フォト

わたしのいきつけ

無料ブログはココログ

2022/10/26

野村克也さんの「名選手にドラマあり」を読みました。

20221026_nomura_katsuya_001

『名選手にドラマあり -脳裏に焼き付くあのシーン-/野村克也著(小学館新書)』を読みました。
2014年発行のもので、これもブックオフで手に入れました。

野村さんの現役時代、あるいは監督時代についても周囲は名選手ばかりだったと思います。
その名選手について野村さんがつぶさに“観察”した様子が書かれていました。

リーグは違っても王、長嶋との対戦はオープン戦や日本シリーズであったわけですが、ノムさん独特のバッターへの“ささやき”戦術は二人には効かなかったそうです。
王さんはささやきを聞くことは聞くのですが、ピッチャーと向き合うとおそろしいほどの集中力でささやきなど頭の片隅にも無くなっていく、・・長嶋さんは逆に質問し返してきたりして、ささやきなど“どこ吹く風”(*^_^*)、やはりものすごい集中力でバッティングするのだそうです。

南海でバッテリーを組んでいた皆川投手と苦手だった左打者用に新しい変化球を模索していく様子などは、捕手としての野村さんが投手と二人三脚で対策を練っていく過程がとても面白かった。
最終的なテストはオープン戦の王さんに試し、見事に内角の新変化球(今で言う「カットボール」)で詰まらせ、「王に通用するなら、どんな打者でも大丈夫」と二人で確信を持った話も書かれていました。
そして皆川さんは苦手な左打者を克服して、通算221勝をあげたのでした。

南海の監督兼選手を“クビ”になったときには、それまで来ていた“盆暮れのつけ届”や、年賀状さえも来なくなったと書かれていましたが、あの阪急・近鉄で監督をされていた「西本幸雄」さんだけは年賀状をくれ、「頑張れ」のひと言が書かれていて、それは野村さんの宝として「今でも大事にしている」と書かれていました。いい話です。

また、野村さんが2002年から三年間、シダックスという社会人野球チームの監督をした頃に感じたことが書かれていましたが、「これほど純粋な野球があったのか」とあらためて思ったとのこと。

社会人野球はトーナメント形式で、高校野球のように“後がない”、プロ野球のように百何十試合のうちの一試合という意識がない。
野球を私物化するプレーも皆無。
個人の成績によって給料が変わるわけではない。
常にフォア・ザ・チームに徹する清々しさは野球の原点のように思えた。
と書かれていて、強く印象に残りました。

“プロ”なのに上記のような「フォア・ザ・チームに徹する清々しさ」を感じる団体がある・・と私は即座に思ったのが「宝塚歌劇団」でした。

人間だから人に対する好き嫌いや、嫉妬、いろいろな思いはあるのかもしれませんが、でもトップスターが下級生でも、自分が端役しか回ってこなくても、トップスターを中心に舞台を最高のものにしようといつも“全力投球”な人たちの集まり、それが宝塚歌劇団です。この歌劇団もいつまでもこの清々しさをなくさないように続いていってもらいたいものだとあらためて思いました。

というわけで、長くなりましたが、野村さんのこの本は人間関係の機微なども描かれていて貴重なものでした。
いい本を読みました。

 

2022/09/30

二宮清純氏の「プロ野球 衝撃の昭和史」を読みました。

20220930_ninomiya_seijun_001

『プロ野球「衝撃の昭和史」/二宮清純著(文芸春秋)』を読みました。
2012年に発行された本です。これもブックオフで見つけました。

内容はとても“濃く”、あの有名な「江夏の二十一球」にもさらに知られざる逸話があったとか、阪急対ヤクルトの日本シリーズでの大杉のホームランをめぐる1時間19分の中断にも様々な事実が存在する。
そして、その阪急とヤクルトの問題のホームラン判定が翌年の阪急対広島の「江夏の二十一球」にも大きな影響を与えていたことも書かれていました。

