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2019/08/21

夏井いつき先生の「子規365日」を読んだ。

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『子規365日/夏井いつき著(朝日文庫)』を読みました。

これはあのテレビ番組「プレバト」で芸能人などがひねる俳句に厳しくも温かい眼差しで批評を加える俳人「夏井いつき」先生が『正岡子規』の俳句を一日一句365句、すべて異なる季語で味わうという本です。

子規の俳句を、あらためて子規のものだと感じつつ味わったのは、とても新鮮な経験となりました。
夏井先生とは同郷なんですね。
テレビでもよく見られる、あの“気っぷ”のよさも感じさせる名調子も登場するし、また、苛烈な人生であった子規の病状とともに、こちらの胸もしめつけられるような句には、先生の感性あふるるような感想も書かれていました。

いわゆる研究本としてではなく、子規と同じ実作者として自由にその句を楽しむという企画だったのでこの仕事を引き受けたと書かれていました。
なので、先生、“書きたいように”書いていて、読んでいるこちらも実に一句、一句を楽しむことができました。


いくたびも雪の深さを尋ねけり

・・雪が積もったら明日は遊べるよ、とよろこぶ子供の様子かと思うと、結核性脊椎カリエスの診断を受け、痛みが激しさを増し身動きすらできなくなる子規が尋ねているのだとわかり、驚きとともに感動がしみじみと深くなります。


水入れの水をやりけり福寿草

・・福寿草の鉢、仕事机の上に置くと空気が明るくなる。子規は病床から見上げているようだが、「水入れ」は硯箱(すずりばこ)と共に枕元に置いて愛用していたもので、硯に落とす水が余れば、ちょいと福寿草にもお裾分け、という寸法です。こちらも優しい気分になれました。


子規は、34年の短い生涯で2万4千句も詠んだそうで、全て別々の季語で365句を選んだため、載せられなかった夏井先生の愛唱句も沢山あったようですが、それでも一句・一句が心に、身体に、沁みてきました。

とても心地よい本でした。


【Now Playing】 Chilly Winds Don't Blow / Nina Simone ( Jazz )

2019/08/18

野村克也さんの「イチローの功と罪」を読んでみた。

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『イチローの功と罪/野村克也著(宝島社新書)』を読みました。
出たばかりの本で、つい先日のことまで書かれていました。
野村さん、お元気です。

本の帯には、「あえて言う!私はイチローの成功を認めない」とありますが、これはつまり出版社・編集者側の“あおり”で、買ってもらおうという「キャッチコピー」です。
内容としてはノムさん、イチローのことをかなり褒めています。

かつて日本シリーズでオリックスのイチローとヤクルトの監督として対戦したノムさん、そのときのことも全打席一球一球覚えているのですが、結果としてはイチローを何とかおさえて勝利したものの、結論として「イチローに弱点は無い」ということがわかったと書かれています。
これはかつての巨人、長嶋茂雄と共通しているとも言っています。
しかも、長嶋がもしメジャーに行っても2割代の打率と20本程度のホームランだったろうと言っていますので、イチローは桁違いのプレイヤーだとも言っているわけです。

ノムさんからイチローへの苦言らしきものとしては、イチローのマスコミ対応の悪さや、オリックスの仰木監督が若かった頃のイチローに身勝手を許し、誰も注意できなくなってしまったこともあげています。これは西武・森監督も清原に対して同罪だとも言っています。イチローは取材に来た先輩達に挨拶もしないようです。もちろん飛行機などで出会ってもノムさんにさえ挨拶しないそう。
「ひとこと、こんにちは」というだけでいいのだ、と言っています。

イチローが日本で行った引退会見時の「野球は団体競技なんですけど、個人競技というところですかね、これが野球の面白いところです。」という発言についても、ノムさん、気になったようです。

結局は自分の成績を一番に考えていて、極端に少なかった四球がそれを示していると言っています。つまり、一本でもヒットを増やして、年間200安打を達成しようとしていたのだと。
犠打も少なく、バントはほとんど自分が生きるためのセーフティバントで、これも自分の成績のためだった、だからチームメイトからは最初のマリナーズ時代にはあまり尊敬されていなかったとも書かれていました。
フォー・ザ・チームっていう打撃が確かに少ないと私も感じていました。「それが勝つことに繋がるんじゃないの」という意見も聞こえそうですが、でもそれじゃあチームとしての作戦が成り立ちません。

