フォト

わたしのいきつけ

無料ブログはココログ

2019/12/08

横芝光町にあるギャラリー「笑虎」に先生の個展を見に行ってきた。

20191208_minami_tomizuka001
毎年12月になると、このブログでも度々ご紹介している私の中学の担任で美術の先生が個展を開きます。
場所は横芝敬愛高校近くにあるギャラリー「笑虎」。
今回は南隆一先生と、その教え子である富塚祐子(私の中学・高校の同級生)、さらに針がね細工の矢野明子さんも加わって“コラボ展示”となっております。

20191208_minami_tomizuka002
きょうは私の同級生富塚祐子は残年ながらギャラリーには来ていなかったのですが、写真の「マツコ」の絵はインパクト抜群で、中学時代から何ら変わっていないことがわかりました。

20191208_minami_tomizuka003
続いての“円盤”のような作品は南隆一先生の作品で、なんとモーターが仕込まれていて、ゆっくりと回転しておりました( ̄O ̄;)
けっこう“デカい”作品で、あいかわらず先生はびっくりさせてくれます。

20191208_minami_tomizuka004
もうひとり、矢野さんの針がね細工もいろいろなタイプの作品がありましたが、写真のこれは“針がね掛け軸”とでも言えるような作品で、こちらにも驚いちゃいました(^^;)

20191208_minami_tomizuka005

最後の人魚のような絵は、きょう東京から訪ねてきた『Fさん』の奥さんからインスピレーションを得て描いた作品とのことでした。
そういえば何となく似ているような気もした・・。

Fさんとは久しぶりの再会でしたが、たっぷりとお話できました。
私の身体のことにまで気をつかっていただいて、ありがたい気持ちになったし、心強く勇気づけられたのでした。
やはり人と会って互いの気持ちを伝え合うということは、エネルギーの交換になるのだな、と思いました。

いつも南先生から言葉をいただいて、気持ちを強くするのですが、きょうは先生とFさんと二人に勇気づけられて、「来てよかった」と思いました。

明日は大学病院に二度目の診察に出かけます。
早く体調を戻して、こちらが人を勇気づけるようにならなくては、と心を新たにしたのでした。

 

2019/11/15

ワーストな年を耐えて粘って生きる

20191115_flower001

今年、・・今年度は今まで生きてきた中でもワースト・スリーに入るような年になりました。
4月から職場が変わって、すでに4回倒れています。
うち一回は救急搬送され、九死に一生を得ました。あの時は、あと二時間遅れていたら、また長女が最初に訪れた医院に同行していなければ、死んでいたかもしれません。

新しい職場の文化に慣れることもなく、自分を今までの生き方から180度方向転換して行くしかなく、そうでもしなければまた倒れてしまうことになりかねない。

入院した病院には定期的に通院し、前回は検査した数値がかなりひどく、本日も検査・受診してきましたが、数値は良くなりつつあるものの、大学病院への紹介状をもらい、予約もしてもらい、次の段階に入っていくことになりました。

毎日、生活し、仕事をする中でも、いつ具合が急変するのか、今の自分の身体の状態はどんなことになっているのだろうか、という不安と、わずかばかりの回復への期待が表裏一体となって、自分が自分でないような気持ちで毎日過しています。
にこにこしているときは、そんなふりをしているだけです。

自分の気持ちを落ち着かせるため、また、少しでも以前と変わらぬような状態に向けるために、いろいろな本を読んだり、映画を見たり、音楽を聞いたりもしていますが、突然前触れもなく不安と恐怖が自分に襲い掛かります。

あとは仲の良い人と会い、言葉を交わすことが自分にとっての薬になっているような気もしているところです。

今年もあと一月半、大学病院でもいろいろ不安になるようなことを聞くことになるかもしれませんが、なんとか耐えて、粘って生きて行こうと思います。

 

【Now Playing】 Here Today / Paul McCartney ( Rock )

 

 

2019/10/12

台風が近づいてきて

20191012_radio001

勢力の強い台風が近づいております。
というか、もう朝から台風が上陸しているような状況です。
本物が上陸したらどんなことになるのか・・。
ただいまラジオで情報を得ながら家でじっとしております。

