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2019/10/11

「ハーバードの日本人論」を読んだ。

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『ハーバードの日本人論/佐藤智恵著(中公新書ラクレ)』という著者によるハーバード大教授へのインタビュー中心の本を読みました。

私達日本人が日常あたりまえだと考えていること、行動、慣習などが、ハーバード大の教授達には特にアメリカ人として、そしてやがて社会、財界をリードする人間となるであろう学生達には十分に研究するに値するものである、ということがこの本の内容です。

日本の映画を研究し、その中から日本人がロボットを“友達”だと思う感覚についての不思議を追求(日本人にとっては鉄腕アトムその他でこういう感覚は割とあたりまえ)したり、アメリカのIT関係のリーダー達がなぜ日本のアニメ映画に影響を受けることが多いのか、などなど興味深い内容です。

日本でも何年か前にブームを呼んだ「伊藤若冲」の絵について学生に教えるカリキュラムもあります。
たとえ工学系の分野に進んだとしても、芸術を理解できる人間でなければ世の中をリードする人間たりえないという考え方にも感心しました。
今の日本には、逆にそういう考えを捨てようというようなことがあるのではないかとも感じました。まずは人として大事なものを身に付けるという考え方、大事だと思いました。

古代DNA、ゲノム解析から日本人のルーツを探ろうとし、また日本人特有の人としての個性がどこから来ているのか、という研究も面白かった。
本州に住む日本人のDNAの20%は縄文人、80%は弥生人に由来し、それがいつ頃交配したのか、それによってどうなったのか、読めば読むほど科学的研究なだけに、その事実に驚かされました。

また、日本人の長寿の秘密を研究している教授は、アメリカが平均寿命を短くしている中、見習うべきところを考察しています。
そして、今の日本人はせっかくのいいところを捨て始めている傾向にあるとも・・。

政治に関しての日本人の“世襲好き”、そのことの政治への影響、近年の傾向などの考察も面白かった!

まだまだ色々とインタビューされていましたが、興味のある方はぜひ本屋さんで手に取ってみてください。
噛んで砕いてわかりやすく書かれていたので、私にも理解できる部分が多く、いい本でしたよ。

2019/10/02

買わなきゃタダだ!

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昨日から消費税が10%に上がりました。
昨日の夜のテレビ番組を見ていて呆れた。

主にお笑いタレントなどを集めて、キャッシュレス決済やポイント還元できるカードなどの紹介をして、ポイントが付いた付いたと大喜び、大騒ぎしている様子が映し出されていた。
これを見て私もやってみようなんて思うヤツがいるからこういう番組を作っているのか、それとも脳天気な視聴者をうまいこと騙せと、スポンサーがそそのかしているのか、政府側の方から圧力が掛かっているのか。

消費税上げなきゃこんな馬鹿騒ぎをしなくてもよいのだ。
また、この新しい税制に苦しむ側の人達も苦労しなくてよかったのだ。

テレビ局は作る番組が違うだろう、もっとこの税制について突っ込んだ番組を作ろうという気概はないのかね。

基本的に消費税を上げられて喜んでいる人達は、何をそんなに喜んでいるのだろう。
お金持ち以外は喜んでいる場合ではないと思う。

私が昨日見たテレビ番組は新税制の“提灯持ち”のような内容のひどいものだった。
あれをひどいと感じない感性の持ち主だから選挙のときに税を上げるぞと言っているのに、そこに投票する。
戦争が出来るような環境に憲法を変えますよ、と言っているそいつに投票しているのでしょう。
後々大変なことになるよ。

日本は世界のキャッシュレス社会に対して遅れてしまいますよ・・・それがどうしたっ!
自らの懐から支払いする感覚を無くなさせて、ますます何も考えない人間が増えてしまうんじゃないの。

ようするに消費税10%対策にはこれだ!『買わなきゃタダだ!』

・・そんなこと考えてたら経済は落ち込んでしまいます、というアナタ、その心配は今回10%に消費税増税をした輩が考えることです。低所得者に不利な、こんなものやるからには責任は上げたヤツが取ればいい!

