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2022/06/17

石田衣良さんの「小説家と過す日曜日」を読みました。

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『小説家と過す日曜日/石田衣良著(文藝春秋)』を読みました。
いつものとおり、ブックオフにて200円でしたd(^_^o)

この本は、「石田衣良ブックトーク・小説家と過す日曜日」というメールマガジンの1~12号をまとめたものなんだそうです。

それぞれの号の内容としては、毎回「ショート・ショート」「ワイドショーのコメンテーター的発言」「衣良さんと小説の登場人物が二面性を持って語るエッセイ」「読者とのQ&A」「ブックレビュー」「しくじり美女との対話」が盛り込まれていて、いやもう大充実の“濃さ”です。

読んで見て、実際には、これを毎月メールマガジンとして発刊しているわけで、たいへんな作業だと思います。

本と創作の話、時代や社会の問題、恋や性の謎、プライベートに関わる親密な相談・・などなど、衣良さんがおもしろいと感じ、興味をもつことに対する思いは、とどまるところを知らないという感じです。

多岐に渡る内容の中で気になったことを少し取り上げてみます。

定額制の音楽聞き放題や、ドラマ・映画の見放題のサービスについて(いわゆる“サブスク”ってやつです)、聞き放題で月数百円として著作権をもつアーティストへの対価は、割り算をしたらずいぶんと少ないんじゃないか、そして視聴者の多くが似かよったソフトしか楽しまなくなるんじゃ・・とおっしゃっています。

自分でソフトを探し、目の前に“垂れ流されて”いるものを楽しむだけでは、よい趣味や自分なりのセンスを育てる力が弱くなっていく・・とも。

50年代のジャズや、70年代のロックを聴くマニアはごくわずかになって(・・私みたいなヤツですね…σ(^_^;))、恐ろしいことだという石田さんの気持ちはよくわかります。

もうひとつ

音楽の歌詞がくだらない説教みたいになりましたね、とおっしゃっていて、これも同感です。
みんな仲良くだとか、家族最高とか、桜はきれいみたいな歌ばっかりになっていると。
表現レベルがなんでこんなに落ちたのかと言っていて、私はそれに加えて、歌っている人は、日本人で、日本語で歌い、歌っている相手も日本人なのに、何を歌っているのかわからないとものが多いと思います。

なんとか英語みたいに聞こえるように“ウェイ”とか“ドゥエイ”などと歌っているので、歌詞は、さっぱりわからず、時々日本語らしい痕跡を発見(聴)している有り様です。
はっきり言ってみっともないです。こんな発音をふだんしていたら、恥ずかしいでしょう。

「譜割」も、その日本語の単語を解体して発音し、次の単語に半分くっつけたりしているので、何がなんだかわかりません。この“カッコワルイ”歌い方、いいかげんやめてほしいと思いますが、それをやめたら、その曲が“貧相”な曲だということがバレてしまうので、やめられないのでしょう。

などと、グチを言いつつ、今回の石田衣良さんの本についての感想を終わりたいと思います。

 

2022/06/09

映画「太陽とボレロ」を見ました。

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映画『太陽とボレロ/2022年 日本 監督・脚本:水谷豊 出演:檀れい 石丸幹二 町田啓太 森マリア 水谷豊 西本智実 他』を見ました。

水谷豊さんの監督・脚本で、檀れいさんが主演です。
ある地方都市のアマチュア交響楽団の物語で、長年活動を続けてきたものの、近年観客の入りも悪く、年4回あった公演も2回と減り、支援してくれる企業等も減ってきて・・解散という苦渋の決断を主催者・花村理子(檀れい)が下したところから物語は始まります。

花村理子は、急逝した父の事業を継ぎ、ピアニストになるのをあきらめ、故郷に帰り、交響楽団を支えてきたのですが・・。

その花村理子を鶴間(石丸幹二)が、支えてきたが、結局解散という結論は変わらず、でも解散コンサートに向けて皆が動き出すという話です。

もちろん主演の檀れいさん演ずる花村理子の音楽と人生の物語ではあるのですが、楽団員それぞれの想いや、生き方も絡んで、さらにラストのコンサートでは、役者それぞれが自分で練習して吹き替え無しで実際演奏するという・・感動的なラストが待っています。

