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わたしのいきつけ

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2019/04/20

「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」を読んだ。

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病気療養中の私です…σ(^_^;)
家でくさっていても仕方ないので、ブログ再開いたします。
その方が元気が出そう!d(^_^o)
んじゃ、いつもどおり始めます。

『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?/中島恵著(中古新書ラクレ)』を読みました。これまたブックオフで108円ですd(^_^o)

タイトルからいきなり興味深いのですが、でもこれは読者を引きつけるための“フック”なのだと思いました。
著者の書きたいことはもっともっと奥深く、現実的で、そして中国人も日本人も互いに考えの及ばないこと。

せっかくだからタイトルにある日本のトイレに魅力を感じる中国の方についても少し・・。
どうやら中国では最高のホテルなどでないと、満足に排水できなかったり、様々なトイレのトラブルがあるのも事実なようで、よほどの高級ホテルにでも泊まらないと、トイレで快適な思いは出来ないようです。
で、家庭のトイレ状況もあまり良くないみたい。
それに比べれば、日本のトイレのホテルから家庭に至るまでの“至れり尽くせり”なトイレはやはり魅力的でしょう。
トイレを買って帰る中国の方も多いやに聞きます。

と、前振りしておいて。

著者が一番言いたかった事って、中国は現在の政治的体制、経済体制の上に様々な公共のシステムが成り立っているわけですが、それは一般民衆のために利便を尽くして考えられたものではなくて、だからそのシステムに乗っかったままでいると自分にとって不便が生じるから“我先に”みたいな行動に出たり、あるいは現状のシステムによる不具合を諦めてしまったりしているだけで、現在の日本にやって来れば、そのシステムに乗って、日本人と変わらぬ行動をすることがほとんどだということ。

逆に、日本人が中国で上記のようなシステムを不便だと感じたり、憤りを感じたりするのは、そして中国人とはそんな気質の民族なのだと感じてしまうことも、あくまでシステム上の問題が起因しているので、日本人も中国人も実際に現地での経験が無い人が殆どなので、互いに理解が及ばない部分が多いのではないか、ということ。

また、中国の複雑な戸籍取得についても書かれていましたが、それによってどうしても夫婦共にがんがん働かないと生活自体が、家族が成り立たないような事情があること、また子育ては多くが祖父母が行っている理由、さらに祖父母までを含めた中国の家族関係についても詳しく書かれていて、初めて知ることばかりでした。
その内容については、ここでは割愛しますが、この本は実にわかりやすく書かれていました。

さらに、日本で現在、日本の良さや、職人の仕事の良さなどを紹介する番組が目立つようになりましたが、それは逆に言うと、誇れるものがどんどん無くなっていく日本の自信喪失について元気づけるようなものではないか、と著者は書いています。

日本人の優しさや、思いやりみたいなものも稀薄になっているからこその“おもてなし”クローズアップなのではないか、などとも考えられます。
つまり日本人自体も良いものを失いつつあり、衰退しているのではないか、と。

私個人の考えとしては、「経済右肩上がり」みたいなことばかり言っていないで、もっとコンパクトで、日本人らしい本来の良さを大切にした国、経済、国民になっていくのが、未来への道なんじゃないかと・・思うのです。

と、こんなことをなどを考えさせてくれる本でした。
面白い本でした。

 

2019/04/09

「懲りない男と反省しない女/渡辺淳一」を読んだ

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『懲りない男と反省しない女/渡辺淳一著(中公文庫)』を読みました。
2005年に中央公論社から刊行されたものの文庫本で、文庫化は2007年です。
またまた例によってブックオフで108円。

この本は、あの「失楽園」や「愛の流刑地」でおなじみの渡辺淳一先生が、わけありな女性二人との対談(問答?)を男女の問題に限って繰り広げるという、渡辺先生が完全に主導権を握っている様子がよくわかる(^_^;)形式で進められています。

渡辺先生、「男は浮気して当たり前」「結婚したら奥さんには飽きるからセックスレスなんて多くの夫婦がそうだ」「家に帰って妻からいろいろな話をされても困るし、一人でぼぉっとしていたい」・・などなど言いたい放題です。

女性側二人も黙っちゃあいませんが、悉く論破され、男っていうものは、結局常に新鮮な感覚でセックスできる女性を追い求めているという“理不尽”な渡辺説に“呆れかえり”“諦め”にも似た様子を対談相手の女性二人が見せ始めます。

