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2020/09/25

梶原しげるさんの「イラッとさせない話し方」を読みました。

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『イラッとさせない話し方/梶原しげる著(日経ビジネス人文庫)』を読みました。

読み始めると、イラッとする話し方以前にコンビニのレジですぐキレる人の話が載っていました。
おおむね、ネクタイを締めた、ダークスーツ系の中堅ビジネスパーソンがいちいちキレるんだそうで、例えばコンビニで84円切手を買って、「ここに貼ってくれ」と言い、貼ってさしあげると「おい、ちょっと傾いてないか?ほら!こんなんじゃ大事な取引先に出せないんだよ。張り直せ!!俺はそういういいかげんな態度が許せないんだよ!!!」ってことになるんだそうで、コンビニ店員泣かせなのです。

そうねえ、こういう人、私も現在窓口業務をしていますが、毎日何人かはいます。
なんだろうねぇ、自分が何か特別な存在だとでも思っているのか、コンビニ店員や窓口業務をしている人を下に見ているのか、それとも会社で散々虐げられているのかのいずれかなんでしょう。

いきなり、「話し方」からはずれてしまいましたが、いよいよ言葉の話。

「大丈夫です」は、不要ですの代替用語として若い人に使われていますが、さらに異次元の使われ方としては、例えば私が上司でランチを部下におごったとしましょう。
私としてはお気に入りの店で美味しいものをご馳走したつもりで「どうだった、あのお店のランチ?」と聞くと「あっ、大丈夫です」って最近は応えるらしいです (・_・;

「お腹の具合は大丈夫、あたりませんでしたよ」って、私ならとるが、「まあ美味しかった」程度の意味で使っているのでしょうか(^_^;)

この本にはたくさんイラッとする話し方が書かれていて、枚挙に暇がありませんが、「そもそも」のアクセントが最近は平板アクセントになっている・・そうで、そうねぇ、たしかに若い人は平板アクセントだ。
私には、何だか挑戦的に聞こえます。

そう言や、「図書館」まで平板アクセントで言っている人はたくさんいる。

で、もはやイラッとしてはいけないこともあるようで、若者の誤用(今やオジンも誤用している)は、一般化され、許容されるようになってきているので、それをいちいち咎めてはいかんのだ、ということも書かれていました。
せっかく美味しいものをおごってあげたのに、食べた瞬間「やばいっ!!」って言われても、そうかそうか、そんなに美味しいのか、とやさしい眼差しで見てあげないといけません。

「千円からお預かりします」ってのは、若い兄ちゃんだけかと思ったら、いいオジサン、オバサンも最近では使っています。
いちいちイラッとしていては、身が持たない。

「この書類、確認してもらってもいいですか」

「さすが部長はプレゼンが上手ですね」

「お水のおかわりは大丈夫ですか」

上記三件の話し方を読んで、どこがイラッとするの?って人は、もう全身に毒が回っていますので、どうか余生を“御安全に”お過ごしください。

読んでいて、最後にはなんだか疲れましたが、それが現在の状況というものです。
時代の移り変わりを風まかせにして生きて行きたいと思います。

 

2020/09/22

竹内政明の「編集手帳」傑作選を読みました。

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『竹内政明の「編集手帳」傑作選/竹内政明著(中公新書ラクレ)』を読みました。
読売新聞朝刊一面のコラムを執筆されている竹内政明さんの傑作選ということで、読売新聞は、あまり我が家では馴染がなかったのですが、興味深く読みました。

読んでみると、竹内さんは例えばスポーツで勝利したり、その他の分野で大成功した人よりも、むしろその陰で苦労した人や、人知れず頑張っている人、地道にコツコツと生きている人に焦点を当てています。
そこに人間の“機微”のようなものを感じて深く、味わいあるコラムになっているのだと感じました。

森繁久弥さんの訃報に接して、森繁さんがかつて舞台最前列で寝ている少女を見て、演者皆で床を音高く踏みならしたりして目を覚まそうとした話が書かれていて、実はアンコールの幕が上がると、少女が初めて顔を上げ、両目が閉じられていた・・居眠りではなく、全神経を耳に集中して芝居を心眼に映そうとしていたのだとわかった話が書かれていました。

