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2020/03/29

高島俊男氏の「本が好き、悪口言うのはもっと好き」を読んだ。

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『本が好き、悪口言うのはもっと好き/高島俊男著(ちくま文庫)』を読みました。
1995年に刊行されたものを1998年に文春文庫に収録、さらに、この「ちくま文庫」がそれを底本にして出来たものです。

とにかくこの著者の知識量はただ事ではありません。
身近な言葉から、新聞に、世間に使われている様々な言葉、そして歴史認識についても、我々が子供の頃から教わってきたことが薄っぺらで、いい加減なものであることを思い知らされました。

それらを事細かに書くと、このブログでも数十頁に渡ることになってしまいますので、私がこの本を読んで印象に残ったことを少しだけ。

多くの言葉と事物は、過去にもあって現在もある。しかし一部の言葉や事物は過去にはなくて、現在ある(あるいは生まれつつある)。また一部の言葉や事物は過去にあって、現在はなくなった。
と書かれていて、特に問題なのは、「最後の過去にあって、現在はなくなった」言葉、事物です。

「憲兵」「千人針」「玉砕」「闇市」などは現在にないのだから辞書に載せる必要はないという人がいる。・・ほんとうにたくさんいる。

・・私も、以前、部下から「あなたの使う言葉には、私の知らない言葉がある。私が二十数年生きてきて(たったの二十数年だよ(^_^;))一度も使わなかった、聞かなかった言葉なので、人間が生きて行く上で必要な言葉ではないと思われます。今後使わないでください。」と、言われたことがある。

思わず、「きみの語彙の無さ、知識の無さ、常識の無さに私のレベルを合わせることは出来ない」と言いそうになったが、「そんなことは私には出来ないよ」とだけ言ったことがある。

考えれば、その言葉を無くすことによって、いまわしい過去などが消える、またはその事象が無くなるなどと思っているおめでたい人がこの世に蔓延しているのではないかと、あらためて感じたのです。

「強姦」「戦争」「殺戮」「虐殺」などの言葉を辞書から消したり、平仮名まじり言葉にすると、世の中からそういう事象が無くなると思ってやしませんか。
残しておかないと、また起こるんだよ、そういうことが。だってそういう概念が消えてしまったり、過去の歴史まで抹殺してしまうんだから。

また、『まぜ書き』についても触れられていたが、「めい福」「被ばく」「えい航」「危ぐ」「駐とん地」「そ上」「破たん」「漏えい」などなど、著者同様、私も新聞などを読んでいて、イライラし、目眩がしてくることもある。

「子供」を「子ども」と近年表記するのも、「供」が“野郎供”みたいに野蛮だから平仮名にしていると聞いたことがあるが、本当か?!
「供」は単に複数の接尾語なんじゃないのか。
ほんとうに見ていて気持ちの悪いものだ。

などと怒ったり、がっかりしたりしつつ読んだわけだが、この本の内容は実に“濃く”て、このような話題はほんの些細なこととなっている。
知識の渦に巻き込まれたい方は是非とも読んでみて!凄い本です。

 

2020/03/22

森毅氏の「ベストエッセイ」を読んだ。

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『森毅ベスト・エッセイ/森毅著・池内紀編(ちくま文庫)』を読みました。

著者、森毅氏は稀代の数学者。数学関係の著書ももちろん多いようですが、私が今回手にした池内紀編(※池内紀さんの編、というだけで間違いないっ!)のこのベスト・エッセイは、実に面白かった'(*゚▽゚*)'

文章自体も読んでいる人を引きつける独特のものがあるし、さらに著者の物事に対する考え方、対応の仕方が唯一無二というか、“目からウロコ”の斬新さでした。
最初に書いちゃいますけど、脱帽です。

未来のことを考えるなら、十年先、二十年先がどうなるかよりも、「今を疑え」、今の「異」に気付け!ということをおっしゃっていました。

私もよく思うことがあるのですが、今の常識や考え方、モノの見方などがまるで正しいという感覚でモノをしゃべったり、他人を批判したりする人がいます。
たしかに、こういうヤツがいちばん先の見えないヤツであることが多いd(^_^o)

