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2020/08/10

NHK 「SWITCH インタビュー」で望海風斗さんと浅田真央さんの話を聞いた。

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ヅカ友から連絡をいただき、表題の番組放映があることを知り、録画して翌日見てみました。

宝塚歌劇・雪組トップスターの望海風斗(のぞみ・ふうと)さんと、フィギュアスケートの浅田真央さんが互いの活躍の場を訪ね、交互にインタビューするという番組でした。

浅田さんが東京宝塚劇場を訪ね、望海さんにインタビューした後に、今度は望海さんが浅田さんのアイスショーを訪ねるはずだったのですが、新型コロナウイルス感染拡大により、浅田さんが練習するスケートリンクを訪ねることになりました。

浅田さんが、最初に東京宝塚劇場を訪ね、観劇後に劇場内やステージなどを案内された後、望海さんにインタビューしたのですが、そのときの浅田さんは、あのオリンピックや、競技会での厳しい表情はまったく無く、普通の可愛い女の子のようでした。

浅田さんは、望海さん率いる雪組75名のチームワークと、望海さんがトップとしてどのように組を引っ張っているのかに興味を示していました。

浅田さんはコロナ過が無ければアイスショーのツアーを自ら率いて行うことになっていたので、今までの個人競技と異なる団体での行動がきっと頭にあったのでしょう、真剣に聞いていました。
そのときも、表情はとても優しく、普通に宝塚を見てよろこんでいる女性という感じでした。

そして、望海さんが今度は浅田さんを訪ね、浅田さんの数々の逆境とそこから立ち直っていく姿がとても参考になったという話に。
浅田さん、最後のオリンピックの前半ショートの演技で16位という大逆境から、あのファイナルでの全てを出し切った演技は私も涙ながらに見ました。考えられない集中力と精神力でした。

ビデオを見ながらそのときを振り返っていましたが(浅田さんはこわくて見たことがないと言っていた)、演技開始直前に「真央ちゃん頑張れ~」という大きな声が聞こえ、浅田さんはそこで「私は一人じゃない」とスイッチが入ったとのこと。

そして最初のトリプルアクセルが成功したときの歓声が聞こえ、さらにスイッチが入り、次々と技を決めるたびに大歓声、「パズルが次々と埋まっていくようにスイッチが入った」とおっしゃっていました。

オリンピックは最高の場所だけど、とても残酷なところでもあると浅田さんはおっしゃっていましたが、たった一人の掛け声であの絶望の淵から立ち直った浅田さん、すごい人間力だと思いました。

そして、歌、演技共に卓越したトップスターである望海さんは、ほんとうに謙虚な姿勢でいつも舞台に取り組んでおられます。
雪組全体にもそれが伝わっているのでしょう。不安になったときに後ろを振り返ると、組の皆が「大丈夫ですよ」と支えてくれていると感じるという話にも、望海さん率いる雪組らしいと思いました。

望海さんも、浅田さんも、この大変な時期に耐えて、頑張って、辛い思いをされていることと思いますが、きっとお二人が観客の前で輝かしい演技を見せてくれる日がやって来ると思います。
それまで、私たちも耐えて、頑張って、その日を待ちましょう。
心を強くして生きて行くしかない。

 

2020/07/24

「お寺の掲示板」・・面白くて、“タメ”になって、笑った。

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『お寺の掲示板/江田智昭著(新潮社)』を読みました(見ました)。

よくお寺の入り口などにある掲示板に貼られている“ありがたいお言葉”。

今まで、私も気になることがあったのですが、これはそれら掲示板で見つけた「お言葉」から“琴線”にふれるものや、思わず「うまいっ」ってうなるようなもの、そして“深い”ものなどを現物の写真と共に紹介している本です。

著者がSNSで紹介し、募集も始めるとたくさんの「お言葉」が集まり、『お寺の掲示板大賞』という企画まで発展していったとのことでした。

私も見て、読んでいるうちに“ハマり”ました。

すこしばかりご紹介いたします。


〇人の悪口は うそでも面白いが
 自分の悪口は ほんとでも腹がたつ

・・・自戒。

〇つくられた幸せで インスタ疲れ
 本当の幸せは 写真映えしない
 日常の温かさの中に 光っている

・・超自戒。

〇お墓参りは ご先祖様との オフ会

・・(^o^)

〇ほとけさまに圏外なし

・・ありがたい~ヽ(=´▽`=)ノ

〇言っていることではなく
 やっていることが
 その人の正体

・・これは、深い。またもや自戒と共に、為政者にこれをあてはめると・・。

〇終活することと
 あなたの 成仏とは 無関係です

・・最近の仕事上、こういう人とよく出会います。
財産分与のことなどはもちろんですが、こういう人は自分が死んだときの「死亡届」の書き方や、「葬祭費」の請求方法・記載方法まで下書きを作り、熱心です。死んだあなたが書くことは出来ないのに・・。しかもこういう人、超元気!!

