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わたしのいきつけ

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2019/08/03

「Jazz Festival in とみさと」に出かけてきた

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いつもこのブログに登場する私の中学時代の担任の先生から電話があり、「職場に復帰したようだけど、大丈夫か?心配して電話掛けちゃったよ。」と、まずは気遣っていただき、恐縮。そして安心してうれしい気持ちに。

で、「ジャズでも聞いてみるか、これはいいぞぉ、土曜日に身体の調子が良ければ来てみるといい、オレも行くぞ」・・というわけで、今朝起きて、体調はまあまあだったので、富里市は遠いけど出かけてみました。

コンサートのメインは県立富里高校のジャズ・オーケストラ・クラブ。
コンサートの初っ端の挨拶で全国一位になったと報告がありました。普通の県立高校で、特にスカウトなどしているわけでもなく、今年の新入生も初めて楽器を持つ生徒がほとんどなのに、今日のコンサートではそれぞれがソロパートを任されていました、すごいことです。

このコンサートの前には、あの世界でも有名なモンタレーのジャズ・フェスティバルに招待されて演奏してきたそうです。いやもうこの田舎の畑だらけで“スイカ”しか名物がないような場所の高校生達とは思えない(^_^;)・・いやいや、失礼、たいしたもんです!

もうこのコンサートは富里という地に根付いている、地元と密着している素晴らしい文化拠点になっていました。

 

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サックスのポール・コントス、ベースのパット・グリン、テナーのティム・アマスコット、日本人ではピアノの椎名豊、トロンボーンの片岡雄三、トランペットの篠原正樹(富里高校ジャズ・オーケストラの面倒を見ている)、ドラムの広瀬潤次らが途中、この高校生に混じって熱狂の演奏!第二部ではこのプロの面子のコンサート、さらにラストではOBのハイノーツ・ジャズ・オーケストラも加わって全員で圧倒的な演奏を繰り広げました。

高校生による「マイルストーン」や、あの「モーニン」、ハービー・ハンコックの「ライオット」という複雑で難解そうな曲まで演奏され、ただただ驚きました。
その演奏されているジャズには心に訴えかけてくる何かが“大増量”・・大盛りで込められていました。
恥ずかしながら何度も涙が流れました。これが音楽だ、これが人間が演奏することの素晴らしさだ、とあらためて深く感動したのでした。

そして、このコンサートをおしえてくれた先生にも大感謝です。
病み上がりの元生徒に(しかも、もういいオジサンだ)、電話を掛け、こうして元気が出るようなことに誘いをかけてくれる。こんなこと・・自分に出来るだろうか。

身体はまだまだ“ふらふら”しているけど、でも心は元気になりました。
先生、ありがとう。

2019/07/24

先生に会ってきた

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自宅療養の診断書に記された期間が迫り、職場復帰するか、あるいは仕事を辞めるか日々悩みました。
とりあえず仕事に出てみて、今までのような取り組み方はせず、身体第一にする、ということを自分で決めました。

眠れない夜が続いたり、悪夢を見続けたりということもあり、日中も心身ともに変調を来しているようなことが日々続きました。

復帰直前に、このブログに何度も登場する私の中学時代の担任の美術の先生に会ってほしいと連絡をいたしました。
先生はご自分の検診や、美術の講習会に講師として出る用事があったのにもかかわらず、その間をぬって会ってくださいました。

先生自身が大病をしたときのこと、また現役時代に仕事のことで悩んだこと、自分の気の持ち方、今の私が人生の中でどんなところにいるのか、など、たくさんお話してもらって、少し心も落ち着きました。

別れる前に、先生が35年前に行った中華の食堂に連れて行ってくれて、そのとき中学生だった店主の子供が今は店主となり、先生のことも覚えていました。
そして鉄板にのってジュウジュウいって出てくる「肉野菜炒め」がいいんだ!と、すすめてくれました。