また、イチローはオリックスで首位打者を取るまでの二軍と一軍を行ったり来たりしていた頃や、レギュラーになるまでの下積み時代は野球が楽しかったが、それ以降は苦しみだけで全く楽しくなかったとも発言しています。
これについてもノムさんは、「自分は野球が楽しくて仕方なかった。イチローは200安打を打つという責務・任務のようなものを背負ってしまったから常に追い詰められて野球が楽しくなかったんじゃないのか」とも言っていました。
野球をやる喜びって、やはり野村さんは選手時代も、監督時代も見ているこちらからもわかりました。
それって大事なことだと思うのです。
だからノムさんが野球の話をすると面白くて、思わず身を乗り出してしまうのです。

最後にノムさんは、今後のイチローがどんなふうに野球と関わっていくのか、とても興味があると言っています。
出来れば、誰も経験できなかったことを日本でも、アメリカでも経験しているイチローが野球界のために伝え、指導してほしいと・・。

読みやすくてあっという間に読んでしまった本でした。

2019/08/17

「井上ひさし ベスト・エッセイ」を読みました。

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『井上ひさし ベスト・エッセイ/井上ひさし著・井上ユリ編(ちくま文庫)』を読みました。
井上さんの数あるエッセイ作品の中から奥さんの井上ユリさんが厳選したエッセイ集です。

内容は多岐にわたり、文学のことから人、ことば、演劇、笑い、家族その他いろいろで、さまざまなジャンルが盛り込まれているので飽きることがないというか、読んでいるこちらもチャンネルを切り替えていかないとついて行けないのです。

アットランダムに気になったものをあげてみると・・。

シェイクスピアのハムレットを五群・十一の筋書きでまとめられたものだと分析し、一本で十一の物語を堪能できるのだから面白いのは当たり前だと書かれていて、日本のシェイクスピア、言葉の魔術師といわれる井上さん、そのシェイクスピアの筋書きの束ね方に敬服していました。
私もシェイクスピア大好きですが、なるほどなるほどと、その分析に感心してしまいました。

若い頃に下宿先のアパートが改修工事をすることになり、一ヶ月ほど部屋を空けてくれと言われ、行くあてもないのにそこを出て、結局、NHKに入り込み、職員の宿直室やその他の部屋を勝手に使い、仕事は執務室の部長のデスクで夜に行ったり、洗濯物を執務室で干したり、それを取り込み忘れて眠りこけ、朝NHKの部長に起こされたりと(^_^;)、豪快な話題もありました。
それにしても一ヶ月もよくNHKの建物の中にいて過ごせたものだと思います。

浅草のストリップ小屋で働いていたときの話も興味深かった。
井上さんは、芝居とストリップの二本立てで出来ていた当時の小屋で働いていて、そこで芝居をしていたのは、渥美清、谷幹一、長門勇、関敬六、和田平助ら、錚々たるメンツで、台本作家が逃げてしまった時には役者自ら筋書きを膝つき合わせてつくり、しかも舞台は“生もの”、客の反応によってアドリブの応酬となり、自分の得意な展開に持って行こうとしながら客を爆笑させる渥美さん他の技に驚きます。

井上さんの話はどれも面白かったが、もし自分の身近にこんな人がいたら絶対に近づかないだろうと思いました。
きっと面倒くさい人だよぉ…(^_^;)
辞書を買ってきただけでも、この本に書かれているが、ものすごく面倒な儀式(作業)を経ないと使うところまでいかない。
ふつうの書籍を買ってきたときにも箱を捨てたりいろいろと大変です、それに調べ物をするときの“突っ込み方”も鋭く深く、それを情報整理する方法についてもこだわりが異常なくらいのものがあり、その辺は読んでいてこちらも疲れました。
もっと楽に生きればいいのに、と思いましたが、この時代の人は何と言われても自分のやり方、考えを曲げないのが持ち味です。いやもう疲れましたよ(^^;)

バラエティに富んだ内容のエッセイ、読み応えがありました。

2019/08/11

「國破れてマッカーサー」を読んだ。

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『國破れてマッカーサー/西鋭夫著(中公文庫)』を読みました。というか、“読まされた”感覚があります。

