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2022/10/17

「天才アラーキー写真ノ方法」を読みました。

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『天才アラーキー写真ノ方法/荒木経惟著(集英社新書)』という本を読みました。
これもブックオフで100円にて入手。

20年も前の本で、荒木さんは還暦を迎えた頃です。
とっても元気でバイタリティーあふれる様子が本いっぱいに広がっていました。

なんというかアドリブで、写真について、自分の撮り方について、そして撮っているときの周囲の人たちの様子、さらにスタッフとのやり取り、時代によってその時々のカメラの選択や整理の方法などを語ったものを文書化したという感じでした。

ほとんど酔っ払っているようであるが、でも被写体と向き合うときにはすごい勢いで迫っていくし、独特の感性が突っ走る感じがわかりました。

使用しているカメラの詳細については、専門家ではないので私にはよくわからないのですが、うまく使い分け、そのときのフィーリングを大事にしていること、カメラの特徴をどう捉えているのかということも書かれていました。

それに、ロケに出掛けるときには、かなり全体の量を減らしてコンパクトにしていることもわかり、実際に屋外などで撮るときには、カメラ一台のみで対峙し、バッグなどは持たず、身軽にして相手に威圧感を与えないような配慮をしていることもわかりました。

私のようなただの写真好きにとってもヒントになる部分が所々に有り、これからカメラを手に出掛けるときの参考にしようと思いました。

 

2022/09/17

中島誠之助さんの「骨董掘り出し人生」を読みました。

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『骨董掘り出し人生/中島誠之助著(朝日新書)』を読みました。
2007年発行となっていますので、かれこれ15年前の本です。
著者は、あの「なんでも鑑定団」の焼物を主に鑑定していたあの中島誠之助先生です。

このあいだ、伊集院静さんの本をこのブログでご紹介したときに、そこに掲載されていた短編小説二篇「少年譜 笛の音」、「親方と神様」の感想を書きましたが、中島さんの生涯は、まさに上記二篇の小説のような、幼少期から少年期の両親を失い、養子として伯父や伯母などに育てられるも、戦争の惨禍から大変な苦労をする話が書かれていました。

骨董という道に入る前の学生時代の様々なことへの挑戦と、実際に仕事をするようになってからの挫折や、その中で手を差し伸べてくれた今となっては驚きの有名人達の話、まるで小説を読んでいるかのような数奇で、波乱にとんだ人生が描かれていました。

前回の伊集院さんの小説といい、今回の中島さんの自伝的なお話も、私の今後の生き方にとって大きなものを得たように思います。

世の中は自分の思うようには出来ておらず、次から次へと困難に見舞われ、あたたかく手を差し伸べてくれる人もいれば、多くは悪い人がいて様々な苦境に陥れられ、自らの信ずるところに向かってひたすら信念を通して生きていくことがいかに大変なことか・・ということがこの中島さんの実体験的自伝をとおして描かれていました。

中島先生には、二十年も前だったでしょうか、私の職場が企画した「出張・なんでも鑑定団」においでいただき、私と妻の新婚時代に買ったお宝「野々村仁清の香盒」を鑑定していただき、見事8千円の鑑定をいただき、妻は泣き出し、そのおかけでMVPをいただいてしまい、石坂浩二さんの絵を賞品として受け取るという、悲しいんだか、嬉しいんだかわからない結果になったことがありました。

事前に、先生方との握手やサインは出場者は「厳禁」との説明を受けていましたが、泣き出した妻を見て、あとで中島先生ファンだった妻は握手をしていただき、持参した中島先生のご著書二冊に丁寧なサインまでいただいてしまいました。

今となっては、たいへんいい思い出です。
それに、京都のみやげ物という鑑定をいただいた香盒は、逆に私達夫婦の“お宝”になりました(*^_^*)

この中島先生の「骨董掘り出し人生」は、自分を勇気づけるために、今後も読み返すことになると思います。

 

2022/09/10

「森村誠一の写真俳句のすすめ」という本を読んだ。

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『森村誠一の写真俳句のすすめ/森村誠一著(株式会社スパイス)』という本を読みました。
これもブックオフで見つけました。2005年発行のものです。

この本はようするに、森村さんが俳句を詠むことに目覚め、それも自ら外に出て歩きながら、しかも写真を撮りながら俳句をひねるという手法がとてもいいんじゃないかということに気づいた、ということを書かれています。

