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2021/04/17

安西水丸さんの「東京美女散歩」を読みました。

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『東京美女散歩/安西水丸著・絵(講談社文庫)』を読みました。
そして、水丸さんの東京の風景と美女の絵も見させてもらいました。

著者の安西さんは、1942年生まれ。2014年に亡くなっていますが、この本は、2007年~2014年に小説現代に隔月掲載されたものの文庫化です。

東京のあちこち・・上野・浅草、大塚・池袋、佃・月島、お茶の水・神田神保町、自由が丘、麻布十番、銀座、渋谷、神楽坂などなど・・を安西さんが気の向くまま、けっこう精力的に巡ります。
そしてタイトルどおり、美女を探し、安西さんの「絵」で、その地の風景と共に見せてくれます。
それに赴いた先の歴史的なことについてもかなり深く掘り下げていて、私の知らない過去の東京が見えてきました。
安西さんは東京で育っているので、単に調べたことが書かれているのではなく、安西さんの瞼に焼き付いている実際の光景や人々の姿なども、読んでいるこちらは楽しめました。

安西さんには、例えば銀座を歩いている女性というのは、“こんな美人”でなきゃいけない、という確固たるものがあり、そういう見方で、東京各所の美人を探します(^_^;)
当時流行っていたのか、“レギンス”をはいた女性を見ると、ほんとうに嫌そうな様子・・。

そして、訪ねる各所に、安西さんの歴史の中にいる女性の想い出としての影が現われる。
もうねぇ、驚きました。
こんなに年齢層もタイプも異なる女性と“関係”していて、ちょっと調べ出すと誰だかわかるようなくらいギリギリで書いていて、大丈夫なんかい?と思いましたが、安西さんはすでに亡くなっているからそれでいいのか・・。
でも、その女性ごとのエピソードもなんだか面白いのですd(^_^o)

また、あちこち探索しているうちに、美女と出会ったりすると、即座に声をかけることも多く、かなり“立ち入った”ことまで聞いてしまいます。でも、それが安西さん流の女性との接し方なのでしょう、あっという間に関係性を築いてしまいます。
・・この年代の人の、このやり方は、過去私の先輩でもいましたが、もうこういうことが出来るような男はほとんどいないです。絶滅危惧種・・。

400頁以上にわたるボリュームでしたが、とても“濃い”、“男の本”でした。

安西水丸さんの、男のダイナミズムと、東京の歴史的風景が楽しめる長編本でした。
ガッツがあり、エネルギッシュな男向けの本なのかもしれない。

 

2021/04/13

「千年、働いてきました 老舗企業大国ニッポン」を読みました。

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『千年、働いてきました 老舗企業大国ニッポン/野村進著(新潮文庫)』を読みました。
帯には、「長く生きる会社には哲学がある。-老舗製造業の奥深い秘密に迫る-」とあります。

ノンフィクション・ライターの著者が、それこそ西暦578年、あるいは1566年、その他1600年代~1800年代から続いている老舗製造業を訪ねてまとめたルポとなっていました。

驚くのは、時代の最先端をいく携帯電話に、百年以上続いている日本の老舗企業技術が入っているということでした。
携帯の折り曲げ部分や、着信をプルプル震えて知らせる機能、液晶画面などの部分に、日本の「老舗の智恵」が詰まっているということを私も知りませんでした。

携帯の心臓部といえる「発信器」が、極寒の地でも、灼熱の砂漠でも機能するには、日本の老舗企業が開発した世界的な特許を持つ発信器が必要不可欠であるということもまったく知らず…σ(^_^;)。

それら老舗企業は、長年培ってきた古くからの古典的な製造技術の中から上記のような技術のヒント、きっかけを得て現在に至っているということで、何度も書きますが、知らなんだぁ・・となってしまいました。

ここに書かれている老舗企業の他にも、まだまだそういう企業はたくさんあるかもしれません。
老舗企業は意外なほど、どんどん新しいことに挑戦しているようです。

GAFA や FANG などと言われる企業を取り上げて、「アメリカはとっくに“ものづくり”を止めている」と、「ものづくり」を批判する風潮が勢いを増している昨今ですが、日本がそれらを真似していって、“未来”がありますかねぇ・・、といつも思います。

わるいけどそれらの巨大企業は、「悪魔」のような“やり口”をしている、と、私はインターネット接続時や、その他様々な機会に思います。
そういうの、日本人に合いますかね?!