全然知らなかったことばかりでした。

ほかにも天覧試合での長嶋のサヨナラホームランが出るに至ったその試合展開と各選手のプレイの素晴らしさ、面白さも克明に調べられていて、あのゲーム自体が奇蹟的な展開だったのだということも知りました。

江川卓高校時代の渾身・最速の一球の話、野村監督率いる南海ホークスが阪急をプレイオフで破ったときの駆け引きの面白さ、落合が打撃の師匠とした二人のロッテ選手の話、ジャイアント馬場が実際はすごい投手だったという話、中日・小川投手の“背面投げ”に隠れた話、その他たくさんのオールド野球ファンには興味深い話が満載でした。

上記エピソードの内、阪急対ヤクルトの日本シリーズは私もテレビで見ていました。
第七戦の一番大事なところで打った大杉のホームランは・・ファウルでした。

テレビのビデオで見ても、上田監督が抗議したとおり完全なファウル、しかも1時間以上の中断の最中に打球が入ったスタンドで観ていたファンも「ファウルだった」と中継中にテレビ局側が聞くと応えていました。
阪急の守備陣もファウルだと思っていた・・。

「ポールを巻いて入ったホームランだ」という富澤線審の頑なな態度と、他の審判も実際はファウルだと思っていたので、毅然とした態度が取れませんでした。それがいけなかった。

いろいろなことを後から言う人はいたけど、上田監督はとても真面目ないい人でした。
「これじゃあ、一年間頑張ってきた選手に試合を続けろと言えないですよ」とプロ野球のコミッショナーやパリーグ会長、球団オーナーまでが「私が頭を下げても試合をしてくれないのか」と説得にあたっても、絞り出すような声で懇願する様子が全国中継されていました。

でも、抗議だけして引き下がっていれば実力に優る阪急が勝ったんじゃないかと思います。
長い中断で、先発の足立投手は、膝にたまった水に膝のお皿が浮いてしまい、サポーターで締めて、痛み止めを打って投げていたのですが、その間にもう投げられない膝の状態になってしまいました。
その後上田監督は試合を“投げて”しまったのか、経験のない高卒ルーキーをリリーフに出して派手に打たれ、日本一はヤクルトに。

そのとき、「抗議による試合の中断が試合の流れを変える」ということを感じたのが翌年近鉄の三塁コーチとして「江夏の二十一球」の広島の相手となった仰木さん。

江夏の21球のうち、14球目は無死満塁で近鉄の佐々木恭介が放った打球でした。
打球は三塁手の頭上を越えて、ファウルゾーンに落ちました。判定はファウル。

三塁守備に回っていた広島の三村のグラブに実はフェアゾーンで当たっていたのでした。
三村さんは「近鉄の西本監督に死ぬ前に謝っておかなければならない。そして他の人には墓まで持っていかねばならない事実だ」・・本人は、そう言ってグラブに当たったとは口にしていないものの、事実を語れない苦しさの中でずっと悩んでいたようです。

・・グラブに当たっていればフェアでヒット。レフト線に打球は転がり二者生還、近鉄のサヨナラ勝ちです。
これを知って当時のビデオ画像を探し、このシーンを確認してみましたが、たしかに三村さんはジャンプして打球を後ろに逃し、お尻から倒れ込んだ後、「やられた」という感じの動作をしています。

つまり、近鉄は勝っていた。西本監督は悲劇の名将ではなかった。

西本監督は、そのとき抗議しようとベンチを出たのですが、絶対の信頼をおいている三塁コーチの仰木さんが抗議しなかったのを見て、「彼が一番近くで見ていたのだから判定は間違いなかったのだろう」と抗議をやめてしまいました。
それもビデオ画像で確認しましたが、西本監督は「今のはフェアだ」とばかりベンチを飛び出して来たものの、仰木コーチのいる三塁方向を見て“残念”という表情をしてベンチに戻っているのです。

仰木さんは、前年の日本シリーズで、判定が覆らないのに抗議による中断で試合の流れが変わってしまうことを考えてグラブに当たったのは間近に見ていたのに抗議しなかったのです。
だって無死満塁、近鉄はそのとき“押せ押せ”状態だったのですから。

