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2020/12/13

中谷彰宏さんの「贅沢なキスをしよう。」を読んだ。

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『贅沢なキスをしよう。/中谷彰宏著(文芸社文庫)』を読みました。
ブックオフで110円!主にビジネス本や、啓発関係の本などで中谷さんが著者となっているものはものすごくよく見かけますが、今回のような内容の本は中谷さんの本では、私、初めて見ました。

・・だいたい、中谷さんの著書は何冊あるのか想像も出来ないような数で、毎週一冊出しているんじゃないか、というくらいの多作です。

サブタイトルが「快感で生まれ変わる63の方法」となっておりまして(^_^;)、「お前がこんなもん読んで何しようってんだ!」という声も聞こえてまいりますが、「いいじゃん、面白そうだから買ったんだよっ!!」d(^_^o)

読んで見ると、中谷さん、これは女性向けに書いているんですね、いきなり“お門違い”の本買っちまったわけですが、それはそれ、これはこれ、ガシガシ読むことにいたしました。

でねぇ、すごいです、中谷さん。
「心のボタンを外せ」ってわけで、「好きでもない人とするのは、よくない」「したい人とするのは、いい」と超力説!

生きていてよかったと感じられる時間を持つことが大事だ。
生きていてよかったという幸せを感じられる時間は、永遠です。

・・ということで、愛情を共有できる時間が存在すること、空間ではなく、時間の中に“エッチ”は存在する!と言い切る中田さん、・・なんかそういう気になってきた…σ(^_^;)

さらに、余計なこと、些細なことなどを気にする“コントロール”を放棄して、愛情を共有できる時間を持てるかが大事なのだと書かれていて、いやもう勉強になります(*^_^*)

最後にとどめっ!!
『人間は生まれ変わる瞬間に「快感」を得ます。』ときたもんだっ!

「エッチの快感を、生まれ変わるキッカケにしよう。」と締めに入ります。

私のような人間には、何言ってんだかわからない部分もありますが、なんだか男と女の本質をついていると思ったのです。

今回読んだこの本をテキストに・・大丈夫か?!・・ちょっと積極的に生きてみようと思いました。少し“マジ”です。

 

2020/12/12

映画「ニューヨークの親切なロシア料理店」を見て来ました。

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映画『ニューヨークの親切なロシア料理店(The Kindness of Strangers)/2019年 デンマーク、カナダ、スウェーデン、フランス、ドイツ 監督・脚本・制作総指揮:ロネ・シェルフィグ 出演:ゾーイ・カザン、アンドレア・ライズボロー、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、タハール・ラヒム、ジェイ・バルチェル、ビル・ナイ』を千葉劇場で見てまいりました。

物語の中心は、警察官である夫からのDVに耐えかね、母子三人でニューヨークに逃げてくる家族で、映画の舞台となるロシア料理店に絡む人々と、その三人が織りなす人間模様が描かれているものでした。

 

 

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三人の親子と接するもうひとりの主人公と言ってもいい、看護師で救急病棟の激務に加えて、〈赦しの会〉というセラピーまで開いて他人のために必死に生きる女性の不器用だけど、とても人間らしい生き方も描かれ、それだけで私は心に染み入る優しさを感じたのですが、ロシア料理店を経営する男性も、出てくる人が皆、厳しい人生の真っ只中でささやかな幸せを求め、優しい眼差しをもって人と接するのでした。

様々な困難の中に生きる現代に、今こそ大切なものは何だろう?!と語りかけるような映画でした。

内容は重いが、でも、登場人物達の心の優しさ、やわらかさが見ているこちらの気持ちを和らげ、安らかな気持ちにさせてくれるのです。

舞台がニューヨークなのに、製作国名にアメリカが入っていないのが、なんだか象徴的でした。

人を殴ったりの暴力シーンや、破壊シーン、恨みつらみ、憎しみなどのシーンが満載のメジャー映画を見て、“娯楽”だという人には見ても意味のわからぬ映画でしょう。

私には心温まる最良の映画でした。

 

2020/10/31

「大人のカタチを語ろう。」伊集院静著を読みました。

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『大人のカタチを語ろう。/伊集院静著(集英社)』を読みました。
このブログでも何度も伊集院さんの著書を、小説を含めご紹介していますが、今回は“生きていくために必要な「カタチ」を示す”エッセイです。

伊集院さんの力強いエッセイは、“歯に衣着せぬ”というか、最近の様々な作者が“おっかなびっくり”といろいろな人や団体、組織などに“怯えるよう”に書いているようなところが見当たりません。

