし、今になるとさらにまったく意味のない言葉に余計聞こえてきます。・・ようするに当時、私も踊らされていた・・ということです。

お役人(特に国の)の文章について、そっくり載せていましたが、ほんとうに日本語で書かれているのに、何が書いてあるのかわからない文って今でもたくさんあります。

その他もうきりがないくらい書かれていて、「これは私が書いたのか」と思うほど普段私が嫌いな言葉がたくさん示されていて、溜飲が下がるかと思いきや、2024年の今でも同様な状況に暗澹たる気持ちになるのでした。

 

2024/01/08

「有名人の戒名」というムックを見つけ、読んでみました。

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『有名人の戒名/SAKURA MOOK(笠倉出版社)』という、いわゆるムック本をブックオフで見つけ、なんだこれは・・と思いつつ手に入れ読んでみました。

とにかく有名人(歴史上の人物、作家、タレント、マンガ家などジャンルは問わず)の戒名を“アイウエオ順”に並べ、それぞれの人物の解説、亡くなったときの状況などがまとめられているのです。

アイウエオ順だから、石田三成の次が石立鉄男だったりするのですが ^^; でも、それが逆に飽きずに読める構成となっているわけです。

西周(にし・あまね) → 周光院殿一雄貫道大居士 という人物は名前は知っているものの、この本を読んで大変な人だということを知りました。

藩医の長男で、12歳で藩校に入り、家の土蔵で猛勉強し、オランダ留学して法律学、経済学、ミルの帰納法やカントの哲学を学んで帰国。

西周は数々の訳語を生み出し、学術用語として今も定着し、使用されていることに驚きました。

主観 客観 帰納 演繹 理性 悟性 知覚 感覚 総合 分解 

これらの語は、今では完全に日用語として使われています。
それを知ってあらためて戒名を見てみると、う~ん、表しているなぁと思いました。

とにかく“ありとあらゆる”ジャンルの人の戒名が掲載されているのですが、戒名と共にその人物の人となりや激動の人生、数奇な人生、成し遂げたことや次から次へと襲い掛かる不幸な出来事など・・それらを含めて読んでいると「人間って生きるだけで大変なことだ」としみじみ感じてしまいました。

美空ひばり、手塚治虫、源頼朝、宮沢賢治、金田一京助、木原光知子、岡田有希子、植草甚一、植木等・・思い出して懐かしかった人や著書を読んだことのある人など様々でした。
人生の不思議を感じながら読み終えました。

 

2024/01/07

「カキフライが無いなら来なかった/せきしろ×又吉直樹」を読みました。

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『カキフライが無いなら来なかった/せきしろ、又吉直樹著(幻冬舎)』という本を読みました。古本で手に入れたのですが、又吉さんが初めて文を書いて本になったものだそうです。

一緒に書いているのは「せきしろ」さん、独特の妄想を広げる文体で活躍されている方。
2009年発行のこの本で、ここでは又吉さんと『自由律俳句』を書かれていて、これまた独創的。

他の又吉さんの本に、この自由律俳句をお二人で書き始めたきっかけが書かれているのを読んだことがあったのですが、どんなものなんだろうと気になっていたのです。

タイトルになっている 「カキフライが無いなら 来なかった」
というのも勿論又吉さんの自由律俳句です。
おもしろいなぁ~(*^^*)と思いましたよ。

季語も無ければ、七五調にもこだわらない・・これはいったいなんだろう・・という感じです。

せきしろさんの

「幼児の玩具が砂場で冬を越す」

「握った手が冷たくて キミはすまなそうな顔をした」

っていうのもなかなかいい!と思いました(#^.^#)

又吉さんの作でちょっと気に入ったのが

「似顔絵を見ると 嫌われていたことが解かる」

「電気のヒモが長ければと 布団で思う」

「自販機の下の硬貨をあきらめる」

も、私にはなんだか響きました^^;

自由律俳句というと 「咳をしても一人」 という有名な句を思い起こしますが、「尾崎放哉」の作品だそうで、私は「種田山頭火」の作と勘違いしておりました。
先ほど念のため調べたら尾崎放哉作とのこと、自由律俳句と山頭火が印象に強かったので間違えて覚えてしまったようです。

今度、自由律俳句の本を探してみようかと思っているところです。

 

映画「ポトフ 美食家と料理人」を見て来ました。

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映画『ポトフ 美食家と料理人(The Pot-au-Feu)/2023年 フランス 監督・脚本・脚色:トラン・アン・ユン 料理監修:ピエール・ガニェール 出演:ジュリエット・ビノシュ、ブノワ・マジメル』を見て来ました。

