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2022/10/10

「芸人/永六輔」を読みました。

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『芸人/永六輔著(岩波新書)』を読みました。
1997年発行のものです。25年前の本。で、またブックオフ。

今どきは「芸人」というと、なぜか“お笑い芸人”のことを指すようで、芸人は芸をする人だから別にお笑いに限らないはずでした。
ずっと以前は役者でも誰でも芸能にたずさわる人を「芸人」と呼んでいたものですが・・。

この本では芸人というものが昔はどういう境遇にあったか、どんな立場にあったのか、厳しいことが書かれていました。
それを読むと、小沢昭一さんの書かれた「芸人」についての著作も思い出し、現在とはまったく異なる芸人像が浮かび上がりました。
要するに、昔はけっこう蔑まれるような存在だったのだと。

うってかわって、今の若い人たちの芸人志向は、「楽して稼げる」という点に集中しているようだと永さん書かれています。
とりあえず有名になれば喰える、だったらテレビで顔を売ろうという単純な構図が出来ているというのです。

それでもって、有名になりたいという夢がかなって有名になっても支える芸は何もないという現実・・と、永さんおっしゃっていますが・・私もそう思う・・。
「何もできない芸人」という芸人が生まれつつあるというわけです。

さらに「とりあえずおもしろければいい」「とりあえず明るくて、何げなくそれを見ていられればいい」という人たちの時代になりました。

永さんは、歌、演技、コメディ、笑いなどの世界は大きな変質を遂げようとしているとおっしゃっています。25年前の話です、この本は古いんだから。

今後、ひとつの歌が、ひとつの笑いが、人生の味わいを深くしたり、感動したり、刺激されたりというかたちで、芸と芸能の世界が展開していくかどうか。
そうして、芸人がどう生きるべきなのか。

・・と、後編で三波春夫さんとの対談の中で結論を見つけようとするのですが、三波さんも今は亡くなり、対談した永さんも亡くなり、結論はどこかに行ってしまったような気がします。

 

2022/02/08

「笑伝 林家三平/神津友好」を読みました。

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『笑伝 林家三平/神津友好著(新潮文庫)』という本を読みました。
これもまた、ブックオフで購入したのですが、もともとは昭和60年に文藝春秋社から刊行されたものを平成17年に文庫化したものです。

林家三平(もちろん初代)といえば、「昭和の爆笑王」と言われることが多いわけですが、この本によると、亡くなられたのが昭和55年ですから、もう三平さんの全盛期を覚えている人も少なくなっていると思います。

私にしても、たぶんテレビに出まくりの全盛期は小学生だったと思いますので、「時は流れた」と実感します。

私が覚えている三平さんは、高座というか舞台では立っていて、うしろに絶対に笑わないアコーディオン奏者の方(この方がどういう人かということも、この本には書かれていた)がいて、歌いまくり、上手から下手まで走ったり、転んだり、そしてギャグの連発、おもしろいんだか、おもしろくないんだか考える間もなくしゃべりまくり、“ウケない”と「これはなぜ面白いかというとぉ~」ってお客さんに説明したりしていました(^^;)

昼から夜まで、テレビにも出ずっぱりで、昼の帯でワイドショー的なものにも出ていたような記憶があります。
東京タワーのサテライトスタジオから「タワーバライエティ」という番組だったような記憶が・・。たしか司会のアナウンサーは豊原ミツ子さんという方だったんじゃないかと思います。

この本は、終戦を迎え、兵士だった三平さんは復員となり、東京の瓦礫の中に自宅を探す姿から始まります。
その後の父・林家正蔵の死から、落語家としての下積みの様子、結婚、さまざまな苦労や失敗の話、噺家としての苦悩する様子、売れ出して調子にのって女に溺れたり、散財するところなど、事細かに書かれていました。

著者の神津友好さんは、以前よくお笑い番組や寄席番組などで解説している姿をお見かけした方でした。
三平さんが病に倒れた晩年に三平さんと互いに涙を流しながら復活への台本を書かれたりしていて、私も涙ながらに読みました。

この本を書くにあたっても、三平さんの奥さんの香葉子さんのもとに足繁く通い、いろいろなエピソードや事実確認もされていて、私も「こんな詳細な伝記が書けるというのはすごい仕事だ」と驚きながら読みました。

