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2024/05/31

俳句を詠んでみる_0117【 時鳥(ほととぎす)かの声にて 窘(たしな)められ 】

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庭でホトトギスが鳴いている声が実にはっきりとした発音だったので、自分に言われているような気がして一句詠みました。

【 時鳥(ほととぎす)かの声にて 窘(たしな)められ 】

《背景》季語:時鳥[夏]
庭の木にとまった時鳥(ほととぎす)が、“トッキョ・キョカ・キョク”とアナウンサー並みの明晰な発音で鳴いている。
仕事でも家庭でも、私を叱り、窘(たしな)めてくれたのは女性達。
皆、“ホトトギス”のようにはっきりとした発声で「いけません」と言う・・・。

 

2024/05/30

「すごい言い訳!/中川越」を読みました。

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『すごい言い訳!/中川越著(新潮社)』という本を読みました。
2019年発行の本ですが、古本で手に入れました。

内容としては・・浮気を疑われている、生活費が底をついた、原稿が締切までに書けない、酒で失敗した、などなどのことから相手方に自分の文筆力を生かして ^^; 手紙等で言い訳する文豪達の実際の文章を紹介し、解説するという本です。

芥川龍之介、谷崎潤一郎、林芙美子、武者小路実篤、太宰治、宮沢賢治、室生犀星、森鴎外、川端康成、まだまだ文豪のお歴々の「言い訳」が次から次へと紹介されていくのです。

二股疑惑をかけられ、命がけで否定する芥川龍之介

下心アリアリのデートの誘いを見事に断る巨匠、樋口一葉

恋人を親友に奪われ、やせ我慢する寺山修司

などなど(^_^;)どれもこれも文豪が書いた手紙や詫び状だから、なんだかありがたいような気になるのですが、けっこう見苦しかったり、恥ずかしいところがあったりで、同じ人間なんだな・・などと安心したりもするのでした。

特に借金をするときの“図々しさ”や、日頃の無作法を詫びるときの本当に詫びているのか?と思えるような傲慢さなども特筆すべきものがあり、今となっては笑い話として読めるものとなっておりました。

やらかした失礼や失態についての言い訳も見どころが多く、挙句に素人でもなかなかやらない「深酒で覚えていない」という言い訳をする北原白秋も“強行中央突破”的ですが、時代が時代なだけに、まあなんとか許されたのでしょう、面白かった(^-^;

今や、手紙など「紙」として証拠に残るような形での言い訳は珍しくなりましたが、「紙」故に残っていた数々の言い訳、実に興味深く、人間の機微を知るところとなりました。

 

俳句を詠んでみる_0116【 夜涼(やりょう)に遊ぶ 貴女 寝顔を知らず 】

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今回は創作。
想像を広げていくといろいろな世界が見えてくる、そこで一句詠んでみました。

【 夜涼(やりょう)に遊ぶ 貴女 寝顔を知らず 】

《背景》季語:夜涼[夏]
涼しさを感じる夜、ライトアップされた古い寺社などに遊んだ。
仲良く遊んではいたが、まだ、ただそれだけの間柄。
もちろん灯りに輝くその笑顔よりほか寝顔など知る由もなし。

 

2024/05/29

俳句を詠んでみる_0115【 南風(みなみ)吹く あの街 知らぬ街のよう 】

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ついこのあいだまで慣れ親しんだ街がよそよそしく、別の街にさえ見える経験について詠みました。

【 南風(みなみ)吹く あの街 知らぬ街のよう 】

《背景》季語:南風(みなみ)[夏]
季語「南風(みなみ)」は、夏に吹く南や南東からの暖かくて湿った風。
やわらかく吹き続き、青葉を茂らせる。
以前の経験。
4月から職場が変わり別の街へ。
南風吹く頃、元の職場のある街に行ってみたが、毎日通ったあの道、あの街の風景、職場が入っていた建物までもが自分に余所余所(よそよそ)しい。
その時の不思議な感覚を思い出して詠んだ。

 

2024/05/28

俳句を詠んでみる_0114【 夏の空 ながらへて知る 逢わぬ恋 】

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長い人生経験を振り返って色々なことをふと思うことがある。
今回は創作で詠んでみました。

【 夏の空 ながらへて知る 逢わぬ恋 】

《背景》季語:夏の空[夏]
夏の空を見上げていると、逢えぬ人のことを想う瞬間がある。
しかし人生長い年月を経ると、そんな時でも「逢わぬ恋」もあると知ることになる。
大人にしかわからないものだ。

 

2024/05/27

「炊飯器とキーボード ~エッセイストの12カ月/岸本葉子」を読みました。

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『炊飯器とキーボード ~エッセイストの12カ月/岸本葉子著(講談社文庫)』を古本で読みました。

読み始めて気づいたのですが、この岸本さん、このあいだこのブログでご紹介した「俳句、やめられません」の著者ではありませんか?!
自分で“何やってんだろ?!”と思ってしまいました。気づくのが遅すぎる・・。

この本ではエッセイストとしての岸本さんの12か月の過ごし方、その様子が書かれていたのですが、俳句についてはこの本を書かれたあとに始められていたのでしょう、さいごまで俳句にはふれられていませんでした。

気づかずにブックオフの棚から「これはおもしろそう」と思い、取り出して、そして買ってきたわけです。

でも、あの俳句の本の岸本さんとは異なり、この本の中のエッセイストの岸本さんは、とても身近というか、まるでふつうの人というか、けっこう“おっちょこちょい”だし、自分の本の売れ行きを気にして本屋で自分の本が何冊あるか数え、何冊減ったか確認に行ったり、執筆中の無防備な様子も平気で書いていました。

いろいろな関わりのある出版社の人が自分のことをどう思うのか、気にし過ぎなくらい心配したり、収入と支出についてかなり神経質だったりで、ああ私たちと同じ人間なんだな、すこしホッとするな・・などと安心したりもしました。

2000年代に入ってもパソコンでの仕事に突入できない状況も書かれていて、ワープロ専用機に最後までしがみついている様子は、割と私も当時職場の“オジサン”“オバサン”達に見る機会がありましたが、けっこう旧人類であるとも思いました。

外国に仕事で出掛けるときのウキウキ感と、逆の不安感なども面白かった(*^^*)

肝心なときに高熱を出すところも、私もそうですが共感してしまいました。

キーボードを“カチャカチャ”叩く感覚のテンポのよい、リズム感ある文は私好みです。小気味よくてさすがと思いました。
笑ったり、心配したり、共感・同感しつつ読み終えました。
また今度は岸本さんの俳句関係の本も読んでみたいと思います。

