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2019/06/24

下重暁子さんの「年齢は捨てなさい」を読んだ

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『年齢は捨てなさい/下重暁子著(幻冬舎新書)』を読みました。
少し前に、このブログで同じ下重さんの「極上の孤独」を読んでご紹介したことがありましたが、今回のこの本も下重さんの書きっぷりは相変わらず“気持ちいい”のひと言です。

「実年齢が〇歳だから、それらしくしなくては」とか、「年寄りは大人しくしてろ」だとか、「昔の人はそんなふうに考えるんですね」だとか・・私もふだんからいろいろと若い奴ら、あるいは同年齢かそれ以上の訳知り顔の人達に言われることがあるのですが、「バッカ野郎!お前なんかに言われる筋合いはないっ!!」といつも思ってきたのでした(^^;)

下重さんも書かれていますが、年齢を意識し過ぎることは何の得にもならず、生き方を狭めてしまうのだ、ということです。そのとおり!!

「なぜ人は年齢を知りたがるのか」ってのも冒頭からエラい勢いで飛ばして書かれていましたd(^_^o)
たしかにそうだよねぇ、新聞とかテレビとか、例えば「俳優〇〇(75歳)」などと紹介されているのを毎日のように見ますよね。いつも思ってました「なんだよ、それ」って。

年齢を特定して、それを意識して、その人の評価を決めようとする。
下重さんも書かれていますが、こんなことやっているのは日本人だけだということです。

〇話が長い老人は嫌われる

〇男性諸君は“くっつきゴミ”にならぬよう・・自分から何をするでもなく奥さんにくっついて行こうとする人。

〇好きなことに夢中な人ほど若い

〇「還暦祝」が嬉しい人はいるのか

などなど興味深いキーワードも盛りだくさんでした。

「年齢は捨てなさい」・・はいっ!そうします…σ(^_^;)

2019/06/23

津村記久子さんの「この世にたやすい仕事はない」を読んだ。

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不思議な世界観の小説『この世にたやすい仕事はない/津村記久子著(新潮文庫)』を読みました。

長年勤めた職場をストレスに耐えかねて去った女性が主人公。
職安の優しいというか、おっとりした相談員から紹介される仕事に就くのですが、そこでの不思議な仕事の様子、そしてその環境から脱出して、また相談員ところに行き、次の仕事へ・・。その繰り返しというお話なのですが・・。

まずは紹介される仕事が変!

隠しカメラで撮ったある小説家の一日を二つのモニターで一日の仕事で二日分録画を見て、あやしい行動を探すという仕事。それの繰り返しの日々。

次は、廃止寸前の路線バスを救う苦肉の策で、お金を取って沿線のお店のPRをバス亭を告げるアナウンスの間に流すことになり、その案文を考え、録音・編集もする仕事。

お煎餅屋さんの小袋の裏面に、豆知識的な文を載せているのが好評となり、病欠した前任者の代わりにその文を作る仕事。

大森林公園の山の奥の奥、小さな小屋までカートで出勤して、一日中、ほとんど仕事はなく、小屋にいて、入場券のミシン目を入れる会社が倒産したので、ずっと入場券にミシン目を入れる仕事。
あとは時々山中を散歩して、気づいたことを地図に書き込むという・・これまた不思議な仕事。

そんな不思議で変な仕事をする中で、職場の人との関係がこれまた不思議な感じだったりして、“アナザー・ワールド”に連れて行かれたような感じになりました。
そもそも一回目の仕事の部分を読んでいるときに、なんだかわからない仕事だし、面白くもなんともないし、もう読むのをやめようっ!と、三回くらい思いました。

しかし、主人公がいろいろと深読みしたり、周囲の人達との関係その他に悩み出し、次の仕事へとまた職安に行く展開が、なんだかやめるにやめられない気持ちになり、とうとう最後まで読んでしまったのです。

感動的な話でもなく、かといって何か示唆・教訓的な意味合いもなく、ただこの小説の世界に自分を漂わせて不思議世界を感じるしかない、そんなお話でした。

飽きてくると、スパイスを効かせてこちらの心を持ち直させ、読み続けさせられる。
麻薬的な物語でした。
あり得ない話なのに、ちょっと本気で読んでしまう。ヤバい感じの本です。

2019/06/16

「世界一よくわかる 幕末維新/山村竜也」を読みました。

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ブックオフにて安価で手に入れた『世界一よくわかる 幕末維新/山村竜也著(祥伝社 黄金文庫)』を読みました。
著者は歴史作家で時代考証家、NHKの大河ドラマや朝の連続小説などで時代考証をされている方だそうです。