この写真を撮りながら、というのに私がピピンと感じるものがあったので、思わず手に取ったわけです。

テレビ番組の「プレバト」などでも、俳句のコーナーで毎回お題を出すときに画面には写真が一枚出て、それでイメージをふくらませるというようなことをやっています。
これは見ている私達にもわかりやすいな、と思っていました。

それを森村さんは積極的に写真と自らの俳句を同時に表現するという手法に出ていて、読めば読むほど俳句が引き立っているように感じました。

実際に森村さんの作品をこの本で見ていると、写真が同時に掲載されることによって、俳句に詠まれた世界がよりイメージしやすくなっていました。
写真が俳句を、俳句が写真を互いに補完し合っているような感じで、私も句集などを何冊か持っていますが、その文字だけの世界とは異なる、新しい俳句の存在の仕方を感じました。

それに、句をつくっている側も様々なところを歩いたり、いろいろなシーンに遭遇したりする楽しさ、ハプニング的なものも楽しめるのではないかと思いました。
さらに、写真を撮るということ自体にも俳句と同時に楽しめる要素があって、なんだか私もやりたくなってきた…σ(^_^;)

これから俳句をやってみようか、などという人には、ひとつのやり方かもしれないと思います。
俳句と写真、同時進行でやってみては、という本でした。

 

2022/08/01

寺島靖国さんの「My Room My Audio -十人十色オーディオ部屋探訪-」を読みました。

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『MY ROOM MY AUDIO -十人十色オーディオ部屋探訪-/寺島靖国著(DU BOOKS)』を読みました。珍しく新刊ですっ!(^^;)

元ジャズ喫茶「メグ」の店主、そしてジャズ評論家、文筆家、ジャズ・レーベルの主宰者など多彩な活動をされている、そして常に辛口で喧嘩っ早いことで有名な寺島靖国さんの新刊ということで、早速手に入れましたよd( ̄  ̄)

寺島先生は1938年生まれ、いやもうそのバイタリティーには驚くばかりです。
「あなたの部屋で、聴かせてください」とサブタイトルに書かれています。それも67人もの部屋を訪ねるというのです。
そのうち30件くらいは喧嘩になるのか・・と思いつつ、この本を読み始めましたが、ほとんどそのようなことはなく(^_^)なんとか“穏便”にオーディオ訪問を済まされたようで、何よりでした。

訪ねた家々の主は、ミュージシャン、会社役員、会社員、医師、オーディオ店の方、ジャズ喫茶・ライブハウス店主、哲学者、大学教授、シンガー、オーディオメーカーの方などなどです。
それが、どの人もどの人も、お一人の話題だけで一冊の本が書けるくらいのオーディオ・システムを構築し、“一家言”を持ち、人生のエピソードも豊富な人達ばかりd(^_^o)
10人目を超えたあたりから“湯あたり”ならぬ“オーディオあたり”みたいな症状が私を襲いました…σ(^_^;)

世の中には人生そのものをオーディオと心中するように過してしまうなんて、そんな怖ろしいマニアなお歴々がいらっしゃるのだ、とあらためて感心いたしました。
そういう人達の「音」、ぜひ一度は聞いてみたいです(*^^*)・・ちょっとこわいけど。

建物の中にオーディオ用の部屋が四部屋有り、それぞれの部屋に“弩級”の全く異なるシステムが組まれているという方がいました。

わざわざ自宅とは別に土地を購入し、家を建て、その建物はオーディオを楽しむだけのもの・・( ̄O ̄;)っていう猛者もいました。

かと思うと、スピーカーはビンテージのタンノイを使い、あとは現代の新しくてコンパクトなシステムで駆動し、ネットワーク・オーディオで軽やかに音楽を聞いているサウンドクリエイト店長の竹田響子さんのような方もいて、まさに多種多彩な方々のオンパレードでした。

私には到底わからないのは、寺島さんからの訪問先での“おきまり”の質問。

『あなたはオーディオと音楽のどちらがエラいと思いますか?』

というものです。私が理解できないと書いたのは、音楽を聞こうと思わなければオーディオ機器は使わないだろうから、当然「音楽」と答えるとかと思うと・・そうではない人がいるわけですよ。

ついでに言うと、私は「楽曲」を聞くためにオーディオを使っているだけで、“いい音”が出れば、それに越したことはないとは思いますが、どのような楽曲なのかわかれば、極端にいうと、安いポータブル・ラジオのAM放送で聞く音でもいいのです。
ひとつの楽曲から受ける感動というか、インパクトはそれでも十分可能だと、経験上思います。