 

 

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私は宝塚歌劇が大好きですが、檀れいさんが現役トップ娘役だったときは、子育てに忙しく、生で彼女の舞台を見たことがありませんでした。ビデオで「王家に捧ぐ歌」を見たことがあるだけなのですが、堂々とした娘役にお見受けしておりました。

今回の役どころは、必死で企業や役所を回り、オーケストラへの支援を得ようとする様子や、楽団員からの突き上げに対応する様子など、真摯で、そして決断力もあり、人としての強さも見せながら、弱い部分も観客に感じさせる・・絶妙の演技でした。

ものすごく魅力のある女性を演じていました。それに、宝塚当時の雰囲気もそうでしたが、なんだかちょっと“浮き世離れ”した感じも、檀さんの大きな魅力であり、他の女優には見られない特徴だと思いました。

相手役とも言っていい石丸幹二さんも、ミュージカルスターとは思えないような庶民的な雰囲気も“まといつつ”、でも王子様的なものがキラリと光り、これまたふだんは見られないようなキャラクターをつくりあげていました。

二時間以上という長さも感じさせず、変なギスギスしたシーンもなく、淡いトーンの、落ち着いた時間が流れるやさしい感じの映画になっていました。
私にはとてもいい時間を映画で過させてもらったという感覚が残りました。

いい映画でおすすめです。監督の水谷豊さん自ら演じる指揮者も枯れたいい演技でしたよ。

 

2022/05/30

最相葉月さんの「絶対音感」を読んだ。

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『絶対音感/最相葉月著(新潮文庫)』を読みました。
妻がブックオフで買って来たもので、「これ、読みたいんじゃないかと思って」と手渡されたものです。

たしかにこれが出た頃(1998年)に気にはなっていましたが、ページ数も多いし、読み切れるかな、と不安になり手を出さずじまいでした。

「絶対音感」って、私もその言葉については知っていました。

ようするに、楽器等から出た音を聞いて「ド・レ・ミ・・」のどの音かわかる、しかも音楽を聞いていると言語のようにド・レ・ミに聞こえてくるのだ、という・・( ̄O ̄;)私には信じられない人がいるのだそうです。

二十代の頃、あるバンドのオーディションを受け、ドラムとして私が入ったグループのギタリストが絶対音感を持っていました。

楽屋で出番を待っている多くのバンドがアンプを使ってしまうと音が大きく出てしまい、チューナーなどという便利なものもない時代で、ギタリスト達が困っていると、その絶対音感の彼が、エレキギターのあの小さな生音を耳を寄せて聞き、チューニングしてあげていた姿を思い出します。

読んで見ると、日本では、この絶対音感が音楽教育においてかなり重きを置かれていたというか、今でも重要視されているようです。
また絶対音感が発達している人は左脳部が大きく、活発になっているらしいです。
なんとなくわかるような気がする。

街を歩いていても、いろいろな音がド・レ・ミで聞こえてしまい、集中できない・・という人もこの本では何人も出て来ました。
音楽家には役立つ絶対音感も、学生時代には無音じゃないと勉強出来ないなど、様々な困難もつきまとうようです。

戦時中、日本軍でも、敵の船のモーター音や、スクリュー音、敵機の飛んでくる機種を判別しようと絶対音感の訓練もされていたとのこと。たしかに使えそうだが、音楽的なことを軍事利用するとはねぇ・・。

しかも日本で440ヘルツを基準に絶対音感を得た演奏家が、海外の442ヘルツ基準のコンクールで“音の狂い”を感じてしまい、困った様子も書かれていましたが、「絶対」の基準を持ってしまうのもつらいことなんだと知りました。