著者も言っていますが、「幕末維新」は、日本史の中でも最も人気の高い時代だそうです。
たしかに歴史ドラマやその他私がよく観る宝塚歌劇などでもよく取り上げられる時代・題材です。

ですが、実際には幕末維新期は政治的に複雑で、時代の流れや背景を理解するのはとても厄介な印象があります。私にとっても・・。

で、この本はお店で手に取ったときにも、実際に購入して読み始めても、とてもわかりやすい!
日本史の教科書がこのくらいやさしくて平明に書かれていれば、もっと私も日本史が好きになっていたかも…σ(^_^;)と思いました。

人気がある時代、といってもその実態はほんとうに厭になるくらい人が死にます。
そして日本のため、世のためなのか、最終的には自分の藩のため、自己利益のためなのか、単に倒幕のみが目的なのか、天皇はただ都合良く利用するための存在なのか、いい人なんてひとりもいないんじゃないのか、というくらい殺気に充ちた人ばかりが幕末には登場します。

処刑された人や、暗殺された人、戦の果てに倒れた人、自ら命を絶った人達、それらの最後の様子も書かれていましたが、読むに堪えないくらいの悲劇、悲惨なものばかりでした。

気になる時代ではあるものの、この本を読んでみて、結局人は闘ったり、相手を謀略で陥れたり、裏切ったり、そんなことをする生き物なのだと、あらためてよくわかるのです。
私が大河ドラマをまったく見ないのもそんな理由から。
見たくないものばかりなのです。多くの人は見たくてしょうがないのでしょうけど。

現在もそれは続いているのだと思います。
小さくは隣近所から、そして会社などでの仕事上で。
そして大きくは政界でも。

選挙なんて、まさに“戦さ”なんでしょうね。
それであの人達は“血で血を洗うような選挙戦”によって得られる人間が持って生まれた満足感を持つのでしょう。
解散したときなどの雄叫びのようなものは「さあ戦さだっ!」と興奮しているのではないでしょうか。

というわけで、歴史上の時代のひとつを知ることと共に、人間の“業”を知ったのでありました。

 

2019/06/13

「大化改新の謎/関裕二」を読んだ

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『大化改新の謎 -闇に葬られた衝撃の真相-/関裕二著(PHP文庫)』という本を読みました。
きっかけは、もちろんブックオフで見かけたからに他ならないわけですが、先月に日本青年館で宝塚歌劇・星組が行ったミュージカル「鎌足」を観劇したことも、より興味を持った理由です。
なんといっても、あの舞台で見た時代そのものをピックアップして書かれた書き下ろし問題作!ということで興味深く読みました。

驚くべきは、この改新が日本書紀に書かれているような「正義の戦い」ではない!という論点です。
実は蘇我氏が中心となって推し進められていた改革事業に対する「改革潰し」が実態であったと、著者は言うのです。

守旧派の中大兄皇子と中臣鎌足(※著者は鎌足が百済王・豊璋であると推測している!!)が、百済遠征に否定的な蘇我政権打倒を目論んだものだとほとんど言い切っています。

百済が滅亡すると、鎌足の息子・不比等は日本での生き残りを賭けて最後の「蘇我潰し」を行い、朝堂は藤原氏によって独占され、完璧な独裁体制を構築したのだ、という論点です。

さまざまな角度からその根拠を挙げる著者。
えぇっ、そうなの?!なんて、素人の私などは驚きと戸惑いを隠せないまま読み進んだのでありました。

また、当時、蘇我入鹿を暗殺した側の中大兄皇子は、ずっと祟りに脅え、逆に昔の人の怨霊や祟りへの恐怖心がそれほどまでのものだったのか、ということにも驚きました。

とにかく著者の仮説と、その根拠・理由が実に整然と語られる様子がよくて、引きずり込まれるように大化の改新の時代に心が持っていかれました。

そして、今も会社間や、会社の内部、その他細々とした人間社会の関係性の中で、こうした権力争いは起きていて、人間の本質的なものは何ら変わっていないのだ、ということも強く感じました。

だから、もし権力争いに勝った者があまりにも自己中心的人物であった場合は、会社全体や、人間関係、さらに社会の中でとんでもないことが起こり、割を食うのはいつも下で働く人々、ってことになるんだってこともあらためて思いました。