ちょっと古い時期の本だから、ここまであからさまに渡辺先生はおっしゃっているが、でも、今や先生のおっしゃるような男ばかりではない世の中になってきつつあるんじゃないか、などとも読んでいて思いました。

男は仕事だけが、そしてその仕事上で得た地位や権力が自分を表現できる唯一のものだから、出世のためには、どんな卑怯で姑息な手段もいとわない、そしてそれが男の人生そのものである・・というようなことをおっしゃっています。

今の私には、上記のような思いは、『ゼロ』となっております。
長いこと生きてきて、仕事も様々なものをやってきて、自分にとって大切なものはまったく別のところにあるのだ、と、気づいているのが、今の私です。

男は、仕事上の戦いは、かつての武士の合戦のようなものであり、ライバルなどには、生物として殺すことはありませんが、仕事上の世界では抹殺しようとする人が大勢います。
二度と浮かび上がれないようにとどめをさしている人を何人も見かけました。
そうした争いをしている人、・・ご苦労様です。

もう、あなたはまっとうな人からはリタイアした後、誰にも相手にされないのですよ。
よかったね、一生掛けて誰にも相手にされないようなひどい人になれました。

と・・話がずれましたが、渡辺先生のお言葉は、ある意味世の中の真実を突いています。
そんなものだ、とも別の側面から私も思いました。

長い男女の歴史から得られた、男女相互が永遠に理解できない世界観について、明快に書かれた本だということは確かでした。

2019/04/03

「うれしい悲鳴をあげてくれ/いしわたり淳治」を読んだ

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『うれしい悲鳴をあげてくれ/いしわたり淳治著(ちくま文庫)』を読みました。
例によってブックオフで108円ですd(^_^o)

著者は、もとはロックバンドをやっていたり、作詞家であったり、音楽プロデューサーもされている方だそうです。

立ち読みしていたときには、表現も今まで私が好んで読んできた文章・文体と異なり、新鮮な感じがしました。
ちょっと驚きの展開があったり、一瞬目から鱗が落ちるような感覚になったりもしました。

でも、読んでいくうちに360頁もある本なのですが、120~130頁頃には飽きてしまいました。
もう先に読み進んで行くことにあまり意味が無いんじゃないか、とも思い始め、完読を断念いたしました。
着いて行けなくなりました。

笑いや、ちょっとした恐怖、センス・オブ・ワンダーみたいなものを感じはしたものの、私の感覚には合わなかったようです。

年代も私と違うし、そのあっさりとした感じにやや違和感も持ちました。
少し“寝かせて”おいてからまた読むかもしれません。
とりあえずの読後感でした。

2019/03/26

「むははは日記」椎名誠著を読んだ

 


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このところ、このブログのプロバイダーであるニフティがブログのリニューアルを図ったのですが、メタメタのボロボロ、でくの坊の屑のようなシステムとなり、最悪の状態になっておりまして、ここ二~三回のアップは、いつもなら15分もあればアップできるものを3~4時間掛かったり、丸一日後にアップされたり、まったく編集が効かないような状態であったり、自分で自分のブログが見られなかったり、外部からも見えてないぞ!という声もいただいたり・・で、散々な状態です。


今回も無事アップできるかどうか、しかも自分の意に沿わない表示のアップがされるかもしれませんが、今、下書きをしているところです。


さて、今回は『むははは日記/椎名誠著(角川文庫)』を読みました。
この本の文庫化前の初出は、1984年ですから、かなり昔のもの。
椎名さんが本の雑誌などでも有名になり、さらに「さらば国分寺書店のおばば」などの驚きの作品でガシガシ、ノシノシ、ワシワシ、ぐんぐん突き進んでいた頃のものです。


どれもこれも歯に衣着せぬ遠慮なし、問答無用の書きっぷりです。
平成14年にこの文庫化が成っていますが、当時のヤバい表現もたぶんそのまま!えらいことになっておりましたd(^_^o)


もちろん私もこの頃の椎名さんの大ファンです。
悪いことを悪いと言って何が悪い、おバカなヤツをおバカと言って何がいかんのだ!という至極当然、あたりきしゃりき、正面突破、怒濤の椎名的“せーろん”がまかり通っております(^_^;)いい時代だったねえ。


特に「雑誌たちよ」という、椎名さんが片っ端からその頃の雑誌を読み、気に入ったものは褒めるが、そうでないものは“めった切り”のコーナーが当時の勢いを感じさせ、もう二度とこういうものは発表されないであろう、気持ちのよいものでした。
久しぶりに私もたじろぐくらいの快進撃な椎名さんでありました。