懐中電灯を数本、電池も準備、携帯充電用のバッテリーも満タンに、水もポリタンクや浴槽、ペットボトルに蓄え、家の周りの飛んでしまいそうなものを片づけましたが、不安は拭いきれません。

前回、千葉を襲った台風15号のときにも轟音と物が飛ぶ音、ぶつかる音で眠れませんでした。

自身の体調も一進一退といった状況で、不安な日々を過しているところなので、ますます精神的にも肉体的にもつらいのですが、なんとか台風の影響も、身体もいい方向にいくように気持ちを強くもとうとしています。

今年は思ってもいなかった人生の中でも辛い年になろうとしていて、今まで困難にあったときのことを思い出しながら過していますが、その経験だけではなかなか乗り越えられないような感じです。

本を読んだり、人からのアドバイスなどももらって考え方、生き方を方向修正していこうと思います。
台風、早く過ぎ去ってほしい。

2019/09/23

「寂庵説法/瀬戸内寂聴」を読みました。

20190923_setouchi_jakucho001

『寂庵説法/瀬戸内寂聴著(講談社文庫)』を読みました。またまたブックオフにて購入。

表紙の写真からもわかるようにけっこう古い本です。
昭和60年に刊行されたものを文庫化したものです。だから、寂聴さんも60代。

瀬戸内さんが色々なことを経た後に、売れっ子作家となり、その後出家したところあたりから始まっています。

この本の中で、寂聴さんは様々な人から修行を始めたばかりなのにいろいろなことを聞かれます、相談されます。
それに真剣に答える寂聴さん。

「どうせ死んでしまうのに、なぜ人は生きなければならないの」とか、「幸せとはなんですか」とか、「夫に先立たれ、その悲しみから立ち直れません」、などなど。
寂聴さんもその場ではなかなか答えることはできません。

この本は、寂聴さんの考え方と共に読んでいるこちらも考えなければならないような書きぶりになっています。
そりゃそうです。
答えなんてあるのでしょうか。
答えを見つけようとして考えて、考えて、考え抜く。
そして、我が身に降りかかる苦しいこと、辛いことを受け容れて、その中から何かを見つけ出す。
そんな感じでしょうか。

この時にはまだ若い寂聴さんの心の中での葛藤のようなものが書かれていますが、やがて答えらしきものがうっすらとですが見えてきます。
これは私のような人間にも物事の考え方のヒントになりました。

お釈迦様の説かれた教えの中に、人間がこの世で受けなければならない四苦を示されているそうです。
それが「生、老、病、死」です。

特に私は今年に入ってから「病気」になり、「死」を意識する瞬間がありました。
今も体調が悪くなると真っ先に「死」を意識します。
こんなことは今までにはあまり経験したことがありませんでした。

先々週あたりから、また体調が思わしくなく、一進一退です。
だから、まだ若かった寂聴さんが悩みながら「人の生きる意味」を考えていくこの本は、とてもありがたい。

私としては、自分の身に降りかかることをそのまま自然に受け容れ、人生そのものを自分の身体全体で感じ、生きて行こうとしているところです。
生きることはむずかしい。

2019/09/17

横尾忠則さんの「病の神様」を読んだ。

20190916_yokoo_tadanori001

『病の神様 -横尾忠則の超・病気克服術-/横尾忠則著(文春文庫)』という本を読みました。

初出が2005年から2006年頃のものをまとめたもので、ちょっと古いものですが、立ち読みしたら面白かったのでブックオフにて購入。

これは横尾さんが病気とどう付き合っていくか、そして常に死を意識している横尾さんは、死んでから後の世界もあるという考え方で、いったん重い病気になるとものすごく弱気になり、取り乱し、気持ちが落ちてきて病状は一気に悪化する、でもふとしたきっかけで、なぜかさっきまでの死にそうな状態がウソのように回復してしまう・・でもって、急に余裕たっぷりの考え方になり、さっきまでの苦しみと、取り乱し切っていた自分のことを楽しそうに語ったりする。
「死んでもその後の世界があるから自分は大丈夫」みたいなことを言う。