でも、結局絶対音感を得て、テクニックも訓練で超絶的になっても、それが音楽として人を感動させられるのか、ということになると、それはまた別の話、ということに後半部分でふれられていて、“そのあと”というものがあるのだと、私も納得しました。ここにも書かれていましたが、日本人はテクニック的には一流だけど、音楽的にはもう一つ・二つ物足りない演奏家が多いというのもなんだか納得d(^_^o)

最後に、絶対音感を持っている人は、その楽曲の「調」によって、「色」を感じる人が多いとのことで、さらに絶対音感を持たない人でも「共感覚」という、音を聞くと色が見えてくる人もいると書かれている部分が気になりました。

実は私は絶対音感なんて全く持っていませんが、「共感覚」を持っていて、小さい頃から音楽を聞くと次々と様々な色彩が目前を流れて行くのです。
大人になるまで、人は皆そういうものだと思っていたのですが、どうやらそうではないと後に知ったのです。

絶対音感の人が曲の「調」で感じる「色」と、「共感覚」で感じる「色」は、ちょっと似たようなところもあるのかもしれません。

400ページ以上もあるこの本、最後まで読みましたが、最相さんの様々な関係者へのリサーチの量と、その奥深さに圧倒され、難しくて読み切れない部分もたくさんありました。
なんとなく「絶対音感」のことがわかった…σ(^_^;)というところまでで終了してしまいました。

 

2022/05/21

サビだけ聞いて、映画は早送りの人

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以前にも少し書いたことがありましたが、音楽は配信が中心となり、“イントロなし”の曲づくりが推奨されているようです。

要するにイントロが鳴っている間に、もう我慢出来なくなって別の曲に“飛ばして”しまう人が多いらしいんですよね。そうすると、その曲はもう聞いてもらえなくなる・・らしい。

このあいだラジオかテレビか忘れたが、若い人が、「自分なんか、サビだけ次々と聞きますよ!」と得意げに話していました。なんで“得意げ”なのかは私にはわかりませんでした。

さらにまたラジオで聞いたのですが、曲を作る側の人の話だったのですが、ミックスダウンの段階で、携帯電話などのアラーム音に似た音などを曲のサウンドの中に潜ませるというか、“仕込んで”おく作業をするのだそうです。

これまた、その人は得意げに言っていましたが、「あれっ、スマホが鳴っているのか?」と注意を引きつけることによって、その曲から離れて行くことを避けることができる・・って・・バカじゃないかと思いましたが、「今、それは曲づくりの常識です。」と鼻高々でした。
これは曲作りじゃない、トラップを仕掛けているだけです。むしろ法的にも問題があるんじゃないかと私は思いました。

さらにまた、今朝のラジオで聞いたのですが、今やサブスクリプション契約をして、配信で映画やドラマなどを見ている人は、「早送り」で見るのが当たり前です!と言っていました。
私は映画は基本的に映画館で見ますし、ミュージカルや芝居は舞台を直接見るので、よくわかりませんが、今そういう配信を受けている人は、もう何倍速といういくつかの選択が出来るように最初から配信されていて、要するに映画の「間」などは一切関係なく、《情報》として映画のストーリーをただ追っているだけのようです・・ああ、もったいない。

そのラジオではさらに、「そうすることによって、サブスクで大量に配信されているものを何本も余分に見ることができるんですよっ!」って、これまた自慢げに声高らかにおっしゃっていました。ご愁傷さまです。

前にも書きましたが、私が落語を聞くと言ったら「出し物を聞いて、一度聞いた話だったら無駄なので聞く必要はありませんね。」と、どうだと言わんばかりの部下が職場にいたりもしました。

その部下の男性は、芝居やミュージカルは、テレビやビデオで見れば十分で、「“飛ばし・飛ばし”見ることで時間がかせげます。」と、お前のやっていることは“無駄”だらけだと、力強く言い聞かせてくれました。ありがとう、一生やっていなさい。