35年前とまったく変わっていない、とよろこぶ先生。
それを言うと、現在の店主もよろこんでいました。

昼食後、別れ際に先生が作った「ガラス絵」をくださいました。
額も先生自作です。
魚のガラス絵を取り囲んでいる部分もわざと平行でなく、ちょっとゆがんだ形にして木材を貼り付けた先生らしい作品。

さっそく家に帰って飾りました。

先生にはいつもいくらお礼を言っても足りないくらいの有形無形のものをいただいています。
明日から自分らしく生きてみようと思います。
それでダメだったら仕方ない。

2019/07/23

伊藤比呂美さんの「閉経記」を読んだ。

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『閉経記/伊藤比呂美著(中公文庫)』という本を読みました。
いつもどおりブックオフで108円!(^_^;)

著者は詩人ですが、性と身体をテーマに詩だけでなくエッセイでも独自の分野を開拓してきた方のようです。
また、介護や老い、さらには死についても踏み込んだ著書がたくさんあることがわかりました。

親元の熊本と米国・カリフォルニアを拠点として行き来しながら活動を続けていると書かれていました。

ご本人の変って行く身体、そして一向に減らない体重(^_^;)、親の老い、夫の偏屈の三重苦、四重苦の中、たくましく、そしていい加減に、または自堕落?!に生きてらっしゃる様子が書かれています。

人生と、そして女という生き方を閉経を通し、実に赤裸々というか本人は赤裸々とも思っていないかもしれませんが、かなり全面開放していると感じました。私が男だからかもしれません。
もっというと、読まなければよかった・・と、正直思いました。

いいや読めっ!これが真実の女の姿だ。お前だっていい歳こいてんだろう!!しっかりしろ、現実を見つめろ・・という声がエコーを伴って聞こえてきますが、でも肉体的にも精神的にも丁度私が療養中で弱っているところだったので、実際のところ読み切れなかったというか、ちょっとギブアップ気味で読了。

また心身ともに良好な状態のときに読んだ方がいいのかもしれません。
とりあえず今回の読後感でした。

2019/07/15

ブログでも近況報告

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写真は今朝の庭の草花です。
Instagram経由で facebook にもアップしましたが、ブログでも近況報告いたします。
6月27日、倒れる前日から体調はどんどん悪くなり、翌日胃腸科医で検査中、容体は急変し救急車が呼ばれ、搬送途中から自分がどうなってしまうのか、不安でいっぱいでしたが、体調はやがて不安になることも出来なくなるくらい意識が混濁し、どんどん悪くなりました。

その後の怒濤の検査と、最終的には先生と相談し、輸血という処置をやむを得ず行うこととなり、最低限の血液を確保し、一週間の経過観察の後、自宅療養となり現在に至っています。

入院したときも、入院中もそうでしたが、仕事のこと、今後の家族・家庭のこと、すべてが自分に不安要素として襲い掛かって来ました。
もういても立ってもいられない気持ちでした。4月からの第二の人生ともいえるスタートが崩壊していくのを感じました。

帰宅し、自宅療養が始まっても気持ちは焦るばかりで、家族と顔を合わせるのもどういう顔をしていいのかわからない・・。
こんな精神状態を経験するのも初めてでした。
日中もそんな状態なのに夜になるとさらに何かが取り憑くように心の中に入ってきて、なかなか寝入ることが出来ず、ようやく眠れたと思うと次から次へと悪夢を見ました。
何度も目覚め、何度寝直しても悪夢の続きを見る。地獄のような状態。

今もそんな気持ちは続いてはいるのですが、いろいろな人からいろいろな言葉をいただき、少しずつ立ち直ろうとする気持ちが出て来たところです。
ブログに、入院中・退院後に読んだ本の読後感をアップしているのも自分の気持ちの整理をしていこうとする一貫です。自分を落ち着かせようとしているのです。
今回のことで弱い自分を痛感しました。