 

俳句を詠んでみる_0113【 夏の山 今世の天狗に逢う 】

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仕事をしていた頃の後輩から不思議な話を聞いて一句詠みました。

【 夏の山 今世の天狗に逢う 】

《背景》季語:夏の山[夏]
久しぶりに以前仕事を一緒にした後輩と再会し、互いの近況、身体の具合、家族の様子などを話した。
その中で気になった話をかいつまんで言うと・・・
後輩夫婦と義父母の四人で三峰神社(有名なパワースポット)に参拝した際、奥の院への足を延ばしたが、登山に等しいくらい険しい奥の院への山道に後輩と義父、後輩の妻と義母に別れて昇ることとなった。
その二組が同じ風体の人とすれ違ったが、後輩・義父組は、その人物が“若者”に、妻・義母組には同じ格好をした“老人”であったという。
妻組には話しかけてきて、「写真を撮りましょう」と言ってくれた割にスマートフォンの使い方がよくわかっていなかったそう。そして撮ってくれた写真は、プロが撮ったみたいな素晴らしい写真で、当日夕刻の暗さがあったのに明るい背景の仕上がりになっていたとのこと。これも不思議。
これはどうやら山に住む“天狗”のようなものが歓迎している時によくあることと、調べて判った。
というわけで、黒装束の謎の若者であり老人でもある人物を天狗にたとえて一句詠んでみました。

 

2024/05/26

俳句を詠んでみる_0112【 バックスピンで飛ぶ ロスの 青嵐 】

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毎日見ているような気がするロスアンジェルス・ドジャース・大谷翔平選手のバッティングの様子。それを見て一句詠みました。

【 バックスピンで飛ぶ ロスの 青嵐 】

《背景》季語:青嵐[夏]
季語「青嵐」は、夏の快晴の青空の下を吹き渡る強い風のこと。
ロスアンジェルス・ドジャースの大谷翔平選手の打球を見て詠んでみました。
青い空と鋭い打球、そしてドジャー・ブルーのユニフォーム、大谷選手のためにあるような季語だと(#^.^#)思いました。

 

2024/05/25

「NHK俳句 夏井いつきの俳句道場」を読みました。

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『NHK俳句 夏井いつきの俳句道場/夏井いつき著(NHK出版)』という本をブックオフで見つけ、読んでみました。

2021刊行の本ですので、割と近年のものです。
「NHK俳句」に好評連載されたものを一冊にまとめたもののようです。
古本で買ったら、前の利用者が最初の10ページだけ、熱心に赤や青の鉛筆で線を引っ張ってありました(^_^;)
“あるある”なんですけど、こういう教則本的なものって、最初だけやる気のあるたぶん老人が気合いを入れて線をいっぱい引っ張ります。
でも、10ページくらいで力尽きます(^-^;・・そのあとブックオフに売ってしまうという・・。

さらにこういう本の特徴として、巻末の著者略歴のところの出身大学や、組織での役職などのところに赤ペンを二重線で入れたりしていることが多い・・、学歴や肩書に弱いんでしょうね、だから俳句にも身が入らず、この本を売ることになったのでしょう。

と、いらぬ話題はさておき、この本はテーマをわざわざ「孫」だとか「不気味」だとか「オノマトペ」「字余り、字足らず」などなどで投句を求め、837句に及ぶものを夏井先生が選んで分析しています。

これは私にはまだまだ出来ない句の作り方で、あまりにも難しそうでした。
「音」や「手触り」などのテーマもありましたが、さすが投稿された句は、“手練れ”というか、海千山千、魑魅魍魎??うまいこと詠むなあと思いました。

私にとっては参考にすると言えるほど私自身の実力が足らず、ただ感心するばかりでしたが、今後の俳句づくりには確実に役立つだろうと思えるものでした。
そう思って読み返す日が近いことを祈る・・(^_^;)

 

俳句を詠んでみる_0111【 新茶出て 温度を低く 甘く淹れ 】

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テレビ番組で「新茶」をお題に句を詠んでいるのを見て、自分でもやってみようと思いました。

【 新茶出て 温度を低く 甘く淹れ 】

《背景》季語:新茶[夏]
お茶は熱いのが好きな人、ぬるいのが好きな人がいて色々だけど、新茶は低めの温度でほのかに甘さを感じるように淹れたい、などと普段は珈琲の温度に気をつかっている自分が知ったかぶりでつぶやいてみた。

 

2024/05/24

俳句を詠んでみる_0110【 黒南風(くろはえ)や 登校拒否の朝 裸足で 】

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黒南風という季語の意味を知り、思い出したことを詠みました。

【 黒南風(くろはえ)や 登校拒否の朝 裸足で 】

《背景》季語:黒南風[夏]
季語「黒南風」は、梅雨の最中に吹く湿った南風。
梅雨時の空がさらに黒い雲に覆われることから、そう言われるのだそう。
私が小学三年の頃、風邪で学校を休んだのがきっかけとなり、学校に行かなくなった。
登校拒否の“はしり”だった?!
何度も親に言われ、先生に叱られ、行こうとしたが行けなかった。
ある朝は、雨が降り、やがて湿った風が吹く中、裸足で遠い山の中まで逃げて、そこに泣きながら潜んでいたことがある。
詳しい記憶はないが、その部分だけ心の中に残っている。

 

2024/05/23

俳句を詠んでみる_0109【 龍淵に潜む 人は行き交いて 】

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岸本葉子さんの“俳句と暮らす”本を読んで知った「龍淵に潜む」という不思議な季語、使ってみたくて詠んでみましたが、これでいいのか正体わからず・・。

【 龍淵に潜む 人は行き交いて 】

《背景》季語:龍淵に潜む[秋]
不思議な季語ですが、俳句関連の著書多いエッセイスト、岸本葉子さんの本を読んで知りました。
中国の古代の字典「説文解字」に、竜は「秋分にして淵に潜む」とあるのにもとづいて世の誰も見たことのないものが時候の季語となっています。
水も神秘的なまでに澄み、静謐さをたたえる頃を言うようなのです。
ひと目見て気に入りましたが、それこそ使い方がわからず、人が行き交う街や、野や山、川にも龍は居て、淵に潜んでいるのだ・・というような気持ちで詠みました。

 

2024/05/22

「-季節の言葉と暮らす幸せ- 俳句、やめられません/岸本葉子」を読みました。

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『-季節の言葉と暮らす幸せ- 俳句やめられません/岸本葉子著(小学館)』という本を読みました。
ブックオフで見つけた2018年刊行の本です。
岸本さんはもともとエッセイストですが、この本を書いた時点で、俳句を詠み始めてから十年というところです。