私も自分の若い頃の気持ちが胸の中に湧き上がり、スカッとするやら、なにかキュンとするものがあるやらで、そわそわするような気持ちで読みました。


ガツンときて、でも爽やかさまで感じさせる懐かしさ漂う本でした。



【Now Playing】 大人のジャズタイム / 島﨑保彦 ( ラジオ日本 )


2019/03/20

『「大人の人づきあい」でいちばん大切なこと』を読んだ。

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『「大人の人づきあい」でいちばん大切なこと/川北義則著(だいわ文庫)』を読みました。
著者・川北義則氏は、1935年生まれで、新聞社勤務を経て、日本クリエート社を設立、出版プロデューサーや、生活経済評論家としても活躍されている方です。


この本は、大人になり、現在、社会の荒波に揉まれている人、特に若い人には社会人として生きて行くためのキーポイントが著者により示されているようなもので、若者でない私にとっても、けっこう“耳の痛い”アドバイスなどが書かれていました。


昨今のこういったタイプの本には、若い人に対して「“叱ってはならない、ほめて伸ばせ!」みいたなことが書かれていることが多いのですが、この本では、職場の飲み会には出て義理を果たせばよい、私は1時間もしたら、いつも理由をつけて帰ってしまうぞ、なんて、やや甘めなアドバイスをしたかと思うと、食事を摂れるような場所で三人で打ち合わせをした際に、一番最初に目下の者の頼んだものが運ばれてきて、そのまま何も言わずに一番の目下の者が箸を付けたことに怒り、説教するような場面もありました。


職場関係の人達との“割り切った”関係をすすめたりもしていますが、根底には厳しい眼差しでもって礼儀・作法を徹底するよう進言しているというのが、この本の特徴であるように感じました。


人に厳しくする、ということは自分にも厳しくせねばならず、私も人にあまり厳しくするタイプではありませんが、ということは、私はやはり自分に甘いのかもしれません(^^;)
少し気をつけようと、あらためて思いました。


近年、部下を多く持つ上司の方々は、様々な研修も受けるのでしょうが、若い部下に対して厳しくすれば“パワハラ”だ“モラハラ”だと言われ、甘くすれば“つけあがり”(^_^;)、さらに甘々にすると“セクハラ”だ、などと言われかねない現状にさぞお困りでしょう。


この本を読んで、そこら辺の微妙な“さじ加減”を勉強するのもいいかもしれませんよd(^_^o)


個人的には、著者が怒りを露わにするような部分が気に入ったのですが・・真似しすぎると訴えられるかもしれません・・d( ̄  ̄)念のため。

2019/03/17

「つやのよる/井上荒野」を読みました。

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『つやのよる/井上荒野著(新潮文庫)』を読みました。

つや(艶)という名の女性がいて、亡くなるまでの間に様々な人(男)と繋がり、そこにはそれぞれの男と女の修羅場があり、女の情念がなまめかしく醸し出され、輝いたり、静かに事態を見つめるようにじっとして少しばかり蠢いたりしている。

いやもう、一筋縄ではいかない男と女の物語でした。
読んでいるこっちの方がどうにかなってしまうくらいの内容で、読むにはエネルギーが要りました。

七つの章から成っているこの小説は、艶という女性と、艶に関わりを持った男女の歪んだような、闇のようなものが見え隠れし、読み手のこちらは、そこに踏み込んでいくようにしていかないと、この物語の面白さにたどり着かない、そんな感じでした。

艶は、浮気、不倫、ストーカー、略奪・・などなど(^_^;)まさに女性の敵、社会の敵のような女性でしたが、だからこその、男を惹きつける魅力があったのだと思います。

でもね、読んでいて思ったんだけど、艶と関わりを持ち、迷惑千万な思いをさせられた人達がそれぞれの章で次々と現われてきて、その人達もやはり“闇”を抱えているのです。
そしてその闇は、結局私も、世間の人達も多かれ少なかれ抱えているものなのですよね。

だから引き込まれてしまうのです、この物語に。

ヤバい人、ワケの分からない人がたくさん登場しますが、よくよく考えてみると自分の人生の中で出会ったことがあるような記憶が呼び起こされます。
そんな人達との関わりの中でそれぞれの人生がある。