もうちょっとだけ時間をかけて元気になろうと思います。
そのためにも、このブログを大事にして書き続けます。

以前と同じように楽しく元気なブログを書けるよう、もう少し時間をいただきます。
現在の正直なところの近況報告です。

2019/07/05

力尽きました。

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ブログの更新が出来ずにおりました。
病院にいたからです。

先々週の終盤に職場ではけっこうこの時期では珍しくきついというか大混雑で混乱するような状況がありました。
でも、何か策を用いればある程度回避できることが多々あったと感じました。
で、パンチのように連打を受け、しかも無援で、ボクサーで言えばリングには最後まで立っていましたが、もう実質上はダウンして起き上がれないような心身の状況でした。
この状況はひどい。

翌週も気力で無理をして仕事をしましたが、木曜日の午後に膝を突いてダウンしたような状況になり、帰宅。
翌日、あまりにも異様な身体の状況に医者に行き、胃カメラの検査をしているうちに容体が急変し、救急車が呼ばれ、一緒に来てくれていた長女と共に救急搬送を受け、病院に。

救急車の中では「ご自分のお名前を言えますか?」とか、「生年月日がわかりますか?」などと救急隊員から聞かれ、ろれつが回らない自分に気づきました。

病院に着いても、飛び出してきた外科の先生が、ストレッチャーに乗せられたままの私をそのままの状態でレントゲン撮影したり、CTにかけたり、もうそのまま胃カメラにも突入して、その日二度目の胃カメラ。

検査後、モニターを見ながらストレッチャーに乗っている私に説明をする先生。
朦朧としている私。先生の説明を泣きながら聞いている長女。メモしながら妻にラインで報告してくれました。

出血性ショックで生死の境目を彷徨う自分を薄れるような意識の中で感じました。

止血剤と点滴、鉄剤をがんがん投入してそのうち出血は止りましたが、検査の結果血の量がギリギリのところまで来ていて、やむを得ず判断して輸血を行いました。

なんとか頭を起こすくらいなら気絶せずにいられるくらいの血液量に戻り、二日間おいて身体が落ち着いたところでまた胃カメラを飲みました。
血でいっぱいになった胃の中を最初の医者では見ることが出来ず、この病院でも緊急搬送時の一回目の胃カメラでは出血場所を確定することが出来ませんでしたので、病院でも二度目の胃カメラでした。ようやくその箇所をほぼ特定することが出来、出血が止ったので、とりあえず一週間の様子見を経て、歩けるところまで来たので一旦退院、帰宅し、自宅療養しながら、まだ残っている検査を通院で行うこととなりました。

向こう側の世界の扉のところまで行って来ました。
そして駄目かと思った自宅に帰ってくることが出来ました。

生きていただけよかった・・のかもしれませんが、仕事についてはもう考え直さなければならないと思っています。
生死をかけてする仕事はないのですから。

2019/06/24

下重暁子さんの「年齢は捨てなさい」を読んだ

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『年齢は捨てなさい/下重暁子著(幻冬舎新書)』を読みました。
少し前に、このブログで同じ下重さんの「極上の孤独」を読んでご紹介したことがありましたが、今回のこの本も下重さんの書きっぷりは相変わらず“気持ちいい”のひと言です。

「実年齢が〇歳だから、それらしくしなくては」とか、「年寄りは大人しくしてろ」だとか、「昔の人はそんなふうに考えるんですね」だとか・・私もふだんからいろいろと若い奴ら、あるいは同年齢かそれ以上の訳知り顔の人達に言われることがあるのですが、「バッカ野郎!お前なんかに言われる筋合いはないっ!!」といつも思ってきたのでした(^^;)

下重さんも書かれていますが、年齢を意識し過ぎることは何の得にもならず、生き方を狭めてしまうのだ、ということです。そのとおり!!

