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2020/01/21

「良心をもたない人たち」を読んだ。

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『良心をもたない人たち/マーサ・スタウト著、木村博江訳(草思社文庫)』を読みました。

[良心をもたない人]っていうのは、いわゆる“サイコパス”と言われている人のこと。
その研究本です。

サイコパスには、

・口の達者さと表面的な魅力がある

・ふつうの人より刺激に対する欲求が強く、結果として社会的、肉体的、経済的、法的にリスクを冒すことが多くなる

・共通して病的に嘘をつき、人をだます

などという特徴があり、さらにぞっとするほどの冷たさを感じさせる

などという特徴があげられていました。

調子が良くて、人を“おだて”て自分は何もしないが、人にやらせてしまう。
リスクを恐れず、何の良心も持たないので、けっこう人生の成功者となっている人も多いというのです。・・なんだか思い当たりそうな人がいる・・あなたもそんなふうに感じる人いませんか?!

サイコパスは、愛情などというものが何であるのかなんてまったくわかりませんが、うまく立ち回るため、単なる欲望のため結婚して子をもうけたりします。
でも、配偶者にも子供にも何にも感じていません。何の感情も持ち合わせません。・・おっそろしい。
これが世界の人々の4%を占めているという話です。

努力をつづけることなんて、絶対にあり得ず、組織的に計画された仕事はいやがる。
現実世界で手っ取り早い成功を好みます。
でもって自分にしか関心がないのです。

この本を読んでいると、サイコパスの実例がいくつもあげられていますが、周囲の人はサイコパスだということに気づかずに結局最後までいってしまうことが多いようです。
まさに周囲にいる人達には“ご愁傷さま”ってことです。

「人の心の動きを理解する能力に欠けて」いて、でもだからこそ、たいていは人々を蹴落として社会的地位を得たりする人が多いんだそうです。
いやだなぁ、なんて思いつつ読んでいると、憎しみに燃えた自分の部下たちに追い詰められて失墜した独裁者のように、サイコパスはその中でも頭がいい者でさえ、近視眼的で、驚くほど世間知らずで、やがては退屈や経済的困窮や銃弾などで姿を消していく・・となっていて、少し溜飲が下がったというか、ホッとしました(^_^;)

これを読んでいて、ひょっとしてあの人は「サイコパス」か?!っていう人の顔が何人か思い浮かびました。
人生長いことやっていると、何人かは出会っていたのかもしれません。

サイコパスというものの概念が少しわかったので、これからはサイコパス的な人に近寄られたときの対応が今までよりはうまく出来そうです。

・・「良心」を持った人でありたい、とあらためて思った次第です。

 

2020/01/16

「絶望名人カフカの人生論」を読んだ。

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『絶望名人カフカの人生論/頭木弘樹著(新潮文庫)』という本を読みました。

この本は、あの「変身」や「審判」「城」などの作者。不条理主題のシュルレアリスム作品群を残した『カフカ』が遺した言葉、日記、手紙、ノートなどの膨大な文書の中から彼らしい「絶望」について書かれたものを[編訳]の「頭木弘樹」氏がピックアップし、それぞれにコメントを加えたものです。

驚くのは、カフカは自分の身の回りに起こるすべての事、身体に起こるすべての事、親や会社の人達、恋人とのことについても全てが全てに“絶望”しております。

良いことが起こっても、悪いことの前触れのように脅えます。

この本で幾度も恋人にあてた手紙が紹介されていますが、フェリーツェという恋人とは二度婚約をし、二度婚約破棄をし、その後の恋人ミレナとも一度婚約をし、またもや婚約破棄をしています。
結婚後のことを考えると絶望ばかりが襲い掛かってくるようです。
子供をつくるなんてことも、その子とどう接したらよいか、自分という最悪の人間に似ていたら見捨ててどこかに行ってしまうしかない・・というような、結婚や子を持つということに関しても全く“よろこび”のようなことは微塵も感じないのでした。

