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2024/06/30

「ダンディー・トーク/徳大寺有恒」を読みました。

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『ダンディー・トーク/徳大寺有恒著(みずうみ書房)』という本を古本で手に入れ、読みました。
著者、徳大寺有恒さんは、「間違いだらけのクルマ選び」という本で有名になられたことをご存知の方も多いと思います。
私はそのほかに、TVKのテレビ番組「新車情報’〇〇」に亡くなられた三本和彦さんと出演されていたことをよく覚えています。
そして徳大寺さんも10年前に亡くなられた・・。

もう、この時代にクルマのことを“ああだこうだ”とこだわり、メーカーに対しても歯に衣着せぬ意見・提言する人なんていなくなっちゃった気がします。
徳大寺さんのそんな気骨のあるクルマに対する厳しい指摘、現行車に対しても聞いてみたかったものだと思います。

で、この本ですが、クルマに対するダンディズムについても、もちろん書かれていましたし、かなりマニアックというか、自腹でクルマを50台も買って乗っていたたげのことはある・・という徳大寺さんのクルマに対するダンディズムが語られていて、もう「ははぁ~っ」とひれ伏すばかりでした。
私のような凡人はただただ感心し、驚くばかりのお言葉ばかりでした。

そして、服、靴、鞄、万年筆など、徳大寺さんが「俺はこう考えているからこういうものを持っている」ということがわかりやすく書かれていて、それを貫くにはほとんど入ったお金はそのままクルマやその他男のアイテムとして遣われていくことになり、家計は大変だったろう・・などと一般人の私は思うのですが、「それがダンディーじゃない」ということになるのでした。

女性に対しても“金のかかる”“一筋縄ではいかない”人と付き合うのが男なのだ・・というふうに私は解釈いたしましたが、徳大寺さん向かうところ敵なしという感じ・・少しは無理しているのでしょうが・・。

クルマの運転の仕方や、女性との付き合い方についても、けっこう細かくアドバイスされていて、もし若いときに私がこの本を読んでしまったら、今頃“ヤバいヤツ”になっていたことでしょう(^_^;)

この本を読んでの結論、徳大寺さんは“ヤバい雰囲気”を漂わせている“やせ我慢”のやさしくてカッコいい男ということになりました。
こういう人・・なかなかいません。日本に残存している方は、北方謙三さんくらいか。

 

俳句を詠んでみる_0147【 ロシアひまわり見て泣く 彼女の過去 】

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古い映画に因んだ遠い過去の記憶を詠んでみました。

【 ロシアひまわり見て泣く 彼女の過去 】

《背景》季語:ロシアひまわり[夏]
結婚する前のとても古い昔の話。
当時の彼女は明るく天真爛漫で、男性陣の人気の的だった。ファンクラグまであった彼女とまさか私が付き合っているとは誰も知らなかった。
そして時々ある映画をもう一度見たいと言っていたことがあり、それを覚えていた私が東京に一緒に出かけた時にその映画のビデオを買ってあげた。
後に、二人でその「ひまわり」という映画を見てみると、イタリアの映画で、ロシアでの戦争にともなう数奇な運命の男女の物語だった。
映画を見終わり、涙がとまらぬ様子だった彼女には、つらく深い過去があることをそこで知った。
この映画が、ソフィア・ローレン主演の名作であることも、その時初めて知り、彼女との付き合いは別次元に深く進行することとなった。

 

2024/06/29

俳句を詠んでみる_0146【 清秋に ほほと笑む女(ひと) 消えた恋 】

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いろいろなところに出かけたり、出逢ったりすることで感じてきたこと、詠みました。

【 清秋に ほほと笑む女(ひと) 消えた恋 】

《背景》季語:清秋[秋]
いろいろな話をしたり、何処かに出かけてみたり、食事をしたり、お酒を飲んだり、同じ光景を見て佇んだり、様々なことがあって、恋に似たものが存在していたのはたしかだと思い、それはいつまでも残ると思うのが男。
ある日、ほほと笑って、そんなこともありましたっけ・・という様子に戸惑うのも男。
秋の空気の澄んだ頃に、そんなことも起こりますよ、という句。
ビートルズの曲にも「消えた恋」というのがあったっけ・・。

 

2024/06/28

俳句を詠んでみる_0145【 夏の潮 葉山で見た ビキニのへそ 】

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ずうっと昔、学生時代の記憶を呼び起こして詠んでみました。

【 夏の潮 葉山で見た ビキニのへそ 】

《背景》季語:夏の潮[夏]
大学時代の彼女は高校生だった。
彼女の美しい叔母さんの家は葉山の御用邸のすぐ隣にあって、そこで着替えて浜はすぐそこ。
さらに彼女の妹もついてきて、それがまた美少女。
こんな夢のような状況で、しかも葉山のビーチで遊んでいいんかい!とまさに夢心地。
高校生の彼女のビキニは眩しく、おへそが見えてドキドキした。
ビニールのボートに乗り、沖へ漕ぎだし、葉山の青い海と潮風を感じた。
今では信じられない幸せな光景だった。
帰りのクルマでは、自分のクルマを提供してくれた私の同級生が運転してくれ、ナビを引き受けた私の彼女は助手席に。
彼女の妹と私は後席に。
彼女の妹は私の腕の中ですやすやと眠りだし、私の彼女は妹に「テメエ、ふざけるな、殺す!」と助手席で叫んでいた。
あの夏の出来事でした。

 

2024/06/27

「思いちがい辞典/別役実」を読みました。

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『思いちがい辞典/別役実著(ちくま文庫)』という本を古本で見つけ、読んでみました。
1999年第一刷発行となっておりまして、当時の世相の中で書かれているわけで、「辞書・事典類はありきたりの説明しかしておらず、人々が“思いちがい”をしたくても出来ない状況にある」としています。
そして、“思いちがい”がいかに日常を豊かにしているか、思いちがいをうながすべく書かれたものだとしています。

こういう本は、十年ひと回りくらいすると、再度そのときの面白味が熟成されて増していくことが多いのですが、すでに“二回り半”している感じです。
二回り目くらいの頃だったらよかったのですが、今現在で読んでみると、丁度時期を外している感じになってしまいました。

たとえば、「電話機」という項目では、すでに“家電話”が無くなりつつある現在、しかも通話はあまりせずに、メール、Lineで連絡を取り合っている現在では、読んでもわからない世代がいるくらいで、完全に外している感じがしてしまいます。

「電球」にしても然りです。
LEDが普及している現在では、「電球の切れた音」について語られているのですが、若い人には何のことやらわからなくなっています。
三回りしたら、逆に時代の証拠資料的な文となってくると思いますので、三十年目にしてまたこの文章に価値が出てくるような気もします。

「テレビ」の項目では、食事中にテレビを見ることについて書かれていますが、家族でテレビを見ること自体がやはり無くなりつつあるし、テレビ番組よりも、個々にスマートフォンなどで動画を見たりしていることが多く、これも若い人にはわかりにくいことになっていました。

また、時代が時代だけに、女性の扱い方が今では“差別的”に感じてしまうものもいくつかありました。
こういうことについては、同時代の他の本にも多々見受けられ、時代を感じてしまいました。
もう歴史的な資料価値のあるものとして、今後は読まなければならないものになってしまうのかもしれません。

結局、私もあまり強い興味は持てずに読了。
あと五年くらい“寝かせる”といい味が出てくるかもしれません。

 

俳句を詠んでみる_0144【 汗の香す ヒールの踵(かかと) 抜けぬ女(ひと) 】

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仕事を終えて帰り際のちょっとした出来事で一句詠みました。

【 汗の香す ヒールの踵(かかと) 抜けぬ女(ひと) 】

《背景》季語:汗の香[夏]
ある夏の夕方、仕事が終わり通用口から裏通りに出ようとしたら「たすけて、抜けない」との声がした。
見ると、同じビルから出て来た女性が、植え込みの周囲を金属の網状のもので丸く保護している一つのマスにハイヒールの踵が入ってしまい、難儀していた。
「取って下さい」と言われ、ヒールの部分と女性の脹脛(ふくらはぎ)を同時に持って「エイッ」と引っこ抜いた。
その時、たぶん彼女が帰り際に薄く化粧した香りと汗の香りを同時に感じ、クラッとなった。
・・・考えてみれば、靴を自分で片方脱いで、自分で引っ張ればよかったんじゃないのか?
これってどういうこと?と、あとで思ったのでした。

 

2024/06/26

映画「ホールドオーバーズ」を見ました。

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映画『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ(The Holdovers They're all alone in this together.)/2023年 アメリカ 監督:アレクサンダー・ペイン 脚本:デヴィッド・ヘミングソン 出演:ポール・ジアマッティ、ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ、ドミニク・セッサ』を見て来ました。