また、寺島さんが訪問していろいろな人のシステムの音を聞いているときに、トランペットやテナー・サックス、ベースが一直線上に並んでしまっている、とか、それぞれの楽器がステージ上で前方、中程、後方などと立体的に聞こえる・・というようなお話をされているのですが、これって元々のレコードやCDに入っている音源のミックスによって大きく左右されるもので、オーディオの方が主導で左右しているものではないと思ったのです。
そこらへんが、わずか三枚程度のアルバムから曲を数曲聞いただけでわかるのかな?と。

それから、寺島さんもそうですが、他の訪ねた方の中にも“特定の楽器”の音をより良く聞くためにシステムを構築、チューニングしているという話も、わかるようでわからなかったことです。

例えば、私なら、自分がドラムを叩くので、ドラムのハイハットやスネアの音中心にドラムメインでオーディオシステムを組むなんて考えられません。
そしたら他の楽器とのバランスがくずれて、楽曲全体のサウンドがおかしくなってしまうと思うのですが、「オーディオがいちばんエラい」派の人には、そんなことチャンチャラおかしいのでしょうか。

・・などと書いていると、寺島さんに“乗り込まれ”、ギタンギタンにされるといけないので、このへんできょうはやめておきます(^^;)

とにかく、読んでいるだけで“ごはん三杯”はいける!というオーディオの本、じっくり、たっぷり味わいました。“内容充実”の本でした。

 

2022/05/06

あまり気にしていなかった「サブスクリプション(※サブスク)」について考えてみた。

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数年前から俗に言う“サブスク”という言葉が飛び交っていました。
“世捨て人”とよく人から言われる私は(^_^;)「あまり気にせんとこ」ということで、なんで世間がサブスク、サブスクっていうのか調べもしておりませんでした。

最初に意識したのは、よく行く珈琲店の音楽について、マスターが「Spotify」を導入するという話を聞いたときと、知り合いがよくいくライブハウス兼レストランに連れて行ってもらった時に、そこのマスターも「Spotify」を入れている・・という話を聞いた時です。

お二人から話しを聞くと、一定額のお金を毎月払うと、その額によって様々な音楽の配信を受けることができるらしい、しかも色々検索も出来て、ものすごい数の楽曲をいつでも聞くことができる・・ということでした。
金に“糸目”をつけなければ、かなりの高音質で楽しめる、ということも小耳に挟みました(*^_^*)

で、私は今年に入り、自分がUSEN放送を入れていて、これはある意味サブスクの先駆けじゃないか、それなのに、最近の放送内容は弱体化の一途をたどり、音質まで落としていることに気づいたわけです。

更新時期がやって来たので、USENに電話して、「この“ていたらく”は何だっ!もうやめちゃう!!」と言ってみたら、なんだ Spotify みたいなことやってるって言うじゃないですかd( ̄  ̄)

んでもって、今までのものより安いっ!(T_T)・・早く言ってよ。

というわけで、それを導入しました。もう部屋の中でも、散歩中でも、クルマの中でも、ありとあらゆる曲が(さすがUSENというくらい)聞けるし、おもしろいチャンネルもたくさん!
『ちょいワルおやじはコレを聴く!』というチャンネルまであった( ̄O ̄;)・・聞けば、なるほどと納得のいく曲が掛かっている(*^^*)

懐かしい歌謡曲や、60年代、70年代の洋楽ヒット曲などもチャンネル豊富、私の好きなジャズについても、モダン・ジャズからブルーノート・レーベルだけとか、男女別のボーカルチャンネル、さらにアーティスト別のチャンネルまであるd(^_^o)

でね、これが映画だとか様々なジャンルの“サブスク”が世の中にあり、食べ物やお酒、衣類や家具とかいっぱいあるわけです。
個々の契約は少額でも、あれこれやっていると一ヶ月にサブスク“ウン万円”となり、やべっ、やめようと思うとやめ方についてはほとんどアナウンスされていないし、電話などの受け付けも無い・・というこうになり、ああ・・サブスク地獄ということになりかねない (・_・;

調子に乗って、あれこれサブスクをやっている人、サブスクだとさえ思っておらず、“謎の”支払を続けている人、気をつけた方がいいと思います。・・私も気をつけます。

 

2022/03/11

中1の時の担任の先生が書いた「短歌入門 -実作ポイント助言-」を読んでみた。

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『短歌入門 -実作ポイント助言-/秋葉四郎著(飯塚書店)』を読みました。
これは、私が中1の時、担任で国語の先生だった秋葉四郎先生が書かれたものです。

何度かこのブログ内で書きましたが、この正月に古書店で手に入れた「房総のうたびと」という千葉の短歌作家の紹介・研究本のようなものを見ていたら、その中に私の中学時代の先生の名があったのです。

そして、先生の住所を教えてもらい、先生が高名な歌人であることを知り、その作品にもふれ、うれしくなったと手紙を送ったのです。

そうしたら、先生(現在85歳)からお返事と、先生の歌集、そして今回ご紹介する「短歌入門」が届いたのです。うれしかった!!