用も無いのにクルマに乗ってブックオフへ。
自然と足が向いて、割とジャーナリスティックな本のあるコーナーへ。・・いつもこんなコーナーへは来ない・・。
で、視線がぐっと引きつけられてこの本のある部分へ。
600頁もある本なんて、ましてや戦争・戦後関係の本なんて読む気もしないのに、右手は誰かに掴まれてぐいっとその本を手に取らされました。
「何かあるんだろうな」と思って、仕方なくレジへ。で、この本を読むことになりました。
たぶん、私の手をつかみ、無理やりこの本を手に取らせたのは、父の兄で戦死した伯父(当然会ったこともない)だと思います。私が結婚して新居を構えたときに私の家にも深夜兵士の姿のままやって来たことがあります。

スタンフォード大学フーヴァー研究所教授の西鋭夫氏が書いた戦後日本のマッカーサーの占領政策の様子を描いたものです。
1970年代に入り、アメリカ国立公文書館で1945年度のアメリカ政府の機密文書公開の機会に著者が見たアメリカ政府の本音をまとめたもので、正に極秘の公の文書として残されていたものです。

この本によると、というかアメリカの記録によると、戦前から占領中にかけてアメリカ政府、マッカーサーのGHQは、「極悪・残酷日本人観」を創り上げていることがわかりました。
アメリカは勝つことがわかっていた戦争に日本を引き摺り込み、日本を徹底的に破壊し、力尽き果てた日本兵と一般市民を殺しまくり、勝敗のついた後でも、原子爆弾を二発も使い、さらなる大量殺戮(さつりく)を実行しています。

GHQは狂気の軍国主義日本を民主主義平和国家にすると独善的な言葉を使っていますが、すばらしい文化と長い歴史を既に持っていた日本に武力でアメリカ様式を押し付けています。その様子が克明に書かれていました。・・はっきり言って日本人のことを完全に馬鹿にしているし、「日本人の精神年齢は十二歳程度だ」というマッカーサーの言葉がそれらを語っています。日本国民に対する敬意のひとかけらもないのです。

日本という「国」が悪であるという論理、これはいまだに私達の心の奥底まで根強く入り込んでいて、もうぬぐい去ることができないようにされています。
「国民」が「国」というすり替えのようないかがわしい論理に簡単に騙されている。

「国」が悪いとする考え方は、日本国民が「国」を愛さないようにするためには巧妙で効果的な策略であったと思います。私の周りにもそんな人ばかりです。

アメリカと日本帝国が戦争をした四年間を、日本の歴史の全貌にすり替え、日本の永い歴史と文化までも全否定するアメリカのプロパガンダにまんまとはめられた・・と私も思います。
日本国民を弱くするためには、弱体化する最良の武器は「教育」であるとも言っています。
公文書にそう書かれているんですよ。そして「教育」を武器に出来上がったのが今日の日本です。

一時は日本語は全てカタカナのみで表記することとか、ローマ字表記にするとか、それ以外の文字で書かれた文書を全て過去に遡って廃棄することまで企んでいたようだし、英語を公用語にしようとまで話は行っていて、そうなったら日本が持っていた文化は全て塵芥になってしまったのですが、それは何とか死守しています。
ついでに、国民を全てキリスト教に改宗させることも真剣に政策として進められていました。なんてこったい!

日本人であることは「恥」であると刷り込まれ、「忠誠」「愛国」「恩」「義務」「責任」「道徳」「躾」というものは、凶暴な軍国主義国家を美化するものと疑われ、見事に出来上がったのが今の世の中です。

特に「国」「誇り」という考え方については、悪性のウイルス菌であると教育したっていうのは・・もう念が入っていて・・恐れ入りました。

以上が、私があまり戦争・戦後について知識不足であったがために、戦死した伯父が無理やり私の背後から手を取り読ませた本の内容でした。
日本人が記録したものではない、アメリカ人が公式に残した文書に書かれていたのです。

今後のためにと原爆を落とされた後のフィルムによる記録も接収され、膨大な長さのフィルムは何年かして戻って来たときには何百時間もあったものが数十時間にされています。
自分達が行った非道な行為の痕跡をなるべく残したくなかったのでしょう。
それらフィルムはまだ現存しているだろうか、などと思いながら広島、長崎の原爆の日を迎え、そして間もなく終戦の日になります。

 

