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2019/08/11

「國破れてマッカーサー」を読んだ。

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『國破れてマッカーサー/西鋭夫著(中公文庫)』を読みました。というか、“読まされた”感覚があります。

用も無いのにクルマに乗ってブックオフへ。
自然と足が向いて、割とジャーナリスティックな本のあるコーナーへ。・・いつもこんなコーナーへは来ない・・。
で、視線がぐっと引きつけられてこの本のある部分へ。
600頁もある本なんて、ましてや戦争・戦後関係の本なんて読む気もしないのに、右手は誰かに掴まれてぐいっとその本を手に取らされました。
「何かあるんだろうな」と思って、仕方なくレジへ。で、この本を読むことになりました。
たぶん、私の手をつかみ、無理やりこの本を手に取らせたのは、父の兄で戦死した伯父(当然会ったこともない)だと思います。私が結婚して新居を構えたときに私の家にも深夜兵士の姿のままやって来たことがあります。

スタンフォード大学フーヴァー研究所教授の西鋭夫氏が書いた戦後日本のマッカーサーの占領政策の様子を描いたものです。
1970年代に入り、アメリカ国立公文書館で1945年度のアメリカ政府の機密文書公開の機会に著者が見たアメリカ政府の本音をまとめたもので、正に極秘の公の文書として残されていたものです。

この本によると、というかアメリカの記録によると、戦前から占領中にかけてアメリカ政府、マッカーサーのGHQは、「極悪・残酷日本人観」を創り上げていることがわかりました。
アメリカは勝つことがわかっていた戦争に日本を引き摺り込み、日本を徹底的に破壊し、力尽き果てた日本兵と一般市民を殺しまくり、勝敗のついた後でも、原子爆弾を二発も使い、さらなる大量殺戮(さつりく)を実行しています。

GHQは狂気の軍国主義日本を民主主義平和国家にすると独善的な言葉を使っていますが、すばらしい文化と長い歴史を既に持っていた日本に武力でアメリカ様式を押し付けています。その様子が克明に書かれていました。・・はっきり言って日本人のことを完全に馬鹿にしているし、「日本人の精神年齢は十二歳程度だ」というマッカーサーの言葉がそれらを語っています。日本国民に対する敬意のひとかけらもないのです。

日本という「国」が悪であるという論理、これはいまだに私達の心の奥底まで根強く入り込んでいて、もうぬぐい去ることができないようにされています。
「国民」が「国」というすり替えのようないかがわしい論理に簡単に騙されている。

「国」が悪いとする考え方は、日本国民が「国」を愛さないようにするためには巧妙で効果的な策略であったと思います。私の周りにもそんな人ばかりです。

アメリカと日本帝国が戦争をした四年間を、日本の歴史の全貌にすり替え、日本の永い歴史と文化までも全否定するアメリカのプロパガンダにまんまとはめられた・・と私も思います。
日本国民を弱くするためには、弱体化する最良の武器は「教育」であるとも言っています。
公文書にそう書かれているんですよ。そして「教育」を武器に出来上がったのが今日の日本です。

一時は日本語は全てカタカナのみで表記することとか、ローマ字表記にするとか、それ以外の文字で書かれた文書を全て過去に遡って廃棄することまで企んでいたようだし、英語を公用語にしようとまで話は行っていて、そうなったら日本が持っていた文化は全て塵芥になってしまったのですが、それは何とか死守しています。
ついでに、国民を全てキリスト教に改宗させることも真剣に政策として進められていました。なんてこったい!

日本人であることは「恥」であると刷り込まれ、「忠誠」「愛国」「恩」「義務」「責任」「道徳」「躾」というものは、凶暴な軍国主義国家を美化するものと疑われ、見事に出来上がったのが今の世の中です。

特に「国」「誇り」という考え方については、悪性のウイルス菌であると教育したっていうのは・・もう念が入っていて・・恐れ入りました。

以上が、私があまり戦争・戦後について知識不足であったがために、戦死した伯父が無理やり私の背後から手を取り読ませた本の内容でした。
日本人が記録したものではない、アメリカ人が公式に残した文書に書かれていたのです。