で、読んでみて一番の感想は、俳句を始めてから自分が感じている(今年の2月末からですので、まだまだなんですけど)ことが「そうそう、それもあれもみんなおっしゃっているとおり!」という感じで書かれていました。

言いたいこと、うったえたいことがあるから俳句を作っているんじゃないか、と思い、最初は自分の感情を直接書こうとしたり、特に関連性のないことを「こういうことで神様がこんな現象を見せてくれた」みたいな“物語”をつくってしまったり・・。

季語を無理やりくっつけてみたり、季語がすでに語っていることを繰り返すように書いてしまったり、なんだかそれらしい神社や寺院などを句に詠み込めばそれらしくなるんじゃないかとか・・全部自分にあてはまる ^_^; ・・。

著者は句会や吟行を大事にして、そこでいろいろなことに気づいていて、詠み始めたばかりのご自身の句を恥ずかしいと言いながら例として示してくれて、悪い例として自分の句を載せるなんて果たして私に出来るかな?と思ったりもしました。

そして、私にとって印象に残ったのが、いい句を作ろうとしてだんだん慣れてきた時点で“それなりの”「まあいい句」を作るよりは、ストライクばかり狙わずにギリギリのところをついてチャレンジしていくのが俳句の発展につながるという部分でした。

これでいいのか、わるいのか、そんなところに投げ込んで、暴投になるかもしれないし、皆が唖然とするど真ん中に入ることもある・・そんな比喩で語られていました。

私も、いい句をつくってちょっと褒められたい(^^;)という心が芽生えておりますが、これからはコーナーギリギリをついたり、ワンバウンドするような変化球にも挑戦してみたいと思いました。この本のおかげです。

岸本葉子さんの本、とても参考になったし、俳句に対する気持ちも強くなりました。
また岸本さんの俳句に関する本、探して読みたいと思います。

 

俳句を詠んでみる_0108【 夏衣(なつごろも) 誰が唇ぞ 君を待つ 】

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今回は心の中での創作、「待ち合わせ」を詠んでみました。

【 夏衣(なつごろも) 誰が唇ぞ 君を待つ 】

《背景》季語:夏衣[夏]
待ち合わせをしている人。
きっと夏らしい格好で現れる。
きらと唇に微光・・それは誰のもの・・。

 

2024/05/21

「本は眺めたり触ったりが楽しい/青山南」を読みました。

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『本は眺めたり触ったりが楽しい/青山南著(ちくま文庫)』という本を読みました。
近年の私にしては珍しく新刊本です ^^;

著者、青山さんの文は、若い頃「本の雑誌」でよく拝見していましたが、実に読みやすい文体で心地よく読みました。

本の内容はというと、「本を読む」ってことはどういうことを言うんだろう・・というもので、それを自由に考えていくという、今まであったかな?という本でした。

タイトルにもあるとおり、本は眺めたり、触ったりするだけでもいいのだとも書かれていて、私もそう思います。
中に書かれていましたが、本を片手に散歩する、読まなくてもそれだけでもいい(^_^;)という極端なことでも、それでも私もいいと思う。

図書館に行き、たくさんの本が並んでいるのを見に行くだけの人の話も書かれていましたが、それもよし!だと思いました ^_^;

読んでいて、「ドッグイヤー」とよく言いますが、気になったところの角を折っている本を古本で手に入れることもあります。
古本として手に入れたときは少しがっかりしますが・・(それを全部元に戻さないと読む気にならないのです、私)、でもそんな本を手にして、前の所有者が何を気にかけていたかがわかったりするのも読書のひとつの楽しみであるのかもしれません。

誰かの言葉を引用していましたが、そんなドッグイヤーのことを「おできの跡」みたいだなんて表現して、次に読む人がちょっと気味悪がる気持ちもわかります。

また、二葉亭四迷が欧文の特色は「声を出して読むと抑揚が整うている」という言葉も取り上げられていました。
日本人としては、だれよりも早くそれを察知したらしいです。

翻訳に意欲を燃やしていた四迷は、「外国文を翻訳しようとするからには、必ずやその文調をも移さねばならぬ」として、「原文の音調を呑み込んで、それを移す」ためにカンマやピリオドの数も原文のままにして、語数も原文と同じくし、大変な苦労をした話も書かれていました。

初めて聞く話でしたが、とても感心し、興味深く思いました。

また、日本ではあまりないと思いますが、欧米では「朗読会」がけっこう盛んに催されているという話も書かれていて、「行ってみたいなぁ」と思いました。
その本の内容が自分が黙読しただけではわからなかったところについて気づくかもしれないと思いました。

本を読むということ自体について色々考えたりして、しかも著者自身が楽しんでいる本、面白く読みました。

 

俳句を詠んでみる_0107【 妻 植えた 玉葱(たまねぎ) 誇らしげに 干され 】

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インスタでは写真をアップしたのですが、俳句も詠んでみようと思いました。

【 妻 植えた 玉葱(たまねぎ) 誇らしげに 干され 】

《背景》季語:玉葱[夏]
千葉、夷隅郡の大多喜町に出掛けた時に、道の駅のような大きな店で買ってきた玉葱の苗。
まるでニラのように細くて小さな苗だったが、庭の菜園で育てると立派に育った。
それを収穫し、陽の当たるところにぶら下げて干した。
玉葱も「どうだ立派だろう」と威張っているようだ。

 

2024/05/20

俳句を詠んでみる_0106【 夏兆(きざ)す 雑草シート張り終えて 】

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これから雑草がどんどん伸びてきます。花を植えたりしているスペースにシートを張ったりして対策をする様子を詠みました。

【 夏兆(きざ)す 雑草シート張り終えて 】

《背景》季語:夏兆す:[初夏]
いよいよ暑さも始まり、夏の兆しが感じられるようになった。
妻と庭の一部の草や低木を抜き、大きな石などをどかして土を平らに均して、そこに雑草シートを張った。
夏に向けてのひと仕事を終えた。

 

2024/05/19

俳句を詠んでみる_0105【 苦(にが)かった あの頃の蕗(ふき) 今 甘(うま)し 】

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子供の頃、どうして大人はこういうもの食べるんだろう、と思ったことを句にしました。

【 苦(にが)かった あの頃の蕗(ふき) 今 甘(うま)し 】

《背景》季語:蕗[初夏]
子供の頃、蕗が濃い茶色に煮られて食卓に登場。
大人達は喜んで食べていたが幼い自分には意味不明。
ただ苦いだけのストローのような珍妙な食べ物に見えた。
それが歳月を経てその時の大人の年齢に達した。
今の自分には・・甘(うま)い・・。