2019/08/08

「アレの名前大百科/みうらじゅん・監修」を読んだ。

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『アレの名前大百科/みうらじゅん・監修(PHP文庫)』という珍しい本を読みました。
これは、「よくある、よく見かけるものだが、その名前はいったい何というのだろう」というものをどんどん挙げて、みうらじゅんさんが「きっとこんな名前だろう」と予想してみるというものです。

どうということもないようなアイデアですが、読んでいるこちらも「そう言えば名前なんて知らなかった」と、みうらさんと共に予想してみるので、けっこう楽しめたのでした…σ(^_^;)

たとえば視力検査するときに見るあの「C」の形をしたアレ!
考案したフランスの眼科医・ランドルトに因んでというか、国際眼科学会で標準視標として採用されているのだそうで、『ランドルト環』っていうんですって。

ちょっと高級なレストランやカレー専門店などで出てくるカレーを入れているあの“魔法のランプ”みたいな形をしたカレーのルーを入れてあるアレ!
『グレイビーボート』って言うんだそう。
もともとはグレイビーソースという濃厚なソースを入れるための器としてイギリスで生まれ、形状が船(ボート)に似ているのでそう呼んだそう。知らなかったぁ~( ̄O ̄;)

トンカチの金具の打面には、平らの面と、わずかに丸くなっている面の二つがあるのは中学の技術科で習ったことがありますが、その丸くなっている打面を何と呼ぶか?!
平の面で釘を打ち込み、丸くなった面で仕上げるわけですが、それを『木殺し』と呼ぶのだそうで、またまた全く一度も聞いたことがなかった。

聞いたことがあったのは、扉を閉じた状態で固定するときに使う戸締まり金具。扉の一部に彫り込むようにとりつけて、使用する際には上げ落とし式のロッドを差し込みロックする。で、片方の扉を動かないようにする・・大きな会場の入り口扉などによくありますよね。
これは何となく知っていました。
『フランス落とし』って言うんですd(^_^o)
フランス窓はテラスやバルコニーの入り口になり、床面まであるガラス入りの二枚の開き扉で、厳密には窓というよりも扉なのですが、そのフランス窓に取り付けられたので、「フランス落とし」って呼ぶようです。

そんなこんなで、ほとんど全部名前を知らないものばかりだったのですが、楽しく読めて知識も増えました(*゚▽゚)ノ

そして、みうらじゅんさんの迷回答と珍回答の数々も面白かったので、それについてはぜひこの本を読んでみて楽しんでください(*^_^*)

2019/07/30

めんどくさい人の取り扱い方法を読んだ

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『「めんどくさい人」の取り扱い方法/渋谷昌三著(PHP文庫)』という本を読みました。

めんどくさい人の取り扱い方法については、もう私もいい歳こいているので、ある程度わかっているつもりですが、でも、“めんどくさい人”がリストアップされている本なんだよな、と思ったので、それら見たさに…σ(^_^;)読みました。

ほんじゃ、「めんどくさい人」ってどんな人かアップしてみましょう。

〇人の話を聞かずに、自分のことばかりしゃべる人
 どこかに旅行に行った話をし始めると、「私が去年泊った宿はね」などと自分の話したいことにすり替えてしまう人・・いるよねぇ(^^;)どんな人のどんな話も本題に入る前に自分の話にもっていっちゃう人。

〇なんでもすぐ仕切りたがる自称「リーダー」な人
 こんどどこかに行こうか。というと、「じゃ、幹事は〇〇さんね、□□さんはパンフ集めてよ」などと仕切りが始まります。私の友達にもいたけど何か大きなイベントをやると言い出したかと思うと、次から次へと人に割り振り、自分は何もしないで、「どうだオレのおかげだ」って大満足な顔している・・めんどくさいから私はきっぱりと“切り”ました。

〇「でも」「だけど」と、必ず横やりを入れる人
 どんなことにも、あらゆることにも「それはちがうんじゃない」とか言うヤツです。あいつのことですよ、旦那さん(*゚▽゚)ノ・・反対するんだったら自分でアイデア出してみろっ!ってヤツです。

〇いつもひと言多い、皮肉屋な人
 成績が上がった部下に「お前にしては頑張ったな」とか、残業する先輩に「無理しない方がいいですよ、もう若くないんだから」って言うヤツですよ。・・最後に“皮肉”をひと言付け加えないと気が済まないんだろうけど。

