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2017/06/30

AIが、そんなにいいのか

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ここのところ、“AI(人工知能)”という言葉を聞かない日はありません。
ついこの間では、「AIスピーカー」っていうのが出来てきて、そのスピーカーに今の自分の気分を語りかけると、その気分にちょうどいい音楽を奏でてくれるんだって・・自分の聞きたい音楽くらい“機械様”にお教えいただかなくたって決められるよ、決められなくて人間やってられっか、つうの。

「素晴らしいことでしょう、どうです」って、そのニュースでは自慢たっぷりでしたが、バカみたい・・って思いました。

今話題の将棋だって、もう人間は人工知能に勝てなくなってきてますよね。
そうすると現在連勝中のあの人の価値は下がるの??そんなことないでしょ。
人間が自分の頭脳から絞り出して対局するから皆が夢中になるんだ、「ついにコンピューターが人間に勝った」みたいによろこんでいる人がいるけど、それがどうした・・と、いつも思います。

クルマの自動運転に関してはいいことがたくさんありそうですが、事故対策や老人向けにはとても良いと思いますが、今やクルマに興味のない若者が多く、人工知能にたよった運転に完全に“おんぶに抱っこ”状態になると、人間自体の能力が退化の一途をたどるのではないかと危惧いたします。

それに、F1や、この間佐藤琢磨さんが勝ったインディなどのレースも自動運転技術の戦いになってきて、しまいにゃ人が乗らなくなるでしょう。
それが面白いかねぇ。

どんどん考えていくと、既にそういう状態に入っているのかもしれませんが、作曲、作詞に関してもAIまかせになって、機械が作った音楽に涙することになるかもしれません、いやもうなっているかもしれない。
ついでに絵画などの美術にも及んで、人間は何もしなくなって、それで何が楽しいんだろうね。

仕事だってほとんどAIにお願いしていくと、もう人間のすることはなくなってきて、失業も今よりも大きな社会問題になってくると思います。「そんなことはない、人間はそんな中でさらにグレードの高い仕事ができる」なんていう“幸せな”御仁もいっぱいいると思いますが、“過去ん十年”コンピューターが代わりに仕事してくれて、幸せになった人間なんて一人でもいるのかね。
決してそういうものの発達が人類の幸せにつながるとは思えない、というか幸せになったためしがない。

簡単に今思いついたことを書いてみました。
人は毎日の些細なことを自分でやって、つまらないことでもそれをやるから生きて行く楽しみがあったりするものだ、ということが書きたかったのです。
結論としては「人の愉しみを邪魔すんなよ、AI!!」ってことです。それじゃまた。


【Now Playing】 Maybe September / Tony Bennett & Bill Evans ( Jazz )

2015/10/09

スマートフォンはスマートか?!

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先週末に突然携帯電話の画面がブラックアウト!
何度も何度も直したり交換したりして使ってきたのですが、ついに観念しました。

ただの携帯電話、長いこと使いました。
通話が出来てメールのやり取りが出来ればそれでいいと、いわゆるガラパゴス携帯・・ガラケイとは言わない、発音が汚らしい音だから・・を使っていました。
iPadは使っていましたが、実はあまり持ち歩きはしませんでした。人に何かを見せようというときに主に使ったり、あとはラジオでリアルタイムに聞けない番組をPodcastで聞いたりしていたくらい。
他は、というと・・・くつろいでいる時にブルートゥースを利用して小さなスピーカーでBGMを聞いたりしたのがせいぜいでしょうか。

今回も直そうとしたのですが、お店の人の話を聞いていて、「もうそろそろいいか」と思い、買い求めました。

買えば買ったで、新しい使い途を見つけていろいろやるとは思いますが、きょうも中華料理屋さんに入り、気になった“物を食べながらずっとスマートフォンの画面を見ている人”、そんなふうにはなりたくないと思いました。

ついでに、帰り道では歩道上をスマートフォン(・・スマホと言わないのも、この発音が“ラブホ”みたいで汚らわしいからです、すいません、めんどうくさいヤツで・・)を見ながら爆走する学生がいました。毎日何人も見かけます。あれはいかんっ!!