だから気持ち良く読めて、よく売れているのだと思います。

それに伊集院さんの実体験は、並みの人では味わうことの出来ない“修羅場”のようなことばかりで、だから説得力があり、読んでいくうちに中に“入り込んで”いくことになるのだと思います。

痛快だったのは、

 ゲームばっかりに夢中になってるんじゃねぇよ。

 毎日、3時間TVゲームをしてる奴は、二十四年後には、飲まず、食わず、眠らず、糞にも行かず、まるまる三年間分、幻を見ていたことになる。

いつも私が思っていたことですが、これほどはっきり言ってもらうとスッキリしました。

 三年という時間があったら、どれだけのことができるか、少しは考えてみろ。

そのとおりだ。

深く同意したのは、以下の伊集院さんの発言。

 一方で、悪党ほど良く眠り、悪党ほどのさばっているのが世の中の道理であることも事実だ。
 だから世間は面白いのである。

私も人生長いことやっていますが、悪党はいつもそんな様子で過していますね。
だから、悪党に対して“ああだこうだ”と思い詰めたり、悩んでしまうことはきっぱりやめました。悪党・・勝手にすればよいのです。

もうひとつ、納得の発言がありました。

 金を持つ人間には、己のその傲慢さは見えない。
 金を持たない人間は、ただただ金を持つ輩のやり方を信じるのである。
 -余るほどの金を持つ奴に碌なやつはいないから・・。-私はいつもそう言う。
 実際、私がこれまで逢ってきた人間のうち、必要以上の金を手にした輩で、まともな態度や考え方の者は誰ひとりいなかった。

ほんとだ、私が逢った金持ち達も、誰ひとり“まとも”な奴はいなかった。

人に借金をしてキュウキュウに生きていた人間が、金を手に入れた瞬間から、人が変わったように、はしゃぎ、威張り、傲慢な態度を平然とする。・・と、おっしゃっています。

そうです、全員が全員そうでした。

などと、そうだそうだと言いつつ読み終えました。

悪党や金持ちや、スマホばかり見ているヤツ、ゲームばかりやっているヤツ、などとは一線を画して私らしく、一介の町人として、飄々と生きていきたいと思った次第です。

 

2020/08/10

NHK 「SWITCH インタビュー」で望海風斗さんと浅田真央さんの話を聞いた。

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ヅカ友から連絡をいただき、表題の番組放映があることを知り、録画して翌日見てみました。

宝塚歌劇・雪組トップスターの望海風斗(のぞみ・ふうと)さんと、フィギュアスケートの浅田真央さんが互いの活躍の場を訪ね、交互にインタビューするという番組でした。

浅田さんが東京宝塚劇場を訪ね、望海さんにインタビューした後に、今度は望海さんが浅田さんのアイスショーを訪ねるはずだったのですが、新型コロナウイルス感染拡大により、浅田さんが練習するスケートリンクを訪ねることになりました。

浅田さんが、最初に東京宝塚劇場を訪ね、観劇後に劇場内やステージなどを案内された後、望海さんにインタビューしたのですが、そのときの浅田さんは、あのオリンピックや、競技会での厳しい表情はまったく無く、普通の可愛い女の子のようでした。

浅田さんは、望海さん率いる雪組75名のチームワークと、望海さんがトップとしてどのように組を引っ張っているのかに興味を示していました。

浅田さんはコロナ過が無ければアイスショーのツアーを自ら率いて行うことになっていたので、今までの個人競技と異なる団体での行動がきっと頭にあったのでしょう、真剣に聞いていました。
そのときも、表情はとても優しく、普通に宝塚を見てよろこんでいる女性という感じでした。

そして、望海さんが今度は浅田さんを訪ね、浅田さんの数々の逆境とそこから立ち直っていく姿がとても参考になったという話に。
浅田さん、最後のオリンピックの前半ショートの演技で16位という大逆境から、あのファイナルでの全てを出し切った演技は私も涙ながらに見ました。考えられない集中力と精神力でした。

ビデオを見ながらそのときを振り返っていましたが(浅田さんはこわくて見たことがないと言っていた)、演技開始直前に「真央ちゃん頑張れ~」という大きな声が聞こえ、浅田さんはそこで「私は一人じゃない」とスイッチが入ったとのこと。

そして最初のトリプルアクセルが成功したときの歓声が聞こえ、さらにスイッチが入り、次々と技を決めるたびに大歓声、「パズルが次々と埋まっていくようにスイッチが入った」とおっしゃっていました。