こんな人たちが次から次へと登場して、こんなふうに“あしらって”おけばいいじゃないでしょうかと書かれている本でした。

少し溜飲が下がるのですが、実物で思い出すヤツがいるとだんだん蘇ってきて腹が立ったりも(^_^;)しました。
おもしろかったよ。

2019/07/27

「汽車旅の酒/吉田健一」を読んだ。

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『汽車旅の酒/吉田健一著(中公文庫)』という本を読みました。

著者は、1912年(明治四十五年)生まれ。吉田茂元首相の長男です。
ケンブリッジ大学に学び、英仏にわたる翻訳や文芸批評、小説など多彩な文筆活動をされた方だとのこと。

この本は著者の鉄道旅行とそれにまつわる酒・食のエッセイを独自に編集したものです。

読んでみると、東海道新幹線「ひかり号」が走り始めようとしている頃の話などもあり、今じゃ考えられないような“酒びたり”の豪快な旅というか、“飲みっ放し”の記憶があまりない旅に驚きました(^^;)

新幹線が開通したことの本当の有り難みは皆が新幹線に乗るので、自分が利用する超特急以外の旅の交通緩和にあると語っていて、駅に停車するたびにビールを買ったり、駅弁や名物などを買い、飲み、食べることの楽しみが鉄道旅の醍醐味だと強調されています。

そうですよね、そのとおり。
ゆっくりな鉄道の旅、私もあこがれます。

「途中の駅で弁当を買ったりしていい気持ちになることを望むものである。飲み助に就ては、言うまでもない。“光の速度”などというのは学者が知ったことで酒とは関係がない。」
・・と書いていて、まったくもって“ごもっとも”であります(^_^;)

「リニア新幹線開通したら乗るぞぉっ」なんて言っている人・・「東京から大阪まで〇時間で用談をすませて、又 〇時間で戻って来なければならない人の為だけの汽車の旅行ではない」と著者が言っておりますが、あなたには何のことを言っているのかわからないでしょう・・そんな人がこの本を読んでも、ちぃとも面白くないでしょうねd(^_^o)

金沢や新潟など「汽車の旅」をする著者。
どんだけ飲むんだってくらい、汽車の中でも旅館でも、その他立ち寄り先でもシェリー酒、麦酒、お酒を飲み、そこででてくる銘柄は今でもあるのか、その味わいと各地で出会った名物なども紹介されています。

読んでいるだけで、ほろ酔い気分になり、なおかつ美味しいものを食べ尽くし、地酒を楽しむ著者に同化しているような自分を感じます。
汽車の旅とお酒の好きな方には、この“レトロな旅”の本、よいと思います。

2019/07/23

伊藤比呂美さんの「閉経記」を読んだ。

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『閉経記/伊藤比呂美著(中公文庫)』という本を読みました。
いつもどおりブックオフで108円!(^_^;)

著者は詩人ですが、性と身体をテーマに詩だけでなくエッセイでも独自の分野を開拓してきた方のようです。
また、介護や老い、さらには死についても踏み込んだ著書がたくさんあることがわかりました。

親元の熊本と米国・カリフォルニアを拠点として行き来しながら活動を続けていると書かれていました。

ご本人の変って行く身体、そして一向に減らない体重(^_^;)、親の老い、夫の偏屈の三重苦、四重苦の中、たくましく、そしていい加減に、または自堕落?!に生きてらっしゃる様子が書かれています。

人生と、そして女という生き方を閉経を通し、実に赤裸々というか本人は赤裸々とも思っていないかもしれませんが、かなり全面開放していると感じました。私が男だからかもしれません。
もっというと、読まなければよかった・・と、正直思いました。

いいや読めっ!これが真実の女の姿だ。お前だっていい歳こいてんだろう!!しっかりしろ、現実を見つめろ・・という声がエコーを伴って聞こえてきますが、でも肉体的にも精神的にも丁度私が療養中で弱っているところだったので、実際のところ読み切れなかったというか、ちょっとギブアップ気味で読了。

また心身ともに良好な状態のときに読んだ方がいいのかもしれません。
とりあえず今回の読後感でした。

2019/07/22

幸田真音さんの「ナナフシ」を読んだ。

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『ナナフシ/幸田真音著(文春文庫)』を読みました。

ニューヨークに本社を持つ金融関係の会社でファンドマネージャーだった主人公は、世界的な金融危機で全てを失い、しかも仕事にかまけて家庭を振り返らなかった間に子供は大きな病で亡くなってしまい、その子を見守り、亡くしたあとも精神的に立ち直れない妻に見捨てられ、何もかも全てを無くして、ひとりぼろアパートに住み、コンビニの深夜勤務で生きて行くだけの収入の中、どん底に落ちていた。

