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わたしのいきつけ

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2019/04/18

今回のことをもう一度振り返ってみた

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前回のこのブログで、先週、私が突然下血し、倒れたことを書きました。
それ以降、いろいろなことを思い、また多くの方から声をかけていただきました。

滅多に無いと言っては何ですが、こんな体験は一生のうち何回もあることではありませんので、もう一度振り返ってみたいと思いました。
記憶に残っているままに書きます。

あの倒れた日は、朝からたしかに具合が悪かった。
職場に着いて、最初に会った同僚の女性に「体調がいまいち」だと自分が言っていたことを思い出しました。

その前週が新しい職場での仕事始めでした。
きつかった・・。体力的にも精神的にも。

そして、もう翌週には自宅で下血して倒れた。
帰宅し、最初は家の階段も上れなくなっている自分に気づき、やがて立っていることさえしんどくなってきて、トイレに行って大量出血。
胃から降りてきた血というものは“真っ黒”で、自分でも驚き、止らない下血にえも言われぬ“恐怖”を感じました。
悪魔に魅入られたような、逃げ出すことができない恐怖。

心の中では、今まで潜伏していた大きな病気が今突然姿を現したのではないか、もう取り返しのつかない病状になっているのではないか、と絶望感が拡がりました。
何せ、その時点では歩くことも出来ないし、這って個室から出ることくらいしか出来なかった。

「もう何もいらない、大好きな音楽も、本も、演劇も、何もかも」・・と、人間って切羽詰まると思うものなのですね。だって、ひょっとしたら明日くらいには死んでいるのかもしれないと思ってしまったのですから。

でも、人の顔はどんどん浮かんできました。
これは自分でも意外でしたが、家族や、私と関わってくれた人たちの顔が次々と頭に浮かんできたのです。浮かんでくるたびに「ありがとう、今までありがとう」と本気で心の中で叫びました。そんなふうになるのですね、経験しなければわからなかった。

前回のブログでも書きましたが、翌日家を妻と出て、病院に向かうときに庭の景色を見ると、今まで感じたことの無い感覚で、庭の草花がキラキラと輝き、あまりにも美しく見えることに感動しました。
もう自分では“ヤバい”状態なのに、雲の上を歩いているような軽い感覚も感じました。

病院での検査、治療を終え、「死んじゃうんじゃないか」という…σ(^_^;)私の取り越し苦労は一蹴され、回復に向かい始め、そして前回のブログでの報告に繋がります。

ブログ、フェイスブックにアップしてからは、皆さんからたいへん温かい言葉をいただきました。
これはほんとうにうれしかった。
そして勇気づけられました。SNSの良さはこういうところにある、と実感いたしました。
何十年も前なら、ごく親しい人にだけ、手紙などで、「実は私、一ヶ月前に倒れまして」などと報告するくらいだったでしょう。

悪いことばかり書かれるSNSですが、私が今でも続けている理由はこんなところなんだったのだ、とあらためて感じました。

と言うわけで、私、順調に回復しつつあります。
たくさんのやさしくも温かいお言葉、皆さんありがとうございました。
このことは絶対に忘れません。

回復したら、また楽しいブログ、再開いたします。
近々だと思います(*゚▽゚)ノ

2019/04/12

突然起こったこと

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10日の水曜日にそれは始まり、起こりました。
いきなり尾籠な話で恐縮ですが、朝、トイレに行って一瞬錯覚かと思いましたが、便の一部が真っ黒だったような気がした。

不安な要素を残しながら出勤。

4月1日からの新しい職場は滅茶滅茶忙しく、ひと息つく間も全く無い強烈な環境でした。
休憩時間もやっと取れるような状態。
覚えることや、初めてのことで理解できないことも多く、はっきり言うとフラストレーションの塊のような感覚が体中に拡がり、それでもなるべくニコニコして日々仕事を一週間やり通し、今週に。
でも丸々一週間、激しい腹痛が常に自分を襲っていた。ストレスも限界な感じ。

10日は休みが三人出て、忙しさがさらに加速。
どうにかこうにかやっていたのですが、便意をもよおし、用を足すと・・。
コールタールのような真っ黒いものが。
しかも二回も。