 

2024/05/18

「自分のための人生/ウエイン・W・ダイアー」を読みました。

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『自分のための人生/ウエイン・W・ダイアー著・渡部昇一訳・解説(三笠書房)』という本を読みました。
古本で見つけ、ちょっと立ち読みした感じで読んでみようということになり手に入れました。

翻訳と解説をした渡部昇一氏については今まで何冊も著書を読んでいますが、このウエイン・W・ダイアーという方については存じ上げておりませんでした。

しかし、帯にも書かれているように全世界でベストセラーになっているとのことで、何かひとつでも参考になることがあればと思いました。

著者のいちばん言いたいことは、過去にあったことに自責の念を感じ、それにばかり囚われて“今”行動が取れなくなっている人が多く、あなたもそうではありませんか?
ということ。

そして、これは未来についても同じような感じで、まだ起こってもいないことに不安を感じ、その不安感が自分を支配し、またもや“今”の自分が行動を取れなくなっている。
一歩踏み出したり、新たなことに挑戦したりすることに臆病になっていませんか?
ということでした。

さらにその過去の自責の念や、未来への不安をことさら強調して意識させ、他人を、あるいは家族などもコントロールしようとする人が周りにいませんか?
ということも書かれていました。

言われてみれば・・というか、多くの人が多かれ少なかれそんな精神状態というか、肉体的にも身動きが取れないような状況を経験しているのではないか、と私は思いました。
まさに、私もその一人です。

過去のあのこと、あれも、ああもうひとつあのことも、思い出しただけで叫びだしたくなることがいくつもあります。
そして特に現役で仕事をしている時には、それが大きく自分にのしかかり、さらに未来のことについても、あんなことになったら大変だ・・と怯え切っていたことがありました。
今でもそんな感覚に囚われて居ても立っても居られない気持ちになることがあります。

その解消方法について書かれているわけですが、内容については著者の商売の邪魔をしてはいけないので詳しく書くことはしません。
でも、かなり難しいというか、人生をぐるっと返してしまうようなドラスティックな転換が必要であると思いました。著者自身も苦労していたように書かれていました。

参考になったかというと、「気持ちの持ちようを変えてみよう」というくらいのものとして受け取った感じです。
とにかく難しそう。

また後日、もう一度も二度も読み返す必要がありそうだ、ということで今回の読後感はおしまいです。

 

俳句を詠んでみる_0104【 義母からの蚕豆(そらまめ) オリーブ油で焼く 】

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今回はいただき物のそらまめで一句詠みました。

【 義母からの蚕豆(そらまめ) オリーブ油で焼く 】

《背景》季語:蚕豆[夏]
義母が蚕豆を届けてくれた。
さっそく、オリーブ油をつかって軽く焼き、焦げ目がついたら塩を振り、ビールのつまみになった。
早々に夏を感じた瞬間だった。

 

2024/05/17

俳句を詠んでみる_0103【 盤双六(ばんすごろく) 珈琲屋にて 手習す 】

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ラジオでバックギャモンというゲームの世界ランクに日本人が数人入っているという話を聞いて、久しぶりに思い出したこのボードゲームで一句詠んでみました。

【 盤双六(ばんすごろく) 珈琲屋にて 手習す 】

《背景》季語:双六[新年]
盤双六とは、「バックギャモン」のこと。
日本でも古くから伝わり親しまれている。
現在の大河ドラマ「光る君へ」でもこのゲームに興じるシーンがあったそう。
妻とまだ結婚したばかりの頃、古本屋の隣にあった渋い喫茶店で二人、珈琲を飲んでいると、テーブル席ではマスターと若くてきれいな女性がサイコロを振り、何かボードゲームをやっている。
「それは何ですか?」と聞くと「バックギャモン」だと言う。
聞いたことがある。
中東の方で盛んなゲームだ。
マスターときれいな女性に教わり、私達夫婦も何とか形ばかりではあるがルールを覚え、ゲームが出来るようになった。
私が「マスター、隅におけないですよ。あんなきれいな娘とゲームやってるなんて」と言うと、「あぁ、あれは俺の娘だ」
私達夫婦「えぇ~っ!!愛人にしか見えなかった」と言うと、マスター、なんだかうれしそうだった。

 

2024/05/16

俳句を詠んでみる_0102【 根深抜き 昼の炒飯に刻み入れ 】

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今回はお昼ご飯づくりで一句詠みました。

【 根深抜き 昼の炒飯に刻み入れ 】

《背景》季語:根深[冬]
ネギは関東では根元に土寄せをして白葱に育てます。
それが「根深」。
我が家の庭の菜園にもそんなネギが何本かあり、お昼にそれをズボッと抜いて洗い、すぐさま刻んで炒飯の材料に。
最後に鍋肌に醤油を回し入れ、ちょっと焦げたネギの香りもして食卓に。
家族との楽しい昼ご飯の様子を詠みました。

 

2024/05/15

「四季のうた 文字のかなたの声」を読みました。

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『四季のうた 文字のかなたの声/長谷川櫂著(中公文庫)』を読みました。
2016年初版発行のもので、2014年4月から翌年3月にかけて読売新聞に連載されたコラム「四季」を収録したものです。

俳句や短歌を読むときに、“文字のかなた”から聞こえてくるひとすじの声に耳を澄ましてほしい・・と当代きっての俳人である著者が解説し、導いてくれる、そんな本でした。

なので、短歌も俳句も載っています。
私にとってはまだ短歌は未知の世界なので、何度も読み返して味わってみました。

著作権の問題もあるかもしれないので、具体的な作品をここにご紹介はいたしませんが、取り上げられている作品は、名歌・名句と呼ぶにふさわしいものばかりだし、とても大きなスケールあるものから内面宇宙のようなところに及ぶ作品まで、私にはとても手の届かない素晴らしいものばかり・・。

この二月から初心者である私が百句ほど詠んでみた句とは、はっきり言ってまるで異なるものでした。少ししょんぼりしてしまいました。

ほとんど具体的な言葉にしてはいないのに、「ああ、こういうことを表現しているのだな」ということは私にもなんとなくわかるし、著者・長谷川櫂氏の解説でもその旨が書かれていて、「そうか“皆まで言わなくても”こんな風にすればいいのだ」と、とても勉強になりました。

・・勉強になったからと言って明日から私が書けるわけではありませんが・・(^_^;)

けっこう、まだ自分が“幼稚園生”くらいのところにいるのだと思い知りましたが、でも毎日詠んでいくことで、そしてこのような本や句集などにふれていくうちに、きっともうひとつ別の世界が見えてくると思います。