今は、世界のリーダー達は独裁的なタイプの人が多く、その下で、あちこちできっと苦しんでいる人がいるのだろうなとも思いました。
あぁ、そんなの、ほんとうに嫌だ。

2019/06/08

太田和彦さんの「山の宿のひとり酒」を読んだ

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『ニッポンぶらり旅 山の宿のひとり酒/太田和彦著(集英社文庫)』を読みました。
太田さんの横須賀、高山、一関、大津の旅。旅慣れて、さらに紀行文も達人の域に入って来た太田さん、一箇所での文が七~八っつの連続ものになり、様々な角度から各地の歴史、文化、風土などを織り込みながらおもしろい話をしてくれます。
もちろん、お酒の話も。

一関では私も行ってみたジャズ喫茶の「ベイシー」にも立ち寄っています。
太田さん、アート・ペッパーの「ミーツ・ザ・リズムセクション」を聞きたいなぁとベイシーに入って行ったら、まさにそのアルバムが掛かったりして、ちょっと神がかり的。

横須賀では、太田さんが日本の居酒屋三銘店のひとつに挙げている「銀次」も登場します。
私もまだ画像でしか見たことのない昭和の堂々たる貫禄を感じるようで、さらに気取っていない誰もが気軽に入れるようなお店、ぜひ行ってみたいと思っています。

高山では、五十周年を迎えた居酒屋「樽平・たるへい」に寄り、女将さんはじめそのご家族の様子なども太田さんの満面の笑みが見えてくるような温かい眼差しで紹介しています。
こういう交流の様子も太田さんならではです。

骨董屋をひやかしたり、歴史的な碑に向き合ったり、名勝を訪ねたりの楽しい旅とお酒の味わいが“パック”になった楽しい本でした。

2019/05/31

「おとなの進路教室」を読んだ。

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『おとなの進路教室/山田ズーニー著(河出文庫)』という本を読みました。

自身の子供について進路を考える機会があった・・ある・・ことや、自分自身の今までについて考えてみたり、さらに4月から職場が変わっていろいろと考えることがあったりで、心が千々に乱れることがここにきてずいぶんとあったので、不安感も手伝って読んでみたのです。

読んでみて、“おとなの進路”について著者が乗り越えてきたことや、著者が講師として様々な人達と出会う中での経験、また著者が過去に勤めてきた職場で出会った人達の進路についての考え方が書かれていたのですが・・結局、著者も私も「迷いの中」に未だいて、劇的な解決方法や、方向性は見えてこなかった、という感じです。

そもそも納得のいく解決なんて、このテーマでは無いのだと思いました。
“常に考える”・・そんな中でその時々の解決がなされていくのだ、というのが結論かもしれません。

この本の中に何度も出てくるのですが、やっと就いた仕事で失敗し、上司やチームの仲間、その他部下からも非常に厳しい言葉で叱責されたり、指摘を受けたりする場面では、まるで自分のことのように胸が締め付けられました。

長いこと仕事をしてくると、そんなことばかりなのですよね。

いつまでたっても、自分の成長速度は遅く、不安感ばかりが特に新しい職場、仕事に就いたときに襲い掛かってくるのです。
それの克服と、ささやかな解決で人生が進み、終わっていくのだ・・などとしみじみ感じてしまいました。
そんなことなんですよね、自分のような小市民はそれでいいのだ、と納得するしかない。
肩で風を切って堂々と王道の進路を突き進むなんて、逆に嫌だし…σ(^_^;)

仕事のことで胸の中が“ざわざわ”することの中身は何なのか、そんなことが書かれていた本でした。

2019/05/28

「アンソロジー カレーライス!!大盛り」を読んだ。

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『アンソロジー カレーライス!!大盛り/杉田淳子・編(ちくま文庫)』という本を読みました。
阿川佐和子・池波正太郎・伊集院静・五木寛之・井上靖・小津安二郎・滝田ゆう・檀一雄・ねじめ正一・中島らも・・まだまだたくさんの著名人の方々がそれぞれに「カレー」について様々な文章を書いていて、それらを集めたものです。

カレーという話題だけで、これだけの人達がもうこれでもかってくらいにガンガンに書きまくっておりまして、実に面白かった(*^_^*)

そのうちの誰かを取り上げてもどうかと思いましたので、じゃあ自分にとってのカレーのことを書いて感想文にかえさせていただこうという結論に達しました。

では、私にとってのカレーについて。

小さい頃は、いわゆる家庭のカレーの思い出があります。この本でもこれについて書いている人が多かった。具を炒めたりしたあとに煮込んで、「SB」って書いてあった小さな缶に入っているカレー粉を投入。メリケン粉で延ばしたりして、初期の家庭のカレーはこれが多かった。