カップルでちょっと洒落たレストランに入ってきて、案内されテーブルに着くやいなや、二人ともスマートフォンの画面しか見ずにてきとうに会話している光景も見ました。
男同士などで昼食を取りに入った店で、そんな状態の二人も見たことがあります。
目の前にいる、一緒に食事をする人と会話せずに、画面に表示されている誰かと通じているというのは、自分で違和感を感じないんでしょうね・・感じるくらいならそんなことしないと思いますけど・・。

よく行く東京駅では、京葉線に降りていく深く長いエスカレーターをものすごい勢いで駆け下りながらスマートフォンを見ているヤツが何人もいます。

それがいやさにスマートフォンを手に入れることなく過してきましたが、いよいよいくらなんでも“年貢の納め時”でしょう。
便利ではあるが、そもそも依存症のようにしょっちゅう見なくてはならないものは何もない、といつも思っていました。

そうだな、それから何かを見つけたとき、美しいものなどに出会ったときには先ず肉眼で心に焼き付け、すぐさま内蔵カメラで撮影をしたりするのもやめておこうと思います。
自分の心に格納して、じわじわと熟成させてから必要あれば撮りましょうか、今までデジタルカメラで撮っていたときもそんな気持ちでした。

電車内で夢中になってスマートフォンをいじるのも、傍で見ていて“みっともない”と見えていたので、それもやらないと思います。いつも文庫本を読んでいます。これからもそれでいこう。

こいつ、バカじゃなかろか、とお思いかと存じますが、こんなヤツがひとりくらいいてもいいでしょう、ご容赦ください。

そういうわりには、ブログなんかガンガン書いてるじゃないか、とおっしゃるかもしれませんが、ブログは自室で心を落ち着けて、そして心を込めて、だいたい夜11時頃に集中して書いています。
それが一番心の安まる時かもしれません。


【Now Playing】 ラジオ深夜便 / 中村雅俊 ( NHK-AM )

2014/06/14

「しない生活」を読みました

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『しない生活/小池龍之介著(幻冬舎新書)』を読みました。
著者、小池龍之介さんは月読寺・住職であり、そのほか一般向け座禅指導などもされていて、この本は朝日新聞に連載されたものをまとめたものだそうです。

現代人の人と人のつながりや、イライラすること、人への反発心、自分を変えたいと願う心、思わず人と自分を比べてしまうこと、などへの分析や宗教的な考え方などがエッセイ風に綴られています。

どの頁も「そうだよなぁ・・」と、頷いてしまったのですが、特に印象的だったのは、現在のネット社会にいる私たちについて書かれている部分です。
それが快楽指向から来るものであるというお話でした。

太古の昔、人は飢餓状態にあるのが普通で、糖質やタンパク質、脂質などが舌にふれると快感物質ドーパミンが分泌される仕組みになっていて、現代は甘くて脂っこいものがいくらでも手に入るので快感物質の分泌が止まらなくなる、快感量が多すぎるがゆえ、麻痺を起こし満足できぬまま食べ過ぎているというのです。

脳に「快」の刺激を与える頻度と強度が増すと「快」を感じる脳の装置が麻痺してしまい、かえって気持ち良さが減っていくという仕組みです。

常にスマートフォンで情報を得ている多くの人達は「自分が発信した内容に他人がどう反応するか」という情報について最も気にしていると著者は言います。

「自分が他人にどう見られているか」、要するに『自分情報』欲しさに情報端末に釘付けになっている、というわけです。

スマートフォンとなれば、四六時中・肌身離さず持っているので、「自分が相手にされている」という有力感(もちろんこの反対は無力感だ)を得て脳に強い「快感」が入力される。・・うまい説明の仕方で、私も思わずうなってしまいました。