もっと別の道があると思うのです。
そのヒントが、この本に書かれている老舗製造業の話に隠されているんじゃないかと思いました。それがこの本を読んで一番感じたことです。

今、“有卦に入っ”ている企業や業態、さらにキーワードみたいなものに飛びつく人を見ていると(私が勤めていたところにもいっぱいいた!)、「もう遅いんだよ」とか、「その方向性は人々を不幸にする」と感じてきました。

別の道、方向性を気概をもって目指す指導者や若い人達が、未来を明るくするんじゃないか、と思いつつ、今回の読後感といたします。

 

2021/04/09

三國連太郎さんの対談本、奥が深過ぎて、少しだけ潜って帰って来ました。

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『「芸能と差別」の深層/三國連太郎・沖浦和光〔対談〕(ちくま文庫)』を読みました。
1999年に解放出版社から刊行された上・下巻本を合本し、改題のうえ2005年に文庫化されたものです。
ブックオフにて安価購入。

俳優の三國連太郎さんと、比較文化論・社会思想史が専門の沖浦和光さんの対談本ですが、内容は表題どおり奥深く、俳優・・芸能・・わざおぎ・・シャーマンとさかのぼって行き、芸能の原始とシャーマニズムにまで話は進み、それは「芸能」と「差別」の関係へと発展していくのです。

私も最初のうちはなんとか付いていったのですが、歴史的なことや、宗教、過去からの芸能の変遷など、まるで勉強不足で途中から置いてけぼりになりました…σ(^_^;)

「芸能」はもともと「芸態」であって、国家組織ができる以前から芸態者の団体があったとのことで、その歴史をつぶさに調べると、日本の奴隷階級の起源と変遷がよくわかる・・ということにまで話が及びます。

芸能の起源は、呪術師であるシャーマンの所作にある、と、沖浦氏。
俳優は「わざおぎ」と読み、「俳」は「遊戯」すること。
「優」は神事に発した「遊楽」を指し、のちに演技する者を意味するようになったそうです。
・・なんとなく、聞いたことはある・・。

新春の祝福芸・萬歳から万才への変遷なども書かれていて、今現在の万才を見聞きしている身からすると、とても興味深い。

また神社の祭礼には必ず大道芸人や門付芸人の姿をかつては見かけたが、そこから香具師(やし)と的屋(てきや)にも話が及んで来ます。

第二次大戦前夜に発表された永井荷風の『墨東綺譚』に浅草を中心とする芸能とそれにまつわる様々なことが書かれていて、とても貴重だということにもふれていました。
『墨東綺譚』、もう一度読んでみようかと思いました。

途中で付いていくことが出来なくなったこの本ですが、三國さんの「芸能」「俳優」というものに対する眼差し、考え方に接し、そこまで突き詰めて生きているのか、演技をしているのか、とあらためて感じることの多い本でした。

文中に異なる視点から同様のことを研究していた小沢昭一さんについても書かれていましたが、小沢さんの関連本も何冊か持っているので、この本と比較しつつ、もう一度読んでみる価値がありそうだ、と思ったところで、今日の感想はおしまい。

 

2021/04/05

伊集院静さんの「ひとりをたのしむ」を読みました。

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『ひとりをたのしむ 大人の流儀10/伊集院静著(講談社)』を読みました。

このシリーズの最新刊です。
なので、コロナ禍での否応なしの「ひとりで生きることとの向き合い」についても書かれていました。

伊集院さんは、「コロナに負けてたまるか」というのが基本姿勢で、「“WITH コロナ”という発想を今までも、これから先も持つつもりはない。」とおっしゃっていて、これは私も同感です。
「あの人もひとりで耐えている。ひとりを経験したから(伊集院さんは去年倒れて復帰したばかり・・私も倒れて復帰した直後です)、そう考えられるようになった。その心境を言葉に、歌に、詩歌に、舞台に、戯曲に、小説に、絵画に、彫刻に、舞踏に活かす何かがあるはずだ。」とのことでした。
これにも同感です。