「結局、そのときの現在に距離をおいたことだけが正解で、未来はさっぱり予測できなかったとも言える。」と森氏は書かれています。

「人間社会のあり方は十年もすれば変わるが、十年後を予測することはできない、というのが自分の歴史から学んだこと」と結んでいました。

まさにそのとおり。

今の状況にまったく疑いのないヤツなんかに現在も未来もわからない!そう思います。

その他心に残ったことは、

六十ごろで定年になれば、「会社ばなれ」。これからは、社会での位置づけでなくて、自分のあり方で生きていかねばならぬ。・・この言葉も身に染みます。

決して人生“斜に構え”ているわけではなく、でも、生真面目に真っ直ぐ生きるでもない、その絶妙な姿勢が私にはとてもいいものに感じました。

380ページ、あっという間に読みました。

 

2020/03/14

伊集院静氏の「女と男の絶妙な話。」を読んだ。

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『女と男の絶妙な話。/伊集院静著(文藝春秋)』を読みました。
伊集院さんは、この一月にくも膜下出血で倒れ、緊急手術をされたと報じられていましたが、現在は後遺症もなく、順調にリハビリをされていると聞きました。
中断されていた小説や連載も随時再開予定とのことでうれしくなりました。

そんな伊集院さんの表題の本。

今回も面白く読みました。

この本は週刊文春に連載され、読者からの質問に対し、伊集院さんが思うがまま、一切の遠慮会釈のない回答が小気味よい、一刀両断的人生相談・・みたいな内容です(^^;)

まあ、今回も“ろくでもない”・・失礼、“輩”・・いや、失礼、皆様方からの伊集院さんを呆れさせ、怒りを喚起し、笑わせ、驚かせ、泣かせ、感心させる質問が集まっておりました(^_^;)

これを読んでいると、夫婦というものがどういうものなのか、人生ってどういうものなのか、真面目すぎる人と、いい加減過ぎる人からの両極端な質問と、伊集院さんの間髪を入れない豪快な回答が楽しい本でした。
いやもう、あっという間に読み終えましたよ。

伊集院さんの回答には、私が思うに「人の一生なんて、どうなるか誰にも本人にもわからない」、真面目に生きることも大事だが、「自分の思うことを一所懸命、ただひたすらやって生きて行くことが大事」、そして「男が女を好きになるのに一々くだらん理屈をつけるな」というようなことが書かれていたと思います。

男は死ぬまで男でしかない。

すぐに役立つものはすぐに役立たなくなる。

女の気持ちと山の天気はすぐに移ろうもの。

惚れて通えば情も通じる。

旅は私たちに与えられた最上の贈物である。

などなど、今回もありがたいお言葉を頂戴して読了しました。
伊集院さんが早く快癒され、また読者からの質問に対し豪快な回答をぶちかましてくれることを願いながら、今回のブログはおしまい。

 

2020/03/11

外山滋比古氏の「ことわざの論理」を読んだ。

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『ことわざの論理/外山滋比古著(ちくま学芸文庫)』という本を読みました。
2007年第一刷発行後、2015年までに八刷となっていますので、売れている本だと思います。

特に印象に残ったのは、なぜかというか、当然というか、日本にある「ことわざ」と同様の内容を持つ「ことわざ」は外国にもあるということです。
人間っていうものは、国の別を問わず、同じ様な教訓めいた「ことわざ」を聞き、感銘を受けたり、影響を受けたりするものだ・・と思いました。

たとえば、「船頭多くして船山に上る」って、イギリスでは「コックが多すぎるとスープが出来損なう」と表現しています。
エジプトでは、日本に似ていて、「ふたり船長のいる舟は沈む」なんてことになっていて、洋の東西を問わないようです。

また、「ことわざ」って、同じものを別角度から見るという視点も持っていて、

「人を見たら泥棒と思え」って言ったかと思うと、「渡る世間に鬼はない」などと正反対のことを言っています。
ようするに自分の置かれた立場、環境によって「ことわざ」から得る教訓も変わるってことですよね。
この“加減”ができない人が“融通の利かない”ヤツってことになるのでしょう。

「ことわざの“論理”」なんてタイトルなので、もっと難しいことが書いてあるのかと思ったのですが、身近な話題から例をとる、読みやすい本でした。

「名著を読んだら著者に会うな」なんてのもありましたが、そうかもしれないなぁ、などと思いつつ読み進んだのでした。

楽しく読めて、参考になる、そんな本でした。

 

2020/03/05

山本甲士さんの「ひかりの魔女 ~にゅうめんの巻~」を読んだ。

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『ひかりの魔女 ~にゅうめんの巻~/山本甲士著(双葉文庫)』を読みました。