生きて行く中で出会う様々な人達や、出来事は、薬味・スパイスのように私達の人生に陰影や味わいをつけてくれます。
そんな中で今も生きている自分を見つけました。

ご興味がありましたら、ぜひ・・。

2019/03/05

村田沙耶香さんの「きれいなシワの作り方」を読んだ

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『きれいなシワの作り方/村田沙耶香著(文春文庫)』を読みました。
著者の村田沙耶香さんは、「コンビニ人間」で芥川賞を受賞したあの方です。・・とは言っても、私はその「コンビニ人間」を読んでいないので、授賞記者会見の映像くらいしか、まだ知識がなかったのですが、それでもこの本はその方であるとも知らずに手に取り、買ってきたものです。

女ともだちとの20代の時代を経て“アラサー”となり、やがて“オーバー・サーティー”になると、女性ってものは大変なものだと、読んでいて思いました。

女性にとって、結婚というものが30代になると、その人にとって“どういうもの”なのかが、それそのものが悩み、重みとなってのしかかってくるのだ・・と、男の私にはそんなに重大な問題には感じないことが、たいした問題になるのだと、よくわかりました。

村田さんのそんな結婚願望(果たしてそんなものがあるのかどうかということが問題でもある)、おしゃれの曲がり角、他人のSNSを見ていながら感じる自意識の過剰な様子、年齢に合ったいいものってなんだということ、歳を経てある程度金ができたときの“通販の誘惑”、さらに“お一人さま”の年末年始の過ごし方、結局親孝行ってなんだということ、「あなたと付き合うことによるメリットは?」などという質問をされたらどうする?・・みたいな話などなど・・(^_^;)

私が日常の生活をしていて、まったく考えなかったことばかり。

でも、それがこの本を読んでみると、深く、そして解決という光が見つからない、そんな問題であると思いました。
今まで、女に生まれたかった・・と、よく思うことがあったのですが、「そうでもなさそうだ」と考え直しました。

結局、男に生まれても、女に生まれても、人としての悩みは、質がまったく異なるにせよ、逃れられないものなのだ・・と、あきらめがつきました(^^;)

というわけで、女性と様々なシチュエーションでおつき合いするときにも、この本に書かれていたようなことを女性は考えているのだという気持ちを持ちつつ相対したいと思いました。
男の勝手な考えも戒めねばなりません…σ(^_^;)

また何年後かに、この本を読むと、異なる感想を持つかもしれません。
その何年後かまでに、私も人生経験をさらに積みたいと思います。
それじゃ、また。


【Now Playing】 ラジオ深夜便 / 六角精児 ( NHK-AM )

2019/02/28

「にっぽん洋食物語大全」を読んだ

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『にっぽん洋食物語大全/小菅桂子著(ちくま文庫)』という本を読みました。
著者小菅桂子さんは、1933~2005 食文化史の専門家。
「水戸黄門の食卓」「グルマン福沢諭吉の食卓」「近代日本食文化年表」「カレーライスの誕生」などの著書があります。

読んでみると、とにかく歴史的な文献などから拾い上げた例えば牛肉を日本人が食べるまでの歴史的、文化的な考察、トンカツの“謂われ因縁故事来歴”、コロッケがもともとは高級食だったのかなどの時代背景からも深く探求した研究・考察、カレーやソース・・などなどd(^_^o)今まで知らなかったことばかりでしたが、それらが記述されていました。

それに、日本人っておもしろいな、とすなおに思いましたよ。
インドのカレーとはまったく異なる日本のカレーは、もう完全に国民食といってもいいくらいですが、カレーの本家本元のインドの方が日本のカレーを食べたらどう感じるのか、と思いました。

これはラーメンも同様。中国の方が今の日本の人気ラーメンを食べたらどう感じるんでしょうね?(*^_^*)

また、阪急の小林一三氏(宝塚歌劇の祖である)は、昭和4年開業の阪急百貨店に日本一のマンモス食堂を完成させ、エビフライにミンチボール、ライスにコーヒーのついた三十銭のランチで一日一万五千食、二十銭のライスカレー・コーヒーつきを一万三千食、二十銭のカツレツで九千食を売り上げたと書かれていました。
「阪急百貨店25年史」に因るものです。

想像を絶する・・( ̄O ̄;)

日本人の“洋食好き”ここに極まれり!と驚きました。

400ページを超える長編なので、最後には頭に入りきらずに大変でしたが、この本に書かれている様々な過去の事実は、とても貴重であり、日本人にとって大切な歴史が書かれていると感じました。

まだまだ「食」に関するいろいろな本を既に入手していますので、また読みましたらここでご紹介しますね。

それじゃまた(^-^)/☆

2019/02/18

「あしたのこころだ -小沢昭一的風景を巡る-」を読んだ

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『あしたのこころだ -小沢昭一的風景を巡る-/三田完著(文春文庫)』を読みました。

小沢昭一さんが亡くなって、もう6年も経ったのか、とあらためて思いました。
著者は、小沢さんがTBSラジオでやっていた「小沢昭一の小沢昭一的こころ」を学生時代に聞き、すっかり小沢さんの虜のようになってしまい、やがてはその番組の台本を書くまでになった方。
私もその番組は何年経っても、大人になっても、オヤジになっても聞いておりました。とにかくおもしろいっ!

