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2024/03/22

「おしゃべりの思想/外山滋比古」を読みました。

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『おしゃべりの思想/外山滋比古著(ちくま文庫)』という本を読みました。
古本で手に入れましたが、1980年6月に毎日新聞社から刊行された『ことばの四季』を精選・再編集し、書き下ろしも加えられています。そして2013年に文庫本として発行されています。

著者が言葉について、そして特に街に出て聞いた言葉や縦書き・横書きについて、テンとマルについて、語尾の処理などについても書かれていました。
日々変わりつつある言葉についても敏感に感じ取られていたことがわかりました。

私がおもしろいと思ったのは、昔、こどもがかけっこをするときの合図に、「ガッテンショー・ドン」と言ったという話です。
著者がこどもの頃の名古屋では「オーヤマゲッセン・ドン」と言っていたとのこと?(・。・;

実は前者は「アテンション(用意!)・ドン(ピストルの音)」だったということがわかり、後者は、「オン・ザ・マーク ゲット・セット ドン」なんだそうで、そういえばオリンピックなどでも100メートル走のスタート時にこんなふうに言っていたように思います。

言われてみると、なあるほど!となります(#^.^#)

もうひとつ、すでにこの本が書かれている時点で「手紙」というものが衰退の一途を辿っているような記述がありました。
著者は、「手紙を書くのは、文章の練習になる。学校でも作文を書かせるよりは手紙を書かせた方がはるかに実際的ではないか。」と言っています。

そして、この時期でもほとんどの人が携帯電話がいちばんの伝達手段になっていて、手紙を書くのはめんどうだという人が多いとも書かれています。
著者は「手紙を書くのはめんどうだという人が多いけれども、めんどうでない文化などあるものではない。」とも書いていますが、もう“多勢に無勢”です。

今の私にとっても、手紙を個人あてに書くなどということは、中学時代の担任の先生とのやり取り以外に無くなりました。

ある人から「あのぅ・・私、〇〇さんから手紙をもらったんですけど、どうすればいいんですか?」と聞かれたことがありました。

「返事を書けばいいんじゃないですか」と言ったんですけど、「手紙なんて書いたことがありません。困ったなぁ。」という返事でした。

挨拶でもお礼でも、なんでもいいから書けばいいんですよ。と言ったものの、手紙を書くことがすでに今の人にはハードルが高いんだな、ということがわかりました。

この本は、読んでいると、時代が古いので「ああ、昔はそんなだったなぁ」ということも多かったのですが、でも、人として言葉を操るときには「これが大事だ」ということが書かれていました。
頭と心の栄養になりました。

 

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