細くて虚弱なのに、外部にあるものを口に入れる恐怖も手伝ってほとんど生きて行くのにやっとくらいのもの、しかも粗末なものばかり食べています。
暖房すると空気が悪くなり、身体に悪いからといって、冬でも窓を開け、暖房せずに、窓辺に寝ていたそうです。・・・だから早死にしたんじゃないの(^_^;)と言いたいくらいです。

自分が受けた教育は“害毒”であったと断言し、「非難されたとしてもぼくは聞く耳を持たない」と、頑なです( ̄O ̄;)

仕事でさえも、耐えがたいものだと言い、自分の唯一やりたいこと、唯一の使命と思っていた文学の邪魔になる、と怒っています。
「ぼくは文学以外の何ものでもなく、何ものでもありえず、またあろうとも欲しない。だから、勤めがぼくを占有することは決してできない。」・・と、言いたい放題です。でもこれがカフカ。

これら残された文書は、カフカの友人がカフカから亡くなる前に「焼き捨てろ」と言われたにもかかわらず、努力して断られ続ける出版社を何社も巡り、やっと出版に漕ぎ着けたもので、この友人がいなければあの名作を私達は読むことができなかったわけです。それに、カフカは焼き捨てろといいつつ、本当は逆のことをしてくれると思っていたような気がする。

恋人の手紙も、その恋人が結局別の男性と結婚したが、子を残したまま亡くなってしまい、女手ひとつで子を育てるためにそれを売ることになってしまったとのこと。
最後まで手紙を売らないと、頑張ったようですが、でも背に腹はかえられないということだったようです。

上記のようなことなどを含め、カフカの文書は未完のものが多かったにもかかわらず、世に様々なものが出ることになり、やがて私もその一端にふれることになったわけです。

でね、・・絶望ばかりが書かれているのに、私も小さい頃から今に至るまで、絶望と同居してきたような人間(誰もが小さなカフカであるような気もするのです)であるのに、カフカの救いようのない文を読むと・・不思議と元気が出てくるのです。
これはどういった理論でそうなるのか。

結局、ささやかでも、つつましやかでも、生きて行く元気が出て来たのです。
あら不思議。

 

2020/01/14

城山三郎さんの「無所属の時間で生きる」を読みました。

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『無所属の時間で生きる/城山三郎著(新潮文庫)』を読みました。
ちょっと前のこのブログで同じ城山さんの「そうか、君はもういないのか」をご紹介しましたが、この本でも城山さんの人生、仕事に対する真摯で誠実な態度は変わりません。

特に城山さんが還暦になったときに書いたメモが出てきた話が書かれていましたが、そのメモは私にも参考になりました。
そのメモを掲げて、私なりのコメントを添えます。

1. 年齢に逆らわず、無理をしない。

  これは昨年自身が倒れたことで身に染みました。以来、無理は極力避けるようにしています。そうしない人が体調不良の“どつぼ”にはまってしまうのだと思います。


2. いやなことはせず、楽しいことをする。

  これも今までは楽しいことをあと回しにして、仕事の進行状況によって家でもいろいろやっていました。が、もうそんなことしません。人生終盤戦にきているのだ、音楽、読書、観劇を中心に楽しいことをいっぱいやります(^-^)/☆


3. 睡いときに寝、醒めたら起きる(昼夜を問わず)好きな物だけ食べる。但し午後八時まで。

  これはまだあまり実現できる環境にないので、仕事を完全引退したら実現したいと思います。でも、“好きな物だけ食べる”っていうのはちょっと無理みたい。


4. 義理、面子、思惑をすてる。つまり、省事で通す。

  これも難しいけど、仕事上の関係の人には今までがほとんど捨てることが出来ずにおりましたが、今や7割以上捨てている感じになりました。私的な生活上はこれから考えるってところです。


5. 友人をつくり、敵を増やさない。

  仕事上はもう敵をつくるような環境にないので、その心配はなし。友人は適度に私生活上で増えているのを実感します。まあいい感じd(^_^o)


この本は、城山さんの“無所属の時間で活きる”基本的な姿勢と、その仕事ぶりが書かれていました。読んでいるだけで「こういう充実した仕事と生活を目標にしたい」と思いました。いい読書になりました。