森繁さんは自らの心ない仕打ちを恥じて舞台上で泣いたという話です。
それを訃報に接してのコラムで、森繁さんの様々な栄光を書くのでなく、そのエピソードを取り上げたのが竹内さん流なのだと思いました。

高校野球選抜大会の優勝が決まったときのコラムも、地方の公民館で見た永六輔さんの色紙「生きているということは/誰かに借りをつくること/生きてゆくということは/その借りを返してゆくこと」という言葉を取り上げ、試合中の5回が終わり、グラウンド整備が始まると、踏み荒れた土を整備員がきれいにならし、選手達がベンチ前に整列して引き上げていく整備員に帽子を脱いで深々と一礼した様子が書かれていました。

このコラムが書かれたのは東日本大震災後の大会で、優勝した学校も、人さし指を天に突き上げてマウンドに群れ集うようなこともなかったという話も付け加えられていました。

・・ようするに永さんの「生きていることは」の『心』を伝えていたのです。

東京オリンピックが、まだ招致決定されていない頃のコラムに〈歌人の秋葉四郎さんの一首〉として[究極の平和と謂はめオリンピックの勝者の涙敗者の涙]というものを取り上げていたのですが、驚きました。

同じ名前だと思って調べたら、秋葉四郎は私の中学一年の時の担任でした。
よくこのブログでご紹介する南先生は中二・三年の担任でしたが、南先生の“自由人”な教師像とは正反対の厳しく、いつもスーツをビシッと着て、ひと言ひと言の日本語が正確で的確な教師でした。もの凄くコワイ先生だと言われていましたが、教師として教えた最後の生徒となったのが私たちでした。
だからずいぶんと“まるく”なっていた。

放課後に私と、もう二人女子が個室に呼ばれて、それぞれに「君たちに合う本だと思うよ、読んでごらん」と三冊ずつ手渡された本がありました。
それらを夢中で読んで、今の本大好きな私があるのです。すばらしいきっかけを与えてくださいしまた。
その三冊は今も私の本棚にあります。

その後、秋葉先生は教育委員会で教育部長を務めたり、千葉大学で教鞭を取ったり、斎藤茂吉記念館の館長もされていたということを今になって知りました。
歌人であったことも生徒の私たちには全くおっしゃっていませんでした。
先生の歌碑が立てられている場所があることも知りました。

本は読んでみるものです。

 

2020/09/13

「ぼくの日本自動車史 1945~1976/徳大寺有恒」を読みました。

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『ぼくの日本自動車史 1945~1976/徳大寺有恒著(草思社文庫)』という本を読みました。

徳大寺さんの自動車評論は、あの「間違いだらけの車選び」に代表される独特の語り口と、辛口批評でご存知の方も多いと思います。

すでに亡くなられてから数年が経ちましたが、あのお顔は忘れることが出来ません。
三本和彦さんとTVKのテレビ番組で語り合っていた姿も昨日のことのように思い出します。

今回ブックオフにて購入してきたこの本は、徳大寺さんが子供の頃から学生時代、いろいろな仕事の手伝いをしたり、レーサーになったり、車用品などの会社を興し、やがて倒産の憂き目にあったりの人生をその時々に出会ったクルマと共に語っていくというものでした。

登場するトヨタのクラウンの初代のものや、パブリカ、カローラ、プリンス自動車のクルマ、スバルや日野自動車、いすず、ホンダ、マツダ、日産、三菱などの、私が知っているクルマのずっと以前の初代の頃から徳大寺さんが乗ってきた様子がつぶさに書かれています。

初期の頃の日本車は、多くがタクシー需要のために作られていたため、足回りに凝って複雑なサスペンションにしたりすると、まだまだ舗装が整備されていなかった日本では、すぐに足回りが壊れてしまい、結局はリジッドの頑丈な足回りのものが重宝された話。

意地でも英国車風の凝ったエンジン、サスペンションにこだわったため、吸収合併されてしまった会社の話。

トランスミッションがシンクロでない時代の車の運転の話。

などなどが、当時の時代背景や、徳大寺さんの周囲にいた人々のエピソードと共に語られていて、時代の空気を大いに感じることができ、私にとって、とても貴重な体験をしたような気持ちになりました。