そして、あの奇蹟の二十一球のドラマにつながり、広島優勝・・という話。

こんな話ばかりがいくつも書かれているこの本、プロ野球ファンにはこたえられない中身の濃い本でした。
今読んでも、胸が苦しくなるような気持ちになったのでした。

 

2022/06/03

堀内恒夫さんの「バカでエースがつとまるか!」を読みました。

20220601_horiuchi_tsuneo_001

『バカでエースがつとまるか!/堀内恒夫著(ベースボール・マガジン社新書)』を読みました。ブックオフで110円で見つけました(*゚▽゚)ノ

堀内恒夫さんは、プロ野球・巨人軍が「日本一9連覇」したときの投手、もちろんエースでした。そして子どもの頃の私が一番憧れたピッチャーでした。

速球と打者の背中から曲がってストライクゾーンに入ってくるカーブに驚いたものです。
オールスターなどでは、初めて対戦する打者がストライクなのに、のけぞって転倒するシーンなども何度も見ました。
守備は抜群に上手く、さらに打撃では自らの本塁打で日本シリーズを勝ったりと、そりゃあすごい人でした。
それゆえに、この本にも書かれていましたが、“甲府の小天狗”とか、“悪太郎”などと新聞に書かれたりしていたのも覚えています。

でもね、読んで驚いたのですが、堀内さんは様々なスポーツ紙を取寄せ、切りぬきは段ボール箱で何箱もして、打者の故障やその他の情報を集め、次の対戦では軸足の故障している打者には、ここを攻めればとか、対策を考え、試合後にはノートに打者への投球について細かに記して、攻め方や失敗したことなどを次の試合への糧にしていたとのこと。

また、登板前夜には、一試合分、打者ごとに丸々、頭の中でシミュレーションして臨んでいたとのことでした。
自分が現役時代に投げた投球は、ほとんど記憶に残っていて、一球一球まで再現出来るようです。“江夏の21球”のライフタイム版です。

それほど投手(特にエース)というのは、常に考えながら投球しているのだということが、今にしてわかりました。

 

 

20220603_horiuchi_002
私が一番印象に残っているのは、1972年。巨人が8連覇したときの堀内投手です。
それまで二十勝したことは一度も無かった堀内さんが、シーズン26勝して、日本シリーズでも大活躍したんじゃないでしょうか。打者としても大活躍していたと思います。

20220603_horiuchi_001

写真を二枚ほど載せていますが、これは学生だった私が切り抜いて取っておいたものです。
この年の堀内さんは“ひとまわり”スケールアップした感じがあったと記憶しています。
誰も打てない・・。球は速い。カーブは驚くほどの落差があり、天下無敵でした。
シーズン中に100勝を達成。そして日本シリーズでは王・長嶋以外では9連覇中初めて最優秀選手賞を取った人だと思います。

子どもの頃の私は草野球のユニフォームを買ってもらい、背番号は「18」を付けました。
憧れだったからです。

そんな堀内さんの“歯に衣着せぬ”本音で書いた本、とても面白いものでした。
力強い投手論(エース論)は、堀内さんならではのものでした。
スカッとする爽快な本でした。

 

2022/02/13

世の中、もうひとつ深いところに入らなくなってきたような気がする。

20220213_s_pics_001

このあいだ、ラジオで、「最近の曲はイントロは出来るだけ短く、出来ればイントロ無しで作るというのが主流だ」という話を聞きました。

よくよく聞いてみると、イントロの時間も待てず、我慢できなくなって“別の曲に飛ばす”んだそうです。

要するに「Spotify」のような“サブスクリプション”の利用が主流となっている現在、昔のテレビのザッピングのように、どんどん曲を“すっ飛ばして”聞いていくので、イントロなんか聞いている場合じゃないようです、今の時代。

音楽なんてただの「使い捨て」なんです。その場でちょっと気分が良ければ、それでよし、ということなんだと思います。

私など、例えば「津軽海峡冬景色」という曲については、イントロが無いと曲そのものに意味が無いという気がいたします。・・昔の曲は、イントロでもう感情が盛り上がってきたものでした。