今後のためにと原爆を落とされた後のフィルムによる記録も接収され、膨大な長さのフィルムは何年かして戻って来たときには何百時間もあったものが数十時間にされています。
自分達が行った非道な行為の痕跡をなるべく残したくなかったのでしょう。
それらフィルムはまだ現存しているだろうか、などと思いながら広島、長崎の原爆の日を迎え、そして間もなく終戦の日になります。

 

2019/07/21

古市憲寿さんの「だから日本はズレている」を読んだ

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『だから日本はズレている/古市憲寿著(新潮新書)』という本を読みました。
この本が書かれている時期は、民主党政権が終わり、自民に戻ってきた頃、まだ「安倍一強」体制というところまで来ていない時期です。

強いリーダーはいらない、スティーブ・ジョブズを持ち上げる人は多いが日本にはそういうカリスマはいらない。

クール・ジャパンって何が言いたいんだ、憲法改正案はJ-POPの歌詞みたいだ、スマート家電なんて誰も欲しがっていない新製品だ、SNSに期待し過ぎるなオヤジ、とえらい勢いで飛ばしつつ書かれています。

次に入社式での社長挨拶について、決まり文句のように同じようなことを言っている、ノマドなんてただの脱サラだ、ってあたりで私は読んでいて疲れてきた。
だんだん“言いがかり”みたいに聞こえてきて、読んでいるのもおっくうになってきた。

で、やっぱり学歴は大切だ、となってくる。
能力は遺伝する、学歴固定社会は幸せかもしれない。
ときて、だんだん著者は最終的に何が言いたいのか、と思い始めた。

いろいろなデモとかがあったけど、結局若者には社会は変えられないとなってきて、その後は煮えたんだか煮えないんだかわからない尻すぼみ的な話の展開になり、なんだか暗い気分になってきた。

著者はだいぶ若い人のようだけど、ついこの間までと現状の日本を分析して「それはそうだろう」あるいは「そうかもしれないけど」と思える現在の日本の政治・経済・人の動きなどを提示しているが、でもだから自分はこういうことが大事であると考えるとか、これこれこんな考え方が必要ではないか、というような強い書きぶりは見受けられませんでした。
もともとそんなこと書こうとしていないよ、と言われればそれまでですが、読んでいるこちらはなんだか消化不良になりました。
自分で考えろよ、と言われたらそりゃそうかもしれませんが、すっきりしない気持ちで読み終えました。

最後の二章については読む気力も失せてしまい、私にとっては、元気のでない読書となりました。
現状分析的な視点で読むためのものなんでしょうね。でも最後まで気持ちが続かなかった。

2019/02/12

「かくて昭和史は甦る/渡辺昇一」を読んだ

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このブログで宝塚の振り返りをやっている最中ですが、読書の記録も挟み込ませていただきます。

450ページに渡る長編で、時間がかかりましたが、『かくて昭和史は甦る -教科書が教えなかった真実-/渡辺昇一著(PHP文庫)』を読みました。

この本の“キモ”は、明治以降の日本の歴史を“日本の立場”から見直しているところでした。
私も含め、敗戦後の日本で教育を受けたものは、それこそ「通り一遍」の、「戦前は暗黒の時代」で、しかも「日本という国は、日本人は、極悪だったのだ」という歴史観をさんざん植え付けられています。
そうでない人を探すのがたいへんなくらい。

この本では、日清戦争、日露戦争、日英同盟、日韓併合、満州国建国、南京大虐殺、従軍慰安婦の実態、日米開戦における日本外交の失敗などについて、明治政府の成り立ちまで遡って、当時の日本人為政者の立場に視線を置いて書かれていました。

つまり、最初に書いた“通り一遍”の戦後教育とは異なる視線でです。なぜ日本がこういう道を辿ってきたのかということが、わかりやすく書かれていました。

過去の為政者が実際に行ったことについての評価は人それぞれだと思いますが、事実として残っている(※消されていることも多いことがわかった)ことを整理し、なぜ日本がそういう方向に進んでいったのか、と考えることは、とても大切なことだと、この歳になって、この本を読んで、あらためて思いました。