以上です。

2019/08/22

「思いつきで世界は進む」を読んだ。

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『思いつきで世界は進む -「遠い地平、低い視点」で考えた50のこと-/橋本治著(ちくま新書)』という本を読みました。
私、勉強不足で著者のことを存知上げておりませんでした。帯には「追悼 橋本治」と書かれていて、今年1月に亡くなられています。

この本は、PR誌「ちくま」2014年7月号から2018年8月号までの巻頭随筆をまとめたものだそうです。
私は、タイトルと、帯の裏表紙側に書かれていた「バカにバカって言っても通じないこの国で。」という強烈な言葉に驚きつつ、引かれて読むことにしたのです。

〇アクセルを左にしたらどうだろう

〇電波で荷物は運べない

〇終わった社会

〇強権政治の終わり

などの各項目のタイトルを見ていると興味津々で読むのですが、それぞれ最初に“ガツン”とかまして、でも中盤は理屈っぽくて結局なんだか最初の勢いが削がれていって、最後にはなんだか尻すぼみな印象の締め方になっている、と私は感じました。

読んでいて感じるのは、自分は皆よりちょっと上にいて、やや見下しているという印象。
さらに中盤で理論的に進められる話は、何かが欠落しているように感じました。東大出の頭のいい人が書いているのだから、私に読解力が無いのかもしれませんが、肝心なところがまったく書かれていないように思った・・。つまり心に訴えかけて来ないのです。

で、最後は、やや“投げやり”な感じ。

もっとガンガン言って、グイグイ引きずるような文章の本だと思っていたからなのかもしれませんが、申し訳ないけど期待外れでした。ごめんなさい。本日の感想はここまで。

2019/08/11

「國破れてマッカーサー」を読んだ。

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『國破れてマッカーサー/西鋭夫著(中公文庫)』を読みました。というか、“読まされた”感覚があります。

用も無いのにクルマに乗ってブックオフへ。
自然と足が向いて、割とジャーナリスティックな本のあるコーナーへ。・・いつもこんなコーナーへは来ない・・。
で、視線がぐっと引きつけられてこの本のある部分へ。
600頁もある本なんて、ましてや戦争・戦後関係の本なんて読む気もしないのに、右手は誰かに掴まれてぐいっとその本を手に取らされました。
「何かあるんだろうな」と思って、仕方なくレジへ。で、この本を読むことになりました。
たぶん、私の手をつかみ、無理やりこの本を手に取らせたのは、父の兄で戦死した伯父(当然会ったこともない)だと思います。私が結婚して新居を構えたときに私の家にも深夜兵士の姿のままやって来たことがあります。

スタンフォード大学フーヴァー研究所教授の西鋭夫氏が書いた戦後日本のマッカーサーの占領政策の様子を描いたものです。
1970年代に入り、アメリカ国立公文書館で1945年度のアメリカ政府の機密文書公開の機会に著者が見たアメリカ政府の本音をまとめたもので、正に極秘の公の文書として残されていたものです。

この本によると、というかアメリカの記録によると、戦前から占領中にかけてアメリカ政府、マッカーサーのGHQは、「極悪・残酷日本人観」を創り上げていることがわかりました。
アメリカは勝つことがわかっていた戦争に日本を引き摺り込み、日本を徹底的に破壊し、力尽き果てた日本兵と一般市民を殺しまくり、勝敗のついた後でも、原子爆弾を二発も使い、さらなる大量殺戮(さつりく)を実行しています。

GHQは狂気の軍国主義日本を民主主義平和国家にすると独善的な言葉を使っていますが、すばらしい文化と長い歴史を既に持っていた日本に武力でアメリカ様式を押し付けています。その様子が克明に書かれていました。・・はっきり言って日本人のことを完全に馬鹿にしているし、「日本人の精神年齢は十二歳程度だ」というマッカーサーの言葉がそれらを語っています。日本国民に対する敬意のひとかけらもないのです。

日本という「国」が悪であるという論理、これはいまだに私達の心の奥底まで根強く入り込んでいて、もうぬぐい去ることができないようにされています。
「国民」が「国」というすり替えのようないかがわしい論理に簡単に騙されている。

「国」が悪いとする考え方は、日本国民が「国」を愛さないようにするためには巧妙で効果的な策略であったと思います。私の周りにもそんな人ばかりです。

アメリカと日本帝国が戦争をした四年間を、日本の歴史の全貌にすり替え、日本の永い歴史と文化までも全否定するアメリカのプロパガンダにまんまとはめられた・・と私も思います。
日本国民を弱くするためには、弱体化する最良の武器は「教育」であるとも言っています。
公文書にそう書かれているんですよ。そして「教育」を武器に出来上がったのが今日の日本です。

一時は日本語は全てカタカナのみで表記することとか、ローマ字表記にするとか、それ以外の文字で書かれた文書を全て過去に遡って廃棄することまで企んでいたようだし、英語を公用語にしようとまで話は行っていて、そうなったら日本が持っていた文化は全て塵芥になってしまったのですが、それは何とか死守しています。
ついでに、国民を全てキリスト教に改宗させることも真剣に政策として進められていました。なんてこったい!