ついでに言うと、“サブスク”と言われるものを使っているお店に行って、いろいろ聞かせてもらいましたが、そのジャンルに詳しい人にとっては、大名曲というか、誰でも知っている有名曲がどんどん提供されていて、その段階で満足してしまうと、そのジャンルの音楽や、アーティストの“もうひとつ深い”ところまで手が届かない感じでした。

“掘って”いけば、出来るようになっているんでしょうけど、お手軽だからサブスク契約しているのだと思うので、自分で深いところに入って行って、より深い感動の淵にたどり着くという人は数少ないことと想像されます。

それに少し付随して思ったのが、テレビで見たカラオケの採点システムを使って、主に素人が得点を競い合う番組を見て感じたことです。

音程はバッチリで、譜面どおり、“超高得点”の人の歌を聞いても全然なんとも思わないというか、感動がない・・。

そして、本来、その歌を歌っていた歌手本人が歌うと、意外や得点は低く驚いてしまうのですが、でも感動はマックスとなり、素晴らしい歌唱だと思ったのでした。

なぜ、その歌に感動したのか、というのが“ないがしろ”にされて、得点ばかりを競っているので、これまた“ひとつ深いところ”に入っていかず、単にゲーム的に音楽を聞いてしまうことになっているのだと私は感じました。

もうひとつ、今、冬期オリンピックが開催されていますが、フィギュアスケートを見ていて、個々の技の精度について細密に厳密に規程を設けて採点しているのがうかがわれました。

フィギュアの人気は、以前と比べて上記のような採点方式に徐々に変更されて、わかりやすくなり、それに伴って人気も出たのでしょうが、私にとってはなんだか釈然としないものがあります。

過去に問題があったから今の採点方式への変遷があったとは思いますが、でも、もともと氷の上を滑るという優雅なものであったわけで、体で表現する部分について、アーティスティックな部分について、もう一度重きを置く形で比率を上げてもいいんじゃないか、などと思ったのです。

女子フィギュアスケートで昔金メダルを獲った「カタリナ・ビット」という人がいましたが、あのゾクッとするような演技、妖艶な感じ、ああいうのはすっかり感じなくなりました。

あちらを立てればこちらが立たず、ということなのでしょうが、音楽・歌、そして芸術度の高い演技を含むスポーツなど、見直していい部分があるのではないか・・と思いつつ書いてみました。

 

2021/07/24

オリンピックが開催されて

20210724_newspaper_001

東京オリンピックが7月23日に開催され、開会式も行われ、競技も始まっています。

今までこのブログでもいろいろ書いてきましたし、その度に「こいつは何言ってんだ」と思われていた方も多かったと思います。

現在の状況下でも一度は書いておかねばならないと思い、ブログにアップすることにしました。

最初にことわっておきますが、私はどの政党の支持者でもありません。
また、あの人が言ったから正しい、などという感覚でものを書いたりもしません。
自分が今、思い、感じ、考えたことを書いているのです。

まず、東京オリンピックは開催が決定する前から反対でした。

当初、「復興五輪」として開催すると言っていましたが、当時も今も「復興」はまだ道半ばであり、開催予算があるなら復興に当ててほしいと思ったのです。

さらに、「福島の原子力発電所はアンダーコントロール状態にある」という当時の安倍首相の説明を聞いて、「ウソつけ」と思ったからです。
全く制御下になっていないのは誰にも明らかなことであり、そうでないと言う人は誰かに言わされているか、自分の利得になるから言っているのです。

そして、過剰な設備を求めたり、放映権料獲得のため、競技者にとっては過酷な日本の真夏に開催して平気なIOCの存在そのものに不信感を持つからです。
これは、今回の開催間近になってもさらにバッハ会長が「状況によっては有観客に出来ないか」という、まったく現在の日本のコロナ感染状況について知らないと言ってもいいくらいの無頓着さに呆れる発言でその感をさらに深めました。