味が“やや薄”なので、ソースをかけたり、家によっては醤油をかけて食べるという現象が多々見られました。我が家ではソースをかけていた。これがアクセントとなって、意外やうまいのだ。

その次には、グリコ・ワンタッチカレーなどというものが登場して、“板チョコ”みたいになっているカレー・ルウを鍋に投入するという時代の幕開けでありました。
このとき、格段に家庭のカレーが美味くなったという記憶があります。

さらにハウス・バーモント・カレー(秀樹感激っ!のあれです)が、登場し、「りんごと蜂蜜」という子供にもOKなカレーが登場、対極には「ジャワ・カレー」などとうたった、やや大人向けなカレー・ルウも登場し、子供も大人も家庭のカレー環境は充実(^^;)

そして衝撃の「ボン・カレー」、レトルト・カレーの登場は、ラーメンでいうと、「カップ・ヌードル」くらいのインパクトある『大激震』がありました。松山容子さんの写真をあしらったパッケージは永久に不滅です!(^_^;)
あらたなカレーの時代が到来した感がありました。

そんなカレー風雲時代に私は中学のクラス全員で海辺の民宿に泊まるという先生が企画した夏休みのイベントに参加しました。
そこでの夕食はカレーでした。で、クラスメートの須藤君が「水を入れたコップの中にスプーンを入れて食卓に出すのは常識だ」と食前に言い出し、私は「それはなんだか汚い感じがする」と思ったことを思い出しました。私と同意見のクラスメートが何人もいたが、たぶん須藤君の父親が昼食などで大衆食堂に入ったときにそんな出され方をしていて、それを家庭でもやっていたのではないか、と推察いたしました。

あとで知りましたが、当時はそうしてカレーと共に水を提供するお店はたしかにたくさんあったようです。

そして時を経て、私が社会人となり、当時よく土日に遊び回っていた彼女が「おいしいカレーを食べよう」と連れて行ってくれたのが、千葉市の村田町か、たぶん塩田町あたりの旧道沿いにあった土蔵を改造してつくった、けっこうお洒落な喫茶店の名物的な食べ物になっていた、とても辛いカレーでした。
お店の名前はたしか「蟻の手」と言ったと思う。・・もう無い・・のです。

それが飛び切り“辛くて”、脳天に“カシーン”とくるくらいの衝撃波がカラダを貫きました( ̄O ̄;)
でもねぇ、その辛さの中に旨味があるのを発見したのです。彼女は次から次へと独特な美味しいものを食べさせるお店に連れて行ってくれましたが、ここのカレーもそのひとつでした。

上記が“大人なカレー”の初体験でした。

今では、神田神保町などに出向き、カレー有名店に足を運ぶようになりましたが、カレーの魅力は語っても語り尽くせないものがあります。

そんなカレーの話題満載の本、あっという間の“完食”じゃなくて“完読”でした(*^_^*)
おいしかったぁ、じゃくなくおもしろかったぁ~(*゚▽゚)ノ

2019/05/26

工藤美代子さんの「快楽(けらく)一路」を読んだ。

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『快楽(けらく)一路/工藤美代子著(中公文庫)』を読みました。

ノンフィクション作家の著者が、自分の身近な人達や、その家族、知人達の・・本の帯には[人生後半戦の欲情の実態]と書かれているが・・言わば“人生終盤の欲情(特に女性の)”について、本人達の相談に乗りながらのインタビューのような形式で書かれたものです。

ここに出てくるのは、50代の女性もいますが、70代後半の女性も登場してきます。
恋は灰になるまで、などという言葉は昔から耳にしていましたが、恋なんて甘いものではなくて、熟女と老女の境界線も無く、80代を超えても女をおりない・・。

もちろん世間の思惑・批判など歯牙にもかけないのであって、残り時間が限られている彼女達の恋人とのむさぼるようなセックスについて書かれていたのでありました。

著者自身が二度の離婚経験があるのですが、でもここに書かれている男女の快楽、悦楽などのための貪欲さや、工夫などに疎く、だから逆に話を聞く度に興味津々となり、この本の面白さが増していくのでした。

快楽一筋で何が悪い!という開き直った(彼女達は別に当たり前のことだと思っている)行動がますます読者の興味をそそります。

60代、70代、80代のそのものの様子などもご本人の口から語られ、「そりゃすごいっ!そんなことになっているとは思わなんだ。」( ̄O ̄;)と、びっくりしているうちに読み終えちまいました。