著者山本甲士さんの本については、「ひなた弁当」「わらの人」「戻る男」「俺は駄目じゃない」「ひかりの魔女」などを読んできました。

「わらの人」を読んだ時のブログに掲載した感想文については、著者山本さんから直接、私が疑問を抱いたタイトルの謂われについてメッセージをいただいたりして感激したのですが、今回も読んでいるあいだずっと心に何か染み渡るものがありました。

今回の本については、以前、私が「ひかりの魔女」の第一弾を読んで感動していたのを妻が覚えていて、この第二弾を買ってきてくれたのです。
こんな形での第二弾との出会いも、この「ひかりの魔女」らしい感じがします。
偶然なのか、必然なのか、どちらでも“出会い”というものは大事です。本でも人でも、出来事でも、その“出会い”を大事にしたいものです。

この物語の主人公のお婆ちゃんが行くところ、そして出会う人達、皆がささやかな幸せにつつまれます。

そのささやかな幸せにつつまれる人達は、「真崎ひかり」という主人公のお婆ちゃんを通じて物語中どこかでつながっているのですが、喫茶店を営む引っ込み思案の独身女性、社内クーデターによって会社を追われた元社長、倒産寸前の町工場を営む中年夫婦、ラーメン屋の経営に失敗して車上生活を送る男性、などが“ひかりの魔女”と知り合うことによって、何か人生の「ヒント」を得て、人としてささやかだけど幸せ、つつましいけど豊かな家族との生活にめぐりあいます。

それぞれのエピソードを読んでいるだけで、なんだか涙が出てしまうのです。

この本は、私が人間ドックで何度もある待ち時間に読んでいたのですが、待合の椅子でこの本の世界に入り込み、気づくと泣いていました。
人の幸せってなんだろう・・と、この歳になってあらためて再確認することになるのでした。

読後も甘酸っぱくて、つんとくる幸せ感が広がりました。

世の中の不条理や、世知辛さ、人との付き合い方に小さな悩みを持っている“あなた”におすすめの漢方薬的な“お薬”となる本です。

 

2020/02/29

吉田類さんの「酒場詩人の流儀」を読んだ。

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『酒場詩人の流儀/吉田類著(中公新書)』を読みました。

吉田さんが酒場を巡り歩く様子はたくさん拝見しておりますが、そんな様子が書かれているのかと思いましたら、内容はけっこう落ち着いた大人の、自然や人や、地域の様子を見ている様子が描かれた読み応えのあるものでした。

また吉田さんの俳人としての作品がそれぞれの項目に綴られている章もあり、作風が力強い男気のあるものであり、私が今まで「酒場放浪記」で感じていた人物像とはかなり異なっていることに新鮮な驚きを感じました。

山にも登る吉田さんの他の登山者への視線も、けっこう“お調子者”には厳しい眼差しを向けていて、ちょっと怖い感じさえするほどの毅然とした人としてのたたずまいを感じ、これにもさらに驚きました。

自分にも厳しい吉田さんは、他の人にも同じくらい厳しく、でも人生の荒波の中を一歩一歩、歩んでいる姿があまりにも泰然としていて、読んでいる途中からこちらも襟を正して読み進むことになりました。

大町桂月、種田山頭火、若山牧水らを“酒飲み詩人”の先達と仰ぐ吉田さん。
日本中を旅し、巡り、出会う人達との「酒縁」、今まで私が知らなかった独特の感性での紀行文などが綴られたこの本、表紙の写真からは感じられない“渋さ”と“重さ”を感じる著書でした。

 

2020/02/22

坪内稔典氏の「俳句のユーモア」を読んだ。

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『俳句のユーモア/坪内稔典著(岩波現代文庫)』を読みました。
これも例によりブックオフで110円d(^_^o)

テレビをほとんど見ない私ですが、TBSの「プレバト」はよく見ます。
それはあの俳句のコーナーがあるから(*^_^*)

梅沢富美男さんが“一喜一憂&一怒”する様も楽しいが(^^;)、芸能人の皆さんの作品を見るのもたいへんな楽しみです。
五七五のたった十七文字でさまざまな光景や、人生模様などが浮かび上がってきて、いつも感心して見ているのです。

で、ブックオフで見つけたのがこの本でした。

著者がある町へ仲間たちと吟行し、地元の俳句グループと合同の句会をしたエピソードが書かれていました。
著者が司会をして合評を行い、その場では笑いが絶えなかったというお話。
作者の意図と読者の読み方のくいちがいや、一句についての多様な読み方などが笑いを誘ったのですが、あとで地元の人が「今日はカルチャーショックを受けた。句会で笑ってもいいんですね」と話しかけてきたのだそうです。