上映前に予告編やチラシを見てとても気になっていた作品で、妻も同様だったので二人で見て来ました。

時代は19世紀末のフランス。
森の中に佇む美しいシャトーに暮らす有名な美食家ドダンと天才料理人ウージェニーが、究極のメニューを次々と創り出す様子が描かれています。

 

 

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二人は深い絆と信頼で固く結びついていて、互いに尊敬もしている。

ウージェニーは、確固たる料理人として自立していて、ドダンからのプロポーズを断り続けてそれなりの年齢に達しています。

二人の料理への情熱は高まるばかりですが、愛の行方もどうなるのか・・と料理と愛の交錯がとても美しい映像と共に描かれていました。

とにかく映像に関しては、私が今まで見た映画の中でも“屈指”と言えるくらい美しいものでした。
屋外、自然の中での多くの人を集めた食事シーンなどはあまりにも美しくて声が出てしまうくらい。

さらに料理するシーンについては、カット割りがほとんどなく、“長回し”でしかも手の動き、身のこなし、息をのむような指示の仕方、料理が出来上がっていく様子、完成される料理があまりにも巧みなカメラワークと見事に美しい映像で撮られていて、これ以上の料理映画なんてあるだろうか、と思いました。

ただ料理とその調理する様子を見るだけでも満足してしまうような映画でしたが、そこに美食家と料理人の愛とその行方が重なって、極上のフランス映画になっていました。
驚きました。

 

2024/01/06

「サラリーマン川柳 むちゃうけ傑作選」を読みました。

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『サラリーマン川柳 むちゃうけ傑作選/NHK出版編(NHK出版)』を読みました。
2016年発行の本で、傑作選という内容なので、中身には1990年からの傑作も入っていて、取り上げた題材に懐かしいものもありました。

ブックオフで200円のものが、さらに新年20%割引となっていて、普段はあまり買おうとは思わないものですが、思わず手が出ました。

毎年発表されている「サラリーマン川柳」は、いつも面白いと思っていましたが、まとめて過去の分まで振り返って読むことはありませんでした。
あらためて読んでみて、詠んでいる人は素人であろうに、なかなか勘所を捉えていてウマいっ!

〇退職金 もらった瞬間 妻ドローン

これはドローンが話題になった年のものですよね。実にうまい。

〇やって見せ 言って聞かせて 辞められる

これはもう当たり前な感じになっているのかもしれない。

〇飯不要 返信メールに ブイサイン

ありそうだねぇ^^;

〇戻りたい 出会った頃より 出会う前

こ、これは・・・。

などなど(*^^*)楽しく読ませてもらいました。

たまにはこんな気楽な本もいいものです。

 

2024/01/05

「人間の関係/五木寛之」を読みました。

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『人間の関係/五木寛之著(ポプラ社)』という本を古本で手に入れ、読んでみました。

2007年第一刷発行のものです。

この本は、五木さんが長く生きてきた中で得た人としての“生き方の知恵”のようなものが書かれていました。
私自身も最近長いこと生きてきて色々なことを考えだし、自分なりの生き方、人付き合いのやり繰りなどを少しずつ見出してきたところですが、この本も納得しながら参考にさせてもらえるようなことがいくつも書かれていました。

人脈というものについて、親子関係について、格差社会にどう生きるか、夫婦関係について、などが五木さんの人生経験から滋味豊かに書かれていました。

特に私が気になったのが、「鬱からぬけだすためのノート」という項目でした。

五木さんが、四十代の後半から五十代にかけて、何をしても興味がわかず、鬱状態が続いたときに書いたノートが「歓びノート」というもので、「・・・でうれしかった。」という話。
なにかうれしかったことを一つだけ思い返して日々ノートにつけることによって次第に鬱状態から抜け出したというのです。

やがて、五十代になり、男の更年期というか今度はそんな鬱な気分が続くことになった時には、歓びノートは役に立たず、今度は「悲しみノート」をつけたそうです。
鬱な気分のなかに沈みこんでいると、つよい悲哀を具体的にたしかめるように「今日の悲しかったこと」を書くとかえって気持ちが解放されるような気がして風がふっと吹きすぎるような気配があったというのです。

そして今度は、七十歳を過ぎた頃から三たび鬱な気分が訪れて・・。
ありがたいと思ったことをノートにつけたそうです。
「あんがとノート」と言うんだそうで(^_^;)びっくりするほど効果があらわれたとのこと。