あとに残された人が全てやってくれるのに、やらなきゃ気が収まらないのでしょう。
これらに費やす情熱とエネルギーを自分の楽しみに向けると“成仏”できるんじゃ・・。

以上がたくさんある「お言葉」から、わずかばかりの抜粋です。
気になった方は、せびとも書店でこの本を手に取ってみてください。

私も、お寺に行ったら掲示板、要注意です。

 

2020/07/15

誰のしあわせのためにやっているのか考えればわかる

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いつも私がなにか疑問に思ったり、妙だ、変だ、と思ったときに考えること。

これは「誰のしあわせのためにやっているのか」、「誰がしあわせになるからやっているのか」と考えてみると透き通るようにその事象が見えてくるというものです。

「GO TOキャンペーン」だって!?
事業を始めた人は誰のしあわせを想定しているのか。
なぜか観光事業者の人達のしあわせな笑顔は浮かんでこない。
このキャンペーン事業の委託を受けた受託者(今回も中抜きか?)の笑顔、発案して自分の成績になるだろうと思っている担当省庁の役人の笑顔が浮かんで来る・・。
こういうのって、人の直感は大事だと思う。
逆にこのキャンペーンで不安な顔をしている人がどれだけ多いのか、それらは無視されている。
官房長官の“すげない”このキャンペーンに対する会見での言葉がそれを象徴しているように思う。感染拡大の心配について質問するとバッサリと切り捨ててあっちを向いてしまう。
一般人の直感はたいてい当たっている。

香港で施行された「国家安全維持法」も、誰が笑顔になるから法律が出来たのだろう、と考えると、またまた透けるように回答が見えてくる。
ほら、あなたが想像しているあの偉い人の笑顔ですよ。

世界で一番感染者数が多く、死者も多いのに、その対策に奔走することなく、経済優先に突き進んでいる偉い人。
この人は誰の笑顔を想定して政治を行っているのでしょう。
「自分」じゃないの。

世界中がコロナ過で苦しんでいる最中、ミサイルを発射させる人。
誰の笑顔を想定していますか?これも自分とあの妹の笑顔でしょうか。

豪雨の被害を受け、苦しんでいる人にオリンピックの開催などどうでもいいことだと思うし、そんなことに腐心し、金を投入するならあの惨状からの復旧・復興に向かっていってほしいと多くの人が思っているんじゃないでしょうか。オリンピックの笑顔よりも、被災された人達の笑顔の方が大事だと思います。

こういうふうに「誰の笑顔のため?」と、考えていると、今まで仕事をしてきた中で、とても多くのことが“言い出しっぺ”で、自分の成績を上げること第一の人の笑顔のために働かされてきたとつくづく思う。
きっと世間の多くの現場でこんなことが日々行われているんだろうな、と思うと暗澹たる気持ちになるが、・・最近はそんなことを自覚しつつ、“勝手な笑顔”のためだな、と思ったらギアチェンジしてエンジン回転を落とし、隙あらばハンドルを切って方向を知らず知らずのうちに変えてしまうことにしているのです。

 

2020/07/11

「地獄は克服できる/ヘルマン・ヘッセ」を読みました。

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『地獄は克服できる/ヘルマン・ヘッセ(著)・フォルカー・ミヒェルス(編)・岡田朝雄(訳)(草思社文庫)』という本を読みました。

ヘッセが残した様々な文章からタイトルの「地獄は克服できる」という内容に沿ったものを編集して一冊の本にしたものです。

もっと若い時に読んでおけばよかったのか、でも、きっと若い時に読んでも意味がわからなかったかもしれません。
だから、今になってこの本と出会い、若い時にはまったく無かった考え方を知り、体中に沁みるように入ってきたのかもしれません。