オリンピックは最高の場所だけど、とても残酷なところでもあると浅田さんはおっしゃっていましたが、たった一人の掛け声であの絶望の淵から立ち直った浅田さん、すごい人間力だと思いました。

そして、歌、演技共に卓越したトップスターである望海さんは、ほんとうに謙虚な姿勢でいつも舞台に取り組んでおられます。
雪組全体にもそれが伝わっているのでしょう。不安になったときに後ろを振り返ると、組の皆が「大丈夫ですよ」と支えてくれていると感じるという話にも、望海さん率いる雪組らしいと思いました。

望海さんも、浅田さんも、この大変な時期に耐えて、頑張って、辛い思いをされていることと思いますが、きっとお二人が観客の前で輝かしい演技を見せてくれる日がやって来ると思います。
それまで、私たちも耐えて、頑張って、その日を待ちましょう。
心を強くして生きて行くしかない。

 

2020/07/24

「お寺の掲示板」・・面白くて、“タメ”になって、笑った。

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『お寺の掲示板/江田智昭著(新潮社)』を読みました(見ました)。

よくお寺の入り口などにある掲示板に貼られている“ありがたいお言葉”。

今まで、私も気になることがあったのですが、これはそれら掲示板で見つけた「お言葉」から“琴線”にふれるものや、思わず「うまいっ」ってうなるようなもの、そして“深い”ものなどを現物の写真と共に紹介している本です。

著者がSNSで紹介し、募集も始めるとたくさんの「お言葉」が集まり、『お寺の掲示板大賞』という企画まで発展していったとのことでした。

私も見て、読んでいるうちに“ハマり”ました。

すこしばかりご紹介いたします。


〇人の悪口は うそでも面白いが
 自分の悪口は ほんとでも腹がたつ

・・・自戒。

〇つくられた幸せで インスタ疲れ
 本当の幸せは 写真映えしない
 日常の温かさの中に 光っている

・・超自戒。

〇お墓参りは ご先祖様との オフ会

・・(^o^)

〇ほとけさまに圏外なし

・・ありがたい~ヽ(=´▽`=)ノ

〇言っていることではなく
 やっていることが
 その人の正体

・・これは、深い。またもや自戒と共に、為政者にこれをあてはめると・・。

〇終活することと
 あなたの 成仏とは 無関係です

・・最近の仕事上、こういう人とよく出会います。
財産分与のことなどはもちろんですが、こういう人は自分が死んだときの「死亡届」の書き方や、「葬祭費」の請求方法・記載方法まで下書きを作り、熱心です。死んだあなたが書くことは出来ないのに・・。しかもこういう人、超元気!!

あとに残された人が全てやってくれるのに、やらなきゃ気が収まらないのでしょう。
これらに費やす情熱とエネルギーを自分の楽しみに向けると“成仏”できるんじゃ・・。

以上がたくさんある「お言葉」から、わずかばかりの抜粋です。
気になった方は、せびとも書店でこの本を手に取ってみてください。

私も、お寺に行ったら掲示板、要注意です。

 

2020/07/15

誰のしあわせのためにやっているのか考えればわかる

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いつも私がなにか疑問に思ったり、妙だ、変だ、と思ったときに考えること。

これは「誰のしあわせのためにやっているのか」、「誰がしあわせになるからやっているのか」と考えてみると透き通るようにその事象が見えてくるというものです。

「GO TOキャンペーン」だって!?
事業を始めた人は誰のしあわせを想定しているのか。
なぜか観光事業者の人達のしあわせな笑顔は浮かんでこない。
このキャンペーン事業の委託を受けた受託者(今回も中抜きか?)の笑顔、発案して自分の成績になるだろうと思っている担当省庁の役人の笑顔が浮かんで来る・・。
こういうのって、人の直感は大事だと思う。
逆にこのキャンペーンで不安な顔をしている人がどれだけ多いのか、それらは無視されている。
官房長官の“すげない”このキャンペーンに対する会見での言葉がそれを象徴しているように思う。感染拡大の心配について質問するとバッサリと切り捨ててあっちを向いてしまう。
一般人の直感はたいてい当たっている。

香港で施行された「国家安全維持法」も、誰が笑顔になるから法律が出来たのだろう、と考えると、またまた透けるように回答が見えてくる。
ほら、あなたが想像しているあの偉い人の笑顔ですよ。