コンビニの外便所の中に倒れていたやせ衰えていた女性を仕事中に見つけ、警察や救急車を呼ぶことにおびえるその女性を家に連れ帰るところから話は急に展開が変わります。

連れ帰った女性を風呂に入れ、食べ物を与え、少しずつ回復してきた。発見したときには、あまりにやせ衰えていた姿を見て虫の「ナナフシ」を見たような感覚を持った主人公だが、謎の若い女性を結局そのままアパートに住まわせ、なぜか互いに少しずつ心通わせ始めます。

女性が大きな病気を抱えていたことをやがて知り、多額の医療費がかかることもわかった上で、赤の他人である娘を自分の娘として治療することを決意。
どん底にいた主人公は元の金融関係の仕事に就き、その後互いに過去を語ることにもなり、二人の夢を実現しようと力を尽くし、娘は絶望的なほどの病状の中で必死に闘います。

子供、妻への罪悪感、さらに最初の会社で自殺してしまった部下への謝罪をその家族にしようとして断られ続ける主人公の状況と、父に死なれ、母に捨てられた若い女性の互いに気遣いながら心寄せる姿には心打たれるのでした。

娘の病状が一喜一憂するような状況での二人の気持ち、新しい職場でもまた前回のように大変な状況になってしまう主人公。
山あり谷ありのストーリーには、読んでいるこちらも心が揺れました。

でも、二人は過去の反省というか、今の時点での自分への決着をつけて納得ある生き方をしようという姿を見せます。

あのリーマン・ショック時の社会状況や、その時の当事者の様子、また近年ノーベル賞などでも注目された癌への高度治療などについても盛り込まれていて、幸田さんらしい金融小説、そしてジャーナリスティックな面も見せていて読み応えがありました。

時に感情移入してつらい気持ちになったりもしましたが、いい小説だと思いました。

2019/07/21

古市憲寿さんの「だから日本はズレている」を読んだ

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『だから日本はズレている/古市憲寿著(新潮新書)』という本を読みました。
この本が書かれている時期は、民主党政権が終わり、自民に戻ってきた頃、まだ「安倍一強」体制というところまで来ていない時期です。

強いリーダーはいらない、スティーブ・ジョブズを持ち上げる人は多いが日本にはそういうカリスマはいらない。

クール・ジャパンって何が言いたいんだ、憲法改正案はJ-POPの歌詞みたいだ、スマート家電なんて誰も欲しがっていない新製品だ、SNSに期待し過ぎるなオヤジ、とえらい勢いで飛ばしつつ書かれています。

次に入社式での社長挨拶について、決まり文句のように同じようなことを言っている、ノマドなんてただの脱サラだ、ってあたりで私は読んでいて疲れてきた。
だんだん“言いがかり”みたいに聞こえてきて、読んでいるのもおっくうになってきた。

で、やっぱり学歴は大切だ、となってくる。
能力は遺伝する、学歴固定社会は幸せかもしれない。
ときて、だんだん著者は最終的に何が言いたいのか、と思い始めた。

いろいろなデモとかがあったけど、結局若者には社会は変えられないとなってきて、その後は煮えたんだか煮えないんだかわからない尻すぼみ的な話の展開になり、なんだか暗い気分になってきた。

著者はだいぶ若い人のようだけど、ついこの間までと現状の日本を分析して「それはそうだろう」あるいは「そうかもしれないけど」と思える現在の日本の政治・経済・人の動きなどを提示しているが、でもだから自分はこういうことが大事であると考えるとか、これこれこんな考え方が必要ではないか、というような強い書きぶりは見受けられませんでした。
もともとそんなこと書こうとしていないよ、と言われればそれまでですが、読んでいるこちらはなんだか消化不良になりました。
自分で考えろよ、と言われたらそりゃそうかもしれませんが、すっきりしない気持ちで読み終えました。

最後の二章については読む気力も失せてしまい、私にとっては、元気のでない読書となりました。
現状分析的な視点で読むためのものなんでしょうね。でも最後まで気持ちが続かなかった。

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