なんとか仕事を終え、胃痛によるものかどうか、もう気は動転して思考能力も無くなる中、薬局で気休めに胃痛の薬を買うが、頭の中は真っ白に。

帰宅し、家人には何も告げず(そのときに妻も長女も私の表情の異変には気づいていたとのこと)、夕食後、そろそろ寝る頃にまた便意。

そしてトイレに行ってからが大変なことに。
真っ黒いものが出て(血液が胃から出て下血するとこうなるんだそう)、さらにもう血液そのものが大量に出て来て意識が薄れていく。
倒れ込んで、既に二階で寝ている家人に携帯で「助けて」と。

それからは大変だったのですが、横になっていると何とかなっていたので、リビングに布団を敷き、妻に一緒に寝てもらい、朝を待って胃腸関係を見てもらってきた近くの胃腸科へ。

このとき、家を出るときには、ひょっとして帰って来れないかもしれないと内心思っていました。
そんな気持ちになると、庭の花々や、景色、家の猫、皆、きらきらと輝いて見えました。不思議なものです。こういう気持ちになるのですね。

医者に着き、先生に話をすると、大急ぎで様々な準備が始まり、レントゲンや胃カメラ、色々な検査を一気に進めてくれました。小さな医院だとこういうことが出来るから、昨夜救急車を呼ばなくてよかったと思いました。

妻も付き添ってくれましたが、結果は4月に入ってからの短期間の状況が身体に異変をもたらし、胃から大出血していたとのことでした。
点滴を打ち、止血剤も投入され、様々な薬もいただき、帰宅することが出来ました。

正直言うと、もう病状は深刻なところまで来ていて、それがたまたまここで出たのじゃないかと思っていて、このまま入院して家には帰れないだろうと・・そんなふうに勝手に考え(長女もそう思っていたとのこと)ていたので、帰宅できたのは夢のようでした。

お医者さん、薬局の方の言うとおりに薬を飲み、驚いたことにどんどん回復を実感しています。
きょう、医師に電話で他の検査結果を聞きましたが、貧血以外は良好。貧血も早くに止血剤を入れてもらったので、自然回復できるとのことでした。

静養につとめます。

だからしばらくはブログ、facebook、Instagramも更新はお休みします。

良くなったらまたお会いします。

2019/03/20

『「大人の人づきあい」でいちばん大切なこと』を読んだ。

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『「大人の人づきあい」でいちばん大切なこと/川北義則著(だいわ文庫)』を読みました。
著者・川北義則氏は、1935年生まれで、新聞社勤務を経て、日本クリエート社を設立、出版プロデューサーや、生活経済評論家としても活躍されている方です。


この本は、大人になり、現在、社会の荒波に揉まれている人、特に若い人には社会人として生きて行くためのキーポイントが著者により示されているようなもので、若者でない私にとっても、けっこう“耳の痛い”アドバイスなどが書かれていました。


昨今のこういったタイプの本には、若い人に対して「“叱ってはならない、ほめて伸ばせ!」みいたなことが書かれていることが多いのですが、この本では、職場の飲み会には出て義理を果たせばよい、私は1時間もしたら、いつも理由をつけて帰ってしまうぞ、なんて、やや甘めなアドバイスをしたかと思うと、食事を摂れるような場所で三人で打ち合わせをした際に、一番最初に目下の者の頼んだものが運ばれてきて、そのまま何も言わずに一番の目下の者が箸を付けたことに怒り、説教するような場面もありました。


職場関係の人達との“割り切った”関係をすすめたりもしていますが、根底には厳しい眼差しでもって礼儀・作法を徹底するよう進言しているというのが、この本の特徴であるように感じました。


人に厳しくする、ということは自分にも厳しくせねばならず、私も人にあまり厳しくするタイプではありませんが、ということは、私はやはり自分に甘いのかもしれません(^^;)
少し気をつけようと、あらためて思いました。


近年、部下を多く持つ上司の方々は、様々な研修も受けるのでしょうが、若い部下に対して厳しくすれば“パワハラ”だ“モラハラ”だと言われ、甘くすれば“つけあがり”(^_^;)、さらに甘々にすると“セクハラ”だ、などと言われかねない現状にさぞお困りでしょう。


この本を読んで、そこら辺の微妙な“さじ加減”を勉強するのもいいかもしれませんよd(^_^o)