つまり、いつもは真面目に笑いや私語を慎み、真面目に粛々と行われていたらしいのです。

この本のあちこちに書かれていますが、俳句のいいところって、生真面目な部分もいいかもしれませんが、ユーモアを感じたり、ちょっと意外で独特な視線や、一見関係の無さそうな言葉、事象、季語などが不思議と読者の心を動かしたりするものなんじゃないかと思います。

先に書いたプレバトという番組でも多様な句が紹介され、視聴者を楽しませてくれているのだと思います。
夏井いつき先生のべらんめぇ調の添削も手伝って・・(^_^;)。

この本に掲載されていた著者の句から私のお気に入りは・・。

「三月の甘納豆のうふふふふ」

著者はこれのウケがよくて、気を良くし、一月から十二月までの甘納豆の句をあとから追加しています'(*゚▽゚*)'楽しいっ!!

あと紹介されていておもしろいと思った“色っぽい”句。

「渋かろか知らねど柿の初ちぎり」

新郎新婦の初夜の儀式のことをうたったものらしく、

「婿がのう、うちの背戸に大きな柿の木があって、ええ実がなっちょるが、のぼってもよかろうかって嫁に言うげな、嫁がのぼりんされちうと、婿がのって実をもいでもええかろうかちうと、嫁がもぎんされって、それでしたもんじゃそうな」・・と、民俗学者・宮本常一氏の解説が加えられています!(#^.^#)

というわけで、きょうも俳句が楽しいです(゚ー゚*)。oO

 

2020/02/13

「少しだけ、無理をして生きる/城山三郎」を読んだ。

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『少しだけ無理をして生きる/城山三郎著(新潮文庫)』を読みました。

ここ数ヶ月で城山さんの本をこの本を含め、三冊読みましたが、いずれもとても興味深く、しかも今まで自分が踏み込めきれないようなところに踏み込んだ内容でした。

今回は「少しだけ、無理をして生きる」という、たぶん読む前から城山さんのことだから、“少しだけ”っていうのは“かなり”のことなんじゃないかと思っておりましたが、やはりそんな感じでした。
でも、城山さんにとっては“少しだけ”の領域なのかもしれません・・。

様々な著名人の言動を例にとって、その生き方を紹介してくれるのですが、私が感じた“少しだけ無理をする”というのはどういうことか、というのを抜き出して書いてみると・・。

人は結局、その人の性格に合った事件に出くわし、人生というものを突き進んで行く。
つまり起こることは、あなたの性格から起こるべくして起こったことなので、無理をしつつも頑張れよ、ということ。
私自身も思い当たるし、他の周囲の人にもそう感じました。

また、情報をあらゆるチャンネルから入れて、自分の嫌いな人の意見などにも耳を傾けることが結局人からの人望を得るようなことになる、というようなことも書かれていました。
たしかに、人望ある人はひとの話をよく聞きます。これも絶対的な事実だ。

さらに、「自分だけの世界」を大切にすること。
本を読んだり、絵を見たり、描いたり、座禅を組んだりすることなど、個人だけで完結する世界を持てということも書かれていました。・・これも大事だ。

続いて、親しい人たちとの関係を大切にせよ、とも。
妻、子、友人、親近者、仲間など、そういう人達によって人は支えられているのだということだと思います。

もひとつ、達成することの大切さも書かれていました。
目標を立て、段階を踏んで挑んでいくことも人間の支え、生きがいになる・・と。

いろいろな歴史上の人物を例にとって書かれている本ですが、広田弘毅首相についての記述が一番印象に残りました。
人としてどう行きるか、数奇な運命を辿った人物ですが、その人物像には驚くべきもの、惹かれるものがありました。
あらためて今後広田弘毅首相について調べてみようと思いました。城山さんの著書もあるので、探してみようかと。

今回の城山さんの本も勉強になることが散りばめられていました。
いい読書になりました。

 

2020/02/08

日焼け読書の旅かばん」椎名誠著を読んだ。

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『日焼け読書の旅かばん/椎名誠著(本の雑誌社)』を読みました。

19年前の本ですが、中心になっているのは、椎名さんが旅の途中で見つけたり、読んだりした本、また、これは自分の中でもベスト・ランキング上位に入る本だ、というものの紹介、さらに今読んでみるとあらためて発見がある・・というような本のことを書いたものです。

加えて、今まで椎名さんが凝ってお金をかけて集めたカメラや、万年筆、クルマなどなどのこと。
そしていつもの“椎名節”であれこれ“物言い”をつけたりの、椎名ファンにとっては
読んでいるときがプライムタイムになるような本でした。