世界で一番感染者数が多く、死者も多いのに、その対策に奔走することなく、経済優先に突き進んでいる偉い人。
この人は誰の笑顔を想定して政治を行っているのでしょう。
「自分」じゃないの。

世界中がコロナ過で苦しんでいる最中、ミサイルを発射させる人。
誰の笑顔を想定していますか?これも自分とあの妹の笑顔でしょうか。

豪雨の被害を受け、苦しんでいる人にオリンピックの開催などどうでもいいことだと思うし、そんなことに腐心し、金を投入するならあの惨状からの復旧・復興に向かっていってほしいと多くの人が思っているんじゃないでしょうか。オリンピックの笑顔よりも、被災された人達の笑顔の方が大事だと思います。

こういうふうに「誰の笑顔のため?」と、考えていると、今まで仕事をしてきた中で、とても多くのことが“言い出しっぺ”で、自分の成績を上げること第一の人の笑顔のために働かされてきたとつくづく思う。
きっと世間の多くの現場でこんなことが日々行われているんだろうな、と思うと暗澹たる気持ちになるが、・・最近はそんなことを自覚しつつ、“勝手な笑顔”のためだな、と思ったらギアチェンジしてエンジン回転を落とし、隙あらばハンドルを切って方向を知らず知らずのうちに変えてしまうことにしているのです。

 

2020/07/11

「地獄は克服できる/ヘルマン・ヘッセ」を読みました。

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『地獄は克服できる/ヘルマン・ヘッセ(著)・フォルカー・ミヒェルス(編)・岡田朝雄(訳)(草思社文庫)』という本を読みました。

ヘッセが残した様々な文章からタイトルの「地獄は克服できる」という内容に沿ったものを編集して一冊の本にしたものです。

もっと若い時に読んでおけばよかったのか、でも、きっと若い時に読んでも意味がわからなかったかもしれません。
だから、今になってこの本と出会い、若い時にはまったく無かった考え方を知り、体中に沁みるように入ってきたのかもしれません。

私の心の中に残った部分を少しご紹介したいと思います。


すぐれた講演や、すばらしい音楽を聴いて楽しんだりしたのに、困窮や飢えや憂慮で生活に影がさしてくると、それまで愛していたものをことごとく失ってしまう人びとが少なくない。
そのような人たちは、それぞれの文化財に対してただ受動的な享受者としての関係をもっていたにすぎない。
逆境に陥って、これらの文化財に見捨てられてしまったことを認識する人、つまり蔵書をなくしてしまうと同時に思想に関心をなくしてしまう人や、コンサートの予約席を失うと同時に音楽を失ったりする人は、貧しい人である。
このような人は疑いもなく、すでにそれ以前においても、あの文化財という美しい世界と本物の正しい関係をもっていなかったのである。

・・今、こんな人ばかりだ・・と思いました。コロナの関係でいろいろ失っている状態の今、心の中に大切な文化をいつまでも持ち続けたい、と、あらためて思いました。

次、

私たちは生きることを通じて、子供から一人前の大人にならなくてはならない。
人間は誰でも、従属することのできる能力と、自己を犠牲にする能力をもたなくてはならないことを学ぶ。
つまり私たちは、社会の秩序を承認し、それを維持し、それを護るために自分の刹那的な快楽と欲望を犠牲にしなくてはならないことを学ぶのである。
私たちがこの秩序を承認し、強制されてではなく、自由意志でその秩序に従うならば、私たちは精神的に一人前の大人となり、教養ある人間となる。

・・というわけで、教養ある人間ってごく少なくなる・・。なんとか、最低限の教養は保ちたいと思いました。

次、

美しい音楽を、美しい風景を、君の人生での純粋で、すばらしい瞬間を思い出してごらんなさい!
君が心を込めてそうするならば、君の今のひとときがずっと明るいものとなり、将来がはるかに慰めの多いものとなり、人生が愛するに値するものになるという奇跡が起こるのではないだろうか、試してごらんなさい!