様々なクルマの特徴や、乗り味、メカニズムなどが次々と語られ、クルマ好きにはたまらない一冊です。

この本自体が1993年に刊行されたものの文庫化なので古いものですが、徳大寺さんがひどいクルマとしてふれていたトヨタのカリーナED、セレス、マリノのところでは、当時私が感じていたことそのままに書かれていて、激しく共感しました。

うしろの席には座れないのに4ドアにしている、スタイルのみのため(まともな大人から見たらとてもみっともないスタイル)“エエカッコシイ”で、クルマのことは何もわからない輩向けのものでした。・・そして売れた・・。

でもそれがトヨタなのです。

マーケティングに優れたトヨタ。トヨタが作るクルマがその時々の日本人の姿だと思うのです。

今で言えば、アルファード、ヴェルファイアの“これ見よがし”で“威圧的”なスタイル。

C-HRのデザイン性の欠片もない着膨れたみっともない姿。

プリウスをはじめとする子供が描いた科学特捜隊みたいな幼稚なデザイン。

LEXUSの一連の金持ち気取りの“鼻持ちならない”姿。

皆、今の日本人の自分勝手で、大人げない、えばりん坊で、これ見よがしな姿が投影されている、というのが私の意見であり、この本で徳大寺さんが再三おっしゃっていることだと思います。

要するに、トヨタのクルマを見れば、今の日本人の醜さがわかるというものです。

逆に言えば、そういうものを作り、ベストセラーにするトヨタの凄さを感じるわけです。

450頁にも及ぶ大長編でしたが、いちいち頷きながら読みました。
ほんとうのクルマ好きなあなただけにおすすめです。

 

2020/09/02

「ひとり酒の時間 イイネ!/東海林さだお」を読みました。

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『ひとり酒の時間 イイネ!/東海林さだお著(だいわ文庫)』を読みました。

“ひとり酒”というものは、いい大人になっても意外と難しいものですが、冒頭から「ひとり生ビール」というものをやってみる、という話で始まりました。

神田神保町にあるひとり生ビールを執り行うために、十日にいっぺんくらい出掛けて行く「L」というビアホールを紹介しています。

二階、道路沿いのガラス窓に沿った席にすわり、タン塩とエビフライをとる東海林さん。
大き過ぎず、小さ過ぎず、生ビールにぴったりの大きさのジョッキでビールを飲み、全長22センチ、直径3センチのエビ、堂々二本!マカロニサラダとトマトを従え、湯気をあげて横たわっている・・(*^_^*)

タン塩はいいけど、エビフライはビールに合わないんじゃない?!っていう人、このエビフライを食べてみろっ!みたいないつもの文で心なごみました(#^.^#)

定食屋でビールを飲んだり(東海林さんはこの世でいちばん美味しいものはビールだと言い切る)、あの門前仲町の「魚三」(安くて旨くて、充実していて、門前仲町に魚三ありと居酒屋ファンに名高い)で心ゆくまで飲んだり。

立ち飲みで、どういうものを「つまみ」にして、どう飲むか、なんて話題も出てくる。

また、東海林さんは「そら豆はビールには合わない」という自説もお持ちで、何度もそれについてはこの本の中で書かれています。
・・合うけどなぁ・・。

外国では“ぬるい”ビールを飲むのが当たり前です、みたいなところに行ってしまい、がっかりしたり、怒ったりする場面もありました。
いろいろな飲み方があると思うけど、私もビールは冷えているのが一番だと思う。
この本の後半に椎名誠さんとの対談も掲載されているのですが、椎名さんも別の本で、「ぬるくして飲むのが本場の飲み方です」と店員に言われ、冷やしてもらえなかった話を書いていたことがありますが、もう一度いうけど、東海林さん、椎名さんと同意見、「ビールは冷えたのをグビグビやるのが醍醐味」だと思う。