つまり、今の人達(私も含め)って、今現在が正しくて、過去は悪で、悪だとしても、それら過去の歴史を丹念に調べ、研究していくことをせず、悪のひと言で葬り去っているのではないか、と思うのです。
「悪いから悪い」と、振り返りもせずに決めつけています。

そんな浅い考え方をしていると、再び未来に事が起きたときに、今現在の状態を否定して、第二次大戦後の日本人は最悪だった、それら忌まわしい過去は捨て去り、今が正しいのだから今の体制を堅持しよう・・などと、永久にこんなことの繰り返しをしていきそうです。

個々の項目について、この本を読んだ上での私の考えは書きませんが、歴史を冷静に考察し、研究することは大切なことです。戦争を再び起こさないためにも。

ぶ厚い本ですが、内容自体は読みやすく、理解しやすいものでした。
興味のある方、本屋さんで手に取ってみてください。

2018/11/30

佐々淳行さんの「後藤田正晴と十二人の総理たち」を読みました。

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『後藤田正晴と十二人の総理たち -もう鳴らない“ゴット・フォン”-/佐々淳行(文春文庫)』を読みました。

この文庫本には新たに帯が巻かれ、『追悼 佐々淳行 ミスター「危機管理」』と記されています。
亡くなった後藤田さんとの様々な仕事、思い出などを綴ったこの本の著者、佐々淳行(さっさ・あつゆき)さんも亡くなってしまいました。
テレビなどでもよくお見かけしました。歯に衣着せぬズバッとした物言いには、テレビでここまで言って大丈夫?などとも思いましたが、この本を読んで、幾多の修羅場を乗り越えてきた佐々さんだからこそなのだと感じました。
それほど佐々さんが後藤田さんからの“理不尽”?とも言える指令に全てをかけて応える姿は“壮絶”と言ってもよいものでした。

この本でも書かれているように、国家地方警察本部、警視庁(この間、東大安田講堂事件、連合赤軍あさま山荘事件において危機管理に携わる)、三重県警、防衛庁官房長、防衛施設庁長官、初代内閣安全保障室長を務め、昭和天皇大喪の礼警備にも携わり、まさに危機管理の最前線にいた人であったのです。

退官後には天下りせずに、“浪人”としてシンクタンクを創設しつつ、政府が他国と暗礁に乗り上げてしまった案件について、後藤田正晴さんからの電話“ゴット・フォン”を受け、厳しい言葉での指令・命令にもかかわらず、自費でアメリカに飛び、ワシントン(ホワイトハウスなど)でアメリカ政府の要人と談判して「落としどころ」を探り出して、見事解決策を日本に持ち帰るところなどは手に汗握るものでしたが、佐々さんの文章表現はとても“きびきび”として気っぷがよく、「読ませる」文章で、ドキュメンタリーとしても息詰まる素晴らしさがありました。
読物としても圧巻と呼べるものでした。

後藤田さんの怖いんだか、優しいんだか、厳しいんたが、愛あふれているのか、・・全部かも・・、佐々さんに対する働きかけは、それはそれは見事なものだと思いました。

後藤田さんと関わった十二人の総理達と、後藤田さんの指令で様々な進言をするくだりもリアルで、そのときの総理の態度や発言も、今読ませてもらうと、とても興味深いものがありました。
「あのとき、こんなことが官邸で話されていたのだ」と、胸に迫ってくるのです。

後藤田さんの国の危機管理に対する思いや、人柄、そしてそれを叱られながらうれしそうに拝受し、行動に移す佐々さんの様子が描かれているこの本、460頁もありましたが、ぐいぐい読み進める良い本でしたd(^_^o)

2018/11/25

万博を大阪でやるって決まって急によろこびだす人

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2025年国際博覧会の開催国に日本の大阪が選ばれたそうで、なんだかしらんが、よろこんでいる人がプラカードのようなものを掲げている場面が映し出されたり、政府、府、経済界の人もたいそうな喜びようです。

この瞬間から反対している人、していた人、決定に不満の記事は消えました。
東京オリンピック開催決定のときみたい。

政府はこの万博による経済効果を全国で約2兆円と試算しているそうで、東京オリンピック・パラリンピック後の景気浮揚策に位置付けています。
簡単にいうと、オリンピック後に経済的には大変なことになるから、これでまた繋げる・・ってことなんじゃないでしょうか。

