怖いが、365日を振り返る。
写真は日々ふと気づいたことをメモしているメモ帳とノートです。
あとで、これらを見ながらブログを書くこともあります。忘れっぽくなってきましたから。
大晦日になりました。
今年は激動、激変の年だったので、年末にあたり、自分自身に“言い聞かせる”意味も含めて…σ(^_^;)一年を振り返ってみたいと思います。
1月、年が明けたのに、体調は大不調でした。
年末に病院に行き、薬等ももらったが一向に良くならず、無理やり3日には再度病院に行き、4日には入院となってしまいました。
そこからが闘病の日々でした。
ひょっとして生きて帰って来ることはできないかも・・という状態でした。
一ヶ月の入院、闘病の末、生還!
でも、帰ってからも体調を元に戻すのに苦闘の日々でした。
自宅の階段も自力で昇れないような状態から、我慢我慢、家族の協力も得て、庭を歩けるように、近所周辺を散歩できるように、そして今は公園などで何キロも歩くことが出来るまでになりました。
生きていてよかった。
仕事は家族と相談し、決断して辞めることにしました。
夏頃までには、ひとりでいろいろなことが出来るまでに療養を頑張ろうということにしました。
辞めてしまった仕事・・。
苦労ばかりで、そんなに恵まれた仕事人生ではありませんでしたが、でも土木から戸籍・住民記録、年金、小中高校の耐震工事、相談業務、広聴業務、市内を巡るネットワークと、職場全体のネットワーク統合と構築、東京での国会や省庁との連絡業務、地域振興での多種多様な業務、大きな祭りなど、我が社でもこんなにあれこれ様々な職種を経験している人はあまりいないかもしれないほどの経験をしました。
それはそれで一人の人間としてよかったのかもしれないと、今にして思います。
世間はコロナ禍ということで、好きだった宝塚観劇も出来ませんでした。東京には一度も行けてないし、電車にも乗っていません。
とても残念だけど、これは仕方ない。
映画は、今年後半になって、市内でやっと少し見ることができました。
その分、読書はよくしました。読めば読むほどいろいろな人の考え方や人生を擬似的に経験しているようで、心の栄養になりました。
このブログで読後感を書いているのも、皆様への“お裾分け”の気持ちです。
音楽も、ビートルズとジャズを中心に聞き、ブログ内でもその様子をかなり書くことができました。これも自分にとってとても大切な「音楽」と向き合うことになりました。
会いたくて、会いたくてたまらない人で、今年は会うことが出来なかった人もいますが、なんとか来年は会って、つもる話をしたいと思っています。
私の中学時代の先生とはよく電話でお話しました。
いろいろ不安だった私に言葉をかけていただき、こんなに長きに渡ってお世話になり、私は幸せ者だと思いました。先生にはほんとうに感謝しています。
仕事を降りてから、人間関係が寂しくなるのかと心配もしましたが、でも、それでも出会える人、いろいろやり取りできる人はできました。
むしろ、仕事で頭の中が忙殺されていたときよりもしっかりとした関係になれたように思います。不思議なものです。
それに、SNSは一般的な感覚としては“稀薄”な関係性かのように思いますが、いやこれもまた古くからの付き合いの方が見てくれていて、それがとてもうれしく、安心感をもたらしてくれることに、あらためて気づきました。いいものなのです。通り一遍の見方をしなくても、自分なりのSNSの中での関係性というものがあるのだと思いました。
このブログの中で自分の今までの人生の出来事を振り返って、うれしかったこと以外にもひどいこと、つらいこと、すべてどんどん書いてみました。
批判されるかと思いましたが、アクセス数は上がり、むしろ好評でした。それもよかったことです。
今は、上記ブログなども含め、もう一度人生を振り返って、自分のためにも、家族のためにも日々生き生きと自分らしく生きることを中心に据えて、来年以降これからの生き方を考えようとしています。
・・こんな感じですd(^_^o)
まだまだコロナウイルス感染はやや増えつつあったりして、来年以降も不安な要素はありますが、どうかご覧の皆さんにおかれましても、来年が「良い年」になりますように。
以上、今年の締めくくりブログでした。
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