 

2020/01/02

初詣に行ってきました。

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今朝は早くに起きて家族で近くの氏神様にまずは初詣。
それから県内でも古いお寺に、毎年交通安全の祈願をしてもらっているので、お守りをいただきにあがりました。

それから、それから“隣の隣の市”にある大きな神社で妻の従兄弟が宮司をしているのでそちらにもお参りして、本堂に上がり、家族それぞれに新年のご祈祷をしていただきました。
私がお願いしたのは、『傷病平癒』でした。
昨年、突然の病に倒れましたが、何としても今年は治したいと強く願っているので。

 

 

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ご祈祷を終えて、甘酒を飲み、ほっとしたところで家族皆がおみくじをひいて喜んだり、がっかりしたりしているのを見て、それじゃあと、私もひいてみました。

結果は「末吉」でしたが、「身の煩いも散り失せ禍い事もなくなり旧の道を守って辛抱おこたらなければ幸福身にあまって家の内も明るく楽しく暮らされます。信神なさい。」
とありました。

「末吉」のわりには、とても良い内容じゃないですかd(^_^o)

[病気]の項目には、「なおる。信神せよ」とありました。
病は治りますね'(*゚▽゚*)'

【信神】します!

 

2019/12/31

今年も暮れて行きます。一年を振り返って。

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昨日のこのブログでも少しふれましたが、今年一年を振り返ってみようと思います。

まずは4月から新しい職場での仕事が始まり、リセットしたところから始まりました。
でも、今までの仕事、職場の概念がまったく通じない、不思議な人間関係、仕事の運び方、仕事への考え方に心身共にダメージを受け、10日目にはダウン。
上部消化管からの出血・・と診断され、なんとか回復したかと思い職場復帰し、心にも身体にも無理やりで仕事をしていたら、ついに救急搬送され、入院、一ヶ月の療養となりました。

今でもまだ心身ともにダメージがありますが、考え方を変え、ものごと真剣に考えたり、自分の人として大事にしていることも“無”にして、ただ生きて行くような不本意な姿勢で職場に存在することにして、生命を維持していくという・・そんなことになっています。

仕事での振り返りは、ここまで。

ここからは、このブログでよく取り上げていることについて振り返ります。

まずは、読書。
ブログに挙げているので件数などはすぐにわかるのですが、今年は今日現在までに93冊の本を読みました。
ジャンル的には、歴史や社会、ジャーナリスティックなものと、ひとつのことにこだわって研究・探索していくものなどに関するものが多かったように思います。
読書は自分にとって、知らなかったことや別の人生などを経験できる素晴らしい時間となっています。
来年もこんなペースで読んで行きたいです。

続いて、映画。
今年は17本見ました。
印象に残っているのは、あの「ボヘミアン・ラプソディ」。あらためてクイーンのロック、音楽に中学時代以来の熱い気持ちが蘇りました。
そして、抜群に面白かったのは「翔んで埼玉」。理屈抜きの爆笑映画で、日本映画独特の楽しさでした。
その他は、メジャーな映画館では絶対に掛からないマニアックな映画ばかりでしたが、いつも思うのは「暴力」「戦闘」「破壊」「怨恨」などが渦巻く人気メジャー映画には「用が無い」ってこと。
来年も上記四つが絡むような映画には目もくれずに、密やかに上映されている“いい映画”を見つけ出して見ていこうと思います。

さらに続きまして、このブログの“メイン”とも言える宝塚歌劇についてです。
これは私が倒れたこともあって「低調」でした。
14回の観劇で、11公演を観ました。

いずれ、毎年やっていた“ヅカ友”との2019年の振り返り企画なども出来ればやりたいと思っていますが、まずは自身の今年の「宝塚」を振り返っておきます。

で、あらためて今年見て来たものをリストから振り返ると・・そうか、雪組の「ファントム」は今年だったのね。なんだかずいぶん何年も前に見たような気になってしまいました。自身が倒れたことが影響していることがわかります。
望海風斗(のぞみ・ふうと)さんが、相手役、真彩希帆(まあや・きほ)さんと念願の歌いまくる演目を築き上げた素晴らしい作品になりました。