大阪府と市は、会場となる人工島・夢洲(ゆめしま)を万博後にカジノを含む統合型リゾート(IR)の開業を目論んでいて、「ああそうかい」と思いました。
脳天気な人以外に誰が喜んでいるのか想像すると、この万博がどんなものかわかってきます。

会場建設費は約1250億円だそうです(T_T)
これを国、府・市、経済界が3分の1ずつ負担するんだそうで、またこんなことにお金を使うんかいっ!・・って思わない人もいっぱいいるんでしょうね。
このお金をどう捻出して、どう使うと、誰が儲かるのか・・って考えることも大切です。

世界のあちこちから来る人をおもてなすんだ、と張り切っている人もいるかと思いますが、これも東京オリンピックと同じく別に何か開催して来る人じゃなくても観光等で日本に来る外国の人達を皆でおもてなししてあげればいいんじゃないですか。
なぜ大金を掛けて度重なる災害に苦しむ人達を差し置いてでも大きな催しをしなければならないのか、今まで何度も書きましたが、私には理解不能です。

大阪万博のテーマは、「いのち輝く未来社会のデザイン」ということで、人工知能や仮想現実などを体験できる「最先端技術の実験場」にする・・となっていますが、これに即座に反応してわくわくするような人がいるのかなぁ。
人の感覚って鋭くて、様々な報道を見ていて私が感じるのは、「金」の大きな動きと、その裏で蠢く組織と人です。不思議とそういう感覚って侮れないのです。

1970年の大阪万博の「人類の進歩と調和」っていうテーマは、割と日本人にはわくわくするものだったのだと思います。そして、時代の空気、風が後押ししていたように思います。何かとんでもなく素晴らしい未来があるんじゃないか、見られるんじゃないか、などと多くの人が思っていたかもしれません。

でも、あの会場に今残っているのは、『太陽の塔』。
岡本太郎の、あの塔が表現していたものは、むしろそういう人類の進歩って、ここで描かれているものはそんなにいいものじゃないぞ、人類の進む道って別にあるんじゃないか、というものだったと思います。近年塔の内部展示も復活しましたが、それを見てますますそういうことが感じられ、今年、そんな内容の映画まで作られています。

皮肉なもので、人類にとって科学的な進歩が良いものだっていうことに対する一番のアンチテーゼとなった「太陽の塔」というシンボライズされたものだけがあの会場に残っている。誰も壊すことができなかった・・。
そんなことも、もう一度考えてみることが私達普通に生きている人にとって大切なことなんだとあらためて今回の報道を見て思ったのです。


【Now Playing】 浜美枝のいつかあなたと / ゲスト:阿古真理 作家・生活史研究科 ( 文化放送 )

2018/11/10

そもそもどういうことだろう、最後に誰が喜ぶのだろうと思うとわかってくるような気がする。

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出入国管理法の改正ってのがどうなるのか、ちょっと気になりました。
私のような政治などにあまり興味のない人間が気になるってことは、将来の私達の生活に、なんらかの影響が出てくるのではないかと、心の中で何かが囁くからです。

過去に小泉さんが首相のときに「労働者派遣法改正」があったかと思いますが、「構造改革」だなんて言って、竹中さんという大臣が強力に進めたこの法改正によって日本に、そして私達の生活に実際に起こったことと言えば、『貧困と格差』がそれこそ際限なく進行した・・ってことだったんじゃないでしょうか。

いつも思うのですが、自分が現行、正規社員であり、給与的にも立場的にも良いところにいる人は、うまく生きていて、深く考えない人がいるのだと思いますが、でも同じ人間で恋人や妻や、子供やその他家族がたくさんいて、毎日生活していて、今の格差がどう考えてもおかしいって感じなかったら、それは人としてどうなのかと思うのです。ようするに“人でなし”ってこと。

同じように働いているのに、ただ生活していくので手一杯!ましてや結婚して子供をもうけて、家族として生活していくことが二人で働いても苦しくてどうにもやっていけないという人が多くいるというのは、やはりおかしいことだと思います。