この本は、先生が75歳の時に発刊されていますが、読んで見ると、実に若々しい文章で、ますますうれしくなりました(*^^*)

そして短歌を詠むことの喜びにあふれ、いつも歌を詠むことが頭にある・・とおっしゃっています。

先生の歌は、奇をてらったようなものは無く、実に自然体だし、逆にそのことによって感動が増しているように感じました。

私が今まで短歌にふれることがなかったので、珍しいかどうかはわかりませんが、様々な方の歌に対して、先生の添削例がたくさん載っていました。
これが、どれも適切で、「なるほどなぁ」とうなずくばかり…σ(^_^;)
中1の時に、先生から短歌を教わりたかったなぁ・・と思いました。
きっと中学生の短歌、おもしろいものがいっぱいになったに違いありませんd(^_^o)

今のところ、まだこの本や、先生の歌集の短歌を味わってばかりですが、先生からのお手紙に「ぜひ、短歌をやってください」と書かれていたので、今後チャレンジするかもしれません!

 

2022/01/06

CDジャーナルのムック本「台湾人ジャーナリストが見たニッポンのジャズ喫茶」を読みました。

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『台湾人ジャーナリストが見たニッポンのジャズ喫茶/周靖庭[写真・文]高智範[訳]((株)シーディージャーナル)』という本を読みました。

元々は、台湾人ジャーナリストである著者が台湾の人達に日本の「ジャズ喫茶」という独自の文化的な存在を紹介する本として出されたもので、それを日本語に訳してCDジャーナル社から“ムック”として出版されたものです。

著者は本来クラッシック・ファンとのことで、台湾大学音楽研究所を卒業され、現在はフリーランサー。オーディオ誌のコラムニストのほか、音楽サイトの編集協力などをされ、さらに音楽鑑賞講座の講師などもされているとのこと。

そして焼き肉好きで、合羽橋好き、中古CDも好きだそう・・。

でもって、この本ではジャズの魅力に深く“ハマって”いるわけです。ジャズを良い音で聞かせるジャズ喫茶という日本独自の存在が周氏にとって、よりジャズにどっぷりと浸かるきっかけとなったようです。

著者は、日本中のジャズ喫茶をめぐっていますが、それぞれの喫茶店と、そこに設えられているオーディオ・システムについても丁寧に写真を撮り、マスターと中身の濃い話をしながら“各種各様”なジャズ喫茶のたたずまい、そこで鳴っている音、マスターの考え方などを実に詳細に、またやさしい眼差しで文にされています。

日本人でもこんなしっかりした内容のジャズ喫茶本が書けるだろうか、という充実ぶりです。

読んで見て、これは「歴史的資料」としても価値のある本に仕上がっていると思いました。

ジャズ喫茶は、ジャズという音楽の“図書館”的な存在でもあり、どのマスターも「まずは実際に来て聞いてみてほしい。聞けばその魅力に気づくのだ。」ということを言っていて、多くのジャズ喫茶が大音量、あるいはとても良い音でジャズを紹介し、今どきのイヤフォンやヘッドフォン、小型のブルートゥース・スピーカーのみで音楽を聞いている人には驚きの経験をさせてくれる場所であることを愛情あふれる形で文章にされています。

「いーぐる」や、「ジニアス」、「映画館」「ちぐさ」「ジャズ・オリンパス」など名だたるジャズ喫茶が掲載されています。そして当然出てくる岩手一関の「ベイシー」。

果たしてこのジャズ喫茶という文化は今後も継承されていくのだろうか、と不安にもなるのですが、日々ジャズを聞き、今でも新たな発見をしている私としては、何が何でもジャズ喫茶という存在が継続されていくことを望みます。
この本を読んで、また強くそう思ったのでした。

 

