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わたしのいきつけ

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2019/10/13

「しびれる短歌」を読んだ。

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『しびれる短歌/東直子、穂村弘著(ちくまプリマー新書)』という本を読みました。
短歌というと馴染はあるけど、あまり真っ正面から読んだこと、味わったことがない分野です。

で、これがイレギュラーなのか、よくある短歌なのかということもわからず、著者の東さん、穂村さんが次々とあげる短歌を詠みました。

いきなり

〇したあとの朝日はだるい 自転車に撤去予告の赤紙は揺れ

〇するときは球体関節、のわけもなく骨軋みたる今朝の通学

です。・・したあと、と、するとき、って何をするのかと思っていると、やはりあれでしょう。すげえな近年の短歌って!と思いました。

女性のわたしたちは人形じゃないぞ、生身の人間だぞ、という意識というか異議申し立てなのだと思います。

〇わたくしの料理を食べなくなってから子に魔法はかかりにくくなり

・・というのは私にもよくわかった。

〇ひさびさに真正面から妻を見る電車のなかの対面の席

・・これもわかるような気がした。あらためて客観的に見るなんてこと、こういうときしかないかも。

ちょっと笑えないというか、結局つまらないと思ったものもありました。
〇(7×7+4÷2)÷3=17
  カッコなな、かけるななたす、よんわるに、カッコとじわる、さんはじゅうなな

・・五七五七七になってるだろう!?ってことだけど、私には全然面白くなかった。

ほんの一例をあげてみましたが、若い人の短歌には共感できないものも多かったというのが私の印象でしたが、「これがわからんヤツには短歌は楽しめんぞ!」と言われてしまいそう。
著者のお二人の解説についても、一部ついていけないことろがあった(^_^;)
結局、私が歳取った、ってことだと思います。
理解できないってわけじゃないんですよ。でも、こんなこと書くヤツきらいっ!っていうのが私の正直な気持ちでした。

 

2019/10/11

「ハーバードの日本人論」を読んだ。

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『ハーバードの日本人論/佐藤智恵著(中公新書ラクレ)』という著者によるハーバード大教授へのインタビュー中心の本を読みました。

私達日本人が日常あたりまえだと考えていること、行動、慣習などが、ハーバード大の教授達には特にアメリカ人として、そしてやがて社会、財界をリードする人間となるであろう学生達には十分に研究するに値するものである、ということがこの本の内容です。

日本の映画を研究し、その中から日本人がロボットを“友達”だと思う感覚についての不思議を追求(日本人にとっては鉄腕アトムその他でこういう感覚は割とあたりまえ)したり、アメリカのIT関係のリーダー達がなぜ日本のアニメ映画に影響を受けることが多いのか、などなど興味深い内容です。

日本でも何年か前にブームを呼んだ「伊藤若冲」の絵について学生に教えるカリキュラムもあります。
たとえ工学系の分野に進んだとしても、芸術を理解できる人間でなければ世の中をリードする人間たりえないという考え方にも感心しました。
今の日本には、逆にそういう考えを捨てようというようなことがあるのではないかとも感じました。まずは人として大事なものを身に付けるという考え方、大事だと思いました。

古代DNA、ゲノム解析から日本人のルーツを探ろうとし、また日本人特有の人としての個性がどこから来ているのか、という研究も面白かった。
本州に住む日本人のDNAの20%は縄文人、80%は弥生人に由来し、それがいつ頃交配したのか、それによってどうなったのか、読めば読むほど科学的研究なだけに、その事実に驚かされました。

また、日本人の長寿の秘密を研究している教授は、アメリカが平均寿命を短くしている中、見習うべきところを考察しています。
そして、今の日本人はせっかくのいいところを捨て始めている傾向にあるとも・・。

政治に関しての日本人の“世襲好き”、そのことの政治への影響、近年の傾向などの考察も面白かった!