何よりも今は俳句をひとつでも詠んでいくのが楽しいのです。

というわけで、落ち込みつつも意を新たにした、この本の読後感を書いてみました。

 

俳句を詠んでみる_0101【 バレンタイン カードには さようならと 】

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昨日、ブログにアップした俳句が100句目となりましたが、本日101句目は前回に続き“失恋シリーズ”・・・。

【 バレンタイン カードには さようならと 】

《背景》季語:バレンタイン[春]
失恋シリーズ第二弾。
実話だから余計悲しい(T_T)
バレンタインの日に彼女からチョコレートをもらい、家に帰って添えられていたカードを見ると「さようなら」のあまりにも悲しい文字が。
今思い出しても気絶しそうになるくらい。
こうして人間は大きくなるのか・・。
いや、ショックが後を引き、人間が縮んだかも・・。

 

2024/05/14

俳句を詠んでみる_0100【 ひと言で 終わった恋よ リラの花 】

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なんと、今年2月の市原市市民会館における夏井いつき先生の句会ライブで、ビギナーズラックとはいえ、私が優勝してから、先生とのお約束のとおり日々俳句を読む生活を2月末から始め、5月も半ばとなりました。
そして、本日アップするのが『100句目』です!
そんなめでたい日の句は、逆に悲しい失恋の句を詠んでみました。学生の頃の話です。

【 ひと言で 終わった恋よ リラの花 】

《背景》季語:リラの花[春]
中学生の時の彼女、2年つき合い、私が高一、彼女が中三の時に別れ話となった。
色々話したが、彼女のたったひと言で一瞬にして何もかもが終わり、全てが過去になった。
リラの花咲く季節でした・・。
その言葉は・・・言えない・・・。

 

2024/05/13

「ノーテンキ旅 小沢昭一的こころ」を読みました。

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『ノーテンキ旅 小沢昭一的こころ/小沢昭一・宮腰太郎(新潮文庫)』という本を読みました。
この文庫本は、1996年に発行されているものですが、内容としては当時のTBSラジオ「小沢昭一の小沢昭一的こころ」という名物番組の内容を文書化したものです。

このシリーズは当時何冊も出ていると思われますが、今回読んだ本は「ノーテンキ旅」と銘打たれ、小沢さんと“ノーテンキ・プロデューサー”と文中で呼ばれているお二人の珍道中の様子が書かれ(話され)ているものでした。

「のぞきカラクリ」という明治時代の頃の庶民の娯楽的なもので、大掛かりな紙芝居というか、大きくて立体的な画像をレンズを通して「語り」と共に見るという仕掛けが日本中でも3機くらいしか残っていないものについて、あらたにもう一機見つかるというニュースを聞き、小沢さんがわざわざ遠方まで見に行き、資料館の方からいろいろ教えてもらう話題など、内容は当時の番組の相変わらずの愉快さを伴い、実に濃くて面白いものでした。

そのほかにも、小沢さんご自身が懐かしがっていた「関東塩煎餅」の仕入旅や、「蓼食う虫も好き好き」の『蓼(たで)』の産地を訪ねたり、万能ネギの元祖となった地域を訪ねてもいました。

目のつけどころが当時としても他の番組とはまったく異なるものです。
そしてあの小沢さんの名調子!
プロデューサーの“脳天気ぶり”が面白く、今やこういうラジオ番組は、皆無というか絶無です。

録音も残っていて、CD化もされたことがあるようですが、あの平日の夕刻にその時の時事なども含めて語られることでこの番組は人気を得ていたと思いますので、・・今聞いたらちょっと涙ぐんでしまうかもしれません。

小沢さんも亡くなったし、野坂昭如さんも、永六輔さんも亡くなってしまい、野坂さん晩年の世の中に対する強烈なメッセージも、永さんのテレビ、ラジオに対する薫陶のようなものも、小沢さんの古くからの民衆芸能への熱き想いも、今やもう同じように語れる人はいなくなりました。

時々、TBSラジオなどでは、ベテランのアナウンサーや、永さんに目を掛けてもらった芸人達が野坂さん、永さん、小沢さんを懐かしんでいるのが唯一の救いのような気がして、耳をそばだてて聞くことがあります。

この本を読んで、あのときの世間の感覚や、自分の当時置かれていてた立場や気持ちなどが浮かび上がってきました。

 

俳句を詠んでみる_0099【 校庭の ふらここ揺れる 夜々あやし 】

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今回は夜のちょっと不思議な光景を詠んでみました。

【 校庭の ふらここ揺れる 夜々あやし 】

《背景》季語:ふらここ[春]
『ふらここ』とはブランコのこと。
なぜか夜中に学校の前を通りかかると、いつも校庭のブランコが揺れている。
誰か酔っ払いでもさっきまでブランコに乗っていたのか、それとも風もないにのひとりでに揺れているのか・・。
ちょっと怖さを感じた夜の校庭を詠んだ。

 

2024/05/12

俳句を詠んでみる_0098【 砂糖水 もらう 田舎の一軒家 】

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小学校低学年の頃の思い出を詠んでみました。

【 砂糖水 もらう 田舎の一軒家 】

《背景》季語:砂糖水[夏]
記憶を辿ると、小学三年の頃、仲の良い友達と自転車で町外れの隣の市に入ったところにある貝塚を見に行った。
真夏だった。
距離もあり、途中で喉が渇き、谷津田の山側に一軒家を見つけ「ごめんください」と声を掛けると年配の女性が出てきて「よくここまで子供二人で来ましたね」と、すぐに家の裏側の崖にパイプが差してあるところから湧いている清水をコップに汲み取り、砂糖を入れてかき回したものを二人にくれた。
コップのガラスは冷たい清水に汗をかき、こんなおいしい水を飲んだことはなかった。
「ありがとうございました」と礼を言い、貝塚に向かった。
夏の夢の中のような思い出。

 

2024/05/11

「恋する俳句/黛まどか」を読みました。

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『恋する俳句/黛まどか著(小学館文庫)』という本を読みました。
1998年に刊行され、2002年に文庫化されたものです。
ということで、「Eメールのやり取りが心配だ」などという、今ではあまり考えられないような話題もありました。でもそれも微笑ましいです。そんな時代の方がよかったような気もしてきます、黛さんの文を読んでいると。