というわけで、音楽も映画も舞台も、演奏者や、演者などの作品として、芸術としての価値はどんどんなくなり、「情報提供」程度のものになっていくのでしょう、いや、もうなっていると思います。

ほんとうにいやな世の中になったものです。じじいが戯言言ってるよ、と思っている人、どうぞそう思ってください。あなたにそう思われると、とても安心します。

 

2022/05/06

あまり気にしていなかった「サブスクリプション(※サブスク)」について考えてみた。

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数年前から俗に言う“サブスク”という言葉が飛び交っていました。
“世捨て人”とよく人から言われる私は(^_^;)「あまり気にせんとこ」ということで、なんで世間がサブスク、サブスクっていうのか調べもしておりませんでした。

最初に意識したのは、よく行く珈琲店の音楽について、マスターが「Spotify」を導入するという話を聞いたときと、知り合いがよくいくライブハウス兼レストランに連れて行ってもらった時に、そこのマスターも「Spotify」を入れている・・という話を聞いた時です。

お二人から話しを聞くと、一定額のお金を毎月払うと、その額によって様々な音楽の配信を受けることができるらしい、しかも色々検索も出来て、ものすごい数の楽曲をいつでも聞くことができる・・ということでした。
金に“糸目”をつけなければ、かなりの高音質で楽しめる、ということも小耳に挟みました(*^_^*)

で、私は今年に入り、自分がUSEN放送を入れていて、これはある意味サブスクの先駆けじゃないか、それなのに、最近の放送内容は弱体化の一途をたどり、音質まで落としていることに気づいたわけです。

更新時期がやって来たので、USENに電話して、「この“ていたらく”は何だっ!もうやめちゃう!!」と言ってみたら、なんだ Spotify みたいなことやってるって言うじゃないですかd( ̄  ̄)

んでもって、今までのものより安いっ!(T_T)・・早く言ってよ。

というわけで、それを導入しました。もう部屋の中でも、散歩中でも、クルマの中でも、ありとあらゆる曲が(さすがUSENというくらい)聞けるし、おもしろいチャンネルもたくさん!
『ちょいワルおやじはコレを聴く!』というチャンネルまであった( ̄O ̄;)・・聞けば、なるほどと納得のいく曲が掛かっている(*^^*)

懐かしい歌謡曲や、60年代、70年代の洋楽ヒット曲などもチャンネル豊富、私の好きなジャズについても、モダン・ジャズからブルーノート・レーベルだけとか、男女別のボーカルチャンネル、さらにアーティスト別のチャンネルまであるd(^_^o)

でね、これが映画だとか様々なジャンルの“サブスク”が世の中にあり、食べ物やお酒、衣類や家具とかいっぱいあるわけです。
個々の契約は少額でも、あれこれやっていると一ヶ月にサブスク“ウン万円”となり、やべっ、やめようと思うとやめ方についてはほとんどアナウンスされていないし、電話などの受け付けも無い・・というこうになり、ああ・・サブスク地獄ということになりかねない (・_・;

調子に乗って、あれこれサブスクをやっている人、サブスクだとさえ思っておらず、“謎の”支払を続けている人、気をつけた方がいいと思います。・・私も気をつけます。

 

2022/02/13

世の中、もうひとつ深いところに入らなくなってきたような気がする。

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このあいだ、ラジオで、「最近の曲はイントロは出来るだけ短く、出来ればイントロ無しで作るというのが主流だ」という話を聞きました。

よくよく聞いてみると、イントロの時間も待てず、我慢できなくなって“別の曲に飛ばす”んだそうです。

要するに「Spotify」のような“サブスクリプション”の利用が主流となっている現在、昔のテレビのザッピングのように、どんどん曲を“すっ飛ばして”聞いていくので、イントロなんか聞いている場合じゃないようです、今の時代。

音楽なんてただの「使い捨て」なんです。その場でちょっと気分が良ければ、それでよし、ということなんだと思います。

私など、例えば「津軽海峡冬景色」という曲については、イントロが無いと曲そのものに意味が無いという気がいたします。・・昔の曲は、イントロでもう感情が盛り上がってきたものでした。