まだまだ色々とインタビューされていましたが、興味のある方はぜひ本屋さんで手に取ってみてください。
噛んで砕いてわかりやすく書かれていたので、私にも理解できる部分が多く、いい本でしたよ。

2019/10/04

「ごはんぐるり」西加奈子著を読んだ。

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『ごはんぐるり/西加奈子著(文春文庫)』を読みました。

[幸せな食オンチがつづる美味しくて楽しい“ごはん”エッセイ]ということになっておりました(*^_^*)

私が可笑しかったのは、西さんが友人達とクルマで旅に出て、現地の美味しいものを楽しみにしているのに、途中のパーキングエリアでアメリカンドッグなんかがとても美味しそうに見えて食べてしまう。
そして、車中でもポテチやスナック菓子をいっぱい持ち込みお腹いっぱいになるまで食べてしまう( ̄O ̄;)

で、せっかく皆で食べた美味しい蕎麦をほとんど食べられなかったりする・・。
こういう人はいる!なんたが一人で盛り上がって目的地にたどりつく前にガンガン食べちゃうのだ。
こういう人に怒りまくる人はいると思うが、私はなんだか微笑ましいと思う(^_^;)

「初デートでの正解」って話題もおもしろかった!(゚ー゚*)。oO

豪華フランス料理でもなく、味にうるさい店でもなく、お好み焼き屋や、焼き鳥屋で、味が濃くてちょっとだけガサツで、ビールがぐびぐび飲める店・・が正解、なんて言っています。
たしかにそれは言えると思うd(^_^o)

だがここでまたちょっと“ひねる”西さん。

正解過ぎるのもどうか、と。

例えば合コンで、女性陣に「好みのタイプは誰?」と聞かれ「aiko」と言う男性をどう思うか?と、問うています(^^;)

aiko は、たしかに素敵、可愛いし、才能もある、でも好きなタイプを聞かれて「aiko」って答える男はどうなんだ?!と言っています。
つまり“正解過ぎる”と言っているのです。

「ほんまに? ほんまにほんま? それって正解すぎひん?」と。

これはわかるなぁ(*^^*)

男の“変態なあなた”、“いびつなあなた”を見たいのだ。とおっしゃっています。
こんなこと書けるだけでも、“あなどれない”人であります。

文体も軽快で、読みやすい。
ちょっと読んでみなはれ!!

2019/09/30

「不明解日本語辞典」を読んだ。

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『不明解日本語辞典/髙橋秀実著(新潮文庫)』という本に手をつけました。
ブックオフにて購入したのですが、手をつけてはみたものの・・という感じになってしまいました。

見出しの32語を見ただけでおもしろそうと思ったのです。

例えば、

〇えー

〇っていうか

〇リスク

〇普通

〇秘密

〇つまらない

などなど、どんな感じで攻めていくのか、と興味津々で本をバッグに入れて楽しみに帰ってきたのです。

でも、【いま】の項目では、「いま」とは一体、いつのことなのだろうか?

と、国語辞典を調べ、過去と未来との境になる時。ただいま。この瞬間。現代。今の時代。今日(今日)。新しいこと。また、そのもの。ごく近い過去に関して用い、互いに経験や知識で知っているものをさしていう。

・・と、考察が始まった時点でもう先を急ぐ私には興味が無くなってしまったのでした。

だいたい上記のような意味のことは既に説明いただかなくとも分かっているし、その後の展開も妙に細部にこだわり、面倒くさい。
その見出しの中盤から終盤にかけてはもうどうでもよくなってしまい、半分くらいまで読んでから投げ出してしまいました。

この著者同様な言葉へのこだわり方をする人には面白いのだろうと思いますが、どうも私には合わない本でした。
ということで、ざっと読んでお終い。
次の本にとりかかります。

2019/09/29

「天ぷらにソースをかけますか?」を読んだ。

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『天ぷらにソースをかけますか? -ニッポン食文化の境界線-/野瀬泰申著(新潮文庫)』を読みました。
どんな本か、っていうと、タイトルどおりです(^_^;)