そして、男と女の関係は死ぬまで様々、色々とあるのだ・・と、あらためて感じたのでした。

興味があったら、ぜひ読んでいただきたい。無くても読んだらいいと思いました(^_^;)

2019/05/23

「太宰治/井伏鱒二著」を読んだ。

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『太宰治/井伏鱒二著(中公文庫)』という本を読みました。
これは、太宰から「会ってくれなければ自殺する」という手紙を受け取ってから、井伏鱒二が師として、そして友として親しくつきあってきた二十年ちかくにわわたる交遊の想い出を綴ったものです。
また、太宰の作品解説も精選して集めたものを収録。

書かれている二人の交遊の様子を読んでいると、太宰の奔放というか、自分勝手というか、井伏に甘えているというか、からかっているんじゃないか?という部分も含めて、得てして男と男がつきあいだすとこんなことになってしまうんだろうな、という展開が事細かに書かれていました。

もし私が、井伏であったら、そして井伏の奥さんであったらと考えると、ぜったいに太宰に愛想を尽かしていたと思いますが、井伏は太宰の葬儀のときに、自分の子供が死んでも泣かなかったのに、声を上げて泣いていたと河盛好蔵氏が書いていたことも記されています。

井伏の太宰を思う気持ちは、ちょっと私のような凡人には届き得ないところにあるのだと思いました。

太宰の生活ぶりは、女性関係も含め、凡人には理解できないものがありました。ちょっと“ええかっこしい”なところもあるし、悪戯なところもある。
それでもって、人にはとことん甘えるというか、金銭的な援助についても感謝の気持ちなどを見せることもなく、してもらいたいことは徹底的にしてもらって平気な印象です。

堅気な人間には理解できない世界が描かれていて、でもそれが何故か凡人には引きつけられるものがあるのです。
それに、今じゃあこんな生き方をしていると、世間から見放されるようなことばかりなのですが、でもそれが読んでいると面白いのです。

自分の友達だったら、こっちがおかしくなってしまいそうな不思議な行動と、二人の奇異な関係。
読んでみるといいですよ。太宰が亡くなったときのことも、今まで私が知らなかったことが書かれていました。
これを読んでから太宰作品を読むと、また別の読み方ができるかもしれない。

2019/05/15

「人は一瞬で変われる/鎌田實」を読みました。

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『人は一瞬で変われる/鎌田實著(集英社文庫)』を読みました。
医師で、さまざまな医療支援活動を行ったり、著作もたくさんある鎌田實先生の本です。

私は、毎週日曜朝に鎌田先生の「日曜は頑張らない」という文化放送の番組を聞いていて、すっかりお馴染みになっていて、この本もラジオみたいに素直に読むことができました。

いろいろなお話が書かれているのですが、メインは“人は一瞬で変われる”というテーマに沿った「徒競走はビリでもエベレストは登れた」という七大陸最高峰登頂を達成した田部井淳子さんの登山中にテントが雪崩に飲み込まれてしまったときの一瞬の判断から人生が変わった話や、中学で暴走族に入り、気が付けば極道の道に入り、ケンカ、シンナー、ドラッグ、傷害、恐喝など悪の限りを尽くしたのに、あるきっかけからあしを洗って、若者達の更正、自立に力を尽くした人の実話など、『行動変容』と呼ばれる、人がある一瞬をきっかけに変わることができるのだということについての興味深いものでした。

私は、悪い人、悪いことばかり考え、しかも行動に移すに人ってのは、“一生治らない病”にかかっているのだと思っていましたし、そんな人が見違えるように立派な人になり、素晴らしい人生を歩み出すとは考えたこともほとんどありませんでした。

でも、鎌田さんが実際に会って、そういう人達とお話した様子などが書かれていたのですが、そういうことってあるのですね。

私も今まで様々な人達と仕事上で付き合って来ましたが、二度と会いたくない人が何人かいて、再会しないことを幸いに思っていましたが、でも、その人たちも今は“変容”しているかもしれない・・などと、この本を読んで思いました。

これは自分自身にも当てはまるのではないか、とも思いました。
絶対にこの事象については変わらない、だとか、自分はこういう人間だから変わることはないし、変わる必要もないと思うことが今までによくありました。

でも、ひとつ考えの方向を変えると、何か別の世界が見えてきて、人生明るく、良い方に向かうのかもしれません。

毎週聞いている鎌田先生のラジオと共に、この本も“処方薬”的に効き目がありそうです。
読みやすく、わかりやすい本でした。

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