でも、病状が悪化の坂道を転げ落ちるような時には藁にもすがり、たいした効果のない治療をした先生には悪し様にモノを言い、“そんなことで治るの?”みたいな治療をした先生でも、効果らしきものが出ると、その先生にべったりと頼り切る態度に出る。

子供みたいです(^^;)

入院してひどい症状のときにはいろいろな検査をいやがり、そんな検査はまっぴらごめんだ・・という我儘なことを言うが、いざ検査をしてみると、痛いだの乱暴だの、こんな検査をなぜしなければならないのだ、とその場では言っていても、検査が終わり、病状が良くなってくると、読者に対し、「やはりやってみた方がいい」なんて無責任に勧める( ̄O ̄;)

さらに入院自体を楽しむようにもなってきて、「まるでホテルのスウィートにいるようだ」なんてすっかりリラックス・・病室で100号の絵を描いたりもしている(*^_^*)

実は私も人生のうちで入院していた時間はたぶん通算すると2年間くらいある。
そして、倒れて担ぎ込まれたときには、もうこの世の終わりかと取り乱す…σ(^_^;)
先生のひと言に心配が急加速して「来週の今頃は墓の下にいるのか」などと“早とちり”をしたりもします。

手術も何度も経験し、幽体離脱するほどの危機的状況にも遭遇しました。

さまざまな経験も思い返すと死にそうになったのに“良い思い出”みたいになって心に残っていたりするのも横尾さんに似ているような気がしないでもない。

常に病気と付き合い、隣り合わせの人生を送っている人の生き方って似かよってくるのかもしれません。

今現在の私も微妙な状態。

長く病気と付き合っていきましょう。

 

2019/09/14

斎藤一人氏の「あなたが変わる 315の言葉」を読んだ。

20190913_saito_hitori001

『あなたが変わる 315の言葉/斎藤一人著(KKロングセラーズ)』という本を読みました。
これはたまたまコンビニのセブンイレブンで見つけて、立ち読みしていたら“ハマって”しまって、そのまま立ち去ることが出来ず、思わず購入してしまったものです。

ずいぶん前にも、この斎藤一人さんの著書は読みました。そして、「なるほど~」って感心した記憶があります。
今回も同様な気持ちになりました。そして忘れていた斎藤氏の基本的な考え方をもう一度あらためて認識いたしました。

完璧主義者とは、完璧にできなかったことで、自分を責めたり、人を責めたりする。
完璧でないことに我慢ができない人。・・今まで仕事をしてきて、こういう上司に何度も出会った。

そして、そんな完璧主義者は失敗をいつまでも悔やむ人である、と書かれています。

「こんな人はだれにもきらわれます」と斎藤氏。
『人にきらわれたら、いつまでたっても、つきはないんです」』
まったくそのとおりだと再認識しました。

もうひとつ、私のかつての上司で、私を一年中悩ませたタイプ。
仕事など、人生の夢を語るのを聞いていて、「この夢はぜったいにかなわないな」と感じることがあった・・。

そんな夢って必ず人さまに役立たない夢だから、誰にも感謝されない夢だから、そのような夢は、うまくいかないものだ・・と。

夢は自分の懐だけを肥やそうとする利己主義のものであってはダメ!・・かつての上司は自分の成績のためだけに夢を語っていた・・。

自分勝手な夢は他人から信用をなくす、そして足下をすくわれる、と書かれていました。
またもや、そのとおりだと思いました。

最後に、お金だけで人は幸せにはなりません、と書かれていて、幸せを手に入れるには

① お金
② 健康な身体
③ 優しい豊かな心

が必要であるとしています。
幸せには、お金も必要だけど、“健康で優しい豊かな心”がなにより大事です。でも、お金がないと、イヤな人に頭を下げなければならないこと、愛する人を助けられないことがある・・とひと言・・。