この本は、著者・黛さんが代表である「月刊ヘップバーン」でお題を毎回決めて応募してきた句から《松・竹・梅》と選び、さらに佳作も載せ、優秀三作には黛さんの評も加えられ、さらにここをこう直した方が・・という句には添削も入れられていました。
そして募集した句と同じお題で黛さんも毎回一句詠んでいます。
これがまた素敵な句になっておりまして、美しく、品があり、私のような素人男性に静かに、でも強く訴えかけてくるのです。

また、「恋する俳句」と銘打っているように、恋にまつわるテーマが多く、今年に入ってから俳句にかかわってきた私にとって、とても新鮮です。
真向から「恋心」を詠んでしまうなどということはあまりなく、しかも今まで読んできた句集などにもあまり「恋の句」はありませんでした。

テレビの俳句番組だったと思いますが、句を捻る本人が年齢を重ねると、もうあのドキドキした青春時代の恋の俳句なんて書けなくなるかも・・という話が出ていました。
私もそう思ってはいたものの、ここ数か月で俳句を詠んでいく中で何度かそんな恋の句にチャレンジしたものがあります。
・・けっこう書けますよ(^_^;)自分でもびっくり。

というわけで、もうすぐブログにアップしてきた句が100句に達しそうなのですが、恋や愛に関するものもアップしてみたいと思っています(#^.^#)やればできるっ!!

で、この「恋する俳句」という黛まどかさんという美人がまとめた本は、実に“心わくわく”する本でした。古いものですけど、今でも十分ドキドキものです(*^^*)

 

俳句を詠んでみる_0097【 梅干しや 腹立て にぎる 産霊(むすび)怒る 】

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初めて聞く「産霊(むすび)の信仰」という考え方を知り、一句詠んでみました。

【 梅干しや 腹立て にぎる 産霊(むすび)怒る 】

《背景》季語:梅干し[夏]
日本人には古くから、『産霊(むすび)の信仰』というものがあったと本を読んで知った。
水を飲む時もすくうとき、手を“むすんで”飲み、水の中の霊魂を体で成長させた。
にぎりめしにも、むすんだ人の心がこもると考え、子供に腹を立てながらにぎれば、おむすびは怒っているし、笑いながらにぎれば、おむすびは笑っているというのだ。
それが面白くてこの句を詠んだ。

 

2024/05/10

俳句を詠んでみる_0096【 夏に 長男のカレー あついめし 】

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長男がときどき家族に料理をつくってくれます。それを詠みました。

【 夏に 長男のカレー あついめし 】

《背景》季語:夏[夏]
長男が休日などに料理をしてくれる。
夏のある日、カレーを作ってくれた。
あついめしによく合って、家族一同「おいしい」とよろこぶ。

 

俳句を詠んでみる_0095【 埋み(うづみ)火 知るや そんな人でありたい 】

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本を読んでいて“埋み火”というものを知りました。いい言葉だと思い一句詠んでみました。

【 埋み(うづみ)火 知るや そんな人でありたい 】

《背景》季語:埋み火[冬]
埋み火とは、灰に埋めた炭火。
ちょっとだけ火が見えるようにして灰をかぶせておく。
そうすると火鉢やこたつの炭火が長持ちしたそう。
今や季語としても“死語”に近いようだが、私はカッと赤く熾っている炭火よりも、下に隠れてはいるものの、寒い寒いと入って来た人にありがたがられる「埋み火」のようでありたいと思った。

 

2024/05/09

俳句を詠んでみる_0094【 蕎麦 古本 珈琲で 秋過ごす 】

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休日の夫婦楽しみのトライアングルを詠んでみました。

【 蕎麦 古本 珈琲で 秋過ごす 】

《背景》季語:秋[秋]
妻とクルマで出掛け、蕎麦屋で腹ごしらえしてから古本探し。
仕上げに珈琲を飲んで休日を過ごした。
「この“トライアングル”はいいよね」と二人で笑った。
秋にはますますこのトライアングルの行き来が増すだろうと話した。

 

俳句を詠んでみる_0093【 天運の結婚と言われ 汗ぬぐう 】

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妻とふたりのふとした時の会話から一句詠みました。

【 天運の結婚と言われ 汗ぬぐう 】

《背景》季語:汗[夏]
妻とクルマで出掛けた際に、物事を決める時にあまりにも“キチっと”理由を明らかにして行動する妻に「じゃ、なんでオレみたいな“変テコ”な男と結婚したの?」と聞いてみたら・・・。
「神様が決めてくれたからだよ」と力強く言われ・・思わず汗をぬぐいました。

 

2024/05/08

「春夏秋冬 雑談の達人/堀本祐樹」を読みました。

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『春夏秋冬 雑談の達人/堀本祐樹著・石川ともこイラスト(プレジデント社)』という本を読みました。

著者の堀本祐樹さんの本については、このブログでは「芸人と俳人」という又吉直樹さんに俳句、特に季語を教えつつ勉強していく楽しい本をご紹介したことがあります。

あの本では、季語がなく、破調(※五七五にこだわらない俳句)が主であった又吉さんの俳句がどんどん“いい俳句”になっていく過程を見ることができました。

今回は、春夏秋冬の物語のような形で、俳句が得意な先輩が、そんなことに何の興味もない後輩の社員との日々の会話の中で日常生活上にゴロゴロと転がっている『季語』をふんだんに交えつつ会話、行動していくストーリーの物語になっていました。

さらには上司、上司の釣り友、後輩の友達である女性社員、先輩の大家さん、大家さんの広大な管理地を猟をしながら管理する猟師さんなども登場して季節ごとの天候や衣服、行事、食べ物、その他季語に関わるものならなんでも会話に飛び出す形でストーリーが展開されていきます。
季語の部分は太字になっていて、この物語を読むだけでかなりの季語を知ることができます。
私も知らなかった季語をずいぶんと知ることができました。

読んでいて、つくづく著者堀本さんの深い知識と、気取らず難しいことをやさしく教えてくれる人物像などに感服いたしました。
それに、読んでいて心がとてもあたたかくなる展開と登場人物のキャラクターにも心躍るような気持ちになりました。

軽い感じでストーリーは動くし、とても読みやすいのですが、でもかなり勉強になりましたし、俳句がよりいっそう好きになりました。
とてもいい本でした。
今後も手元において、季語などを確認するときに紐解きたいと思います。

 

俳句を詠んでみる_0092【 X(エックス)や 悪罵(あくば)の蝉時雨 止まぬ 】

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X(旧 Twitter)を見ていて感じることを詠みました。

【 X(エックス)や 悪罵(あくば)の蝉時雨 止まぬ 】

《背景》季語:蝉時雨[夏]
X(旧ツイッター)は、日々目にしている。
しかし、いつのぞいても悪罵の声は止まず、夏場の蝉時雨のよう。
“つぶやき”というよりも“怒声”の如しで、心平穏とはいかない世界だ。