時代は、1970年冬、場所はボストン近郊にある全寮制のバートン校。
クリスマス休暇を家族と過ごすため、生徒と教師の大半が学校を去っていくのだが、生徒のひとりドミニクは母親から再婚相手と新婚旅行に行くと告げられ、いやいやながら二週間を学校に居残ることになる。

その生徒の世話を任されたのは、古代史教師のハナム。
実はあることの罰でその役目を負わされている。
さらにベトナム戦争で亡くなった息子と最後に過ごした学校で越年しようとする料理長のメアリー、三人で広い学校の中、半月の日々を過ごすこととなる。

 

 

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三人それぞれがそれぞれに孤独を抱え、人生の問題を抱え、しかも三人とも世代も性格も異なり、反発しながらの生活となって、あやれこれや事件も起こるし、様々な恋模様や人間模様も出てきて、まさにヒューマンなドラマ展開となった。

しかも時代は70年代で、懐かしい曲がバックで掛かり、風景、車などもまさに70年代!映像の質感もフィルムで撮ったかのような風合いで、見ている私自身もタイムスリップして当時の感覚で見ていることに気づきました。

やがて心を通わせ始める三人、それぞれの内面にふれ、深い絆のようなものが出来ていく。

ラスト、先生のハナムが下した決断と行動には、もう涙なしには見ていられない展開でした。
とてもいい映画でした。
最近、こういう映画って、なかなか見ることができません。
世知辛い世の中に生きている今の私達に足りないものが見えてきたように感じました。

 

俳句を詠んでみる_0143【 夏の川 をんなはいつも 別の舟 】

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おんなのひとの心はどこにあるのか、という・・句を詠んでみました。

【 夏の川 をんなはいつも 別の舟 】

《背景》季語:夏の川[夏]
子供の頃でも、中学、高校の頃でも、大人になってからも、ガールフレンド、恋人でも、妻でも、あやしい仲の人でも「女」は一緒に楽しんでいるようで、互いに夢中になっている時でも、一緒に川を下っているなと思っても、心は「別の舟」に乗っているような気がする。

 

2024/06/25

「毎日の暮らしが深くなる 季語と俳句/岸本葉子」を読みました。

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『毎日の暮らしが深くなる 季語と俳句/岸本葉子著(笠間書院)』を読みました。
これも新刊で読みました。

このブログでは、岸本さんの俳句関連本のご紹介としては、5月22日のブログに「季節の言葉と暮らす幸せ 俳句、やめられません」として感想をアップしていたのですが、岸本さんのなんというか“やわらかい”文体というか、あたたかくてふわっとした文章がとても心地よく、今回は新刊本を見つけ、読んでみたわけです。

この本では四季の季語をいくつか取り上げ、いくつかの句を例に挙げ、さらに岸本さんご本人もその季語で一句詠んでいます。

さらにその季語に因んだ岸本さんの子供の頃の生活の様子や、思い出、加えてその季語から連想する生活上の現在生きている私達への知恵のようなものも紹介されていました。

あいかわらずのふわっとやさしい文体が心地よく、ガツガツ読むなんてことはなく、心落ち着けてたのしみながら読みました。
こういう読書は私には珍しい・・(*^^*)

この本では割とよく聞く季語について多く書かれていたのですが、今回初めて知った季語がありました。
「薬喰(くすりぐい):冬」です。

昔の人は体を温めるために、風呂吹や大根汁などの淡泊な物だけでなく、冬に滋養をとるために肉を食べることを「薬喰」と言っていたのだそうです。しかもそれが季語となっている。

狩猟などは古くから行われていたわけで、獣の肉は、寒さに耐える体力をつける上で貴重なたんぱく源だったとのこと。

表向きは肉食は忌まれていたので、鹿が「紅葉」、猪は「牡丹」や「山鯨」と呼び変えたり、兎を一羽二羽と数えて鳥であることにしてしまったりもしています。

そんな話題も私には季語だけでなく面白い知識として入ってきました。
とてもいい本でした。
買ってよかった、読んでよかった(#^.^#)

 

俳句を詠んでみる_0142《The Beatles 俳句[アルバム Revolver から Taxman を詠む]》【 座るなら 椅子に税金 冴返(さえかえ)る 】

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ビートルズの曲で俳句を詠んでみる、今回はジョージの曲で詠んでみました。

【 座るなら 椅子に税金 冴返(さえかえ)る 】

《背景》季語:冴返る[春]
ビートルズが大きな変貌を遂げたアルバム「リボルバー」の一曲目は当時心境著しいジョージの“税務署員”を歌ったもの。
「歩くなら足に税金掛けるぞ、おっと座ると椅子にも税金を掛けるぞ」という歌詞は、ジョージらしい皮肉の効いたユニークなものでした。
そんな税務署員の言葉を聞いて冴返(さえかえ)る・・寒さがぶり返すのでした。

 

2024/06/24

俳句を詠んでみる_0141【 夏の雲 あれが幸せだったのか 】

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「幸せになる」なんて簡単に口にする人がいるが、「幸せ」ってなんだろう、という句を詠んでみました。

【 夏の雲 あれが幸せだったのか 】

《背景》季語:夏の雲[夏]
その時、その瞬間には気づいていないけど、今思い返すとあの些細な出来事、家族とのやり取り、食事をして会話していたそんな当たり前のことが幸せのひと時だったのだと思うことがある。
幸せって、その時は気づいていないのだと思う。

 

2024/06/23

『「むなしさ」の味わい方/きたやまおさむ』新刊を読みました。

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『「むなしさ」の味わい方/きたやまおさむ著(岩波新書)』を読みました。
浜美枝さんのラジオ番組にきたやまさんが出演され、この本のお話しをされていたのを聞いて読んでみたくなりました。

今年2024年1月に初版発行で、すでに4月の時点で第4刷発行となっていました。
「むなしさ」を感じている人が多いんじゃないか、と思いました。

最初の方では、今の世の中、人は、「間」をなくすことに汲々としているということが書かれていました。
「間」をなくすことに“もってこい”なのは、“常にスマホを見ていること”だとも。
もうどんな時でもスマホを見ている人だらけな世の中だと私も日々感じます。

「むなしさ」に慣れていない現代社会では突然襲ってくる「むなしさ」に圧倒されがちで、それに耐えられない、そして隙間を埋めて常にスマホを見ていれば紛らわせるかの如く前かがみでスマホの世界に没入しています。

でも、きたやまさんは、「むなしさ」を感じ、味わうということは大切なことで、それにより人生に深みがでてくるのではという趣旨のことを書かれていました。

一面、相手の反応に敏感でありながら、若い人のリアルなコミュニケーションは、多くの言葉を発するにもかかわらず、相手の話は聞いていない。
一緒の場にいるのに相互のコミュニケーションに取り組むことをほとんどせず、スマホに向き合っているのでは、とおっしゃっていて私も同感です。

本の大半は、学術的な考察がなされていて、難しい表現で私には書けませんが、ようするに困ったこと、心配ごと、困難、トラブルなどさまざまなものを心のプールというか、「沼」のようなスペースを持ち、いったんそこに溜めておくことが出来れば、今の人達が陥っている「厭なこと、困りごとなどをどんどん捨て去り」そして「間」が出来て、その「間」を必死に埋めようとまたスマホに“かかり切り”になる悪循環を断てるのではないか、そんなことが書かれていたと私は感じました。

沼には、自己の厭な部分、陰の部分なども泥のように溜まり、臭いますが、でもそういう心の沼は必要なのだとおっしゃっています。

探していたものは見つからず、築いたものは壊れるし、人に対する期待は裏切られる、そして「むなしさ」が生じて自分のやってきたことや自分の存在に意味も価値もなかったのではないか、という気持ちになるのが人。

でも、その「むなしさ」は、かけがえのない「私」が見つかるという確かな事実があるという・・そういう考えが、今までの多くの意見や、私の考え方にもほとんど無かったことだと思いました。

いろいろなものを失い、幻滅が繰り返されてきたけど、そう感じてきた「私」自身は失われることなく、いまここに“生き続けている”・・そんな考え方がうまく出来ていたら・・と今更ながら思いました。

最後に、「あの素晴らしい愛をもう一度」を共作した加藤和彦さんのことも書かれていました。
「あのとき同じ花を見て美しいと言った二人」は、きたやまさんと加藤さんだったのだと書かれていました。
もちろん、男女の愛のことを歌っていたと思っていましたが、でもそれは男と男の間でも様々なすれ違いがあって別れていくのだ、とあらためて思いました。

音楽で通じ合ったお二人が、再会してまたあの歌をステージで歌いましたが、それはあの最初のヒットから後の二人を歌っていたのですよね。

自死した加藤さんとの「あの素晴らしい愛」は再生することはありません。
取り返しのつかない喪失は味わうしかないとおっしゃっていました。
ぽっかりあいた心の穴だと。

 