三平さんが日々新聞を何紙も取り、そして電車の中吊り広告を見たりして、一番あたらしい話題を取り上げようとしていた姿が書かれていましたが、今、こうして新しい話題を次々とギャグにして、人々をなんとか笑わせようとするお笑い芸人って、いるでしょうか。

人を笑わすのが商売なのに、コメンテーターみたいなことをやっている人、やりたがっている人が多くて、「笑わしてくれないんかい?!」と突っ込みを入れたくなるのですが、笑いのためならどんなことでもやっちゃう、そんな芸人さんはもう出ないだろうと思いつつ読了いたしました。

 

2021/10/19

「小沢昭一的 流行歌・昭和のこころ」を読みました。

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『小沢昭一的 流行歌・昭和のこころ/小沢昭一・大倉徹也(新潮文庫)』という本を読みました。
ブックオフでわずか110円で売っていたのでした。小沢さんの本も数々読んでおりましたが、初めて出会ったものでした。

あのTBSラジオの有名番組「小沢昭一的こころ」の“昭和歌謡版”的展開の本でした。
小沢さんと共に著者に名を連ねているのは、番組の台本作家をつとめていた大倉徹也氏です。

小沢さんは昭和4年生まれで、その小沢さんが少年時代に聞いていた流行歌とその歌手について書かれたもので、だから私には知らない人が多かった。
でも、あの“語り口”、あの“調子”で書かれているので面白く読めてしまうのでした。

知っていた人 藤山一郎、灰田勝彦、ディック・ミネ、美空ひばり

知らなかった人 美ち奴、楠木繁夫、松平晃、杉狂児、二村定一、小唄勝太郎、霧島昇・松原操夫妻

知っていた人も、知らなかった人も、それぞれがそれぞれの全盛期を持ち、当時の国民が皆知っていた代表曲があり、そして様々で“悲喜こもごも”な晩年がありました。

驚いたのは、「狭いながらも楽しい我が家~」で覚えていた「マイ・ブルー・ヘブン」は、エノケンが最初に歌ったのかと思っていたら、日本で昭和三・四年頃、最初に歌ったのは二村定一で、その当時かなり売れていたのだそうです。

エノケンは二村定一の全盛期に舞台を一緒にやっていて、息長く人気を保ったエノケンが後に再度歌って、またもヒットしたとのことでした。この本に書かれていなきゃ、もう誰も知らないことになってしまう、そんなことがこの本にはたくさん書かれていました。

東京音頭は小唄勝太郎、日比谷公園で「丸の内音頭」という曲を作って盆踊りをやったら人がたくさん集まり、じゃ東京全体にしたらどうだと作られた曲だという。

「有楽町で逢いましょう」やその他、“この人の歌だ”と思っていた曲が、みなこの本に登場している人達が本来飛ばしたヒット曲だったりしたのにも驚きました。

小沢さんが書く、この歌はその時代の自分にこんなふうに聞こえた、という感覚は私にも想い出の曲がありますが、なんだかわかるような気がしました。

それと、一世を風靡した歌手の人生に思いを馳せ、様々な文献をあたって書いている部分も多く、歌手という一時的には皆が知ることになるが、やがて「あの人はいまどうしているのか」みたいなことになる“特殊業務”の悲哀も“小沢節”で書かれていました。
この部分が一番私も気になるところでした。

あとは、美空ひばりの素晴らしさに強烈な肩入れをする小沢さんの姿も確認できました。
一時期、紅白からも“干され”る状況だったひばりさんをNHKのショー番組内で小沢さんの演出で復活させ、紅白にも復帰した話が書かれていました。これは「あとがき」の山川静夫さんが詳しく書いておられました。
なんというか、いろいろなものを抱え込んでいるのが歌手、それも含めてその人とその人の歌が好きになるのだという・・小沢さんらしい感覚ですが、私も共感します。

私の知っているその後の昭和の歌謡曲についてもいろいろ調べてみたくなりました。
「タブレット純」さんあたりから入っていくと、深いところに行けるかもしれない・・。
彼のラジオ番組はかなりマニアック、かつディープなので・・。

 

2021/10/17

高倉健さんの本「旅の途中で」を読みました。

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『旅の途中で/高倉健著(新潮文庫)』を読みました。
ブックオフで見つけました。