・・この言葉に自分が最も苦しんでいた時期に出会っていたら・・と思いました。

次、

何年ものあいだ、孤独で希望もなく通ってきたのだ。これらの苦しみを思い出すと、私は今でも骨の髄まで寒気を感じる。それはひとつの地獄、ひとつの冷たい、そして静かな地獄であった。
その終点には、・・・もし終点があるとすればであり、また終点があってほしいものであるが・・・暗闇と死のほかは何もない、希望のない道であるもののように思われる。
それから苦しみは終焉を迎えるか、変質して生気を帯びるようになり、受苦者にまだ痛みを与えはするであろうが、希望と生命力を与えるようになる。
私の孤独もそういう道をたどった。

・・苦しんで苦しんで、自ら命を絶とうとしたこともありましたが、そのときに感じた一縷の望みというか、一本の光のようなものを見ました。そして今に至る。ヘッセがその再現をしてくれたように感じました。

次、

[隠遁生活をしていたヘッセが、久しぶりに町に出たときに感じたことです]

びっくりするほど、信じられないほど朝早い時刻にここの人々は起き、夜になると帰ってきて、ピアノやヴァイオリンを弾き、風呂に入り、走って階段を上がり下りした。ほとんどが商人か商社の勤め人で、みなまったく途方もなく多忙であった。
ある人びとは実際に山のように仕事をかかえ、商売がうまくいかないので、その立て直しの苦労のために過労気味になっていた。
彼らはみな無理をしていた。そしてほとんどすべての人びとが、人間の生活には役に立たない、ただ製造業者と商人の利益になるだけの品物を製造するか、商っていた。

・・これはかつての私の姿であり、今の社会に生きるすべての人達の姿なんじゃないでしょうか。こういう生活をしていて、そして、やがて死んでいくのです。


というわけで、300頁以上もあるこの本の、ほんの一部を抜粋してご紹介しましたが、今の私には“腑に落ちる”ものばかりでした。

 

2020/06/30

気の毒な人

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スマートフォンに入れているアプリ、糸井重里さんの「ほぼ日刊イトイ新聞」、『今日のダーリン』の中でみつけたフレーズ。

「会ったとたんに、なにか文句を言っている人もいる。そういうことをやめようよ、と思う。せめてじぶんはそういうふうでいたくないと思う。なぜなら、文句ばっかり言ってる人は気づいていないけれど、聞かされているほうの人は、気分がよくないからだ。」

現在の職場に行ってから出会うことの多い人たちです。
ほぼ毎日です。

何かこちらが話そうとすると、「いいわけを聞きに来たんじゃないっ!くちごたえするなっ!」・・ばかり・・で、ほんとうにヘコみます (・_・;

入り口から入って来た時からもう、「やってやろう」って感じがしていてすぐにそういう人だと気付きます。

私が思うに、たぶん仕事もずいぶん前にリタイアして、現役時代はかなりの役職に就いていたのでしょう。
数々の業績もあるのでしょうが、それはあの高度経済成長期や、バブル期など、「いいからやれっ!」って言って、そんな時代だから部下は、家族、休日など全てを犠牲にして“無理が通れば道理が引っ込む”という“理不尽を飲み込み”、“わがまま上司”のために身を粉にしてやってあげたにもかかわらず、その“わがまま上司”は“自分のおかげ”と思い込んで過し、やがて退職したのだと思います。

それがそのまま老後期に突入し、そんな人だから家族も顧みずに仕事をしてきた(したつもりで人にやらせていた)ので、もう家人は誰もこの「爺/じじい」の言うことなんか聞きやしません(^_^;)

でもって、ご近所の人もそんなジジイを相手にしません。だって威張ってばかりで面倒くさいもの。

町内会や様々な集まりでも誰も関わり合いになってくれません。だって威張ってばかりなんだもん。

ひどい症状の人などは、「〇〇株式会社 元〇〇部長」なんて名刺を作って手渡したりする( ̄O ̄;)・・それがどうした・・。

もう、お店や銀行、公的機関の窓口にいる何でも聞いてくれる人くらいにしか威張ることが出来なくなっている状況なのに、それに気づかない・・(気付けよっ!)・・気の毒な人。

大声で怒鳴る前に、自分が様々な迷惑を掛け、お世話になってきた部下だった人や、あんたがこんなにロクでもない人なのに気に掛けてくれた人に感謝の言葉をどう掛けたらいいか考えた方がいいと思いますよ。

現在の職場に就いて、日々やって来る、あまりに多い「気の毒な人」に気付いて、書いてみました。

 

2020/06/18

【南先生の玉手箱_0011_あなたは感動を忘れていませんか 倉本聰 北の國からの一説】

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ほんとうにできるのか、やれるのか心配しながら始めた私の中学時代の担任の先生が現役時代に書いたメモや資料を掘り起こして私のブログにアップするという作業。
なんとか岸壁を離れて海に漕ぎ出した感があります。
少しずつ沖に向かいます。