なので、相手からの返信やコメントに「早く早く」という思いが強くなったりします。
今や携帯端末を通じた人との繋がりは強要されていると感じるくらいの状態です。

先に書いた糖質や脂質を摂取するものが人工的になったりしている今、自然素材のものでそれらを食べることが人の健康に大事なように、デジタルでの人との繋がり以外に、相対したりする別の繋がりが必要なのだと感じました。

インスタントに繋がらない、また繋がり過ぎない、むしろ孤独を味わうくらいの気持ちもある意味大事なのかもしれません。

人は脳への「快」を求め、麻痺するくらいの状態にすぐに到達してしまうのは、路上でも駅のホームでも、自転車に乗っている時でも、スマートフォンの画面に夢中になっている人たちを見て、実感することができます。

上記のようなことをわかりやすく説明した『人とつながり過ぎると「快感過多」で不幸になる』という章が一番印象に残りました。


【Now Playing】 守るべき人生 / 得田真裕 ( InstrumentalMusic )

2013/10/20

気になること

ここ数年で特に気になることがあります。
このあいだも妻と電気屋さんに行き冷蔵庫の下見をしてきたのですが、帰宅してからいいと思ったメーカーのとある機種について検索エンジンで検索し、スペックなどを調べたことがありました。

で、もうその数時間後から、色々な検索エンジンや、その他ホームページで、さきほど検索した冷蔵庫のシリーズの広告が画面の端っこなどにページを飛んでも飛んでも現われるようになりました。
人によってそれぞれだとは思いますが、私にとっては、とても“不快”な気持ちになりました。

アマゾンで買い物しても(私自身の買い物はめったにしないが)、「これを買った人は、こんなものも買っています」というおすすめを無理矢理受けることになるのは、誰もが経験していることでしょう。

で、そんなことを前提としての私の経験ですが、私自身の買い物はめったにしないものの、妻、長男、長女、母、中学時代の先生などに頼まれたり、様々な事情で私の名前で買い物をしたことが何度もありました。

で、結果として、私がウェブを覗くと、その広告がたいへんなことになります。
亡き淡谷のり子さんのアルバム(CD)や、森進一、青江三奈、森繁久彌などの過去の作品群が・・中学時代の先生からのリクエストが原因か・・次々と画面に表示されたかと思うと、「赤毛のアン」に関わる書籍、「ピーターラビット」やその作者の「ポター」に関する文献・・妻の影響か・・が続々と紹介され、さらに、ゲーム、ゲーム音楽などのソフト、音源など・・長男の影響か・・も、これでもかと表示され、さらに長女が学園祭で使うために買った“コスプレ用・ウィッグ(かつらのことね)と、そのとき長女と検索したコスプレ衣装などもどんどん広告され、さらに“アニソン”のCDなども。
はっきり言ってうんざりです。

まとめると、こういったいわゆるビッグデータみたいなものの利用により、「ド演歌ファンで、ちょっと夢見る乙女的な小説にぞっこんで、ゲーム好き、コスプレもやって、アニメ好きなオッサン」・・私の購買行動からうかがえる人物像は、こういうことに(^_^;)なります。

笑って過ごせるうちはいいのですが、世の趨勢はどんどんそういうものを利用することに動いているわけで、かなり以前、とある省庁でのIT勉強会にて携帯ゲームの会社では「利用できる可能性のあるもの」として、登録者の朝夕の通勤の動きが手に取るようにわかり、今現在ではそういうデータは個人を特定しての利用はされていないと思い(本当は私は信用していない。人間は、その可能性があればそこまで行ってみたくなる動物だから)ますが、非常に不気味です。

私が子どもの頃、星新一の「声の網」という短編を読んだのですが、インターネットも何もない時代に現在の状況をほぼ現実どおり想像して描いている作品でした。
その作品では、あらゆるデータを活用して人々を思うがままにするのは、コンピューターでしたが、さしずめ現在は検索エンジンや、SNSを運営する会社、その他データを片っ端から集めている企業などが、自らを頂点に登り詰めさせるためにそんな行動をしているともとれるのです。私の考えだけど。