「なぜ人は年齢を知りたがるのか」ってのも冒頭からエラい勢いで飛ばして書かれていましたd(^_^o)
たしかにそうだよねぇ、新聞とかテレビとか、例えば「俳優〇〇(75歳)」などと紹介されているのを毎日のように見ますよね。いつも思ってました「なんだよ、それ」って。

年齢を特定して、それを意識して、その人の評価を決めようとする。
下重さんも書かれていますが、こんなことやっているのは日本人だけだということです。

〇話が長い老人は嫌われる

〇男性諸君は“くっつきゴミ”にならぬよう・・自分から何をするでもなく奥さんにくっついて行こうとする人。

〇好きなことに夢中な人ほど若い

〇「還暦祝」が嬉しい人はいるのか

などなど興味深いキーワードも盛りだくさんでした。

「年齢は捨てなさい」・・はいっ!そうします…σ(^_^;)

2019/06/21

しばらくアップできませんでしたが・・

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写真はうちの庭の草花。
最近、曇りがちな日や、雨の日も多かったりしたのですが、そんな日の夕方に撮ったものです。
今回の内容とは関係ないのですが、写真くらいは載せておこうと思って(*^_^*)
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いつぞや書いた仕事の方も、あまりいい方向ではありませんが、自分で自分のペースをつくっていくしかない、と強く思い、仕事に向き合う態度を変えていこうと思っているところです。

あまり真面目にやっていこうとすると、精神的にも、身体にも悪そうだということがこの三ヶ月弱でよくわかりました。

 

 

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前の職場では60%のパワーで巡航し、時に80~95%で突っ走り、苦境を乗り切ってまいりましたが、今は週に二日~三日が95%~120%でいかないと乗り切れない感じで、・・自分としては不本意だけど、75%をマックスにして生きて行こうと決断しました。

体調と引き替えなのでそうするしかない。

というわけで、次回のアップまでの期間はそんなにかからずに何か書けると思います。
まずは・・宝塚の話題かな?!(^^;)
それじゃまた。

2019/06/05

まだ気持ちと身体の入れ替えが出来ない

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写真は我が家の庭。今回の内容とは関係ありませんが、自分を鼓舞するために載せました。

4月から自分の立場と仕事内容が変わって、その変化についていけず、胃から大出血して倒れるという予想だにしなかった事態になり、その後ほんとうは医者から止められていたにもかかわらず職場に復帰し、現在に至っています。
医者からは職場の状況が変わらない限り出勤してはいけない、と言われていました。でも、自分の気持ちで出勤することにしました。

3月までが野球で言えばその仕事内容は監督でした。プレイイング・マネージャーみたいな感じでしょうか。
全体の様子を見て、指示を送り、いざという時には自ら「代打オレっ!」って感じで矢面に立ちその場を乗り越える・・そんな感じでした。

4月からはその立場から、いきなり2番打者で守備位置はセカンドになりました。

ヒットを打って塁に出て、盗塁。
または、先頭打者が出塁したら、送りバント、あるいはヒットエンドラン、場合によっては長打も要求される立場。最悪でも内野ゴロ右方向に打ってランナーを進塁させる。

守備的には、常にシチュエーションを頭に入れ、バントシフト、ゲッツー体制、守備位置の指示、外野からの返球をショートカットしてバックホーム、牽制球対応、などなど一番活発に動き、守備の“要”となり、しかも今の状況では、8~9回にはマスクを被り、キャッチャーも務めなければならない・・そんな状況です。
身体は毎日悲鳴を上げ、常に夕方まで倒れるか倒れないか、ギリギリの状態。

これだけ働いて給料1/3です。
「70歳まで元気に働いてもらいたい」などという国を取り仕切る方々、死ぬまで働け・・っていうことでしょうか。年金なんかもらうんじゃねぇぞ、その前に死ねってことですね。

毎日のことですが、今日はすごかった。
また仕事の内容を野球に例えますが、ヒットを打って塁に出て、その後盗塁。
送りバントで三塁に到達したら、ホームスチールのサイン。
無理やり滑り込んで本盗成功!