たった三つのエピソードだけでもこれだけのことが書かれ、それが「315」掲載されています。
わかりやすく、そして読み応えのあるものでした。

2019/09/02

映画「おしえて!ドクター・ルース」を見てきた。

20190901_ask_dr_ruth001

映画『おしえて!ドクター・ルース(ASK DR. RUTH)/2019年 アメリカ 監督:ライアン・ホワイト 出演:ルース・K・ウエストハイマー』を見てきました。

ドクター・ルースは、現在90歳で現役セックス・セラピスト。
1981年のニューヨーク、“お上”から音楽だけでなく、社会の役に立つコーナーを設けよという命令を受けた放送局が、カウンセリングのコーナーでもやろうか、ということになり、“どうせ誰も聞いていないだろう”と深夜の枠で放送開始。
白羽の矢はルースに。

で、誰も教えてくれなかった性の悩みにズバリと答えるルース。
タブーだった性の悩み、LGBTQの人々に寄り添い、女性の権利のために社会を切り開いていくことになります。
人々はその番組に夢中になり、一番の人気番組に。

こうして書くと、ひとりの女性の成功物語のようですが、ドクター・ルースには、ホロコーストで孤児となった幼少期、両親とも自分がスイスの施設に預けられている間にナチスに殺されてしまいます。

彼女の悲しみはいかばかりか、過去のシーンもアニメーションを使って映し出されますが、胸が締め付けられるような辛い場面でした。

高校に進学することも出来ない状況であったのに、進学した友に教科書やノートを見せてもらい、深夜に勉強するルース。
そして、なんとかしてやがて大学で勉強することが出来ることになり、その時のうれしさを語るルースの笑顔は輝かしいものでした。

生涯、悲しい過去を背負いながらも、相談者には元気に明るく解決を導きます。
そんなルースの姿を夢中で見ているあいだに映画はあっという間に終わりました。

見てよかった映画でした。・・なぜかこの映画に誘ったら妻も付いてきた・・。

2019/08/30

病院へ検査に行って来た。

20190830_hospital001

きょうは、私が6月末に倒れてから色々ありましたが、朝から、残っている検査をしに、病院へ向かいました。

上部消化管等については何度も検査したのですが、そして大出血の原因であろう箇所もほぼ特定は出来たのですが、担当の先生はもともと癌の専門で、大腸の検査をして癌の心配を無くしておきたい、と何度も言われたので、私も心配が無くなるのなら・・と今回の検査を受けました。

で、朝から出かけました。9時過ぎから説明を受け、同じ検査を今日受ける人達と一緒に部屋に入り、下剤と水分を取り、3時間ほど掛けて腸の中を“スッカラカン”にしました。
もちろん、その間、トイレに何度も急行!
もうそれだけで疲れたし、気持ちもなんだか落ち込みました。しかも夕べから食事もしていないので腹ペコです。

それから・・待つこと4時間。
自分の検査まで空腹と下剤の効果で下ること下ること・・、ヘトヘトな状態になりました。

やっと検査の順番が来て、検査をしてくれたのは私の担当の先生。
なだめすかすように、そしてやさしく、話をしながらでしたが、私の腸の長さがかなり長かったそうで、そしてカメラを通すのがかなり難儀して、看護師さんも手伝って私のお腹を押さえつつなんとか検査は終わりました。
正直、苦しかった。

結果は、癌はなく、「今後の人生に影響するようなものはありませんでしたよ」と言われてほっとしました。

朝8時半に出て、帰宅は午後6時過ぎ。疲れ果てて、帰宅後は布団を敷いて数時間休みました。

少し安心しつつ、明日・あさっての休日を過すことができます。
実は何か見つかったらどうしよう、と心配していたのです。
よかった・・。

2019/08/03

「Jazz Festival in とみさと」に出かけてきた

20190803_jazz_festival_in_tomisato01

いつもこのブログに登場する私の中学時代の担任の先生から電話があり、「職場に復帰したようだけど、大丈夫か?心配して電話掛けちゃったよ。」と、まずは気遣っていただき、恐縮。そして安心してうれしい気持ちに。

で、「ジャズでも聞いてみるか、これはいいぞぉ、土曜日に身体の調子が良ければ来てみるといい、オレも行くぞ」・・というわけで、今朝起きて、体調はまあまあだったので、富里市は遠いけど出かけてみました。