それから、ひとりにならざるをえない人も大勢いるが、敢えてひとりで生きようとしている人もかなりの数だと。
“ひとりで何かを楽しむ”ためにどうするか、それは自分を肯定できる性格と慣れを持つことだとおっしゃっいます。
「ひとりをたのしむ」ことができるのは、誰かの力ややさしさが介在しているからだ、ということを忘れぬようにと言葉を添えています。そのとおりだと思いました。

で、その他気になったトピックをいくつか挙げてみます。

伊集院さんは、“学校閥”に属するのが嫌いだ、とおっしゃっています。
それは一流大学の者が大半で、同時に一流に属していない人から見ると排他的であったり、上から見られている嫌な感触があるからではないか・・と。
「己の力量でもない傘の下で、雨、風をしのぐのは大人の男らしくない。」と書いていて、またまた同感しました。

「そこに属さない人(自分もそうだが)から見ると、その集団は、やはり眉根にシワを寄せたくなるのである。」「妙なことを書いていると思う。」「ただ、何人か、わかる人もいると確信する。」とおっしゃっていて、私はその“何人か”です。

もうひとつ、

「△△って何のことだかわかりますか?」

「××がなぜああなるか知っていますか?」

という話し方をする人がいる。それが気にかかる、というわけです。

訊かれた人がその答えを知らなければ、そんなことも知らないのか、と相手を試しているように聞こえるし、仮に知らないとわかって、その答えを話し出せば、まるで相手より物事を知っているように見える。そういう話し方は下品で、傲慢にしか聞こえない。

というのが、伊集院さんの取り方で、私もこういう訊き方をする人が周囲にけっこういて、上記伊集院さんのように取り方の整理が出来ず、なんだかいつも嫌な気分になっておりました。

これを読んでスッキリしました。
ほんとうに面倒くさい人達でした。

まだまだ“溜飲が下がる”トピックがたくさんあったのですが、今回はこれまで。
伊集院静さんの新刊を読んでの拙い感想でした。
伊集院さん、いつもありがとうございます。

 

2021/04/04

「いちいち気にしない心が手に入る本」を読みました。

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『いちいち気にしない心が手に入る本/内藤誼人著(王様文庫)』という本を読みました。
自分のこともあるけれど、家族の悩みなどを聞いていて、それに応える自分にも自信を持たないと、と思い読んでみることにしました。

過去にも、若い時、そしてある程度の年齢になった時にも、この手の本は何度も読みました。
でも、決定的な解決方法っていうものは無いんですよね。
「どうしても気になってしまい、気に病むことは絶えない」のです。

ある程度、「人は人、自分は自分」という気持ちでいないと身体がもたないし、「ふ~ん」と受け流せるような部分も持っていないといけない。

まずは体を動かしてしまう、とか、表情や姿勢を基本的に少し無理してでも“ニッコリ”させたり、“胸を張って”いないと、どんどん悪い方向に行ってしまう・・というようなことも、わかっちゃいるけどやらないと、と思いました。

少し気になったところでは、「勝てるところで勝負する」という項目がありました。
「負けてばかりいると、人は弱くなる」というのです。
だから、自信をつけたいなら、「勝てるところでだけ、勝負する」ということも重要だと書かれていました。

何度も「勝ちの味」を覚えるからこそ、自信も強化されるのだ、とのことでした。
“優秀な先生は、勉強のできない生徒に、難しい問題などやらせません。”と締めくくられていました。

かつて、私は職場で「今年一年間で何にチャレンジするか」というシートを上司に提出したときにこの例とは逆のことを経験しました。

私が自分で得意だと思っている「IT」「SNS」等を使ってその部署の業務である広報・PRを思い切ってやってみたい、と書いたら・・、

「自分の得意なことで成果を上げようなんてずるいことをするな。一番苦手なことをやれ。甘いんだよ。」と直属の上司に言われ、最後に「ダメェ~っ!!」と、シートを突き返されたことがありました。
そういう考えならそれでもいいかもしれないけど、人をバカにした突き返し方だと思ったし、この人は信頼に足らない人だと思いました。

そういうことが今までに何十回もありました。
機会があれば、またこのブログにそれらも書こうと思っています。

途中から“グチ”っぽくなりましたが…σ(^_^;)きょうの読後感の報告はこれまで!