今回は、平成17年の通信誌の裏面の「らくがき号外」と書かれたものを掘り起こします。

以下、先生の「らくがき 号外」文です。


あるお茶の先生のお話しだが、習いものとか日常の暮らしについてちょっとした提言のようなものがあった。

ごくあたりまえのことなんですが、日頃気がつかずに暮らしていることが多い。
そのひとつとして習いものや勉強が毎日楽しいですか。
楽しいかどうかは自分の心に問いかけてください。
そしてつまらないと感じていることは改善しましょう。
何を勉強するのか、何を身につけたいかが分からないのは本人の問題です。

絵を描いている時にもよく話題にすることですが、何を描きたいかが分からなければ何も先に進まないです。
自分が感動のないものには先がない。
そのとおりなんですが、難しいこともある。

お茶の席などでも何かひとつ工夫をしてみんなをびっくりさせたいものをとり入れたい。
それは花であったり、茶わんであったり、着物や服装、そして家のたたずまいなど、空間環境への気くばりなど感動の要素はたくさんあるものです。

それにびっくりする側の心の持ちかたが大切なんでしょうね。
感じ取る側に自分がなければ何も感じられない。
こんなあたりまえのことがなかなか難しいものです。

学校の勉強も、運動も、そしてあそびも、まず本人のやる気、感じとる心の強さが基本ですね。
作家、倉本聰の言葉、北の國からの一説にある「あなたは感動を忘れていませんか」を時々耳にします。(日曜朝TBS)

感動がないところに魅力はない。このような心の原点について時に自らをふりかえりたいものですね。
現代の暮らしは特に五感を使って体で感じる部分が大変少なくなってきているように思います。
この体感することの積み重ねが命の重さにも大きく関係してくるように思います。

マスコミ情報から毎日のようにどうすればそのようなことになるものか理解することなどまったくできない許せない凶悪な犯罪の数々も、私ごとですが、すべてのものが感動することの欠如にはじまっているように思うこの頃です。


以上が先生の「らくがき 号外」の文でした。


このぐるぐる回りながら書かれた原本を苦労に苦労を重ねながら(どこまでタイプしたかすぐにわからなくなり、何度も何度も最初から文字を追いかけることになる、しかも繋ぎの部分を間違って何がなんだかわからなくなる (・_・;)活字化する作業をしていて、私も思うところがありました。

昨年の今頃倒れて救急搬送され、入院、療養生活をし、退院後の生活、特に仕事については意欲もかなり落ちました。それに興味を持ったり、“意欲”が出て来ないという今の状況に、自分でどうしたらよいのかわからないのです。

先生の、この15年も前の文を読んで、もう一度自分の心に問いかけ、日常生活や、特に仕事についての考え方、心の持ち方を再点検したいと思います。

始めてしまったこの難作業ですが、いろいろと感じること、勉強になることがあります。


【Now Playing】 Someday My Prince Will Come / Bill Evans ( Jazz )

 

2020/05/26

緊急事態が解除されて

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写真は現在の我が家の庭に咲く花々。
世の中の大変な状況とは打って変わってほのぼのとした気分にさせてくれます。
ありがたい。

緊急事態宣言の前から我が家は非常時警戒モードに入っておりました。
マスク装着や、手洗い励行などはもちろん、まだ警戒態勢に入っていなかった職場にも自費でアクリルボード等の材料を購入し、設置。何と言われようと感染対策を自ら行いました。
あのとき顔をしかめていた人も今では感謝してくれているようです。

 

 

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本屋にも行かなくなりました。
市内いろいろな本屋、ブックオフなども巡廻するようによく出掛けていたのに、今やまったく・・。

ジャズ喫茶などのジャズが流れている珈琲屋さんなどもお店自体が自粛していたりで行くこともなくなりました。
そこで友達や、よくこのブログに登場する中学時代の先生とも話に花が咲いていたのですが・・。

 

 

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映画にも行けなくなりました。
私の大好きな千葉劇場も感染対策で閉めていたためです。
他の映画館では上映されない“いい映画”がいつもかかっていたのです。これも残念。

そして何よりも宝塚歌劇が上演休止となり、人生の大事な部分にぽっかり穴があいたようです。
観劇後のヅカ友との飲み会も、もちろん無くなりました。
いやもう寂しい。

 

 

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早くもとのように、などと当初は思っていましたが、現在の状況をみると、なかなかそんなことにはならないようですね。
へたをすると、この緊急事態解除が“ゆるみ”の発端となって、再び緊急事態が訪れるかもしれません。
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とにかく油断せずに日々過していこうと思います。
なにか「光」が見えてくるような明るい話題がほしいですねぇ。

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