2022/01/05

今、珈琲を淹れるのが楽しくなってきたところです。

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最初の写真は、「ダイソー(百均)」で売っている耐熱ガラス・珈琲カップです。
よく珈琲関係のYouTube を見るのですが、「Metel 珈琲」チャンネルの、めぐさんという方が紹介していたもので、税込み110円!
ガラスなので、自分で淹れた珈琲の“色”が確認できて重宝しています。家族に出す前にこれで色を見ながらちょっと味見します。
小ぶりで、角張った“持ち手”も使いやすいd(^_^o)
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続いて上記の100円カップを買ったときに見つけた500円カップ(^-^)/☆
これは二重ガラスになっていて、保温性がよく、見た目もよくてついでに買っちゃいました。口が広く、珈琲の香りをよく感じることができます。
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次は何十年も前から使っている「カリタ」の陶器ドリッパーです。穴は三つのオーソドックスなタイプ。
台形の紙フィルターを使い、私のような素人でも、どんな豆でも、失敗なく淹れることができる“信頼”と“実績”のドリッパーです。
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次は同じ「カリタ」のウェーブ・ドリッパー。
フィルターも“ひだひだ”のついたウェーブ・フィルターを使います。
私が使った感じだと、中煎りから浅煎りくらいの豆で、豆独自の特徴があるものに適しているように思いました。
ずっしりとは入らないが、豆の特徴を際立たせ、軽くても“パンチ”のある珈琲が味わえる気がします。
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次は「オリガミ」のドリッパー。美濃焼で、十数種の色もあり、形も華やかで、淹れていて楽しいドリッパーです。私のは“マット・ピンク”。
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しかも、フィルターは前記のウェーブ・フィルターも使えるし、今流行りの「円錐形」のものも使えるという“二刀流”です。
これがまた強みになっていて、二種類の淹れ方ができるので、“下手”な私でも、これがあるとけっこう心強くなります(゚ー゚*)。oO
ウェーブ・ドリッパー同様、豆の特徴をよく出してくれて、しかもウェーブ・フィルターを使ったときには、まろやかでやさしい感じの珈琲になるように思います。
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次は、「円錐形」のフィルターと言えば、この「ハリオ」のドリッパー「V60」で淹れている人が現在は圧倒的多数だと思います。
とても人気があるし、YouTube などで珈琲関係の動画を見ていても、ほとんどの人が使っている。

でも、私が使ってみての感想は、“とても難しい”ドリッパーです。
お湯の注ぎ方、湯温、時間など、それぞれの豆に合わせて変化させないとうまく出せない。
豆ごとに、試行錯誤を繰り返さないと、美味しい珈琲を淹れることはできないように感じます。うまくいけば、とても美味しくもなる。
要するに“玄人向け”です。今の私にはまだ使いこなせない器具です。

 

 

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そしてドリッパーの最後は、年末に大陶器市で手に入れた「波佐見焼」のドリッパー。
出口が大きな丸い穴だけという形で、ハリオのようにお湯が落ちる部分に“ギザギザ”も無く、円錐形のフィルターを使うしかないのですが、実際に使うと穴が大きいから速いのかと思いきや、どっぷりとお湯が溜まってしまって、なかなか落ちない・・(^_^;)
いろいろな種類の豆を淹れてみましたが、どれもうまくいかなかった。

で、驚いたのは、今人気で、高値を呼んでいる「ゲイシャ」種の豆を手に入れて淹れてみたら・・美味しいっ'(*゚▽゚*)'
他のドリッパーで淹れると、ちょっと特徴が強く出過ぎて、“エグい”感じが残ってしまったのですが、この波佐見焼ドリッパーだと、それがなくなり、ゲイシャのフレッシュでフルーティーな感じがとてもよく出ているのでした。とても意外でしたが、うれしい誤算でした(*^_^*)

 

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最後は、上記波佐見焼ドリッパーと共に陶器市で手に入れた兄弟関係のカップです。
色も“お揃い”にして、飲んでみると、口あたりがよくて、保温性も良く、珈琲と共に過すひとときがとてもやすらぎます(゚ー゚*)。oO

以上、珈琲に興味のない方には、どうでもいいようなお話でしたが、新年を迎えてからも、私の楽しみのひとつとなっている珈琲と、その器具についてのお話でした。

 

2021/12/29

夏井いつきさんの「365日季語手帳」を読みました。

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『2022年版 夏井いつきの365日季語手帳/夏井いつき著(レゾンクリエイト)』を読みました。24日に出たばかりです(^-^)/☆

夏井先生の YouTube を見ていてこの本のことを知り、それによると、ここ最近は毎年出されているそうで、もう第6弾になるのだそうです。

この本の面白いところは、一年365日それぞれに季語を当てはめて、その季語をつかった作品を紹介(夏井先生のものもある)しているのですが、それぞれの季語について、読者が句をつくり、応募し、良い作品があれば次年度のその季語のところに載せてくれるという形をとっているのです。