日本人であることは「恥」であると刷り込まれ、「忠誠」「愛国」「恩」「義務」「責任」「道徳」「躾」というものは、凶暴な軍国主義国家を美化するものと疑われ、見事に出来上がったのが今の世の中です。

特に「国」「誇り」という考え方については、悪性のウイルス菌であると教育したっていうのは・・もう念が入っていて・・恐れ入りました。

以上が、私があまり戦争・戦後について知識不足であったがために、戦死した伯父が無理やり私の背後から手を取り読ませた本の内容でした。
日本人が記録したものではない、アメリカ人が公式に残した文書に書かれていたのです。

今後のためにと原爆を落とされた後のフィルムによる記録も接収され、膨大な長さのフィルムは何年かして戻って来たときには何百時間もあったものが数十時間にされています。
自分達が行った非道な行為の痕跡をなるべく残したくなかったのでしょう。
それらフィルムはまだ現存しているだろうか、などと思いながら広島、長崎の原爆の日を迎え、そして間もなく終戦の日になります。

 

2019/07/21

古市憲寿さんの「だから日本はズレている」を読んだ

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『だから日本はズレている/古市憲寿著(新潮新書)』という本を読みました。
この本が書かれている時期は、民主党政権が終わり、自民に戻ってきた頃、まだ「安倍一強」体制というところまで来ていない時期です。

強いリーダーはいらない、スティーブ・ジョブズを持ち上げる人は多いが日本にはそういうカリスマはいらない。

クール・ジャパンって何が言いたいんだ、憲法改正案はJ-POPの歌詞みたいだ、スマート家電なんて誰も欲しがっていない新製品だ、SNSに期待し過ぎるなオヤジ、とえらい勢いで飛ばしつつ書かれています。

次に入社式での社長挨拶について、決まり文句のように同じようなことを言っている、ノマドなんてただの脱サラだ、ってあたりで私は読んでいて疲れてきた。
だんだん“言いがかり”みたいに聞こえてきて、読んでいるのもおっくうになってきた。

で、やっぱり学歴は大切だ、となってくる。
能力は遺伝する、学歴固定社会は幸せかもしれない。
ときて、だんだん著者は最終的に何が言いたいのか、と思い始めた。

いろいろなデモとかがあったけど、結局若者には社会は変えられないとなってきて、その後は煮えたんだか煮えないんだかわからない尻すぼみ的な話の展開になり、なんだか暗い気分になってきた。

著者はだいぶ若い人のようだけど、ついこの間までと現状の日本を分析して「それはそうだろう」あるいは「そうかもしれないけど」と思える現在の日本の政治・経済・人の動きなどを提示しているが、でもだから自分はこういうことが大事であると考えるとか、これこれこんな考え方が必要ではないか、というような強い書きぶりは見受けられませんでした。
もともとそんなこと書こうとしていないよ、と言われればそれまでですが、読んでいるこちらはなんだか消化不良になりました。
自分で考えろよ、と言われたらそりゃそうかもしれませんが、すっきりしない気持ちで読み終えました。

最後の二章については読む気力も失せてしまい、私にとっては、元気のでない読書となりました。
現状分析的な視点で読むためのものなんでしょうね。でも最後まで気持ちが続かなかった。

2019/02/12

「かくて昭和史は甦る/渡辺昇一」を読んだ

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このブログで宝塚の振り返りをやっている最中ですが、読書の記録も挟み込ませていただきます。

450ページに渡る長編で、時間がかかりましたが、『かくて昭和史は甦る -教科書が教えなかった真実-/渡辺昇一著(PHP文庫)』を読みました。

この本の“キモ”は、明治以降の日本の歴史を“日本の立場”から見直しているところでした。
私も含め、敗戦後の日本で教育を受けたものは、それこそ「通り一遍」の、「戦前は暗黒の時代」で、しかも「日本という国は、日本人は、極悪だったのだ」という歴史観をさんざん植え付けられています。
そうでない人を探すのがたいへんなくらい。