私の心の中に残った部分を少しご紹介したいと思います。


すぐれた講演や、すばらしい音楽を聴いて楽しんだりしたのに、困窮や飢えや憂慮で生活に影がさしてくると、それまで愛していたものをことごとく失ってしまう人びとが少なくない。
そのような人たちは、それぞれの文化財に対してただ受動的な享受者としての関係をもっていたにすぎない。
逆境に陥って、これらの文化財に見捨てられてしまったことを認識する人、つまり蔵書をなくしてしまうと同時に思想に関心をなくしてしまう人や、コンサートの予約席を失うと同時に音楽を失ったりする人は、貧しい人である。
このような人は疑いもなく、すでにそれ以前においても、あの文化財という美しい世界と本物の正しい関係をもっていなかったのである。

・・今、こんな人ばかりだ・・と思いました。コロナの関係でいろいろ失っている状態の今、心の中に大切な文化をいつまでも持ち続けたい、と、あらためて思いました。

次、

私たちは生きることを通じて、子供から一人前の大人にならなくてはならない。
人間は誰でも、従属することのできる能力と、自己を犠牲にする能力をもたなくてはならないことを学ぶ。
つまり私たちは、社会の秩序を承認し、それを維持し、それを護るために自分の刹那的な快楽と欲望を犠牲にしなくてはならないことを学ぶのである。
私たちがこの秩序を承認し、強制されてではなく、自由意志でその秩序に従うならば、私たちは精神的に一人前の大人となり、教養ある人間となる。

・・というわけで、教養ある人間ってごく少なくなる・・。なんとか、最低限の教養は保ちたいと思いました。

次、

美しい音楽を、美しい風景を、君の人生での純粋で、すばらしい瞬間を思い出してごらんなさい!
君が心を込めてそうするならば、君の今のひとときがずっと明るいものとなり、将来がはるかに慰めの多いものとなり、人生が愛するに値するものになるという奇跡が起こるのではないだろうか、試してごらんなさい!

・・この言葉に自分が最も苦しんでいた時期に出会っていたら・・と思いました。

次、

何年ものあいだ、孤独で希望もなく通ってきたのだ。これらの苦しみを思い出すと、私は今でも骨の髄まで寒気を感じる。それはひとつの地獄、ひとつの冷たい、そして静かな地獄であった。
その終点には、・・・もし終点があるとすればであり、また終点があってほしいものであるが・・・暗闇と死のほかは何もない、希望のない道であるもののように思われる。
それから苦しみは終焉を迎えるか、変質して生気を帯びるようになり、受苦者にまだ痛みを与えはするであろうが、希望と生命力を与えるようになる。
私の孤独もそういう道をたどった。

・・苦しんで苦しんで、自ら命を絶とうとしたこともありましたが、そのときに感じた一縷の望みというか、一本の光のようなものを見ました。そして今に至る。ヘッセがその再現をしてくれたように感じました。

次、

[隠遁生活をしていたヘッセが、久しぶりに町に出たときに感じたことです]

びっくりするほど、信じられないほど朝早い時刻にここの人々は起き、夜になると帰ってきて、ピアノやヴァイオリンを弾き、風呂に入り、走って階段を上がり下りした。ほとんどが商人か商社の勤め人で、みなまったく途方もなく多忙であった。
ある人びとは実際に山のように仕事をかかえ、商売がうまくいかないので、その立て直しの苦労のために過労気味になっていた。
彼らはみな無理をしていた。そしてほとんどすべての人びとが、人間の生活には役に立たない、ただ製造業者と商人の利益になるだけの品物を製造するか、商っていた。

・・これはかつての私の姿であり、今の社会に生きるすべての人達の姿なんじゃないでしょうか。こういう生活をしていて、そして、やがて死んでいくのです。


というわけで、300頁以上もあるこの本の、ほんの一部を抜粋してご紹介しましたが、今の私には“腑に落ちる”ものばかりでした。

 

2020/06/30

気の毒な人

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スマートフォンに入れているアプリ、糸井重里さんの「ほぼ日刊イトイ新聞」、『今日のダーリン』の中でみつけたフレーズ。

「会ったとたんに、なにか文句を言っている人もいる。そういうことをやめようよ、と思う。せめてじぶんはそういうふうでいたくないと思う。なぜなら、文句ばっかり言ってる人は気づいていないけれど、聞かされているほうの人は、気分がよくないからだ。」

現在の職場に行ってから出会うことの多い人たちです。
ほぼ毎日です。

何かこちらが話そうとすると、「いいわけを聞きに来たんじゃないっ!くちごたえするなっ!」・・ばかり・・で、ほんとうにヘコみます (・_・;

入り口から入って来た時からもう、「やってやろう」って感じがしていてすぐにそういう人だと気付きます。

私が思うに、たぶん仕事もずいぶん前にリタイアして、現役時代はかなりの役職に就いていたのでしょう。
数々の業績もあるのでしょうが、それはあの高度経済成長期や、バブル期など、「いいからやれっ!」って言って、そんな時代だから部下は、家族、休日など全てを犠牲にして“無理が通れば道理が引っ込む”という“理不尽を飲み込み”、“わがまま上司”のために身を粉にしてやってあげたにもかかわらず、その“わがまま上司”は“自分のおかげ”と思い込んで過し、やがて退職したのだと思います。

それがそのまま老後期に突入し、そんな人だから家族も顧みずに仕事をしてきた(したつもりで人にやらせていた)ので、もう家人は誰もこの「爺/じじい」の言うことなんか聞きやしません(^_^;)

でもって、ご近所の人もそんなジジイを相手にしません。だって威張ってばかりで面倒くさいもの。

町内会や様々な集まりでも誰も関わり合いになってくれません。だって威張ってばかりなんだもん。

ひどい症状の人などは、「〇〇株式会社 元〇〇部長」なんて名刺を作って手渡したりする( ̄O ̄;)・・それがどうした・・。

もう、お店や銀行、公的機関の窓口にいる何でも聞いてくれる人くらいにしか威張ることが出来なくなっている状況なのに、それに気づかない・・(気付けよっ!)・・気の毒な人。

大声で怒鳴る前に、自分が様々な迷惑を掛け、お世話になってきた部下だった人や、あんたがこんなにロクでもない人なのに気に掛けてくれた人に感謝の言葉をどう掛けたらいいか考えた方がいいと思いますよ。

現在の職場に就いて、日々やって来る、あまりに多い「気の毒な人」に気付いて、書いてみました。

 

2020/06/18

【南先生の玉手箱_0011_あなたは感動を忘れていませんか 倉本聰 北の國からの一説】

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ほんとうにできるのか、やれるのか心配しながら始めた私の中学時代の担任の先生が現役時代に書いたメモや資料を掘り起こして私のブログにアップするという作業。
なんとか岸壁を離れて海に漕ぎ出した感があります。
少しずつ沖に向かいます。

今回は、平成17年の通信誌の裏面の「らくがき号外」と書かれたものを掘り起こします。

以下、先生の「らくがき 号外」文です。


あるお茶の先生のお話しだが、習いものとか日常の暮らしについてちょっとした提言のようなものがあった。

ごくあたりまえのことなんですが、日頃気がつかずに暮らしていることが多い。
そのひとつとして習いものや勉強が毎日楽しいですか。
楽しいかどうかは自分の心に問いかけてください。
そしてつまらないと感じていることは改善しましょう。
何を勉強するのか、何を身につけたいかが分からないのは本人の問題です。

絵を描いている時にもよく話題にすることですが、何を描きたいかが分からなければ何も先に進まないです。
自分が感動のないものには先がない。
そのとおりなんですが、難しいこともある。

お茶の席などでも何かひとつ工夫をしてみんなをびっくりさせたいものをとり入れたい。
それは花であったり、茶わんであったり、着物や服装、そして家のたたずまいなど、空間環境への気くばりなど感動の要素はたくさんあるものです。

それにびっくりする側の心の持ちかたが大切なんでしょうね。
感じ取る側に自分がなければ何も感じられない。
こんなあたりまえのことがなかなか難しいものです。

学校の勉強も、運動も、そしてあそびも、まず本人のやる気、感じとる心の強さが基本ですね。
作家、倉本聰の言葉、北の國からの一説にある「あなたは感動を忘れていませんか」を時々耳にします。(日曜朝TBS)

感動がないところに魅力はない。このような心の原点について時に自らをふりかえりたいものですね。
現代の暮らしは特に五感を使って体で感じる部分が大変少なくなってきているように思います。
この体感することの積み重ねが命の重さにも大きく関係してくるように思います。

マスコミ情報から毎日のようにどうすればそのようなことになるものか理解することなどまったくできない許せない凶悪な犯罪の数々も、私ごとですが、すべてのものが感動することの欠如にはじまっているように思うこの頃です。


以上が先生の「らくがき 号外」の文でした。


このぐるぐる回りながら書かれた原本を苦労に苦労を重ねながら(どこまでタイプしたかすぐにわからなくなり、何度も何度も最初から文字を追いかけることになる、しかも繋ぎの部分を間違って何がなんだかわからなくなる (・_・;)活字化する作業をしていて、私も思うところがありました。

昨年の今頃倒れて救急搬送され、入院、療養生活をし、退院後の生活、特に仕事については意欲もかなり落ちました。それに興味を持ったり、“意欲”が出て来ないという今の状況に、自分でどうしたらよいのかわからないのです。

先生の、この15年も前の文を読んで、もう一度自分の心に問いかけ、日常生活や、特に仕事についての考え方、心の持ち方を再点検したいと思います。

始めてしまったこの難作業ですが、いろいろと感じること、勉強になることがあります。


【Now Playing】 Someday My Prince Will Come / Bill Evans ( Jazz )

 

2020/05/26

緊急事態が解除されて

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写真は現在の我が家の庭に咲く花々。
世の中の大変な状況とは打って変わってほのぼのとした気分にさせてくれます。
ありがたい。

緊急事態宣言の前から我が家は非常時警戒モードに入っておりました。
マスク装着や、手洗い励行などはもちろん、まだ警戒態勢に入っていなかった職場にも自費でアクリルボード等の材料を購入し、設置。何と言われようと感染対策を自ら行いました。
あのとき顔をしかめていた人も今では感謝してくれているようです。

 

 

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本屋にも行かなくなりました。
市内いろいろな本屋、ブックオフなども巡廻するようによく出掛けていたのに、今やまったく・・。

ジャズ喫茶などのジャズが流れている珈琲屋さんなどもお店自体が自粛していたりで行くこともなくなりました。
そこで友達や、よくこのブログに登場する中学時代の先生とも話に花が咲いていたのですが・・。

 

 

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映画にも行けなくなりました。
私の大好きな千葉劇場も感染対策で閉めていたためです。
他の映画館では上映されない“いい映画”がいつもかかっていたのです。これも残念。

そして何よりも宝塚歌劇が上演休止となり、人生の大事な部分にぽっかり穴があいたようです。
観劇後のヅカ友との飲み会も、もちろん無くなりました。
いやもう寂しい。

 

 

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早くもとのように、などと当初は思っていましたが、現在の状況をみると、なかなかそんなことにはならないようですね。
へたをすると、この緊急事態解除が“ゆるみ”の発端となって、再び緊急事態が訪れるかもしれません。
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とにかく油断せずに日々過していこうと思います。
なにか「光」が見えてくるような明るい話題がほしいですねぇ。

2020/05/06

心にゆとりを

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5月のゴールデンウィークを新型コロナウイルスの感染拡大の中、迎え、そしてその連休も終わろうとしています。

我が家に関してもそれぞれの出勤日以外は皆自宅におりました。
その間、草刈や、剪定後に保管してあった木々の枝類を環境事業所から事前に機械をお借りしておいて、チップにする作業などをしておりました。

なので、出勤日と食料の買い出し以外は外出しませんでした。

買い出し時に見た交通量もかなり減っていたと思います。
もうひと頑張りなんでしょうかね。

特に出勤したときに感じるのですが、突然不安になることがあります。
気のせいであるとは思うのですが、なんとなく呼吸が苦しくなったような気になったり、熱が上がったような気になったり、ひとりでパニックのようになってしまうのです。
聞くと、同じ職場の女性も「私も夜に、急に不安になり、症状が出始めたのではないかとパニックになります。」と言っていました。

こういうことってあるんです。

職場では私が作ったアクリルボードの遮蔽板の他、上層部がやっと用意してきたビニールの垂れ幕のようなものが設置されていますが、果たしてどのくらい効果があるのか、そういうアナウンスもメディアからは聞かないです。

職場には、「体温を毎日計れ」と上層部から組織宛メールで指示があり、記入用紙も配られましたが、実際に計っているのを皆に見せ、「〇.〇度です」と声に出し安心してもらおうとしているのは私だけです。
他の人達が体温を計っているのを見たこともないし、紙に記入しているのも、記入した紙を見たこともありません。
これじゃあ駄目だと感じる毎日でした。

 

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連休明け、また4月と同じような日々を送るのかと思うと暗澹たる思いになりますが、ここはひとつ、心にゆとりを持とうと、今思っているところです。

やれることをやり、自分でそれについて納得をしながら日々過していきたいと思います。
自分ができることをやるしかないのですから。

というわけで、明日からの出勤に備えます。
皆さんもお身体気をつけて。


【Now Playing】 voice of workers / 飯田浩司他 ( ニッポン放送-AMラジオ )

 

 

2020/04/27

日々厳しい状況下、今の気持ちを。

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このブログの中でご案内しているとおり、現在の仕事は、市民生活に必要であり、窓口を閉めたり、時間短縮などの対応が出来ないもので、日々カウンターでの応対には恐怖が伴っている状況です。
精神的にも肉体的にもきつい・・というのが本音です。
自腹でアクリルボード他材料を購入し、長時間応対を伴うカウンターに設置、飛沫感染を防ぐ工夫をしたのですが、それでもやはり怖いものは怖い。

感染が拡大の一途を辿り始めた4月上旬は例年よりも来客数が減りましたが、中旬を経て、下旬に入ってくるに連れ、徐々に混雑するような状況も見え始めました。
毎日毎日マスクをするのはもちろん、手洗いを頻繁にし、アルコール消毒などもまめに行っていますが、それでも一日に例年よりも少ないとは言え、数十人から百人以上にもなる人と相対するのは・・きつい。
気が休まるという時間がまったく無いのです。

現場で工夫できることは、現状これ以上無いように思えるし、あとはオンラインで何か出来ることはないのか、上層部に考えてもらいたい、そんな感じです。

また、やって来る方々の“温度差”がかなりあって、マスクに手術用みたいな手袋をし、ロビーの椅子には座らず、部屋の隅から自分が呼ばれるのを待っているような用心深い人がいるかと思えば、まったくの無防備な状態の人もいる。
それが交互に次々とやって来ると、自分の態勢、態度が“がくがく”と崩れていくようで、それもダメージが大きいのです。

すでに二回、この新型コロナウイルス感染拡大に伴う状況を記すような内容の記述をしてきましたが、今回は世間の状況というよりも、主に自己の精神状態について書いてみました。

 

2020/04/25

2020/04/24 現在の状況をまた残しておきます。

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写真は庭のラベンダーの中に一輪咲いたチューリップです。

4月11日に、新型コロナウイルス感染拡大に伴う周囲の状況について記録に残しておこうと思い、このブログに書きましたが、今回は昨日4月24日(金)の状況を書き記しておきます。後々に思い起こすためにも。

昨日は、病院に行きました。
昨年6月に病に倒れ、救急搬送された病院です。
ここ半年くらいは大学病院を紹介され、検査等を行ってきたのですが、体調も回復し、当初入院した病院に戻されたわけです。

病院はいつも駐車場も、院内も混雑していて大変なのですが、駐車場はガラガラでした。
さらに病院の入り口には白衣の男性(医師?)と看護師さん、さらに事務服を着た方の三人で入ってくる人の検温(おでこにピッと光をあてるやつ)を行い、それから院内に入りました。

また、受付の機械も、番号札を取ったあとに係の方から皆離れて待つように言われたあと、一人一人番号を呼ばれ、機械操作を行いました。
これも「三密」対策です。

さらに自分が受診する科に行くと、そこでも体温計を使って検温。二重の検温です。
さらに診察開始直前には、待合室のシートを全て消毒していました。
まさに厳戒態勢です。
よほどの差し迫った方以外は、やはり病院には来ていないのだと思います。

診察もいつもみたいに予約時間から遅れることがなく、すんなりと始まり、じっくりと診察、お話が出来ました。
次回は7月に様子見をすることになり、その際は状況によっては遠隔で診察することになるかも・・という話も出ました。
先生の話し方、表情から読み取ると、7月くらいに状況が好転していることはあまり期待出来なさそう・・。

診察後、薬局に行ったのですが、いつものように混んでいたら地元の薬局まで行こうと思っていたものの、客は私ひとりでした。
なので、ここもすんなり薬を短時間でいただくことが出来ました。
そうそう、処方箋の受け渡しもこちらと薬局の担当の方の中間点にトレーが設置され、直接近づいて渡すようなことはありませんでした。

病院も薬局も厳戒態勢でした。
幹線道路のクルマの量は、いつもより少し減少している程度か。

街は静かに静かに動いている、そんな感じでした。

 

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