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2024/06/06

映画「トノバン 音楽家加藤和彦とその時代」を見ました。

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映画『トノバン 音楽家加藤和彦とその時代/2024年 日本 企画・構成・監督・プロデュース:相原裕美 出演:きたやまおさむ、高中正義、泉谷しげる、坂崎幸之助、クリス・トーマス、松山猛、朝妻一郎、新田和長、つのだひろ、小原礼、今井裕他多数』

亡くなられた加藤和彦さんの音楽と生き方を様々な人の証言などから振り返り、その当時のフィルム、ビデオなども映像として出てくる形で二時間に渡るものでした。

私は、ザ・フォーク・クルセダーズの頃から知っている(小学生だったけど)し、サディスティック・ミカ・バンドの時には自分もドラムという楽器と出会い、ロックにも夢中になっていた頃なので、その時の衝撃は今でもはっきりと覚えています。

そして、安井かずみさんと結婚してからは、夫婦でよくラジオなどにも出てきてお話しされていたのを記憶しています。
その頃は英国風カレーのスパイスの調合の仕方などを“とくとく”と語っていたり、ムーグ(今はモーグと発音しているかも)シンセサイザーを手に入れ、ビートルズのアビーロードに入っている音が出たときの感動などを語っていたのも覚えています。

音楽も、身に着けるものも、食べる物も、その他振舞い、身のこなし、あらゆる分野で探求することをとことんやっている人、という印象でした。
安井さんとの夫婦の様子は“人もうらやむ”ものだったという人もいるし(この映画中では、コシノジュンコさんがそういう発言をしている)、加藤さんが無理をしていたという人もいます。
それについては、私がこのブログに9年前に書いていますので、よろしければご参考にリンクを張っておきます。http://techo.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-1c83.html

 

 

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映画の中で数々の加藤さんの作品が紹介され、流されますが、誰にも書けない素晴らしい名作ばかり。
それなのに、なぜあんなことになったのか・・。

映画の中でも様々な人が語られていますが、私のひとつの考えとしては、加藤さんが探求に探求を重ね、次々と新たなテーマを見つけ、練りに練ったアルバム、楽曲を作ってきた人生がそれこそ年齢を重ね、熟成されていくような時期に実際に日本でヒットしている曲を聞いて、“こんなものが”という気持ちがあったのではないか、と思うのです。
やりきれなくなった。

それともうひとつ、次々とあらたなライフスタイルや、それに伴う音楽との取り組みを続けてきた加藤さん、ほんとうの加藤さんってどういう人なのかがよくわからないのです。
似たようなことを、きたやまおさむさんが映画の中でおっしゃっていましたが、ほんとうの自分が空白となり、そして・・あんなことになったのかもしれない・・。
それほど加藤さんという人は、常人には考えも及ばないような人だったんじゃないか、ということを考えました。

単純に音楽的に楽しむのも良いですが、ひとりのミュージシャン、コンポーザー、プロデューサーとしての人生を垣間見るのもいいかもしれない、力作と言える映画だと思いました。

 

2024/04/27

俳句を詠んでみる_0078【 長夜(ちょうや) 返らぬレコードの音 聞こゆ 】

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学生時代の“貸したままのレコード盤”について詠んでみた。

【 長夜(ちょうや) 返らぬレコードの音 聞こゆ 】

《背景》季語:長夜[秋]
たいていは貸したレコード、本の類は返ってこない。
秋の夜長にそんなレコードのことを思い出す。
「あのアルバム、一曲目はあれだったな」などと心の中で楽曲が再生されていることに気づく。

 

2024/04/23

俳句を詠んでみる_0071【 木の撥(ばち)で シンバル叩く音 冷たし 】

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また楽器のことで一句、高校生の頃を思い出して詠みました。

【 木の撥(ばち)で シンバル叩く音 冷たし 】

《背景》季語:冷たし[冬]
高校の頃からバンドを作り、楽器はドラムだった。
冬の寒い部屋での練習、木製スティックのチップ(先の丸くなっている部分)が金属製のシンバルに当たる音は、木と金属のぶつかるカツーン・カツーンという、叩いている者だけが聞くことの出来る冷たい音だった。

 

2024/04/22

俳句を詠んでみる_0069【 音ハズれ 色なき風に 乗るギター 】

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昨年、年寄りの手習いで買ったギター、その練習風景で一句。

【 音ハズれ 色なき風に 乗るギター 】

《背景》季語:色なき風[秋]
昨年、秋口に買ったギター。
少しずつコードを覚え、鳴らしてみるが、音はハズれている。
色のない様な透明感ある秋風に色が付くようにギターの音が乗ってゆく。

 

