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2017/07/30

映画「ファウンダー」を見てきました

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映画『ファウンダー(The Founder)-ハンバーガー帝国のヒミツ-/
2017年・KADOKAWA 監督:ジョン・リー・ハンコック 出演:マイケル・キートン(レイ・クロック創業者?役)、ニック・オファーマン(弟・ディック・マクドナルド役)、ジョン・キャロル・リンチ(兄マック・マクドナルド役)』を見てきました

あのハンバーガーの「マクドナルド」の創業からグローバル企業にまで成長した過程を映画として成立させたものです。

私はマクドナルドのハンバーガー自体、あまり好きではないのですが(巨大企業的な“におい”がして、なんだかいやだったのです)、そのマクドナルドが実は二人の兄弟がやっていたハンバーガー屋「マクドナルド」のお客さまへのハンバーガーの提供方法(ささやかだがシステムといっていいくらい)が、そしてそのただ一店がもとになって作り上げられたものだと知りました。

主役のレイ・クロック(マイケル・キートン)は、二人の兄弟(ほんとうのファウンダー・創業者)のハンバーガー提供方式を教わり、契約を交わしてフランチャイズ化し、早い話が二人の兄弟の良心的な部分、もうけ主義的でない部分をどんどん排除していってマクドナルドを巨大化し、やがてはその二人を排除して「めでたし、めでたし」という映画で・・(T_T)、一緒に見た妻も長女もなんだか映画館を出ると元気なく、「ほんとうにひどいやつだったね」という話になりました。

この主人公、レイを経営者として、企業家として尊敬している人は日本にもたくさんいるようで、一代で財を成した有名な人達の名が挙がっていましたが、その人達を見ていると、そうなんだろうな、とあらためてしみじみと感じました。

何が人にとって、その人の人生にとって大事なものかはそれぞれですが、エンドロールが流れてくる前に主役のレイが言う言葉・・

「こう思っているね。52歳のミルクシェイクマシンのセールスマンが、50州に1600店舗のチェーンを作り、海外5カ国で7億ドル近く売り上げた理由は・・答えは1つ。“根気”だ。世の中に“根気”に勝るものはない。“才能”があっても、成功できない者はごろごろしている。“天才”も報われないのが世の常だ。“学歴”も賢さを伴うとは限らない。“根気”と“信念”があれば無敵だ」

・・ある意味共感できる部分はあるのですが、でも、上記のようにしてやってきたことは、私のような凡人には一生理解出来ない非道いことが含まれていました。

成功物語として見る人(自分いちばんの“幸せな”人)もいるかもしれないけど、私には、人はどう生きたらいいのか、と、問いかけられた映画のようにも感じました。

見て、感じてみなければわからない映画です。
見てもいいかもしれない。


【Now Playing】 朝 / Hara Kazutoshi ( ひだまり J-Pop )

2017/05/27

聞きたくもない話だが・・

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またも学校法人の設置計画をめぐって記録文書があるやなしや、そしてその真偽について報道が騒がしくなっています。
また学校の設置計画でなんかあったんかい?!と思いつつ聞き流そうとしていたら・・、その担当である省を辞めたトップの人が会見を開いて「あれは本物だ」と、いかにも正義を通した風な様子でした。

どっちもどっちだ。

と思いました。

その正義の人は、女性の貧困について、実地の視察調査を売春の交渉現場と目される怪しげな場所で頻繁に行っていたらしくて (・_・;、誰も信じないその理由を失笑を買いながら語っていました。
文書の信憑性はありそうだが、この人物の信憑性はどうにもこうにも誰が見ても“うろん”な印象です。

正義に燃えている風をよそおっていますが、天下りの裏ルートを密かに残したりしていたような人だし、そんな文書が出回っていたのなら部下を一喝し、自分がトップに直談判に行ったらよかろうにと思いました。

そもそも報道で見たその文書を見て、うちでは夫婦して「この文書は“作り物”だね。文章能力は中学生程度の人が書いているのは明らかだし、“いかにも”って文書を作ろうとしている。」なんて言っていたのです・・どうやら本物らしいですが・・(^_^;)