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読もうと思ったきっかけは、写真のとおり各ページの体裁というか文が次の行まで“跨がない”というちょっと変わった感じが気になったこと。
そして私が思ったのは、“健さん”のボソボソとつぶやくような話し方にこの体裁がぴったりだということ、そしてそのおかげで、とても読みやすいのです。

もともとこの本は、1996年から2000年までラジオで放送されていた番組をもとに書き下ろされたもので、“語られて”いたものだから、こういう“つくり”は“しっくり”ときたのだと思います。

この本で健さんが度々おっしゃっているのは、人間にとって寂しいことというのは、何を見ても、何を食べても、何の感動もしないことだということでした。
感動しなくなったら、それはいかんと。

人にとっての贅沢なことって、心がふるえるような感動だとおっしゃっていて、一週間に一回でもいいから「心が感じ」て「動ける」ことに出会いたいというのです。

付け加えて、今の世の中で、上記のような感動に出会えることは幸せなことだと。

高倉健さんのエピソードって、いろいろな人が様々語られていて、「鋼の意志を持つ人」「男の中の男」、「やさしくて、きびしくて、こころづかいのできる人」などなど私の耳にもテレビ、ラジオ、その他のメディアで伝わって来ていますが、この本で自ら語る「高倉健」さんは、面倒くさがり屋で、怖がりで、いい加減な部分があります。

でも、そんなことでいいのかと“生真面目”に自分と向き合っています。
そこから自分の行動を律していき、我々が見聞きしている「高倉健さん」が現われるのでした。

結局「健さん」は、やはり我々の思っている「健さん」なのです。

この本の最後に、「生き仏 大阿闍梨(あじゃり)様」と呼ばれている方を訪ね、比叡山横川離れ谷の飯室谷不動尊の庫裏に健さんが出かけるのですが、そのときの健さんの“自分は俗物で何か仕事を成し終えると“ご褒美”みたいなものが欲しいが、阿闍梨様はそんなことはないのか、などと健さんが“小さな一般人”と化して質問したりしていて、それもなんだか微笑ましく感じました。

健さんのように“自分に素直になれる本”だと思いつつ、読了いたしました。

 

2021/09/28

「小林信彦 萩本欽一 ふたりの笑タイム -名喜劇人たちの横顔・素顔・舞台裏-」を読みました。

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『小林信彦 萩本欽一 ふたりの笑タイム -名喜劇人たちの横顔・素顔・舞台裏-/小林信彦・萩本欽一(集英社文庫)』を読みました。

けっこう読み応えというか、対談形式なので聞き応えがあるという感じでした。
小林信彦さんは、雑誌編集長から作家、コラムニストとなり活躍。喜劇関係のテレビ番組や喜劇人にも多く関わってこられた方です。

萩本欽一さんは、言わずと知れた「コント55号」での爆発的な人気から、その後多くの高視聴率テレビ番組を作られた人、“欽ちゃん”です。

対談は、コント55号が日劇に出ていた頃の、小林さんが一番面白がっていた時期のエピソードなどから始まりました。
私は、もちろんテレビ番組に出始めた頃の55号しか知らないわけですが、それでも爆発的な人気と炸裂するギャグは今でも強く印象に残っています。

この本を読んでいると、欽ちゃんは“真面目”で“勉強家”で“どん欲”です。
対談相手の小林信彦さんのところにも、人気テレビ番組を作っている現場が見たくて、製作関係者が集まっている場所にお願いして、その“作り方”を熱心に観察している姿が書かれていました。

アメリカのショーが面白いと聞けば、ブロードウェイに飛び、舞台上の全てを吸収しようとします。そして向こうのテレビ番組がどういう構成なのかも参考にしています。
この本に書かれていませんでしたが、ピンマイクを作らせ、初めて日本で使ったのは、たしか欽ちゃんではなかったかと思います。
舞台、テレビ番組を面白くするためには、どんどん試行錯誤を繰り返す、その姿勢があの隆盛をもたらしたのではないかと思いました。

エノケン、ロッパ、ターキー、渥美清、森繁久弥、由利徹、東八郎(トリオ・スカイライン)、てんぷくトリオ、トリオ・ザ・パンチらの話題も盛りだくさんで出て来ました。

私のまったく知らなかった話ばかりだし、浅草から出て来た芸人達のその時の様子や、どな人だったのか、また欽ちゃんが直接かかわった人達と、どう接していたのか、また、小林氏が見た昭和の喜劇についての話は聞き処がいっぱいでした。