2024/04/21

俳句を詠んでみる_0067【 秋深し オープンリールで 耳コピー 】

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日々書いている俳句のストック分を毎日二作アップして解放しています。
本日二作目は学生の頃やっていたバンドで楽曲をコピーする様子です。

【 秋深し オープンリールで 耳コピー 】

《背景》季語:秋深し[秋]
私が高校生の頃、秋も深まると学園祭が迫ってきて、バンド演奏で出演するための練習が佳境となる。
メンバーが皆、それぞれに自宅で自分の楽器のパートをオープンリールのテープレコーダーで何度も何度も繰り返し聴き“耳”でコピーするのが当り前の時代だった。
それで教室での練習に集まれば、けっこう“イケてる”演奏が出来るのだった。

 

2023/10/07

フリートウッド・マック(Fleetwood Mac)に再会した

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1970年代後半に全米で大ヒットを飛ばしたフリートウッドマックをご存知でしょうか。
あの頃の私は(今でもそうかもしれないけど)、いつもミュージックシーンの近況に疎いのですが、弟におしえてもらいフリートウッドマックというバンドの存在を知りました。

「噂」というアルバムが当時1,700万枚売り上げる大ヒットを飛ばしていました。
弟が買って来たアルバムを聞き、一気に大好きになりました。だいたいいつも弟におしえてもらって好きになっていた・・・(^-^;

 

 

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その後、日本盤では「ファンタスティック・マック」と呼ばれていたアルバムも買い、二枚組のアルバム「タスク」を買い、ライブアルバムを買い、「ミラージュ」という全米一位のニュー・アルバムも買い、さらにメンバーのソロアルバム、リンジー・バッキンガム、スティーヴィー・ニックス、ミック・フリートウッド、大ヒットする前のメンバー、ボブ・ウェルチのアルバムも買い、夢中になっていました。
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家でも聞いていたし、高校生の彼女を乗せて得意げにカーオーディオでも聞いていた(兄のクルマだった)。
大ヒットする前のフリートウッドマックはブルース・バンドとして有名だったのですが、メンバーの変遷を繰り返し、大ヒットした黄金メンバーになったことは後で知ったのでした。
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その後就職すると、もう音楽どころではなく、つらい仕事に追われ、ロックもポップスもあまり聞かなくなりました。さらに体調をくずし、就職したばかりなのに入院、手術なども経験し、すっかりロックシーンから遠いところに行ってしまった自分がいました。

フリートウッドマックからもいつの間にか離れてしまい、その後どうなったのかも知りませんでした。

最近、ブックオフでファンタスティック・マックのCDを見かけ、思わず買ってしまいました。
今聞いてみてもとても良いと思い、YouTubeで検索してみると、全盛期後にメンバーは“バラバラ”になって、何度もメンバーがクルクルと変わり、二十年後に黄金期のメンバーが揃い、コンサートをしているのを発見しました。

そのコンサートのあまりの素晴らしさに身体中が痺れ、興奮しました。
主要ボーカル三人(クリスティン・マクヴィー、スティーヴィー・ニックス、リンジー・バッキンガム)の歌も磨きが掛かり、演奏も極上のものでした。
夢中になって聞き、映像も見て、特に「Everywhere」というクリスティン・マクヴィーが歌う曲が大好きになりました。

あわててAmazonでその曲が入ったアルバムと、このライブ・アルバム、さらにライブのDVDも入手し、夢中で見聞きしました。

 

 

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そして・・クリスティン・マクヴィーが去年の11月に亡くなっていたことを知りました。
あまりの衝撃に身体の具合が悪くなるくらい悲しくなりました。

それ以来、ここ一か月は毎日、家でもクルマの中でもフリートウッドマックを聞いています。
素晴らしい音楽に出逢えたことに日々感謝しています。
そしてクリスティン・マクヴィーの冥福を祈ります。

 

2023/07/23

1968年~71年頃のレコード各社の月報が手元に

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休日に弟と会う機会があり、そのときに「実家の物置が取り壊されるときに見つけて確保しておいた」ということで、写真を掲載したレコード各社の「月報」と呼ばれるものを手渡されました。
小さな冊子のようなもので、レコード盤を買ったときなどにレジで袋に入れてくれていたものだったんじゃないかと思います。
それにしても珍しいものです。私の記憶の奥底にあったものが、一気によみがえりました。

内容は実に興味深く、面白い。
美川憲一さんが「柳ヶ瀬ブルース」のヒットの後はヒット曲に恵まれず、「巻頭手記」に“一発屋”と呼ばれないように次の曲に全力を尽くすというようなことを書いています。
このクラウンレコードの冊子にはサブちゃん(北島三郎)や、チータ(水前寺清子)なども看板として登場しています。