コンサートのメインは県立富里高校のジャズ・オーケストラ・クラブ。
コンサートの初っ端の挨拶で全国一位になったと報告がありました。普通の県立高校で、特にスカウトなどしているわけでもなく、今年の新入生も初めて楽器を持つ生徒がほとんどなのに、今日のコンサートではそれぞれがソロパートを任されていました、すごいことです。

このコンサートの前には、あの世界でも有名なモンタレーのジャズ・フェスティバルに招待されて演奏してきたそうです。いやもうこの田舎の畑だらけで“スイカ”しか名物がないような場所の高校生達とは思えない(^_^;)・・いやいや、失礼、たいしたもんです!

もうこのコンサートは富里という地に根付いている、地元と密着している素晴らしい文化拠点になっていました。

 

20190803_jazz_festival_in_tomisato02

サックスのポール・コントス、ベースのパット・グリン、テナーのティム・アマスコット、日本人ではピアノの椎名豊、トロンボーンの片岡雄三、トランペットの篠原正樹(富里高校ジャズ・オーケストラの面倒を見ている)、ドラムの広瀬潤次らが途中、この高校生に混じって熱狂の演奏!第二部ではこのプロの面子のコンサート、さらにラストではOBのハイノーツ・ジャズ・オーケストラも加わって全員で圧倒的な演奏を繰り広げました。

高校生による「マイルストーン」や、あの「モーニン」、ハービー・ハンコックの「ライオット」という複雑で難解そうな曲まで演奏され、ただただ驚きました。
その演奏されているジャズには心に訴えかけてくる何かが“大増量”・・大盛りで込められていました。
恥ずかしながら何度も涙が流れました。これが音楽だ、これが人間が演奏することの素晴らしさだ、とあらためて深く感動したのでした。

そして、このコンサートをおしえてくれた先生にも大感謝です。
病み上がりの元生徒に(しかも、もういいオジサンだ)、電話を掛け、こうして元気が出るようなことに誘いをかけてくれる。こんなこと・・自分に出来るだろうか。

身体はまだまだ“ふらふら”しているけど、でも心は元気になりました。
先生、ありがとう。

2019/07/24

先生に会ってきた

20190723_fish_pics001

自宅療養の診断書に記された期間が迫り、職場復帰するか、あるいは仕事を辞めるか日々悩みました。
とりあえず仕事に出てみて、今までのような取り組み方はせず、身体第一にする、ということを自分で決めました。

眠れない夜が続いたり、悪夢を見続けたりということもあり、日中も心身ともに変調を来しているようなことが日々続きました。

復帰直前に、このブログに何度も登場する私の中学時代の担任の美術の先生に会ってほしいと連絡をいたしました。
先生はご自分の検診や、美術の講習会に講師として出る用事があったのにもかかわらず、その間をぬって会ってくださいました。

先生自身が大病をしたときのこと、また現役時代に仕事のことで悩んだこと、自分の気の持ち方、今の私が人生の中でどんなところにいるのか、など、たくさんお話してもらって、少し心も落ち着きました。

別れる前に、先生が35年前に行った中華の食堂に連れて行ってくれて、そのとき中学生だった店主の子供が今は店主となり、先生のことも覚えていました。
そして鉄板にのってジュウジュウいって出てくる「肉野菜炒め」がいいんだ!と、すすめてくれました。

35年前とまったく変わっていない、とよろこぶ先生。
それを言うと、現在の店主もよろこんでいました。

昼食後、別れ際に先生が作った「ガラス絵」をくださいました。
額も先生自作です。
魚のガラス絵を取り囲んでいる部分もわざと平行でなく、ちょっとゆがんだ形にして木材を貼り付けた先生らしい作品。

さっそく家に帰って飾りました。

先生にはいつもいくらお礼を言っても足りないくらいの有形無形のものをいただいています。
明日から自分らしく生きてみようと思います。
それでダメだったら仕方ない。

より以前の記事一覧

2019年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック