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2022/06/06

久しぶりの東京宝塚劇場での観劇を終えて

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このあいだの、このブログで、2年4ヶ月ぶりの宝塚歌劇観劇の感想を書きました。

あのコロナウイルス感染拡大が始まって、公演中止があって、宝塚歌劇もいろいろな試練があって、私は体調を崩して二度の入院・・退院後も体調の回復がなかなか進まず、その間に感染拡大は第二波がやってきて、なんどもなんども寄せては返すウイルス感染拡大の波・・。

自分の体調と、世間の感染状況を鑑みて、そして家族の意見も踏まえ、やっと「宝塚歌劇」へのGo!が出たのでした。

実に2年4ヶ月ぶりの東京宝塚劇場、ドキドキしました。

 

 

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興奮して早く着き過ぎ、開演前に劇場前の日比谷シャンテの本屋さんに寄ってみようと、三階に上がったら、あれ・・こんなところで宝塚歌劇衣裳展!・・前はよくエスカレーターのそばで何箇所かに別れてやっていたのですが、今回は一箇所で4点の展示がありました。今回掲載している写真がそれです。
雪組トップスターの彩風咲奈(あやかぜ・さきな)さんと、トップ娘役の朝月希和(あさづき・きわ)さんの衣裳です。

その奥に以前はあった書店はなく、あれ?「キャトルレーヴ(宝塚グッズの売店のこと)」がここにある。ずいぶんと広いスペースに余裕の商品展示がなされていました。

 

 

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いろいろブロマイドなどを見ながら時間をつぶし、いよいよ劇場入り口へ。
全員、手の消毒を行ない、自動体温計測器を通過し、チケットは“ピッ”と機械にかざすようになっていて、けっこう感染防止には気をつかっている様子がうかがわれました。

さらに劇場内にあった、さっきご紹介したキャトルレーヴは、閉鎖されていました。
あそこはけっこう「密」だったからなぁ・・、ちょっとさびしい・・。

二階に上がっても奥までは見なかったけれど、スイーツなどの売店は開かれていなかったようだし、お土産物の売店もなかった。

三階の、劇場としては一階にあたる部分でも売店は無くなっていました。

席に着いても、場内アナウンス等で、再三の注意喚起。
会話、談笑はやめて、とか、飲食は原則禁止で、水分補給が必要な場合のみ「可」だとか、やることはきちんとやっていました。

いつものような開演前の騒々しさもありませんでした。

 

 

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宝塚歌劇は、もともと掛け声など禁止ですが、開演中も拍手のみの割と整然とした感じの客席でした。
・・もう当分、劇団員の“客席降り”なんてことはないでしょうね。あれはワクワクしたものでしたが。

というわけで、感染防止に関してはきちっとやられていて、私としても安心して観劇できました。
東京の感染者数も減少傾向に入ったようですし、今後は足を運ぶ機会も何度か出来そうです。

観劇の際には、またその感想をアップしようと思います。
このブログでのアクセス数稼ぎ頭は、なんといっても宝塚歌劇に関するものです。
それがなければ、現在のアクセス数130万件越えはなかったと思いますし。

体調を維持し、機会あればまた観劇に出かけようと思います。

 

2022/06/05

「トイレの輪 ~トイレの話、聞かせてください~」を読みました。

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『トイレの輪 ~トイレの話、聞かせてください~/佐藤満春著(集英社文庫)』を読みました。

これは、著者の佐藤満春さん(お笑いコンビ「どきどきキャンプ」の一員であり、トイレ博士としてイベント出演したりもしている)が、トイレの話を様々な人から聞いていくというものです。これまたブックオフにて110円で購入ヽ(=´▽`=)ノ

インタビューの相手は、ロケで辺境の地に行くことが多い、オードリーの春日さんとか、ノンフィクション作家、冒険家、小説家、トイレメーカーの方、建築家などと多彩です。

大まかに感想を言うと、世界中で日々トイレで用を足すことが出来るのは、ついこの間まで50%に満たず、最近やっと良くなってきたとは言え、せいぜい60%だという。
要するに外で、どこか探して用を足しているのだそうで、特にこれは女性にとってきついと思われ、犯罪にも結びついているとのこと。

また世界を冒険をしているような人は、日本の行き届いたトイレはやり過ぎだということで、椎名誠さんの本などを読んでいても、この話題はよく出て来ました。
劣悪なトイレ状況が今でも世界中にあり、日本人の感覚で世界の旅に行ってしまうと、旅なんて出来ませんぞ!というような結論に達し、そりゃそうだろうけど・・ということになります。

トイレメーカーの方々は世界のトイレ事情を改善し(各国の電気や上下水道事情が悪く課題は多いが)、より快適で、頑丈で、清潔な状態を保ちやすいものを日々つくっていて、それはそれで、人類にとってありがたいことだと大きく頷きました。

また、1980年代頃に多かったとのことですが、“奇妙奇天烈”で“ウケ”をねらったような奇抜なトイレを求めて日本中を巡っている方もいました。
これも実に興味深く、トイレ自体が何畳もある、まるで部屋のようなトイレや、日本庭園みたいな広いスペースに便器ひとつ、みたいなトイレもありました。

で、私が(著者もだった)一番共感したのは、小説家の朝井リョウさんのトイレ話でした。

朝井さんは、すぐに便意をもよおしてしまうので、外出が怖いというか、出歩くと、もうトイレがどこにあるか気になり、仕方なく外に出ることがあると、便意のための“大ピンチ”がやってくるという・・これはたぶん、多くの人が大なり小なり持っている悩みなんじゃないかと思ったのです。

だから、作家という自宅にいてトイレの間近で仕事ができる、その状態が一番いいのだ、というのです。
そのために様々な世界に出て行ったり、人に会ったりする機会を失ってしまっても、それでもその安定した状態がいいのだとおっしゃっています。・・わかる気がする。

この本の中で朝井さんがカミングアウトする、『大事故』の話には、涙が出るくらい気の毒なエピソードが載っていました。
朝井さんが現在のような小説家としての確固たる地位にいる現在で、しかも朝井さんが最も大切に思う人生の大先輩が東京から離れる門出の幹事を引き受けた場での「大便」にまつわる大失態を起こしてしまうのです・・それを書こうにも、もし自分がこの立場だったらと思うと、想像するだに怖ろしく、書くことができません。

この便意が“近い”というのは、文中でも書かれていますが、精神的なものも大きな影響を与えているということで、私にも思い当たる出来事が何度かあります・・だから、朝井さんの気持ちはものすごくよくわかり、著者もこの本の中で一番共感しているのが手に取るようにわかりました。

トイレ話といって、侮ることなかれ!
実に人間にとって奥深い内容の本でした。

 

2022/05/28

映画「瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと」を見て来ました。

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映画『瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと/2022年 日本 監督:中村裕 出演:瀬戸内寂聴』を見て来ました。

今年5月に満100歳を迎えるはずだった寂聴さん。その寂聴さんに17年間密着して取材した監督の中村裕氏、100歳の記念に寂聴さんと一緒に完成した映画を見ると二人で話していたのですが、「生誕100年記念」の映画ということになりました。

寂聴さんの法話は有名ですが、もちろんそのシーンも出てきはするものの、寂聴さんの日常の姿、発言、身体上の変化など様々な瀬戸内寂聴さんを見ることが出来ました。

法話の方では、私、不覚にも何度も涙を流してしまいました。

東日本大震災で消防団員の夫を亡くした奥さんが「毎日泣いて暮らしている。夫がいなくて私はどうして生きていったらいいのか」と涙ながらに寂聴さんに訴えると、寂聴さんは壇上から降りて行ってその人の手を握り、だんなさんは今あなたと一緒に来ていますよと強く握ると、その奥さんの腕にはだんなさんの形見の腕時計がされていて、皆んな涙ながらに見ていると、「大丈夫、あなたも死ぬんだから、あっちで会える。だんなさんはいつもあなたのことをそばで見ているのよ」と励まし、“あなたも死ぬんだから”のところでは会場は泣き笑いになりました。

また、若い女性が「もう生きていけない。私は尼になりたい。」というと、「あんた、尼だけにはなっちゃだめ!それは最悪の仕事。」なんて言って、その女性の肩を強く叩いて「だいじょうぶ、きょう、ここまで来たんだからやれる、生きていける」と励まし、ここでも「尼だけはなっちゃだめ」のところでしんみりとしていた会場は爆笑(^_^;)

 

 

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また監督との会話の中で、「恋愛は雷に打たれるのと一緒。どこが好きだとかそんなことじゃない。突然雷に打たれたように恋に落ちる。でも、本を読むよりも何よりも、それがその人の人生に大きな影響を与え、勉強になる。」という発言をされていました。
・・恥ずかしながら、ものすごくよくわかりました。

「あの男(女)は、ろくでもない人間だ、やめなさいと言われても、妻子がいるのだと言われても雷に打たれるのと同じなんだからどうしようもない。」・・そうだと思います。
なんだか知らないけど、週刊誌などを見て人の不倫に激怒したりしている人って、結局今まで本当に人を好きになったことがないのだと、私は思います。

寂聴さんの「晩節なんか汚したっていい。好きに行動すればいいの。」という言葉も“寂聴さんらしい”と思いました。

映画の中で、子どものようになったり、真剣に自らの考えを話したり、お酒を飲んでゴキゲンになったり、“えんえん”泣いたりする姿も見られましたが、そのまんまの瀬戸内寂聴さんの姿を見ることができるこの映画、とてもいいものでした。
“大おすすめ”です。

 

2022/05/23

伊集院静さんの「大人への手順」を読みました。

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『大人への手順/伊集院静著(文藝春秋)』を読みました。
週刊文春の「辛口人生相談」から仕事、家族、子育て、老後、別れ・・などにジャンル分けした人生相談傑作選となっているものです。

伊集院さんの一連の本(特に六十代以降のもの)を読んでいる人にはお馴染みの、“辛口”というか、“当世風の当たり障りのない回答”とは大きく異なる、歯に衣着せぬ回答が気持ちの良い本でした。

あれこれ心配しながらも、前に進もうとする人には「それでいいんだ、これからもさらに困難やつらいことがあるかもしれんが、突き進め」と激励し、夫が亡くなった、友と仲違いした、一人の老後が心配だ、などと、くよくよしている人には、「それでもいい歳した大人か!しっかりしろ」と叱咤。
仕事に悩み、辞めてしまおうかと悩む若者や、そういう部下を抱え、どうやって育てようかと悩む中間管理職にも、“猫なで声で励ましたり”することなく、「甘えるな」と一喝する(^_^;)・・・伊集院節全開ですd(^_^o)

孫が「ユーチューバー」になると言いだし、「遊ぶように楽しく仕事ができて、人気者になれて、お金も稼げる」と言っている、そんなうまい話があるのでしょうか?という六十代の女性からの質問には・・。

最近のバカ者の希望をすべて言い当てとりますナ。
そんなうまい話あるわけないでしょう。たまたまうまくいっているふうに見えるバカ者もいますが。
その連中はやがて全員、奈落の底へ行きますよ。
たとえ金が手に入っても、まともには生きられません。
やるだけやらしてみるのがイイでしょう。バカなモノを覗くのも、触れるのもイイ勉強です。
金があれば、それが成功と思う、下品な志しを早いうちにわからせることが肝心です。

と、きたもんだ'(*゚▽゚*)'

私がこのブログでほんとうは書きたくてたまらないことを一気におっしゃっていただいて、「ああ、せいせいした」ヽ(=´▽`=)ノ

私の小さな悩みと共通している二十代の女性からの悩みも気になりました。

方向音痴で悩み、地図が読めない。目的地にたどりつくのに時間がかかる。

「地図を頭の中で回転させる練習をしろ」「まず東西南北を把握しろ」などという、私もよく言われるアドバイスを受けていて、相談者に共感いたしました。・・あのね、このアドバイスが何を言っているのかもわからないんですよ、私…σ(^_^;)

伊集院先生のお答えは、方向音痴のおかげで、美しい風景や、思わぬ出逢いがあったりするはずです。
だいたい目的地に真っ直ぐ着ける連中の方がおかしいんだよ。今のままでゆったりしていた方が、きっとあなたに幸せをもたらすと思うよ。・・だって(*^_^*)

そうだよ、少し早めに出かけりゃいいんだからさ。

「今、自分がいる場所で東西南北の方角がわからないなんてヤツいるの?」と言われたことがありますが、こういうヤツ大嫌いっ!その場で頭に噛み付いてやりたくなります。

少し感情が高ぶってまいりました(^^;)ので、今回の読後感はここでおしまいにします。

 

2022/05/12

コロナ過で仕事や生活が大きく変化していく

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ここ何ヶ月、報道を聞き、悲しくなったことはいくつもあります。
戦争のこともそうですし、俳優の渡辺裕之さん、コメディアンの上島竜平さんが亡くなられたことも、ものすごく悲しく、落ち込む出来事でした。

渡辺さんは、とても前向きな方で実直そうな方という印象でした。
上島さんは、芸能人の後輩達にやさしく、面倒見がよさそうで、笑いのことをいつも考えている明るい人、そんなふうに感じていました。

どんどん前に進んで行くような人にとって、ここ二年間のコロナ禍は仕事や日々の生活に大きな影響があったと思いますし、それが今回の事に影響が無かったとは言えないと思います。

思うようにいかない、こんなはずではなかった、こうしたかったのに、などという思いもあったのかもしれません。

私も、病気で二年連続の入院を経験し、さらに世間ではコロナ禍、職場などでもそれに伴って仕事も増えたり、加えて台風などの自然災害も加わり、体力の低下から仕事を辞めざるをえなくなってしまいました。

そんな中で、自分自身の心や体を保つこと、維持すること、気力を出すこと、というのは並大抵のことではありませんでした。

「置いていかれる」という気持ちも強く、「自分はもういらない人間じゃないのか」と、何度も思いました。

渡辺さん、上島さんの身の上にどのようなことがあったのか想像することもできませんが、ご本人の悩み、苦しみはとてつもないものだったのだと思います。

私はドラムを叩くのですが、渡辺さんのドラムを演奏する姿を動画で見ると、実に真面目に、丁寧に、ご本人の性格そのものというドラムを叩いていました。同じドラマーとしてよくわかりました。
逆にいうと、“遊び”がなく、どこか“ハズレ”ていくようなハチャメチャなところなど微塵もなくて、「真面目な人なんだろうな」と強く思いました。

私も仕事が苦しくて「死」を意識した時期がありました。「死んだ方がずっと楽だ」と思い始めたときが一番危ない時でした。
でも、そんなときに人はあまり頼りにならないのです。そんなにひどいことになっているとは誰も思っていません。
だから、誰かの言葉によって助かるということも、非常に稀なことなんだと実感しました。
そこでどう持ちこたえるかは、とても難しくて、今になっても私は自分がどうやってその地獄から抜け出したのか記憶が無いのです。

今にして言えることは、日々を丁寧に過し、ほんのちょっとしたことにありがたさや、うれしさ、よろこびを感じながら静かに生きて行くしかない・・ということかもしれません。
悲しいニュースに接して思ったことを書きました。

 

2022/05/10

中学時代の先生が送ってくれた本、読みました。

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『103歳になってわかったこと -人生は一人でも面白い-/篠田桃紅著(幻冬舎文庫)』という本を読みました。
これは、このブログで何度も登場する私の中学時代の担任で美術の先生が、ついこのあいだ送ってくれた本です。

著者、篠田さんは美術家。この本を世に出したのが2015年で、その後2021年、107歳で亡くなられています。

この本を送ってくれた中学時代の担任の先生も、もう75歳。私との電話でも「生きて行くこと」についてよく話されます。そして、この本がとても参考になったとおっしゃっていました。

その教え子の私が読んでも、今後生きて行く、そしてやがて死を迎えることについて参考になりました。気が楽にもなりました。

私の先生もよく言っていたことで、この本の著者、篠田さんも書かれていましたが、個展などの会場で来場者の方から「これはなにを表わしているのですか?」と、よく聞かれるというのです。

絵というものは、自分のなかに湧いてくる思いを、目に見えるようにしたものなので、「なにを」という質問には、いつも戸惑ったと書かれています。

絵に表われているものこそが、質問の「なにを」で、そしてその「なにを」は見る人によって、どのように受け止めてもいいものです。
と、書かれていますが、私もこういう質問をする人のことがわかりません…σ(^_^;)
でも、いるんですよね、かならず個展などの会場にd(^_^o)

人にとって、生きているのがいいのか、死んだほうがいいのか、誰にも判断はつけられないのですが、著者もそうであるように、生きていたからこんなことに出会えたと思うこともあれば、こんなことになるなら生きているんじゃなかった、などと思うこともあります。

わからないから、一日、一日生きて行くんだ・・などと思いました。

あと、私が気になった部分は、「時間でもお金でも、用だけをきっちり済ませる人生は、1+1=2の人生だが、無駄のある人生は、1+1を10にも20にもすることができる」という部分でした。

いろいろあって今がある私ですが、まったくそのとおりだと思っている昨今です。
無駄だと思っていた部分、“余白”のような部分が人生にとって、とても貴重だったのだ、と今にして思うわけです。

先生には、いい本を送ってもらいました。
忘れそうになったら、時々この本を開いて、生きて行くことに前向きに、よろこびを感じつつ過して行こうと思います。

 

2022/04/29

また皆んなが浮かれだした。

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コロナ騒ぎが始まってから初めて、「緊急事態宣言」の無いゴールデンウィークとなりました。
朝のラジオを聞いていたら、アナウンサーの方がタクシーの運転手さんから、ゴールデンウィーク前夜28日木曜の夜は渋谷、新宿、新橋、六本木など、タクシー待ちの列が午前2時頃まで続いていたのだと聞いたそうです。

「まるでバブルの頃みたいだった」って・・。

大騒ぎしてお酒を飲んで、酔っ払ったからきっとその場がどんなだったか覚えていないでしょうけど、ゴールデンウィーク明けて一週間くらいすると「ああ、あのときの馬鹿騒ぎが・・」ということにならなきゃいいけど・・なるんでしょうね。

ニュースなどを聞いていると、「久しぶりに飛行機に乗って遊びに行けるんでワクワクです!」とうれしそうな旅行客のインタビュー音声が流れておりました。

皆んな、浮かれていますねぇ。

2020年のGWの時も、皆んな“浮かれまくり”で、なんの心配もしていない人の姿をあちこちで見かけました。
そのあと、大変なことになりました。今現在の数字でも、その頃の数字より、はるかに上回っていると思いますよ。

東京では、前週の感染者数を今週は下回った、なんて言っていますが、実際には数千人です。
全国では、まだまだ3万人を上回っています。4万人に近い。
今はまだ『第六波』の中にいるのです。いや、『第六波』が終わり、すでに『第七波』の入り口にいるのかもしれません。

「喉元過ぎれば熱さを忘れる」と言いますが、もう何度も喉元過ぎて来たのに、“忘れっ放し”じゃあありませんか・・。
もう少し我慢した方がいいんじゃないか、というのが私の気持ちですが、さて、「もう我慢の限界だ」とGW中に遊びまくり、ほっつき歩きまくり、大勢の人のいるところに飛び込んでいく人が圧倒的かもしれません。

連休明けの感染拡大の度合いが低いことを祈ります。

 

2022/04/25

あれから一年以上経って

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一昨年末に倒れ、明けて去年の一月に入院、ほぼ一ヶ月の入院を経て、仕事に出ることもできなくなり退職。
その後は、身体を治す、体力を回復することに専念することになり・・一年と二ヶ月が経過しようとしています。

最初は家の階段も上がれない、自力で洗顔等も出来ないような状態で退院し、どうなることかと思いましたが、去年の夏頃には家での日常生活ができるようになり、その後は公園に行き、歩くことをして、徐々に距離を伸ばしていき、かなりの回復をみたのですが、その後は一進一退です。

“三歩前進二歩後退”あるいは“一歩前進三歩後退”というようなことを繰り返しているところです。
右肩上がりで良くなっていた去年の夏までの状況を考えると、今、その遅々として回復が遅れている状況に精神的に落ち込んでしまう日々が多くなってしまいました。

今が“頑張り時”だと何度か自分に言い聞かせ、今もまた自分に言い聞かせているところです。それを残しておこうと、これを書いているのです。

気力を失わないように、日々頑張ります。

 

2022/04/19

サヘル・ローズさんの「言葉の花束」を読みました。

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『言葉の花束 -困難を乗り切るための“自分育て”-/サヘル・ローズ著(講談社)』を読みました。

きっかけは、ラジオ・文化放送「浜美枝のいつかあなたと」という番組にサヘルさんが出演され、この著書について浜さんからインタビューを受けていたのを聞いたからです。

もう浜さんの声の調子がほんとうにこの本を読んで、大きな衝撃を受け、感動したことがわかりました。
また、サヘルさんのあまりにも“まっすぐ”で真摯で、優しい受け答えに私自身も「ぜひ、この本を読んでみたい」と思ったのです。

イラン生まれのサヘル・ローズさんは、幼少時代を孤児院で生活し、養母となったフローラ・ジャスミンさんに7歳のときに引き取られます。

8歳でその養母と共に来日。
孤児、養子縁組、貧困、差別・・そのほかにもつらいことや、悲しいこと、さまざまな事実がたくさん綴られていました。

お義母さんとの暮しは貧困に加速がついたように、公園で生活するようになり、冬は図書館で閉館までの時間、暖を取り、その後はスーパーで安いものを見つけたり、試食品を食べたりして暮らしていて、着替えもなく、風呂もなく、公園から学校に行く生活、お義母さんは、きつい仕事をサヘルさんのためにして、もう考えられない環境の中、サヘルさんは“いじめ”にも遭ってしまう・・。