俳句を詠んでみる_0140《Jazz 俳句[Horace Silver のアルバム Song For My Father から同名のタイトル曲を詠む]》【 シルヴァーの左手跳ねる 父の日に 】

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ホレス・シルヴァーと言えば思い出す曲は有名な「ソング・フォー・マイ・ファザー」だが、そのジャケット写真を見て一句詠みました。

【 シルヴァーの左手跳ねる 父の日に 】

《背景》季語:父の日[夏]
ホレス・シルヴァーの、有名でセールスも良かったと思われるタイトルにもある“父に捧げた曲”を詠みました。
アルバム・ジャケットに写っているのはシルヴァーのお父さん、とてもオシャレな感じでカコッイイ!
あまりにもわかりやすくて、いかにもジャズの名曲というタイトル曲をシルヴァーが“ノって”弾いている。
独特の左手のゴンゴンとリズムを刻む跳ねるような手さばきが、この曲の“うねり”とともに感じられる。

 

2024/06/22

俳句を詠んでみる_0139【 炎天の びしょ濡れゾーン 悲鳴立つ 】

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大人になっても大好きなシャチやイルカのショーについて詠んでみました。

【 炎天の びしょ濡れゾーン 悲鳴立つ 】

《背景》季語:炎天[夏]
炎天下、千葉の鴨川には「シーワールド」という海の遊園地のような水族館があり、そこではシャチのショーも名物です。
私は子供の頃から今でもシャチやイルカのショーが大好き。
シャチのショー観覧席には「びしょ濡れゾーン」という所があって、そこに座る人は合羽を着たりして“わくわくモード”。
ショーの最後にシャチが大きな尾っぽでしぶきの雨あられ!
びしょ濡れゾーンからは、想像以上のシャチの張り切りぶりに悲鳴が上がります。
こういうの、今も大好き!

 

2024/06/21

「東海林さだおのフルコース“丸かじり傑作選”」を読みました。

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『東海林さだおのフルコース “丸かじり”傑作選/東海林さだお著(朝日文庫)』という本を古本で手に入れ、読みました。
2001年第一刷発行となっていますが、東海林さんのヒット・シリーズ、“丸かじり”シリーズからの傑作選となっていました。

実に450頁に渡る分厚い文庫本です。
いくら内容が食べ物についての軽く楽しい文だと言っても、この量はかなりのもので、けっこう体力つかいました(^_^;)

福神漬けに入っている「鉈豆」というものは、どういう豆なのか、カレーを食べる時には、皆んなこれはなんだと気にしているのか、福神漬け以外で見たことあるか、などといつもの探求心は衰えを見せておりません(^^;)

この傑作選にも書かれていましたが、読者からは「くだらんこと調べたり、心配しているひまがあったら、国のことでも考えろっ!」というかなり強い語調の苦情をもらったこともあるそうで、東海林さん、でもめげません。
探求力、そして実験力も凄いのですが、東海林さんはちょっと怖いくらいの苦情でも、ギャグで対応してぐんぐん書き進んでいました。さすがです。

「海苔の醤油は内か外か」なんてテーマでもガシガシ書き込んでいますが、“大の大人”がここまで出来るというのも、立派なことです。誰も出来やしないし、やろうともしないと思いますけど(^-^;

クサヤの干物を自家製でつくれないかと、あれこれ考え、クサヤの原液は極秘企業秘密なので手に入れられないと知り、秋田の「ショッツル」、さらにベトナムの「ナンプラー」、アンチョビソースまでも用意し、アジを開いてその液体を塗り、なんちゃってクサヤを作ったりもしていました。
この人の探求心、好奇心は分別ある大人のものというよりも、まるで子供です。

「ピザ丼」なんていうものにも挑戦していて、ご飯の入った丼にピザをのせて、どうやったらうまい丼になるか、なんてのもありましたよ。
そんなもん、乗せるかいっ!!と、思いますが、やってました。
玉ねぎなども乗せていましたが、果たして・・^_^;・・まあいいでしょ、こういう人なんです。

450頁に渡る文章は、身体に応えましたが、面白い時間を過ごせました。
まだまだ東海林さんの本、古本で何冊もあります ^^; またご紹介いたしますね。

 

俳句を詠んでみる_0138《宝塚俳句[ミュージカル Me & My Girl に登場した弁護士役 未沙のえる さんの名演に捧げる]》【 お屋敷の弁護士 胸に薔薇ひとつ 】

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宝塚空前の大ヒット作となった「Me & My Girl」の舞台を牽引した 未沙のえるさん大奮闘の名演技を讃えて詠みました。

【 お屋敷の弁護士 胸に薔薇ひとつ 】

《背景》季語:薔薇[初夏]
日本では、宝塚歌劇が初演して大ヒット作となったミュージカル「Me & My Girl」。
月組、剣幸さんと こだま愛さんが、毎回セリフも工夫しながら試行錯誤をくり返して創り上げ、名作となり、今も宝塚の大切な演目となっています。
中でも、八面六臂の大活躍を見せたのがへアフォードのお屋敷付きの弁護士役 未沙のえるさんでした。
プライドは高く、でもドジで愉快な爆笑誘う屈指の名演技でした。
ポイントは、薔薇の花一輪。
これを持って歌い踊りだすと場内の笑いと盛り上がりは最高潮に。
最後には、ステージ上の花瓶に薔薇が刺されていると、もう未沙さんがこのあと出てくるのだとわかり、それだけで場内が笑いでいっぱいに!
最高の演技を残してくれた 未沙のえるさんにこの句を捧げます。

 

2024/06/20

俳句を詠んでみる_0137【 一瞬にして 天地反る ラグビー 】

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フルーツポンチ・村上さんの俳句本を読んでいて、お題となっていた「ラグビー」を見、難しそうだけど私も詠んでみることにしました。

【 一瞬にして 天地反る ラグビー 】

《背景》季語:ラグビー[冬]
今、TV番組「プレバト」の俳句コーナーに登場している人、フルーツポンチの村上さんが句会に次々と参加する様子が書かれた本を読んでいます。
その句会の中で色々なお題が出てくるので、自分もそこに登場した「ラグビー」というお題で詠んでみようと思いました。
高校生の時、体育の授業でラグビーをやったことがありました。
ラグビー部顧問の先生がタックルの見本をラグビー部に入っている生徒に指示し、タックルされる相手役は“ど素人”の私でした。・・・大変。
ピッとホイッスルが鳴った瞬間、激しい衝撃と共に空が見えたと思ったら、その一瞬記憶が無くなったような感覚と同時に天と地がひっくり反ったのでした。
ようするに“ぶっ倒されて”いたのです。
その怖い瞬間を詠みました。

 

2024/06/19

俳句を詠んでみる_0136《The Beatles 俳句[アルバム Please Please Me から I Saw Her Standing There を詠む]》【 ねえ あの娘 十七だって 夏来たる 】

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ポール・マッカートニーが今でも歌うことのあるビートルズのデビュー・アルバムの一曲で詠んでみました。

【 ねえ あの娘 十七だって 夏来たる 】

《背景》季語:夏来たる[夏]
ビートルズ、デビュー・アルバムの一曲目に入っていたこの曲は「Well,She Was Just 17 You Know What I Mean」という歌詞で始まる。
ダンスホールで踊る少女を見た少年の気持ちがあふれている。デビュー・アルバム一曲目にしてポールの傑作が「1,2,3,4」のポールのカウントの声とともに飛び出してきた感じ。
ビートルズ解散後、ポールのソロ・コンサートでも演奏されている“カッコイイ”曲です。

 

2024/06/18

かなり古い本「恋愛とは何か/遠藤周作」を読みました。

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『恋愛とは何か -初めて人を愛する日のために-/遠藤周作著(角川文庫)』をブックオフで見つけ、中高生から大学くらいまでの自分に戻って読んでみるとどんな感じかと思い、読んでみました。

遠藤周作先生と言えば、私は中学生の頃から「狐狸庵シリーズ」などの愉快なエッセイから入り、高校生の頃から大学にかけては「沈黙」「海と毒薬」などの作品にふれました。
テレビのバラエティークイズ番組にも“すっとぼけた”まさに狐狸庵先生という感じで出演して一面たのしくて愉快な人でしたが、文学作品を読むと“ぎくり”とさせられたのを覚えています。
1996年に亡くなられています。

そんな遠藤先生が、まじめに、実にまじめに「恋愛」とは何かを懇切丁寧に書かれているのがこの本です。
1972年に初版発行されていて、この古本は1990年で“六十二版!!”発行となっています。すごいっ!
初版発行の時点で、角川書店が過去に遠藤先生が書かれたものの中から恋愛論をピックアップしてまとめたものだということが記されていました。