日本ビクターの冊子には、ドアーズのソフト・パレードという最新アルバムが表紙に。
ジャズでは、ケニー・ドーハムや、ジェリー・マリガンのアルバムのデラックス盤というものが紹介されています。
さらにジャクソン・ファイブが表紙になっているものもあり(1970)、マイケル・ジャクソンはとっても小さくて「ゆりかご」に乗っています。

コロンビアの冊子には、ひみつのアッコちゃんや、魔法使いサリー、オバQ音頭などのテレビまんがヒットシリーズの紹介もありました。
さらに、島倉千代子、ジュディ・オング、都はるみなどの“王道”歌謡の方々も載っています。

キングレコードでは、じゅん&ネネ、岡田可愛、ピンキーとキラーズ、梓みちよ、布施明、中村晃子などのヒット歌謡盤が目白押し(^_^)

グラモフォンの冊子には、カラヤンなどクラッシック多数、さらにビージーズ、ショッキング・ブルーなどの洋楽ポップスも。
ジャズでは、ベイシー楽団、ビル・エヴァンス、ジミー・スミスなどの大御所の盤も紹介されていました。

RCAは、クラッシック、映画音楽、カントリー&ウエスタンなどが。

テイチクレコードは浅丘ルリ子、月亭可朝、アイ・ジョージ、さらに三波春夫の「世界の国からこんにちは」が大きく掲載されています。
懐かしいところでは、「小山ルミ」さんが裏表紙に。

東芝は、フォーク・クルセダーズ、ドリフターズ、坂本九、水原弘など、けっこう大御所も掲載されていました。
また、カセットテープもアルバムとして紹介されています。ビートルズの「サージェント・ペパーズ・・」もありましたが、もしこれを現在所有していたらいったいいくらになるのか?!
また東芝は「プレーテープ」と称して、4曲入りのテープも販売しています。これは知らなかった。
レコード盤でいうEP盤というやつでしょうか。加山雄三/ランチャーズのものなどが当時500円で販売されています。けっこう高い気がする。
このプレーテープ用の再生機も販売されています。後のラジカセとはちょっと形が違います。
巻末には、「東芝ステレオボストン」の広告がありますが、当時テレビコマーシャルでは、ビートルズの映画「レット・イット・ビー」の一場面がそのまま使用されていたのを思い出します。
ポールの奥さん、リンダの娘がリンゴのドラムをボンッて叩いてリンゴが飛び上がるシーン、さらにレット・イット・ビーを4人が歌うシーンが使われていました。
これって・・許可取ってたのかね・・。

まだまだザっと見ただけなので、面白いことがいっぱい載っているようです。
楽しみに見てみます。

 

2023/06/10

映画「テノール! ~人生はハーモニー~」を見て来ました。

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映画『テノール!(TENOR) ~人生はハーモニー~/2022年 フランス 監督:クロード・ジディ・ジュニア 出演:ミシェル・ラロック、MB14、ロベルト・アラーニャ』を見て来ました。

主人公アントワーヌ(MB14)は、ラップが趣味で下町に兄と住み、寿司のデリバリーのアルバイトをしている青年。
配達先のオペラ座でレッスン中の生徒に見下されたときに、思わず仕返しにしたオペラの歌真似がなんとプロも驚く歌唱力と美声!

教師のペラ(ミシェル・ラロック)は、その場でほれ込み、再度出前をアントワーヌに頼んでやってきたところでスカウト。
そこからは、少しずつオペラの魅力にひかれていく主人公の今までのラップを中心とした下町の仲間やガールフレンド、兄などとの関係がおかしくなって悩みが深く、大きくなってしまうのでした。

 

 

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主役を演じたMB14は、ラップの技術もさることながら、オペラのテノールとしての歌唱も見事なところを見せてくれて、とても驚きました。
本人役で出ているロベルト・アラーニャのテノールの歌声にも見劣りしません。

旧来の友人や兄との関係悪化に伴う苦悩の中、熱心に指導してくれる先生ペラとの関係まで“ぎくしゃく”してきて、どうなるのだろうと思っていると、最後はクライマックスのオーディション・シーンでの熱唱が大きな感動をもたらしてくれました。

心が熱くなる素晴らしい音楽映画でした。
この映画も見てよかったと思えるいいものでした。

 