とにかくネット上に著者が疑問に思っている食文化の境界線について投票をつのり、ついでに各地の人から様々なご意見も聞いてしまおうというものなのです。

表題の天ぷらにソース問題についてもはっきりと結果が出て、日本列島が真っ二つです。東と西に。ソースは主にウスターソースで、関西はソースかける派が圧倒です。

関東では、「ぜんざい」というと、なぜか小豆のつぶつぶのみで汁のないものを甘味処では品書きに載せたり、お汁粉でもつぶづぶが入った汁粉を“田舎汁粉”などと読んだりしているところもあり、京都の方々から言うと、「馬鹿者っ!つぶも入って汁があるものがほんとうの「ぜんざい」であり、東京の田舎者の発言、片腹痛いわ!!」と大激怒( ̄O ̄;)

また、地方によっては、メロンパンとサンライズというメロンパンのジャンルに入るパンがあることを初めて知ったり、関西では「肉」といえば“牛”のことを言い、「豚」なんて魚と一緒(^^;)などという嘲笑を浴びたり、・・ほんと面白い本でした。

冷やし中華にマヨネーズが入っているものがあるというのも、私、初めて知りました。
これも県ごとに特色があり、驚きました。
それにいわゆる「冷やし中華」が「冷麺」と呼ばれていて、韓国風な冷麺も「冷麺」と呼称したりする地域もあり、興味は尽きない。

カレーライスについてくる玉子は、「生卵」か「茹で玉子」か、はたまた間をとって「半熟玉子」なんて地域もあるd(^_^o)

ふだんはあまり意識していなかったけれど、いざ調べてみると面白いのですよね。

上記の比較内容はざっと書いてあるので、実はこの本に書いてある内容はずっと深く考察されています。
また、ネット上に自分の地域ではこうだ、と投票してきた人達の幼少期からの食の体験談も超おもしろエピソード満載でした(゚ー゚*)。oO

おもしろいから読んでみて!(*^_^*)「そんな食べ方聞いたことないぞ」とムキになる人達の本気度もすごいですよ。

2019/09/23

「寂庵説法/瀬戸内寂聴」を読みました。

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『寂庵説法/瀬戸内寂聴著(講談社文庫)』を読みました。またまたブックオフにて購入。

表紙の写真からもわかるようにけっこう古い本です。
昭和60年に刊行されたものを文庫化したものです。だから、寂聴さんも60代。

瀬戸内さんが色々なことを経た後に、売れっ子作家となり、その後出家したところあたりから始まっています。

この本の中で、寂聴さんは様々な人から修行を始めたばかりなのにいろいろなことを聞かれます、相談されます。
それに真剣に答える寂聴さん。

「どうせ死んでしまうのに、なぜ人は生きなければならないの」とか、「幸せとはなんですか」とか、「夫に先立たれ、その悲しみから立ち直れません」、などなど。
寂聴さんもその場ではなかなか答えることはできません。

この本は、寂聴さんの考え方と共に読んでいるこちらも考えなければならないような書きぶりになっています。
そりゃそうです。
答えなんてあるのでしょうか。
答えを見つけようとして考えて、考えて、考え抜く。
そして、我が身に降りかかる苦しいこと、辛いことを受け容れて、その中から何かを見つけ出す。
そんな感じでしょうか。

この時にはまだ若い寂聴さんの心の中での葛藤のようなものが書かれていますが、やがて答えらしきものがうっすらとですが見えてきます。
これは私のような人間にも物事の考え方のヒントになりました。

お釈迦様の説かれた教えの中に、人間がこの世で受けなければならない四苦を示されているそうです。
それが「生、老、病、死」です。

特に私は今年に入ってから「病気」になり、「死」を意識する瞬間がありました。
今も体調が悪くなると真っ先に「死」を意識します。
こんなことは今までにはあまり経験したことがありませんでした。

先々週あたりから、また体調が思わしくなく、一進一退です。
だから、まだ若かった寂聴さんが悩みながら「人の生きる意味」を考えていくこの本は、とてもありがたい。

私としては、自分の身に降りかかることをそのまま自然に受け容れ、人生そのものを自分の身体全体で感じ、生きて行こうとしているところです。
生きることはむずかしい。

2019/09/22

「とりつくしま/東直子」を読んだ。

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『とりつくしま/東直子著(ちくま文庫)』という本を読みました。
著者の、歌人で作家の東さんを、存知上げませんで、初めて作品にふれます。