個人的には、著者が怒りを露わにするような部分が気に入ったのですが・・真似しすぎると訴えられるかもしれません・・d( ̄  ̄)念のため。

2019/01/25

「やりがいのある仕事」という幻想・・という本。

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『「やりがいのある仕事」という幻想/森博嗣著(朝日新書)』という・・本を読みました。
タイトル、本文にも「・・」が多いのは、やはりショッキングというか、自分の今まで考えていたような基本的なものの考え方が崩壊していくというか、ささやかな価値感、“粉々”って感じですよ。

著者・森博嗣さんについては、ついこのあいだ「月夜のサラサーテ」という本を、このブログでご紹介いたしましたが、今回もキツい一発・・二発・・いやもっとたくさんの“キツい”お言葉を頂戴した感じです。

まずは仕事というものがどういうものか、という定義を著者の考えに基づいてきっちりと明確に書いています。

詳しくはこの本を読んで、ということなんだけど、つまり仕事というものは、自分の人生そのものだ、とか、仕事にこそその人の価値・評価がはかられる要素があるのだ、とか、仕事がうまくいかない、仕事上の人間関係がやはりうまくいかない、などなど、私達が日常感じている、考えているようなこと自体がほぼ否定されています。

そんなことはたいしたことではない、というわけですよ。

だから、後半に著者が大学に勤めていたときに学生や卒業生から受けた相談に対する回答コーナーのようなものがあるのですが、“にべもない”速攻の回答に、著者も言っているが、励ましてもらおうと思って相談している学生や卒業生は、たぶん“ギャフン”となっていることと存じます (・_・;

たとえば、「休日も、仕事の心配事で心が支配され、気が休まりません。毎日仕事から帰宅しても、疲れ果ててなにもする気が起きません。せめて休みを休みたらしめるためにはどうしたらよいのでしょう?」

という相談に対し

「やりたいことを見つけることだと思う。」とまずストレートパンチ。
疲れ果てている以前に、家に楽しみがないことの方が問題ではないだろうか、と続き、そのあとはこの本を読んでください。
言われてみればまったくそのとおり、という気持ちになってしまいました。

人生に苦しむ人のパターンとして、仕事がうまくいかなくなったわけでもない、ローンはあるけど、お金に困っていない、ただ会社、家族、子供、ローン、両親、いろいろなものに少しずつ縛られて身動きできなくなっていた。
気づいたら、自分の自由なんてどこにもなくなっていた。ただただ働いて、毎日が過ぎて、酒を飲んで、疲れて眠るだけ、その連続に堪えられなくなる・・どこで間違えたんだろう・・そういうパターンだ、と書いています。

子供の写真を見せたり、仕事の話をしたり、買おうとしているマンションや、旅行に行ったときの話とか、そういうことを自分から言いたがる人は、楽しく生きていない人だとも・・。
なんか思い当たる人いっぱいいる。

本当に楽しいものは、人に話す必要なんてないのだ。とも、おっしゃっています。
なるほどね。

最も大事なことは、人知れず、こっそりと自分で始めることである。
人に自慢できたり、周りから褒められたりするものではない。自分のためにするものなのだから。・・と。

う~ん、最近、私もこの境地に少しばかり近づいているような気がしないでもない(^^;)
みんなが得意げに言っていることには、ほとんど興味がないんだよね。
これでいいんだね。

と、やや無理やり悟り気味になったところで、本日の読書感想、おしまいっ!!


【Now Playing】 There is No Greater Love ~ Go-Go / Miles Davis ( Jazz )

2019/01/06

「月夜のサラサーテ」を読んだ

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『月夜のサラサーテ/森博嗣著(講談社文庫)』を読みました。
1957年生まれのこの著者を、私、恥ずかしながら存知上げておりませんでした。
人気作家で、Amazon.co.jpの10周年記念で殿堂入り著者にも選ばれているそうで、すまん!って感じなんです。
本屋で立ち読みして、こりゃ面白そう!と手に取った次第です。

著者・森博嗣氏が100のつぶやきをしているというこの本、「謝罪会見は、いったい誰に謝っているつもりなのか」とか、「リストラで駄目な部分が切られるが、原因は駄目だからではない」、「感動の不適切な扱いが目立っているこの頃」などなど、目次を見ているだけで面白そう、と感じたのでした。

しかしながら、この本のカバーにもかかれているように、著者・森博嗣氏は理屈っぽい・・っていうか、理詰めでどんどん攻めてくるので読んでいるこちらも“ぐうの音も出ない”状況に陥ります。