私も未知の年齢ですので、これは是非参考にしたいと思いました。

新年に入り、早くもいろいろ刺激を受ける本を読みました。
次はちょっと軽い感じの本を読みたいと思います。

 

匝瑳市の『飯高檀林』ブログでも振り返り

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Instagramでは三度に渡って昨年中にご紹介したのですが、千葉県匝瑳市にある『飯高檀林』について、このブログでも、自分の記録用としてになってしまいますが、残しておきたいと思います。

「檀林」というのは、仏教の学問所。
今回ご紹介する「飯高檀林」は、全国有数の歴史と規模を誇っており、日蓮宗の学問所(現在の大学に相当)として栄え、天正8年(1580年)から明治7年までの約300年間に渡り多くの僧侶を排出し続けたとのことです。

市街地からはかなり離れていて、こんなところにあるのか・・と思いましたが、駐車場は観光バスが入るほど大きく、案内所や、ボランティアのガイドさんもいました。
説明や、地図・その他案内を受取り、妻と、「山」と言ってもいいくらいの高い所目指して登って行きました。

 

 

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山門を入ってからも静かな山道を歩き、たしかに深い教えを頂く場所なんだという雰囲気がありました。
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少し歩くと正面に飯高檀林が。
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その大きさに驚きました。正面中央部やや右側に丸い光が当たっていて、なんだろうと思いましたが、偶然の木漏れ日が射していたのでした。
何か不思議な感じ。
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造りはとても立派だし、全てが大きく、ここに多くの“僧侶の卵”が学んでいたのだと思うと時の流れを静かな心持ちで感じることができました。
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さらに檀林を出てから案内看板があって、「飯高神社」というやはり古い神社の存在を知り、山道を長いこと歩いてたどり着きました。

ここも檀林同様に、私の身体中にピリピリと“何かが存在している”感覚がありました。
こんなすごいパワースポットがあって、もっと話題になってもいいのに・・と思いました。

 

 

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ここは、ガイドさんに教わったのですが、日本一多くの仙人の彫刻に会える神社なのだそうです。
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たしかにどこもかしこにも彫刻があって、ひとつひとつ見ていくと、いくら時間があっても足らないくらいでした。
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妻と歩いてきた長い道のりは、裏側から入ってくることになったのですが、実際の正面からの入口はかなりの急な石段でした。
過去の震災などの影響か、かなり石が動いてしまっていて、降りていくときには緊張しました。

昨年末に行ったのですが、飯高檀林と飯高神社、今まで知らなかったけど素晴らしいところでした。
また、今年も再度伺いたいと思っています。

 

2024/01/04

「結局は自分のことを何もしらない/アルボムッレ・スマナサーラ」を読みました。

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『結局は自分のことを何もしらない -役立つ初期仏教法話6-/アルボムッレ・スマナサーラ著(サンガ新書)』を読みました。

暮れに同じ著者の「あべこべ感覚」という本を読み、このブログでご紹介したのですが、たまたまブックオフに行ったときに同じシリーズの本を見つけたので、前回面白く読めた記憶が残っていたため、また購入。読んでみました。

今回のテーマは人間というもの、自分というものはどういう存在か、ということについて書かれているのですが、我の強い人、自分中心に世の中が回っていると思っている人などには“チンプンカンプン”だと思います。

「人間がなぜ生きるのか」それは、長い間皆が考えていたが、答えは見つかっていない。

詳しい内容は読んでみてほしいのですが、つまり生きること自体が人にとって「苦」であり、生きることは「動く」ことで、動いていないと「苦」が続いてしまうから動き続け、苦から逃れている。

・・きっとよくわからないと思いますが、著者の何度も様々な例示をしながらの文章表現を読むと、なんとなくわかってくるのです。

人は結婚して幸福に、子どもをつくって育てて幸福に、お金を儲けて幸福に、痩せて幸福になろうとしているが、そのような俗世間の幸福の探し方は、火の中で氷を探すようなものだと著者は言っています。

それらが実現して幸福になった人は今までに一人もいない、なのに人は全く諦めない、それくらい無知だ・・(^^;)・・と著者は言います。
それについては私もなんとなく理解できます。
一例を挙げれば、結婚したからって別に幸福になるわけじゃあないですからね。

またお金を儲けることが出来ても、出来なくても、どっちも苦しいです、と言っています。それもそのとおりだと思いました。
子どもが欲しいと思うが、子どもが生まれたら苦しいのです・・というのもわかる気がする。