国際フォーラムの月組「ON THE TOWN」は、“イキのいい”美園さくら(みその・さくら)さんが持ち味を発揮して珠城りょう(たまき・りょう)さんとの新しいトップコンビの勢いを感じさせてくれました。

花組はトップ、明日海りお(あすみ・りお)さんの退団年となりました。「CASANOVA」でも、「A Fairy Tale」でも、明日海さんの素晴らしさ、魅力を実力と共に感じ、滅多に出会えない『トップ・オブ・トップ』の姿を目に焼き付けました。

月組の「夢幻無双/クルンテープ」は、美弥るりか(みや・るりか)さんの退団公演となりましたが、美弥さんの何とも言えないあの妖しく不思議な魅力が印象に残りました。

星組は、紅ゆずる(くれない・ゆずる)さん、綺咲愛里(きさき・あいり)さんの退団年となりましたが、このお二人のコンビの“上昇気流”は驚くべきものがありました。私の想像を遙かにに超えて、日本青年館の「鎌足」はお二人の集大成とでも言うべき『最高傑作』になっていました。
ラスト「GOD OF STAR/E'Clair Brillant」では、弾けんばかりの紅さんの人間的な魅力と綺咲さんの度胸の良さが炸裂し、楽しくて笑いながらもお二人の退団に涙する公演となりました。思い出に残るお二人のお姿、実に麗しいものでした。

さらに雪組の望海さんは、「壬生義士伝」で、望海さんの持つ奥深い演技の実力をまざまざと見せつけてくれました。たいしたトップです。

そして宙組。
今年は「オーシャンズ11」のみの観劇となってしまいましたが、私がイチ押しの組なのにあえて言うと、“もうひとつ”な印象が拭えません。
爆発するような感動や、見る前の想像を超えるようなうれしい想定外の出来映え、などが無いと思います。
次の東京公演を待ち遠しく楽しみにしているので、ぜひとも宙組の魅力をステージで炸裂させてもらいたいと思います。

簡単でしたが、宝塚の話はこんなところで。

最後に、今年は病との闘いに明け暮れましたが、来年はぜひとも健康で楽しい一年にしたいと思います。
ブログをご覧の皆さんにも、健康で楽しい一年になることを祈念して今年最後のブログをアップいたします。

よいお年を!'(*゚▽゚*)'

 

2019/12/08

横芝光町にあるギャラリー「笑虎」に先生の個展を見に行ってきた。

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毎年12月になると、このブログでも度々ご紹介している私の中学の担任で美術の先生が個展を開きます。
場所は横芝敬愛高校近くにあるギャラリー「笑虎」。
今回は南隆一先生と、その教え子である富塚祐子(私の中学・高校の同級生)、さらに針がね細工の矢野明子さんも加わって“コラボ展示”となっております。

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きょうは私の同級生富塚祐子は残年ながらギャラリーには来ていなかったのですが、写真の「マツコ」の絵はインパクト抜群で、中学時代から何ら変わっていないことがわかりました。

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続いての“円盤”のような作品は南隆一先生の作品で、なんとモーターが仕込まれていて、ゆっくりと回転しておりました( ̄O ̄;)
けっこう“デカい”作品で、あいかわらず先生はびっくりさせてくれます。

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もうひとり、矢野さんの針がね細工もいろいろなタイプの作品がありましたが、写真のこれは“針がね掛け軸”とでも言えるような作品で、こちらにも驚いちゃいました(^^;)

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最後の人魚のような絵は、きょう東京から訪ねてきた『Fさん』の奥さんからインスピレーションを得て描いた作品とのことでした。
そういえば何となく似ているような気もした・・。

Fさんとは久しぶりの再会でしたが、たっぷりとお話できました。
私の身体のことにまで気をつかっていただいて、ありがたい気持ちになったし、心強く勇気づけられたのでした。
やはり人と会って互いの気持ちを伝え合うということは、エネルギーの交換になるのだな、と思いました。

いつも南先生から言葉をいただいて、気持ちを強くするのですが、きょうは先生とFさんと二人に勇気づけられて、「来てよかった」と思いました。

明日は大学病院に二度目の診察に出かけます。
早く体調を戻して、こちらが人を勇気づけるようにならなくては、と心を新たにしたのでした。

 

2019/11/15

ワーストな年を耐えて粘って生きる

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今年、・・今年度は今まで生きてきた中でもワースト・スリーに入るような年になりました。
4月から職場が変わって、すでに4回倒れています。
うち一回は救急搬送され、九死に一生を得ました。あの時は、あと二時間遅れていたら、また長女が最初に訪れた医院に同行していなければ、死んでいたかもしれません。

新しい職場の文化に慣れることもなく、自分を今までの生き方から180度方向転換して行くしかなく、そうでもしなければまた倒れてしまうことになりかねない。

入院した病院には定期的に通院し、前回は検査した数値がかなりひどく、本日も検査・受診してきましたが、数値は良くなりつつあるものの、大学病院への紹介状をもらい、予約もしてもらい、次の段階に入っていくことになりました。

毎日、生活し、仕事をする中でも、いつ具合が急変するのか、今の自分の身体の状態はどんなことになっているのだろうか、という不安と、わずかばかりの回復への期待が表裏一体となって、自分が自分でないような気持ちで毎日過しています。
にこにこしているときは、そんなふりをしているだけです。

自分の気持ちを落ち着かせるため、また、少しでも以前と変わらぬような状態に向けるために、いろいろな本を読んだり、映画を見たり、音楽を聞いたりもしていますが、突然前触れもなく不安と恐怖が自分に襲い掛かります。

あとは仲の良い人と会い、言葉を交わすことが自分にとっての薬になっているような気もしているところです。

今年もあと一月半、大学病院でもいろいろ不安になるようなことを聞くことになるかもしれませんが、なんとか耐えて、粘って生きて行こうと思います。

 

【Now Playing】 Here Today / Paul McCartney ( Rock )

 

 

2019/10/12

台風が近づいてきて

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勢力の強い台風が近づいております。
というか、もう朝から台風が上陸しているような状況です。
本物が上陸したらどんなことになるのか・・。
ただいまラジオで情報を得ながら家でじっとしております。

懐中電灯を数本、電池も準備、携帯充電用のバッテリーも満タンに、水もポリタンクや浴槽、ペットボトルに蓄え、家の周りの飛んでしまいそうなものを片づけましたが、不安は拭いきれません。

前回、千葉を襲った台風15号のときにも轟音と物が飛ぶ音、ぶつかる音で眠れませんでした。

自身の体調も一進一退といった状況で、不安な日々を過しているところなので、ますます精神的にも肉体的にもつらいのですが、なんとか台風の影響も、身体もいい方向にいくように気持ちを強くもとうとしています。

今年は思ってもいなかった人生の中でも辛い年になろうとしていて、今まで困難にあったときのことを思い出しながら過していますが、その経験だけではなかなか乗り越えられないような感じです。

本を読んだり、人からのアドバイスなどももらって考え方、生き方を方向修正していこうと思います。
台風、早く過ぎ去ってほしい。

2019/09/23

「寂庵説法/瀬戸内寂聴」を読みました。

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『寂庵説法/瀬戸内寂聴著(講談社文庫)』を読みました。またまたブックオフにて購入。

表紙の写真からもわかるようにけっこう古い本です。
昭和60年に刊行されたものを文庫化したものです。だから、寂聴さんも60代。

瀬戸内さんが色々なことを経た後に、売れっ子作家となり、その後出家したところあたりから始まっています。

この本の中で、寂聴さんは様々な人から修行を始めたばかりなのにいろいろなことを聞かれます、相談されます。
それに真剣に答える寂聴さん。

「どうせ死んでしまうのに、なぜ人は生きなければならないの」とか、「幸せとはなんですか」とか、「夫に先立たれ、その悲しみから立ち直れません」、などなど。
寂聴さんもその場ではなかなか答えることはできません。