何を心配している、と思われる方もいらっしゃるかと思いますが、そんなことになってしまってからでは遅い・・そんなこととは、誰かが膨大なデータを利用して頂点に立ち、人々を思い通りに動かす、または誘導することになりかねないということです。

と、ここまでが私の想像&妄想です。
あくまで妄想なので、激烈な反論お断りです。
戯言と思し召してお笑いください。


【Now Playing】 Circular Motion / Modea ( InstrumentalMusic )

2013/02/26

北原照久さんのfacebook 100の言葉 第二弾も読んでみた

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『facebook 100の言葉!2/北原照久著(トイズプランニング)』を読みました。
すでに第一弾についてはご紹介しましたが、“もっと読みたく”なって、第二弾も読んでみたのです(^o^)

このfacebookを使った北原さんの企画はとても当たったようです。
人から進められてfacebookを始められたようですが、やはり北原さんの前向きなアイデアは素晴らしいです。

北原さんの好きな名言や、著名人、知り合いから聞いた“良い言葉”などを毎日アップして、基本的にそれに添えてちょっと関連するような玩具の写真も楽しめるという・・お見事としか言いようのないアイデアです。
ご本人もこの本の中で書かれていますが、毎日アップしていくっていうのはとても大変なことです。私も一時期ブログを毎日アップしてみようと思いましたが、頑張って頑張って・・一ヶ月がやっとでした。


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北原さんが好きな言葉、推奨する考え方を示す言葉はどれも前向きで明るいものばかりです。
それがすごいんですよねぇ(-_-;)・・私ったらマイナス指向が最近ますます強くなってきて、この本のページをめくる度に、「そうだよなぁ、そうなんだけどなぁ・・」と、やや弱気な自分に気付きます。

もう一度原点に戻って考えてみようという、きっかけづくりにもなる本だと思います。第一弾も第二弾も少しも“ブレ”がなく、しばらくは手元に置いといて、どのページでもいいから、パッとめくるようにしたいと思いました。

今回も北原さんのご本第二弾の紹介でした。
ものすごく売れているようです。


【NowPlaying】 Think For Yourself / The Beatles ( Rock )

2013/02/11

北原照久さんのfacebook「100の言葉」を読んだ

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『facebook「100の言葉!~こころにひだまりを~」/北原照久著(たちばな出版)』を読みました。
千葉市中央区の中島書店・店頭にど~んと掲示されていて、ちょっと立ち見したら立ち去れなくなってしまい・・(^^;)購入。

タイトルにあるとおり、著者の北原さん(あの何でも鑑定団のオモチャ鑑定で有名な方です)が友達から進められてfacebookを開始、そのうち毎日ひとつずつ心に残る言葉を書いていったら大反響!、というものの書籍版です。

ですから、北原さんのfacebookをのぞけばこの本の内容は見ることができるのですが、やはり本となると繰り返し読んでいく楽しみや、身近において同時に掲載されている北原さんのオモチャ・コレクションの写真も楽しむことができます。


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で、読んでみたのですが、いい本ですねぇ'(*゚▽゚*)'
北原さんが関わった人や、家族、そして有名人や偉人の言葉も入っているのですが、どれも心に染み入るのです。
毎回2ページをつかってその言葉とエピソードなどを紹介、そしてそれに因んだ北原さんの懐かしさを感じるオモチャの写真が添えられています。

ほぼ毎日facebookでこれだけのことを書くというのは並大抵のことでは無理です。
つまり“心”が入っていないと・・・。

いつも机の上など身近において密かに目を通したい、そんな本でした。


【NowPlaying】 Thru And Thru / The Rolling Stones ( Rock )

2012/09/15

Facebookについて少し考え方が変わってきた

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個人でもFacebookに登録し、色々と書き込み、さらにFacebookページも作成し、さらにさらに仕事でもFacebookページを作成してみました。