さらにファミレスで晩酌する話、缶詰で飲む酒場の話など、ひとり酒の話には事欠かない東海林さんの本でした。

コロナの影響で飲み会も少なくなり、どうしたらいいんだろう?!と思っているあなた、この本を参考に「ひとり酒」の楽しい時間を持ってみてはいかかでしょう。
私も・・やってみっか。

 

2020/08/30

「いねむり先生/伊集院静」を読んだ

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『いねむり先生/伊集院静著(集英社文庫)』を読みました。
ブックオフでたまたま見かけて「おっ、これは」と思い、買ったのですが、買ってよかった、素晴しい本でした。

これは伊集院さんの自伝的な長編小説となっていて、奥さん、あの夏目雅子さんと死別し、酒に溺れ、ギャンブルに沈み込んだような日々にあった“どん底”状態の伊集院さんが、友人Kさんが初めて人に逢わせたいと言ってきた機会に色川武大(阿佐田哲也)氏と出会い、絶望の淵から抜け出す糸口を見つけ出すまでの話でした。

名前こそ小説中には出て来ませんが、『先生(色川武大)』さんは、直木賞、泉鏡花文学賞、川端康成文学賞などを受賞した小説家でもあり、雀士としての「阿佐田哲也」名での麻雀小説家としても知られ、さらに、ジャズ、映画、喜劇、芸能など幅広い分野で無限大とも言える知識があり、交友関係はあまりにも広く、皆が「先生」と色川さんを慕っていたようです。

この小説の主人公である著者・伊集院静さん本人と「旅打ち」といって競輪や麻雀、さらにその道、その世界の人から誘われる危険な匂いのする賭場にも立ち入りながら旅をする様子が描かれていて、その途中、様々な場面で“先生”はそれこそ色々な人との交流を伊集院さんに見せていて、それらすべてが伊集院さんにとって大きな影響をもたらすのでした。

旅打ちに出掛けていった先での“先生”を慕う人達は千差万別、十人十色。
先生は自然体でそれらの人々と愉しそうに交流するのですが、伊集院さんは自身も感じている“先生”の不思議な人間的魅力にどんどん惹かれていきます。

これはこの本からだけではなく、いろいろなジャンルの有名人の方などが「私などは“ぶだい”さんと呼ばせてもらい、遊んでもらいました。」と語っているのをよく聞きます。
色川さんがその場にいるだけで、皆、安心してその時間を愉しみながら過していたことがあちこちで語られています。

知識が宇宙的に広く、やさしい心持ちで、さらに「ナルコレプシー」という病気を患っているせいで突然どこでも眠ってしまうという“いねむり先生”ぶりをこの小説中でも発揮していました。

誰もが色川さんに「自分が一番愛されている」と感じさせてしまうような人物だったようですが、色川さんの死後、山口瞳さんが「彼には八方美人の性格があり、皆にそう思わせるようになった」というようなことも書かれています。
でも、きっとほんとうに魅力ある人だったのだと思います。伊集院さんも完全に色川さんの虜になっていたように感じました。

小説中、色川さんが伊集院さんに何度も「もう一度小説を書いてみては」とすすめています。
この小説の中ではまだ小説家には復帰しませんが、やがて伊集院さんが文筆業に復帰する糸口、きっかけとなったのが色川さんとの出会いであったことは間違いありません。

この長編小説中のすべての出来事、出会い、風景が心地良く、心に残り、不思議と心安らぐものでした。
今年出会った小説の中でも一番心に残るものとなりました。
人の生き方について静かに考えることができた、そんな印象です。

 

2020/08/25

「人間というもの/司馬遼太郎」を読みました。

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『人間というもの/司馬遼太郎著(PHP文庫)』を読みました。
これまた例によってブックオフにて格安購入d( ̄  ̄)

この本は、司馬遼太郎の「龍馬がゆく」「坂の上の雲」など数ある名作・名随想の中から、現代社会を生きる上でのヒントとなるような珠玉の言葉をよりすぐって集めたものとなっているということです。

『言葉』ごとに末尾に典拠となる書名が記されていました。
司馬遼太郎が好きな人にはたまらないことでしょう。

実は私、司馬さんの書くような歴史上の人物、武将や、幕末の志士などにはあまり興味がないのです。
以前、このブログにも書いたことがありますが、「人殺しに好きな人はいない」っていうことなのです(^_^;)
どちらかというと、そんな人達が活躍していた頃に庶民は何をしていたのか、何を楽しみにしていたのか、そんな中から何か文化・芸術が発展してきたのではないか、ということに興味があるのです。

でも、そうはいってもブックオフで立ち読みするうちに気になって買ってみたわけです。

では、この本で紹介されている言葉と共に、少しばかり感想を。

〇もともと権力というものは、権力の維持のために、国家の名を藉りておこなう私的行為が多い。[翔ぶが如く 四]

・・・そう思いました。今現在のどっかの国のエライ人もそんな感じです (・_・;
そんなことをしている人は、自分で自分のしていることには恥じることがありません。
「自分のために人に悪いことして何が悪いっ!」そんな感じでしょうか、そんな人の顔を見たくないのでテレビはほとんど見ません。


〇政治がもし論理のみで動くものであるとすれば、人類の歴史ははるかにかがやけるものであったろうと思われる。
しかし政治においては論理という機械の作動する部分は不幸なことにわずかでしかない。
それよりも利害で動くということは大いにあるであろう。
しかし革命早々の日本国家の運営者たちは、政商の利益を代表していなかった。むしろ感情で動いた。
感情が政治を動かす部分は、論理や利益よりもはるかに大きいといえるかもしれない。 [翔ぶが如く 一]

・・・これは、私を含め、一般の人達が社会・会社などの一員として参加、勤めているときによく出くわすことではないでしょうか。
重要な決定事項などは多くが上司の“感情”に左右されている・・っていうのは、もう日常茶飯だ。


〇「わからぬ。なぜおれはこの虚弱な体をもかえりみずに働くのか。なぜ大汗をかいて合戦をし、調略をし、敵を追い、領土をひろげようとするのか自分でもわからぬ。いやいや、たれにもわかるまい。おそらく一生の最後のあたりになって、ふとなにやら、わかるような気がするのではないか」[夏草の賦 上]

・・・私はそれよりも早く気づいてしまったようです。
若い頃からずっと無理をしてきて、それがなんだったんだ・・って。
何でも無かった、多くは人のためにはあまり良くなかったと思う。上司の野望のためには良かったが。


三つばかり抜き出してみましたが、具体的に歴史上の人物の言葉などの項目を読んでいて、やはりほとんど共感できない私がいました。
そういうのに共感ばかりしていると、愚かな政治家になるんだろうな、と思いました。
皮肉を言って終わりってことでいいでしょうか…σ(^_^;)

 

2020/08/22

別冊ステレオサウンド「菅野沖彦のレコード演奏家訪問<選集>」を読みました。

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『菅野沖彦のレコード演奏家訪問<選集> -オーディオ愛好家を訪ねて-(別冊ステレオサウンド)』を読みました。
読み応えありました(゚ー゚*)。oO

これはステレオサウンド誌の1996年から2004年に掲載されたものの選集で、オーディオ界の巨匠、菅野沖彦氏が訪問者となり、オーディオ愛好家の自宅を訪ね、その人の持つサウンド・システムを聴き、“その人の音”に迫るというものです。

何と言っても『レコード演奏家』訪問と謳っているわけで、単にレコードを掛けているのではなく、この本に登場する方達は自らのシステムで“演奏”している、というのが菅野氏が提唱している『レコード演奏』という概念です。

写真の制作者は「写真家」と呼ばれるが、レコードの制作者は「レコード制作家」とは呼ばれない(残念だ)、そして優れた機器や物理特性はツールと手段に過ぎず、肝心なのは知的感性と豊かな経験だ、それを生かしてレコードを再生するのが「レコード演奏家」というわけです。

・・わかります。

特にこの本にも登場するジャズ喫茶「ベイシー」のマスター、菅原正二さんなどはそのレコード演奏家の最たる方なんじゃないでしょうか。
菅原さんは常日頃、「僕は演奏している気分でレコードをかけている。レコードをかけることはバンドで演奏することとまったく同じことだ。」とおっしゃっています。