この本は、寂聴さんの考え方と共に読んでいるこちらも考えなければならないような書きぶりになっています。
そりゃそうです。
答えなんてあるのでしょうか。
答えを見つけようとして考えて、考えて、考え抜く。
そして、我が身に降りかかる苦しいこと、辛いことを受け容れて、その中から何かを見つけ出す。
そんな感じでしょうか。

この時にはまだ若い寂聴さんの心の中での葛藤のようなものが書かれていますが、やがて答えらしきものがうっすらとですが見えてきます。
これは私のような人間にも物事の考え方のヒントになりました。

お釈迦様の説かれた教えの中に、人間がこの世で受けなければならない四苦を示されているそうです。
それが「生、老、病、死」です。

特に私は今年に入ってから「病気」になり、「死」を意識する瞬間がありました。
今も体調が悪くなると真っ先に「死」を意識します。
こんなことは今までにはあまり経験したことがありませんでした。

先々週あたりから、また体調が思わしくなく、一進一退です。
だから、まだ若かった寂聴さんが悩みながら「人の生きる意味」を考えていくこの本は、とてもありがたい。

私としては、自分の身に降りかかることをそのまま自然に受け容れ、人生そのものを自分の身体全体で感じ、生きて行こうとしているところです。
生きることはむずかしい。

2019/09/17

横尾忠則さんの「病の神様」を読んだ。

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『病の神様 -横尾忠則の超・病気克服術-/横尾忠則著(文春文庫)』という本を読みました。

初出が2005年から2006年頃のものをまとめたもので、ちょっと古いものですが、立ち読みしたら面白かったのでブックオフにて購入。

これは横尾さんが病気とどう付き合っていくか、そして常に死を意識している横尾さんは、死んでから後の世界もあるという考え方で、いったん重い病気になるとものすごく弱気になり、取り乱し、気持ちが落ちてきて病状は一気に悪化する、でもふとしたきっかけで、なぜかさっきまでの死にそうな状態がウソのように回復してしまう・・でもって、急に余裕たっぷりの考え方になり、さっきまでの苦しみと、取り乱し切っていた自分のことを楽しそうに語ったりする。
「死んでもその後の世界があるから自分は大丈夫」みたいなことを言う。

でも、病状が悪化の坂道を転げ落ちるような時には藁にもすがり、たいした効果のない治療をした先生には悪し様にモノを言い、“そんなことで治るの?”みたいな治療をした先生でも、効果らしきものが出ると、その先生にべったりと頼り切る態度に出る。

子供みたいです(^^;)

入院してひどい症状のときにはいろいろな検査をいやがり、そんな検査はまっぴらごめんだ・・という我儘なことを言うが、いざ検査をしてみると、痛いだの乱暴だの、こんな検査をなぜしなければならないのだ、とその場では言っていても、検査が終わり、病状が良くなってくると、読者に対し、「やはりやってみた方がいい」なんて無責任に勧める( ̄O ̄;)

さらに入院自体を楽しむようにもなってきて、「まるでホテルのスウィートにいるようだ」なんてすっかりリラックス・・病室で100号の絵を描いたりもしている(*^_^*)

実は私も人生のうちで入院していた時間はたぶん通算すると2年間くらいある。
そして、倒れて担ぎ込まれたときには、もうこの世の終わりかと取り乱す…σ(^_^;)
先生のひと言に心配が急加速して「来週の今頃は墓の下にいるのか」などと“早とちり”をしたりもします。

手術も何度も経験し、幽体離脱するほどの危機的状況にも遭遇しました。

さまざまな経験も思い返すと死にそうになったのに“良い思い出”みたいになって心に残っていたりするのも横尾さんに似ているような気がしないでもない。

常に病気と付き合い、隣り合わせの人生を送っている人の生き方って似かよってくるのかもしれません。

今現在の私も微妙な状態。

長く病気と付き合っていきましょう。

 

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