 

俳句を詠んでみる_0091【 露涼し 草花に 声かける朝 】

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気持ちの良い朝に一句詠みました。

【 露涼し 草花に 声かける朝 】

《背景》季語:露涼し[夏]
夏の気持ちのよい朝、新聞を取りに庭に出て、自らも気持ちが良いが、草花も気持ちのよい目覚めをしているかのよう。
思わず「おはよう」と声をかける。

 

2024/05/07

俳句を詠んでみる_0090【 LINE待つ 地下駐車場 春の宵 】

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前日にお伝えしたように、俳句のストックができましたので、本日二作目のアップです。
待ち合わせ場所でLINEの連絡を待つ様子を句にしてみました。

【 LINE待つ 地下駐車場 春の宵 】

《背景》季語:春の宵[春]
待ち合わせの場所は地下駐車場。
相手からのLINEを待って車で待機。
春の宵は、日が暮れてまだ時間も経っていなく、灯火華やかに美しい遊楽の刻である。
そんな街に繰り出すのがたのしみだ。

 

「全身翻訳家/鴻巣友季子」を読みました。

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『全身翻訳家/鴻巣友季子著(ちくま文庫)』を古本で読みました。
著者、鴻巣さんは翻訳家で文芸評論家、この本はその鴻巣さんのエッセイ集です。

2007年に「やみくも」というタイトルで刊行されたものを組み替え、加筆・修正し、さらに新聞、雑誌等に掲載されたエッセイも追加して発行されたものです。

鴻巣さんは小さい頃から色々な“習い事”を親に言われてやったようですが、文科系も運動系も苦手なものばかりで身につかず、でもあるきっかけから英語に興味をもって、「将来は翻訳家しかない」という思いを持つようになり、それを現実化したということが、読んでいてわかりました。

翻訳家って、ただ小説などを翻訳していればいいというわけではなく、その作品自体の“読み解き”が出来るかどうかだとご本人も書かれていましたが、このエッセイを読んでいるだけで、鴻巣さんの独特の視線というか、作品からその“匂い”を感じ取り、心憎い翻訳をされているのが例示されている翻訳を読んでいてもわかりました。

実際に外国に出掛けて行った鴻巣さんの旅の様子も書かれていましたが、街並みやホテルの様子、出会った人、それにこれも驚いたのですが、外国のお酒には滅法詳しい!しかもマニアックかつ、外国小説に出てきたお酒はこれだろう・・という推察も玄人です。

また、細かい言葉遣いなどにも気を配られていることもわかりました。
「ドタキャン」や「まゆつば」「かもねぎ」「早弁」などは略して言うことでしか表現できない気分が漂っているが、「半端ではなく」を「半端なく」と言ったり(※若者言葉の“ハンパない”とは違う元来の意味で)、「正直言って」を「正直」、「基本的に」を「基本」と言ったりすると、一字二字を惜しんで忙しがっている感じがして、野暮ったい、ともおっしゃっています。
これについては、私も同感です。
仕事をしていた時にはそういうタイプの人には警戒しました。油断ならない人が多かったので。

色々書きましたが、翻訳家の“生態”のようなものもわかり(*^^*)面白い本でした。

 

俳句を詠んでみる_0089【 記憶というタイムマシン あの夏野へ 】

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子供の頃テレビで見たイギリスの映画「タイムマシン」の中でのセリフを思い出して一句詠みました。

【 記憶というタイムマシン あの夏野へ 】

《背景》季語:夏野[夏]
「人は皆、記憶というタイムマシンを持ち、過去のあの日に記憶が連れていってくれる」
「未来へは希望がタイムマシンとなり、連れていってくれる」と、イギリスの古い「タイムマシン」という映画が子供の頃の私に教えてくれた。
あの少年の頃の夏休みの夏草が生い茂り、草いきれの立つ、見渡す限りの緑の夏の原、もう一度行ってみたい。

 

2024/05/06

俳句を詠んでみる_0088【 甘酒で 喉湿し 明神詣で 】

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また俳句作品のストックができましたので、今日二回目の俳句をアップします。
神田明神入口にある甘酒屋で一句。

【 甘酒で 喉湿し 明神詣で 】

《背景》季語:甘酒[夏]
お茶の水駅で降りて、神田明神を目指す。
入口の鳥居をくぐる前に甘酒屋がある。
ちょうど良いと、甘酒で喉を湿し、生き返って心もあらたに明神詣でをする様子を詠んだ。

 

俳句を詠んでみる_0087【 夏の朝 眉に白髪ひとつ 見つけ 】

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あれっ?!と思った眉毛に白髪・・そんな瞬間を詠んでみました。

【 夏の朝 眉に白髪ひとつ 見つけ 】

《背景》季語:夏の朝[夏]
朝、顔を洗っている時、洗面台の鏡を見ると、眉毛の中に白髪が一本あるのを発見した。
そうか、そういうことだよね・・・。

 

2024/05/05

「言葉のゆくえ 俳句短歌の招待席/坪内稔典・永田和宏」を読みました。

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『言葉のゆくえ 俳句短歌の招待席/坪内稔典・永田和宏(京都新聞出版センター)』という本を古本で手に入れ読みました。

この本は、俳人、歌人を代表するような坪内稔典さん、永田和宏さんのお二人が、「笑い」「卒業」「送り火」などのキーワードを挙げて、俳句・短歌それぞれに句・歌を持ってきてそれを鑑賞し、さらにお二人が詠んだそれぞれのキーワードに関連する句・短歌を互いが鑑賞・批評するという形で構成されていました。

同じキーワードで俳句と短歌を鑑賞すると、読者の私にもその感触がかなり異なることがはっきりとわかりました。

この本の中にはお二人の対談形式のコーナーもあるのですが、そこで俳句初心者の私も初めて知ったというか、認識したのは短歌はもともと格調高いというか、人事や日常の些事を歌っていたものではなく、俳句は私が思っていたのとは逆にけっこう下品なことを基とするような感じだったんだということ。

たぶん私が多くの短歌にふれたのは、俵万智さんの「サラダ記念日」以降なので、短歌は日常の出来事や感じたことを自由な感覚で歌っているものだという感じに受け取っていたのだと思います。
そして、現在は実際にそんな感じになっているのかもしれません。
短歌に詳しくないので言い切れませんが。

逆に俳句についは、テレビ番組などで、愉快なものなどもありますが、季語や五七五という限られた文字数で拘束されているので割と“固い”感じで、美しいものや芸術的なもの、自然の光景などが詠まれていて、格調高いものが多いなどという認識になっていました。