この本では、日清戦争、日露戦争、日英同盟、日韓併合、満州国建国、南京大虐殺、従軍慰安婦の実態、日米開戦における日本外交の失敗などについて、明治政府の成り立ちまで遡って、当時の日本人為政者の立場に視線を置いて書かれていました。

つまり、最初に書いた“通り一遍”の戦後教育とは異なる視線でです。なぜ日本がこういう道を辿ってきたのかということが、わかりやすく書かれていました。

過去の為政者が実際に行ったことについての評価は人それぞれだと思いますが、事実として残っている(※消されていることも多いことがわかった)ことを整理し、なぜ日本がそういう方向に進んでいったのか、と考えることは、とても大切なことだと、この歳になって、この本を読んで、あらためて思いました。

つまり、今の人達(私も含め)って、今現在が正しくて、過去は悪で、悪だとしても、それら過去の歴史を丹念に調べ、研究していくことをせず、悪のひと言で葬り去っているのではないか、と思うのです。
「悪いから悪い」と、振り返りもせずに決めつけています。

そんな浅い考え方をしていると、再び未来に事が起きたときに、今現在の状態を否定して、第二次大戦後の日本人は最悪だった、それら忌まわしい過去は捨て去り、今が正しいのだから今の体制を堅持しよう・・などと、永久にこんなことの繰り返しをしていきそうです。

個々の項目について、この本を読んだ上での私の考えは書きませんが、歴史を冷静に考察し、研究することは大切なことです。戦争を再び起こさないためにも。

ぶ厚い本ですが、内容自体は読みやすく、理解しやすいものでした。
興味のある方、本屋さんで手に取ってみてください。

2018/11/30

佐々淳行さんの「後藤田正晴と十二人の総理たち」を読みました。

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『後藤田正晴と十二人の総理たち -もう鳴らない“ゴット・フォン”-/佐々淳行(文春文庫)』を読みました。

この文庫本には新たに帯が巻かれ、『追悼 佐々淳行 ミスター「危機管理」』と記されています。
亡くなった後藤田さんとの様々な仕事、思い出などを綴ったこの本の著者、佐々淳行(さっさ・あつゆき)さんも亡くなってしまいました。
テレビなどでもよくお見かけしました。歯に衣着せぬズバッとした物言いには、テレビでここまで言って大丈夫?などとも思いましたが、この本を読んで、幾多の修羅場を乗り越えてきた佐々さんだからこそなのだと感じました。
それほど佐々さんが後藤田さんからの“理不尽”?とも言える指令に全てをかけて応える姿は“壮絶”と言ってもよいものでした。

この本でも書かれているように、国家地方警察本部、警視庁(この間、東大安田講堂事件、連合赤軍あさま山荘事件において危機管理に携わる)、三重県警、防衛庁官房長、防衛施設庁長官、初代内閣安全保障室長を務め、昭和天皇大喪の礼警備にも携わり、まさに危機管理の最前線にいた人であったのです。

退官後には天下りせずに、“浪人”としてシンクタンクを創設しつつ、政府が他国と暗礁に乗り上げてしまった案件について、後藤田正晴さんからの電話“ゴット・フォン”を受け、厳しい言葉での指令・命令にもかかわらず、自費でアメリカに飛び、ワシントン(ホワイトハウスなど)でアメリカ政府の要人と談判して「落としどころ」を探り出して、見事解決策を日本に持ち帰るところなどは手に汗握るものでしたが、佐々さんの文章表現はとても“きびきび”として気っぷがよく、「読ませる」文章で、ドキュメンタリーとしても息詰まる素晴らしさがありました。
読物としても圧巻と呼べるものでした。

後藤田さんの怖いんだか、優しいんだか、厳しいんたが、愛あふれているのか、・・全部かも・・、佐々さんに対する働きかけは、それはそれは見事なものだと思いました。

後藤田さんと関わった十二人の総理達と、後藤田さんの指令で様々な進言をするくだりもリアルで、そのときの総理の態度や発言も、今読ませてもらうと、とても興味深いものがありました。
「あのとき、こんなことが官邸で話されていたのだ」と、胸に迫ってくるのです。

後藤田さんの国の危機管理に対する思いや、人柄、そしてそれを叱られながらうれしそうに拝受し、行動に移す佐々さんの様子が描かれているこの本、460頁もありましたが、ぐいぐい読み進める良い本でしたd(^_^o)