とてもいい学校を出て、なんとか省なんてところにおさまっている人の文章じゃないと思ったのです。拙すぎるし、言おうとしていることの表現が幼稚過ぎる。

さらに、こんな文書を“共有(※会見したエラい人がそう言っていた)”するという行為自体は、もうなんというか小学生並みの行為です。
「とってもこわいガキ大将の〇〇ちゃんが、こんなこと言ってるから言うこときかないとダメかも~」っていうやり方です。

前述の文書の稚拙さと、こんな文書の共有をママゴトのように行っている子供じみた行為に、「偽物に違いない」と、私達夫婦は思ってしまったのです。そして事実は小説より奇なり。本物なんだよね、きっと。

国会で野党が「国家の私物化だ」と発言していましたが、私はそのとおりだと言わざるを得ません。
世の中、メディアまでこわがって報道を控えているようですが、国民も声を潜めているというか、逆に声を上げようとする人に罵声を浴びせたり、冷ややかな態度をとる人もたくさんいます。
・・「いいようにやられちゃうよ、あんたもただのトカゲの尻尾だよ」と私は言いたい。

こうして国家は私物化され、挙げ句に戦争にまで到達するのに時間はかからないでしょう。
他人ごとだと思っているとそんなことになっちまうよ。

・・というのがきょうの書きたかったこと・・。
先日、中学時代の先生にお会いして「自分の言いたいことに臆病になるな」と、あらためて教わったので、思っていることを素直に書いたのです。


【Now Playing】 Honky Tonk Woman / The Rolling Stones ( Rock )


2017/01/04

北原みのり・佐藤優の「性と国家」を読んだ

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『性と国家/佐藤優、北原みのり・著(河出書房新社)』を読みました。

私が読む本としては「慰安婦問題」だとか「沖縄基地問題」などにも直接“ガツン・ガツン”とふれる過激なもので、あまりふだんはそこまで踏み込む本は読まないのですが、今回はいろいろと私の心の何かに接触するものがあって手に取り、読んでしまうことになりました。

長文でもあり、重大なエピソードを取り上げていくと深刻になり過ぎるし、長くなってしまうので、私がピピンと感じたところをピンポイントで書いてみます。この本の本題から少し外れてしまうかもしれませんが。

一つ目

著者の佐藤優氏が外務省にいた頃、鈴木宗男事件で逮捕されたとき、彼にはそこそこの数の友人がいたとのことですが、その友達と思っていた人達のうち、男は誰ひとりついてきてくれなかったと書いています。
そのとき助けてくれたのは三人の女性だけだったと言っているところがピピンと来ました。
要するに権力が絡むと男は逃げる、というわけです。
私も経験があります。
大変なことになったときに、男は逃げます。「誰に責任があるか」と声を荒げて自分は関わりあいにならないタイプと、すうっとその場を去る卑怯者、そのどちらかしか男にはいない、というのが私の正直な意見です。この考えは今も全く変わらない。

二つ目

北原さんが言っている「橋本徹氏が大阪市長だったときに、不倫相手にコスプレさせていたとの報道があったが、制服のコスプレが政治家としてアウトにならない社会って何なの」と言っています。全くもって100%同感です。
その同じ男が「慰安婦制度が必要だったことは誰でもわかる」と公で言えてしまう、それでいいんかい?!と言っているわけです。このブログでも私はその当時これと全く同じことを怒りをもって書きましたが・・反応は無かったですねぇ。
さらに私も書いたこと→「自己責任だ自己決定だということを心から信じていて、女性差別を隠そうともしない受験戦争と管理教育が広く行き届いた世代の人間」と言っています。そのとおりだね。
自己決定論を持ち出すことになると、日本軍「慰安婦」だって、「援助交際」だって、お金をもらっているからいいんだろう、自分で決めているからいいだろう、と議論はそこまでになってしまうのです。

三つ目

また、北原さんは、日本の男性のインテリには、どこか暴力に対する憧れを持っている印象があると言っています。
インテリ層に限らず、政治家もそうだと・・。例えば安倍首相は、国会中継を見ていると、福島みずほさん、民進党の辻本清美さんに対しては、質問を受けたときには明らかに答え方がおかしくなる。鼻で笑うような振る舞いが定着すらしていると書いています。これも思い当たります。見ていて不愉快だし、橋本氏も女性に対する攻撃の仕方がやはり過剰な気がします。