 

2021/04/03

「趣味は読書。/斎藤美奈子」を読みました。

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『趣味は読書。/斎藤美奈子著(ちくま文庫)』という本を読みました。

2003年に刊行され、2007年に文庫化されたものなので、時代的にはちょっと古い本が取り上げられていましたが、でも本筋の内容は今も変わらないと思われました。
この本もブックオフで格安ゲット!

この本の中身は、要するに「ベストセラー」として売れた本、どんな人が読んでいるのだろうか、という疑問から発し、読んでもいないのに、「たいした本じゃないに違いない」とか、「読むべき本じゃない」と言う“自称”本好きもいる。
かと思えば、「いい本だった」という人もいて、「どんな内容だった?」と聞いてみると、「ええとよく覚えていない」!?!?という返事がかえってきたりする。

だったら、ベストセラー、私が読みましょう!と、著者がベストセラーを実際に読んでみての感想を述べる・・という本でございました。

たしかに、私もベストセラーはほとんど読んでいない。
「売れている本はつまらない」という先入観もある。

なので、実際に読んでみたらどうなのか、っていうのはとても気になるのでした。

「読んだらいい本目白押し」なんてことになるのか!と思ったりもしましたが、結論からいうと、ほとんどが・・駄本・・だった・・って感じでした。
ある程度ほめていたような本もありましたが、ほぼ私の想像したとおりの結果でございましたd( ̄  ̄)

芸能人の暴露本は概して瞬間風速的に売れるが、その後はすぐに終息し、自らの評判も貶めたり、発刊後はその人自身も話題に上らなくなる。

男女の差を、過去から言われてきた“わかり切った”内容であるにもかかわらず、体裁を変え、目先を変えて、いかにも新しい視点のように見せかけて売っている本。

どうしようもない上司と部下の話や、世間・社会にいる横柄で横暴な人の特徴を挙げて、それはこんな人だからこんなこと言うんだ・・みたいな本についても、過去にあった内容をちょっと表現を変えているだけ、というものも紹介されていました。

あとは、“あこがれの人”が書いていることについて夢見るように読んでしまう人に向けた本も後を絶たず・・ということもよくわかりました。

また、ベストセラーなのに、その本に書かれていたことが結局わからず終いになっているもの。「鉄道員(ぽっぽや)」がホラー小説だなんて誰も言っていないので私は知りませんでしたが、読み終えたあともホラーだとは思っていない人がほとんど・・ということになっているのだそうです。

というわけで、著者斎藤美奈子さんの正直な感想は、とても面白く、あっという間に読み終えました。
ベストセラーは、・・たぶん今後も1000冊に1冊くらいしか読まないと思います…σ(^_^;)

 

2021/04/01

「杉原千畝 情報に賭けた外交官」を読みました。

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『杉原千畝 情報に賭けた外交官/白石仁章著(新潮文庫)』を読みました。

外務本省の意向に抗いながら1940年に日本への通過査証を発給し、六千人ともいわれるユダヤ難民の命を救った人物、「杉原千畝」については、テレビなどでその話を聞いたことがありました。

その果てに、戦後、外務省から逐われてしまう運命に。
でも、一切の釈明もしようとしなかった杉原。

夫人の幸子さんが『六千人の命のビザ』を千畝没後に上梓していますが、そのヒューマンな部分だけでなく、『インテリジェンス・オフィサー』としての杉原千畝に迫っているのがこの本でした。

インテリジェンスって、ここ何年かで、特に佐藤優さんの著書や発言などでよく耳にするようになりました。

インテリジェンスとは、膨大で雑多なインフォメーションから選り抜かれ、分析し抜かれた“ひとしずく”の情報を言う・・のだそうです。
この“ひとしずく”が国家が熾烈な国際政局を生き抜くための業の元となり、インテリジェンス・オフィサーは、ダイヤモンドのような情報を見つけ出し、国家の舵を取る者を誤りなき決断に導くことを使命としているわけです。