何せ時代が時代なので、具体的な事例が当時の世相にあわせていて、何版も重ねていくその時代の若者にはピンとこない部分が多々あるかと思われましたが、でも、「恋愛」というものの“本質”は、いつの時代も変わらぬものがあるので、時代を経て、そして年齢を重ねた私が今の状態で読んでも、深く心に留めなければならないものを感じることができました。

私が中高生の頃に読んでいたら、それこそ“真剣”に読んで、自分の心の中の葛藤を「そうか、そうだったのか」などと思ったことでしょう。

この本のことを今の今まで知りませんでしたが、こんなにも真面目に男と女が恋愛についてどんなふうに思って、どんな行動、行為をして、いかに悩んでいるのかということが実例を含め、親身になって書かれていて、今の人たちにも大切なことだと思いました。

それから、人にとって、こういった文章になったもの、あるいは文学作品でも、読んで自分の心に照らし合わせ、感じることが大切なのだとあらためて思いました。
さらに、演劇やミュージカル、歌舞伎などの舞台、落語などにも“男と女”についてのヒントや人が本来大切にせねばならぬものが描かれているので、若い人にはぜひそういったものにふれる機会が増えるといいな、と思いました。

私は、読んでいてすっかり自分の中学生時代を思い出して胸がキュンとなり、まだあの頃の淡くて、苦い思い出が身体の中に残っていたのだ・・としみじみとしてしまいました。

 

俳句を詠んでみる_0135【 遊船や エンジンの音 ビル街へ 】

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テレビをつけたら、偶然、俳句を詠んでいる場面が出てきた。
行き掛けの駄賃で、自分もそのお題で詠んでみました。

【 遊船や エンジンの音 ビル街へ 】

《背景》季語:遊船[夏]
たまたまテレビをつけたら、阿川佐和子さんと芸能人数名で有名な所を訪ね、俳句を詠むというような番組をやっていた。
皆で隅田川の屋形船に乗り、定められた季題「遊船」で一句詠んでいたので、私もその風景を覚えておいて、その後風呂に入りながら遊船の季語で一句詠んでみました。

 

2024/06/17

俳句を詠んでみる_0134《Jazz 俳句[一関のジャズ喫茶ベイシーを詠む]》【 初空にJBL ベイシー詣で 】

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ジャズ喫茶と聞いて「ベイシー」を思い浮かべる人はかなりのジャズ・ファンでオーディオ・ファンだと思います。そんなベイシーで一句。

【 初空にJBL ベイシー詣で 】

《背景》季語:初空[新年]
ジャズ俳句三作目。
ジャズ・ファン、オーディオ・ファンなら知らぬ人はいない一関市にある「ジャズ喫茶ベイシー」。
名物マスター菅原昭二さんが人生のほとんどの時をかけて鳴らしてきたJBLスピーカーのサウンド。
リンのターンテーブルで鳴らすジャズは、まさにレコードでの“演奏”と言われている。
コロナ禍以降はお店は開かれていないのが残念ですが、今も毎日アンプには灯を入れ、音は出しているそうです。
そんなベイシーにジャズを聞きに行くことをいつしかジャズ・ファンは「ベイシー詣で」と呼んでいます。
初空に大音量のJBLが鳴る・・そんな日にベイシー詣でが出来たら最高です。

 

2024/06/16

俳句を詠んでみる_0133【 草原に 雉と出逢い互い無言に 】

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自然公園を散策していてばったり出逢った一羽の雉。
お互いにピタっと止まり、無言に・・(^_^;)

【 草原に 雉と出逢い互い無言に 】

《背景》季語:雉[春]
健康のため、大きな自然公園に出かけ散策した。
うしろに大きな山林をもつ草原に出ると、雄の雉が歩いている。
向こうもこちらも気づいてはいるが、その素振りなく互いに歩き、距離が縮まると、雉は自然と一定の間隔を保っている。
お互いに無言のまま意識を感じた。

 

 

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2024/06/15

映画「キッチンから花束を」を見ました。

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映画『キッチンから花束を -斉風瑞(さいふうみ)と南青山「ふーみん(中華風家庭猟)」の物語-/2024年 日本 監督:菊池久志 出演:斉風瑞、斉さんの姉妹他家族、“ふーみんの客達”』

これは、1971年に、神宮前に小さな中華風家庭料理のお店「ふーみん」をオープンした斉風瑞(ふーみんママ)のドキュメンタリー映画でした。

台湾人の父母から確かな味覚と温かな愛情を受け、そして映画にも登場する三人の妹さんからも影響を受けた主人公のふーみんさん、さまざまな人がお店を訪れ、その味に感嘆し、さらに「こんなものを作ってもらえないか」という言葉からまた新しい中華風家庭料理が生まれていく・・とても面白い映画でした。

 

 

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50年にわたり愛され続けてきた「ふーみん」、映画の中では多くの人が知るアーティストなどから数々の証言が語られます。
また、ふーみんママに対する愛情のような、懐かしいような気持ちも語られて、じんとしてしまいます。

そして、70歳を迎えるふーみんママの体を心配した妹さん達が、ママの引退をいかにしてうまくやるか、そしてふーみんの味をどう残していくか、3年に渡り家族の様子を追いかけています。

料理の映像も素晴らしいし、皆さんが語るふーみんママのエピソード、そして料理の味、その料理ができたきっかけ、それぞれの料理に対するお客さんそれぞれの思いまで語られていて、とてもいい映画でした。

映画館を出るときにはお腹も減りました(*^^*)

 

フルーツポンチ 村上健志さんの「俳句修行」を読みました。

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『フルーツポンチ 村上健志の 俳句修行/村上健志(春陽堂書店)』を古本で見つけ、読んでみました。

フルーポンチ・村上さんと言えば、今やテレビ番組「プレバト」では俳句コーナーの名人であります。
そして、梅沢富美男さんのキリッとした句とともに、私の好きな“ちょっと視点が普通と異なる”感じの俳句をよく詠まれていて、これまた私の好きなタイプの句を生み出す人です。

この本は、村上さんが次から次へと様々な「句会」に出掛け、あるいはリモートで参加して色々なタイプの句や、句会の形式などに遭遇し、果敢にチャレンジしていく様子が書かれていました。

私も、もうちょっと勉強したら、どこかの句会に出かけたいなどと思っておりますが、この本を読んでみたら、かなり句会によって“クセ”があるというか、吟行してそのまま句会に入るという即興性や今さっき見たものへの対応力が必要なものや、お題そのものが“何画以上の漢字を使う”だとか、河童や地底人、宇宙人などのこの世のものではないものや、空想の存在だけで句を読むとか、季語がなくても、五七五を守らなくてもという句会もあるし・・よく村上さんは最後までくらいついていったな、と思いました。

ボーイズラブがテーマの句会などというものにも参加していましたが、私にはたぶん一句も詠めないでしょう。

また、連句といって、五七五の発句に対し、七七とつなげていく集団文芸の会にも村上さん出ていて、これはまた“難しい”の極地という気がしました。

打越(うちこし)と言って、二つ前に出た句に連想がかぶらないという条件があったり、同じ言葉、漢字、数字、フレーズ、情景は二度とつかえないとか、前句に呼応する言葉をつける「摺り付け」は評価されるだとか、何句目に該当するかであるものに因んで詠まないといけない・・とか・・完全にゲーム感覚になっていて、スピーディーな対応力と反応が求められていたりもして、“鈍感”な私には百年経っても無理な感じ(^^;)

 

 

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最後に短歌の俵万智さんや、自由律俳句を得意とする又吉直樹さんとも対談していて、そこから村上さんの俳句に対する考え方、姿勢、どこに面白さを感じているかなどがわかり、その感覚は私にもたいへん興味深く参考になりました。

村上さんも書かれていましたが、実際に自分に作ってみても、これはいい句なのかさっぱりわからない、というものがあります。
ましてや、他人の俳句だとなおさらで、良さそうだけど何か変?みたいなものもあり、まだまだ自分の立ち位置がはっきりしておりません。

村上さんは、いい句と言われなくてもパッと出してみるというようなことを書いていて、「そうだな、自分も臆病にならずに思い切って自信がないものでも出してみよう」と、勇気を得ました。

そして、現在、私は「宝塚俳句」「Jazz俳句」「The Beatles俳句」というものを打ち出しておりまして(^_^;)・・そんなもんどうすんだ・・という声も聞こえつつ、でも、頑張って続けてみようと思っています。

340ページ近くある本でしたが、勢いよく読めました。
今後の参考、味方といたします。

 