で、感じたことは、作る前に思っていた「HomePageへの導入」をいかに上手くするか・・みたいなことには、あまり意味がないのではないか、ということです。

理屈からいくと、そんなことを誰もが考えそうです。・・私も考えました。
でも、せっかく見つけた面白そうなFacebookページからホームページに連れて行かれると、「こちらへどうぞ」と案内されて、『事務所の裏に連れて行かれた』みたいな気になることが“しばしば”です。

舞台でいうと、“書き割り”の裏側に来た感じ、と言えばお分かりいただけるでしょうか。

「何件HomePageまで導入できて、それはどういうやり方だったか詳しく分析しろ」みたいなことも専門の部署から言われたりもして、その気にもなりましたが、統計数値やグラフなどのデータを熱心に見てもいい記事書けないんじゃないの、と思ったわけです。

けっこうな数の『いいね』をもらっているので、気も大きくなっているのかもしれませんが、色々とアドバイスしていただいた割にはその人達が作ったものは、私から見ると、“ちっとも面白くない”、“キャッチーな部分が何もない”ページに見えます。

専門的な解析をすると様々な数値がモニターに表示されますが、「どの記事が人気があったからと言って、そればっかり載せていては広報目的なのか、人気目的なのかもわからなくなります」。

そんなことに時間を割いているのなら、面白い記事、良い記事を書くことに力を割いた方が良い、というのが現在の気持ちです。

それに、いちばん感じることは、「書いている人が面白いと思っていない」ということです。
そんなの読めばすぐにわかります。

というわけで、私はがんばって“面白い”と思っていただけるもの、さらに“自分も面白がっている”ものを書こうと思っています。
今までも、もちろんそうやって書いてきていますよ!(*^^*)


【NowPlaying】 夏の終わりに / 東儀秀樹 ( Instrumental )

2012/09/03

Steve Jobs Ⅰを読みました。

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『Steve Jobs Ⅰ/Walter Issacson著・井口耕二訳(講談社)』を読みました。
「Ⅰ」と「Ⅱ」の二冊になっているのですが、先に「Ⅱ」を読み、その感想についてはすでにこのブログに書きました。

「Ⅱ」については、世界の人々がよく知っている iPod や、iPhone、iMacなどの世界を席巻しているときのジョブズの様子が書かれていたのですが、この「Ⅰ」では、初期のMacintoshを創った頃や、それ以前のジョブズの生い立ち、いっしょにアップルをつくったウォズニアックとのことなどが書かれ、自分がペプシから「一生砂糖水を売っているつもりかい」のひと言で引き抜いたスカリ-との話も事細かに書かれていました。

そのスカリ-にやがてジョブズはアップルを追い出されるわけですが・・・。

女性関係、実の親兄弟や、養親との関係、周囲の人々との関係も書かれ、ジョブズの複雑な心理模様がいったいどこから来ているのかも深く考えさせられました。

ただ、それにしてもスティーブ・ジョブズという人は天才ではあるが、一緒にいる人達にとっては“狂気の人”にしか映らなかったのではないかと思いました。

文中で「現実歪曲フィールド」と呼ばれているジョブズの「我が儘勝手」なふるまいにはジョブズの周囲の人だけでなく読んでいるこちらも精神状態に異常を来すくらいのものがありました。
ほんとうに読んでいてイヤになりました。
こんな人が自分の周りにいたら絶対に近づかないだろう・・というくらいです。

・・・ということが予想されたので、この「Ⅰ」はなかなか読まなかったのですが、いざ読んでみたら案の定です。

でも、このくらい狂気を含んだ人でないと、あのMacintoshや、スタイリッシュでクールな数々のアップルの製品は世に出なかったのでしょうね。

ちょっとおぞましかったので、この二冊の本はどこかに封印してしばらくは目に入らないようにいたします(-_-;) 

私の心にさざ波どころか、大波が立ってしまいそうなので・・・。


【NowPlaying】 ネイチャーズ・ハーモニー / スティーブ・レイマン ( Instrumental )