つまり、誰かがその「家族達」の幸せを搾取しているということです。
その誰かはごく少数な人達。
その少数な人達のために皆必死で働き、余裕なく生きて行く、そして死んでいく。

今回の出入国管理法の改正も、ああだこうだと理由をつけてはいますが、簡単にいうと、ただ「労働力」が欲しいだけだと思います。
改正でたしか外国から入ってくる労働者に二種類の区別をつけ(それをどう、だれが判断するのかもよくわからない)、そのひとつの種別では入国してくる外国の労働者は、一人働くことを求められ、家族は認めない、そして5年で帰れというものだったと思います。

入ってくる人を人として見ていないのではないかと感じました。家族もへったくれもありません、一通り働いたらとっとと帰れっ・・ってわけです。

きつい、きたないなど3Kなんて言われている仕事に日本人がなかなか就かなかったりするから、そして企業などから文句を言わない安い労働力をなんとかしてくれと言われているからそんな法律改正をしようっていうんじゃないのですか?!

つらくきつい仕事にもっと報酬を与えれば仕事をする日本人だってたくさんいるんじゃないのかな。劣悪な仕事環境と仕事量でうまいこと安く雇おうとするから人出が足りないなんてことになるんじゃないのかな。

これは、労働者派遣法改正の頃から脈々と続いている真面目にコツコツと働く人達をひどい目に遭わせている流れの一貫なんじゃないの・・などと思いました。

ひと言でいうと、「ほんの一握りの人間のために、多くの人がギリギリの状態で働く」社会を作ろうということだと思いました。
それが間違っているっていうんだったら、あなたは“一握り”の人の中に入っているんですよ。

東京でのオリンピックも誰のために何のために開かれるのだろう、と少しばかり考えてみた方がいいと思います。
今やアフリカよりも厳しいと言われている真夏の灼熱の東京で、人に厳しい環境で、さらに多額の予算を掛けて多くの物を破壊し、無用に巨大な施設を新たに作り、なぜオリンピックを東京で開催せねばならないのでしょうか。

私がいつもヒントとして考えるのは、誰がよろこんでいるのかを想像すると何かが見えてくるということです。
さあ、誰なんでしょう・・。考えてみよう・・・。

きょうはちょっと真面目になって書いてみました。

2018/10/23

古い本だが興味深かった「総理大臣という名の職業」

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『総理大臣という名の職業/神一行著(角川文庫)』を読みました。
これもまたまたブックオフで108円。

1994年12月に刊行されたものの文庫化です。
出てくる最後の総理大臣は森首相だけど、でも総理大臣という職業の人がどんな環境で、どんな人達と関わり合いになり、どんな形で仕事をしているのかというものは、現在に至っても、読んでみたかぎり、そう変化は無さそうに思いました。

ひと言でいうと、総理大臣は「孤独」な職業だな、と思いました。
それはこの本の中にも頁を割いて書かれていたけど。

ジャーナリストである著者は、国の組織に詳しく、他の著者の同様の本なども過去に読んだことがありますが、その細部に渡る組織への深い取材と分析、実際に過去に起こった事実の記述などは比べるものがないくらいにすごい!

歴代総理がどうやって組織を動かし、誰を懐刀にして突き進んで行ったのか、また、誰が総理大臣に向かう途中で墜落していったのか、どうしてそんなことになったのか、これまた詳細な書きぶりに、昔のことながらドキドキしてしまいました。

また、総理とは名ばかりの人が居る傀儡政権や、“タナボタ”で首相になってしまった総理の政権がどんなことになってしまったのか、これほど簡潔で、なおかつ詳しく書いてある本は類を見ないと思いました。

歴代の官房長官の話も、総理以上にと言ってはなんですが、面白く、興味深く読みました。
総理とは盟友、右腕、腹心となるのが官房長官ですが、特に後藤田さんについての話は、これだけで一冊の本になるくらいのものでした。

今読んでも、まったく違和感のないこの本。
総理を中心とする日本の政治の根本的な知識がしみてくるようにわかる本でした。
歴代の総理大臣を思い浮かべながら読むと、ますますいい本だと思いました。