俳句を詠んでみる_0132《宝塚俳句[※個人的な思いで創った句です。宝塚歌劇団、元花組娘役 青柳有紀さんに捧げる]》【 緑さす とどけ ナーヴの ボーイソプラノ 】

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私からの、たった一通の手紙を読んですぐさま宝塚大劇場に呼んでくれてお会いすることができた宝塚の娘役で歌姫の方を思い出して詠みました。

【 緑さす とどけ ナーヴの ボーイソプラノ 】

《背景》季語:緑さす[夏]
季語「緑さす」は、まぶしい日差しとともに、ふりそそぐような色彩感をとらえているが、宝塚歌劇団、元花組の歌姫であった青柳有紀さんの愛称は「みどり」、青柳さんの印象そして当たり役を得た「テンダー・グリーン」も思い起こさせます。
娘役の彼女がナーヴという名の少年となり、物語のキーとなる部分をボーイソプラノで歌うシーンは忘れられません。
それが私の数十年の宝塚ファンとなるきっかけでした。
今もその演目「テンダー・グリーン」のテーマ曲「心の翼」は、宝塚歌劇団が大切にし、震災など困難に人々が立ち向かうようなことが起こると、歌われています。

 

 

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2024/06/14

俳句を詠んでみる_0131【 籠枕(かごまくら) 夢にあらわれし人笑む 】

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お昼寝していたときに実際に見た夢を詠みました。

【 籠枕(かごまくら) 夢にあらわれし人笑む 】

《背景》季語:籠枕[夏]
お昼に布張りの折り畳み式椅子に腰をおろし、籠枕をして本を読んでいると、いつの間にか睡ってしまった。
夢の中にあらわれた人は、あの頃のように笑って草のうえに寝転んでいた。
駅まで送ろうとしたら目が覚めた。

 

2024/06/13

俳句を詠んでみる_0130《The Beatles 俳句[アルバム Revolver から Eleanor Rigby を詠む]》【冬の暮 出逢いの地に リグビーの墓】

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ビートルズ俳句、前回はジョンの曲だったので、今回はポールの曲で詠んでみました。

【冬の暮 出逢いの地に リグビーの墓】

《背景》季語:冬の暮[冬]
結婚式のあとに、教会に残って床に散らばっている米粒を拾う女性、エリナー・リグビーの歌。
クラッシックの弦楽器を用いた独特の雰囲気を醸し出している。
1966年発表の曲だが、1980年代に入り、ウールトンのセント・ピーターズ教会墓地に「エリナー・リグビー」と刻まれた墓石が発見される。
その地は、1957年に教会のお祭りでジョン・レノンとポール・マッカートニーがこの世で初めて出会ったところから数メートルの場所にあったという。
その当時にこの曲をポールがそれを見て書いたことは無く、無意識のうちに記憶映像として残されていたのではないかと言われている。
奇妙な曲想とエピソードを持つ曲だ。

 

2024/06/12

「礼儀覚え書/草柳大蔵」という古い本を読みました。

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『礼儀覚え書 -過不足のない美学-/草柳大蔵著(グラフ社)』という本を古本屋で手に入れ、読んでみました。

2000年初版発行となっていましたが、実際には著者草柳氏の過去の膨大な著作から礼儀作法に関する考察、提案等を厳選してこの本に集大成したものとのことです。
なので、礼儀・作法についても、「今の時代、そこまでするか」というものもいくつか見られましたが、でも、参考になることは多く、私自身も勉強になりました。

冒頭、礼儀・作法は、マナーとルールだというように書かれていました。
それはそうだなと、まずは納得。

そして、ルールは「正しさ」であり、マナーは「美しさ」であるという表現もされていました。

ルールには、正しさがなければ、誰も従う気を起こさないでしょうし、マナーに美しさが伴わなければ誰もそっぽを向くでしょう、とおっしゃっています。

実は、この古本、買ってから中を開いてみたら、一枚の印刷物が挟まれていて、どうやらどこかの会社か何かに採用が決まった人に配られたものらしく、「この本を読んで、入社式までに感想文を書くこと」と書かれていました。

この250頁もある本をみっちり読んで、感想文というのはけっこう大変なことだと思います。
でも、そのプリントされた文書と共にこの本を売ってしまったということは、入社しなかったのでしょうか・・などと想像してしまいました。

人の家を訪問したときの玄関から応接室での注意事項や、電話の受け方、掛け方、名刺の扱い方、事細かにアドバイスと著者の経験談、失敗談が書かれていて、失敗談の方は、読んでいるこちらが見も縮まる思いで読んでしまいました。

現在の世の中の状況とはこの本の時代はかなり異なりますが、でも参考になり、役立つものだと思いました。
文章も素晴らしく簡潔で、きちっとしたもので、こんな折り目正しい文章を読んだのは久しぶりでした。

 

俳句を詠んでみる_0129【 茅の輪くぐり うれしや 初めての朱印 】

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初めて行った神社のあまりの爽やかな様子に、思わず御朱印を頂いてしまったときのことを詠みました。

【 茅の輪くぐり うれしや 初めての朱印 】

《背景》季語:茅の輪[夏]
今年は妻と神社巡りをたのしみとしているが、直感で爽やかさを感じた神社に行ってみると、想像通りの清々しい神社だった。
梅の木にウグイスと梅酒を描いた御朱印の絵に「これはよい」とその気になり、今までは御朱印集めに夢中になるのをおそれ、手にしなかった御朱印を初めて頂いた。
その時のうれしさを詠んだ。

 

2024/06/11

突然手渡された「出口王仁三郎」という人の本

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『出口王仁三郎 言霊 大祓 祝詞 CD/武田崇元・監修(八幡書店)』という、いわゆるCDブックを、ここ一年くらい通っている鍼灸院で先生といろいろお話しをしていたのですが、その先生から「このCD本を古本屋で見つけ、まだ中をよく見ていないのですが、たぶんご興味があるかもしれないと思って」と手渡されました。

次の施術までにちょっと読んでみては?
という感じだったわけですが、私はこの出口王仁三郎という方を存じ上げませんでした。
どうやら大正時代から昭和の始め頃にかけて存在した、かなり高名な宗教家であったことと、それと異端の思想家でもあった、さらに異色の芸術家でもあったらしいということがわかりました。

とりあえず深く調べたり、追及したりすると膨大な時間がかかりそうなので、この本を読み、実際にCDを聞いてみて、その感想を書いてみるところから始めようと思いました。

さて、この本に同梱されているCD音源の最初の部分は、なんとメガフォン状の喇叭に取り付けられた振動板で直接針を振動させてレコード原盤にカッティングする方法で録られていました。
つまりエジソンがレコードを発明した頃のやり方です。
その後の部分はマイクロフォンを通して電気的に増幅してカッティングしたものも入っていましたが、驚きです。

たぶん多くの人が聞いた後であろうレコード盤からノイズを取り除いてデジタル・マスタリングする作業は専門家がたいそう苦労したものだと思います。

実際に聞いてみて、その当時の空気というか雰囲気はわかりました。
しかし、これがどういうふうに当時の人に受け入れられていたのかは、現代に生きる私にはいまひとつわからないままでした。

で、本の内容についてですが、大正から昭和初期の頃のものなのに、現代の我々にも通じるようなことが多く書かれていました。
少しばかり例を挙げていきたいと思います。

〇なんでもかでも、人の上になりたがる人が多い世の中だ。なりたかったらならしてやったらよいのだ。
実力がなくて上になっても永くはつづかない。
上になりたがる人は、ただもうそれだけの人間である。

・・今、現在もこんな人ばかりだと思います。

〇心に天国なきものは、死後また天国なし。心に地獄なきものは、死後また地獄なし。
人はみずから神を造り、鬼を造る。感謝の念は天国の鍵である。

・・現在生きる人、特に政治家や金儲け第一の人達は地獄に行くんだなぁと思いましたよ。

〇偉人も、聖人も、天才も、英雄も、一定の距離をとり去ってしまうと、畢竟(ひっきょう)、偉人でも英雄でも、天才でもなくなってしまう。学者はこれを社会学の距離説とかいってる。

・・実際に経験することは普通に生きていると無さそうですが、たぶんそうなんだろうな、と思いました。

〇真の無我の境というのは人間としてあるものではない。
あることに没頭して他のことに無我の境に入ることはあるが、夢中になって没頭していることにはけっして無我ではない。
精神統一というが、これまた言うべくしてでき得べきことではない。祝詞を奏上しながらも、いろいろなことを思い浮かぶるのが本当である。

・・つまり、雑念はつねにあるもので、それを想うのは別に悪いことではない、と言っているのです。“雑念を捨てろ”とはよく言われますが、雑念あって当たり前と言われて私はホッとしたのでした。
なんか、“あたらしい”と感じました。