2012/08/03

あらためてFacebookについての本を読んでみた

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ちょっと前にこの本を読みました。
『フェイスブックをつくったザッカーバーグの仕事術/桑原晃弥著(幻冬舎)』という本です。

Facebookを創りだしたマーク・ザッカーバーグがどんなふうにその仕事を進めてきたかということを、事実に基づいて詳細に振り返り、それぞれの事象について我々のヒントとなるようなことが書かれていました。

私には、その各章毎にまとめられている“教訓”のようなものよりも、むしろ20代のザッカーバーグが、様々な先達(アップルのスティーブ・ジョブズなど)と会って、話をして、確信に似たようなものを持つ過程が気になりました。

ザッカーバーグは、「人間というものに一番興味がある」と発言していて、Googleに見られるような「人と情報を結びつけること」よりも、「人と人をつなぐこと」に力を注いでいることがよくわかったのです。
それが大事だということに気付いたのが素晴らしいと思います。
その“センス”はそれこそ何百万人に一人の感覚ではないでしょうか。

スティーブ・ジョブズの自伝を読んでいても感じたのですが、アップルは利益最優先で次々とiPodやiPhoneなどを生み出していたというわけではなく、人々が「これが欲しい」というものを自ら予測して未来を提供することを最優先にしていたようです。
それでいいのか、と感じる人がほとんどではないかと思いますが、実際にはそれがアップルの魅力になっていたと思います。
自分達で創ったものを包装するパッケージデザインまで徹底的に凝っていたアップルに、いつもその心意気を私も感じていました。

ザッカーバーグも自ら信じることのためには、億万長者になれる機会を捨ててまでFacebookに“賭け”たわけで、そのことが現在の世界に与えてくれたものは計り知れないものがあると思います。

他国のことはよく存知上げませんが、日本でのFacebookの広まり方は、一部では企業が採用する個人の掲載内容をみて「友達」の数や発言内容を参考にするなど、ちょっとイヤな感じのすることも有り、諸手を挙げて今の状態が良いとは言い切れないこともあると思います。

でも、自然発生的に使い方が変化していくのは大切なことで、何らかの「意志」がはたらかないように祈るばかりです。

私も始めた頃から激流にのまれるような環境で使ってきましたが、もう一度冷静になって、自分なりの使い方を考え直してみることも必要ではないか、と強く感じています。

この本、そんな今の自分にとって良い刺激を与えてくれました。


【NowPlaying】 あんみつ姫 / ボニージャックス ( 番組主題歌 )

2012/01/01

「あけましておめでとうございます」も新しくなる

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ブログでのご挨拶は初めてです。

あけましておめでとうございます。

今年は、TwitterやFacebook、スマートフォンの普及などにより、年賀のご挨拶は様々な形でなされていると思います。
以前は、メールが普及しだしたときに「どうなるんだろう」なんて思ったこともありますが、さらに多様な年賀の挨拶が交わされていると思います。

Facebookでは、年末から本日元旦にかけて、どんどん挨拶が交わされていました。
これも、やがては当たり前の風物詩になるのでしょうね。
しかも、Facebookでは、皆さんそれぞれの年末年始のようすが手に取るようにわかるわけで・・去年までの様子とはかなりの様変わりだと感じました。

さて、私は年末には大掃除などの休憩時間中に、宝塚歌劇好きの皆でワイワイやった座談会のまとめをブログにアップしておりました。
おかげさまで、毎日300アクセスを超える大好評となっております。
まだ飽きずに期待していらっしゃる方、お待ちください。年間ランキングを発表しますよ(^o^)

お友達のみなさん、関係者のみなさん、仕事でお世話になっているみなさん、すべての方に新年のご挨拶を申し上げます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

また、特に東京でお世話になっているみなさんには、さらにお世話になるかもしれませんが、私もがんばります。
よろしくお願いいたします。

では、そろそろ地元の氏子になっている神社にお参りしてこようと思います。

行ってきま~す(^o^)


【NowPlaying】 新春スポーツ対談 / 原辰徳他 ( ラジオ日本 )

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