タイトルにもなっている「とりつくしま」というのは、この短編小説集の中では、死んだばかりの人が“とりつくしま係”の人から声を掛けられ、「死後は何か“モノ”に対して“とりついて”よいと言われ、死んだ人自ら“とりつくしま”を決めることになるということになっております(^_^;)

そういう約束だからそういうものだと思って読むことから入らなければなりません。

夫婦で妻が先立ち、夫が大事にしていたマグカップにとりついて、自分の死後の夫の生活を見ている妻。
時が過ぎ、ついに女性が現われ、結婚間近みたいなところまでいくが、亡くなった妻はマグカップから二人の景色を見ていてどうにもその女が気に入らない。
さて、その後は。

とか、

憧れていた書道の先生の弟子になり、住み込みで手伝いをするまでになった生徒の女性が結局先に死んでしまうことに。
先生に自分がプレゼントした白檀の扇子に“とりついた”美しい女性が、先生とその奥様が縁側で自分を回顧してくれる様子を見るという・・不思議な世界も。

10話+番外篇1話の構成でしたが、どの話も静かに心の底に落ちてくるような物語ばかりでした。

自分が同じ立場になって“とりつくしま”を選ぶとしたら・・。
樹木などは生き物として扱われ、とりつけないということなので、あくまでモノの中から選ばなくてはなりませんが、何を選ぶだろう・・。

玄関のドアノブでしょうか。
毎日、家族がどんな顔で出掛け、どんな顔で帰ってくるのか、そんな様子を見届けたい・・のかもしれません。

特に今年度に入り、体調が思わしくない状況が続いているので、しんみりとして読んでしまいました。

2019/09/21

能町みね子さんの「うっかり鉄道」を読んだ。

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ちょっと体調をくずし、既に読んでいたのにアップが遅れました。
体調は徐々に戻りつつあるのですが。

『うっかり鉄道/能町みね子著(幻冬舎文庫)』を読みました。
能町さんのお話をよく土曜日のTBSラジオで聞くのですが、いつも“攻め処”が一般人とちがって鋭く、面白い!

この「うっかり鉄道」も単なる“鉄ちゃん”的な視点で鉄道に乗ったり、駅や周辺を散策したりしているものではありませんでした。

その、能町さん、高校生の頃、平成8年8月8日に「八」のつく駅を8箇所巡ろうと思い立ち、八日市場、八街、八幡宿、本八幡、新八柱、八丁堀、八丁畷、八王子で切符を買ったりしています。しかも最初の駅の八丁堀では時刻が「08:08:」と印字された切符を券売機の前でタイミングを計り買っております(^_^;)
すでに高校生から“特異”な感性を持っていたようです。

基本的に能町さんは“ひなびた”というか駅の看板が錆びて見えないくらいのくたびれ方をした駅舎や、その周辺の商店街(これもボロボロな感じ)や住宅にも興味を持っています。
そして駅周辺にある、ちょっと「レトロ」とは異なるのんびりとしたカフェ(喫茶店)にも興味津々です。
だからよくいる“鉄ちゃん”とは方向性が異なっているみたい。

ものすごい廃線寸前のローカル駅にも行くのですが、メジャーなところでは「江ノ電」も。
江ノ電は、能町さん的にはメジャー過ぎると遠慮気味でしたが、あの住宅の中をぬっていくような独特の鉄道、そして沿線に建つ家々は「玄関を出ると踏切」ということろも多く、能町さんの心を捉えたようです。

能町さんのイラストと編集のイノキンさんとの珍道中ぶりが単なる“鉄ちゃん”本ではないものを感じさせ、楽しく読めました。

能町さんの本は読んでいるようであまり読んでいなかったので、これからはアンテナ張っておこうと思います。

 

2019/09/19

みうらじゅんさんの「ムカエマの世界」を読んだ。

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『ムカエマの世界/みうらじゅん著(角川文庫)』を読みました。
これはねぇ、あのみうらじゅんさんが、“ムカムカするほどムシが良すぎる”願い事をあちこちの神社を訪ねて『絵馬』の中から見つけ、一刀両断にする・・という本であります。