この本も、あっという間に読み終えました。
欽ちゃんの「笑い」や「舞台」に対する真剣な取り組み、「先輩達から学ぼうとする気持ち」がヒシヒシと伝わってくる本でした。

 

2021/09/15

「にんげん住所録/高峰秀子」を読みました。

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『にんげん住所録/高峰秀子著(文春文庫)』を読みました。
大正13年生まれの著者・高峰さんは、平成22年に亡くなられています。

この文庫に収められている文は、平成10年から平成11年にかけてオール読物や週刊文春などに書かれたもので、単行本としては平成14年に刊行されています。

自らの生い立ちを書き、養母に育てられ、自分が女優として売れてからは養母はステージママと化し、子供として遊ぶことも、学校で勉強することも、本を読むことも「お金さえあればそんなものいらない」と取り上げられてしまった時代の話を読むと、なんだかとても気の毒でした。駄菓子屋でたむろす同じ年頃の子供達を見て、“一緒に遊びたい”と、じっと見ていたら、養母はその子供達を蹴散らし、店のお菓子をたくさん買い占め、自宅に戻ってから部屋にざっとまいて、「さあ好きなだけ」という感じでされたことも書かれていて、哀しい情景でした。

また、北野武氏と氏の母親との関係は自分とは正反対のものであろう、と北野氏の書いた本から抜粋した文も載せられていましたが、北野氏のお母さんが、さんざん憎まれ口をきいていたのに、最後に北野氏をどんなに思っていたかがわかる部分になると泣いてしまいます。
自分と養母の関係があまりにも殺伐としていたことが逆に涙を誘ったのでしょう。私も哀しくなりました。

ほかにも佐藤栄作首相の夫人、寛子さんとの遠慮会釈のない付き合いも書かれていて、これはほんとうにテンポもよく、愉快なお話になっていました。

子供の頃に、あの歌手の淡谷のり子さんと映画館の“どさ回り”をしていたことも書かれていて、淡谷さんの気取らない、あっけらかんとして、でもステージに立つとスターになってしまう姿も臨場感あふれ、見事な筆致で書かれていました。

この本は、様々な人との出会いや、不思議な出来事、愉快な話、美味しい食べ物についてなど、実に軽快に書かれていて、高峰さんは、まさに自然体な人だと感じました。
気取っているところもないし、妙にへりくだるようなところもない。
人生、ありのままの姿で歩まれた様子は、一人の人間として見習いたいくらいでした。
文章もめちゃめちゃ上手い!

まだ高峰さんが書かれた本はたくさんあるのではないかと思いますので、また書店、古書店などで見かけたら手に入れて読んでみたいと思います。

 

2021/04/09

三國連太郎さんの対談本、奥が深過ぎて、少しだけ潜って帰って来ました。

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『「芸能と差別」の深層/三國連太郎・沖浦和光〔対談〕(ちくま文庫)』を読みました。
1999年に解放出版社から刊行された上・下巻本を合本し、改題のうえ2005年に文庫化されたものです。
ブックオフにて安価購入。

俳優の三國連太郎さんと、比較文化論・社会思想史が専門の沖浦和光さんの対談本ですが、内容は表題どおり奥深く、俳優・・芸能・・わざおぎ・・シャーマンとさかのぼって行き、芸能の原始とシャーマニズムにまで話は進み、それは「芸能」と「差別」の関係へと発展していくのです。

私も最初のうちはなんとか付いていったのですが、歴史的なことや、宗教、過去からの芸能の変遷など、まるで勉強不足で途中から置いてけぼりになりました…σ(^_^;)

「芸能」はもともと「芸態」であって、国家組織ができる以前から芸態者の団体があったとのことで、その歴史をつぶさに調べると、日本の奴隷階級の起源と変遷がよくわかる・・ということにまで話が及びます。

芸能の起源は、呪術師であるシャーマンの所作にある、と、沖浦氏。
俳優は「わざおぎ」と読み、「俳」は「遊戯」すること。
「優」は神事に発した「遊楽」を指し、のちに演技する者を意味するようになったそうです。
・・なんとなく、聞いたことはある・・。