2018/11/25

万博を大阪でやるって決まって急によろこびだす人

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2025年国際博覧会の開催国に日本の大阪が選ばれたそうで、なんだかしらんが、よろこんでいる人がプラカードのようなものを掲げている場面が映し出されたり、政府、府、経済界の人もたいそうな喜びようです。

この瞬間から反対している人、していた人、決定に不満の記事は消えました。
東京オリンピック開催決定のときみたい。

政府はこの万博による経済効果を全国で約2兆円と試算しているそうで、東京オリンピック・パラリンピック後の景気浮揚策に位置付けています。
簡単にいうと、オリンピック後に経済的には大変なことになるから、これでまた繋げる・・ってことなんじゃないでしょうか。

大阪府と市は、会場となる人工島・夢洲(ゆめしま)を万博後にカジノを含む統合型リゾート(IR)の開業を目論んでいて、「ああそうかい」と思いました。
脳天気な人以外に誰が喜んでいるのか想像すると、この万博がどんなものかわかってきます。

会場建設費は約1250億円だそうです(T_T)
これを国、府・市、経済界が3分の1ずつ負担するんだそうで、またこんなことにお金を使うんかいっ!・・って思わない人もいっぱいいるんでしょうね。
このお金をどう捻出して、どう使うと、誰が儲かるのか・・って考えることも大切です。

世界のあちこちから来る人をおもてなすんだ、と張り切っている人もいるかと思いますが、これも東京オリンピックと同じく別に何か開催して来る人じゃなくても観光等で日本に来る外国の人達を皆でおもてなししてあげればいいんじゃないですか。
なぜ大金を掛けて度重なる災害に苦しむ人達を差し置いてでも大きな催しをしなければならないのか、今まで何度も書きましたが、私には理解不能です。

大阪万博のテーマは、「いのち輝く未来社会のデザイン」ということで、人工知能や仮想現実などを体験できる「最先端技術の実験場」にする・・となっていますが、これに即座に反応してわくわくするような人がいるのかなぁ。
人の感覚って鋭くて、様々な報道を見ていて私が感じるのは、「金」の大きな動きと、その裏で蠢く組織と人です。不思議とそういう感覚って侮れないのです。

1970年の大阪万博の「人類の進歩と調和」っていうテーマは、割と日本人にはわくわくするものだったのだと思います。そして、時代の空気、風が後押ししていたように思います。何かとんでもなく素晴らしい未来があるんじゃないか、見られるんじゃないか、などと多くの人が思っていたかもしれません。

でも、あの会場に今残っているのは、『太陽の塔』。
岡本太郎の、あの塔が表現していたものは、むしろそういう人類の進歩って、ここで描かれているものはそんなにいいものじゃないぞ、人類の進む道って別にあるんじゃないか、というものだったと思います。近年塔の内部展示も復活しましたが、それを見てますますそういうことが感じられ、今年、そんな内容の映画まで作られています。

皮肉なもので、人類にとって科学的な進歩が良いものだっていうことに対する一番のアンチテーゼとなった「太陽の塔」というシンボライズされたものだけがあの会場に残っている。誰も壊すことができなかった・・。
そんなことも、もう一度考えてみることが私達普通に生きている人にとって大切なことなんだとあらためて今回の報道を見て思ったのです。


【Now Playing】 浜美枝のいつかあなたと / ゲスト:阿古真理 作家・生活史研究科 ( 文化放送 )

2018/11/10

そもそもどういうことだろう、最後に誰が喜ぶのだろうと思うとわかってくるような気がする。

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出入国管理法の改正ってのがどうなるのか、ちょっと気になりました。
私のような政治などにあまり興味のない人間が気になるってことは、将来の私達の生活に、なんらかの影響が出てくるのではないかと、心の中で何かが囁くからです。

過去に小泉さんが首相のときに「労働者派遣法改正」があったかと思いますが、「構造改革」だなんて言って、竹中さんという大臣が強力に進めたこの法改正によって日本に、そして私達の生活に実際に起こったことと言えば、『貧困と格差』がそれこそ際限なく進行した・・ってことだったんじゃないでしょうか。

いつも思うのですが、自分が現行、正規社員であり、給与的にも立場的にも良いところにいる人は、うまく生きていて、深く考えない人がいるのだと思いますが、でも同じ人間で恋人や妻や、子供やその他家族がたくさんいて、毎日生活していて、今の格差がどう考えてもおかしいって感じなかったら、それは人としてどうなのかと思うのです。ようするに“人でなし”ってこと。