そして、今やプロもアマも混然となり、大会そのものの意義にも疑問を感じています。

さらに、東京開催が決定してからも、熊本での大地震や、その他大きな水害、台風被害など、次から次へと災害があったにもかかわらず、オリンピック開催にばかり目を向けている為政者、開催組織にも呆れたからです。
復興五輪を目指したが、さらなる災害禍で、その復興に力を入れるので開催は致しません、と言っても世界でそれを止めるのはIOCだけじゃなかったかと思います。

競技場の設計・建築も白紙に、大会ロゴも盗作問題発生、そして森氏の女性蔑視発言、さらに開幕間近になり、どんどん出てくる関係者の不祥事。

それもこれも、正々堂々、大きな志を持ち、太陽のように明るく突き進む人が大会関係者にいないからに他なりません。

さらに、大会延期の原因となったコロナ感染拡大。

ここでまた、「コロナに打ち勝った証しとしての大会」と言っておきながら、感染は拡大する一方の中、緊急事態宣言が出ているのにもかかわらず、強引に開催する。

強引に開催する理由を尋ねても、

安心・安全な大会にする

なぜ、安心で安全になるのかと尋ねても

安心・安全な大会にする

感染者がどのくらいの数になったら中止や延期を考えるのかと尋ねても

安全・安心な大会にする

あの1964年の東京五輪の感動をもう一度国民に感じてもらいたいというが、感染者が拡大する虞があるのに開催する理由は、と尋ねても

安全・安心な大会にする

と答える、無能で、実際は情熱ではなく、利害関係と自らの政治生命のために開催する為政者にも絶望しました。

7月24日、大会一日目での五輪関係者のコロナ感染者数は、すでに127人に達しています。
どこが、安全で安心なんですか。「危険」で「不安」がいっぱいです。

国民の我慢・忍耐だって限界です。特に飲食業、お酒を提供する職業の方々。
これだけの生活もままならないくらいの強い要請をしておいて、オリンピックに対しては“ゆるゆる”です。
ここはオリンピックも我慢して、感染拡大を抑制し、国民の健康と生命を守ることが一番大切だと私は考えました。
医療関係者だって、もう、一年半、緊張状態を保ち続けて感染に立ち向かうのも限界、限度があるんじゃないでしょうか。

報道によると、IOCと他にも電通、パソナなど特定の人の利益もかなりなものであるということですが、その利益をコロナ感染拡大防止の基金にしてはいかがですか。お金の亡者には出来ないかと思いますが・・。

というわけで、私、開会式もまったく見ていないし、もともとテレビは見ないのですが、ラジオでもオリンピック速報みたいなものが入ったら消しています。
競技者の方には申し訳ないけど、見たくもないし、聞きたくもない。

開会式は、選手が入場して、関係者が挨拶し、開会宣言と選手の宣誓のようなものがあれば、それだけで充分ではありませんか。
ショーみたいなものなどやらなくてもいいと思います。スポーツの大会なんですから。

以上が、ものすごく簡単にではありますが、今、私が感じ、考えている五輪の状況です。

 

2021/06/13

オリンピックのためにこれ以上国民に忍耐、我慢、強いることなど増やさないで

20210613_news_pic_001

ニュースを見ていたら、総務大臣が

東京オリンピック・パラリンピック大会期間を含む7月19日から9月5日まで、「テレワーク・デイズ2021」を実施する。

と発表していました・・・。

49日の間、特に選手や関係者などの移動が多く、人と人との接触機会の抑制や交通混雑の緩和を目的として、企業や官公庁にテレワークの実施を呼びかけるんだそうです。

緊急事態宣言で、国民が我慢していること、協力していること、たくさんあります。
パンデミック下なのに、大きな国際スポーツイベントを開き、もうこれ以上感染拡大は堪忍してくれ、と誰もが思っているのに「安全・安心」だと言い張り、人と人の接触が「危険・不安」だから外に出るな、と我慢している人たちに向かって平気で言う。

「無理が通れば道理が引っ込む」という言葉が有りますが、《強行感染拡大作戦》が中央突破しようとしているんですね。
きっと戦争が始まった時もこんなふうに、あれれ・・と思っている間に大変なことになったんでしょうね。