新春の祝福芸・萬歳から万才への変遷なども書かれていて、今現在の万才を見聞きしている身からすると、とても興味深い。

また神社の祭礼には必ず大道芸人や門付芸人の姿をかつては見かけたが、そこから香具師(やし)と的屋(てきや)にも話が及んで来ます。

第二次大戦前夜に発表された永井荷風の『墨東綺譚』に浅草を中心とする芸能とそれにまつわる様々なことが書かれていて、とても貴重だということにもふれていました。
『墨東綺譚』、もう一度読んでみようかと思いました。

途中で付いていくことが出来なくなったこの本ですが、三國さんの「芸能」「俳優」というものに対する眼差し、考え方に接し、そこまで突き詰めて生きているのか、演技をしているのか、とあらためて感じることの多い本でした。

文中に異なる視点から同様のことを研究していた小沢昭一さんについても書かれていましたが、小沢さんの関連本も何冊か持っているので、この本と比較しつつ、もう一度読んでみる価値がありそうだ、と思ったところで、今日の感想はおしまい。

 

2021/03/11

「文字通り激震が走りました/能町みね子」を読みました。

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『文字通り激震が走りました/能町みね子著(文春文庫)』という本を読みました。
能町さんが、世の中で起こる“能町アンテナ”に引っかかるような出来事を取り上げ、能町さん流に料理してくれる、というような内容になっておりました。

能町さんが社会的な事件、あるいは芸能関係の人達が巻き起こす事象を語ると面白いことは、毎週土曜日のTBSラジオ「ナイツのチャキチャキ大放送」の中で、“常連さんに聞いてみよう”コーナーでよく存知上げていますが、こうして文になり、本になった能町さんの鋭い“突っ込み”も、なかなかに味わいがあります。

上西小百合議員、加藤紗里、坂口杏里、貴乃花、西野亮廣など、ふだん私が見向きもしない人達への観察も、身を乗り出すくらい面白い。
特にそれぞれの人達が書いているブログについて、実に鋭い考察?!がなされていて、「そういう“面白がり方”があったのか」というのが私の素直な感想でした。

それと共に、気づかせてもらったのが、「。」にすべきところが何度も「、」になっているなど、句読点の乱れはSNSに慣れない年配の人、または若くても精神状態が不安定な人に、非常によく見られる傾向だ、という発言には、『ハッ』としました。
たしかにそういうことは言えるぞ、と思いました。
そして、ツイッターなどの発言数が月に何千件などということになるのも、精神不安定の要素のひとつだなと思いました。
ブログやツイッターから、その人の精神状態が読み取れると、今までとちがって、SNSの見方が変わってくるぞ、とあらためて思いました。

もうひとつ、本人ブログやFAXなどの文章で芸能人が発表・報告するときのテンプレートがある、というか、使う人のパターンについても書かれていて、なるほどと思いました。

「かねてよりお付き合い」「新しい命を授かって」「温かく見守っていただけると嬉しいです」などがテンプレートにある主な表現方法。
「かねてよりお付き合い」なんて、芸能人以外では、たしかに使っている人なんていませんね。
逆に、上記の表現を使わずに報告・発表などをする芸能人は、本音の発言をしたり、その人らしさが出ていたりします。

ということで、特にツイッターについては、“ゴミの山”と片づけ、あまりに注視していなかった私にとっては新鮮な気付きがありました。

さらに能町さんのラジオでの発言や、文章などに注目してきたいと思いました。

 

2020/12/09

武田鉄矢さんのラジオ番組を書籍化した「人生の教養を高める読書法」を読んだ。

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『人生の教養を高める読書法/武田鉄矢著(プレジデント社)』という本を読みました。
これは、ラジオ・文化放送の朝の番組「武田鉄矢・今朝の三枚おろし」で武田さんがその都度読んだ本から得たことを紹介するというものを書籍化したものです。

この番組はかなりの長寿番組ですが、私も今までの職場でクルマ通勤だった時、しかも時間帯が合う時に聞いてきた番組です。
現在の通勤時間帯にも合うので、ここ一年とちょっと、ほぼ毎朝聞いております。

武田さんが“三枚におろす”様々な本は、様々なジャンルのもので、今まで聞いたこともないような話、考え方に出くわすことも多いのです。

「植物は〈未来〉を知っている/ステファノ・マンクーゾ」の紹介では、唐辛子が辛いのは、人間の脳内に脳内麻薬と言われるものを分泌させて、言わば人間を“支配”して自らの種を人間に栽培させ、生き延びているんじゃないか・・、みたいなことを書かれています。