2018/09/22

「国家の罠」佐藤優氏の本を読んだ

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『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて/佐藤優著(新潮文庫)』を読みました。
ブックオフで108円にて手に入れました。
この平成19年発行の本、550頁にわたる長編でしたが、どんどん読み進み、数日で読了。

ノンキャリアの外交官としてやってきた佐藤氏の外交手法と、時代の潮目に国が取った国策捜査(鈴木宗男氏の外交手法を葬り去り、新しい時代への区切りを付けようとした)の渦中に巻き込まれていった氏の運命と、それに立ち向かう意志力に圧倒され大長編なのに短時間で読み切ってしまいました。

そもそも、国策捜査という言葉自体がどういうものかも具体的には把握しておりませんでしたが、ようするに、国民がワイドショー的にやり玉にあげるようなことについて、“ガス抜き”的に無理やり犯罪を作り出し、その犯罪のジグソーパズルの最後に空いた穴=犯罪者をはめ込んでいくというものです。

その犯罪者のピースにはめ込まれたのが、著者の佐藤優氏でした。

私も当時のニュース報道を見ていましたが、それはもう鈴木宗男氏と佐藤優氏はひどい言われ方をしていました。
佐藤氏はその騒がしい報道がなされている時には拘留中でしたが、この本を読むと、外部からの情報をあえて入れないようにしていました。

情報を入れなければ、それによって余計なことを考えてしまい、誤解されるような調書を取られることはないとの考えだったのでしょうが、その意志力にも驚きました。

また、この本の半分以上を占める検察官との取り調べ中のやり取りは克明で、息詰まる取調室の様子が再現され、一番の読みどころになっています。
そして、拘留されている人がどんな環境にあるのかも、人情味を感じさせつつ記されていて、それがまた一人の人間としての心模様として読んでいるこちらにもひしひしと伝わってきたのでした。

外交上の機密事項ということもあり、この本に書き切れていない部分もあるのですが、それでも佐藤氏が外交官時代にやってきた、それこそ命懸けの仕事についても書かれていて、ロシア外交の奥深く、難しい様子がよくわかりました。
そして、そんなことでもしなければ、北方四島の問題は解決しないのだ、ということもあらためて考えることになりました。

550頁の重厚な著書ですが、文体はスタスタと歩くように軽快で、読み応えがある素晴らしいものでした。

外交に興味のある方、検察とはどういうものか、国策捜査ってどういうもの、外務省の内実は・・など、そんなことにふれてみたい方には読んでみることをおすすめしたい本でした。

2018/09/11

「インテリジェンス人間論」を読んだ

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【※このブログでの文は、8月頭からのブログ休止中にデジタルでメモしておいたものをアップするものです。なので、現在とタイミング的にマッチしないものもアップされるかもしれませんが、あらかじめご了承ください。】

『インテリジェンス人間論/佐藤優著(新潮文庫)』を読みました。
ブックオフで買っておいたもので、平成19年刊行の本を平成22年に文庫化したものです。
内容は、懐かしい話題が随所に出て来ましたが、それでも佐藤優さんの常人では考えられない情報の取り方、分析の仕方には、あっと驚かされる本です。いつものことですが。

著者の佐藤さんは、外務省のラスプーチンと言われることになってしまい、この本の中でも書かれていますが、策略か陰謀か・・それとも・・2002年5月に背任と偽計業務妨害容疑で逮捕され、執行猶予付きの有罪判決を受けたことはご存知の方も多いと思います。
早い話が、歴代総理やロシア首脳の素顔を間近に知り、国際政治の最前線で“ヤバい”仕事をしていたからこその顛末と言うべきでしょうか。

外交官・政治家が使っている「インテリジェンス」という言葉とその意味を知ったのも、佐藤さんが著述業に転向して、その本やラジオ等メディアでの発言を聞いてからのことでした。
人間観察力を磨き、情報を入れ、分析する。そのインテリジェンスが、佐藤さんがかつて所属した外務本省国際情報局分析第一課で「外交の武器」となっていたことがよくわかりました。