だから、今回も読者の作品がいくつもそれぞれの季語のところで紹介されています。
今回の本を読んで、「よし、私も」と応募して選ばれれば、来年のこの本に自分の作品を載せてもらうことも出来るというわけです。

せっかくだから、いい作品がたくさん載っているのですが、私好みというか、私の琴線にひっかかった作品をご紹介いたします(*^_^*)
いずれも読者からの投稿によるもので、「特選」として掲載されたものです。

ひとつ目

季語は「春野 (※草木芽吹き、日々緑をなし花々を咲かせる野)」です。
   ↓
『廃れたるラブホの二階より春野』

・・二階から春野を見ているのはお客さん、それともホテルの従業員?なんだかその光景が浮かんでくるようでした。

ふたつ目

季語は「木の芽和 (※山椒の若芽を使った料理。酒の肴に好まれる)」です。
   ↓
『木の芽和苦し社宅の婦人会』

・・息苦しい婦人会の様子が“木の芽和え”をつかって、よく表わされているようです。

みっつ目

季語は「プール (※屋外プールが夏の風情)」です。
   ↓
『元夫と今の夫ゐるプールかな』

・・夫とプールにやって来たら、そこには元の夫の姿が(^_^;)・・ヤバいと思いつつもなんだか可笑しいシーンです。

・・というわけで、私が選んだ作品は、まったく王道ではありませんが、とても気に入りましたd(^_^o)

テレビはほとんど見ない私ですが、「プレバト」の夏井先生のコーナーはいつも拝見しております。この本をもう一度読みつつ、番組を見たいと思います。

 

2021/12/21

中学生時代から今に至るまで、「レコード盤を貸してくれ」「CDを貸してくれ」「本を貸してくれ」と言われる話。

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表題どおり、私が中学の頃から、友達が家に遊びにくると、本棚やレコード・ラックなどを友達がジロジロと見て、やがて「これとこれ、貸してよ」となることが何度もありました。

でもね、貸した本やレコード、CDは絶対に返っては来ません。

私の棚にある本や、レコード、CDは、気に入って手元に置いているものです。
何度も読んだり、繰り返し聞いたり、また大事な心の宝物としても扱っているものなのです。

なのに返っては来ない・・。
相手は借りたことさえ忘れているし、「その話はされたくない」みたいな態度をとる人もいる。

たとえば、私が大学生くらいの頃。
糸井重里さんが突然脚光を浴びてウケだしました。

友達は、「お前もこの人のいいところに気づいたのか」などと言い、「読んでみたいから貸せ」と(・・なんだ、まだ読んでねえのかよ)、戸惑っている私から本を取り上げ持って行ってしまいました。・・そして返してくれなかった。

糸井重里さんについては、椎名誠さんの「本の雑誌」などに文が載り、まだ一部のマニア的な人しか知らない頃から私は読んでいたのです。ブームに乗って読むなんて愚かで恥ずかしいことなんかしていなかったのだ。
でも、ヤツは周囲に“乗り遅れ”ないように、興味も無いのにちょっとだけ見とくか、程度のつもりで人の本を持って行ったのでしょう。

レコードなども同じでした。
ずうっと昔からそのミュージシャンの音楽を聞き続けてきたのに、ある盤がヒットすると、あわてて私の棚からそれを見つけ出し、「ちょっと聞かせろよ」と持って行ってしまう。・・そして返してくれない。

それらの本やレコードなどは、仕方なく私はもう一度買い直しました。二重にお金を払うのです。
そんなことになっているなんてアイツらは思ってもいないでしょう。

だから、「貸す」ということは「さしあげる」ものだと思うことにしました。
いやだと言っても無理やり借りていく(返してくれないけど)ので、そう思うことにしたのです。

でも、さすがに今はもう貸しません。もったいないから。

近年、久しぶりに本を貸すことがありました。
生まれて初めて返ってきましたd(^_^o)・・何度も念を押したのがよかったのか、その借りた人がいい人だったからなのか。・・いい人だったんですね。

でも、もう誰にも貸しません。自分の心の一部を持っていかれるような感じがして、気持ちが“ざわざわ”するのです。

本もレコード・CDも、ほんの時間つぶし程度に思っている人にはわからないでしょうが、本も音楽も大好きな人間には、人生の中でとても大事なものなのだ・・ということを言わせてもらって、本日はお終いです。

 

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