その場を動かず環境に適応して、順応していく“植物的”な生き方が人間にはひょっとして合っているのかも、という話にも発展していきます。
コロナ過の今、そういう考え方も大事なのかも、と思いました。

また「AIが神になる日/松本徹三」の紹介のときに、AIに様々な課題を検討させたりしているうちに、命令した人間が指示もしていないのに、AIが別のAIにコンタクトを取り、会話を始めたという話が書かれていました。
しかも、途中から人間にはわからない言語で一対一で会話をしだして、怖くなった人間側が一台を壊してそれを止めたという事例があるというのです。

ほんとか?と思いましたが、あり得る話でもあると思いました。

古くは星新一の「声の網」というSF小説で子供の頃に読んだことのある現象です。
また古い映画ですが、「ウォー・ゲーム」というアメリカの映画でも、戦争用のコンピュータが勝手に世界大戦を始めてしまうというのもありました。
それが現実化されてしまうのか、などと興味深く話を聞くことになりました。

最後に、ツイッターその他、いろいろなところでそんな武田さんのことを悪く言う人がいて、それが最近目につくのですが、ひとりの人間がただ自分が読んだ本から感じたことをラジオで話しただけで、ひどい言葉を浴びせている芸能関係の人もいて、「だったら、直接本人に言えよ」と思いました。
SNSで遠くから罵声を浴びせるのは失礼で卑怯だと思いました。・・と、最後に付け加えておきます。

 

2020/06/13

芸能人のスキャンダルなんか、もう取り上げるな

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また芸能人のスキャンダルの話題が出て、世の中ウイルス感染拡大の影響で大変なことになっているのに、テレビやラジオでうれしそうに報道しています。

私、テレビはほぼ見ないので、そちらの状況はわかりませんが、ラジオでも「口にするのも穢らわしい」と言っていたので、きっとそういうことをしていたのでしょう。
そこからは、この件について報道が始まったらスイッチを切ってしまうことにしました。
ネットに載っていたら、別のページにすぐ飛ぶことにしました。
もう見たくもないから。

携帯のニュースみたいなものに、「活動自粛に入ります」と、わけのわからない事前対策的な行動を見ましたが、そういうことだったのか、準備が良すぎて逆にいやな印象を強めているな、とも思いました。

うれしそうに報道する人、そんなことするから本人は自分が“大物”なんじゃないかと、ますます勘違いするんじゃないかと思いますよ。

一切何の報道もせず、まったくふれないということが本人にとって一番きついことになるのにねぇ。
そうすれば、もう復帰しようなんて気持ちも消えて、二度と見ないで済みますよ。

こんなどうでもいいことを微に入り細に入り調べて報道するなら、ウイルス感染拡大に伴う給付金の実態がどうなっているかくらいもっと報道したらいいんじゃないでしょうか。

あやしい契約、もっとがんがん突っ込んでくださいな。

それにマイナンバーカードを利用すると、10万円の給付申請が簡単にできるなどと政府が言ったことがまったくの絵空事だったことについても、もう一度検証して伝えてくれた方がありがたいです。

わずか15パーセント程度しか保有されていないカードで、しかもさらにその内の数パーセントの人が暗証番号がわからず再設定に役所を訪れただけでシステムがダウンしてしまうようなお粗末システムだということもしっかり報道した方がいい。

だって、これにまた銀行口座を紐付けするなんて言ってますよ、あなた!
さらにさらに健康保険証代わりにするなんて言って多くの人にカードを作らせようとしている。
ただでさえ動かない、能力不足、容量不足、通信速度不足なしろもの。
保有者を増やし、接続システムを増やしたら、システム起動したたげでダウンしますよ(^_^;)・・ポンコツシステムなんだから。
システム基盤を理念もしっかりしたものにしてから再整備し、それからの話だと思いますよ、素人の目から見ても。

先にカード保有者を増やそうとする、その根性がいかんと思う。
カードをつくると便利なことがいっぱい!と、制度が始まったときに言っていたのに、「私はこんなに便利になりました、ああ幸せ」なんて人が一人もいないから誰もカードを作らないんだよ、そんな簡単なことがわからない議員と国の役人。
ひと言でいうと、「便利にしてから勧誘しろ」ってことです。

疲れがたまって、怒りもたまってしまったようです。
今回はこれにて終了。

 

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