たとえばね、

「かわいい彼女が欲しいです。 別にどんな女でもいいっス」
・・・“いいっす”はないだろう、神様にその“タメ口”は何だっ!
と怒るみうらさん(^^;)

「武道館でライブがやりたい! 今年こそバンドが組めますよーに!!」
・・・まずバンド組んでから考えろっ!
ってな具合d(^_^o)

「イエーッ!神様よろしく頼んだぜっ!!」
・・・何をよろしく頼むのか忘れてしまっている。
(*^_^*)

「福山雅治さんと結婚できますように! それがダメなら平井堅さんでいいです。」
・・・いったいこの女はどんな面して書いてんだ?!
(^_^;)

いやはや、可笑しい本でした。

実は私も神社にいくと、絵馬を見るのがたのしみなのです。

この人は何でそんなに“高望み”ができるのか。
なぜ神様に命令しているのか。
自分の幸せだけ願って、少しは謙虚になれないのか。
なぜ学問の神様のところに来て“夫婦和合”の願いをするのか。
どうして自分勝手なのか!
・・などなど(*^^*)きょうはどんなヤツがどんなこと書いてんのか、とずうっと見ているのでありました。家族はそんな私を不審な目で見ている…σ(^_^;)

みうらじゅんさん、“マイブーム”といい、“ゆるキャラ”といい、ディランブームといい、仏像鑑賞といい、おもしろいものを見つける天才だと思います。
今回の本もたいへんおもしろかった(゚ー゚*)。oO

いつもみうらさんの動きは見逃せないです!

 

2019/09/17

横尾忠則さんの「病の神様」を読んだ。

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『病の神様 -横尾忠則の超・病気克服術-/横尾忠則著(文春文庫)』という本を読みました。

初出が2005年から2006年頃のものをまとめたもので、ちょっと古いものですが、立ち読みしたら面白かったのでブックオフにて購入。

これは横尾さんが病気とどう付き合っていくか、そして常に死を意識している横尾さんは、死んでから後の世界もあるという考え方で、いったん重い病気になるとものすごく弱気になり、取り乱し、気持ちが落ちてきて病状は一気に悪化する、でもふとしたきっかけで、なぜかさっきまでの死にそうな状態がウソのように回復してしまう・・でもって、急に余裕たっぷりの考え方になり、さっきまでの苦しみと、取り乱し切っていた自分のことを楽しそうに語ったりする。
「死んでもその後の世界があるから自分は大丈夫」みたいなことを言う。

でも、病状が悪化の坂道を転げ落ちるような時には藁にもすがり、たいした効果のない治療をした先生には悪し様にモノを言い、“そんなことで治るの?”みたいな治療をした先生でも、効果らしきものが出ると、その先生にべったりと頼り切る態度に出る。

子供みたいです(^^;)

入院してひどい症状のときにはいろいろな検査をいやがり、そんな検査はまっぴらごめんだ・・という我儘なことを言うが、いざ検査をしてみると、痛いだの乱暴だの、こんな検査をなぜしなければならないのだ、とその場では言っていても、検査が終わり、病状が良くなってくると、読者に対し、「やはりやってみた方がいい」なんて無責任に勧める( ̄O ̄;)

さらに入院自体を楽しむようにもなってきて、「まるでホテルのスウィートにいるようだ」なんてすっかりリラックス・・病室で100号の絵を描いたりもしている(*^_^*)

実は私も人生のうちで入院していた時間はたぶん通算すると2年間くらいある。
そして、倒れて担ぎ込まれたときには、もうこの世の終わりかと取り乱す…σ(^_^;)
先生のひと言に心配が急加速して「来週の今頃は墓の下にいるのか」などと“早とちり”をしたりもします。

手術も何度も経験し、幽体離脱するほどの危機的状況にも遭遇しました。

さまざまな経験も思い返すと死にそうになったのに“良い思い出”みたいになって心に残っていたりするのも横尾さんに似ているような気がしないでもない。

常に病気と付き合い、隣り合わせの人生を送っている人の生き方って似かよってくるのかもしれません。

今現在の私も微妙な状態。

長く病気と付き合っていきましょう。

 

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