四つ目

さらに佐藤さんが言っている「端的にAKB48を見ていて思うのは、これは性的搾取だな」ということに共感しました。
「メンバーは恋愛しゃいけないのがルール、男性ファンの性的欲望を満たすために、彼女たちの人権を無視しているようにしか見えない」とも言っています。私にもそうとしか見えない。
もっと過激なことも言っています。「AKB48のやり方は、アメリカのスタンダードで見た場合は児童ポルノだと思う。児童ポルノという認定にならずとも、児童への性的搾取になる」と結んでいます。いつも私が彼女達を見ていて思っていることそのままです。
だからもう今回は紅白なども見ないことにしました。彼女達にジャンケンさせて、そこにコメンテーターみたいに出てくるいい歳した“ヒヒジジイ”達(けっこう有名な人だ)のスケベ顔にも私は我慢が出来ない。

・・と、私が感じたこと四つについてふれてみました。
過激だな、今回は、と思うかもしれませんが、この本の内容は上記のようなことはほとんど些細な話題になるくらいの過激なものです。
気になる人は読んでみて。


【Now Playing】 深層深読み 虎ノ門ニュース / 上念司、ケント・ギルバート他 ( YouTube )

2016/11/16

「安倍晋三[迷言]録」という本を読みました

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『安倍晋三「迷言」録/徳山喜雄著(平凡社新書)』という本を読みました。
これは主に安倍さんが復活して第二次安倍政権を担ってからの国会での発言や、その他の場で目立った発言などを集め、それぞれに著者が考察、コメントしているものです。

本の帯にもありますが、自分への批判に対しては“レッテル貼り”、自らの暴言は“言論の自由”と主張しているような、安倍首相の特徴ある発言が目白押しです。

そうそう、オリンピック会場招致演説での「状況はコントロールされており、東京にダメージは与えない」という“アンダーコントロール”発言もインパクトがありました。おいおい、ほんとかよ!って日本人の誰もが、特に被災地の方達は憤りさえ感じつつ思ったことでしょう。

「早く質問しろよ」などの国会でのヤジも安倍さんらしいキレ気味のものでした。
特に選挙で大勝し、自信をどんどん深めつつある首相の“行き過ぎ”と感じる発言はとどまるところを知りません。
国会で痛烈な質問を受けると「そういうデマゴーグはやめろ」と言っていますが、だんだんとそのパターンも国民にはわかってきたような気がします。

また、報道に対する圧力も、このブログをご覧になっている皆さんも感じていると思いますが、自民党という政党全体も含めてテレビ局に対する事情聴取を行ったり、「マスコミを懲らしめる」という首相を応援する若手の勉強会などでも声が上がっていて、これを不穏と言わずして何というのか、と思います。

安保法制の成立に際しても、“憲法解釈”で強引に乗り切ったかと思うと、次は憲法改正に手をつけるのでしょう・・。

そして、強力な権力を手中にすると、“一強状態”に誰も口出しが出来ず、党総裁の任期まで延長して、“ぷちプーチン”的だと思いませんか?!

とにかく、この本を読んでいて、だんだん暗く、苛立たしい気分になってきたことは否めません。支持率も相変わらず高いので、このブログを苦々しく読んでおられる方もいらっしゃると思いますが、「まんまと“のせられ”ている自分」を少し意識した方がいいと思いますよ。10年後くらいに、ああ、あの時何故もう少し冷静になれなかったのか、と後悔すると、・・・・・私は思います。腹が立ったらどうか、別の提灯記事を書いているブログ等に飛んでください、その方が健康に良いでしょう。

トランプが大統領になってしまった、とか、ドゥテルテ大統領はどこに行こうとしているのか、とか、プーチンの動向が心配だ・・などと案じている方、大丈夫ですよ、うちの首相も見た目はとても真面目な日本人的ですが、中身は非常に似ていると思いますよ。
絶対に彼らに引けを取ることはないでしょう、ほとんど同じか、こっちが一枚上です。

すいません、この本を読んで少し調子に乗って書いてしまいましたが、内容については、概ねいつも私が感じていることを書けたと思います。
それじゃ、また(^_^;)


【Now Playing】 ラジオ深夜便 / 群馬県渋川市・松本由起氏他 ( NHK-AM )