著書三田完さんは、私のこれまた大好きで、衝撃的とも言えるような内容のNHKアナウンサーでありながら、業が深く、激情に身をまかせてしまい、地方局を流転し、ついに安住の地も見失った伝説の名調子アナウンサー中西龍を描いた「当マイクロフォン」も書いていることを知り、再び驚き、共感を持ちました。

小沢さんの葬儀の手伝いをお願いされ、式場の受付テントで小沢さんを思い起こすところからこの本は始まるのですが、生前の小沢さんを若い頃から晩年まで関わった人たち、そして小沢さんが訪ねていた場所も、辿り、小沢さんの少年時代から、映画に出まくっていた時代、奥さんと知り合った頃の話、そしてあの名物番組製作の様子まで、とにかく興味の尽きない内容でした。

小沢さんは、自分を“シロウト”だからなどと言いつつ、実は“プロ中のプロ”であり、さらにどんな人にも出来ないあの厳しくて優しい感じでの人との接し方、すべてが私にとっての魅力でした。

その魅力を余すところなく(いやいや、語り尽くせないものがあるけれど)、伝えてくれるのがこの本でした。
つまり小沢さんの“人間”そのものに惹かれている人にとっては応えられない本です。
著者の小沢さんへの想いは果てしない感じ・・。
読んでいて、著者が涙をにじませるところでは私も泣いてしまいました。

いい本でした。小沢さんのあの独特な語り口、叶わないけれど、またリアルタイムで聞きたいと思いました。

2019/02/12

「かくて昭和史は甦る/渡辺昇一」を読んだ

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このブログで宝塚の振り返りをやっている最中ですが、読書の記録も挟み込ませていただきます。

450ページに渡る長編で、時間がかかりましたが、『かくて昭和史は甦る -教科書が教えなかった真実-/渡辺昇一著(PHP文庫)』を読みました。

この本の“キモ”は、明治以降の日本の歴史を“日本の立場”から見直しているところでした。
私も含め、敗戦後の日本で教育を受けたものは、それこそ「通り一遍」の、「戦前は暗黒の時代」で、しかも「日本という国は、日本人は、極悪だったのだ」という歴史観をさんざん植え付けられています。
そうでない人を探すのがたいへんなくらい。

この本では、日清戦争、日露戦争、日英同盟、日韓併合、満州国建国、南京大虐殺、従軍慰安婦の実態、日米開戦における日本外交の失敗などについて、明治政府の成り立ちまで遡って、当時の日本人為政者の立場に視線を置いて書かれていました。

つまり、最初に書いた“通り一遍”の戦後教育とは異なる視線でです。なぜ日本がこういう道を辿ってきたのかということが、わかりやすく書かれていました。

過去の為政者が実際に行ったことについての評価は人それぞれだと思いますが、事実として残っている(※消されていることも多いことがわかった)ことを整理し、なぜ日本がそういう方向に進んでいったのか、と考えることは、とても大切なことだと、この歳になって、この本を読んで、あらためて思いました。

つまり、今の人達(私も含め)って、今現在が正しくて、過去は悪で、悪だとしても、それら過去の歴史を丹念に調べ、研究していくことをせず、悪のひと言で葬り去っているのではないか、と思うのです。
「悪いから悪い」と、振り返りもせずに決めつけています。

そんな浅い考え方をしていると、再び未来に事が起きたときに、今現在の状態を否定して、第二次大戦後の日本人は最悪だった、それら忌まわしい過去は捨て去り、今が正しいのだから今の体制を堅持しよう・・などと、永久にこんなことの繰り返しをしていきそうです。

個々の項目について、この本を読んだ上での私の考えは書きませんが、歴史を冷静に考察し、研究することは大切なことです。戦争を再び起こさないためにも。

ぶ厚い本ですが、内容自体は読みやすく、理解しやすいものでした。
興味のある方、本屋さんで手に取ってみてください。

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