私も一度だけですが、一関市のベイシーにその演奏を聞きに行って来ましたが、私がいつも聞いているものとは“別もの”の音楽が流れていました。生演奏とも違う、単なるオーディオ再生とも違う、まさに演奏されているジャズでした。

この本に登場するのは、録音のプロや、プロデュースなどをしている方など、仕事で音に関わっている人もいたのですが、皆、仕事とは別に自分の部屋で自分の音世界を創り出していました。

菅野さんの巧みな解説で、どんな音なのか何となく想像できてしまいそうなくらいの内容で書かれているのですが、どの人もそれぞれが自分の音を追求し、常にそれに向かって研鑽している様子がわかりました。

皆、それぞれがまったく異なるスピーカー、アンプ類などを用いているのですが、それらを写真で見ているだけで、こちらの想像は膨らみましたねぇ(゚ー゚*)。oO
大音量でインパクトあるサウンドや、小音量でもその人のワールドが見えてくるような音、とことん滑らかな音を目指している人、この楽器をこういう音で鳴らしたい・・という形で追い込んでいる人、などなど・・。

200頁を超えるものだったのですが、あっという間でした。
読んでいるだけで楽しくてわくわくするような本でした。

オーディオ好きな方は本屋で見つけたら、ちょっとパラパラとめくってみてください、面白いですよぉ。

 

「こころのサプリ/五木寛之」を読んだ

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『こころのサプリ -みみずくの夜メールⅡ-/五木寛之著(幻冬舎文庫)』を読みました。
例によりブックオフにて110円。

この本は幻冬舎から2004年に刊行された「みみずくの日々好日」の改題で文庫化されたものです。

この本での著者、五木さんはとてもリラックスした様子で、ほとんど普段着状態、というか“パジャマ”を着ているような文章になっています。
なので、読んでいるこちらも、ほんとうに気軽に読めるものでした。

それに、ずいぶん前の本とは言え、五木さん、“枯れ”の境地に達していながらも、心はまるで少年のようにはしゃいだり、楽しんだりしている様子が読み取れます。

腰痛の話では、対処方法として家の中での歩行は全て四つ足で這い回るという・・いいアイデアなんだかどうだかわからないものを実行し、お勧めしていました。
それに後ろ歩きも効果があるんだという・・。

腰が悪いのに、「百寺巡礼」という雑誌の企画では、石段を登ることに意欲満々!足が嗤う状態になっても楽しんで登っている様子が書かれていました。

かと思うと、「五穀米カレー」に出会い、二日に一度は食べているという話も書かれていました。
一度“凝ったら”しばらくは“そればっかり”、っていう男はけっこう多いっ!d(^_^o)

あっ、それから以前から聞いていて、「五木寛之は髪を洗わない」という話。
ご本人がここに書いてありました。
一年に一回は髪を洗うことにしていたが、今後は少しあらためて、月に一回は洗う・・というようなことが書かれていました。
(^_^;)・・ほぼ、ほんとうだったんですね。

とにかく気になった人や、事象、突然思い出した昔のことなど次から次へとランダムに、そして気軽に書かれているので、肩にまったく力を入れずに読み終えました。

残るものが無いかというと、そうでもなく、五木節を楽しむことが出来る本でした。

 

2020/08/16

「人間関係/藤原和博」を読みました。

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『人間関係 -人生の教科書-/藤原和博著・塩田雅紀絵(ちくま文庫)』を読みました。

人間関係をつくっていくのに必要なこと、そもそも人間関係が生きて行くこと、仕事をすることの中でどう役に立っているのか、などが藤原和博さんの文と共に塩田雅紀氏のイラストが添えられて、わかりやすく書かれているという本でした。

まずは、名刺や肩書きを捨てましょう、と著者は言っています。
名刺に頼らないでコミュニケーションできれば「忘れられない人」になる・・と。

また、「問いかける」ことで感動が生まれる、話し手が本当に話したいとを探り、それを聞いてみてください、ともおっしゃっています。

この「問いかけ」ということのために、どうやって準備すればよいのか、何を心がけれはよいのか、などが著者のやさしく語りかけるような言葉で書かれていて、どんどん入ってくる感じがありました。