だから、国民一人ひとりが目を覚まさなければならないんだと思います。
今や、スマートフォンがあれば、自分で思っている様々なことが発信できるじゃありませんか。
美味しいスイーツの店などご紹介している場合じゃないところまで来ていると思いますよ。

何か“一儲け”たくらんでいるヤツ、あるいは“単純なお祭り騒ぎ好き”以外は、「まずいよ、だめだよ」と、後ずさりしているのに、強制的に『開催GO!』と書かれたトロッコに乗せられて(※これは一部ツイッターの返信にも書きました)、もうポンッと後ろから押されてゴロゴロとスタートしてしまったようです。
逃げることは出来ない状態、飛び降りるのも出来ない状態です。

東京でも感染者数は先週の値を昨日は超えてしまいました。また拡大に向かいつつあるかもしれないし、毎日死者が出ているのです。
「感染者が増えても、死者が出ても、それでもやるのはどうして?」と、どんな人でも思うから国会で質問すると

「安全・安心な大会をする。国民の健康と生命を守るのが第一です」と、意味不明の回答をする首相。

イギリスに行ってるんですね。いいところで、ゆっくり休めそうだから、しばらくそちらで過されるのもいいかと思いますよ。
各国首脳にオリンピック開催について賛同を求めているらしいのですが、このあいだ「私は主催者じゃないから、開催自体には関係ない」って、言ってなかったですか?!
大丈夫ですか??!!

どうか、ゆっくり国外で過されてください。
もう、帰って来てこれ以上私たち国民を苦しめないでほしいです。
どうか、遠くでお身体お休めください。多くの人々の願いです。

 

2021/06/07

世間がいろいろと騒がしくなってきて

20210607_newspaper_001

このブログでも書いた政府の感染症対策分科会の尾身氏の発言が出て、いよいよ首相周辺、政府の動きが出て騒がしくなってまいりました。
今日は読売新聞の全国世論調査の結果が出たとの報道がありました。

けっこう“政府べったり”の読売新聞なのに、内閣支持率は最低の37%となっていました。
国会での質問内容に対して何も直接答えていない首相答弁を聞いていると“宜(むべ)なるかな”という印象です。

でも、驚いたのはオリンピックについては、50%が「開催」、48%が「中止」と答えていたことです。いつのまにか半々になっていました。

首相の「安全で安心な大会にする」というのを真に受けたとは思えないが、尾身会長の発言に逆作用が生じてこうなったのか、65歳以上のワクチン接種が始まって少し安心したのか、もうあきらめたのか、本当はオリンピックが好きで、好きで、辛抱たまらんっ!ってことになったのか・・興味深い結果でした。
少しがっかりしたのは、反対を表明している人達が尾身氏の発言について、「自分の逃げ道をつくった」という発言で、逆に尾身氏を賛成側と共に追い詰めていることです。
そんなことしたら、賛成派を喜ばせるだけじゃないの。

今日、ラジオで日本オリンピック委員会の山口理事が話されていたのですが、

「オリンピックを好きな人は日本でもかなり多いと思います。いろいろ反対しても本当は見たいという人が多数でしょう。」
「だからこそ、スポーツの祭典で夢と希望を・・というなら、それをなぜこのコロナ禍、緊急事態宣言の中実施するのか、その“大義”を示すのが一番大事なのです。」
とおっしゃっていました。

さらに、

「誰が考えてみても、オリンピックをいくら安全・安心に行うと言っても、何らかの不測の事態が発生することが有りうるというのが実際の話です。そんなときに、どう対処して、医療体制を逼迫させないようにこうする、とか、様々な感染対策の行動、体制を示して理解を得ることが大切なのです。」

と、しごくまともなお話をされていました。

「スキーのジャンプ台で言えば、滑走路にポンッと乗ってしまったのが今の状態で、もう飛び立つしかないようなところまで来ている」という話もされていて、私としては絶望感が押し寄せてきた感じです。