自らを厳しく律し、決して情報源を明かさないのがインテリジェンス・オフィサー。
情報の入手経路が分かってしまえば、相手側に災厄が及んでしまい、時には命まで喪われることに・・。

杉原が、命のヴィザと引き換えに、全欧の情報網から掴みとった一級のインテリジェンスは、本国統帥部に容れられませんでした。
杉原情報網を引きついだストックホルムの駐在武官小野寺信が発した「ヤルタ密約」の緊急電も、統帥部自ら破り捨てた疑いが濃いとのこと。

この本を読んでも、記録的には、杉原の情報収集の様子は完全に消されていて、逆にものすごく興味がわきました。
読めば読むほど、杉原千畝という人の「謎」の魅力に引き込まれるのです。

丹念に外務省に残された記録や、世界に存命している杉原と関わりを持った人の証言や証拠物件などから当時の杉原の仕事や、人となりに迫る内容の濃い本でした。

また後日読み返せば、もうひとつ別の杉原千畝が見えてきそうだ、とも思いました。

 

2021/03/28

「本棚・ヒヨコ舎編」を読みました・・見ました。

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『本棚/ヒヨコ舎編(アスペクト)』を読みました。
というか、芥川賞作家・川上未映子さんや直木賞作家・桜庭一樹さんら、作家、イラストレーター、漫画家、翻訳家など多彩な方々の本棚の写真がふんだんに添えられていますので、“見た”という感覚もあります。

作家の山本幸久さんは、「本がいつ頃から増えていったか覚えていないが、漫画から入って活字の本に辿り着いたって感じです。」とおっしゃっています。

私も同じでした。
小学校に上がった頃から漫画と通常の本の区別がついていませんでした。
“読み物”としてしか認識していなかったのです。だから、漫画であろうが、活字だけの本であろうが、まったく関係なかったのです。

というわけで、大人になってから夢中になったシェイクスピア作品は、まずは漫画で出会うことになりました。
「ベニスの商人」も、「ロミオとジュリエット」も手塚治虫の作品で知りました。
だから、後々、シェイクスピアの翻訳本を読んでもスイスイ読めたわけです。

中島らもさんの本棚については、奥さんの美代子さんが取材に応じてお話されていますが、らもさん、読んだ本はほとんど覚えていたんじゃないか、とおっしゃっています。
ふつう、作家は事前に資料として本を集め、それを紐解きながら作品を書くのだけれど、らもさんは、読んだ本の内容が頭に入っていて、書き始めたときには、頭の中で作品が出来上がっていて、それを複写していくような作業になっていたのだそうです。
だから、一応、事前に本を読むのは、あくまで既にあるそれらの本の記憶を確認しているだけだとご本人が言っていたというのです。
すごい人だ。

本棚に目一杯本が入っているけど、新しいものを手に入れたら、どれかを処分して、常に本棚は満杯だけど、一定量に保たれているという方もいました。
・・これは私のような「溢れるような本棚を見て安心する」タイプには絶対に出来ないことです。

本の入手方法にしても、ネットがほとんどって人もいましたし、古書店や大型店舗の上階から一階まで一通り見て回る人もいました。
いずれにしても、その読書量はふつうの人には考えられない量だと思います。
そんな方々の家、仕事部屋の書棚を本人の解説付きで写真で見られるなんて、本好きにはとてもうれしいものでした。

ただ、私自身が本棚を見られるとしたら、ちょっと恥ずかしくてなかなか見せられないな…σ(^_^;)と思いました。

 

2021/03/27

「談志楽屋噺」を読んだ。

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『談志楽屋噺/立川談志著(文春文庫)』を読みました。
ブックオフで入手、オリジナルの単行本は昭和62年2月の白夜書房から出ています。

この本に出てくる楽屋の談志さんは、まだ若手で、入門時の「小よし」、二ッ目の時の「小ゑん」時代の話題が多く、楽屋にいる師匠の面々、談志さんの仲間の噺家についても、私の知っている人が少ない。
たまに聞いたことのある名があると、先代、先々代だったりします(^_^;)

それでも、この本に書かれている時代の噺家や、講釈師たちの逸話は破天荒で面白く、単に愉快な話題が満載の本というわけではなく、この時代の芸人や街の風景、風俗、流行などの貴重な資料的価値もあるものだと思いました。
談志さんも、書きながら「書いておけば後々、誰かが見てくれる」というようなことを言っています。