2016/08/15

あまり誰も言わないけど・・。

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先週、テレビで天皇陛下がお気持ちを述べられ、その中で「退位の意向」をにじませたご発言をされていました。
その後の新聞等では、国民の80%以上が「天皇のお気持ちはよくわかる」と反応していることが報道されていました。

天皇陛下が「象徴天皇としてのあり方」をずっと模索されていたことはお気持ちを表されたビデオに加え、今までの陛下の活動のフィルムなどからもよくわかりましたし、その“象徴としてのあり方”に国民の多くは理解を深めているのではないかと、私のような者でも推察することが出来ます。

その後、首相のコメントがありましたが、テレビというものは正直なもので、その表情から「面倒なことになった」というのが読み取れました。テレビというものはそういうものです。
言っていなくとも、画面に映された表情で何故か本音が見え隠れするのがわかるのです。不思議なものです。

というわけで、新聞、テレビなどでもあえて書かない、言わないのかもしれませんが、このあいだの選挙で大勝した政党の「憲法改正草案」を見てみると、『第一章 天皇』の第一条では天皇は【日本国の象徴であり】という【 】の部分が削除されています。ご存知でしたか。
象徴天皇の文言を削除しようとしているのです。このあいだ陛下が「象徴としての天皇を模索している」と発言しているのですけど・・。因みに、天皇は《元首であり》と書き換えられています。これもご存知でしたか。

同第三条の【天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。】という部分も【 】内まるまる削除です。
内閣が助言も承認もせず、責任も負わない・・ってこと?!と即座に思いました。

第七条では、天皇は【内閣の助言と承認により、】国民のために、次に掲げる国事に関する行為を行う。となっていて、またもや【 】内は削除されています。
・・第十条4項で、「内閣の進言を必要とし」とエクスキューズをつけていますが、何やら不穏な空気を感じるのです。

安〇首〇を揶揄するような記事をシェアしたり、引用したりするだけでちょっとイヤミな感じを出してまるで自分が書いているような気になっている人をSNSなどでお見受けしますが、それは逆効果だと思います。どちらかというと、〇倍〇相よりも書いている人の方がイヤな人という印象を与えてしまいます。

『第二章 戦争の放棄』では、【戦争の放棄】の文言そのものを全削除しているし、【陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は認めない。】という部分も【 】内全削除されていますが、イヤミな記事のシェアよりも、こういう事実を書いた方がいいんじゃないのか、と思いました。

日本の歴史を見てみると、次々と敵を倒し、天下を取っても、結局民衆の心を得るためには何か別の後ろ盾が欲しいと考えるのが権力者です。
現在では戦は選挙戦となり、大勝しても国民の気持ちを得るためには上記のように後ろ盾にしようとしている人の“地位”についてどうしても改変したくなるのはこの現代でも変らないようです。

終戦の日に私のような愚かな者でもこのくらいは考えてみました。
憲法改正を目標にして、議席を増やした人達の改正案には、皆少しでも目を通した方がいいんじゃないのかな、という書き込みでした。

2016/04/17

昨日に続いて

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前回、野坂さんの絶筆について書いたときに、今回の震災のことにもふれました。
野坂さんも再三に渡って自然の大災害と日本人の付き合い方について書かれていたことは前回ご紹介いたしました。

今回の立て続けに起こる震源の浅い、大きな揺れの地震。その度に「またか、何て自然は私達人間に厳しいのだろう。」と愕然とするのでした。

影響する範囲が拡がる度に、そして被害の様子が建物の倒壊だけでなく土砂災害に及ぶに至って、先の東日本大震災のときに何とかして支援物資を届けようとしたことを思い出しました。今回も何らかの方法で微力ながら支援が出来ればと考えています。

・・いますが、私達はそれだけにとどまらず、何かもっと考えてもいいのではないか、と私自身、愚考いたしました。
もう日本でオリンピックなんてやらなくてもいいんじゃないでしょうか。
やりたい国はいくらでもあるでしょう。東日本大震災の復興、原発の始末もままならず、そこにきて今回の大きな被害です。「もうしわけありません、災害対応と復興に力を注ぎたい、余力はそちらに向けたい。」と言って、「ふざけるな」というような国は無いんじゃないでしょうか。

それに、これを機会にすぐ近くで稼働している原発も停止してはいかがでしょうか。
これ以上の被害に日本は耐えられるのでしょうか。

こんな状態で増税もやめてはいかが?!