「大全大好き」の項では、「うんち大全」「鰹節」「風の博物誌」「大図説 世界の木材 木と人間の文化誌」などの椎名さんが大好きな“大全モノ”の本について紹介していましたが、私もそういう本は大好き。

どんな物事でも、“大全”となれば、そのものについてのあらゆることが書いてあり、あらゆる視点から書かれているような気がして、ついつい手に取ってしまうのです。そういう椎名さんの気持ち、よくわかります。

この本の中で椎名さんが旅先で本屋に寄って本を探したりすることの話や、八重洲ブックセンターに特に目的の本はなくとも立ち寄る話などが書かれていて思ったのですが、最近私が時々通っていた本屋が二軒立て続けに店を閉めました。

両本屋ともに普通の郊外型の大型書店などとはひと味ちがった品揃えをしていて、寄るたびに何か面白そうな本を発見していたのです。
でも、もう時代は本屋さんが成り立たなくなりつつあるようですね。
なんだかとても寂しい。

「わざわざ本屋なんか行くんですか?!僕なんか、みんな Amazon ですよ。」って今まで何度も何度もいろいろな人に言われました。

別に最初っから目的の本が定まっているわけじゃないんだよ。
自分でも知らなかった、気づかなかった本に出会いたい、そして本屋にいる時間・空間を味わいたいんだよ。

って言いたいけど、わからないヤツに何を言っても説明しても無駄なことはわかっているから、「ああ、そう、いいね」と返事しておきます。どうしても手に入れたい本が最初からあったら私でも Amazon くらい使ってるっつうの!!

ということで、最後は現在の本屋さん事情にまでふれて今回はおしまいです。

さあ、次の本に取り掛かります。

 

2020/01/31

パリッコさんという方の「つつまし酒」を読んだ。

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『つつまし酒 -懐と心にやさしい46の飲み方-/パリッコ著(光文社新書)』という本を読みました。

著者「パリッコさん」は、長年勤めていた会社を辞めて、フリーライターとして独立した方だそうです。
ライターとしての仕事の99%は「お酒」と「酒場」ということで、“酒”一本で生きて行こうという決断をされたわけで、読んでみた文章のやわらかさとは対称的に厳しい世界を生きて行こうとされている方なんだなと感じました。

でね、この本を読み始めてすぐ感じたのは、今まで私が読んできたような、酒についての専門的な知識や、老舗の居酒屋を探訪したり、そんな世界ではないのです。

ではどんな世界かというと、ファミレスで飲む楽しみを見つけ、ファミレスでの“肴”と“酒”はこういうものがあり、お値段もリーズナブルで、今まで気づかなかった!みたいな話とか。

サラリーマン時代の勤め帰りに閉店間際のスーパーに寄り、“おつとめ品”のシールが貼られるのを待って“肴”をみつくろう楽しみ、とか。

豆腐が好きで、お店によっての肉豆腐の様々な姿をリポートし、それぞれを食べた感想もけっこう深い・・。お店への観察眼もちょっと今までのライターとは異なる視点で書かれています。

マクドナルドのハンバーガーを“家飲み”の肴にするという・・ふつうだったら私が「そんなのいやだよ」と思うようなことも、ハンバーガーに手を入れて美味しくする方法が書いてあったり、公園などに椅子を持ち込んでひとりコンビニで買ってきた缶チューハイなどを飲む楽しみを語ったり(花見の現場にもひとり行って同様のことをしたりする)、電気風呂というピリピリと電気ショックを受ける風呂に入ったあとの酒の楽しみを書いたり、おつまみも自分でいろいろ面倒がらずに作っていくのです。

青唐辛子を漬けたり、卵黄を漬けたり、らっきょうを漬けたり、けっこう“まめ”です。

冷凍食品で一杯の報告なども、あまり今まで見なかった非常に“身近な飲み”にこだわっている姿勢を感じます。

つまり、新しいジャンルを開拓している、と感じました。
読み手によっては、「しけてるなぁ」とか「しみったれてる」「みみっちい」などと言う人もいるかもしれませんが、でも私が感じたのは、新しいジャンルを切り開いているなこの人、ということでした。
こういう分野を見つけるセンスが素晴らしいと思ったのです。

家飲みや、カプセルホテルで飲んだり、サイゼリヤで飲んだりするこの意外とやってみれば“新感覚”なワールド!この本を読んで、ちょっとやってみてはいかがでしょうか・。

 

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