その中で、意外だったのは、橋本龍太郎首相と“ガチ”で取り組んだ日露外交のぎりぎりのやり取りでした。
橋本さんのロシアとの外交へ懸ける意欲は、まさに“命懸け”とも言えるもので、著者の佐藤さん含め、あの鈴木宗男氏が絡んできた当時の克明な様子には息を呑みました。
橋本さんて、執念とさえ思える外交への情熱があった人なのだと、この本を読んで、今まで知らなかった一面に驚きました。

また、小渕恵三首相の見た目は温和な印象の人物像なのに、怖ろしいような人柄であったことが事実として書かれていたり、実はあの政治家はこんな人だった、とか、あのときの政治の舞台裏ではこんなことがあったということが、まさにその場に立ち会っていた佐藤さんから赤裸々に語られているのです。
この本は中身が濃いっ!

そんなこんなで、あっという間に読み終えましたが、内容が重い割には、知って驚く意外な事実にびっくりしている間にずんずん読み進むことができました。
書かれている話題はやや古い時代のものでしたが、とても興味深く読めましたよ。

2018/09/09

映画「英国総督 最後の家」を見た

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【※このブログでの文は、8月頭からのブログ休止中にデジタルでメモしておいたものをアップするものです。なので、現在とタイミング的にマッチしないものもアップされるかもしれませんが、あらかじめご了承ください。】

映画『英国総督 最後の家(Viceroy's House)/2017年・英国 監督:グリンダ・チャーダ キャスト:ヒュー・ボネビル、ジリアン・アンターソン、マニシュ・ダヤル、フマー・クレイシー、マイケル・ガンボン』を見ました。映画を見たのも久しぶりでした。

1947年、国力が疲弊してきた英国が植民地インドを去る決定時の物語。
主権譲渡を最大の目的にやってきた新総督のマウントバッテン卿とその妻、娘。
首都デリーの壮麗な総督邸のシーンに圧倒されながら映画は始まりました。

邸宅には500人の使用人がいて、そこでは、独立後に統一インドを望む国民会議派と、分離してパキスタンを建国したいムスリム連盟によって、連日連夜論議が闘わされていました。その様子だけでも見ているこちらはジリジリとして息詰まるようなシーンの連続でした。

さらにそこでは、新総督のもとで働くインド人青年ジートと令嬢の秘書アーリアが互いに惹かれあっていて、信仰が違う上に、アーリアには幼いときに決められた婚約者もいる。
そんなヒューマンなドラマもあり、途中からは涙がこぼれ、「こんな映画だったのか」と意外な展開に驚きました。

インド独立の最中、混迷を深め、暴動もいたるところで起こっている激動の歴史的な姿が映像として描かれ、心揺さぶられる映画でした。

そしてマウントバッテン卿が艱難辛苦を乗り越え、導き出した方向も、実は裏でもっと大きなものが動いていたという衝撃の事実も盛り込まれていたため、こちらの衝撃も大きかった。


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さらにさらに、グリンダ・チャーダ監督はある日、マウントバッテン卿の甥の息子にあたるチャールズ皇太子に出会い、彼に大叔父様についての映画を制作中だと話す。

チャールズ皇太子は「マウントバッテン卿の個人秘書を務めていたナレーンダル・スィンフが書いた『The Shadow of the Great Game』という本を、ぜひ読むべきだ、“本当は何が起きていたか”が分かります」と語る。

その数日後には、偶然が起きる。
チャーダ監督が新作映画の宣伝中に会いに来た俳優志望の若者、それがなんとナレーンダル・スィンフの息子だったという。
「あなたが分離独立についての映画を制作中である記事を読みました。父の本をぜひ読んでいただきたいのです」と語り、チャールズ皇太子から薦められたものと同じ本を提示する。
・・数年後、彼はこの映画に、父と同じくマウントバッテン卿の個人秘書役で出演することとなる・・という強烈エピソード付きです。

最初は華麗で華やか、そして苦悩が続き、光が見えたと思ったら、強烈などんでん返し、人類は、人間は何故こんなことを繰り返しているのか、と重いテーマを突きつけられる作品でしたが、映画として素晴らしいものだと感じました。
見る価値のあるものでした。

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