野球やサッカーと同じく、5千人程度の入場なら出来るぞって人がいますが、野球やサッカーは国外から選手やスタッフが毎回やって来ていますか。
オリンピック開催期間の19日間に40幾つもの会場で毎日5千人規模で競技が行われるとしたら、東京新聞でしたか、計算すると、延べ310万人が、わずか19日間に会場に入り、移動し、さらに関係者、ボランティア、そして入場券を持つ家族に地方から東京見学でもしようと着いてきた人達も合わせると700万人くらいの人が東京でうごめくのです。

どうなってしまうのでしょう。野球の試合などになぞらえている“インチキ野郎”の戯れ言なんか真に受ける人はいないとは思いますが、要するにこういうことです。

私には何の力もありませんが、開催決定に大きな決定権を持っている人は、オリンピック開催が第一ではなく、ウイルス感染拡大防止を第一に、冷静で医学的見地、過去の感染データなど具体的事実を元にして明確な理由ある決断をしてもらいたいものです。

 

2021/05/21

自分の意見を言える人がほとんどいない。なさけない人ばかり。

20210520_newspaper001

日本オリンピック委員会の山口理事が、「東京オリンピック開催」について、5月19日に共同通信のインタビューに応じたとのこと。

その内容は、

「国民の多くが疑義を感じているのに、国際オリンピック委員会も、日本政府も、大会組織委員会も声を聞く気がない。平和構築の基本は対話であり、それを拒否する五輪に意義はない。」

との意見でした。

あまりにも当たり前のことなのに、これを言える人が、この山口さんくらいしかいないというのは、「腰抜け」しか国際五輪委員会にも、日本政府にも大会組織委委員会にもいないってことだと思います。

新聞によると、大会期間中に海外から日本を訪れる選手、大会関係者は、日本政府から新型コロナウイルス感染拡大を防ぐため、IOCに対して大幅削減を求めていて、その結果が

オリンピック 6万9千人
《内訳》
選手     1万5千人
監督・コーチ 1万人
IOC、メディア等大会関係者 4万3千人

パラリンピック 2万5千人
《内訳》
選手・監督・コーチ 1万人
関係者       1万5千人

だそうです。20万人超になっていたのを減らしたのだそうですよ・・。

また、外国要人に選手との面会自粛も求めているとのことです。

前の首相は「完全な形でオリンピックを実現する」と言っていたし、今の首相含めて「コロナに打ち勝った証しとしてオリンピックを開催する」なんて言ってましたよねぇ。
・・それはどうなってるんですか。どっちも実現どころか悪化しているだけじゃないですか。

・・日本は地方も含めて緊急事態宣言が出され、感染拡大が抑えられていないのに、10万人近くの人達を海外から呼んで、「安全・安心な大会」が出来ると言い張るのは“妄言”としか言えません。

国民の70%以上がオリンピックの開催を望んでいないのに、いったい誰のために、何のために開催するのか。心ある人はそれもわかっていると思います。
堂々と自分の意見を言える骨のある人は山口香氏のほかにはいないのでしょうか。

今回のこのブログも米粒のように小さいながらも私、一個人の意見として思っていることを書いてみました。
毎日あきれることばかり。


【Now Playing】 The Ballad Of John And Yoko / The Beatles ( Rock )

 

2021/03/18

もういいかげんにしてオリンピックはやめればいい

20210318_newspaper001

オリンピック開催関連での不祥事が続いているが、また出て来たのですね。
開会式の統括が「不適切演出提案」で退任だってね。

ソフトバンクのCMや、缶コーヒーのCMで「この星では」ってやってるものもこの人のものだそう。

両CMとも、安易で見ている人を“舐めきって”いるのを感じて、大嫌いなCMでした。
“調子に乗って”世間を“舐めきって”いるヤツ、もう、いらないよ。

ついでに言うと、誰が作っているか知らないが、AUの一連のCMと、UQの一連のCMも大嫌いです。

世の中の人間は皆“バカ”だという前提で作っているか、作っているヤツが“バカ”かどちらかだと思う。

安易で調子のいいヤツなんかに世界的に大事な行事を任せてしまうからこんなことになったんだ。
開催が決まってから、良いことなど何もなく、不祥事が続き、日本国内ではコロナ感染拡大のほか、各地で災害が起こっている。
必死でウイルス感染と闘い、災害からの復旧を目指している人達のことをもっと考えたらいいと思う。