お釈迦さまは、俗世間の幸福を求めて生きる生き方を「卑しい探求」とおっしゃっているとのこと。

お金を探し、結婚相手を探し、子どもを求め、財産を求め、長生きを求め、健康を求めている人は多いが、それらを「得ても苦しいのですよ、得なくても苦しいのですよ。得ようと思って得ることが出来なくてもそれも苦しいのですよ。」とおっしゃっているのだ・・ということなんですね(^-^;

長く生きれば、長く生きる苦しみが待ち構えている・・と。
長生きしたいと思っても出来なかったら、ものすごく苦しい・・と。

こんなことがどんどんと書かれていて、困惑するやら、納得するやら、悲しくなるやら、ほっとするやら、という読書になりました。

でも、今、自分が生きている上で、心の中に何か明かりが灯ったような気持ちにはなったのでした。

 

2024/01/03

「わたしたちの秘密/中江有里」を読みました。

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『わたしたちの秘密/中江有里著(中公文庫)』を新年最初の本として選んで読みました。

初出は「読売プレミアム」に2018年に連載され、単行本としては2019年に『トランスファー』という題名で刊行されたものです。
私は、それを加筆修正し、改題され、文庫本として2022年に発行されたものを古本で手に入れました。

主人公は姉妹なのですが、姉?妹?の方は(最後になって二人の姉妹関係がはっきりする)、片方は現実世界に生きて生活をしている、そしてもう片方の女性は読み進むうちには生きて病床にいるのか、それともこの世に身体は無いのかわからない状況・・。

ある日現実世界に生きる女性の方が仕事や男女関係、そして過去に生んだ子供との関係に悩み、苦しみ、駅のホームで死んでしまおうと思った瞬間に二人の姉妹の心が入れ替わるというものでした。

小説の内容としては、SFチックであり、スピリチュアルでもあり、さらに現実世界に疲れた働く女性の姿を描くものでもあり、男女関係の物語でもあり、人と人の繋がりを描いたものでもあり、親子関係の物語でもありました。
実に様々な要素が入り組んでいるのですが、難解にならず、読物として面白い展開でした。

自分とは別の人間となり、心だけは自分で生きていくとどんなことになるのか。
また、そうなることによって元の自分という人間を見直すきっかけともなっていて、人生の機微のようなものも垣間見えるような内容でした。

著者、中江さんはテレビ・ラジオなどで書評を発せられていますが、いつもわかりやすく興味深く感じるような表現、話しぶりで引き付けられます。
また、中江さん個人に、人としてのとても魅力的なものを感じます。

かつてアイドルのような仕事をされていたことも記憶にありますが、この本を書いたことがきっかけになって歌手活動も復活されたと巻末の作詞家・松井五郎氏との対談で書かれていました。

中江さんの著作は、それぞれが異なる世界観を見せてくれるようで、多彩な物事への感じ方、考え方を持たれている方だと感じました。

また中江さんの本を読みましたら感想をこのブログでご紹介したいと思います。

 

波乱と激動の年が明けました。

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元旦、二日とブログを書こうとしていたら、大変なことが起きました。

元旦にはいきなり能登地方の大地震。
昨年から幾度も石川県方面での地震が起こっているのが気になっていましたが、新しい年の最初の日に震災となって襲い掛かってきました。

驚いたことにその時、私と妻はあるお店にいたのですが、お客さんの誰もの携帯電話が不気味な警報音を鳴らしているのに、私と妻以外は携帯にさえ目もくれませんでした。
無反応でした・・。
帰宅して風呂に湯を入れると我が家は建てた頃には田舎の一軒家だったので井戸から水を汲んでいるのですが、湯はかなりの濁りをみせていました。

これは東日本大震災の時も、その前の新潟での大地震のときもそうでした。
地中では何かがこんなに遠くても繋がっていて、影響するのだと感じました。

明けて二日、今度は羽田空港での航空機事故。
乗客が400人近くいたのに、脱出できたのは奇跡的でしたが、それにしても年が明けてから二日間で一年間通しても大きな事象、事故が続けて起こりました。
我々に、「これからの世の中は油断していると突然大変なことが起こるぞ」と、何処からか暗示されているかのように思いました。

自然災害(温暖化の影響含め)、事故、そして人が起こす事件、特に昨年あたりから顕著になってきました。
どう対応すればいいのか、などと一個人ではやれることに限界がありますが、とにかく準備と覚悟を心に、そして何か起こった時には冷静に、落ち着いて行動することが大切だとあらためて思い直しました。

明けまして、あまりおめでたくない正月になりましたが、今年も変わらず、自分らしく、ずるいことなどせずに、日々何かを成しながら生きて行こうと思います。

 

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