こういうことを書くと猛然と反論してくる人がいるかと思いますが、一人の日本人として素直に思ったことを書いただけです。
もし、まったくの反対論がある場合はお手数ですが、ここに反論のコメントは避けていただき、ご自身のSNS等でオリンピックをそれでも頑張って開催しよう、だとか、原発はそれでも必要だ、あるいは増税なくして復興なし、など、ご自身の考えを表わしていただければと思います。
あくまで今回は私個人の今の思いを書いてみただけです。
ものすごく不自然な意見ではないと思うのです。

【Now Playing】 今晩は吉永小百合です / 吉永小百合 ( TBSラジオ )

2016/04/16

野坂昭如さんの絶筆を読みました

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『絶筆/野坂昭如著(新潮社)』を読みました。
読んでいる最中に熊本の大きな地震被害の報があり、胸が締め付けられるような気持ちが続きました。
阪神淡路や新潟、東日本大震災、長野での大地震など私達日本人はこの自然の仕打ちといってもいいくらいの災害と向き合わねばならないことを思い知らされました。

野坂さんもこの死の数時間前まで書かれていたメッセージの中で、震災のことを何度も何度も取り上げていました。
「自然の営みに逆らうことは出来ない。火山列島であることを改めて知らされる。火山も地震も根は似たようなもの。予知など出来ない。ぼくらに出来るのは、細心の準備だけ。」と書かれていましたが、私達日本人は心細い思いをしながらも、この自然と付き合っていかねばならないことをあらためて思いました。

野坂さんは2003年、七十二歳のときに脳梗塞で倒れ、以後も夫人の手を借りて口述筆記の作家活動を続け、戦争童話、時事エッセイ、文明論、回想記、往復書簡、日記を急逝する数時間前まで書かれたわけですが、とにかく小さな出来ごとから社会の動きまで、世間のあらゆることに敏感に反応していることに、この本を読んで驚きました。

特に戦争に関係することについては集団自衛権、行使容認には歴史的暴挙であると強く訴えています。閣議で解釈変えようなど卑怯な手口。国民の皆さん、人殺しに加担することにもなりますが、覚悟はよろしいかと、はっきり聞くべきだと言っています。同感です。

ファーストフード店の異物混入についても、「食い物の安心を言うなら、今の食い物、ほぼすべてコワイ。添加物、遺伝子組み換え。もっともそれらによる被害が現われる頃、オレはもういない。」と書かれています。私もいないかもしれませんが、和食が無形文化遺産になったなどと浮かれている中、その食材はすべて輸入ものだったりします・・・。

今、次々と障害が発生して遅々として進まず、問題になっている、いわゆるマイナンバーについても、「すべての国民の背中には、番号が張り付けられている。このお上による管理は、ろくなことにつながらない。それは過去が示している。」と結んでいます。
そろそろ色々な場面で実感している人もいるかもしれませんが、それさえも感じない人は鈍感と言っていいと思います。何かが着々と進行しているのです。

「この国に戦前がひたひたと迫っていることは確かだろう。」というのが、最後の一文です。この言葉を私はずっと心に残しておきますが、もっと多くの人の心にも残ってほしい。

日本の未来はどうなるのでしょう。「ぼくは少子化は当然と思っている。女性には特有の勘があり、また英知が備わっている。国は農を捨て色良く艶良し腐りにくい食いものを整えた。遺伝子組換え食品、添加物まみれ、胎児の成育、また子供の将来を思えばおのずと産めなくなる。列島に点在する原発の危機だってある。今の世が続く限り、女性たちが無意識に出産から遠ざかって当然・・中略・・女性たちに、力で産ませることは、いかな国家権力でも不可能。」・・、政治がいかに世の中をリード、あるいはミスリードするかを最後まで書いている姿に、この人のすごさをあらためて感じました。

私もまったく無力な身ではありますが、世の声の大きな人たちの“うろん”な様子に気づける人間でありたいと思ったのでした。


【Now Playing】 ニュース / NHK ( AMラジオ )