ついでに言うと、“サブスク”と言われるものを使っているお店に行って、いろいろ聞かせてもらいましたが、そのジャンルに詳しい人にとっては、大名曲というか、誰でも知っている有名曲がどんどん提供されていて、その段階で満足してしまうと、そのジャンルの音楽や、アーティストの“もうひとつ深い”ところまで手が届かない感じでした。

“掘って”いけば、出来るようになっているんでしょうけど、お手軽だからサブスク契約しているのだと思うので、自分で深いところに入って行って、より深い感動の淵にたどり着くという人は数少ないことと想像されます。

それに少し付随して思ったのが、テレビで見たカラオケの採点システムを使って、主に素人が得点を競い合う番組を見て感じたことです。

音程はバッチリで、譜面どおり、“超高得点”の人の歌を聞いても全然なんとも思わないというか、感動がない・・。

そして、本来、その歌を歌っていた歌手本人が歌うと、意外や得点は低く驚いてしまうのですが、でも感動はマックスとなり、素晴らしい歌唱だと思ったのでした。

なぜ、その歌に感動したのか、というのが“ないがしろ”にされて、得点ばかりを競っているので、これまた“ひとつ深いところ”に入っていかず、単にゲーム的に音楽を聞いてしまうことになっているのだと私は感じました。

もうひとつ、今、冬期オリンピックが開催されていますが、フィギュアスケートを見ていて、個々の技の精度について細密に厳密に規程を設けて採点しているのがうかがわれました。

フィギュアの人気は、以前と比べて上記のような採点方式に徐々に変更されて、わかりやすくなり、それに伴って人気も出たのでしょうが、私にとってはなんだか釈然としないものがあります。

過去に問題があったから今の採点方式への変遷があったとは思いますが、でも、もともと氷の上を滑るという優雅なものであったわけで、体で表現する部分について、アーティスティックな部分について、もう一度重きを置く形で比率を上げてもいいんじゃないか、などと思ったのです。

女子フィギュアスケートで昔金メダルを獲った「カタリナ・ビット」という人がいましたが、あのゾクッとするような演技、妖艶な感じ、ああいうのはすっかり感じなくなりました。

あちらを立てればこちらが立たず、ということなのでしょうが、音楽・歌、そして芸術度の高い演技を含むスポーツなど、見直していい部分があるのではないか・・と思いつつ書いてみました。

 

2022/01/17

Lo-Fi HIP HOP を知らなかった

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芸能人の顔もよく知らず、皆が見ているようなドラマも全く見ず、テレビはほとんど見ないで、どんな曲が今流行っているのかも知らない、「世捨て人」とよく言われる私ですが…σ(^_^;)

表題の「Lo-Fi HIP HOP」という音楽を今月になって初めて聞きました。
USEN 放送の番組表を見て、あれこれ、どんな音楽を聞こうかといろいろなチャンネルを試し聞きしていたら、この「Lo-Fi HIP HOP」チャンネルに出会ったのです。

インターネットを中心に拡がっているようで、古いジャズやソウルからサンプリングされたネタに、レイドバックした“ヨレた”感じのドラムで構成されたヒップホップを指す・・ことが多いのだそうです。

聞いた感じだと、ジャズを中心に、ピアノやギターなどのエッセンスを散りばめ、独特な雰囲気を漂わせるゆったりとしたサウンドが特徴のようです。
歌やラップが入っておらず、メロウな楽曲ばかりなので、勉強や仕事の作業用BGMなどに最適だと言われているようで、まさにそのとおりだと感じました。
日常生活の中で流れていても、とても心が安らぐように私は感じました。

また、雨がポツポツと降るような音や、スクラッチノイズのような、いわゆるノイズ、人の声、自然の波や風の音なども入っているものもあって、聞いていると不安感が無く、気持ちがニュートラルに、自然になるようにも思いました。