人として生きていると様々な出来事、事象に出くわしますが、それを著者は観察、考察して、こちらが長いこと信じてきたような世の考え方をバッサリと切り捨てます。
でもって、今まで味わっていた世の中の慣わしとは異なる世界が見えてくるのです。
それが痛快である場合もありますが、あまりの切り捨て度にガックリくることも・・。
非常に私にとっては、微妙な本となりました。

読んでいて、納得がいった項目も多々ありましたが、その中で最も共感したのは・・

自分の欠点や悪行など、防御が難しい部分を持っていると、そこを攻められるくらいなら、さきに相手を攻撃しよう、となる。そうならざるをえない。

と、書いていて、具体的な例として・・

ネットで散見される事あるごとに他者を非難する人達。
この人達は、多く自分が非難されたくないという心理によるものである。
と言っています。

人の行為に対する賛否ではなく、人格を攻撃する場合が多々見られるが、例外なく、自分に人格的な欠点があって、そのコンプレックスを抱えているから、ついその攻撃が「有効だ」と思いついてしまうのだという。

・・共感した。

自覚もなく、人格を攻撃し、単に貶め(おとしめ)たいというだけのもの。
理屈が述べられないからそうなる。・・まったくだ!

相手の能力的な部分を攻撃する人は、自身に能力的な欠陥があるのだと断じています。

こうして、人間社会の構図が見通せるのだと書かれていて、今まで何となく感じていたことが理路整然と述べられていて、わたしゃ唸っちゃいましたよd(^_^o)

この著者の本は、もう一冊持っているので、それを読んだときには、またこのブログで感想を書こうと思います。

結局は手に取ってよかった本でした。

2018/12/29

「化け物使い」は落語の世界だけではない

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このあいだ USEN放送で落語を聞いていたら、談志の「化け物使い」をやっていて、この話は、とあるご隠居の人使いが荒く、雇われる使用人が三日ともたずやめていく、でも我慢して勤め上げた使用人が一人いた。

ご隠居は安い屋敷を見つけ、そこへ転居することにしたが、安いには理由があり、化け物が夜な夜な出るという。

それをきっかけに文句も言わず勤め上げていた使用人は辞めていく。
あなたみたいに人使いが荒いと私以外には誰も勤まらないと、さんざん嫌味をご隠居に言いつつ・・。

でもね、ご隠居はまったく反省も懲りもせず、次の使用人を見つけようとする。
そんな中、家移りした化け物が出る家で迎えた夜に・・一つ目小僧がでてくる。
ご隠居は驚きもせず一つ目小僧に次から次へと用を言いつけ、次の晩には、のっぺらぼう、その次の日には大入道が現われるが、皆仕事を次から次へと言いつけられ、消え去ってしまう。

最後に狸が現われ、自分が全部化けていたのだという。
そしてまた用事を言いつけられると・・・「おひまをいただきたい」と言う(^_^;)

こんなことが現実にもあるよなぁ、と思った。

私の10年以上前の上司は、私を呼びつけると、私の通常業務以外に自分がつい最近知った様々な世間のトレンド的な事柄や、事業、ネットワーク関係の新技術などなど、次から次へとレポートを作って報告しろと言いつけました。
通常、それらを調べて考えをまとめ、報告するには一~二週間はかかるが、それを一日で作れと言い、取りかかった直後にまた別のことを思いつき、それについて同様のことを言い出す・・。

日にそれが三度も四度もあるので、もう地獄のような忙しさになる。
どんどん宿題が雪だるま式に増えた上に、本来の自分の仕事は滞る・・( ̄O ̄;)

「あれはまだか?」などと覚えているので油断もならない。

挙げ句に、宿題をやっている最中に次の宿題を被せられるのを避けるため、年休を取って自宅で宿題をやることになったのでした・・もう苦肉の策です。
日に何度も出される宿題は業務終了後、帰宅してから深夜まで、さらにもちろん土日は宿題をやり続け、自分の生活は無くなりましたよ。

まさに談志が演っていた“化け物使い”そのままに、考えられないほどの矢継ぎ早で次から次へと仕事を言いつける。
今だったら、何か返答できたかも、と思いますが、後の祭りです。

自分が“化け物使い”になっていませんか?!
自分が“化け物使い”に使われていませんか?!