〇今の人間は、一、金、二、金、三、人物、だからなにもできはせぬ。
度胸のたしかな人のところには人物が寄る。人物が寄れば、金なんかいつでも集まるものである。度胸がなければ仕事はできない。学者というものは、多く書物の研究にふけるだけでわりあいに度胸というものがないから仕事ができない。
一、度胸、二、度胸、三、度胸、四、人物、五、金だ。人は何といっても度胸が一番だ。

・・英断できる人が必要だ、ということか。
それにしても、そのときの人達は金が第一だと嘆いているのを見るにつけ、今の裏金議員を思い出すのでした。

以上、ざっと読んでみて、感じたことを書いてみました。
この本を渡されて、そして読んでみて時代は繰り返す、人は繰り返す、とつくづく感じました。

 

俳句を詠んでみる_0128《Jazz俳句[Blue Mitchell のアルバム Blue's Moods から I'll Close My Eyes を詠む]》【 紫煙とトランペット 目をとじる秋 】

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ジャズ・ファンに特化するマニアックな Jazz俳句、今度はブルー・ミッチェルで詠みました。

【 紫煙とトランペット 目をとじる秋 】

《背景》季語:秋[秋]
Jazzを俳句で詠んでみるという試み。
今回は特定のミュージシャンのアルバムの中から一曲選んで詠んでみました。
写真のブルー・ミッチェルのアルバムはご存知のジャズ・ファンも多いと思います。
そして一曲目のこの曲も。
アルバム・ジャケットのミッチェルの煙草をくゆらせながらトランペットを吹くという姿が印象的です。
まさに目をとじて、曲に入り込んでいる感じ。

 

2024/06/10

「まあだかい 内田百閒集成10」を読みました。

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『まあだかい 内田百閒集成10/内田百閒著(ちくま文庫)』という本を古本で見つけ、読んでみました。

冒頭、内田百閒氏の還暦の祝について、実に長口上で病気のことや、あれやこれや愚痴のような因縁のような、嬉しいような、迷惑なようなことが書かれていて、“百閒好き”の人ならば面白がって読むであろうが、気の短い人ならこの部分で本を投げ捨てるであろうという始まり方でした。

そして還暦の祝のあと、この本のタイトルである「まあだ会(摩阿陀会)」というものが百閒氏が亡くなるまで続くのであります。
まあだ・・というのは、還暦を祝ってやったのに、“まあだ生きているのか”という会(^_^;)で、最初読んでいるうちは、二~三回やったらいつの間にかやらなくなったなあという話だと思っていたのです。

それが19回目?までの様子が、間が抜けているものもありましたが、かなり克明に書かれているのです。
最後には、本人は体調により出席できなくなっていましたが、録音テープで出席したりもしていました。

この会への案内状を「摩阿陀会・回分」として作成されているのですが、それについても毎度内容が書かれていて、難しいのか、ふざけているのか、真面目なのか、何か謂れ因縁があるのか、不思議な文章で、それについても百閒氏が最終修正している様子が書かれていました。

会の内容も分けのわからぬ参列者の挨拶や、余興、その他“悪い夢”のようなあり様が描かれていて、百閒氏とその周辺の奇天烈かつ、無鉄砲な様子を楽しめるような人間でなければ、本は破かれて“ゴミ箱行き”というような内容なのです。

かつての教え子だという金剛寺住職と主治医を両脇に控え、会は行われ、いつ死んでも医者と坊さんがいるという態勢で臨んでいるというわけです ^_^;

この本のあとがきによると、黒沢映画の最後の作品は「摩阿陀会」というこの饗宴を映画にしたものであったと知りました。
もし今でも見ることが出来れば、これは面白いはずだと思いました。
・・探せるのかな・・。

360頁に渡る全編わけが分からない内田百閒氏の摩阿陀会本、読了しました。
心には何も残らないが、喉にいやなものがつかえている感じ・・(^^;)でした。

 

俳句を詠んでみる_0127【 首に汗 手に鎌 妻のガーデンへ 】

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今年も暑い夏になりそうですが、その前にいろいろと除草などの対策をしています。
そこで一句詠みました。

【 首に汗 手に鎌 妻のガーデンへ 】

《背景》季語:汗[夏]
夏の真っ盛りになる前に庭の花々周辺の草取りを夫婦で行った。
鎌を持つ手は痺れ、首筋には汗が伝う。
暑さが体力を奪う。
みな、妻のガーデンのため。

 

2024/06/09

映画「東京カウボーイ」を見て来ました。

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映画『東京カウボーイ(TOKYO COWBOY)/ 2023年 アメリカ 監督:マーク・マリオット 脚本:デイブ・ボイル、藤谷文子 出演:井浦新、ゴヤ・ロブレス、藤谷文子、ロビン・ワイガート、國村隼』を見て来ました。

2023年のアメリカ映画なんですね、驚きました。
監督のマーク・マリオットは、日本の山田洋次監督に弟子入りし、山田組の海外現場(男はつらいよ第41作・寅次郎心の旅)に参加した経歴があるそうです。

主人公(井浦新)が演じる颯爽と東京で働く商社マンが、アメリカ・モンタナ州にある牧場の立て直しを図り、収益化することを目的に短期間の予定で現地入りするのですが、そのいわゆる“アメリカの田舎”では、机上の空論、理想論はまったく相手にされず、ましてや牧場でカウボーイ達を相手にスーツでプレゼンするヤツなんて論外となってしまいます。

いくら頑張っても埒が明かず、やがて現地の人達と馴染んでいくことで少しずつ活路が見出されていきます。
もちろんスーツも脱ぎ、カウボーイ・スタイルとなり、一緒に働き、下戸なのに飲み明かし、一筋の光明が見えてくるのですが・・。

 

 

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東京に残してきた婚約者で、しかも上司である彼女が、音信不通となった部下であり、婚約者である主人公に“クビ”を言い渡しにアメリカ現地を訪れることに・・。

という展開ですが、主人公役の井浦新さんのエリート商社マンからまるで人が変わってしまったかのような見た目と生き方の変貌ぶりが最大の見どころです。

そして、井浦さんを取り巻く婚約者、カウボーイ達、その他、宿でお世話してくれる人なども主人公が何かを見出していくシーンに心動かされ、それも見どころです。
國村隼さんの和牛の専門家役もコミカルで、しかも十分な存在感を示し、これもよく効いたスパイスになっていました。

モンタナの素晴らしい自然というロケーションも最高だし、久しぶりにヒューマン・ドラマ的展開が私の心も大きく動かしてくれました。

とてもいい映画でした。
もう一度見てもいいな、と思っています。

 

俳句を詠んでみる_0126《宝塚俳句[ミュージカル、「エリザベート」で宝塚歌劇に新たな一頁を加えた一路真輝さんを詠む]》【 一路真輝 蝦蛄葉仙人掌(しゃこばさぼてん) 黄泉(よみ)の国 】

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何句か既に詠んだ“宝塚俳句”、今回は特定のトップスターについて詠む試みです。

【 一路真輝 蝦蛄葉仙人掌(しゃこばさぼてん) 黄泉(よみ)の国 】

《背景》季語:蝦蛄葉仙人掌[冬]
これは、宝塚の、しかも特定のトップスターに因んでの一句。
一路真輝は宝塚歌劇団・雪組の男役トップスターだった。
退団公演で演じた「エリザベート」の「トート」は死神で、皇妃エリザベートを死にいざなう役。
当時のオールドファンからは、その役柄に対し批判があったが、やがてその役の魅力に観客は虜になる。
遂には宝塚歌劇を代表する演目となる。
季語に選んだ「蝦蛄葉仙人掌」は、12月から1月に開花するもので、その蝦蛄葉仙人掌という名前にしても、棘状の鋭い突起がある特徴にしても、美しい花を咲かせる姿も、黄泉の国の帝王「トート」のように感じました。
今も光り輝く一路真輝さんを讃えて一句詠みました。

 

2024/06/08

俳句を詠んでみる_0125【 謹呈の栞(しおり) 見つけた 夏の夕 】

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古本をよく探しに行くのですが、買って来ると「謹呈」と書かれた栞が入っていることがある。そんなことを詠みました。

【 謹呈の栞(しおり) 見つけた 夏の夕 】

《背景》季語:夏の夕[夏]
古書店で見つけた吟行句集を読んでいたら「著者謹呈」の栞(しおり)が挟まれていた。
時々あることだが、著者が知ったらと思うと妙な気持ちになった。
「東京ぶらり吟行日和」という句集で、内容は楽しいものだった。

 

2024/06/07

「私がオバさんになったよ/ジェーン・スー」を読みました。

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『私がオバさんになったよ/ジェーン・スー(幻冬舎文庫)』という本を古本で手に入れ、読んでみました。