ヒップホップと名のつくものは、ほぼ全部嫌いな私ですが、これはいいと、まさに“ハマり”ました(゚ー゚*)。oO

さまざまな気分のときに、それにあった音楽を探して聞いていますが、これはかなり色々なシーンで聞いても心が落ち着きます。
世情に疎い私には、実際にこの音楽がどれだけの人が聞いているのか、世界的にはどうなのかもわかりませんが、当分の間日常生活上の音楽として聞く比率は高くなりそうです。

長いこと生きていると音楽だけでも、新しいものに出会ったり、古いものにであったりで、新鮮な気持ちになります。

 

2022/01/03

音楽は栄養ドリンク剤か、もっと強めの“クスリ”の一種みたいになってきた。

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暮れの紅白は、もう基本的に見なくなりました。
ただ、自分が聞いてみたい人が何人か出ていたりもするので、その人の時だけちょっと見たりします。

でも、お茶やお菓子をとりに皆がいる部屋に入るとチラチラとその時に歌っている人たちが目に入ります。

ものすごい勢いで叫んで、日本語なのに耳で聞いただけでは何を歌っているのかわからない音が鳴っている・・という感じの人が目に入りました。何人かいたみたい。
なにか画像も文字などがチカチカしていて、見ていると倒れてしまいそうに感じました。

過去に音楽が音楽として持っていた役目は、ほぼ終わったか、変化して別の役目になったのかもしれません。

クスリの一種か、刺激を与え、その瞬間を乗り切るための一時的な薬物的なものになったんじゃないかとも思いました。
SNSが発達し、人と人の関係は濃厚になったのかと思いきや、どんどん稀薄になるという裏腹な人間関係に苦しむ中で、刺激物・劇薬が必要なのか・・と私は思いました。・・念のため“私は”ですよ。

私が生まれる以前の「ヒロポン」みたいなものかもしれないと思いました。
当時は、経済成長に伴い、仕事の渦に巻き込まれ、自己を見失いかけた人達が使っていたのかもしれませんが、今は人間関係の地獄、苦痛から免れるためには、あの音による“ヤク”が必要なのかもしれません。

最初は“軽い”もので、ちょっと愉快で楽しめたのかもしれないけど、あの音楽を聞いていると、唐辛子を直接入れ物から口中に振って刺激を得ているように感じました。
聞いている人は感じていないかもしれないけど、ちょっと末期的にも感じました。

そんなことはないよ、と言われると思いますが、そうだといいなとは思いますが、・・・ちがうかもしれないですよ。

新年らしからぬ文でしたが、年末にそう感じたので書いてみました。

 

2021/12/21

中学生時代から今に至るまで、「レコード盤を貸してくれ」「CDを貸してくれ」「本を貸してくれ」と言われる話。

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表題どおり、私が中学の頃から、友達が家に遊びにくると、本棚やレコード・ラックなどを友達がジロジロと見て、やがて「これとこれ、貸してよ」となることが何度もありました。

でもね、貸した本やレコード、CDは絶対に返っては来ません。

私の棚にある本や、レコード、CDは、気に入って手元に置いているものです。
何度も読んだり、繰り返し聞いたり、また大事な心の宝物としても扱っているものなのです。

なのに返っては来ない・・。
相手は借りたことさえ忘れているし、「その話はされたくない」みたいな態度をとる人もいる。

たとえば、私が大学生くらいの頃。
糸井重里さんが突然脚光を浴びてウケだしました。

友達は、「お前もこの人のいいところに気づいたのか」などと言い、「読んでみたいから貸せ」と(・・なんだ、まだ読んでねえのかよ)、戸惑っている私から本を取り上げ持って行ってしまいました。・・そして返してくれなかった。

糸井重里さんについては、椎名誠さんの「本の雑誌」などに文が載り、まだ一部のマニア的な人しか知らない頃から私は読んでいたのです。ブームに乗って読むなんて愚かで恥ずかしいことなんかしていなかったのだ。
でも、ヤツは周囲に“乗り遅れ”ないように、興味も無いのにちょっとだけ見とくか、程度のつもりで人の本を持って行ったのでしょう。