談志の落語を聞いていて思ったこと、書いてみました。


【Now Playing】 酔いどれかぐや姫 / 南高節とかぐや姫 ( フォークソング )

2018/12/12

『タモリさんに学ぶ「人生の後半」を生きるコツ』を読んだ

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『タモリさんに学ぶ「人生の後半」を生きるコツ/内藤誼人著(廣済堂新書)』という本を読みました。
著者の心理学者・内藤誼人氏は、タモリさんとは面識が無いそうだが、タモリさんの過去の雑誌、書籍、テレビ・ラジオなどのメディアからの発言の数々を丹念に拾い、それをこの本の各章の項目にして、まさにタモリさんの生き方のエッセンスのようなものを描き出していました。

著者が感じているタモリさんの、他のお笑いタレントやその他芸能界で成功している人と異なる生き方がうまく表現されていて、私もタモリさんの存在の仕方にいつも感心していたのですが、なぜ私もそんなふうに感じていたのか、あらためてわかったように思いました。

「立派な人間」になることをあえて拒否する

「他人からの評価」に縛られすぎない

他人に期待しなければ、失望することもない

いちいち細かいことで反省しない

「頑張らない」ことを座右の銘にする

などなど、この本に書かれていることの一部ですが、タモリさんの過去の発言から得た人生の渡り歩き方が、上記5つの項目だけでもわかる気がします。

タモリさんのようなお笑いタレント、あるいは司会業のタレントさん、芸能人は、ある程度の地位を得ると尊大になります。それはほとんどの人がそんな感じに見えますが、タモリさんはそんなことを感じさせません。
何より、子分を作らない。

無理難題をふっかけ、自分の子分などがあわてふためき、右往左往する姿を、高みの見物状態で笑いものにするなどという最低のギャグもやらない。

急にコメンテーターみたいなことをやり始め、なんだかえらそうにする。そんなこともやらない。そもそも自分がそんなにご大層なことを言えるものだとも考えていない。

長いことタモリさんをテレビその他で見てきたけれども、私には漠然としかわかっていませんでした。それらのことが人生をストレスフリーで生きて行く極意なのだということが。

「心も身体も疲れない自分のために生きる人生の極意」と帯にも書かれていましたが、ここ数年で少しずつわかりかけていたことが明快に書かれているこの本、ある程度人生半ばまできて、これまでの自分を反省しつつ過している人や、まだまだ若いけど、辛く苦しい社会人生活を送っている人にもおすすめできる本だと思いました。

とても読みやすかったd(^_^o)


【Now Playing】 Cloud 9 / George Harrison ( Rock )

2018/12/04

クリスマス・イルミネーション自宅バージョンについて

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写真は、街のイルミネーションですが、今回のお話は自宅周りのイルミネーションの話。

歩いていて、最近では珍しく?なった自宅を電飾その他でクリスマス・イルミネーションの館のようにしているお家を発見しました。
ブレーカーも落ちよとばかりに煌々と不夜城化しているお家がかつてはたくさんありました。
まだ場所によってはそういう住宅街もあるかもしれません。

何年か前にラジオで、いろいろなお宅にうかがって、丸々一週間、そのお宅の食事の写真を撮り、現在の日本の家族の食生活についてその写真を掲載しつつリポートした本を出された方(女性でした)がそれを実行してどんな傾向が見えたか、というお話をされていました。
最初のうち、取材対象の家族は気取っていても、一週間もいるとその家族の食事の実体が見えてくるなどという興味深いお話だったのですが・・。

その方が突然、「まったく関係のない話でもうしわけありませんが、私、いろいろな家庭をたくさん回っていて、食生活からではなく気づいてしまったことがあるんです。」
と、語り出したのです。

司会の方もあらぬ方向に話が行ったので、戸惑っていましたが、その内容を聞いてみると。

家を大々的なクリスマス・イルミネーションで飾っているお家は、まずほとんどが家族関係がまずくなっていて、家庭は崩壊状態にあるといって間違いない・・って言ったんです。

「えっ、その逆じゃないの?」と思いましたが、事実はそうではないようです。

ということで、あのイルミネーションは、「家族の灯火を消してはいけない」と、お父さん、あるいはお母さんが必死に毎年飾り付け、頑張っているという姿が、自宅イルミネーション華やかなお家を見るたびに目に浮かんでしまうようになってしまいました。