守備では内野から後半は外野に回り、フェンス際まで転がった二塁打コースを強肩で二塁憤死させ、さらには8回からマスクを被り、キャッチャーとなり、150キロの速球と、130キロ台のフォークボールを捕球し、2回を無失点で乗り切る。

そんな感じでした。
身体はバラバラになりそうです。これが毎日のことで、限界ギリギリです。

今月中に身の振り方をもう一度考え直そうと思っています。
また倒れたりしたときに証拠を残しておかなければ、と思い書いた次第です。

2019/05/31

「おとなの進路教室」を読んだ。

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『おとなの進路教室/山田ズーニー著(河出文庫)』という本を読みました。

自身の子供について進路を考える機会があった・・ある・・ことや、自分自身の今までについて考えてみたり、さらに4月から職場が変わっていろいろと考えることがあったりで、心が千々に乱れることがここにきてずいぶんとあったので、不安感も手伝って読んでみたのです。

読んでみて、“おとなの進路”について著者が乗り越えてきたことや、著者が講師として様々な人達と出会う中での経験、また著者が過去に勤めてきた職場で出会った人達の進路についての考え方が書かれていたのですが・・結局、著者も私も「迷いの中」に未だいて、劇的な解決方法や、方向性は見えてこなかった、という感じです。

そもそも納得のいく解決なんて、このテーマでは無いのだと思いました。
“常に考える”・・そんな中でその時々の解決がなされていくのだ、というのが結論かもしれません。

この本の中に何度も出てくるのですが、やっと就いた仕事で失敗し、上司やチームの仲間、その他部下からも非常に厳しい言葉で叱責されたり、指摘を受けたりする場面では、まるで自分のことのように胸が締め付けられました。

長いこと仕事をしてくると、そんなことばかりなのですよね。

いつまでたっても、自分の成長速度は遅く、不安感ばかりが特に新しい職場、仕事に就いたときに襲い掛かってくるのです。
それの克服と、ささやかな解決で人生が進み、終わっていくのだ・・などとしみじみ感じてしまいました。
そんなことなんですよね、自分のような小市民はそれでいいのだ、と納得するしかない。
肩で風を切って堂々と王道の進路を突き進むなんて、逆に嫌だし…σ(^_^;)

仕事のことで胸の中が“ざわざわ”することの中身は何なのか、そんなことが書かれていた本でした。

2019/05/26

工藤美代子さんの「快楽(けらく)一路」を読んだ。

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『快楽(けらく)一路/工藤美代子著(中公文庫)』を読みました。

ノンフィクション作家の著者が、自分の身近な人達や、その家族、知人達の・・本の帯には[人生後半戦の欲情の実態]と書かれているが・・言わば“人生終盤の欲情(特に女性の)”について、本人達の相談に乗りながらのインタビューのような形式で書かれたものです。

ここに出てくるのは、50代の女性もいますが、70代後半の女性も登場してきます。
恋は灰になるまで、などという言葉は昔から耳にしていましたが、恋なんて甘いものではなくて、熟女と老女の境界線も無く、80代を超えても女をおりない・・。

もちろん世間の思惑・批判など歯牙にもかけないのであって、残り時間が限られている彼女達の恋人とのむさぼるようなセックスについて書かれていたのでありました。

著者自身が二度の離婚経験があるのですが、でもここに書かれている男女の快楽、悦楽などのための貪欲さや、工夫などに疎く、だから逆に話を聞く度に興味津々となり、この本の面白さが増していくのでした。

快楽一筋で何が悪い!という開き直った(彼女達は別に当たり前のことだと思っている)行動がますます読者の興味をそそります。

60代、70代、80代のそのものの様子などもご本人の口から語られ、「そりゃすごいっ!そんなことになっているとは思わなんだ。」( ̄O ̄;)と、びっくりしているうちに読み終えちまいました。

そして、男と女の関係は死ぬまで様々、色々とあるのだ・・と、あらためて感じたのでした。

興味があったら、ぜひ読んでいただきたい。無くても読んだらいいと思いました(^_^;)

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