ぎりぎりまで来てしまったが、オリンピック・パラリンピックは、開催を辞退した方がいい。国民のほとんどがホッとするし、世界でも文句を言う国や人はいないでしょう。
文句を言うのはIOCくらいなんじゃないですか。
とっとと中止を決定すれば、人気のないどこかの首相は支持率が急上昇することでしょう。

 

2020/08/10

NHK 「SWITCH インタビュー」で望海風斗さんと浅田真央さんの話を聞いた。

20200810_futo_mao001

ヅカ友から連絡をいただき、表題の番組放映があることを知り、録画して翌日見てみました。

宝塚歌劇・雪組トップスターの望海風斗(のぞみ・ふうと)さんと、フィギュアスケートの浅田真央さんが互いの活躍の場を訪ね、交互にインタビューするという番組でした。

浅田さんが東京宝塚劇場を訪ね、望海さんにインタビューした後に、今度は望海さんが浅田さんのアイスショーを訪ねるはずだったのですが、新型コロナウイルス感染拡大により、浅田さんが練習するスケートリンクを訪ねることになりました。

浅田さんが、最初に東京宝塚劇場を訪ね、観劇後に劇場内やステージなどを案内された後、望海さんにインタビューしたのですが、そのときの浅田さんは、あのオリンピックや、競技会での厳しい表情はまったく無く、普通の可愛い女の子のようでした。

浅田さんは、望海さん率いる雪組75名のチームワークと、望海さんがトップとしてどのように組を引っ張っているのかに興味を示していました。

浅田さんはコロナ過が無ければアイスショーのツアーを自ら率いて行うことになっていたので、今までの個人競技と異なる団体での行動がきっと頭にあったのでしょう、真剣に聞いていました。
そのときも、表情はとても優しく、普通に宝塚を見てよろこんでいる女性という感じでした。

そして、望海さんが今度は浅田さんを訪ね、浅田さんの数々の逆境とそこから立ち直っていく姿がとても参考になったという話に。
浅田さん、最後のオリンピックの前半ショートの演技で16位という大逆境から、あのファイナルでの全てを出し切った演技は私も涙ながらに見ました。考えられない集中力と精神力でした。

ビデオを見ながらそのときを振り返っていましたが(浅田さんはこわくて見たことがないと言っていた)、演技開始直前に「真央ちゃん頑張れ~」という大きな声が聞こえ、浅田さんはそこで「私は一人じゃない」とスイッチが入ったとのこと。

そして最初のトリプルアクセルが成功したときの歓声が聞こえ、さらにスイッチが入り、次々と技を決めるたびに大歓声、「パズルが次々と埋まっていくようにスイッチが入った」とおっしゃっていました。

オリンピックは最高の場所だけど、とても残酷なところでもあると浅田さんはおっしゃっていましたが、たった一人の掛け声であの絶望の淵から立ち直った浅田さん、すごい人間力だと思いました。

そして、歌、演技共に卓越したトップスターである望海さんは、ほんとうに謙虚な姿勢でいつも舞台に取り組んでおられます。
雪組全体にもそれが伝わっているのでしょう。不安になったときに後ろを振り返ると、組の皆が「大丈夫ですよ」と支えてくれていると感じるという話にも、望海さん率いる雪組らしいと思いました。

望海さんも、浅田さんも、この大変な時期に耐えて、頑張って、辛い思いをされていることと思いますが、きっとお二人が観客の前で輝かしい演技を見せてくれる日がやって来ると思います。
それまで、私たちも耐えて、頑張って、その日を待ちましょう。
心を強くして生きて行くしかない。

 

より以前の記事一覧

2022年11月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

最近のトラックバック