2023/04/10

【はっPのアナログ探訪_0172: STEPPIN' INTO ASIA / RYUICHI SAKAMOTO ( Single )】

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坂本龍一さんが亡くなられて、音楽の世界でも大きな損失でしたが、その他坂本さんは歯に衣着せぬ形で様々な発言もされていました。
日本は自由な国であるはずなのに、放送や新聞などのメディアも統制下にあるような“及び腰”な態度が昨今、目につきます。
そんな中、坂本さんは勇気のある方だと思っていました。
私のような、なんの権力も身分もない一市民の発言でもTwitterなどではちょっと国の施策にこれはどうかと思うと書いただけで表示が控えられるようなことが何度もありました。
なので、Twitterにはそのような発言は流れないようにして別のメディアで発言するようにしています。

話を元に戻して、このピクチャーレコードです。
どのような経緯で、どこで買ったのかも記憶にないのですが、たぶん、ふつうのレコード屋さんで買ったと思います。
盤面には1985年の表示があります。

 

 

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「ステッピン・イントゥ・エイジア」というタイトルのこのシングル盤、掛けてみるとまさに“坂本龍一ワールド”な音楽とサウンドです。
テイストは“アジアン”な感じ。メイン・ボーカルは若い女性の声で、ラップ風に歌われていて、トモコ・アサノと表示されていて、英詩は矢野顕子さんと盤面に印字されています。

途中、コーラスで矢野顕子さんの声も聞けます。

 

 

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製造上の理由で音質についてはご容赦を、というような注意書きが同封されていました。
でも、逆にこういう音楽にはあえてこんな、ややロー・ファイな音が似合うのではないかと思いました。

B面も続編が入っていて、よりその“ワールド”の深みに入っていく感じです。
サウンドも演奏もより“実験的”な雰囲気が漂います。
それに矢野顕子さんのボーカルもさらにフィーチャリングされています。

とても面白いレコードでした。
久しぶりに聞いて思い出しました。

坂本さんのご冥福をお祈りいたします。
私の学生時代に様々な音楽で台頭していた方が次々と亡くなり、寂しいかぎりです。

 

2023/01/31

鮎川誠さんが亡くなった

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ロック・バンド「シーナ&ザ・ロケッツ」の鮎川誠さんが亡くなったことを報道で知りました。
鮎川さんが大学在学中に「サンハウス」というバンドを結成していたのは当時、バンド名は知れ渡っていましたが、私はまだその音を聞いたことがありませんでした。

初めて鮎川さんのサウンドを聞いたのは、たぶん当時ラジオのニッポン放送でやっていたと思われる「スネークマンショー」に「シーナ&ロケッツ(※当時のCDを見ると“ロケット”と表示されている)」の曲「レモンティー」や「ユー・メイ・ドリーム」が掛かりだした頃からでした。

「レモンティー」は、ヤードバーズの「トレイン・ケプト・ア・ローリン」をシーナ&ザ・ロケッツ風にアレンジしたもので鮎川さんのギターは特筆もののカッコよさでした。

“生の”「シーナ&ザ・ロケッツ」を初めて見て、そして聞いたのは、1980年、ニューヨークのパンク・バンド「ラモーンズ」のコンサートが渋谷パルコの西武劇場(※当時の名称)で開催されたときのオープニング・アクトでした。

鮎川さんの「ラモーンズがどんな演奏するのか、俺たちも楽しみにしている」という挨拶と共にシーナ&ザ・ロケッツの演奏が始まり、骨太で硬派で、“剛球一直線”な演奏は凄まじいものがありました。
ラモーンズもそうでしたが、あんなデカい音量でロックを聞いたのは生まれて初めてでした。

「シーナ&ザ・ロケッツ」というバンド名もひょっとすると、ラモーンズの傑作アルバム「ロケット・トゥ・ロシア」と、その中の一番いい曲「シーナ・イズ・ア・パンクロッカー」から取っていたんじゃないのかな、とその時思いました。

鮎川さんがロックに対する考え方や、自身の生き方について語っているのを何度かテレビ・ラジオその他で聞いたことがありますが、不器用だけど、真摯で、そして熱い情熱を感じました。それに先立たれてしまいましたが、奥様のシーナさんへの愛も。

また愛用の黒のレスポール・スタンダード(1969年製・地元の友人から譲り受けたもの)がカッコよかったですねぇ。
鮎川さんはレスポールに「お前は凄いやつだ」と語りかけながらステージに上がっていて、ギターに対する愛情もギタリストならではの深いものを感じました。
何かで見た記憶があるのですが、そのレスポールのテール・ピースが割れていて、それでもなぜかガッシリとネジで留まっていて“気合い”でギターとしての機能を維持しているのではないかと思われるものでした。鮎川さんの魂そのものみたいなギターです。

鮎川さんの訃報を聞き、いろいろなことが思い浮かべられてこのブログに書いてみました。
これからはあちらの世界で奥様のシーナさんと再会し、また豪快なロックを永遠に続けていかれるのだと思います。

 

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