実際のところはどうかわかりませんよ!
家族全員仲良しのお家かもしれないし、これを読んでいて、「ばかやろ、ウチは違うぞ!」って思った方にはごめんなさい。

でも、この話を最初にラジオで聞いたとき、ゾクッとしたんですよね。

あれだけの情熱と、実際の労力を考えると、何か深い理由がなければ出来ないんじゃないか、などと深読みするようになってしまって・・。

住宅のイルミネーションを久しぶりに見て思い出したことを書いてみました。
みなさんはどう思いますか?
意外と何かが見えてくるかもしれません。


【Now Playing】 M-Squad / Count Basie & His Orchestra ( Jazz )

2018/11/08

メンタリスト Daigo の「メンタルハック大全」を読んだ

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『メンタルハック大全(MENTAL HACKS)/メンタリスト Daigo 著(セブン&アイ出版)』を読みました。

著者のダイゴさんは、テレビで見ていても超人的な洞察力や、確信を持った様々な行為、活動をされていて、私から見ていると、やや人間的なちょっと“おっちょこちょい”な部分や、情緒的なところがあまり感じられません。
・・不思議な人物です。

著書も、ものすごい数で出版されていますが、彼の日々の勉強や、完全に制御されたスケジュールからすると、それも可能なことなんだな、なんて感心というよりも、ただ茫然とするだけの私です。

この本では、人のどんな行動からどんなことが読めるのか・・とか、じゃあ自分はどうやって日々の生活を送っていけばいいのか、などの毎日のルーティーン的なことへのアドバイスや、失敗と成功の10のチェックリスト、仕事上の人とのつき合い方、自分を成功に導く様々なテクニックのようなことも書かれていました。

それらは、ほとんどが、アメリカなどの研究機関で実際に検証されたものからダイゴさんが導き出しているもので、参考にはなりましたが、それを覚えて実践するって大変なことだと感じました。

気になったのは、「情報を選んで、メンタルを守る」という項目。
私は、炎上系のニュースや悲しいニュース、不快感を覚える情報に接することがいやで、あえて避けている傾向があります。
それは、世の中で生きて行くためには、甘受しつつ接していかなければいけないんじゃないかと、悩み、迷うことが今まで多くありました。

でもね、ダイゴさんは「自分からわざわざネガティブなニュースに接していくのは、自分で自分の体を傷つけているのと同じ」と言っています。

ネガティブなニュースにふれていると、それに引っ張られてネガティブな人になる可能性があると説いていて、少しばかり安心したのです。
・・それでもいいんだ・・ってね。

またSNSでフォロワーを増やすのは、ポジティブな投稿であるとも言っています。
「良い投稿をする」が何よりのことだと。
これにも少し安心しました。
徹底的にネガティブにやっていて、得意げで肩で風切っているような人もいますが、私はそんな投稿には馴染めずにいました。
これまたこのダイゴさんの意見にやや安心(#^.^#)

この本は、アイデアや情報が多すぎて、私にはすべてを吸収しきれませんでしたが、ヒントはたくさんいただきましたよ。
少しずつ使わせていただきます。

2018/10/06

先生に会いに行ってきた

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いろいろなことが起きて心の中に何か雲のようなものが垂れ込めるような気分。
前回のブログに書いたように、元気が出る人のところに行ってきました。


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このブログに度々登場する中学時代の担任の美術の先生が、今回は九十九里アートミュージアム「望月定子美術館」で絵画・造形展を開かれているとの知らせを受け、元気になっちゃうかも・・などと(*^_^*)思いつつ、出掛けてみました。


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今回は会場も広く、先生のワールドが何か開放されたかのように展開されていました。
見応えありました。

その中で私の気になった作品のいくつかを写真でご紹介いたします。

ねっ、いいでしょ(#^.^#)
といっても、これは感じる人によって異なるのだから、「なんじゃこりゃ」って人もいらっしゃるかと思いますが、でもでも私にとっては何か心にインパクトのある作品でした。

先生とも話がはずみ、絵の話はもちろん、先生が最近いいと思っているジャズのアルバムの話などもたくさんいたしました。


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そして、「外に出てみるか」ということで、ここは九十九里、すぐそこの片貝の九十九里浜に先生と二人で出てみました。

台風の影響か、まるで夏のような暑さでしたが、風が強く、それが爽やかさをかんじさせてくれました。


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この吹き流しのように先生の言葉のひとつひとつを聞いて、だんだん元気になり、私の心も勢いよくはためいてきました。
先生、いつもありがとう!


【Now Playing】 Crossin' The Channel / Bud Powell ( Jazz )

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