でも、親子二人で実の親子のようになんとか光を見出すように生きて行く姿に、私は何度も涙しました。

目の前にいる相手を、どう感じられるかがとても大切だというサヘルさん。
その感情を教えてくれたのが義母のフローラさんです。
自分を見つけてくれ、もう一度生きる感情をもらったとおっしゃっています。
お義母さんのフローラさんの瞳に映る私が本当のサヘル・ローズだと信じています、と静かな調子で書かれていました。

相手の目を見るなんて、今の時代にはなくなってしまいました。
携帯の画面ばかり見ている人たち・・が、ほとんど。
そこには人は存在していないのです。

サヘルさんは、イラン・イラク戦争で孤児となり、自分の名も知らず、縁者はひとりもいなくなり、孤児院で幼少期を過したのですが、お義母さんのフローラさんは、「絶対にイラクを憎んでは駄目。大人になったらイラクに行って、彼らの生活を見て来なさい」と言います。
「戦争によって孤児になってしまった人たちに会ってきなさい」と。

戦争は誰かを敵にして、見方を作ろうとする。
でも、戦争は全員が被害者。
敵も味方もない、みんなが犠牲になっているだけ。
いつも犠牲になっていくのは一般市民。
そして時代に翻弄されていくのも生き延びた子ども達。

「憎む感情を捨て、人を許すことを学びなさい」・・この言葉は重い。特に今のこの世界の状況下では、心引き裂かれるような思いで読みました。

サヘルさんは、ほんとうに2019年にイラクへ行きます。
イラン・イラク戦争の兵士とも奇跡的な出会いをしています。

相手を殺したくないのに、知らない相手に銃を向けている恐怖。

戦いたくて戦ったわけではないのに、でも、大事な家族のために、戦争へ行くしかなかったと涙を流すイラク兵だった人。

ほんとうに、今のウクライナとロシアのこのような状況下では、あまりにも重く、そして心身に響く言葉です。

泣きながら、そして希望を見出した部分では、泣き笑いしながら読みました。

つらいと思ったとき、泣きたくなったとき、死にたいと思ったときにまた読むことになる本だと思いました。

サヘルさんの生き方に大きな衝撃を受け、私も少しでも近づいて、強く、やさしい心を持とうと思いました。

 

2022/04/10

伊集院静さんの「もう一度、歩きだすために」を読みました。

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『もう一度、歩きだすために -大人の流儀11-/伊集院静著(講談社)』を読みました。
この三月に出たばかりの本です。

新しい本なので、伊集院さんご自身の病気からの回復の様子や、現在の心境なども書かれていて、少し安心しました。

ただ、愛犬が亡くなったことについては、なんどもふれられていて、その寂しさが伝わってきて、こちらも“しんみり”してしまいました。

また、新しい本ということで、コロナ禍での当時の菅首相の対応、東京オリンピック開催についても、伊集院さんは決して臆することなく、思うところを書いています。
はっきり言って、政治家も報道メディアも“腰抜け”ばかりの今の世の中で、これほど堂々とご自身の考えを述べられているのには、とても“うれしさ”と共に“共感”と“心意気”を感じました。

「国民がコロナに感染して生死の境にあるのを無視したたげの話だ」と、当時のコロナ対応の遅れについてバッサリと切り捨てています。

菅首相が人が尋ねていることと違った答えを言った後で、「どの質問にも、国民の安心と安全を、と同じことをスピーカーのように繰り返して恥ずかしくないのか」と書かれています。
私もまったく同様のことをこのブログで書きましたが、その反応は低かった。
伊集院さんのような方が“言ってこそ”だからかもしれませんが、記者や一般の人達は、当時あまりにも首相の発言・行動について批判が足りなかったと、私は今でも思っています。

この本の帯にも書かれていますが、この「大人の流儀・シリーズ」は、かなりのベストセラーになっているようです。
買っている人の多くは、たぶん私のように、「ああすっきりした、私の言いたかったことを歯に衣着せずに書いてくれている」と思うから、ベストセラーになったのだと思います。

伊集院さんは、あの大震災と、このコロナ禍を経験した私達に「体調がよくなれば、立ち上がって歩きだそう。立ち上がることができれば、次は少しずつ前へ歩み出せるものです」と書かれています。

私もこの一年、病気で体調を大きく崩し、仕事も辞め、療養半分の日々で、とても落ち込むことが週に何度もありますが、それでも少しずつ前へ歩みだそうと、この本を読んで思い直しているところです。

 

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