2016/03/15

三島由紀夫の「若きサムライのために」を読んだ

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『若きサムライのために/三島由紀夫著(文春文庫)』を読みました。
これは昭和四十年代前半に、雑誌に掲載された三島の文をまとめたもので、単行本としては日本教文社から昭和四十四年に刊行されたものです。

若きサムライのための精神構造という章では、

勇者とは
作法とは
肉体について
信義について
快楽について
羞恥心について
礼法について
服装について
長幼の序について

・・三島は自らの信ずるところに何の迷いも躊躇もない様子で書いています。
そもそも“国”というものは戦わねばならないものだと信じて疑うことなく、“一点の曇りもない” (・_・;書きっぷりに、昭和四十年代という時代を差し引いてもかなり怖いものを感じました。

肉体や性衝動などについても一方的な論理として書かれていて、この文庫本は1996年の第1刷から2013年まででも28刷まで重ねているわけで、こういうのを読みたいと思う人がいるのだな、と別の意味で感心してしまいました。
・・ま、私も読もうと思った者の一人なわけですが・・、ここまで書いているとは思わなかった。

対談も掲載されていて、相手は三島が東大を卒業後、大蔵省に入省し、かつては同じ職場でもあった後の総理大臣、福田赳夫です。これも驚いたし、かなり二人ともフランクな感じで話をしています。
当時の若者に対する批判というか、嘆きというか、注文をつけるというか、そんなことになっています。

こうあらねばならない  とか  〇〇というものはこういうものだ  とか その硬直的というか、一方的な論理にはこの平成28年の世の中にいる私はただただ無言で、「はあ、そうですか」という感想しかありませんでした。
当時の天皇、皇太子に対してもずいぶんな表現で書かれている部分があって、“こわいものなし”なのか、虚勢を張っているのか、目を伏せたくなることもありました。

現在の政権政党が成立させた「平和安全法制整備法案」のこと、三島はどう思っただろう、などとも思いましたが、この本を読む前からも私が思っていたことは、国には戦いが必要だと思っている人は最初から戦うことを理想としていて、それに向けて何とかして法解釈を変えたり、法そのものを変えようとするのだということです。
何だかんだ論理をこねくり回しても、結局は“戦いたい”人は戦いを常に求めているのだとあらためて思ったのです。

三島の考えの一端を知るために読むのにはいいと思いますが、“ぞっこん”みたいになってしまうような人はやめた方がいいと思いました。


【Now Playing】 ラジオ深夜便 / 須磨佳津江他 ( NHK-AM )

2016/01/16

「ぼくたち日本の味方です」を読んだが・・

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『ぼくたち日本の味方です/内田樹・高橋源一郎著(文春文庫)』を読みました。
この本は自民から民主に政権交代があった頃、東日本大震災のあった頃、それに伴う原子力発電所の大きな事故が発生した頃、大阪都構想が話題になった頃、尖閣諸島沖で中国漁船衝突事件が発生した頃・・、そうそう、いろいろな事が次から次へと起こり、人々が今まで持っていた概念、信念のようなもの、虚像みたいなものが崩壊した時代と言ってもいいかもしれません。

私もその頃から自分の持つ考え方の基盤のようなものが崩れ落ちたような気がします。

例えば原発の事故が発生したときも、正確なというか、正直な報道などはされなかったし、政府の対応にも驚きました。
国民のことなんか考えている人は少ないのだとあらためて感じましたし、人は「嘘」と薄々わかっているのに、突っ込まずになんとなく見過ごしてしまう。
きっと、戦争に向かって行った時にも誰かの思惑に薄々気づいているのに漏斗に水が入っていくように事態は進んでしまったのだろうな、と思いました。

この本は対談形式で進められたものをまとめたものでしたが、次々と起こる様々な事象に批評・論評がなされ、私にはちょっと“斜に構えた”ポーズのようなものが馴染めず、最後まで入り込むことが出来ませんでした。

いろいろなことに“おろおろ”している人や、組織、マスコミ、世間に対して“おちょくり過ぎ”な気がして、途中でイヤになってしまいました。
それに、私が勉強不足なのかもしれませんが、使っている表現や言葉が今ひとつ分かり難いのです。ちょっとインテリぶっている感じがまた鼻につきました。ごめんなさい。