私でさえ、興味深く、面白く読むことが出来たのですから、私よりも十歳くらい年配の方などには、懐かしい顔ぶれや、当時の様子がふつふつと蘇ってくるのではないかと思われます。

この本に登場した噺家などで、私の知っている方では、後の「橘家圓蔵」、「月の家圓鏡」さん。談志さんの“いたずら”や、“洒落”に付き合い、けっこう大変な思いをしていましたが、それでも仲良くやっていました。

また、私も当時のテレビなどで、かすかに覚えている奇術の「アダチ龍光」さんを、談志さんがとても慕っていて、尊敬していることもわかりました。

アダチさんが老齢になり、完全に引退してから、談志さんが寄席の舞台に呼んでかつての奇術を披露する場面などでは、談志さんだけでなく、私も涙ぐんでしまいました。

いたずらも過ぎる、というようなひどい話もありましたが、上記のような人情の機微にふれるような話も満載の、なんだか懐かしい本、読んだ甲斐がありました。

 

2021/03/21

城山三郎さんの「よみがえる力は、どこに」を読みました。

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『よみがえる力は、どこに/城山三郎著(新潮文庫)』を読みました。

これは、城山さんの1981年、1990年の講演などを基に構成され、新発見された遺稿や、吉村昭氏との対談も含め再編集したものです。

私が、城山さんの文にふれたのは近年のことで、それまで存知上げなかったのは不覚でしたが、書店で城山さんのコーナーを見つけると「何か読んでみよう」と立ち止まるようになりました。
で、今回はこの「よみがえる力は、どこに」となりました。

ちょっと気になったところをあげてみると、

ある超一流会社が春に百人採用して、七月までに三十人辞めて、表向きにはしていないけど、三人が自殺したという話。

〈受験また受験〉で来た若者には免疫や耐性がないという・・。
就職すれば人間関係は選ぶことが出来ず、取引先だけでなく“下らない同僚”にも付き合わないといけない(^_^)

エリート街道まっしぐらな新採クンは、子供の頃にダメな先生と出会っていない、授業がヘタな先生とも出会っていない、成績や素行が悪い同級生にも出会っていない・・、人間的魅力を持っている人から吸収できる人生の栄養を得ないままに育ってしまったから、というわけです。

ホンダの本田宗一郎さんが言っていたことにもふれていました。
「社長なんて偉くも何ともない。課長も部長も社長も、包丁も盲腸も脱腸も同じだ。要するに符丁なんだ。人間の価値とは関係がない」という有名な言葉です。

肩書きに拘らず、人間を大事にして本田流の考え方を会社に行き渡らせていたように見える、と書かれていました。
大臣だからって、国会答弁の場で「記憶がない」って言え、と命令するような人には一生わからないことでしょう。

あとは、吉村昭氏との対談の中で、身近な話題ですが、「店の前に並ぶっていうのはできない」と話されて、お二人とも「そうだ、そうだ」ということになりましたd(^_^o)
私の読む本を書く作家のほとんどはエッセイの中などで、同様のことを言っています。
“ああいう姿には、どうも抵抗があるね”とおっしゃっていますが、吉村さんもそれを受けて、“食べるために並んでいるというのは、いかにもさもしい(笑)”と反応・・私も同感なのです。

最後に、堅い話になってしまいますが、A級戦犯でただ一人の文官「広田弘毅」について城山さんが書かれた「落日燃ゆ」について。
東京裁判では、戦犯の軍人たちは、讒言(ざんげん)により、仲間を売り、他人に責任をなすりつけたが、広田だけは一言の弁解さえしなかった。その己を徹底的に恥じ入る姿勢に打たれたとのこと。
結果について恥を知り、一切の言い訳をせず、責任を取るのが真のリーダーであるという意味なのだと・・。
どっかの大臣に聞かせてやりたいです。

城山さんの著書については、すでに78歳で国鉄総裁になった石田禮助を書いた「祖にして野だが卑ではない」を手に入れているので、これを読んだ後に広田弘毅氏を書いた「落日燃ゆ」を探そうと思っています。

 

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