レコードなども同じでした。
ずうっと昔からそのミュージシャンの音楽を聞き続けてきたのに、ある盤がヒットすると、あわてて私の棚からそれを見つけ出し、「ちょっと聞かせろよ」と持って行ってしまう。・・そして返してくれない。

それらの本やレコードなどは、仕方なく私はもう一度買い直しました。二重にお金を払うのです。
そんなことになっているなんてアイツらは思ってもいないでしょう。

だから、「貸す」ということは「さしあげる」ものだと思うことにしました。
いやだと言っても無理やり借りていく(返してくれないけど)ので、そう思うことにしたのです。

でも、さすがに今はもう貸しません。もったいないから。

近年、久しぶりに本を貸すことがありました。
生まれて初めて返ってきましたd(^_^o)・・何度も念を押したのがよかったのか、その借りた人がいい人だったからなのか。・・いい人だったんですね。

でも、もう誰にも貸しません。自分の心の一部を持っていかれるような感じがして、気持ちが“ざわざわ”するのです。

本もレコード・CDも、ほんの時間つぶし程度に思っている人にはわからないでしょうが、本も音楽も大好きな人間には、人生の中でとても大事なものなのだ・・ということを言わせてもらって、本日はお終いです。

 

2021/11/29

「日曜のほとり」を発見

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最近たまたま出会ったラジオ番組に「日曜のほとり」という阿川佐和子さんと、ふかわりょうさんの二人でやっているものがあります。

文化放送で、日曜日の午前10時からの2時間番組ですが、10月から始まっていたようです。
私は、ここ三週間くらい聞いています。
たまたま聞いたのですが、とても気に入りました。

番組には、〇〇コーナーみたいな特に設けられたコーナーもなく、ゲストも来ないし、お二人の会話は、日曜日に阿川さんとふかわさんが会って、ふつうに話している感じで、妙に声を張ったり、リスナーを意識して声高になったりすることもありません。

まさに“ただの日曜日”。ふたりは思うがままにただお話をしているのです。
こんな番組初めて聞きました。

また、かかる音楽は、阿川さんがふかわさんにお願いして全てふかわさんが選曲しているのですが、とてもセンスがいいのです。
日曜午前のひとときにゆっくりとお話している場には持ってこいの曲が選ばれています。
それも毎回さまざまなジャンルというか、音楽世界を聞くことができて、聞いているこちらもとても心地よいものなのです。

はっきり言うと、J-POPとか聞きたくないし、今のアメリカで流行っているようなラップのようなものも聞きたくないのです。他のラジオ番組でも、そういうものがかかったら局を変えてしまうのです、私。

特にJ-POPと呼ばれるものは、なぜか日本語で日本人が歌っているのに、歌詞が聞き取れない・・わざと英語みたいな発音にして、日本語だとわからぬように歌っている・・これはとても“格好悪い”ことで、それだけでもこちらが恥ずかしくなり、聞くに聞けない、いたたまれない状態になってしまうのです。

・・選曲のことをさておいても、お二人の“気取らない”そして“懐の深い”お話が繰り広げられるこの番組は今のところお気に入りの番組になりました。

参考に先週番組中でかかった曲目をご紹介しておきます。

1 Stone Ground Seven / SIngers Unlimited
2 Speak Low / Tete Monteliu
3 Nebulosa / Tenorio Jr.
4 Soulful Strut / Horst Jankowski
5 You've Got To Have Freedom / Pharaoh Sanders
6 Misty / Sachal Studios Orchestra
7 Lullaby of Birdland / Ella Fitzgerald
8 Strangers In The Night / Wayne Newton
9 Mother's Land / Hannibal Marvin Peterson
10 I'm on My Way / Yancy Korossy
11 Alice In Wonderland / Oscar Peterson

 

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