今起こっている難しい事象に冷静かつ沈着、正しいであろう判断の出来ないやつは置いていく・・みたいに読め、“置いてきぼり”にされた自分の身の置き場に困りました。

それでも、大阪の橋本徹氏のことを「有権者の知性を低く見積もっている」「石原慎太郎も河村たかしも同じで、そこには共感できない」という部分には私も同感しました。

『「本音」の言語をしゃべって人気者になったけど、そこでの「本音」とは、人を低く見積もって出てくるもので、絶対理想を語らない』・・この部分にもまったくそうだと思いました。

「あんたら結局金が欲しいんでしょ」というのが人を低く見積もった結論のような気がします。
でもねぇ、金は欲しいけど、そうじゃないんだ人は。
理想を語らなければ最終的には人はついてこないのに、「自分の周りはバカばっか、金のことしか考えていない」と思っているから「都構想」というシステムは考えつくけど、その先の理想にはたどり着かない。私は前回の投票で都構想が否決された時にそう思いました。システムだけのために人は想いを熱くできないんだと思います。

性悪説にもとづいて動くから自分に反対する人を徹底的にやっつける、・・そんなことしたって意味もなく、先がないことがきっとわからないのだとも思いました。

イヤな本でしたが、でも気づかされたことはいくつかありました。
ラジオで聞く高橋源一郎さんのお話などは、非常におもしろく感じていたのですが、この対談本は性に合いませんでした。そういうこともあるでしょ。


【Now Playing】 Stupendous / Charlie Parker ( Jazz )

2015/12/28

騙されっ放しなので読んでみた

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『政府はこうして国民を騙す/長谷川幸洋著(講談社)』を読みました。例によってブックオフで200円也。

この元となった文がWEBメディアで公開されたのは、まさに民主党政権時代のあの東日本大震災からあとの頃です。

文中、著者がずっと言っているのは、「メディアは政府ではないのだから、政府の大本営発表ばかりを大々的に報じるのはやめて、その裏側にある官僚の意図や、オフレコなどと言っておきながら、自らの発言ということが判らないようにしてうまいこと世間に伝えてほしいことを言い出す官僚の本来の意図・企みを読み取って書け」ということでした。

先に、民主党政権時代に書かれたものだと書きましたが、その後選挙により自民党政権になってからも著者が書いている構造そのものは全く変っていないと思いました。

あの大震災以後、当時、福島県だけでも16万人を越える原発事故の避難者(親類宅などに非難した自主避難を含まず)、故郷を失った人をどう救っていくのか・・と、著者は当時書いていて、「生活や仕事をどう支えていくのか、それはとてつもなく重い課題であって、これを解決せずして日本の未来はない」と言っています。全く同感です。

この本では、事故を起こした当事者である東電と当時の政府の救済案などにどんな“カラクリ”があるのかを、とことん追求しています。

国の予算編成で、官僚にやられまくっている当時の様子も書かれていますが、そこでもメディアが伝えているのは国や省庁のホームページを読めばわかることばかりと辛口(でも本当のことだ)の書きっぷりは変りません。

オリンピックの開催自体もそうですが、それに付随する国立競技場や他の会場の予算が、あの開催地立候補しプレゼンをしていた頃の三倍・四倍と膨れあがっている様子が報じられています。
「東京に決まってよかったぁ~」なんて、私はただの一度も思いませんでしたが、今になって「これでは開催しない方がよかった」なんて書いたり言ったりしている人もいます。
「予算なんて膨れあがるに決まってるじゃないのっ!開催さえ決めちまえばこっちのもの、と思うような人達がオリンピックを待ち望んでたんだからさ・・」

メディアも“おめでた報道”一色になっていましたが、これも大本営発表のひとつだと思いませんか?!

そんなこんなで、怒ったり、ため息ついたりしている間に読了。
「国民の騙し方」が細かに書かれていましたが、忘れないように、いつも気をつけていようと思いますよ。

これから増税が待っていて、「軽減税率」の話をして、まるで税金が一部安くなるような錯覚をさせておいて、ただ食料品だけ今のままの税率で、実際にはそのほか全部を増税しようしているのを、うまく騙しているのが現在。
正気になった方がいいぞ、と思いながら本を閉じました。


【Now Playing】 So Far Away / Gay Pearson ( Jazz )

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