同じように働いているのに、ただ生活していくので手一杯!ましてや結婚して子供をもうけて、家族として生活していくことが二人で働いても苦しくてどうにもやっていけないという人が多くいるというのは、やはりおかしいことだと思います。

つまり、誰かがその「家族達」の幸せを搾取しているということです。
その誰かはごく少数な人達。
その少数な人達のために皆必死で働き、余裕なく生きて行く、そして死んでいく。

今回の出入国管理法の改正も、ああだこうだと理由をつけてはいますが、簡単にいうと、ただ「労働力」が欲しいだけだと思います。
改正でたしか外国から入ってくる労働者に二種類の区別をつけ(それをどう、だれが判断するのかもよくわからない)、そのひとつの種別では入国してくる外国の労働者は、一人働くことを求められ、家族は認めない、そして5年で帰れというものだったと思います。

入ってくる人を人として見ていないのではないかと感じました。家族もへったくれもありません、一通り働いたらとっとと帰れっ・・ってわけです。

きつい、きたないなど3Kなんて言われている仕事に日本人がなかなか就かなかったりするから、そして企業などから文句を言わない安い労働力をなんとかしてくれと言われているからそんな法律改正をしようっていうんじゃないのですか?!

つらくきつい仕事にもっと報酬を与えれば仕事をする日本人だってたくさんいるんじゃないのかな。劣悪な仕事環境と仕事量でうまいこと安く雇おうとするから人出が足りないなんてことになるんじゃないのかな。

これは、労働者派遣法改正の頃から脈々と続いている真面目にコツコツと働く人達をひどい目に遭わせている流れの一貫なんじゃないの・・などと思いました。

ひと言でいうと、「ほんの一握りの人間のために、多くの人がギリギリの状態で働く」社会を作ろうということだと思いました。
それが間違っているっていうんだったら、あなたは“一握り”の人の中に入っているんですよ。

東京でのオリンピックも誰のために何のために開かれるのだろう、と少しばかり考えてみた方がいいと思います。
今やアフリカよりも厳しいと言われている真夏の灼熱の東京で、人に厳しい環境で、さらに多額の予算を掛けて多くの物を破壊し、無用に巨大な施設を新たに作り、なぜオリンピックを東京で開催せねばならないのでしょうか。

私がいつもヒントとして考えるのは、誰がよろこんでいるのかを想像すると何かが見えてくるということです。
さあ、誰なんでしょう・・。考えてみよう・・・。

きょうはちょっと真面目になって書いてみました。

2018/10/23

古い本だが興味深かった「総理大臣という名の職業」

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『総理大臣という名の職業/神一行著(角川文庫)』を読みました。
これもまたまたブックオフで108円。

1994年12月に刊行されたものの文庫化です。
出てくる最後の総理大臣は森首相だけど、でも総理大臣という職業の人がどんな環境で、どんな人達と関わり合いになり、どんな形で仕事をしているのかというものは、現在に至っても、読んでみたかぎり、そう変化は無さそうに思いました。

ひと言でいうと、総理大臣は「孤独」な職業だな、と思いました。
それはこの本の中にも頁を割いて書かれていたけど。

ジャーナリストである著者は、国の組織に詳しく、他の著者の同様の本なども過去に読んだことがありますが、その細部に渡る組織への深い取材と分析、実際に過去に起こった事実の記述などは比べるものがないくらいにすごい!

歴代総理がどうやって組織を動かし、誰を懐刀にして突き進んで行ったのか、また、誰が総理大臣に向かう途中で墜落していったのか、どうしてそんなことになったのか、これまた詳細な書きぶりに、昔のことながらドキドキしてしまいました。

また、総理とは名ばかりの人が居る傀儡政権や、“タナボタ”で首相になってしまった総理の政権がどんなことになってしまったのか、これほど簡潔で、なおかつ詳しく書いてある本は類を見ないと思いました。

歴代の官房長官の話も、総理以上にと言ってはなんですが、面白く、興味深く読みました。
総理とは盟友、右腕、腹心となるのが官房長官ですが、特に後藤田さんについての話は、これだけで一冊の本になるくらいのものでした。

今読んでも、まったく違和感のないこの本。
総理を中心とする日本の政治の根本的な知識がしみてくるようにわかる本でした。
歴代の総理大臣を思い浮かべながら読むと、ますますいい本だと思いました。

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