2021年、初版発行のものです。
対談形式のもので、光浦靖子、山内マリコ、中野信子、田中俊之、海野つなみ、宇多丸、酒井順子、能町みね子というそうそうたる顔ぶれの方々との対談です。

実際にジェーン・スーさんが一度仕事で会って、お話しして、まだ話し足りないな、と感じた人と話し残したことを話してみて、それを本にするという企画で、最後の能町みね子さん以外は皆、再度の対談となっているのです。

ジェーン・スーさんについては、ラジオ番組の「ジェーン・スー 生活は踊る」を聞くことがあり、お話しが面白く、その展開方法も方向も従来のラジオ番組とはひと味違う感じがして一目置いておりました。

で、たのしみに読んだのですが、私の知識が足りないことも手伝って、使われている言葉に馴染みのないものが次々と出てくるし、ジェーン・スーさんについても対談の相手についても私と年代が異なるためか、モノの考え方が私とは違うレールを走っている感じがして、読んでいても頭に入ってこなかった、というのが正直な感想です。

また、この対談は、一度会った人と、今度は“気を許して”自由な感じで話しているので、女性特有の話はどんどん横に広がっていく展開で、何か突き詰めていくわけではなく、話題はスッ、スッと横に飛び、ついていけないのでした。

かなり難儀して読みましたが、あまり強烈に印象に残った部分がありませんでした。
また時間を置いて、ちょっと“ねかせて”からまた読んでみたら“入って”くるかもしれません。
ふるわない感想でごめんなさい。

 

俳句を詠んでみる_0124《The Beatles 俳句[アルバム Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band から Lucy In The Sky With Diamonds を詠む]》【 セロファンの花咲く水辺 電火(いなつるび) 】

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自分がマニアックに好きなものに特化して句を詠むというのも面白い試みだと思い、今回は大好きな「ザ・ビートルズ」を取り上げてみます。

【 セロファンの花咲く水辺 電火(いなつるび) 】

《背景》季語:電火(いなつるび)[秋]
宝塚、Jazzときて、私のもうひとつ大好きな The Beatles も俳句に詠もうと思いました。
曲は、ジョンの不思議な曲想が素晴らしい「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンド」。
新聞紙で出来たタクシーがやって来たり、ガラスのネクタイをしたポーターが現れたり、そして黄色や緑色のセロファンの花が咲いている・・・。
さらにマーマレードの空・・なんて。
めっちゃジョンの世界ですが、そこからインスピレーションを得て、ビートルズ俳句第一作、詠みました。
電火(いなつるび)・・雷の閃光のように場面転換する曲想が今でも好きです。

 

2024/06/06

映画「トノバン 音楽家加藤和彦とその時代」を見ました。

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映画『トノバン 音楽家加藤和彦とその時代/2024年 日本 企画・構成・監督・プロデュース:相原裕美 出演:きたやまおさむ、高中正義、泉谷しげる、坂崎幸之助、クリス・トーマス、松山猛、朝妻一郎、新田和長、つのだひろ、小原礼、今井裕他多数』

亡くなられた加藤和彦さんの音楽と生き方を様々な人の証言などから振り返り、その当時のフィルム、ビデオなども映像として出てくる形で二時間に渡るものでした。

私は、ザ・フォーク・クルセダーズの頃から知っている(小学生だったけど)し、サディスティック・ミカ・バンドの時には自分もドラムという楽器と出会い、ロックにも夢中になっていた頃なので、その時の衝撃は今でもはっきりと覚えています。

そして、安井かずみさんと結婚してからは、夫婦でよくラジオなどにも出てきてお話しされていたのを記憶しています。
その頃は英国風カレーのスパイスの調合の仕方などを“とくとく”と語っていたり、ムーグ(今はモーグと発音しているかも)シンセサイザーを手に入れ、ビートルズのアビーロードに入っている音が出たときの感動などを語っていたのも覚えています。

音楽も、身に着けるものも、食べる物も、その他振舞い、身のこなし、あらゆる分野で探求することをとことんやっている人、という印象でした。
安井さんとの夫婦の様子は“人もうらやむ”ものだったという人もいるし(この映画中では、コシノジュンコさんがそういう発言をしている)、加藤さんが無理をしていたという人もいます。
それについては、私がこのブログに9年前に書いていますので、よろしければご参考にリンクを張っておきます。http://techo.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-1c83.html

 

 

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映画の中で数々の加藤さんの作品が紹介され、流されますが、誰にも書けない素晴らしい名作ばかり。
それなのに、なぜあんなことになったのか・・。

映画の中でも様々な人が語られていますが、私のひとつの考えとしては、加藤さんが探求に探求を重ね、次々と新たなテーマを見つけ、練りに練ったアルバム、楽曲を作ってきた人生がそれこそ年齢を重ね、熟成されていくような時期に実際に日本でヒットしている曲を聞いて、“こんなものが”という気持ちがあったのではないか、と思うのです。
やりきれなくなった。

それともうひとつ、次々とあらたなライフスタイルや、それに伴う音楽との取り組みを続けてきた加藤さん、ほんとうの加藤さんってどういう人なのかがよくわからないのです。
似たようなことを、きたやまおさむさんが映画の中でおっしゃっていましたが、ほんとうの自分が空白となり、そして・・あんなことになったのかもしれない・・。
それほど加藤さんという人は、常人には考えも及ばないような人だったんじゃないか、ということを考えました。

単純に音楽的に楽しむのも良いですが、ひとりのミュージシャン、コンポーザー、プロデューサーとしての人生を垣間見るのもいいかもしれない、力作と言える映画だと思いました。

 

俳句を詠んでみる_0123【 薄暑光 昼の賑わい お不動へ 】

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先だって深川不動堂に願掛けに出かけたときのことを詠みました。

【 薄暑光 昼の賑わい お不動へ 】

《背景》季語:薄暑光[夏]
本格的な暑さには至らない、やや汗ばむほどの日に、お不動様に願掛けに出かけた。
参道は、甘酒屋や根付けなどを売る小間物屋など、それぞれが賑わっていて、厳しい気持ちで願掛けに来ていた心も少しばかり和んだ。

 

2024/06/05

「定命/瀬戸内寂聴」を読みました。

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『定命 jyomyo /瀬戸内寂聴著(小学館)』を読みました。
新刊です。私にしては珍しい(*^^*)

瀬戸内さんが亡くなる直前まで書き留めていた遺句集となっておりました。

瀬戸内さんは亡くなる前には俳句をずいぶんと楽しみに書いていらしたようです。
知人にあてた手紙に、「小説とちがって俳句は無責任な愉しみだけを与えてくれるので、今では無二の友になりました」と書かれています。

そして「死ぬまでつづけるつもりです」と・・。

私も今年の2月から俳句を自分のような才の無い人間でも書いてかまわないのだと、夏井いつき先生の句会ライブで気づかされ、俳句は愉しみとなり、友となっています。
遅かったかもしれませんが、いい時期に俳句と向き合うことになってよかったとあらためて思っているところです。

大きなテーマとしては「花」「旅」「恋」「書く」「孤独」「出家」「反戦・平和」「追悼」「生きる」「ふるさと」に編集されていて、どれも瀬戸内さんの晩年の心境が詠まれているのですが、肩に力が入らず、命の水のように私の身体の中に沁みていくのでした。

瀬戸内さんのように長生きされると、やはり追悼する句も多くなり、さらに同年代の方々がいなくなってくると、孤独にも苛まれていたことがわかる句も多く、そんな気持ちが詠まれていて、その境地がどんな感じなのか、少しばかり見えたような気がしました。

『逢いたきは みんな故人か 秋深く』
・・自分がこのような状況になったらこんなふうに枯淡の境地で詠めるだろうか思いました。

『最愛の男 決めかね ひとり逝く』
・・これは、過去にいろいろあった男達のことを想い、そしてそんな決めかねている中、自分はあの世に逝くのか、と詠んでいるわけで、90歳過ぎてもそんなことを思うのかなあ、と一瞬感じましたが、いやいや人は皆そうなのかもしれないと、あらためて思いました。

『返メール 待ちくたびれし くれの春』
・・これはあとがきの方にも書かれていましたが、瀬戸内先生は亡くなる直前にもメールしたりしていたということで、そのとき恋をしていたのではないかと思われます。
亡くなる前の様子をテレビの特集で見たときにも、そのような“娘さん”みたいな、恋する感じの寂聴さんが垣間見えました。
それって、とても素敵なことだと思いました。

私がこの句集を読んでみて感じたのは、難解な句はほとんど無く、でも実に人生について深く掘り下げられた内容の句ばかりだと思いました。

何度でも読みたい、そんな句集でした。
晩年で人生を振り返ったりしているのにもかかわらず、若い息吹を感じるものでした。

 