しかし、その成り立ちからいうと逆なんですね。

紹介されている俳人、歌人らの句・歌はそれぞれに俳句と短歌の特徴がよく出ていて興味深く、たのしく読みましたが、坪内さん永田さんの丁々発止の対談でのやり取りも面白く、“仲良く喧嘩”している感じで微笑ましいものがありました(#^.^#)

私自身、まだ俳句を詠み始めたのはこの三月からですので、短歌の方に足を踏み入れるのは先のことになると思いますが、俳句とは異なるアプローチで様々なことを歌ってみたいという気持ちはあります。

ただ、気をつけねばならないのは、この本にも書かれていましたが、今現在の短歌は現在の自己の思いや考えをかなりリアルに突き詰めているようなものが多く、自分というものを見つめ過ぎて“ドツボ”に嵌まり、精神的に身動きが取れなくなりそうなこと・・。

俳句は逆に字数が少ないので、精神的には余白と自由度が高く、書いていて自分の考えとは逆のことを詠んでも、「それもいいかも」と思えてしまう部分があります。
とりあえずは、今感じている俳句の良さを自分のいいように取って、俳句を楽しんでいきたいと思っています。

 

俳句を詠んでみる_0086【 やすんばの 自然に 銀竜草(ギンリョウソウ) 生ゆ 】

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「やすんば」という自然園が香取郡多古町にあり、私も訪れたことがあり、たのしい一日を過ごしたことがあります。
そこのインスタグラムで銀竜草という珍しい植物が生えてきたと知り驚きました。
それを句に詠んでみました。
下記のURLで実際に「やすんば」に生えてきた様子を見ることができます。
https://www.instagram.com/yasunba902/

【 やすんばの 自然に 銀竜草(ギンリョウソウ) 生ゆ 】

《背景》季語:銀竜草[夏]
千葉県香取郡多古町にある「やすんば自然園」。
個人の力で造り、運営している楽園のようなところ。
その「やすんば(※休み場の方言か)」のインスタグラムで銀竜草が生えたとの報せ。
幽霊竹や水晶蘭の異名も持つ標高の高い深山に生息する植物である。
とても珍しいことだと知り、驚き、又うれしくもなった。
自然園の案内係担当の猫、ミーちゃんとハーちゃんもよろこんでいるだろうなと思った。

 

2024/05/04

俳句を詠んでみる_0085【 終活に 込める霊(たましい) 空蝉(うつせみ)か 】

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「自分の死亡届を書きたい」と窓口に来た老人と相対して一句。

【 終活に 込める霊(たましい) 空蝉(うつせみ)か 】

《背景》季語:空蝉[晩夏]
住民関係の届出の窓口にいた時、矍鑠(かくしゃく)とした老人が「死亡届の書き方を教えてください」と現れた。
「葬儀社の方が死亡診断書を持ってくると思うので、それと一体となっている届出書に家族と相談しながら記入すれば書けますよ」と伝えると・・・。
「いや、私の死亡届だ。健康保険の死亡見舞金については、このあいだ聞いてきた。今日は戸籍届出を勉強する」
「ご自身の・・ですか・・?」
「そうだ、家族になんかまかせておけないから、自分で死ぬ前に下書きを作って渡しておく」
「わかりました」とお教えした。
自分が抜け出た殻を見ながら人生を振り返っているような光景だった。

 

2024/05/03

「グダグダの種/阿川佐和子」を読みました。

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『グダグダの種/阿川佐和子著(だいわ文庫)』という本を読みました。
古本で手に入れたもので、2007年に刊行されたものの文庫版(2010年)です。

まあいつもどおりの“阿川節”ですが、読んでいくと、まだ結婚されていない阿川さんです。
しかも、文面どおりに解釈すると、結婚の予感もない状態。
このあと自分の人生どうなっていくのかと、何度もの引っ越しについても書かれていました。
阿川さんて、けっこう居心地の良いところでも、気分を変えようとするのか、パッと新しいところを見つけて引っ越してしまうことがわかりました。
そう知らされてみると、阿川さんらしいかも。

「女に好かれる女」というテーマの原稿をたのまれ、「色気のない女」「男っ気のない女」「男の前で態度や声色を変えない女」「嫉妬する要素のない女」・・などということになるのですが、ややや・・これって自分がそうだから原稿たのまれたってわけぇ!!
とギャフンとなったりもしています(^^;)

阿川さんて、男も友達にはなりたい人だと思います。でも、恋人だったらちょっと(*^^*)という感じ。

そんな阿川さんのいつもどおりのおもしろエッセイでした!(#^.^#)

 

俳句を詠んでみる_0084【 盆踊り かけつけ 紙コップ 一杯 】

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盆踊りの本部テントを訪れる偉い人は大変だなぁと思って一句。

【 盆踊り かけつけ 紙コップ 一杯 】

《背景》季語:盆踊り[秋]
以前、〇長のアテンドの仕事があった。
一夜の内に次から次へと盆踊り会場を訪れる〇長をそれぞれの会場に車で先回りして次々とその地区の本部テントに案内する仕事。
どこの会場でも“かけつけ一杯”のビールが大きな紙コップに注がれ、町内会長から手渡される。
グッと一気に飲み干して、踊りの櫓(やぐら)に向かい、一曲踊る〇長。
あれだけの数の会場でどれほど飲むことになるのか、普通の人には出来ない・・。

 

2024/05/02

俳句を詠んでみる_0083【 澤乃井に 起承転結の 利酒(ききざけ) 】

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何度かいろいろな人たちと出掛けた澤乃井。そこでの美味しいお酒で一句詠みました。

【 澤乃井に 起承転結の 利酒(ききざけ) 】

《背景》季語:利酒[秋]
奥多摩にある酒蔵、澤乃井では四種の酒を「起承転結」の順におすすめで提供するサービスがあった。
その酒の種類と順は季節によって変わるようだが、天候・気温・湿度などによっても色々なお酒と順番を楽しめそう。
出会った時のうれしさを詠んだ。

 

2024/05/01

俳句を詠んでみる_0082【 秋の日に ドライブ 宍道湖 波立つ 】

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宍道湖沿いの道路を走ったときのことを詠みました。

【 秋の日に ドライブ 宍道湖 波立つ 】

《背景》季語:秋の日[秋]
妻と島根に出かけ、レンタカーで宍道湖沿いの道路をドライブした。
とても大きな湖で驚いた。
ちょっとした風でも湖面は波立ち、意外や迫力のある湖の光景が広がった。

 

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