私はもう仕事を人間関係でやり繰りしたりしていくような立場ではないので、今後の人生を良きものにするために、という思いで読みましたが、そういう意味でも役立つものだと思いました。

特に最近感じるのは、仕事関係の役職など抜きにして繋がることができた人達との関係がいかに素晴しいものか、ということです。
これはかけがえのないものです。

この本の中で特に印象に残ったのが、「人間関係を豊かに保つために、犠牲にすべきことはあるでしょうか?」という問いに、「私なら、テレビとケータイを犠牲にします。」と著者が答えている部分でした。

テレビは気を紛らわせたり、ボーッとするには良いけれど、テレビの前の自分は考えようとするモードにはなっていない、と著者は書いています。実際、そのとおりだと思います。

テレビばかり見ている人の意見って、キャスターが言っていることそのままだったりすることも多いと思います。同じ映像が何度も繰り返されて流れていることも無為な時間を過している感が強いです。

またケータイは「誰かにコールされていないと不安だ症候群」が煽られるとも書かれています。いつも不安な状態。

「ケータイ人格」というクセについても書かれています。
会話がメールモードになり、互いに考えを交流させる対話ではなくて、本人が気づかないうちに、“独り言”の応酬になっているというのです。
これも同感です。

相互に影響しあうことのない、隙間を埋めるだけの会話・・なりがちだと思いました。

時間に対する感覚も、「直前にメールを入れればいいや」ということになり、何か決断する覚悟や潔さなどの「仕切り」感覚がなくなっていくともおっしゃっていて、ただただ同感。

あっという間に読み終えましたが、人との付き合い方、出会いの方法などについて、とても参考になりました。
また少し心に栄養がついた感じ。

 

2020/08/12

『話術/徳川夢声』を読みました。

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『話術/徳川夢声著(新潮文庫)』を読みました。
「徳川夢声(1894~1971)」といっても、この人を実際によく知っているひとは、たぶん私よりかなり年齢は上の方々だと思います。

もとは活動写真弁士で、1915年(大正4年)から徳川夢声を名乗り一世を風靡したのち、トーキーの時代を迎えると、漫談家、俳優、文筆家として活躍されたのだそうです。

私は小学生の頃にテレビで朝の政治対談番組か何かを見たような記憶があるのですが、ほとんど記憶に無いのです。
でも、お名前だけは、その頃から今に至るまで何度も何度も聞きました。
“話術”の名人であるということで。

この本はブックオフにて格安110円にて購入。
でも、「上手に話す」ことの難しさについて、どういう方法で話せばよいのか、など、とても参考になりました。

ユーモアも交えつつ、でも実際にはどの項も“真剣”に書かれていました。
話芸のプロが、堂々と自らの経験の中で得たものを惜しげも無く、丁寧に書いている本だと思いました。

ちょっと楽しい“教科書”のようでした。

話すことの根本条件に、話す人の人格や個性、間(ま)の置き方などをあげられていましたが、それぞれについて実例を挙げて、わかりやすいものになっていました。
いきなりテクニック的なことから入らないことで、私にも「ひょっとしたら出来るかも」などと淡い期待を抱かせてくれました。
わずかばかりでも“期待”を持つことができるのがうれしい本です。

日常話も、座談、会談、業談などの項目に分け、具体例も挙げているため、私のような素人にもわかりやすく、面白い。“カタッ苦しい”教則本のようなものかと思っていたら、“読物”としても楽しめる内容でした。

演壇話の章では、徳川氏自身が失敗した講演や、恥ずかしい思いをした経験などを、ちょっと笑わせながら語り、“読んで楽しい教科書”となっていたのです。

最後は「演芸」についても、童話・講談・落語・漫談・放送(物語放送のコツ)など、それぞれの分野での“コツ”を語ってくれました。

私も、人と話す機会には、この本から得た知識を少しずつでも生かしていきたい、と思いました。
社会に出て、話す機会も多くなり、その度に“緊張しまくり”の人も多い(私もそうだった…σ(^_^;))かと思いますが、わずか250ページのこの本はそんな人に役立つだろうな、というものでした。

 

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