俳句を詠んでみる_0122《Jazz俳句》【 チュニジアの暑さや アート・ブレイキー 】

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宝塚についての俳句をここのところ三句挙げてみましたが、まだ自分の大好きなものについて俳句を書いてみても面白いんじゃないかと、今度は「Jazz」を取り上げてみました。

【 チュニジアの暑さや アート・ブレイキー 】

《背景》季語:暑さ[夏]
宝塚だけでなく、自分の好きな分野を独自に俳句で詠んでみたくなり、今回は「Jazz」で俳句に挑戦いたしました。
ドラマー、アート・ブレイキーの熱帯の地にいるような、陽炎の立ちそうな、ゆらゆらとしたリズムで始まる曲「チュニジアの夜」。
多くの人がアート・ブレイキーのドラムの印象が強い曲だと思い、詠んでみました。

 

2024/06/04

「北の富士流/村松友視」を読みました。

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『北の富士流/村松友視著(文春文庫)』を古本で見つけ、読みました。
掲載したこの本の表紙の写真、北の富士さんらしい“いい写真”で、この表紙を見て買ってしまいました(^-^;

私が知っている北の富士さんは、ちょうど玉ノ島と北の富士が同時に横綱昇進した頃からです。
当時、子供の頃の私には、足の長い、華のある、そしてスピードとパワーを同時に持つ力士という印象が残っています。
そして玉ノ島は横綱昇進とともに玉の海と改名し、とても強い横綱になりましたが、もちろんその最大のライバルは北の富士でした。

この本には、北の富士さんの幼い頃から、親兄弟との暮らし、友達とのエピソードなどから書かれていて、それが陽気で、ちょっとのことではへこたれない子供時代として描かれ、今も変わりないような気になりました。
要するに皆に“愛される”人柄なんですね、昔から。

玉の海さんとのライバル関係は、玉の海さんの現役中の死去によって突然終わってしまうのですが、そのときの人目をはばからず声をあげて泣く北の富士さんの様子も書かれていました。
二人は相撲ではしのぎを削っていましたが、とても仲が良かったようです。
私の記憶では、「玉ちゃん、玉ちゃん」と言って仲良くしていたという新聞記事があるのですが、この本には「島ちゃん、島ちゃん」と呼んで仲が良かったと書かれていました。

ご本人の浮き沈みの激しい現役時代の話とともに、その後親方として千代の富士、北勝海という横綱を育てた名伯楽でもあることも書かれていましたが、北の富士さんご本人だって十度の優勝を果たした大横綱であることも書き添えておきます。

この本には、実録的なことがまとめられてもいるのですが、周囲の人たちの話、エピソードから北の富士さんの人としての魅力について、ということが一番書かれていました。

いいエピソードをここで書いてしまうのはもったいないので書きませんが、誰もが好きになってしまうようなお話しが満載でした。
著者、村松さんと銀座のクラブ「姫・三階カウンター席」でのコースターによる文通の話と、再会したときに北の富士さんの手元に残されていたコースターをどうしたのか、などという心温まるエピソード、ぜひ読んでいただきたいです。

現在、北の富士さんは、NHKの解説を休まれておられます。
もう一度ぜったいに復活していただきたいという願いをここに書いて、この本の感想を終わりにします。

 

俳句を詠んでみる_0121【 新茶汲み 妻 友と 夫を語る 】

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月に二回ほど学生時代の友に会いに行く妻、そのときのことを詠みました。

【 新茶汲み 妻 友と 夫を語る 】

《背景》季語:新茶[初夏]
妻は月に2回、それぞれの日に別々の友と一日語り明かす日を設けています。
夕方に帰宅すると、いったいどんな話がされていたのか戦々恐々です。
互いに夫の話を必ずしているのが見え見えです。
その日に「ねぇ、〇〇の旦那ったらねえ」と向こうの夫の話が始まったらしめたものですが、翌日「あのさぁ・・」と、向こうの夫に比べて私の不甲斐無さについての指摘が静かに始まった時に心臓がキュンと痛くなる。

 

2024/06/03

俳句を詠んでみる_0120《宝塚俳句》【 大晦日(おおみそか) 幻のアーニーパイル 】

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現在の東京宝塚劇場の前、旧東京宝塚劇場は、「アーニーパイル」と呼ばれていた時期がありました。それを詠んでみました。

《宝塚俳句》【 大晦日(おおみそか) 幻のアーニーパイル 】

《背景》季語:大晦日[冬]
宝塚関連の句が続いたのでもう一句。
戦争に敗れ、GHQ(進駐軍 ※連合国軍最高司令官司令部)は、現在の第一生命ビルを接収し本部に、そして東京宝塚劇場も接収し「アーニーパイル」と銘々された。
この劇場は1997年まで東京の宝塚歌劇公演が行われ、現在は新しい劇場に建て替えられている。
旧劇場では、大晦日に「年末ジャンボ宝くじの抽選会」や「NHK紅白歌合戦」も行われていました。
劇場内部は、左右両壁面から貴賓席様に張り出したSS席や今の劇場には無い三階席もありました。
アーニーパイル、今は幻・・。

2024/06/02

俳句を詠んでみる_0119《宝塚俳句》【 流星の如き ミラーボールの灯り 】

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前回、宝塚歌劇に因んだ句を詠みましたが、続いてもうひとつやってみようと思いました。

《宝塚俳句》【 流星の如き ミラーボールの灯り 】

《背景》季語:流星[秋]
前回の句に続いて宝塚歌劇について詠みました。
宝塚は基本的に、前半はお芝居、ミュージカル、後半はショー、レビューという構成になっています。
後半のショーでは、“中詰め”と言われる最も盛り上がる中盤頃にあるシーンで、ミラーボールが回り出し、大活躍!
まるで流星が一斉に流れ出し、この世のものとは思えぬ煌びやかな世界が劇場全体に広がります。
その興奮を詠みました。

 

2024/06/01

「続・東京ぶらり吟行日和 俳句と散歩100か所/星野高士・編」を読みました。

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『続・東京ぶらり吟行日和 俳句と散歩100か所/星野高士編(東京四季出版)』という、いわゆる“吟行”での会の皆さんの俳句を紹介し、志士の会・星野高士氏が編んだものとなっていました。

2019年第一刷発行のものです。
「続」と付くからには最初の100回分の吟行での作品集は既に出ていて、その前編は発売後瞬く間に在庫がなくなったそうです。
私、それも古本の棚で見つけていたにもかかわらず、ちょっと他の棚を見ているあいだに無くなっていたのです、不覚・・。

でも、この続編で紹介されている吟行の様々なスポットは、俳句を詠まなくても仲間と出掛けたら面白そうなところばかりでした。
そういう時にも使えそうで、これはいいものを買って来たと思いました。

ただ、志士の会の皆さんの俳句は、私にとっては“いいもの”ばかりで、まだまだ二月から始めた私の実力では遠く及ばないものでした。
読んでいくうちに、「自分は永久にこんな句は詠めないんじゃないか」などと、気弱になるのでした。

中には私がよく行っている場所や、行ったことのある場所、ちょっと馴染みのある場所での句は、ワクワク感がこちらにも出てきて、書ける書けない以前に楽しくなってしまいました。

たとえば、有楽町・銀座界隈、浅草、神田明神、国会議事堂あたりは、そうそうあそこだな、そう詠んだか、などと、自分には詠めない良い句なのに楽しく読み進むことができました。

逆に行ったことのない、重厚な感じの記念碑があったりする場所や、古い庭園などになると、句の格調が高くなり、さらに皆さんの技量が“モノを言って”私には立派過ぎて、難しくて太刀打ちできない感じのものが多くなり、四苦八苦してしまいました。

一応、ざっと見て、吟行したときの俳句とはこういうものだ、ということがわかりまして、今後もしそういう場に出たときには、なんとか頑張ってみたいという決意もできました。
面白い本でした。
今後も何度も見直して参考にいたします。

 

俳句を詠んでみる_0118《宝塚俳句》【 月光に 銀橋を渡る 足音 】

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大好きな宝塚歌劇について何か俳句で詠めないかと考えておりました。
これは第一回目の「宝塚俳句」試作品です。

《宝塚俳句》【 月光に 銀橋を渡る 足音 】

《背景》季語:月光[秋]
今まで詠まなかった、大好きな宝塚歌劇についての句。
月光はトップスターに当てられたピンスポット・ライトになぞらえました。
銀橋とは、舞台からオーケストラピットを越えてせり出した扇型のエプロンステージのことで、限られたスターだけが渡れるのです。
ひとりゆっくりと歌いながら歩みを進めるスター、観客は息を呑んで見つめます。
二千人の観客にその足音が聞こえてきそうです。

 

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